千早「歌うたいのバラッド」back

千早「歌うたいのバラッド」


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1:
「私には歌えません!」
私の大声に驚いたのか、デスクで事務作業をしていた音無さんがこちらを振り向いた
その視線には気付かないフリをして、目の前に立っているプロデューサーを見据えた
他のアイドルたちはみんな出払っている
3:
「しかしなぁ、千早」
「何と言われようと私には無理です」
「金儲けだけが目的じゃ無いってことは、お前にも分かるだろ?」
一月も終わりに近づいた土曜日の午後 窓の外では雪が舞っていた
4:
「それでも、震災を利用することに変わりはありません」
"あの日"からすでに十ヶ月が過ぎていた
「被災者を勇気づける歌を」
レコード会社から届いたオファーは、もっともらしい理由を伴っていた
けれど、その後ろに見え隠れする"大人の事情"が、私はたまらなく嫌だった
5:
「要するに、私の知名度を上げようということですよね?」
「それは結果だ。過程をすっ飛ばすなよ」
「ですが…」
被災地に足を踏み入れたことすら無い私の歌に、どんな説得力があるというのだろう?
6:
「あっ、もうこんな時間か」
壁時計を見ながら、プロデューサーが慌てる"フリ"をした
「悪いな。春香たちを迎えに行かなきゃならないんだ」
「…そうですか」
私を説得するのが億劫になったのかしら?
その疑問を顔に出さないように努め、私はプロデューサーを見送った
10:
ソファーに腰を下ろし、目を閉じた
聞こえてくるのは、音無さんがキーボードを叩くカタカタという音だけ
説得力が無い、か
それを言い出せば、私にラブソングは歌えないのだけれど…
それとこれとは、やっぱり別物に思えた
11:
昨年の12月、真が自衛隊に体験入隊した
もちろん、テレビ番組の企画で
撮影を終え事務所に帰ってきた真は、私たちに話してくれた
真の世話役を務めた自衛隊員も、被災地に派遣されていたこと
その人も、震災で親族を亡くしたこと
そして、一面の瓦礫の中に立つ、色とりどりの旗のことを
12:
「旗?何かの目印?財布を見つけたとか」
「ボクも同じこと思ったよ、美希」
「えっ、違うの?じゃあ何の目印なの?」
美希にインタビュアー役を任せて、他のアイドルたちは真の話に耳を傾けていた
もちろん私も
13:
「えっとねぇ…そこで…」
言葉につまり、顔を伏せた真
涙が零れるのが見えた
「真ちゃん、大丈夫?」
「あ、ゴメン…」
再び顔を上げ、大きく深呼吸する
そして言った
「そこで遺体が見つかったっていう目印」
14:
遺体…?
言葉の意味は分かる
けれど、やっぱりその言葉は、どこか現実離れしていた
「ボクに話を聞かせてくれた曹長は、6本の旗を立てたって」
「それってつまり…」
春香が"恐る恐る"といった口調で聞いた
「うん。6人の遺体を…発見したってこと」
言い終わり、顔を伏せた真
今度は、嗚咽を伴っていた
16:
「亜美ね」
真の横に座っている亜美が、涙声で話し始めた
「なんかさ…ちょっとワクワクしてたりした…テレビ見るたびに数字増えていくじゃん?また増えたー、って…」
"数字"が何を意味しているのかは、聞かなくても分かった
17:
「真美も同じ…なんか、楽しんでた…」
私は…
そうじゃなかったって、ハッキリ言える?
亜美たちとは違うって
「バカだね、真美…自分でそう思うよ」
「亜美も…」
涙混じりになった2つの声に、私の胸はチクリと、痛んだ
18:
「アンタ達は立派よ。ちゃんと自分で気付いたんだから」
律子が2人をなだめ始めた
「かくいう私もね…ただの数字になってた。途中からはね」
それぞれの生活の中で、それはむしろ自然なことだったのかもしれない
20:

「千早君」
……
「おーい、千早君」
えっ?
「こんな所で寝ていたら風邪を引くよ?」
…私、いつの間にかソファーで寝てしまっていたみたい
21:
「すみません、社長…」
「なに、謝ることでは無いさ」
そう言って、向かい側のソファーに腰を下ろした社長
音無さんが二杯のコーヒーを運んでくれた
22:
「あの、社長」
「何かね?」
マグカップに視線を落とし、言うべき言葉を探した
けれど、思うように頭が働かない
私はまだ、目の前にいる相手にさえ、何かを伝えることはできないんだ…
23:
「ふむ。言いづらいことのようだね」
「そういうわけではなくて…何と言うか…」
「仕事のことかね?」
「はい…新しく頂いたお仕事なのですけれど…」
"頂いた"という事実も、私を苛つかせた
24:
自分の意志とは無関係に、半ば強制的に与えられた機会
しかも、自分で書いた歌詞ですら無い
これで一体何が届くのだろう?
