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「妹と俺との些細な出来事」【パート2】
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9:
<こんなに可愛い年下の彼女が>
女友「まあ、そこまでしちゃうところを見ると嘘じゃないみたいね」
妹「口開けて」
兄「俺はいいって」
妹「あたし一人じゃ食べきれないもん。ほら」
兄「ああ、わかったから。ちょっと待って」
妹「はいどうぞ・・・・・・。美味しい?」
兄「う、うん」
女友「あたしを無視すんな」
兄「ああ悪い」
妹「ほら、お兄ちゃん。これも食べて。メロン好きでしょ」
兄「うん」
妹「へへ」
女友「わかった、わかった。君たちが恋人同士なことは認めるから、少し落ちつけ」
妹「落ちついてますよ。いつもどおりにしてるだけですけど。というかまだいたんですか
女友さん」
女友「あのさあ。何でこんな結構な秘密をあっさりとカミングアウトした?」
兄(そうだよな。妹は俺が女にバカにされないように彼女の振りをしてくれただけだ。兄
妹ってばれた時点で普通は諦めるのに)
兄(兄妹だってばれちゃって、それでも恋人だと言い張る意味なんかねえのに。しかも本
当は恋人でも何でもないのに。わざわざ嘘を言って自分たちを追い込んでるんじゃねえ
の? これ)
妹「あなたがお兄ちゃんをバカにしたからです。お兄ちゃんには妹以外にこんなことを頼
める子がいないって言いましたよね」
女友「・・・・・・言ったけど」
妹「お兄ちゃんにはこんなに可愛い年下の彼女がいたんですから訂正して謝ってくださ
い」
女友「可愛いって自分で言っちゃうの?」
妹「それが何か?」
女友「まあいいや。でもさ、結果的に間違ってないんじゃないかな。あたしの言ったこ
と」
妹「・・・・・・どういうことですか」
290:
女友「やっぱり兄君ってもてないんだね。だってそうじゃん。彼女にできる候補が自分の
妹しかいなかったんでしょ。近親の恋愛なんて外でもてない同士が手近なところで手っ取
り早く恋愛欲求を満たしあっているだけなんじゃないの?」
兄(もてないって・・・・・・姫に向ってよくもそんな)
兄(あ、やべ。妹、本気で怒っているときの顔だ。例えて言えば鬼のような)
兄(知らねえぞ。妹は昔から男には告白されまくってたし、こないだ聞いた話ではどうも
街中でもよくナンパされてるというのに)
妹「何も知らないでよくそんなふざけたことが言えますね」
兄(落ちついた冷静な口調。これは姫が怒っているときによく見られる現象である)
妹「うちのお兄ちゃんは女の子には不自由していないですよ」
女友「はい?」
兄(え? 姫が怒ってるのって自分のことじゃなくて俺のこと?)
妹「あなたが親友だと言った女さんだって彼女の方から昔からお兄ちゃんが好きだったと
言って告白してきたんだし」
女友「何だ。自分のことじゃなくて兄貴のことでムカついてたのか。まあ、女ちゃんのこ
とは認めるよ。兄君に振られて落ち込んでいたくらいだし」
妹「それだけじゃありません。あたしの親友だって前からお兄ちゃんを紹介しろってうる
さいし。彼女がうちの家に遊びに来たがるのを阻止するのにずっと苦労してたんです」
兄(妹友が? いや。あいつが好きなのは俺じゃなくて自分の兄貴だろうに)
女友「わかったよ。訂正するよ」
妹「わかってもらえたならそれでいいです。ちなみにあたしの方も昔から男の子によく告
白され続けて今に至っています。まあ、全部断ってきたんですけどね」
兄(嘘付け。おまえは彼氏君の告白にOKしたんだろうが)
兄(・・・・・・いかん。何をエキサイトしてるんだ俺は。これは全部妹の俺を想ってのフェイ
クなんだ。嘘があって当たり前だ。妹友のことだってそうだ)
女友「つまりそんなにもててるあなたち兄妹が、本気で選んだ相手が実の兄であり妹であ
ったと言いたいわけね」
妹「よくわかりましたね。物分りが悪そうだからもっと理解させるのに時間がかかるかと
思ってたのに」
女友「言いたい放題言ってくれるね。ちょっとばっかし可愛いからって」
兄(ここまで来ると何が真実でどれがフェイクなのかわからなくなってきた)
291:
<でもでもだって>
女友「そこまではわかった。でも本当にあたしが聞きたいことは全く聞けてないね」
妹「ちょっと、そうじゃないでしょ」
兄「あ、悪い」
妹「パパが娘の手を引いてるんじゃないんだから。もう。彼女の手を握るときは恋人つな
ぎしろって言ったじゃない」
兄「すまん」
妹「あと手を握るついでにスカートの上からあたしの足をそろっと撫でるのはやめてよ」
兄「それは本当に不可抗力だぞ」
妹「どうだか。お兄ちゃんにはいろいろ前科があるし」
兄「マジでおまえの勘違いだって」
女友「ちょっとは人の話聞けよ! このバカップルが」
妹「ああ、ごめんなさい。何のお話でしたっけ」
女友「・・・・・・もしかしてわざとあたしのことをおちょくってる?」
妹「そんなことないですよ。お兄ちゃんとあたしはお互いに相手のことしか見えてなかっ
ただけで。ごめんなさい」
女友「まあいいや。で、どうなのよ。女ちゃんは本当は振ったの? それとも振られた
の」
兄「だから何度も言ってるだろうが。女は兄友とよりを戻して俺を振ったんだって」
女友「何か証拠はあるの」
妹「お兄ちゃん、あれ見せてあげて」
兄「そうか。そうだったな。これ見てみ」
女友「メール?」
兄「兄友から来たメールだよ」
女友「・・・・・・」
女友「・・・・・・これって」
妹「ようやく理解できましたか」
女友「でも。でもだってさ」
妹「でもでもだってとか言い出すときは自分の中でいろいろ整理がついていないときです
よね。何がわからないんです? こんなにはっきりとした証拠があるのに」
292:
女友「女ちゃんが泣いてた。泣きながら兄君と別れたって言ってた」
妹「別れたって言ってたんですよね? 振られたじゃなくて」
女友「そうだけど。でも泣いていたくらいだから、てっきり兄君に振られたんだと」
妹「はい。証拠のない思考停止の思い込みが一つはっきりしましたね」
女友「それに・・・・・・兄友君だって」
妹「あなた頭悪いでしょ」
兄(客観的に言うとモデルをしながらうちの大学に合格した女友の方が、姫よりも偏差値
は高いと思うのでその言い方はどうかと思うが)
女友「妹ちゃんさ。さっきから兄貴が大切なのはわかるけど、少し言い過ぎじゃないの?
何であたしの頭の出来の問題になるのよ」
妹「兄友さんのメールを見たばかりでしょ。それとあなたがさっき言ってたことと比べた
らどんな結論が出るんですかね。あなたもちょっとは頭使ってみたら?」
女友「どんな結論って」
兄(どんな結論って・・・・・・。兄友は俺に女とやり直すことにしたっていうメールを送って
きた。そしてさっきの女友の話は)
女友『それがある日、女ちゃんと一緒にいると突然彼女が泣き出してさ。好きだった彼氏
と別れたって。悲しくて寂しくて死にたいって言ったの』
女友『兄友君は女さんの元彼で、君に振られた彼女を見過ごせなくて慰めてくれただけだ
って。女ちゃんはそう言ってたけど?』
女友『その様子を誤解されて、兄友君の方も高校時代の後輩の彼女から振られたんだって
さ』
兄(兄友は俺には女とやり直すことになった、悪いってメールして。で俺に振られたと思
って悲しんでいたらしい女を優しく慰めた)
兄(これは・・・・・・)
女友「あ」
妹「やっと理解しました? あたしはさっきのあなたの話を聞いてすぐに思いつきました
よ。兄友さんがお兄ちゃんに女さんを取られたくなくていろいろ頭の悪い策略を仕掛けた
んだって」
女友「じゃ、じゃあ」
293:
<姫は女と俺を復縁させようとしてるんだ>
妹「女さんもお兄ちゃんもお互いが知らない間に、お互いを振ったことにされちゃったん
でしょうね」
女友「まさか。兄友君が」
妹「他に誰がいるんですか」
兄(嘘だろ。こ、これも妹のフェイクなのか)
兄(いや・・・・・・。偽の恋人の話と違って、この話には筋が通っている。講義が終わったと
きに俺が女に話しかけたときの女の不安そうな態度。そして俺と女を引きはがすように女
を連れ去って行った兄友の行動)
兄(妹の言っていることは多分真実だ)
兄(女に振られたと思っていたのに・・・・・・。あれ、何だ。体が勝手に震えてるぞ)
兄「ちょっとごめん。トイレ(何か気持悪い)」
妹「お兄ちゃん?」
兄(・・・・・・トイレで吐いてしまった。もう吐けねえな。胃には何も残ってないし)
兄(十五分以上トイレで篭もっちゃったからな。そろそろ行かないと妹が心配する)
兄(立てるかな)
兄(・・・・・・何とか大丈夫そうだ)
兄「妹?」
妹「お兄ちゃんごめん」
兄「何が」
妹「ショックだった?」
兄「・・・・・・ちょっとだけな」
妹「ごめん。女友さんを懲らしめようと思ってちょっとやり過ぎた」
兄「姫のせいじゃねえよ。それにいつかは知らなきゃいけなかったんだよ、多分」
妹「お兄ちゃん」
兄「泣くなって」
294:
女友「兄君、大丈夫?」
兄「ああ。悪かったな」
女友「ごめんなさい」
兄「へ?」
女友「妹ちゃんの言うとおりだ。あたし、頭を使わないで思考を停止してあんたが全部悪
いんだって思い込んでた」
兄「おまえが俺に話しかけてきたのって」
女友「うん。女ちゃんを泣かせた男を懲らしめようと思って、あんたに近づいた」
兄「そうだったんだ」
女友「もう一度女ちゃんと話してみる。そのメール、彼女に見せてもいいかな」
兄(どうなんだろ。確かに俺は吐くほどショックは受けたけど、今さら女に理解してもら
ったってしかたないしな)
妹「女さんにメール見せてみたら」
兄「え?」
女友「妹ちゃんはそれでもいいの? 兄友君が本当に二人の間に割り込んだんだとした
ら・・・・・・」
妹「したらどうなるんですか」
女友「・・・・・・兄友君の意図を知ったら、きっと女ちゃんは兄君と復縁しようとすると思う
けど」
妹「・・・・・・いいんじゃないですか。それでお兄ちゃんの気持を持っていかれたら、それは
あたしとお兄ちゃんの仲なんてそれまでだってことだし」
女友「それ本気?」
妹「本気ですよ」
女友「兄君もそれでいいの? やっぱり女ちゃんに未練がある?」
兄「ええと(正直言えばもう女に未練はない。というかもう誰とも付き合う気はない。妹
の幸せを兄として見ていられればいい)」
女友「ええとじゃないでしょ。君は妹ちゃんを選んだんでしょ? たとえそれが禁断の関
係であったとしても、そんなことは承知のうえで」
妹「・・・・・・」
兄「何言ってるんだ。おまえは女の親友なんだろうが」
女友「それでもさ。あたしって頭悪いかもしれないけど、直感は結構間違ってないと思う
んだ」
兄(間違いだらけだったじゃねえか)
女友「妹ちゃんのさっきの話さ。君が振られて落ち込んでいたときに自分の好きな人は君
だとわかったって言ってたじゃん。あれが嘘じゃないことくらいはわかった。本当は君た
ちがベロチューするまでもなく、あの話を聞いたときにもうわかったんだ。妹ちゃんの気
持ち嘘じゃないって」
兄(んなわけねえだろ。姫は優しいから俺のことを気遣って演技してるだけなのに。こい
つって本当に人の心が見抜けねえのな)
295:
妹「・・・・・・」
兄「まあ、俺と女って結局縁がなかったんだと思うよ。兄友のやつが余計なことを仕掛け
たとしても、本当にお互いを信じてればとっくに会って話し合っていたはずだしな」
女友「それでいいならいいけどさ。あーあ。結局女ちゃんが傷付くのは一緒か。兄君に振
られたんじゃないとわかったとしても、兄君を妹ちゃんに取られちゃうんだもんね。兄友
君の勝ち逃げか」
妹「結果なんて話してみないとわからないですよ。あたしだって自分にそんなに自信なん
てないですし。それにたとえそうなったとしても、少なくとも不誠実な兄友さんから女さ
んを守ることはできますよね?」
女友「まあそうだね。とにかく兄友のやつは許せない。女ちゃんの目を覚まさせよう」
妹「それがいいと思います」
兄(妹の気持がよくわからん。こいつって前に俺が一生独身で姫を見守るって言ったらす
げえ怒ってたし)
兄(女友には誤解させちゃったけど、俺と妹は仲のいい兄妹以上の関係は何もない。今日
の妹の態度はちょっとやり過ぎだったけど、それは兄貴のことをバカにされたくない一心
でしてくれたことだ)
兄(そう考えると結論は一つだな。妹が女に兄友からのメールを見せたらって言うのは、
俺と女を復縁させたいからだ)
妹『引越しの途中に女さんが、お兄ちゃんにごめんとか、本当に愛しているのは兄友じゃ
なくて兄なのって復縁を迫ってきてもちゃんとあたしが女さんを撃退してあげるからね』
兄(妹がこう言っていたのは女が俺を振ったと思ってたからだろうな。それが今日そうじ
ゃないらしいことがわかったんで、きっと軌道修正したんだろう)
兄(女が俺のことを振ったんじゃないと知って、姫は女と俺を復縁させようとしてるんだ。
自分も彼氏君と付き合っているからとか思ってるんだろう)
兄(そうじゃねえのに。俺の今の心境はもう父さんや母さんと一緒の域にまで達している
のに)
妹「じゃあ、決まりね」
兄「おい」
女友「まあ、君たちがいいなら女ちゃんにこの兄友君のメールを見せるよ。そんで兄友君
は絶対にお灸をすえてやる。女ちゃんの気持を弄んだ罰はきっと受けさせるから」
兄(女友は俺と妹のことを本当の恋人同士だと思っているからこの場じゃ言えねえ。俺は
本当に妹と彼氏君の仲を応援するなんて)
兄(でも俺にはもう一生彼女なんていらねえって。姫を守って行くためだけにこの先の人
生を捧げるんだって。大声でそう言いたいのに。つうか妹には何度もそう言ってきたの
に。まだわかってもらえてないのか)
女友「じゃあそのメールあたしに転送して」
兄「・・・・・・」
妹「・・・・・・お兄ちゃん?」
299:
<自分がされて嫌なことを人に押し付けんな、アホ>
兄「なあ」
妹「どうしたの」
兄「あれで本当によかったの」
妹「何が」
兄「いや。メールの方はともかく、女友のやつ本気で俺たち兄妹が恋人同士だって信じ込
んでるぜ」
妹「だってそういう風に仕向けたんだもん。成功したってことでしょ。何を浮かない顔し
てるの? それともまさかとは思うけど、お兄ちゃんあたしの演技をマジで受け取ったり
してないよね」
兄「え」
妹「あたしとお兄ちゃんは恋人でも何でもないのよ。女友さんの前で恋人同士の振りをし
ただけ。最初からそういう話だったでしょ」
兄「だってよ。あれは兄妹だっていうことを隠した上での話だったじゃん」
妹「そんなの隠せるわけないでしょ。女友さんが女さんとか兄友さんにあたしの名前を言
ったら、それで兄妹だってすぐにわかっちゃうじゃん」
兄「もしかしておまえ。今日はこうなるってわかってて」
妹「そうだよ。もうこうなったら兄妹で禁断の恋人関係になってるって言うしかないと思
ってた。もちろん、そんなのは本当のことじゃないけど」
兄「・・・・・・何でそこまでするの?」
妹「さあ? それよりあたしとお兄ちゃんの関係を知った女さんはどう考えると思う?」
兄「どういうこと」
妹「あたしたちにが嘘を言ってると見抜くかな。それともお兄ちゃんをあたしに取られた
と思って悲しむかな」
兄「見抜くんじゃねえの。俺が姫に告って玉砕したことを女は知ってるし」
妹「その方がいいんだけどね」
兄「まあそうだな。あいつが信じちゃったら、おまえが変な誤解をされるってことだし」
妹「こんな演技した時点でそんなことは織り込み済みだよ。誰に何を言われたって構わな
いよ。真実は一つなんだし。あたしはお兄ちゃんにだけ誤解されなければそれでいい」
300:
兄「・・・・・・よくわからん。万一噂が広がって彼氏君とかにまで知られちゃったらどうすん
だよ」
妹「本当のことを言うよ。それを信じられないならそれだけの仲だったんだよ」
兄「まあ、女は信じないとは思うけどね」
妹「噂とか誤解なんかどうでもいいけど、でも女さんにとってもその方がいいよね」
兄「何で?」
妹「女友さんの話でわかったじゃん。女さんはお兄ちゃんを積極的には振ってなかったん
だって」
兄(ああ、そうだった。多分兄友のアホが仕掛けたことだったんだな)
妹「だからさ。あたしたちが付き合ってるなんて女さんが信じちゃったら、彼女可哀そう
過ぎるよ。お兄ちゃんを振ったって思ってたときは女さんなんかどうでもよかったけど、
今となってはね・・・・・・」
兄「いろいろ面倒くさいことになったな」
妹「もうちょっと情報があれば恋人同士の振りなんかしなかったのにね」
兄「今日早女の家に行くって言ってたな、女友」
妹「今頃は会って話している頃かもね」
兄「おまえさあ。ひょっとして俺と女を復縁させようとかしてねえ?」
妹「すればいいなってちょっと思っただけ」
兄「だから兄友のメールを女に見せていいって言ったの?」
妹「少なくともそれで兄友さんの正体は理解するでしょ。あとは女さんがあたしとお兄ち
ゃんの仲をどう判断するかだよね」
兄「俺は女にはもう恨みはないけど、女とやり直す気はないよ」
妹「それならあたしは彼氏君と別れるだけだよ?」
兄「何でそうなる。俺はいい兄貴として」
妹「じゃあ、あたしはいい妹として、一生お兄ちゃんの幸せな結婚を祈りながら一生独身
で過ごすことにした」
兄「ふざけんなよ。そんなのは俺が嫌だ」
妹「自分がされて嫌なことを人に押し付けんな、アホ」
兄「・・・・・・」
301:
兄「なあ」
妹「なあに」
兄「いつまでもこの店にいてもしかたないし、とりあえずどっか行こうぜ」
妹「何か注文して」
兄「うん? あのパフェ食ったのにもうお腹空いた?」
妹「そうじゃないけど」
兄「何なんだよ」
妹「ここいいた方がいいと思う。どうせすぐに女友さんから連絡入ると思うし」
兄「・・・・・・アイスマンゴーハーブティー?」
妹「うん。それでいいや」
兄「わかった」
兄(メールだ)
兄「メール来たよ」
妹「読んだら」
兄「うん」
兄「・・・・・・」
妹「・・・・・・」
兄「これから会いたいって」
妹「お兄ちゃんに?」
兄「君たちにって書いてあるから俺と姫にじゃね」
妹「誰と誰が」
兄「女と女友がだって」
妹「ここにいるからって返信して」
兄「本当に今日あいつらに会うの?」
妹「嫌なことを先送りしたり優柔不断なのってお兄ちゃんの悪いところだよ」
兄「まあ姫がいいなら」
妹「じゃあ早く返事して。あと今日は間違ってもあたしのことを姫って呼ばないでね。あ
たしもお兄ちゃんにべたべたしないから」
兄「わかった」
302:
<あたしバカだった>
女友「まだここにいてくれて良かったよ。君たちの住んでるところまで行くんじゃ遠すぎ
るしね」
兄「ああ」
女友「じゃあ、お邪魔するね」
兄「・・・・・・」
女友「ほら。女ちゃんも座って」
妹「こんにちは女さん」
女「こんにちは」
兄「よう」
女「・・・・・・」
兄(俺にはあいさつなしかよ)
女友「さっきからずっとここにいたの?」
兄「そうだけど」
女友「いい加減、お店も迷惑だったんじゃないの」
兄「今、追加注文しようとしていたところだ」
女友「ちょうどいい。一緒にオーダーしようか」
店員「いらっしゃいませ」
女友「女は何にする?」
女「じゃあアイスマンゴーハーブティーを」
女友「それ美味しい? あたしもそれにしてみよ」
兄「じゃあ俺たちも」
妹「あたしは普通のアイスティーをください」
兄「・・・・・・俺もアイスティーで」
兄(さっきから女のやつ俺と妹と目を合わせないようにしてるな)
女友「さっきまでさ。女と話してた」
兄「ああ」
女友「結論から言うとさ。あんたが女を振ったわけじゃないことは完全に理解した。誤解
してごめん」
兄「それは別にいいけど」
303:
女友「でもさ。女だって考えなしだったとは思うけど、一種の被害者であることは間違い
ないの」
兄「そうなんだ・・・・・・」
女友「女ちゃんどうする? あたしから話そうか」
女「いい。自分で話せるから」
女友「大丈夫なの」
女「・・・・・・うん」
女友「じゃあ任せる」
女「兄」
兄「お、おう」
女「いろいろごめん」
兄「何で謝るんだよ」
女「あたしバカだった」
兄「・・・・・・」
女「あんたの部屋で一緒にいたときに妹ちゃんが来たでしょ」
兄「うん」
女「あたし妹ちゃんに嫉妬してた。あんたが昔から妹ちゃんのことを好きだったことは知
ってたし」
兄「うん」
女「そんなことは承知のうえであんたに告ったのにね。あのときは冷静でいられなくて、
妹ちゃんに酷いこと言っちゃった。妹ちゃんもごめんなさい」
妹「・・・・・・」
女「あんたに何となく顔を合わせたくなくて、あんたを避けてたら偶然学内で兄友に会っ
て」
女「無視しようとしたんだけど。あいつ、話があるって言ったの。別におまえと復縁した
いとかおまえに謝るとかそういう話じゃなくて、兄のことで相談があるって」
兄「俺のこと?」
妹「・・・・・・」
女「うん。それで兄のことだって言うから思わずわかったって言っちゃって」
兄「どんな話だった?」
女「あんたと妹ちゃんの話」
兄「何だって」
女「あいつは言ったの」
304:
兄友『おまえには悪いことをしたって思ってる。それについては言い訳のしようもないし、
もうおまえにやり直してくれって頼むのも諦めた』
女『やっと理解できたか。まあ、もう許すって言ったんだしそれはもういい。つか兄のこ
とで話があるんでしょ』
兄友『兄と付き合い出したばかりのおまえには言いづらいんだけどよ』
女『・・・・・・何よ』
兄友『ちょっと相談されちゃってさ。どうしたらいいのかまるでわからないんでさ』
女『相談って誰から? まさか兄からじゃ』
兄友『違うよ。妹ちゃんから』
女『妹ちゃんがあんたに相談?』
兄友『今度のことが起こるまでは俺は兄の親友だったし、妹ちゃんともそれなりに親しか
ったから』
女『・・・・・・彼女何だって?』
兄友『兄貴に告白されて断ったって』
女『そうか』
兄友『驚かねえのな』
女『兄に聞いていたからね』
兄友『そうか。それを知ったうえでおまえと兄は付き合い出したんだな』
女『うん。振られた者同士くっついたって誰も傷付かないしね』
兄友『それがそうでもなかったみたいだな』
女『あんたのこと?』
兄友『・・・・・・俺は傷付いたって自業自得だよ』
女『じゃあ誰が』
兄友『妹ちゃん』
女『そんなのおかしいよ。妹ちゃんには年上の彼氏がいるんだし、そもそも兄の告白を断
ったんじゃない』
兄友『いきなり兄貴に告白されて、両親の顔とか世間体とかが浮かんじゃって反射的にお
兄ちゃんとは付き合えないって言ちゃったんだって』
女『何よそれ』
兄友『今は後悔してるって。彼氏よりも誰よりも兄貴のことが好きなのにって泣いてた
よ』
女『・・・・・・ふざけんな』
兄友『まあ、俺からおまえにどうしろとか言う資格はねえからさ。ただ、俺一人の胸に収
めておくにはでか過ぎる話だからな』
女『あんたの相談ってこのこと?』
兄友『ああ悪い。相談っていうより聞いて欲しかっただけかな』
女『それを聞かせてあたしにどうしろって言うの』
兄友『だからそんなことを言う資格なんて俺にはねえよ』
女『・・・・・・』
兄友『あ、これはどうでもいいことだけど。俺も後輩と別れたから』
女『どうでもいいよ』
兄友『そうだよな。じゃあ本当に悪かった。それじゃな』
305:
<・・・・・・死んじゃいたい>
女友「まあそういうわけだったみたいだよ」
兄「姫・・・・・・じゃない。妹?」
妹「あたしは兄友さんにそんなくだらない相談をした覚えはないよ」
女「そうだよね」
妹「だいたいお兄ちゃんには言わなかったけど、あたしはこんなことが起きる前から兄友
さんって大嫌いだったし」
兄「そうなの?」
妹「兄友さんに身の危険を覚えたことだって何度もあったし」
兄「おい何だって? 兄友め、ふざけやがって。今度会ったらぶん殴ってやる」
女「・・・・・妹ちゃんのことになるとそんなに必死になるんだね」
女友「こら。今はそんなことを言っている場合か。話を続けなよ」
女「兄友は別にあたしに何をしろとか言わなかった。でも、あたしはそれを聞いてから兄
と顔を合わせづらくなって、何となく兄と避けるようになったの」
兄「そうだったんだ」
女「きっと兄はあたしの態度に悩んでいるかなって思うこともあったし、逆にあたしがい
なくなって妹ちゃんとやり直しているかもっていう気持もあって。もう心の中はぐちゃぐ
ちゃだった」
女「兄友はその後もあたしに言い寄って来たりはしなかった。それどころかさりげなくあ
たしの側にいてあたしを慰めてくれた。正直、あたしは前にひどいことをされたことを忘
れてあいつに感謝し出したくらいに。かといってよりを戻す気なんて全然なかったけど」
女「そんなある日。あたしが講義に行く気すら失って家で引きこもっていると、廊下から
兄友の声がしたの」
兄友『女〜、いるか』
兄友『女のやつ今日は講義休んでるのに。部屋にはいないのかなあ』
女(兄友・・・・・・もしかしてあたしを心配して来てくれたのかな)
兄友『よう兄』
女(え? 兄?)
兄『おう』
兄友『・・・・・・おまえ、もう引っ越すの?』
兄『まあな』
兄友『おまえも気まぐれだよなあ』
兄友『あ。妹ちゃん、久し振り』
妹『・・・・・お久し振りです』
女(お久し振り? ついこの間、兄友に兄のこと相談したんじゃないの?)
兄友『相変わらず可愛いよね。妹ちゃんは』
妹『どうも』
兄友『今日は兄の手伝い?』
306:
妹『はい』
兄友『兄のことが好きなんだねえ』
妹『はい。大好きです』
女(やっぱりそうなんだ)
兄友『そ、そうか。まあ昔から兄と妹ちゃんは仲良しだったもんな』
妹『そうです』
兄友『しかしおまえ、今度はどこに引っ越すの?』
兄『実家に戻る』
女(・・・・・・)
兄友『何で? 通学つらくなるだろ』
兄友『ちょっと待て』
兄『何だよ。俺なんか邪魔だろ?』
兄友『俺が言うのも申し訳ないけどさ。この場合引っ越すのは兄じゃなくて女の方だろ』
女(はい?)
兄友『本当にすまん! 別にメール一本で済む話じゃねえとは思ってた。そのうち女も入
れて三人で話し合って、きちんと謝ろうって女友と話してたんだ』
女(何の話? あたしが兄と会わなくて兄を傷つけたから? それであたしが謝るの?
でも何で兄友とあたしが一緒に謝るのよ)
兄『そういうのいらないから』
兄友『だってよ』
妹『余計な言い訳をして自己満足するつもりですか? 兄友さんと女さんは』
兄友『そうじゃないよ』
妹『罪悪感を晴らしたいだけでしょ。お兄ちゃんに謝ったっていう既成事実を作って』
兄友『俺は、俺と女は兄を傷つけちゃったし』
妹『お兄ちゃんの心のケアはあたしがします。あなたと女さんなんかに期待なんかしてい
ません。まして自分たちの心の安定のためにお兄ちゃんを利用なんかさせませんから』
兄友『何か誤解してるよ妹ちゃん』
妹『そう言うのならそれでもいいです。でも一つだけお願いがあります』
兄友『何?』
妹『二度とお二人はお兄ちゃんとあたしに話しかけないでください』
女(何で? いったい何でよ)
兄友『・・・・・・俺はまだ兄の親友だって思っているから』
妹『お兄ちゃん?』
兄『兄友、今までありがとな。でも、もう俺には話しかけないでくれ。女にもそう言って
おいてくれな』
兄友『・・・・・・待てよ』
兄『じゃあ、作業中だから』
兄友『おい。冗談だろ』
妹『冗談なわけないでしょ。それくらいの仕打ちをあなたたちはあたしの大切なお兄ちゃ
んにしたんですよ』
兄友『そんなつもりじゃ。そこまでしたつもりはなかったんだ』
妹『じゃあようやく何をしたのか理解できてよかったですね』
兄友『せめて女を入れてもう一度だけ話を聞いてくれ。兄を傷つけたままじゃ俺も女も』
307:
女「何かひどく話が変だった。あたしは兄と距離を置いたのだけど、それが何で兄友とあ
たしが兄を傷つけたことになっているのかわからなかった」
女「それでも妹ちゃんが兄のケアは自分がするから、兄友とあたしには二度と兄に話しか
けないでくださいと言った言葉だけは本当はよく理解できたの。理解することを拒否して
ただけで。妹ちゃんの気持はやっぱりそうだったんだって」
女「そしてあたしが兄を取り返しのつかないほど傷つけてしまったことも」
女「それからは兄友にも不信感を覚えて距離置いた。いつもは女友ちゃんとだけ一緒にい
るようにした。彼女にだけはあたしは本音が言えた。入学して知り合ったばかりだけど親
友だと思っていたから」
女友『何? 何でいきなり泣き出すの?
