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P「不治の病……ですか」


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1:
看護婦にはそう言われてしまった
その病気は決して治ることはない……と
でも、なんかどうでも良く感じてしまう
それもこの病気によるもの
無気力、無関心、無感情
何もかもが失われてしまう病気
この病には前例がなく
薬や治療法なんかも存在していない
ただ、唯一
この病気を押さえ込み
この虚脱感から
無気力、無関心、無感情という状態から
一時的に抜け出す方法があると
その方法とは――
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1383481828
2:
「天海春香さんを抱きしめることです」
「そ、それだけで良いんですか?」
あまりにも驚きだ
前例がない
治療薬も治療法もない
不治の病とさえ言われたこの病気を
そんなことだけで抑えられるのだから
「それだけもなにも、貴方が天海春香さんを抱きしめた日から、貴方は無気力になっていたと思われます」
看護師Aはそう言うが
思い出してみれば
そのあとから段々と鬱病のような感覚に陥っていってしまった気がする
「そうですね。ですから。発症した時と同じことをすれば貴方はまた正気を取り戻すことができるはずなのです」
と、看護師Mは教えてくれた
「じゃぁ、俺はまだ生きていられるんですね?」
「ええ、天海春香さんの協力さえあれば。ですが」
3:
「だ、だけど……春香は女の子です。ずっと抱きしめていることを許してくれるのでしょうか?」
「んっふっふ?それは相談次第でしょう」
「いっそ付き合っちゃえばモーマンタイっしょー」
2人は簡単に言うけど
それはかなり難しい
春香はアイドルで
俺はプロデューサーだ
そうそう簡単に承諾して貰えるとも思えない
「でも、やるしかないんですね?」
「はい。やるしかありません」
なら……やろう
「そうそう、この病気ですが名前をつけておきました」
看護師Aこと双海亜美は病名をここに告げた
はるるニウム欠乏症……と
4:
「と言う訳ではるるん、兄ちゃんを助けるために?」
「と言う訳でって……そんな簡単に言われても」
「はるるんは兄ちゃんが死んでもいいの!?」
看護師Mこと真美の気迫に
春香は少したじろぎ
怪訝そうな顔つきで俺達を見つめた
「ま、まずさ、その……なんだっけ?」
「はるるニウム欠乏症?」
「そう、それ。ありえないよね? それ」
確かに自分でもありえないとは思う
思う……が
「真っ赤な嘘ではないんだ……最近、どうもやる気が出なくて」
「ため息が多いってはるるんも心配してたっしょー?」
「それは……そうだけど」
5:
うつ病と同じかもしれないが
全然違うんだよな……
無気力、無関心、無感情
もはや生きているのが怠く感じてしまいそうなレベルだが
春香を見るとちょっとだけ元気がわく
その上、抱きしめたくてしょうがないし
加えてその隠れたうなじに鼻をあてがい
掃除機のように勢いよく吸い込み
体中をめぐる酸素を春香に染め上げたいとさえ思う
頭がおかしいと思われるかもしれないが
それ以外には全くもって興味を抱くことが出来ないのだから仕方がない
「あの、本当に私を抱きしめるだけで十分なの?」
「亜美の考えは間違ってないって!」
「なになに?? はるるんはその先もお望み?」
「そ、そんなわけ無いってば!」
真っ赤になって怒る春香も可愛い
ああ……抱きしめたいなぁ!
6:
「はぁ……はぁっ……」
「プ、プロデューサー……さん?」
春香の俺を見る目が怯えていた
そんなに今の俺は怖いのか?
確かに呼吸が荒いし
目の前にいる春香を抱きしめることで頭の中がもう……
いっぱい、いっぱい、抱かせて欲しい
のヘヴン状態だ
「ヤ、ヤバいよはるるん! 兄ちゃんが苦しそうだよ!」
「う、うぅ?っ! わ、解ったよぉ!」
春香は両手をバッと広げ
俺を受け入れる体勢をとってくれた
「い、良いのか?」
「き、気が変わらないうちに済ませてください!」
そのOKが出た瞬間、俺は獣のように春香に飛びついていた
7:
「すぅ??????????????????????????????」
「????っ」
「うわぁ……」
亜美と真美が後ずさっていくが
そんなことはどうでもいい
今はただただ、許される限りはるるニウムなる成分を
体中に染み渡らせていくことだけを考える
「そ、そんな強く吸っちゃ……ぁ、ぅぅ」
「すぅぅぅぅぅぅ?????????」
胸元ではなく首筋これはかなり重要である
もちろん身長的問題もあるが
胸元では汗は服に吸収され、そして風や太陽光によって失くなってしまう
しかし、首筋はタオルで拭かない限り吸収されることはないし
裏側ゆえに正面からの風からは守られ後ろ髪によって太陽光からも守られている場所
よって、春香の汗というはるるニウムが大量に含まれているものを
一番摂取することができる場所なのだ
8:
「あっひっ……ぁぅ……んっ」
「すぅぅぅ……ふぅ」
しばらくして吸うことに疲れ
抱きしめていた春香を手放すと、腰が抜けてしまったのか
その場に崩れ落ちてしまった
「春香、大丈夫か?」
「ぁぅ……ぅうっ……」
真っ赤な顔
涙を溜めた瞳
そんな春香が見上げてくると
物凄い罪悪感に苛まれてしまう
「す、吸うのは……許可、してないじゃないですか……」
「す、すまん……あまりにも良い匂いだったからつい……」
「まだ擽ったい感触がぁぁっ」
自分で首筋に手を当てただけで、春香は体をびくっと震わせた
9:
「そ、それでそのぉ……兄ちゃん?」
「どうした?」
「体の調子は……どう?」
最初の雪歩並に距離を置いた2人は
恐る恐る訊ねてきた
そういえば……やる気に満ち溢れている
今ならなんだって頑張れる気がする
「最高だ! 今までのが嘘みたいだ」
「そ、そっかー……良かったね、はるるん」
「あはは……無駄にならなくて良かったよ……」
「うわぁ、はるるんが死んだ魚みたいな目になってる……」
そんなに嫌だったのか?