安全な場所にいる子供の私に、何が贈れるというのだろう?
26:
「被災者を勇気づける、か…」
社長に向けて、一気にまくし立てた私
失礼なのは分かっているのだけれど…
自分では抑えようが無かった
あぁ、嫌だなぁ
こうやってどんどん自己嫌悪に陥っていくのよね、私
いつもそう
28:
「なぁ、千早君」
「はい」
「人間はね、喜びや悲しみを食べられないんだよ」
「…はい?」
すみません社長
おっしゃっていることの意味が…
30:
「サラリーマンに例えればだね、タイムカードを押さなければ生活していけないんだ。給料が貰えないからね」
「それは分かります」
「どれほど被災者のことを思っていても、それは変わらない。そうしないと寄付もできなくなるんだからね」
「…はい」
32:
「忘れたいわけじゃない。見捨てたいわけでもない。しかし、全てを器の中に収めてしまえるほど、人間は強くないんだよ。少なくとも私はね」
「私はもっと弱いです…」
自分のことですら持て余しているのだから…
仕事も感情も、何もかも
33:
「いや、偉そうなことを言ってしまったね」
「いえ、そんな…」
「年を取ると説教くさくなってしまってね」
「えっと…まだお若いですよ」
間違ってないわよね、この返し?
34:
「こういう言い方はズルいのかもしれないがね」
「何でしょうか?」
「君には歌がある。それが羨ましいよ。私は何も持っていないからね」
「…歌しか無いですから」
そう、歌ぐらいしか
35:
歌っているとき、私は幸せになれる
幸せな私が、そうではない人たちに向けて歌う
あっ!
"そうではない"なんて、勝手に決めつけてしまった!
何様のつもりよ、私!
他人が幸せかどうかを判断しようなんて!!
って、また悪循環な自己嫌悪…
我ながら面倒くさい性格ね…
37:
「歌だけでも十分じゃないか。ほとんどの人間は何も持たないんだからね」
「…ですが」
「もう一つ、ズルいことを言わせて貰おう。被災者の中にも、歌が好きな人たちはいたんじゃないかな?」
「…それは」
ズルいです、社長
本当に本当に
38:
「いまは歌う余裕の無い人、そして…」
もう歌えなくなってしまった人、ですか?
「しかし、君は歌うことができる」
「申し訳ありませんが、納得できません…」
「おや?私は説得しているつもりは無いんだがね」
…はい?
39:
「君が思っていそうなことを代弁しているだけだよ」
「私は…」
知っていた
歌の仕事を貰えて、本当は嬉しかったって
どんな理由にせよ、私の歌が求められているってことだから
けれど無理やり押し込めた
嬉しさよりも、申し訳なさの方が勝ってしまったから
40:
「まぁ、明日まで考えてみたまえ。経営者としては、オファーを断るようには言えないがね」
「はい…すみません、社長」
「それから、年長者としてもう一つ言っておくよ」
「はい」
社長は残ったコーヒーを飲み干した
私も、それに倣った
42:
「千早君。人間は、歌を愛しても構わない」
「はい」
「そして、歌以外のものを愛しても構わないのだよ」
「えっ?それはどういう…」
「ハハハ、そのうちわかるさ。では、失敬するよ」
「あ、はい…」
ソファーから立ち上がり、事務所から出て行く社長を見送った
雪はもう止んでいた
45:
部屋に帰り、灯りをつける
暖房と温かいココア
それから、お風呂に布団
小さな部屋の中に、いくつもの"温もり"
そしてステレオからは、私にとって一番の温もりが溢れ出てくる
47:
テレビをつけてみた
「海に流れだした瓦礫は2000万トンとも言われており、その一部が、早ければ今年の春にもハワイに辿り着くと予想されています。ハワイ周辺海域の生態系に与える影響が…」
社長の言葉を思い返した
「人間は、喜びや悲しみを食べられない」
明日になれば、漂流する瓦礫よりもタイムカードの方が大事になってしまう
このアナウンサーさんも、きっと同じ
48:
私は…
何をしたいのだろう?
歌うことしかできないのに、それすらも躊躇って
本心を押さえ込むためにあれこれと理屈をコネて
そして、暖かい部屋でココアを飲んで…
49:
歌以外を愛しても構わない、か
恋人でもできれば変わるのかしら?
