佐天「人を騙す能力、かあ…」back

佐天「人を騙す能力、かあ…」


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1:
ほのぼのとした暖かさからやや暑いくらいに変わりつつあるこの頃。
学園都市の生徒たちがそれぞれの気持ちを抱く、年に数回の行事のうちの一回が行われる。
「『身体検査(システムスキャン)』の結果どうだった??」
「前と同じだったよー」
「お、俺!レベル上がってたぜ!」
さまざまな所からそんな声が聞こえ、佐天涙子は大きく伸びをする。
(能力…かあ)
周りの楽しそうに話す声を背景に、佐天は溜め息を吐いた。
「発火とか発電とか水流とか風力とか…そういうのだったらなあ」
佐天は一年ほど前、『幻想御手(レベルアッパー)』を使用した際に風力使いとしての能力を発現していたのだが、どういうわけか今回発現した能力は違うものだった。
そもそも幻想御手を使用した理由は友人たちへのコンプレックスやら能力への憧れなどがあったのだが――。
佐天はペラ、と結果の紙を開く。
『C,E,E,D,C…総合評価、レベル1』
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1396270809
2:
念願かなって能力者になった――とは、単純には喜べない。
(折角能力に目覚めたのに…こんなんじゃなあ)
判定の下に書かれた系統と詳細を読んで溜め息を吐く。
(どこで使えって言うのよ、はあ…)
「あ、佐天さーん!」
そんな佐天のもとに駆け寄ってきたのは彼女の親友、初春飾利である。この春晴れて二年生となった彼女らはクラス替えに緊張し、春休みには涙さえも浮かべたほどだが、幸運にもまた同じクラスになったのである。
花飾りの目立つ垂れ目のやや少女は、眩しさに目を眇めながら口を開いた。
「身体検査(システムスキャン)、どうでしたー?」
「え?んーと…バストが大きくなってたかなっ」
「嫌味ですかっ!?てかバスト測ってませんから!」
平坦な胸を見下ろして地団駄を踏む初春の頭をポンポンと叩いて、佐天は空を見上げた。
「まーた無能力者(レベル0)だったよ。やってらんない」
「…」
少し言葉に詰まった初春に対し、少し罪悪感が湧く。
3:
とっさに嘘をついたのは、自分の能力に自信がなかったからだ。強さ的な意味ではなく、
(能力は『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』に基づくものだし、つまり能力にはある程度は自分自身の願望も反映される)
つまり、佐天の能力は佐天の願望を映し出しているものかもしれないわけで。
(あたしはこんなこと願ってない。でも、みんなはどう思うだろう)
花飾りをつけた優しい少女や、一つ上の憧れの先輩や、ツインテールの正義感溢れる少女はどう思うだろうか。
(怖くて…言えないよ)
自身の能力のことは隠して、にっこりと笑う。
「でも、これからまだまだ頑張るかんね、初春!」
「は、はい!ファイトです!」
突然のテンションに戸惑うように、だけど嬉しそうに跳び跳ねる初春を見て、佐天の中のなにかがチクリと刺される。
(ごめんね…初春)
6:
「はあ…なんなんだろう、これ」
夜、ベッドの上で、佐天は改めて身体検査の結果を読み直した。
『精神感応系 LEVEL1』
「えーと…低位の能力者には珍しいことではあるが、類を見ない能力であるため能力名をつけることとする、か」
確かに、佐天の知っている範囲でも超電磁砲(レールガン)や心理掌握(メンタルアウト)など高位の能力者は能力名を持っている。
それに対し、知り合いの強能力者(レベル3)の先輩は個別の能力名を持っていないことから、一般的には基本は超能力者(レベル5)や一部の大能力者(レベル4)のみにつけられるものだと認識している。
しかし例外として、珍しい能力――例えば知り合いの知り合い、ツンツン頭の高校生の能力は無能力者(レベル0)にも関わらず発現したときに命名されている。
(ま、あたしのも珍しい能力なんだろうけど…さ)
もう一度、書かれた文字と説明を見直すが、見たまんまである。
7:
『虚偽説得(イミテーション)』
『微弱な電流で自身の脳に干渉し思考力を上げて演技力や会話スキルを上昇させ、同時に相手にも干渉し警戒を引き下げ、信じやすい状態にする』
簡単に言えば、嘘が上手くなって、相手も嘘を信じやすくする。あけすけにいうと他人を騙すだけの能力である。
(あたしだけの現実が、初春たちを騙したいって言ってるの…?)
ううん、と首を振ってその考えを消し去る。
そんなわけがない。
(みんなに嘘は…吐きたくないよ)
――本当に?
枕に顔を押し当てて悶える佐天の頭に、声が響いた。
9:
「誰っ!?」
――本当に、嘘をつきたくないの?
「この声、まさか…」
あたし?
突然の声にビックリするが、今まで持っていなかった能力を持つことになったのだから、多少の変なことは受け入れられる。
呼吸を落ち着ける佐天に、その声は訊く。
――せっかく手に入れた能力、使いたくないの?
魅力的な問い。
とうとう憧れの能力者になれたのだから、能力者として生活すれば。
「ううん、いいの」
その提案は佐天にとっては魅力的すぎて、しかし彼女は拒否した。
――なんで?
「あたし…初春や御坂さん達やアケミ達を騙したくない。あたしが能力を我慢すれば叶うんなら、我慢する」
騙されると結構傷つくもんね。そう呟いた佐天の頭のなかに、もう声は響かなかった。
(…あれ?)
今の、なんだったんだろう。
モヤモヤしたものを残しながら眠りについた彼女の頭に、魅力的な誘惑がこびりついていた。
17:
「うーいーはああああああ、」
るーーーっ!
大声で名前を呼びながら、親友のスカートを捲り上げる。
バサ、とスカートの下の下着がさらされて、一瞬周りの目が集中する。そんなものには構いもせず、佐天はニヤニヤと笑った。
「ほ?、キャラ物ですかー。御坂さんの影響?」
「ちっ、ちがいます!あんなこどもっぽ…かわいらしくありませんから!」
顔を真っ赤にしてスカートを押さえる初春を見て歯を見せて笑いながら、彼女の前を歩き出す。
「ほら、初春…行くよ!」
「あ、待ってくださいよー!もう、佐天さんったらー!」
18:
元気よく階段をかけ上がる佐天を、困ったような顔で初春が追いかける。そんないつもの光景を見ていたクラスメイトが、口を開いた。
「ねー涙子。涙子と初春さんって結構タイプ違いそうだけど、仲良くなったキッカケとかってあるの?」
「きっかけ、ねえ」
自身の机に突っ伏して息を調える初春をチラッと見て、答えようとする――その瞬間、背筋になにかが走る。
(なに、これ…?あたし…?)
とっさに頭の中に話が構築され、どう動きどんな声ではなしどれだけ間を取ればいいかが鮮明に浮かんでくる。
一見、上手な話し方をサポートしてくれるいい能力に思える。だが、
(こんな…この話の中のエピソードなんて…知らない!)
その話の中身は、ほとんどが嘘だった。
「涙子ー?どうしたのー?」
「ちょ、ちょっと待って…思い出してるから」
ちょうどいい具合の嘘を作り、完全な演出の方法まで手に取るようにわかる――これが佐天の能力の一部である。
(折角手に入れた能力…少しだけなら。いやいや、だめ!折角新しいクラスメイトが話しかけてくれたんだから、正直に答えないと!)
「えっとねー、最初の席替えで席が前後になったんだけど、その時にさー」
結局、佐天が話し出したのは、『本物』の方だった。
19:
「ねえ初春ー。こんな話知ってる?」
昨日調べた都市伝説の話をしようとすると、咄嗟に根も葉もない適当な法螺話が頭の中に浮かんでくる。
(能力…使っちゃいたい。でも)
友達を裏切るわけにはいかない…!
少し逡巡したのち、真実を語る――その佐天の頭のなかに、久しぶりに声が聞こえた。
――それでいいの?
(…なんの話?)
――あなたは人と話をする度に、能力を使いたくなる。そして、他人を傷つけないためにそれをがまんする。
(だからなんなの?自分の能力のために友達を傷つけるなんて、そんなこと――)
――能力だけじゃないんじゃないの?
