千早「耳掃除」back

千早「耳掃除」


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1:
「良かったら、私がやりましょうか?」
ある日の事務所。どうも耳が痒いなと耳かきを取り出した俺に千早がこう言ってきた。
「あ?……」
真っ先に頭に浮かんだのは任せて大丈夫かという不安。
こう言ってはアレだが、如月千早という人間はとにかく不器用というか、歌以外はまるっきりポンコツというか……。
とにかく、耳掃除などという繊細な作業を考え無しに頼める相手ではないのだ。
申し出を受けるか否か、どうしたもんかと即答できずにいると
「耳掃除? してくれるの? 千早ちゃんが? はいはい! じゃあ私もお願い! プロデューサーさんの次! 次私だからね!」
部屋の隅で新曲チェックをしていた春香が乗り込んできた。
つーかお前イヤホンつけてたはずなのによく今の会話に気付けたな。
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2:
「どんな状態だろうと、千早ちゃんの声を私が聞き逃すはずがありませんから!」
とのことだが、正直俺はどっからその自信が来てるのかさっぱり分からない。
千早も千早で「もう、春香ったら」みたいな感じで今の春香の言動自体には何の疑問も持っていないようだし、何なんだ一体。
「愛ですよ! 愛! 私のこの千早ちゃんへの熱い想いが奇跡を生むのです!」
ああそうですか。でも一つ言いたい
「そもそも、そんなによく聞こえる耳なら掃除してもらう必要なんかないだろう、春香よ」
「はっ」
鼻で笑われた。
「いやいやいや、何言ってるんですかプロデューサーさん。耳掃除ですよ? 耳掃除ってことは、膝枕ですよ? 千早ちゃんに膝枕してもらうチャンスを見逃すなんてありえませんよ。でしょう?」
3:
「分かってねーなこいつ」って目でこっちを見てくる春香。
ムカついたのでデコピン。かなり良い音がした。我ながら会心の一撃。
涙目で赤くなった額を押さえる春香。今日明日と撮影は無いし、多少跡が残ろうが問題無いだろう。
でもうめき声が「うごぉぉぉ……」なのはいただけないな。アイドルとしてどうかと思う。
しかし……、そうか膝枕か。
女の子の膝枕。なんて素晴らしい響きだろう。口に出すだけで幸せな気分に包まれるようだ。
春香の言う通り、失敗しそうで不安だからという理由だけで断るのはもったいないかもしれない。
そう思いながら視線を千早に向ける。
「ひ、膝枕……。そうよね、耳掃除をするんだから……。でも、プロデューサーに膝枕……。うぅ……」
あ、そこまで考えてなかったっぽい。春香に言われて初めて意識した様子である。
それはそれで一体どうやって耳掃除をするつもりだったのか不思議なのだが。
顔を伏せ、チラチラとこちらを上目遣いで眺めては俺と目が合い目をそらす、ということを繰り返す千早。
「私ったらなんて大胆なことを」とでも思っているのだろうか。
それにしても……うむ、何というか、女子の恥じらう姿というものにはこう……心に来るものがあるな。
4:
「はぁぁぁ……! モジモジしてる千早ちゃん超可愛いぃぃ……!」
その言葉には同意するが、しかしお前はもう少し恥じらえ。自分を抑えろ。
恍惚とした様子の春香の後頭部に問答無用でチョップ。
おっ、今の「きゃん!?」って悲鳴は結構それっぽいな。その調子で精進しろよ。
恨みがましい目で春香がこっちを見つめてくるがスルーし、千早に話しかける。
「まぁ、やっぱり嫌だ、ってんなら別に構わないぞ? 元々自分でやるつもりだったんだし」
正直俺の心はやってもらいたいという方向にほぼ完全に傾いている。
なにせ現役アイドルの膝枕だ。多少の不安なんて飲み込んでやろうではないか。
だがそれも千早が自発的にやってくれるのであれば。
無理矢理やらせるなどもっての外。駄目だと言うなら引き下がるしかない。
5:
「いえっ! そんな、嫌だなんて! やります! やらせてください!」
「お、おう……」
