女「人間やめたったwwwww」back

女「人間やめたったwwwww」


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1:
「俺、未来から来たって言ったら、笑う?」は時をかける少女だったか。
見てないけど。
一瞬、黙りはするだろう。
直後、ご冗談を、と笑うと思う。
そこで初めて笑う。
ハハハ、こやつめ。
で、僕は今、笑われようとしている。
二学期の初日の朝。
教室は昨日の通り魔事件の話題で持ちきりだ。
そんな中、僕は夏休み最後の日に仕入れたネタを引っ提げて登校し、後ろの席の女友達に披露しようとしている。
体をねじって声をかけると、「はよーん」と
出来損ないの「おはよう」が返ってきた。
元スレ
SS報VIP(SS・ノベル・やる夫等々)
女「人間やめたったwwwww」
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2:
「俺、吸血鬼見たって言ったら、笑う?」
「ハハハ、こやつめ」
期待を裏切らない奴。
大口を開けて笑うものだから八重歯が丸見えだ。
ひとしきり笑った後、ちろっと唇を舐めるのが妙にコケティッシュでそそる。
僕は彼女のその仕草が気に入っているが、一瞬のことなので見逃すまいと見つめてしまう。
3:
「えっ、なに。海苔ついてるとか?」
彼女は落ち着きなく口元を覆う。
手の平を包帯でぐるぐる巻きにしていることに、初めて気がついた。
大げさに心配してはいけない気がした。
「うん」
彼女はトイレに走り、すぐ帰ってきた。
鏡でも見てきたのか。
「ついてないじゃん。腹立つー」
「ハハハ、こやつめ」
「引っかかった引っかかった」とばかりに指さして笑ってやる。
(視姦バレ回避……)
ターゲットには気取られないように。
不快感を抱かせないのが、紳士の嗜み。
5:
「ファック。まじファック」
「ははは。怒るな怒るな」
「怒るわ。償え。乙女心をもてあそんだ罪」
手を机の上に出している。
これで触れない方が、かえって不自然だろう。
「お前、その手どうしたんよ」
彼女は露骨に嫌そうな顔をした。
「あー、これね」
荒くため息をついて、「ちょっと」と僕の耳に口を寄せる。
息がくすぐったい。
(これはおいしいな)
僕は瞬時に、全神経を耳に集中させた。
日常のエロスは拾えるだけ拾う。
それが俺の流儀だ。
彼女が短く囁く。
「ぼうぎょそう」
(ぼうぎょ……そう?)
聞き慣れない言葉を頭で繰り返しているうちに、彼女は離れていた。
7:
「つっこんだ話は放課後にしよ。まだ頭が整理できてないんだ」
「お、おう……」
「さ、それはそれとしてさ」
「うんうん」
「償え。乙女心をもてあそんだ罪」
「まだ言ってんのかよ」
「当たり前だ。根に持ってやる」
彼女はいつもどおり笑えないことを笑って言う。
8:
「実際、不便だしね」
と、お手上げをする。
そりゃそうだろう。
「だから、お世話して」
「お世話?」
「お世話」
「下の?」
「ファック」
「ノート取ったり?」
「うんうん」
「食べ物を口に運んだり?」
「うー……ん?」
「ははは。遠慮すんなよ。なんなら性欲処r」
「サノバビッチ!」
9:
「お前、ここがスラム街なら今朝だけで3回は死んでるぞ……」
「ここは日本ですしおすし」
「お寿司……」
「カリフォルニアロール。エビフライ巻き巻きー」
「あれは認めんぞ。あれは寿司じゃなくてSUSHIだ」
「えー。頭かたい男はきらーい」
なんだかんだ言って会話だけは平常運転だ。
少しは安心していいのかもしれない。
おちょくるのはこのへんにして、放課後じっくり聞いてやろうじゃないか。
10:
―――――放課後・中庭―――――
「昨日のさ、通り魔」
「いきなり核心をついてきたな」
「つっこんだ話するために放課後まで引っ張ったんでしょ」
「教室じゃ憚られるような話なんだな?」
「うん」
彼女は相槌を打つと、少しの間何かを思い出して不快そうにしていた。
「私ね、現場にいた」
「そうか」
見当はついていたけど、大勢には知られたくないだろう。
11:
「普通に歩いてたら、なんか向こうで悲鳴があがってんの」
「うん」
「何が起こってるかもわからなくて、逃げた方がよさそうだなって思ったときには」
(聞きたくない。こいつが痛い話はいやだ)
「犯人……だったんだろうなぁ。このとおりだよ」
と、僕に手の平を向けた。
12:
「防御創。抵抗したらできるんだってさ」
「だってさ?」
「それがよく覚えてないんだよね。気がついたらピーポーに運ばれてた」
「犯人、自殺したんだよな」
「らしいね。だから私の勝ちだ」
彼女はそう吐き捨てた。
13:
「この手のうんこ野郎は、たくさん殺して死刑になりたがってるか、道連れにして死にたがってるんだ」
「でもお前は生きてると」
「うん。犯人ざまあwwww」
目が笑ってなかった。
何か言うべきだと思ったけど、言葉が出てこないので、彼女の手をとった。
包帯に血が滲み始めていた。
「あ、消毒行かなきゃ」
彼女は最寄りの病院がある方角に目を遣った。
「大丈夫か、一人で」
ハナから一人で行かせる気なんてない。
「うん」
「でも」
どこか違和感があった。
ヘヴィーな話の後で、僕が取り残されたくなかっただけかもしれない。
14:
「迷惑だろうがついてくぞ。お世話するんだからな」
「うわ。頼まなきゃよかった」
「もう遅いわ。それに、その手」
「う」
鞄の取っ手にかけた指を解く。
「持っててやるよ。今は少しでも楽しとけ」
彼女は少し迷って、小さく礼を言うと歩きだした。
15:
―――――病院・待合―――――
「早かったな」
「消毒だけだもーん」
「一日経っても血が出てるってことは、相当深いのか」
「わかんない。縫合されてるの、グロいから見たくないし」
「自分の怪我の程度も知らんのか……」
「傷口とか血とか、見た瞬間に痛くなるじゃん」
「しんどいときに、熱測って熱があったら余計しんどくなるようなもんか」
「それそれ」
「リハビリとかするの?」
「たぶん大丈夫。指は動くし。今動かすと皮がつっぱって痛いけどね」
「そうか」
16:
彼女の名前が呼ばれ、立ち上がった。
「小銭出しにくい……」
「あー、貸してみ」
受付で支払いをして薬を受け取る。
痛み止めと抗生物質、解熱剤。
休んだ方が良かったんじゃないか?
「早く元気になるー」
病院を出たところで、彼女は伸びをする。
「うんうん。焦らないでいいんだよ」
(行動を共にする口実になるしな)
「あなたの優しさが神田川!」
「空元気出すなよ。熱出るぞ……っとと」
急に動いたせいか、彼女は足をもつれさせてよろけた。
転ばないように、とっさに支える。
体が熱かった。
17:
「うーん……時すでにおすし……」
腕の中で言うなら、もうちょっとシリアスに願いたい。
「寿司から離れようぜ」
「ねむいお腹すいた痛いだるい」
「家までがんばれ」
「私……家帰ったら、出前取るんだ……」
「何のフラグだよ」
うなりながら彼女は体勢を直して歩きだした。
「行こ」とかそういう合図はないのだ。
18:
―――――帰り道・公園―――――
「一緒にどうだい?」
公園に入ったところで、急に言われた。
「なにをだよ」
「なにってごはんだけど」
「ああ」
「手が使いにくいから、ちょっとずつじゃないと食べれなくてすぐお腹すくの」
「なるほど」
19:
人の少ない公園。
ボール遊び禁止なのに、小学生がキャッチボールをしている。
彼女は数歩進んで振り返ると、固まった。
視線が僕をすり抜けている。
僕も後ろを見る。
「あの人……」
指さしたりしなくてもわかる。
視線の先には、公園のベンチには不釣り合いなド派手なおねーちゃんが座っていた。
真っ赤なスリップドレスに黒の羽織物。
たっぷりとした金の巻き毛。
サングラス。
ええと、どこウッドから来日されたので?
20:
「知り合い?」
「見られてる」
「グラサン越しだぞ。気のせいだろ」
「そうかなぁ」
「そうですとも」
「そうかニャーン」
「ほら行くぞ。じろじろ見たら失礼だろ」
腕をゆるく掴んで引く。
彼女はまだ女の人を気にしている。
21:
「ベガスにいそうな人だったね」
「エスコートサービスってやつか」
「欲望渦巻いてる系?」
「裏社会系?」
「仕事仲間の本名を聞くのは野暮系?」
「余計俺らとは関係ないと思うぞ……」
「そうかなぁ」
「そんなに気にするほどのことか?」
「うん。だってあれ、変装だよ」
「まあ不自然ではあるけどさ」
彼女はブツブツ言いながら歩き続ける。
22:
さっきのキャッチボール少年のどちらかが叫んでいる。
「きゃっ!」
彼女がとっさに両手を出して顔をかばう。
破裂音。
ゴムの焦げるようなにおい。
「大丈夫か?」
「あ、あれ?……ボールは?」
彼女にぶつかったんじゃなかったのか?
「ごめんなさい!」
「おねーさん大丈夫?」
「え? ああ、そうみたい」
「ボールどこいったんだろ?」
24:
「――これ」と、もう一人の男子が何か拾った。
白い、分厚いゴム片だった。
「爆発しちゃったのか」
「古いボールだったしなー」
ひとしきり不思議そうにして、謝ると彼らはどこかに行ってしまった。
「今のは……」
「あ、あたし――」
「大丈夫か?怪我は?」
「あたし、あたし――」
彼女の視線がふらふらする。
熱か、動揺か。
「早く帰ろう。今日は美味いもん食べて寝ろ」
彼女は泣きそうな顔でうなずいた。
25:
―――――女の家―――――
「あー、うー。出前とってー。電話してー」
具合は良くなさそうだが、気分は落ち着いたらしい。
少なくとも食欲はあるようだ。
「ほんとに出前取るんか。リッチだな」
「ごはん作ったら包帯ドロドロになるんだもーん」
「それはそうですけどー」
「さあ、お世話してくれい。たとえば代わりに出前をとるとか」
「もっとエロい方向で頼む」
「おまわりさんこの人です」
26:
電話のそばにある、寿司屋のメニューを取る。
「おごり?」
「自費ですとも」
「俺、甲斐甲斐しいな」
27:
―――寿司到着―――
「寿司キター」
「寿司キター」
「うめえwwwwwww」
「…………」
「どうした」
テーブルに向かいに座る彼女の、箸を持つ手がぎこちない。
力が入らないらしい。
「うーん、つまみにくい……」
その様を僕は黙って見つめる。
28:
「……あ」
「目が合ったな」
「チッ」
「俺の出番がきたようじゃないか」
「認めたくねえー」
彼女は不服そうに寿司の入った容器と、醤油の小皿をスライドさせて、僕の隣に座った。
テーブルに額を付けて、しばらくうなだれていた。
「情けない……」
「元気出せよ」
彼女は長いため息をついた。
重そうに頭を上げて、僕に向き直る。
目元に力がない。
29:
「みんなには内緒だよ」
「相当参ってるな」
「今のうちだけど?」
つーん、とあごを上げて言う。
「何が?」
「食べさせたがってたじゃん」
「求められたい」
「言わせるか」
「言われたい」
30:
「……」
「さあ!レッツ!」
「…………じゃあ、食べさせて」
「よしきたああああああああ」
「ヘンタイだ。ヘンタイが喜んでる」
「さあ、おぢさんに口を開けてみなさい」
「おぢさんて。どんなシチュだよ」
「さて、君が食べたいのはこのお寿司かい?それとも俺の恵方まk」
「寿司にしてくれ」
「恵方m」
「寿司にしてくれ」
「最後まで言わせろよ」
「寿司にしてくれ」
31:
「ちぇー。ほら、よく噛んで食え」
「ん」
彼女は目を伏せて口を開けた。
僕は彼女が口に入れる様を、息を止めて見ている。
「美味いか」
彼女は咀嚼しながらうなずく。
(何かに目覚めてしまいそうだ)
「ほら、次」
「ん」
32:
―――完食―――
「ふー。お腹いっぱい」
しばらくおかずには困りません。
僕は満足していた。
「眠そうだな」
「そんなことはない」
処方された薬をシートから押し出して、渡してやる。
「昨日から寝てないんだろ」
彼女はそれを一気に飲む。
33:
「……夢に」
「出るのか」
「もっとひどい夢。お腹を刺されて、深く切られる」
彼女は腹に手をやる。
「傷から、腸みたいなのが、ずるんって」
食後すぐにはきつい。
「あいつが他の人を襲いに走った隙に、這って建物の間に逃げて……。
死ぬのかなって絶望して、そこでおしまい」
「そりゃ寝れんわ……」
34:
「……夢に」
「出るのか」
「もっとひどい夢。お腹を刺されて、深く切られる」
彼女は腹に手をやる。
「傷から、腸みたいなのが、ずるんって」
食後すぐにはきつい。
「あいつが他の人を襲いに走った隙に、這って建物の間に逃げて……。
死ぬのかなって絶望して、そこでおしまい」
「そりゃ寝れんわ……」
35:
「……夢に」
「出るのか」
「もっとひどい夢。お腹を刺されて、深く切られる」
彼女は腹に手をやる。
「傷から、腸みたいなのが、ずるんって」
食後すぐにはきつい。
「あいつが他の人を襲いに走った隙に、這って建物の間に逃げて……。
死ぬのかなって絶望して、そこでおしまい」
「そりゃ寝れんわ……」
36:
「私、大丈夫かな……」
今度こそ彼女は泣いていた。
ここは抱きしめるところだと思ったので、そうした。
「ごめん、お腹いっぱいになったら、なんか安心してつい……」
彼女は勝利宣言していたけど、まだカタはついていない。
まだ事件は終わってない。
「……もう、大丈夫。今日はありがと」
彼女は僕から離れ、片方の頬を引きつらせた。
笑おうとして、うまくできないでいるみたいだった。
「ほんとに一人で大丈夫か」
「うん。そろそろ誰か帰ってくるし」
もう七時前だった。
37:
―――――帰り道―――――
彼女の家から、僕の家はそう遠くない。
のんびり歩いても30〜40分くらいだ。
僕はもう一時間くらい歩いている。
尾行されている。
何度か会社帰りの人に紛れてみたり、
変則的なルートを取ってみたが、諦める気配がない。
交番のすぐ近くで、止まってみることにした。
38:
「俺に、何の用ですか」
振り返るのは怖かった。
僕のすぐ後ろで、コッ、と軽やかなヒールの音がする。
追跡者は女。
「君、意外と警戒心が強いのね」
「昨日、あんなことがあったばかりですから」
女はゆっくりと僕を追い越して、止まる。
僕は顔を伏せた。
なぜか、公園にいたあの派手な女を想像していた。
「私を見てもいいのよ。敵意はないもの」
39:
ゆっくりと目を上げる。
僕の前に立つのは、娼婦じゃなかった。
OL風の、違う。
ダークグレーのスーツに、地味な化粧。
就活中の女子大生。
「それも、変装ですか?」
女は答えない。
「俺、昨日あなたを見てる」
「そう」
40:
「事件現場の近く」
口から下を血塗れにして、よろめきながら路地へ入っていく女。
「血の印象が強すぎて、顔ははっきり見てなかったけど」
僕が吸血鬼だと思った女は、被害者の一人だったのか。
「あなたも襲われたんですね」
「ご名答」
女は満足そうだった。
41:
「あの子に声をかけようと思ったんだけど……」
「俺がついてたから」
「それに、私を覚えてないみたいだった」
「あんなこと……忘れられるなら忘れた方がいいですよ」
「本当にそうかしら」
僕は苛立っていた。
「そうに決まってますよ!……大体、あなたはあいつの何なんですか!」
42:
言い過ぎたと思った。
この人も悲惨な目に遭ったのに――
「そうねえ……」
女は少し考えているようだった。
「血を分けた姉妹みたいなものね」
「えっと、昔の友達か何かですか?」
「さあねえ。それじゃ」
女は過剰に蠱惑的な笑みを作ると、去っていった。
43:
―――――自宅―――――
長い道のりだった。
一時間緊張しながらの徒歩はきつい。
彼女から、一言「ありがとう」とメールが入っていた。
あんなに眠そうにしていたのに、
僕が彼女の家を出てから二時間も経っていない。
やっぱりまともに眠れてないじゃないか。
彼女に電話する。
44:
「……もしもし」
「あのさ、俺。今大丈夫?」
「うん」
「お前、寝れてないだろ」
「あー……」
「明日、現場に行こう」
「…………」
「犯人は死んだけどさ、お前はそれを聞いただけで、実感してない」
「…………」
「お前にとっての脅威は、まだ去ってない」
「…………」
「お前の事件は、解決してない。決着がついてない」
「そう……かも」
「犯人の亡霊に、思い切り唾吐いて罵倒して怒り狂って泣き叫んで、
それから改めて勝利宣言してやれ」
「はは……すっきりしそうね、それ」
「だろ」
「うん」
「じゃあ、また明日」
「うん。また明日」
僕は、自分の胸板で彼女の胸がつぶれる感覚で、三回抜いて寝た。
45:
―――――翌日・事件現場―――――
現場は封鎖されていた。
「入れないね」
ほっとしているのか残念なのか、表情からは読みとれない。
「帰るか?」
「……あ、私、あそこ見ておきたい」
「襲われた通りか?」
「そこもだけど、路地のとこ」
「ああ、夢の」
「うん。はっきり見えるの」
「何かあるかも、と」
彼女はうなずく。
46:
「でも封鎖されてるんだよね……」
「路地か。裏から回れるかも」
一本隣の通りに移動し、ビルの隙間をすり抜ける。
簡単なことだった。
「通りは立入禁止だから、今日はここだけにしような」
何気なく足元を見ると、黒いしみが広がっていた。
靴の裏を見る。赤褐色。
血痕だ。
「おい、これ――」
47:
言い切らないうちに、腕に痛みが走った。
切りつけたような、細い傷。
逃げたいが、足がすくんで動かない。
膝が震える。
「逃げ――がぁッ!」
見えない手に頭を掴まれ、壁に打ちつけられる。
痛い。怖い。
あいつは――あいつは大丈夫か。
手足に切り傷が増えていく。
48:
そうか。
犯人は、切り足りなくて刺し足りなくて殺し足りなくて、
死んでかまいたちになったのか。
彼女が僕の惨状に気付く。
「にげろ」
悲鳴を上げる彼女。
僕には相手が見えない。
僕が狂って派手に自傷しているように見えているのかもしれない。
「にげろよ」
声になっているかわからない。
それでも口を動かすことはやめられなかった。
49:
「はなせ――」
彼女の口が、そう動いたように見えた。
「その人を放せッ!」
そう聞こえた。
彼女が僕に駆け寄り、一瞬、楽になる。
50:
「離れろッ!」
壁を殴ったのか――?
違う。
ちょうど人の頭くらいの大きさの見えないボールが、彼女の手と壁の間にある。
「おまえかッ!」
彼女はそのまま、何度も見えないボールを壁に叩きつける。
「おまえが!私を!殺したのか!!」
何度も、何度も、何度も。
見えないのに、肉の潰れる音、骨の砕ける音がする。
51:
「ゆるさない」
彼女は止まらない。
「もう、いいよ……」
声になっているのか、わからない。
「おまえはこの人に手を出した」
彼女は犯人を殺すつもりだ。
「もういいよ」
52:
止めるべきか、最後までやらせてやるべきかわからない。
今は彼女が苦しんでいることしかわからない。
「ぜったいにゆるさない」
死人を、亡霊を殺すつもりだ。
彼女には見えているのだろう、亡霊を地面に引き倒し、
馬乗りになって何度も殴る。
彼女のリーチ外にあるゴミ袋やがらくたが散乱する。
犯人が抵抗している。
53:
「この先――」
彼女は拳を振り下ろす。
「私にも!」
殴る。
「この人にも!」
殴る。
「誰であろうと!」
手近なブロックを拾う。
「殺す」
ブロックを叩きつける。
地面の少し手前でぶつかる音がする。
54:
「手を出したら殺す!」
「話しかけても殺す!」
「近づいても殺す!」
「目があっても!」
「夢に出ても!」
「殺してやる」
「何度でも殺し直してやる」
抵抗する音は止まった。
彼女も止まった。
僕は彼女を眺めていた。
55:
「犯人、死んだよ」
しばらくして、彼女が口を開いた。
「今度こそ死んだのか」
彼女が殺した。
「うん。だから私の勝ちだ」
「がんばったな」
ふらつきながら僕のそばにきてしゃがむ。
56:
「俺は大丈夫だよ」
額を割られているが、出血の割にダメージは少ない。
僕が抵抗できなかったのは、ヘタレだからじゃない。
相手が見えなかったからだ。
そこんとこよろしく。
「あ、血……」
彼女の視線が僕の額で止まる。
「大したことないよ」
「血、出てる……」
「見た目ほどひどくないって」
「ちょうだい」
「は?」
57:
「ねえ、欲しい」
ぞっとした。
「おねがい」
彼女は僕の手を取り、手の甲の傷に舌を這わせた。
頭の奥がしびれてくる。
「ねえ、吸わないから。出てる分だけでいいから」
よく考えられなかった。
「好きにしろよ」と言ったと思う。
彼女は僕のシャツをはぎとり、恍惚としながら僕のことを舐めている。
58:
「美味いか」
「……ん」
「そりゃ良かったな」
彼女はごく自然に、僕の口内に舌を滑り込ませてきた。
口の中が、僕の血の味で満ちる。
自分のもののせいか、嫌な感じはしなかった。
「おいしいでしょ」
彼女はとろんとした目で笑った。
59:
なんだこれ。
封鎖された事件現場のすぐそばで、傷だらけで女の子に舐められる状況。
なんだかよくわからないが、とにかく僕は勃起していた。
そしてそれをごまかすために膝を立てるくらいには、
僕は冷静さを取り戻していた。
「大分、顔色良くなったな」
「ん、おかげさまで……」
60:
余裕が出てくると、このままじゃ終われない気がした。
――ので、乳揉んだら一モミ目で手をはたかれた。
「ばか」
「いや、許されるだろ。この状況は。許せよ」
「ばーかばーか」
彼女は僕の額の傷を舐めている。
仕上げとばかりに念入りに舐めとっている。
目の前に、襟元からのぞく谷間がある。
深い深い谷間がある。
僕の自制心は、ユルユルになっている。
61:
「はー、ごちそうさまー」
彼女は幸せそうに口元をぬぐった。
「なんかお前、おっぱい増えてないか?」
「ははは。ご冗談を……ん、きつい?」
自分で胸に手を当て、確認している。
「……」
「だろ?」
「ぬわああああああおっぱい革命きたあああああああ」
「もう少しかわいく驚けよ」
「うあああああ乳腺のクーデターやああああああああ」
「意味わかんね」
62:
「……はあ」
「バーサーカーからいきなり賢者になったな」
「いや、素に戻ると、その、とんでもないことをしたと思いましてね」
(一方僕は……なんていうか……その……下品なんですが……
フフ……勃起……してしまいましてね…………現在進行系で)
63:
二人で現状に呆れる。
でも、彼女は自分でケリをつけた。
もう大丈夫だと思う。
「この格好で帰るのか……」
切り刻まれたシャツを拾う。
穴だらけだし血糊がべったりだ。
「最高にパンクだと思うwww」
「アナーキーだわ。穴空きだけに」
「そのへんでTシャツ買ってくるわ」
「渾身のダジャレをスルーするなよ」
「嫌がらせTシャツにする!」
「白いのにしなさい」
彼女は衣料品店に走っていった。
10〜20分もすれば帰ってくるだろう。
64:
(しずまれ……ッ!俺の燃料棒……ッ!)
この時間を活かし、必死にエロとは無関係のことを考える。
良かった。
いろんなことが、普段通りに戻りつつある。
「それはどうかしら」
どこからか、昨日会った女の声が聞こえた気がした。
65:
―――――女の家・再び―――――
彼女はお礼とお詫びに、と、ケーキを買って家で振る舞ってくれると言った。
僕はこのまま帰宅して、簡単に日常に戻るのも何なので、
お言葉に甘えることにした。
「もう、食べさせなくていいのか?」
あれはあれで気に入った。
「大丈夫だよ」と彼女は包帯をとって手のひらを向ける。
白い手のひらに何本かの赤い線、糸。
「ふさがったみたい」
回復が早すぎる。
僕の頭で、非現実的な仮説が加していた。
66:
「そんな顔しないで」
僕はどんな顔をしたんだろう。
「私、かわいそうじゃないよ」
「大丈夫なのか」
「私ね、全部思い出した」
67:
夢に見たことは全て現実だったこと。
「自分の内臓と走馬燈見ながらさ、願っちゃったんだ」
そこに、僕が吸血鬼と勘違いした女が逃げ込んだこと。
女も傷を負っていて、彼女に血を要求したこと。
「私ね、お姉さんにお願いしたの」
助かりたいって。
だって、これからじゃない。だから願っちゃった」
彼女は女吸血鬼に血を与えた後、血を分けてもらった。
68:
「人間じゃなくなるかもって言われた」
言葉が出てこない。
「でもね、それでも生き延びたかった。
私、あんたと生きてたいんだ。
お喋りして、笑って、くだらないんだけどさ。
あんたといると、生きてるって感じがするの」
嬉しい、愛しいと思う反面、彼女に申し訳なく思う。
「それでさ。覚悟決めて、お姉さんに頼んで」
なんでもないことのように笑わないでほしい。
「人間やめたったwwwww」
69:
僕は、ああ、とか、うう、とかなんだかよくわからないうめき声を出した。
「悲しまないで。進化は不確定よ」
あの女の声だった。
勝手に人んちあがって「進化は不確定よ(キリッ」はないと思う。
70:
「あ、おねーさん」
「思い出してくれたみたいね」
「あのときはありがとう」
「ううん、いいのよ。それよりそんな風に成長したのね」
「なに和やかにほほえみ交わしてんだよ」
「言ったでしょ。血を分けた姉妹みたいなものだって。
私はこの子がかわいいの」
「だから気にしてたのか……」
71:
女吸血鬼は語る。
「血は吸うにしても与えるにしても、そこから24時間が大事なのよね」
吸血鬼は、彼女を気にかける一方で、観測していた。
「君、この子に、事件発生から24時間以内に不純な念を、
特に性的なものを向けたんじゃない? それも強烈に」
心当たりバリバリ。
「進化は不確定よ。あの時点で、この子は半人半妖になった。
それからどう変化するかは――」
「24時間が勝負、ですか」
72:
「そう。彼女は中途半端な状態で安定してしまった。
ヴァンパイアの属性を半分保持したまま、別の進化を選んだ。
ヴァンプ止まりだったのよ」
「ヴァンプwwwwwwエロスwww」
今の彼女は妖婦ってほどじゃないが、将来有望だ。
「残りの”アイヤ”はどこいったんだ……」
彼女がつぶやく。安心半分。残念さも半分。
「アイヤーwww中国かwwww
半端イヤwww半端イヤwwwwww」
「いやああああああああ」
73:
そこでお姉さんからスナップの効いた平手が入る。
「すんませんでした」
「妹をヴァンプにした責任、とってもらうからね」
なんかよくわからんが、責められてはいないし、痛い目に遭うこともなさそうだ。
「あ、はい」
「いいの?」
彼女の顔がぱっと明るくなる。
「いいんだよ。お前のことは元々好きだったし」
(僕、今さらっとすごいこと言ったな)
「なんつーか、うまくフォローできるかわからんけど、
未来は不確定なんだろ」
「そうよ」
彼女は、感無量といった感じで、目を潤ませてうなずいている。
ちくしょー、かわいいな。
74:
「おめでとう。姉として一言贈らせてちょうだい」
お姉さんは、妹を嫁に出すときみたいに改まっていた。
「あなた、私ほどには血を吸わなくても平気よ。
彼が怪我したときに舐めさせてもらいなさい。
栄養になるし。おいしいでしょ?」
「じゃあ、私、人を襲ったりしなくていいんですね!」
僕も嬉しかった。
彼女が物騒なマネをしたり、危険視されたりするのはいやだ。
75:
「そのかわり定期的に精液を欲するようになるけどねwwwwww
やwっwぱwりwごw愁w傷w様www」
「うはwwww」
「いやああああああああ」
彼女は顔を真っ赤にして自室に逃げてしまった。
これがヴァンプの宿命か。
悲しい女よ。
76:
「さ、私は帰るから。妹をよろしく」
「いいんですか。あいつともっと話さなくて」
「私はどこにでもいるし、あの子が会いたいと思えば、いつだって現れるわ」
「お姉さんマジかっけーっす」
お姉さんは消えた。
いろいろと怪しい人だったけど、いい人だった。
77:
僕は彼女の部屋に行く。
戸を開けると、ベッドでうつぶせになり、足をバタバタさせる彼女がいた。
「落ち着けよ。お姉さん帰っちゃったぞ」
「うん」
「大丈夫だよ。俺も無理に変なことしないよ」
「さっきおっぱい揉んだじゃん」
「あれは数に入らん」
78:
「あたしだって、まるっきり嫌じゃないもん」
「ほう」
「あんたが、その、それ――」
と、僕の股間を指さす。
「その、気付いてたし」
「やめて。恥ずかしくておムコに行けない」
「気付いたけど、別に、嫌じゃなかったし……」
「ほうほほう」
「それにね、恐ろしいことに、お姉さんの言うとおりなんだ」
79:
ああ、こいつは――
「あの、ね……その……ほしい……んだ……」
彼女の言わんとすることはよくわかる。
だから僕は、燃料棒を露出する。
「うわ。こうなってるんだ」
「あんまり見つめないで」
息がかかる。臨界しそうです。
「あんまり焦らしてると顔に出すぞ」
「えっ、やだ、もったいない」
「じゃあほら、遊んでないで」
彼女は一通り照れた後、
「いただきます」
そう言って、僕の性器を口に含んだ。
女「人間やめたったwwwww」おわり
89:
これは素晴らしい。続きがほしいぞ。カモーン
90:
まさかエロに行くとは
いいぞもっとやれ
91:
乙です
ヤベェwktkが止まんねぇ
101:
1
女「お勉強したったwwwww」
いろいろあって女友達・志乃(シノ)が半端なヴァンパイアになり、
その女友達を死の縁に追いやった通り魔の亡霊に復讐を果たし、
その場でいろいろとちゅっちゅされて、
ヴァンパイアになったかと思えば実はそれも中途半端で、
吸血しなくていい代わりに定期的に精液を欲するようになると知らされ、
僕・春海(ハルミ)は今、そのヴァンプと化した女友達に男性器を晒しています。
「いただきます」
少しまぶたを伏せながら、彼女は僕の性器に口をつけた。
期待のあまり、僕は閉じたまぶたの中で一瞬白目をむいた。
かぷ
「〜〜〜〜〜〜ッッ!!」
――まではいいが、彼女はそういった知識が乏しかった。
皆無と言ってもよかった。
「どしたの。鞭打くらったバキみたいなリアクションして」
下半身丸出しで悶絶する僕を、不思議そうに心配する彼女。
わかってる。悪意がないのはわかってる。
でもね、無知は時として牙を剥くの。
102:
2
口から細く息を吐き、なんとか気分を落ち着かせる。
大丈夫。もう痛くない。
だが萎えた。
「ね、ねえ、大丈夫?」
彼女はうろたえている。
「噛んじゃだめだろ……」
「ごめんちゃい」
悪いのは無知なんよ……。
きれいごとしか教えない保健体育……。
日本の性教育を、今こそ見直すべきなんよ……。
性欲がいきなりニュートラルになり、国の教育に想いを馳せてしまった。
「あ、縮んでる」
「そりゃ縮むわ!」
彼女はかたつむりの角でもつつくように、僕の股間の角をつつく。
103:
3
「うーん、ナマコのようだ」
人の生殖器で遊ぶな。
「今日は諦めろ」
「えー、なんでよ」
彼女は不満そうに唇を尖らす。
いやね、その小さな口いっぱいにぶちまけてあげたいのはやまやまなのよ、俺も。
でも心折れたのよ。
ナイーブなのよ、男って。
「いいか、一度萎えると、再装填には時間がかかるんだ」
「射出してないのに?」
「誰のせいで出し損ねたと思ってるんだ」
「l^o^lわたしです」
104:
4
床にぐったりと横たわる僕のそばで、彼女は体操座りして黙っている。
「何してんの?」
「待ってんの」
「あー、無駄だと思うぞ」
「えっ」
「仮に立ったとして、どうやって出させるんだ」
「あー……」
「今のお前には出来まい」
「ぬうぅ……!」
「今日は諦めろ。な」
彼女は困っていた。
105:
5
服を着ようとしたそのときだった。
「困ってるわね、妹よ」
ついさっき姿を消したはずの、彼女の姉貴分が現れた。
「おねーさん!」
慌てて股間を隠す。
「なんなんですか!あなた帰ったはずでしょうが!」
「言ったでしょ。この子が私に会いたいと願えば、私は現れるって」
うわぁ。
今言われても、ちっともかっこよくない。
「お前もこの程度で助け求めてんじゃねええええ」
「あら、フルチンで怒られたって怖くないわよ」
「ねー」と、お姉さん。
「ねー」と、返す志乃。
昨日今日の短い付き合いなのに、息が合ってやがる。
「ああもう!とにかくお姉さんは帰ってください!」
106:
6
「何よ、いきなり喧嘩?」
既に僕を詰る準備をしている。ように見える。
「噛んだら萎えて怒られた」
こんなに端的に言われると悲しくなる。
僕はもっと屈辱的な仕打ちを受けたはずだ。
「あら、それはあなたが悪いわ」
「それ見たことか」
「ちぇー」
「また今度にしなさい」
「それから君」とお姉さんは僕に向き直る。
「今度はちゃんとやり方教えてあげなさい」
と、僕の肩に手を置く。
上司に諭される部下の気分だ。
「教える前に噛まれたんですけど……」
と、僕が言い終わる前にお姉さんは消えてしまった。
ほんと言ったら言いっぱなしだな、あの人は。
107:
7
もう、一気に力が抜けた。
僕は今度こそ服を着る。
「しまっちゃうの?」
「終了ー」
「再開ー」
と、彼女はベルトを掴んで軽く引っ張る。
「しません――っとと」
僕はベッドにうつ伏せに倒れこんでしまった。
「あ、こけた」
「うーん……お、起きられん……」
力が入らない。
寝返りすら打てない。
「……お前、何か吸った?たとえば精気とか」
「さあ?性器なら吸いそこねたけど」
彼女は拗ねて上を向くと、そのまま止まった。
108:
8
「どうした」
「ん、なんかおねーさんから受信してる」
「――うん。
 ――うん。動けないんだって。
 ……あー、どおりで。
 ――えー、やだー。……もー」
彼女は僕に向き直る。
「おねーさんが吸ったんだってさ」
「あのときか」
肩に触られたことを思い出す。
「やっぱり若い男の子のはいいわwwwまたお願いねwwwwって言ってた」
「何しに来たんだ、あの人は……」
今頃ツヤツヤしてるんだろうな。
むかつくわ。
109:
9
「ちょっと休んだら?」
「そーする」
彼女はベッドの側面にもたれて、床に座っている。
「眠い」
「寝んちゃーい」
そっけないもんだ。
さっきまでの意欲はどうした。
「いじけるなよ」
「いじけてなどいない」
こちらに背を向けているせいで、顔は見えない。
「志乃おいで」
「やだー」
110:
10
「なんでよ」
「は、はずかしい……」
彼女は背中を丸めた。
肩が小刻みに震えている。
「あー、また素に戻って『あぁ〜』ってなってるんだ」
「えらいことをしてしまった」
「えらいことっつーか、エロいことだな」
「ファックファック」
うーん、やっぱり食欲で動いてたのか。
「まだ飲みたいか」
「……?あれ、そういえばどうでもいいや」
111:
11
どうでもいいと言われるとさすがにへこむ。
が、僕は表に出さない。
「来い来い」
やっと持ち上がるようになった腕で手招きする。
「やーだー。変なことするんでしょ」
お前が言うな。
「しないしない」
「ほんとに?」
疑り深い眼差し。
「ほんとほんと。セクシー抱き枕として添い寝してくれればいいから」
「お巡りさんこっちです」
112:
12
「お前が言うな」
「うー、ごめん」
彼女は僕のゆるく握った手に、指を差し入れた。
そのまま僕の手のひらを爪で軽くひっかく。くすぐったい。
「まだ怒ってる?」
「怒ってない怒ってない」
「変なことする?」
「されたいか?」
彼女はたっぷり考えて、「わかんない」と答えた。
「まだもじもじしてるな」
「恥の多い生涯を送ってきました」
「大丈夫、あのくらいでは引かない」
(僕の妄想に比べたら可愛いもんだ)
116:

ヤバイ女が可愛すぎてキュン死する
118:
13
「……ケーキ」
「ん?」
「出しっぱなしだから、冷蔵庫入れてくる」
「そういえば買ってたな」
エロいイベントに心奪われて、すっかり忘れていた。
「今食べたい?」
「いいよ。消化する元気がないし。
 後でお姉さん呼んで一緒に食べな」
彼女はうなずいて、階下に下りた。
視線だけ動かして自分の腕を見る。
額の傷も、痛くかった。
(傷がもう治りかけてる……)
彼女が戻ってきた。
自分の部屋なのにどこに座っていいかわからず、所在なさそうにしていた。
119:
14
「……あ」
「目が合ったな」
「チッ」
「ここに来たそうにしてるじゃないか」
「認めたくねえー」
彼女は不服そうにベッドのふちに腰かけた。
ため息をついて僕を一瞥すると、そのまま僕に背を向けて寝転んだ。
「そんな隅っこだと落ちるぞ」
「そっちが来ればー」
「俺、今動けない」
120:
15
どれだけ吸ったんだ、あの人は。僕に断りもなく。
回復までどれくらいかかるんだろう。
帰りのことを考えると憂鬱になった。
「しょーがないなぁ」
彼女は僕の体に背中をつけた。
髪の先が鼻をかすめて、くすぐったかった。
「ほら、今のうちだけど?」
「何が?」
「抱き枕にしたがってたじゃん」
例によって、僕に顔を向けずに言う。
多分、不服そうに唇を尖らせているのだろう。
121:
16
「求められたい」
「言わせるか」
「言われたい」
「……」
「さあ!勇気を出して!」
「…………じゃあ、して」
「ぃよっしゃああああああああああ」
(生きててよかったああああああああああ)
「ヘンタイだ。ヘンタイが喜んでる」
しかし、肉欲をエネルギーに変換することはできなかった・
これが人間の限界である。
122:
17
「あ、ほんとに何もしないんだ」
安心しているのか、つまらないのかわからない。
「いや、したいんだけどね、ほんとは。動けないのよ」
生殺しである。
「さすがに心配だね」
「今度お姉さんに会ったら、吸うときは遠慮してくれって言っといて」
「起きれるまでどれくらいかかるんだろ」
「ちょっとお姉さんに訊いてみてくれ」
「よし、やってみる!」
彼女は静かになった。
どこか力んでいるように見える。
「……」
「……」
「どう?」
「うー、だめぽー」
「ああ、受信専用なのね」
123:
18
「とりあえずひと眠りしてはどうだろう」
「あー、どっちにしろ動けないもんな」
「傷はもういいの?」
「それがもう治りかけてるんだよ。お前の唾液は薬効があるの?
 もしそうなら手厚く保護しなければなりません」
「唾液言うな」
「だから志乃を抱いてると回復するかもしれない。来い来い」
「もう、わかったよぅ」
彼女は、僕の下になっている方の腕に頭を乗せた。
体臭とは別の、むせそうになるほど甘い匂いがした。
もう片方の腕で彼女を抱く。
実際は力が入らないので、体に腕を置いているだけだ。
「志乃、何かつけてる?」
クラスの女子が使うような、シャンプーや制汗剤のものとも違った。
「な、なにも!」
声が裏返っている。
「えっ、な、何?もしかして汗臭い?」
「いや、なんだろう。植物系?花?」
「身に覚えがない……」
彼女の新しい体質なのかもしれない。
僕は順調にたらし込まれつつある。
彼女に悪意がなくてよかった。
124:
19
僕は彼女の髪に顔をうずめた。
匂いを覚えようと思った。
頭の奥から劣情と多幸感の混ざったものが滲んでくる。
「もう、寝るんじゃなかったの?」
恥ずかしさからか、少し語気が強い。
「……黙っててくれたら、もうすぐ」
うん。俺もね、気づいてないわけじゃないのよ。
俺本体より一足先に元気になったマイサンが、
君の尻に押しつけられてることくらい、わかってるのよ。
彼女は気まずそうに体を動かしているが、気づかないふりをする。
僕は性欲より睡眠欲をとる。
125:
20
どれくらいそうしていたかわからないが、僕の意識ははほとんど眠っていた。
彼女の言うことには「うん」と「ううん」だけで答え、あとは考えられなかった。
「ねえ」
「ん?」
「寝た?」
(修学旅行の晩にこういう奴居たな)
「ん」
まどろみに水を差されても、文句を言う気がしなかった。
「……ドキドキするんですけどー」
(うれしいこと言ってくれるじゃないの)
「うん」
しかし僕はあくまで眠いのだ。
いまなら淫靡な夢が見れそうである。
129:
ニヤニヤがとまんねぇ
133:
21
「ねー」
無視無視。
「ねー、ヒマー」
腕の中で彼女はもぞもぞする。
「ほんとに寝た?」
声の出どころが近い。こっちを向いたらしい。
それでも無視を決め込む。
このままだと、いつまでも寝させてもらえそうにない。
「んー」
退屈そうだが、僕は心を鬼にしているのだ。
「つまんない」
許せ志乃。
「ねー」
134:
22
「襲っちゃうぞ」
そう聞こえた気がした。
応戦したいが、僕は動けないのだ。
「よいしょ」と体を転がして仰向けにさせられる。
もういい。好きにして。
「どうすればいいんだろう」
(Don't think, feel! )
「……ちゅっちゅしちゃうぞ」
(キャー、してしてー)
にやけそうになるのを我慢する。
「ねー、ほんとに寝たのー?」
彼女が喋る度に、頬に息がかかる。
顔が近いらしい。
135:
23
「もー」
彼女は口の中で何かつぶやいて、唇を合わせてきた。
そのまま僕の下唇をはむはむする。
さっきの血の味がするキスとは違って、可愛らしいと思った。
「ほんとに寝ちゃった……」
半分起きてるけど、意識はすでにトロトロになっている。
既に眠っていたのかもしれない。
彼女の退屈そうな独り言も、どんどん遠くなっていった。
136:
24
――――――――――
こんな夢を見た。
僕は自室のベッドで、裸で眠っている。
家族に見つかったら何と言い訳したものか。
部屋には志乃とお姉さんがいる。
僕は眠っている。
お姉さんは何かプリントアウトしたものを持って、志乃に指示して消えた。
志乃はひどく恥じらうが、好奇心に負けたらしい。
僕の体を撫でたり、鳥がやるみたいについばんだりし始めた。
彼女の手と口は徐々に下りていき、僕の性器に届く。
彼女は床から、お姉さんの残したプリントを拾う。
それを見て、不器用ながら愛撫を加える。
僕は、自分で仕込みたかったのに、などと贅沢なことを思う。
しばらくして、僕は射精した。
137:
25
―――――深夜―――――
えらくリアルな淫夢だったので、僕はパンツのことを考えて憂鬱になる。
(俺は急に生理がきた女子か……)
とりあえず確認してみるが、何ともなかった。
何に対してかわからないが、勝ったと思った。
そういえば今、何時だろう。
彼女の家族が帰っている頃だろうか。
何度か顔は合わせているから、別に後ろめたいことはない。
だけど、今はさすがに緊張する。
彼女はいない。
落ち着いて部屋を見渡すと、僕の部屋だった。
僕は彼女の部屋で寝たはずだ。
ちょうど、日付が変わろうとしているところだった。
138:
26
夢オチかよ、と悪態をつきながら風呂場に向かう。
脱衣所の鏡に映った僕は、彼女の買ってきた、
ゆるい猫のイラストが入った嫌がらせTシャツを着ていた。
腕には、かなり治癒しているものの、通り魔の亡霊に付けられた傷が幾筋も残っていた。
夢じゃなかった。
喜ぶべきか憂えるべきかわからず、僕はそのまま風呂に入って寝た。
明日は彼女に何て言おうか。
今日はいろいろありすぎた。
考えるのはここまでにしよう。
139:
27
―――――翌朝―――――
僕はいつもどおり登校する。
彼女は昨日と同じように、両手に包帯を巻いていた。
ただ、巻き方は簡単になっていた。
席について、声をかける。
「はよーん」
「お前、手は?」
「急に治ったら怪しまれるじゃーん」
「抜糸は?」
「気持ち悪いけどあと1週間の我慢だ」
「早く抜けるといいな」
「うん」
彼女は眠そうだったが、妙に髪や肌がつやつやしていた。
素直な毛の流れが引き立っている。
瞳がいい感じに潤んで庇護欲を刺激する。
「お前、今日やけにきれいだな」
こんなことを言うのは本来、僕のキャラじゃない。
「なっ――」
彼女は口を開けて固まった。
140:
28
「俺、昨日お前ん家行ったよな?」
「来ましたけどー」
「起きたら俺ん家だったんだけど、どうやって帰ったか覚えてないんだ」
「いつまでも寝てるから、おねーさんに運ぶの手伝ってもらった」
「なに、お姉さん免許持ってるの?」
「らしいよ。たまにだけどお仕事してるみたい」
となると、あの就活女子大生スタイルはやはり変装か。
「ヴァンパイアも現代を生きるのは大変だな」
「ねー」
彼女は他人事のように言う。
お前も半分はヴァンパイア――ヴァンプだから4分の1か――だろうが。
平静を装い続けるなら崩してやる。
141:
29
「いやー、志乃はかわいいなぁ」
「ぶっ――」
吹き出す志乃。
「うんうん。ほんとうにかわいいなぁ」
「何を急に――」
「どうして今日はそんなにキラキラしてるのかなぁ」
「…………」
「何か栄養のあるものでも摂ったのかなぁ」
「…………」
「何かいいサプリでもあるのかなぁ。俺にも教えてくれないか」
「…………すいませんでした」
「お、自白したな」
彼女のポーカーフェイスを崩すには誉め殺しに限る。
「……美味かったか」
「……はい」
142:
30
まさかとは思ったが、やはり現実となると羞恥心に与えられるショックは大きい。
「汚された……あたしの心、汚されちゃったよう……」
僕は両手で顔を覆った。
「いや、その、ほんとすいません」
口では謝っているが、何を思い出したのか彼女の目が輝いている。
気のせいか、例の濃厚な花の香りまで漂い始めた。
条件反射のように、下半身が反応する。
「ねえ」
「なんだよ」
「始業まで、まだ時間あるよ」
口元に扇情的な笑みが浮かんでいる。
「何が言いたいんだよ」
「すぐ帰ってくればばれないよ」
143:
31
彼女は僕の返事を待たず、勝手に席を立った。
僕がこうしてついていくことを知っていたみたいだ。
―――非常階段―――
「さ、座って座って」
彼女は僕の胸を押して、階段に座らせる。
困惑と期待があいまって、抵抗できない。
彼女は膝をついてベルトを外そうとするが、
僕が座っているので上手くいかないみたいだ。
仕方なく自分でゆるめてやる。
彼女はうれしそうに「ありがと」と言った。
顔に浮かべた笑みは淫らなものだったが、口振りは無邪気そのものだった。
彼女は不器用に僕の性器を引っ張り出す。
利き手の包帯をはずしながら、唇を一瞬、ちろっと舐める。
僕の好きな、あの仕草だった。
144:
32
「いただきます」
変なところで礼儀正しい奴だ。
普通の食事と比べておかしいのは、箸じゃなく棒を握って言ってることか。
「噛むなよ」
彼女は握った手をゆっくり上下させながら
「噛まないもん」
と言った。やばい、この時点で気持ちいい。
これは僕が抜くときに妄想に使った場所でシチュじゃないか。
図らずも実現してしまったせいか、興奮してしまう。
息が荒くなった僕を志乃は満足そうに見つめる。
何度か根本からゆっくり舐めあげて、先をくわえられた。
顔が見たくて前髪を上げたら、口を離して
「見ちゃだめ」
と手を払われた。
145:
33
そうしている間も、片手は動いている。
なんて恐ろしい子。
「あんまり時間ないんだから、邪魔しないで」
そういえば始業前だったか。
なるべく我慢して堪能したいが、そうはいかないらしい。
それに、この始業前の5分を切った時間帯は登校してくる生徒が多いんだ。
遠い玄関で、喧噪が聞こえる気がした。
何人分、何十人分だろう。
だけど、あの中の誰一人として、こんなところでこんなことが起こってるなんて思わないだろう。
そう思うと余計に興奮してしまう。
彼女は口の中で舌を動かしながら、強く吸い上げる。
いつどこでこんなこと覚えたんだ。
(昨晩、僕の家か……)
恐ろしい学習能力である。
146:
34
「志乃っ……」
出そうとは言ってないが、彼女はくわえた頭を上下させながらうなずいたようだった。
(えーと、このまま出していいんだよな……?)
(だって、不味いっていうじゃない?)
(あと、ほっといたら臭いし)
僕は要らぬ葛藤の中、精を吐き出した。
(あああああ出てる間に吸っちゃらめえええええええ)
(もってかれるううううううううう)
一瞬、意識が白くなる。
彼女は飲んでしまって、口を離していた。
「ごちそうさまー」
なんとも満足そうである。
「美味かったか」
「……えへ」
「良かったな」
147:
35
スカートのポケットからからミニタオルを出して、拭いてくれる。
「……汚いぞ」
「平気だよ。口に入れても大丈夫なんだから」
「ほっとくと臭くなるんだぞ」
「え」
ああ、こいつはあの恐ろしさを知らないな。
「悪いことは言わない。洗っておきなさい」
「わかった」
教室に戻る途中、廊下の水道で洗う。
「石鹸使うんだぞー」
「はーい」
彼女は液体石鹸の入った容器の頭をプッシュする。
「……ゴクリ」
「洗剤に興味を示すな」
148:
36
「包帯濡れちゃった……」
彼女はわずらわしそうに包帯を取る。
癒えた傷が見えないよう、注意を払っている。
「替えの持ってる?」
「ん」と彼女は腰の側面を突き出す。
「ポケットに入ってる。取って」
「はいはい」
そういえば普通に生活していれば、女の子のスカートに触れることはない。
そう思うと、途端にやりづらくなった。
「変な目で見られないかな」
「大丈夫だよ。私がお世話されてるようにしか見えないよ」
ポケットから包帯を取り出して渡してやる。
彼女はその間、ポケットティッシュで手を拭いていた。
彼女は僕に洗ったミニタオルを持たせると、包帯を巻きながら教室に歩き始めた。
149:
37
―――朝のHR後・教室―――
彼女の椅子の背もたれには、ミニタオルがかかっている。
こうなった経緯を知っている身としては、それが人の目に簡単に触れる場所にあるのは気まずい。
「ティッシュあるならそっち使えよ……」
「そこまで頭回らなかったんだもーん」
「だもーん」とか可愛らしく言われてもなぁ。
「増量したおっぱいはどうごまかすんだ」
「今はサラシでつぶしています」
「それだって毎日続かないだろ」
「段階的にゆるめるから大丈夫」
なにが大丈夫なんだか。
「普乳から巨乳への変化はすぐばれるぞ」
「う」
「お前は人のおっぱいに対する観察力をあなどっている」
「だ、大豆とかキャベツとか鶏肉ばっかり食べてあんたに揉まれてたって言えば大丈夫!」
「な訳あるか」
150:
38
「ちぇー。完璧だと思ったのに」
「どこがだよ。せめて実際に揉ませろ」
これでは口実に使われ損である。
「私を守るためだと思ってさー」
「社会的な死と引き替えにか」
「死にゃしないって」
「俺はそんな形でヒーローになるつもりはないぞ」
「大丈夫だよ。だって――」
「なんだよ」
彼女は頬杖をついて僕から視線を反らす。
「あ、あたしは彼女ですしー」
そうか。僕はただの養分じゃなかったのか。
「キャーwww言っちゃった言っちゃったwwwww」
「元気だな」
平静を装ってはいるが、彼女の認識がわかって嬉しい。
「友達に自慢していい?」
「はいはい」
許可しようとすまいと、勝手に喋るものだ、女子ってやつは。
151:
39
「そういえばあのプリントは何だったんだ」
「プリント?」
「夜の」
「あ、あれは、その――
 おねーさんにぐぐってもらって……」
「自分でやれよ……」
「そんな言葉入力できないぃ……」
「よく言うよ……」
「で、あんたのこと送ってったついでに、実践してみなさいって言われて――」
「あー」
「お勉強したったwwwww」
「だからって上達しすぎだろ」
「向上心のないやつはばかだ」
ここで引用されても、ちっとも賢そうに見えない。
152:
40
「さっきより肌艶がよくなってるな」
「……ふへ」
彼女はだらしなく口元をゆるめた。
「その顔はやめなさい」
「は!いかんいかん」
「そうそう。キリッとね」
チャイムが鳴り、一限目の教科担当が入ってくる。
起立して礼をする。
座ろうとすると、彼女に肩を叩かれた。
「なに」
「言い忘れてた」
僕はあまり顔を向けず、視線で「聞いてるよ」と意思表示をする。
「引き続きよろしくね」
妖女とか小悪魔的なイメージとはほど遠い、あどけない笑顔だった。
「お、おう……」
気の利いた言葉が出ない。
僕の後ろからは、花の匂いがする。
さっきとは違って、嗅いでいて落ち着く。
今日の放課後は、花屋に寄って、彼女の匂いに似た花を探そうと思った。
女「お勉強したったwwwww」おわり
153:
乙!!
朝の学校、しかも非常階段か…
エロいねぇwwwwwwwwだがそれが(・∀・)イイ
155:
すげーおもしろい
156:
おっきした
163:
女「言ったった言ったったwwwww」
1
―――――放課後―――――
僕は母の日以外に花屋に行ったことがない。
自意識過剰とわかっているが、男一人で行ける気がしない。
目的もなく一人で店に入るのは苦手だ。
となると、必要なのは彼女だ。
「志乃、暇なら付き合ってくれ」
「いーよー」
彼女は大きく伸びをしながら気持ちよさそうに答えた。
「どこ行く?体育倉庫は運動部に見つかっちゃうよ」
例の花の匂いが、むっと立ちこめた。頭がくらくらする。
なんで周りの生徒は平気なんだ。
「貴様、勘違いしているな」
彼女は、露骨に期待はずれといった顔をする。
164:
2
「そんな顔してもダメー」
「ケチー」
「どうするんだよ。来るのか来ないのか」
「キャー、私をどこに連れて行く気?ラブホ?」
「そうしたいところだけど、お前は入り口で引き返したがるだろうな」
「そうかなぁ」
「そんな気がする」
(どうも僕をセクシャルな目で見てくれてる感じがしないんだよな……)
「じゃあ、どこ行くの?」
匂いが弱まった。志乃の気が散ったせいか。
165:
3
「は……花屋」
彼女なら笑わないと思うけど、少し気後れする。
「園芸な趣味あったっけ?」
「ないけど。お前にと思って」
(お前に似た匂いの花が欲しいと思って、とは言えないな)
「ほんと?」
(お、意外と好感触)
予定になかったけど、嬉しそうにされるとその気になる。
「部屋に花くらい飾ってはどうだろう」
「わーい、飾るー」
「じゃ、行くか」
「ごーごー花屋さーん」
彼女は歌うように言って、席を立った。
166:
4
―――――花屋―――――
僕は困っていた。
彼女に同行してもらうところまではよかった。
しかし、これでは花の香りを確認なんてできない。
(一人で来ても同じことか……)
「私これがいい」
彼女が持ってきたのは丸いサボテンだった。
トゲが包帯に引っかかりそうで危なっかしい。
「緑じゃん」
「緑ですとも」
「いいのか、花じゃなくて」
「花は好きだけど、枯れるのがねー」
「また買ってやるって」
彼女は少し納得いかない様子だった。
「長く置いとけるのがいいの」
「なるほどねー」
会計を済ませて歩きだした。
167:
5
「帰ったらサボ子の育て方調べる」
「うんうん。育てておくれ」
「巨大にする!」
「それはちょっと……」
「ありがとねー」
彼女は機嫌よく礼を言った。
これで300円(税別)なら安いものだ。
雑貨屋の前を通ったとき、一瞬あの匂いがした。
今の彼女がエロスなことを考えているとも思えない。
(アロマなんとかの発想はなかったわ……)
「志乃、あそこ寄っていいか」
「いーよー」
168:
6
―――――雑貨屋―――――
(参ったな、思ったより種類がいっぱいある)
「なに、アロマな趣味があったの?」
「ないけど、お前の匂いが気になってなー」
「うわー。ヘンタイだー」
彼女は小走りで店内のどこかに行ってしまった。
適当に冷やかしたら戻ってくるだろう。
僕は「彼女へのプレゼントです」といった体を装って物色する。
いくつか嗅いでみたところで、「これは」というのに当たった。
(イランイラン……)
その場で携帯を出して検索する。
「どう?見つかった?」
「ああ、これ」
サンプルのキャップを取って鼻に近づけてやる。
「……えへ」
「その顔はやめなさい」
169:
7
「なにこれ、いい匂い」
「イランイランなる花の中の花らしい」
「へー」
彼女はまだ、すんすんと嗅いでうっとりしている。
「買うの?」
「いや、何の匂いか知りたかっただけだから」
(こいつの前で買うのもな……)
「効能なに?」
「リラックスと催淫効果だそうだ」
「そんなものを嗅がせてどうするつもりだ」
「いや、そういうつもりでは」
むしろそれはこっちの台詞だ。
170:
8
――――――――――
「そういえば、南の通りに出たことある?」
「あっちはオフィス街だからなー。あんまりないな」
「おねーさんの事務所行ってみたい」
「あそこ地価高そうなのに……儲かってるんだな」
あの界隈は、大企業の支社やきれいなオフィスビルがたくさんある。
そこに事務所を構えるとは、お姉さんは立派に順応しているようだ。
「お姉さん、仕事何してるの?」
「確かセラピストだったかカウンセラーだったか……」
(うわぁ、あんまりお世話になりたくない)
「うーん、とにかく人の話を聞くらしいよ」
171:
9
そうこう言ってるうちに、オフィス街に出てしまった。
「仕事の邪魔になるだろ」
「今日、午後は休みだってさ」
そう言いながら彼女はろくに知らない土地をどんどん歩いていく。
こうなると僕はついていくしかない。
薬局と喫茶店の間の雑居ビルに入っていく。
エレベーターに乗り、彼女は6階のボタンを押した。
〜ナオミの部屋〜
ネーミングに引いた。
「まさかエッチなお店じゃないよな」
「まじめなお店だよ」
「お姉さん、ナオミっていうのか」
「いや、お店の名前考えるときに、脳内でナオミ・キャンベルがしつこく歌ってたらしい」
「wanna make love, wanna make love song, hey baby」
裏声で問題のフレーズを歌ってみる。