女『・・・・・・死んじゃいたい』
女友『いきなりどうしたのよ』
女『大好きだったのに。彼のこと昔から大好きだったのに』
女友『・・・・・・失恋でもした?』
女『うん。大好きだった彼氏と別れた。悲しくて寂しくて死にたい』
女友『そうか』
女『何でこうなっちゃったんだろう』
女友『でもさ。女ちゃんには兄友君がいるじゃん。彼ってよく君に話しかけたりお昼に誘
ったりしてるよね』
女『彼はあたしの元彼なの。何かあたしに同情してくれて慰めてくれているだけだよ』
女友『そうなの? あんたの好きだった子って誰?』
女『兄』
女友『同じ学科の? いつも一人で過ごしている無愛想なあいつ?』
女『・・・・・・うん』
兄「もういいよ。それで兄友のメールは見た?」
女「うん。あたしはあいつにまた騙されたんだね。自分でもどうしようもないほど情けな
いよ。二股かけられた時点であいつのことは二度と信用しないって決めてたのに」
女友「まあ、そういうわけね。それでさ・・・・・・」
兄「うん」
女友「女はすごく後悔している。あんたを傷つけてしまったことも、引越のときの会話で
十分に理解して反省もしている」
兄「まあ、兄友が全部悪いんだしな」
女友「たださ。結果として君が傷付いて悩んでいたところを妹ちゃんが慰めてケアしてさ。
そんでその」
308:
<傷つけちゃって本当にごめん>
女友「・・・・・・つまりさ」
妹「あたしとお兄ちゃんがそれをきっかけに男と女として付き合い出したってことを言い
たいんですね」
女友「うん。まあそういうこと。それを女ちゃんに話したら君たちに会いたいって」
妹「そうですか」
女友「ほら。言いたいことがあるんでしょ。言っちゃいなよ」
女「うん。あのさ、兄」
兄「ああ」
女「傷つけちゃってごめんなさい。あんたのことを考えたつもりだったけど、自分でも何
がなんだかわからなくなっちゃって」
兄「もういいよ。どっちかっていうとおまえだって兄友の被害者だしな」
女「だけど。あたしにいきなり振られたと思ったんでしょ」
兄「それは、まあそうだけど」
女「本当にごめん」
兄「もういいよ。今は立ち直ったし」
女「・・・・・・あのさ」
兄「おう」
女「女友ちゃんにさ。その・・・・・・妹ちゃんは兄と付き合っているって言ったって」
女友「確かに聞いた。つうかいろいろ見せつけられた」
女「・・・・・・」
妹「女さんが言いたいことってそのこと?」
女「え。あ、まあ。あたしには聞く資格はないかもしれないけど」
妹「女さんって今でも本当にお兄ちゃんのこと好きなの」
兄(おい。何を言い出すんだよ)
女「うん、大好き」
妹「そうなんだ」
女「妹ちゃん本当に兄と付き合ってるの」
妹「女さんはどう思うの?」
女「それは」
妹「兄友さんが言ったようにあたしがお兄ちゃんの告白を拒否したのは世間体を考えてだ
ったと思う?」
309:
女「・・・・・・ううん。思わない」
妹「何でそう思うの?」
女「あたしは妹ちゃんとはそんなに親しくはなかったけど。それでも兄とは昔から知り合
いで、あなたのこともずっと見ていたし兄から話もきいていたから」
妹「それで?」
女「だから。妹ちゃんの性格からして、本当に兄のことが好きだとしたら世間体とか両親
への配慮とかで兄のことを振るような子じゃないと思ってたから」
妹「じゃあ何で兄友さんごときの嘘に乗せられちゃったんですか」
女「うん。自分でも変だと思うけど、きっと妹ちゃんに嫉妬して目が見えなくなっていた
んだと思う」
妹「そうなんだ。本当にバカな女」
兄(それはちょっと言いすぎなんじゃ)
女「うん。自分でもそう思うよ」
女友「妹ちゃんさ。さっきのベロチューはいったい何だったのよ」
女「ベロチュー?」
女友「そ。ベロチュー。あと、あ〜んとか肩を抱いたりとか恋人にぎりで手をつないだり
とか」
女「何だ、そんなことか」
女友「何だってどういうことよ。普通の兄妹はそんなことはしないよ?」
女「だって兄と妹ちゃんは昔からすごく仲がいいもん。っていうかおじさんとおばさんも
含めて家族全員がすごく仲がいいんだよ」
女友「だからってベロチューはねえだろ。おい、兄君」
兄「何だよ」
女友「あんたんのところの仲のいい家族ではさ。あんたとあんたのお母さんもベロチュー
したりするの?」
兄「するわけねえだろ。気持悪いこと言うな」
女友「妹ちゃんとあんたの父親もベロチューしてるの?」
妹「パパはあたしにそんなことはしません」
女友「じゃあ何で君たちはしてるんだよ。仲のいい家族以上のことをしてるじゃん」
妹「パパとママに比べて、お兄ちゃんはまだ修行が足りないからかな」
兄「面目ない。でも俺だって学習して父さんたちの領域に入ったと思ってるぜ」
310:
女友「入ってねえだろ。君たちはついさっき人の目の前で、つうか公衆の面前でベロチ
ューしてたくせに」
妹「女さんは? あたしとお兄ちゃんが付き合っていると思う?」
女「思わないよ。兄を大好きな妹ちゃんが恋人の振りをしただけだって思ってる」
妹「はい。よくできました。正解」
女友「あんたらなあ。あたしをおちょくって何が楽しいのよ」
女「それは多分、女友ちゃんが兄のことを煽ったからだと思うよ。妹ちゃんは家族が大好
きだし、あんたにバカにされたお兄ちゃんの名誉のために兄の恋人の振りをしたんだと思
う」
妹「ふふふ。あたしがそんなに感情に動かされる性格の女だと思います?」
女「ごめん妹ちゃん。でもそう思う」
妹「まあ、いいでしょう。女さんの言うとおりです。あたしとお兄ちゃんは恋人でも何で
もありません。仲のいい兄妹ではあるけど」
女友「あんたらは〜・・・・・・こら。よくもあたしを騙したな。ベロチューまでしてさ」
妹「お兄ちゃんがバカにされないためならチューくらいしますよ。つうか、もっとすごい
ことだってできると思います。したことはないけど」
兄(それはいくらなんでも言いすぎだろ)
妹「あたしとお兄ちゃんは仲がいいのでそれくらいは全然平気ですし、そんなことで気
まずくなったりはしませんから」
兄(いやそんなことねえよ。少なくとも俺は)
妹「女さん」
女「うん」
妹「あなたがお兄ちゃんを積極的に振ったんじゃないことはわかりました」
女「・・・・・・ごめんね」
妹「それでもお兄ちゃんを傷つけたことには変わりありません」
女「わかってる」
妹「お兄ちゃんにどう落とし前をつけるつもりですか」
女「落とし前って。あたしにできるのは謝ることくらいで。あと嫌われても我慢すること
とか」
311:
<あなたはバカですか>
妹「あなたはバカですか」
女「今となっては否定できないけど」
妹「傷付いたお兄ちゃんを癒す方法なんて一つしかないでしょ」
女「え」
女友「ちょっと待って」
妹「何ですか」
女友「妹ちゃんは・・・・・・。君は本当にそれでいいの?」
妹「何言ってるんですか」
女友「何って。あたしの勘はよく当たるんだけど」
妹「あたしもう帰る。彼氏にも電話してあげないとかわいそうだし」
女「妹ちゃん」
兄「じゃあ帰ろうか」
妹「お兄ちゃんってバカ?」
兄「何でだよ。おまえが帰るって言うから」
妹「一人で帰れるよ。お兄ちゃんは話し合いが終ったら帰ってきて」
女「妹ちゃん・・・・・・」
妹「本当に丸一日無駄にしちゃったよ。ここってドリンクはまずいし最低」
兄「だからアイスマンゴーハーブティーはよせって言ったろ」
妹「あたしが飲んだのはただのアイスティーだよ。じゃあ先に帰るからね」
兄「ちょっと待てって」
妹「じゃあね」
兄「・・・・・・」
女「・・・・・・」
女友「あちゃー。女ちゃんのためだったんだけど、妹ちゃんには酷いことしちゃったかな
あ」
兄「どういう意味だよ」
女「・・・・・・女友ちゃんまで巻き込んじゃってごめん」
女友「いいって。じゃあ、あたしもそろそろ行くね。実は今晩は撮影があるんだ。そろそ
ろ行かないと間に合わないし」
女「お仕事の邪魔しちゃってごめん」
女友「いいよ。あたしたちは友だちじゃん。じゃ兄君?」
兄「何だよ」
女友「ここの支払いはよろしくね」
兄「え?」
女友「今日は君のおごりだったでしょ。それに君と妹ちゃんにはすっかり騙されたしね」
兄「悪い」
女友「・・・・・・謝ることなんか本当はないのかもしれないね。じゃあね。ふたりともバイバ
イ。女ちゃんうまくやれよ」
312:
女「・・・・・・」
兄「・・・・・・」
女「あの・・・・・・さ」
兄「お、おう」
女「本当にごめん」
兄「おまえのせいじゃねえだろ。兄友のアホのせいだし」
女「でも、あんた。あたしに振られたと思って傷ついたんでしょ」
兄「まあ、そうかな?(本当はそのせいで俺も目が覚めたし、実際のところあんまり悩ん
でねえんだけどな。まあ兄友の策略を知ったときは動揺してトイレで吐いたりもしたけ
ど)」
女「そうだよね。あんたのこと傷つけちゃった」
兄「もう気にするな」
女「あのさ」
兄「おう(何かやばい気がする)」
女「あたしにはもうそんな資格なんてないのかもしれないけど」
兄「何言ってるんだよ(やばい)」
女「兄友のバカに騙されたあたしなんかにはもう愛想も尽きたと思うけど」
兄「・・・・・・何だよ」
女「あたしがあんたの部屋でオムライスを作った夜まで戻って、またやり直せないかな? あたしたち」
兄(やっぱりそうなるか)
女「・・・・・・妹ちゃんに嫉妬しちゃったこと。そのせいで兄友に付け込まれたことは否定し
ないよ」
兄「それはもういいって(問題はそうじゃねえんだよ)」
女「それでもさ。あたしやっぱり兄のことが好き。せめて友だちからでもやり直してくれ
ないかな」
兄「ええと」
兄(俺はもう一生恋なんかしないと自分に誓った。もっと言えば妹スキー同盟の父さんと
母さんにも誓った。心の中でだけだけど)
兄(一生を姫の幸せを見守るために捧げようと思った。姫の恋愛も結婚も出産も育児も全
てを陰ながら応援しようと思った。それが我が池山家の家風だからだ)
兄(幼稚園のことから、俺はいや俺たちは妹に夢中だった。妹は我が家に光臨した天使だ
った。お姫様だった。あいつがいるだけで我が家はすごく幸せだったんだ)
兄(その姫が俺と女を復縁させようとしている。しかも俺と女が復縁しなければ自分も彼
氏君と別れるって脅迫までして)
兄(女のことは嫌いじゃない。っていうか女に振られたんじゃないってわかったときはす
ごく嬉しかった。あれだけ妹に女のことはもう気にならないって言ってたくせに)
313:
お願い。
そう言って女は俺を見つめて涙を流した。どういうわけかその顔に俺はいつぞや少しだ
け泣き顔だった姫の顔を重ねてしまっていたようだ。俺が見たくないものの頂点に立つの
が姫の悲しそうな表情だ。俺が女と付き合えば全てがうまく行くのだろうか。姫も彼氏君
と別れずに済むのだろうか。言ってしまえばこれは二度目の過ちということになる。姫に
振られた反動で最初に女の告白を受け入れたことに続く再度の過ちだ。
でも前回俺が女を受け入れたのは半ば衝動からだった。女には申し訳ないけど妹と付き
合えないのならと俺は自棄になっていたのだ。今度はそれとは違うのだろうか。根源的に
は一緒かもしれないじゃないか。それに今さらだけど、俺は本当に女のことが好きなのだ
ろうか。憎からず思っていることは確かだけど、それは二度目の告白に応えるほどの好意
なのか。
俺は迷った。でも、結局妹が俺の想いを否定したときのことが頭に浮かんだだけだった。
それは姫に振られて拒絶されたことではない。それとは別な機会に妹はこう言ったのだ。
それは俺が一生彼女なしで妹を見守ると言ったときだった。
そんな人生なんてあり得ないよ。お兄ちゃんがよくてもあたしがいや
もうやだ。あたし彼氏と別れるから
兄「俺たちやり直してみようか? 仲のいい友だちからになるけど」
女「・・・・・・嬉しい。ありがと」
兄「仲のいい友だちは抱きついたりしない・・・・・・っておい」
女「好き・・・・・・兄のこと大好き」
兄「うん・・・・・・」
318:
<ゴールデンウィーク>
父「姫と兄はちょっと来なさい」
母「はい、あんたたち。ちょっと集合して」
兄(普段はいないくせに何が姫だ)
妹「ほらお兄ちゃん。パパたちが呼んでるよ」
あたし
兄「そんなことはわかってる」
妹「じゃあ早くリビングに行こうよ」
兄「ちぇ」
妹「お兄ちゃん、どうしたの?」
兄「父さんめ。普段は家に寄り付かないで放置しているくせに何が姫だ」
妹「何だ。パパにヤキモチ焼いて拗ねてたのか」
兄「拗ねてねえって」
妹「お兄ちゃんも堂々とあたしを姫って呼ぶといいよ」
兄「俺はいいよ」
妹「ほら、はい」
兄「・・・・・・あいつらの前で手をつないでいいのか」
妹「別にいいんじゃない? 兄妹が仲良くしてるんだから。つうかパパとママをあいつら
って言うのよしなよ」
兄「・・・・・・わかったって」
妹「拗ねないでよ。ほら行こ」
兄「うん(手を離されちゃった。俺ってバカだ)」
父「おまえたちようやく来たか」
兄「何か用?」
父「うん。とっても言いづらいんだけどな」
妹「どうしたの」
母「それがねえ。せっかく予約もしたし妹ちゃんも楽しみにしていた旅行なんだけどね」
父「申し訳ない。パパもママも休み中出社しなきゃならなくなってな」
母「本当にごめんね」
妹「え〜。初めての海外旅行だったのに。そんなのないよ」
父「妹姫には本当に悪いことをしたな。すまん」
母「妹ちゃんごめんね」
兄(だから父さんは妹姫妹姫ってうるさいって)
妹「・・・・・・でもお仕事だから仕方ないよね。わがまま言ってごめんなさい」
母「妹ちゃんが謝ることなんか何にもないのよ」
父「そうだよ。悪いのは私たちなんだから」
兄(まさかその私たちの中には俺まで含まれてるんじゃないだろうな)
妹「わかった。じゃあお兄ちゃんと一緒に留守番してるね」
父「それじゃあんまり姫がかわいそうだ。留守番は兄に任せて姫はどこかに遊びに行った
らどうだ」
母「お友だちとお出かけでもしたら? 海外は無理でもどこか近いところで」
319:
妹「無理だよ。友だちはみんな家族と予定があるし、だいたいゴールデンウィーク直前な
のに宿とか予約できるわけないじゃん」
父「あ、そうだ。伯父さんの別荘なら空いてるんじゃないかな。兄貴のとこも家族で海外
に行くって言ってたし」
母「そうそう。あそこなら海辺だし遊びに行くにはちょうどいいわね。ほら、兄は昔行っ
たことあるでしょ」
兄「別荘ってあれのことかよ。単なる古い平屋じゃない。あの当時で既に半ば老朽化して
たような」
父「別荘には変わりないだろ」
妹「だからいいって。こんなに急に一緒に行ける友だちなんかいないし」
母「聞くだけ聞いてみたら? お仕事で休めないご家庭だってあるんじゃない」
妹「それはいるかもしれないけど、でもそしたらお兄ちゃんが一人になっちゃうし」
兄「俺は別にいいよ。気が楽だし」
父「・・・・・・本当に姫は優しい子に育ったなあ。兄のことを心配するなんて」
兄(だからそこで涙ぐむなよ。父さんを見ているとまるで自分を見ているような溺愛ぶり
だ。こういうのを同族嫌悪って言うんだろうな)
母「じゃあ、ついでだから兄も一緒に連れて行ってあげたら?」
兄(ついでって)
父「それがいい。姫に何かあったら困るからボディーガード代わりに連れて行きなさい」
母「兄は免許も取ったことだしパパの車を使えばいいわね。運転手兼ボディーガードって
ところかしらね」
兄(ふざけんな。誰が行くか)
妹「だってそれじゃお兄ちゃんが迷惑でしょ」
父「おまえ、姫と一緒に出かけるのが嫌なのか」
兄「嫌なわけないだろう。妹のことも心配だし(げ。つい言っちゃったよ)」
妹「・・・・・・本当にいいの? お兄ちゃん」
兄「おまえが兄貴と一緒でもいいならな」
妹「あたしは嬉しいけど」
兄「そ、そう(嬉しいのか)」
妹「じゃあちょっと友だちに聞いてみるね」
父「そうしなさい。パパは伯父さんに電話をしておくから」
妹「気が早いよパパ。まだ一緒に行ける友だちが見つかるかわからないのに」
母「そうしたら兄と二人で一緒に行っておいで。連休中に家にいるよりはいいでしょ」
妹「それもそうか。じゃあ、電話してみる」
兄(しかし買ったエロゲの妹ルート以外は全く攻略しないってのも俺くらいだろうな)
兄(正直どんなに可愛くても後輩ルートとか同級生ルートとか幼馴染ルートとか全然興味
が持てないもんな)
兄(まあ、今では俺は姫のいい兄貴なんだけどせめてエロゲの中くらいでは妹ルートを攻
略したっていいだろう)
兄(初恋の杏ルートのシナリオはマジで名作だな。これはもはやゲームの域を超えてい
る。親バレ、親離婚とかやたらにリアルなのもいい。普段は兄のことをからかいまくって
いる杏が実は密かに兄ラブだったっている設定も俺好みだしね)
兄(個人的には連休中は部屋に引きこもってずっとゲームしてても不満はないんだけど
な。でも妹にしてみれば大好きな家族と一緒に海外に行きたかったんだろうなあ)
兄(妹と妹の友だちの女子高生と一緒にお泊まり旅行か。あるいは妹と二人きりでお泊り旅行。
何かどっちにしても嫌な話はないじゃんか)
320:
<意外といいやつかも>
兄「どうしてこうなる」
彼氏「お兄さん運転上手ですよね」
兄「まだ免許取り立てだって。上手なわけないだろ」
彼氏「いやあ。本当に上手ですよ。初心者とは思えません」
兄「(俺にお世辞を言うなよ。どうせ妹のことしか頭にはないくせに)そういやさ」
彼氏「はい」
兄「おまえらって連休中は予定なかったの?」
彼氏「はい。父はホテルマンなんで」
兄「ああそうなんだ。じゃあ人が遊んでいるときに忙しくなる職業なんだな」
彼氏「そうなんですよ。だから妹ちゃんから誘ってもらって僕も妹も嬉しかったです」
兄「それならよかったけど(しかし何で助手席に姫じゃなくてこいつがいるんだ。何で姫
と妹友が後部座席なんだよ)」
彼氏「別荘なんてすごいですよね。楽しみです」
兄「伯父さんの別荘なんだけどさ。あまり期待しない方がいいぜ」
彼氏「何でですか」
兄「俺、昔そこに行ったことがあるんだけどさ。当時でさえ築百五十年くらい経ってるん
じゃないかと思ったほどの古い平屋の家だぜ」
彼氏「そうなんですか」
兄「まあ、別荘とは名ばかりの廃屋くらいに考えておいた方がいいな」
彼氏「何だか別な意味ですごそうですね」
兄「・・・・・・あのさ」
彼氏「はい」
兄「(後部座席の妹たちには聞こえないように)この前図書館脇の公園でおまえらと会っ
たじゃん?」
彼氏「はい。あのときは妹が失礼しました」
兄「それはいいんだけどさ。あのとき妹と妹友って喧嘩みたくなったじゃんか」
彼氏「そうでしたね」
兄「もう仲直りしたのかな」
彼氏「したんじゃないですかね。だってほら」
兄(後部座席で妹と妹友が楽しそうにお喋りしてる。ポテチとか食いながら)
彼氏「今日のお誘いだって妹は二つ返事だったみたいだし、妹ちゃんだってまっ先に妹に
声をかけてくれたみたいだし。とっくに仲直りしてるんでしょうね」
兄「それならよかった」
彼氏「お兄さんにご心配をおかけしてしまってすいません」
兄(・・・・・・何かこいつ。意外といいやつかも。妹の彼氏だっていうだけで偏見を持ってい
たのかもしれん。兄として考えるに兄友みたいなチャラいアホなんかより妹の彼氏として
は全然ましだよな。ちょっと空気読めないところはあるけどとりあえず真面目そうだし、
礼儀正しいし)
彼氏「お兄さんすいません。僕が免許を持ってれば運転を代われたのに」
321:
兄「無茶言うな。高校在学中に免許なんか取れるかよ。そもそも受験生だろうが」
彼氏「はい」
兄「どこ受けるの?」
彼氏「お兄さんと同じ大学志望です」
兄「そうなんだ」
彼氏「ええ。妹ちゃんがそこを狙っているので」
妹「ねえ。お兄ちゃん」
兄「どうした?」
妹「まだ着くまでに時間かかるの?」
兄「ああ。渋滞してるしな。海が見えるまであと二時間くらいはかかるかもな」
妹「じゃあ、どっかでお昼食べようよ。その後は買物だってしなきゃいけないし」
兄「じゃあ次のファミレスで休憩しようか」
妹「うん。お腹空いちゃった。妹友ちゃんもそれでいい?」
妹友「うん」
彼氏「お兄さん」
兄「どした」
彼氏「あそこにファミレスがありますよ」
兄「おお。じゃああそこに入ろう」
妹「あー疲れたあ」
彼氏「おつかれ」
妹「彼氏君こそ疲れたでしょ? ずっとお兄ちゃんの隣で気を遣ったんじゃない?」
彼氏「そんなことないよ。お兄さんって話し上手だし」
妹「こら。嘘言うな。そもそもそういうのを気を遣うって言うんだよ」
彼氏「本当だって」
妹「まあそういうことにしておいてあげるよ」
兄(・・・・・・車内で妹とはほとんど会話できなかった分、車を降りたら姫と話せるかと思っ
てたのに)
妹「四人です。禁煙席をお願いします」
兄(まあそれは彼氏君も一緒だったんだけど。車を降りたとたんに妹と彼氏君が肩を並べ
て歩き出した。楽しそうに会話しながら)
兄(まあ、こいつらは付き合ってるんだしそれが自然なんだろう。だいたいいい兄貴にな
るって決めた俺がこんなことくらいで動揺することがおかしい)
妹友「・・・・・・お兄さん」
兄(俺が姫と仲良くしてどうする。姫が彼氏と一緒で楽しそうならそれで本望じゃねえ
か)
兄(父さんと母さんが言ってたとおりだ。俺は運転手兼ボディーガード。それで十分だ
ろ)
322:
<座席の並び方>
妹友「お兄さん」
兄「あ、悪い」
妹友「どうかしましたか」
兄「いや、大丈夫だよ」
妹友「お兄ちゃんと妹ちゃんは先に行っちゃいましたよ。あたしたちも席に行きましょ
う」
兄「そうだな」
妹友「そっちじゃないです、お兄さん。そっちは喫煙席ですから」
兄「お、おう悪い」
妹友「あそこみたいですよ」
兄「そうだな」
妹友「お待たせ」
妹「妹友ちゃんもお兄ちゃんも遅いよ。何してたのよ」
兄「何って別に」
妹「早く座って。お腹空いたってば」
彼氏「まあまあ。お兄さんは一人で運転してくれて疲れてるんだから。あんまりわがまま
言っちゃだめだって」
妹「だってさあ」
兄(あれ)
兄(奥に妹、その隣に彼氏君が並んで座っている)
兄(それはそうだよな。彼氏君と妹が並んで座るなんて当たり前じゃんか)
兄(何で妹が俺の隣に座るなんて思い込んでたんだろう)
兄(・・・・・・何かこの旅行って辛い気持になるばかりだな)
兄(いかんいかん。いい兄貴になるんだろ? 今さらこんなことくらいでダメージを受け
てどうする)
妹友「お兄さん奥に行きますか?」
兄「いや、妹友ちゃんが先に座りなよ。妹の向かいの方が話しやすいでしょ」
妹「・・・・・・」
妹友「それじゃあ」
兄「うん」
彼氏「お兄さんメニューをどうぞ」
兄「ありがとう。じゃあ、妹友ちゃん一緒にメニューを見ようか」
妹友「そうですね。二つしかないみたいだし」
彼氏「妹ちゃんは何にする?」
妹「・・・・・・」
彼氏「妹ちゃん?」
妹「ああ、ごめん。どうしようかなあ」
323:
兄「このリゾットって何だろ」
妹友「ああ、それはイタリアのお米を使った料理ですよ」
兄「雑炊みてえだな」
妹友「味は大分違いますけど、まあイメージはそんな感じです」
兄「雑炊ならいいや。何か肉食いたいな」
妹「・・・・・・今夜は海岸でバーベキューするんだよ。お昼からお肉を食べてどうすんのよ」
兄(何だよこいつ。ようやく話しかけてくれたと思ったら文句かよ)
妹友「まあ、でもお兄さんは運転で疲れてるでしょうし、好きなものを食べた方がいいで
すよね」
兄「ありがと妹友ちゃん」
妹「・・・・・・」
彼氏「妹ちゃんは何食べるの?」
妹「どうしようかなあ。彼氏君は?」
彼氏「僕はこの渡り蟹のトマトソースパスタにしようかな」
妹「美味しそう。じゃあ、あたしは違うパスタにするね」
彼氏「何で?」
妹「違うやつにすれば二人で二種類のパスタを食べられるじゃん」
彼氏「え?」
妹「あたしは和風明太マヨスパゲッティーにしようかな」
妹友「じゃあ、お兄さんはこのサイコロステーキセットにするんですね」
兄「いや、ちょっと待ってくれ」
妹友「今度はいったい何ですか」
兄「こっちのステーキセットと同じグラム数なのにサイコロの方は何でこんなに安いんだ
ろ」
妹友「多分、成型肉を使ってるから安いんだと思いますよ」
兄「成型肉って何?」
妹友「肉の切れ端の部分は普通は棄てるんですけど、それを集めて圧力をかけてサイコロ
状にしたのがこのサイコロステーキだと思います。廃棄するところを使っているから安い
んですよ」
兄「そんなのを食うのはやだなあ」
妹友「じゃあこっちのヒレかロースのステーキにしたらどうですか」
兄「どう違うの?」
324:
妹友「いちいち解説したらきりがないです。ロースの方が脂身が多い。それでいいでし
ょ」
兄「解説の手を抜くなよ」
妹友「お兄さんはロースステーキで決まりですね」
彼氏「・・・・・・妹ちゃん」
妹「何ひそひそと小さな声で話してるの?」
彼氏「また怒られちゃうかもしれないけど、うちの妹とお兄さんって結構お似合いだよ
ね」
妹「え」
兄「勝手に決めるな。俺はヒレの方が」
妹友「ヒレは赤身中心の肉なので、ギトギト系が好きなお兄さんが満足できないんじゃな
いですか」
妹「・・・・・・」
兄「え? そうなの。 じゃあ、ロースでいいや」
妹友「本当にそれでいいんですね?」
妹「・・・・・・いつまで選んでるのよ。いい加減に決めてよ!」
兄「え?」
彼氏「妹ちゃん?」
妹友「あ、ごめんなさい」
妹「あ。あたしの方こそごめんなさい」
兄(おまえが切れるなよ。彼氏と楽しそうにメニューを眺めてたくせに)
兄(いや。それでいいんだった。何で妹が切れたのかはわかんないけど、この座席順は結
果オーライだ。そう考えよう)
331:
<ラブシャッフルかよ>
兄「どうしてこうなる」
妹友「お兄さん運転上手ですよね」
兄「まだ免許取り立てだって。上手なわけないだろ・・・・・・って、おまえらって本当に兄妹
なんだな」
妹友「どういう意味です」
兄「彼氏君にもさっき同じことを言われたからさ」
妹友「単なる偶然ですよ」
兄「そうだろうけど」
妹友「あたしたちが本当に兄妹であることには残念ながら一点の疑義もありませんけど
ね」
兄「残念なのかよ」
妹友「義理ならよかったんですけどね」
兄「・・・・・・後ろに聞こえちゃうぞ」
妹友「そんな心配はないですよ」
兄「狭い車内なんだしさ」
妹友「だってほら」
兄「(仲良くお昼寝かよ。まあ密着しているわけじゃないことがせめてもの救いだけど)
なるほど」
妹友「今朝は早起きして出発しましたし、お腹もいっぱいになれば眠くなりますよね」
兄「まあそうだな。つうかおまえも眠かったら寝ちゃっていいぞ」
妹友「あたしは自分の身が可愛いですから」
兄「おまえなあ。居眠り運転なんかしねえよ。てか初心者でそんな余裕なんてねえよ」
妹友「そうじゃないです」
兄「じゃあ何だよ」
妹友「自分の傍らで寝入っているあどけない美少女の肢体に対してお兄さんがついつい悪
戯心を出してしまったらあたしの身が危険ですから」
兄「そんなことを心配してたのかよ。俺は性犯罪者じゃねえぞ。そもそもあどけない美少
女なんてどこにいるんだよ」
妹友「お兄さんに身体を悪戯されるくらいは許してあげてもいいのですけど、それ以上に
運転中に淫らな行為をしているお兄さんが運転を誤ったら生命維持的に大変なことになっ
てしまいます」
兄「そっちかよ」
妹友「冗談ですよ」
兄「おまえの冗談はたちが悪い。心臓にも悪い」
妹友「真面目に言うとお兄さん一人に運転させてあたしが寝ちゃうなんて申し訳なくてで
きません」
兄「後部座席の二人にはそんな気遣いはさらさらなさそうだけどな」
妹友「後ろの人のことは知りません。少なくともあたしは嫌なんです」
兄「んな気を遣わなくてもいいのに」
妹友「・・・・・・」
兄「・・・・・・だんだんと道が空いてきたな」
妹友「そうですね」
332:
兄「それにしても何でいきなり席替えしたんだろうな」
妹友「その方が楽しいじゃないですか」
兄「そうかなあ」
妹友「あたしよりお兄ちゃんが隣にいた方が嬉しかったのですか」
兄「そうじゃねえけど」
妹友「・・・・・・え? まさかお兄さんってそっちの趣味が」
兄「何の話だよ」
妹友「冗談ですよ。お兄ちゃんと妹ちゃんだって隣にいたいんじゃないかと思って」
兄「おまえが提案したのか」
妹友「はい。二人からは言い出せないだろうと思ったので、あたしが犠牲になろうかと」
兄(・・・・・・俺の隣に座るのって犠牲とか言われるほどの苦行なのか)
妹友「自らお兄さんの隣に座りたいって妹ちゃんに駄々をこねてみました」
兄「・・・・・・そう」
妹友「せっかくそこまでして気を遣ってあげたのに二人して寝てしまうとはバカですよ
ね」
兄「さあ。俺にはよくわかんねえけど」
妹友「まあ、次の休憩でまた席替えをしましょう」
兄「ラブシャッフルかよ」
妹友「またずいぶんと懐かしいドラマのことを」
兄「おまえさ」
妹友「何でしょう」
兄「いつの間に妹と仲直りしたの」
妹友「今日のお誘いの電話をもらったときです」
兄「え? 喧嘩状態だったのに妹はおまえを旅行に誘ったんだ」
妹友「妹ちゃんも仲直りしたかったんじゃないですか。それで誘ってくれたんだと思いま
す」
兄「も?」
妹友「はい。あたしも同じでしたから」
兄「そうか。まあ、これがきっかけになったのならよかった」
妹友「お兄さんにはご迷惑をおかけしました」
兄「おまえに謝られると気持悪い」
妹友「・・・・・・お兄さんひどい」
兄「口の悪さはお互い様だ」
妹友「ふふ。そう言えばそうでしたね」
兄「自覚くらいはしてたのか」
妹友「はい。わかっててやってますから」
兄「本当にたちが悪いな」
333:
妹友「まあ次のシャッフルでは助手席に座るのは妹ちゃんだからあんまり落ち込まないで
くださいね」
兄「俺は別に落ち込んでねえぞ」
妹友「態度でバレバレでしたよ。お兄さんが妹ちゃんと仲良くできなくて拗ねていること
が」
兄「それはおまえの誤解だ」
妹友「そうですか」
兄「おまえはどうなの」
妹友「え?」
兄「おまえだって大好きな兄貴の隣で一緒にいたいんじゃねえの」
妹友「まあ否定はしません。でも意外と楽しいんですよね」
兄「何が」
妹友「ファミレスでお兄さんの注文を手伝ったり、ドライブ中のお兄さんの隣の席にいる
ことがです」
兄「え(何言ってるんだこいつ)」
妹友「あたし、どうしちゃったんでしょうね。今までお兄ちゃん以外の男の人と一緒にい
て楽しいなんて思ったことはなかったのに」
兄「まあ何と言っていいのかわからんけど、それはそれでよかったのかもな(兄妹じゃど
うせ結ばれないんだしな)」
妹友「どういう意味?」
兄「(こいつ何赤くなって目を潤ませてんだ)いや、どういう意味って」
妹友「お兄さんもそうなんですか」
兄「いや。ほらさ、おまえ前に言ってたじゃん。兄妹の関係なんか行き場のない行き止ま
りの関係だって」
妹友「言いましたけど」
兄「だからさ。人のことは言えねえけどおまえも前を向き出してるってことじゃゃねえ
の」
妹友「お兄さんには言われたくないです」
兄「・・・・・・俺はもう割り切ったし。これからは姫のいい兄貴になるって決めたしね」
妹友「え?」
兄「何だよ。おまえに言われて気がついたことなのに何を意外そうに」
妹友「ぷ。ひ、姫だって」
兄(げ。やば)
妹友「姫って呼んでたんですね。妹ちゃんのこと。あははは」
兄「おい。ちょっと声がでかいって。後ろが起きちゃうだろうが」
妹友「おかしい〜。ひ、ひ、ひ」
兄「ちょっと笑い過ぎだ」
妹友「ひ、姫かあ」
兄「もういいだろ」
妹友「ご、ごめんなさい」
兄「・・・・・・」
妹友「妹ちゃんって幸せだなあ」
兄「・・・・・・そうかな」
妹友「あたしのお兄ちゃんとは大違い」
334:
<海辺の夕暮れ>
兄「そうなのか」
妹友「まあ、いいんですけどね」
兄「海が見えた」
妹友「本当ですね。綺麗」
兄(・・・・・・こいつの横顔、結構綺麗だな)
兄(って俺は何を考えてる)
兄(でも。こいつもこいつの兄貴もそんなに嫌なやつじゃないのかもしれないな)
妹友「まだ時間かかるんですか」
兄「ここまで来たら、もう少しだと思う」
妹友「どこかで食材を調達するって妹ちゃんが言ってましたけど」
兄「今夜は庭でバーベキューをしたいんだって」
妹友「いいですね」
兄「もう少し海辺を走ったら街中に出ると思うから、そしたらスーパーを探さないとな」
妹友「それは任せてください」
兄「ああ頼むよ」
妹友「何か夕暮れになってきましたね」
兄「昼飯が遅かったからな」
妹友「ステーキ美味しかったですか」
兄「まあまあかな」
妹友「せっかく選んであげたのに」
兄「だって筋が多くて固かったし」
妹友「・・・・・・オムライスは?」
兄「へ」
妹友「あたしが作ったオムライスはどうでしたか? 考えてみればまだ感想を聞いてなか
ったです」
兄「美味しかったよ(あの日は三食連続オムライスだったわけだけど)」
妹友「よかった」
兄(何か微妙な雰囲気。例えて言えばお互い振られた同士が傷を舐めあっているような)
妹友「何か落ちつきますね」
兄「そう?」
妹友「はい。お兄ちゃんのことばかり考えていらいらしたり、妹ちゃんと口喧嘩になって
たときよりは、今の方が全然いいです」
兄(どういう意味だ)
335:
妹友「前方にスーパーを発見しました」
兄「よし。ここで買物して行こう」
妹友「はい。じゃあ、そろそろ二人を起こしますね」
兄「そうして」
妹友「お兄ちゃん起きて。妹ちゃんも。買出しに行くよ」
妹「・・・・・・あれ? ここどこ」
兄(何言ってる)
彼氏「寝ちゃってたのか。お兄さんすいません」
兄「いいよ別に」
妹友「二人が寝ている間はあたしがお兄さんの話し相手をしてたから大丈夫だよ」
彼氏「そうか。妹も悪かったな」
妹友「いいって。海辺の道の景色すごくきれだったし。ねえ? お兄さん」
兄「まあな」
妹「・・・・・・」
兄「じゃあさっさと今夜のバーベキューの買物しちゃおうぜ」
妹友「そうですね」
妹「そんなに早く買物が終るわけないじゃん」
兄「何で? 肉と野菜を買えばいいんだろ」
妹「明日の朝食はどうすんの? お昼ご飯は」
兄「ああそうか」
妹「食材以外でも買うものはいっぱいあるの。簡単にさっさとか言わないでよ」
兄「え?」
妹「もういい。お兄ちゃんなんか頼りにならないや。妹友ちゃん、あたしたちで買物しち
ゃおう」
妹友「う、うん」
兄「おい(何怒ってるんだ)」
336:
<逆切れするな>
彼氏「妹ちゃん機嫌悪かったですよね」
兄「ああ。いったい何が気に入らないんだろうな」
彼氏「何でしょうねえ。ファミレスまでは機嫌よかったのに」
兄「寝起きだからかな」
彼氏「そうでしょうか」
兄「おまえも彼氏なら何とかしろよ」
彼氏「無理ですよ。自信ありません」
兄「全く頼りにならないやつだな」
彼氏「お兄さんこそお願いしますよ」
兄「何で俺なんだよ」
彼氏「十七年間もずっと妹ちゃんと一緒に生きてきたんですよね。それくらいはできるは
ず」
兄「てめえ(何かだんだんこいつ調子に乗って馴れ馴れしくなってきてるな)」
彼氏「お願いします」
兄「しかたねえなあ。よし、俺の実力を見せてやる(何だかんだ言ってこいつら兄妹のこ
とが憎めなくなってきているような気がする)」
彼氏「はい!」
兄「よし。店内に入って妹たちを探すぞ」
彼氏「了解です」
兄「で。どこにいるんだ」
彼氏「さあ」
兄「バーベキューなんだから生肉売り場に行けばいるだろ」
彼氏「そうですね。あ、いました」
兄「よし。おまえは妹友ちゃんを妹から引き離せ」
彼氏「・・・・・・どうすればいいんですか」
兄「おまえの妹だろ? それくらいは自分で考えろよ」
彼氏「そう言われても」
兄「・・・・・・じゃあ、おまえがうちの妹の機嫌を直す役をするか」
彼氏「妹を何とかします」
兄「全く最初からそう言えって」
337:
彼氏「妹、ちょっと」
妹友「お兄ちゃん? どうしたの」
彼氏「歯ブラシとか忘れちゃってさ。買っときたいんで一緒に来て」
妹友「何で一緒に行く必要があるの?」
兄(あのばか。もっとましな理由を作れねえのかよ)
彼氏「いや、どういうのがいいのか僕じゃよくわからないし」
兄(んなわけあるか。歯ブラシなんてどれでも一緒だろ。全く使えないやつだ)
妹友「もう。あたしがいないと歯ブラシも買えないんだから。しようがないなあ」
兄(え? マジなの)
妹友「妹ちゃんちょとだけごめん。お兄ちゃんの買物に付き合ってくるね」
妹「うん」
兄(マジかよ。つうか彼氏君もこんなことくらいで誇らしげに俺を見るなよ)
兄(・・・・・・よし。いつまでも妹と気まずいわけにはいかん。父さんと母さんに頼まれてる
んだし)
兄「何買ってるの」
妹「見てわからない?」
兄「いや、肉だよね」
妹「・・・・・・」
兄「あ。俺カート押すよ」
妹「・・・・・・」
兄「押させてくださいお願いします。つうかおまえにカートを押させてたなんて知れたら
父さんに殺される」
妹「別にいいけど。はい」
兄「籠の中は。肉はだいたい買ったのな」
妹「・・・・・・うん」
兄「じゃあ野菜売り場に行こうぜ」
妹「わかってるよ」
兄「・・・・・・ほら」
妹「何よ」
兄「これ。おまえの好物じゃん」
妹「アスパラ?」
兄「昔さ。家族で庭でバーベキューした時はおまえアスパラばっか食ってたじゃん」
妹「・・・・・・・・まあそうだけど」
兄「母さんが買い忘れると、おまえすげえがっかりしてたもんな」
妹「・・・・・・そんなこと今まで忘れてた。よく覚えてたね」
兄「姫のことだからな」
妹「・・・・・・」
兄「じゃあこのアスパラ籠に入れるな」
妹「・・・・・・別にいいけど」
338:
兄「ほら。朝飯に玉子とパンを買っておこうぜ。あとベーコンも」
妹「勝手にメニューを決めるな。作るのはあたしと妹友ちゃんなんだからね」
兄「本当は和食がいいのに妥協したんだぜ」
妹「当たり前でしょばか」
兄「・・・・・・やっといつもどおりの姫になった」
妹「・・・・・・」
兄「じゃあ、パンを買いに」
妹「何でよ」
兄「え」
妹「何で今日はあたしに構ってくれなかったのよ。もうあたしを放置するなって言ったで
しょ」
兄「してねえよ。つうか俺はいい兄貴になるんだから」
妹「今日のお兄ちゃんは全然いい兄貴じゃないじゃん。あたしのこと放っておいて妹友ち
ゃんとベタベタして。だいたいお兄ちゃんは女さんとやり直すんでしょ」
兄「・・・・・・女とは仲直りしただけだよ。この先どうするかなんてまだわかんない」
妹「だからって。あたしを無視することないでしょ。何よ。あたしと隣になるのも避けて
たくせに」
兄「おい。いい加減にしろよ」
妹「逆切れするな」
兄「いい兄貴としてはおまえと彼氏君の邪魔なんかできないだろうが。それは俺だって寂
しかったけど」
妹「何でファミレスで車を降りたときにあたしの側に来てくれなかったの?」
兄「おまえが彼氏君と一緒にいたから」
妹「弱虫」
兄「何だって?」
妹「・・・・・・本当に寂しかったの?」
兄「本当だよ。今日はおまえと全然仲良くできてないし」
妹「お兄ちゃんは見栄とか張らないでもっと素直になった方がいいと思う」
兄「(何か表情が和らいだ)でもさ」
妹「何」
兄「俺一度おまえに振られてるからさ。臆病になるくらいは理解してくれよ」
妹「そんなこと」
339:
妹友「じゃあ買い忘れはないよね」
妹「大丈夫だと思う」
彼氏「まあ、忘れてたらまた買いに来ればいいんだしね」
兄「・・・・・・誰が運転すると思ってるんだよ」
妹友「じゃあ出発しましょう。もう薄暗くなってきちゃったし」
妹「そうだね。お兄ちゃん?」
兄「うん?」
妹「別荘まであとどれくらいかかる?」
兄「もう一時間もかからないかな」
妹「じゃあ行こう。妹友ちゃん、ついたらすぐに食事の支度ね」
妹友「うん。じゃあ、本日最後のシャッフルです」
彼氏「え」
妹「何々?」
妹友「席替えね。今度は妹ちゃんが助手席であたしとお兄ちゃんが後部座席ね」
彼氏「了解」
兄「・・・・・・」
妹「・・・・・・うん」
兄「おまえはここに来るの初めてだっけ」
妹「うん」
兄「そうか」
妹「ねえ。伯父さんの別荘ってそんなに汚いの」
兄「昔の記憶だけどな。ぼろぼろだった印象がある」
妹「そうなんだ」
兄「うん。でもリフォームしたらしいな。出がけに父さんから聞いたけど」
妹「よかった」
兄「それに家はともかくロケーションは最高だぞ。寝室や庭から海が見えるし」
妹「寝室って何部屋あるの」
兄「寝室って言っても確か六畳の和室が二つだけだけど」
妹「・・・・・・さっきはごめんね」
兄「いや、拗ねてたのは俺の方だし」
妹「そうか。お兄ちゃんあたしと話せなくて拗ねてたのか」
兄「そうだよ、悪いか」
妹「でも、夜になったらいっぱいお話できるじゃん」
兄「どういうこと」
妹「あたしとお兄ちゃんで一部屋、彼氏君と妹友ちゃんで一部屋でしょ。今日は一緒に寝
るからいっぱい話せるよ」
兄(・・・・・・マジで?)
