キリコ「所詮、遊びだ」 セシリア「何ですって?」【後半】back

キリコ「所詮、遊びだ」 セシリア「何ですって?」【後半】


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5:
ズパパパパッ
キリコ「くっ……(サプレッサー付きの銃か……)」
シャル「キ、キリコ! こっちが確か出口だったよね!」
キリコ「あぁ! そっちに走れ!」
シャル「わかったっ!」
キリコ「……」
シャル「くっ……」
ドンッ
486:
シャル「痛っ!」
キリコ「どうした」
シャル「く、暗くて壁にぶつかっただけ……あれ、ここがそうだ! ここが出口だよキリコ」
キリコ「……開かないぞ」
シャル「えっと、どこかに手動で開けられるのが……あった」
キリコ「急げ」
シャル「わ、わかってる……」ピピピッ
キリコ「……」
シャル「だ、ダメだ! キ、キリコ! 隔壁でロックされてるよ!」
キリコ「何?」
ズパパパパッ
キリコ「こっちだ!」
シャル「う、うん!」
487:
――
 第六話
 「凶器」
――
488:
ウォッカム「作戦はどうだ」
ルスケ「はい。キリコ、デュノア両名逃亡中です」
ウォッカム「妨害対策は予定通りか」
ルスケ「アリーナに取りつけられた隔壁は、全てが対IS用の物です。キリコ達の逃亡ルートは予想通り。
 隔壁をそれに合わせ閉じている為、彼らは完全に檻の中、という訳です」
ウォッカム「ここまでは予定通り、か」
ルスケ「しかし、閣下……デュノアとキリコを、一緒にしてもよろしかったのですか?」
ウォッカム「人工異能生存体の性能及び洗脳の結果を見る良い機会だ」
ルスケ「ですが……」
ウォッカム「ルスケ。異能生存体の定義を忘れた訳ではあるまい。どんな過程を用いようとも結果的には生き残る。
  それが、奴らだ。異能生存体だ」
ルスケ「はい、それは心得ております……」
489:
ウォッカム「完全に閉じられた環境の中での襲撃、それを兵士と子供の二人だけでどう生き残る。
  運か? 技量か? それだけでは無理だ。奴らが、死なない生命体でなければ、生き残る事など不可能だ」
ルスケ「……」
ウォッカム「私は見たい。ヤツがいかにして異能と呼ばれるかを……何を捻じ曲げ、何を糧にするのかを……」
ルスケ「……」
ウォッカム「ルスケ。お前も、そう思うだろう?」
ルスケ「……はい」
ウォッカム「ふふふっ……」
490:
シャル「キ、キリコ! どうするの!?」
キリコ「……この先に、訓練機の格納庫があったはずだ」
シャル「そ、それを動かすんだね?」
キリコ「……が、普通に行けば扉は閉じられているだろう」
シャル「じゃ、じゃあ、どうすれば」
キリコ「……通れるかわからないが、道はある」
シャル「本当に?」
キリコ「……ついてこい」
シャル「うん!」
――
491:
箒(……ふらっと、来てしまった……キリコの部屋に……)
箒(……この部屋の前に来るのも、そうなくなるのか……)
箒(いざこうなると、何か虚しいな)
箒「……」
箒(だが……キリコとの訓練も、もう習慣になった……ふふっ、良い事だ)
箒(……キリコも……笑ってくれるようになった)
箒(それに……)
箒「……」ゴクッ
箒(私の……こ、こ、告白も……真正面から受けてくれた)
箒(出会ってすぐの時は、会話すら碌に出来なかったというのに……)
箒(……少しは、心を開いてくれるようになったということか……)
492:
箒「……うん」
箒(まだまだ一学期だ……これからキリコとは三年間は共にいる事になるのだからな……ゆっくり、焦らずいけばいい)
箒(そして、来月のトーナメントで勝ちさえすれば……)
箒(……)
箒(もう、過去は必要以上に追わない。今のキリコも、昔のキリコも、キリコなんだ。それは、変わらない)
箒(キリコさえ……いてくれれば……)
箒(生きてさえ、いれば……)
箒「……」
箒(……戻るか)
493:
「あれ、あんた……」
箒「……ん? なんだ、お前達か」
セシリア「あら? 箒さん」
鈴「なぁに? こんな時間に散歩? 良い御身分ねぇ」
箒「私は訓練の後片付けをしていて、遅くなったのだ。お前達と一緒にするな」
鈴「まーたあの剣道ってヤツでしょ? キリコってAT乗りなんだから、剣なんて使わないんじゃないの?」
セシリア「そうですわ。キリコさんは精密な射撃の腕をお持ちですもの。剣道なんて野蛮なもの、必要無いんじゃなくて?」
箒「使わなくても、武の道はどれも同等に精神の頂に通じている。精神を極めれば、戦場でも大いに役立つだろう」
鈴「どうだか……」
セシリア「日本のブシドウというものでしょうか」
箒「そう解釈していろ。それで、お前達はこんな所で何をしてるんだ」
鈴「あたしら? あたしらはキリコの部屋行こうと思ってね」
セシリア「えぇ、そうですの」
494:
箒「なっ……なんだと!?」
鈴「シッ。声デカイわよ」
箒「わ、悪い……いや、そうじゃない。なんでキリコの部屋なんかに行こうとしているんだ」
鈴「あのシャルルって子と仲良くやってるか不安で……良い子そうだけど、ちょっと気弱そうだから、キリコに気圧されそうじゃない?」
箒「ま、まぁ……そうだな」
セシリア「ですから、シャルルさんがキリコさんとゆったり会話できるようにと思い、こうして私達が紅茶やお菓子をお持ちして来ましたのよ」
箒「そ、そうか……」
セシリア(……お昼の挽回もしなければなりませんし……)
鈴「で? そっちも一緒にどう?」
箒「い、一緒に良いのか?」
495:
鈴「こういうのって、人数多い方が良いんじゃないの? セシリアだけでも十分過ぎる程うるさいけどさ」
セシリア「だ、誰がうるさいんですの!」
鈴「それよそれ……もう夜なんだからトーン落としなさいよ」
セシリア「も、申し訳ありません……」
鈴「で、帰るの? それとも入るの?」
箒「……い、行くに、決まっている。お前達だけでは、心配だからな」
鈴「そっ。じゃあ決まりね」
セシリア「まぁ、どうしてもと仰るのですから、仕方がありませんわね」
鈴「アンタだってキリコの部屋行こうとしてあたし見つけて、無理やりついて来たんじゃない……」
箒「ほら、早くノックでもしろ。消灯時間まであまり無いからな」
鈴「はいはい」トントンッ
セシリア「こ、今度こそは……おいしいと言わせてみますわ……」
箒(……あの手に提げているヤツに入っているのは……また料理なのだろうか……)
496:
鈴「……んー、返事無いわ」
箒「……あぁ、そう言えば……シャルルが特訓の後に、キリコと一緒にどこかへ行ったようだったが……」
セシリア「まだお帰りになられていない、という事でしょうか」
鈴「なぁんだ、案外仲良くやってんのか。まっ、まだちょっと時間あるし、ここで駄弁りながら待ってますか」
箒「いや。シャルルとキリコが仲良くしてるなら、その必要は無いんじゃないか」
鈴「アンタだって、あれが建前なのわかってんでしょ? あんな行動したのに、言わせんじゃないわよ」
箒「な、何の事だ」
鈴「ふーん……シラを切るんだ……」ニヤッ
セシリア「な、なんですの鈴さん。その含み笑いは」
鈴「まぁいいわ。あたしはあの噂の発端、知ってるからね」
箒「そ、それは……」
鈴「まっ、それでいいのよ。それで。ウジウジしてるの見るよりは、スパッと抜け駆けされるくらいの方が断然良いから」
497:
セシリア「ぬ、抜け駆け!? ほ、箒さん!? 一体キリコさんに何をしましたの!」グワッ
箒「お、おいなんで寄るんだ……なんだこの臭いは!」
セシリア「臭いなんて知りません! 一体キリコさんに何をしたかと聞いています!」
箒「うぅ、臭い……わ、私は、別に何も、していない……」
セシリア「目が泳いでますわよ!」
鈴「はいはいはい、騒がない騒がない。イギリス淑女とかいうヤツは騒がないんじゃないのー普通」
セシリア「くんぬっ……」
鈴「しっかし、もうそろそろ消灯だってのに、ホント来ないわね。何してるのやら」
「おい、お前達。ここで何をしているんだ」
鈴「……げっ、この声は……」
498:
千冬「何が、げっ、だ。この小娘」
箒「お、織斑先生……」
千冬「もう消灯時間だぞ。早く部屋に戻れ」
セシリア「そ、その……キリコさん達に用事が……」
千冬「明日でも良いだろう。それとも、何か急用か(なんだ、妙な臭いが……)」
鈴「きょ、今日の昼に、シャルルの歓迎会的なものをやっていて、その時にお弁当の交換してたんですけど……。
 わ、私の分が多すぎて、二人に後で部屋で食べてと渡したんですが……明日自分も使うので早めに返して欲しいなぁ、なんて……」
千冬「……」
鈴「あ、あの……えっと、何て言うか……その、金欠で、購買行く余裕もないんですよぉ……」
千冬「……はぁ、しょうもない。ここにマスターキーがあるから、私が入って取って来てやる。
 勝手に入るのは悪いだろうが、お前らにここに長居されても困るしな」
鈴「あ、あはは……すみません……」
セシリア「ちょ、ちょっと鈴さん。これじゃ結局帰る事になってしまいますわ」コソコソ
鈴「しょ、しょうがないじゃない。咄嗟に浮かんだのがこれなんだから……」コソコソ
千冬「……何をコソコソとしている」
499:
鈴「な、何でもありません!」
千冬「……」
鈴「あ、あはは……」
千冬「……特徴は」
鈴「はい?」
千冬「その箱の特徴だ」
鈴「あ、えっと、なんてことない普通の弁当箱なんですけど……」
千冬「なんだその抽象的な……まぁいい。えっと、これがマスターキーだったか……」シャコンッ
ガチャッ
鈴「……」
箒「……」
セシリア「……」
ガチャッ
500:
千冬「それらしきものは無かったぞ。部屋に二人ともいないし、どこか外でその弁当の残りとやらを食べているんじゃないのか」
鈴「そ、そうでしたか……」
千冬「全く、こんな時間まで外をほっつき歩いているとは……お前達もだ。早く自室に戻れ」
セシリア「そ、そんな」
千冬「何か……文句があるのか」
セシリア「め、滅相もございません……」
千冬「なら帰れ。これから私はここでキュービィー達を待ち、その後たっぷりグラウンドで鍛えねばならんからな」
箒(シャルル……初日から災難だな)
千冬「寄り道するなよ」
鈴「は、はーい。わかりましたぁー」
セシリア「は、はいっ(あぁ……せっかく丹念に作った料理が……)」
箒「わ、わかりました(まぁ、キリコにとって、グラウンド仕置きの方があの料理を食べるよりはマシか……)」
501:
ハァ……コノオリョウリドウイタシマショウ
ネズミデモタベナイワヨソレ ハカマデモッテキナサイ
ナ、ナンデスッテ!?
千冬「……全く、騒がしい奴らだ」
千冬「……」
千冬(……キリコの友人、か)
千冬(あまり積極的に心を開こうとしないキリコだ……そういうものができないのではと心配していたが……杞憂だったな)
千冬(それどころか……友情を通り越して、恋愛感情まで抱かれるとは……どこでそうなったのやら)
千冬(……レッドショルダー、か……)
千冬(最強のAT部隊、吸血部隊……)
千冬(何故、アイツが……)
千冬「……」
千冬(……ペールゼン、か……)
千冬(……人と違う、という事は、疎まれ易い……)
千冬(しかし、同時にそれに魅入られる者もいる、か……)
千冬(……)
千冬「……遅いな」
――
502:
「どこに行った!」
「観客席、確認完了。見当たりません」
「ロッカールームに戻れ!」
タタタタッ
キリコ「……」
シャル「……」
キリコ「行ったぞ。音を立てずに進め」
シャル「う、うん……でも、こんなダクトを通るとは思わなかった……」
キリコ「……」
シャル「僕でも結構ギリギリなんだけど、キリコは大丈夫?」
キリコ「俺の心配より、先に進む事を考えろ。そして、あまり喋るな」
シャル「わ、わかった……」
キリコ「……」ゴソゴソ
シャル「……」ゴソゴソ
喋るなと言ったのは、単に敵に発見されるリスクを考えて言った訳では無い。
俺は、ただひたすらこの襲撃の理由を、沈黙に埋めて思索したかった。
狭く、暗く、息苦しい。奇妙な同居人と共に、そんな道を這いながら、狙われる理由を考える。
見当など、つくはずも無いのに。
503:
シャル「……キリコ。次は、どっち」
キリコ「……上だ」
シャル「わ、わかった……」
キリコ「……昇れるか」
シャル「う、うん……出っ張りがあるから、なんとか」
キリコ「……そうか」
シャル「……んしょ」ゴソゴソ
キリコ「……」
504:
シャル「よっ……と……昇っていいよ、キリコ」
キリコ「……」ゴソゴソ
シャル「ちゃ、ちゃんとついてきてる?」
キリコ「あぁ……もう後ろにいる」
シャル「わ、わかった……」
キリコ「……もうすぐだ」
シャル「うん……」
505:
ウォッカム「キリコ達は、ダクトへ行ったか」
ルスケ「はい。どうやら、格納庫の方へ向かっているようです」
ウォッカム「妥当な判断だ」
ルスケ「……いかがなされますか。実行部隊に、連絡は」
ウォッカム「勿論しろ。そうでなくては意味が無い」
ルスケ「はっ……キリコ達はダクトを通り、格納庫へ逃走中だ。各人、ルートを確認し、キリコ達を射殺せよ」
ウォッカム「……」
506:
キリコ「……もう少しだ」
シャル「う、うん……」
タタタタタッ
キリコ「……こっちに来た。一旦止まれ」
シャル「……」
507:
「……撃て!」
ズパパパパッ
ガキンガキンッ
キリコ「!?」
シャル「キ、キリコ!? 凄い音したけど!」
キリコ「ダクトにいるのがばれたか、早く行け!」
シャル「わかった!」
「斉射!」
ガキンガキンッ
キリコ「急げ!」
シャル「わ、わかってるよ!」
508:
ガキンガキンッ
ボコンッ
キリコ「っ!」
シャル「わぁっ!」
ドサッ
「音がしたぞ!」
「行け!」
キリコ「くっ……脆い場所に二人でいたせいで、抜けたか……」
シャル「いたた……キ、キリコ……大丈夫?」
キリコ「足を、捻ったようだ……」
シャル「そ、そんな」
509:
キリコ「逃げろ。俺は置いていけ」
シャル「だ、ダメだよ! そんなこと!」
キリコ「他人を思って死ぬ事に、何の意味がある。早く行くんだ」
シャル「で、でも!」
キリコ「いいから行け。俺は丸腰じゃない、お前が格納庫に行くのか逃げるのかは知らんが、時間を稼ぐなり何とかしてやる」
シャル「……そ、そんなこと……」
キリコ「……もう敵が来る。急ぐんだ」
シャル「キ、キリコを見捨てていく事なんてできないよ!」
キリコ「……なら、後で格納庫で落ちあおう。今は急を要する。それで、文句は無いな」
シャル「……」
キリコ「……お前は、なるべく死なせたくない。ただの人間が、戦場で死に急ぐ事は、ない」
シャル「……わかった。死なないで、絶対に」
キリコ「あぁ」
タタタタッ
510:
キリコ「……」
「ターゲットが単独で逃亡中だ」
「撃て!」
キリコ「……」バンッ
「がぁっ!」バシュッ
「一人隠れていたか」
「カバーしろ」
ズパパパパッ
キリコ(……弾は、残り三発か。どこまで時間を稼げるか)
キリコ「……やるだけだ」カチッ
511:
シャル「はぁはぁ……」
シャル(キリコが時間を稼いでくれてる間に、急いで訓練機を取りに行かないと……)
シャル(キリコの持っていたあの銃の弾薬、絶対に少ないよ……)
シャル(いくら兵士と言えど、多勢に無勢過ぎる……)
タタタッ
シャル(たしか、あの角を曲がれば……)
タタタタッ
ブンッ
シャル(角からの待ち伏せ!?)
512:
グワァッ
シャル(いや、見える!)
シャル(ここで、取って!)ガシッ
「っ!」
シャル(肘で腋の下を打ち!)バキッ
「ぐおっ」
シャル(懐に入って、投げる!)ブンッ
「ぐはっ!」
シャル(そして奪った銃で……)パシッ
「くっ……」
513:
シャル(撃つ……)
カチッ
「……」
シャル「……」
514:
シャル(撃つ? 撃つって何さ)
シャル(それじゃ、人殺しじゃないか……)
「こ、このっ!」
シャル「……」ブンッ
「がっ……」ゴンッ
ドサッ
シャル「はぁ……」
シャル(おかしい……普通だったらあんな事考えないのに……)
シャル(キリコを撃とうとした時もそうだ……衝動的に、キリコを撃ちたくなった……)
シャル(まるで……冷淡な獣が、自分の中にいるみたいな……)
シャル「……」
タタタタッ
シャル(お、追っ手が来た……今は、逃げないと……)
シャル「……」タタタタッ
――
515:
鈴「はぁーあー……まさかあの先生に見つかるとは……頑固で融通利かない感じだから、苦手なのよねぇ……」
箒「仕方が無いさ。消灯時間直前まで、ほっつき歩いていたのだからな」
鈴「いいじゃんちょっとくらい……」
セシリア「規則を破る、というのは確かに悪い事ではありませんが、あまり固執遵守するのも人間らしいとは言えませんものね」
鈴「……何を突然真面目な事言ってるのよ。まぁいいわ、ちょっと歩きまわって、探してみますかー」
箒「おいおい。今さっき帰れと言われたばかりだろうが」
鈴「このままじゃ寝る気にもなれないわよ。それに、見つからないように動けばいいだけだし。これでもそういうのは自信あるのよ」
箒「だ、だからと言ってな……」
セシリア「もし見つかったらどうしますの?」
鈴「その時はその時よ。で、二人も来る?」
箒「わ、私は……」
516:
セシリア「私は行きませんわ。それで後々、キリコさんにご迷惑をかけるのも、如何なものかと存じますので」
鈴「えー、せっかく料理作ったのに、セシリア帰っちゃうのかー。そっかー」
セシリア「な、なんですの」
鈴「このままじゃキリコにレーション以下の女ってレッテル貼られたまま日を跨いじゃうのかー。
 あたしだったらそんなの我慢ならないのになー」
セシリア「ぐっ……」
鈴「いやー、それは今後致命的だろうなぁー。料理出来ない女の人って、配点低いと思うんだけど、それ払拭しなくていいのかなー」
セシリア「い、行きますわ! このセシリア・オルコットが手塩にかけて作った最高の料理を携えて!」
鈴「それでこそイギリス淑女よ!」
セシリア「当然ですわ!」
箒「お、おい……せめて声は抑えろ……」
517:
鈴「それで、箒さんは来ないんですかー」
箒「ぐっ……わ、私は行かん。無駄に長く起きていては、体調管理ができなくなってしまうからな」
鈴「つれないわねー。まぁいいわ、箒がいない間に、キリコ達と相当仲良くなっちゃうから、覚悟しときなさい」
箒「……わかった、行く。行けばいいんだろ」
鈴「そうそう。それでいいのよ」
セシリア「さっ、行きましょう鈴さん。時間が惜しいですわ」
鈴「(その料理らしきものじゃ、もっと酷くなるだけだと思うけど)まっ、じゃあそうしましょっか」
箒「どの辺にいるとかは、検討もつかんがな」
鈴「うーん……とりあえず、アリーナじゃない?」
箒「ふん……まぁ、それ以外行く所もあまりないだろうしな。だが、大きな場所だし、見回りもいるんじゃないか?」
鈴「平気平気、静かにして警戒してれば大丈夫よ」
箒「……」
箒(なんだろうな……妙な胸騒ぎが)
セシリア「箒さん。ボーッとしてますと、置いていきますわよ」
箒「わ、わかっている」
箒(……さっさと見つけて寝るか。そうしよう)
箒「……」
――
518:
シャル「はぁはぁ……」タタタッ
シャル(キリコが言っていた場所は……ここだ!)