ここまで食い付かれると逆に一歩引きたくなるのはどうしてだろう。
それはさておき、千早の方からこうまで言ってくるのなら、俺としても断る理由は無い。
「じゃあ……、お願いしようかな」
「……頑張ります!」
そういうことになった。
それからどれだけの時間が経過しただろう。おそらく実際は五分かそこらだろうが、俺には何時間も経過したように感じる。
静まり返った事務所。そこには恐ろしいほどの緊張感が漂い、俺はもちろんのこと、そばで見ているだけの春香すら身動き一つ出来ない。
唯一動いているのは耳かきを持つ千早の手。
6:
「…………」ブルブル
……訂正しよう、動いているというよりむしろ震えている。
耳掃除はまだ始まってすらいない。いや、この状態で耳に突っ込まれたら鼓膜がヤバいからむしろそれでいいのだが。
感じるのはただただ恐怖のみ。せっかくの膝枕だというのに太ももの感触を楽しむ余裕すら無い。
千早が大きく息を吸い込む音が聞こえた。向こうは覚悟を決めたらしい。反射的に体が動く。
「待った! 千早! 頼む! 待て!」
とりあえず手首を掴み抑える。
「きゃっ! ……プロデューサー! 急に動かないでください! 危ないじゃないですか!」
「危ないってんならまずこの手の震えを止めろ!」
「震えてません!」
「震えてるよ! 物凄く! ほら!」
7:
こうしている間もガクガクと揺れる千早の手。男の俺が結構力入れて抑えているというのに全く止まらないのが怖い。
「プロデューサーの気のせいです! 問題ありません!」
「ンなわけあるか! ……もういい! 千早の気持ちは嬉しいが自分でやるから!」
「嫌です! 私に任せてください!」
ええい! 鼓膜の無事がかかっている俺はともかく、どうしてこんなに必死なんだこの娘は!
「諦めろ! これだけ手が震えてたら無理だって!」
「無理じゃありません! 大丈夫です!」
一進一退の攻防。ぐぎぎとせめぎ合う俺と千早の力比べ。
「うう……」
一瞬千早の力が緩む。良かった諦めてくれたかと油断したのが命取りだった。
8:
「動かないでくださいっ! プロデューサー!」
そのまま千早は俺の頭を抱え込みヘッドロックの体勢に。くそっ! あんまり嬉しくない!
歯医者では患者が男性の場合、治療の恐怖感を和らげるため歯科助手が胸を押し付けてくるということがあるというが……まぁ千早だしなぁ。
「う、動かないでくださいね……! 動いたら……安全は保証しません」
マズい。こんな余計なことを考えてる場合では全くなかった。
もはや鼓膜を通り越して脳まで到達するんじゃなかろうかというぐらいの力の入りようである。
「ストップ! やめろ! 千早! 千早! 聞けって! 離……ひぃっ!」
阿鼻叫喚の地獄と化した事務所。……そうだ! 事務所にはもう一人いたじゃないか!
「春香! 頼む! 千早を止めてくれ! お願いだ! はる……っ!?」
10:
どうにか身をよじり視線を向けると、そこにはこっそり事務所を抜けだそうとする後ろ姿。
てめぇ一人だけ逃げるつもりか!
千早もそんな春香に気付いたようで声を上げる。
「春香! すぐに終わるからどこにも行かないで待ってなさい!」
……さて、結論から言えば春香に助けを求めたことは大間違いであったと言えるだろう。
俺が春香に呼びかけたことで千早の視線も春香の方へ向き、しかも春香が逃げ出そうとしていた事で完全に千早の意識が春香に集中している。
その結果千早の手元が疎かになり、
ぐさっ
俺の悲鳴が事務所に木霊した。
11:
「あら、プロデューサーさん。どうしたんですか? その耳」
「俺の見込みの甘さの報いですかね」
惨劇の翌日。耳に当てたガーゼを見た音無さんに俺はそう答えた。
「はぁ……?」
「聞かないでください」
早いとこ封印したい記憶である。掘り返されるとトラウマになりそうだ。
終わり
14:
以上
耳掃除SS流行れ
あずささんとかならぐさってならないだろうからさ
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