(は?)
表では初春に向けて話ながら、脳内でキャッチボールを始める。
――あなたの願望は『能力を使いたい』だけじゃない。『人に嘘を吐きたい』って願望もあるんじゃないの?
(…っ!そんなの、)
――無いって言い切れる?
20:
苦し紛れに返すと、返事はなく。姿なき声はすうっと消えていく。
(ま、待って――)
やめて。
あたしが嘘を吐きたがってるなんてそんなこと、
違うって言わせてよ。
「――ん、佐天さん!」
肩を揺すられてはっと目が覚める。
焦点を合わせると、心配そうな初春の顔があった。
「な…なに、初春?」
「なにってささ、佐天さん、話終わったら急にカクンって寝ちゃったんですよ!びっくりしましたよ、もう!」
「ああ、それはね――」
簡単に理由を説明しようとして言葉に詰まる――そのとき、また台本が頭に浮かんでくる。
(本当のことを説明するのは難しいし、なによりあたしの能力が知られちゃうかも。ならこれを話した方が…はっ)
台本にしたがって体を動かし、口を開きかけたところで佐天の顔が固まる。
(あ、あたし…)
初春に対して、能力を使おうとした。
親友を、裏切ろうと。
「…っ!ごめん初春っ!」
「佐天さん!?ちょっと、佐天さーん!」
その場で立ち上がると、呼び止める声を無視して走る。
走る、ひたすら――初春から離れようと。幸い、運動神経に優れたものがある佐天に初春は追い付くことはできず、どんどん引き離されていった。
第七学区を走り続けていて、ふと思った。
もう放課後だし、知り合いと会うこともあるかも?
そう思った佐天の耳に届いたのは、まさにその通りのことだった。
「あら?佐天さんじゃない。おーい!」
「ほんとですの」
21:
少しここからのことで補足です。
書きためていたけど没にしたSSの中の設定を引き継いで黒子と佐天が名前呼びし合ってますが、もしかしたらその没を書き直して上げることもあるんじゃないか…とか希望を抱いて修正せずそのままにしています。ご了承ください。
では
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「御坂さん、と、黒子…」
「こんにちは。最近、佐天さんが『黒子』って言っても違和感なくなってきたわ」
「まあ、呼びはじめてから数ヵ月経ってますからねー」
軽く挨拶と談笑を一段落させると、黒子が思い出したかのように首をかしげる。
「そういや、涙子…今日は初春は?」
「アンタの方は違和感消えないわね」
確かに、丁寧な言葉遣いが特徴的な黒子が他人の下の名前を呼び捨てにするのは違和感が凄まじい。
お互い名前で呼ぶようになったのはつい最近のことだが、少し照れた顔で言う黒子が可愛かったからそうすることにした、という理由なのは佐天だけの秘密である。
「あー…初春は」
――校内でボランティア活動してて。私はちょっと外せない用事が…
「っ!」
咄嗟に浮かんだ嘘を言葉にする前に首を振って耐える。
友人に嘘は、
「今日のあたし、ちょっと調子悪くて。先帰ってきちゃいましたー、はは」
22:
黒子が一瞬で納得したような顔になり、逆に御坂は少し訝しげな顔をする。
「仕方ありませんの…大丈夫ですの?」
「あ、大したことじゃないんで…ありがと、黒子」
笑みを作って答えると、御坂が困ったように首をかしげる。
「ね、いま聞くことじゃないかもしれないんだけど…佐天さんって、身体検査の結果どうだったの?」
「え…」
どうして突然、と思いながら普通に答える。
初春に言ったのとおなじ答えを。
「相変わらず無能力(LEVEL0)のままですよ。はあ…」
大袈裟にため息なんて吐いてみると、黒子が佐天の手を取って励まし始める――その横で、御坂は再び訝しむような顔をしていた。
「あれ…?気のせいかな…」
御坂の呟きは聞こえなかったが、これ以上話していてはいけない、と思い聞き返したいのを我慢する。
「ごめんなさい、じゃあ失礼します。さよならー」
少し弱々しい笑みを浮かべて手を振ると、心配そうな顔の黒子と釈然としない、と言った風な御坂が手を振り返した。
その二人の顔が少し、心に刺さった。
23:
(なんなんだろ、これ)
家にたどり着くと、そのままベッドに直行する。枕に顔を押し付けて、動悸を押さえる。
(どうしちゃった、あたし!そんなに能力が使いたいか?友達を騙してまでも?)
頭のなかで自分に言い聞かせる。今日初春や黒子、御坂に能力を使おうとしてしまったことを戒めるためだ。
少なくとも最近しばらくは、普通に押さえ込めていた。だから、これからも、
――本当に?
「…なんなの」
再び頭の中に響いた声を非難するように呟くが、その声は止まらない。
――気付いてない?あなた、能力を使ったんだよ?
「は?」
何度か使いかけたが、実際は能力は使っていない――そう思った佐天の頭に、一場面が甦る。
『相変わらず無能力者(レベル0)のままでしたよ、はあ…』
思い出して目を見開いた佐天の頭の中に、クスクス笑いが響く。
――それだけじゃないよ?まだ使ったじゃない。
「…え?」
それ以外には嘘は吐いていない。そう首をかしげた佐天の頭の中に、一つの光景が浮かぶ。
『今日のあたし、ちょっと調子悪くて。先帰ってきちゃいましたー』
まさかあのとき。
勝手に初春から逃げてきたことへの追及を恐れて、咄嗟に使ってしまったのか?
(でも、嘘じゃないよ!)
――あなたは誤魔化す意図で使った。わざと一部を隠す真実は、嘘とかわりないよ?
24:
(もうやめて…)
頭を抱えるが、やはり声は止まらない。
――あなたは友人にさえ能力を使った。自分のためにね。
(違う…)
――ずっと 押さえつけてきたんじゃない? 能力への憧れを。
(やめて…)
――自分の能力を隠して、人の目を誤魔化してる。でもね、能力を使ってなくても、すでにその時点であなたは周りを騙してるんだよ?
(ち、が、う!)
声に反発する意思の力は、すでに弱まって。
気付けば佐天は、真っ暗な部屋の中に立っていた。
「ここは…」
――あなたははじめから周りを騙してた。能力を使っても使ってなくても、あなたは人を騙すような人間だってことだよ。
「なんなの!?」
叫んだ佐天の前に、光が集まる。像を結んだその姿を見て、佐天は息を飲んだ。
――貴方(あたし)は人を騙していたいんだよ。認めようよ。
その姿は、その声は、その仕草は。
佐天涙子そのものだったのだ。
25:
「あ、たし…?」
『そう。私(あなた)は貴方(あたし)。あなたの願望は、あたしの願望』
「あたし、は…そう。能力を使うと人を騙すことになるから、って思って」
『能力を遣わないことにして、能力のこと自体も隠してた』
「でも、能力が無いって言い張ってた時点で、既に。あたしはみんなを騙してたんだ」
二人の佐天の声が重なる。
「能力がなくても、あたしは人を騙す、騙したい人間…」
『そう。だから』
いつのまにか、もう一人の佐天が目の前まで来ていた。
「嫌…やめて。あたしは、みんなを」
『とっくに裏切ってるじゃない!』
もう一人が後ずさった佐天の手首を掴む。
「違うっ!」
全力で手を振り払うと、意外にもあっさりとその手は引っ込められた。
26:
拍子抜けする佐天の目の前で、鏡の自分の唇が歪み。
そのまま、なぜか――どちらも動いていないのに、なぜか距離が開いていく。
その瞬間、佐天はなんとなく強い抵抗感を覚えた。まだ離れたくない、聞きたいことがまだ。
「待って!」
「待って!」
バッ、と飛び起きた瞬間に布団が吹っ飛び、状態を起こして荒い息を吐く。
あたりを見回して真っ暗なことに気づき、電気をつける。
「ん…まぶしっ」
手で顔を隠しながら起き上がり、冷蔵庫の方へ向かう。
お茶をコップに注ぎながら頭を押さえた。
(夢…だよね?)