シャル「……」ドンドンッ
シャル(ダメだ、やっぱり開かない……)
シャル(ど、どうしよう……ロックの開け方なんて、専門じゃないし……)
シャル「……」キョロキョロ
シャル(……こうなったら……)
シャル「……えぇいっ!」
ガキンッ
ジジジジッ
シャル「……」
シャル(うわ、ロック壊れたけど開かない……)
519:
「ヤツは格納庫の前にいる!」
「早く行け!」
シャル「やばっ」
シャル(ど、どこか隠れられる場所は……)
シャル「ん?」
シャル(……あの壁のでっぱり……登れそう)
シャル「……」スタタタッ
タンッ
シャル(壁をよじ登って……)
ガシッ
シャル(へりをつかめた……)
シャル「よっと……」グイッ
シャル(ふぅ……なんとか見られる前に登れた……)
520:
タタタタッ
シャル「……」ドキドキ
「……」
シャル(ばれないで……)
「……はい……はい」
シャル「……」ゴクリッ
521:
「……了解。あのへりの上だ」
シャル(なっ、ばれた!?)
ズパパパパッ
シャル「くっ……」
シャル(お、応戦しないと……)
シャル「はぁ……はぁ……」
シャル(撃てるの? 人を? 僕が?)
522:
カキンッカキンッ
シャル「つっ……」
シャル(迷ってる場合じゃない……)
シャル(見ないででも良いから、銃だけ出して撃つなりしないと……)
シャル「……くそっ!」
ズパパパパッ
「カバーしろ!」
シャル「うわぁああーっ!」ズパパパパッ
カキンカキンッ
シャル「当たれぇええーっ!」ズパパパパッ
523:
カチッ カチッ
シャル「はぁはぁ」カチッ カチッ
シャル(も、もう弾切れ……)
カキンカキンッ
シャル「くっ……」
シャル(マズイ……どこかに逃げないと……)
カランッ
524:
シャル「……ん?」
シャル(い、今のは……グレネード、だ……)
シャル「マ、マズイ!」バッ
ドカァアンッ
シャル「ぐぅっ……」ドサッ
シャル(ば、爆風と破片は何とか避けれた……)
「こいつっ!」
「出てきたぞ!」
シャル「くっ……(い、今ので……か、体が……)」
「ダァッ!」ゲシッ
シャル「ぐあっ!」
「一名確保。いかがしますか」
525:
ルスケ「……デュノアを、捕えました」
ウォッカム「是非も無い。殺せ」
ルスケ「はっ」
シャル「……」
「……」
シャル(ぐっ……なんとか、動かないと……)
「動くんじゃない……」カチッ
シャル「くっ……」
526:
シャル(……なんで……)
シャル(なんで……なんでなの……なんでこんな、ISもつけてないのに……銃を向けられてるのさ……)
シャル(やだ……いやだよ……)
「……了解しました」
シャル(訳もわからないまま、襲撃されて……)
シャル(だ、誰なのかもわからない人達に、命を狙われるなんて……)
「……」
「……」
「……」
シャル(皆、僕を殺そうと、見てる……)
シャル(み、見るな……見ないで……)
シャル(こんな、こんなところで……)
527:
「……」グイッ
シャル「ぐっ……」
「……お前は、ここで殺す事となった」
シャル「っ……(こ、殺される……)」
「悪く、思うなよ」
シャル(……僕が、何をしたっていうんだ……)
シャル(僕が……)
シャル「しに……たく、ない……」
528:
シャル(死にたくない……)
529:
シャル(死にたくないっ)
530:
シャル(死にたくない!)
531:
「……」ブンッ
シャル(自分の身体が、投げられてる……)
シャル(この体が、壁にぶつかったら……撃たれるのか……)
シャル(いや、それよりも早いのかも)
シャル(……なんだか……あっけなかったな)
シャル(ゆっくり……時間が流れてる……)
シャル(……嫌だ)
シャル(……嫌だよ)
シャル(こんなのっ……)
532:
ドンッ……
シャル(……)
シャル(……このまま跳ね返って……)
シャル(撃たれて……終わるだなんて!)
533:
シュウウウッ
シャル「くっ……」
シャル(……)
シャル(……あれ?)
シャル(まだ、僕、落ちてる?)
シャル(なんか……滑ってるような)
ドサッ
534:
シャル「痛っ!」
シャル「……つつっ……」
シャル(あれ、ここどこ?)
シャル(少し明るい……外?)
シャル「……」キョロキョロ
535:
シャル(……外だ……)
シャル「……そ、と……」
シャル「外だ!」
シャル「で、でも……なんで……」
シャル(ここは……ゴ、ゴミ捨て場か……)
シャル「じゃあ、今滑ってきたのは……ダストシュート……」
シャル「……」
シャル「は……ははっ……」
シャル(い、生きてる……僕は……生きてるぞ……)
シャル「……」
シャル(いや、まだ追ってくるかもしれない。早くここから逃げないと)
シャル(外に出たなら、助けも呼べる。早くキリコも助けないと)
シャル「くっ……体が、痛いな……」
シャル(……何か考えるよりも、早く行かないと……)
シャル「……待ってて、キリコ」
――
536:
ルスケ「何!? 逃しただと! あの状況でか!」
「も、申し訳ありません……まさかあんな場所に、ダストシュートがあったとは……。
 暗視ゴーグルでも、同化していて見えませんでした……」
ルスケ「……ぬぅっ……閣下、如何なされますか」
ウォッカム(……成程)
ウォッカム「そろそろ、撤収を考えた方がよさそうだな。外に出たとなれば、必ず救援要請に行くだろう」
ルスケ「で、ですが……まだキリコの方が」
ウォッカム「わかっている。何か動きがあれば、即時撤収命令を下す。それまでは行動を続けさせろ」
ルスケ「畏まりました」
ウォッカム「……なる、ほど……」
――
537:
箒「……おい」
鈴「何よ」
箒「何もこんな裏道通らなくても良いだろうが」
鈴「潜入の基本と言ったら裏道でしょうが」
箒「……何処の情報だそれは」
セシリア「見つかりにくい方に、越した事はありませんわ」
箒「まぁ、それはそうかもしれんが……」
鈴「コソコソってのが割に合わないと抜かさないでよ……うっ、なんか臭ってきた」
セシリア「……何か妙な臭いがしますわ……ゴミ捨て場でしょうか」
鈴(ゴミの臭いはわかるのに、自分で下げてるものの臭いはわからないの……器用な鼻ね……)
箒(……もはや、何も言うまい)
538:
セシリア「うぅ……やはり、道を変えません事? こう臭いがしては……」
鈴「えぇー、アンタまでそんな事言うのー……」
セシリア「で、ですが……服に臭いがついてしまいますわ」
鈴「もうここに来る前から手遅れだと思うよ」
セシリア「はい?」
鈴「あぁー……もういい……」
ガサガサッ
鈴「っ! ヤバ、隠れて!」グイッ
箒「おわっ」
セシリア「きゃっ」
539:
「……」
鈴「……見回りの先生? それとも用務員?」ヒソヒソ
箒「し、知らん。だがここはやはり一時撤退すべきだ」ヒソヒソ
セシリア「ど、どうしましょう」ヒソヒソ
「……だ、誰か……いるの?」
鈴「ヤバッ」タタタッ
箒「あっ! 一人で逃げるな!」
セシリア「お、お待ちになって!」
タタタタッ
「……」
……
540:
鈴「はぁはぁ……まさか、人がいるとは思わなかったわね……」
箒「き、貴様……何故一人で逃げた……」
セシリア「は、薄情者、ですわ……」
鈴「しょ、しょうがないじゃない……あんなの……」
「何が、しょうがないんだ?」
鈴「そりゃ、見つかったらグラウンドを死ぬ寸前まで走らせられたりするからに決まってん……で、しょ……」
千冬「ほう……それが所望か、良いだろう」
箒「お、織斑先生……」
セシリア「こ、これは……その……」
千冬「ったく……キュービィーとデュノアが一向に帰って来ないから探しに来たら、お前達に会うとはな」
鈴「い、いやぁ……あたし達もちょうど探してる途中でして……お手伝いをと……」
千冬「あぁ?」
鈴「すいませんなんでもないです」
541:
千冬「……はぁ、まぁいい。今日の見回りは私だけでな、お前らも手伝え。それからグラウンドを嫌という程走らせてやる」
箒「なっ」
セシリア「そ、そんな……」
鈴「け、結局走るんですか……」
千冬「当然だ。全く、お前らみたいな不良生徒のせいで苦労するこっちの身にもなってみろ……この広い校舎を一人で見回らねばならんのだからな」
鈴「はーい……」
セシリア「わかりました……」
箒「……ん?」
千冬「なんだ、何か文句でもあるのか」
箒「い、いえ……ただ、一人で見回りをしていると仰ったので……」
千冬「そうだ……まさかお前、何か邪な考えでも浮かんだか?」
箒「ち、違います。先程、アリーナ裏のゴミ捨て場付近で、その……人がいたようで……」
千冬「……人?」
542:
箒「はい。先生一人で見回りをなされているのであれば、一体誰が……」
鈴「キリコ達じゃないの?」
セシリア「……確かに今思うと……あの声はシャルルさんのものだったような……」
千冬「ほう……それは本当か」
箒「は、はい」
千冬「……行くぞ。ついてこい」
箒「わかりました」
鈴「はぁ……」
セシリア「この料理……どうすればいいのでしょう……」
千冬(……この妙な臭いはあれからしているのか?)
千冬「……まぁいい。ほら、キビキビ歩け」
箒・鈴・セシリア「「「はーい……」」」
――
543:
キリコ「……」
ズパパパッ
キリコ(足は何とか走れるようにはなったみたいだが……残弾を考えると、あまり長くは持ちそうにないな)
キリコ「……」カチッ
バンッ
カキンッ
キリコ(後二発……)
キリコ「……」タタタッ
「撃て!」ズパパパッ
キリコ「……」タタタッ
キリコ(シャルルは、逃げられただろうか……)
キリコ「……」ザッ
キリコ(……今は、関係無い。ここでまた、粘るだけだ)
544:
カチンッ
キリコ「……」
カランッ
キリコ(グレネードか)
ビュッ
コロンッ
キリコ(2……)ダッ
ゲシッ
ヒューン……
キリコ「……」バッ
キリコ(……0)
ドカァアンッ
545:
キリコ「……」
キリコ(やっては、いないか)
ズパパパパッ
キリコ「……」
この襲撃は何なのか。この前の事件と関係があるのか。
それとも俺だけではなく、あのシャルルも狙われているのか。
これも、観察の一部なのか。
思考が廻る。それでも、体は戦場に対し、適切な対応をとっていた。
命のやり取りではない、冷徹な作業のように。
546:
キリコ「……」ダッ
「また逃げたぞ!」
「……上から行け。そこから叩くんだ」
「はっ」
キリコ「……」タタタッ
キリコ(……シャルルは、格納庫に着いたか、あるいは逃げたか。それとも……)
キリコ(……俺には、関係無い……)
キリコ(……自分の心配を、するしかないんだ)
キリコ「……」バンッ
「ぐお……」パシュゥンッ
キリコ(……キリが無いな)タタタッ
カランカランッ
ドゴォオンッ
キリコ「……」タタタッ
キリコ(……アイツが正直に待っているのなら、俺も格納庫に向かうしかないか)
キリコ(……こっちのはずだ)
547:
ブンッ
キリコ「!?(上からか!)」
バキィッ
キリコ「ぐはっ……」
「くらえっ!」ビュンッ
キリコ「つっ……」バキィッ
「捕縛成功。射殺します」
ルスケ「……今度こそ、外す事は無いでしょう」
ウォッカム「……ルスケ……これから起こる事から、目を逸らすんじゃないぞ」
ルスケ「……先程のように逃げ場も完全に無い状態で、一体どうやって……」
ウォッカム「……見ているんだ」
ルスケ「……」
548:
キリコ「……」
「手間を取らせやがって」カチッ
キリコ「っ……」
バキュゥウウンッ
「……」
「……」
「……」
カランッカランッ……
ルスケ「……」
ウォッカム「……」
「……」
549:
ルスケ「……馬鹿な……」
「……おい」
ウォッカム「……これが……」
「何故だ……」
550:
「何故、弾が外れている……」
キリコ「はぁ……はぁ……」
ルスケ「あ、ありえん事だ……」
「……」
「……し、指令……い、如何いたしますか」
ルスケ「も、もう一度撃て」
「了解……もう一度だ」ブンッ
キリコ「ぐっ……」ドサッ
「……」
「今度こそ殺せよ……この距離で外したなんて笑いもんだぜ」
「わかっているっ」
キリコ「……」
551:
俺を見つめる銃口。
しかし、その視線は、俺を捉える事は無い。
バキュゥウンッ
死は俺に、触れようとすらしないらしい。
バキンッ
552:
キリコ「……」
「っ!」
「!?」
「ば、馬鹿なっ……」
ルスケ「い、今のは……」
ウォッカム「……ルスケ、スローで巻き戻せ。画質も鮮明にするんだ」
ルスケ「は、はい……」カチカチッ
ウォッカム「……」
ルスケ「こ、ここからです……今まさに、発砲を……」
バキュゥウウンッ
ルスケ「……」
ウォッカム「……」
バキンッ
553:
ルスケ「……まさか……」
ウォッカム「……あり得ん事だ……今の現象が……」
ウォッカム「異能……生存体……」
554:
キリコ「……」
「……」
「お、おい……」
「な、なんだ」
「もう一度……撃たないのか」
「……」
ビーッビーッ
「ど、どうした!」
「撤退命令だ。どうやら、感づかれたらしい」
「くっ……だが、今度こそ……」
「……こいつには、触れない方が良い。こいつは、わからないんだ……理解できない」
「……そ、そう……だな」
555:
キリコ「……」
俺を目の前にして突如撤退を始める奇襲部隊。奇襲の目的。
そして、この状況で生存している自分自身。シャルルの安否。
何もかもがわからなかった。
いや、一つは……知っている。
……ただ、わかりたくは、なかった。
それだけだ。
キリコ「……」
恐ろしく無味乾燥とした生の味を噛みしめた途端、俺の意識が溶けていった。
遠ざかって行く重苦しい足音と共に、聞こえるはずもない遠くの方から、小さな足音が聞こえたようなした。
まどろみの中、どこか聞いたようなその足音に安寧を覚え、俺は気を失ったのだった。
――
556:
「ヤツらが来る!」
「ダメだ! この研究成果を……こんな所でヤツらに!」
「燃やせ! ヤツらの手に渡らないように!」
「うわぁっ!」
「せめて……せめて――だけは逃がすんだ! あの子だけは!」
557:
「なんで……なんでよ……」
「もっと……もっと早くこれを完成させていれば!」
「これを……」
「……」
「お願い……――ちゃんと一緒に逃げて……なんとか、してみせるから」
「だいじょーぶ! なんてったってこの天才――」
558:
「ほのおが、こんなところまで……」
「あ、あの音だ……あの、高い音……」
「――! 早くこっちに!」
「手を、はなさないで……」
559:
「きゃあっ!」
「ダメ! ――ッ!」
「――ッ!」
560:
「キリコォーッ!」
――
561:
キリコ「っ!」ガバッ
「うわっ! キ、キリコ!?」
キリコ「はぁ……はぁ……」
箒「お、起きた……キリコが……」
キリコ「……」
箒「よ、良かった……本当に……無事に、戻ってくれて……」グスッ
キリコ(さっきの声は……一体……)
キリコ(……サンサの……あの時の……)
箒「だ、大丈夫か? 顔色が悪いが……」
キリコ「……ほう、き……」
箒「あ、そうだ……お前が起きたら知らせろと言われていたんだ。すまん、すぐに先生を呼んでくるからな」
562:
キリコ「っ……待て」ガシッ
箒「……キ、キリコ?」
キリコ「……」
箒「……」
キリコ「……」ググッ
箒「い、痛っ……」
キリコ「……」
563:
箒「痛いぞ……キリコ……」
キリコ「っ……すま、ない」パッ
箒「……」
キリコ「……」
箒「……えっと……」
キリコ「……突然掴んで、すまなかった」
箒「え? あ、いや、その……」
キリコ「……」
箒「……すまん……」
564:
キリコ「……」
箒「……じゃ、じゃあ……皆を、呼んでくる、な?」
キリコ「……あぁ」
箒「……それじゃあ」
プシューッ
キリコ「……」
今見た夢は、何だったのか。
あの二人、あの女、そしてあの少女。顔はハッキリと見えなかったが、彼らは俺が会った事のある人物なのだろうか。
この夢は、あの時サンサで見た地獄の次章なのか。それとも――。
俺にわかる事は、また生き残ったという事だけだ。
キリコ「……箒」
――
565:
それから、俺は話を聞いた。
また電子系システムが乗っ取られ、侵入者が入ってきた事。
その侵入者が、俺とシャルルの命を狙っていたという事。
そして、シャルルも俺も、無事だったという事。
それが、俺に知らされた全てだった。
キリコ「……」
セシリア「良かった……本当に、御無事で良かったですわ……」
鈴「本当よ! あたし達が……どれだけ心配したか……」
キリコ「……あまり、泣いたりうるさくはするな。隣で寝ているシャルルが起きる」
鈴「バカ! 他人事みたいに言ってんじゃ……ないわよ……」
箒「……」
千冬「……もう面会は終わりだ。コイツらの怪我は軽微なものだ、一日寝かせればすぐ治る。それからまた会えば良いだろう」
セシリア「で、ですが」
千冬「帰れと言ったら帰れ。あんまりうるさくされると、怪我も治らなくなるぞ」
セシリア「……」
鈴「……行こう」
箒「……あぁ」
千冬「……」
プシューッ
566:
千冬「……」
キリコ「……」
千冬「……大変だな、レッドショルダーは……恨みをいくら買ったのか、自分でもわからんだろう」
キリコ「……」
千冬「……すまん、今のは失言だった」
キリコ「……別に、いい」
千冬「……心当たりは、何か無いのか」
キリコ「……ある事は、ある」
千冬「ほう……何だ、言ってみろ」
567:
キリコ「……ペールゼン」
千冬「またそれか……」
キリコ「ヤツは、まだ俺を見ている。この俺を、異能だなんだと言って……」
千冬「……いいや。お前は、普通の人間だ。多少、有能なパイロットという事を除いてな」
キリコ「……しかし」
千冬「忘れるんだ。お前は、特別なんかじゃない。お前はただの人間だ」
キリコ「……」
千冬「……忘れろ。怪我をすれば血が出る、病気にもなる、お前は、そんな普通の人間なんだ」
キリコ「……」
千冬「ペールゼンなんて大物が、そんな普通の人間をいつまでも監視しているはずはない。それが、普通という事だ」
キリコ「……」
千冬「……それが、お前の為なんだ。わかったな?」
キリコ「……あぁ」
568:
千冬「……私も、もう戻る。今日はこのままここで寝ろ。デュノアには、カウンセリングを受けさせるが……お前はどうする」
キリコ「……必要と、思うのか」
千冬「襲撃時の経験よりもそれ以前に、性格について言われるだろうな……まぁいい、ゆっくり休め」
キリコ「あぁ……」
千冬「……本当に、いらないんだな」
キリコ「……あぁ」
千冬「……そうか。ではデュノアは、引き続きお前が面倒を見ろ。ある程度、心配もしてやるんだ。わかったな」
キリコ「……わかった」
千冬(……ついでに、デュノアの秘密も、知れたしな……これがどういう意味なのかは、わからないが……まだ他の人間に教える訳にはいかんだろう)
千冬「……キリコ。あまり、デュノアの身体には触らんように。いいな」
キリコ「……怪我人に不用意に触る程、馬鹿じゃない」
千冬「……まぁ、それでいい。じゃあな」
カツカツッ
569:
キリコ「……姉さん」
千冬「っ……何だ」
キリコ「……レッドショルダーには、望んで入った訳じゃない……これだけは、真実だ」
千冬「……」
キリコ「……」
千冬「……例え、それが真実だとしても」
キリコ「……」
千冬「……お前は最後のサンサ進行戦に出撃した。それも……事実だ」
キリコ「……」
千冬「お前は……義理なんて抜きにして、私の大切な弟だった……だが同時に……許したくない、相手でもあるんだ」
キリコ「……姉さん」