それはそうだよな……
俺は男だし、あの元凶だって嬉しさが有り余ってこその事故みたいなものだったしな
10:
「ごめんな?」
「い、いえ……お世話になってましたし……」
「でも、嫌だったろ?」
「それは……」
春香は少し複雑そうな表情をし
それからあははっといつものような笑顔を見せてくれた
「吸うのは禁止ですよ? 抱きしめるだけなら……別に」
「え?」
「ゎ、私取材があるの忘れてました! それじゃ行ってきますねー!」
春香は慌ただしく飛び出していってしまった
抱きしめるくらいなら許してくれるのか……
それは俺が今まで春香の役にたててたからか?
それとも春香がただ優しい子だからなのかな
「兄ちゃん?」
「ああ……亜美、真美。これなら溜めちゃった仕事も出来そうだ。悪いが邪魔しないでくれよ?」
「う、うん。解った」
12:
溜めてしまった仕事を終える頃には
亜美も真美もすでに事務所からはいなくなっていて
入れ替わりのように来た小鳥さんくらいしか
事務所には残っていなかった
少し前までは賑やかだった事務所も
みんなが有名になるにつれ寂れていってしまった
なんだか物悲しい気分になってしまう
「プロデューサーさん、仕事終わったんですか?」
「ええ、まぁなんとか……」
「なら早く帰った方が良いんじゃないですか? はるるニウムがあるううちに」
「あはは……聞いたんですか。あの2人から」
どうやら
小鳥さんが一言も喋りかけてこなかったのは
亜美達から連絡を貰っていたかららしい
あまりの腑抜けっぷりに嫌われてしまったのかと焦ってたよ
13:
「十二分に補充したのでしばらくは平気そうです」
「油断大敵ですよ? 春香ちゃんも忙しくなってきて2人きりで会うなんて難しいんですから」
「解ってます」
2人きりが好ましいのは事実だが
765プロ内の誰かなら別に見られても問題はないような気もする
もちろん、説明は必須だけど
ただ問題は
春香が心から受け入れてくれているのか
優しさや恩返しのつもりで受けてくれているのか
そのどれなのか解らないということ
もしもそれが春香の心に傷を負わせていたり
精神的に辛い思いをさせてしまっているなら
俺は、はるるニウムを摂取して生き延びるのは止めるべきだよな
20:
「小鳥さん、それじゃぁお先に」
「ええ、気をつけて」
小鳥さんとの挨拶を終えて
事務所を出ていく
夏場も終わり
あるようでないに等しい秋と冬の間の肌寒い季節
「プロデューサーさん、今帰りですか?」
その中で冷え切った耳をくすぐる
全身を温めてくれる声
振り向いた先にいる笑顔の女の子
「春香、まだこっちにいたのか」
「長引いちゃって」
21:
「そっか」
「そうなんです」
いつもよりぎこちない会話
なのにそれとは関係なく
体は並び、歩調は揃ってしまう
無言を埋める足音が
なんだか悲しくさせる
「……あの」
「どうした?」
「今は、大丈夫ですか?」
「ああ、平気だよ」
俺がそう答えると
春香は安心したように笑う
でも、違うと言ったら
春香はどんな表情だったのだろう?
22:
「変ですよね。はるるニウム欠乏症なんて」
「そうだな、自分でも何でそうなったんだか。不思議でしょうがない」
あの時嬉しさのあまりに春香を抱きしめた
今まで手を握ったり
ハイタッチしたり
笑い合ったり程度の接し方だった
そこに加わった抱擁
その感触が、感覚が
俺は忘れることができなくなってしまった
「私は麻薬ですか?」
「ははっ、春香の匂いは凄く良い匂いだからなぁ」
「うぅっ聞いといてアレですけどそんな言い方されるとこそばゆいです」
複雑な表情
でも、見える笑顔は嘘ではなさそうだった
こんなことでも喜んでくれる春香はやっぱり、優しいな
24:
「なぁ、春香」
「なんですか?」
「俺ははるるニウム……いや、春香との接触がないとダメなんだ」
「知ってます。今までの落ち込みと今日の復活それが演技には見えませんでしたから」
でも
はるるニウム欠乏症なんて
嘘っぱちにしか俺は思えない
俺はただ、春香がそばにいて欲しいだけなんだ
この明るい声
元気いっぱいの笑顔
優しい心
仕事の疲れを癒してくれる
ずっと頑張れるようにしてくれる春香の存在
それらが俺は……欲しいんだ
25:
だから思う
強制はしたくない
優しさからの同情で付き合っては欲しくない
今まで世話になったからの付き合いであっても欲しくない
そんなのは我侭かもしれない
でも、春香の負担になるのは嫌だから
その笑顔を曇らせるのも嫌だから
「明日、俺に付き合ってくれないか?」
「え?」
「……デートしよう。春香」
「えぇっ!?」
やっぱり嫌なんだろうか
でも、春香は首を横に振りそして縦に振った
「ぁ、わかかっ……解りましたっ良いですよ」
「い、良いのか? 本当に」
「はいっ、明日はオフですから」
それが優しさからの付き合いに思えたが
このデートで全てを決めるために、甘んじるしかない
春香とまる1日付き合って、春香の心を確かめて
もしも、心から受け入れてくれたなら、俺は――。
そんな決意を胸に、時は残酷なほど早く過ぎていった
28:
「ちょっと早く来すぎたか?」
予定時間の30分前
我ながら早いとは思うが
活力(はるるニウム)が有り余っているせいか
かなり早く起きてしまったわけだ
見たところ
春香はまだ来ていないようだ