時刻は午前二時。奇怪な話には事欠かない時間帯である。
「丑三つ時…には少し早いなあ」
内心の震えを納めるため、敢えて一人で軽口を叩いてみる。コップのお茶を一気に呷り、大きく息を吐く。
「はあ――」
ふう、と吐き出しきったところで胸に手を当てる。
心臓の鼓動が早まっている。深呼吸を何度かして落ち着かせる佐天は不安げに周りを見回す。
怖い夢を見たあとは怖い気分になるものだが、幸いにもそのようなものを演出する物音やら人形やらはなにもない。だが、この夢は佐天の胸のなかにやけに残っていた。
30:
一週間ほどのち。
「はいもしもし。…えっ?あ、はい。私が作るんですか?え?はい、ああ…わかりました。はい、はい、それでは」
電話を終えた初春が困ったような顔で振り向いた。
「すみません、少し呼び出しがかかって…」
「ん?なんか事件なの?」
自然に返す佐天だが、本人は気づいていない。いつもの彼女なら、『気にしないよー、がんばってー』とか言うところなのだが、そのようなことを言っていないことに。
理由は簡単。
(私、やっぱり初春がこうして行っちゃうのは寂しいから、気にしてないって言うと嘘になる)
そして、嘘をつくときや後ろめたいことがあるときには、勝手に能力が発動してしまうのだ。
ここ一週間と言うもの、『建前』の言葉を口にすることを躊躇うようになった佐天の異変に気づいていないのは、本人だけである。
(…嫌だ)
『あたしは人を騙していたいんだよ。認めようよ』
不意に脳裏に、先週見た夢が蘇った。
佐天は下を向いて唇を噛む。
(違うの…あたしは、初春を騙すのなんて嫌だ)
初春はそんな佐天のわずかな変化に気づいてはいるが、詳しいことは聞かない。話してくれるまで待つのも親友の努めだ、と分かっているからだ。
31:
代わりに困ったように笑う。
「最近、学園都市で詐欺が増えてて…元々子供ばかりの街ですから、あまりそのような手の込んだ真似をする人はほとんどいないんですよ。だから、警戒する人も少なくて被害が拡大しているみたいです」
「へえ、詐欺かあ。珍しいね、この街で」
カツアゲの方が容易にお金を手に入れられるし、裏路地の事情に精通していればある程度風紀委員からは逃れられる――もっとも最近は、ツンツン頭の少年やら杖をついた白髪の少年やらやたらと熱い男やらがそういったところに出没しては、不埒な行為を行う者を成敗すると言った噂も広がっているのだが。
佐天の考えるのは、別のことである。
(詐欺…人を騙してお金を得る。…あたしの能力も、同じじゃないの?)
使いようによっては人からお金を絞りとるなど造作もないことだ。頭に浮かんだ想像を、慌てて打ち消す。
初春は構わず続けた。
「注意を呼びかけるポスターを作りたいから、私に絵以外のデジタル作業を一任するって…」
「ははあ、有能な守護神(ゴールキーパー)様は大変だなあ。まあ、絵を別の人に任せたのは正解だね」
「どういう意味ですか!」
大袈裟なしぐさで感心を伝え、からかいに噛みついてから頭を下げる初春にお詫びのケーキの約束をさせる。
少し楽しくなってきたかな、と思った佐天と初春は、ふと後ろを振り返る。
その原因は単純で、名前を呼ばれたからだ。
32:
「あ、初春さん、佐天さーん!」
「奇遇ですわね、初春、涙子」
振り向くと服屋の買い物袋を提げた制服姿の女子中学生が二人、のんきに歩いてくる。
「御坂さんに黒子!どれどれ、御坂さんはどんな下着を選んだんですかー?…うわあ、扇情的」
「ちょ、ちょっと佐天さん!」
御坂が反応するまもなく駆け寄って紙袋の中を覗き込んだ瞬間、思わず少し顔を離す。そのあまりの反応に驚いて、御坂も紙袋を覗きこむ。
その中にあったのは、殆ど布ですらないような、もはやただの紐レベルの紫色のなにかである。
33:
ちょ…なによこれ!?布面積少なすぎるわよ!こんなの穿けるわけ…って待て、こんなの買った覚えがない。まさか)
赤面する御坂だったが、途中からあることに気づく。もっとも佐天と初春はもとから気づいていたが。
そんな下着は子供っぽい趣味の御坂が選ぶものではない。
よって。
「くー、ろー、こー…?」
「なななななな、なんですの?」
パチパチと放電する御坂を前に、黒子が乾いた表情で後ずさる。
「何勝手に入れてるのよ馬鹿ああああああ!」
「ああああああああああ!」
思い切り電気を浴びせられて、黒子はその場にくずおれる。予想以上の威力に怯む二人をよそに、黒子はその場に再び立ち上がった。
「お姉さまほどのお方があのような下着ではいけませんの!わたくしのコーディネートしたこれをつければ魅力100倍!わたくしとの初夜にふさあばばばばば」
「白井さん、相変わらずですね…」
反省することなく立ち上がる黒子と再び電撃を浴びせる御坂、呆れたような顔をする初春と佐天。
34:
パン、と手を払って美琴は二人に笑いかけた。
「ごめんね、突然」
「いえー、いつものことじゃないですか」
あはは、と笑い返す佐天の後ろで、初春は少し居心地が悪そうに身じろぎしていた。
「?どうしましたの?」
黒子が水を向けると、初春は名残惜しそうに口を開く。
「折角みんな揃ったところで申し訳ないんですが…私、今呼び出されたんでそろそろ行きますね」
「?わたくしは呼び出されてませんのよ?」
首をかしげた黒子に向けて初春が否定するように手を振る。
「いえ、どうも近くの支部で詐欺防止のポスター作ることになったらしくて。絵までは終わってるらしいんですが、パソコンを使える人がいないみたいです」
「それで助っ人として駆り出されたってわけかー。流石『守護神』ね」
感心する美琴に謙遜しながら、初春は携帯電話をポケットにしまった。
「すみません、さようなら」
「じゃあね初春!ケーキ待ってるから!」
「がんばってねー」
「いってらっしゃいまし」
三者三様の見送りを終えて、美琴が初春の去った方向から目線を動かさずに口を開く。
「…それにしても、詐欺かあ。流行ってるね」
「ええ。カツアゲなどが良いとは言いませんが、詐欺なんて卑劣で陰湿すぎますの」
不愉快そうにまゆを潜めて黒子もぼやく。
「全く、人の善意につけこんで騙すなんて…最低の輩ですわ」
腰にてを当てて憤る黒子の前で佐天は少し俯く。
(人の善意につけこんで騙す…詐欺はしてなくても、それがあたしの能力なんだって知ったらこの二人や初春は)
失望するだろうか、怒るだろうか、軽蔑するだろうか。
「…どうしましたの、涙子?」
下を向いた佐天に黒子が心配そうに声をかけると、御坂も佐天の顔を覗き込む。
35:
佐天は慌てて顔を上げて、
「あ、いえ!」
なんでもないです、と言おうとした瞬間、頭がざわついた。
この感覚は知っている。嘘をつこうとしたときや曖昧に誤魔化そうとしたときに必ず走る、――自動で能力が発動する感覚だ。
(だめ!使っちゃダメだ、あたし!)
