「妹と俺との些細な出来事」【パート3】back

「妹と俺との些細な出来事」【パート3】


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3:
<普通の恋人同士ならあり得ないじゃん>
兄(何か妙に姫が無口だな)
兄(かと言って不機嫌とも違う。ときどき黙って俺を見て少し微笑むし)
兄(ラブホの部屋を出たときも黙って俺に寄り添ってきたし。つまりあれか)
兄(体の繋がりができたからかな。もう言葉がなくても心が寄り添っていられるような関
係になったということなのかな)
兄(・・・・・・姫)
妹「・・・・・・なに?」
兄「いや」
妹「・・・・・・」
兄(黙ったまま俺の左手を握った。やっぱそうなんだ)
兄(・・・・・・感動だ。俺と姫はもう言葉なんかいらないくらい深くわかりあったんだな)
兄(もちろん問題は山ほどあることはわかっている)
兄(女とのこと。彼氏君と妹の関係。それに妹友のことすら何にも片付いていないのに)
兄(その上、父さんと母さんとのことまで心配しなきゃいけないような関係になってしま
った)
兄(俺って考えなしだよな。最初に告ったときにこんなことは考えておくべきだったのに。
本当に今さら過ぎる)
兄(でももう引き返せない。姫と心だけじゃなくて身体まで一つになっちゃったんだか
ら)
兄(でも後悔は全くしてねえ。実の兄妹同士の恋愛なんて世間じゃ理解されないかもしれ
ないけど。こればかりは実際に体験しないとわからないだろう。生まれたときから我が家
のアイドルだった姫への恋のことは。昔から誰よりも好きだったし、誰よりも身近にいた
んだから)
兄(まるで自分が本来帰るべきところに帰った感じだ。俺たちが兄妹だってことは別に悪
いことじゃないんだ。少なくとも俺にとっては。俺たちは昔から仲が良かったけどそれで
もそれは不完全だった。それが今では完全な関係になったんだ)
兄(・・・・・・妹だから好きになったんじゃない。たまたま好きになった子が妹なんだってい
うよく聞くセリフがあるけど。それは俺たちの場合は正しくないかもしれん)
兄(多分、兄妹としてのこれまでの積み重ねがあって俺たちはお互いを愛し合うようにな
ったんだ。いきなり初対面で妹と会ったとしても、可愛いなとは思うかもしれんけどいき
なり好きになったりはしないだろうな)
兄(そして姫に至っては、今までの兄妹としての関係がなければ俺なんかを意識すらしな
いだろう)
594:
兄(姫の俺への気持はこいつの家族好きの延長なのかもしれないけど、もうそれはそれで
いいような気がしてきた。俺と姫ってやっぱり家族が一番だったんだし。そう考えるとう
やはり両親を裏切っていることは重い)
兄(ずっと両親に気が付かれないで済めばそれが一番いいのかもな)
兄(もう結婚とか子どもとかどうでもいいかもしれない。世の中には一生独身の人だって
いるはずだ。そんな独身の兄妹が一緒に暮らしたって別にそれ自体は変な話じゃない)
兄(よく考えれば児童書の赤毛のアンのマシュウとマリラだってそうじゃんか。あの二人
は両親亡き後兄妹だけで暮らしていたわけだし。アンを養子に迎え入れるまでは)
兄(子どもの頃あの本を読んだときには、別にマシュウとマリラが兄妹だけで暮らしてい
ることに疑問なんか抱かなかったよな)
兄(・・・・・・いや)
兄(小説のことなんかどうでもいい。それよかとりあえずは姫と彼氏君のことだ。姫は彼
氏君とはうやむやのうちに別れるつもりなのかなあ。それとも別れを切り出すのか)
兄(とにかくそのときは姫と一緒にいよう。彼氏君っておだやかな奴かと思ったら結構切
れてたしな。姫に危害を加えるようなら姫のことを守らないと。約束したんだし)
兄(・・・・・・姫)
兄(俺の手を握りながら車の外を眺めている。いったい姫は今何を考えているんだろう
な)
兄(わかりあえても。実際に姫が考えていることがわかるわけじゃないしな)
兄(・・・・・・姫)
妹「お兄ちゃん?」
兄「・・・・・・うん」
妹「今日はどうするの」
兄「うん。夕方までに家に帰ればいいからね。父さんたちも夜になるまでは帰って来ない
だろうし」
妹「じゃあ、今日は一日お兄ちゃんとデートできるね」
兄「そうだね(こういう会話を姫と普通にできる幸せ。世間から近親相姦野郎って罵られ
てももう何の後悔もない)」
妹「あのさ。お兄ちゃんの大学の方に行かない?」