「……デートか」
自分で言っておきながら
よくもまぁ女子高生とそんなことを
なんて呆れてしまう
だけど惹かれた相手がそうだったのだから
どうしようもない
29:
それから10分後
予定時間の20分前に
春香はゆったりとした足取りで集合場所に来た
「まさか、プロデューサーさんに先に来られちゃうとは思いませんでした」
「ははっ甘いな春香。プロデューサーは常に先を行くのも仕事のうちなんだ」
「その様子だと、今日は別に必要無さそうですね」
嬉しいと嬉しくない
その狭間の平坦な声では
春香がそのことについてどう思っているのかは解らない
率直に聞いても、春香は気遣ってしまうだろうし
中々判断しづらいところだ
30:
「ちょっと大きい荷物だな。俺が持とうか?」
「い、いえ。気にしないでください」
「そうか……辛くなったら言えよ?」
「はいっ、ありがとうございます」
そう言って笑顔を見せられると
こっちも無理に受け取ることはできない
出来るなら片手を開けてもらって
手を繋いでみたかったのだが。
いや、もしかしたら
そう思っているのを見透かされて
その対策を講じられているのかもしれない
……嫌な考えは止そう
「じゃぁ、行くか」
「はいっ、お願いしますね」
34:
「おぉ、まさかの遊園地」
「なんだよ、まさかのって」
「いえ、デートらしいなぁって思いまして」
「それならいいけど、なんか嫌そうに聞こえて不安になったじゃないか」
「えへへ、ごめんなさい」
嬉しそうに笑っているのだから
嫌で「まさかの」と言ったわけではないのは確かだ
正直、デートの定番だとネットでは言われてるし
ちょっと不安ではあった
でも
ショッピングとか映画とかミュージカルだったり
そういう場所では
必ずアイドル天海春香やその仲間たちのことが沢山あって
プライベートの天海春香を損なってしまいそうで
なんだか嫌だったのだ
35:
「プロデューサーさん、何に乗ります? あのパンダとか?」
「子供じゃないんだから……ジェットコースターにでもするか?」
「へーぇ……私の叫ぶ姿が見たいと」
春香の茶目っ気混じりの伺うような視線に苦笑を返し
呼吸のように、それは簡単に漏れていた
「いや、春香の可愛い姿が見たいなと」
「へっ、ぇ? か、可愛い?」
聞き返されて気づくその言葉
赤くなった春香と赤くなっているであろう俺は
少しの間だけ見つめ合って
同時に斜め右下へと視線を移した
「い、行きましょう……か」
「そ、そう……だな」
入園早々気まずくなるとは……非情である
36:
いきなりのミスのせいか
互いに視線は反対方向
遊園地の乗り物も
こうなってはただの置物でしかなく
もはや公園にいるのと何も変わらない
その状況を打破しようと
春香の方を見ると、同時に春香も俺の方へと視線を変えていた
「あっ」
「うっ」
またしても気まずい沈黙
でも、春香が先に動いた
「せ、せっかく来たんですし、なにか乗りませんか?」
「そう、だな……」
かと言って何に乗るか
悩む俺たちの近くにあったのは偶然にもジェットコースターだった
37:
「なんていうか……喋りにくいです」
順番を待つ間に
春香は不意にそう呟いた
「すまん、俺が――」
「そ、そうじゃなくてですね……いざプライベートってなるとなんか、そのえへへっ」
春香の照れ笑い
そこには何かが隠されていて
でも、自分には測り知ることのできないもの
それを解っているせいで
胸を掻いても拭えないむず痒さに襲われた
「思えば、プロデューサーさんのこと。あんまり知らないんだなって」
「……そうだな。基本的には仕事の話か、春香の話ばかりだからな」
「だから、なんて話題を振ったら良いのか解らないんですよ」
仲は決して悪くはない
互いの距離も近いはずなのに
春香は俺という人間の知識をそこまで持っていないのだ
38:
それは、春香だけでなく
アイドルたちには
自分のプライベートをあまり語らないという
プロデューサーだからこその一線を引いていたから
でも、デートしている以上
そんなことにはこだわっている必要などないし
そもそも
自分がこうして春香に惹かれてしまったのだから
そんな努力など元から無意味でしかなく
今になって邪魔な壁となっているだけだ
だから、そんなものは取り払ってしまえばいい
「俺は食べ物に嫌いなものはないし、好きな色は赤。趣味はゲームだったり読書だったり。時たま運動もする」
「え?」
「自己紹介だよ」
39:
ジェットコースターの番が来るまで
俺たちは互いのこと話し続けた
春香が聞き
俺が答えてそれならと訊ね
春香が答えてそれならと
話してみれば
意外と会話は続いてしまう
それどころか
終わり所を見失ってしまい
自分たちの番がきたことに気づかないくらいだった
41:
「えへへっ怒られちゃいましたね」
「そうだな……ただ自己紹介でするようなことを風呂敷広げただけなのに」
好きな色からどの色と相性がいいだとか
どの色と混ぜるとどの色になるだとか
そんな小学生みたいな会話
そんなもので盛り上がれるとは
まだまだ若いってことだろう……いや、確かに20代前半なんだが
「あ、動くみたいですよ?」
「今更引くに引けないからな?」
「わ、解ってますよ」
段々と登っていくに連れ
春香の額にも冷や汗が浮かび始めた
「プ、プロデューサーさん? こ、こここら……ここから見える景色は絶景らしいですよ?」