千冬「……学校では、織斑先生と呼べ」
キリコ「……」
千冬「……もう、寝ろ。キリコ・キュービィー……」
プシューッ
570:
キリコ「……」
シャル「……う、うーん……」
キリコ「……」
シャル「……あれ……ここは……」
キリコ「……医務室だ」
シャル「……キ、キリコ……良かった……無事だったんだね」
キリコ「……お前もな」
シャル「あはは……うん……なんとか、ね……」
キリコ「……傷は、痛くないのか」
シャル「うーん、ちょっと打ったぐらいだから、平気だよ」
キリコ「そうか」
シャル「……うん」
キリコ「……」
シャル「……」
571:
キリコ「……怖かったか」
シャル「え?」
キリコ「……いや、何でもない。すまなかった」
シャル「……」
キリコ「……」
シャル「あはは……怖かったか、か……」
キリコ「……」
572:
シャル「……怖かった」
キリコ「……」
シャル「怖かったよ……あんな経験した事なんて、無いんだもん……」
キリコ「……」
シャル「思い出すだけで……震える……あんな風に、完全な殺意なんて向けられた事……無かったから……」
キリコ「……」
シャル「理由もわからないで、銃を突き付けられて……いつも握っているはずのものが、全く別の物に見えて……」
キリコ「……いい」
シャル「なんで、なんで……って、考える事しか出来なくて……怖くて……」
キリコ「……もう、いい」
シャル「怖かったんだ……怖くて……」
キリコ「もう、喋るな……」
シャル「怖かった……怖かったよ……キリコ……」
キリコ「やめろ……それが、お前の為だ」
シャル「……」
573:
キリコ「……すまなかった」
シャル「え?」
キリコ「俺が、もう少しお前の事を考えて行動していれば、こうはならなかったはずだ」
シャル「そ、そんなこと……ぶ、武器だって無かったし……」
キリコ「……だが、事実だ」
シャル「……違うよ。キリコはあの時、僕を庇って、逃がしてくれた。だから、偶然でも何でも、僕はこうして生きているんだよ」
キリコ「……あれは、俺が動けなかったそうしただけだ」
シャル「ううん。それでも、今の状況があるのはキリコのおかげなんだよ。だから、キリコには、感謝してる」
キリコ「……」
シャル「あの時のキリコは……凄く、頼もしかったんだ。あの時、もし僕だけだったら、本当に……」
キリコ「……」
シャル「だから、キリコは何も悪くない……自分を、責めないで? ね?」
キリコ「……そうか」
シャル「うん……」
キリコ「……」
574:
シャル「……あ、あはは……なんか、夕日が眩しいね」
キリコ「……カーテンを、閉めるか」
シャル「あっ、う、ううん大丈夫……このままで、さ……」
キリコ「……」
シャル「なんか……今の景色を見てると、安心するんだ……生きてるって……」
キリコ「……そうか」
シャル「……」
キリコ「……」
シャル「……あの……ねぇ、キリコ?」
キリコ「……何だ」
575:
シャル「そ、その……手を、握って貰って、いいかな……」
キリコ「……何故だ」
シャル「……人肌恋しい、って……いうのかな……ははっ……」
キリコ「……」
シャル「……お願い……生きてるって……実感したいんだ……」
キリコ「……わかった」ギュッ
シャル「……」
キリコ「……これで、いいのか」
シャル「うん……」
キリコ「……」
シャル「なんだろう、ね……良いね、これ」
キリコ「何が、良いんだ」
シャル「い、いやぁその……男の人の手って、こう……大きいけど、温かいというか……」
キリコ「……何を言っているんだ」
シャル「あっ……な、なんでもない! い、今のは、言葉の綾というか……」
キリコ「……」
576:
シャル「あ、あはは……」
キリコ「……もう」
シャル「な、何っ?」
キリコ「もう、いいか。離しても」
シャル「あ、う、うん……ありがとう、落ちついたよ」パッ
キリコ「……」
シャル「……」
キリコ「……早く、寝ることだ。織斑先生にも、そう言われている」
シャル「わ、わかったよ」
577:
キリコ「……それと、お前の面倒を続けて見ろとも言われた。何か要望があるなら、さっきみたいに何時でも言え」
シャル「そ、そっか……わかった……」
キリコ「……」
シャル「お、おやすみキリコ……今寝たばっかりで、寝れないかもしれないけど……」
キリコ「……あぁ」
シャル「……」
キリコ「……」
人肌恋しい、などと戦場で誰が思うのか。
俺は、思えなかった。
だが、今まさに、俺もこの少年同様にそう思ったのだ。
ここは、戦場では無い。戦場では。
――
578:
翌日、俺は怪我から回復した。シャルルも、まだ痛み等は残っているようだが、授業に出るようだ。
幸い、あの襲撃は俺の身内にしか知られておらず、俺とシャルルが医務室送りになったのも、
織斑先生の仕置きでの偶発的な事故、という扱いになった。
そして、俺とシャルルは何事も無かったように、教室に来ていた。
千冬「……」
山田「え、えっと……また、嬉しいお知らせがあります……今日も一人、転校生が来てくれました」
「また転校生?」
「この時期に二人も?」
「さすがに変じゃない?」
山田「お、お静かに……そ、それでは、ご紹介します。ラウラ・ボーデヴィッヒさんです」
579:
ラウラ「……」
千冬「挨拶をしろ、ラウラ」
ラウラ「……はい、教官」
キリコ(……知り合いか、何かか)
ラウラ「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「……」
「……」
「……」
山田「……え、えっと……以上、ですか?」
ラウラ「以上だ」チラッ
キリコ「……」
580:
ラウラ「……貴様が……」
キリコ「……?」
ラウラ「……」カツカツッ
キリコ「……」
ラウラ「……」
581:
パシンッ
キリコ「!?」
箒「!?」
シャル「!」
セシリア「!?」
ラウラ「私は、認めん……お前のような人間が、教官の弟であるなど……」
キリコ「……」
ラウラ「認めんっ……」
582:
強烈な挨拶と共に現れた転校生。
その小さな少女に自分と似たものを感じつつ、俺は何か得体の知れないものを感じていた。
見えないピアノ線が誰にも気付かれず張りめぐらされ、この学園が、何かに変わろうとしているのだ。
俺が知り得る、最もおぞましい、何かに。
――
583:
ルスケ「……閣下、あのような事が……現実に起こるとは……」
ウォッカム「だが、あれが事実だ。キリコは、それを成し遂げた」
ルスケ「……未だに信じられません。よもやこれ程とは……」
ウォッカム「……弾道を、曲げる……か」
ルスケ「明らかに、発射後に弾が逸れています……キリコを避けているかのように」
ウォッカム「環境や物理法則を変える……デュノアも、解釈をつけるとすればこうだろう。
  偶然あった逃げ場に、偶然その目の前で捕まり、偶然相手の油断を誘い、そこから逃れた……。
  我々の精鋭があんなミスをするとは思えん、何らかの理由で、見落とすように出来ていたのだろう」
ルスケ「……ペールゼンファイルの言う通りでした」
ウォッカム「……」
ルスケ「……残りの一人。彼女にも、テストを……」
ウォッカム「それは追々やることだ。だが先に、一つの障害を取り除かねばなるまい」
ルスケ「……彼女を利用する、もう一つの目的ですか」
ウォッカム「そうだ。我々がこれから成す計画には、完全に人間を超えた兵士が必要なのだ。
  いくらキリコが死なないと言えど……精神が常人では、持たない」
ルスケ「……」
584:
ウォッカム「一つ、彼のトラウマを除く手助けをしてやるのだ。そうすれば……ヤツは……」
ルスケ「生存能力、精神、共に最強の兵士になると……」
ウォッカム「如何にも……他の二名は、いじればどうにでもなる。単なる複製に過ぎんからな……。
  しかし、キリコ自身にそのような行為をしようものなら、我々が危ういからな……」
ルスケ「……」
ウォッカム「異能には異能を……ぶつけるよりあるまい……」
ルスケ「……はい」
ウォッカム「……順調だ。自分でも恐ろしい程にな……」
ルスケ「閣下の御力が……全てを手にする時も……」
ウォッカム「……近い……」
585:
ウォッカム「異能の……遺伝子……因子達によって……」
――
586:
ミッシングリンク。己のルーツを探すその果ての無い旅路は、自身の存在を明確に証明する。
過去から未来へ、生命の営みを肯定するその大河は、脈々と流れてゆく。
しかし、炎を使う者にとってその証明は、答えを持たぬ悪魔の証明に過ぎないのだ。
目に見えるものが全て。これだけが、自分を癒す答えでしかない。
次回、「遺伝子」
伝えてはならない、物もある。
――
607:
「ふっふふーん……」カタカタッ
「ふぅ……」
「いやー……もうちょっとで完成だー」
「キリコちゃんの機体も、本当はもっと改造してあげたかったんだけどなー。
 まぁでも、このまま計画が上手く行けばすぐそれもできるし、いっか」
「あの銀色がキリコちゃんの本気出したデータ取ってくれるらしいし、カスタマイズはそこからかなー……」
「こっちの二機も、納得行く感じになったし……」
「……」
「あれから、もうちょっと経ったら十年かぁ……」
「あぁーあー。早くキリコちゃんに会いたいなー」
「ちーちゃんと、箒ちゃんにも会いたいなー」
「……」
「……赤が二つに、白が一つ、かぁ……」
「……ふっふふーん……」カタカタッ
608:
――
 第七話
 「遺伝子」
――
610:
キリコ「……」
箒「ここでこう来たら、ズバッとやってガキンと弾いて、ズバババンという感じだ!」
鈴「えぇ? わかんない? アンタ腕あっても知識無さ過ぎなのよ……いい? もっかい言うからね?」
セシリア「シールドエネルギーが少ない為に、回避に徹しないといけないと言えども、絶対に攻撃は当たってしまうものです。ですから……」
キリコ「……」
鈴「ちょっとー、聞いてんのー!?」
キリコ「……一つ、いいか」
箒「なんだ」
キリコ「同時に全く違う事を色々と言われて、理解できる人間がいるとお前達は思っているのか?」
箒「何を言っている、わかるはずだ! あっちのアリーナは使用禁止になって、こっちしか使えないんだから時間も短い! 一発で覚えろ!」
鈴「そうよ! ちゃんと聞きなさいよ!」
セシリア「もう一度ご説明して差し上げますわ!」
キリコ「……」
箒「だから、ここが……」
鈴「ここがこうで……」
セシリア「そこが、そうしたら……」
キリコ「……」
ISの機能も完全回復し、久しぶりの訓練に赴いた所、この有様だ。
どうして、こうもお節介を焼きたがるのかよくわからないが、完全に裏目に出ているのは確かだろう。
彼女達が何を言っているのか、全く理解できない。
611:
シャル「あ、あはは……大変だね、キリコ」
キリコ「……シャルルか」
鈴「ん。あら、シャルルじゃない。それ、もしかして貴方の専用機?」
シャル「うん、そうだよ。やっと届いたんだー」
セシリア「言うまでも無く、デュノア社製ですわね」
シャル「一応カスタマイズしてあるから、かなり融通の利く機体になってるんだ」
箒「ほー……」
キリコ「……」
シャル「あ、そうだ。キリコ、今時間ある?」
キリコ「何だ」
シャル「ちょっとIS動かすのにスパン空いちゃったから、射撃訓練をしたいんだ。でも一人だと味気ないし、ちょっと勝負してみようよ」
キリコ「勝負?」
シャル「うん。まぁすごく簡単に言うと、射的だね。的を撃って、ポイントを競うの。どうかな?」
612:
キリコ「……良いだろう」
箒「ちょ、ちょっと待てキリコ。まだ私の説明は終わってないぞ!」
セシリア「そうですわ!」
キリコ「今度、実戦形式で教えてくれ。動かさないと、俺にはわからりそうにない」
セシリア「じ、実戦……ですか……」
鈴「……はぁ、わかった、後で良いわよ。その代わり、その勝負見させてもらうからね」
セシリア「り、鈴さん!」
箒「おい鈴!」
鈴「良いじゃない良いじゃない。シャルルの為でもあるんだからさぁ」
箒「そ、そう言われると……」
セシリア「……仕方ありませんわね。シャルルさんも、機体の調整をしてみたいでしょうし。私達は拝見いたしましょう」
箒「……そうだな。たまにはそれも良いか」
シャル「な、なんかゴメンね……邪魔しちゃったみたいで……」
鈴「気にしなさんなって」
613:
キリコ「……で、どうすれば良いんだ。シャルル」
シャル「あ、うん。えっと……たしか、これで操作して……よし、準備完了。
 カウントダウンが始まったら、ドンドン的が複数個同時とかで出てくるから、それをなるべくく、正確に撃つんだ」
キリコ「……そうか」
シャル「じゃあ、どんな感じなのかっていう説明も含めて、僕が先攻やるね」
キリコ「あぁ」
鈴「フランス代表候補生の、お手並み拝見ねぇ……あ、二人はどっちが勝つのに賭ける?」
セシリア「キリコさんで、賭け事なんてしません」
鈴「えぇ!? アンタそれでもイギリス人なの!?」
セシリア「どういう意味ですの!?」
キリコ「……」
シャル「あの、えっと……や、やってもいいの、かな?」
キリコ「コイツらを一々気にしていたらキリがない。やれ」
シャル「う、うん……じゃあ、行くよ!」
ピピーッ
614:
シャル「……」バンッ
パリーンッ
バンッ パリーンッ
バンッ パリーンッ
セシリア「精密でいてい……中々の熟達者ですわ」
箒「あぁ……顔に見合わず、だな」
バンッ パリーンッ
ププーッ
615:
シャル「ふぅ……ざっとこんな感じかな」
鈴「おぉー、中々高得点叩きだしたわね。やるじゃない」
箒「そ、そうなのか。それは凄いな」
セシリア「お見事でしたわ、シャルルさん」
シャル「い、いやー……なんか、照れちゃうな……」
キリコ「……次は、俺の番か」
シャル「うん。僕の得点に勝てるかな?」
キリコ「……頼む」
シャル「よーし、じゃあ……レディー……」
鈴「キリコ、ファイトー!」
箒「負けるんじゃないぞー!」
セシリア「頑張って下さい! キリコさん!」
シャル(直接戦ったら……またあの発作みたいなのが起きるかもしれない……)
シャル(間接的でもいいから、キリコの調査をしないと……)
キリコ「……」
ピピーッ
616:
キリコ「……」バンッ
パリーンッ
キリコ「……」ババンッ
パリーンッ パリーンッ
バンッ バンッ
パリーンッ パリーンッ
シャル(なんて無駄の無い……それに、正確だ……)
セシリア「キリコさん! 凄いですわ!」
鈴「集中力乱すから静かに見なさい」
セシリア「はい」
箒「……」
キリコ「……」バンッ
パリーンッ
ププーッ
617:
キリコ「……終わりか」
シャル「……」
キリコ「……シャルル、記録は」
シャル「……あっ、き、記録は、っと……う、うわぁ……せ、生徒記録のハイスコア出しちゃったよ……」
セシリア「さ、流石キリコさんですわ!」
鈴「はぁー……前戦った時確かに射撃上手いとは思ったけど、ここまでとはねぇ……」
箒「せ、凄絶、と言うべきだな……」
キリコ「……そんなに、凄いものか」
シャル「し、新記録だよ! そりゃ凄いに決まってるよ」
キリコ「……そうか」
「ほう……腕の無いただの能無しだとばかり思っていたが、中々できるヤツだったとはな……」
618:
キリコ「……誰だ」
「……以前、貴様にも名乗ったはずだ」
シャル「……確か、ラウラさん、だったっけ。何か用かな?」
ラウラ「キリコ・キュービィー……貴様も専用機持ち、そして兵士ならば……私と勝負しろ」
キリコ「……」
シャル「人を馬鹿にしておいて、いきなり勝負を挑もうだなんて。礼儀がなって無さ過ぎると思うんだけど」
ラウラ「第二世代型しか乗りこなせない凡愚は、会話に入って来る資格も無いと思うがな」
セシリア「あれが……ドイツの第三世代型機……ドイツ代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒの専用機……」
鈴「仰々しいわね……」
シャル「派手なの装備してるみたいだけど、未だに第三世代型の量産に踏み込めてないのは、見た目ばっかに気を取られてるから、
 量産にコストとかかかってできてないんじゃないの? なんか安定もしてなさそうだし」
ラウラ「……貴様、部外者の癖にほざくか」
シャル「うん、いくらでもほざいてあげるよ……」
キリコ「……」
ラウラ「……ふっ、まぁいい。貴様はどうでもいいのだ。キリコ、勝負を受けるのか、受けないのか」
619:
シャル「言う事なんて、聞く事無いよキリコ。無視しちゃおう」
キリコ「……俺は、戦わない」
ラウラ「何故だ。怖気づいたか」
キリコ「……そういう事で、構わない」
ラウラ「……成程。あくまでも、私と戦う意思が無いと、言いたいのだな……」
キリコ「……そうだ」
ラウラ「そうか……そういう事ならば、仕方あるまい……」
キリコ「……」
620:
ラウラ「ならば、無理やりにでも戦って貰うぞ!」ジャキンッ
キリコ「!?」
シャル「キリコ!」バッ
ラウラ「死ねっ!」ズキュゥウンッ
シャル「くっ……」ガキンッ
キュゥウウンッ……
ドカァアンッ
シャル「御挨拶はまだ済んでなかったみたいだね! ドイツ人は挨拶の最後に発砲するんだって、スッカリ忘れてたよ!」ジャキンッ
ラウラ「貴様……邪魔立てするか!」
621:
『そこの生徒! 何をしている!』
ラウラ「……ちっ」
シャル「……」
『すぐに戻りなさい! それ以上は、罰則を科す!』
ラウラ「……運が良かったな、AT乗り。それと、そこの凡骨……」シュインッ
シャル「小悪党の捨てゼリフだね……さっさと帰りなよ。第三世代型所有でも、先生は怖いと見えるからね」
ラウラ「……ふんっ」スタスタ
シャル「……」
キリコ「……」
622:
シャル「はぁ……なんとか帰ってくれたね……」ヘナヘナ
セシリア「キリコさん! シャルルさん!」
鈴「だ、大丈夫!?」
箒「怪我は無いか?」
シャル「う、うん……僕は大丈夫。キリコも無傷だよ」
キリコ「……」
箒「くそ、アイツッ……いきなり撃ってくるなんて……」
セシリア「全く、不作法にも程がありますわ!」
鈴「そうよ! 今度見たらコテンパンにしてやりましょう!」
キリコ「……」
シャル「あ、あはは……心強いね」
セシリア「本当に、どこにも御怪我はありませんか?」
キリコ「無事だ」
鈴「いやぁ、とっさに弾いたシャルルは凄かったね」
623:
箒「な、なぁ……そういえば……」
鈴「何よ。何か気になる事でもあった?」
箒「……アイツ、なんでキリコがAT乗りだった事を知っていたんだ?」
鈴「あ、確かに」
セシリア「まだ転向した翌日ですのにね……」
キリコ「……」
シャル(まぁ、僕も入学する前から情報は聞いてるんだけどね……)
シャル「そ、そっか……キリコはAT乗りだったんだ……兵士だったって言うのは聞いてたけど、どうりで機械慣れしてるわけだ」
シャル(彼女も、何か諜報活動を兼ねてるかもしれない。気をつけないと)
キリコ「……まぁな」
セシリア「はぁ……せっかく皆さんで楽しく訓練をしていたというのに、散々ですわね」
箒「あぁ、全くだ」
624:
鈴「じゃあ景気付けに、セシリアの料理をキリコにふるまってあげたら、イイトオモウナー」
箒「ばっ、やめっ……」
セシリア「まぁ! 良い考えですわね!」
キリコ「……シャルル、急いで食堂に行くぞ。腹に何も入らないようにするんだ」
シャル「あ、う、うん! そうだね! お腹空いたからついてくよ!」
セシリア「あっ、お待ちになって! この前の雪辱を! 晴らさせて下さいませ!」
アッ、キ、キリコ! ハヤイヨ! オイテカナイデ!