妹「・・・・・・はい。どうぞ」
兄(運転中なんだけど。手つなぐの?)
344:
妹は一体何を企んでいるんだ!?
345:
<BBQ>
妹「ほら彼氏君、この肉取っちゃって」
彼氏「ありがと」
妹友「少し肉とか野菜を載せすぎじゃないかな」
妹「そうかな? この方が景気がいいじゃん」
妹友「食べる方が忙しい気がする」
妹「お兄ちゃん?」
兄「うん」
妹「何でそんなに隅っこで座ってるの」
兄「ちょっと疲れた」
妹友「ずっと一人で運転してくれたんですものね」
兄「おまえにそんな優しい言葉をかけられると混乱するわ」
妹友「何言ってるんですか。お皿出してください」
妹「・・・・・・」
兄「うん」
妹友「お肉とソーセージですよ。ちょうどよく焼けてますから」
兄「ありがとな」
妹「・・・・・・肉ばっかじゃん。ほら」
兄「何だよ」
妹「お皿貸して」
兄「ちょっと待て。ピーマンとか入れ過ぎだろ。玉ねぎももうそれくらいでいいって」
妹「子どもじゃないんだからちゃんと野菜も食べなよ」
兄「・・・・・・わかってるよ」
妹「彼氏君もソーセージ食べる?」
彼氏「うん。ありがと」
妹友「お兄ちゃんも野菜食べてないよね。ちょっとお皿貸して」
彼氏「食べるのはいいけど、ちょっと野菜だけ山盛り過ぎじゃない」
妹友「子どもじゃないんだよ。それくらい食べなさいよ」
彼氏「わかったよ」
妹友「海からのいい風が来るんだね」
妹「そうだね。風のせいで炭火なのに煙くなくっていいよね」
妹友「暗くてよく見えないけど、すぐ前はもう海岸なんでしょ」
妹「そうみたい。周りに人家もないし海水浴場でもないからプライベートビーチ状態だっ
てパパが言ってた」
妹友「さすがに泳ぐにはちょと早すぎるよね」
妹「どうだろう。少し冷たいかもね」
妹友「海辺に行くって聞いたんでさ。無駄かもと思いながら実は水着持ってきちゃった」
妹「え? マジで」
妹友「まず使わないだろうと思ったんだけどさ」
妹「・・・・・・実はあたしも」
346:
彼氏「何か野菜のバーベキューみたいですね」
兄「おまえだけじゃないぞ。俺だってほら」
彼氏「たいしたことないじゃないですか。僕の皿に比べたら」
兄「ばか言え。俺の皿の方が大量のピーマンや玉ねぎが」
彼氏「いや。僕なんかこんなに人参とキャベツが」
兄「・・・・・・食うか」
彼氏「それしかないですね」
兄「・・・・・・」
彼氏「・・・・・・お兄さんっていい人ですよね」
兄「何を言ってる」
彼氏「何かお兄さんとは気が合うような気がします」
兄「そうか(妹ともっと深い仲になるための策略か。将を射んとせば先ず馬を射よとはよ
く言ったもんだ)」
兄(確かに姫と俺の関係では姫が大将で俺はせいぜい姫の乗馬だもんな)
彼氏「何か妹がいるところとか境遇が似てますよね」
兄「逆に言うと妹がいる以外で似てるところはあるの?」
彼氏「さあ。それはわからないですけど。妹への距離感とかがすごく似ている気がしま
す」
兄「・・・・・・どういう意味だよ」
彼氏「仲がいいというか。良すぎるというかそういうところですね」
兄「おまえと妹友ちゃんって仲いいの?」
彼氏「ええ。昔から仲が良すぎるくらいで、両親に変な心配をされるくらいでした」
兄「変な心配って」
彼氏「まあ、さすがにそれは親の誤解なんですけどね。それでもそう言われてもしかたが
ないくらい、昔から妹とは仲良しでしたね」
兄「妹との仲のいいことを恥じることはねえよ。それが変な関係じゃねえんだったらなお
さらだ。むしろ誇ってもいいと思うぞ」
彼氏「そうですよね。僕もそう思ってましたけど、お兄さんからもそう言ってもらえて嬉
しいです」
兄「彼氏君さ。おまえ本当に俺の妹のことが好きなの?」
彼氏「本当です。妹ちゃんに告白して、OKしてくれてすごく幸せです」
兄「おまえの妹はどうなんだよ」
彼氏「・・・・・・お兄さんだから正直に言いますけど。妹は多分僕と妹ちゃんの仲に割り切れ
ない想いを抱えているんだろうと思います」
兄「やっぱりな。妹ちゃんってどう考えてもブラコンだもんな」
彼氏「さすがですね。やはりわかりますか」
兄「何がさすがかわからんけど、妹友と話しているとそんな気配がぷんぷんしてるもん
な」
彼氏「妹に慕われていることは嬉しいのですけど、恋愛感情となるとまた別です」
兄「まあおまえはうちの妹のことが好きなんだからしかたないね」
347:
<おまえの前じゃ猫被ってんだよ>
彼氏「だからお兄さんのところの兄妹関係が僕の理想です。できれば妹とはそういう関係
になりたいんです」
兄「うちの関係?」
彼氏「はい。妹ちゃんはすごくお兄さんを尊敬していますし、信頼もしています。まだわ
ずかな間だけのお付き合いしかしていませんけど、それでもそれは十分に理解できまし
た」
兄「そうなんだ」
彼氏「それでもお兄さんと妹ちゃんは心からいい兄妹で、そこには変な感情は一切ない
し」
兄(ついこの間まで俺の方には変な感情が全開であったんだけどな)
彼氏「ある意味、仲のいい兄妹の理想像ですよ」
兄「・・・・・・そうか」
彼氏「妹ちゃんは恋愛感情とかじゃなくて純粋にお兄さんのことを慕っていますよね。う
ちの妹にもその境地に至って欲しいんですけどね」
兄「妹友ちゃんは頭がいい子だし。おまえが心配しているような近親相姦みたいな関係を
本気で望んだりはしないと思うけどな」
彼氏「はい。最近ではようやく僕もそう思えるようになってきました」
兄「そうか。それならよかったじゃんか」
彼氏「今まではだめだったんですよ。あいつは僕が言うのも何ですけど見た目は可愛いじ
ゃないですか」
兄「まあ確かに見た目はすごく可愛いよな(確かに可愛い。俺の姫には劣るけれども、女
とどっこいどっこいなくらいに)」
彼氏「そうでしょう。妹選抜総選挙があったとしたら、センターは確実ですよね」
兄「何、得意気に妹の自慢してんだよ。おまえの妹は見た目はいいが言動が痛すぎる」
彼氏「そうですか? その辺も普通に可愛いとしか思えませんけど」
兄(おまえの前じゃ猫被ってんだよ。その点、俺の妹は)
兄(俺の妹は・・・・・・。まあ、俺の前で猫被ったりはしないな。いろいろ問題はあると思う
けど、少なくとも俺の前では素直だと思う)
兄(つまり、わがままだったり俺のこと振ったくせに俺に嫉妬じみた行動したり、俺を放
っておいて彼氏君と仲良くした挙句、俺に放置されたと逆上したり)
兄(人から見たら最悪の妹だけど。面倒くささでいったら女友とか女とか妹友とかよりも
っと面倒くさい訳わかんない女だけど)
兄(俺が大切に思っている姫ってそういう女だからさ。別に俺が振り回されたっていいん
だ)
彼氏「こんなこと言うとまたお兄さんや妹ちゃんに怒られちゃうかもしれませんけど」
兄「何だよ」
彼氏「妹はお兄さんと知り合ってから少し変わったような気がします」
兄「何だって」
348:
彼氏「さっき、妹ちゃんが寝ちゃたんで僕もうとうとしてたんですけど」
兄「ああ。ドライブ中の話ね」
彼氏「寝ちゃってすいません」
兄「それはいいけど」
彼氏「うとうとしてたら妹がお兄さんに話しかけてる声が聞こえて」
兄「うん」
彼氏「何かいい雰囲気でした。妹が僕以外の男に甘えたような口調で話すのを初めて聞き
ました」
兄「そ、そう」
彼氏「ちょうど海が見えた当たりですかね。夕暮れの中で妹がお兄さんに話している言葉
は全く聞こえなかったんですけど、その口調だけはわかりました」
兄「考えすぎじゃないのか」
彼氏「さあどうでしょうか。でもファミレスで妹がお兄さんとメニューを見ながら楽しそ
うに話しているのを聞いたときから、何かそんな予感がしていたんですね」
兄「まさか、おまえさ。本当に好きなのはうちの妹じゃなくて妹友ちゃんのことじゃねえ
だろうな」
彼氏「はい?」
兄「はいって」
彼氏「あいつは実の妹ですよ。そんな感情は全くないです」
兄「おまえら見てると何となくそういうのもありそうで恐い」
彼氏「でも。妹の方は正直よくわからなくて不安だったんですけど、少なくとも今は妹の
好きな男はお兄さんだと思います」
兄「違うと思うけどなあ(てめえの妹の好きな男は実の兄貴のおまえだっつうの。もっと
も妹友は近親相姦なんてありえないって考えているけど)」
兄(そうか。だから妹友は悩んでるんだ。ありえないって思いきれるほどの常識があるの
にもかかわらず、本当に好きな男が実の兄だっていう矛盾を抱ええて)
彼氏「お兄さん、妹のことをよろしくお願いします」
兄「ちょっと待て」
彼氏「別に妹と付き合ってくださいと言っているわけじゃないです。でもせめて妹を興味
半分に弄ばないでください」
兄「そんなことするかよ。それにそんなことできるほど女に慣れてないっつうの」
彼氏「変なこと言ってすいません」
兄「おまえの方こそ」
彼氏「え」
兄「えじゃねえよ。万一妹を悲しませたらマジで殺すぞ」
彼氏「はい。そんなことは絶対にありません」
兄「(即答かよ)それならいいけどよ」
349:
<変なことをするのは禁止ね>
妹「ほら。お肉が焦げちゃうからさっさとお皿持ってきて」
兄「ほら行け。彼氏君」
彼氏「はい。行って来ます」
兄(・・・・・・いいやつだ。こういうちゃつなら妹を任せてもいいのかもしれないな)
兄(姫の彼氏が兄友みたいなどうしようもないクズじゃなくて幸運だったのかもしれな
い)
兄(姫も兄友君のことは好きみたいだし)
妹『もうやだ。あたし彼氏と別れるから』
兄(好きな相手と別れるなんて言わせちゃいけない。いくら姫が俺のことを兄として大事
にしてくれていたとしても)
妹友「お兄さんも来て下さい。このままじゃ肉が焦げてしまいます」
兄「ちょっと一度に載せすぎじゃねえの」
妹「何よ。その方が景気がいいじゃん。彼氏君、お皿出して」
彼氏「ありがと」
妹「美味しい?」
彼氏「うん。すげえ美味しい。妹ちゃんが焼いてくれてるからかな」
妹友「誰が焼いたって同じじゃん」
彼氏「俺には違いがわかるの」
妹友「ほう。じゃあこの肉を焼いたのはあたしか妹ちゃんか答えてみ?」
彼氏「え?」
妹友「違いがわかるんでしょ」
彼氏「お腹空いたからこの人参を食おう」
妹友「逃げたな」
妹「ちょっとトレイに行くね。妹友ちゃんあとお願い」
妹友「いいよ。ってこらお兄ちゃん誤魔化すな。誰が焼いたか言え」
350:
妹「お兄ちゃん」
兄「どうした」
妹「トイレって言って出て来ちゃった」
兄「・・・・・・そうか」
妹「また拗ねてるの? あたしと彼氏君の仲がいいことに」
兄「いや」
妹「あたしだってお兄ちゃんとなるべく一緒にいたい」
兄「そんなに俺に気を遣うなよ」
妹「本当だって」
兄「まあ、正直に言えば俺も姫をあいつに取られたみたいで寂しいことは寂しいけど」
妹「・・・・・・うん。お兄ちゃんがあたしたちに嫉妬してたことはわかってた」
兄「おまえトイレ行かなくていいの」
妹「単なる口実だもん」
兄「・・・・・・」
妹「お兄ちゃん」
妹「・・・・・・」
兄「・・・・・・ふは」
妹「ふふ。またお兄ちゃんにキスしちゃった」
兄「・・・・・・おい。あいつらに見られたらやばいだろ」
妹「もう女友さんには見られてるじゃんん」
兄「あのときと違って今は恋人同士の振りをする必要なんてねえだろ」
妹「何よ。お兄ちゃん嫌なの?」
兄「・・・・・・」
妹「・・・・・・」
兄「俺、確かにおまえに振られたんだよな?」
妹「うん。そうだよ」
兄「・・・・・・俺がいい兄貴でいようと我慢するにも限度があるんだけど」
妹「こんなことでもう限界なの?」
兄「・・・・・・何考えてるんだよ」
妹「さっさとバーベキューを終らせようよ。そんで後片付けしてお風呂に入って」
兄「・・・・・・そんで何だよ」
妹「伯父さんの別荘って寝室は二部屋しかないんでしょ」
兄「ああ」
妹「じゃあ。話の続きは一緒に寝てからしようよ」
兄「・・・・・・」
妹「あ。でも変なことをするのは禁止ね」
兄「・・・・・・わかった」
351:
<寝室にて>
妹友「洗い物もだいたい終ったね」
妹「結局お兄ちゃんも彼氏君もバーベキューセットをしまったくらいで義務を果たした気
になってるし」
妹友「あはは。でも男の子なんてそういうもんだって」
妹「だってそんなの不公平じゃん」
妹友「そう言われてもさ。そういう風に育てられて来てるからね。お兄ちゃんも。きっと
お兄さんもそうだろうし」
妹「うちのお兄ちゃんはうざいくらいあたしの台所仕事を手伝いたがったけど」
妹友「うちのお兄ちゃんとは大違いだ」
兄「運んできたぞ。多分、これで洗い物は最後だ」
妹友「意外とお兄さんってまめなんですね」
兄「男女間の性差に基づく議論なら今からでも相手になってやるけど?」
妹「やめなよ。大人気ない」
妹友「いつでも相手になってあげます。けど、今は洗い物があるので」
兄「逃げたな」
妹「お兄ちゃん!」
兄「風呂入ってくる」
妹「お風呂から二度と出てくるな」
兄「遅かったな」
妹「普通はお客さんから最初に入ってもらうもんでしょうが」
兄「だってあいつらなかなか風呂に行かないんだもん」
妹「遠慮してるに決まってるでしょ。」
兄「風呂はリフォームしてあったな。思っていたよりだいぶ綺麗だった」
妹「お布団くっつけて」
兄「・・・・・・あいよ」
352:
妹「お兄ちゃん。あたしを彼氏君に取られちゃったと思って寂しかった?」
兄「別にそんなことは」
妹「あたしたち兄妹なのに」
兄「わかってるって」
妹「単に妹にすぎないあたしと今日はあんまり話せなくて寂しかった?」
兄「いや、まあ。妹友が相手してれくたし」
妹「お兄ちゃんは妹友ちゃんが好きなの?」
兄「(何か姫が怒ってるし)いや。男女の仲って意味ならそこまでじゃない」
妹「女さんは? やり直そうって言われたんでしょ」
兄「そんなのわからねえよ」
妹「お兄ちゃんって本当に人を好きになったことあるの」
兄「何だよ」
妹「何が何でも、あたしを彼氏君から奪おうとか思ったことないでしょ」
兄「・・・・・・・何それ」
妹「何でもない。ごめん」
兄「・・・・・・」
妹「ごめん。もう寝るね」
兄(・・・・・神様。もう許してくれよ)
356:
兄妹揃ってはっきりしない奴らだな
358:
でも、この煮え切らなさにはまっている俺w
363:
<君が義理ならどんなにいいか>
兄(まだ夜明け前か。すいぶん早く目を覚ましてしまったな)
兄(・・・・・・妹が抱きついてるんじゃないかと期待したんだけどそんなことはなかった)
兄(何キモい期待してんだ俺。俺自身がちゃんといい兄貴の意識を持ててないから、妹も
混乱して矛盾だらけの行動を取っちゃうんだろうな)
兄(いい加減に落ちつかなくっちゃ。妹と彼氏君の仲に嫉妬とかして拗ねてる場合じゃね
え。明日は適度に妹と彼氏君を二人にしてやろう)
兄(姫の不機嫌を招くかもしれないけど、それは俺がうじうじとした態度だったからじゃ
ねえかな)
兄(妹友と一緒にいると姫が微妙に不機嫌だったのはちょっと気になるけど)
兄(今はいろいろお互いの関係とか距離感が不安定だからだろうな。現に女には俺に告る
ことを勧めるようなことを言ってたし)
兄(ずっと一人でいいと思ってた。一人で姫を見守ろうと。でもそれじゃあ姫のほうが安
定しないみたいだ)
兄(どうすっかなあ)
兄(しかし可愛い寝顔だな)
兄(・・・・・・君が義理ならどんなにいいか)
兄(まあ、兄貴でなかったら俺なんか姫には全く相手にされてなかったろうけどさ)
兄(とりあえず女とは仲直りしたけど、姫の言うとおり女と復縁した方がいいのかなあ)
兄(付き合ってた頃だって気は合ってたしな)
兄(それにそうすれば姫だって安心して彼氏君と付き合えそうだし)
兄(・・・・・・だめだもう眠れねえ)
兄(そろそろ明るくなるだろうし海辺でも散歩して頭を冷やすか)
兄(姫を起こさないようにそっと)
兄(・・・・・・行ってくるよ姫)
兄(・・・・・・)
364:
兄(記憶よりずっと海が近いな。波のざわめく音がすぐ間近で聞こえる)
兄(さすがにまだ暗いから足元が危ないな。・・・・・・確か庭を出てそこの斜面を少し降りれ
ばもう海岸だったはず)
兄(少し明るくなってきたな。あ、海が見えた)
兄(しかし確かに周囲を崖と丘に囲まれてるし他に家もないから完全にプライベートビー
チ状態だな)
兄(夏なら泳げたのに)
兄(・・・・・・姫の水着姿か)
兄(いかん。邪念を払わないと)
兄(あれ?)