兄「大学? 別にいいけど休み中だし誰もいないと思うよ」
妹「大学に行きたいんじゃないの。大学に通える範囲で一緒に暮らせるような場所がない
か下見してみようよ」
兄「いくらなんでも気が早くない?」
妹「いいじゃん。デートを兼ねて大学の周りを散歩しようよ」
兄「まあ姫がそうしたいなら別にいいけど」
妹「じゃあそうしよ。何か楽しみ」
兄「別にあのあたりって何も面白いところはないけどな」
妹「そんなことないよ。お兄ちゃんが連れて行ってくれた自然公園だっていいところだっ
たし」
兄「おまえ、周りがカップルだらけだって文句言ってたじゃん」
妹「あのときはね。今はあたしたちだってカップルなんだから公園でも別に浮かないんじ
ゃないかな」
兄「ああ。そうかもな」
妹「・・・・・・お兄ちゃん?」
兄「うん」
妹「お兄ちゃんはきっと自分の方があたしのことを好きだと思ってるかもしれないけど」
兄「何の話だよ」
595:
<浮気とか不倫じゃないのに>
妹「本当はきっと、あたしがお兄ちゃんのことを好きな気持の十分の一もお兄ちゃんはあ
たしのことを好きじゃないと思うの」
兄「・・・・・・何でそう思う」
妹「今までは隠してたからお兄ちゃんにはきっと伝わっていなかったと思うけど。あたし
は彼氏君のことで迷ったあの一瞬以外、物心ついてからはずっとお兄ちゃんのことが好き
だったから」
兄「・・・・・・」
妹「考えてみればすごいよね。あたしたちって恋人同士になったばっかだけど、もう既に
十七年間の積み重ねがあるんだもんね。十七年も一緒に暮らしていたんだよ。普通の恋人
同士ならあり得ないじゃん」
兄「そうだな。まあ、幼馴染とかならそれに近いかもしれないけどな」
妹「幼馴染だって夜も一緒にいたわけじゃないでしょ。それにお兄ちゃんには女の幼馴染
なんていないじゃん」
兄「残念なことにな」
妹「残念なの?」
兄「いや。姫がいればそれだけでいいや」
妹「あたしもそうだよ」
兄「まあ、姫が言ったことは間違っているけどな」
妹「何でよ」
兄「十分の一とかふざけんな。どう考えても俺の方が姫のことを好きに決まってる」
妹「何で自信満々に言い切れるのよ」
兄「だって俺は姫より二つ年上だぞ。姫が物心つく前から俺は姫のことを愛するようにな
っていたんだから、この勝負は俺の勝ちだ」
妹「・・・・・・いつの間にか勝負になってるし」
兄「これだけは負けられん。俺のこれまでの人生の存在意義に関わるからな」
妹「・・・・・・あきれた。そんなにあたしのことが好きなの?」
兄「今さら何を言ってるんだ」
妹「うん。確かに今さらだけど、そういう言葉は何度聞いても嬉しい」
兄「さっきまで黙ってたのに。急にお喋りになったな」
兄(安らぐなあ。客観的に考えれば問題だらけなのに)
妹「・・・・・・お互いの想いが実ったときって、普通はただ嬉しいだけじゃない?」
兄「うん」
妹「あたしたちって浮気とか不倫じゃないのにね。それでもやっぱり不安や罪悪感を感じ
る」
兄「・・・・・・それは。不倫とかと違って誰にも迷惑はかけていないと言いたいところだけ
ど」
妹「パパとママのこと・・・・・・?」
兄「うん」
妹「あたしの不安はね。ちょっと違うの」
兄「違うって?」
596:
妹「パパとママには悪いとは思うけど、でももうそれは覚悟したの。最悪、勘当されたと
してもお兄ちゃんと引き離されなければいいって」
兄「そうか」
妹「あたしの不安はね。お兄ちゃんがパパとママのことを気にしてあたしから離れて行っ
たらどうしようってこと」
兄(アホかこいつ。それは俺のセリフだっつうの)
妹「まあでも。お兄ちゃんとはもう結ばれちゃったんだから絶対に逃がさないけどね」
兄「当たり前だろ。それはこっちの」
妹「ちゃんと責任取ってね、お兄ちゃん」
兄「責任は取るからさ。姫もそろそろ貸しを返してくれ」
妹「よく覚えてたね。でもあれから何度も返したっていうかお兄ちゃんに返させられたじ
ゃん」
兄「無理矢理にはしてないぞ」
妹「わかってるよ・・・・・・はい」
兄「うん確かに」
妹「キスの借りとか貸しとか本当にバカなんだから」
兄「そろそろ自動車道に入るな。これなら午前中には大学のあたりまで行けるかもな」
妹「やっぱり朝早いとまだ空いてたんだね」
兄「エッチした後寝ないでそのまま出てきたのがよかった・・・・・・って痛っ」
妹「バカ」
兄「・・・・・・よっしゃ。インターに入ったけど空いてる空いてる」