『能力の有無に関わらず自分は人を騙したいと願っている』――あの夢で、もう一人の自分が言った言葉だ。
佐天はそれを否定したい。でも、否定できない。だから、否定できるようになろうと思ったのだ。
能力を絶対に使わない、使おうともしない。そうすれば人を騙さずに正直に生きていけるかな、と。
「それにしても、学園都市で詐欺なんて」
「?…まあ、珍しいですわね。正直大人の少ないこの学園では、詐欺をする側の年齢も低くなりますから。必然的にボロを出しやすくなりますの」
つまり、今まで詐欺が少なかったのは単純に捕まるリスクが高いから、ということらしい。
36:
「逆に言うと、ボロを出しにくい…例えば、精神系の能力者とかならリスクはかなり下がるのではありませんの?」
基本的に、この街の生徒は能力者も多いとはいえ子供である。詐欺行為などを働こうと思い作り話をすれば、どこかにわざとらしさが混じる。事情聴取などをされても完全に自然さを装うことは不可能に近い。
だが、他者の心と触れ合うことをメインとする精神系能力者は、まず『相手を観察する』しある程度理解することが能力の前提となる。そのため、人間が元来持っている観察能力が必要に応じて高められているのだ。これを応用することによって、『自分を観察する』ということもできるのである。
そして自分を客観的に観察できるようになれば、浮わついたわざとらしさ等も消していくことができる。
(精神系能力者…やっぱり、そういう能力者は卑怯な人間だって思うのかな)
だが、普通レベルの学校に通っている佐天はそんなことは知らない。黒子の言葉は、単純に『精神系能力者は人を騙すような力に長けている』といった風にしか取れなかった。
37:
さらに肩を落とす佐天の前で、美琴は黒子の言葉にうんうんと頷いた。
「確かに、精神系の人ならそういうスキルはあるわよね。あと、私の知り合いの卑怯なヤツがやりそうなことなんだけど、例えば相手の心に干渉して自分の言葉を受け入れやすくするとか」
無邪気な美琴の推論は同時に、佐天の心を深く抉った。
なぜなら、彼女の能力、『虚偽説得(イミテーション)』は――
(効能は大きく二つ。一つは、あたし自身の話術と手振り、所謂『パフォーマンス』能力を上げて相手の心をつかむこと。もう一つは)
相手の心に干渉して警戒心を解きほぐし、自分の話を信じやすくすること、だからだ。そして佐天は数回だけではあるものの、その能力を使ったことがある。つまり、
(御坂さんにとっての『卑怯なヤツ』とあたしは同じ…黒子と御坂さんがあたしのことを知ったら、絶対に失望して離れてくんだ)
嫌だ。
そんなのは嫌だ。なら、どうすればいい。
――簡単だよ、涙子。
38:
久しぶりに、語りかけてくる声が聞こえた。
あの夢以来。実に一週間ぶりだ。
ふっと佐天の視界が歪む。
――黒子と御坂さんに能力のことがバレなければいいんでしょ?
気がつけば佐天は、夢の空間にいた。
目の前にたつのは、鏡の自分。
『能力のことを二人に隠すために、能力を使えばいいじゃない』
「!」
にっこり笑う目の前の『もう一人の』佐天涙子は、同じ顔、同じ姿を持つ佐天から見ても魅力的だった。
人を惹き付けるパフォーマンス――能力だ。
「…駄目だよ、そんなの。あたしはあの二人を裏切ることなんて」
『じゃあ、嫌われちゃうよ?』
「っ!」
弱々しく反論する佐天は、鏡の自分に容赦なく詰め寄られて身じろぎする。
怖い。
『あたしの能力のことなんて知られたら一人になっちゃう。そんなの』
「そんなの嫌だよ…」
目の前の自分に呼応して、気づけば声が漏れていた。
あの二人に、友達に、嫌われたくない。
その思いが、能力を隠すために能力を使う、という矛盾さえも容認させようとしていた。
39:
『それにね、あの人たちのためでもあるの』
「…?」
『あの人達は、もしこの事を知ったら不愉快に思うじゃない。でも、知らなかったら楽しく生きていけるのよ』
あの人たちの楽しい日常を守るためでもあるのよ。
そう笑ったもう一人の佐天は、すでに目の前に来ていた。
「あたし、は…あたしは」
その影から逃れようともがくも、その手足に力はない。完全に、雰囲気に飲まれ、心を握られていた。
もう一人の自分が手を上げた。
そして、躊躇なく、
『あたしを、受け入れて』
手が、佐天の胸に触れると何故か体の中に入っていき、
やがてその体が、佐天の体の中に入っていった。
43:
「っ!!」
バサ、と起き上がると、眩しい光に目が潰れた。
ゆっくり目をならすと、近くに二つの人影が見える。
「あ、起きた?」
「突然倒れるからびっくりしましたのよ」
「ここは…」
キョロキョロとあたりを見回す。滑り台やジャングルジムがあり、それより近いところに黒子と御坂が立って心配そうな表情をしている。
「公園…?」
どうやらベンチに寝かされている、と気付くと体を回してベンチに座る。そんな佐天を前に、二人は気遣わしげに口を開いた。
「最近急に暑くなったり下がったりするから、そのせいだと思うけど。心配したわよ」
「大丈夫ですの?」
黒子の質問に答えようとした瞬間、あの夢がよみがえる。
とても怖い夢で、到底今大丈夫とはいえない。
言おうとすれば、否応なく能力が発動するからだ。
そう、先程までの佐天ならば、言えない。
だが。
「ぜんっぜん大丈夫です!ちょっと寝不足で…あはは、すみません」
佐天は大きく笑って、嘘をついた。
(どどどど、どうしよう!あたし、二人に能力を――)
動揺する佐天を前に、黒子と御坂は心配を残しながらも柔らかく笑った。
「ならよかったけど…あんまり無理しないでよ?女の子なんだし」
「寝不足は女子の大敵ですのよ」
「そうですねー。宿題溜めちゃってて」
嘘だ、と頭の中で叫ぶ。宿題は最近、毎日しっかりやっている。
能力が勝手に発動してる。止めなきゃ――
(でも、もし本当のことを話したら、あたしは)
確実に彼女らを失望させ、彼女らの楽しい毎日に水を差すことになる。
(…仕方ないよね)
こんな能力を持ってしまった時点で。
使うことを選ぼうと、使わないことを選ぼうと
、どちらにせよ。
みんなを騙し続けなければいけない状況に陥っていたのだ。
佐天はもう一人の自分に身を任せて、静かに流れを見守った。
44:
――一週間後
「うん、そんな感じかなー」
「ありがと、涙子!」
「はっはっは、涙子センセーに感謝するがよい」
まあ、嘘だけどね。佐天は心のなかで一人で笑った。
この能力を使うことを選んで一週間。初めは、自分の能力を隠すだけのつもりだった。
でもね――でも。
御坂がしょっちゅう癖で放電してしまうように。
レベルアッパーを使ったスキルアウト達がその力を濫用したように。
佐天もまた、能力を使い嘘をつくことが癖になっていた。
(だって、どこかでボロが出たら困るもんね。うん、仕方ない。…それに)
人が自分の言葉に踊らされてるのって、面白いじゃない?