兄(何だ誰かいるじゃん。一人でゆっくり散歩しようと思ってたのに)
兄(気づかれるのも何か気まずいな。でもこんなに小さなビーチじゃ隠れようもない
し。しかたないから家に戻るか)
兄(あれ)
妹友「・・・・・・あ」
兄「妹友か」
妹友「おはようございますお兄さん」
兄「ずいぶん早起きなんだな」
妹友「たまたまです。何か目が覚めたら眠れなくなっちゃって」
兄「俺と同じだ」
妹友「そうなんですか」
兄「眠れないから少し散歩でもしようかと思ってさ」
妹友「何か意外です」
兄「意外って何が?」
妹友「お兄さんのことだからきっと少しでも長く妹ちゃんの側にいたいのかと思ってまし
た」
兄「・・・・・・」
妹友「あ。ごめんなさい。あたし・・・・・・」
兄「別にいいよ。てかおまえがそんな殊勝な態度を俺に見せるなんてそっちの方が意外じ
ゃんか」
妹友「そんなことないですよ」
365:
兄「何だよ。実はツンデレでしたとでも言う気か」
妹友「・・・・・・」
兄「いやあの。冗談なんだけど」
妹友「今までのあたしは必死でしたから。必死になって強気を装って毒舌を吐くようにし
てましたから」
兄「何のこと?」
妹友「いいです。別に何でもないです」
兄「そうか」
妹友「お兄さん」
兄「うん」
妹友「海が見えてきました。大分明るくなりましたね」
兄「そうだな」
妹友「もっと海の近くに行きたいな」
兄「行ってみるか。つってもその靴じゃ砂浜を歩くのは厳しいかな」
妹友「大丈夫です。行きましょう」
兄「あまり走ると危ないぞ」
妹友「わあ。日の出ですよ。海から直接お日様が昇るんですね」
兄「本当だ」
妹友「きゃっ」
兄「おい危ないって、あ」
妹友「・・・・・・」
兄「・・・・・・大丈夫?」
妹友「はい。支えていただいたので転ばないですみました」
兄「いや。いったいどうしたの?」
妹友「波が靴にかかって冷たくてびっくりしちゃった」
兄「これで転んでたら全身びしょ濡れになるとこだったな」
妹友「ええ。ありがとう」
兄「いや別に」
妹友「あ、あの」
兄「どうした」
妹友「多分もう手を離していただいても大丈夫だと思います」
兄「あ、悪い」
妹友「・・・・・・いえ」
366:
<おまえが罪悪感を感じることはないんだ>
兄「・・・・・・・(さっきから妹友が俯いて俺の顔を見ようとしないんだが)」
兄(とっさに転びそうになった妹友を抱きかかえてしまったんだが、あれに怒っているの
かな)
兄(だけどかかえなきゃ転んでたよな)
兄(それにしても抱きしめるようにしたのはまずかったか)
兄(・・・・・・こいつも妹と同じだった)
兄(女や女友は多分C、いやひょっとしたらDくらいはあるかもだけど)
兄(妹と妹友はBマイナスってとこか)
兄(貧乳、スレンダー、華奢好きな俺にとっては別に問題はないけれど)
妹友「お兄さん」
兄「うん」
妹友「これまでいろいろとごめんなさい」
兄「何で謝ってるの」
妹友「お兄さんの気持を左右したり変えたりする権利なんかあたしにはないのに」
兄「・・・・・・ああ」
妹友「妹ちゃんが公園で言ってましたよね。何で自分と自分の兄の気持ばっかり優先する
のって」
兄「言ってたな」
妹友「本当は妹ちゃんの言うとおりなんです。あたし、お兄さんの気持ちとか妹ちゃんの
気持とか全然考えてなかった」
兄「俺に年上の余裕を見せろって言ったことか」
妹友「はい。すごく勝手なことを言いました」
兄「・・・・・・」
妹友「本当にごめんなさい。あたしのお兄ちゃんに対する感情を解決するために、お兄さ
んと妹ちゃんまで巻き込んじゃいました」
兄「まあ、あまり気にしなくてよくね」
妹友「だって」
兄「おまえが言ってたことは間違ってないしな。確かに兄妹の恋愛に行き場なんかないし
さ」
妹友「お兄さん・・・・・・」
兄「それにそもそも妹には全然その気がなかったんだしさ。おまえのおかげで俺も目が覚
めたよ」
367:
妹友「本当にそうなんでしょうか」
兄「何がだよ」
妹友「昨日の夜、あたし見ちゃいました」
兄「見たって何を?」
妹友「バーベキューの途中で妹ちゃんがトイレに行くと言っていなくなったんですけど」
兄(え)
妹友「お兄さんにお肉を持って行こうと思って。少し離れたところにいたお兄さんのとこ
ろまで行ったら、妹ちゃんがお兄さんにキスしていました」
兄「見られてたのか」
妹友「はい。お兄ちゃんが見てなくて本当によかった」
兄「・・・・・・言い訳していい?」
妹友「そんな必要はないですけど、話してくれるなら聞きます」
兄「妹はおまえの兄貴のこと好きだと思うよ」
妹友「はい」
兄「あいつが変になったのって俺があいつに告るなんて常識のないことをしたせいだと思
うんだ」
妹友「・・・・・・」
兄「あいつは常識的な行動をしたよ。俺の告白を断るという」
妹友「はい」
兄「だけど俺は、そのことに拗ねた俺は突然引越して家から消えたんだよな。それがどん
なにあいつを寂しがらせ傷つけるかなんてちっとも考えずに」
妹友「新学期になってから妹ちゃんは学校でも全然元気がありませんでした。元気付けよ
うとしても慰めようとしても、大丈夫だからと言うばかりで」
兄「そうか。うちの両親は都心に小さなアパートを借りててな。平日の夜はそこに泊まる
ことが多いんだよ。仕事で忙しいからさ」
妹友「じゃあ、お兄さんが家を出た後の妹ちゃんは」
兄「いつも一人で家にいたんだろうな」
妹友「あの寂しがり屋で家族大好きな妹ちゃんがいつも夜一人で・・・・・・」
兄「ああ。確かそれからだよ。おまえに言われて妹にメールして仲直りしてさ。これから
は普通の兄貴として接するからって言ったんだけど」
368:
妹友「だけど何ですか?」
兄「いやさ。妹らしくないんだけど、俺と一緒に寝ようとしたり手をつなぎたがったりと
かさ。そういう行動が始まったんだよな。これまではそんことは素振りさえなかったの
に」
妹友「お兄さんに対してデレだしたんですね」
兄「うん、まあ。でもさ、それって兄貴としての俺を失いたくなくて無意識にやってるん
じゃねえかと思うんだ」
妹友「昔から仲の良かったお兄さんを一月以上も失った。その原因は自分がお兄さんから
の求愛を断ったせいだって、妹ちゃんはそう考えたんですね」
兄「まさにそれだと思う。男としての俺を欲しているわけじゃない。でも女として俺に接
していないといい兄貴としての俺が自分から放れていっちゃうと思ったんじゃねえかな」
妹友「妹ちゃんかわいそう」
兄「そうだな。こんなことになるなら、こんなに妹を傷つけるくらいなら告白なんてしな
きゃよかった」
妹友「・・・・・・」
兄「だからさ。おまえが罪悪感を感じることはないんだ。全部俺のせいなんだから」
妹友「それが正しいとしてもですけど」
兄「何だよ」
妹友「いい兄貴をつなぎ止めるためだけのために、普通キスまでしますかね」
兄「あいつは家族が大好きだからな。それくらいしても不思議じゃない」
妹友「そうかなあ」
兄「何か間違っていると言うのか」
妹友「あたし、前にお兄さんに言ったじゃないですか」
妹友『妹ちゃんはね。お兄さんのことを好きだと思いますよ。ただ、それは異性に対する
愛情じゃない』
妹友『お兄さんから告白された妹ちゃんは、悩んだと思います。妹ちゃんにとって異性と
して好きなのは、彼氏になって欲しいのはうちのお兄ちゃんだから。でも、妹ちゃんは自
分の兄貴に傷付いて欲しくなかった。自分の兄貴、つまりお兄さんへの愛情は異性に対す
るものじゃないけど、兄妹として家族としてお兄さんのことは好きだったんだと思いま
す』
妹友『聞いてください。だから妹ちゃんはお兄さんなんかに異性に対する愛情はないとは
言えなかった。そう言ってしまえばお兄さんが悩むしひょっとしたら自殺しかねないと思
ったから。だから彼女は便宜的に両親との関係とか近親相姦のこととかを持ち出してお兄
さんを振ったんでしょうね』
兄「そうだったな。全くそのとおりだったけど」
妹友「でも妹ちゃんはこうも言いました」
369:
<お兄さんに言われたとおりにキスしましたよ>
妹友「お兄さんの部屋で女さんっていう人からひどいことを言われて傷付いていた妹ちゃ
んが言ったんですけど。ってもうこれは話しましたね」
妹『お兄ちゃんはあたしと彼氏のことを目撃して傷付いたと思うし』
妹友『何でそこまで自分の実の兄貴に遠慮するわけ? ちゃんと断ったんでしょ。それで
何も問題ないじゃない』
妹『あたしさ、お兄ちゃんと前みたいに仲良くなりたい。恋人としては付き合えないけど、
それでも昔みたいに口げんかしたりからかいあったりしたい』
妹友『それはわかるけど。でも何でうちの兄貴と会わないって話になるのよ。普通の兄貴
は妹の彼氏に嫉妬したりしないよ』
妹『それはそうだけど』
妹友『妹ちゃんさ。まさかと思うけど、お兄ちゃんの部屋に女さんがいるのを見て嫉妬し
たの』
妹『・・・・・・』
妹友『だから女さんっていう人のことを、嫌な女だなんて言ったの?』
妹『・・・・・・違うよ』
妹友『何であたしから目を逸らして答えるのよ。うちの兄貴のこと好きなんでしょ』
妹『多分』
妹友『あんたねえ。あたしの兄貴をその気にしておいてそれはないでしょ。まさか、あん
た。お兄さんのことが本気で異性として気になりだしてるんじゃ』
妹『・・・・・・』
妹友『何か言ってよ』
妹『わからない。ちょっとよく考えてみる』
妹友「これがもし妹ちゃんの本音だったとしたら」
兄「違うよ」
妹友「それならいいんですけど。それならあたしが傷つけたのはお兄さんだけで、妹ちゃ
んからお兄さんを引きはがしたことにはならないですし」
兄「・・・・・・おまえは悪くないよ」
妹友「でも結果的には引き離したのと同じことですね」
兄「・・・・・・もうやめようぜ」
妹友「はい」
370:
兄「すっかり明るくなったな」
妹友「景色、綺麗ですね。今までは暗かったからわからなかった」
兄「久し振りにここに来たなあ」
妹友「今日って気温はどうなんでしょう」
兄「さあ。何で?」
妹友「その・・・・・・。ひょっとしたら泳げるかなと思って水着を」
兄「持ってきたの?」
妹友「ちょっと。どこ見てるんですか」
兄「ああ、すまん」
妹友「・・・・・・どうせあたしは胸はないです」
兄「へ? ああ、問題ない。その方が好みだから」
妹友「お兄さんのエッチ」
兄「ちなみにどんな水着なの」
妹友「教えてあげません」
兄「けち」
妹友「全くもう。今の今までシリアスな話をしてたというのにお兄さんときたら」
兄「おまえがいかにも俺に水着を見せたがっているような発言をするからだろ」
妹友「誰がそんなことを言いました。そんなわけないでしょ。どこまで自己中なんです
か」
兄「おまえとはキスした仲だしな(そうだ。これでいい)」
妹友「あ、あれは。妹ちゃんに発見されそうだったから偽装工作として」
兄「いやあ。でも女の子の唇って柔らかいのな(全部冗談にしてしまえば妹友だって悩ま
ないで済む)」
妹友「・・・・・・マジで殺す」
兄「つれないなあ。何ならもう一度してくれてもいいんだぜ(それで妹とも軟着陸す
るように頑張ろう。昔みたいなただ仲のいい兄妹に戻れるように)」
妹友「・・・・・・うっさい。死ね」
兄「おまえ顔真っ赤だぜ(あんな告白のせいでこんなに大変なことになるとはな。まさに
するは一瞬、戻すは百年だ)」
妹友「・・・・・・知りません」
兄「そろそろ戻るか。あいつらも起きる頃だろうし」
妹友「はい」
371:
兄「じゃあ、行こうって・・・・・・!! おい!!!」
妹友「・・・・・・・お兄さんに言われたとおりにキスしましたよ」
兄「お、おまえなあ」
妹友「どっちかと言うとお兄さんの方が真っ赤じゃないですか」
兄(どういうつもりだ)
妹友「今日はどっかに遊びに行くんですか」
兄「・・・・・・妹は近くにある水族館に行こうって行ってたけど(いったい何なんだ)」
妹友「そうですか。一つお願いがあるんですけど」
兄「何だよ」
妹友「今日はあたしとずっと一緒にいてください」
兄「何で?」
妹友「その方がきっとお互いに楽ですよ」
兄「・・・・・・姫が嫉妬すると思う」
妹友「それに動揺しないで、いいお兄さんとして振る舞ってください」
兄「まあ、そうなんだが」
妹友「勝手言ってごめんなさい。あたしまた前と同じことをしようとしているのかもしれ
ないけど」
兄「まあ、正直に言えばそんな気もする」
妹友「でも動機は前とは全然違うんです」
兄「そうなの」
妹友「ええ。前はお兄ちゃんを諦めるためというのが主な理由だったんですけど」
兄「今は違うのか」
妹友「はい。今のお願いはどちらかというと自分の願望をかなえるためです。あたしのわ
がままですね」
兄「どういう意味?」
妹友「こういう意味です」
妹友は爪先立って俺の首に手を巻きつけた。その朝、俺は妹友から二度もキスされたの
だった。
380:
<朝食>
妹「あ、お兄ちゃん」
兄「おはよ」
妹「いったいどこ行ってたのよ。彼氏君と二人で家中探しちゃったじゃない」
兄「妹友と一緒に海岸を散歩してた。綺麗な景色だったぜ」
妹「え」
兄(これでいいんだよな妹友)
妹友「おはよう妹ちゃん」
妹「おはよ。二人で海まで行ってたの?」
妹友「早起きしちゃったから砂浜に下りたら偶然お兄さんと会ったの」
妹「そう」
妹友「お兄さんといっぱいお話しちゃった」
妹「・・・・・・どんなことを話していたの」
妹友「どんなって・・・・・・いろいろだけど。ね、お兄さん」
兄「うん」
妹「そうなんだ」
妹友「すごく綺麗な景色だったよ。妹ちゃんもお兄ちゃんと見てきなよ」
妹「後でね。それより朝ごはんの支度ができているから食べよ」
妹友「あ、ごめん。妹ちゃん一人にさせちゃって」
妹「慣れてるから平気だよ。気にしないでいいよ」
妹友「本当にごめん」
妹「いいって。じゃあ、食べよう。彼氏君はどこに行ったんだろう・・・・・・あ、いた。彼氏
君、妹友ちゃんたちいたよ」
彼氏「よかった。おまえいったいどこ行ってたんだよ。探しちゃったじゃないか」
妹「二人で海岸に行ってたんだって」
彼氏「二人? ああ、そうか。よかったな妹」
妹友「別にそんなんじゃ」
妹「・・・・・・」
381:
兄「あれ? これって」
妹友「どうしたんですか」
兄「いや(何でご飯と味噌汁と干物なんだ? 旅先じゃあ面倒くさいからパンにするんじ
ゃ)」
妹「・・・・・・お兄ちゃんもさっさと食べちゃってよ。遊びに行く時間が減っちゃうじゃん」
兄(だって)
兄『ほら。朝飯に玉子とパンを買っておこうぜ。あとベーコンも』
妹『勝手にメニューを決めるな。作るのはあたしと妹友ちゃんなんだからね』
兄『本当は和食がいいのに妥協したんだぜ』
妹『当たり前でしょばか』
兄(黙って干物とか買って用意してくれたんだ)
兄(・・・・・・)
妹「・・・・・・何よ」
兄「いや。ありがとな」
妹「別にそんなことはいいからさっさと食べて」
妹友「・・・・・・」
妹「いったいどんだけお代わりするのよ。もうご飯ないよ」
兄「じゃあこれでいいや。ごちそう様」
妹「ほうじ茶飲む?」
兄「うん」
妹「妹友ちゃんと彼氏君は?」
彼氏「僕はいいや。ごちそう様」
妹「彼氏君、朝食はいつもパンだって言ってたから口に合わなかったでしょ」
彼氏「ううん。おいしかったよ。たまには朝の和食もいいよね」
妹「それならよかった。妹友ちゃんほうじ茶は」
妹友「・・・・・・あ、ごめん。ぼんやりして。あたしもいいや」
382:
兄「で。今日はどうすんの」
妹「水族館と爬虫類パークと熱帯植物園に行きたい」
兄「それ全部回るの?」
妹「全部近い場所に固まってるから大丈夫じゃない?」
妹友「面白そう。ヘビとかトカゲとかワニとかがいるんでしょ」
兄「そりゃまあ、爬虫類パークっていうくらいだからな」
妹友「あたし、爬虫類って大好き」
兄「そらまた変わった趣味だな」
妹友「変わってないですよ。今、流行ってるんですよ」
妹「そうだよ。イグアナとか飼っている人、うらやましいな。あたしも一匹飼いたい」
兄「却下。俺はそんなのと同じ家で暮らしたくない」
妹「可愛いじゃん。ねえ彼氏君」
彼氏「いやあ。僕もちょっと遠慮したいなあ」
兄「ほれ見ろ」
妹「あの可愛さがわからないんなんて」
妹友「だよねえ」
兄「じゃあ、片づけしたら出かけようぜ。連休中だから多分すげえ混むと思うよ」
妹「そうだね。じゃあ洗い物しちゃおうか」
妹友「うん」
383:
<水族館にて>
兄「チケットを買うだけでもう三十分以上もかかってるぞ」
妹友「連休中なんだからしかたないですよ。それに並んでくれてるのは妹ちゃんたちじゃ
ないですか」
兄「それはそうだけど、待っている方もつらい」
妹友「それよりお兄さん」
兄「どうした」
妹友「海辺での約束、覚えてくれてますよね」
兄「・・・・・・それはまあ」
妹友「妹ちゃんはきっと四人皆で行動しようと思っているでしょう」
兄「そうかもな」
妹友「この人混みですから水族館の中はきっと観光客でごった返しているはずです」
兄「それは容易に想像できるな」
妹友「はぐれましょう、わざと」
兄「はい?」
妹友「ですから妹ちゃんとお兄ちゃんとはぐれましょう」
兄「・・・・・・何でそんな手の込んだことをしなきゃいけないんだよ」
妹友「四人で見て回ろうって言われてるのにわざわざ二人きりになりたいなんて言いづら
いじゃないですか」
兄(こいつ、本当に俺のことが好きなのかな)
妹友「それに本心では妹ちゃんだってお兄ちゃんと二人きりになりたいに決まってます」
兄「そうかなあ(今朝、二回もキスされたしな。やっぱりこいつに好かれてるのかな
あ)」
妹友「あたしたちに遠慮して、二人きりになりたいなんて言い出せないだけですよ」
兄「まあ、妹友がそこまで言うならそうしようか」
妹友「・・・・・・」
兄「妹友?」
384:
妹友「お兄さん、ひょっとしてあたしと二人きりになるのが嫌なんですか」
兄「そんなことねえけど」
妹友「それともやっぱり妹ちゃんのことが気になりますか」
兄「いや。それはやっぱり気にはなるけど、気にならないようにしなきゃいけないと思っ
てるよ。だからおまえと二人でも全然嫌じゃない」
妹友「そうですか」
兄「おまえはどうなの?」
妹友「どうと言いますと?」
兄「兄貴を取られちゃうみたいで落ちつかないんじゃねえの」
妹友「今はもう全然そんな気はなくなってしまいました。以前を考えるとまるで嘘のよう
に」
兄「どういうこと」
妹友「前は確かにお兄ちゃんと妹ちゃんが二人でいると落ちつかなかったんですけど」
兄「ブラコンだもんな。おまえ」
妹友「お兄さんにだけは言われる筋合いはこれっぽっちもないと思います」
兄「・・・・・・まあ、そうかもしれん。で、今はどうなの」
妹友「今はお兄さんと妹ちゃんが二人きりでいる方が心配で落ちつきません」
兄「どういう意味だよ」
妹友「そのままの意味ですよ」
兄「おまえ、俺のことなんか好きでも何でもないって前に言ってなかったっけ」
妹友「言いました」
兄「じゃあ何で」
妹友「そんなのわかりません。気になるんだから仕方がないでしょ」
兄「おまえひょっとして俺のこ」
妹「お待たせ。やっと買えたよチケット」
彼氏「チケットを買うだけで四十分ですからね。中は相当混雑しているでしょうね」
妹「はぐれないようにしないとね」
385:
妹「順路に沿って行こうよ」
彼氏「最初にいきなり水槽の中を通るトンネルがあるんだって」
妹「見たい。早く行こう」
妹友「まだですよ」
兄「ああ(耳元で囁くなよ)」
妹「わあすごい。頭の上にも横にも魚がいる」
彼氏「ほら。あのエイすごく大きいよ」
妹「本当だ。あたしより大きいんじゃない?」
彼氏「僕の背丈と同じくらいの長さかな」
妹「もうトンネル終わっちゃったね」
彼氏「ここには何がいるんだろう。人が多すぎてよくわかんないね」
妹「あそこに人だかりがある。何かいるんじゃない」
彼氏「でかい水槽だね」
妹「あ、ペンギンだ。もっと近くに行こうよ」
彼氏「うん」
妹友「今ですお兄さん」
兄「あ、ああ」
妹友「二人はペンギンの方に向っています」
兄「そうだね」
妹友「この人が少ない地味な水槽の陰であの二人をやり過ごしましょう」
兄「地味な水槽って。なんだ、くらげか」
妹友「もう少し水槽の背後に回ってください。見つかってしまいます」
兄「ああ」
386:
<罪悪感>
兄(妹の小さな背中が見える)
兄(夢中になってペンギンを眺めているんだろうな、きっと)
兄(別に俺のことを気にしている様子もないし。これならきっと妹友の言うとおり、二人
きりにしてやった方が親切なのかもしれん)
兄(そう考えると姫も成長したんだなあ)
兄(あいつが小学生の頃は俺にべったりだったもんな。親があまり家にいなかったせいも
あって、俺がちょっと視界から離れるとパニックになって泣いて俺のことを探してたのに
な)
兄(きっと妹も正しく成長してるってことなんだろう。いつも兄貴に頼っていた小さな女
の子はもういないんだ)
兄(これでいい。妹友には感謝しないとな)
妹友「お兄さんちょっと顔を出しすぎです。もっとあたしの方に寄ってください」
兄「これくらい離れてりゃ大丈夫だよ」
妹友「万一ということもありますから。ほら」
兄「こら、手を引っ張るな」
妹友「しばらくこうしていましょう」
兄「・・・・・・何で俺の腕に抱きついてるの?」
妹友「知りません。そんなこと一々聞かないでください、バカ」
兄(バカって)
兄(こいつ真っ赤だ。やっぱり俺のこと好きなのか)
兄(妹はいいとして、女のこともあるしなあ)
兄(これで妹友に走ったら今度こそ本気で俺が女を振ったことになっちまう)
兄(かと言って手を振り解くのも妹友を傷つけそうだし)
兄(あーあ。また俺の優柔不断ぶりが遺憾なく発揮されてしまうのかよ)
兄(こんなに胃が痛い思いをするならやっぱ一生一人身で姫を見守っていた方がよほど気
が楽だ)
387:
兄(あれ?)
兄(妹がきょろきょろ周囲を見回している。俺たちがいないことに気がついたか)
妹友「妹ちゃんが気がついたみたいですね」
兄「どうもそのようだな。あっちこっちを探しているし」
妹友「すぐ諦めて二人で行っちゃいますよ。少しここで待ちましょう」
兄「うん」
兄(何か姫、すげえ勢いで周りを探してるな)
兄(彼氏君が宥めているみたいだけど)
兄(きっとすぐに会えるから先に行ってようとか言ってるんだろう)
妹友「あ」
兄「・・・・・・妹友が彼氏君の手を振り払った」
兄(何か普通じゃないな、姫の慌てようは)
兄(あいつパニックになってるんじゃ)
兄(スマホを取り出した。電話する気なんだ。って俺の携帯鳴ってるな)
兄「妹から電話が来てるんだけど」
妹友「着信に気がつかなかったことにしましょう。これだけ人だらけで周囲もうるさいの
で説得力もありますし。だから出ないでください」
兄「ああ」
兄(電話が切れた。ってまた着信だ)
兄(・・・・・・あの様子って、昔妹が俺とはぐれたときの様子と一緒じゃねえか)
兄(また着信だ)
兄(もう無理だ。妹友の言うことももっともだと思うけど、俺にはもう無理だ)
兄(妹を泣かすなんて一番してはいけないことじゃねえか)
兄(彼氏君のこととはまた別問題なんだ。あいつは昔から家族が大好きでしかも寂しがり
やだし)
兄(連休は久し振りに家族で一緒に旅行する予定だったのが、急にキャンセルになって)
兄(せめて俺とは一緒にいたかったんだろうに)
388:
妹『だってそれじゃお兄ちゃんが迷惑でしょ』
父『おまえ、姫と一緒に出かけるのが嫌なのか』
兄『嫌なわけないだろう。妹のことも心配だし(げ。つい言っちゃったよ)』
妹『・・・・・・本当にいいの? お兄ちゃん』
兄『おまえが兄貴と一緒でもいいならな』
妹『あたしは嬉しいけど』
兄(姫に振られて勝手に引っ越したときの間違いをまた犯すところだった。妹友は何も悪
くないけど、やっぱり俺は妹を守らないと)
兄(着信が途絶えた。遠目ではよくわからないけど、あいつ俯いてるし泣いてるんじゃ)
兄「俺やっぱやめるわ」
妹友「・・・・・・何でですか」
兄「妹を宥めてやらないと」
妹友「それはもううちのお兄ちゃんの役目です」
兄「そうだけど・・・・・・そうだけど少なくとも今は違うんだよ。彼氏君じゃ無理だ」
妹友「どういう意味ですか? 妹ちゃんは本当はお兄さんの方が好きだとでも言いたいん
ですか」
兄「そうじゃねえよ。そういう問題じゃなくて、あいつには家族と一緒にいたい時があっ
て、そういうときに側に家族の誰かがいないとパニックみたいになることがあるんだよ。
だから今は彼氏君じゃ無理だ。俺の両親か俺自身じゃないと」
妹友「全くブラコンとシスコン同士はたちが悪いです」
兄「・・・・・・」
妹友「わかりました」
兄「悪い」
妹友「この埋め合わせはしてもらいますからね」
兄「おう」
妹友「じゃあすぐに行きましょう。妹ちゃんを救いに」
389:
兄「よう姫」
妹「・・・・・・」
兄「悪い悪い。お前ら歩くの早いから見失ってたよ」
妹「・・・・・・バカ」
兄「え・・・・・・」
妹「お兄ちゃんのバカ。いったいどこをほっつき歩いてたのよ。人の気も知らないで!」
兄「(妹に思い切り抱きつかれた)わかってるよ。連休中は家族と一緒にいたかったんだ
もんな、おまえ」
妹「バカ。あたしのこと放置するなってあれだけお願いしたのに」
兄「悪かった。でも今はちゃんとおまえの側にいるだろ」
妹「・・・・・・」
兄「あ、悪い。髪が乱れちゃうな」
妹「・・・・・・いい」
兄「うん?」
妹「そんなことどうでもいい。もっと頭を撫でて」
兄「ああ(こいつ震えてる)」
妹「お兄ちゃんのお姫様は誰?」
兄「おまえ」
妹「・・・・・・だったらもう二度とこういうことしないで」
兄「悪かった」
妹「お兄ちゃん電話にも出てくれないし。あたし何度も電話したのに」
兄「気がつかなかったんだ。ごめんな」
妹「わかった。今回だけは許してあげる。一緒にペンギン見ようよ」
兄「そうだな(抱きつかれたまま歩くのはつらいけど)」
彼氏「・・・・・・いったいどうなってるの?」
妹友「今だけは放っておいてあげて」
彼氏「それはいいけど」
妹友「お兄ちゃんにはあたしが抱きついてあげるから」
彼氏「それはよせ」
妹「ほら見て。あのペンギン泳ぐのすごく早いよお兄ちゃん」
兄「そうだな」
兄(これでいいんだよな?)
兄(・・・・・・)
397:
<忘れてあげない。一生覚えているからね>
妹「お兄ちゃん、十二時からシャチのショーやるって書いてあるよ」
兄「見たい?」
妹「見たい」
兄「昼飯はどうすんの」
妹「そんなの見てからでいいじゃん。あれだけ朝お代わりしたんだから少しくらい平気で
しょ」
兄「いや。俺はいいけどさ。妹友と彼氏君はどうかな」
妹「そしたら別行動でもいいんじゃない?」
兄「ええと。さすがに昼飯くらいは一緒に食べた方が・・・・・・」
妹「・・・・・・」
兄「いやあの」
妹「・・・・・・じゃあ聞いてみるね」
兄「うん。あの二人はどこだろう」
妹「さっきまで一緒だったよね」
兄「はぐれたか? 全くあいつら」
妹「お兄ちゃんは人のことは言えないでしょ。あたしを放置したくせに」
兄「いやまあそうなんだけど。電話してみるか」
妹「うん。電話するからちょっと待って」
兄「・・・・・・」
妹「・・・・・・」
兄「どうした」
妹「妹友ちゃん電話出ないよ」
兄「そしたら彼氏君に電話してみろよ」
妹「え? ああ、そうだね」
兄「早くしろって。シャチ見るならそろそろ並ばないと」
妹「ええと」
兄「いったい何だよ」
妹「彼氏君の電話番号わからないや」
兄「(え?)そんなわけねえだろ。何で彼氏の電話番号がわかんないんだよ」
妹「そんなこと言ったってわかんないんだからしかたないでしょ」
兄「何切れてんだよ(何でなんだ。一番大事な人の携番を登録してないとかあり得ないだ
ろ)」
妹「切れてないよ」
兄「じゃあメールしろよ」
妹「・・・・・・わかった」
兄(まあ最近の連中は電話よりメールをするのかもしれないな)
妹「したよ」
兄「返事ないのか」
398:
妹「もう。妹友ちゃんメール見てないのかな」
兄「じゃあ彼氏君にメールしろよ」
妹「メアドわかんない」
兄「はあ?」
妹「何よ。あたしが彼氏君の携番とかメアドを知らないことがそんなに悪いことなの?」
兄「いや、そういう問題じゃなくて」
妹「じゃあ何よ」
兄「普通、彼氏のアドレスなんてすぐわかるだろ。つうかアドレス帳で検索できないなら
彼氏から来たメールに返信すりゃいいだろうが」
妹「彼氏君からメールなんてもらったことないもん」
兄「何でだよ」
妹「何でって・・・・・・」
兄(何なんだ)
兄(妹が彼氏君と付き合っているのは間違いない。こいつらが恋人つなぎで図書館に入っ
ていたところを目撃したし、何より妹友から馴れ初めまで聞いているんだから)
兄(昨日だって今日だって二人で仲良く寄り添って歩いていたし)
兄(まさか。今までずっと妹友を介して連絡を取り合っていたのか)
兄(付き合っているのにメアドも携番も教えあってない? あり得ないだろ。彼氏君よ。
おまえはどこまで奥手なんだ)
兄(人のことは言えないけど、俺だって女とか女友とかの携番とかアドレスを知ってるつ
うのに)
妹「あ。入場が始まったよ。早く列に並ばないと」
兄「だっておまえ。妹友と彼氏君はどうするんだよ」
妹「ほら急いで。シャチのショーを見られなかったらお兄ちゃんのせいだからね」
兄「こら。ちょっと待てって」
妹「全くもう。こんなに後ろの席になっちゃったじゃん」
兄「俺のせいじゃない。それに前の方が濡れるってアナウンスしてたぞ」
妹「別に濡れたっていいじゃん。せっかくでかいシャチを目の前で見ようと思ってたの
に」
兄「いや。それはまずいだろ」
妹「何でよ」
兄「おまえのその白Tだと濡れるといろいろまずいことに」
妹「・・・・・・ブラしてるもん」
兄「下着が透けて見えることはおまえ的にはOKなのかよ」
妹「そうじゃないけど。こんだけ人がいれば誰も気がつかないよ」
399:
兄「俺が困る」
妹「何でよ」
兄「何でって言われても」
妹「いい兄貴になるんじゃなかったっけ」
兄「そのとおりだ」
妹「じゃあ、妹の貧乳なんて興味ないでしょ」
兄「おまえな。自分で貧乳とか言うなよ」
妹「え? あたしそれなりに胸あるかな?」
兄「・・・・・・いや。あまりないとは思うけど」
妹「じゃあ別にいいじゃん。どうせ透けて見えたってAカップのブラなんだし」
兄「おまえ・・・・・・せめてBじゃねえの?」
妹「・・・・・・死ね」
兄「いやさ。カップの問題じゃなくておまえの肢体が濡れたTシャツ越しに露わになるの
が問題なんだって(Bじゃなかったのか。さすがにそれは微乳過ぎる気がするけど)」
妹「だから誰も気にしないって」
兄「何度も言わせんな。俺が困るんだ」
妹「何で? お子様体型のあたしの上半身なんて見たくないんでしょ」
兄「舐めるなよ。俺は貧乳、スレンダー体型、華奢な身体が一番好きなのだ」
妹「・・・・・・そうなの?」
兄「おう。細ければ細いほど好みだ」
妹「・・・・・・」
兄「な、何だよ」
妹「ロリコン」
兄「ちげーよ。小さな子になんか興味ねえよ」
妹「だって」
兄「俺はロリコンじゃなくて、おまえが好みなの。おまえの体型も性格も何もかも」
妹「・・・・・・」
兄「あ。今のはなしね。忘れて」
妹「ふふふ」
兄「何だよ」
妹「何だ。ロリコンじゃないのか」
兄「あたりまえだ」
妹「このシスコン」
兄「いや。そうじゃなくて」
妹「忘れてあげない。一生覚えているからね」
400:
<奇妙な組み合わせ>
妹「すごいすごい。あんなに高くジャンプしたよ」
兄「そうだな」
妹「あ。ほら、シャチの背中に飼育員の女の人が乗って走ってる」
兄「おう」
妹「ジャンプした!」
兄「ジャンプしたな」
妹「すごいね。あんなに大きな動物があそこまで高くジャンプするなんて」
兄「うん(あれ)」
兄(正面の席に並んで座っているのって妹友と彼氏君じゃね)
兄(あいつらもこのアリーナに来てたのか)
兄(客席が狭いせいかあいらのことよく見えるな)
兄(・・・・・・何かシャチを仲良く見ているっていう雰囲気じゃねえな)
兄(何かあいつら、真面目な顔で話し合ってるみたいだ)
兄(いや。あれは話し合いというよりもはや喧嘩だな。ここから見てもそうとしか思えね
え)
兄(言い争い? 彼氏君が伸ばした手を妹友が振り払った)
兄(何揉めてるんだあいつら)
兄(俺たちと違って、妹友には兄妹間の恋愛感情は少なくとも彼氏君にはないし)
兄(妹友もうあまり妹と彼氏君の仲を心配しないようになったって言ってたのに)