妹「ちょっと。高に入ったから手をどけてよ。危ないじゃん」
兄「そうだった。で、どうする?」
妹「どうするって?」
兄「朝飯食ってないじゃん。どっかで食べる?」
妹「ここまで来たら混む前に帰っちゃおうよ。おなか空いてないしお昼までは大丈夫」
兄「じゃあそうするか」
597:
<あーんってしてたでしょ?>
兄「思っていたより早く着いたな」
妹「一応ぎりぎり午前中のうちに着いたね」
兄「車どうする? どっかパーキングに入れようか」
妹「うん。それで少しこの町をお散歩したいな」
兄「じゃあそうしよう。昼飯も食わなきゃいけないし」
妹「さすがに少しおなか空いたね」
兄「そうだな。とりえず飯食おう」
兄「どういうところがいい?」
妹「普段お兄ちゃんの大学の学生が行くようなところに行ってみたい」
兄「こないだのカフェみたいなとこ?」
妹「あそこはもういいや。他にはないの?」
兄「いつもは学食ばっかだったしなあ」
妹「じゃあ散歩しながら探そうよ」
兄「まだ連休中だし、あまり営業している店はないかもしれないけどな」
妹「なきゃファミレスでもいいんだって。お兄ちゃんと二人で町を散歩することに意義が
あるんだから」
兄「そうか」
妹「予行練習だよ。再来年にはあたしはここでお兄ちゃんと一緒に暮らすんだから」
兄(何かいいなあ。そういうのって)
妹「婚約者同士でこれから一緒に暮らす町を散策するのってこんな感じなのかな」
兄「何かテンションがあがってきた」
妹「・・・・・・うん。あたしも」
兄「じゃあ行こう」
598:
妹「ねえ」
兄「どうした」
妹「このあたりって大学が多いんでしょ」
兄「近くには四つくらい大学があるよ。だからこの辺は学生街みたいな感じなんだ」
妹「でも大学生なんて誰もいないよ」
兄「今は連休中だからな。普段はもっと学生街っぽい感じだけど」
妹「それにしても見事なまでのシャッター街だね。ほとんど休業中だ」
兄「学生がいないんだから店を開けても商売にならないからだろ」
妹「おなか空いた」
兄「この先に洋食屋があるんだけど、やってるかなあ」
妹「とりあえず行ってみるしかないね」
兄「ああ。最悪は駅前にマックとファミレスはあるけど」
妹「その洋食屋さんがだめならね」
兄「おう」
兄「ここだけど」
妹「営業中って札が出てるよ」
兄「ラッキーだったな」
妹「ここって美味しいの?」
兄「入ったことないけど、噂では美味しいらしい」
妹「じゃあ入ろうよ」
兄「おう」
妹「空いてるね」
兄「普段は混んでるらしいけど」
妹「まあ待たずに座れてラッキーだよね」
兄「うん。ほらメニュー」
妹「何にしようかなあ」
兄「オムライスがあるな。俺はそれにしよ」
妹「お兄ちゃん本当に好きだね」
兄「本当は姫のオムライスの方が好きだけどな」
妹「また作るよ。今日はママがいるからだめだけど」
兄「期待してるよ」
599:
妹「美味しそう」
兄「いいなあ。俺もビーフシチューにしときゃよかった」
妹「また始まった。お兄ちゃんの悪い癖」
兄「何だよ」
妹「いつもあたしのを見てそれにすればよかったって言うんだから」
兄「いいだろ別に」
妹「何拗ねてるの。お兄ちゃんのオムライスだって美味しそうじゃん」
兄「いや。よく考えたらオムライスは姫が作ってくれるわけだし、それなら他のにしとく
んだった」
妹「問題ないじゃん」
兄「え」
妹「こうすればいいだけの話でしょ。はい、あーんして」
兄「・・・・・・マジで」
妹「別に初めてするわけじゃないじゃん。はい」
兄「う」
妹「どう?」
兄「美味しい(味なんかわかるか。それは初めてじゃないけど、姫と結ばれてからこうい
うことするのは初めてじゃんか)」
妹「オムライスもちょうだい」
兄「ああ。ほら」
妹「・・・・・・うーん」
兄「どう?」
妹「生意気なようだけど。お兄ちゃんの好みじゃないかな。あたしの方が多分お兄ちゃん
の好きなオムライスを作れると思う」
兄「そうなの」
妹「あたしの方が上手とかじゃなくてね。あたしの方がお兄ちゃんの好みをよくわかって
いるからね」
兄「(姫のことが大好きすぎる)姫。好きだよ」
妹「いきなり何よ・・・・・・。でも、あたしもお兄ちゃんが大好き」
600:
女友「あれ? おーい池山兄妹。久し振りじゃん」
兄「げ」
女友「げって何よ」
女「兄と妹ちゃんお久し振り。香港はどうだった?」
女友「君たち香港に行ってたのか。つうかそんなことよりさ。君たち、今あーんってして
たでしょ? あーんって」