「へ、へぇ?……は、春香はそういうの好きじゃなかったっけかぁ?」
「しゃ、写真で見たので十分ですよぉ」
「ふぅ?ん……お、俺も写真で十分だし」
43:
春香も解っていることというか
解ってていったのだろうが、正直言って
周りの景色を見る余裕など皆無である
ゆっくりと登っていくコースターは
ガシャンガシャンッと
まるでカウントダウンでもしているかのようで
安全バーを強く握り締め
首の筋肉が強張り
前しか向けなくなってしまいそうだ
「はるるニウムが急激に減少してもおかしくないほど怖い」
「うっ……て、手を握るくらいなら許可しますよ」
「良いのか?」
なんとか春香の方を向くと
春香も俺のことを見ていた
「あ、汗ばんじゃってますけど……えへへ」
44:
そう言いながら差し出してきた左手は
太陽の光加減のせいもあるのだろうが
テカテカとしていて
汗ばんでいることがはっきりと解った
「いや、それは俺もなんだが……」
自分の手が汗ばんでいるのは見なくてもわかるし
それは春香にとって迷惑になるんじゃないか?
そんな俺の心を察してか
春香は震える笑い声をあげた
「ゎ、私も、その……汗ばんじゃってますから」
「………じゃぁ、その」
右手を安全バーから外し春香の左手を握り締めると同時に、
ガシャンッと一際大きな音がなり、コースターが停止した
「プロデューサーさん」
「ん?」
「ちゃんと握っててくださいね」
春香の小さな声
もしかしたら春香は
俺が思っている以上にジェットコースターが苦手だったのかもしれない
俺の握り締める春香の手はかなり震えていた
45:
「春香……ジェットコースターは苦手なのか?」
「そ、そんなことないですよ?」
そう言いながらも
握る力に手を込めるところがまた
春香の可愛いところだ
「ちゃんと握ってるから」
「はいっ」
そう言っただけなのに
春香は嬉しそうに返事をして
また一層強く手を握ってきた
自分から手を握ろう。なんて
言い出せていれば
もっと良かったのかもしれな――
ガシャンッと
何かが放たれた瞬間
俺達は一瞬のうちに80mもの急降下を開始し
1回転、2回転、上昇、下降、ドリルのように回転して上昇、のち……急降下
正直死ぬかと思いました
46:
「ぁは、あははは……」
「だ、大丈夫か?」
「……し、死ぬかと思いました」
「同感だ」
コースターを降りたあとも
2人してヨタヨタとしてしまうほどきつかったわけで
しかも
横を見る余裕がなくて
春香の表情を全然見ることができなかった
ジェットコースターはデートに向かない。うん、断言しよう
吊り橋効果を狙って?なんて、やってられるか!
いや、別にそんなことがデート雑誌とかの参考本に載っていたわけではないが
「さ、さて……とりあえずベンチ行くか」
「は、はいぃぃ」
「お客様、お預かりしていた荷物をお忘れですよ」
「あ、はい」
死にそうな春香の代わりに荷物を受け取り
とりあえずベンチまで手を引いていくことにした
47:
「大丈夫か?」
「な、なんとか……」
そうはいうものの
春香は心なしか窶れたようにも見える
やっぱり
春香はジェットコースターは苦手だったみたいだ
「悪いな……俺が言い出したから付き合ってくれたんだろ?」
「そ、そういうわけじゃ……」
「けど、その様子だとやっぱり」
「た、確かに苦手でしたけどっ、デ、デートだからっ……だからっ……断ったりして、雰囲気悪くしたくなくてっ」
そのまま俯いて
ぎゅっと手を握り締められてようやく
自分達がジェットコースターからずっと手を繋いでいたことに気づいた
48:
「別に、無理しなくても良いんだぞ?」
「無理はしてません……無茶はしましたけど」
明らかに無理をした感じなのだが
春香がそう言うのならそういうことにしておくべきなのだろうか
「……ごめんなさい。せっかくのデートなのに」
「いや、そんな気を張る必要もないって」
「でも……」
春香は赤みがかった表情で俺を見つめると
少し口を開き、でも閉じて
やっぱり開いて……強く結び
絞り出したような小さな声で呟いた
「私……デートはこれが初めてなんです」
「そ、そうだったのか……」
49:
春香くらいの女の子なら
何度もとは言わなくても
1度くらいは経験してるんじゃないかと思っていた
けど出来るなら経験なしでいてくれと思い、
経験がないって聞いて
内心喜んでるのは秘密だ……でも
「その、だから……プロデューサーさんとできるだけ合わせたいなって」
「わ、悪い……気を使わせちゃってたんだな」
やっぱり、春香は優しさから付き合ってくれる女の子だ
デートだなんて言ったから、こんなにも気を使ってしまっているんだな
「遊園地は切り上げよう。悪いな、気を使う必要のない場所に――」
そう言って歩き出した足
でも、それは春香によって手を握られたままだったがために
半歩だけで終わってしまった
50:
「このままでいいです」
「え?」
「プロデューサーさんがデートに誘ってくれたんじゃないですか」
振り向いた俺の視界に映った春香は
ベンチから立ち上がり、俺を見ていた
「私……楽しみにしてたんですよ?」
「楽しみ……?」
春香はただ優しさからデートの誘いを受けてくれたんだと思っていた
でも、それは俺の勘違いで
春香は喜んで引き受けてくれたのか?