兄(あ。妹友が席を立った)
妹「ほら、お兄ちゃん。シャチが皆に頭を下げてる。あたしたちもお辞儀しようよ」
兄(彼氏君は妹友の後を追わないのか。一人で座ったままだ)
兄(いったいあいつらの間に何があったんだろう)
妹「面白かったねえ」
兄「うん」
妹「じゃあ、ショーも終ったし出口が混む前に外に出ようよ。彼氏君たちを見つけなきゃ
いけないし」
兄「そうだけど」
妹「何?」
兄「いや。そうだな。早くあいつらを見つけないとな」
401:
妹「ねえお兄ちゃん」
兄「おう」
妹「さっきはお兄ちゃんとはぐれて、あたし本当に悲しくて寂しくなっちゃったんだけ
ど」
兄「悪かったよ」
妹「お兄ちゃんさ。この旅行って家族旅行だと思う? それともカップル同士のダブル
デートだと思う?」
兄「連休は家族みんなで過ごす予定だったしな。これはその代わりだから家族旅行だろう
な」
妹「うん。あたしもそう思うの」
兄「それがどうした?」
妹「四人で一緒にいるけどさ。その中であたしの家族ってお兄ちゃんだけでしょ」
兄「そうだけど」
妹「じゃあ家族旅行なんだからさ。あたしとお兄ちゃんが旅行中いつも一緒にいないのっ
て変じゃない?」
兄「・・・・・・おまえが言っている意味がよくわからん」
妹「これが正しい姿じゃないかな? お兄ちゃんとあたしがカップルで、彼氏君と妹ちゃ
んは一緒に行動しているのが」
兄「ある意味、グループ行動つう四人旅行みたいなものだからそんなにこだわらなくてい
いんじゃね(俺と姫、妹友と彼氏君が行動する方が組合せとしては奇妙だろ。何せ姫と彼
氏君は恋人同士なんだし)」
妹「だってここにはパパもママもいないじゃん」
兄「え」
妹「本当なら家族四人で香港に旅行していたはずでしょ」
兄「まあそれはそうだ」
妹「そしたらさ。絶対パパとママはべったりと一緒にいるに決まってるから、あたしとお
兄ちゃんが一緒に行動することになるでしょ」
兄「んなわけねえだろ」
妹「絶対そうだよ」
兄「あの妹ラブな父さんがおまえと離れて行動するわけねえじゃんか」
妹「そんなことないと思うよ。パパはママがいるときはいつだってママと一緒だったも
ん。あたしのことは大好きだと思うけど、あたしにはいつもお兄ちゃんに守ってもらえっ
て言ってたし」
兄「(マジかよ)そんなこと聞いてねえぞ」
妹「物覚えがよくないんだね。お兄ちゃんは」
兄「(全然思い出せねえ)それにしてもさ。いくら家族旅行といったって彼氏が一緒にい
たら彼氏の方を優先するだろ、普通は」
402:
妹「だからお兄ちゃんはこの旅行中はいつもあたしの隣にいなきゃだめ。そうしないなら
パパとママに言いつけるからね」
兄「・・・・・・おまえがよければ別に俺もそれでいいけど。でも、さっきだっておまえが彼氏君と二人でどんどん先に行っちゃっただろうが」
妹「ばれてないつもりなの?」
兄「何言ってるんだよ」
妹「お兄ちゃんと妹友ちゃんがなるべく二人きりでいようといろいろ企んでたのなんて、
あたしに気づかれないとでも思ってた?」
兄「それはおまえの誤解だ」
妹「お兄ちゃんが妹友ちゃんと付き合うのを邪魔する権利なんてあたしにはないよ。そん
なことはわかってる。それにお兄ちゃんと女さんの復縁を応援するようなとを言ったのも
あたしだし」
兄「・・・・・・」
妹「でもさ。これだけは聞かせて。お兄ちゃんが一番ん大切にしているお姫様は誰な
の?」
兄(・・・・・・)
妹「誰なのよ」
兄「・・・・・・それは。おまえだけど」
妹「あたしのいい兄貴になるって言ったよね」
兄「言ったよ」
妹「じゃあこれは家族旅行なんだから。今から家に帰るまではいつもあたしの隣にいて。
あたしを放っておかないで」
兄「うん。わかった」
妹「妹友ちゃんから電話だ」
兄「おう」
妹「うん、あたし。もう、さっき電話したのに出ないんだもん。うん、そうだよ」
妹「シャチのショーをお兄ちゃんと二人で見てたの。妹友ちゃんは?」
妹「え。会場にいたんだ。わからなかったよ」
妹「でさ。そろそろ爬虫類パークに移動したいんで、出口で待ち合わせしようよ」
妹「へ。彼氏君と一緒はなかったの?」
妹「うん。じゃあ、彼氏君に電話して。どこかでお昼食べてから爬虫類パークに行くか
ら」
妹「よろしくね」
妹「妹友ちゃんもシャチのショー見てたんだって。でも彼氏君とは一緒じゃないみたい」
兄(何か揉めてたもんな)
妹「とりあえず出口まで移動しよう」
兄「俺、彼氏君を探してこようか?」
妹「・・・・・・ずっと一緒にいてって言ったでしょ」
兄「ああ、そうだった」
403:
<姫は迷わず俺の隣に座った>
妹友「やっと会えました」
妹「何で電話にもメールにも反応しないのよ」
妹友「ごめん。ちょっとトラブってて」
妹「何かあったの」
兄(やはり彼氏君と何かあったのかな)
妹友「ああ、別にたいしたことじゃないんだけどさ。ちょっとつまらないことでお兄ちゃ
んと喧嘩しちゃって」
妹「何で喧嘩なんかしたの? いつもは仲がすごくいいのに」
妹友「・・・・・・別に」
妹「妹友ちゃん?」
妹友「別に妹ちゃんが心配することじゃないよ」
兄「それにしても今はぐれてるのはまずよな。ただでさえ混み合ってるんだしさ。さっさ
とここを出て昼飯食って、爬虫類何ちゃらとかに行かないと。まあ、爬虫類を諦めるなら
別に急ぐ必要はないけど」
妹・妹友「そんなわけないでしょ!」
兄「・・・・・・こわ。つうかそれなら誰か彼氏君と連絡を取れよ」
妹友「あたしはお兄ちゃんと喧嘩しちゃって気まずいから。妹ちゃん、お願い」
兄(・・・・・・)
妹「あ・・・・・・。ごめん妹友ちゃん。あたし彼氏君の携番もメアドも知らないの」
妹友「え? 何で」
妹「何でって・・・・・・」
妹友「付き合ってるのに何でそんなことも知らなかったの?」
妹「うん」
妹友「何でよ?」
妹「別に理由はないけど。何となく」
妹友「・・・・・・よくそれで今までお付き合いできてたね」
妹「それは・・・・・・」
妹友「信じられない。お兄ちゃんの彼女なのにお兄ちゃんと連絡手段さえないなんて」
妹「・・・・・・・」
兄「多分、彼氏君のほうも同じじゃねえか」
妹友「そんなはずないです。お兄ちゃんに限って」
兄「姫さあ。おまえ彼氏君に携番とかメアド教えたの」
妹「教えてない。妹友ちゃんが教えてなければ多分彼氏君もあたしの連絡先は知らないと
思う」
妹友「あたしが勝手に教えるわけないでしょ」
妹「じゃあ」
兄「じゃあ彼氏君も妹の連絡先を知らないんだな。仕方ない。妹友、おまえが彼氏君に電
話しろよ」
404:
妹友「あたしはお兄ちゃんと喧嘩して」
兄「このまま彼氏君を放置して出発するわけにもいかねえだろ」
妹友「・・・・・・それはそうです」
兄「じゃあ頼むから彼氏君に連絡して出口で待っていると伝えてくれ」
妹友「わかりました。お兄さんの頼みならしかたないです」
妹「・・・・・・」
妹友「・・・・・・」
妹友「お兄ちゃん?」
妹友「電話切らないで。お兄さんと妹ちゃんと合流したからお兄ちゃんもすぐに出口にき
て」
妹友「だから。あたしたちの喧嘩で妹ちゃんたちに迷惑はかけられないでしょ。とにかく
すぐに来て。食事して爬虫類パークに行くんだって」
妹友「うん、そう。喧嘩の相手は夜になったらまたしてあげるから」
兄「何だって?」
妹友「すぐに来るそうです」
兄「おまえら。何で喧嘩なんかしたの?」
妹友「それはお兄さんにだけは言われたくないです」
妹「・・・・・・」
兄「何でだよ」
妹友「言いたくありません」
兄(何なんだ)
妹「彼氏君」
彼氏「妹ちゃん、遅れてごめん」
妹「それは別にいいけど」
妹友「じゃあ、行きましょう。誰かさんが遅れたせいでだいぶ時間を食ってしまいまし
た」
彼氏「・・・・・・うるせえ」
兄(姫は迷わず俺の隣に座った)
兄(そして後部座席ではお互いに目も合わせない妹友と彼氏君の兄妹が、なるべくお互い
から離れるように座っている)
兄(何なんだ)
妹「お兄ちゃん、行こう。前に調べておいた金目鯛とか伊勢海老がおいしい店に行こう
よ」
兄「そいうのって混んでるし高いんじゃねえの」
妹「パパからお金もらってるし、予約もしてくれてるから」
兄(父さんめ。どこまで姫に甘いんだ)
416:
<半分こしよう>
妹友「お昼のメニューは二種類しかないんですね」
兄「伊勢海老の鬼殻焼き定食と金目鯛の煮付け定食だな」
彼氏「妹ちゃんはどっちにする?」
妹「ねえお兄ちゃん」
兄「うん?」
妹「お兄ちゃんはどっちにするの」
彼氏「・・・・・・」
兄「俺はお品書きを見た瞬間から伊勢海老に決めているけど」
妹「やっぱりね。お兄ちゃんなら絶対そうだと思った」
彼氏「・・・・・・」
兄「どうせおまえは金目鯛だろ? 昔から煮魚系が大好きだもんな」
妹「うん。でも伊勢海老も食べたい」
兄「二種類なんて食えるか。結構高いんだし」
妹友「お兄ちゃんはどうするんですか」
彼氏「・・・・・・」
妹友「お兄ちゃん?」
妹「じゃあさ。お兄ちゃんの伊勢海老とあたしの金目鯛を半分こしよう。そしたら両方食
べられるじゃん」
彼氏「あ、うん。俺も妹ちゃんと同じやつで」
妹友「じゃあ、あたしはお兄さんと同じで伊勢海老にする」
彼氏「あの、妹ちゃん?」
妹「何?」
彼氏「よかったら俺のも半分あげようか」
妹「え? ・・・・・・ええと」
妹友「同じ金目鯛を半分こすることに何か意味があるの」
彼氏「あ。いけね。そうだった」
妹「お兄ちゃんいいよね? 伊勢海老半分ちょうだいね」
兄「しようがねえなあ」
妹友「お兄ちゃんが伊勢海老を食べたいなら、あたしのを分けてあげるけど」
彼氏「いや。別にいい」
妹友「・・・・・・」
417:
妹「どっちもおいしかったねえ」
兄「しかしさ。あの伊勢海老小さすぎじゃねえの」
妹「ランチタイムのサービスメニューなんだからあんなもんだって」
兄「何か損した気分だ」
妹「パパが言ってたんだけどさ。あのお店は夜とかに行くと本当に大きな伊勢海老とか出
てくるんだって」
兄「じゃあ夜に行けばよかったじゃん」
妹「その代わり値段もさっきくらいじゃ済まないよ」
兄「うう」
妹「また来ればいいじゃん。伯父さんはいつでも別荘を使っていいよって言ってたらしい
し。今度は家族全員で来て夜にあのお店に連れて行ってもらおうよ」
兄「その前に香港だろ。あいつら約束破ったんだから」
妹「パパとママのことあいつらって言ったらだめ」
兄「わかったよ」
妹「遅くなったけど爬虫類パークに行こう」
兄「ああ」
妹「妹友ちゃん、そろそろ出発しようよ」
妹友「うん。イグアナ楽しみだなあ」
兄「理解できん」
妹「何でよ?」
妹友「お兄さんも実際に見ればあの可愛らしさがわかりますよ」
兄「ヘビの仲間の可愛さなどわかりたくもないわ」
妹「・・・・・・絶対に爬虫類好きにさせてやるから」
妹友「お兄ちゃん、行くよ」
彼氏「う、うん」
兄(また当然のように助手席に妹が座った)
兄(いくら何でもさすがに彼氏君が気の毒じゃんか)
兄(でも、姫に後部座席に行けなんていいづらいし。それでまた姫を悲しませた
ら・・・・・・)
兄「じゃあ、行くか」
妹「安全運転で急いでね」
兄「初心者マーク付けてる俺に無茶言うな」
妹「あたしの頼みが・・・・・・」
兄「わかったって」
418:
<・・・・・・迷惑?>
兄「着いたけど、今度は駐車場待ちの自動車が並んでるし」
妹「連休だからそんなの当たり前だよ」
兄「この調子じゃ熱帯植物園はなしだな」
妹「ええ? そんなのだめだよ」
兄「だって時間ねえよ。ここだって駐車場に入ってから更に切符を買うのに並ぶんだぜ」
妹「うーん」
兄「植物園はまた別の機会でいいだろ」
妹「お兄ちゃんは姫の願いを無視する気?」
兄「姫だろうが女帝だろうがこれっばかりはどうしようもないぞ」
妹友「じゃあこうしましょう」
妹「妹友ちゃん、聞いてたの?」
妹友「うん。お兄ちゃん拗ねて寝ちゃったし」
妹「・・・・・・拗ねてって」
妹友「お兄さんたちが駐車場待ちしている間に、あたしが先に窓口に並んでチケットを買
っておくよ」
妹「・・・・・・いいの?」
妹友「水族館じゃ妹ちゃんとお兄ちゃんが並んでくれたし、今度はあたしの番だよ」
妹「あ、でもだめだ」
妹友「どうして?」
妹「パパの会社の割引券って、使うときに本人か家族の身分証明書がいるんだよ」
兄「そうなのか」
妹「あたしが行ってくるよ」
妹友「だって妹ちゃんはさっきも」
妹「いいって。妹友ちゃんはお兄ちゃんが順番待ちの間に寝ちゃわないように注意して
て」
妹友「わかった」
彼氏「じゃあ、僕も一緒に行くよ」
妹友「お兄ちゃん起きてたの?」
彼氏「今起きた」
妹「いいよ。さっきも付き合ってもらったし。彼氏君は寝てていいよ」
彼氏「お兄さんが眠れないのに僕だけ寝てるわけにはいかないし」
兄(てめえ。さっきまで普通に寝てたじゃねえか)
妹「気を遣わなくていいって」
彼氏「・・・・・・迷惑?」
妹「え」
妹友「・・・・・・」
419:
妹友「結局、水族館のときと同じ組み合わせになりましたね」
兄「そうだな」
妹友「お兄さん、寝ちゃだめですよ」
兄「わかってるって」
妹友「お兄さんには不満もあるでしょうけど、お兄ちゃんも今日は辛かったと思うので許
してやってね」
兄「別に不満なんかねえよ」
妹友「・・・・・・あたしと二人きりでも?」
兄「ああ」
妹友「そうですか。それで? 妹ちゃんは救えたんですか」
兄「うん。多分これでしばらくは平気だと思う」
妹友「お兄さんも大変ですね」
兄「何が」
妹友「この調子だと、お兄さんは一生妹ちゃんの面倒をみることになりそうですね」
兄「・・・・・・妹が結婚するまでだけどな」
妹友「そうでしょうか」
兄「何で?」
妹友「今だって妹ちゃんには彼氏がいるんですよ。うちのお兄ちゃんが。それでも妹ちゃ
んはお兄さんに依存しているし、お兄さんもそんな妹ちゃんを構うことが使命みたくなっ
ちゃってるし」
兄「妹は寂しがり屋のうえに、昔から家族が大好きだったから」
妹友「昔からそうなんですか」
兄「そうといえばそうだけど・・・・・・・。でも最近は少し行き過ぎではあるね」
妹友「それはわかるような気がします」
兄「多分、それは俺のせいだ」
妹友「どうして?」
兄「俺が妹にマジで告白なんてしたから」
妹友「妹ちゃんには断られたんでしょ?」
兄「ああ。それで拗ねた俺は妹を一人にして一人暮らしを始めたり別に彼女を作ったりし
た。妹は親が帰って来ない家で一人きりになってしまった。それからだな。妹の行動がエ
スカレートしたのは。でもこれは前にも話したよな」
妹友「妹ちゃんはお兄さんに嫉妬しただけでは?」
兄「違うと思うよ。自分が俺を振ったせいで俺が妹から離れて行くって理解して、あいつ
は悩んだんだと思う。うろたえるほどに」
妹友「本当にそうですかね」
420:
<共依存じゃないんですか>
妹友「妹ちゃんとお兄さんってちょっと普通じゃない感じがしますよね」
兄「あのなあ。おまえにだけは言われたくねえよ」
妹友「あ、違います。そういう意味じゃなくて」
兄「・・・・・・」
妹友「何て言うんでしょうか。無駄にお互いにお互いを必要だと思い込んでるっていう
か」
兄「どういう意味だよ。妹には俺への恋愛感情なんてないぞ。俺だってもうそういう不健
全な感情はきっぱりと諦めたし」
妹友「それだけなら理解できるんです。あたしだってそうでしたから」
兄「ああ、まあな」
妹友「そうじゃないんですね。お兄さんは言ってたじゃないですか。妹ちゃんは昔から家
族が何よりも誰よりも大好きだったって」
兄「まあな」
妹友「それが一応真実と仮定してですけど」
兄「本当だって」
妹友「お兄さんと妹ちゃんって。ご両親の不在とかそういうことが原因かもしれませんけ
ど」
兄「何だよ」
妹友「お兄さんと妹ちゃんって、結果的に共依存じゃないんですか」
兄「何だって」
妹友「共依存です。聞いたことはありますよね」
兄「聴いたことはあるような気はするけど、ちゃんとした意味はわかってない」
妹友「共依存とはお互いに精神的に過度に依存しあっている状態をいいます。それは決し
て精神的に健全な状態ではないです」
兄「どういうこと?」
妹友「例えばですけど」
兄「ああ」
妹友「麻薬に依存している彼氏を献身的に介助する彼女がいるとしましょう」
兄「それで?」
妹友「一見、美談に思えるでしょ」
兄「まあそうだな」
妹友「でもそれは実は非常に不安定で危険な関係なのです」
兄「どういうこと?」
421:
妹友「麻薬中毒の彼は生活の全てを彼女に依存します。彼女はそんな彼の面倒を献身的に
みます。食事の支度や禁断症状が出たときの救急車への連絡まで。つまり彼にとっては献
身的な彼女がいないと生活が成り立たないのです」
兄「うん」
妹友「一方でそんなクズの彼氏に依存されている彼女にとっても、中毒者の彼氏が必要な
んですよ」
兄「何でだよ。そんなクズのことなんか放置して別れればいいのに」
妹友「普通に考えればそうなんですけど。この場合の彼女にとっては、自分を頼ってくる
彼の面倒を見ることが自分の生き甲斐、つまりアイデンティティになってしまっていると
したらどうですか」
兄「クズの女もしょせんはクズだなって思う」
妹友「そんなに簡単な話じゃないでしょ。彼女は麻薬中毒の彼氏を支えることが自分の第
一目標になっているんですから。そうしたら彼女にとって、何をすることが正しい方法な
んでしょうね」
兄「そのクズ男を薬物依存症治療の専門病院に放り込むことだろうが。んなことは考える
までもねえよ」
妹友「そうじゃないですよ。客観的に自分を見られる人なんてあんまりいないです。その
彼女の立場に立ってみればそんな選択肢はないでしょうね」
兄「じゃあ、その女の子はどうしたいの?」
妹友「徹底的に彼氏を甘やかすでしょう。彼氏が禁断症状で苦しんで再び麻薬に手を伸ば
しても彼のことを許容すると思います」
兄「それはそのクズのためにならねえじゃん」
妹友「そのとおりですけど、その彼女の行動原理だって自分のためなんですよ。彼氏が治
療によって治癒されてしまったら、薬物依存の彼を支えるという自分のアイデンティティ
がなくなっちゃうじゃありませんか」
兄「おまえ恐いこと言うな。それはずいぶんと病的な関係だな。つまり何か? 自分が彼
氏を支えたいために彼氏の薬物中毒を放っておくということか」
妹友「極端に言えばですけど。それは意識的なものではなく無意識かもしれませんけど。
だから片方からの一方的な依存ではなく共依存なんですよ」
422:
兄「おまえさ。さっきから黙って聞いてれば、俺と妹もそういう関係だといいたいのか」
妹友「薬物依存みたいな悲惨な例とはちがうでしょうけど。根本的には同じじゃないです
か」
兄「俺と妹は仲がいい兄妹だってだけだろうが」
妹友「それだけの関係なら、何で妹ちゃんはさっきあたしたちが姿を消しただけでパニッ
クになったんですかね」
兄「それは」
妹友「両親が不在がちな環境。寂しがり屋で家族大好きな妹ちゃん。そんな妹ちゃんが側
にいてくれる唯一の肉親であるお兄さんに依存したって別に変な話じゃないですよね」
兄「・・・・・・まあ、そこまでは」
妹友「そして。お兄さんも妹ちゃんが大好きだった。それが妹への肉親的な感情なのか男
女間の愛情なのかは別として」
兄「・・・・・・今は妹に変な感情なんて抱いてねえよ」
妹友「それでも、お兄さんにとっては妹ちゃんのそんな依存が嬉しかったんでしょ? そ
れが唯一の生き甲斐になるくらいに」
兄「・・・・・・」
妹友「そうしてお兄さんと妹ちゃんの共依存の関係が始まった。妹ちゃんはお兄さんに依
存して心の平穏を得た。お兄さんは妹ちゃんの心の平穏を保つことに自分の生き甲斐を感
じてきた」
兄「・・・・・・そうかなあ」
妹友「ね? 見事に教科書どおりの共依存関係が成立しているじゃないですか」
兄「・・・・・・」
妹友「さっきも言いましたけど。共依存は決して精神的に健全な状態ではないと言われて
います」
兄「だからって急に妹を突き放せるわけねえだろ」
妹友「そうですね。あたしもそこまでは言ってません」
兄「おまえの言うとおりだとしてさ。俺はどうすればいいんだよ」
妹友「お兄さんも彼女を作ればいいんじゃないですか」
兄「何でそんな極端な話になるんだ」
妹友「一生独身で妹の幸せを見守るなんて真顔で言っていること自体が共依存の典型的な
症状じゃないですか」
兄「いや、でも」
妹友「妹ちゃんにはお兄ちゃんがいます。お兄さんもいっそ女さんと復縁したらどうでし
ょう」
兄「・・・・・・女のことは自分でもどうしたらいいのかわからん」
妹友「じゃあ、あたしでは駄目ですか?」
兄「え?」
423:
妹「お待たせ〜」
妹友(!)
兄(!)
妹「チケット買えたよ。つうか、まだ駐車場に入れてないんだ」
兄「ああ、まあな」
妹「お兄ちゃん疲れたでしょ」
兄「いや。平気だよ。姫こそ二回も並んで疲れたんじゃないのか」
妹友「・・・・・・」
彼氏「姫?」
妹「・・・・・・このバカ兄貴。二人きりじゃないところで姫って呼ぶな」
兄「あ、ああ。悪い」
妹「全くお兄ちゃんは。何でそういう常識的な配慮ができないのかなあ」
兄「悪い」
妹「え? 何マジになってるの? 冗談だよ。別にあたしを姫って呼びたければ呼んでも
いいんだってば」
兄「いや。本当にごめん」
妹「ちょっと・・・・・・。冗談だって。やだ、真面目に受け取らないでよ」
兄(共依存か。妹友の言うとおりかもしれん)
妹「ねえ」
兄(だってだからと言って俺が彼女を作れば解決するのかよ)
妹「お兄ちゃん。何か言ってよ。ごめん、あたし謝るから」
妹友「・・・・・・」
彼氏「・・・・・・」
425:
共依存ときたかぁ.....
彼氏君も大変やなぁ.......
430:
<お兄ちゃんの携番とメアドを妹ちゃんに送付しておくから>
妹友「何だ。真剣な顔で相談とか言うから何かと思ったじゃん」
妹「結構マジで悩んでるのに」
妹友「だってさあ。お兄さんとのトラブルとか相談されてもねえ。せめて好きな人のこと
とか相談されたんなら真面目に相談に乗ろうとか思うけどさ」
妹「あたしにとっては大問題なの!」
妹友「・・・・・・誇らしげにブラコンを公言するのはいい加減にしなって」
妹「そんなんじゃないよ」
妹友「昨日妹ちゃんとお兄さんのデートを邪魔したのは悪かったけどさ。妹ちゃんの部活
を休むほどの用事が、お兄さんと一緒に帰ることだったとはねえ」
妹「・・・・・・別にいいじゃん。誰かに迷惑かけてるわけじゃないし」
妹友「まあ、いいけど。それにしても何? いったい夜中に電話してきて相談って何かと
思ったら。自分と一緒に歩いているのにお兄さんが他の女の子をガン見してるのどうしよ
うって。そんなことで一々電話して来るなよ」
妹「だってさ」
妹友「まさか兄妹喧嘩の相談をこんな夜中に受けるとは思わなかったよ」
妹「ごめん」
妹友「で? 妹ちゃんはどうしたいの?」
妹「どうって」
妹友「じゃあ聞き方を変えるけど、お兄さんとどうなりたいの」
妹「どうって・・・・・・。仲のいい兄妹になりたい」
妹友「それなら今でも仲良すぎるくらいじゃん。それ以上仲良くなってどうすんのよ」
妹「だって。せっかくあたしがお兄ちゃんの学校に迎えに行ってあげたのに、他の女の子
のことばかり見てるとかあり得ないじゃん」
妹友「何であり得ないって言い切れるのかよくわかんないけど。じゃあさ。いっそ妹ちゃ
んもお兄さんに嫉妬させてみたら?」
妹「どういうこと?」
妹友「そろそろさ。うちのお兄ちゃんの告白にも返事してやってよ。断るなら断るでいい
からさ。このまま保留じゃお兄ちゃんだって落ちつけないじゃん」
431:
妹「彼氏君のことは嫌いじゃない。でも、男の人と付き合うのってあたしにはまだ早いよ
うな気がする」
妹友「もうすぐ高校二年になるのに付き合うのが早すぎるって」
妹「あたしにとっては、だよ。あたしは家に帰って家族と一緒にいるのが一番好きだから、
男の人とデートとかしたいとも思わないし。だからあたしはまだ子どもなんだと思う」
妹友「しょっちゅう他校の男の子に告らてくるくせに、いつも断っていたのはそういう理
由だったのか」
妹「うん」
妹友「でもさ。あたしがうちのお兄ちゃんの気持ちを伝えたときは、少し考えさせてって
言って保留したよね?」
妹「彼氏君は中学一年の頃からの知り合いだし、何よりも妹友ちゃんのお兄さんだし」
妹友「何を気にしてるのか、よくわかんないなあ。結局振るんだったら早いか遅いかの差
だと思うけどなあ。つうか待たされた分お兄ちゃんも余計につらいと思うけど」
妹「・・・・・・妹友ちゃんは平気なの?」
妹友「何が」
妹「彼氏君に彼女ができても妹友ちゃんは大丈夫なの」
妹友「どういう意味よ」
妹「だって妹友ちゃんって彼氏君のこと大好きじゃん」
妹友「ちょっと待ってよ。あたしは妹ちゃんみたくブラコンじゃないって」
妹「とてもそうは見えないよ」
妹友「本当だって。もしそうならお兄ちゃんの気持を妹ちゃんに伝えるなんてしないでし
ょ」
妹「・・・・・・」
妹友「話が逸れちゃったけどさ。お兄さんに嫉妬させてみたらお兄さんの妹ちゃんに対す
る気持もわかるんじゃないかな」
妹「どうやったらお兄ちゃんが嫉妬なんてするんだろ」
妹友「他の男の人と一緒にいるところを見せればいいだけでしょ」
妹「そんな人あたしにはいないもん」
妹友「うちのお兄ちゃんでいいじゃん」
妹「え」
妹友「お兄ちゃんなら喜んで妹ちゃんと一緒にいようとすると思うな」
432:
妹「それはだめでしょ」
妹友「何で?」
妹「だって・・・・・・彼氏君を利用するようなことはできないよ」
妹友「お兄ちゃんは妹ちゃんが好きなんだから別にいいじゃん」
妹「それって本当のことを話して彼氏君に協力してもらうってこと?」
妹友「さすがにそれは無理。お兄ちゃんには珍しく妹ちゃんが一緒に登校したいって言っ
てるよって言う」
妹「それじゃまるで・・・・・・」
妹友「お兄さんの反応が見たいんでしょ?」
妹「彼氏君に悪いよ」
妹友「妹ちゃん、お兄ちゃんの告白を断るって決めたの?」
妹「・・・・・・それはまだ」
妹友「まだ決めてないならいいじゃん。心を決める参考になるかもしれないよ?」
妹「だって」
妹友「じゃあ、決まりね。早い方がいいから明日の朝お兄ちゃんに学校まで送ってもらっ
てね。お兄ちゃんにはこれから話しておくから」
妹「本当にやるの」
妹友「そうだよ。明日の朝七時に妹ちゃんの家の前の公園で待ち合わせね。それであたし
は別なところから妹ちゃんの家を監視してるから。それでお兄さんが出てきたら妹ちゃん
にメールするね。そしたらお兄ちゃんと一緒に駅の方まで歩いて行って」
妹「あたしが彼氏君と一緒のところをお兄ちゃんが見たら傷つくかも」
妹友「そうかなあ。それなら妹ちゃんと一緒にいるのに他の女の子なんかをよそ見したり
しないんじゃない?」
妹「・・・・・・まあそうかも」
妹友「お兄ちゃんと手くらいつないでね。お兄ちゃんにも言っておくけど」
妹「・・・・・・」
妹友「そろそろ電話切るね。あとでメールする。万一会えなかったときのためにお兄ちゃ
んの携番とメアドを妹ちゃんに送付しておくから。お兄ちゃんにも妹ちゃんのを教えるけ
どいいよね?」
妹「・・・・・・」
433:
<偽装デート>
彼氏「おはよう妹ちゃん」
妹「・・・・・・おはよ」
彼氏「・・・・・・」
妹「・・・・・・」
彼氏「何かこういうのって照れるね」
妹「うん」
彼氏「昨日夜中にいきなり妹に言われたときはびっくりしたよ」
妹「ごめんなさい」
彼氏「いやいや。むしろ嬉しい驚きっていうの? そういう感じ。マジで昨日はよく眠れ
なかったよ」
妹「・・・・・・うん」
彼氏「じゃあ行こうか」
妹「ちょっと待って」
彼氏「え」
妹「もう少しここにいて」
彼氏「もちろんいいけど。妹ちゃんと一緒にいられる時間が長くなるんだしむしろ大歓迎
だよ」
妹「ごめん」
彼氏「何、謝ってるの」
妹「ごめん」
彼氏「・・・・・・えと」
妹「・・・・・・」
彼氏「どうした?」
妹「ごめんね。ちょっとメール」
彼氏「あ、うん」
妹「・・・・・・」
from:妹友
to:妹
sub:無題
『お兄さんが家を出てきたよ。妹ちゃんはお兄ちゃんと寄り添って、なるべく仲よさそう
な振りをして駅に向って』
434:
妹「あの」
彼氏「どうしたの」
妹「そろそろ行きましょう」
彼氏「うん」
妹「・・・・・・」
彼氏「・・・・・・妹ちゃん?」
妹「うん」
彼氏「そんなにくっつかれると歩きにくいんだけど」
妹「ごめんなさい」
彼氏「いや。もちろん僕としては嫌なわけなくて。大歓迎と言うか」
妹「・・・・・・」
彼氏「いや。変なこと言ってごめん」
妹「・・・・・・あたしの方こそごめん」
彼氏「・・・・・・」
妹「ごめん。またメールだ」
彼氏「うん」
from:妹友
to:妹
sub:緊急事態
『お兄さんは予定どおり妹ちゃんたちの後ろを歩いて駅に向っているけど、何か途中で結
構綺麗な女の人と出合って一緒に歩いてるよ』
『女の人の方も親し気にお兄さんに笑いかけてるし。ひょっとしてお兄さんってあんなに
綺麗な彼女がいたの?』
『気がつかれないように背後を見ることができるなら、ちょっと見てみ』
妹「・・・・・・」
妹「・・・・・・女さん。いったい何でお兄ちゃんと一緒に」
彼氏「うん? どうした」
妹「ごめん。何でもない」
彼氏「それならいいけど」
妹「ちょっと急ごうか」
彼氏「あ、うん」
435:
妹「今日は学校まで送ってくれてありがと」
彼氏「いや。僕の方こそ一緒に登校できて嬉しかった。夢を見ているみたいだったよ」
妹「・・・・・・大袈裟だよ」
彼氏「嘘じゃないって」
妹「・・・・・・」
彼氏「あ、あのさ。せっかく電話とかアドレスとか交換したんだしさ」
妹「・・・・・・うん」
彼氏「たまには電話したりメールしてもいい? あ、もちろんうざければ返事とかいらな
いし」
妹「うん」
彼氏「やった」
妹の同級生たち「妹ちゃんおはよう」
妹「あ。おはよ」
妹の同級生たち「朝から校門前で男の人と何やってんのよ。先生に見つかったらマズイ
よ」
妹「別にそんなことじゃないし」
彼氏「じゃあ行くね。さすがに富士峰女学院の校門前に男がいるのってまずいと思うし」
妹「うん。今日はありがとう」
彼氏「こちらこそ。じゃあまたね」
妹友「妹ちゃんお疲れ」
妹「・・・・・・もう。本当に疲れたよ」
妹友「しかし意外な邪魔が入ったね」
妹「・・・・・・女さんね」
妹友「知ってるの?」
妹「うん。お兄ちゃんの昔からの友だち。嫌な女だよ」
妹友「嫌な女って」
妹「妹友ちゃんはお兄ちゃんの後をつけたの?」
妹友「うん。女さんっていう人と一緒になったんだけど、会話は聞けたから」
妹「・・・・・・」
妹友「よかったね。妹ちゃん。お兄さんは妹ちゃんに嫉妬全開だったよ」
妹「・・・・・・それ本当?」
436:
<爬虫類パーク>
兄(何とか妹が落ちついてくれてよかった)
兄(しかし思わず妹のことをこいつらの前で姫と呼んでしまうとは大失敗だったな)
兄(共依存。本当にそうなのかな。俺と妹が共依存の関係だって言うなら前からそうだし
な。確かにここ最近の妹は少し行き過ぎている感じはあっるけど)
兄(精神的に不健全な関係だって? そんなことを言ったらうちの家族の基礎が全否定さ
れちまうじゃないか)
兄(妹友の言っていることには確かに説得力はある。客観的に見れば他人からはそういう
関係に見えるかもしれん)
兄(でもそれって本当に悪いことなのか。俺は妹と彼氏君の関係を受け入れた。妹も俺に
女と復縁するのを応援している)
兄(そう考えると、そういうことを前提に俺と妹が多少仲が良すぎたって別に問題ないじ
ゃないか)
兄(・・・・・・妹友は俺に彼女を作ればいいと言った。そんな単純な問題でもないだろうけ
ど)
兄(女とか? それとも)
妹友『・・・・・・・お兄さんに言われたとおりにキスしましたよ』
妹友『今日はあたしとずっと一緒にいてください』
妹友『じゃあ、あたしでは駄目ですか?』
兄(あいつ、前はおれのことなんか好きじゃないって言ってたんだよな。本当に好きなの
は自分の実の兄貴の彼氏君だって)
兄(でも。それにしては前から俺に接近してきたし)
兄(考えてみれば恋人つなぎとかキスとか、全部初めてはあいつとだったじゃんか)
兄(・・・・・・何を考えてるんだろうな。あいつは)
兄(今の俺には行動の自由がある。女とは一度は別れるてるし、姫は俺とは付き合えない
とはっきり言った)
兄(妹友と付き合うか?)