女「え」
女友「あたし見ちゃった。相変わらず池山兄妹は仲がいいねえ」
兄「いや、そうじゃなくて」
女「・・・・・・」
妹「・・・・・・」
605:
<二組の兄妹同士で旅行とかさ>
女友「まあ普段からこんなに仲がいいなら、あたしが二人は兄妹で恋人同士だって騙され
ても無理はないか。ねえ女」
女「・・・・・・そうだね」
女友「一緒に座ってもいい? 別に恋人同士のデートを邪魔するんじゃないからいいよ
ね」
兄「あ、いや」
女「・・・・・・邪魔しちゃ悪いよ」
女友「知らない仲じゃないんだしいいじゃない。ね? 妹ちゃん」
妹「そうですね。よかったらどうぞ」
女友「さすが妹ちゃんだ。じゃあ遠慮なく。ほら女も座りなよ」
女「・・・・・・」
妹「あたしの隣空いてますよ」
女「うん・・・・・・」
女友「君たち連休中香港に行ってたの? まさか兄妹二人きりで旅行したとか?」
兄「家族旅行だよ。でも両親に急な仕事は入っちゃったんでキャンセルした」
女友「何だ。じゃあ連休中はどこにも行かなかったんだ」
兄「いや、そうじゃないけど」
妹「・・・・・・」
女友「でも何か君たちって変わってるね。大学生とか高校生になっても両親と一緒に旅行
なんて。あたしだったら絶対嫌だな」
女「兄と妹ちゃんのところは昔から家族全員がすごく仲が良かったから」
女友「それにしたってさ。両親と一緒なんてうざいじゃん。両親に紹介した彼氏も一緒に
連れて行ってもらえるなら、まあ我慢してついていくかもしれないけどね」
妹「・・・・・・」
女「まあ、兄は妹ちゃんと一緒ならどこにでも行くだろうけど」
兄「・・・・・・どういう意味だよ」
妹「うん。そうですね」
兄(え)
女「・・・・・・」
女友「どうした」
妹「あたしは両親と一緒に旅行するだけでも嬉しいですけど」
女友「そんなに家族が好きなのかあ」
女「・・・・・・」
妹「そのうえお兄ちゃんが一緒なら絶対にその旅行は断らないですね」
女友「相変わらずだねえ。もういっそあのときの嘘を本当にしちゃって兄妹で付き合っち
ゃえばいいじゃん」
女「・・・・・・」
女友「あ、ごめん。冗談だって。冗談」
兄「とにかくさ。親と香港には行ってねえの。親抜きで海辺に遊びには行ったけど」
妹「・・・・・・」
女友「海辺って? 誰と行ったの」
606:
兄「誰とって。まあ妹と」
女友「え? 兄妹二人きりで旅行に行ってたの?」
兄「二人きりじゃないって。妹の彼氏とその妹と一緒にな」
女友「何だそうか。って何よ。兄君って女というものがありながらダブルデートしてたの
かよ」
女「・・・・・・え」
兄「そんなんじゃねえよ。妹友は彼氏君の妹っていうだけだよ」
女友「何か複雑そうなダブルデートだねえ。二組の兄妹同士で旅行とかさ。あんたら兄妹
も異常なほど仲いいし。何か楽しいどころじゃかったでしょ」
兄「んなことねえよ」
女友「妹ちゃんの彼氏も複雑な心境だったろうなあ。かわいそう」
兄「さっきから何勝手にどろどろした関係にしようとしているんだよ」
女友「だってそうじゃない? 人前で実の兄貴にあーんとかしちゃう子が自分の彼女なん
すごく嫌じゃん。あたしだったらその場でひっぱたくけど」
妹「・・・・・・」
女「ちょっと・・・・・・言い過ぎだって」
女友「あ、いけね。ごめん妹ちゃん」
妹「そうかもしれませんね」
女友「え?」
妹「彼氏君はあたしのことを殴りたかったのかもしれないね」
女友「・・・・・・自分でもわかってるならせめて、彼氏と一緒のときくらいはお兄ちゃんだあ
いすきとかっていうのやめておけばよかったじゃん」
妹「・・・・・・」
女「まあさ。兄と妹ちゃんは純粋に家族として仲がいいだけだし、そんなことは妹ちゃん
の彼だって理解してるよね」
兄(どうしよう。こんな会話続けたって姫が辛いだけだ。かと言っていきなり食事途中で
出て行くのも不自然だし)
兄(以前の俺だったら。そうだな。最初に姫に告ったときの俺だったら喜んでこいつらに
妹が俺の告白を受けてくれたって話してただろうな)
兄(別に兄妹の恋愛が普通じゃないことなんかあのときだってわかってた。でも今振り返
って考えるとやっぱりちゃんと考えてはいなかったんだな)
兄(今ならわかる。たとえこいつらが理解してくれたとしても、話が広まればどこから親
バレするかもしれないんだ。本当の問題はそっちの方なんだ)
兄(とりあえず話題を変えるか。女友に悪意がないにしてもこれじゃ姫がかわいそうだ)