オマチニナッテー!
625:
鈴「……あぁー、やっぱり面白いわー」
箒「……オモチャが増えて嬉しいか」
鈴「そりゃあもう。ねぇ?」
箒「……いつか、痛い目に会うぞ」
鈴「知ったこっちゃないわよ。さっ、あたし達はあたし達で、帰りますか」
箒「はぁ……そうだな」
鈴「それとも……箒はキリコの所に、行きたい?」
箒「う、うるさい」
鈴「もっと自分に素直になりなさいって。わかってんでしょ? キリコは、そういう感情を無碍にはしないって事」
箒「……」
鈴「アイツも、なんだかんだ言って、完全に拒否しないしさ。絡まれるのも嫌じゃないんだと思うよ、あたしは」
箒「そ、そうかな……」
鈴「……あー……それとも」
箒「……な、なんだ」
626:
鈴「今度のトーナメントに向けて、あたしと訓練しちゃう?」
箒「はぁ?」
鈴「勝たなきゃいけない理由があるんでしょー。知ってるって言ったじゃない、この前」
箒「ぐっ……」
鈴「……アンタだって、今のキリコを追おうって決めたんなら、覚悟見せなさいよ」
箒「……」
鈴「……どうする」
箒「……頼む」
鈴「りょーかい。言っておくけど、友達だからって手は抜かないからね」
箒「当然だ」
鈴「そんでもって、あたしが優勝したらキリコは貰うからね」
箒「なっ、それはズルイぞ!」
鈴「何がズルイのよ。校内では、もうそういう風潮になってるし、便乗しちゃっても良いじゃない」
箒「ぐっ、この……」
627:
鈴「それが嫌なら死ぬ気でかかってきなさーい」
箒「くっ……い、今からやるぞ! 訓練機を借りてくる!」ダッ
鈴「はーい。じゃあ待ってるからねー」
箒「ど、どこにも行くんじゃないぞ!」タタタッ
鈴「わかってるわよー」フリフリ
鈴「……」
鈴「はぁ……敵に塩送って、何やってんだか……」
鈴「……まっ、いっか。あたしも結果的に訓練できる訳だし」
鈴「よぉーし……やる気出てきた。トーナメントであのいけすかない黒いヤツもついでに倒して、優勝もしてキリコを掻っ攫ってやるわ!」
――
628:
キリコ(……なんとか、まいたか)
キリコ(……)
シャル『キリコ! ぼ、僕が押さえておくから先に!』
キリコ「……」
キリコ(……仕方が無い、犠牲だった)
「教官! 何故です!」
キリコ「……ん?」
629:
ラウラ「何故あのような輩が……この学園にいるのです!」
千冬「さぁな……私も詳しい事は知らん。強いて言うなら、ISを動かせるからここにいるのだろう」
ラウラ「ですが……ヤツがどの部隊に所属していたか、教官もわかっているはずです! 教官の、義理であれ弟であるというのに!」
千冬「……おい」
ラウラ「そもそも、教官が能力を半分も引き出せないような極東の教育機関にいる事自体、私は許せないのです!
 それに加えて……あんなっ……」
千冬「……私がどこで何をしようと私の勝手だ、図に乗るな。少し、黙れ」
ラウラ「っ……」
千冬「……一つ、聞く」
ラウラ「は、はい。何でしょうか」
千冬「……アイツが私の義理の弟、という情報は広まっているだろう。そこらの生徒にも周知の事実だ」
ラウラ「はい」
630:
千冬「……だが、キリコの配属先を、何故……貴様が知っている……」
ラウラ「……そ、それは……」
千冬「……」
ラウラ「ここに来る前に、とある人物から聞いたのです」
千冬「……誰だ」
ラウラ「……わかりません……この学園に来る直前、突然私への連絡が入り、変声機越しの声がそう私に教えたのです」
千冬「……それを、安易に信じた、と」
ラウラ「……恥ずかしながら……ですが、教官の反応を見て、これは真実だと確信しました」
千冬「……」
ラウラ「……私は、あの男を許せません。例え、教官に何を言われようとも……」
千冬「……」
ラウラ「……失礼します」
千冬「……あぁ」
タタタッ
千冬「……」
キリコ「……」
631:
千冬「……そこに隠れている男子」
キリコ「……全て、聞かせて貰った」ガサッ
千冬「盗み聞きか。良い趣味とは言えんな」
キリコ「……俺の過去を知っている時点で、お互い様だとは思うが」
千冬「……ヤツの事か」
キリコ「何故あいつが、俺に突っかかって来るのかはわかった」
千冬「……前に、各国同時のIS軍事演習でヤツに出会った。アイツは、能力の伸び悩みに直面していた。
 そこで、私が短い間だったが、徹底的に指導したんだ。それが原因かはあまりわからんが、アイツは能力を開花させた。
 それ以来、妙に懐かれてな。その時に、少しだけアイツに昔話をしたんだが……それが仇になったようだな」
キリコ「……そうか」
千冬「アイツは、良くも悪くも純粋な人間だ。許せんのだろうな、自分の事のように」
キリコ「……」
千冬「……私個人としては、この件については何も言わん」
キリコ「……そうか」
千冬「……だが、生徒を預かる人間として、一つ言っておく」
キリコ「何だ」
632:
千冬「アイツには、気をつけておけ。アイツ自身だけではない。もっと、おぞましい何かに」
キリコ「……了解」
千冬「……もう行け、そろそろ夕食の時間だ。友人達が、待っているんじゃないのか」
キリコ「……」
千冬「……返事ぐらいしろ、問題児」
キリコ「……失礼、します」
千冬「……あぁ」
千冬「……」
千冬「……お前が、本当に自分があの部隊に染まっていないと言うのなら、証明してみせろ」
千冬「アイツを……」
――
633:
ガチャッ
キリコ「……」
サァアアッ……
キリコ(シャルルは、シャワー室か)
キリコ「……」
キリコ(……銃の整備でも、しておくか)
キリコ「……」ボフッ
634:
キリコ(ヤツが転校初日に俺を引っ叩いた理由はわかった。しかし、更に謎は増えた)
キリコ(……何故、ヤツは俺の過去を知っている)
キリコ(何者かが教えた、だと? 一体誰が俺の過去をばらして利益を得る……)
キリコ(……二度の襲撃を起こした人物と見て、間違いは無いだろうが……)
キリコ(ペールゼンか……または、別の……)
思考の堂々巡り。目印の存在しない樹海を歩かされるように、何度も何度も、同じ場所を行き来する。
交錯する謀略の中、身を守る術を持たぬ羊のように、俺は迷走していた。
俺の、何を試そうとしている。俺は、普通の人間だ。
何の変哲も無いメルキアAT部隊を経て、レッドショルダーという忌々しい部隊に入ったが……それだけだ。
俺に、何をさせたい。監視者達は、一体何を。
635:
キリコ「……」
キリコ「……ん?」
キリコ(……整備用の布がない……)
キリコ(……洗面所の水道管にかけたまま、か)
キリコ「……」
キリコ(同じ男だ。遠慮をする事は無いか)
キリコ(仕方ない)スクッ
トントンッ
636:
シャル「な、何?」
キリコ「入るぞ」ガチャッ
シャル「え、えぇっ!?」
キリコ「その辺に雑巾みたいな布……が……」
シャル「……」
キリコ「……」
サァアアッ……
そこに立っていた人物は、俺の知っている人間であって、全く違うものだった。
俺と共に襲撃を切り抜けた男に、無いはずのものがあった。
637:
キリコ「……誰だ」カチッ
シャル「ひっ」
キリコ「貴様、シャルルじゃないな。誰だ、アイツを何処へやった」
シャル「ぼ、僕だよ! シャルルだよ!」
キリコ「アイツは男だ。お前は、どこからどう見ても女にしか見えない」
シャル「お、落ちついて! じゅ、銃は……向けないで……」
キリコ「……」
シャル「……」
キリコ「……ドイツ人は」
シャル「え?」
キリコ「ドイツ人は、挨拶の最後に何をする」
シャル「え、し、知らないよ」
キリコ「やはり……」カチッ
シャル「ひっ……あっ……」
638:
キリコ「……答えろ」
シャル「……あ、あれか! 発砲だって言ったはずだよ! うん! で、でも、あれは売り言葉に買い言葉みたいなもので……。
 ドイツの人はもっと気さくな人達だと思うよ! うん! ビール飲んでるし!」
キリコ「……どうやら、本物らしいな」スッ
シャル「……はぁ……良かった、信じて貰えて……」ヘナヘナ
キリコ「疑って、すまなかった」
シャル「も、もう……そういう銃は向けないでね……ちょっと、何か妙に怖くて……」
キリコ「……悪かった」
サァアアッ……
シャル「……」
キリコ「……」
シャル「……あっ(何か、忘れてると思ったら……)」
シャル(い、今僕……は、裸だ……)
シャル(か、体隠さないと!)バッ
640:
キリコ「……そういえば、雑巾のような布を知らないか」
シャル「い、いや! 今の状況でそれを聞くの!?」
キリコ「……あぁ……そうか。後で来る」
シャル「え、あ、うん。そうしてもらえるとありがたいです」
キリコ「……」バタンッ
サァアアッ……
シャル「……」
シャル(う、うわぁああああ!)
シャル(キ、キリコに……見られちゃった……)
シャル(一番、ばれちゃいけない人に……)
シャル(……)
シャル(ど、どうしよう……)
……
641:
キリコ「……」
シャル「あ、あがったよ、キリコ……」
キリコ「……あぁ」
シャル「……うん(よ、横になってくつろいでる……)」
キリコ「……」
シャル「……」ボフッ
キリコ「……」
シャル「あの、その……」
キリコ「……水でも飲むか」
シャル「え?」
キリコ「何か知らんが、あれだけ長く入っていたんだ。水分を、摂った方が良い」
シャル「あ、うん……そう、だね……」
キリコ「待っていろ」
シャル「……うん」
642:
キリコ「……」キュッ コポコポッ
シャル「……」
キリコ「……」スッ
シャル「あ、ありがとう……」
キリコ「……」
シャル「ん……」ゴクゴク
キリコ「……」ゴクゴク
シャル「……ふぅ」
キリコ「……少しは、落ちついたか」
シャル「う、うん……ありがとう……」
キリコ「……」
シャル「……あの……」
キリコ「……聞く事は、わかっているだろう」
シャル「……うん」
キリコ「何故、性別を偽っていた」
643:
シャル「……実家から、そう言われたんだ」
キリコ「……この星の、大企業だったか」
シャル「うん……僕の父親が、そこの社長でね。その人に、こうするようにって、言われたんだ」
キリコ「……」
シャル「……僕ね、キリコ……父の、本妻の子じゃ、ないんだ……」
キリコ「どういう意味だ」
シャル「元々は、別々に暮らしていたんだ。でも、二年前に引き取られた。お母さんが、亡くなった時……会社の人が、迎えに来たんだ」
キリコ「……」
シャル「それで、色々検査する過程でIS適性が高い事がわかって……非公式のテストパイロットなんかもしていたんだ。
 でも、父に会ったのは……たったの二回……話をした時間も、一時間に満たないと思う」
キリコ「……そうか」
シャル「その後……デュノア社の経営が芳しくなくなったんだ。経営危機……いつの間にか、そんな事態になっていた」
キリコ「それなりの、大企業と聞いたが」
シャル「そうだけど……結局、リバイヴは第二世代型なんだ。今世界の主流は、第三世代型の開発。
 でも、デュノア社の第三世代開発が、難航していてね……このままだと、IS研究権限を、剥奪されかねないんだ」
キリコ「……複雑だな」
シャル「あはは……そうだね……複雑だよ」
644:
キリコ「だが、それとお前が男のフリをしているのと、何の関係があるんだ」
シャル「簡単だよ。僕は広告塔なんだ、注目を集める為の。キリコみたいな、男でISを操れるなんて希有な人、いないから。
 そういう人間を抱えてるって事にすれば、世間の目は自然と集まるから。それに……」
キリコ「それに?」
シャル「同じ男子なら、キリコに警戒されず、本人と機体のデータを調査できるって、踏んだからかな」
キリコ「……」
シャル「……つまり、僕は、スパイだったんだよ。君のデータを盗む為に送りこまれた、スパイ……」
キリコ「……」
シャル「自分で友達だなんだって言ってた癖に、笑っちゃうでしょ? 一番胡散臭い人間のこの僕がさ……」
キリコ「……」
シャル「友達って言った癖に……最低だ……」
キリコ「……」
645:
シャル「はぁ……ごめんね、重い話しちゃって。でも、凄く楽になったよ。本当の事、話せて……」
キリコ「……」
シャル「聞いてくれて、ありがとう……それと、今まで嘘をついて、ゴメン……。
 こんな僕を、友達って言ってくれて、ありがとね」
キリコ「……そうか」
シャル「……」
キリコ「……」
シャル「あはは……もう、ここにもいられないな……このまま牢屋行きか、どうなる事か……」
キリコ「……」
シャル「……」
646:
キリコ「……それで……」
シャル「ん?」
キリコ「それで、良いのか」
シャル「え? どういう……」
キリコ「お前は、恩もさして感じていないような相手に人生を振りまわされて、それで良いのか」
シャル「……」
キリコ「他人に干渉されて、そのまま従うのか」
シャル「……だって、しょうがないよ……こうなったら、逃げ場なんて無いもん……」
647:
キリコ「……本学園の生徒は、その在学中において、あらゆる国家、企業、団体に帰属しない。この学園の特記事項だ」
シャル「……そ、それって……」
キリコ「この学園にいれば、外からは誰も手だしは出来ない。言い換えればそうだ」
シャル「……」
キリコ「ここにいれば、少なくとも……三年か? 三年の間は、捕まる事も無い。俺も、お前が女だと言う事は他言しない。
 そうすれば、ここで静かに暮らせるはずだ。何かそのうちに、対策でも考えれば良い」
シャル「……」
キリコ「だから、ここにいろ。シャルル」
シャル「……キリコ……」
キリコ「……」
648:
シャル「……ふふっ……特記事項なんて、50個くらいあるはずなのに、よく覚えてたね」
キリコ「……俺にとっても、重要な項目だったからな」
シャル「……そっか……そうだったね」
キリコ「……お前も、俺の過去を、知っているのか」
シャル「……うん、少しね」
キリコ「俺が、ここに来る前に配属されていた部隊も、か」
シャル「……うん」
キリコ「……そうか」
シャル「でも、僕は気にしてないよ。キリコは、仲間思いの良い人だって、わかってるから」
キリコ「……俺は、糞真面目なだけだ」
シャル「キリコにそういう自覚が無いだけだよ。皆、優しい人だって言ってるよ?」
キリコ「……そうか」
シャル「うん、絶対そうだよ。こうやって、僕を助けようとしてくれてる訳だし」
キリコ「……」
649:
シャル「……ねぇ、キリコ?」
キリコ「何だ」
シャル「……庇ってくれて、ありがとう」
キリコ「……庇ったつもりは、無い」
シャル「……もう、こういう時くらい、もうちょっと柔らかい笑顔とか見せてくれても良いと思うんだけどなぁ……」
キリコ「……柄じゃ、無い」
シャル「でも、箒に対しては笑ってたよ?」
キリコ「そうだったか」
シャル「そうだよ」
キリコ「……そうか」
シャル「……」
キリコ「……」
シャル「そ、その……」
キリコ「まだ、何かあるのか」
650:
シャル「えーっと……あのね? あ、あの時……その……」
キリコ「……」
シャル「……僕の、は、裸……見た?」
キリコ「……その事か。さぁな、よく覚えていない。それ以前に敵と認識していたからな」
シャル「そ、そう……」
キリコ「……それだけか」
シャル「い、いや……その……キリコだったから、別に見られても良かったような……ガッカリしたような……」
キリコ「ガッカリ?」
シャル「いや、何でもない! うん! い、今のセリフこそ、忘れて! ね!」
キリコ「……わかった」
シャル(あぁー……僕何言ってるんだぁー……恥ずかしい……)
キリコ「……」
シャル「……え、えぇっと……も、もしかして……本当はキリコ……見た――」
トントンッ
シャル「!?」
キリコ「……誰だ」
651:
「キリコさーん! セシリアです! 夕食をまだとられていないようですが、お加減でも悪いのですか?」
シャル「あっ……ど、どど、どうしよう……今の格好見られたら女だってバレちゃうっ」
キリコ「ベッドでくるまっていろ……」
シャル「う、うん!」
「入ってもよろしいですかー?」
キリコ「あぁ、入れ」
セシリア「失礼致します」ガチャッ
キリコ「見ての通り、俺は何ともない」
セシリア「そうでしたか……お顔が見受けられなかったので、心配になって来てしまいました……」
652:
キリコ「が、シャルルが少し体調を崩してな。今寝付かせた所だ」
セシリア「あ、あら……そうでしたの……」
キリコ「……お前の作った料理に当たったんじゃないのか」
セシリア「ち、違います! た、確かに……あれを食べた時のシャルルさんの様子は、あまり良いものではありませんでしたが……」
キリコ「まぁ、この所の疲れが溜まって、今頃表に出たのだろう。あんな事があったんだからな」
セシリア「……そうですわね」
キリコ「そっとしておいてやってくれ」
セシリア「わかりました……あ、あの……キリコさんは、今大丈夫ですか?」
キリコ「……俺は、別に大丈夫だが」
セシリア「そ、そうですか……あの、ご一緒に夕飯をいかがでしょうか……私も、偶然、とっていないので……」
キリコ「……」
セシリア「そ、それとも……シャルルさんの、看病のお手伝いをいたした方がよろしいでょうか……」
キリコ「いや、一人で寝る方が、コイツも落ちつけるだろう。俺も、飯に行こう」
セシリア「ほ、本当ですか?」
キリコ「あぁ……ついでに、コイツの分もとってきてやりたいしな」
653:
セシリア「えぇ、そうしましょう。では、こちらに」ギュウッ
キリコ「……あまりそう引っ張るな」
セシリア「うふふ、殿方がレディをエスコートするのが当然ですのよ? これから先は、キリコさんがエスコートして下さいね?」
キリコ「……そういうものか」
セシリア「はいっ」
キリコ「そうか」
セシリア「では、行きましょう」
キリコ「……あぁ」
ガチャッ
シャル「……」
シャル「……あ、危なかった……」
シャル「……」
シャル(あんな風に……人に心から心配されたの……いつ以来だろう……)
シャル「……本当に、ありがとう……キリコ……」
――
654:
箒「……何を、している……」
セシリア「あら箒さん、偶然ですわね。これから私達、一緒にっ、夕食ですのよ?」
箒「だ、だからと言って! 腕を組んで密着する理由がどこにある!」
セシリア「あら、殿方がレディをエスコートするのは当然の事ですわよ?」
キリコ「俺にそんなものを、求められても困るのだが」
箒「ほら見ろ。キリコが迷惑しているじゃないか」
セシリア「キリコさん? 地球では、これが普通なのです。郷に入っては郷に従え、ですわ」
キリコ「……そうか」
箒「納得するな! それなら、私だって行ってやる! さっきの特訓のせいで、今日の夕飯分では、物足りなくなってしまったからな!」
セシリア「あらあら、箒さん? 食べ過ぎは、体重を増加させますのよ? それに、必要以上の食事をとるのも、どうかと思いますし」
キリコ「コイツは、よく運動している。少し増やした所で、さして問題無いだろう」
箒「ふふっ、わかっているなキリコ。セシリアとは言う事が違う」
セシリア「ぐぬっ……で、ですが、先に約束をしたのは私ですのよ!?」
キリコ「箒なら、別に良いだろう。基本いつも一緒にいるからな」
箒「……そ、そうだ。元はと言えば、お前の方が後から知り合ったのだからな」
セシリア「くぬっ……キ、キリコさん。少し箒さんには優しくありませんこと?」
キリコ「……さぁな」
655:
箒「よ、よし……では、行くか」ギュウッ
セシリア「まぁっ! 箒さん! 一体何をしていますの!」
箒「レ、レディをエスコートするのが普通なのだろう? だったらこれも普通のはずだ」
キリコ「……」
セシリア「キ、キリコさんが困ってらっしゃいますわ!」
箒「それはお前のせいだろうが」
セシリア「何ですって?」
箒「ふんっ……」
キリコ「……で、行くのか、行かないのか」
箒「勿論行くとも。さぁ、キリコ。エスコート頼むぞ」
セシリア「わ、私のエスコートをお願い致します! 箒さんではなく!」
箒「見苦しいぞ!」
セシリア「そっちこそ!」
キリコ「……静かにしないなら、どっちも離れろ」
656:
箒「……」
セシリア「……」
キリコ「わかったか」
箒「す、すまん……」
セシリア「も、申し訳ありません……」
キリコ「……早いヤツならもう寝ている頃だ。あまり、声をあげるなよ」
箒「そ、そうだな。失念していた」
セシリア「私としたことが……申し訳ありません」
キリコ「……行くぞ。早くしないと、食堂が閉まる」
箒「そ、そうだな」
セシリア「えぇ、行きましょう」
キリコ(……結局、腕は離さないのか)
――