兄(確かにあいつは可愛いし、体型も妹に似て華奢でスレンダーだし)
兄(・・・・・・そういや、あいつ。水着持って来たって)
兄(・・・・・・・)
437:
妹「お兄ちゃん」
兄「どうした」
妹「ほら。あれがイグアナだよ。可愛いでしょ」
兄「・・・・・・ノーコメント」
妹友「ええ? 何でですか。あのつぶらな黒い瞳を見てください」
兄「・・・・・・見たけど」
妹「可愛いでしょ?」
兄「いや。別に」
妹友「妹ちゃん。お兄さんって意外とつまらない人だったね」
妹「本当。全くお兄ちゃんにはがっかりだよ」
兄「・・・・・・彼氏君は?」
彼氏「はい?」
兄「あれ、可愛いと思う?」
彼氏「いやその」
妹「彼氏君ならわかるよね」
妹友「お兄ちゃんならそこのだめだめ男とは違って理解できるでしょ」
彼氏「えーと」
兄「えーとじゃねえよ。遠慮せず思っていることを言え」
彼氏「正直気持悪いです」
兄「・・・・・・友よ」
彼氏「いやあの」
妹「二人ともセンスないの」
妹友「本当だ。最低」
兄「何でだよ」
妹「あ。あっちに大きなトカゲがいる」
妹友「え。マジ? 行ってみよう」
兄(ここに来てから四人行動になったのはよかった。またニ対ニじゃいろいろ気を遣うし
な)
彼氏「二人とも行っちゃいましたよ」
兄「どうでもいい。おまえはついって行ってやれよ」
彼氏「いや。僕もヘビの類いは正直苦手で」
兄「だよな。あそこのカフェみたいなとこで休んでるか」
彼氏「そうですね。そうしましょう」
兄(・・・・・・ある意味もっとも揉めなさそうな二対ニに分裂したか。これはこれで気が楽
だ)
438:
妹友「二人ともこんなところにいたんですか」
妹「せっかくチケット買って入ってるのに、二人とも何も見てないじゃん」
兄「いや。俺たち二人は爬虫類とは折り合いが悪くてな」
彼氏「妹ちゃんたちが楽しんでくれれば十分だって」
妹「つまんないの」
妹友「全くだよ」
妹「一とおり見たから、お土産買いに行こう」
兄「お土産?」
妹「パパとママと、あと伯父さんにも」
兄「まあ伯父さんには買っていかないとまずいか」
妹「そうだよ。別荘を貸してくれたんだし」
妹友「お兄ちゃんもほら。両親に何も買って帰らないつもり?」
彼氏「ああ、まあそうだね」
妹「あとさ。超可愛いぬいぐるみがあったから。自分用に買いたいし」
兄「何が超可愛いだ。どうせヘビかなんかだろ」
妹「全然違うし」
兄「イグアナか」
妹「ガラパゴスオオトカゲのぬいぐるみだよ。等身大なの」
兄「・・・・・・あ、そ」
兄(妹のやつ。何か夢中でお土産を選んでるな)
兄(やっぱり姫って可愛いな。正直、ここにいっぱいいる女の子の中でも飛び抜けて可愛
いじゃんか)
兄(まあ、これは家族補正がかかってるのかもしれないけど)
妹友「お兄さん」
兄「おう。おまえお土産買ったの?」
妹友「ええ、まあ」
兄「ガラパゴスなんちゃらか」
妹友「あれは大き過ぎます。何せ等身大だそうですから」
兄「そうか」
妹友「あたしは諦めましたけど、妹ちゃんはまだ悩んでましたよ」
兄「あんなでかいぬいぐるみ、そもそも車に乗せられないだろうが」
妹友「お兄さん」
兄「うん?」
妹友「さっきは妹ちゃん、何でお兄ちゃんに電話しなかったんでしょうね」
兄「番号を知らなかったからだろ」
妹友「そんな訳ないです。妹ちゃんはお兄ちゃんの携番とメアドは登録していますよ」
兄「(そう言えばそうだ。前に俺の目の前で彼氏君から電話が来たことが何度かあったじ
ゃんか)どういうこと?」
妹友「さあ? 共依存にしても行き過ぎてますよね」
兄「・・・・・・さすがにそうかも」
448:
<クズ、鈍感、ロリコン、シスコン!>
妹友「何であそこまでお兄ちゃんに拒否反応を示すんでしょうね」
兄「さあ?」
妹友「お兄ちゃんのことが嫌いなのかな」
兄「でもさ。図書館デートのときなんて彼氏君と妹は恋人つなぎして寄り添ってたし」
妹友「結局、お兄さんがいない場合に限って、妹ちゃんはお兄ちゃんに素直に寄り添える
んですよね」
兄「何だよそれ」
妹友「いったいどっちが妹ちゃんにとって正しい姿なんでしょうね。お兄さんに依存して
いる妹ちゃんか。お兄ちゃんと普通に恋人同士ができている妹ちゃんか」
兄「何かよくわからんけど」
妹友「わからないじゃなくてそろそろ考えた方がよくないですか? どっちが妹ちゃんに
とって幸せなのか」
兄「あのさ。おまえ本当に俺のこと好きなの?」
妹友「好きですよ」
兄「即答かよ」
妹友「常にそのことだけを考え続けてましたから」
兄「嘘付け」
妹友「まあ嘘ですけど。でもイグアナのことを考える合間にお兄さんのことも考えてまし
た。これは本当です」
兄「俺はイグアナの次かよ」
妹友「あたしがあんまり思いつめちゃったらお兄さんだって嫌でしょ」
兄「・・・・・・おまえ思ってたより気を遣えるやつなんだな」
妹友「何ですかいきなり」
兄「まあ、でもさ。兄貴のことを忘れるために次の恋を見つけようとしてるんだったら考
え直した方がいいぞ」
妹友「え」
兄「実際にそれをやってさらに傷口を深くした俺が言うんだから間違いない」
妹友「・・・・・・お兄さんのばか」
兄「ばかって」
妹友「クズ、鈍感、ロリコン、シスコン! もう知らない」
兄「おい待てって」
449:
妹「お兄ちゃんお待たせ」
兄「その様子だと等身大とやらは買わなかったようだな」
妹「あんなの持って帰れないもん。妹友ちゃんは?」
兄「どっかに行っちゃった」
妹「どっかって・・・・・・喧嘩でもしたんじゃないでしょうね」
兄「いや」
妹「嘘じゃないよね」
兄「う、うん」
妹「・・・・・・目を逸らした。やっぱりあたしに嘘ついたんだ」
兄「おまえだって嘘ついたじゃん」
妹「何のこと?」
兄「彼氏君の電話番号とメアド。本当は知ってたんだろ」
妹「・・・・・・あ」
兄「別にいいけど」
妹「違うの。あれは」
兄「今度からもっと上手に嘘ついたら。妹友があんな嘘信じるわけねえだろ」
妹「妹友ちゃんから聞いたの? あたしが彼氏君の携番知ってるって」
兄(あれ。まずかったかな。姫に嘘つき呼ばわりされたんでつい勢いで言っちまったけ
ど)
妹「・・・・・・妹友ちゃん、また約束を破ったんだ」
兄「約束って何だよ」
妹「言わない」
兄「何で?」
妹「もうお兄ちゃんには嘘つきたくないから」
兄「・・・・・・本当のことを言えばよくね?」
妹「もう行こう」
兄「だって妹友が」
妹「彼氏君に電話してもらおう」
兄(さっきとは逆か。それにしても妹友はさっき彼氏君と喧嘩したって言ってたけど。そ
の後俺と気まずくなり、今度は妹を怒らせた。これじゃ旅行なんか全然楽しめないんじゃ
ないの? あいつ)
450:
彼氏「ああ、お兄さんに妹ちゃん。ここにいたんですか」
妹「うん。そろそろここは出ようよ」
彼氏「そうですね。妹友はどこかな」
兄「さっきまでいたんだけどな。彼氏君ちょっと電話してよ」
彼氏「いいですけど、さっきちょっとあいつと言い争いしちゃったから電話でないかも」
兄「喧嘩しててもさっきは妹友ちゃんは彼氏君に電話してたぞ」
彼氏「そうですね。じゃあかけてみます」
彼氏「ああ出た。おまえ今どこにいるの? もうここ出るぞ」
彼氏「うん、そうか。じゃあな」
彼氏「妹はもう建物の外にいるので直接駐車場に行くそうです」
兄「そう。じゃあ俺たちも行こうぜ」
彼氏「はい」
妹「・・・・・・」
兄「いたいた。おまえどこ行ってたんだよ」
妹友「ごめんなさい」
妹「・・・・・・」
兄「別にいいけど」
妹友「・・・・・・ごめんなさい」
兄(今度は俺にだけ聞こえるように小声で言った)
妹「行こうお兄ちゃん」
兄「ああ。え?」
彼氏「どうしました?」
兄「いや(妹め。後部座席の彼氏君の隣にさっさと乗り込んでしまった)」
彼氏「妹ちゃん、また席をシャッフルするの」
妹「別にいいでしょ」
彼氏「う、うん」
兄(まあいいか)
妹友「・・・・・・あの、隣に座ってもいいいですか」
兄「いいも何もそこしか席ないじゃん。早くすわんなよ」
妹友「・・・・・・はい」
451:
<それだけは信じて欲しかった>
兄「あのさ」
妹友「はい」
兄「さっきはごめんな。勝手におまえの行動の意味を決め付けるようなこと言って」
妹友「あたしこそひどいことを言ってごめんなさい。それに出会い方がああだったからお
兄さんには誤解されてもしかたないです」
兄「悪い」
妹友「でも今朝、夜明けの海岸で話したことは嘘じゃないです。それだけは信じて欲しか
った」
兄「今さらだけどわかったよ」
妹友「よかった」
兄「(おいおい)ちょっとさあ」
妹友「大丈夫です。妹ちゃんからは見えません」
兄「・・・・・・うん」
妹友「大丈夫ですよ。こんなことでお兄さんに選んでもらおうなんて考えていませんか
ら」
兄「別にそんなこと考えてたわけじゃねえよ」
妹友「何か急がなくてもいいような気がしてきました。妹ちゃんとの関係とか女さんとか
お兄さんはゆっくり考えたらいいんじゃないかと思います」
兄「そうだな」
妹友「それで少しでもいいからあたしのことも候補に入れておいてください」
兄「・・・・・・わかった」
妹友「お兄さんと仲直りできてよかった」
兄「やっと笑ったな」
妹友「へへ。あまり顔を見ないでください。さっき少し泣いちゃったから変な顔してるで
しょ」
兄「全然変じゃねえよ。むしろ可愛い」
妹友「・・・・・・やだ」
兄「いやそのだな」
妹友「でも、前向いてください。よそ見運転はだめです」
兄「確かに」
452:
兄「あれ?」
妹友「どうしました」
兄「何となく運転してたけど、これからどこに行けばいいの」
妹友「最初の予定だと熱帯植物園に行く予定でしたよね」
兄「でも、もうこんな時間だぜ。今から行くの?」
妹友「もう五時ですね」
兄「ちょっと無理があるだろ。それに結構道も混んでるから植物園についたら六時近いと
思う」
妹友「どうしましょう」
兄「俺に聞かれても」
妹友「妹ちゃん。これからどうする? 熱帯植物園に行くのは無理っぽいって」
妹「・・・・・・」
兄(露骨に無視かよ。何で怒ってるんだろうなあ。約束っていったい何だろ)
妹友「妹ちゃん?」
彼氏「妹ちゃん、呼んでるよ」
妹「・・・・・・」
兄「(これはまずい)おい妹」
妹「・・・・・・あたしのこと、もう姫って呼ぶのやめたんだ」
妹友「え」
彼氏「え」
兄「(な!)そうじゃなくて。今日はもう家に帰ろうぜ」
妹「そう」
兄「それでいいな」
妹「・・・・・・」
兄(無視かよこいつ。いくらなんでもこの態度はねえだろ。どんだけ約束とやらを破られ
て傷付いたのかは知らねえけど)
兄「おまえいい加減に」
妹友「お兄さんやめて」
兄「・・・・・・ちぇ」
妹友「妹ちゃんは植物園で食虫植物を見るのを楽しみにしてましたし」
兄「はあ?」
妹友「だから元気がなくてもしかたないです。正直、あたしもがっかりです」
兄「んなもん一生見なくたって不都合はないだろう」
妹「・・・・・・・そんなんじゃないし」
妹友「妹ちゃん?」
兄(何拗ねているんだこいつ)
453:
兄(せっかくの旅行が重い雰囲気になっちまったなあ。必ずしも妹だけが悪いわけじゃな
いのかもしれない。でも、妹ももう少し大人になって自分の感情を抑えたってよかったは
ずだ)
兄(今日の夕食はどうなるのかなあ。妹には聞きづらいし聞いたってどうせ無視されるだ
ろうし)
兄(だけどこれは結構切実な問題だぞ。妹と妹友が作ってくれるならスーパーに寄って食
材調達しなきゃいけないし。どっかで食っていくならそろそろ店を探さなきゃいけない)
兄(どっちにしろもう決めないと)
兄「なあ?」
妹友「はい」
兄「今日の夕飯ってどうなってるか聞いてねえ?」
妹友「・・・・・・さっき爬虫類パークで妹ちゃんと話していたときには、今日は二人で別荘で
料理しようよって言ってました」
兄「そうか。じゃあスーパーとかに寄って」
妹友「でも・・・・・・」
兄「何?」
妹友「今の妹ちゃんに料理する気があるかどうかは」
兄「そうか。そうだよな」
妹友「・・・・・・」
兄「ファミレスにでも寄って行くか」
妹友「・・・・・・いえ。スーパーに行きましょう」
兄「だって」
妹友「ちゃんと妹ちゃんと話してみます。最悪の場合でも、あたしが一人で料理しますか
ら」
兄「・・・・・・いいのか」
妹友「ええ。あたし、こう見えても料理得意なんですよ」
兄「そうなん?」
妹友「うちもお兄さんのお家と一緒で両親は共働きですし、料理は慣れてますから」
兄「じゃあ。おまえがいいならスーパーに行くか。最悪の場合は俺も手伝うから」
妹友「・・・・・・あの」
兄「うん?」
妹友「何か妹ちゃん怒ってるじゃないですか? ひょっとしてあたしに対して怒ってるん
でしょうか」
兄「その話は後で。ここじゃ妹に聞かれるかもしれないし」
妹友「・・・・・・やっぱりそうなんですね」
454:
<スーパーマーケット>
兄「着いたぞ」
彼氏「え? ここどこですか」
兄「スーパーだよ。今夜の飯の準備しないとな」
彼氏「ああ、そうですか。そうですよね」
妹「・・・・・・」
彼氏「また妹ちゃんが作ってくれるの? 楽しみだなあ」
妹「知らない。あたし食欲ないし」
兄「(こいつ。ふざけんな)いや。今夜は妹友が作ってくれるって。な、妹友」
妹友「え? ええまあ」
兄「何作ってくれるの? そういやおまえの料理を食うのって前に作ってくれたオムライ
ス以来だな」
妹「・・・・・・」
妹友「何でそれを今言うんですか」
兄「え」
彼氏「何だ。やっぱり二人はそういう仲なんですね。僕の勘違いじゃなかったんだ」
兄「いやそうじゃない」
妹友「お兄ちゃんそれ飛躍しすぎだから」
彼氏「悪かったな。さっきはおまえと言い合いしちゃったけど。でもそういうことなら隠
さないでそう言ってくれれば喧嘩なんてしなくてすんだのに」
妹友「いいから、ちょっとお兄ちゃんは黙って」
妹「・・・・・・彼氏君、行こ」
彼氏「行くってどこへ」
妹「あたしお菓子とかジュース買いたい。付き合って」
彼氏「うん。喜んで。お兄さん、すいません。買物はお二人にお任せします」
兄「おい。待てって」
彼氏「それに邪魔者は消えた方が気が利いてますよね」
妹友「・・・・・・もうあんたは黙ってろ。今すぐに消えろ」
彼氏「だから消えるって。妹ちゃん行こ」
妹「・・・・・・うん」
455:
兄「何かごめん」
妹友「どうしてお兄さんが謝るんですか」
兄「そう言えばどうしてかな」
妹友「何でオムライスの話なんかしたの?」
兄「別にわざとでは」
妹友「妹ちゃんを挑発するようなことも言うし」
兄「あいつの態度がひどかったからだよ」
妹友「ねえ」
兄「うん」
妹友「妹ちゃんは何であんなに怒ってるんですか。お土産を買うところまではすごく和や
かだったのに」
兄「よくわからんけどな。妹にさ、本当は彼氏君の携番とメアドを知ってたんだろって言
ったら」
妹友「あ」
兄「そしたら妹友から聞いたのかって聞かれて。そしたらまた約束を破ったとか言って切
れて怒り出した」
妹友「・・・・・・やだ」
兄「へ?」
妹友「あたし、またやっちゃった」
兄「どうしたの」
妹友「これから妹ちゃん謝りに行きます」
兄「よしとけ」
妹友「何でですか」
兄「あいつとは長年の付き合いだからな。こういうときは言い訳すればするほどあいつは
頑なになるぞ」
妹友「それは確かに」
兄「もう少し時間をおいて、妹が冷静になってからの方がいいよ」
妹友「はい」
兄「じゃあ買出ししようぜ。あいつらは当てにならねえし」
妹友「そうですね。ねえお兄さん?」
兄「うん?」
妹友「今夜は何を食べたいですか」
兄「何でもいいよ」
妹友「何でもいいは禁止ですよ。お兄さん」
兄(こんなときだけど。こいつの笑顔って結構可愛いな。姫といい勝負なんじゃね)
456:
<図書館にて>
from:妹
to:彼氏君
sub:無題
『さっきは電話切っちゃってごめん。ちょっとお兄ちゃんと揉めてたから。何の用事だっ
た?』
from:彼氏君
to:妹ちゃん
sub:Re無題
『僕の方こそ取り込み中のところ悪かったね。明日一緒に図書館に行くって妹から聞いた
から。待ち合わせ場所は聞いたんだけど、時間とか全然決めてないみたいだから直接メー
ルしちゃった。何時にする?』
from:妹
to:彼氏君
sub:Re:Re無題
『妹友ちゃんの暴走だよ。迷惑でしょ? 無理しなくてもいいのに』
from:彼氏君
to:妹ちゃん
sub:Re:Re:Re無題
『迷惑なわけないじゃん。一緒に勉強しようよ。僕の方が年上だしわからないところがあ
ったら教えてあげる』
from:妹
to:彼氏君
sub:Re:Re:Re:Re無題
『ちょっと早いけど八時でどうですか。本当に勉強を教えてくれるの?』
from:彼氏君
to:妹ちゃん
sub:Re:Re:Re:Re:Re無題
『任せて。お兄さんと同じ大学が志望校なんだよね? ちゃんと合格圏まで偏差値を引き
上げてあげるから。じゃあ、また明日ね』
彼氏「おはよう」
妹「おはよ」
彼氏「じゃあ行こうか。ちょうど図書館の開館時間だよ」
妹「あの」
彼氏「どうしたの」
妹「今日は本当に勉強を教えてくれるだけだよね?」
彼氏「何?」
妹「え。何って」
彼氏「何心配してるの。妹からはちゃんと釘刺されてるし、君に変なことなんてしないっ
て」
妹「・・・・・・うん」
457:
彼氏「さすがに休日の朝一だと場所取りも簡単だね」
妹「うん」
彼氏「本当にごめんね。手までつながせちゃって。嫌だったでしょう」
妹「・・・・・・あたしの方こそ。迷惑でしょ?」
彼氏「そんなことないって。じゃあ、勉強始めようか。妹ちゃんの場合はとりあえず理系
科目の対策かな」
妹「はい」
彼氏「正直言って君のお兄さんの大学はそんなにレベルは高くない。地方国大だし」
妹「・・・・・・そうなの?」
彼氏「うん。まあ、皆はバカにして駅弁大学っていうんだけどね」
妹「・・・・・・」
彼氏「あ。でもね、君の成績だとそこすら合格するのは危うい。駅弁っていったってセン
ター試験は通過しなきゃいけないし、妹ちゃんって数学とか理科とか苦手でしょ」
妹「うん」
彼氏「数?はいらないけど数?Bはもう少し理解しないとね」
妹「・・・・・・そうだね」
彼氏「正直、君みたいな子があんな駅弁大学に行く必要なんかないと思うけどね。富士峰
女学院大学に内部進学すればいいじゃん。あそこならすぐにハイスペックな彼氏とか結婚
相手だって見つかると思うし」
妹「でもあたしはあの大学に行きたいの」
彼氏「だったら甘えてないで必死で偏差値を上げないと」
458:
彼氏「少し休憩しようか」
妹「はい」
彼氏「中庭のベンチに行こうよ」
妹「うん」
彼氏「妹ちゃんって真面目だよね。正直こんなに集中してもらえるとは思わなかった」
妹「そんなことないけど」
彼氏「いろいろ厳しいこと言ってごめんね。でもさ、引き受ける以上は安請け合いしたく
なかったんだ。本当に妹ちゃんには志望校に受かって欲しいから」
妹「彼氏君が謝ることなんてないよ。あたしの方こそ、さっきは変なこと言ってごめんな
さい」
彼氏「いや。当然の心配だと思うよ。確かに僕は妹ちゃんに告った。情けないことに妹友
経由だけど。でも君はすぐには返事できないって言ったでしょ」
妹「ごめんなさい」
彼氏「いやそうじゃないよ。責めてるんじゃないんだ。本当なら静かに考えてもらいたい
時期に、一日僕と付き合わされるなんて君にとってはいい迷惑だよね」
妹「・・・・・・」
彼氏「でも、できればうちの妹のことは恨まないでやってほしい。あいつは僕の気持ちを
考えただけで」
妹「そうじゃないよ。妹友ちゃんはあたしとお兄ちゃ」
彼氏「だから今日は勉強を徹底的に教える。厳しくもする。それが君の合格のためだか
ら」
妹「・・・・・・うん」
彼氏「たださ。一つだけ妹ちゃんにお願いがあるんだ」
妹「え? 何ですか」
459:
彼氏「妹ちゃんが僕のことを受け入れてくれるか、それとも拒否するのかは結論が出るま
ではいつまでだって待つよ」
妹「ごめんなさい」
彼氏「いや。君を責めてるんじゃないんだ。たださ、一つだけお願いを聞いてくれないか
な」
妹「何?」
彼氏「うちの妹のことなんだけど」
妹「妹友ちゃん?」
彼氏「すごく言いづらいんだけど。何かさ、あいつ僕のことを好きみたいで」
妹「そんなの前からわかってるよ。妹友ちゃんはブラコンじゃない」
彼氏「そんな軽いものなら悩まないんけどね」
妹「どういうこと?」
彼氏「最近、朝起きるといつも妹が僕のベッドで一緒に寝ている」
妹「うん」
彼氏「二人で外出するとやたらに僕と手をつなごうとしたり、抱きついてきたりする」
妹「ええと」
彼氏「びっくりしたでしょ。僕だってそうだよ。最近じゃあ、両親までおまえたち兄妹は
ちょっと仲良くしすぎだとか真顔で注意するようになったし」
妹「そうなんですか」
彼氏「あり得ないでしょ? 実の兄貴のベッドに潜り込んだり実の兄貴と外出中に抱きつ
いてきたりとか」
妹「そうかなあ」
彼氏「そうだよ。妹ちゃんとお兄さんだったらそんなことはないでしょ」
妹「・・・・・・」
460:
<彼氏君のことを好きになってたかも>
彼氏「だから君にお願いがあるんだ」
妹「何ですか」
彼氏「敬語やめてよ。君が中学生の頃からの付き合いなのに」
妹「お願いってそれ?」
彼氏「そんなわけなでしょ。君ってもしかして偏差値以上にばか?」
妹「・・・・・・」
彼氏「ごめん。そうじゃないんだ。僕は妹の僕への不毛な恋愛感情を諦めさせたい」
妹「・・・・・・うん」
彼氏「君が僕の告白にどう返事してくれるかはいつまででも待つよ。でもさ、結論が出る
間だけでもいいから、僕の彼女の振りをしてくれないかな」
妹「はあ? 別にそんなのあたしじゃなくても」
彼氏「頼むよ。僕だって妹は可愛いし、あいつの将来を歪めたくないんだ」
妹「でも、何で恋人の振りなんて」
彼氏「朝の登校だって今日の図書館だってあいつが仕組んだことだろ。あいつは君のこと
は好きなんだよ。他の子じゃだめなんだ。君なら妹だって納得して身を引くと思う」
妹「だってそんな。妹友ちゃんをだますなんてできないよ」
彼氏「でも、それがあいつのためなんだ」
妹「・・・・・・」
彼氏「頼む。このとおり」
妹「ちょっと。頭を上げてよ。周りの人が見ているじゃないですか」
彼氏「ごめん」
妹「・・・・・約束して」
彼氏「え」
妹「妹友ちゃんの前以外では恋人ごっこはなし。あたしのお兄ちゃんとか他の友だちとか
に、あたしたちが恋人同士だなんて誤解させるようなことは絶対しないって」
彼氏「約束するよ」
妹「それ、妹友ちゃんにもうまく言ってもらえないかな」
彼氏「・・・・・・だってあいつのために彼女ができた振りをするのに、あいつに言っちゃった
ら」
妹「うまく言って。しばらくは秘密にしたいとか大事に付き会いたいとかって」
彼氏「・・・・・・わかった。何とかする」
妹「それなら・・・・・・。いいよ。何か自分を省みると複雑な心境ではあるけど」
彼氏「どういう意味?」
妹「何でもない。彼氏君の彼女役やるよ。妹友ちゃんのためなら」
461:
彼氏「ありがとう。本当にありがとう」
妹「もういいって」
彼氏「この先、本当に妹ちゃんに振られたとしても、今日の恩だけは絶対に忘れないよ」
妹「だからいいって。でも恋人ごっこって具体的には何をするの」
彼氏「図書館でデートする」
妹「図書館で?」
彼氏「うん。本当にデートするんじゃ妹ちゃんに悪いし、かといってデートしなきゃ妹友
に怪しまれるだろうし」
妹「妹友ちゃん、傷付かないかな」
彼氏「傷付くかもしれないな」
妹「そんなのかわいそうじゃん」
彼氏「あいつは可愛いし頭もいい。実の兄貴なんかに夢中になって青春を無駄にする方が
よっぽどかわいそうだよ」
妹「・・・・・・へえ」
彼氏「何?」
妹「彼氏君って本当に妹友ちゃんのこと大切にしてるんだ」
彼氏「変なこと言わないでよ」
妹「ちょっと見直しちゃった」
彼氏「ありがと」
妹「で、毎回図書館はいいけど、ここで何するの」
彼氏「せめてものお礼に妹ちゃんの偏差値をお兄さんの大学を狙えるとこまで持ってい
く」
妹「・・・・・・本当に優しいんだね」
彼氏「そんなことないよ」
妹「あたし、悩んでいるんだけど。でもその悩みの人がいなかったら彼氏君のことを好き
になってたかも」
彼氏「・・・・・・声が小さくてよく聞こえなかった。でも何か僕のことを好きになったって
聞こえたような」
妹「違うよ。忘れて」
彼氏「でも」
妹「条件追加。今のは忘れること。いい?」
彼氏「・・・・・・了解」
469:
<新婚の夫婦みたい>
妹友「ここってお魚が異様に充実してますよね」
兄「海辺だし漁港も近いからかな」
妹友「・・・・・・どうしますか。何を作ればいいのかな」
兄「何でもいいって」
妹友「だって・・・・・・。妹ちゃんも食べるんだし」
兄「あ。そうか」
妹友「・・・・・・」
兄「そうだよな。じゃあ俺が決めるよ。それならおまえが文句を言われこともないだろ
う」
妹友「そういうことじゃないですけど。でも、お兄さんの好きなのを作りたいです」
兄「ありがと。じゃあ何か魚が食いたい」
妹友「何がいいですか。あと、どういう風にしましょうか。焼き魚?」
兄「いっぱいあるからなあ。ちょっと一緒に選ぼうよ」
妹友「・・・・・・うん」
兄「お、この赤いのって」
妹友「金目鯛ですよ。お昼に食べたじゃないですか」
兄「俺とおまえは伊勢海老だったじゃん」
妹友「お兄さんは妹ちゃんの金目鯛食べてたでしょ」
兄「そうだった」
妹友「・・・・・・こんなときに言うのもなんですけど」
兄「どうかした?」
妹友「お兄さんと一緒にお買物とかって、何か新婚の夫婦みたい」
兄「・・・・・・変なこと言うなよ」
妹友「そうですよね。ごめんなさい」
兄「これにしようか」
妹友「それはアジの開きです。でも、明日の朝ご飯用に買っておきましょうか」
兄「朝食に?」
妹友「ええ。お兄さんは朝は和食派でしょ?」
470:
兄「朝もおまえが作ってくれるの」
妹友「はい。妹ちゃん次第ですけど」
兄「悪いな」
妹友「ううん。今朝は妹ちゃんに作ってもらっちゃったし、お料理は好きですから」
兄「じゃあ、これは?」
妹友「穴子? ですね」
兄「さすがにこれは無理か」
妹友「あ。でもそこで捌いてくれるって」
兄「これってどうやって食べるの」
妹友「煮つけとか、甘辛く煮て穴子丼にするとかかな」
兄「おお。穴子丼いいね。食いたい」