「そうそのナオミ」
「お姉さんいい加減すぎだろ……」
172:
10
―――――ナオミの部屋―――――
うわー、来ちゃったよ、ナオミの部屋。
すりガラスに「ベルサイユのばら」のタイトルみたいな金のフォントで書いてある。
どう見ても癒しを求めてノックするドアじゃない。
「これは入りにくいな……」
彼女は僕に構わず、インターホンを押していた。
「……はい」
お姉さんのかしこまった声がする。
「おねーさーん、志乃ですー」
「あら、妹。待ってなさい、すぐ開けるわ」
気のせいか声が弾んでいる。
彼女が志乃のことを可愛いと言うのは本心かもしれない。
「いらっしゃい。今日はもう休むから、上がっていきなさい」
お姉さんは白衣にタイトなワンピースを着て、パンストににピンヒールをはいていた。
「女教師ものの撮影でも?」
「ファックファック」
志乃のリバーブローが軽く2連続で入る。
「すいませんでした」
脇腹をさすりながら頭をさげた。
173:
11
「中は意外と普通ですね」
クリーム色がかった白を基調としたインテリア。
白い百合の花が生けてある。
女性に受けそうだと思った。
「適当に座りなさい」
僕は遠慮がちに腰を下ろす。
志乃は僕の隣に深く腰掛けると、僕の肩に頭を乗せて脱力した。
「くつろぎすぎだろ」
「おなかすいた……」
「もう夕方だもんな」
「おなかすいた」
ここは肩でも抱くものだろうが、ここはお姉さんの職場なのでそうもいかない。
結局どうしていいかわからず、膝に手をついていた。
174:
12
お姉さんがトレーにお茶を乗せて戻ってきた。
「あら、ラブいわね」
急に恥ずかしくなる。
「志乃が腹減ったそうです」
なるべく色気のないことを言ってごまかした。
お姉さんはテーブルにポットとカップを置く。
ガラスのポットの中で、茶葉が花のように開いている。
「きれいですね」
「ジャスミン茶。落ち着くわよ」
ああ、客(患者?)にくつろいでもらわないと話が聞けないのか。
「お姉さん、仕事は何を?」
「セラピスト兼カウンセラー兼探偵ってところね」
(わーお、超うさんくさーい)
「人間の職業で近いものを挙げただけよ」
僕の思考が顔に出ていたのだろう。彼女は補足した。
志乃が妙に静かだ。
「志乃、どうした」
「燃料……きれた……」
175:
13
「定期的にとは聞いてますけど、こんな短いスパンで底をつくんですか?」
そうだとしたら燃費が悪すぎる。
さっきまで元気そうだったのに、今は顔面蒼白だ。
「さあ?この子一昨日死にかけたばかりだし、回復に必要なんじゃない?」
――自分の内臓と走馬燈見ながら、願っちゃったんだ。
ぞっとした。
「私だって首を切られたのよ。まだ本調子じゃないわ」
お姉さんはぼやきながら首をさすった。
頸動脈の走ってるところだ。
「志乃、しっかりしろ、志乃!」
人間なら大量に輸血する大手術を終えて、集中治療室で面会謝絶じゃないか。
僕はそんな状態の志乃を連れ回してたのか。
(何やってんだよ、バカか俺は!)
「君、この子の口に指を突っ込みなさい」
176:
14
突然の命令に戸惑う。
「えっ、みぎひだりどっち」
「自慰はどっち派?」
この人にとって僕のプライバシーは濡れた半紙みたいなもんだ。
「みっ、右ですけど!」
間抜けなことに正直に答える。
「じゃあ右」
「はい!」
志乃の口に指を入れる。舌が冷たい。
「さあ、存分に吸いなさい妹よ」
「……う」
指を吸う力が弱々しい。保護された子猫か。
「ちょっと……いえ、かなり疲れるから覚悟しなさい」
お姉さんが僕をにらむ。これは脅しじゃないな。
了解を得る、じゃなくて宣告だ。
帰りは何とかなるだろう。
明日は土曜だ。どうとでもなれ。
177:
15
志乃の様子を見ていたが、これでは精気を吸えているように見えない。
「お姉さん、カッター貸してください」
お姉さんは怪訝そうに眉を上げた。
僕の意図を汲んだらしく、刃をライターであぶって渡してくれた。
志乃の口から指を抜き、唾液で濡れた指にカッターをあてがった。
怖い。ほんのちょっと切るだけのつもりなのに怖い。
このまま、少し刃を引くだけ、それだけが怖い。
「あの、お姉さん、お願いがあります」
「何よ」
「俺、自分じゃ切れません。だから――」
「根性あるんだかないんだか……」
お姉さんは絨毯にひざまづくと、僕からカッターを取り上げた。
「チクッとするわよ」
彼女は低く言って、僕の皮膚に刃をひっかけて軽く引いた。
少しの痛みが短く走った。
指先に血液が丸く溜まっている。
「ほら、舐めろ」
僕は再度、志乃の口に指を入れた。
178:
16
志乃は舌を動かして指の血をすくった。
安心したせいか、既に精気を吸われ始めているせいか、疲れが襲ってくる。
「志乃、大丈夫か」
彼女の少し頬に赤みが差してきた。傷口から力が抜けていく。
「今日はもう大丈夫そうね。しばらくそうしててやって」
お姉さんは白衣をジャケットに着替えると、玄関に向かった。
「お姉さん、どこへ?」
「食べるもの買ってくるわ」
「ここ、留守にしていいんですか」
「鍵かけていくから。電話は私に転送されるから無視して」
「妹をよろしく」と言い残すと、彼女は行ってしまった。
少し、心細いと思った。
179:
17
志乃は少しずつだが、精気を吸えているらしい。
昨夜のお姉さんみたいな凶悪な吸い方じゃないせいか、ゆるやかに眠くなる。
(あの人はワンタッチでギューンってやりおったからな……)
体が重い。彼女を抱えたまま横になった。
志乃はずっと、指を吸ったり舐めたりしている。
「うーん、指がふやけそうだ」
今の今まで必死だったから気付かなかったけど、変な気分になる。
全身がだるい割に、下半身は元気だ。我ながら呆れる。
いつまでこうしていればいいんだろう。
志乃が目を開けた。
「気がついたか」
彼女は指をくわえたままうなずいた。
180:
18
不思議そうに僕の股間を見る。
「なんで?」
と口を動かしたように見えた。
悪いことをしている気分になる。
「すまん、それ、気持ちいい」
彼女は何度か指を軽く噛んで、にやりと笑った。
「あー、君の考えてること、なぜかよくわかるなぁ」
一瞬止まる。お前は猫か。
「ダメとは言ってない」
「……ん」
「もうちょっと元気になってからにしなさい」
「ん」
その代わり、彼女が元気になる頃には僕は動けなくなっているのだ。
「ごめんね」
「気にするなよ」
181:
19
彼女は涙目になっている。
話せるようになって第一声がそれだと寂しい。
半人半妖になったのは生きるためじゃないか。
「泣くと疲れるぞ」
「……」
「今、生きてるんだろ」
(まだ動けるな)
「それなら上等だ」
体を反転させて、彼女を下にする。
「な、なによぅ……」
やめて。濡れた瞳で見つめないで。
「今の俺は体力がないんだよ」
寝返りを打つくらいの動作でもスプリント直後みたいに息が上がる。
呼吸が整うのを待って、彼女に口付ける。
「む――っ!」
僕の下で脚をばたばたさせる。唇を離した。
182:
20
「せっかく吸った力をリアクションで浪費するなよ……」
「び、びっくりした……」
「とんでもない雰囲気クラッシャーだな、君は」
「心の準備が……」
「そこは察しろよ」
この特技・フラグ破壊に対抗できる自分はタフだと思う。
「やり直すぞ」
「うぅ」
「はい、もじもじしない。無駄な体力を使わない」
いくら若いといっても僕の体力だって有限だ。
「……やりづらいから目を閉じなさい」
「うえぇ……」
彼女は情けない声を出す。
でも僕は気にしない。気にしたら負け。
再開だ。
183:
21
何度か唇を合わせると、彼女は少し口を開いた。
その隙間を舌先でなぞる。
彼女が焦れたように僕の舌を舐める。
また、力が抜け始める。
「ふっ……やだ……」
彼女は僕の首に腕を回して、顔を背けながら言う。
それが頬を上気させて流し目くれながら言う台詞か。
「喜ぶか嫌がるか恥じらうかどれかにしろ」
「全部ー」
「忙しい奴だな。やめようか」
「だめ、もっと!」
元気が出てきたようだが、僕は全然元気じゃない。
もしかしてエネルギー授受の媒介に使う体液って融通利くんじゃないか?
そんなことを考えたけど、思考は長く続かない。
ついでにこの、彼女の顔の横に肘をついて体を支える姿勢も、もう続かない。
184:
22
「重いー」
彼女はうなりながら僕の体の下から這い出る。
「志乃……俺はもうだめだ……」
「そんな……!何言ってるんですか!一緒に帰ろうって約束したじゃないですか!」
「家族に伝えてくれ……愛して……いた、と……」
演技じゃなく本当にがくりと腕を落とす。
「あ、死んだ」
「殺すな」
「何、今の茶番」
「お前が始めたんだろうが」
「すごいなぁ、ほんとに力をもらってるんだー」
「そうそう。だから俺、くたくた」
「でも、あと一回くらい出せるよね?」
彼女は妖しく微笑みながら衣服越しに僕の性器をさする。
いつの間に包帯をはずしたんだ。
185:
23
「出せるけど出したら死んじゃう」
「私を愛してる?」
「う、うん」
「ハイ、二葉亭四迷風に」
「死んでもいいわ」
「よし、任せて!」
「謀ったな孔明!」
僕は抵抗することもできず、あっけなく脱がされる。
「キャー。春海さん、ガチガチじゃないですかぁー」
「うぅ……うれしそうに握らないで……」
ふと、時計が目に入った。
(お姉さんが出ていって、何分経った……?)
確か最寄りのスーパーはそう遠くないはずだ。
たっぷり時間をかけて見てまわっても――
「いただきまーす」
ろくに頭が回らない。快楽に集中した方が良さそうだ。
僕は目を閉じた。
186:
24
(朝より上手くなってるし……)
(なんなんだよ、こいつの学習能力は)
(こいつはアサシンに違いない)
(俺をテクノブレイク死させる気だ)
(あああああああああああああやだもおおおおおおおお)
事前に長いこと性的に興奮したせいか、えらく長い射精だった。
精液を飲む志乃の喉が鳴るのが聞こえる気がした。
余力があればもう一回お願いしたいところだ。
「……」
志乃のものとは違う気配がする。
僕は目を開ける。
僕が横たわっているソファの向かいの椅子に、脚を組んで座るお姉さんがいた。
志乃はお姉さんに背を向け、僕の性器を収納している。
「ねえ、泣いていい?」
僕は誰にともなく尋ねていた。
ほんとうに泣きたいときに限って、涙って出てこないのね。
187:
25
「あの、いつから帰っていらしたので?」
「――うぅ……うれしそうに握らないで……」
お姉さんは右上の見えない何かを眺めながら復唱した。
「ほぼ始めからじゃないですか!」
志乃は「あうぅ……」とうめいて給湯室に逃げた。
「なんなんですか!もう!止めてくださいよ!」
「私は気にしないわよ」
(サバサバしてるって次元じゃねえ……)
「俺が気にするんです!」
「あ、私も恥ずかしいです……」
志乃が壁から顔だけ出して弱々しく主張する。
「いいじゃない。そもそもここは私のテリトリーよ」
それを言われると、僕には全く分がない。
「で、妹は元気になったの?」
「なりましたよ。俺が身動きできないほどに」
結局、昨日と同じか。
188:
26
「妹よ、いらっしゃい。お姉ちゃん怒ってないから」
「ほんと?」
「ほんとよぅ。食欲はある?今日はカレーにしましょう」
「わーい」
(あーあー、すっかり顔色良くなっちゃってー)
「さ、手伝ってちょうだい」
なんなんだろうな、出会って3日でこの仲の良さは。
格好悪いが、多少の嫉妬を禁じ得ない。
「君は寝てなさい」
「動こうにも動けませんって」
給湯室からはキャッキャと楽しそうな声がする。
僕は少しだけ眠った。
189:
27
―――カレー完成―――
「出来たわよ。いらっしゃい」
お姉さんが僕を起こしにきた。
「いいんですか、こんな白いとこで食べるの怖いんですけど」
「大丈夫よ、他の部屋があるんだから」
そう言うと、お姉さんは僕を担いで事務所の奥に連れていった。
なんとも強引な人だ。
「ほら、ここが休憩室よ」
奥に敷いた布団の上に降ろされた。
片付いた和室。この人どれだけ稼いでるんだ。
「――といっても、半分住んでるようなものね」
志乃が給湯室から皿に盛ったカレーライスを運んでくる。
「食べよー」
「ありがたいけど、俺、動けないんだよね」
「なんと」
わざとらしく驚いてみせる。誰のせいだよ。
190:
28
お姉さんが僕を座椅子に座らせる。
「だるいだろうけど、動かせないことはないはずよ」
うーん、スパルタですなぁ……。
「さあ、精神で肉体を凌駕してみなさい」
「動けー動かんかー」
だらりと座って口だけ動かす。
「ぬうぅ……!この子の彼氏だろ!私の義弟だろ!」
「誰がいつあなたの義理の弟になったんですか」
「あなたが!昨日よ!」
そんな指さして言わなくても……。
「冷めちゃうよ……」
志乃は呆れながらスプーンを口に運んでいる。
「春海君、私をお義姉さんと呼んでもいいのよ」
「既に呼んでるじゃないですか」
「義理のよ」
「ああ……」
なんだろうなぁ、この人、意外と寂しいのかな。
身内は大事にしてくれるみたいだし、まあいいか。
191:
29
僕はいつもの倍以上の時間をかけて食事を終えた。
志乃は給湯室で食器を洗っている。
「やればできるじゃない」
お義姉さんは僕に向かって親指を立てた。
「おかげで体力ゲージがマイナスに伸びましたよ」
「そんなゲージ出てないけど」
僕の頭上を見ながら言う。
(ということは、この人は格ゲーの存在を知っているな)
「喩えの話ですよ」
僕は湯呑みに手を伸ばす。
「志乃は、回復までどれくらいかかるんですか」
「いつまでかはわからないけど……しばらく24時間以上は離れない方がいいわね」
「平日はともかく、この土日は……」
「会ったらいいじゃない」
「ご両親が家にいちゃいろいろとまずいでしょうが。俺ん家もそうですよ」
「そうねえ……」
彼女は「人間ってめんどくさー」とつぶやくと、考え込んでしまった。
192:
30
「今、何時ですか」
時計を探すが、この部屋には見当たらない。
「心配要らないわ。お母様には泊まるって連絡してる」
彼女の手の中には、僕の携帯があった。
「えっ」
「君、私の店でバイトしてることになってるから」
と、携帯を僕の手に握らせる。
「はあああああ!?」
「私、上司。君、部下。妹、部下」
(俺が……ナオミの部屋の住人に……)
「なによ、この世の終わりみたいな顔して」
「そりゃ絶望的な気分にもなりますよ……」
働いている実態がないのだ。
僕の懐事情やバイト経験者のオーラの有無から、すぐばれるに決まってる。
「給料はちゃんと出るわよ」
「そんなおいしい話を俺が信じると思いますか」
「信じるもなにも、実際に働いてもらうんだから払うわよ」
193:
31
志乃が和室に戻ってきた。
「ありがと、妹。あなたも聞いておきなさい」
志乃は僕の隣に腰を下ろした。
見たところ、身のこなしが軽い。安心した。
「志乃、俺たちはナオミの民になるそうだ……」
「なにそれ」
「あなた達には、私の仕事を手伝ってもらうわ」
――セラピスト兼カウンセラー兼探偵ってところね――
この3択の中から選べと言われても、どれもできそうにない。
「私の仕事には裏もあるの」
(あー、やっぱり)
「君、少しは驚きなさいよ。可愛くないわね」
「ええー、な、なんだってえー」
志乃が僕を軽く肘で突く。まじめに聞けということか。
「まあ、普段の仕事はこのためにやってるんだけどね」
お義姉さんは腕を組んで考えている。
どう説明したものか、悩んでいるんだろう。
194:
32
「私は殺し屋よ」
吹き出しそうになったがこらえた。
「お義姉さん、それは――」
「ああ、呪い専門よ」
補足してくれたようだが、更に悪い。
志乃は別にショックを受けているわけでもなく、静かに聞いている。
「おねーさん、人を呪い殺すんじゃなくて、呪いを殺すんだよね」
「さすが妹ね。賢い。賢いわよ」
「いや、普通その発想はありませんって」
「ばかね、ここでは常識・非常識の境界はなくなるの」
(ああ、ここはナオミの部屋だったか)
そう思えば、大抵の不条理はそのまま許容されてしまうのだ。
「あなた達は戦わなくていい。調査を手伝ってほしいの」
195:
33
「俺たちにできるようなことですか?」
「依頼人についた呪いを知らせるから、それの発信源を探すの」
「んなオカルトな」
余計、途方に暮れる。
呪いにGPSがついてるわけでもあるまい。
「ま、仕事がきたら知らせるわ。私も無理はさせない。
 それに、普通の犯罪と違って突発的に起こるものは少ない。
 必ず動機があるから、その分調べやすいはずよ」
「実践が一番」と、彼女は締めくくった。
「私は怖いです」
僕も。
物質的に危険じゃなくても、人の悪意に触れるのは恐ろしい気がする。
「人間不信になったりしない?」
きっと、知らなきゃよかったって思うようなことばかりなのだ、この仕事は。
だからお義姉さんは疑念を持たず守れるものが欲しいんだと思う。
196:
34
「大丈夫よ。妹は彼を信じてるでしょ」
志乃は答えない。ちょっと照れたように体を動かす。
「人間は複雑。きれいなだけじゃないけど、汚いばかりでもないわ」
志乃は納得したのかしていないのか、僕の肩に頭を乗せて、一度だけ深呼吸をした。
「次の事件から手伝ってもらう。研修ついでに私も同行するから心配要らないわ」
この人は何でもさくさく決めてしまう。
彼女を人間らしくないと思うとき、その根拠は彼女が迷わないことだと思う。
「私は出かけるわ。今夜は帰らないからここで寝てちょうだい」
「おねーさんどこいくの?」
志乃が心配そうに尋ねる。
彼女の仕事を聞いた後なら、見送るのが不安にもなるだろう。
「週末だからね。私も回復するのに血が欲しいから。
 酔っぱらって眠りこけてるリーマンから、ちょっとずつ頂くの」
今後、泥酔したおっさんに小さな傷があれば、その中のいくつかはお義姉さんの仕業だと思うことにしよう。
197:
35
お義姉さんは行ってしまった。
ここはオフィス街だ。
きっと何本か離れた通りの繁華街や駅前をうろつくのだ。
夜の街をさまようお義姉さんの姿を想像して、今度は、少しだけなら吸わせてあげてもいいと思った。
しかし、僕の最優先は志乃だ。
「寝よっか」
彼女は僕によりかかったまま、ぽつりと言った。
「そうだな。布団敷いてくれ。俺うごけない」
志乃は立ち上がり、押入を開いた。
「布団、一組しかないみたい」
と、既に敷いてあるものを指さす。
「お約束だな……」
「お約束だね……」
「俺は構わないけどな」
「あ、あたしも構いませんけど!」
198:
36
僕は這って布団に入る。
志乃が電気を豆球だけ点灯させて入ってくる。
「へ、変なことするなよ!」
「したくてもできません」
僕はそっぽを向く。
わずかに開いたカーテンの隙間から、月が見えた。
「志乃、俺思うんだけどさ」
「なんじゃい」
「お前、言うほど嫌がってないだろ」
「うわー、野暮だなー」
彼女は布団を被ったまま、いやんいやんと身をよじる。
「こらこら、俺から布団取るなよ」
「ごめんごめん」
彼女は笑いながら僕に布団をかける。
その拍子に、肩に胸が触れたが固かった。
「お前、まだサラシ巻いてるのか」
199:
37
「うん」
「そんなものずっと巻いてるから気分悪くなるんじゃないのか」
「違うよ。体調が戻るのにもっと精気が必要なだけだよ」
「いーや違うね。精気を吸う以前の問題だね」
彼女は不服そうに頬をふくらませる。
「はずしなさい」
「え、やだ」
「君の安眠のためだ」
「はずしたらノーブラになるじゃん」
「なに、お前、普段ブラしたまま寝てるの?」
「もう!そんなんどうでもいいじゃんバカバカ」
「今は周りの目もないだろ。取れって」
彼女は口の中でぶつぶつ文句を言いながらサラシを解いていく。
サラシの端っこがブラウスの裾から出ている。
200:
38
「あれやってみたいな。こう、引っ張って娘を回すやつ」
「あーれー、ってやつ?」
「そうそれ」
「残念、全部ほどけましたー」
と、丸めたサラシを僕に放る。
「見るなよ!乳首浮いてるから見るなよ!」
「なに、乳頭とな」
「もうやだこの人」
そう言いながら、志乃は僕に抱きつく。
二の腕で志乃の胸がひしゃげる。
覆っているものがブラウスしかないので、感触がかなりダイレクトに伝わる。
「志乃、おっぱいとはすばらしいな」
感慨無量である。
「黙れへんたい」
201:
39
志乃は戯れながら僕の唇を塞いで黙らせる。
「元気になったな」
「うん」
「よかったな」
「ありがと」
くっそ、かわいいなこのやろう。
「なに、もどかしそうな顔して」
「いやね、ぎゅっとしたいが動かないのよ、腕が」
「ハハハ、こやつめ」
志乃は抱きついたまま、僕に頬摺りする。
僕が動けないと積極的なんだな、こいつは。
「志乃、月」
僕は視線で窓の外を示す。
志乃は僕の視線を追う。
202:
40
「ほんとだ」
「満月じゃないけどなー」
彼女は少し考えて、思い切ったように
「月がきれいですね」
と言った。
「うんうん。月がきれいですね」
「月がきれいですね!」
彼女は「わかってない」と言いたそうに繰り返した。
「いや、わかってるよ、漱石だろ」
「うふふ」
「こういうのは名月のときがいいんじゃないか?」
「あたしがきれいだって思ったからいいんだもーん」
「そうかもしれないな」
「ふふーん。言ったった言ったったwwwww」
やっと、彼女から花の香りが数時間ぶりに漂い始めた。
初めて、彼女が元気になったんだと思える。
「イランイランは現地の新婚夫婦の初夜の寝室にばら撒かれるそうだ」とは言わないでおいてやろう。
僕は、志乃の寝息を聞きながら、夢も見ないほど深く眠った。
女「言ったった言ったったwwwww」おわり
203:
乙!!
電車内なのにニヤニヤが止まらないんだがwwwwwwww
204:
乙!
甘過ぎてニヤニヤしっぱなしだwwwwww
ヤバイ周りの視線がwwwwwwwww
215:
女「解禁したったwwwww」