兄「おまえらはこんなとこで何してるんだ? まだ講義始まってないのに」
女友「何って、うちら親友だもん。一緒にいたって不思議はないじゃん」
兄「・・・・・・お前ら本当に親友なの?」
女友「そうだよ。ね?」
妹「・・・・・・そう言えばこの間まではちゃん付けで呼び合っていたのに今は呼び捨てです
ね」
女「うん」
女友「親友同士だからね、当然でしょ。今日だってあたしは女の悩み相談を聞くために」
女「やめてよ」
女友「あ・・・・・・悪い」
607:
兄「相談って?(何かこいつらも微妙な雰囲気だな)」
女友「何でもないよ。あんたには関係ない」
兄「そう」
女友「君たちこそ何でこんなとこにいるのよ」
兄「旅行から帰る途中だから」
女「途中って・・・・・・兄と妹ちゃんの家と全然方向が違うじゃない」
兄「えーと」
女友「何かあやしいな」
妹「帰るついでに下見に来たんです」
女友「下見って・・・・・・何の?」
妹「アパートです。女さんの隣の部屋は引き払っちゃったんでその代わりの」
女「え? 兄ってまたこっちに住むの?」
女友「・・・・・・露骨に嬉しそうだなあんた」
女「へ? あ、それは違くて。そうじゃないんだけど」
女友「兄君本当にまたこの町に戻ってくるの?」
兄「いやその(いったい姫は何を考えてるんだ。わざわざ面倒なことを言わなくてもいい
のに)」
妹「すぐって訳じゃないんです。再来年にあたしがここに合格したらお兄ちゃんと一緒に
こっちで暮らそうかと思って」
兄「(言っちゃったよ姫)うちから大学まで時間かかるしさ。けど姫の一人暮らしなんか
うちの両親が許さないからね」
女友「・・・・・・人前で自分の妹のことを姫って呼ばない方がいいよ」
兄「う」
女「・・・・・・」
女友「はあ。これじゃやっぱり旅行中、妹ちゃんの彼氏はきっと胃が痛くなるような思い
をしたんだろうなあ」
妹「お兄ちゃん」
兄「ひ、じゃない妹。どうした」
妹「二人の相談の邪魔しちゃ悪いから、あたしたちはそろそろ帰ろう」
兄「そうだな。じゃあ、俺たちはこれで」
女友「これでって。まだ食事残ってるじゃん」
妹「じゃあさよなら、女さんと女友さん。お兄ちゃん行こ」
兄「ああ(姫もわざわざ手を引っ張らなくてもいいのに)」
女友「ちゃんと食べてかないと店の人に失礼じゃん。ま、いいか。じゃあねえ池山兄妹。
気をつけて帰ってね」
女「・・・・・・」
608:
<バカみたい>
兄「本当に帰るのか。アパート見たり散歩したかったんじゃないの」
妹「もういい。何だかあの人たちのせいでせっかくのデートが台無しになっちゃたよ」
兄「悪かったね」
妹「別にお兄ちゃんのせいじゃないけど。でも少しおどおどしすぎだよ。前はあたしと一
緒にいるときはもっと堂々としてたのに」
兄「いや、あの頃は俺も考えなしだったから。何も考えずに俺は妹を愛しているなんて女
や妹友たちに言い触らしてたんだしな。今思うと姫にもきっと嫌な思いをさせたよな」
妹「嫌な思いなんかしなかったよ」
兄「だって」
妹「嬉しかったり恥かしかったりはしたし、照れ隠しにお兄ちゃんに怒ったりはしたけど。
嫌だなんて一度だって思ったことはなかったよ」
兄「まあ、そうだとしてもさ。これからは慎重にしないといけないと思うんだ。あの頃の
俺は考えなしだったけどさ。やっぱりこの先長く姫と付き合っていくためにはいろいろと
よく考えて行動しないといけないって」
妹「もともと世間の人から見たら非常識なことをしているんだもん。バレずに済むとか、
陰口や噂されて嫌な思いをしないで済むなんてあり得ないよ」
兄「姫?」
妹「だから最初はお兄ちゃんの告白を断ったんじゃない。だけど返事をやり直した時点で
もうそんな覚悟なんかできてるよ。言ったでしょ? あたし。パパとママを失ってもお兄
ちゃんだけ一緒にいてくれればいいって」
兄「姫がよくても俺がいやなんだ。姫にはなるべくつらい思いをさせたくない。俺と付き
合ったことで姫にいやな思いをさせたくないんだ」
妹「もうやめて。二人で苦労するならいいじゃない。それに今はお兄ちゃんが女さんと女
友さんに、はっきりとあたしたちのことを話してくれない方がむしろつらいよ」
兄「・・・・・・姫」
妹「家に帰ろう。あたしとお兄ちゃんにとっては、家が一番落ちつくよ。きっと」
兄「わかった。さっさと帰ろうか」
妹「うん。そうしようよ。あたしたち二人きりだと仲がいいのに」
兄「え?」