誰も見ていないところで佐天の唇が妖艶に歪む――その気持ちは佐天のものなのか、それとも。
今はまだ駄目だけど、いつか使いこなせるようになったらみんなに謝らないと。そんな考えさえも、能力に塗りつぶされていく。
45:
第七学区の一角。佐天涙子は一人、舗装された歩道を歩く。
(初春はジャッジメントだし、アケミ達はボランティアかあ…あたしも何かするべきかなあ)
ま、どうせこんな嘘つきを受け入れてくれるところなんてないよね。自虐的な笑みを目元に浮かべて、佐天は俯いた。
今見つけたものに対する、笑いをこらえるために。
(あの人…あはは、今日のあたしってばツイてるね)
即座に頭の中に浮かんだ『プラン』を吟味する。
(うん…楽しそう)
話は変わるが、適応規制、というものをご存知だろうか。
人は辛い状況に陥り心が壊れそうになったときに、心の安定をはかり何らかの対策をとる、というものだ。
それと似たようなものだと思ってくれたらよい。
佐天は元来正直で優しい少女だ。周りを騙し続けることを選んだ後も一人で苦しみ続けていた――だから、自分の心を変えた。
無意識のうちに能力を使って自分自身を騙し、頭に刷り込んだ。『佐天涙子は周囲を振り回したり、状況を引っ掻き回すのが大好きだ』と。
その手段のうちのひとつが嘘なのだと。
つまり。
今の彼女はただの嘘つきではない。無邪気に、本当に無邪気に悪戯を仕掛けることもするのだった。
46:
「上条さーん!」
小走りで佐天が駆け寄ったのは、ツンツン頭の
男の人だった。
学生服を着た彼は買い物に行く途中だったようで、スーパーのある方向へ向かっていた。彼はくるっと振り返ると、明るく笑った。
「よう!ビリビリの友達の…佐天だったよな?」
「なーんでうろ覚えなんですかー?佐天です、佐天涙子です!」
一度美琴経由であったことがある彼は上条当麻。平凡な高校にかよう、身体能力の高い無能力者(レベル0)で、
(御坂さんの想い人。ふふ…待っててくださいよ、御坂さん)
誰に対する敵意も悪意もなく、ただ美琴を振り回すための算段。
「上条さん、今から予定ありますかー?あたし、すっごい暇なんでなんか付き合ってくださいよー」
「ん?上条さんは今から特売がありますことよ」
残念そうな顔をする上条にクスリと笑う。
「じゃ、あたしも行っていいですかー?」
「え!?いいのか!?」
「ええ、どうせすることもありませんし」
「ありがとう…ありがとう!これでお一人様一パックまでの卵が二パック…!」
まるで神に感謝するかのように頭を垂れる上条に「大袈裟ですよ、もう」と笑いながら、脳を素早く回転させる。
47:
(…彼に能力は効かないけど、もともと彼に使うつもりはないからいいか)
彼は無能力者ではあるものの、その右手には不思議な力がある。御坂美琴の本気の超電磁砲ですらも軽々と打ち消す、能力を無効化する力が。
(…でも、あたしのこれからの行動パターンは計画の要)
そして、そのためには佐天の能力の片面、『パフォーマンス』の側が必要である。
(もし右手で触れられたら、そっちが打ち消されるかも。そうなったらあたしは、能力が使えなくなる)
一時的にでも『完全に』能力が使えなくなったら、その時にボロがでて能力がバレる心配がある。
考える時間は一秒。
「じゃ、行きましょうよ!」
「うおっ…!?ちょ、ちょっと、佐天?」
「なんですかー?」
上条の左腕に抱きついて、自分の右腕を絡ませた。
彼は右手で鞄を持っている――つまり、これで両手が塞がれた状態。鞄を持ち変えて右手を使うことができなくなった。
「さ、佐天さん…?その、当たってますよ?」
押し付けられたものに意外とウブな反応をする上条の目の前で、わざとらしくそっぽを向く。
「え…上条さん、もしかして嫌らしいこと考えてます?」
「そ、そんなことはありませんのよ」
「ですよね…あたしなんかの体じゃそんな…」
「な、なに言ってるんだ!…ほら、着いたぞ佐天」
上条をからかって遊んでいると意外とすぐにスーパーにつく。しばらく回ってから上条がレジに並んだので、入り口で待つことにする。上条の買い物を思い出して夕飯を推測し暇を潰しながら、左腕の時計を確認する。
(こっちの買い物も終わったことだし、いい時間だね。あはは、楽しみ)
――ダメだよ、そんなの。
とっさに頭の中に声が響き、一瞬不快そうな表情が浮かぶ。
(…今更どうしたの?貴方はあたしを選んだじゃん)
――そんなの、御坂さんが傷付くだけだよ!人が傷付くのは悪戯なんかじゃ――
頭の中の『もう一人の自分』、この場合は『元の佐天涙子』の抗議を打ちきり、佐天は下を向いた。
(御坂さんはいつも、あたしが能力を使ったとき変な顔をする…そんなに勘が鋭い人だとは思わないけど、あんまり振り回されてくれない小らなあ)
たまには振り回してあげますよ、と密かに浮かべた微笑みは、佐天涙子のものではなかった。
48:
「悪い悪い、待たせた」
「いえ。ひとつ持ちますねー」
買い物をレジに通して駆けてきた上条が持っていた袋は三つ。それぞれがそこそこ大きめで、片手に学生鞄を持つ彼には厳しそうに見えた。
有無を言わさず一つ奪い取って、片手に持つ。うん、予想ほど重くはない。
「え…流石に悪いよ、してもらってばっかで。寧ろ今からなにか奢ろうと思ってたのに」
「まあまあ、あたしが持ちたいだけですから」
だって、こうしないとその辺でお礼してくれて送っくれてさようなら、になるから。つまり上条はすごくいい人なのだが、それでは佐天が面白くない。
「それでですね、そこで初春と御坂さんが――」
「ははは!あいつにしては珍しいな」
演出で引き付けつつあえて『本当の話』をしておく。もしここで作り話をした場合、御坂と上条が会話したときにバレてしまう危険性があるからだ。
(そろそろかな。時間もジャスト…うん、ビンコ)
曲がり角を曲がったところにあるのは、凹んだ自動販売機。上条の家に向かう途中にあるその自動販売機のまえに立っていたのは、
「あ、アンタ!…に、佐天さんじゃない」
「あたしはついでですか、御坂さーん?」
最強の電撃使いにして上条当麻を思う乙女、御坂美琴だった。
49:
むくれたフリで頬を膨らませると、御坂が笑って手を振る。そんな様子を眺めて微笑んだ上条に、御坂が詰め寄る。
「っていうか!アンタ、佐天さんになにやってるのよ!」
佐天と上条の歩く間隔は、結構…というかかなり狭い。見た人はカップルかなにかだと勘違いするだろうし、それは御坂も例外ではない。
もちろん、それを計算して佐天から詰めたのだが。
「え…?えーっとですね…」
「上条さん、さっきあたしに欲情してましたもんねっ」
どもる上条に真横から声をかけると、目に見えて彼と御坂の顔色が変わる。
「あ…あの、御坂さん?それはそうじゃなくてですね」
「この馬鹿ウニ頭――!!!」
かなりの威力で放たれた電撃は、とっさに学生鞄を投げ捨てた上条の右手に防がれる。パチパチと電撃を漏れさせる御坂の目の前で、上条が逃亡を図る。
学生鞄を捨て、買い物袋の一つを佐天に預けたまま。
「ふ、不幸だーーー!!!」
流石の彼も命の危機を感じたらしく、他のことを考えず追撃を打ち消しながら走り、すぐに姿を消した。
やっぱ足早いなあ、と感心する。
「あの…御坂さん?」
それを追って走り出そうとした御坂に遠慮がちに声をかけると、彼女は鬼のような形相で振り返る。
すぐに表情を和らげるが、声は震えていた。
「さ、佐天さん。そういえばなんでアイツと一緒にいたの?」
50:
冷静になろうと努力しているのは見えるが、たまに電気が漏れだしている。当たったらヤバイな、とか他人事のように思いながら佐天は目を閉じた。
「えっと…まあ、はい。いろいろとあって、まあ」
言葉を濁した佐天に動揺しながら、御坂は佐天の肩を掴む。
「いろいろって…ね、ねえ!アイツとどういう関係なの!?」
勢いをつけて詰め寄った御坂の前で、佐天は目を泳がせた。
「そ、それは…なな、なんにもありませんよ」
御坂とは目を合わせずにどこか浮いたような口調で話すと、御坂の表情が凍る。
(この反応…佐天さんは私がアイツに、いや、アイツのことなんて好きじゃないんだけど!私がアイツの事を好きだって勘違いしてるから…気を遣って言えないだけなの?本当は…)
指一本動かさないまま、少し目の色が暗くなる。
その目の前で、佐天は申し訳なさを隠そうとし、しかし隠しきれない、というような表情をした。
51:
「ほ、ほんとに何もないんですよ!…あ、上条さん、荷物おいてっちゃった」
美琴の手を振りほどいて上条の落とした鞄を拾いに行く――その挙動が、『赤くなった顔を御坂から隠すため』のように見せかける微妙な間合いや角度も計算済みだ。
「はあ…届けてきますね。じゃ、また」
「え?あ、そうね…ごめんね。またね」
意気消沈して返っていく御坂の後ろで、佐天はひっそりと笑った。
(あはは、最高!あたし、ずっと何でもないって言ってたのに、勝手に勘違いしちゃって)
最後のは追撃である。アイツの家知ってるんだ、と余計に彼女の邪推を後押しさせるような。
余談だが、上条がどこに住んでいるのかは知らない。
どうしようかな、と考える佐天に、唐突に声がかけられた。
「あらぁ?貴方、どうしたのかしらぁ」
53:
それは、友達のおかげで見慣れた制服。
ただし子供っぽさの目立つ友達二人とは違い、無邪気そうな中にどこか妖艶な雰囲気を醸し出す金髪の美少女。
その正体を佐天は知らないが、彼女は構わず話し出した。
「あの人に悪い虫がくっついてるって聞いたからきてみたらぁ、面白いものが見れたわぁ。貴方、飲まれてるでしょぉ?」
常磐台の誇る二人の超能力者(level5)の片割れである第五位、通称『心理掌握(メンタルアウト)』。普段外に出てこない食蜂操祈がわざわざ出てきたのは、一重に上条のためである。普段なら手駒を使って上条を攻略しようとするが、他の女と歩いていたとなれば話は別である。
浮翌力系の能力者を操って急いできてみたら三人が揉めて、上条が逃げて、御坂が帰っていって。なんとなく顛末は読めたため、残った一人の頭を覗いてみた、というわけである。
「…誰ですか」
あからさまに警戒を表に出す佐天の目の前で、食蜂は見せ付けるようにリモコンを向けて。
ピッ、とボタンを押すと、佐天の中の警戒心がある程度ほぐれた。そう、まさしく――
(あたしが他人の警戒を解すのと同じやり方、同じ手段…!?でも、あたしの能力は珍しいって…なんでっ!?)