657:
箒「すみません、定食はまだ残ってますか?」
「残ってるよー、ギリギリだけど。あと四人分くらいだね」
キリコ「……全部、貰っていいか。病人の分もある」
「あら、そうなの。じゃあ持ってきな」
キリコ「……すまない」
「良いのよ。アンタ、以外と仲間思いじゃない。見なおしたよ」
キリコ「……そうか」
「はい、定食ねぇ。バラバラだけど、好きなのとってきな」
箒「ありがとうございます」
セシリア「すみません、こんな遅くに」
キリコ「すまない」
「良いのよ。はい、とっとと食べな」
箒「はい……さて、今ならどこででも食べれるぞ」
セシリア「あの席に致しましょうか」
キリコ「……」コトッ
658:
箒「ふぅ……さて、じゃあ食べるか」
セシリア「えぇ、そう致しましょう」
キリコ「……」モグモグ
箒「こらキリコ。いただきますくらい言えないのか」
キリコ「……いただき、ます……」
箒「よろしい」
キリコ「……もう、良いのか」
箒「あぁ、好きなだけ食べろ」
キリコ「わかった」モグモグ
箒「あぁこらキリコ、箸の持ち方はそうじゃない。中指は、えっと……」ギュッ
セシリア「あっ!」
箒「ほら、その形のまま使ってみろ。これでだいぶ安定するはずだ」
キリコ「……確かに」
箒「この前教えただろう? 全く……」
キリコ「……だいぶ、この食器にも慣れたな」
箒「ふふっ、そうかそうか」
キリコ「慣れれば案外、器用な事ができるものだ」
箒「あぁ、そうだな」
659:
キリコ「……」カチャカチャッ
箒「……」
キリコ「……ぐっ」カチャカチャッ
箒「……魚、食べにくいか?」
キリコ「あ、あぁ……」
箒「どれ、貸してみろ」
キリコ「……」
箒「いいか、こうやって真ん中を箸ですっ、とやってな……」
セシリア「まぁ……綺麗に取れていきますわ」
箒「どうだ。これで食べられるだろう」
キリコ「……すまない」
箒「お安い御用だ」
キリコ「……」モグモグ
セシリア「……はっ(か、感心してる場合じゃありませんわ。今の一連の状況は明らかにおかしいですわ!)」
660:
箒「ん、どうしたセシリア。進んでないぞ」
セシリア「……な、なんですの、今の……しれっとキリコさんの手を握ったり……」
キリコ「どうした。食べないのか」
箒「食べないのに来たのか?」
セシリア「い、いえ。何でもありません……い、いただきます……(機を逸してしまいました……)」
キリコ「……」モグモグ
箒「いやぁしかし、残っていて良かったな」
セシリア「(いえ、ここは前向きに攻めるのです)……えぇ。それに、こうして人の少ない、静かな場所で食べるのも中々良いものですね。
  特に、そういう雰囲気の似合う殿方と御一緒ですと、尚更……」
キリコ「……そう言えば、箒」
セシリア「……」
箒「ん、何だ?」
キリコ「特訓と言っていたが、誰と特訓していたんだ」
箒「あ、あぁ……それか。鈴と、ちょっとな」
セシリア「……り、鈴さんと特訓ですか。やはり、今度のトーナメントに向けて、ですのね」
箒「ま、まぁ……そう、だな。少しくらいは、か、勝ちたいしな……」
661:
セシリア「はっ、白々しい。本当は優勝したいのでしょう? 優勝すれば……」
箒「ん゛んっ! ごほっ! ごほっ!」
セシリア「あぁ、あぁ。そんな露骨に反応しなくても……」サスサス
キリコ「……どうした」
箒「い、いや……ごほっ……なん、でもない……」
キリコ「……これを飲め」
箒「あ、あぁ、すまない……」ゴクゴク
セシリア「……もうよろしくて?」
箒「あぁ……もう良くなった……」
キリコ「……優勝、するのか」
箒「ん……ま、まぁ……やるからには優勝を目指す。難しくてもな」
セシリア「理由はともあれ、ですか?」
箒「……そうだ」
セシリア「では、私も、優勝を狙いますわ」
箒「き、貴様……やはり……」
セシリア「えぇ、勿論……狙いますわよ」
箒「……そうか」
セシリア「えぇ……」
箒「……」
セシリア「……」
662:
キリコ「……早く食べろ。食堂の職員も、片付けがある」
箒「……ふっ、そうだな」
セシリア「えぇ……早く食べてしまいましょう」
キリコ「……」モグモグ
セシリア「……」モグッ
箒「……」モグモグ
キリコ「……そう言えば」
箒「何だ」
キリコ「校内で、妙な噂が流れているようだな」
セシリア「噂? も、もしかして、この前の事件が誰かに漏れていたとか……」
キリコ「いや。あのトーナメントで優勝すれば、俺が景品として貰えるとか何とか」
箒「なっ……し、知ってたのか!」
キリコ「あれだけ異様な視線を受けて、あれだけ大声で喋られれば、嫌でもわかる」
セシリア「お、おほほ……わ、私は、そんな邪な考えではありませんのよ? ただ単純に、優勝しようと……」
キリコ「……どうやら、お前があの時言った言葉が、曲解して回ったようだな」
箒「ば、馬鹿! 言うなっ……」
セシリア「な、なんですの! やはり、箒さんが絡んでいたのですね!」
箒「ち、違う! 私は何も言っていない!」
663:
キリコ「……安心しろ。俺は、誰の物にもなる気は無い」
箒「へっ?」
セシリア「はい?」
キリコ「俺は、品物じゃない。俺が負けたとしても、突っぱねればそれで済む」
箒「そ、そう、だよな……」
セシリア「ま、まぁ……当然、ですわよね……」
キリコ「……」モグモグ
箒「……」
セシリア「……」
箒・セシリア「「はぁ……」」
キリコ「……それに、箒」
箒「?」
664:
キリコ「お前以外の人間と、約束した覚えは無い。俺は、お前との約束だけを守ればいい」
箒「……キリコ……」
キリコ「……それだけだ」
セシリア「はい? な、なんですの?」
キリコ「……」モグモグ
箒「そ、そうか……そうだよな! あぁ! 勿論約束は守って貰うとも!」
セシリア「な、何の話ですの!」
箒「さぁセシリア! ご飯を早く食べようじゃないか! なぁ!」
セシリア「な、何をそんなご機嫌になってますの! なんですのこれは!」
キリコ「……」モグモグ
箒「よし、大会の為にも食べねば!」モグモグ
セシリア「……も、もう! 少しくらい話してくれても良いじゃありませんか!」
キリコ「早く食べろ。冷めるぞ」
665:
セシリア「くっ……もう!」
キリコ「……こいつは、何を怒っているんだ」
箒「さぁな。まっ、ほっとけ」
セシリア「ぐぬぬっ……お、覚えてらっしゃい箒さん!」モグモグ
箒「おぉおぉ、食え食え。体力でもせいぜいつけていろ」
セシリア「きぃいっ……」
キリコ「……元気だな」
箒「ふふっ……」モグモグ
キリコ「……」
……
666:
セシリア「……では私はこちらですので、これにて……」
キリコ「あぁ」
箒「またな、セシリア」
セシリア「はい、また明日……箒さん、もうキリコさんに妙な事をしないように!」
箒「だ、誰がするか!」
セシリア「それでは、お休みなさいキリコさん」
キリコ「……またな」
箒「全く……」
キリコ「……」
箒「……さて、私も途中までだが行くか。早くしないと、シャルルの分が冷めてしまうぞ」
キリコ「そうだな」
箒「……」
キリコ「……」
667:
箒「な、なぁ、キリコ」
キリコ「……何だ」
箒「その……この前は、悪かったな」
キリコ「……この前?」
箒「いや……この間のお前が回復した時に、その……手を振り払っただろ?」
キリコ「……そうだったか」
箒「そうだ。その、すまなかったな……突然の事で、驚いたのもあったんだ……」
キリコ「……そうか」
箒「……それに、その……逃げるように外に出てしまったし……」
キリコ「……」
箒「……絶対に、振り解いてはいけないものなのに……よくわからないが、怖くなって……」
キリコ「……」
箒「……本当に、すまなかった」
キリコ「……何を、そこまで謝る必要があるんだ」
箒「いや、その……ただ、どうしても謝らなければと、思って……」
キリコ「……そうか」
箒「あぁ……」
キリコ「……」
668:
箒「……わ、私はっ……」
キリコ「箒」
箒「……キリコ?」
キリコ「……俺は、気にしていない。そこまで気に病むこともない」
箒「い、いやしかし……」
キリコ「……謝らなくても、いい」
箒「……」
キリコ「……わかったか」
箒「……わかった」
キリコ「それで、いい」
箒「……」
キリコ「……」
箒「……な、なぁ、キリコ」
キリコ「何だ」
669:
箒「い、今なら、別に……手を繋いでも、良いぞ?」
キリコ「……このトレイはどうする」
箒「あ、いやすまん……い、今のは無しだ、無し……」
キリコ「……さっきは腕組みもしたから、いいだろう」
箒「あ、あれは、その……何と言うか……弾みで……それに、その時はセシリアもいたじゃないかっ」
キリコ「……そうだったな」
箒「……」
キリコ「……」
箒「じゃ、じゃあ……」
キリコ「……」
箒「こ、今度……手を、繋いでもいいか?」
キリコ「今度?」
箒「あ、あぁと……トーナメントが終わって、忙しくなくなった後で良い。そ、その時に……二人だけで外出してくれないか。
 そ、その時に……ずっと……手を、だな……」
キリコ「……やけに、真っすぐに言うな」
箒「つ、ついこの間……お前に……こ、ここ、告白をっ、したばかりだろ……私がお前をどう思ってるのか、知ってるはずだ」
キリコ「……そうだったな」
670:
箒「……なぁ」
キリコ「何だ」
箒「……お、お前は、どうなんだ?」
キリコ「……俺か」
箒「……」
キリコ「……俺は……」
箒「っ……い、いや、やはりいい。それを聞いたら、今度のトーナメントの意味が無くなる」
キリコ「……そうか」
箒(はぁ……情けない。周りの連中を見ていて、私の腕と、キリコの私に対する気持ち、その両方が不安だと思うだなんて……)
箒「……」
キリコ「……おい」
箒「な、なんだ?」
キリコ「もう、俺の部屋だ」
671:
箒「も、もう着いていたのか。すまん、呆けていた」
キリコ「……大丈夫か」
箒「へ、平気だ。問題無い」
キリコ「……そうか」
箒「……ん、そう言えば」
キリコ「どうした」
箒「その定食、シャルルには食べづらいんじゃないか? ほら、焼き魚だろ」
キリコ「……確かに」
箒「わ、私が手伝ってやろうか?」
キリコ「何?」
箒「い、いや。お前の箸裁きを見ていて不安だったから……」
キリコ「……そうか、そうして貰えるなら助かる」
箒「そ、そうか。なら私も行こう」
キリコ「……シャルル、いるか」
箒「ん? 鍵を忘れたのか」
キリコ「……そんなところだ」
672:
「う、うんいるよ! どうしたの!」
キリコ「飯を持ってきた。箒も一緒だ。だから、先に着替えろ」
「……あっ、そ、そうだね! ちょっと待ってて!」
箒「シャルルの容体はどんな感じだ?」
キリコ「単なる疲労だ。もう大丈夫だろう」
箒「そうか……まぁ、色々あったからな」
キリコ「……あぁ」
ガチャッ
シャル「ゴメン、遅くなって。入っていいよ」
箒「邪魔する……部屋の様子は、さして変わってないみたいだな」
673:
シャル「あ、あぁうん。あんまり荷物無かったから。そういえば、箒が前の同居人だったんだっけ」
箒「まぁな」
キリコ「……シャルル、定食だ」
シャル「わぁ、ありがとうキリコ……あ、あれ……もしかしてこれって……」
キリコ「あぁ、箸を使って食べるものだ」
シャル「う、うぇえ……」
キリコ「嫌いか」
シャル「ち、違うよ! け、けど……箸が苦手というか……」
箒「ふふふっ、安心しろシャルル。その為に私が来たのだ」
シャル「箒……そっか、箒は日本人だもんね」
箒「あぁ。これくらい任せておけ」
シャル「あはは、頼もしいな」
箒「えっと……よし……」スッ
シャル「へぇ……そうやるんだぁ……」
箒「シャルルは箸の練習をしてるのか?」
シャル「え? あぁ、うん。ここは日本な訳だし、慣れなきゃなぁって思ってやってるけど、難しくって」
箒「ははっ、まぁ難しいだろうなぁ。日本人でも間違えてるのがいるくらいだ」
シャル「へぇ、そうなんだ」
674:
箒「キリコのも見てやってるんだが、アイツは呑み込みが早いな。もう大概はできるようになった」
シャル「よし、じゃあ僕もキリコに負けないようにしないとね」
箒「……あれ、キリコは?」
シャル「……あれ、いない」
サァアアッ……
シャル「……シャ、シャワーか(女子が二人もいるのにお構いなしなのは、さすがって感じだね……)」
箒「そう言えば、キリコがいつもシャワーを浴びる時間だったな」
シャル「へぇー……キリコの事、本当によく知ってるね」
箒「と、当然だ。この学校では私が一番付き合いが長いのだからな」
シャル「鈴もそんな話をしてたような気がするけど」
箒「あ、アイツはまた別だ」
シャル「そっか。でも、いいなぁ……幼馴染ってヤツでしょ?」
箒「……あぁ、そうだな」
シャル「そういう、気を許せる人がいるっていうのは羨ましいな」
箒「そ、そう、かな」
シャル「ねぇ、昔のキリコってどんな感じの子だったの? やっぱり、今みたいに無口?」
箒「ま、まぁそうだな……だが、今よりはもっと喋っていたし……笑ったりもした……」
シャル「……そっか」
箒「……」
シャル「キリコが子どもの頃かぁ……全然想像できないや」
675:
箒「……すまん、シャルル」
シャル「何?」
箒「さっき言ったのは嘘だ」
シャル「嘘?」
箒「一番付き合いが長いと言ったが、実際は……キリコにとっては、鈴の方が長いだろう。キリコは、私との思い出を持っていないんだ」
シャル「……どういう事?」
箒「……」
シャル「……何か、大変な事があって……キリコは忘れちゃったって事?」
箒「……そんな所だ」
シャル「……そっか……それは、辛い事だね……」
箒「……何だろうな……辛いというより、虚しいよ。もう会えないと思っていたのに、また会えて……でも、私との思い出は無くて。
 しかも、それを思い出させようとすると……拒まれて……」
シャル「……」
箒「……すまん、こんな話をしたら飯がまずくなるな。ほら、もう身は取れたから、食べていいぞ」
シャル「……うん、ありがとう箒」
箒「お安い御用だ」
シャル「……うん、おいしいよ。お腹空きっぱなしで、もう少しでお腹が背中にくっついちゃう所だったんだ」
箒「そ、そうか。ちょっと長居し過ぎてしまってな……もっと早く来ればよかったな、すまん」
シャル「謝らなくていいよ。わざわざ持って来てくれたんだもん。こっちが謝らないといけないくらい」
箒「そ、そうか……」
シャル「うん。だから気にしないで」
箒「……」
シャル「あっさりした味で、おいしいね」モグモグ
箒「……お前は」
シャル「ん?」
676:
箒「お前は、良いヤツだな」
シャル「へ?」
箒「なぁ、シャルル。お前に頼みがある」ガシッ
シャル「な、なにっ?」
箒「キリコの事を、大事にしてやってくれ。お前は気も利くし、人との距離のとり方も不器用な私より遥かに上手いし、アイツもきっと気楽に付き合えるはずだ。
 それに、お前はISの腕もある。アイツの友人として、良い好敵手として、アイツに接してやってくれ」
シャル「ほ、箒……」
箒「突然だし、訳のわからない事を言ってるのは自分でもわかっている。だが、聞いて欲しい」
シャル「……」
箒「今のキリコも十分良いヤツだ……だが、やはり私は、昔のようにもっと笑うキリコが見たい。
 だから、その為にも……シャルル、お前に……キリコにとって良い友人であって欲しいんだ」
シャル「……」
箒「勝手な言い分かもしれない……だが、お前にしか頼めないんだ……」
シャル「……」
箒「……」
シャル「……わかった。頑張ってみる」
箒「……本当か!」
シャル「うん、本当だよ」
箒「……あぁ、ありがとうシャルル」
シャル「あはは。それに、頼まれなくても僕はキリコと仲良くなりたいと思ってるから、心配いらないよ。
 この調子で友達増やして、キリコの笑う姿をもっと拝みたいし。ね?」
箒「……シャルル……」
677:
シャル「ふふんっ、僕に惚れちゃっても良いんだよ?」
箒「な、何を言ってるんだっ」
シャル「あははっ、冗談だよ。箒は、キリコにゾッコン? だもんね」
箒「なっ……も、もうちょっと表現のしようがあるだろう……」
シャル「だって、これ以外に良い表現が見つからなかったんだもん。恋に真っすぐ、そんな感じだ」
箒「くっ……さすがフランス人か……」
シャル「あ、あんまり関係ないかなぁ……」
箒「……あ、あまりキリコとか、他人とかには言わないでくれよ?」
シャル「わかってるわかってる。僕も僕なりに、応援するからさ」
箒「……すまん」
シャル「さて、じゃあこの話はお終い。キリコもそろそろお風呂から出るだろうし」
箒「そ、そうだな」
シャル「……頑張ってね、箒。臆病にならないで、真っすぐ行くんだ」
箒「……あぁっ」
678:
シャル「ふふっ……あ、そう言えば、そろそろタッグトーナメントのタッグ希望を聞かれるらしいね。箒はどうするの?」
箒「あ、あぁ……そう言えばそうだな……」
シャル「僕は一応キリコに頼むつもりだけどね」
箒「ま、まぁそれが妥当だろうな。二人のあの射撃技術なら、怖いもの無しだろう」
シャル「まぁ、キリコ一人でも千人力あるだろうし、僕はお荷物にならないように頑張るよ」
箒「そんなことないさ、あれだけの腕があるんだ」
シャル「あはは、ありがとう」
箒(しかし……そうか、タッグの相手か……すっかり失念していた)
箒(セシリアや鈴には……頼めないしな。万一優勝したら喧嘩になる)
箒(……あ、案外問題だな、これは……)
ガチャッ
679:
キリコ「……食べ終わったか」
シャル「あ、キリコ。あがったんだ。もうちょっとで食べ終わるよ」
キリコ「そうか。食べ終わったら俺が片付けに行く」
シャル「えぇ? それは悪いよ。片付けぐらいは僕が行くよ」
キリコ「……お前は、疲れているんだ。だから、俺が行く」
シャル「……そ、そうだったね……じゃ、じゃあお願いするよ」
箒「もう自分で平気だと思った所が一番危ないからな。私達に任せておけ」
シャル「う、うん」
キリコ「……別にお前まで来る必要は無いが」
箒「い、良いだろう別に……そ、それに……」
キリコ「何か、ついでの用事でもあるのか」
箒「お、お前と……話す時間ができるし……」モジモジ
キリコ「……」
シャル(ふふっ……早頑張ってるね、箒)
680:
キリコ「……そうか。なら、ついて来ると良い」
箒「ほ、本当か?」
キリコ「……あぁ……妙な話を、しないならな」
箒「……そ、そうか」
シャル「……ふぅ、ごちそうさま。おいしかったぁ」
キリコ「……食べ終わったか。なら、これは下げるぞ」
シャル「うん、ごめんね手間かけさせちゃって」
キリコ「気にするな、もう寝ていろ」
シャル「うん、そうするよ」
箒「早く本調子に戻ると良いな」
シャル「うん。じゃあお先にお休み、二人とも」
キリコ「……あぁ」
箒「お休み、シャルル」
ガチャッ バタンッ
681:
シャル「……」
シャル(人を騙したり、妙な発作を持ってる人間に好きになられるよりは……こっちの方が断然良いよね……)
シャル(はぁ……好きになったばっかりなのに、もう遮られちゃったか……)
シャル「……」
シャル「……お休み……箒、キリコ」
……
682:
キリコ「……今日も、旨かった」
「はーい、いつもありがとねー」
キリコ「……帰るか」
箒「そ、そうだな」
キリコ「……別に、ここまでついて来る事は無かったんだが、本当に大丈夫なのか」
箒「い、いや。さっきも言ったように、私はこうしていたいから、ついて来ているだけだ」
キリコ「……そうか」
箒「あ、あぁ……」
キリコ「……」
箒(はぁ……いや、いつもキリコは意識しているんだろうが……こう、明確に言われた後だと……落ちつかないな……)
683:
キリコ「……箒」
箒「……」
キリコ「おい」
箒「な、なんだ」
キリコ「……上の空、と言った感じだったが、何かあったのか」
箒「……いや、大した事じゃないんだ。気にしなくていい」
キリコ「そうか」
箒「……」
箒(いや、違う……臆病になってどうする……さっきシャルルに言われたばかりだろうが)
箒(キリコとこうして会えた、しかしそれだけに甘んじていては先には進まない……)
箒(……私には、もう一緒にいれる、家族なんて呼べるものはいない)
箒(あの炎に、消えていった……)
箒(……キリコまでそうなりかけた……)
箒(……もうそんな事にならないように、あの時私はキリコに思いの丈を打ち明けたはずだ)
箒(キリコだって、絡まれるのが嫌いじゃないらしいし、そもそも私がへたれてはいかん)
箒(……今更、何を恐れる事がある。貪欲になれ、篠ノ之箒!)