―――――月曜・朝・非常階段―――――
志乃はすっかり元気になった。
心なしか髪まで伸びた気がする。
気のせいじゃない。
金曜は肩にぎりぎり届くくらいだったのが、5センチは伸びている。
その伸びた髪もいやにつやつやしていて、彼女が動く度に反射光を波打たせるのだ。
「志乃っ、出る……!」
どくどくと精液が出るのに合わせて、志乃の喉が鳴る。
僕は壁にもたれて荒くなった呼吸を整える。
志乃は僕のおとなしくなった性器をしまいながら、僕の口に舌を入れる。
(平日の朝から何やってんだ俺は……)
志乃と舌を絡ませながら、陶酔感と後ろめたさが頭に満ちる。
216:

この土日、僕は徹底的に搾り取られていた。
彼女の気が向いたときには体液(主に精液)を介して精気を与えていた。
おかげで今の彼女は美容本で一儲けできそうなくらいきれいだ。
お義姉さんからも「もう大丈夫でしょ」と太鼓判を押された。
これで大丈夫じゃなかったら、僕は絶望する。
志乃は「ぷは」と口を離した。
「ごちそうさま」
うふふん、と甘えた声で笑いながら僕の鎖骨のあたりに額をすりつける。
彼女の髪を撫でると、しっとり吸いつきながら、しゃらんと僕の指から流れていった。
「なに?」
「不思議な感触だなと思って」
「今なら世界が嫉妬する」
「だろうな」と、僕は適当に流す。
217:

「志乃、やっぱり髪伸びてる」
「え」
「今度こそばれるぞ」
「それは困る」
彼女は少し考えて、自分の鞄を探り始めた。
「よかった、まだあった」
と、ゴムとピンを出す。
「まとめればごまかせるはず。私って賢い!」
志乃は櫛を使って髪をまとめ始めた。
「ポニーテールにしようぜー」
「なんで男ってあれ好きなの?」
「ポニーテールにしようぜー」
「……」
「ポ」
「もー、わかったよぅ」
志乃は「うはww超まとまるwww」と自分の髪に感動しながら髪を結んだ。
(お前の髪がスーパーリッチなのは俺の汁のおかげなんだぞ)
218:

「くくるの久しぶりだよー」
「ずっと下ろしてたもんな」
「なんか首がぐらぐらするよー」
「お前は乳児か」
「どう?ちゃんとできてる?」
「うん。可愛い可愛い」
素直に誉めた。
「いやんー」
彼女は頬に手を当ててうつむく。
恥じらうポイントがずれている。
僕達の下で、金属の扉がぎっと開いた。
二人でとっさに気配を殺す。
――みつかっても、今は別に平気じゃない?
彼女は携帯に文字を打ち込み、僕に見せる。
問題ないとわかっていても、まだ警戒してしまう。
少しすると、薄く煙草のにおいが上ってきた。
219:

校舎は全棟禁煙だ。
ヘビースモーカーの教師は肩身が狭そうに、申し訳程度に置かれた喫煙コーナーで吸っている。
じゃあ、下で吸ってるのは生徒か。
――どうする?
――向こうは一人みたいだし、静かにどっか行こう。
僕も携帯に字を打って見せた。
――見つかったら?
――都合が悪いのはあっち。
僕は校舎の廊下に戻る扉を一気に開けて、志乃の手を引いた。
「なんだったんだろね」
「さあ?難しい年頃だし、悪いことしたいんだろ」
中学の頃、仲の良かった同級生がグレて疎遠になり、寂しい思いをしたのを思い出した。
「あ、そうだ。戻る前に渡しとく」
彼女は鞄から包みを出した。
「おべんと。作った」
「お、おう」
「食べて」
彼女ははにかみながら僕に弁当を持たせた。
「おお……サンクス」
にやけるのが我慢できなかった。
220:

―――――教室―――――
教室に戻ると、志乃は女友達の輪に入っていった。
志乃のいる輪から、「えー!」とか「マジで?」といった声が上がる。
反射的に目を向けると、僕を指さす志乃と目が合った。
――友達に自慢していい?
どうしていいかわからず、口の端を上げてから視線を鞄に戻す。
「春海ー、聞こえたぞー」
友人・長野がゆらりと寄ってくる。
「あー、聞こえちゃいましたか」
「なんで話してくれなかったの!俺というものがありながら!」
「言ったらお前、壁殴るだろうが」
「なんだよもう!末永く爆発しろ!」
「あー、はいはい。ありがと」
「で、どっちから?」
と、長野は僕の隣の席のイスを引き寄せて座る。
「何がよ」
「告ったのに決まってるだろうが」
(ぺろぺろされてその流れでなんて言えない……)
少しくらい恥ずかしい思いもしてやるか。
221:

「あー、お、俺から……」
「マジで?春海さんマジ勇者っすね」
「そうそう。前から狙ってたから」
(これはまあ、ほんとだけどな)
「志乃ちゃんに友達紹介してって頼んでー」
「お前が言えよ」
「ねえー、たのんでー」
「だからなんで俺がー」
「だってあの子警戒心強そうじゃん。野良猫系?俺、話しかけていいの?」
「さあ?いいんじゃない?」
(いい子だけど少し変わってるからな……)
僕も始めはどう接していいかわからなかった。
「大体いつの間に仲良くなってんのー?ねえなんでなんでー?」
「俺にもわかんねえ……」
お互いテンションのギャップにため息をつく。
222:

「なんかさ、春海枯れてない?」
「失礼だな」
「いや、マジでマジで。
 今日のお前には思春期特有のイカ臭いオーラがない」
「それは……」
「白濁色の波紋疾走!」
と、僕に拳をぶつける。
「痛いって。なんだよ白濁って。汚いな」
「ほらー、枯れてるー。なんなの?抜きすぎたの?」
「いやぁ、そんなことはございませんけど」
(それだ!絶対それだ!)
ここでチャイムが鳴った。
「ま、考えといてよ。紹介の件」
そう言って長野は席に戻った。
223:

―――――昼休み―――――
志乃は女友達の島で質問攻めに遭っている。
(なんだあのテンションは……通過儀礼なのか)
長野と向き合うように机を寄せ、鞄から弁当を出す。
「珍しいな、弁当?」
「うん、まあ」
「志乃ちゃん作?」
僕は何も言わなかったが、にやけていたのだろう。
「乙女なんだなー」
長野は意外そうに感心していた。
(志乃、可愛いけど喋ると残念だからな……慣れたけど)
わくわくしながら蓋を開ける。
口では素っ気なく受け取ってしまったけど、実はめちゃくちゃ嬉しかったんだぜ。
「へー、いいもん入れてくれてるじゃん」
「あ……ああ……」
(ひじきの混ぜごはんに山芋とれんこんの天ぷら……
 かぼちゃの煮物にほうれん草の入った卵焼き……
 あと肉と玉葱を合わせて炒めたやつか……)
なんだこの精のつきそうなラインナップは。
224:
10
(やっぱりあいつはアサシンだ)
(これ以上搾り取ってどうする気だ……)
(もう十分回復しただろ)
(え?じゃあ何?俺、おやつ感覚?)
(何が悔しいって美味いのが……)
(ああ……ごはんがごはんがススム君……)
複雑な気分だった。
精力に特化していなければ素直に喜べたはずだ。
(ヤバい。もうヤバいなんてもんじゃない。まじヤバい。
 志乃の弁当ヤバい。志乃の弁当で俺の精巣がヤバい)
「なんだよ、もっとのろけると思ったのに」
「いや、幸せすぎてなんだか怖いわ」
そうだ。僕は間違いなく幸せだ。
(なのに、何だ。この喪失感は)
「やー、ほんとうらやましいわ。
 性欲をもてあますこともなくなったわけだし」
「それだ」
僕は気づいてしまった。
「え?」
「――あ、いや何でもない」
225:
11
僕は気づいてしまったのだ。
(そーいやオナニーしてねえわ)
ズボンのポケットで、携帯が震えた。
「悪い、なんか着た」
「なに、好きって?」
「ないない」
携帯を開く。お義姉さんからのメールだった。
――帰りに、事務所に寄ってちょうだい。
どうやら仕事が来たらしい。
「メルマガだった」
僕の口は、つるりと嘘をついていた。
「つまんね」
これで良かったのだと思う。
バイト先からとはいえ、簡単に説明できる業務内容じゃないのだ。
231:
12
―――――放課後・ナオミの部屋―――――
今日のお義姉さんはざっくりした網目のサマーセーターに細身のジーパンをはいていた。
大ぶりなペンダントトップが胸の前で揺れている。
「今日のテーマはさばけたいい女ですか」
この人にはファッションの好みなどないのかもしれない。
何を着ていても舞台衣装にしか見えないのだ。
「あら、わかる?」
ふふふ、と艶めかしく笑いながら、僕らにお茶を出してくれた。
志乃は僕の隣で、緊張した面もちで身を固くして座っていた。
「あなた達を呼んだのは、わかってるわね?」
「呪われた人、来たの?」
「そう。仕事よ」
232:
13
お義姉さんは男の写真をテーブルに並べる。
「――20歳男性。県内の大学に通う学生で、家族構成は両親と高校生の妹が一人――」
造作はいいのだろうが、どうにも締まりのない顔だ。
会ったこともないのに不愉快だと直感した。
「チャラそうっすね」
自分の中で、仕事を勝手に深刻にしたくなくて茶々を入れる。
「そのとおりだったわ」
「この人、なんで呪われてるんだろ」
「あなた達にはその解明を手伝ってもらうの」
「俺達に、できるんでしょうか」
「大丈夫よ。私がついてる。それに――
 人の心に関してはあなた達の方が得意なはずよ」
お義姉さんは口元だけで笑った。
どこか自嘲気味に見えた。
233:
14
「買い被りすぎですよ」
「そんなことないわよ。妹の進化に介入したくせに」
「あっ、でも私、今の自分イヤじゃないよ!」
「前向きね、妹。なんて健気なの」
お義姉さんは勝手に感動している。
「それに比べてこの義弟ときたら、やる前からうじうじと――」
「そりゃ心配にもなりますって。手順はどうなってるんですか?」
僕は鞄からペンとメモを出した。
仕事を教わるときはメモを取れと、両親ともにしつこく言っていた。
僕もそうした方がいいと思ったのでそうする。
「まず対象に接触します」
「いきなりハードル高すぎますよ」
手からボールペンが落ちて転がり、志乃の膝に落ちた。
「そのための変装じゃない」
志乃が拾って僕に渡す。
「あなたの変装は目立ちすぎるんですよ」
公園のベンチに座る、ビッチな格好のお義姉さんを思い出した。
234:
15
「あら、今回は簡単よ。だって彼、あなた達の学校のOBだもの」
「ああ、進路の――」
「さらにタイミングのいいことに、週末はオープンキャンパスよ」
「この人をだますの?」
志乃は気が進まないみたいだった。
「そうよ。でも、そうすることでこの男と呪ってる人間の命を救うことはできる」
(命を救うなんて、大それたことを)
「呪いは、人を殺しますか」
「ええ、程度が強ければ。失敗すれば呪いは術者に返る。
 結末は……同じね。そうなる人間が違うだけよ」
「余計に危険じゃないですか」
「だから私がいるのよ」
お義姉さんの態度は、どこまでも不敵だった。
235:
16
「段取りは私がしておくから、あなた達は彼の妹に接触して」
「まさかその妹――」
「察しがいいわね。同じ学校に通ってる」
お義姉さんは機嫌良く、妹の写真を差し出した。
少し気の弱そうな、でも頭の良さそうな子だった。
「この写真、どこで――」
「そこは人外の能力を有効活用よ」
――私はどこにでもいるし、どこにだって現れるわ。
「ああ、不法侵入」
「失礼ね。超法規的措置じゃない」
「俺の部屋に入ったのはいいんですか」
「私の法は私よ」
「あんたって人は……」
でも僕は、この人が嫌いではなかった。
236:
17
―――――帰り道―――――
僕と志乃はナオミの部屋を後にした。
「お弁当箱かえして」
しばらく歩いたところで、志乃は僕に手を差し出した。
「すまん、忘れてた」
鞄から、軽くなった弁当箱を出して渡した。
「ありがとな。美味かった」
本心だった。
「ほんと?」
志乃は「やった」と軽くガッツポーズをした。
「何が好き?今度つくってみる」
「今度は精力に関係なさそうなのがいいなぁ」
僕は昼から決意していた。
「志乃、しばらく精子は禁止だ」
許せ志乃。愛してるぞ志乃。
「えっ……」
志乃の顔から表情がぬけ落ちた。
かわいそうだが、僕の決意は堅い。
237:
18
「恥ずかしながら、俺はお前に抜かれ続けてここ数日一人でできてません」
「……あたし、下手かな」
彼女は悲しそうな、寂しそうな顔になった。
「そんなことはない。めちゃくちゃ気持ちいいし、毎日だってお願いしたい」
「じゃあいいじゃん。win-winで良好じゃん」
彼女の顔に少し苛立ちが混じってきた。
「そうだな、win-winだな。だが俺のtin-tinはおやつじゃないんだ」
「う」
「それにお前、吸いすぎじゃないか。節制しなさい」
「もったいないよぅ……」
「無期限じゃないんだから、泣きそうな顔するなよ」
238:
19
志乃の歩調が重くなる。落ち込んでいるらしい。
「じゃあ、朝ちゅっちゅするのも禁止?」
彼女は上目遣いに僕を見た。
「いや、それはしよう」
「基準がわかんない」
この気持ちがわからないのは、志乃が女だからかヴァンプだからか……。
どっちだろうなぁ。
「志乃、俺は童貞だ」
志乃は吹き出した。顔が赤くなっている。
「いきなり何を――」
「だから正直、ここ数日の展開をラッキーと思ってる一方で戸惑っています。
 ここまではわかるな?」
「うん」
「俺も心を落ち着けたいんだ」
「その手段が、その……」
志乃は口ごもりながら下を向いた。
239:
20
彼女も何も知らない訳じゃない。
言葉は知ってるが口にはできないのだろう。
「そういう気分で抜くときはね、誰にも邪魔されず、
 自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。
 独りで静かで豊かで……」
「なに、哲学?」
彼女の好奇心のスイッチを押したようだ。
「終わったときは悟りが開けそうだな。落ち着きすぎて」
「そっか」
とりあえず、納得してくれたようだ。
「ずっとダメって訳じゃないんだから、落ち込むなよ」
「わかった」
「わかってくれたか」
「うん。……でも、おかずに使うのは私だけにしてほしいな」
今度は僕が面食らった。
「お、お前な……」
(そりゃもう、ここ数日の思い出を胸に、ガンガン使わせてもらう気でいましたけど)
「だって妬いちゃいそうなんだもん」
志乃はそう言いながら照れて笑った。
245:
21
―――――火曜日・朝・非常階段―――――
昨日、人とニアミスしたにも関わらず、僕らは相変わらずここで乳繰り合っていた。
(我ながら懲りないな)
志乃は僕の隣に座って、体を寄せている。
朝の風がひんやりして気持ちいい。
彼女がくっついている体の側面は温かい。
「あの子、どうやって近づけばいいんだろ」
「ああ、あの男の妹か」
「学年同じとは聞いたけど、フロアが違うからなー」
「ほんと、下の階と交流ないよね」
二人で長く息を吐いた。
「下に行く用事ある?」
「ないな」
「ですよねー」
志乃は僕の手を取って、手のひらを揉んでいる。
246:
22
「何してんの」
「手持ち無沙汰ー」
「気分悪くなったりしてないか?」
「んー、平気」
何か考えているようだ。
「あのね、話すようになったきっかけ覚えてる?」
彼女の言わんとしていることがわかった。
僕は、ある日の暗い夕方、変質者につきまとわれる彼女を助けた。
――ねえ、私、つけられてる。助けて。
 しばらく話しながら一緒に歩いてくれるだけでいい。
怯えながらも毅然としていた。
このとき僕は、彼女を勇気があるとは思わなかったけど、腹の据わった女だと思った。
「あの日の再現か」
「気が進まないんだけどね、気を許してもらうには、助けてあげるのが近道かなって」
芝居とはいえ、相手を怖がらせてしまうことに変わりはない。
247:
23
「尾行は誰が?」
「おねーさんでいいと思う。つけられる感覚って、相手がわからなくてもわかるから」
どうか比較的まともな格好でお願いしたい。
「それなら安全か……でも」
「なんか悪いよね……」
「そうだな」
僕は彼女の肩を抱いた。
「わ」
口でフォローしても、彼女の罪悪感は拭えないと思った。
「な、なに?」
「お前は悪くないよ」
彼女の後ろめたさが払拭されるのは、きっとこの事件が無事解決する瞬間だ。
それまではモヤモヤするんだろう。それは僕も同じだ。
「俺もそうしようって決めたんだから、お前だけが悪いって思わないでいいよ」
彼女からは、叱られたように力が抜けていた。
248:
24
「共犯――んっ」
乱暴にキスをして黙らせる。
彼女が何度か僕の胸を叩いたけど、無視した。
「ぷはっ……だめだって――」
「だめじゃない」
「やめてよぅ……」
彼女は眉根を寄せて抗議する。僕はそれも無視する。
「お前がごちゃごちゃ悩んでるうちはやめない」
指で唇をこじ開けて舌を入れる。
肩を抱いたまま、もう一方の手で背中を撫でると、彼女は身を任せてくれた。
微かに喘ぎながら僕の舌を吸う。
彼女は僕のシャツの胸のあたりを掴んでいた。
「皺になるから放しなさい」
力が入らないらしく、目が半分も開いていない。
しどけなく開いた唇が濡れて光っている。
「どこ持ったらいいの」
「腕、回したら?」
「ん」
と、彼女が僕の首に腕を伸ばそうとした瞬間、下の方で扉が開いた。
二人で硬直する。
また、昨日と同じように煙草の煙がのぼってくる。
志乃は下の方を指さした。
(昨日の奴か……)
僕は校舎に戻る扉を開けた。
249:
25
―――――放課後・依頼人の妹の通学路―――――
昼休憩に、お義姉さんにあの子をつけてほしいと頼んだ。
――相手に尾行されていると気付かれてほしいんです。
――あら、それは難しいわ。逆なら簡単なんだけど。
俺に勘付かれたでしょうが、という無慈悲なツッコミは胸にしまって、
僕は今、志乃と対象の待ち伏せポイントに来ています。
駅前のファーストフード店の、窓際の席を陣取って既に1時間。
そろそろ他の客に悪い気がしてくる。
「待ち伏せって、ここに来る訳じゃないよな」
「近くには来るんだろうけど――よくわかんない」
「追い込むったって、相手のパターンがわからないと難しいよなぁ」
「……」
彼女はやや上を向いて黙った。
「――あ、おねーさん。
 ――うん……うん。
 ――りょーかい。接触しまーす」
「受信したのか」
「うん。行ってくる。待ってて」
「大丈夫か、一人で」
「女同士の方がいいこともあるでしょ」
そう言う志乃の口調は、お義姉さんのものに似ていた。
250:
26
単語帳を繰る振りをしながら志乃を目で追う。
――周りを省みず、飲食店で勉強してるバカップルの設定でいきましょう。
(大体待ち伏せに設定なんか要らんだろ……)
携帯でもいじってた方が、ずっと自然だと思う。
(まあ、そういう設定だしな)
彼女は待ち合わせスポットでもある、駅前の噴水のベンチに腰掛けている。
少しして、また上を見つめながら口を動かすと立ち上がった。
(お、来るか)
志乃が動いた。
人通りは少ない。
行き先の決まってなさそうな、少しずつ振り返りながら歩く同じ制服の女子。
251:
27
(あれか)
志乃が手を挙げて親しげに話しかける。あの子は戸惑っている。
志乃を無視しようか、頼ろうか迷っているらしい。
何度か言葉を交わして、志乃は彼女を連れて戻ってきた。
僕は机に目を落とし、頬杖をついて問題がわからないポーズを取る。
外から窓が軽くノックされる。
志乃が小さく手招きをする。
気の毒な妹は、帰りたくて仕方ないように見える。
僕はテーブルを片付けて席を立った。
「春海ー、女の子拾ったったーwww」
志乃は極力バカっぽく楽しそうに言った。
「おまえなー」
「だって様子が普通じゃなかったんだもん。ねー?」
志乃はなれなれしく話を振る。
彼女は申し訳なさそうに「いえ、すみません」と下を向いた。
(詫びるのは僕らの方なんだけどな……)
254:
28
「ねー、お腹すいたー。どっか入ろー。お茶しよー」
志乃は加する。
このまま煙に巻いて主導権を握るつもりらしい。
「って言ってるけど……一緒にどう?」
ささやかに援護する。
「でも――」
「じゃ、警察行く?」
「えっと、そこまでは――」
対処としては正しいが、相手がはっきりわからないのに助けを求めるのは気後れするのかもしれない。
彼女は口ごもった。
「いいじゃん、いいじゃーん。高校一緒でしょ?ご縁だと思ってさー」
「でも邪魔しちゃ悪いし……」
と、僕を見た。
ここは解放してやった方が、本人は気が楽になるのかもしれないが、そうはいかないのだ。
255:
29
「俺は気にしないよ。それに、もし本当にやばい奴で何かあってからじゃマズイし」
(やばくもないし、何も起こらないんだけどね)
唇を噛む彼女を見て、やっぱりすまない気持ちになった。
「さ、行こ行こ」
志乃は適当な店に目をつけ、「ほーら期間限定だよー」といいながら彼女の手を引いた。
兄に向けられた呪いのとばっちりを受けた妹は、もう遠慮も抵抗もしないように見えた。
256:
30
―――――喫茶店・店内―――――
(さて、対象に接触したはいいけど、ここからどうするよ)
志乃はさっさと、生クリームの乗った一番甘そうな飲み物を注文してしまった。
僕はとっさに、メニューの一番上にあったコーヒーを頼んだ。彼女もそうした。
「あ、あの」
彼女が切り出す。
「ありがとう。正直なところ、やっぱり怖かったから」
「うううん。いいんだよぅ。あたし志乃。これ春海」
「これ」はないよなぁ……。
「佐伯です」
「下の名前はー?」
志乃はどこまでも気安い。
「朋美」
「へー。トモちゃん」
(同性相手なら社交的になれるのか……。無理してないよな?)
「校章同じ色だから同級生か」
志乃にばかり喋らせていても良くないかと、当たり障りのないことを言った。
257:
31
「あ、ほんとだ」
「会ったことないよね。違う階?」
佐伯さんは、やっと自分から話してくれた。
ここで、飲み物が来る。
これで間がもつと思うとほっとした。
黙っているのも気まずいが、僕が出しゃばっても変だ。
(おおぅ、よく喋るな……)
「あたし達2組」
「私は7組」
「あー、どーりで会わないわけだ」
「うんうん」
僕は二人の会話を注意深く聞きながら、適当に相槌を打つ。
聞き込みで得られる情報なんて雑多なもので、まともなものは1割あれば上等だ。
……と、お義姉さんが言っていた。
258:
32
「へー、二人はつきあってるんだ」
(……まあ、初対面の子が無難にのっかれそうな話はこれくらいだよなぁ)
二人揃ってるときに言われると気恥ずかしい。
少し顔がゆるんでしまったかもしれない。
志乃は「うふーん」とニヤニヤしている。
「彼氏さんいい人そうだよね。いいなー」
「春海は私のおててがこんなだから、お世話してくれてるんだ」
と、包帯でぐるぐる巻きの両手を佐伯さんに見せつける。
(ほんとは完治してるんだけどな)
「そうそう。健気でしょ、俺」
いい加減に調子を合わせつつ、コーヒーに砂糖とミルクを入れるて混ぜる。
(俺の笑い方、不自然じゃなきゃいいけど)
「トモちゃんは彼氏いないのー?」
「いないいない。なんか男に夢が持てなくてさ」
と、佐伯さんは顔の前で手を振った。
ここからだ、と思った。
259:
33
「なんでー?美人なのに。もったいないよー」
「美人とかwwないからwww」
「そうかなー」
「そうだよ」
と、志乃はスプーンで生クリームをずぶずぶと液体に沈める。
「まあ、日常的にダメ男見てるからね」
「ん?知り合い?兄弟とか?」
「そうそう。兄貴がね。もう反吐が出るわ」
(一気に核心に近づいたな。油断ならん)
僕は聞くことに専念する。
佐伯さんはブラックのままのコーヒーにスプーンを入れて回している。
「お兄さんそんなひどいの?」
「もー、あんなのが兄貴だなんて思いたくない。
 彼女がコロコロ変わるだけならまだしも、浮気しまくりだよ。ひどくない?」
「それはひどい」
僕はカップを口に運びながら、無言で二度うなずいた。
260:
34
「一人暮らしのはずなのに、しょっちゅう女の人と揉めて家に逃げ帰ってくるしさ。
 じゃあ、そもそも揉めるなっつうの」
「うわー。とばっちり受けそう……」
「受けそう、じゃなくて受けたことあるんだよね。
 なんか家の前で待ってた元カノに叩かれたし」
彼女は湯気の立たなくなったコーヒーを一息に飲み下し、不味そうな顔をした。
「うわぁ……」
ここまで軽妙なトークを繰り広げていた志乃も、さすがに沈黙した。
(男でごめんなさい)
僕は全く関係ないし、ちっとも悪くないのに、そう思った。
(呪われる原因は女性問題か……)
そりゃ恨まれるだろうよ。
動機はわかったが、呪ってる人物を絞るとなると骨が折れそうだ。
261:
35
事情は志乃が一通り聞き出してくれたが、聞けば聞くほどひどかった。
佐伯さんは喋ってすっきりしたようで、強引に引き留めたにも関わらず礼まで言われた。
「そろそろお母さんが仕事終わるから、適当に合流して帰るよ。
 今日は助けてくれてありがと」
彼女はすっきりした顔で
「学校同じだし、また会うかも。そんときはよろしく」
と言って改札をくぐった。
僕たちは彼女を見送って、取り残されたような気分になった。
「これで動機はわかったな」
「うん……」
志乃は浮かない顔をしていた。
「まあ、恨み買って当然だよな」
志乃は僕の隣にきて、手を繋いだ。
「死ねばいいのにって思っちゃった」
「お、自己嫌悪しているな」
「そりゃするよ……」
彼女はため息をつきながらうなだれた。
262:
36
「人を助けるって言っても、その人が善人とは限らないよ」
「わかってはいたんだけど、そんな奴のために動いてるのかと思うとね」
「佐伯さんにも要らぬ火の粉がかかってるしな」
「うん……あの子、何も悪いことしてないのに」
志乃は手を繋いだまま、僕の指の関節をぐりぐりする。
「あんな奴ほっときたいよ。どうせ同じこと繰り返すんだよ」
「だろうな」
志乃はまだ何か言いたそうにしていたけど、改札の時計を見てやめたみたいだった。
「帰りたくない」
僕だって、今の志乃を一人で帰すのは心配だ。
「つらかったら電話しろよ」
「何話していいかわかんない」
「何でもいいんだよ。佐伯さんだって、きちっと順序立てて話してなかっただろ」
「うん……」
「吐き出すっていう行為そのものが、すっきりできるんじゃないか」
彼女は納得したようなしてないような素振りで、「ふうん」と声を漏らした。
266:
志乃がかわいすぎてヤバい
268:
37
「帰ろ」
「大丈夫か」
僕が彼女を心配しているようで、たぶん僕だってこのまま帰るのは嫌なんだと思う。
このまま煮えきらない気分を持ち帰りたくはない。
「……うん。そのかわり、明日はいっぱいいちゃいちゃする」
(いっぱいか……)
下半身がぴくりと反応した。
僕はまだ元気だと思った。
269:
38
―――――水曜日・朝・非常階段―――――
二日連続で人とニアミスしておいて、学習しないのか、僕らはまた非常階段でちゅっちゅしていた。
三日目ともなると、半分は意地である。
志乃が僕の腿に触る。
僕はそのままにしておくが、その手が上がってきたところで邪魔をする。
「うぅ、まだだめ?」
「まだ二日目だろ」
「口寂しい」
「ガム感覚で言うなよ」
(そろそろかな……)
テンションが上がった(性的な意味で)ところで、ふと思い出す。
「志乃、ちょっと待った」
「なに?」
「来る」
ちょうど、下の方で扉が開いた。
靴底が金属の板でできた踊り場を叩く音がする。
息を潜める。
(人の逢瀬を邪魔するなんて無粋だ)
鞄を探る音。
ライターのスイッチを何度か押して――着火。
(エッチなのはいけないが、俺がエッチなのを邪魔するのはもっといけない)
そして、わずかに匂う煙。
270:
39
(ぬうぅ……!)
僕は怒っていた。
(至福のときを邪魔しおって……!)
(大体未成年が煙草なんていけません!)
「――注意してくる」
「え、ちょっと」
志乃が僕を止めようとしたが、僕は怒っているのだ。
僕は彼女の耳に口を寄せた。
「ハーネスによってくなる馬もいる。今、俺を走らせるのは……エロスだ」
彼女は口を開けて固まった。
僕は足音を殺して階段を降りる。
(SWATの気分だな。「クリア!」みたいな)
相手が僕に気づきそうになったが、僕が手を出す方がかった。
「いった……!はなせよ!」
「だっ、ダメじゃないかー!喫煙はダメじゃないかー!」
かっこよく決めるつもりだったが、現実は甘くない。
271:
40
「吸ってないし!燃やしただけだって!よく見てよ!」
ここで初めて、僕は相手が佐伯さんだと認識した。
「あ……」
「もう。嫌なとこ見られちゃったなぁ」
彼女はここで、手を掴んだのが僕だとわかったらしい。
ばつが悪そうに頭をかいている。
「……あ、その、すいませんでした」
怒りも劣情も海綿体も萎えてしまって、僕は謝っていた。
「あ!トモちゃん!煙草はいかんよ、煙草は!」
志乃が階段を降りてくる。
さっきの僕と同じ調子だ。
(人の話聞いてないな……)
「未成年でしょ!ポイしなさい。黙っててあげるから!」
志乃が佐伯さんに食ってかかる。
「志乃、佐伯さん吸ってない。吸ってないから」
「なに、じゃあ何でこんなもん持ってるの?」
志乃は忌々しげに、足下で潰れた煙草の箱を見る。
佐伯さんも同じように、視線を落とした。
「嫌がらせでね……」
272:
41
佐伯さんは手の中でライターを弄びながら話し始めた。
「あいつ、いつも金ないって言ってるくせに、煙草だけはしっかり買ってんの」
(壁紙がヤニで染まってそうだな)
「帰ってきたとき、家の中でも吸うもんだから、なんか常に煙たいような気がして」
「吸わない人にはきついな……」
「顔見るだけでも嫌なのに、あいつがいないときでも匂いが残ってるの」
(復讐とまではいかなくても、何らかの形で憂さは晴らしたくなるだろうな)
「こんなことしても、何にもならないことくらいわかってる。
 ただ、あいつが嫌な目に遭えば少しはすっきりするかなって」
「だってさ。志乃、わかったか?」
志乃の顔には、ほんの少し険が残っている。
「ねえ、トモちゃん。お兄さんを殺したいって思ったことある?」
「お前、なにを急に――」
273:
42
デリカシーもなにもあったもんじゃない。
単刀直入にもほどがある。
「お兄さんを呪ってますか?」ってことだろ。
「犯人はあなたですか?」って聞いて、そう自白する奴なんていない。
「昔は、何度か思ったけど……。
 でも今は、嫌いなだけ。死んでほしいとも思わない」
「ただ、関わりたくない」と彼女は締めた。
関わりたくないと言う割に、嫌がらせするのは矛盾してるけど、この程度なら不自然じゃない。
「トモちゃん、ここで燃やすのはやめようよ。
 見つかったら言い訳できないし、何より火事がこわい」
「そうかな」
「そうだよ。そんなチマチマしたせこいのなんてやめてさ、
 家の庭に煙草と灰皿放り出して、盛大に燃やしちゃえばいいんだよ。
 もうちょっとしたら秋だし、落ち葉でよく燃えるよ」
274:
43
「あなた、変わってる」
佐伯さんが何を考えているか、表情からは読みとれない。
「ふふふん。よく言われます。
 でも、そんな屈折した嫌がらせ思いつくトモちゃんも変わってるよ」
佐伯さんは、くっと笑った。
「まだ時間あるね……。捨ててくるわ」
彼女は鞄を持って、去っていった。
275:
44
佐伯さんが見えなくなると、僕達は一気に息を吐いた。
「きっ……緊張した……」
「あんたがいきなり降りてくから、どうしようかと思った」
「佐伯さん、不良じゃなくてよかったな」
「でも、単純に悪ぶってるより深刻じゃないかな」
「あれだって、一応攻撃性の発露だしなぁ……」
「うん……あんなことしようって考えて、実行しようって判断して、
 実際にやっちゃう精神状態ってことでしょ。やっぱり心配だよ」
「普通、兄貴がああだったら嫌がらせの前に口か手が出るだろうしな」
「特別気が弱いわけでもなさそうだしね……。
 そうなる環境だか何だかがあるんだよね、きっと」
「そうかもな。でも、そうじゃないかもしれない」
僕は半分、彼女が何らかの抑圧を受けてストレートに怒りをぶつけられないんだと確信していた。
276:
45
志乃は頭を僕の肩に擦り寄せた。
例の花の匂いはしない。
「続きしたいけど、気が抜けちゃった」
「俺はその、続きしたいの一言でがんばれる気がするが」
「うわー、ヘンタイだー」
志乃は階段を駆け上がった。
「そうだ。今日のおべんと。食べて」
元いた場所に起きっぱなしの鞄から、包みを出して僕に渡す。
「よく起きて作れるな。サンキュー」
志乃は、僕が鞄に弁当をしまうのを見ながらそわそわしていた。
「なんだよ」
「べーつにー」
「何か悪いことを考えてるな」
「そんなことはない。帰り、覚えといてよ」
――そのかわり、明日はいっぱいいちゃいちゃする。
「覚えてるよ!覚えてるとも!予告ニャンニャン!」
(ああ……ニャンニャンは我ながらキモいわ……)
言ったそばから一人で反省する。
志乃はうなだれる僕の隙をついて一瞬だけ唇を合わせると
「うわー、ヘンタイだー」
とはやし立てるように言って教室に走っていった。
281:
46
―――――放課後・志乃の部屋―――――
彼女は鞄を机の上に置いて、ベッドにうつぶせに倒れ込んだ。
僕はどうしていいかわからないので、机の上を見る。
彼女のノートパソコンのすぐ横に、数日前に買った丸いサボテンがあった。
(結構いいとこに陣取ってるな)
鉢には不透性のマーカーで「サボ子」と書いてある。
ネーミングセンスはともかく、気に入ってくれてるらしい。
志乃が頭を動かして、部屋の真ん中で突っ立っている僕を見た。
