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で、戦国最強の忍者集団はどこなんだ?


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1:
伊賀なの?甲賀なの?風魔なの?
そもそも、忍者って強いの?
SAMURAIとNINJAはどっちが強いんだよぉ!
3:
伊賀だな
戦国ゲーじゃ甲賀者は
武勇も智謀も伊賀者より、遥かに劣る
やっぱり百地丹波&城戸弥左衛門のコンビは最強だよ
伊賀流
伊賀国の地に伝わっていた忍術流派の総称。甲賀流と並んで忍術の中で最も有名な流派の一つである。
根拠地は、現在の三重県伊賀市と名張市にあった。普段は農業や行商をして各地の情報を探る一方、指令が下ると戦場やその後方へ出向き、工作活動に励んだ。
山を1つ隔てた場所に存在する甲賀流と異なる点は、甲賀忍者が1人の主君に忠義を尽くすのに対し、伊賀忍者は金銭による契約以上の関わりを雇い主との間に持たない点であるとされる。伊賀郷士はしばしば雇い主が敵同士の場合でも、依頼があれば双方に忍者を派遣する実例をも持つ。そのため他の郷の忍者よりも一層、例え仲間であろうと即座に処断できるような厳酷な精神も求められた。「抜忍成敗」はその極みとも言うべきもので、裏切りや脱走はいかなることがあっても認めないというものである。しかし、江戸時代になると状況は一変し、無足の俸禄支給の経費を節減するため、むしろ忍者を抜けて帰農することが歓迎されたようである(後述)。
また、伊賀流の訓練法は独特さをもって知られており、例えば顔の半分を紙で覆い、紙を顔から落とすことなく1里以上を走りぬく等、幼少の頃から厳しい訓練のもと、優れた忍者を育てることを伝統としてきた。このため、伊賀忍者は体術に優れていると評された。
http://ja.wikipedia.org/wiki/伊賀流
甲賀流
近江国甲賀の地に伝わっていた忍術流派の総称。山を一つ隔てた場所に存在する伊賀流と並び、最も有名な忍術の一派として知られる。甲賀流伊賀流ともに伝系に関しては仮託の説が多く信用できるものはあまりない。[1]なお、「甲賀流」という名称の単一の流派は存在せず、あくまで甲賀に伝わる複数の流派があわさって甲賀流と呼ばれているにすぎない。
甲賀は本来「こうか」と読み、地名に因る名称であるが、忍術に関してのみ「こうが」との誤読が一般的となっている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/甲賀流
6:
忍者と言っても地域ごとに忍者がいて、さらに得意分野も違うから何とも言えない。
伊賀や甲賀者は薬の知識に長けてたけど、最強という意味では違うかもしれない。
なので情報収集に得意な忍者集団も除外する。
そうなると根来衆や軒猿あたりになる。
根来衆
戦国時代に紀伊国北部の根来寺を中心とする一帯(現在の岩出市)に居住した僧兵たちの集団である。雑賀衆と同様に鉄砲で武装しており、傭兵集団としても活躍した。
http://ja.wikipedia.org/wiki/根来衆
忍者の一種で、戦国期には、上杉謙信を中心に『けんえん』とも呼ばれていた。主に、今の新潟や富山の地方ではこう呼んでいたとされている。新潟・富山では他にも、郷導(きょうどう)、郷談(きょうだん)、間士(かんし)、聞者役(ききものやく)などと呼でいたとされている。
忍術の秘伝書『萬川集海』によれば、軒猿の名は、中国の神話伝説上の皇帝である黄帝軒轅が由来。
他の忍者を狩るのを得意としており、武田方の透破、北条方の風魔などを幾度も殺害したといわれる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/軒猿
7:
戸隠はどうなんだ?