そんな佐天の思考もダダ漏れである。食蜂は悪戯っぽく笑って、佐天の持つ上条の学生鞄を手に取った。
「じゃぁ、一緒にコレを届けに行くんだゾ☆」
呆気に取られる佐天の前で、食蜂は手駒の報告で聞いていた上条の部屋に向けて歩き出した。
55:
…何なんだろう、この人。
上条のもとに荷物を届けてお礼を辞退し、公園に来たときにはすでに17時を回っていた。
「常磐台のかたですよね。門限とかいいんですか?」
ブランコに座る金髪美少女の背中に話しかけると、彼女は振り返らずに言った。
「そんなもの私の改竄翌力でなんとでもなるわよぉ」
「改竄…?」
微妙な引っ掛かりと、先程の彼女の能力を考える。
答えは案外楽にでた。
「精神系能力者、ですか?…あれ、常磐台の精神系といえば」
噂好きの佐天の耳にはもちろん入っている。読心、干渉、操作、認識の変換、感情の誘導、通信などなど…精神系に区分されるあらゆる能力を使いこなす常磐台の超能力者(level5)の一人で、230万人の中の第五位。
「食蜂、操祈さん…ですか?」
「あらぁ、知ってたのぉ。流石、同じ精神系ねぇ」
「…やっぱり、読みましたか」
自分の能力について誰かに話した覚えはないし、噂になるほどのものでもない。残りの答えは一つだ。
食蜂は振り向いて二本指をたてると、顔に横ピースを当てる。
「だってぇ、あの人を盗ろうとしてるのかと思ったからぁ、つい。でもこんなことならわざわざ来なくてもよかったかしらねぇ?まあ、面白い本音が見れたしよしとするんだゾ」
「本音、ですか…バレてますよね。あたしは上条さんのことはなんとも思ってなくって、ただ御坂さんに悪戯を」
「違うわよぉ、本当の貴方の本音よぉ?」
話してる途中に口を挟まれて佐天は眉をひそめるが、食蜂は気にしない。
ただ、リモコンを佐天に向けて。
「ちょっとお話ししましょうかぁ」
ボタンを押した――瞬間、視界が暗転した。
56:
(…ここは?)
――た、あなた。早く起きなさいよぉ。
「こ、ここは…」
聞こえた声に目を覚ますと、そこは。
「っ!!」
あの悪夢を見たあの場所で。
つまり、佐天が能力を使うことを決断したあの場所でもある。
(まったく同じだ――ただひとつ)
「私がいること以外は、でしょぉ?この子じゃなくて」
当たり前のように佐天の思考の世界に入り、食蜂はこともなげに明後日の方向を指差す。
つられてそこを見ると、
「こ、れ…は」
一人の少女が、手足を縛られて転がされていた。
その少女の顔は、
「あたし…なの?あっ」
そして思い出す。それが、自分に能力使用を薦めた鏡の自分だと言うことに。
「普通に行動を止めようとしただけなのにぃ、何故かこうなったのよぉ。まあ、精神の世界だからよねぇ」
あらゆる精神を操る食蜂は、言ってみれば人の精神の世界をも自由に操れるのだ。使い方次第では『自分だけの現実』を内部から書き換え、他人の能力に干渉すらできるかもしれない。
58:
「簡単に話すわぁ。あなた、能力のトレーニングをしてみない?私が教えてあげるんだゾ☆」
「能力の…トレーニング…?」
戸惑う佐天の目の前で、食蜂は無邪気に笑った。
どこか酷薄に。
「あなたぁ、このままだと完全に能力に飲まれるわよぉ」
ゾクリ、と。
鳥肌が走った。
「そもそも、『あなた』は表に出てこれないどころか、意識すろも飛び飛びなんじゃないのぉ?『もう一人のあなた』に潰されかけてるしぃ」
極端な話。
佐天は軽い社交辞令を口にするだけで能力を使うことになる。自分の能力を隠すこと以外に能力を使いたくはないが、そのままでは社会生活さえ送れなくなる。
でも、能力を使うことは嫌だ。このままでは、自己嫌悪で壊れてしまう。
100歩譲って嘘をつくのは仕方ないとして、自分の嘘のせいで人が振り回されるなんて――。
佐天の心を守るため本能が出した結論は、嘘を吐くこと、人を振り回すことを楽しむ、というものだった。
「能力を自分に使って、『元々のあなた』…つまり、あなたを騙して人格を上書きしたのねぇ。その上書き(ドッペルゲンガー)があの転がってるのなんだけどぉ」
能力を使う度に、元の佐天が抵抗を示す――それは、上書きされた佐天にとっては面白くはない。近い将来、
「能力が成長したらぁ、完全にあなたを潰しにくるわよぉ」
再び佐天の背筋に怖気が走る。食蜂はそれに構わず、リモコンをくるくると回す。
「そうなる前に能力を制御できるようになればぁ、上書きに勝って、嘘を吐き出し続ける生活をやめられるわよぉ」
今では能力のオンオフはできず、条件反射で作動する――しかし、もしオンオフが自由にできれば。
『無意識下での自分への能力使用』、即ち上書きをオフにして、元々の佐天として行動できて。
社交辞令や冗談を言うときに、勝手に能力が発動することもなくなる。
59:
「で、でも」
たとえ制御できたとしても、自分のこんな能力を知ったらあたしの――
「じゃあ、ずっとオフにしてればいいのよぉ」
「そういう話じゃないんです!」
涙を溜めて下を向いた佐天の心を読んで、食蜂は首をかしげる。
『こんな能力を持っていると言うだけでみんなに嫌われるかも』
そして、黒子や御坂、初春が詐欺の話をしていたビジョンが見える。
「…あのぉ」
実際食蜂には、友達と呼べる存在は居ない。だから、どういったものかは感覚的にはわからない。
だが、覗いてきた人の頭の中にあるものから、大体の概念はわかる。
「みんな許してくれるわよぉ。本当のあなたはそんなこと望んでないのは分かってくれるわぁ。…信じてあげられないなら、それはともだちって言えないんだゾ」
「でも…でも、あたしのしたことは…」
「なら謝って償うしかないんじゃないのぉ?『本当のあなた』がねぇ」
あの人が言いそうなことだけどね、と食蜂は心のなかでひっそりと呟く。
涙を少し、ほんの少しだけ溢した佐天はしかし、すぐ顔をあげる。
この顔は、覚悟を決めた顔だ。
「…お願いします」
頭を下げる佐天の目の前で、食蜂は舌を出した。
「私の特訓は厳しいんだゾ」
「頑張ります!」
こうして、ふたりの特訓が始まった。
63:
(…はぁ、なんか癪なんだけどねぇ、御坂さんの友達の手伝いってのはぁ。でもこの子はいい子そうだしぃ)
リモコンを使い、念話でアドバイスを与えながら食蜂は考える。
そもそも彼女の性格からして、こんなに親切ではない――道行く人は皆奴隷にするくらい平気でするし、それ以前に外に出ること自体面倒だと思っているのだ。
それが他人の能力開発を手伝い、そのために明日からもわざわざ公園に来ると言うなど、御坂が聞けば天地がひっくり返るような思いをするだろう。
しかし、食蜂操祈もまた。
他人の尊厳を踏み躙るような能力に、昔は嫌悪を感じ忌避してきたのだ。
しかし、周りは食蜂が能力を使うことを望み、暗に強要していた。
能力なんて使いたくない、という本音を殺し使い続け、挙げ句能力に飲まれかけて。
それでもなお、必死で抗おうとする姿を見て、
(昔の私に似てる、とか思っちゃったのかしらぁ?ま、気まぐれで助けてあげるだけなんだけどぉ)
『能力に飲まれる』というのは精神系能力者がレベル2からレベル4の間、成長途中に一度は陥る症状である。この症状はしっかりと自分の芯を持てば乗り越えられるのだが、ここ数日で能力の急成長を遂げている彼女の『自分だけの現実』は大きく揺れている。
(このままじゃぁ、乗り越えられなくて…完全に飲まれちゃうわぁ)
そう、別に心配してるわけじゃないんだけどぉ。ヘタなことして精神系能力者の名に傷をつけられたらたまったもんじゃないわぁ、と御坂美琴のようなツンデレの言い訳を心の中で済ませて、食蜂はリモコンを下ろした。
64:
「今日はこれで終わりよぉ。あなた、なかなかスジいいんだゾ☆」
「ありがとうございます。嬉しいです」
「あなたの能力、今レベル3くらいよねぇ?」
唐突に聞かれて、佐天は目を見開く。
「え?二週間前の身体検査では――」
「二週間でレベル1から3。ま、一週間前から急成長を遂げてるからぁ、そこで嗜好の上書きがあったのねぇ」
ちゃんと訓練すればレベル4には届くわよねぇ、とこっそりと呟く。不思議そうな表情をする佐天の前でリモコンを向けると、唐突に景色が変わる。
「――っ!あれ…?」
突然『現実』に戻った――それを認識して、佐天が頭を振って立ち上がる。
(酷い目に遭った…だけじゃなくて、あたしの中の何かが反発してきてる…なんなのこれ?)