「初めてのデートで、その相手が……プロデューサーさんだったから……」
「俺だったから?」
「ぁ……いえ、えっと……と、とにかく! 誘われたのはデートなんですから!」
春香がそれで良いって言うなら
このまま続けていってもいいんだろうか……
52:
結局
春香に流された俺は
そのままデートを続けることにしたわけだが
デートを中途半端にしようとしたせいか
春香はちょっぴり不機嫌になってしまった……かもしれない
けど……春香が言った
相手がプロデューサーさんとだから。
それがもしも俺とこういうことをしたかったという意味なら
この心の内を打ち明けても良いんだよな?
なら……まずは春香の機嫌を治すべきだ
53:
「その、春香」
「なんですか??」
「いや、悪かった……投げ出そうとして」
「許されることじゃありませんよ?」
春香はそう言いながら
近くのアイスクリームが売っている店を指差した
「でも、あれ奢ってくれたら許してあげますよ」
「そ、そんなことでいいのか?」
「なんですか……もしかして、もっときつい方が良いとかいう……」
春香にされることなら
きついことでも別に平気な気がするが
俺は別にそんな趣味があるわけではない
「わ、解った。わかったから変な誤解しないでくれ」
と、歩きだそうとした足はまた阻まれてしまった
見えた春香の笑顔と
春香が持ってきた大きな荷物
「まずは……ご飯。食べませんか?」
54:
「まさか作ってきてくれたなんて」
「だから言ったじゃないですか。楽しみにしてたって」
大きな荷物を手を握るのを阻むための道具と考えていた自分を殴りたい
いや、それよりもまずはお弁当だ
丁寧に握られたおにぎり
可愛らしくタコになっているウインナーや
ちゃんとした黄色い卵焼き
ほかにも、時間をかけたのが見ただけでわかる煮物や
揚げ物が詰められていた
「これ、全部春香が作ったのか?」
「えへへっ……そうだって言えたら良いんですけど」
春香は少し悔しそうに笑うと
質問に答えてくれた
「ちょっとお母さんに手伝って貰っちゃいました」
正直に答えてくれるところがまた春香らしいが
ちょっとということは……殆ど手作りといって過言ではないんじゃないだろうか
55:
「でも嬉しいよ……ありがとう春香」
「えへへっ」
可愛い
率直にそう思い、また口から漏れ出しそうになるのをなんとか堪え
いざ食べよう。と、思ったはいいが
「ど、どれも美味しそうで手が……」
全部食べたい
全部食べたいからどれから手をつけるかがすごく迷うわけで
飲み物しか味わっていなかった舌に
衝撃を与えてくれるものを探して
箸が彷徨っていると
口元にすっ……と、それは伸びてきた
「プロデューサーさん、これ食べてみてくださいっ」
56:
「え?」
「その、さっき強いて言うなら卵焼きが好きって言ってたから」
俺が驚いたのは卵焼きではなく
春香が今しようとしていることである
無自覚にやろうとしているのかもしれないが
これは男子が夢見るあーんというものではないか?
指摘するべきか、しないべきか
もちろん、するべきじゃない
「じゃぁ……いただきます」
「はい」
パクッと箸ごと咥えると
卵焼きのフワッとした生地が口の中で舌と口蓋によってサンドされ
何層にも束ねられた黄身と白身がその圧力に負けて少しずつ裂けていく
そこから漏れ出してくる絶妙な塩加減と、卵本来の僅かな甘味
そのまま溶けていくのを感じていたくもあるが、視界に広がる次を待つオカズたちを求めるあまり
溢れそうになるよだれを止めようと噛み締めてしまった
そのせいで長い味わいを得ることはできず
しかしながら、旨みはその砕け散る一瞬に凝縮され
思わず体を震わせてしまった
57:
「う、美味いっ!」
「よ、よかったぁ……」
春香はほっと胸を撫で下ろし
嬉しそうに微笑んだ
「この卵焼き、私が一人で作ったやつなんですよっ」
「文句なしだ、店で出ても違和感なし。いや、駄目だ。これは全部俺が食べるぞ」
「私の分も残してくださいね」
呆れたように言いながらも
春香は嬉しそうな笑顔を絶やすことはなかった
「それで、他に春香が作ったのはどれなんだ?」
「えっと、タコさんウインナーとか、煮物とか……」
「煮物か……家によって味の違いがあるからな。食べてみるか」
「うっ……合わなかったらごめんなさい」
合わなかったとしても
春香の手料理なら喜んで俺が合わせるつもりではあるが
食べてみないことには解らない
58:
煮物といえば
まず最初に食べるのはじゃがいもだ
煮る時間を間違えれば溶けてなくなり歯ごたえも何もない
その点
春香の作った煮物のじゃがいもは
箸で掴むとスパッと行ってしまいそうな感じではあるが
数ミリ程度食い込んだところでしっかりと留まってくれるし