妹友「じゃあ、これにしましょう。さばいてもらえるならあたしでも料理できます」
兄「よし。あと買うものは」
妹友「お米もお味噌もあったし、あとサラダを作りたいので野菜とドレッシングだけ買っ
ておきましょう」
兄「野菜売り場はあっちにあったぞ」
妹友「行きましょ」
兄「・・・・・・ええと」
妹友「だめですか?」
兄「いや。別にいいけどさ。ちょっとカートが押しづらいかな(腕に抱きつかれた)」
妹友「お願い」
兄「・・・・・・何でそんなに必死なの」
妹友「妹ちゃんの前ではしませんから」
兄「別にそんなことは」
妹友「行こ」
兄「・・・・・・」
471:
兄「野菜って何買うの?」
妹友「レタスでいいですか」
兄「何でもいい。つうか野菜は別になくてもいいくらいだ」
妹友「だめですよ」
兄「笑うなよ・・・・・・ってあれ」
妹友「・・・・・・」
兄「喧嘩してる?」
妹友「お兄ちゃんと妹ちゃんが何か言い合ってますね」
兄「どう考えても喧嘩だな」
妹友「止めますか」
兄「・・・・・・いや。放っておこう」
妹友「お兄さんが妹ちゃんのこと放っておくなんて珍しい」
兄「痴話喧嘩に兄貴が入ってもな」
妹友「まあそうですけど・・・・・・」
兄「兄貴のことが心配か?」
妹友「・・・・・・そうじゃないですけど。まあ、でもそうですね。心配したってしかたない
か」
兄「行こうぜ」
妹友「はい」
兄「これでだいたい揃ったか」
妹友「ええ。今夜と明日の朝はこれで大丈夫です」
兄「そういや明日はどうするんだろ」
妹友「明後日は帰るので丸一日遊べるのは明日が最後ですね」
兄「何か予定聞いてる?」
妹友「いえ」
兄「全くどうしようもねえな。予定立てていたやつがへそを曲げるわ誰彼となく喧嘩する
わじゃ。いっそ勝手に予定立てちゃうか」
妹友「・・・・・・そういうわけには」
472:
<仲直り>
兄「清算もしたしそろそろ帰るか」
妹友「そうですね。あ、荷物一つ持ちます」
兄「大丈夫だよ。それより」
妹友「まだ喧嘩しているんでしょうか」
兄「困ったな。これじゃ帰るに帰れん」
妹「ごめん」
兄「ああ、来たか」
妹「妹友ちゃんもごめんね」
妹友「え? ああ、とんでもない。あたしの方こそごめん」
兄(何なんだ)
妹「本当にごめん。ちょっと妹友ちゃんを恨んじゃったけど、誤解だった」
妹友「ええと」
妹「許してくれる」
妹友「うん。もちろん」
兄「おまえら今日は喧嘩したり仲直りしたり忙しいな」
妹「ふふ。本当だ」
妹友「言われてみれば確かにそうですね」
兄「ついでに姫も彼氏君と仲直りしちゃえよ」
妹「見てたの?」
兄「あれだけ派手にやってれば見たくなくても見えちゃうって」
妹「そうか」
妹友「妹ちゃん・・・・・・」
兄「妹友と彼氏君の喧嘩だってうやむやになったことだし、おまえも」
妹「仲直りはしないよ」
兄「そもそも何で喧嘩なんかしたんだよ」
妹「言いたくない」
兄「だってまだ旅行中なのに雰囲気が悪くなるだろうが」
妹「別にもう騒がないから大丈夫。でも彼氏君とは二人きりにはならない」
兄「困ったな」
473:
妹友「まあしかたないです。別行動するときは、お兄ちゃんとはあたしかお兄さんが組む
ことにしましょう」
妹「ごめんね」
妹友「ちょっとお兄ちゃんを探してきます。妹ちゃんは助手席に座っちゃって」
妹「うん」
妹友「少し待っててくださいね」
兄「了解」
妹「・・・・・・さっきはごめん」
兄「まあいいけど」
妹「ねえ」
兄「うん?」
妹「いろいろな人といろいろな場所に行ってもさ」
兄「ああ」
妹「やっぱり一番安らいで一番あたしらしくいられる場所って、やっぱり家族のところな
んだよね」
兄「それはわかるけど。でもそんなことを決め付けるのはまだはえーよ。おまえも俺も」
妹「ううん。そんなことないよ。あたしにはわかるもん。この先、大学に入っても就職し
ても、やっぱり自分の本当の居場所はうちの家庭だけだって」
兄「子どもってのはな。いつかは家族から独立して新しい家族を作るもんなの」
妹「普通はそうなんだろうね」
兄「(こいつの家族好きは今に始まったことじゃないが、何か今日は極端だな)まあ、彼
氏君とだってすぐに仲直りできるよ」
妹「そういう問題じゃない・・・・・・それに、あたしだって努力はしてみたのよ」
兄「努力って」
妹「でも全然だめだ」
兄「意味わかんねえよ」
妹「本当にわからない?」
474:
兄「うん」
妹「あたしさ。たまに思うんだけど、お兄ちゃんってあたしとは違って別にうちの家族の
ことにはそんなにこだわってないよね」
兄「そんなことはない。普通に家族のことは大事だけど。特に姫のことは」
妹「そうかなあ。一人暮らし始めた時だって別に問題なく環境に溶け込んだでしょ? す
ぐに彼女まで作ったし」
兄「いや、あれは。姫に振られたから」
妹「一月の間、あたしにもパパとママにも電話もメールもしてこなかったよね」
兄「まあ、そうだけど」
妹「お兄ちゃんはあたしのことを好きだって言ってくれたけど、本当はあたしがお兄ちゃ
んを想うほどにはあたしのことなんか好きでも大切でもないんじゃないの」
兄「そんなことは絶対にない」
妹「・・・・・・もうやだ」
兄「本当にどうしたんだよ」
妹「あたしね。お兄ちゃんには彼女を作って欲しかった。それが女さんでも妹友さんでも
いいし、女友さんでもいいんだけど。でもさ、お兄ちゃんは一生独身であたしのことを見
守るって言ってたでしょ」
兄「言ったよ。でも、おまえに言われたよな。自分がされて嫌なことをあたしに押し付け
るなって」
妹「・・・・・・言ったよ」
兄「だから俺も前を見ようかと思いだしたとこだ。姫のことを生涯見守ることには変わら
ねえけどさ。姫が負担になるなら俺も誰かと付き合おうかと」
妹「ねえ」
兄「うん」
妹「やっぱりあれはなし」
兄「あれって?」
妹「やっぱりお兄ちゃんは彼女作らなくていいよ」
兄「あれか? 一生童貞独身のままでおまえの幸せを見続けるってやつ? おまえ、それ
は駄目だって言ったじゃん」
妹「・・・・・・だからそれキャセル」
兄「何言ってるんだよ」
妹「あたしもそうするから」
兄「おい」
妹「前に一度言ったじゃん。お互いに彼氏彼女なんて作らないで一生一緒にいようよって。
お兄ちゃん。もうずっとあたしの側にいてよ」
兄「それって」
妹友「遅くなってごめんなさい」
彼氏「本当にすいませんでした」
兄「いや。別にいいよ。じゃあ帰ろうか」
475:
<俺は全てを失ったと思っていたから>
兄「なあ」
妹「何」
兄「さっきの話だけど」
妹「今はだめ。彼氏君と妹友ちゃんもいるし」
兄「そうだよな。悪い」
妹「今夜寝る前に、ね?」
兄「・・・・・・うん」
妹友「妹ちゃん」
妹「あ、うん」
妹友「勝手に今夜の夕食のメニュー決めちゃった。ごめんね」
妹「ううん。あたしこそ手伝いもしないで全部任せちゃってごめんね」
妹友「今日ね。穴子を買ったの。それで穴子丼を作ろうかと」
妹「おおいいね。手伝うから作り方教えて」
妹友「妹ちゃんに教えることなんてないって」
妹「そんなことないよ。妹友ちゃんって穴子好きなの?」
妹友「うん。それにお兄さんが食べたいって言ってくれたから」
兄「・・・・・・(このタイミングで)」
妹「そうなんだ。お兄ちゃんが穴子が好きだなんて全然知らなかったよ」
兄「好きというか、一度食べてみたいというか」
妹「・・・・・・」
妹友「妹ちゃん?」
妹「ごめん。ちょっとぼうっとしちゃった」
476:
兄「ご馳走様でした。いや、おいしかったよ」
妹友「そんな。無理して誉めてくれなくてもいいのに」
兄「いや。マジでうまかった。今度母さんに作ってもらおう」
妹友「妹ちゃんに作ってもらえばいいじゃないですか」
妹「やだよ。こんなの面倒くさい」
妹友「もう。素直じゃないなあ」
兄「じゃあ、俺風呂沸かしてくる」
妹友「お願いします。あたしたちは洗い物しちゃいますから」
妹「風呂沸かすってスイッチ押すだけでしょうが」
兄「ちげえよ。浴槽の掃除とか水を張るとかいろいろあんだよ」
妹「全部今朝のうちにしてあるよ。あとはスイッチ押すだけだって」
兄「・・・・・・言ってくれれば俺がしたのに」
妹「お兄ちゃんなんかに期待してないよ」
彼氏「あのさ。僕だけ何にもしないのも悪いし、洗い物手伝ってもいいかな」
妹「・・・・・・」
兄(おい。無視かよ)
彼氏「いや。かえって迷惑ならいいんだけど」
妹「・・・・・・」
兄「男じゃかえって邪魔になるらしいぜ。彼氏君、風呂の支度手伝ってくれ」
彼氏「あ、はい」
妹「お風呂のスイッチを二人で押すの? ばかみたい」
妹友「妹ちゃん・・・・・・」
兄「あのさあ」
彼氏「・・・・・・はい」
兄「俺言ったよね? 妹を泣かせたらマジ殺すって」
彼氏「はい」
兄「じゃあ何で妹と喧嘩してんだよ。何で妹があんなに落ち込んでるんだよ」
彼氏「・・・・・・」
兄「何とか言えって」
彼氏「本当は僕もお兄さんに全部話して相談したいんです」
兄「おう任せろ。何でも聞いてやるぞ」
彼氏「でも駄目なんですよ」
兄「何で?」
彼氏「約束ですから。妹ちゃんとした約束は守らないといけないですから」
兄「約束?」
彼氏「はい。うっかり破っちゃったんでさっきも妹ちゃんに怒られたばかりだし、これ以
上約束を破って話すわけにはいかないです」
兄「何なんだよいったい」
477:
妹「お待たせ。お兄ちゃん」
兄「ずいぶん早かったな。ちゃんと体洗ったのか」
妹「洗ったよ。つうかお兄ちゃんのエッチ」
兄「何でだよ」
妹「妹に向って体とか言わないでよ」
兄「・・・・・・俺がシスコンであることは認めるけど、それはいくら何でも自意識過剰だろ」
妹「何よ。こういう会話をあたしとできることが嬉しいくせに」
兄「・・・・・・確かにな」
妹「え」
兄「確かに嬉しい。おまえに告って振られたときさ、俺は全てを失ったと思っていたか
ら」
妹「そうなの?」
兄「ああ。おまえさっき言ってたろ? 俺は別にうちの家族のことにそんなにこだわって
ないって」
妹「言ったよ。だってそうじゃん」
兄「全然ちげえよ。俺だって寂しくてたまらなかったよ。実家に帰りたくてさ。でも、自
分のせいで姫との関係を壊して、父さんたちにもとても言えないことをやらかしたんだ
ぞ」
妹「何よ。あたしがお兄ちゃんを振ったせいだって言いたいの?」
兄「んなこと言ってねえだろうが」
妹「じゃあなんで」
478:
兄「告って振られたけど一応これまでどおりに振る舞おうとは思ったさ。でもできねえも
ん。おまえを見るだけでつらくてさ。つらいって言っても俺が失恋したことじゃねえぞ。
俺を振ったことでおまえが傷付いているのを見るのがつらくて」
妹「・・・・・・お兄ちゃん?」
兄「だからもういいだろ。俺は好きにする。彼女を作るかどうかはわかんないけど、とに
かく俺はいい兄貴としておまえを見守る。もうそんでいいじゃんか。彼氏君のことを俺が
応援したっていいじゃんかよ。これ以上、俺にストレスを与えないでくれよ」
妹「・・・・・・ごめん」
兄「あ、悪い。ついエキサイトしちゃった」
妹「ごめん」
兄「いや。今のは俺が悪いんだ。勝手に自分の感情を姫にぶつけただけだし」
妹「お兄ちゃん?」
兄「ああ」
妹「・・・・・・もういいじゃん。あたしたちは二人ともよく頑張ったよ。でもこのあたりがあ
たしたたちの限界だったんだよ」
兄「何言ってるの? おまえ」
妹「もうよそう。そろそろ現実を受け入れようよ。あたしとお兄ちゃんはきっと最初から
お互いに他の人じゃ駄目だったんだよ」
兄「・・・・・・え」
妹「お互いに恋人なんか作らないでいつまでも兄妹で一緒にいる運命だったんだよ」
兄「お互いに一人身でか?」
妹「・・・・・・・あのさ」
兄「・・・・・・」
妹「あたし、お兄ちゃんの彼女にはなれないけど。でも、お兄ちゃんが辛いならできるこ
とはするから」
兄「(ふざけんなよ)おい、よせ」
妹「キスしよ」
兄「おいちょっと(何で服を脱いでるんだよ!)」
483:
<お兄ちゃんが好き>
兄「ちょっとよせって」
妹「・・・・・・」
兄「マジやばいって。つうかおまえ上半裸じゃんか」
妹「・・・・・・」
兄(ゆ、夢にまでみた姫の)
兄「(いやそんなこと言ってる場合か)もうやめ。服着ろ」
妹「何でよ」
兄「何でって」
妹「お兄ちゃんに一生彼女作らないでなんてひどいこと言ったんだもん。できることはす
るよ」
兄「何言ってるんだおまえ」
妹「姫って言ってよ」
兄「あのさあ」
妹「彼女なんか作らないでずっとあたしと一緒にいて」
兄「・・・・・・」
妹「でも一生その・・・・・・ど、童貞じゃなくてもいいんだよ」
兄「・・・・・・」
妹「何か言ってよ。それともあたしの身体なんかに興味ないの?」
兄「抱きつくなよ(いろいろとやばい)」
妹「お兄ちゃん」
兄「う。何すんだよ」
妹「そういうときは鼻で息するといいよ」
兄「おまえさあ」
妹「何よ」
兄「俺とは付き合えないんじゃなかったのかよ」
妹「そうだよ。兄妹で付き合えるわけないでしょ」
兄「じゃあいったいおまえは何をしたいんだよ」
妹「だってお兄ちゃんに彼女ができたらあたしと一緒にいてくれないでしょ」
兄「ずっと姫の側にいるって」
妹「嘘つき」
484:
兄「何で嘘だよ」
妹「だってそうじゃん。今日だって妹友ちゃんとずっと一緒にいたし」
兄「あれは姫と彼氏君に遠慮したんだよ。妹友だってそうだ」
妹「もう彼氏君とは別れる。だからもう変な遠慮はしないで」
兄「おまえなあ。俺のためにならやめとけよ。彼氏君が気の毒だろうが」
妹「ねえ」
兄「今度は何? もう寝ようぜ」
妹「妹友ちゃんから告白されたの?」
兄「(・・・・・・姫には嘘はつけねえ)多分、そんな感じ」
妹「妹友ちゃんと付き合うの?」
兄「まだ返事はしてないよ」
妹「・・・・・・」
兄「姫?」
妹「好き」
兄「え? 好きって・・・・・・え」
妹「お兄ちゃんが好き」
兄「ちょっと」
兄(ようやく服を着せ寝かしつけたけど)
兄(・・・・・・確かに最初は俺の気持悪い告白から始まったことには違いない)
兄(でも、あれから反省もした。彼女も作ったし別れもした。最初の一月を除けば妹のこ
とを放置だってしていないはず)
兄(好きって)
兄(付き合えないけど兄としては大好きって意味だろうけど。そもそもキスしいてる時点
でおかしいじゃんか)
妹『一生彼女は作らないであたしと一緒にいて』
妹『でも一生その・・・・・・ど、童貞じゃなくてもいいんだよ』
妹『何か言ってよ。それともあたしの身体なんかに興味ないの?』
485:
兄(・・・・・・あれってつまりそういう意味だよな)
兄(付き合う気がないのに何であんなことまでしようとしたんだろ。しかも好きって)
兄(まあ、姫もいろいろ悩んで混乱してるんだろう)
兄(だから俺はあれを真に受けちゃいけないんだ。むしろ優しく姫を諌めなきゃいけな
い)
兄(とりあえず妹友と女のことは保留だ。ひどい仕打ちだしそれで嫌われてもしかたな
いけど)
兄(姫がここまで思い詰めているんだ。俺くらいは側にいてやらないと)
兄(・・・・・・泣きつかれたのかよく寝てる)
兄(・・・・・・しかし綺麗だったな)
兄(今さらだけど肌白いし華奢だし。胸は小さいけど、美少女ならそれすらも武器にしち
ゃうんだな)
兄(いかん。思い出すといろいろやばい。もう寝よう)
兄「おやすみお姫様」
妹「ほら起きてお兄ちゃん」
兄「うん? もう朝?」
妹「こら寝ぼけるな。朝ごはんだからさっさと起きて顔洗って」
兄「わかった(何か普通な態度だな。吹っ切れたのかな)」
妹「ほら早く」
兄「・・・・・・うん(いかん思わず姫の胸に視線が)」
妹「・・・・・・」
兄「じゃあ歯磨きしてこよ」
妹「お兄ちゃんどこ見てんの」
兄「あ、悪い」
妹「エッチ」
兄「いやその」
妹「・・・・・・もしかして思い出してるんじゃないでしょうね」
兄「・・・・・・」
妹「何とか言え。つうか今すぐ忘れなさい」
兄「無茶言うなよ」
妹「もう。さっさと顔洗ってこい」
兄「うん」
妹「だから。人の胸ばっか見つめてるんじゃないの」
兄「すまん(悩んでねえのかな。もう元気になったのか?)」
486:
<温水プールへ>
妹友「おはようございますお兄さん」
兄「おはよ」
彼氏「今日は遅いですね。運転とかで疲れましたか」
兄「うん、まあ」
妹「ほら。さっさと食べちゃってよ。早く出かけたいから」
兄「わかった。って今日はどうするの」
妹「最後の日だからね。妹友ちゃんと相談したんだけど」
兄「うん」
妹「泳ぎに行こう」
兄「はい?」
妹「去年買った水着持ってきたし」
兄「さすがにまだ寒いだろ。無理無理」
妹友「違いますよ。海で泳ぐんじゃなくて大きな温水プールがあるんです。ドームの中な
んですごく大きいんですよ」
兄「植物園は?」
妹「プールの方がいいから」
兄「おまえら水着持ってるみたいだけど、俺はねえもん。彼氏君は?」
彼氏「・・・・・・」
兄「彼氏君?」
彼氏「あ、すいません。水着は持ってません」
兄「だよなあ。どうする? 別行動するか」
妹「・・・・・・」
兄「(あ、いけね。妹に睨まれた。姫を放置しないって約束したんだったな)でも、水着
ないし」
妹「買えばいいじゃん」
兄「こんな季節に売ってねえだろ。あるにしたって街中まで出ないと無理だよ」
妹友「大丈夫ですよ。さっきスマホで調べたら施設内の売店で水着が売っているそうで
す」
兄「彼氏君どうする?」
彼氏「・・・・・・」
兄「彼氏君?」
彼氏「あ、すいません。どっちでもいいです。お兄さんにお任せします」
兄「そう?」
487:
妹「こんな時期に泳げるなんて嬉しい」
兄「おまえらなあ。泳ぐなら事前に言っておいてくれればいいのに」
妹「今朝、二人で朝ごはんの支度しながら急に思いついたんだもん」
兄「全く」
妹「へへ」
兄「何だよ(今日も自然に俺の隣に座ったな)」
妹「本当は期待してるんでしょ?」
兄「期待って何が?」
妹「あたしと妹友ちゃんの水着姿」
兄「・・・・・・あのなあ」
妹「正直に言ってみ?」
兄「まあ、楽しみではあるけど」
妹「けど、何よ」
兄「昨夜もっとすごいのを見、って痛いつうか危ねえよ」
妹「だから忘れろって言ったでしょ」
兄「そんなに都合よく記憶操作なんかできるか。だいたい姫が勝手に脱い」
妹「死ね」
兄「わかったって。努力するから」
妹「全くお兄ちゃんはエッチなんだから」
兄「男なんてみんなそんなもんだ」
妹「・・・・・・ねえ」
兄「うん?」
妹「興奮しちゃった?」
兄「おまえ何言って」
妹「あたしの裸の胸を見て、思わず妹と間違いを犯しそうになっちゃった?」
兄「・・・・・・正直に言うとまあそうかも」
妹「あたしの胸なんかじゃ興奮しないって言ってたくせに」
兄「小さめだけど綺麗だった、って、おい。だから危ないからよせって。姫の方が聞いて
きたんだろう」
488:
妹「・・・・・・ねえ」
兄「もういい加減勘弁してくれ。俺が無理矢理脱がしたんじゃないぞ」
妹「違うよ。そのさ。本当に綺麗だった?」
兄「・・・・・・ああ本当だよ」
妹「じゃあ何で何もしなかったの?」
兄「姫は俺の妹だから」
妹「実の妹に告っておいて何で今さら道徳的なこと言ってるのよ」
兄「後悔したからさ」
妹「後悔って? あたしに振られたから?」
兄「違うよ。そんなのは自業自得だ。そうじゃなくて。俺が告白したことによっておまえ
からいい兄貴を取り上げておまえを悲しませたことだよ。悔やんでも悔やみきれん。だか
ら俺はもう二度といい兄貴から逸脱しないし、昨日の夜みたいな状況になっても絶対にお
まえには手を出さない」
妹「意味わかんない。日本語で言ってよ」
兄「立派な日本語だろうが」
妹「じゃあ。もし、もしもだよ。あたしがお兄ちゃんのことが大好きだって言ったら?」
兄「そんなことは前から知ってる。おまえが好きなのは俺と父さんと母さんだろ」
妹「違うよ。そうじゃなくて、もしあたしが男として異性としてお兄ちゃんのことが大好
きだって言ったら、お兄ちゃんはどうする」
兄「嘘付けって言うね」
妹「何でよ」
兄「あり得ないから。おまえが必死になってるのは俺を振ったことで兄貴を失うのが辛い
からだろ。だけどもう心配するな。おまえが結婚したってずっとおまえを見守っているか
ら」
妹「否定はしないよ。多分、自分の中ではそういう感情があったと思う。でもさ、あたし
が結婚したら、お兄ちゃんは見守ってくれるかもしれないけど、一緒にはいてくれないで
しょ」
兄「当たり前だ。新婚夫婦と一緒に暮らすなんてできるか」
妹「そう考えたら何か恐くなっちゃった。自分の人生からお兄ちゃんが消える日が来ると
思うと」
兄「心配するな。結婚したいと思うほど好きな男ができれば、俺のことなんか自然に忘れ
られるよ」
妹「そんな簡単なことじゃないんだけどなあ」
兄「いや。すごく簡単なことだよ。結婚するってそういうことだろ。いつかは家庭から旅
立って自分の家庭を新しく作るときが来るんだって」
489:
<返事はもちろんイエスだよ。喜んでお兄ちゃんの彼女になるね>
妹「あのさ」
兄「まだ納得できない?」
妹「それならあたし、結婚なんかしないもん。そうすればお兄ちゃんがずっと一緒にいて
くれるんでしょ?」
兄「またその話かよ。いつまでも家族四人で暮らすって話だろ?」
妹「何がいけないのよ。お兄ちゃん、ずっと独身であたしを見守るって言ってたじゃん」
兄「こんなことは言いたくないけどさ。おまえが大好きな父さんと母さんだって永遠に生
きていてくれるわけじゃないんだぞ。いつかは別れが来るんだよ」
妹「・・・・・・そんなのずっと先の話じゃない。今考える必要なんかないよ」
兄「まあ確かに今考える必要はないな」
妹「あたしさ。前に妹友ちゃんに言われたのね」
兄「何て?」
妹「あたしがお兄ちゃんのアパートに行って、女さんと二人でいるところを見たことを妹
友ちゃんに相談したときだけど」
兄(あ。それ確か妹友に聞いた)
妹友『何であたしから目を逸らして答えるのよ。うちの兄貴のこと好きなんでしょ』
妹『多分』
妹友『あんたねえ。あたしの兄貴をその気にしておいてそれはないでしょ。まさか、あん
た。お兄さんのことが本気で異性として気になりだしてるんじゃ』
妹『・・・・・・』
妹友『何か言ってよ』
妹『わからない。ちょっとよく考えてみる』
妹「自分でもよくわからなかったのね。でも、そのあのときは確かに女さんにお兄ちゃん
を取られたくないって思って。だから妹友ちゃんから問い詰められたときも即答できなく
て考えてみるって言ったんだけど」
兄(マジかよ)
妹「でも考えてもよくわからなかった。それからお兄ちゃんが女さんと別れて家に帰って
きてくれたから、あたしはとりあえず安心して、そのことはもうあまり考えないようにし
てたんだけど」
兄「ああ」
妹「でもさ。お兄ちゃんの学校に一緒に行って公園でデートしたり、女友さんに対抗して
お兄ちゃんの彼女の振りをしているうちにさ。何か変なんだけど」
兄「・・・・・・」
妹「とにかく楽しかったし気が楽なのよ。お兄ちゃんといると。それに彼女の振りをして
たとき、あたし本当はすごくドキドキして」
兄「おまえさ」
妹「ふと思ったの。これが恋なんじゃないかって」
兄「彼氏君のときだってそうだったんだろ」
妹「全然違うよ。ときめきもドキドキも何にもなかったもん」
兄「じゃあ何で付き合ったんだよ」
妹「それは言いたくない」
490:
兄「・・・・・・(何なんだ。いかん、こっちまでドキドキしてきた)」
妹「昨日の夜、あたしが最後に言ったこと覚えてる?」
兄「・・・・・・ああ」
妹『・・・・・・』
兄『姫?』
妹『好き』
兄『え? 好きって・・・・・・え』
妹『お兄ちゃんが好き』
兄『ちょっと』
兄「あれって兄貴として好きって意味じゃねえの?」
妹「・・・・・・」
兄「えと」
妹「後ろの二人は?」
兄「寝てるよ。昨日よく眠れなかったのかな」
妹「じゃあ、言うね」
兄「言うって何を」
妹「お兄ちゃんの告白に対する返事」
兄「それはもう聞いた」
妹「前のは取り消し。あとお兄ちゃんにも彼女を作って欲しいというのも取り消し」
兄「・・・・・・」
妹「お兄ちゃん。返事をやり直すね」
兄「おまえは何を言って」
妹「お兄ちゃん。あたしを好きになって告白してくれてありがとう」
兄「ちょ、おま」
妹「返事はもちろんイエスだよ。喜んでお兄ちゃんの彼女になるね」
491:
妹友「お兄さん、あっちにウォータースライダーがありますよ」
兄「そうだね」
妹友「一人じゃ恐いので付き合ってください」
兄「ええと。妹も行く?」
妹「あたしはいいや。流れるプールでぷかぷか浮いてるから」
兄「そう?(くそ。こんなときなのに姫の水着姿から目が離せねえ)」
妹友「お兄さん。ちょっと妹ちゃんをガン見し過ぎです」
兄「ち、違うって」
妹「お兄ちゃんは昔からエッチだからね。妹友ちゃんも気をつけてね」
妹友「え?」
兄(だから胸を隠すな。隠すほどもないくせに。でもこいつも可愛いな)
妹友「ちょっと、あまりじろじろ見ないでください」
兄「見てねえよ」
妹「早く行っておいで。戻ったらお昼にしよ」
妹友「うん。あそこのレストランは水着のまま入れるんだって」
妹「いいね」
妹友「じゃ。ちょっとお兄さん借りるね」
妹「どうぞー」
兄(妹はさっきの告白で吹っ切れたみたいだ)
妹『返事は急がないよ。お兄ちゃんだって今は悩みも多いだろうし』
兄『おま、おまえ。あのとき俺のこと振ったくせに』
妹『だからあれはリセット。なかったことにしたの』
兄『おまえ、無理して言ってるだろ』
妹『無理なんかしてない。悩んだ末の結論だもん』
兄『俺はどうすればいいんだよ。せっかくいい兄貴になることにしたのに』
妹『お兄ちゃんには女さんと妹友ちゃんもいるんだから、よく考えればいいよ。その選択
肢の中にあたしも入れておいてくれればそれでいい』
兄『・・・・・・マジかよ』
妹友「あ。妹ちゃんが男の人に囲まれてますよ。あれちょっとやばいんじゃ」
兄「行ってくる」
妹友「あ。お兄ちゃんだ」
兄「彼氏君?」
492:
<父さんのおかげかな>
兄(あいつら。姫をナンパするとはいい度胸だ。ガキの頃、数年間父さんの言いつけで無
理矢理空手道場に通わされた俺の実力を見せてくれるわ)
兄(かわいそうに。妹が野郎どもに囲まれて怯えてる。あいつら絶対許さん)
兄(彼氏君が野郎どもに話しかけているけど、おとなしく話を聞く玉じゃねえだろ、あい
つら)
兄(あ。彼氏君が男の一人に殴られた!)