684:
箒「……な、なぁキリコ」
キリコ「……何だ」
箒「……さっき、な? 今度、手を握ってくれとか、言っただろう?」
キリコ「……そうだな」
箒「……い、今じゃ、ダメか?」
キリコ「……」
箒「い、いや……今なら人も外にそうそう出ないだろうし、夜だから雰囲気もあ……いや何を言ってるんだ私は……」
キリコ「……」
箒「す、すまん……帰って寝た方が良いなこれは」
キリコ「……」スッ
箒「ん……な、なんだ、その手は」
キリコ「……お前が、言ったんだろう」
箒「……」
キリコ「……」
685:
箒「つ、つまりこれは……そ、そういう意味か?」
キリコ「あぁ」
箒「……そ、そうか……ほ、本当に、良いんだな?」
キリコ「……何を躊躇っているのかわからんが」
箒(い、いいのか? これは……い、いいんだな?)
箒「……わ、わかった」
キリコ「……」
686:
箒「……え、えいっ」ギュッ
キリコ「……」
箒「……う、うぅ……」
キリコ「……何を、固まっているんだ」
箒「う、うるさい! 何でもない!」
キリコ「……行くぞ」グイッ
箒「……お、おっと」
キリコ「これで、いいのか――っ!」
687:
「手をはなすな」
「で、でも、お父さんが……お母さんが……あの中に!」
「俺は、お前を助けるように言われた……だから、手をはなさない。今は、俺がいっしょにいる。だから、ついて来い」
「……わかった」
「……はなすなよ」グイッ
「うん……」
688:
キリコ「――っ」グラッ
箒「ど、どうした?」
キリコ「はぁ、はぁ……」
箒「だ、大丈夫か。どうしたんだ急に」
キリコ「い、いや……何でも、ない……」
キリコ(何だ、今のは……コイツの手を、引っ張った途端に……)
箒「……キリコ?」
キリコ「……大丈夫だ」
箒「……お前も、シャルル同様に疲れが溜まってるんじゃないか? 早く寝た方が良い」
キリコ「……そうだな」
キリコ(……これは、確実にあの時の記憶の断片だ……)
キリコ(……サンサ……)
689:
箒「ほら、早く部屋に戻ろう。なんなら、肩も貸すぞ」
キリコ「……」
箒「おい、本当に大丈夫か?」
キリコ「……いや、このまま手を引いてくれれば良い」
箒「そ、そうか。じゃあ、行こう」
キリコ「……あぁ」
箒「ま、全く。兵士たる者、自分の体調管理くらいできなくてどうする。無理なら無理、そう判断せねばならぬ時もあるというのに」
キリコ「……すまん」
箒「はぁ……まぁ、お前も人間だ。不調の時ぐらい、頼る事を覚えろ。お前は、一人じゃないんだ」
キリコ「……」
箒「わかったな?」
キリコ「……あぁ」
箒「よろしい(よ、よし。なんとかいつも通りに戻ったぞ。このままふつーに、ふつーにいけば良い……緊張する事は無い)」
690:
キリコ「……」スタスタ
箒「……」スタスタ
箒(う、うぅ……今更だが、こう実際にやってみると……やはり恥ずかしい……)
キリコ「……」
箒(あぁーっ……こういう時はどうすればいいんだ……何かシャルルに聞いてくれば良かった……)
キリコ「……」
箒(キリコは喋らないし、沈黙が気まずいし……)
キリコ「……」
箒(それに……い、今思うとこれ凄い状況だな……好きだと知られてる人間と、手を繋ぐというのは……。
 い、いや落ちつけ。こういう心理状態の時こそ一番ヘマをしやすいんだ)
キリコ「……」
691:
箒「にゃ、にゃあキリコ」
キリコ「……何の鳴き声の真似だ?」
箒「ち、違うっ……か、噛んだだけだ」
キリコ「……そうか」
箒「そ、それでな、キリコ。い、今こうして手を繋いでる訳だが……」
キリコ「あぁ……」
箒「こ、これはあれだ、その……こ、今度外出する時の予行も兼ねているからな。適当にやるなよ」
キリコ「……あぁ」
箒「……え、えっと……」
キリコ「……」
箒「……な、なぁ」
キリコ「何だ」
箒「その……さっきは、その……セシリアとも腕組んだだろ?」
キリコ「……あぁ」
692:
箒「その……そ、そういうのは、良くないと思うんだ」
キリコ「何故」
箒「い、いやぁ……私はこうやって約束という手順を踏んでいるからいいが……その、若い男女がそう易々と体を密着させるのは、
 良くないと思うんだ(な、何を言い始めているんだ私は……)」
キリコ「そういうものか」
箒「そうだ。そ、それに、お前は私の告白を受けている最中なんだ。よって、他の女に現を抜かすのも褒められたものじゃない」
キリコ「そうか」
箒「だ、だから、その……私との約束がちゃんと完了するまで、そういう事は控えろ」
キリコ「……そうか」
箒「そ、その間……お前の手を引いて良いのは私だけだ。良いな」
キリコ「……」
箒「き、聞こえてるか?」
キリコ「……わかった」
箒「よ、よし、それでいい(ど、どさくさにまぎれてトンデモない約束をしてしまった……)」
キリコ「……それで、お前が満足するなら、それでいい」
箒「……あぁ。大満足だ」
キリコ「……そうか」
箒(や、やった……暴走気味の会話だったが、なんだか良い約束を取り付けられたぞ……こ、これで少しは鈴やセシリアに……)
693:
キリコ「……箒」
箒「……」
キリコ「……聞こえてるのか」
箒「な、なんだ」
キリコ「もう俺の部屋だ」
箒「あ、もう着いたのか」
キリコ「さっきも俺の部屋の前に着くと呆けていたが、やはり何かあったのか」
箒「い、いや違うんだ。少し考え事をしていて……」
キリコ「……そうか」
箒「……じゃ、じゃあ、今日はここまでだな」
キリコ「あぁ」
箒「少しは自分の体も労るんだぞ。良いな?」
キリコ「わかった」
箒「……よ、よし。それじゃあ、また明日な」
キリコ「……あぁ」
箒「お休み、キリコ」
キリコ「あぁ」
694:
箒「や、約束は、守るんだぞ!」
キリコ「……お前もな」
箒「わ、わかっている! は、早く寝ろ!」
キリコ「……じゃあな」
箒「あ、あぁ……」
ガチャッ バタンッ
箒「……」
箒「はぁ……まだ心臓がドキドキ言ってる……」
箒(……)
箒(よし、よしよし、よしっ!)
箒(やればできるじゃないか篠ノ之箒!)
箒(やったぞ、やってやった! 私はやったぞ!)
箒(やった……)
箒(……)
箒「はぁ……」
箒「もう、寝るか……何だか、気張りすぎたようだ」
……
695:
ガチャッ
キリコ「……」
シャル「あ、おかえりキリコ」
キリコ「……あぁ」
シャル「ねぇねぇ、どうだった?」
キリコ「……」
シャル「……あれ、キリコ?」
キリコ「……」ボフッ
シャル「どうかしたの?」
キリコ「……いや」
シャル「そ、そう? なら良いんだけど……」
キリコ「……俺は、もう寝る」
シャル「わ、わかった。おやすみ、キリコ」
キリコ「……あぁ」
シャル(な、何か仕出かしちゃったのかな、箒……)
キリコ「……」
696:
地獄の景色が、俺が受け入れようとしていたこの甘い時間の中に、サブリミナルとなって現れる。
業火、人、あの兵器、逃がし方、あの手……記憶の断片が不気味なノイズを伴い、飽和した耳鳴りのように響く。
しかし、以前のような苦しみは薄れつつあった。
理由は、わからない。ただ漠然と、俺は箒の事を思い出していた。
彼女は、俺の何なのか。俺の思い出したくない過去を知り、そして俺に好意を正面から見せる彼女は。
彼女を無意識に突き放す事ができないでいたのは、過去に何かあったからなのか。
彼女を知れば、俺はあの苦しみの過去から解き放たれるのか。
いくら考えても、知らない事について答えが出るはずはない。
問いに見合う答えすら、無いのかもしれない。
深い思考と共に、俺は眠りについた。
この甘く、温い、地獄の中で。
――
697:
ラウラ「……」
ラウラ(憎い……)
ラウラ(憎い、憎い)
ラウラ(あの戦争の犬が……憎い……)
ラウラ(教官の家族でありながら、悪魔に魂を売り、レッドショルダーとなったヤツが……)
ラウラ(夜風に当たっても……この感情は冷える事はを知らない)
ラウラ(教官に仇なす、あの男……キリコ・キュービィー……)
ラウラ(汚点だ。一点の曇り無き教官の、唯一の汚点。それが、ヤツだ)
ラウラ(……私の存在意義が、教官に会えてから得られたものだとするならば、私はやらねばならない)
ラウラ(ヤツを……)
ラウラ「ヤツを、殺す……キリコ・キュービィー……」
――
698:
我が生は、異者の血で洗礼された。
救いを求め神を崇めるならば容易い。況してや、異端者を屠る事すら忌憚しない。
我が身をして剣となり、その敵を穿てるならば、空を切り裂く十字の下で殉じよう。
この身に流れる血すら、神に愛されてはならぬものなのだから。
次回、「殉教」
しかし、死ぬ事すら、神が与える権利だとしたら。
――
722:
シャル「……」
キリコ「……」スースー
シャル「はぁ……」
シャル(だから、ここにいろ……かぁ……)
シャル(キリコにそういう気が無いのは知ってるけど、一歩間違えれば告白みたいなものなんだけどなぁ……)
シャル(……うーん、やっぱり……相手が悪いかなぁ……幼馴染だし、もう吹っ切れちゃってるみたいだし……)
シャル(……ううん。僕はもう、応援するって決めたんだから。未練がましくしてちゃダメだ)
シャル(二人の事応援して、戦争で傷付いたキリコを癒してあげないと)
シャル(きっとキリコを癒すその役目は、箒にしかできないんだから……)
723:
シャル「……」
キリコ「……」スースー
シャル(はぁ……この寝顔も箒が独占かぁ……)
シャル(なんだか惜しい――)
ドクンッ
シャル「……」
キリコ「……」スースー
724:
シャル「……」ドクンドクンッ
シャル(……おかしいな……)
シャル(この前から発作は来てなかったはずなのに、また妙な感じがする……ただ、キリコを眺めてただけなのに……)
シャル(箒にあんなアドバイスした後で、この発作が来るなんて……)
シャル(……キリコが、あんな事言ってくれた後に、この発作が……)
シャル(……)
シャル(つ、衝立をしておこう……そうすれば、キリコを直視しないで済む。きっと、発作も無くなる)
シャル「……」スッ
シャル(音を、たてないように……)
シャル「……」ピクッ
725:
シャル(あ、あれ……これは……)
シャル(は、鋏か……あはは……ど、どうしてこんな所に置いてあったんだっけ……)
シャル(……鋏、か……)
シャル「……」パシッ
シャル(……ど、どこかにしまっておこうね……誰かを、刺したりしないように)
シャル(……)
キリコ「……」スースー
シャル「……」
726:
カサカサッ
シャル「っ!」
ザシュッ
シャル「はぁっ、はぁっ……」
727:
キリコ「!?」カチャッ
シャル「はぁ、はぁ……」
キリコ「……何を、している」
シャル「……」
キリコ「……」
シャル「虫が……」
キリコ「……」
シャル「虫が、出たから……鋏で、刺したんだ」
パチッ ブゥーンッ……
キリコ「……どうやら、本当のようだな」
シャル「……うん。悪い虫だったら危ないから、ね……」
キリコ「……」
シャル「……」
728:
キリコ「……早く、寝ろ」
シャル「う、うん……わかった。あ、それと……きょ、今日から、衝立立てても良いかな? す、少し、恥ずかしい、なんて……」
キリコ「……構わない」
シャル「あ、ありがとう……」ガララッ
キリコ「……」
シャル「お、おやすみっ。キリコ」
キリコ「……あぁ」
シャル「……」
シャル(……マズイな、これは……)
シャル「……」
729:
――
 第八話
 「殉教」
――
730:
箒「……」スタスタ
キリコ「……」スタスタ
箒(この沈黙も慣れてきたか……)
箒(キリコは元来寡黙だが、私に向けるこの沈黙は……やはり少し他とは違うような気がする)
箒(他の者と歩いてる時は、なんかこう歩調が早いが……今は、私に合わせてゆっくりと歩いてくれている)
箒(……私の、こじつけかも知れないが……あまり、気を遣わなくても良い相手、くらいには認識してくれてはいるはずだ)
箒(……最初は、つけ放されそうなくらいだったが……ちゃんと、関係は修復できている)
箒(欲を言うなら……あの、記憶を……)
731:
箒「……ふぅわ?……」
箒(い、いかん……ここ最近、鈴と訓練したり、キリコの弁当を作ったり、他にも色々して寝不足だな……)
キリコ「……箒」
箒「な、なんだ?」
キリコ「今日は、弁当は持って来ているのか」
箒「べ、弁当か……ちゃんと持って来ているぞ」
キリコ「……そうか」
箒「あぁ。きょ、今日のは、少し自信があるんだ。ちゃんと昨日の夜から下準備をしてるからな」
キリコ「……そうか」
箒「あぁ」
732:
キリコ「……箒」
箒「なんだ」
キリコ「……別に、俺の分まで作らなくてもいい」
箒「……え? そ、それは、どういう……」
キリコ「……」
箒「も、もしかして、おいしくなかったか? それとも単に迷惑だったとか……」
キリコ「そうじゃない」
箒「じゃ、じゃあ何だ?」
キリコ「……ここ最近のお前は、少し時間が無さそうに見える。トーナメントに向けての訓練もやっているのだろうから、
 俺の為に時間を裂く必要は無い」
箒「な、何だ、そういう事か……馬鹿を言え。一人分も二人分も、作る労力はさして変わらない。所詮自分の分を作る延長なんだ。
 だから、心配しなくてもいい」
キリコ「……」
箒「……私がしたくてしている事だ。やらせてくれ」
キリコ「……わかった」
箒「……」
キリコ「……」
733:
箒「な、なぁ」
キリコ「何だ」
箒「い、いつもちゃんと味は聞いてるが……ほ、本当に私の作る料理は旨いんだよな?」
キリコ「……あぁ」
箒「そ、そうか。安心した」
キリコ「……」
箒「……良かった」
キリコ「……」
箒「……」
734:
箒「……あっ」
箒(……い、今は周りに誰もいない……)
箒(キ、キリコと二人きり……)
箒(い、今なら……また、手を繋いでも……)チラッ
キリコ「……」
箒「……」ドキドキ
キリコ「……」
箒(ま、前にだってあったじゃないか、こんな事……あ、あの時は二回ともセシリアがいたが……)
箒(……)
箒(……よ、よし……)
キリコ「……」
箒(き、気付かれないように……)
箒(そぉっと……そぉっと……)ソロー……
キリコ「……」
箒(も、もう少し……)ドキドキ
735:
鈴「おっはよー二人とも」
箒「ひゃあっ!」ビクッ
鈴「? 何ビックリしてんのよ」
キリコ「……鈴か」
鈴「おはよ、キリコ」
箒「あ、あぁっ! お、おはよう鈴!」
鈴「お、おはよう箒……どしたの? 朝からうるさいけど」
箒「い、いやぁなんでもないぞ! 今日は調子が良いから、なんとなくな!」
鈴「そ、そう……調子良いのはわかったけど、溢れすぎよ。少しトーン下げなさい」
箒「あ、あぁ……すまん」
736:
鈴「はぁ……トーナメントまでまだまだあるけどさ、なんかこうあれね。皆もちょっと気合い入ってきたって感じ。
 今のアンタ含めてね」
箒「あ、あぁそうだな。IS訓練の授業は、皆真剣さが増しているように見える」
鈴「……やっぱ、あれよね。原因」
箒「まぁ……だろうな」
鈴「あれさ、シャルルも巻き込まれてるらしいわよ」
箒「あぁー……そんな事を聞いたような……」
キリコ「……」
鈴「モテる男は辛いんじゃないのぉ? キリコちゃん」
キリコ「知った事じゃない」
鈴「相手はそう思ってないんだって……あれ、そういえばシャルルは?」
キリコ「俺が出た時には、まだ寝ていた」
鈴「ふーん。夜更かしでもしてたのかしら」
キリコ「最近、俺が夜に部屋に戻る頃にはアイツは既に寝ている。それは無いだろう」
箒「ふん……ロングスリーパー、とかいうヤツじゃないのか。睡眠時間が人より長いとか言う話を聞いたぞ」
キリコ「……さぁな」
鈴「まぁ、シャルルも特訓とかで疲れてるんでしょ。案外、あの噂もシャルルの耳に入ってるのかもね」
箒「……ぞっとしないな。おっと、もう教室だ。またな鈴」
鈴「えぇ、また昼頃にね。あ、キリコ。ちゃんとシャルルも呼んどいてね。セシリアは、まぁ……ご自由に」
キリコ「……わかった」
プシューッ
737:
セシリア「あ、おはようございますキリコさん、箒さん」
箒「あぁ、おはようセシリア」
キリコ「早いな」
セシリア「えぇ。早寝早起きは、美容の基本ですから」
箒「む……そ、そうか」
セシリア「箒さんも、女性ならそれくらいも気を遣うべきだと思いますわ? 強かに、妖艶で柔らかな物腰を持つ。それが淑女の礎でしてよ?」
箒「よ、余計なお世話だ」
セシリア「それでですねキリコさん」ズイッ
キリコ「何だ」
738:
セシリア「今日はキチンとレシピを参考にして料理をしてみましたの。まぁ、少し私流のアレンジを加えてはいますが……。
  本に書かれていたものよりもとてもおいしく仕上がってるはずですわ!」
箒(アレンジをするからダメなんだと思うが……)
キリコ「……」
セシリア「この前のお詫びも兼ねて、シャルルさんにも是非食べて頂きたいのですが……ま、まずは、キリコさんに食べて欲しくて……」
プシューッ
シャル「お、おはよー皆(わざと早寝遅起きするのも大変だなぁ……)」
キリコ「シャルル、セシリアがお前に料理の事で話があるそうだ」
シャル「え、えぇ? ぼ、僕ぅ?」
セシリア「ち、違います! きょ、今日のは自信作ですので、キリコさんにまず食べて頂きたいのです!」
キリコ「……」
セシリア「男性なら誰もが好きであろうハンバーグを作って来ましたの。レシピも簡単でしたし、これならばきっと!」
キリコ「……そうか」
セシリア「はい!」
キリコ「……シャルル、今日の昼はいつも通り屋上に集合だ……セシリアもな」
セシリア「了解しましたわ!」
シャル「う、うへ?……」
セシリア「何か言いまして?」
シャル「な、何でも無いです」
セシリア「この雪辱、はらさでおくべきではないですの……」
プシューッ
739:
「朝からうるさい事だな。品の無いヤツらだ」
キリコ(またコイツか)
セシリア「……まぁ、ラウラさんじゃありませんか。お早いですのね。よっぽどやる事が無いご様子で」
ラウラ「ふん、妙な種馬に群がるセンスの無い女郎には、私の忙しさはわかるまい」
セシリア「……何ですって?」
ラウラ「いや、金魚のフンか。そこの下等なボトムズ乗りの後をぷかぷかと追う、な」
セシリア「……もう一度、言ってご覧なさい」
シャル「ちょ、ちょっとセシリアっ。落ちついて……」
セシリア「これが落ちついていられますか……私の事は我慢できるとして、キリコさんを……」
箒「セシリア、挑発に乗るんじゃない」
キリコ「……」
ラウラ「ふん……類は友は呼ぶな。この男の周りには、程度の低い人間しか集まらん」
キリコ「朝から人を煽るくらいしかやる事が無い奴とは、良い勝負だとは思うがな」
ラウラ「……ほう」
キリコ「……」
ラウラ「どうした。もっと何か言ってやりたいんじゃないか? ん?