「目覚めたかしらぁ、あなた…あ、今はニセモノの方ねぇ。紛らわしいわぁ」
「あ…あなたは!」
佐天涙子の表層意識、『上書き(ドッペルゲンガー)』が警戒を表す。その表情がたまに揺れる。
「あらぁ、本物の方の抵抗が強まってるのねぇ?安定してないわよぉ」
「いらないことを…しないでくださいっ!」
珍しく余裕げな態度を捨てて怒りを表す上書きに、食蜂はクスクス笑いを漏らす。
「いい?明日もこの時間にここに来てねぇ」
「ふざけ」
「えいっ☆」
言い返そうとした佐天の頭に、食蜂のリモコンが向く。その瞬間、佐天――上書きが黙りこむ。
「この時間にここに来てねぇ…返事はぁ?」
「は…はい」
得体の知れない威圧感に押され、佐天は後ずさりながらも頷かされる。
その夜、佐天は心なしか、少しよい眠りにつけた気がした。
65:
――二週間後
「食蜂さん、ありがとうございました!」
『本物の』佐天が頭を下げたのは、あの部屋の中ではなく。
いつもの公園――現実の方である。
ついに佐天は能力の制御を身に付け、『上書き(ドッペルゲンガー)』を削除。さらに能力自体も成長、と食蜂には感謝してもしきれない。
「あたしのためにこんな大変なことを…」
「どうってことないわよぉ。私はレベル5なんだゾ☆」
「ふふ、そうですね」
大きな胸を張る食蜂に思わず佐天も笑う。
食蜂はブランコから降りると、舌を出して佐天に指を向けた。
「あなたも大したものよぉ。まさか二週間ですむとは思わなかったわあ。操祈、びっくりだゾ」
芝居がかった仕草に心が和む。和むが、やはりこころに何かがつっかえた。
(御坂さんとか…みんなと、どんな顔して会えばいいの)
少し暗い様子を見せる佐天の前で、食蜂もやや表情を引き締める。もっとも、引き締めてようやく普通の笑顔くらいなのだが。
やがて食蜂が口を開いて――そこに、叫び声が聞こえた。
「直ったって書いてあるじゃないのおおおお!!!」
ドオオオン!と金属の自動販売機を全力で蹴飛ばすような音を聞いて、佐天と食蜂は顔を見合わせる。
66:
先に口を開いたのは、佐天だった。
「御坂さん、ですよね」
「みたいねぇ。…今がチャンスよぉ?」
「えっ…!?えっと…」
食蜂が水を向け、佐天がたじろぐ。その理由は、
『能力を使いこなせるようになったら、能力のことを友達に話して謝る』といった約束が食蜂と佐天の間にあるからだ。
(ちょっと世話焼きすぎかしらあ?)
ま、気にしない、と食蜂はリモコンを佐天に向ける。戸惑う佐天の手足がクルリと回り、御坂に向けて歩き出す――
「って、何してるんですかー!!!」
精神系能力者は、微弱な電気信号を介して他人を操作する――これはレベルが上がるほど強くなるわけではなく、範囲が広くなるだけだ。
つまり、超精密に同じだけの電気信号を操作してぶつけることができれば、レベル1でもレベル5の精神干渉を相殺できるのだ。これも食蜂に習った技のひとつである。
「ビックリしましたよ、もう!」
「むう…あなた要領いいわねぇ。まさかこんな早く覚えるなんて」
「知りませんよ!」
楽しげな会話だが、わーわー喚いて噛みつく佐天の声が大きかったらしい。
噂をすれば影。足音に気づいて振り向くと、御坂美琴が立っていた。
67:
「あ、佐天さん…」
「…」
御坂と顔を合わせるのは、二週間ぶりだ。
つまり、佐天が――正確には『上書き』が御坂にたちの悪い悪戯を仕掛けて以来。
微妙な空気が流れるが、直後に御坂がギョッと目を剥く。
「って食蜂!?なに、佐天さんに何やったのよ!」
「えっと、あの…」
「あらぁ、友達が心配なのぉ?大丈夫よぉ、まだ何もしてないからぁ」
クスクス笑って御坂の神経を逆撫でする食蜂の方を慌てて振り向くと、小声で囁かれる。
「適当に合わせてよぉ」
「は、はい…」
「ちょっと!佐天さんを解放しなさい!」
前髪から火花を散らす御坂の目の前で、食蜂はリモコンを振った。
「あらぁ?私が命令すればこの子は自殺でもなんでもするんだけどぉ。そんな言葉遣いじゃダメなんだゾ☆」
「っ…!」
悔しそうに歯噛みする御坂と楽しそうな食蜂に挟まれて、佐天は慌てる。
「ちょっと!食蜂さん!」
「もうちょっとお願いねぇ」
小声で抗議するも簡単に流される。佐天が見守るなか、御坂が口を開いた。
「…お願いします。佐天さんを解放してください」
(御坂さん…)
悔しさを隠して食蜂に頭を下げる御坂を見て、佐天の目に涙がたまる。
食蜂と御坂の仲が悪いのは知っているし、そうでなくともプライドの高い御坂が人に頭を下げるなんて滅多にないことなのに、
(なんで、なんで、あたしなんかのためにそこまでできるんですか…!?)