妹「他の人と一緒だとうまくいかないね。それが彼氏君でも妹友ちゃんでも、女さんと女
友さんでも」
兄(そうかもしれないな。何でかな。姫と二人きりが一番うまくいくなんてうれしいとし
か言いようがないけど)
妹「お兄ちゃん?」
兄(これって。ひょっとして俺と姫との将来を暗示しているんだろうか。俺たちってもう
二人きりで生きて行くしかないのかな)
兄「妹友が言ってたことってさ」
妹「え?」
609:
妹友『あたしもお兄さんも、自分の気持を追求していってもその先は行き止まりです。仮
に相思相愛になれたとして、ラブラブな恋人同士になったとしてもそこから先には行き場
所はありません』
妹友『解説なんていらないでしょう。お兄ちゃんと妹さんなら、あるいはお兄さんと女さ
んなら恋人同士の先にはいろいろと行く先があるんですよ。実際にそこまで行き着けるか
どうかは別としてですが。可能性としては、婚約して結婚してパパとママになって孫がで
きて』
妹友『あたしやお兄さんの恋は違いますよね? 奇跡的に想いがかなったとして、恋人同
士にはなれるかもしれない。でもその先はどうなるんです?』
妹友『一生恋人同士、それも人には言えない関係でっていうのもあるのかもしれませんけ
ど、他の選択肢があるのにわざわざそんなつらい一本道に入ることを選ぶ必要なんてない
でしょう』
兄「妹友はそう言ってたよ」
妹「・・・・・・バカみたい」
兄「え?」
妹「そんなに先のことを考えて今を台無しにするなんて。お兄ちゃんも妹友ちゃんもバカ
みたい」
兄「いや。俺も前は考えなしだったから偉そうには言えないけどさ。でもこれって大切な
ことじゃね?」
妹「婚約? 結婚? 孫?」
兄「・・・・・・俺なんかと付き合わなきゃどれも全部姫のものになるはずの将来だよ」
妹「将来のことなんか知らない。どうでもいいよそんなこと。そんな先の訳わかんないこ
とのために何であたしが今一番大好きな人のことを諦めるなんていうバカな選択をしなき
ゃいけないのよ」
兄「落ちつけよ。そこまでは言ってない。俺だってもう姫のことは手放せないんだし」
妹「・・・・・・それならいいけど」
兄「別に後悔しているわけじゃないんだ。でもさ、俺と付き合うにしたってせめて姫には
あんまりつらい思いをさせたくなくて」
妹「あんまり何度も言わせないでよ。もうあたしにはお兄ちゃんだけいればいいんだっ
て」
兄「え?」
妹「・・・・・・」
兄「悪かったよ。ごめん」
妹「・・・・・・」
兄「ごめん。だから泣かないでくれ」
妹「・・・・・・もうやだ」
610:
兄「悪かったよ本当に」
妹「・・・・・・本当だよ。いったい何回間違えば気に済むのよ。いつもいつも一人で考え込ん
で、一人で勝手に悩んで」
兄「ごめん」
妹「もう考えないでよ。あたしは幸せだって言ってるでしょ」
兄「わかったよ。ごめんな姫」
妹「・・・・・・ごめんお兄ちゃん。あたしも少し言いすぎた」
兄「悪かった。だからもう泣くなよ姫」
妹「ごめんなさい。お兄ちゃんも泣かないで」
兄「・・・・・・」
妹「・・・・・・ごめんなさい」
兄「いや。ごめん」
妹「ごめんじゃなくて」
兄「姫。可愛いよ。本当に愛してる」
妹「あたしも愛してる。お兄ちゃん大好きだよ」
妹「やっと帰ってきたね」
兄「おまえ本当に家が好きなのな」
妹「うん。でもおまえって呼ばないでよ」
兄「・・・・・・前から聞こうと思っていたんだけど。姫って自分が姫って呼ばれるのいやじゃ
ないの」
妹「人のこと散々姫とか妹姫とか呼んでおいて今さら何言ってるのよ」
兄「それはそうだけど。自分に勝手に幻想を押し付けるなって前に言ってたじゃん」
妹「ああ、そうね。だってお兄ちゃんもパパもあたしがまるで何も汚いところなんかない
童話の中の純粋無垢なお姫様だって決め付けてるんだもん」
兄「俺はそこまで姫に幻想を抱いちゃいなかったよ。結局姫には彼氏君だっていたんだし、
キスだってしてたんだしな」
妹「・・・・・・」
兄「あ、ごめん。そういうつもりじゃ」
妹「お兄ちゃんはどういうあたしが欲しいの?」
兄「どういうって。俺は、昔から俺の側にいるありのままの姫が」
妹「じゃあ、これがありのままのあたしだよ。彼氏君とキスもするし、妹友ちゃんや女さ
んに嫉妬もする。それに」
兄「・・・・・・それに?」
妹「明け方、お兄ちゃんに抱いてって迫る。それがあたしだよ。どう、姫に幻滅した?」
兄「・・・・・・しないよ。するわけがない」