寝返りを打ってベッドの真ん中から壁際へ寄る。
そして半分開いたスペースを、ぽんぽんと叩いた。
ぽんぽん。
(来いってか)
282:
47
「来て」
僕はおとなしく彼女の横に寝そべった。
「今日は妙に素直じゃないか」
志乃はまた寝返りを打って、僕と向き合うように体の向きを変えた。
(あれ、無視か)
「抱いて」
絶句した。
その一言が僕の理性を蹂躙する。
自制心だか思考回路だか、そんなものは一瞬で振り切れた。
僕はあまり自慢じゃない瞬発力をフルに発揮して、
彼女が声を上げる間もなく、その体を抱きすくめて口を吸っていた。
驚いたのか、志乃は僕の下でもがくけど僕はお構いなしに彼女の口内を犯す。
283:
48
しばらくそうしたところで、僕の理性が申し訳なさそうに帰ってくる。
(おかしいな、暴れないなんて)
さすがにまずかったかと、一旦体を離してみる。
志乃は惚けた顔で荒く呼吸をしていた。
それに合わせて胸や腹が上下するのが制服越しにわかる。
(解禁したい……!でもまだ三日目……!)
僕はくだらない意地と戦っていた。
「志乃、お前、大丈夫か」
こんな状況でも、ここ数日彼女から花の香りがしない。
あれは、わずかな僕の経験則では「食欲」の合図みたいなものだった。
「腹減ってないか?」
勿論、この場合の彼女の養分は精液だ。
「……まだ……平気……」
あの香りを発することもできないくらい消耗しているのかもしれない。
もしそうなら、僕はまた馬鹿をやったことになる。
「大丈夫……疲れてるだけ」
彼女は半分だけ目を開いた。
「気持ちが、つかれてるだけ」と言い直して、また目を閉じた。
284:
49
よく見れば、確かに髪や肌はまだまだ異常に艶がある。
(ガソリン切れじゃないのは本当か……)
「びっくりした……」
「すまん、テンションが上がりすぎて」
「ばかばかー」
「俺はただ、エロいことがしたかったんだ」
「どストレートだなぁ」
「昨日から期待で胸(と股間)が膨らんでな」
(とりあえず「抱いて」の一言はおかずランキング殿堂入りだな)
「眠いからだっこしてっていうつもりだったのに」
「省略しすぎだろ、それは」
この場合、過失相殺が適用されるはずだ。
彼女は勝手に僕の腕を枕にすると、寝る準備に入ってしまった。
「志乃ー寝るなー」
「やだねむい」
285:
50
普段ならここらで引き下がるところだが、今日の僕はしつこかった。
「じゃあ寝てていいからいろいろと触らせてください」
「うわキモ」
志乃が目を開けた。蔑みが浮かんでいる。
(そのまま罵りながらしごいてくれないかな)
(いや、だめだ。俺から禁止を言い渡したのに早すぎる!却下!)
「そんなにしたい?」
僕が葛藤しているのを察したらしい。
「服や下着には手を入れないんで触らせてくださいお願いします」
我ながら必死だった。
「うっ……」
彼女は明らかに引いていた。
「嫌なら無理にとは言わない。お前が嫌ならしない」
「い、嫌じゃないけど……」
286:
51
彼女は下を向いた。
少しの間、何か考えてベッドから出ると、照明のひもを引っ張って電気を消した。
そのまま部屋の真ん中でごそごそする。
床に何か落ちる音がした。
「見られるの恥ずかしいから」
と言いながら戻ってくる。
「脱がさないのにー」
この部屋のカーテンはいくらか遮光する生地らしいが、これくらいなら目が慣れそうだ。
「気分の問題」
「えっ、いいの?ほんとにいいの?」
思わず声が弾んでしまう。
彼女が僕の手を探って、自分に触れさせる。
(この丸み、柔らかさ、弾力……!)
「ふへへ。解禁したったwwwww」
「俺、死んでもいいわ」
「感激しすぎだからww」
「……いや、やっぱ死ねない。
 俺はおっぱいの神様に恥じないように精一杯生きなければならない」
287:
52
「それじゃ私は寝るから」
「ああ、眠いんだったな」
指に少し力を込めると、志乃の肩がぴくっと震えた。
「ね、寝るんだからね!もう!ほんとだよ!」
「うんうん。おやすみ」
彼女は僕の顔を触って唇を探り当てるとキスをした。
「おやすみのちゅーしたし、もう寝るからね!寝たよ!」
(絶対起きてるな……)
(これ、触っていいってことだよな)
(だって解禁だもんな!解禁!)
寝たふりをしている相手にいろいろするのは張り合いがなさそうだけど気にしない。
やってきたチャンスは漏れなく掴む。
それが俺の流儀だ。
(張り切ったものの、どうしたらいいのかな)
僕は考えながら、しっかり手は動かす。
(うーん、片手じゃ収まらんじゃないか。志乃、立派に育って……)
お義姉さんに給料をもらったら、小さく見えるブラでも買ってやろう。
このおっぱいが型くずれするのはいけない。
それを見過ごすなんておっぱいへの冒涜だ。
288:
53
片腕が枕にされているので、使えるのはもう片方だけだ。
(俺はベストを尽くすぞ)
(こうなった以上、お言葉に甘えて全力で堪能する)
僕は女体の神様に宣誓した。
童貞らしく、どうしていいかわからない。
しかし、志乃には童貞宣言しているので、下手だとか初々しいとかそんなのは臆することもない。
ただ、丁寧に撫で回そうと思った。
とりあえず手のひらを這わせてみる。
志乃がびくっとなったようだけど、寝たと言うのだから寝相だろう。
そういうことにしといてやろう。
手が尻のあたりにきたところで、僕は気づく。
(志乃さん、ケツ出てますがな)
(いや、正確にはスカートがめくれてるだけなんだけど)
(これは一旦スカートを戻してやるべきだろうか)
(それともこのまま尻を包むパンツの生地の感触を楽しむべきだろうか)
(後者だろうな。誰だってそーする。俺もそーする)
289:
54
ついでに手を伸ばして太腿まで触っておく。
肉質は引き締まっているせいか少し硬いが、筋肉の弾力は健康的でいいと思った。
何よりその皮膚がすべすべで柔らかい。
半端な女より美脚な男はざらにいるが、こればかりは敵わないんじゃないかな。
そうであってほしい。
もう一度、尻に戻ってくる。
冷房がきいているとはいえ、布団をかぶっているせいか汗ばんできている。
(でも布団剥いだらおなか冷えるからな……)
僕は的外れかもしれない気遣いをしながら尻を撫で回す。
(うーん、案外いいものだなぁ)
(やっぱり丸いものは和むようにできてるんだな)
(うさぎとかハムスターとか丸いもん)
そんな造形に対する敬意が沸き上がってくる。
290:
55
こうしている間も、志乃は何度か体をよじろうとしたり、
声が出そうになっているけど、なんとか寝た振りをとおしている。
(変なところで意地っぱりだからなぁ)
このあたりになると、僕も開き直ったもので彼女を仰向けに転がして好き勝手に触りまくっていた。
枕にされている腕は、僕が動きやすいように二の腕に乗った志乃の頭を前腕に持ってきた。
電気を消した後で、志乃が床に落としたのはサラシだったのだろう。
そのへんに気遣いを感じた。
で、僕はその心遣いに感謝しながら乳首をつまんだり転がしたりして弄んでいた。
(うーん、服の上からこの感触はエロい……)
僕のファルスは始めから怒張しっぱなしで、もう痛いくらいだ。
291:
56
下着の、先端の当たっている部分が湿っている。
(もう帰ったら抜きまくる。明日も平日だけど手淫三昧ですよ)
ここで僕は、ふと思いつく。
(志乃はどうなってるんだろう)
僕の意識は彼女のプライベートな箇所でいっぱいである。
秘密の花園である。
(布の上からだからセーフだよな)
どこまで彼女が僕を野放しにするか、さながらチキンレースである。
僕は意を決して、彼女の下腹部に手をやった。
殴られてもいい。罵倒されてもいい。
それを目の前にして撤退するのは臆病者だ。
(その昔、えらい人は言いました。
 お金を失えば小さなものを失う。
 信頼を失えば大きなものを失う。
 勇気を失えばすべてをうしなう)
僕は開拓者精神に突き動かされていた。
292:
57
指の腹が彼女の秘所に当たる。
押しつけてみると、湿った音と一緒に湿った感触があった。
そのまま生地がぬるりと滑る。
僕は彼女が濡らしていることに感動した。
(なっ、なにこれ!なんかすごいんだけど!)
淫靡な感触に、思わず息を飲む。
そのまま動かそうとすると、彼女の手が僕の手を押さえた。
「……お、おはよう。よく眠れたかい?」
「……調子こきすぎ」
顔はよく見えないが、涙声だった。
彼女の負けず嫌いな性質につけこんで、いじめすぎたかもしれない。
「すいませんでした」
「もう。ばか」
「だけどとてもよいものでした」
「……」
「ぼくは、もっとしたいなぁとおもいました」
「お前もう帰れよ」
彼女はわざと粗野な口調で言った。
僕は満足しきっていたので、そんなところも可愛いなあ、と余裕丸だしで思いました。
295:
58
「志乃、まだ落ち込んでる?」
「わかんない」
本当はお手洗いを拝借して、一旦すっきりしたいところだけど我慢する。
(帰るまでは生殺しでいよう……)
「一緒に寝るか」
「……」
「警戒してるな」
「しない方がおかしい」
「俺は今、満ち足りています」
「ほう」
「だから志乃にも幸せを分けてやりたい」
「ほうほほう」
「ほら、今日はもう変なことしないからおいで」
「ほんと?」
「不安だったり納得いかないことがあるんだろ」
言うまでもなく、この事件の関係だ。
「少しの間くらい、誰にも気遣わずに眠った方がいい」
「……うん」
彼女は近くに置いていた携帯を拾って、何か操作している。
「なにしてんの」
「マナー解除とアラームセットしてるの。
 ファミリーと出くわしたらたいへんだ」
「おおう。そりゃたいへんだ」
296:
59
――――――――――
僕は目が冴えて仕方なかったが、志乃はよく眠れたようだった。
彼女が寝返りを打つものだから、途中から腕枕の意味はなくなったけど、
たぶん志乃には僕が一緒に布団に入っているのが大事なんだろうと思ったので、
元に戻したりせずに放っておいた。
「……ん」
「まだ寝てていいよ」
「うん……」
志乃は布団を頭までかぶってもぞもぞしたが、また顔を出した。
「ねえ、何か話そ」
「何の話?」
「どうでもいい話」
「そうだな。事件のことで頭いっぱいだったもんな」
「うん。たのしいこと考えたいんだけど、なんか悪い気がして」
297:
60
「佐伯さんに悪いって思ってるんだろ」
志乃は黙ったままうなずいた。
「あんな兄貴がいて、そのせいで苦労してる境遇は気の毒だと思うけど、
 彼女はまるっきり不幸じゃないと思うよ」
ちゃんと社交性があって、自分を持っていた。
「佐伯さんにも、ちゃんと楽しいことはあるよ」
「そうだよね」
「勝手に不幸だって決めつけたら、こっちまで幸せになっちゃいけないって思いこむ元になるぞ」
「それは、優しいのとは違うね」
「うん。だから志乃はいつもと同じでいいよ」
志乃はしばらく黙っていた。
何か考えているなら、そのままにしておこうと思った。
何か振り切るように僕に抱きつくと、
「ありがと」
と笑いながら言った。
――――――――――
298:
61
―――――土曜日・オープンキャンパス―――――
木曜・金曜にお義姉さんと段取りを打ち合わせした。
志乃はやっと抜糸して、包帯が取れて嬉しそうだ。
見学者の付き添いを装った僕と志乃で、大学を散策する。
制服を着ていれば親切にしてもらえるだろうから、
なるべく多くの関係者に接触せよ、とのことだった。
あの人はなんでも簡単に言う。
「大学って広いね。いっぱい建物がある」
志乃はきょろきょろしている。
「離れるなよ」
さすがに、ここではあまりくっつかない方がよさそうだ。
「ちゃんとついてきてー」
「お前が自由すぎるんだろ」
関係者に接触といっても、こんな広大な敷地から、こんな沢山の人から見つかるわけがない。
他校の生徒はもちろん、おそろいのTシャツは学生部だと判別できるとして、ほかの学生は私服だからわからない。
「どうしよ。もう誰が誰だか」
「確かにこんだけ人がいれば、出会い放題かもしれないな」
志乃が僕をにらむ。
299:
62
「ああ、そういうんじゃなくて、ほら、あいつは取っ替え引っ替えだから」
「ああ」
「そうするにも、そもそも替える相手が要るだろ。
 もちろんここだけじゃなくて、他大学と交流したり
 バイトとか合コンだってあるだろうしなぁ……
 出会おうと思えば出会えないこともないんだろ」
「うわぁ、めんどくさ」
志乃は露骨に嫌悪感を示した。
そうまでして不特定多数の女に手を出したいか、ということらしい。
まあ、僕だってごめんだ。
「困ったな。どうせ学内に元カノ多すぎ引いたwwwww
 とか言って笑い飛ばせると思ってたんだけど、その元カノすら特定できそうにないぞ」
「困りましたなぁ」
300:
63
志乃はいつの間にか、学生部が配布しているかき氷をもらっていた。
「そのへん座ってさ、作戦練ろうよ」
と、広場のベンチを指す。
「作戦……作戦ねぇ」
ハナからそんなものはないけど、志乃はやる気だ。
僕も具体的な策はないし、従うことにした。
「チャラい奴が集まるとこってどこだろ」
「どこだろうな」
(体育館裏……いや、それは一昔前の不良だ)
「そもそも今日は来てなかったりして」
彼女はさらりと恐ろしいことを言う。
「そうかなあ。大量の女子高生が来るとわかってるのに」
「となると、クラブ紹介やってるサークルとか……
 あー、それだと多すぎるしなぁ――あうっ」
かき氷がしみたのか、頭を押さえた。
301:
64
彼女を眺めながら、僕は先端が匙になったストローを口に運ぶ。
9月とはいえ、日中はまだまだ暑い。
冷たいものはありがたかった。
「いっぱい人がいるね」
「そうだな」
「私、やっぱり何も知らないんだね」
どうしていいか全然見当がつかず、彼女は勝手に自信をなくしたようだった。
僕だって、同年代の中じゃ結構頭いい方だって自負してたけど、その自信が揺らいでいる。
「志乃はえらいよ」
「そうかなぁ」
「ちゃんと逃げずに考えてるからえらいよ」
彼女は不思議そうな顔で、溶けた氷を吸っている。
「俺はそういうとこ好きd」スパーン
誰かが後ろから僕の頭をはたいた。
302:
65
振り向くと、パンフレットを丸めて腕を組んだお義姉さんが立っていた。
「おねーさん!」
志乃の目がきらきらしている。
いい加減な人だけど、やっぱり年長者だし、いれば心強いらしい。
「仲睦まじいのは結構だけど、今は働きなさい。義弟」
「いや、その、作戦会議中でした。
 ……週末の夜を楽しめたようですね」
それは彼女にとって「今日は一段ときれいですね」を意味する。
「うふふ。口が上手いのね。それに、さっき思わず調達できちゃってね。
 説明してあげるから、先にそれ食べちゃいなさい」
僕は志乃が食べ終わるのを待って、空になった器を捨ててきた。
お義姉さんが志乃の隣に座る。
「さっき、手首切った子がいてね、吸ったついでに救急車呼んだの」
「離れちゃまずいでしょ」
「離れなきゃまずいのよ」
お義姉さんが言うには、この近くのアパートから血の匂いがするから行ってみたところ、
そこの住人の女子大生が睡眠薬を飲んで手首切っていたらしい。
無関係の人間が通報したとあっては、なぜそこにいたのか聞かれると都合が悪い。
303:
66
「あの程度じゃ死なないから、ちょっぴりいただいちゃった」
とお義姉さんは笑う。
「通報にはあの子の携帯を使ったから、足はつかないわ」
ついでに、お義姉さんは有力な情報までちゃっかりいただいてきたらしい。
「それでね、さっきの女の子、どうやら依頼人にちょっかい出されてたみたい」
メールを盗み見したようだ。
「あなたには個人情報とかプライバシーとか――」
言いかけてやめた。
(あなたにそういった概念はないんでしたね)
「遊び人がそんなめんどくさそうな人と付き合うかな?」
確かに、普通の女の人なら遊ばれたところで自殺未遂はしない……と思う。
元々、危ういところがある人だった可能性はある。
307:
67
志乃は立ち上がって、僕の手を引く。
「学食いこ。おなかすいた」
「今かき氷食べたろ」
「あれは甘い水。おなか膨れないよ」
と、いちごのシロップで赤く染まった舌を出す。
(うーん、ぺろぺろしたい)
「じゃあ、行くか。お義姉さんもどうです?」
お義姉さんは考えていた。
(この人が即決しないなんて珍しいな)
「行ってみようかしら。学食って珍しいし」
「いこいこ。大学って初めてー。ふふんふーん」
志乃は適当な建物に向かって歩いていく。
「おーい、そっちじゃないぞ」
「え、違うの?」
僕は構内見取り図の載ったリーフレットを開いて見せる。
「食堂……本部棟……?ほんとだ」
「お前、自信満々で迷うよな」
「おどおどしたって仕方ないじゃない」
「いや、ここで言われてもかっこよくない」
308:
68
本部棟に向かう途中、掲示板があった。
さっき僕らがいた広場はいわゆる「外向き」の告知が多かった。
「……お、晒しage」
こういう「内向き」のは、学生の行動範囲にあるようだ。
どうやら試験やレポートをすっぽかして、その期の単位を全て棒に振った学生がいるらしい。
「あらら。もったいない」
「……ねえ、私、この名前見たことある」
お義姉さんが目を大きく開いた。
(この人でも驚くことあるんだな)
「どこでですか?」
「どこだったかしらねぇ……」
「しっかりしてくださいよ」
「ん、でも見たのは本当よ。どこで見たか、ちょっとド忘れしただけよ」
「もー。食べながら考えようよ。のんびりしてると混んできちゃうよ」
志乃は僕とお義姉さんの背中を押した。
309:
69
―――――本部棟・食堂―――――
テーブルを囲む。
「なんか私たち、すごいカレー好きな人みたいだね」
確かに、三人ともカレー買ってくるとは思わなかった。
「先週もごちそうになったしな。ナオミの部屋で」
(そして俺はナオミの民……)
慣れてきたが、勤務先名称を思い出す度、げんなりする。
「まあ、あまりハズレがないものねぇ」
「お義姉さん、どんだけ福神漬け欲張ってるんですか」
「だって赤いんですもの」
「それのどこが血に似てるんですか」
「色よ。……いいじゃない。プラシーボよ」
(それは自分を騙し切れてないだろ……)
「おねーさん、思い出した?」
「だめねぇ……。どこだったかしら」
僕は二人を交互に眺めながら食べ進める。
310:
70
「考えるのもいいけど、食べないと冷めますよ」
「ああ、そうだったわね。……ほんとどこだったかしらねぇ」
お義姉さんは上の空。
志乃は難しい顔でスプーンを口に運ぶ。
僕は気分を変えたくて、サーバーに水を汲みにいく。
トレーにコップを3つ取って、学生の列に並ぶ。
(おお、お茶も出るのか……。聞いてくればよかったな)
僕は真顔を保ちながら、カルチャーショックを受ける。
僕のすぐ後ろに、少し派手な人たちが並んだ。
誰かの噂をしているらしい。
「あの人、見ないと思ったら単位ゼロだって?」
「えー、なにそれ。真面目そうなのに」
「何考えてるかわかんなくてちょっと怖かったけどさー、
 悪い人じゃないよね。ノートコピらせてもらったし」
「あんたは自力で勉強しなよw」
さっきの掲示板に貼られていた人のことらしい。
僕は進学するつもりなので、真面目に通おうと思った。
311:
71
「あの人、あれ?ヒッキー体質ってやつ?」
「さあー?でも地味な子でよく集まってたよ。
 ……なに?気にしてんの?仲よかったっけ?w」
「そんなんじゃないしwww
 ただ、やっぱり助けてもらったからお礼くらい言っときたいじゃん?」
「あー、それはあるねー」
「あのテスト必修だからさー。やばかったんだよね。
 来年後輩と一緒とかまじ勘弁wwww」
「あはははははははは」
(うーん、聞いてると頭がわるくなりそうだ……)
「そういえばあいつ見なくね?佐伯」
「あっ」とか「え?」とか声をあげそうになったが、なんとか飲み込んだ。
「あー、テスト期間の途中から見てないわ」
「どうしたんだろうねー」
「あれじゃね?今頃どっかでヒモしてたりして」
「うひゃひゃひゃひゃwwwありうるwwwwww」
「そういえばあの子が佐伯といるの、見たことあるわ」
「えー?まじで見境ないね、佐伯ー。
 あの子処女っぽいじゃん。めんどくさそーw」
後ろの二人の会話に聞き耳を立てているうちに、僕に順番が回ってきた。
(しかし、なんだなぁ。人の話は聞いてみるもんだな)
僕は3人分の冷水を持って、テーブルに戻った。
312:
72
「あ、春海おかえりー」
「ただいま――お義姉さん、たぶん掲示板に貼られてた人、
 依頼人の関係者ですよ。関係があったんじゃないかと。その、あっちの意味で」
「あら、どこで聞いたの?」
「そこのサーバーに並んでるときに、後ろに並んだギャル二人が噂してました。
 依頼人と、その、掲示板の人が一緒にいるのを見たそうです」
「君、やるじゃない。この福神漬けを分けてあげましょう」
「要りませんって」
313:
73
「思い出したわ。さっき私が見つけた、手首切った子。
 あの子の携帯の履歴に、その名前が」
「彼女、印象はどんな感じでしたか」
「そうねえ……意識がなかったから話せてないんだけど。
 取り立てて特徴もなく……」
「地味、ってことですか」
「そうなるかしらねぇ」
「じゃあさ、友達同士の女の人が二人いて、両方に手出したってこと?」
「ありうる……」
自分で持ち帰った情報に、もっともな仮説がついて辟易する。
「うえぇ」
志乃が情けない声を上げる。僕だってそうしたい。
「さ、行くわよ」
お義姉さんが席を立った。
「どこにですか」
「さっきの子のアパートよ。今なら留守でしょ」
「家捜しじゃないですか!」
「このままだと彼女か依頼人、最悪どちらかが死ぬわよ」
お義姉さんは僕らを省みず、さっさと食堂を出てしまう。
僕は仕方なくついていった。
315:
74
―――――車内―――――
お義姉さんの車は、白い、ころんとした形の軽自動車だった。
「意外と普通の車に乗ってるんですね」
「どこにでもいそうな女って思われた方が都合がいいのよ」
どうやって免許を取ったのかは聞かないでおこう。
あんなものやこんなものを操作したり取引しているんだろう。
お義姉さんは少し車を走らせると、駐車場に停めた。
助手席に座っていた志乃が、後部座席に座る僕の隣に来た。
「すぐ戻るから、あなた達はここで待ってなさい」
「大丈夫なんですか?」
「見つかることはないけど――
 なにか、調べた方がいいものはないかしら」
「パソコンの中身とか、あと手紙。携帯は本人と病院に行ってるでしょうから……」
「手帳は?」
志乃がつけたした。
「ああ、それなら予定や簡単な日記になるな。
 お義姉さん、特にテスト期間――7月から8月半ばに注意してください」
「おっけー。行ってくるわ。いい子にしてるのよ」
お義姉さんはそう言うと、車から降りて行ってしまった。
316:
75
志乃はそわそわしている。
「どうした」
「べつにー」
いつもなら、二人きりになったところで股間に志乃まっしぐらなのに。
「おとなしいな」
「だって禁止されてますし」
彼女は下を向いて膝をすり合わせるようにもじもじしていた。
「もしかしてトイレ?たしか角にコンビニあったから行ってくれば?」
「ちがうもん」
「そうか」
「そうですとも」
僕は志乃の手を取って、手のひらを上に向けた。
傷は完全にふさがっているが、赤く何本も筋が残っている。
その両脇に、ぷつぷつと糸の跡が小さく残っている。
「よかったな、包帯取れて」
「うん。手が涼しい」
317:
76
(こういう心配ごとがあるときは、志乃から手をつないでくるんだけどな)
「志乃、何か言いにくいことあるだろ」
「ないあるよ」
「どっちだよ」
「ない。ないよ」
あまり追及しないでおく。
「解決するの、怖いか」
志乃が顔を上げた。
「いや、なんとなくだけどね」
「トモちゃん、どうなるんだろう」
「どうなるんだろうな」
「女の人、死のうとしちゃった」
「お義姉さんが助けただろ」
「呪いが終わっても繰り返すのかな」
「そうじゃなきゃいいな」
「……うん」
志乃はうなずくと、小さくため息をついた。
318:
77
しばらくすると、お義姉さんが戻ってきた。
さすがに今日みたいな人通りの多い行事のある大学の近くじゃ、簡単に姿を消したり現したりできないんだろう。
「ただいま。あなた達の言ったとおりだったわ。
 移動しながら話すから、シートベルトしてちょうだい」
お義姉さんはまた、行き先も言わずに発車した。
「パソコンにはパスワードがかかってた。
 あまり長居はしたくなかったから、中身は見てないわ。そのかわり、これ」
と、デジカメを僕に渡す。
撮影したもののプレビューを確認する。
「手紙、あったんですね」
「これ、来たものじゃないよ。出す前の手紙だ」
よく見ると、宛名が掲示板に貼られていたものと同じだった。
「手帳には、妹の言ったとおり、日記みたいなものが書いてあった」
お義姉さんがかいつまんで説明する。
319:
78
――友人の好きな人を好きになってしまった。
――あの人は私を選んで、抱いてくれた。とても幸せ。
――でもすぐに後悔した。
――相手の男は遊びのつもりだった。私は怒った。
――友人に謝ろうと思った。でも彼女は許してくれない。
――謝りたいけど、連絡がとれない。電話もメールも拒否。
――会いに行ったけど、居留守を使われているようで会ってもらえない。
――手紙を書いてみる。開封してもらえるか保証はない。
――どうか届いてほしい。でも、怖い。
――彼女は学校にも来なくなってしまった。数日後にはあの人も。
――ごめんなさい。
――どうして私だけ。
――ごめんなさい。
――やっぱり、死んじゃったほうがいいのかも。
320:
79
同情すると同時に、「身勝手だ」と思った。
志乃は唇を噛んで、難しそうな顔をしていた。
怒っているのかもしれないし、気の毒に思っているのかもしれなかった。
交差点の赤信号で停まった。
お義姉さんが前を見据えたままで言う。
「右に行けば依頼人の家。
 左に行けばもう一人の女の家……どうする?」
「トモちゃんのお兄さんのとこ!」
志乃が弾かれたように即答した。
「お前……」
「もし……もしもの話だけどね。
 おねーさんの助けた人が、呪われて自分を切っちゃったなら……
 もしそうなら、次はお兄さんが危ない」
――死ねばいいのにって思っちゃった。
嫌悪感丸だしで呟いた、志乃の横顔を思い出す。
――ただ、関わりたくないだけ。
灰で指を汚した、佐伯さんの顔を思い出す。
「お義姉さん、俺もそう思う。依頼人の家に行きましょう」
信号が青になる。
女吸血鬼の駆る、白の軽は右折した。
321:
80
―――――佐伯・兄のアパート―――――
玄関の前で、お義姉さんが番号を控えていた依頼人の携帯に電話する。
部屋の中から着信音が聞こえる。
いやな予感がした。
「佐伯さん!佐伯さん、開けてください!」
自分でも驚くほど大きな声が出ていた。
ドアをたたく。何度もインターホンを押す。
「春海……」
志乃の顔がゆがむ。そんな、手遅れだったみたいな顔はしないでくれ。
「どきなさい、義弟。ちょっと入って、中から開けてくるわ。人が来ないか見ててちょうだい」
お義姉さんは言い終わらないうちにドアをすり抜けてしまった。
内側から、鍵の回る音がする。
僕は乱暴にドアを開けた。
「来ないで!」
踏み入ろうとした瞬間、お義姉さんに制止された。
322:
81
立ちふさがるお義姉さんの向こうに、倒れた依頼人の男の姿があった。
黒い、虫のような、影のような黒いものが男にまとわりつきながら部屋中をうごめいている。
「なんだよ、これ――」
「救急車を呼んでちょうだい。妹を連れて走って!」
僕は志乃の手を掴んで走り出していた。
数十メートル走ったところで、公園に来た。
親子連れが何組かいる。少し安心した。
公衆電話から119番に電話した。
「あの部屋、そんなに危なかったの?」
志乃がへたりこむ。