濃すぎると色は汚く、薄すぎると色のない表面も
ダシと同じ鮮やかな薄茶色になるかならないかの程よい色合い
「……さて、味は」
「……どう、ですか?」
口に含んだ瞬間、まるでマッシュポテトのように
ぐにゅっと歪みながら溶けるように消えていく
けれどその存在を証明するかのように
染み込んでいた醤油メインのダシとじゃがいもの無味に近い仄かな甘さ
それらが溶け合って舌に染み込み、
形そのものを失ったというのに、存在は延々と残り続けた
59:
「も、もう一口……」
「え?」
「いや、もう二口」
箸が止まらない
もはや白米よりもメインに置かれてしまいそうなほど
病み付きになりそうな感覚だった
そこにはないのに、そこにあって
その歯ごたえの物足りなさがもう一口を誘い
それでもまだ足りなくて、二口目を摘んでしまう
「あの、美味しい……んですか?」
「あ、当たり前だろ……っ春香も食べるんだっ!」
「は、はい」
煮物を完食してしまうとそれはそれで物足りなくて悲しみがこみ上げてくるが
ないのなら仕方がない
「えっとおかずばかりもアレじゃないですか……おにぎりたべます?」
「ああ、食べるよ」
春香が握ってくれたおにぎり
さて……具材は何なんだろうか
64:
見事完食だった
動き回ることを考慮し
尚且つ園内にあるお菓子などを食べることも考慮した
腹八分……いや、七分目まで満たされる量
その美味さは人に伝えず独り占めしたいほどで
正直、園内で余計なお菓子を食べて余韻を消したくないと思いさえする
「美味しかったよ。ありがとな春香」
「い、いえ。喜んで貰えて良かったです」
初めてのデートで
相手に要求されたわけでもなく
お弁当を作ってきてくれるなんて
本当に良い子だと思う
でもだからか……自分の気持ちを告げることに迷いが生じてしまった
65:
正直に言えば
こんな良い子を放っておきたくないし
手の届く範囲にいる今を手放しくたくない
だが……この子に自分が相応しいと思うことが難しかった
優しいし、明るいし、だから元気で、その元気を分けてくれて
お菓子も、お弁当も、上手に出来て、美味しい
そんな子と
ただ一介のプロデューサーでしかない自分が
不釣り合いでしかないというのは明白なのだ
「プロデューサーさん?」
ベンチに座り込んだままの俺と同じ目線までしゃがみながら
春香は不思議そうに顔を覗いてきた
「どうかしたんですか?」
「いや……なんでもない」
もう止めようとは言えなかった
ちょっとした欲が出た
気持ちを伝えることは止めても
今日一日するデートだけは楽しみたいと
「それじゃ行くかっと……そういえばアイス奢らないといけないんだったな」
「あははっ、覚えててくれたんですね」
右隣にいる少女の笑顔
それを見れるだけで、自分はもう十分に幸せだった
66:
アイスクリームのひんやりとした感触を口の中で溶かしながら
春香と一緒に並んで歩いていく
それだけでも十分幸せなわけだけども
普段はしないプライベートな会話
その中で見せてくれる春香の笑顔
聞かせてくれる笑い声
それらがより一層、俺を癒してくれて
疲れるはずの歩き回るという行動にも
嫌気がさすどころか春香とならいつまでも歩いていたいとさえ思っていた
「次、何か乗りますか? それとも、お化け屋敷とか動きのないものにした方がいいかな?」
「ジェットコースター乗るか?」
「や、止めてくださいよぉ……吐きますよ?」
「それは勘弁してくれ」
67:
結局、
コーヒーカップやらなんやらと
たくさんある選択肢の中で選ばれたのは
春香の言ったお化け屋敷
乗り物系は食べたばかりだからと遠慮することにした結果だ
「ここって結構怖いらしいですよ?」
「そうか……って、待て。春香は平気なのか?」
「あんまり得意じゃないですけど、お化け屋敷はそう言うものなんですから」
春香は楽しそうに言いながら
俺の腕を掴んで強く引っ張った
「ほら、入りますよ!」
「解った、解ったから引っ張るなって」
68:
廃病院をモチーフにしたお化け屋敷で
診察室やら、病室やらがリアルに作られ
その壁やベッドには血がついている……わけではなく
まるで荒らされたかのように乱れているだけ
だけだというのに
真っ暗な中、渡された懐中電灯のみで歩かなければいけないせいか
正直に言って
心臓が飛び出しそうなほど怖い
「は、春香。平気か?」
「えへへっ……先に進みたいのと、怖いから立ち止まりたいの感情に挟まれてます」
そんな春香の震え声に対して
俺はその温かく優しい手を握った
「プロデューサーさん?」
「一緒なら怖くないだろ?」
「……そうですねっ」
真横でも暗さのせいかはっきりとは解らない表情
でも、声から嬉しそうな笑顔であることはわかった
69:
一緒なら怖くないといったな?