「そんなに助けてほしいのお?」
「…はい。私のことは好きにしていいから…佐天さんは」
「ってことで、冗談はここまでよぉ」
「――はぁ?」
御坂の必死の懇願を目の前で打ち切ると、食蜂は身を翻した。
「御坂さんはあなたのこととっても大事に思ってるわよぉ。…信じるんだゾ」
「っ――はいっ!」
歩き去る食蜂と元気よく返事した佐天に御坂は取り残されポカンと口を開けていたが、すぐに自分が食蜂に振り回されていただけだと直感した。
つまり、自分はなんの意味もなく『あの』食蜂に敬語を使い、頭を下げさせられただけとなる。
「待てやコラアアアアアア!!!」
68:
前髪から勢いよく電撃が放たれるが、それは食蜂には届かない。彼女はすでに取り巻きの一人に抱えられ、風力操作による高移動の最中だったからである。
「あ、あんの馬鹿…佐天さん、アイツとどういう関係なの?なんかされなかった?」
「…あたしは」
俯いて言葉をつまらせていた佐天だが、
(『信じるんだゾ』)
食蜂の別れ際の言葉が耳に蘇る。
(そうだ…ここで話さなかったら、また御坂さんを騙すことになる。信じよう、)
強くなったはずの自分を。
決意を秘めて元気よく顔をあげる。
目があった御坂に、佐天が口を開く――寸前。
「おいねーちゃん達、ちょっと遊ばねえかあ?」
「――はぁ。佐天さん、ツイてないわね」
驚く佐天と呆れる御坂が下卑た声に振り向くと、数人の柄の悪い男たちがニヤニヤしながら立っていた。
瞬く間に佐天と御坂を壁際で取り囲むと、そのうちの一人が笑う。
「なあ、俺たちと楽しいことしようぜ」
「はあ…いつもなら見逃してあげてもよかったんだけど」
佐天の横で、御坂がとても小さな声で呟く。その前髪が、何かの予兆のようにピクピクと動いた。
「私の友達に絡むなんていい度胸してるじゃないの?」
バリバリ!と電撃がほとばしり、話しかけてきた男がその場に倒れる。
69:
周りの男たちが浮き足立つが、そのうちの一人が笑った。
「オイオイ、電撃使い(エレクトロマスター)か。ま、結構強いみてえだが」
男はニヤニヤ笑いと共に、目をカッ!と開く。
「俺の能力はレベル3、風力使いだ」
そして、近くにあった大きな石を掴む。
「俺らの仲間をやったんだから、お仕置きしてやんねえとな」
「…言ってくれるじゃない」
大きな石を握る男と向かい合い、佐天をかばうように立ちながら、美琴は前髪を動かした。
一瞬の出来事。
パシン!と電気がほとばしり、男に当たる――寸前、男の目の前で電気が消えた。
「なっ!?」
驚く美琴だが、攻撃方法は電気だけではない。即座に砂鉄を集めようとする。
が、時間が足りなかった。
「じゃあな」
一瞬だ、美琴の纏う電磁バリアになにかがぶつかったが、気にする暇はない。その一瞬後、
男が手を持ち上げて、風を産み出して石を放ち。
ドオオオオン!と、固いものがぶつかる音がした。
70:
その様子を見ていた仲間の一人が渋い顔をする。
「おいおい、やりすぎじゃねーの?」
「まあ、なんとかなるだろ。それよりありがとよ、『絶縁防壁(エレクトロアウト)』」
エレクトロアウトと呼ばれた男の能力は、ゴムの壁を作り出すこと。手加減されたとはいえレベル5の御坂の電撃を受け止められるほどには高レベルの能力者だ。
「あー、あの女が電撃系でよかったな。なんとなく分かったから壁張れ――」
その瞬間、『絶縁防壁』がその場にくずおれた。
「おい、おい――!」
残りの仲間たちが呼び掛けるが、返事がない。
そのとき、背中に怖気を感じて、振り返ると。
バリバリバリ!と再び電気が走り、風力使い以外の男が全員、倒れていた。
「危なかったわよ、まったく」
そこに君臨していたのは、レベル5とレベル4のコンビ。
『超電磁砲』こと御坂美琴と、『虚偽説得(イミテーション)』改め『感覚詐欺(レンダリング)』こと佐天涙子だった。
「テ、テメェ!」
慌てた男はポケットにてを突っ込むと、ビー玉を五つほど握る。そのまま手を出して掌に風を生み出す。
瞬く間にビー玉が高で弾き出され、すべてが御坂と佐天の体に吸い込まれ――
そのまま体をすり抜け、ビー玉が壁に激突した。
「な――」
焦りや怒りを置き去りにして呆ける男を電撃が襲い、あっけなくその場で意識を失う。
前髪を手櫛で整えて、御坂は佐天の方を向いた。
「やるじゃない、佐天さん」
「御坂さんこそ、流石ですよ」
そして二人はゆっくりと、穏やかな笑みを浮かべた。
71:
少し時は戻る。
睨み合う御坂と風力使いを見て、佐天は眉をひそめた。
(あの男…?御坂さんが電撃使いってわかった瞬間に安堵した?)
もともと精神系能力者は自分でも知らないうちに人間観察のスキルが高まっていく。その恩恵で、佐天は僅かな違和感に気付けたのだ。
(おそらく、電撃に大して相性がいい能力。もしかしたら、手加減してる御坂さんの電撃くらい防がれるのかも…でも)
今更言ったところでどうしようもない。
すでに御坂は前髪の電気を放つ寸前だったからだ。
そして案の定、電撃が空中で消える。
慌てる御坂の前で、男がニヤケた。
(ぶっつけ本番だけど…やるしかない!)
このままだと、御坂さんが怪我してしまう。それは駄目だ――演算に集中する。
食蜂との訓練で成長した能力、『感覚詐欺(レンダリング)』。実際に使うのははじめてだが、
(あの食蜂さんに教えてもらったんだ。できないわけがない)
その効果は二つ。一つはもともとあったのと同じ、思考力を高め話術や手振りを効果的に扱えるようにするものだが、これは今は関係ない。
そしてもう一つは、進化を遂げたもの。簡単に言うと、
他人の感覚そのものに干渉するもの。
レベルの問題で触覚、味覚、嗅覚は誤魔化せないが、視覚と聴覚に干渉することが可能となった。元々の効果である『警戒心を解く』も僅かな特定の光を相手の視覚に出すことで心理的な効果を出していたようだ――というのは、食蜂の考察である。
(右に50センチ、認識をズラす!)
欠点は範囲指定が曖昧なところだが、むしろこの人数相手ならありがたいことだ。少し目の前の御坂がみじろぎするが、気にしない。
能力の発動を確認した瞬間、男が手をあげて。
丁度50センチ隣に石が直撃したのだった。
72:
「ずっと黙っててごめんなさい。あたし」
場所を移してファミレス。結局、昨日は御坂に話すことはできなかった。
男たちを撃退したあとはアンチスキルの聴取に答え、終わると御坂はすぐに門限のために帰ってしまったからだ。
だから、佐天は友達にメールをして、改めてこの日、黒子、初春、御坂と集まっているのである。
正直話したくない。話すのがすごく怖い。
だが、食蜂との約束だ。
もう逃げない。
「先々週から、能力があったんです」
顔をあげて、みんなと目を合わせ、佐天は順番に、全てを語り始めた。
73:
夕方、ファミレスから出てきた四人の顔は、前よりもっと輝いていたと言う。
「…それにしても、お姉さま」
四人で並んで歩きながら、黒子は近くを歩いていた御坂を見上げた。
「涙子の能力も電気信号を介していますから…お姉さまには効かなかったのではありませんの?」
その言葉に残り三人がはっとする。
確かに、精神系能力は基本は微弱な電磁波を使ったものだ。強い電磁波を扱う電気使いとは根本的に相性が悪く、どうも電気使いに能力を使おうとすると纏っている電磁波に防御されるらしい。
そのとき電気使い側には変な感触がするらしい。なるほど、御坂相手に体調のことで強がったとき、御坂が変な顔をしたことを思い出した。
「つまりお姉さまには感覚詐欺は使えなかった…のに」
「御坂さんって、単純…?」
黒子とそのあとをとった佐天の呟きに、御坂が頬を染める。
「い――いいじゃない!」
恥ずかしげに俯く御坂を見て、黒子が楽しそうに頷く。
「友達を信じるのはいいことですの。それに、あのときの『上書き』とやらはもういないのでしょう?」
なら、これからも涙子を信じますの――そう言った黒子に初春と御坂が賛同し、佐天も小さく笑う。
「よーし!じゃあ、また明日遊びますかー!」
「いいわね!ゲーセン行かない?」
「お、お姉さまともあろうかたがまたそんな…」
「明日も非番ですよ、白井さん?」
四人それぞれ、信じ合える仲間と心を繋いで。
夕暮れの街の中に、四つの影を映していた。
終わり
74:
以上でこのSSは完結です。短い話で自己解釈とかもかなり多かったですが、読んでくださった方がいたらありがとうございます。
エイプリルフール終了前に終われてよかった。今回書いてみて、SS書いてる方々の凄さがよく分かりました。精進します。
では、また書くことがあれば暖かく見ていただけると幸いです。
ちなみに好きな男キャラは垣根とトールです。
>>61
なんですと…申し訳ないです。SSの進行上効いても問題なかった気がしますし純粋にリサーチ不足です。指摘ありがとうございます!
75:

面白かった
7

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