妹「・・・・・・うん。そうか・・・・・・。それならよかった」
611:
<両親>
妹「お風呂出た?」
兄「うん」
妹「ママから電話があった。これから会社を出るから一時間後くらいには家に着くって」
兄「そう」
妹「パパもそんなに遅くならないみたい。夕ご飯どうしようか」
兄「母さんは何か言ってたのか」
妹「うん。お腹空いたら適当に出前でも取って食べていてって」
兄「まあ、腹は減ったけど。昼飯はほとんど残して帰ってきちゃったしな」
妹「ごめん」
兄「姫のせいじゃない。でも、一時間くらいなら待ってようか」
妹「あたしもそう思ってた」
兄「まだ預かった金残ってるしさ。寿司でも取って母さんたちと一緒に食うか」
妹「いいね。どうせなら特上のお寿司がいいな」
兄「じゃあ近所の寿司屋に電話するわ。姫はその間に風呂入っちゃえよ」
妹「じゃあ、任せた」
兄「任されたよ。さっさと入って来なよ」
妹「・・・・・・覗かないでね」
兄「しねえよ」
妹「パパとママが帰ってくるからさ。お兄ちゃんも少し我慢してね」
兄「我慢って何を・・・・・・。うん。我慢する」
妹「あたしも我慢するから」
兄「さて。寿司屋の電話番号は」
妹「電話の下の電話帳に書いてあるよ」
兄「ああそうか」
妹「ちゃんと頼んでね」
兄「ちゃんとって。寿司の出前頼むだけじゃねえの」
妹「ママのは貝類なし。パパのはトロとか脂身のネタなし。そう言えばわかるよ。いつも
頼んでるんだから」
兄「そんな注文してたんだ。知らなかったよ」
妹「お兄ちゃんはうちの家族のことで知らないことがいっぱいありそうだね」
612:
兄「何かパーティーみたいになってきたな」
妹「まあね。何か連休中に会わなかったせいか、パパとママに会うの久し振りな気がす
る」
兄「つうか連休前だってほとんど顔を合わせなかったような」
妹「それはお兄ちゃんが会おうとしなかったからでしょ」
兄「いないんだから会い様がないだろ」
妹「全くいなかったわけじゃないしね。会いたかったら会えてたはずだよ。あたしはパパ
とママと会っていたもん」
兄「何をわけのわからないことを。俺だって自慢じゃないけど学校が終ったらまっすぐ自
宅に帰ってたぞ。主に姫の顔を見たかったからだけど」
妹「そのせいかもね。お兄ちゃんはあたしだけを見てたのね」
兄「・・・・・・悪いかよ」
妹「悪くはない。でもあたしはお兄ちゃんだけを見てたわけじゃないの」
兄「え? そうなのか」
妹「うん。あたしはパパとママのことも見ていたから。お兄ちゃんと違ってパパとママに
会っていたから」
兄「そう言われると返す言葉もないけど(何度も考えたことだけどやっぱり妹の俺への愛
情は家族への愛の延長なんだなあ。別に今となってはそれでもいいんだけど)」
兄(俺が妹を好きなのももちろん家族としての積み重ねの延長だけど。それでも姫と俺の
動機には確実に温度差が存在する)
兄(それでもいいんだ。さっき妹に言われたばかりだろ。)
妹『・・・・・・本当だよ。いったい何回間違えば気に済むのよ。いつもいつも一人で考え込ん
で、一人で勝手に悩んで』
妹「でもお兄ちゃんのことが好きなのは本当だから。たとえパパとママを失うことになっ
ても後悔しないくらいにね」
兄「わかってる」
妹「あ。誰か帰ってきたね」
613:
父「ただいま妹姫。休み中は悪かったね。寂しかっただろう」
妹「おかえりなさいパパって・・・・・・ちょっと苦しい。離してよ」
父「すまん。つい久し振りに姫と会えて嬉しくてな」
妹「もう。あたしだってパパに会えて嬉しいよ。パパ?」
父「うん? あ、うん」
兄(・・・・・・今に始まったことじゃない。散々見慣れた光景ではあるけど)
兄(姫の彼氏になってから妹が父さんにキスしているのを目の当たりにするとさすがにき
ついな)
父「香港に連れて行ってやれなくてごめんな、姫」
妹「お仕事が忙しいのはわかってるよ。わがままは言わないからまた今後連れて行って
ね」
父「そうだね。正月休みは無理だけど、来年には必ず行こうな」
妹「うん。お風呂入って。それからご飯にしよ。お寿司取っておいたから」
父「そうか。ああ、兄。おまえもちゃんと姫を守ってたか」
兄「ちゃんとやったって(うぜえ。早く風呂行け)」
妹「お兄ちゃんがいてくれたから全然寂しくなかったよ」
父「うん。それならいい」
妹「ママが帰ってくるまでにお風呂出てね。パパってお風呂が長いんだから」
父「わかったよ姫」
妹「・・・・・・こら」