あれは嘘だ。普通に怖い
「ぜぇ……ぜぇ……い、息が……」
「す、少し休むか」
「そうですね……」
手を繋いだのはいいが
先に進もうと懐中電灯を目の前に向けた瞬間
ナース服のお姉さんが突然現れたのだ
それにはもう、2人して見事な悲鳴をあげてしまったし
そこからはほぼ全力疾走したというわけで
「あ、あれはずるいですよ……不意打ちじゃないですか」
「そういうものだから仕方がない」
「でも、えへへっ」
「ん?」
「プロデューサーさんの手、心強かったです」
嬉しそうに言いながら、にこっと笑い
掴んだままの手をまたぎゅっと握ってきて……
「あっ……は、放すの忘れてましたね」
気づいて赤くなる春香の表情の多忙さには
怖さも忘れて苦笑してしまう
72:
時間を忘れるとはまさにこのことかもしれない
乗り物に乗る前の空色さえ思い出せないし
乗り物から降りたあとは気づけば夕暮れ時だった
「久々に楽しいオフでしたっ」
「喜んでくれて良かった。春香の手料理も食べれたし、俺も満足だよ」
「えへへっありがとうございます」
春香が久々に楽しいと言った事にはあえて触れない
最近はみんな忙しくてオフが来れば自宅でまったりと過ごすことが普通らしいし
自分がオフでも、周りは仕事で会うこともできず遊ぶこともできない
そんなことばかりだったからだ
「あのさ……春香」
「はい?」
「もう少し時間はあるか?」
「え、えぇ……まぁ、ありますけど」
キョトンとする春香の頭を撫でたい気持ちを押さえ込み
俺は春香を連れて事前に予約しておいた店へと向かった
73:
「えっ、ここですか?」
「ああ、ここだよ」
春香は店を見て、自分の服を見て
俺を見て、また店を見た
「や、やっぱり帰っていいですか?」
「なんでだよ、せっかくここまで来たのに」
「だ、だってこんな高級なお店だなんて思わなくて……」
春香が言うとおり
ここはミシュランガイドにのる名店中の名店で
正直なところ
春香の今の服装は不釣合いではあるが
でも、着飾らない春香の方が俺は好きだ
「大丈夫だよ。前だって今よりもラフな格好でレストランに来たじゃないか」
「うっ……ぁ、あれは……」
しかも
普通に良い食べっぷりを見せてくれたのだから
別にここでもそんなに気にするようなことはないだろう
74:
春香を連れて店内に行くと
そこはやっぱり凄い接客と内装だった
まるで富豪の家のような店内は
かなり綺麗で豪華な内装だし
接客はまるで執事のように礼儀正しく
服装も乱れてはいないし
説明もかなり丁寧だった
「うぅ……ご飯、食べれそうにないです」
「おいおい……お前だってもうトップアイドルなんだから。こういう店に慣れておいた方が良いぞ」
「そんなこと言われても……」
「ははっ、まぁとにかく注文しよう。俺がちゃんと出すから好きなの頼んでいいぞ」
とはいえ
??の??和えとか
普通のお店のわかりやすい料理名じゃないから
なにがなんなのかはちょっと分かりづらく中々決められそうになかった
76:
お高い食事も終える頃には
外はすっかり夜の暗さ
けれども、都会なだけあって
まだまだ昼間のような明るさと活気を保っていた
「ごちそうさまでした。ほんと、美味しかったです。しかも……高いし」
「いやいや、気にする必要はないさ。いつもお菓子もらってるし、今日だってお弁当を作ってくれたしな」
それに昨日のことだってある……という言葉は
春香の表情を見たせいか言えずに霧散していった
街灯の明かりばかりの街を
少し遠めに見つめながら
何かに思いを馳せているような
可愛いというよりも、綺麗な表情だった
「なんだか……ステージにいるみたいです」
77:
「え?」
「ほら、ステージから見える景色も。暗い中で、サイリウムの光が輝いてるじゃないですか」
その他にも照明とかあるが
それをいうのは野暮な気がした
「そうだな」
「前はこれを見ても、地元とは違うなぁとしか思わなかったんですけどね」
「そりゃ、ステージからの景色を見慣れたってことだろ」
「あははっ確かにそうですね」
さっきまでの綺麗な表情からは一転して
いつも通りの明るい可愛い表情へと戻った春香は
気になっていたのか
お店の方を見つめて訊ねてきた
「どうして、あんなに高級なお店だったんですか?」
78:
見栄を張ったというのもあるが
使い道のなかったお金を使いたかったというのもあって
本音を言うなら
春香に対してのお礼だろうか
「今までさ、色々と世話になったお礼だよ」
「……なんですか。お別れみたいに」
お別れのつもりなのだから
そう思われて当然だ
言葉に黙って頷くと
春香は困惑した表情で俺を見つめた
「どういうことですか?」
「俺は春香とは不釣り合いだって実感させられただけだよ」
81:
遊園地の時に実感させられた
天海春香という少女の特別さと
自分という男との格の違い
普通の女の子というキャッチフレーズを使ったりしたが
とんでもない
料理ができて、お菓子も作れて
元気で明るくてポジティブで、優しくて
勉強はまぁそこそこらしいが
とにかくそんな高スペックである春香が
ただの平凡な女の子であるはずがない
強いて言うなら
これといった強い特徴や、飛びぬけた才能がないというだけでしかない
それなりのスキルをそれなりに持っている
何度も言うが
それはもはや普通の女の子ではない
82:
「そ、そんな、不釣り合いなんて」
「いや……釣り合わないよ。お前は俺みたいな男とはさ」
「………………」
春香は押し黙り
俺を見つめて悲しそうに首を振った
「でも、プロデューサーさんは」
「いや死ぬわけないよ……気怠かったりするのは事実だけどさ」
「……でも、そのままだったらまた仕事出来なく――」
「いや、この仕事はやめるよ。春香のそばにいるからダメになるんだからさ」
手が届かないとわかっていながらも
物理的な距離があまりにも近いから