 自分がひた隠した本性のままに、罵ってみたらどうだ。キリコ・キュービィー」
キリコ「……何の、話だ」
ラウラ「ふっ、しらばっくれるな。貴様、――」
プシューッ
740:
千冬「おはよう諸君……ん、どうした。妙に険悪な空気だが」
ラウラ「……」
キリコ「……」
セシリア「……」
千冬「はぁ……ったく、また面倒事かキュービィー」
キリコ「……あぁ」
千冬「配布物があるから少し早めに来てみればこれだ……ほら、喧嘩などしないで、これを配る手伝いくらいしろ」
キリコ「……了解」
千冬「ラウラ、お前もだ」
ラウラ「……はい、教官」
千冬「仲良くやれんなら、互いに喋らない事だ。お前は得意だろキュービィー、そうしていろ」
キリコ「……」
千冬「返事をしろ」
キリコ「……あぁ」
千冬「はいと言え」
キリコ「……はい」
741:
ラウラ「ふん、良い気味だな」
千冬「今言ったのが聞こえなかったか。互いに喋るなと言った」
ラウラ「申し訳ありません、教官」
キリコ「……」
千冬「はぁ……私は会議に戻る、じゃあな」
プシューッ
ラウラ「……」
キリコ「……」
セシリア「先生は怖いようですねぇ。ラウラ、さん」
ラウラ「吠えていろ、アバズレ」
セシリア「……ふんっ」
シャル(はぁ……険悪だよぉ……)
箒「……」
――
742:
箒「はぁ、全く……何なんだ一体……」
箒(……あの、ドイツの転校生……)
箒(転校初日にキリコを叩き、それ以降もキリコにくってかかる……)
箒(よほどAT乗りに恨みがあるのか、キリコ個人が気にいらないのか……)
箒(そういえば……織斑先生の事を、教官と呼んでいたな……キリコは、織斑先生の義弟……)
箒(何か関係がある……)
鈴「おーす箒。時間通りねぇー」
箒「……」
743:
鈴「もしもーし」
箒「ん……あ、あぁ鈴か。すまん」
鈴「考え事?」
セシリア「……あぁ……少し、な」
鈴「あぁ……あのラウラって子について考えてたでしょ」
箒「……まぁな。妙にキリコを目の敵にしていて……」
鈴「うーん、アンタと同じで、キリコについては難民センター以降の事は知らないからなぁ……どっかで恨みでも買ったのかしらね」
箒「キリコに限ってそんな事……」
鈴「キリコは戦争に出てたんだよ。それくらい、日常茶飯事でしょ」
箒「……」
鈴「ま、アンタが気にしてもしょうがないって。当事者達に任せないと、さ」
箒「そ、それはそうだが……」
745:
鈴「まっ、とやかく考える暇があるなら、アタシと戦って腕でも上げなさいよ」
箒「……そうだな」
鈴「よし、じゃあ優勝目指して邁進しましょう」
箒「……あぁっ」
鈴「そう来なくっちゃねぇ。ま、手加減はしないけど」
箒「ふっ、当然だ」
鈴「まっ、ISに関してはアタシが上って事、しっかり見せておかないとね……」
箒「ふんっ……訓練機と言えど、機体の性能に依らない腕で、お前くらいは倒せるさ」
鈴「キリコみたいに煽っても無反応より、アンタみたいに良い反応するヤツの方が相手し易いわ」
箒「そりゃどうも……」
キュイイインッ……
746:
鈴「やってやろうじゃないの……」
箒「さぁ、どこからでも……かかって来い」
鈴「……」
箒「……」
ダッ
箒「だぁああっ!」
鈴「はぁああっ!」
747:
ズギュゥウンッ
鈴「っ!?」
箒「!?」
ドカアアンッ
鈴「な、何!?」
箒「横から不意打ちとは……何者だ!?」
748:
ラウラ「……よう、金魚のフン共……」
箒「き、貴様は!」
鈴「あら、この前喧嘩売ってきた子じゃない? 何か用? 今見ての通り忙しいんだけど。
 それとも、ボコられたいって口で言う代わりにぶっぱなして来た訳?」
ラウラ「ふん、中国の甲龍か……実物は大した事無いな。
 データで見た時の方が、まだ強そうだったが……パイロットのせいか」
鈴「ホント、とんだ構ってちゃんねぇ……わざわざドイツくんだりからやってきて、惨めにやられたいだなんて。
 別にそういう趣味持ってても良いけどさ、どこでもひけらかすもんじゃないわよそんな変態趣味」
ラウラ「ふんっ。訓練機しか相手にできない臆病者に言う資格があるのか?
 その訓練機のパイロットも、機体と同様のつまらん腕なのだろうがな」
箒「ほう……貴様、言うな」
鈴「困ったヤツねぇ……ジャガイモの皮むきくらいしかやる事がなくて、頭に来ちゃった?」
ラウラ「ふっ、全く……ISも落ちたものだ。数くらいしか取り柄の無い国はパイロットの人選ミス。
 人に頭を下げる事しか能の無い国では、訓練機のパイロットしかいないと来た」
749:
鈴「……ねぇ、箒」
箒「……何だ、鈴」
鈴「……ちょうど、最近欲しいものができちゃってさぁ……アンタの機体スクラップにして売ったら儲かりそうじゃない!」ジャキンッ
箒「ふっ、あんなもの二束三文にもなりそうにないが、まぁ邪魔になるよりはどかした方がいいだろうなぁ……」シャキンッ
ラウラ「……下らん。あんな碌に会話もできん根暗の男を追いかける無様な雌に、私が負けるとでも?」
鈴「……今、アタシの中で切れちゃいけないものキレたんだけど……」
箒「あぁ……奇遇だな……私も、俗にいうプッツンという状況だ……」
ラウラ「……四の五の言わずに、二人掛かりでもなんでもかかって来るがいい。アバズレ共」
鈴・箒「「このっ!」」
……
750:
セシリア「ほ、本当に申し訳ありません……」
キリコ「……」
シャル「はい、キリコ……胃腸薬だよ……」
キリコ「……あぁ、すまない」
シャル「うぅ……食べた時はまだ味がおかしい程度だったけど、放課後になって腹痛になるとは……」
セシリア「……その、何と言ったら良いか……」
シャル「こ、これからは鈴か箒に頼んで、料理を教えて貰うようにして……こ、これはさすがに擁護しようが無いよ」
キリコ「……そうだな」
セシリア「は、はい……」
シャル(セシリアは凄く良い子なんだけどなぁ……でもこれから毎日こういう事があると思うと僕死んじゃうよ……)
キリコ「……」
752:
シャル「……そ、それで……今日も特訓する? 鈴と箒は別でやりたいとか言ってたから……セシリアも一緒にさ」
セシリア「わ、私ですか?」
キリコ「あぁ」
セシリア「え、えぇと……その……私は、見ているだけで良い……かと……」
シャル「えぇ? 実際に試合やる方が良いと思うけど」
セシリア「そ、その……今日は調子が悪くて……」
キリコ「……そうか」
シャル「……」
シャル(……セシリアも、何故かキリコと模擬試合やろうとしないんだよねぇ……)
シャル(何かこう……妙に怯えてるというか……)
タタタタッ
「第三アリーナで、代表候補生が模擬戦やってるって!」
「早く早く!」
シャル「……何だろう……」
セシリア「……もしかして、鈴さんとラウラとかいう子では……」
キリコ「……行くぞ」
シャル「う、うんっ」
セシリア「はいっ」
タタタッ
753:
シャル(何だか、嫌な予感がする……)
キリコ「……」
セシリア「第三アリーナはこちらの道の方が近いですわ」
キリコ「あぁ」
セシリア「……まさか、私闘……」
シャル「……そうじゃない事を祈りたいよ」
キリコ「……ここか」
ドガアァアンッ
シャル「あっ……」
セシリア「こ、これは……」
754:
箒「くっ……」
鈴「いたた……」
鈴「鈴と箒だ!」
キリコ「箒……」
セシリア「やはり……」
ラウラ「どうした、膝を地面につけて。よほど地べたが好きなのか? ならば戦場の蛭にでもなったらどうだ」
鈴「ふんっ……まだ始まったばっかじゃないの!」キュィイイッ
バキュゥウンッ
ラウラ「ふっ、無駄だ。このシュヴァルツェア・レーゲンの停止結界の前ではな!」
755:
キュウウウンッ
バシュウンッ……
鈴「なっ……」
箒「鈴の龍砲が、止められた……だと?」
セシリア「あ、あれは……」
シャル「AICだ……」
キリコ「AIC?」
シャル「シュヴァルツェア・レーゲンの第三世代型兵器。慣性停止能力の略だよ。
 対象、特に実弾や相手機体の動きを任意に止める事ができる。言わばバリアーみたいなものなんだ。」
セシリア「あれがあったから、避けようともしなかった……」
キリコ「……そうか」
セシリア「これはマズイですわ……」
シャル「……鈴、箒……」
キリコ「……」
756:
鈴「くっ……」バキュンッ バキュンッ
ラウラ「ふんっ」キュウウンッ
バシュウンッ……
鈴「な、何よあれ……相性悪過ぎよ……」
ラウラ「さて、こちらの番だ……これは避けられるかな?」ガキンッ
ヒュンヒュンッ
鈴(くっ、アンカーか)ヒュッ
ラウラ「そうら避けろ避けろ!」
グルグルッ
鈴「しまっ……」
ラウラ「そうら捕まえたぞ……しかし、この程度の仕上がりで第三世代型を名乗るとは、片腹痛いわ!」グイッ
鈴「きゃあっ!」
「てやぁあっ!」
757:
ビュンッ
ラウラ「おっと……」スカッ
箒「私を忘れて貰っては困るな!」ジャキンッ
ビュッビュッ
ラウラ「ふん、中々良い太刀筋だな。しかし、当たらんぞ!」ヒュッヒュッ
箒「でやっ」ビュッ
ラウラ「ふんっ……」ヒュンッ
ゴォオオオッ
ラウラ(まぁまぁ動けるな、あの訓練機……だが、振り切るのは容易い!)
箒「逃げるな!」
シュンシュンッ
ラウラ「馬鹿め。この私がいつまでも馬鹿正直に避けているとでも? このAICがあれば!」キュウウンッ
758:
箒「く、くぅっ……(か、体が動かない……だと?)」
ラウラ「ふっ、墜ちろ!」ジャキッ
ズキュウウゥンッ
箒「くっ……(刀でガードするしか……)」
ガキィインッ
ドガアァアンッ
箒「ぐぁあっ!」
ラウラ(ふっ、かち合わせた爆風が良い目くらましだ!)
ラウラ「そうら、おともだちを返してやるぞ!」グイッ
鈴「きゃあっ!」
箒「なっ……」
バゴンッ
ドガァアンッ
セシリア「あぁっ!」
シャル「これは、マズイね……一点に集められた」
キリコ「……」
759:
箒「……くっ……」
鈴「いったた……」
ラウラ「ふんっ、もう終わりか」ヒュンッ
箒「!」
鈴「ちっ……」キュイイインッ
ラウラ「悪あがきか……甘いな。この距離で発射までに時間のかかる空間兵器など……」ジャキンッ
ズキュウンッ
鈴「きゃあっ!」バゴオオォンッ
ラウラ「チェックメイトだ」キュィイイッ
鈴「くぅっ……」
箒(っ……一か八か……)
ラウラ「くたばれ、雌犬ども」
760:
箒「(あの砲門を潰す!)当たれっ!」ビュンッ
ラウラ「なっ……」
ズドォオオンッ
キリコ「……」
シャル「ど、どうなったの?」
セシリア「……か、間一髪で敵の砲門を潰したようですわ」
キリコ「……」
鈴「……」スゥウッ……
箒「はぁ、はぁ……」
鈴「ありがと。間一髪だったわ」
箒「……剣士として、刀を投げるという行為は、あまりしたくは無かったんだがな……」
鈴「戦場じゃそうも言ってられない……なんてキリコなら言うと思うけど」
箒「……そうだな。まぁ、これでヤツには少しくらいはダメージを……」
761:
ヒュンッヒュンッ
箒「な、何だ!」グルグルッ
鈴「こ、このアンカーは……まさか!」グルグルッ
ラウラ「ふふふっ、中々驚いたぞ……だが、所詮訓練機は訓練機、出来る事がつまらんなぁ……」
箒「くっ、微塵もダメージを受けた様子が無いだと……」ギリギリ
鈴「ぐっ……は、離せ……」ギリギリ
ラウラ「ふんっ……そうだ、足掻け足掻け……」グイッ
箒「ぐあっ……」
鈴「ぐぅっ……」
762:
ラウラ「ほうら、まずはさっきのお返しだ!」ブンッ
箒「がはっ」バキィッ
ラウラ「だぁっ!」ビュッ
鈴「がっ……」バゴンッ
ラウラ「そらそらそらっ!」ブンッブンッ
箒(ぐっ……シールドエネルギーが……)
鈴(こ、こいつ……)
シャル「ひ、酷い……もうシールドは切れるはずなのに……止める気すら無い」
セシリア「もう生命維持機構警告だって出ているはずなのに……」
キリコ「……」
シャル「あのままじゃ、ISが強制解除されて、二人の命に関わる!」
キリコ「……」
ラウラ「どうした! もっと抵抗してみせろ! 嬲るだけじゃつまらんぞ!」
箒「くっ……」バキインッ
鈴「つっ……」バゴォンッ
シャル「も、もうISの装甲が……」
キリコ「……」
763:
キュィイイインッ
シャル「え、何……キ、キリコ!? 何IS装着して……」
セシリア「キリコさん!?」
シャル「ま、まさかバリアーを……」
キリコ「……」ジャキッ
ズキュウンッ
バゴォオオンッ
シャル「うわぁっ!」
セシリア「きゃあっ!」
キリコ「……」キュィイイッ
シャル「キ、キリコッ!」
764:
ラウラ「来たか……」
ラウラ(ようやく挑発に乗ったな……この最低野郎が!)
キリコ「……」ジャキッ
ズキュウンッ
ズキュゥウンッ
ラウラ「ふんっ、実弾などこのAICの敵ではない!」キュウウゥンッ
パスパスッ……
ラウラ「ふっ……つまらん……」
キリコ(分が悪いな……)
シュウウンッ
ドサッ
箒「う、うぅ……」
鈴「……」
キリコ(二人は拘束から開放できたが……少し離さねばならないな)
765:
ラウラ「ふんっ、中々の性能だと聞いていたが……やはり敵では無いな。このシュヴァルツェア・レーゲンの前では!」
キリコ「機体の性能ばかりに頼っているパイロットの隙を突くくらいなら、容易いがな」
ラウラ「何をっ!」
キリコ(スモークで目暗ましをし、あの二人を奪回する……)バシュウッ……
モワァアアアッ……
ラウラ「ちっ……スモークか……だが、その程度でどうにかなるとでも思っているのか!」
キリコ「……」キュィイイイッ
ラウラ「そこかぁっ!」ヒュンヒュンッ
キリコ(……アンカーか。厄介だ)キュィイイッ
ヒュンヒュンッ
キリコ「……」ザッ ヒュッ
ラウラ「ちっ、ちょこまかと避けおって……」
766:
パシッ
キリコ(よし、二人を回収した。後は逃げるだけだ)
ラウラ(元よりあの二人を逃がす為だけに来たか……小賢しい!)
ラウラ「逃がすかぁ!」ヒュンッヒュンッ
キリコ「くっ……」キュィイイッ
ラウラ「ちっ……(一旦アンカーを戻して……)」
767:
キリコ「……」キュィイイッ
ラウラ(見ていろ……煙と煙の間、一瞬でも貴様が見えれば……)
キュィイイイッ
ラウラ「……」
キュィイイッ
ラウラ「! そこだぁっ!」ヒュンッ
キリコ「っ!」
ギュルギュルッ
ビュンッ
キリコ「し、しまった!」
768:
キリコ(ほ、箒がっ!)