戸隠流
忍術の流派のひとつ。伝説上の始祖は異勾という亡命中国人、歴史上の始祖は平安時代末期、戸隠山で修験道を学び、木曾義仲に仕えた仁科大助(戸隠大助)とされるが文献はない。木曾義仲が源義経に討たれた後は伊賀に逃れ、伊賀流忍術をも取り入れて完成させたとされる。 現在の宗家は初見良昭。
現存する忍術の流派の一つであり、世界中に支部道場を持ち門下生は10万人。日本より、欧米での弟子のほうが多い。 また、アメリカの総合格闘技大会UFC初期には、戸隠流の弟子(アメリカ人)が参戦していた。他にアメリカではCIAやFBIの格闘術として注目され、CIAとFBIの情報部員と捜査官は「戸隠流格闘術」の研修と訓練と修行を行っている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/戸隠流
350:
>>1
風魔というのは実在しない。
おそらく風祭を根拠とした盗賊団で、合戦に忍びとして雇われた人たちのこと。
>>7
戸隠忍者も明治以降の創作。
9:
政治的に伊賀
13:
普通に伊賀忍者だろ
忍びの術とかあるし
手裏剣みたいな飛び道具は脅威
基本的に暗殺に向いてる
15:
伊賀は傭兵派遣を一種の産業にしていたし、兵力という点では最大組織。
18:
山風の空想の産物としての忍者な活動を本当にしてた実績としては風魔かね
最後は夜盗集団になってしまったが
風魔
風魔小太郎を頭目とする相州乱波であり、足柄山中を縄張りとする忍者集団である。戦国時代後期の後北条氏勃興時に姿を現し、各大名に雇われていた伊賀者、甲賀者と戦いを繰り広げ、早雲から氏直まで北条五代の隆盛を影で支えたという。豊臣秀吉の小田原征伐により北条氏が没落し、徳川家康が天下を取った後は、盗賊として江戸の町を騒がせた。家康は懸賞金をかけて盗賊の長である五代目・風魔小太郎を捕らえ、処刑した。これにより風魔一族は滅亡した。
一説には、風魔一族の堕落に耐えられなかった一族の一部のものたちが家康に密告し反乱を引き起こしたため、五代目は徳川に囚われたとも言われている。信頼性の高い現存する文献がほとんどないため、風魔忍群の実態は明らかでない。そのため後世に多くの伝説が生まれ、小説、映画、漫画、アニメの題材となった。とりわけ忍者漫画にしばしば登場する。
http://ja.wikipedia.org/wiki/風魔
46:
霞 日向 葉隠れ の影三流
48:
丸目蔵人佐長恵率いる相良忍軍が最強だろう
上泉伊勢守から裏太刀を伝授されたし、平素の仕事が隠密斬りで相当数斬ってるしね?
183:
いまテレビでラストサムライやってて思い出したけど史上最強の忍者集団は剣豪の丸目長恵が組織した相良藩の相良忍軍。伊賀とは二戦二勝だとか。
275:
真田十勇士
戦国時代末期から江戸時代初期にかけての武将・真田信繁(真田幸村)に仕えたとされる、10人の家臣のこと。伝承上の架空の人物といえるが、歴史的な由来を持つ人物もいる。
立川文庫以来、基本的な構成は、猿飛佐助、霧隠才蔵、三好清海入道、三好伊三入道、穴山小介(穴山小助)、由利鎌之助、筧十蔵、海野六郎、根津甚八、望月六郎の10人となっているが、作品によって差異が見られる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/真田十勇士
366:
実績でいうと将軍暗殺した甲賀がダントツでしょ。
杉谷善住坊がスナイピングに成功してたらそっちかも。
ってどちらにせよ甲賀か。
374:
サムライは領国経営者とその部下だサラリーマンみたいなもんだ
合戦という市場の奪い合いにあけくれている
、忍者はそこの情報収集とかの仕事を請け負ってた外注先みたいなもんだ。
今で言うアウトソーシングだよ
下忍はマジに派遣労働者。中忍はそれらを監督する現場のチーフ
上忍は経営者。
企業規模で言えば甲賀の方が伊賀より大きかったらしいな
チームの甲賀、個人技の伊賀だったらしい
377:
えー…っと。
風魔が存在しないと仰った人が居ましたが風魔は健在します。
風魔衆の風魔の里跡が在るのは何故でしょうか?言い切れるんでしょうか…
甲賀は織田に就いていた忍者で情報収集などを得意としてたそうです。
伊賀忍は工作を得意とし、修復力に長けていた様です。服部半蔵が行ってからは
放火技術も高まり、馬術も高まり最強の忍者集団になったんです。
まぁ、風魔衆も工作が得意でしたが少数だったので合戦で活躍出来なかったそうで…
風魔衆の長も大分年配だったそうで…まぁ、最強忍者集団は伊賀ですかね?