兄(妹が彼氏君を庇っているな。くそ。もう許さん)
兄(あいつら何人だ? 五人か)
兄(とりあえず妹を抱えているやつを潰して、間をおかずに彼氏君を殴ってるやつを何と
かしよう。多分それで残りの三人は怯むだろうから、あとは周りの客に頼んで警備員を呼
んでもらって)
兄(よし。ここまでは俺は冷静だ)
兄「姫を放せこの野郎!」
妹「お兄ちゃん!」
兄(何とか姫を捕まえていたやつはプールの底に沈めてやったけど。彼氏君救出には至ら
ず逆に俺がボコボコにされてしまった)
兄(すぐに警備員の人が来てくれて助かったけど)
兄(情けねえ。姫の前で醜態をさらしてしまった)
兄(しかし、一度自転車に乗れたら何年乗ってなくても再び乗れるって言うけど、空手は
全然駄目だな。腰の沈め方から型まで全然覚えてなかった)
兄(まあ、でも姫が無事ならそれでいい。案外、俺のこの残念な有様を見てさっきの告白
の返事も思い直すかもしれないし)
兄「って体が重い」
妹「お兄ちゃん」
兄「おう、姫。無事でよかったな」
妹「・・・・・・大丈夫?」
兄「多分平気だと思う。おまえは? 何かひどいことをされてねえか?」
妹「うん。大丈夫」
兄「よかった」
妹「お兄ちゃん、すごく格好よかったよ」
兄「やられてボコボコにされたのにか」
妹「だって向こうは五人もいたんだし。それにあたしのことは助けてくれたじゃない」
兄「姫が無事でよかったよ」
妹「・・・・・・お兄ちゃん。大好き」
兄「いやその・・・・・・泣くなよ」
妹「本当にどこも痛くない?」
兄「平気だけど・・・・・・彼氏君は?」
妹「大丈夫みたい。殴られてはいたけど」
493:
兄「あいつ、格好よかったよな。あんまり強そうには見えないけど、おまえを助けようと
必死だったもんな」
妹「・・・・・・うん」
兄「ところであのバカたちはどうなった?」
妹「警備員の人が警察を呼んで連れて行かれた。あとであたしたちからも事情を聞きたい
って」
兄「俺、どのくらい気を失ってたんだろ」
妹「十五分くらいだよ。さっきまでこの施設のお医者さんがいてくれた。もう大丈夫っ
て」
兄「そうか。妹友は?」
妹「彼氏君と一緒にいる。妹友ちゃんも彼氏君が殴られるとこを見てパニックになって大
変だった」
兄「あいつにとっては大好きな兄貴だもんな」
妹「そうだね」
兄「ここどこ?」
妹「医務室。気がついたらもう普通にここから出ていいって」
兄「じゃあ行くか。飯食ってないし」
妹「お兄ちゃん」
兄「うん」
妹「お兄ちゃん大好き。やっぱりあたしに何かあったときはお兄ちゃんが救ってくれるん
だね」
兄(妹に抱きつかれた。しかも水着姿の妹に)
妹「よくわかったよ。あたしは間違っていないって。やっぱりあたしを一番大切にしてく
れるのは世界でお兄ちゃんだけだって」
兄「彼氏君だって必死におまえを助けようとしてたんだぞ」
妹「でも、あたしを助けてくれたのはお兄ちゃんじゃん。あたしを抱きかかえてたやつ
をやっつけてくれて」
兄「・・・・・・父さんのおかげかな」
妹「どうして?」
兄「俺が昔、空手道場のジュニアコースに無理矢理入れられたの覚えてない?」
妹「覚えてるよ。お兄ちゃんすごく嫌がってたね」
兄「正直苦痛だった。空手なんかに全然興味なかったから」
妹「じゃあ、何で通ってたの」
兄「父さんに言われたから。何かあったとき、おまえが妹姫を守れるようになれって」
妹「・・・・・・」
兄「まさか、こんなに後になって役立つとは思わなかったけどな」
妹「・・・・・・もう無理」
兄「へ?」
妹「もう無理。もう無理だよ。お兄ちゃん、大好きだよ。キスして」
兄「おいって」
妹友「妹ちゃん、お兄さんは大丈夫?」
兄・妹「え?」
妹友「・・・・・・何やってるの? 二人とも」
501:
<もうやだ>
妹友「何やってるの? 兄妹同士でキス・・・・・・しかもそんな裸同然の格好で抱きあって」
兄「ちょっと待て。落ちつけよ(いけね。二人とも水着のままだった)」
妹友「むしろお兄さんの方が落ちいつた方がいいんじゃないですか」
兄「いや、その(よく考えたら俺、妹の裸の背中に思い切り触ってんじゃん。自分の方に
抱きかかえるようにして)」
妹友「・・・・・・いい加減に離れたらどうですか」
兄「あ、ああ(つうか姫が離してくれん。むしろ俺の首に回している腕に力が篭もったし)」
妹友「もうやだ」
兄「ちょっと待て。これは違うんだ(逃げちゃった。追いかけて誤解を)」
妹「行かないで」
兄「え?」
妹「行っちゃだめ」
兄「だって妹友の誤解を」
妹「誤解なの?」
兄「・・・・・・だってよ」
妹「抱きついてキスしたのはあたしだよ。でも、お兄ちゃんの手だってあたしを肌に触れ
ている。あたしを抱きよせてくれてるじゃない」
兄「・・・・・・(そのとおりだ。姫に抱きつかれたとき、俺は姫を抱き寄せた。どんなに自分
に、そして妹友に言い訳したってこれだけは本当のことなんだ)」
妹「妹友ちゃんには悪いことしちゃったけど」
兄「・・・・・・うん」
妹「これからもっといろいろ大変なこととか嫌なこととかあると思うけど」
兄「・・・・・・どういうこと?」
妹「お兄ちゃんがもう一度あたしに告白してくれるなら、あたしはそれでもいい」
兄「俺・・・・・・」
妹「ごめんねお兄ちゃん」
兄(耳元で囁く姫の声)
兄(一時期はあれほど望んでいたことなのに)
兄(何でこんなに不安なんだろう。それでもようやく俺の腕の中に入った姫のことを俺
は・・・・・・)
502:
妹「もう一度キスして」
兄(それでも妹には逆らえる気がしねえ)
妹「・・・・・・お兄ちゃん」
兄「うん」
妹「とっても素敵なキスだったよ」
兄(こんなこと言う子だっけ? 姫って)
妹「大切な人はやっぱり身近にいたんだね」
兄「何それ。青い鳥?」
妹「ふふ」
兄「何だよ(俺の胸に顔を埋めた。姫の髪の感触が俺の裸の肌をくすぐって。ちょっとや
ばいかも)」
妹「・・・・・・大好き」
兄「(ちくしょう可愛い・・・・・・が何とか冷静になるんだ)姫って、俺とは付き合えないの
かと思ってたよ」
妹「ごめん。でもあのときの返事はなしって言ったでしょ?」
兄「そうだけど」
妹「お兄ちゃんに抱かれてるとドキドキするんだけど、それでもなんか落ちつく。すごく
安心する」
兄「姫(我慢できねえ)」
妹「・・・・・・それはちょっと痛いかな」
兄「ごめん(すべすべしてた)」
妹「いいよ。でもそろそろここ出ないと医務室の人に変に思われちゃう」
兄「じゃあ行くか」
妹「どこも痛くない?」
兄「平気」
妹「よかった。お兄ちゃん。妹友ちゃんには悪いけど、今日はもうずっとあたしと一緒に
いて」
兄「・・・・・・そうする(流されてるな俺)」
503:
妹「お兄ちゃん」
兄「ああ」
妹「お昼どうする?」
兄「水着で入れるレストランに行くんじゃなかった?」
妹「でも・・・・・・妹友ちゃんたちは?」
兄「そういや見当たらないな」
妹「先に行っちゃっていいのかな」
兄「携帯はロッカーの中だしなあ。少し探してみるか」
妹「そうだね」
兄(予想どおり姫に密着された。嬉しいけど何か複雑な気分だ)
兄(彼女を作る作らないに関わらず俺はずっと姫を見守る気になっていたし、そのこと
は姫にも伝わっていたはず)
兄(それなのに昨日の夜は・・・・・・服まで脱いで)
妹『お互いに恋人なんか作らないでいつまでも兄妹で一緒にいる運命だったんだよ』
兄「お互いに一人身でか?」
妹『あたし、お兄ちゃんの彼女にはなれないけど。でも、お兄ちゃんが辛いならできるこ
とはするから』
兄(最初はこうなって。そんで次に)
妹『・・・・・・』
兄『姫?』
妹『好き』
兄『え? 好きって・・・・・・え』
妹『お兄ちゃんが好き』
兄『ちょっと』
兄(それでさっき、前にした告白の返事のやり直しをされた。俺とは付き合えないんじゃ
なかったのかよ。つうか、お互いに一生独身で一緒にいるのと、俺の彼女になるって言う
のって意味としては全然違うと思うんだけど)
兄(妹も混乱してるんだろうか)
兄(妹友にも女にもずるずるってわけにはいかないよな)
兄(どうしたもんか)
504:
<姫を自分だけのものにしたい>
妹「いないねえ」
兄「どこ行ったんだろうな。いくら大きなプールっていったって見逃すほどの規模でもね
えのにな」
妹「迷子の放送をお願いしてこようか」
兄「子どもじゃないんだから」
妹「じゃあどうするのよ。さすがに勝手に食事しちゃうわけにもいかないじゃん」
兄「・・・・・・じゃあ更衣室に行って携帯で電話してみるよ。これだけ探していないんだ。ひ
ょっとしたらもう着替えて外に出てるのかもしれないし」
妹「あたしたちに黙って勝手に?」
兄「・・・・・・」
妹「・・・・・・そうだね」
兄「それくらいのことをしちゃったんだし。しかも最中を見られたし」
妹「うん」
兄「いやさ。別に姫を責めてるわけじゃないぞ? 俺だって正直に言うと長年の夢がかな
ったみたいで嬉しかったし、姫に応えて、その、姫を抱きしめたりとかしちゃったし」
妹「本当に嬉しかった?」
兄「まあな」
妹「・・・・・・」
兄「・・・・・・いやあの。別に深い意味はなくて」
妹「お兄ちゃんの長年の夢って何? 正直に聞かせて」
兄「(嘘は言えねえな。たとえ姫にドン引きされても)姫のことだけどさ」
妹「あたしのこと?」
兄「ああ。昔からそうだった。姫がまだ小学校低学年の頃から。まあ、多分そうだった」
妹「ちゃんとわかるように言ってよ」
兄「昔からそうだったんだよ。姫を自分だけのものにしたいって、姫の心も身体も全部俺
だけのものにしたいって思ってたよ。姫は自分の実の妹なのにな」
妹「・・・・・・そうか」
兄「おまえ可愛かったからね。見た目も性格もさ。そんな子が身近に家庭にいるんだぞ。
姫が中学生の頃さ、おまえは無邪気に俺にまとわりついていたけど。もう少しで襲い掛か
りそうになったことなんか何度でもあったよ」
妹「・・・・・・何で襲わなかったの」
兄「それだと姫の心までは奪えないからな。姫の身体だけ奪ったって意味ないんだよ。だ
から我慢してた。オナニーはしてたけど」
妹「そういやあたしの名前を呼びながら変なことしてたよね、あのときも」
兄「おまえにはそんなこと許可してないとかって言われたけどな」
505:
妹「そうだった」
兄「正直ドン引きだろ? 姫が慕ってきた大好きな家族の一人がおまえに欲情を抱いてた
なんて知ったら」
妹「そんなことないよ。いまさら何言ってるの」
兄「・・・・・・だってよ」
妹「あたしの名前を呼びながら変なことしてた時点でそんなことはわかってたって」
兄(うん? そういやあれを見られたときの姫ってわりと落ちついてかな)
妹「それで?」
兄「それでって。まあ自分でも報われない想いなのはわかってたけどさ。とりあえず姫に
は彼氏もいないようだったから、あの頃の俺のライバルはうざい父さんだけだったんだよ
な。まあ、彼氏君と寄り添って歩いている姫を目撃するまではだけど」
妹「彼氏君なんてどうでもいいけど、今は?」
兄「へ?」
妹「正直に話してくれたのはわかった。けど、今の気持はどうなの? お兄ちゃんだって
妹友ちゃんとか女さんとかに誘われてるんでしょ」
兄「結局さ。こうなったらどうしたって誰かを傷つけちゃうんだよな。別に俺なんかがも
てもてのイケメンみたいなことを言うのも滑稽だろうけど」
妹「そんなことはないけど」
兄「今は悩んでるさ。正直、姫に振られておまえを自分のものにすることについてはきっ
ぱりと諦めた。無理矢理そうする気なんかなかったし、そのほかの選択肢なんかなかった
から。でもさ、家族の一人をそれで失った姫を見て、告白したことを心底後悔したんだよ
ね」
妹「うん」
兄「何度も言ったことだよなこれ。しつこく言って悪い」
妹「もういいから、ちゃんと答えて」
兄「答えてるけど」
妹「そうじゃないよ。今は? あたしがお兄ちゃんの彼女になるねって言ったことを聞い
たでしょ。それで今はどう考えてるの」
兄「わからん。夢にまで見た姫の身体の方は昨晩上半身のヌードを見せてもらったし、今
日はおまえを抱きしめて姫の素肌にも触れることができた。姫の心と身体のうち身体の方
は手に入れた気になった気がした」
妹「触っただけでいいの?・・・・・・つうか、あれだけはっきり告白に返事したのにまだ理解
してくれないの?」
兄「俺の告白に応えるってことはさ。おまえの好きな父さんと母さんを裏切ったり騙すっ
てことだぞ。そこまでわかってて俺の彼女になるねとかって言ってるのか」
妹「もしかしてお兄ちゃんって、あたしのことを本当にバカだと思ってる?」
兄「何でだよ」
妹「あたしが何でお兄ちゃんの告白を一度断ったと思ってるの」
兄「それは・・・・・・。俺のことなんか好きじゃなかったか、あるいは好きかもしれないけど
近親相姦なんて無理って思ったかどっちかだと」
妹「どっちも違うよ」
兄「どういうこと?」
506:
妹「お兄ちゃんに告白されたとき、付き合えないって言ったのはね」
兄「・・・・・・うん」
妹「大切な家族の関係を壊したくなかったから。理由はそれだけ」
兄「え? じゃ、じゃあさ。俺のことが好きじゃないわけじゃ」
妹「昨日から何回も言ってるでしょ。あたしはお兄ちゃんのことが好き。異性として。昔
から」
兄「昔からって。そこまでは聞いてない」
妹「多分小学校の四年生くらいの頃かな。あたしがお兄ちゃんに初恋したのって」
兄(夢みたいだ)
妹「それからはずっと大好きで。でもそういうことをはっきり口にするとパパもママも悲
しむって次第にわかってきて。それからはとにかく仲のいい兄妹でいようと思った。それ
だけが目標だった」
兄「全然知らなかったよ」
妹「お兄ちゃんは鈍感だからね。あたしはお兄ちゃんの気持ちなんか昔から知ってたよ。
冗談めかして照れ隠しで偉そうに言ってるけど、この人って本当にあたしのことが好きな
んだなあって」
兄「(マジかよ。小学校の頃から姫と俺は両想いだったってことじゃん)じゃ、じゃあ」
妹「うん」
兄「何で今になって俺の彼女になるなんて言い出した? 父さんと母さんはどうなる」
妹「もともとお兄ちゃんが一人暮らしを始めた頃から限界だと思ってたの。もう我慢でき
ないって。それでそれからいろいろあったけど、今日お兄ちゃんがあたしを乱暴な男の人
から助けてくれて。それで嫌だった空手もあたしを守るために練習してくれていたことを
聞いたときにね」
兄「・・・・・・」
妹「もう自分の気持を偽るのは無理だと思った。もうあたしは選ばなきゃいけないって思
ったの」
兄「選ぶって」
妹「あたし、もう決めた。お兄ちゃんがあたしを欲しいって言ってくれたら、あたしもも
うそれでいい。パパとママを失うことになってもお兄ちゃんがずっとあたしの彼氏でいて
くれるならもうそれでいい」
兄「おまえさ。昔から何よりも家族のことが大好きだったのに」
妹「昔からお兄ちゃんのことが一番好きだった。いろいろ回り道したけど、お兄ちゃんが
あたしを受け入れてくれるならもうそれでいいって決めた」
兄「・・・・・・なら俺もそれでいいや。おまえのこと昔から愛してる」
妹「お兄ちゃん。あたし、それがFAって思ってもいいの?」
兄「ああ。姫のこと大好きだ」
妹「あたしも大好き。お兄ちゃん愛してる」
507:
<キス>
兄「これ」
妹「メールに返信があったの?」
兄「うん」
from:妹友
to:お兄さん
sub:無題
『ごめんなさい。ちょっとお兄ちゃんと話もあったので勝手にバスで別荘に帰ってきてい
ます。連絡もしないで本当にすいません。お兄さんと妹ちゃんは予定どおりプールで一日
過ごしてから帰ってきてください』
『お昼も夕食も勝手に済ませますからお兄さんたちもそうしてください』
妹「そうか」
兄「とりあえず食事する?」
妹「もうプールはいいや。どっか外でお昼食べて帰ろ」
兄「おまえ、今日はろくに泳いでないんじゃない?」
妹「うん。でももういいや」
兄「そんじゃそうしようか」
妹「ひょっとして残念なの?」
兄「何が」
妹「もっと付き合い出したばかりの彼女の水着姿を見たかった?」
兄「・・・・・・まあな」
妹「真顔で答えないでよ。反則だよつうか照れるじゃん」
兄「姫と一緒で俺も吹っ切れたからね。今のは本音」
妹「じゃあ、お兄ちゃんがいい子にしてたらまた見せてあげる。今のは本音」
兄「真似するなよ」
妹「真似じゃないよ」
兄(・・・・・・また姫にキスされたけど。今度ばかりは本気で嬉しい)
妹「じゃあ着替えて入り口で待ち合わせね。遅れないでね」
兄「おう。一分でシャワー終らせるよ」
妹「そこはちゃんと洗えよ。じゃあね」
兄「おう」
509:
兄「じゃあ行こうか。もうこの時間だから昼と夕食と一緒でいいな」
妹「いいよ。今度こそ二人きりでドライブだね」
兄「そうだな」
妹「お兄ちゃん」
兄「どうした」
妹「車の中で二人きりなんだよ」
兄「そうだけど」
妹「今日はあたしがお兄ちゃんの彼女になった記念日じゃん」
兄「そうだけど・・・・・・あんまり恥かしいこと言うなって」
妹「照れることないでしょ。これからはつらいこともあるかもしれないんだし」
兄「それはそうだね」
妹「つらいことに対抗するにはきっと大切な思い出が武器になるんだと思うよ」
兄「ま、そうかな(よくわかんねえ)」
妹「こら。ここまで姫が譲歩して言ってるんだからいい加減にあたしにキスしなさいっ
て」
兄「・・・・・・了解」
妹「・・・・・・ちょっと!」
兄「・・・・・・うん」
妹「キスしろとは言ったけど。あ、お兄ちゃんいや」
兄「可愛いよ姫(すごく細いけどすごく柔らかい。そしてすべすべな肌)」
妹「・・・・・・もう。あんまり服とか髪を乱したら怒るよ」
兄「可愛いよ姫(夢にまで見た姫の身体のライン)」
妹「こら。信号青だって。もうおしまい」
兄「ああ」
妹「続きは夜でいいでしょ。全くエッチなんだから」
兄(妹萌えとはまさにこれか)
510:
妹「お昼食べよう。もうあそこでいいね」
兄「またこの店かよ。伊勢海老と金目鯛しかないのに」
妹「どこでもいいじゃん。四人じゃなくて二人きりなら」
兄「そうか。そうだな(姫・・・・・・もう、どうにかしちゃいたいほど可愛い)」
妹「ほら、これ食べて」
兄「うん」
妹「もっと口開けてよ。あ〜んってして」
兄「うん」
妹「美味しい?」
兄「美味しい。ほら、おまえも伊勢海老食え」
妹「食べさせて」
兄「ほら」
妹「うん。美味しい」
兄「不思議だな」
妹「何が?」
兄「四人で来たのと同じことやってるだけのに、姫と二人だと何か景色も食物の味も全然
違う気がする」
妹「それはね。ずっとお兄ちゃんとあたしが一緒に生きてきたからだよ。そしてその歴史
を踏まえて恋人同士になったんだもん。景色が違って当たり前だと思うよ」
兄「そうだな」
511:
妹「着いちゃったね」
兄「何で残念そうよ」
妹「だって」
兄「(これで何度目の感想か忘れちゃったけど)姫、おまえ本当に可愛いよな」
妹「ちょっとしつこいよ・・・・・・。でもまあ、お兄ちゃんにそう言ってもらえると嬉しい」
兄「何度でも言うよ」
妹「あたしはもうお兄ちゃんだけのものだから。心も身体も」
兄「夢みたいだ。昔から片想いしてた姫が俺のものになるなんて」
妹「だから片想いじゃないって」
兄「そうだったな。そしたらもっと夢みたいだ」
妹「・・・・・・恥かしいよ。もうやめよ」
兄「だってさ。一度は永遠に諦めていたことが実現したんだし」
妹「そうか。待たせちゃってごめんね」
兄「いや。愛してるよ妹姫」
妹「あたしも愛してるよ、小さい頃からずっと」
兄「ありがとう姫」
妹「ありがとうって変だよ」
兄「そうかな」
妹「うん。別荘に入ろう」
兄「そうだな風呂入って一緒に寝ようか」
妹「あ」
兄「何?」
妹「あのね。お兄ちゃんのことは好きだし。その昨日みたいなのでもいいんだけど」
兄「(あ)そういうつもりじゃないって」
妹「・・・・・・昨日あれだけ迫ったのに今さらだと思うだろうけど。昨日は必死だったし、落
ちついて考えるとね。その最後までするなら」
兄「うん」
妹「初めては隣に妹友ちゃんたちがいないときの方がいいな」
兄「わかってるよ(姫を抱きしめたい)」
妹「・・・・・・うん」
兄「(逆に妹に抱きつかれた)じゃあ、入ろう」
妹「そうね」
兄「真っ暗だな。照明のスイッチは」
妹「あ」
妹友「・・・・・・」
べったりと抱き合ってもつれるように別荘に入って照明をつけた俺たちの目の前に、妹
友と彼氏君がソファで半ば横たわりながら抱き合ってキスしている姿が目に入った。見た
くはなかったけど二人は半ば裸身のままだった。
突然明るくなったことに驚いたらしい妹友が彼氏君の腕を振り解いて、俺たちの方を見
た。
「えと。これは違うの」
「邪魔すんなよ。ふざけんな。どこまで身勝手なんだおまえらは」
妹友を離して体を起こした彼氏君が、何かを言いかけた妹友を遮るように怒鳴った。
521:
<なぜ彼氏は自分の妹を襲ったのか>
兄(こいつら何をやって・・・・・・いやいや、全然こいつらのことをとやかく言える立場じゃ
ないけど。それにしても穏かで礼儀正しい彼氏君とは思えない言葉遣いだ)
彼氏「何か言えよ。おまえら二人して僕たち兄妹のことを見下しやがって。わざといちゃ
ついてるところを見せ付けて僕たちが悩んでるのをニヤニヤしながら面白がってたんだ
ろ」
兄「彼氏君、落ちつけよ。何か誤解してんぞ(でも本当に誤解か。前にも一度想像したこ
とがあるけど、彼氏君の立場に立てばこれは立派なNTRかもしれないな)」
彼氏「何が誤解だこの野郎。僕のことを親切に相手する振りしやがって。最初から惨めな
僕たちを眺めて楽しむつもりでこの旅行に誘いやがったくせに」
兄「何を言ってるんだおまえは。とにかく少し落ちつけって。ちゃんと話せばわかるよ」
彼氏「・・・・・・それ本気で言ってるのか」
兄「当たり前だろ」
彼氏「それならてめえのビッチな妹に聞いてみるんだな。何でこの旅行に俺たちを誘った
のか」
兄「(・・・・・・こいつ俺の姫のことをビッチだと。いや我慢だ。とにかくこいつの誤解を解
くのが先だ)もともとは家族旅行が駄目になったんで、親父が妹にせめて友だちとどっか
行けって言ったからだよ。ただそれだけなんだけど」
彼氏「んなわけねえだろ。あんたのクソ妹にはちゃんと目的があったんだよ。聞いてみろ
よ、あんたの大切なクソビッチに」
兄「(・・・・・・こいつ。もう我慢できん)黙って聞いてりゃいい気になりやがって。俺の姫
のことをそれ以上悪く言うと」
彼氏「悪く言うと何ですかあ? お得意の空手で僕と妹友をノックアウトするつもりなん
ですかね?」
兄「・・・・・・てめえ」
妹「お兄ちゃんだめ」
兄「だってこの野郎、姫のことを」
妹「暴力はだめ」
兄(彼氏め。もう一言でも姫のことを悪く言ってみろ。姫が何と言おうとただじゃすまさ
ん。これで見逃したら父さんにも申し訳が立たん)
妹友「お兄さん」
兄「え」
妹友「うちのお兄ちゃんの暴言についてはあたしがお詫びします。妹ちゃんも本当にごめ
んね」
兄「いや。おまえが謝る必要は」
彼氏「・・・・・・妹友は黙ってろ」
妹友「あと、ありがとうございました」
522:
兄「え?」
妹「何言ってるの」
妹友「二人が入って来てくれて助かりました。あのままじゃあたしはお兄ちゃんにレイプ
されていたところでしたから」
兄「・・・・・・何だって?」
妹「・・・・・・妹友ちゃん、それって」
兄「おまえそれ本当なのか(最低だこいつ)」
彼氏「違う。僕たちはそこの淫乱なビッチに追い詰められて」
兄「(言うに事欠いて姫のことを)てめえ」
彼氏「離せよ! 僕は悪くない」
兄「黙れ」
妹「お兄ちゃん!」
彼氏「・・・・・・殴ったな」
兄「もう一言でも姫のことを悪く言ってみろ。こんなんじゃすまないぞ」
妹友「もうやめましょう。とりあえずこの格好では恥かしいので服を着させてください」
妹「そうだね。お兄ちゃん、寝室に行こう」
兄「あ、気がつかなくて悪い」
妹友「いえ。着替えたら声をかけます」
妹「お兄ちゃん、暴力はやめてって言ったのに」
兄「だってあいつ姫のことを淫乱とかビッチとか言いやがったから」
妹「さっきのプールのときとは状況が違うでしょ。彼氏君は手を上げたりしたわけじゃな
いんだし」
兄「俺だって最初は我慢したぞ。でもあいつは」
妹「とにかく最初に手を出した方が悪いことになっちゃうんだから。これからは気をつけ
てね」
兄「・・・・・・(だが姫を侮辱されて黙っているわけにはいかん。父さんにも姫を守るよう言
われてるんだし)」
妹「あたしはお兄ちゃんやパパが考えているようなか弱い女じゃないよ。お兄ちゃんたち
の幻想を壊しちゃって悪いけど」
兄「・・・・・・何言ってる。姫は今にも壊れそうな繊細な子だし、俺や父さんたちが守ってや
らないと」
妹「そんなことはないんだよ。本当は」
兄「・・・・・・だって」
妹「でもありがと。お兄ちゃんのしたことは間違っているけど、それでもあたしを庇って
くれて、守ってくれて嬉しかった。本当にあたしはお兄ちゃんに守られてるんだって実感
できた」
兄「・・・・・・」
妹「だからありがと。これはお礼ね」
523:
妹「ねえ」
兄「うん」
妹「彼氏君が妹友ちゃんを・・・・・・その、無理矢理って本当かな」
兄「妹友がそう言ってったんだから嘘じゃねえだろ。あんなこと冗談で言えることじゃね
えよ。まして相手は自分の兄貴なんだし」
妹「何でそんなことしたんだろ。自分の妹なのに」
兄「普通は妹じゃなくたってレイプなんてしねえよ」
妹「それはそうだけど。さっき乱暴な人たちに連れて行かれそうになったあたしを、彼氏
君は助けてくれようとしたわけでしょ? それなのに自分が同じことをするなんて」
兄「人間って意外と複雑だしな。本当は何を考えているかなんか他人にはわからないし」
妹「・・・・・・ねえ」
兄「うん」
妹「さっきの彼氏君が言ってた旅行の目的の話、あれはでたらめだからね」
兄「そんなのは当たり前だ」
妹「本当に連休中に予定のない友だちを探すつもりでいて。最初に一番仲のいい妹友ちゃ
んに声をかけたら、連休中は予定は空いてるよって言われたの」
兄「わかってるって」
妹「ただ意外だったのは、妹友ちゃんから彼氏君も一緒でいい? て聞かれたこと」
兄「そうだったのか」
妹「うん。まさかだめとは言えなくて。そしたら妹友ちゃんからはダブルデートだねって
言われた」
兄「それってさ。組み合わせは・・・・・・」
妹「妹友ちゃんの中では、あたしと彼氏君がペアで、お兄ちゃんと妹友ちゃんがもう一組
のカップルだったんだと思う」
兄「まあ姫と彼氏君は付き合ってるんだしな(そうだ。姫に俺の想いが通じたなんて浮か
れてたけど、まだ妹と彼氏君は恋人同士なんだよな」
妹「彼氏君の言ってたことは全部誤解。それだけは間違いないけどさ」
兄「うん」
妹「でも、彼氏君が難癖をつけてるわけじゃなくて、本心から信じて言ったのかもね」
524:
<さっきみたいな誤解をされてもしかたないのかも>
兄「あいつは、何でまたあんな捻くれたことを考えるんだ」
妹「うん。客観的に考えてさ。あたしとお兄ちゃんの仲ってどう見えたんだろうね」
兄「俺には客観的になんか見れないけどさ。前半は俺は姫に相手にされずに拗ねてたな」
妹「後半は?」
兄「夢みたいだった」
妹「ふふ。でもさ、それを彼氏君とか妹友ちゃんの視点で見るとどうなのかな」
兄「それは(まあ面白くはないよな。彼氏君にとっては彼女を奪われたように感じたかも
しれない。もっと被害妄想的に考えれば、妹が彼氏君と別れたくて俺との仲を見せつけた
って考えちゃっても不思議はない)」
妹「本当にそんなつもりはないんだけど。でも結果的にはいろいろあって、この旅行中に
あたしはお兄ちゃんへの気持ちをもう我慢しないことにしたじゃん? だからそれを彼氏
君が見たらさっきみたいな誤解をされてもしかたないのかも」
兄(そもそも姫は彼氏君のことをどう思ってるのかな。前は俺に彼女がいないなら自分も
別れると言っていた。俺のためだって言ってたけど、そもそも本当に好きならこんなこと
くらいで彼氏と別れるなんていわないはずだ)
妹「だからさ。あながち彼氏君の被害妄想だって切り捨てるわけにはいかないかもね」
兄「あのさ」
妹「うん?」
兄「おまえはさ。彼氏君の彼女なわけじゃん? あいつのことどう思ってるの」
妹「どうって。別に嫌いじゃなかったけど」
兄「けど?」
妹「本当に妹友ちゃんに無理矢理言うことを聞かせようとしたんだったら軽蔑する。もう
顔も見たくない」
兄「まあな」
妹「お兄ちゃんならあたしが嫌がることは絶対にしないもん」
兄「それだけ自信を持ってそうだと言える」
妹「それだけなの?」
兄「いや、それだけじゃないけど」
526:
妹「・・・・・・まだ着替えてるのかな」
兄「妹友ちゃん、ほとんど裸に近かったし」
妹「・・・・・・」
兄「いや、そんなには見てねえけど」
妹「最低」
兄「だから見てねえって。彼氏君が姫を傷つけるようなことを言ってたんで、妹友を見て
る余裕なんかなかったよ」
妹「・・・・・・そうか」
兄「そうだよ」
妹「まあ、でもお兄ちゃんに本当に愛されているんだっていうのはさっき感じたよ」
兄「本当に姫のこと愛しているし」
妹「・・・・・・うん」
兄「ほら」
妹「お兄ちゃん」
兄(こんなときだけど妹が俺の腕の中で上目遣いに俺を見つめると)
兄(やっぱり幸せだ。俺って姫が生まれたときからずっとこいつに恋してきたんだなあ)
妹「もっと撫でて」
兄「猫かよ」
妹「もうそんでもいいや」
兄「・・・・・・姫」
妹「お兄ちゃんがあたしを姫って呼び出したのって最近じゃない?」
兄「うん。父さんだけはおまえのこと姫とか妹姫とか呼んでたけど」
妹「だからお兄ちゃんにそう呼ばれるとなんだかちょっと恥かしい」
兄「嫌ならもう呼ばないけど」
妹「・・・・・・意地悪」
兄「別にそんなつもりじゃ」
妹「恥かしいけど嬉しいの!」
兄「それならよかった。姫って本当に可愛いな」
妹「お兄ちゃんってそればっか」
兄「だって本当に可愛いんだからしかたない」
妹「・・・・・・ばか」
527:
兄「あれ?」
妹「どうかしたの」
兄「外で車の音がする」
妹「うちの車?」
兄「いや。エンジン音が違うよ」
妹「誰か来たのかな」
兄「そんなわけねえだろ」
妹「伯父さん?」
兄「今、家族揃ってオーストラリアに旅行中だろ」
妹「じゃあ誰だろ」
兄「ちょっとカーテンを開けるぞ」
妹「ちょっと待ってよ」
兄「何だよ」
妹「外から見えちゃじゃん。服とか直すからちょっと手を離して」
兄「そんなのわからないって」
妹「誰がこうしたと思ってるのよ」
兄「悪い」
妹「もういいよ」
兄「何か外でずっとアイドリングしてるな。開けるぞ」
妹「タクシー?」
兄「だな」
妹「あれって」
兄「荷物を乗せてるね。彼氏君と妹友が」
妹「うそ? こんな時間に出て行っちゃうの?」
兄「妹友に騙されたな。どうする? 外に出て問い詰めるか」
妹「・・・・・・いいよ。放っておこう」
兄「二人がタクシーに乗り込んだぞ。何かとても襲ったり襲われたりした二人とは思えな
いんだけど」
妹「そうだね。後部座席で寄り添ってるね」
兄「タクシーが出て行ったよ」
妹「うん」
528:
<真実は?>
兄「いったいどうなってるんだろう」
妹「さあ」
兄「あいつらどこに行ったのかな」
妹「別なホテルか駅で電車に乗って帰るかどっちかじゃない?」
兄「こんな時期にホテルなんか空いてるわけねえだろ。ラブホならわかんないけど」
妹「お兄ちゃん」
兄「あ、いや」
妹「この時間ならまだ上りの特急はあるんじゃない?」
兄「ああ、そうか。連休の途中だから上りはまだ空いてるかもな」
妹「これで二人きりか」
兄「いや、今はそういう場合じゃ」
妹「何で?」
兄「だって収まりつかないじゃん。いろいろわからないことが多すぎる」
妹「わからないことって? お兄ちゃんとあたしがすっきりと初夜を向かえるために、こ
こは正直にお互いに確認しておこうよ」
兄「おま。初夜って」
妹「だって。さっきからお兄ちゃん、あたしの身体を触ってばかりいるし。あたしのこと
が欲しいのかなって」
兄「俺はだな。姫のことは大切にしたいって」
妹「じゃあ、変なことはずっとなしでもいい?」
兄「・・・・・・いや」
妹「いやってどういう意味よ」
兄「だからさ」
妹「もう全部話すよ。お兄ちゃんは今ではあたしに隠し事をしてないみたいだし」
兄「・・・・・・ああ」
妹「じゃあお話しようか。でも、一応恋人同士なんだからお布団の中で抱き合いながら話
ししよう」
兄(いったいなぜそうなる)
529:
妹「いろいろ聞きたいんでしょ? 何から話そうか」
兄「そうだな(ちょっと抱きつきすぎだろ。俺の胸に頭を押し当てているせいで姫の声が
よく聞こえないじゃんか)」
妹「・・・・・・ちょっと。話が終るまでは服の間から手を入れないでよ。エッチなんだから」
兄「偶然だって。姫の誤解だ」
妹「・・・・・・あたしだって本当は勇気を振り絞って話をしようとしてるんだよ」
兄「あのさ。いろいろわかんないだけど、一番わかんないのが姫の彼氏君への気持ちだな。
付き合ってたんでしょ? 彼氏君と」
妹「うん」
兄「妹友から馴れ初めは聞いてるんだ。そんで返事を保留していた姫が、俺が姫以外の女
の子に目移りして姫を怒らせたときに姫が付き合いをOKしたって聞いた」
妹「そうだね。お兄ちゃん?」
兄「ああ」
妹「あたしさ。初恋はお兄ちゃんだったって言ったじゃん? それで昔からお兄ちゃんが
好きだったって。あたしとお兄ちゃんは前から両想いだったんって」
兄「うん。すげえ嬉しかった」
妹「それは嘘じゃないの。でも、ほんの一時期だけど、自分の気持がわからなくなったこ
とがあってね。パパとママを悲しませなくないから自分のお兄ちゃんへの気持は封印しな
きゃって思ってて。でもお兄ちゃんが側にいないと寂しくて辛くて。そんなときにお兄ち
ゃんがあたしと一緒にいるのに目に付く女の子をじっと見ているのを知ってさ。少し何か
違うなって思ったの」
兄「あれは本当に恋とか愛情とかとは違うんだけどな」
妹「そうかもしれないけど。あのときのあたしにはあれはいいきっかけだったの。両親の
ためにお兄ちゃんの恋を諦めるためには。それであたしはお兄ちゃんだってあたしだけを
好きなわけじゃないんだし、あたしだけ悩むなんてばかばかしいと思うことにした」
兄「・・・・・・」
妹「結局、その決意もお兄ちゃんの部屋に女さんがいたのを見て嫉妬しちゃってさ。再び
心がぐら付いちゃったんだけどね」
兄「妹友が言ってたな」
妹友『妹ちゃんさ。まさかと思うけど、お兄ちゃんの部屋に女さんがいるのを見て嫉妬し
たの』
妹『・・・・・・』
妹友『だから女さんっていう人のことを、嫌な女だなんて言ったの?』
妹『・・・・・・違うよ』
妹友『何であたしから目を逸らして答えるのよ。うちの兄貴のこと好きなんでしょ』
妹『多分』
妹友『あんたねえ。あたしの兄貴をその気にしておいてそれはないでしょ。まさか、あん
た。お兄さんのことが本気で異性として気になりだしてるんじゃ』
妹『・・・・・・』
妹友『何か言ってよ』
妹『わからない。ちょっとよく考えてみる』
妹友『・・・・・・妹ちゃん』
兄「これか」
妹「そうこのときのこと。あのときは確かに女さんにお兄ちゃんを取られたくないって思
った。だから妹友ちゃんから問い詰められたときも即答できなくて考えてみるって言った
んだけど」
530:
兄「それで?」
妹「もともとは妹友ちゃんから言われたの。彼氏君が昔からあたしのことを好きだったっ
て。よかったら付き合って欲しいって言ってるよって」
兄「うん」
妹「それで一度一緒に登校して、次に休みの日に図書館で彼氏君と二人で勉強したの。あ
のときはお兄ちゃんに友だちと遊ぶって嘘をついた。ごめんなさい」
兄「それはいいけど」
妹「図書館で彼氏君は、あたしに恋人の振りをしてくれって言ったの」
兄「はあ? 何だよそれ」
妹「妹友ちゃんが彼氏君のことを兄ではなく男として見ているから、それを諦めさせたい
って。そんな関係は妹友ちゃんの将来を歪めるだけだからって」
兄「・・・・・・なるほどね。さっきの彼氏君の態度や行動を見なければ彼氏君らしいって思え
たんだろうけどな」
妹「今にしてみればそうなんだけど、そのときはそういうことならって彼氏君の彼女の振
りをすることにしたの」
兄「・・・・・・マジかよ」
妹「あ、でももちろん本当の恋人じゃないよ。それに絶対に付き合っていることはお兄ち
ゃんや他の同級生たちには内緒にする約束までして。結局約束を守ってくれなかったけ
ど」
兄「それで?」
妹「だけどさ。そのときは妹友ちゃんを大切にする彼氏君のことがすごく優しいいいお兄
さんに見えて」
兄「・・・・・・」
妹「お兄ちゃん怒らない?」
兄「何がだよ」
妹「正直に言うから怒らないで」
兄「おまえが生まれてから一度だって俺が姫に対して怒ったことがあるか?」
妹「・・・・・・そのときね。彼氏君のこと少し見直しちゃったの。本当にこの人は妹思いなん
だなって。それでつい」
兄「つい?」
妹『・・・・・・本当に優しいんだね』
彼氏『そんなことないよ』
妹『あたし、悩んでいるんだけど。でもその悩みの人がいなかったら彼氏君のことを好き
になってたかも』
彼氏『・・・・・・声が小さくてよく聞こえなかった。でも何か僕のことを好きになったって
聞こえたような』
妹『違うよ。忘れて』
彼氏『でも』
妹『条件追加。今のは忘れること。いい?』
彼氏『・・・・・・了解』
53
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