ラウラ「ちっ……釣れたのはコイツか……」
キリコ「……」ヒュゥウン……
ラウラ「ふっ……味方の血肉を喰らってきたお前が、こんなヤツを盗られただけで動きを止めるとは、嗤わせる……」
キリコ「……箒を、放せ」
ラウラ「放して欲しいか?」
キリコ「……」
ラウラ「ふっ……ほら、起きろ」
箒「う、うぅ……」
ラウラ「ほうら……愛しの雄が、貴様を助けようとしているぞ……何か言ってやったらどうだ」
箒「キ、キリコ……」
キリコ「箒……」
ラウラ「このままこの女を逆さ吊りにしておくのか? キリコ・キュービィー……」
キリコ「……やめろ。箒に触るな!」
ラウラ「ふっ……良いものだなぁ、貴様の狼狽した顔は……」
箒「こ、コイツに構うな……早く、逃げるんだ……」
キリコ「……」
箒「キリコッ!」
769:
ラウラ「もういい、黙っていろ」ジャキンッ
箒「くっ……」
キリコ「やめろっ!」
ラウラ「ふっ、ブレードを出して目の前にかざしているだけじゃないか……何をそんなに声を荒げる必要がある?」
キリコ「……放せ」
ラウラ「ならば真正面から私と戦え! 来い! 貴様のような人間、私が一思いに捻り潰してくれる!」
箒「や、やめるんだ……キリコ……」
ラウラ「黙れ、と言ったはずだが?」ブゥウンッ
箒「っ……」
キリコ「……」
770:
スッ
キリコ(すまない、鈴……)
ラウラ「ふっ……そうだ。中国女なんて妙な荷物はその辺に置いて、かかって来い……」
箒「キリコ……ダメだ……」
キリコ「……戦ってやる」
ラウラ「やっとその気になったか……」
キリコ「まずは……箒を放せ」
ラウラ「ん? あぁ、コイツか……良いだろう、放してやる……」
キリコ「……」
771:
クルッ
キリコ「っ!」
ラウラ「そうらっ、取りに行けっ!」
ビュッ
箒「うわぁっ!」
キリコ「箒っ!」キュィイイッ
ラウラ「ふっ、はははははっ!」
ラウラ(そうだ、怒れ……己の本性をさらけ出せ……)
ラウラ(女を侍らせ、どいつもこいつも自分に興味を持たせるように仕向ける……虫唾が走るぞっ……)
ラウラ(この、レッドショルダーがっ……)
箒(か、壁が……)
箒「くっ……」
772:
「たぁあっ!」
ボスッ
箒「っ……」
箒「……」
箒「……あれ?」
773:
「ふぅ……なんとか間一髪間にあったみたいだね」
箒「……シャ、シャルル……」
シャル「箒、大丈夫?」
箒「わ、私は……」
セシリア「箒さん! ご無事ですか!?」
箒「セ、セシリア……」
シャル「もう大丈夫。僕らもちゃんといるんだからね」
箒「……」
セシリア「何て酷い……許せませんわ!」
774:
ラウラ「ちっ……雑魚共が……有象無象で集まりおって……」
キリコ「……」
ラウラ「ふっ……どうした根暗。俯きおって……」
キリコ「……」
ラウラ「私は相手が三人だろうと、負ける気はしない……所詮、貴様の仲間なのだからな」
キリコ「……」
ラウラ「さぁ、かかって来い……キリコ・キュービィー……」
キリコ「……」
ラウラ「どうした! こっちを向かんか――」
775:
キリコ「……」
776:
ラウラ「――」
ラウラ(……だ、誰だ……)
ラウラ(こ、こんな目をしたヤツ……わ、私は……知らん……)
キリコ「……」
ラウラ「……」
777:
「貴様ら! 何をしているっ!」
千冬「キリコ・キュービィー! ラウラ・ボーデヴィッヒ! 貴様らだ!」
ラウラ「……はっ(わ、私は今何を……)」
キリコ「……」
千冬「妙な騒ぎがあると聞いて駆けつけてみれば……何だこの状況は……。
 ISスーツを着て気絶した者もいれば、アリーナのバリアも壊され……」
ラウラ「きょ、教官……これは……」
778:
千冬「模擬戦は大いに結構……だが、度を越したものを黙認する事はできん……教師としてな。
 この戦いの決着は、今度のトーナメントにまで取っておけ。それまでは一切の私闘を禁じる、良いな?」
キリコ「……」
千冬「いつまで怖い顔をしている……返事をしろ」
キリコ「……あぁ」
千冬「ラウラ、お前もそれで良いな」
ラウラ「は、はい……教官がそう仰るなら」
千冬「はぁ……ったく、これだからガキの相手は疲れる……。
 今のを破ったなら、強制的にトーナメントから除外する。肝に銘じておけ」
ラウラ「はっ」
キリコ「……あぁ」
千冬「教師には、はいと答えろ、馬鹿者……」
キリコ「……」キュィイイッ
千冬「おいっ! どこへ行く!」
779:
ヒュゥウンッ……
キリコ「……シャルル、箒は」
シャル「キ、キリコ……うん、なんとかキャッチした。大丈夫だよ」
キリコ「無事か、箒」
箒「あ、あぁ……すまない……私が非力なばかりに……」
キリコ「……」
シャル「セシリアは、鈴を介抱しに行ってあげて」
セシリア「わ、わかりました」
キリコ「……もう少し早く、俺が出ていれば……」
箒「ふっ……気にしないでくれ……全部、私が悪いんだ……」
キリコ「……」
780:
箒「うっ……」ガクッ
キリコ「ほ、箒!」
シャル「……大丈夫。気を失っただけだよ、キリコ」
キリコ「……」
シャル「……医務室に連れて行こう」
キリコ「……あぁ」
シャル「……」
――
781:
鈴「……」
箒「……」
シャル「はぁ良かったぁ……二人共無事で……」
セシリア「えぇ……本当に良かったですわ……」
キリコ「……」
鈴「はぁ……自分で自分が情けない……」
箒「あぁ……」
シャル「あれは完全に二人共相性が悪かったから、しょうがないよ……」
セシリア「AIC……ですわね……」
鈴「あぁー! イライラするっ! 何よあれ、卑怯レベルよ!」
キリコ「……」
箒「本当にすまない……三人にも迷惑をかけて……」
シャル「喧嘩を売ってきたのはあっちだよ。完全にあっちが悪い、だから二人は悪くないよ」
セシリア「そうですわ!」
箒「そ、そうか……」
鈴「くぅ……ったく、あのまま逆転してやろうと思ってたのに……」
箒「あぁ……」
キリコ「……」
782:
シャル「……ふふっ」
鈴「な、何よシャルル」
シャル「二人共、気にしなくても大丈夫だよ」
鈴「な、何がよ」
シャル「好きな人には、カッコ悪いとこ見られたくないもんねぇ」ボソボソ
箒「うぐっ……」
鈴「ち、違うわよ……そんなんじゃ……」
キリコ「……」
セシリア「はい?」
鈴「はぁ……そうかもね」
箒「……そうだな」
シャル「ふふっ……そっか」
キリコ「……」
783:
シャル「はぁ……もう、キリコ? さっきからずっと怖い顔してるけど、二人に対してはもうちょっと柔らかい顔見せてあげなよ」
キリコ「……」
シャル「もしもーし、キリコー?」
キリコ「……セシリア」
セシリア「は、はい? 何でしょうか」
キリコ「お前の機体も、第三世代機だったな」
セシリア「は、はい……そうですが……」
キリコ「……あのビットも、相当な集中力を使うらしいな」
セシリア「え、えぇまぁ……それが、何か?」
キリコ「……そうか」
セシリア「?」
シャル「ど、どうかしたの?」
785:
キリコ「……セシリア、お前に頼みがある」
セシリア「わ、私に?」
キリコ「……これからトーナメントまでの間、俺の特訓に付き合ってくれ」
箒「……はぁ?」
鈴「ちょ、ちょっとキリコ?」
キリコ「お前にしか、頼めない。頼む」
セシリア「キ、キリコさん?」
鈴「ちょ、ちょっと待ちましょうよ! それなら私だった第三世代機よ!」
シャル「鈴はダメだよ。ISの損傷が激しいから動かしちゃダメだってさっき言われたばっかでしょ。
 それにそもそも、二人はトーナメントまでにケガが治るかも怪しいんだから」
鈴「くっ……」
箒「わ、私は!」
シャル「箒? これ以上自分を傷つけても、キリコが悲しむだけだよ?」
箒「そ、それは……」
シャル「……二人はまず、怪我を治す事に専念する。先生にもそう言われたでしょ? わかった?」
箒「……」
鈴「……はぁ……わかりましたよ」
箒「あぁ……わかった」
786:
シャル「はい、よろしい。それで……何の話だっけ」
キリコ「……アイツを倒す為の糸口を、セシリアから学ぶ。ある程度、どこかに共通する弱点があるはずだ」
シャル「成程……」
キリコ「その為に、何度かセシリアと模擬戦をしたい。俺の見立てでは、腕自体は劣らないはずだ」
セシリア「わ、私が……ですか」
キリコ「……頼む」
セシリア「……」
セシリア(キリコさんと、模擬戦……)
セシリア(いえ、模擬戦になんてならない……この前だって、そうだった)
セシリア(……あれは、命のやり取りを想像せずにはいられない……)
セシリア(ま、また……あんな目に会うのですか……)
キリコ「……」
シャル「……」
セシリア「……私は……」
787:
シャル「セシリア」
セシリア「……はい」
シャル「僕からもお願い」
セシリア「……シャルルさん……」
シャル「友達があんな風になってるのに……黙ってなんか見てられない。それに……」
セシリア「それに?」
シャル「キリコ、相当怒ってるみたいだけど……僕がなるべく訓練の時にストッパーになれるようにする。
 だから、怖がらないで……キリコの訓練に付き合ってあげて」
セシリア「ど、どうして、それを……」
シャル「キリコと模擬戦しようって話になると、いつも濁してたから……もしかして、前に模擬戦してキリコと何かあったのかなって」
セシリア「……」
キリコ「……そうだったか」
セシリア「……そ、そう……ですわ」
シャル「やっぱり。でも、僕もキリコも、退く訳にはいかないんだ」
セシリア「……」
シャル「だから、どうかお願いします……」スッ
セシリア「シャ、シャルルさん」
キリコ「……俺も、頼む」スッ
セシリア「……」
788:
セシリア(私は……何に怯えていたのでしょう)
セシリア(私は、想い人に対して、恐怖を抱いていた……恥ずべき事ですわ……)
セシリア(その想い人が……私に頭を下げてまで頼んでいる……そして、大切な友人も……)
セシリア(私は……)
セシリア「……御二人共、頭をあげて下さい……」
キリコ「……」
セシリア「……」
セシリア(……私は、もう逃げません……)
セシリア(この方の……人殺しの目を持った、キリコさんから……)
セシリア(キリコさんの過去に何があったのか、私は知らない)
セシリア(しかし、それがどうであれ、私は立ち向かわなくてはならない)
セシリア(これは、キリコさんとシャルルさんだけの戦いでは無い)
セシリア(私が、真にキリコさんと向き合う為の、私の戦いでもある)
セシリア(……)
789:
セシリア「……わかりました。このセシリア・オルコット。大切な友人を傷つけられて黙ってみていられる程、愚鈍な人間ではありません。
  トーナメントまでの間、私が全力でお相手して差し上げます」
シャル「ほ、本当?」
セシリア「はい。私に、二言はありません」
キリコ「……すまない」
セシリア「……いえ……これも、キリコさんと、私の友人の為です」
鈴(ヒューッ……ちょっとクサイ事言ってくれるじゃないの……)
箒(セシリア……)
シャル「と言う訳で、しっかり特訓して僕達がちゃんと二人の仇を討つから、心配しないで」
箒「……あぁ、任せたぞ」
鈴「負けたら承知しないわよっ」
シャル「うんっ。任せてよ」
790:
キリコ「……箒」
箒「な、何だ」
キリコ「……待っていろ」
箒「……あぁっ」
鈴「ちょ、ちょっとちょっと。あたしには何か言ってくれない訳!?」
キリコ「……ラウラと戦っていた時、お前を置いて戦おうとして、すまなかった」
鈴「そ、そう……そっちか……そっちなんだ……」
キリコ「……」
鈴「はぁ、まぁ良いわ。頑張って勝って来なさいよ、あのいけすかないヤツの鼻へし折って、土産にでも持ってきなさい」
キリコ「……あぁ」
シャル「そ、それはちょっと物騒かな……」
791:
セシリア「では、早明日の放課後から始めます。御両人共、体調を万全にしてお越し下さい」
シャル「……うん」
キリコ「……あぁ」
セシリア「それでは、私も調整等をしてきますので。ごきげんよう」
セシリア(私は、立ち向かう。あの人に……)
カツカツッ
プシューッ
シャル「……セシリアも、やる気になってくれたね」
キリコ「……あぁ」
箒「……」
鈴「……」
792:
シャル「僕たちも帰って準備しようか。本腰入れて、頑張らないと」
キリコ「そうだな」
シャル「……またね、二人共。怪我、早く治ると良いね」
箒「あぁ……またな、キリコ、シャルル」
鈴「たまには見舞いに来なさいよ」
シャル「あ、あはは……できるだけ、ね」
キリコ「……」
プシューッ
793:
箒「……」
鈴「……」
箒(……キリコ……)
鈴「キリコちゃん、相当怒ってたわね」
箒「ん……あぁ、そうだな……あそこまでわかりやすく感情が見えるのは、珍しい」
鈴「誰の為に怒っていたのやら……」チラッ
箒「……?」
鈴「……はぁ……何でも無い」
鈴(……なんだかなぁ……)
――
794:
翌日、俺とシャルルはコンディションを整え、訓練へ向かった。
未だ冷めあらぬ激情が、ヤツを倒せとざわめいていた。
俺の柄では無いだろう。しかし、俺は燃えていたのだ。
戦場のあの炎よりも、輪郭を持った業火の如く。
シャル「キリコ、準備できた?」
キリコ「あぁ。後はセシリアが来るのを待つだけだ」
シャル「うん……でも、本当に二対一で良いのかな? セシリアはそれで良いって言ってたけど……」
キリコ「……今度のトーナメントはタッグマッチだ。この方が俺達の連携練習にもなる」
シャル「で、でも……」
キリコ「あのラウラとかいうヤツは、タッグマッチでも相方を差し置いて行動してくる事だろう。
 それに、セシリアの機体は一対複数でも動ける機体と見て間違いない。むしろ、その方が真価を発揮するかもしれん」
シャル「……うーん、そうかな……」
795:
キリコ「……最初はこの形態で訓練をして、それでも不安であれば誰かに頼んで、タッグ形式にすれば良い」
シャル「……まぁ、それで良いかな」
キリコ「……納得したか」
シャル「う、うん。それよりキリコ」
キリコ「何だ」
シャル「セシリアに真っ先にお願いをしたって言う事は、もう既に何らかの対策が頭にあるって事だよね」
キリコ「……あぁ」
シャル「一体、どんな作戦なの?」
キリコ「……実戦で見せる。まずは、俺とシャルルの連携能力を上げよう。シャルル、一応聞くが、複数での戦闘経験はあるか」
シャル「い、一応少しは……」
キリコ「そうか。なら、練習すればトーナメントまでにできるようになるだろう」
シャル「……そうか……僕も、頑張るよ」
シャル(あの発作が出ても……なんとか堪えられるように、ね……)
キリコ「あぁ……」
シャル「それにしても、セシリア遅いね」
キリコ「……」
……
796:
ラウラ「ふっ……」
ラウラ(ヤツら、懲りもせずに訓練をしているか……)
ラウラ(どうせ、私とシュヴァルツェア・レーゲンを倒す策でも労しているのだろう……無駄な事だが)スッ
ラウラ「……」
ラウラ(あの目は……何だったんだ)
ラウラ(私の兵士としての本能、いや、生命としての本能が震えた、あの目……)
ラウラ(自らの顔が、死線を浮かべて脳裏を過った……)
ラウラ(アイツが一瞬、誰なのかわからなくなった……)
ラウラ「……」
797:
ラウラ(……関係無い)
ラウラ(ヤツが如何なる気迫を纏おうと、圧倒的な機体差は埋められない。これは確かだ)
ラウラ(ATとISは違うのだ……戦地でよく生き延びたとは言え、それも運に過ぎん)
ラウラ(ISは、本人の能力、そして機体の性能がものを言う世界)
ラウラ(ATなどと言う脆弱な兵器は一瞬で勝負が決まるだろうが、ISは違う。一人を相手に何倍も集中せねばならない)
ラウラ「量産された棺桶とは、訳が違うのだ……」
798:
「……ラウラ・ボーデヴィッヒ」
ラウラ「……」
799:
「……ラウラ・ボーデヴィッヒ。聞こえていますか」
ラウラ「……私に、何か用か」
「少し、相談が」
ラウラ「……貴様と話す事は無いと思うが」
「……」
ラウラ「……はぁ……良いだろう、聞いてやる」
「……」
――
800:
キリコ「……」
シャル「……いよいよだね、キリコ」
キリコ「あぁ」
箒「キリコ、調子の方はどうだ」
キリコ「悪くは無い」
鈴「はぁ……なんか頼りない返事ねぇ……しゃっきりしなさいよ、しゃっきり!
 あたし達結局怪我がどうだーなんて、うるさく言われて出れないんだからさ!」
キリコ「……わかっている」
シャル「特訓は上手くいったよ……後は、ラウラと当たるまで気を抜かないで戦い続ける事だね」
キリコ「……そうだな」
箒「それで、一緒に特訓したセシリアがいないみたいだが……どこに行ったんだアイツは……」
鈴「自分で作った料理に当たったんじゃないのー」
箒「い、いやぁ……こんな大事な日に限ってそれは無いだろう……」
鈴「まぁそれもそっか」
801:
シャル「……それにしても、来賓も沢山来てるね」
キリコ「そのようだな」
シャル「三年にはスカウト、二年は一年の成果を見せる機会、一年は目星を……そんな感じだろうね」
鈴「政府のお偉いさんに、企業の重役……授業参観かっての……」
箒「いや、むしろもう企業の面接のようなものが始まっているんだろう。それだけに、皆必死だ」
キリコ「……」
鈴「まっ、キリコちゃんには関係ないか」
シャル「……ギルガメスとバララント、それぞれの陣営からも視察が来るみたい。不可侵宙域だっていうのに……」
キリコ「……」
箒「ギルガメス……キリコが前所属していた軍か」
鈴「あら、関係あった」
キリコ「……」
802:
鈴「ここで良いとこ見せたら、士官とかになれちゃうんじゃない?」
キリコ「……興味は無い」
鈴「あらら……本当に欲無いわねぇ……」
キリコ「……」
監視者も、この場所に来ているのだろうか。
ならば、見せつけてやる。俺は、貴様に従う気は無いと。
貴様の送った刺客など、俺の敵では無いと。
例え神にだって、俺は従わない、と。
……
803:
ウォッカム「……」
「これはこれは、情報省からの視察ですか」
ウォッカム「えぇ。これも職務の一つですが、偶には戦争から離れ、ゆっくりと競技を見るのも一興でしょう」
「貴方の活躍により、我々とそちらの陣営での戦争にも、そろそろ区切りがつく。それ故の余裕ですかな」
ウォッカム「私一人の業績ではありません。ギルガメスとバララント、両陣営が歩みを寄せ、同調した事により実現するのです」
「ふふふっ……そうですか……」
ウォッカム「……」
「まだ何か、お考えで?」
ウォッカム「いえ。今日の対戦表は何時発表されのかと、少し……」
「成程……そういえば今年は一人、ダークホースがおりますな」
ウォッカム「あの、男性IS操縦者の事ですかな?」
「御名答。男でありながらISを操り、なおかつ腕も立つという。中々期待できますな」
ウォッカム「えぇ……」
804:
「……その男は、以前ギルガメスのメルキア軍にいたらしいですが……本当はそれを見に来たのでは?」
ウォッカム「ふふっ……まぁ、それもありますな……しかし、協定により戦争で使えない兵器を操る兵士を観察しても、何の意味があるのやら……」
「……さて、それはどうでしょうか……」
ウォッカム「……おや、どうやら対戦表が発表されるようですな……」
ピュインッ
ザワザワ……
「……ほう、噂をすれば……最初から、面白い対戦があるじゃありませんか……」
ウォッカム「……えぇ、実に、面白い……」
……
805:
シャル「こ、これって……」
鈴「どういう……」
箒「事だ……」
キリコ「……」
『第一学年、第一回戦。キリコ・キュービィー、シャルル・デュノア組対――』
キリコ「……」
シャル「……こ、これ……何かの間違いじゃ……」
キリコ「……いや……」
806:
『ラウラ・ボーデヴィッヒ、セシリア・オルコット組』
シャル「セシリア……な、なんでセシリアがラウラと!」
箒「……裏切ったのか?」
鈴「ば、バカ言いなさいよ! セシリアがそんな事する訳……」
シャル「……なんで……」
キリコ「……セシリアが、ヤツと組んだのか」
シャル「一体……どういう事なんだろう……」
キリコ「……」
開幕初戦、俺達はラウラ、そしてセシリアと当たった。
倒すべき敵と、それに相反するはずの仲間。その両方が今、俺の目の前に立ち塞がっていた。
言い表せぬ、気迫を纏って。
――
80

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