380:
>>377
?の隠れ里とか、?の屋敷なんて出所がはっきりしない遺構なんていくらでもあるけどね。
軍記とか創作性の強い資料以外の記述で活躍が描かれてはじめて「実在した」と言えるのではないの?
伊賀甲賀については土豪クラスと密接な関係があったから記録はたくさん残ってるけど
風魔については実在すら危ぶまれるってのが正直なとこかと。
風間一族っていう夜盗崩れが北条の要請で度々諜報・破壊活動をやっていたという記録はあるけど
それを元に後世の作家が作り上げたイメージだけが膨らんでる感じでしょ
他の忍者集団は長とか武将クラスの人が多くて事績も残ってるけど、風魔に関しては「ほとんどわからない」が実情だし
忍びなんだから記録になんか残らないとか恰好いい言い方もできるけど
要するに記録に残るような活躍をしていないってのが実情だろう
381:
風魔に関する記録って、戦国時代には何か残ってるの?
382:
北条五代記だけ>小太郎
後は北条の文書に風間一族ってのが諜報活動とかで動員されてるのが若干あるくらいで
そんな派手な活躍を記述した記録はない。
383:
伊賀と甲賀を風魔と同列に扱うからおかしな話になるだけだろ?
大体、風魔を使ったとされる後北条が関東を逐われたんだから、
風魔とやらの事績も散逸してしかるべきかと。
大体、スッパだのラッパだのの記録だって怪しいもんだろう?
関東にも忍者伝説が欲しくて話盛っちゃっただけじゃね?
風魔小太郎の正確な事績をしるした資料の多寡で風魔の存在の無いことを証明するってなら
藤林長門や百地?の事績が怪しいから伊賀忍者なんて嘘、雑賀と同じく渡りの足軽って言い立てるのと同じじゃね
385:
>>383
まあ、「忍者」っていう感じの忍者自体存在しないからね。
雑賀と同じく傭兵集団っていうのが的確でしょ。
で、伊賀・甲賀とかは、百地とか藤林とか怪しいのを出さなくても
活動の軌跡が残ってる。
風魔に至っては、ほとんどない。北条が関東を追われたから記録にないってのも無理がある
北条氏に関する資料は木端役人から流通商人まで記録はたくさん残ってる
にも関わらず、風魔・風間の資料が皆無というのは、存在しないとは断言しないけど
存在したとしても、極めて小規模の集団だったということだろう
伊賀甲賀に次いで?なんてのは小説・フィクションの世界の話でしかない
387:
風魔(風間)は多分、足柄や箱根あたりの山人や山賤など
林業を生業とする人々だったと思う
392:
仙台で高校の同じクラスに黒ハバキ漢字でない。
さんと一緒で珍名だね?って聞いたら、伊達家のお抱えだったらしく。
頭領の一族だった。幕末の時代は京や大阪で情報収集が任務だそうだ
406:
>>392
黒脛巾は後世の創作でしょ?
423:
>>406
存在自体は有
ただ忍者というよりは情報収集や撹乱とかを主とした兵という感じだけど
黒脛巾という名は後世になって付けられた可能性はあるが
395:
忍者の最強の定義は何かだな。
基本的に戦闘はしない。
得意の情報収集も、島原の乱には惨憺たる物だった。
各地に張り巡らされた忍者ネットワークが忍者の強さ。昔も今も情報のさは大事だったんだぬ、
396:
因みに忍術に付く【遁】は隠れる技。火を放ちドサクサに紛れる火遁、水に潜り隠れる水遁、壁や崖を崩したり砂を巻き上げて隠れる微塵隠れ
戦闘の技術は少ない。針や手裏剣に毒を用いた暗殺や鉄の棒を投げて追っ手を撹乱、刀を使っての戦闘は皆無。剣術よりも、短い忍者刀の利点を活かし懐に飛び込み切りつける。が、殺傷力より怯ませるのが目的。
投げ手裏剣も身軽さが殺されるので普段は持ち歩かない。
忍者の子孫で忍者を生業としてる俺の忍者の秘伝
397:
>>396
秘伝をここで公開したら駄目だろw
418:
甲賀や伊賀は今でいう人材派遣会社って説明がテレビであった
419:
会社と言うほどまとまった組織があったかねえ
420:
甲賀五十三家
http://ja.wikipedia.org/wiki/甲賀五十三家
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