諦めきれずに
前のうつ病に近い症状が出てきてしまっていたんだから
春香の夢はアイドルだ。
ここまで売れるのに並々ならぬ努力をしてきたし、代わりなんていない
「でも、俺には代わりがいるから」
そう言った俺に大して帰ってきたのは怒号だった
「代わりなんているわけないじゃないですか!」
83:
「いるわけ……ないじゃないですか」
2回目の言葉は
怒りよりも上回った悲しさが前面に押し出されている声だった
「私……ううん、私達だけじゃこんなに人気を取れませんでした」
「そんなことない」
「ありますよ。だって、プロデューサーさんが来るまで全然ダメだったんですよ?」
そうだった。と
社長や小鳥さん、当人達から聞いた覚えがあるし
確かに俺が来てから大分安定してきているだろう
でも、だからって俺が重要なわけじゃない
「あくまで重要なのは俺ではなく、プロデューサーという役割の人間だろ?」
「確かに最初はそうだったかもしれないですけど……でも、今はもうプロデューサーさんじゃなきゃダメなんです」
84:
「そりゃ、10人近いプロデュース――」
「そうじゃないんですっ!」
「ふぁっ!?」
「仕事量の問題とかじゃなくて、信頼とか……好感とか。そう言った意味で、ですよ」
春香は悲しさはどこへやら
お怒りモードで詰め寄り、ぎゅっと抱きついてきた
「ちょ、おま、変装してるからって」
「私も。私達も……プロデューサーさん欠乏症にかかっちゃってるんですよ」
「何言ってるんだよ、それは」
「だから! だから……代わりなんて作られたら。私たちみんな死んじゃいますよ?」
涙を溜めた春香の瞳が
俺の胸元に沈んだまま、ゆっくりと見上げてきて
思わず、目をそらしてしまった
85:
でも、春香の顔は赤かったのが見えた
ここまで言うのは恥ずかしかったんだろう
今こうしているのも、恥ずかしいのだろう
はるるニウムを容量を超えて摂取してしまっているせいか
俺も顔が熱いく
肌寒い外の空気との落差が変に痛みを伴い
頭だけは冷静だった
「春香……ここじゃ人目につくぞ」
「でも……」
「良いから、移動するぞ」
いくら変装が済んでいるからとは言え
ずっとこのままでは視線を集めてしまうし
そうなればバレる確率も上がってしまう
春香の手を引いて場所を公園へと移した
86:
「正直、嬉しいよ」
「え?」
「春香が言ってくれたことだよ」
少しの時間だけでも会話が途切れたおかげか
緊張をすることも
顔が熱くなることもなく
春香が抱きついてくることもなかった
「でもさ……それじゃダメなんだ」
「え?」
はるるニウム欠乏症とか言う訳の解らない病名
でもそれは単純明快、ただの恋煩いだ
「俺は春香が好きだ。春香のことを考えすぎたり、春香に会えない日があると気落ちしたりするほどに」
「ぇ……?」
87:
「スキャンダルになる可能性がある以上。本当に付き合うことはできないだろう」
「それは」
「でも、事務所ではイチャイチャしたいんだ!」
「えっ」
「だから――俺と付き合ってくれ!」
言いたい事は言った
言い切ってしまった
だからもしも断られたら765プロを辞めて
金輪際春香たちには近づかないつもりだ
そうじゃなきゃ、踏ん切りがつかないからな
でも、それは言わない
言ったら春香は優しさとか恩義で許可してくれるから――
「あの……本気、なんですか?」
「本気だ。暇があればギュってしたいしチュってしたいし、ナデナデしたい」
「あはは……その、そうじゃなくて、私と付き合いたいとか好きだとか……」
「当たり前だろ。じゃなかったら春香と触れ合えないだけであんなダメ人間になったりするわけないだろ」
88:
「えっと……それ以前の……」
「ん?」
「いえ、その……保留っていうのはダメですか?」
きっぱり断られるか
運がよければ受けてくれるかの二択だったはずなのに
春香はその真ん中の選択をしてきた
「まだ1回しかデートしてませんし、付き合うかどうかは……もっと回数重ねてからが良いかなって」
春香は視線を俺には向けず
空を見上げるようにしながら言う
でも隠れてない表情は
公園の外灯に照らされていて
赤く染まっているのが解った
「確かに、そうかもしれないな」
89:
「えへへっ、じゃぁまた今度誘ってくれますか?」
「そうだな……次のオフとかどうだ?」
「ん?……そうですね。今度はちょっと遠出もしてみたいです」
「2連休とかあれば日帰りでも疲れを取る余裕があるけどなぁ」
告白の話は自然と流れていって
俺達はごく普通の恋人同士のように
次のデートの話を進めていった
その帰り道
駅まで見送ったあと、
春香は思い出したように言い出した
「あの、プロデューサーさん」
「ん?」
「冬って寒いですよね?」
「そうだな……」
「だから、ほんの少し抱きついてくるくらいなら……事務所でなら許可しちゃうかもしれません」
90:
「え――」
「そ、それじゃぁまた明日ですねっ! ありがとうございました!」
春香は俺が何かを言うよりも早く
駅の方へとかけていき
改札を抜けて――ドンガラガッシャーン……そしてまた
振り向くこともなく
逃げるように階段を上っていってしまった
「……抱きつくくらいなら、良い?」
それなら許してくれるってことか?
付き合ってもないのに?
いや、保留だから
決めるまでは駄目になられたくないってことだよな?
「っしゃー! 絶対に、絶対にっ――……」
思わずガッツポーズ
周りの奇異の視線に耐え兼ねて、最期の言葉は心の中へと消えていく
絶対に……春香に認めてもらうんだ!
91:
終わり
別に付き合うENDじゃなくてもいいと思うんですよ
……まさか恋煩いって言われるとは思わなんだ
92:

春香可愛い…さぁ病院に戻ろうか
9

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