…無理よね、こんな面倒くさい性格じゃ
誰も受け入れてはくれないわ
私が男だったら嫌だもの、私みたいな性格
はぁ…
50:
ステレオから優しいピアノのイントロが流れてきた
キャロル・キングのYou've Got a Friend
 君が名前を呼べば、いつだって駆けつける
 もう一度君に会うために…
私にもこんな素敵な曲が作れたらいいのに…
51:
君の友達、かぁ
春香なら…
歌うわよね、きっと
「私でも誰かの力になれるなら!」
って
春香はポジティブだから
私と違って
53:
ベランダに出て夜空を仰いだ
凛とした真冬の空気が、身体を包む
こうしている間にも海を渡る瓦礫
アルバムや写真も、きっと波に揺られているはず
誰かが残そうとした小さな思い出たち
私は…
何も残さなくていいの?
55:
「歌いたいなぁ…」
夜空に向かって呟いていた
吐き出した白い息がココアの湯気と混ざって、そして宙に溶けた
「歌ってもいいのかなぁ…」
答えなんて返ってくるはずもないのに、何度も呟いた
そのたびに、吐息と湯気は混ざり合った
58:
「おはよう、千早」
「おはようございます、プロデューサー」
日曜日の事務所は人気が少なくて、いつもよりヒンヤリしている
「あの、プロデューサー」
「ん?どうした?」
後ろで束ねた髪の毛が首筋に当たって、少しだけ冷たかった
60:
「オファーの件なのですが…」
「…やっぱり嫌か?」
「いえ…歌いたいです」
「お!その気になったか!」
正直に言うと、まだ揺れている
けれど…
それすらも贅沢なことに思えてきてしまった
歌えなくなってしまった人たちに対して
62:
けれど、歌うのも贅沢、歌わないのも贅沢というのなら…
私は、残す方を選びたい
届ける方を選びたい
波間に揺らぐ写真たちには遠く及ばないとしても…
私の歌を、誰かの思い出にしたい
いつかこの時代を振り返ったとき
「あの頃こんな歌が」
って言って貰えるように
63:
「それで、あの…」
「どうした?」
「曲のタイトルはもう決まっているのですか?」
「いや、まだだけど」
「でしたら…あの…タイトルだけでも決めさせて頂けないでしょうか?」
64:
「ふむ、タイトルか」
「無理…でしょうか、やっぱり」
「先方と交渉してみないと何とも言えないなぁ。ちなみに何てタイトルだ?」
「えっと…」
恥ずかしいな、やっぱり
自分のメッセージを伝えるって
65:
「お前、顔赤いぞ?」
「えっ!い、いえ、そんなことは…」
「言うのは恥ずかしいのか。じゃあ、コレに書いてみな」
スーツの胸ポケットからペンと手帳を取り出し、まだ真っ白なページを開いて私に差し出した
「は、はい」
微かに震える手でペンを持ち、ページいっぱいに書いた
Our Hands
66:
押し寄せる津波の中、必死で水を切った手
それを掴み、陸へと引っ張り上げた手
瓦礫を取り除き、遺体を運び、旗を立てた手
遺体の口の中から土砂を取り除いた手
冥福を祈るために合わせられた手
遺体を埋葬した手
そして、まだ無力な、私の手
67:
「…俺の手も無力だよ」
「それでも構わないんです。一人の小さな手、何も出来ないけど、って歌があるでしょう?」
「みんなが集まれば何か出来る、か」
「はい」
「分かったよ。先方に伝えておく」
「ありがとうございます、プロデューサー」
68:
私は、喜びも悲しみも食べられない
けれど、思いを馳せることはできる
遠く離れた、優しい手の持ち主さんのことを
いまはそれが精一杯だけれど…
いつかその人たちと手を取り合い、歌える日がくると信じたい
69:
春の香りを纏い始めた風が、頬を撫でていく
地上を照らす陽光もずいぶん柔らくなっていて、心地良い
"あの日"から明日で一年を迎える
テレビはどこもその話題
私の曲はそれほど売れなくて、残念ながら"鳴り響く"という感じにはならなかった
70:
怒られてしまうかもしれないけれど、私はそれでも構わない
今回だけは、だけれど
誰か一人の"思い出"になれたのなら、それは素敵なことだと思うから
ベランダに出て、太陽に向けて手をかざしてみた
小さな小さな私の手
きっと繋がる、私たちの手
お し ま い
71:
終わった…
支援感謝
読み返してきます
7

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