「わからない。お義姉さんが、お前を連れて逃げろって」
「おねーさん、大丈夫かな」
「大丈夫だよ。お前が会いたいって思えば、来てくれるだろ」
「うん……」
323:
82
志乃とベンチに座り、手を握って無言の時間が過ぎる。
どれくらい経ったかわからないが、救急車のサイレンが聞こえた。
「あの人、助かるかな」
「助かるといいな」
「うん……。私、助けようとしたけど、でもまだわからないよ」
「そりゃ、嫌な奴だからな」
「そろそろ、救急車ついたかな」
「そう遠くないからな」
少し間をおいて、サイレンが戻ってきた。
「ほら、運ばれてるみたいだぞ」
「うん」
今度はお義姉さんのことが気がかりなようだった。
「お義姉さんのこと呼んでみれば」
志乃は目を瞑って、握った手に、祈るように力を込めた。
325:
83
僕がお義姉さんを呼べるわけではないが、一緒にそうした。
「呼んだ?」
目を開けるとお義姉さんが立っていた。
「無事だったんですか?」
「あれくらいならなんともないわ。
 ただ、彼――踏み込むのがあと2〜3日遅かったら危なかったわね」
「普通の医療で治せるものですか?」
「彼の場合、根本を叩かないとだめね。
 入院すれば、持ち直しはしないけど現状維持はできる」
「行くわよ」と、お義姉さんは僕達を立たせた。
「どこへ?」
志乃は聞くが、彼女はたぶん、答えを知っている。
「彼は保護した。標的は手の内にある。次は術者を叩くわ」
お義姉さんは歩きながら、振り向かずに言った。
326:
84
―――――術者の女のアパート・駐車場―――――
車の中で、お義姉さんは僕らに言い聞かせる。
「あなた達は終わるまでここで待ってるのよ」
「もう、俺達がすることはないんですか」
「手伝ってもらうのは術者や動機の特定まで」
お義姉さんはそう言うと、ドアを締めて目的の部屋の前まで歩いていった。
僕と志乃は、身をかがめてその様子を見守る。
「ねえ、私考えたんだけど……」
「なに?」
「この呪いを殺したらどうなるのかな」
「うーん、お義姉さんが言うには、人が死なずに済む……んだよな」
――呪いは最悪、人を殺すわ。
 跳ね返されれば、術者が死ぬ。
 昔から言うでしょ?人を呪わば、って。
327:
85
「うん。私が気になるのは、その先の話」
「ああ、言ってたな。繰り返すのかって」
「お兄さん、元からあんなだったのかな」
「どうだろうな」
「あの人が今、してることは悪いことだよ。
 でさ、今回は助かったとして、また女の人を傷つけて、
 相手が悪かったら呪われて――いたちごっこじゃない?」
「うん。俺もそう思う」
「おねーさんはそれでも始末し続けるんだろうけどさ。
 根本の解決ってなると、また違うと思うんだ」
「やっぱり志乃はちゃんと考えててえらいな」
志乃は少し舌を出して笑った。
328:
86
「おねーさん、手こずってるみたいだね」
「人通りないんだから、さっきみたいに壁スルーして突入すればいいのにな」
「できないんじゃない?」
お義姉さんの生態はよくわからないが、考えられる。
僕はお義姉さんに電話をした。
すぐ近くにいるのだから、直接声をかければいいように思ったけど、それは怖い気がした。
「――どうしたの?」
「お義姉さん、入れないんですか?」
「うるさいわね。ちょっとドアに触ったらバチバチって跳ね返されるだけよ」
「それ、諦めたほうがよくないですか」
「ねえ、代わって」
志乃が僕の肩をつついて小声で言う。
電話を彼女に持たせた。
329:
87
「おねーさん、志乃です。入れないの?
 ――うん。……うん。……うーん。
 あのね、中の人に開けさせられないかな?
 ――うん……難しいよね……うん。
 とにかく、一度戻ってきてほしいな」
志乃は勝手に通話を終了して、僕に携帯を返した。
お義姉さんはまだ、ドアの前で何か考えている。
しばらくすると、車に戻ってきた。
彼女は運転席に座ると、ハンドルに突っ伏した。
「人間にとってちょっとくらいの不可能なら、私にはないのよ」
(こりゃ負け惜しみだな……)
「ええ、でも、現実に入れなかったじゃないですか」
「あの子、オカルトにでもかぶれてるのかしら。
 呪術って見よう見まねでも、うっかり発動しちゃうのよね。結界とか」
「最近は盛り塩セットとかパワーストーンとかスポットとかありますからね」
「けったいなモノ流行らせてくれるわね……」
お義姉さんは憎々しげにドアをにらんだ。
330:
88
「自分から開けさせられないかな?」
志乃が遠慮がちに口を開いた。
「それなら接触できるけど、どうやって開けさせるの?」
「そうっすねぇ……居留守使ってたりするんですよね」
「それにずっと見かけないって。ひきこもり……?」
「なら、なおさら難しいわね」
三人で同時に深く長くため息をついた。
「あなた達を突入させるわけにもいかないし、鍵もかかってるだろうしね……」
僕なら、相手が誰ならドアを開けるだろう。
「宅配はどうですかね。ピザなんて頼んだかな作戦」
「もう、まじめにやって」
志乃が軽く僕を叩く。
「その発想は間違ってないと思うのよ……」
お義姉さんは前髪をかきあげた。
「……エサ」
志乃が低く呟いた。
少し震えている。
自分で言ったことの意味がわかっているのだろう。
331:
89
僕が志乃の言葉を繋ぐ。
「おびきよせることはできませんか。エサを使うんです」
「人間の考えることって、えげつないわね」
(あんたこそ相当ですよ)
「で?エサには何を?」
「依頼人は?」
「昏睡してるわ。もう一人の女の子もだめ」
「おねーさん、変身できない?」
志乃が真顔で言う。
少しおかしかったので、笑いそうになったけど堪えた。
「できないこともないけど、魂の形まではごまかせないのよね……」
「たましい」
僕はなんとなく繰り返していた。
「そうよ。あの部屋はきっと結界になってる。
 そうなると、姿形だけじゃごまかせないわ」
332:
90
「魂の形って、そんなにはっきり見分けられるの?」
「目の良さの度合いにもよるけど、赤の他人だってことくらいはわかるわ」
「じゃあ、その形が似てる人っていうのは?」
「家族や、血縁者……肉親でなくても、同じ施設でずっと一緒に育ってきた人物……
 抽象的な言葉は苦手だけど、絆っていうの?そういった結びつきのある人ね」
(志乃、お前まさか――)
志乃が口を開く前に、僕が言ったほうがいい。
「依頼人には、妹がいますよね」
志乃がはっとして僕を見る。
「彼女に囮を頼めないでしょうか」
「あなた、自分が何を言ってるか――」
「わかってます。彼女の安全を守るのは前提として、の話です」
333:
91
「春海、だめ。だめだよ」
志乃が僕の袖を掴んで首を振る。
やっぱり、彼女に言わせなくてよかった。
「彼女に危険が及ぶのであれば、却下します」
「……わかった。彼女を呼び出せる?
 操ることもできるけど、戦う前に疲れることはしたくないの。
 何より、本人の意志を無視するのは気が進まないわ」
「連絡先は知っています。俺よりはお義姉さんが連絡する方がいいでしょう。
 お兄さんのかかりつけのカウンセラーだとか言って」
そのために、彼女は肩書きを使っているはずだ。
「そうね。あなた達はただの同級生……。
 いいわ。彼女の連絡先を教えてちょうだい」
僕は佐伯さん(妹)の携帯の番号を教えた。
この間、志乃が交換していたのだ。
337:
92
―――――大学の最寄り駅・喫茶店―――――
お義姉さんは佐伯さんに会う約束を取り付けると、また移動してここまで来た。
ここで佐伯さんと合流するらしい。
「彼女、怪しんでたわ。了解してくれたけど」
「やっぱり、そうですよね」
「どうする?ここで待っててもいいけど」
「いえ、ついていきます。言い出したのは俺だし――
 巻き込んだ責任を感じるっていうか……」
「そう。任せるわ。好きにしなさい。
 ――そろそろ来るわね。ついてくるなら先に車乗ってて」
と、お義姉さんは僕にキーを持たせた。
「志乃はどうする?」
「私も行く」
志乃は席を立った。
338:
93
―――――車内―――――
僕は助手席に、志乃は運転席の後ろに座った。
「ほんとのこと話したら、トモちゃん怒るよね……」
「だろうなー。俺から話そうか?」
「ううん。私が話すよ。春海、さっき私の代わりに言ってくれたんでしょ」
(さすがに察したか)
「あまり気にするなよ。
 俺だって同じこと考えたんだ――ほら、来たぞ」
お義姉さんが佐伯さんを連れて近づいてくる。
佐伯さんが助手席の僕に気づいたらしく、一瞬険しい顔をした。
お義姉さんが乗り込んだ後、後部座席のドアが開く。
「あんた達――」
「ごめん、トモちゃん」
志乃が言い終わらないうちに、佐伯さんは志乃の頬を打っていた。
339:
94
「……ごめん」
志乃は頬をさすることもせず、下を向いて詫びた。
僕は何も言えなかった。
「言い訳は後で聞かせて」
佐伯さんはそれだけ言うと、黙りこんでしまった。
(うーん、予想はしてたけど気まずい……)
この場合、それぞれに事情があってこうなったわけで、佐伯さんの怒りもごもっともなのだ。
(でもいきなり平手はないよなぁ。きれいに振り抜いてたし)
(しかしお義姉さんは、どうやって佐伯さんを女のアパートに同行する気にさせたんだ)
(そこに転がり込んでる可能性があるから、とかそんな感じかな)
今は下手に考えを巡らせても、何にもならないように思えた。
ここからはお義姉さんの本職の領域だ。
340:
95
―――――術者の女のアパート・再び―――――
「さ、降りるわよ。妹さんも」
「はい」
佐伯さんは淡々としていた。
さっさと車を降りて、どの部屋に愚兄がいるのかと建物を睨んでいる。
「ほら、あなたも」
「俺もですか?」
「そうよ。術者がドアを開けたら、彼女には失神してもらう。
 倒れたときに頭でも打っちゃまずいでしょ」
「私は?」
「妹はそこにいなさい」
志乃は、やっぱり叩かれたことがショックみたいで、力なくうなずいた。
341:
96
玄関前で、お義姉さんは佐伯さんに適当な説明をする。
「前、訪ねてみたんだけど、私じゃだめだったわ。
 ちょっと呼びかけてみてもらえないかしら。
 ここに住んでる彼女に話が聞きたいの。
 だからお兄さんじゃなくて、彼女を呼んでみて」
佐伯さんは訝しげにしていた。
わざわざそんな注意を丁寧にされちゃ、かえって怪しい。
「……わかりました」
佐伯さんは、部屋に向かって女の名前を呼んだ。
何度か呼びかけたところで、中で人の動く気配がした。
「春海君、来るわ」
ドアが重たげに開く。
同時に、佐伯さんは卒倒していた。
342:
97
慌てて佐伯さんを支える。
玄関には、依頼人の部屋で見た影のようなぼんやりとした輪郭の、黒い虫のような粘菌のような固まりがいた。
(これが呪いの元……?)
「義弟よ、今から口を開くんじゃないわよ」
お義姉さんが僕に命じる。
ついでに、佐伯さんの口を手で塞いだ。
「あら、女だろうが男だろうが、誰だって嫉妬は醜いわよ」
お義姉さんは黒い固まりに語りかける。
固まりはうごめきながら、お義姉さんに影を伸ばす。
「あんたはお呼びじゃないわ!」
彼女が手で払うと、影の先端は霧のように薄くなって消えた。
(お義姉さんつええ……)
お義姉さんはさらに言葉を続ける。
343:
98
「あなた、男を見る目がなかったのよ。
 今なら立ち直れるわ。友達ともやり直せる」
呪いはまた、彼女に伸びていく。
彼女はまた、それを払う。
「そんなものと同化したって、あなた幸せになれないわ」
「何もかももう遅いの!みんな死ねばいいのよ!」
中から、そう聞こえた。
術者と言われる、女の声だった。
「馬っ鹿ねぇ。その程度で人生詰んだなんてめそめそするんじゃないわよ!」
「うるさい!なによあんた!あんたも殺してやる!」
「聞いたわね?」
お義姉さんは、これを待っていたとばかりに、にやりと笑った。
344:
99
呪いが、初めて僕らの方へ進んでくる。
ゆっくりとしていたが、足がすくんで佐伯さんを連れて逃げるなんてことはできそうになかった。
「義弟よ、逃げる必要はないわ」
お義姉さんは自分の口に、手を突っ込んだ。
(何をする気だよ、この人は――)
手とともに、何か柄のようなものがずるずると抜かれる。
(これは……剣だ……)
お義姉さんの口から、剣が抜かれていく。
その長さは、どう見ても彼女の胴体に収まるようなものではなかった。
お義姉さんは剣を携え、構えるでもなくだらりと立つ。
「ほら、来なさいよ。私を殺すんでしょう?」
空いた手をくいくいと動かして挑発する。
「お、おまえ……おまえは――ッ!」
呪いが女の人から、完全に分離した。
「地獄の門番が、門前払いに来てあげたのよ」
彼女はそう言うと、固まりを頭から縦に両断した。
355:
100
お義姉さんは剣を飲み込んで、
「さ、帰るわよ」
と、何事もなかったように言った。
「……」
「もう口を開いてもいいわ」
「……彼女は放っておいていいんですか」
「大丈夫。運ばれた二人も、じき良くなるわ」
お義姉さんは佐伯さんを担ぐと、アパートの扉を閉めて車に歩きだした。
僕は慌ててついていった。
356:
101
車の傍まで戻ると、志乃が車から降りて僕に飛びついてきた。
何も言えないらしく、やっと「うー」とか「んー」と言った非言語な声を出しながら額を擦りつけてくる。
「ハハハ、こやつめ」
「もう、ふざけないで」
お義姉さんが呆れながら、僕らを車に押し込む。
「この子には感謝してるけど、置いて帰りたいわね」
と、ぼやきながら佐伯さんをぞんざいに後部座席に積み込んだ。
「お義姉さん、それ笑えないですよ」
「なんでよ。この子、妹を叩いたのよ」
「そりゃ騙してたんだから、怒るのも無理ないですよ。
 俺が後ろに座ってたら、叩かれてたのは俺だったと思いますよ」
「そのおかげで命拾いしたのに?
 呪いが兄を食ってたら、次に危ないのはこの子だったのよ」
「たとえそうとわかっていても、割り切れないんですよ」
お義姉さんは納得いかない、といった風に鼻から息を出すと、運転席に乗り込んだ。
357:
102
「今度はどこ行くの?」
「彼のアパートに戻るわ」
「病院はいいんですか?」
「親族でもないのに、いち早く駆けつけちゃおかしいでしょ」
「それは、そうですけど」
確かに、真っ先に連絡が入るのは実家だろう。
今頃、ご両親に知らせがいっているのだろうか。
走り始めてすぐに、佐伯さんは目を覚ました。
「あら、起きたみたいね。トリガーハッピー」
(随分な言いようだな……)
「移動……ですね。どこへ?」
今の佐伯さんは仏頂面で、何を考えてるかわからない。
「あそこにお兄さんはいなかったわ。
 もう一度自宅を訪ねてみるの」
佐伯さんは、うんざりする、といった感じのあてつけがましいため息をついた。
358:
103
「あの、トモちゃん――」
志乃がおずおずと口を開く。
「なによ」
志乃のおどおどした態度が気に入らないのか、佐伯さんの不機嫌に拍車がかかっているようだ。
「ごめん、騙してた」
「そんなの、あんた達がこの車に乗ってるの見た瞬間に察しがついたよ」
(ああ、志乃に手を上げたときが、怒りの頂点だったか)
「私をつけてたのは、きっとその人ね」
と、お義姉さんを指す。
「確信は持てなかったけど、鏡やショーウインドーに、この人は常に映ってた。
 でもまさか、女が女をつけるなんて思わないでしょ」
(確かに)
「だけど私の場合は別よ。
 はじめは、また兄貴のとばっちりだと思った。
 でも、ずっと手を出してくる気配がなかったから、どう出ていいかわからなかった」
「そこに私が」
「そう」
359:
104
「そのときは単純に、助かったと思った。
 だけど今は――私、はめられたんだね」
「ばかみたい」と彼女は吐き捨てた。
その瞬間、乾いた高い音が響いた。
思わず振り向く。
「あんた――」
佐伯さんが頬を押さえている。
志乃は半分泣き出していた。
「……悪いって思ってた……思ってたよ……。
 でもああするしかなかったんだよ。
 危ないんだよぅ……ほんとに死んじゃうんだよ……」
ちゃんとした説明なんてしたら、今度は頭がおかしいと思われるのがオチだ。
(お兄さんを呪いから救うためにがんばってました、なんて言えるわけないよなぁ)
志乃は言葉に詰まって嗚咽していた。
佐伯さんも、頭で処理しきれないのか、叩かれて混乱したせいか、静かに泣いていた。
僕だってきっと何も言えなくなるに違いない。
360:
105
「何よ、湿っぽいわね。喧嘩してくれてた方がましだわ」
お義姉さんが隣で困っている。
(でも喧嘩したら、うるさいって怒るんだろうな……)
僕は勝手に想像して、勝手に理不尽だと思った。
「いいんですよ、あれで」
うーん、平手で語り合う女か。こわい。
だけど僕は、ルームミラーごしに二人を眺めながらどこか安心していた。
この方が恨みつらみは残らないと思う。というのは僕の思いこみか。
でも、その読みは合っていてほしい。
361:
106
―――――佐伯(兄)のアパート・再び―――――
「あなた達も降りなさい」
お義姉さんは一言だけ言って車を降りると、部屋の前まで行き、そのまま勝手に入ってしまった。
物は少ないのに、荒れていると感じさせる部屋だった。
「いないじゃない――」
「お兄さんは――」お義姉さんが佐伯さんに語りかける。
「お兄さんは、精神的に危ない状態だったの。
 あなたは怒りっぽい割に賢そうだから察しがつくと思うけど、女の人にずっとつけ狙われてたのよ」
「当然の報いじゃないですか」
佐伯さんは吐き捨てた。
「まあ、そう言わないでおいてあげなさい。
 彼、私のところに相談に来たときには、かなり消耗してた。
 精神的疲労からくる不眠――それに起因する過労、食欲不振、栄養失調――
 私は通院を勧めたんだけど、どうしてもそういった科にかかることに抵抗があったみたいね。
 家族に心配かけたくないって言い張ってたわ」
「あいつが、家に気を遣うなんてありえない」
佐伯さんは一歩下がった。
肘がぶつかり、棚を揺らした。
棚に置いてあった灰皿が落ちて、そのままになっていた灰がフローリングの床に撒かれた。
362:
107
彼女が動揺しているのは明らかだった。
視線がせわしなく揺れている。
「この子達は、私が助手として雇ってるの。
 彼からは話を聞くけど、誰だって自分に都合の悪いことは話したがらないわ。
 だから、情報を補完する必要があった。
 それでこの子達に、あなたに接触してもらったのよ。
 あなたには悪いと思うけど――あまりこの子達を責めないであげて」
「そんな――うそだ。あいつはクズだ!」
佐伯さんが叫ぶ。響きは悲鳴に似ていた。
「そうよ。彼のしてきたことは外道そのもの。
 私だって聞いてて虫酸が走ったし、いつ刺されたっておかしくなかったわ」
お義姉さんは、テレビ台の上で倒れていた、フォトフレームを起こした。
僕と同じ年頃の依頼人と、10歳かそこらの佐伯さんが、カメラに向かって笑っている写真だった。
363:
108
「なんで、こんなもの……」
佐伯さんが怯えた目で、写真を見つめながら首を振る。
「この頃の思い出があるから、あなたは直接彼に怒りをぶつけられなかった」
攻撃性がないわけでもなく、陰湿そうでもない、そんな彼女の報復する手段は、あまりにくだらなかった。
「お兄さん、目的と手段が逆転してしまったのね」
「う――くぅっ……」
落ちた、と思った。
366:
乙乙。
志乃が叩かれたところは、佐伯さんの喧嘩っ早くて気が強い描写が少なかったから唐突に思えたんだよね。
読み返してみると確かにそういう風に書いてあった。気が弱そうだとも書いてあったけど。
あとね、タバコは最初は吸わないと火が付かないよ。
368:
おっつ!!
叩かれたシーンは特に気にはならんかったよ〜
>>366
可燃物と一緒に燃やしたんじゃね?
367:
最初だけふかしたって可能性もなきにしもあらず
369:
109
佐伯さんはぼんやりと、ランドセルを背負ったフレームの中の自分を見つめている。
「この頃は、まだよかったな……」
懐かしんでいるのか悔いているのか、僕にはわからない。
お義姉さんが佐伯さんに歩み寄り、僕らに見せた写真を渡す。
「勝手に拝借してたの。返すわ」
佐伯さんはそれを、力の抜けた手で受け取った。
「ああ、これ……人生で一番嫌だった時期の私だ」
思春期が「人生」なんて言葉を使うのは、大仰に思えたけど、これまでが短かろうと人生は人生だった。
「まあ、適当に察して。難しい時期で、中学にあがって他の小学校から来た子達と初めて一緒になって――
 社交辞令にどう返していいかわからず、合わせることもできず、それでいて半分、周りを馬鹿にしてた。
 そんな群からはぐれた人間を未熟な社会がどうするか、想像つくでしょ」
370:
110
彼女は片方の唇の端を歪めて笑った。
始めにお義姉さんに見せられた兄の写真と、よく似ていた。
彼女は美人なのに、それはそれは嫌な笑顔だった。
「佐伯さん、はじめは男子に人気あったんじゃない?」
たぶんそうだろう。
そうだからこそ、反感を買う。
彼女は立っていることに疲れたのか、壁に寄りかかると、そのままへたり込むように床に座った。
「それも、はじめだけ。結局同じクラスで私を助けようとする男はいなかった」
くだらないと思った。
これだけが原因ではないだろうが、火に油を注ぐことになったのは違いない。
「お兄さんは自分が容姿に恵まれてることを自覚してたわね」
「むかつくけど、そうですね」
その上、皮肉なことに彼女と兄はよく似ていた。
371:
112
「兄は身なりや話題とか、振る舞いに気をつかうようになって――
 登下校のときや、行事なんか――よくついててくれるようになりました。
 すぐに女子が目の色変えてすり寄ってきたの、ほんとばかみたいだったな……」
(女をたぶらかすのが、妹を守る手段だったわけだ)
(まさに、ただしイケメンに限る防衛手段……)
(うん、やっぱりむかつく)
「胸くそ悪かったけど、表面的には平和になった。
 しばらくは兄もまともで、その頃はまだ、仲良かったし、今じゃ考えられないけど自慢のお兄ちゃんだった」
彼女は床を見つめながら述懐する。
372:
113
「いつからかお兄さんの中には、女性嫌悪が芽生えた。
 妹を苦しめておいて、自分が出てきた途端尻尾を振ってくる愚かしさに。
 さんざんひどい扱いをしておいて、妹をつてにして自分と繋がりを持とうとしてきた浅ましさに」
「それは図々しい」
思わず声にしてしまっていた。
だけど、お義姉さんは僕をたしなめたりしなかった。
「そこに集約されてるかもしれないわね。
 はじめは、敵がはっきりしていたからよかった。
 自分は妹を守る。妹に類が及ばなければ御の字。
 だから、妹が攻撃されてる間、彼は揺らいだりしなかった。
 皮肉だけど、そのころの方が気持ちは安定してたはずよ」
「兄は、女が憎くなったところで、憎むべき敵を見失ったんですね」
373:
114
「もちろん、彼も全くの馬鹿じゃなかった。
 理性ではふつうの女も、いい女もいるって理解してた。
 だけど、どうしても自分によってくる女性が嫌なものに見えて仕方なかったんでしょうね。
 あいつらが勝手に寄ってくるって話してたわ。もちろんそれは嘘。
 彼は知らず知らずのうちに思わせぶりな態度をとって、ときにはわざと気を持たせてはこっぴどく振っていた」
(うーん、俺が事情を聞いてたら殴ってそうだ)
志乃は同情すべきか怒るべきか迷っているようで、何か噛みつぶすような顔をしていた。
佐伯さんの表情筋はゆるみきっている。
「さっきも言ったけど、彼の中では手段と目的が逆転していた」
「佐伯さんを守るために、女をたぶらかす、だったのが――
 女をたぶらかさなければ、敵がいなければ、戦っていなければ安心できない。そういうことですか」
「そうよ、春海君」
374:
115
「彼は私のところに来て、こう訴えた」
――妹も女だ。母も女だ。家族まで憎くなってしまう。
 俺、何なんだ。何のためにこうなったんだ!
あの写真に映った、にやけた顔を思い出す。
あの男が半狂乱で助けを求めているのを想像するのは難しかった。
それが呪いのせいか、徐々に狂っていった自分のせいかわからないが、恐ろしい感覚だろうと思う。
「私から説明できるのはここまで。
 あとは兄妹、話し合うなり拳で語り合うなりして解決してちょうだい」
375:
116
お義姉さんは、本当にすべてを話してしまったようで、沈黙した。
僕も志乃も、何も言えそうになかった。
佐伯さんも、凝り固まったわだかまりに楔を打ち込まれ、どうしたものか戸惑っているようだ。
(現状が嫌でも、それを打破するのってエネルギー要るんだよな)
だけど、この先どうするかは彼女が決めなければならない。
依頼人も、してきたことを覚えてる人はいるし、恨みに思う人もいる。そこから進まなければならない。
(これはこれで、残酷かもしれないな)
僕はそんな風に、ひねくれたことを考えていた。
部屋のどこかで、携帯が鳴った。
376:
117
志乃がきょろきょろする。僕と目があったので、首を横に振って「俺じゃないよ」と伝える。
「――ああ、私のだ。ごめん、親から」
佐伯さんが我に戻って、電話にでる。
「――あ、お母さん。仕事は?
 ――入院?兄貴が?――で、大丈夫なの?
 ――うん、うん。……わかった。そうする」
佐伯さんは電話を切って、髪をぐしゃぐしゃにかきむしった。
「お兄さん、入院したのね?」
お義姉さんが気遣うそぶりを見せる。
(自分で通報しろって言ったくせに……。女優だな)
佐伯さんは鞄をひっつかんで立ち上がった。
「あの、すみません。お願いなんですけど――」
「言ってみなさい」
「私を、兄のいる病院まで送ってほしいんです」
唇をきゅっと結んでいる。彼女の目に、力が戻っていた。
377:
118
―――――帰路・佐伯朋美と別れた後―――――
日が暮れようとしている。
今日は出来事を詰め込めるだけ詰め込んで、その上でさらに乗せてきたような一日だった。
つまり、僕は疲れていた。
お義姉さんの車の後部座席で、志乃は僕の肩に頭を乗せている。
「寝てていいよ」
「眠くない」
お義姉さんとルームミラー越しに目が合った。
「私のことなら気にしなくていいわ。妹がお腹すかせてるなら飲ませてあげて」
「ちがいます!」
こういうくだらないことで、少しずつ日常が戻ってきていると思う。
「トモちゃん、どうなるのかな。お兄さんも、女の人たちも」
簡単に「大丈夫だろ」とは言えない気がした。
「妹、私たちの仕事は終わったの。ここからは彼らの責任よ」
「わかってるけど、気がかりで――」
「みんな、これからじゃない。
 ちょっと道を外れたからって自棄になられちゃたまったもんじゃないわ」
「なにもかもが不確定ですか」
良くも悪くも、お先真っ暗。
視界は自分で拓けということか。
「あら、わかってるじゃない、義弟。
 あなたたちは、彼らがやり直すチャンスを掴んだことを祝福すればいいの。
 こっちが心配したって、破滅するのも成功するのも彼らの勝手よ」
言い方は冷たいが、僕には優しい言葉として受け入れることができた。
378:
119
「事務所に帰ったら祝杯にしましょう。
 ……あ、祝杯っていっても、酒はだめよ。未成年ズ」
お義姉さんは上機嫌でハンドルを切る。
「すすめられても飲みませんって」
「あたしお寿司がいい」
「おまえなー」
「いいわよ、一番いいやつ頼んじゃう」
「だっておめでたいじゃん。ことぶきだよ。お寿司」
「あー、もー、わかったよ」
志乃に屈託のない笑顔が戻った。
こんな事件は、お義姉さんの下で働く限り続くんだろう。
僕はお義姉さんのように強くはなれない。
志乃のように爆発的な力を出すこともできない。
(となると、やっぱり勉強かな……)
僕は僕なりに、強くなろうと思った。
女「解禁したったwwwww」おわり
379:

391:
男「解禁したったwwwww」

―――――土曜の夜・ナオミの部屋・休憩室―――――
春海は私と入れ違いに、シャワーを浴びに浴室に行った。
ここのお風呂は使わせてもらったことあるけど、ユニットバスは苦手だ。
おねーさんは「サタデーナイトよ」なんて言い残して、繁華街に行ってしまった。
金曜・土曜は飲み会が多くて酔いつぶれる人が多いから、ちょっとずつ吸わせてもらうのにちょうどいいらしい。
(私は知らない人から吸うのはやだな)
「ひまー」
髪を乾かしながら無人の空間に訴える。
テレビはあるけど、積極的に見たい番組もない。
(おねーさんにプレーヤー置いてもらおう……。で、何か借りて見よう)
春海と話すのは好き。
どうでもいいことを喋るのが好き。
でも、最近の私は隙あらば春海の精液を狙っていた。
(禁止されてもしょーがないかなぁ……)
392:

(でも、おいしいんだよねぇ。元気でるし。なんか友達にほめられちゃったし)
体が持ち直すまでは、春海のことを考えるとお腹がすいた。
頭の芯が崩れて、違うものに置き換わって、すごく欲しくなった。
私の意思で私がやっていることだと理解してるけど、理性とか自制心が、
精液を接種するということに対してはゼロになった。
だけど、元気になった今では、そう切羽詰まった欲しさではなくなった。
必要かそうでないかといえば、たぶん今は不必要。
でも私にとって嗜好性があるから、吸わせてもらえるなら喜んで、といった感じ。
それくらい、私の容態は回復したし、精液にも飢えてなかった。
393:

(でも、おいしいんだよねぇ。元気でるし。なんか友達にほめられちゃったし)
体が持ち直すまでは、春海のことを考えるとお腹がすいた。
頭の芯が崩れて、違うものに置き換わって、すごく欲しくなった。
私の意思で私がやっていることだと理解してるけど、理性とか自制心が、
精液を接種するということに対してはゼロになった。
だけど、元気になった今では、そう切羽詰まった欲しさではなくなった。
必要かそうでないかといえば、たぶん今は不必要。
でも私にとって嗜好性があるから、吸わせてもらえるなら喜んで、といった感じ。
それくらい、私の容態は回復したし、精液にも飢えてなかった。
394:

春海の体つきを思い出す。
触られたときの感じとか、抱きついたときに、頬を乗せる肩の高さとか。
どんどん遠慮がなくなっていく彼の振るまい。
(あれ、春海の汁が割とどうでもいい……?)
自分で驚いた。
(あれだけ狙ってたのに、どうでもいい……だと……?)
春海に私を触ることを解禁してから、私はおかしい。
(私の体がおかしい)
あの日、彼が帰った後、なんだか体の奥が不完全燃焼みたいなモヤモヤが残っていて、自分で触ってみた。
そしたら意外と気持ちよかった。
問題は、彼とまともに目が合わせられなくなったことで、正直、車で「言いたいことないか」と聞かれたときは参った。
(触ってほしいなんて言えないもんなぁ)
そんなこと言ったらあいつは喜ぶだろうけど、なんか癪だ。
(なにより私、そこまでエロくないし!)
(そうだ。エロくない!エロくないぞ!)
(むしろ清純派!ピュアだもんね!)
(恥じらいが残ってるもん!だから私は淫乱じゃないぞ!)
(だって春海以外に触られたら、たぶん相手の指を折るもんね!私マジ貞淑!エロくない!)
そこまで考えて、納得した(つもりになった)。
395:

そうやって納得したところで、やっぱり触られた感触を思い出す。
どうやって触れられたのか、なるべく細かく思い出す。
その記憶の反芻で、お腹の下の方が少し痙攣するような感じがしてぞくぞくする。
(春海、早くお風呂からあがらないかな)
目を閉じて、彼の手の通ったところはどこだったか、自分の手でたどってみる。
(やっぱり触ってもらうのがいいなぁ)
そう思うけど、手が止まらない。
(春海、こっちも触ったんだよね……)
まだ下の方を自分で触るのは抵抗がある。
でも好奇心と快感には弱くて、そっちに手を伸ばして指を使ってみた。
396:

(私、なんでこんなことしてるんだろ)
湿ってはいるけど、彼に触られたときほどじゃない。
(ぜんぶ人間でも、他の子もするのかな)
(それとも私が半分妖怪だからかな)
このぬるぬるは、肉だか皮膚だかのひだの奥から出てるらしい。
好奇心に負けて指を押し込んでみると、案外すんなり入った。
(うわああああなんだこれ!なにこの感触!こんなとこにあんなもん入るの!?)
(いやいやいや、ムリムリ!絶対ムリ!)
(神様ってバカなの?設計ミスなの?)
いろんな考えが頭をマッハで何周もぐるぐるした。
(これはいかん。なんだか戻ってこれないような気がする……)
惜しいような気もしたけど、指を抜いた。
397:

浴室の方で物音がする。
(あっぶね。春海に見つかったらえらいこっちゃ)
髪も乾いていたので、そそくさと布団に潜る。
なんだか隠れてしまいたかった。
(今日はどうするのかな。いちゃいちゃするのかな)
期待してしまう自分が悔しい。
(前みたいなことするのかな)
また、自分で触ってしまう。
(もっとすごいのだったらどうしよ)
息は荒くなるけど、声は意外と出ない。
自分で感覚を予測できるからかもしれない。
休憩室の戸が開く。
「志乃、あがったぞー」
398:

春海が戻ってきた。
そして私の指は、パンツの中から戻ってきていない。
(どうしよう……。こんなとこもぞもぞしてたら怪しまれる)
とりあえず下手に動くのは得策じゃないと判断して、そのまま会話を続ける。
「うー」
「お疲れのようだな」
「つかれた」
春海はタオルで頭をがしがし拭いている。
(うーん、風呂上がりは三割り増しに見えるなぁ)
少し、指を動かしてしまう。
(ギャー!だめだめ!ストップ!)
人の目の前で何やってるんだろう。
「そっちこそお疲れ」
素っ気ない言い方になってしまったかもしれない。
「俺はお義姉さんについてただけで、なにもしてないんだけどなー」
彼はドライヤーを使いながら、力の抜けた声で笑った。
「春海はがんばってたよ」
ずっと、聴きとった話を整理したり、私のフォローをしてくれていた。
399:

「これから、みんな立ち直るといいな」
「だね」
(春海はまじめに関係者のことを案じてるのに、私ときたら……)
ちょっとした自己嫌悪に陥る。
(私をねぎらってくれるのはうれしいけどあっち向いてよぅ……)
「お前、まだ心配なことあるのか」
真剣な顔。たまに見せる難しそうな表情が、ちょっとかっこいいなと思う。
でも今はあっち向いて欲しい。
「ないよ。トモちゃんもふっきれたみたいだし」
春海は髪が乾いたのか、電気を消して布団に入ろうとする。
暗くなったので、やっと手が自由になった。
「寝るの?」
「寝るよ」
物足りない。でも春海は本当に眠いのかもしれない。
じゃあ、あんまりべたべたできない。
「つまんない」
つい、口をついて言葉が出ていた。
「ほう」
何かスイッチ押したかも。
400:

「い、いちゃいちゃしないか」
春海は私が恥ずかしいことを言っても、馬鹿にしたりしない。
「えらく男前な誘い方だな」
「嫌ならいい。いいもん」
でもこうやってからかってくるのはいただけない。
「いやいや。いたしましょう。さー来い」
春海は体を向けて、私の体に腕をまわす。
体温と重みに安心する。
春海の匂いが、さっき私が使った石鹸と同じ匂いでうれしい。
そのまま唇を合わせたり離したりする。
頭の奥が、何かに置き換わったりはしない。
私は私として、気持ちいいと思って息を荒げている。
そういう反応を、春海は喜ぶ。
それで、私の意識がトロトロになるまで口の中を舌で探られる。
401:
10
(うーん、なんか悶えてるのが私だけだと悔しいな)
体が勝手にくねってしまうのを抑える。
「我慢しなくていいのに」
「してないもん」
実際はしてますけどー。
(春海もなんか反応すればいいのに)
「なに、あんた全然なんともないの?」
「そんなことはない。気持ちいい」
「なぜ動じない。ファックファック」
「やっぱり直接的な刺激のほうが――っうああ」
言い終わらないうちに、性器の先のあたりの生地を爪で軽くひっかいてやった。
春海の腰が引ける。ちょっとおかしかった。
「わらうなよ」
そう言われながら手を掴まれた。
402:
11
「さわるぞ」
「う」
一段低い声にぞくぞくする。
「今日は寝た振りナシだぞー」
(なんでこんなに楽しそうなんだろう)
意思に反して体が逃げるのを、抱きかかえておさえつけられる。
遠慮しているのか、前と同じように服の下には手を入れてこない。
(変なところで紳士だからなぁ……)
(直接触られたらどんなんだろう)
「――はっ、あぅっ」
想像したら、声が漏れた。
「お、声でたな」
それを指摘されると、やっぱり恥ずかしくて首を横に振った。
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