兄「何だよ」
妹「いくらなんでもパパにまで嫉妬しないでよ」
兄「別に。してねえけど」
妹「もう。ひょっとして拗ねてる?」
兄「拗ねてねえよ」
妹「嫉妬するにしても見境がなさすぎでしょ。彼氏君ならともかくパパにまで嫉妬しない
でよ。お兄ちゃん・・・・・・」
兄「だから・・・・・・う」
妹「・・・・・・」
兄「・・・・・・」
妹「・・・・・・これでいい? 姫はパパには、自分の彼氏以外にはこんなキスはしないよ」
兄「別にそんなんじゃ(姫にベロチューされた。嬉しいけどそれを認めたらまるで俺が父
さんに嫉妬していたみたいじゃんか)」
兄(いや。まあ嫉妬しちゃったんだけど)
妹「あ。今度はママかな」
兄(・・・・・・)
618:
<親バレ>
母「あなたと一緒にお夕飯を食べるのも久し振りねえ」
妹「うん。すごく嬉しい」
母「あたしたちもね。ねえ? パパ」
父「うん。寿司も美味しいが、何よりも姫の顔を見るともっと仕事を頑張ろうっていう気
になるよ」
母「本当ね」
兄(もういい加減慣れたけど、こいつら俺のことは心底どうでもいいらしいな)
妹「ちょっと大袈裟だよ。パパもママも」
母「だって本当なのよ。あたしたちが何よりも大切なのはあなた。パパとママが一番大事
なのはあなたの幸せだけなのよ」
兄(・・・・・・まあ、でも俺はどちらかと言えば両親に愛されるというより両親と一緒に姫を
愛する側の人間だから問題はないけどさ)
兄(それに姫は俺のことを一番・・・・・・)
妹「あたしもパパとママが一番大好き」
兄(どういうことだよ)
母「あら。ママとパパが言いたことをあなたに先に言われちゃったわ」
父「全くだね。パパとママがいつも忙しく仕事をしているのも姫の将来のためだしな」
妹「・・・・・・やめてよ。パパもママもちょっと大袈裟だよ」
母「大袈裟なんかじゃないのよ。本当のことだもの」
兄(・・・・・・何かいつもと違うな、母さん)
父「うん。お母さんの言うとおりだよ。大袈裟でも何でもない」
妹「・・・・・・ちょっと、どうしたの? パパとママ、何かいつもと違うよ」
父「そうかもな。パパとママは姫が不幸になることは見過ごせないんだよ」
妹「・・・・・・パパ。何言って」
父「残念だよ。久し振りに家族で食卓を囲めたのに、こんな話をしなければいけないと
はな」
母「もう目を覚ましなさい」
妹「・・・・・・何の話だかわからないよ」
父「兄。おまえ何にも言わない気か」
兄「何言ってるんだかわからないよ」
母「いい加減にしなさい」
兄「・・・・・・え?」
父「落ちつきなさいママ。兄、よく聞きなさい」
妹「ちょっとパパ」
父「姫は黙っていなさい。兄」
兄「何だよ」
父「おまえは私たちとの約束を破ったね」
兄「何のことだかわかんないよ」
父「本当にわからないのか」
619:
兄「ああ(何言ってるんだ・・・・・・え? まさか)」
父「おまえ、私たちに約束したよな。私たちと一緒に姫を守るって」
兄「あ、うん。したけど」
母「・・・・・・本当に情けない。おまえって子は昔からそうよ」
父「ちょっと黙っていなさい。兄」
兄「何だよ」
父「おまえ。姫に、自分の妹に手を出したな」
兄(!)
母「・・・・・・よりによって自分の実の妹を。おまえなんか産まなきゃよかった」
父「おまえが姫を守るというのはそういうことなのか」
兄「・・・・・・」
父「言い訳すらなしか?」
兄(違うって言いたい。けど父さんの言っていることは事実そのものだし)
父「何とかいいなさい。おまえ、姫に何をした」
妹「パパ違うよ。お兄ちゃんは何も悪くないの」
父「姫も黙っていなさい。おまえの話は後で聞くから」
妹「いいから聞いて」
母「あなたは部屋に戻ってなさい。あとで声をかけるから」
妹「いや」
母「妹!」
兄「・・・・・・父さんと話すから。姫は母さんと一緒に」
妹「絶対にいや」
父「姫がそう言うならいいだろう。でもつらい思いをするかもしれないよ?」
妹「あたし、お兄ちゃんの側から離れないから」
兄「おい(姫に腕に抱きつかれた)」
母「お父さん」
父「まあしかたない。それに姫にも言わなくてはならないことはあるんだ」
母「でも」
父「私たちにとっては兄も姫もどちらも大事な子どもだろ?」
母「・・・・・・そうね」
兄(何だって)
妹「・・・・・・」
620:
父「おまえは姫を傷つけたな」
妹「・・・・・・あたしはお兄ちゃんに傷つけられてなんかないよ」
父「だから姫とは後で話したかったんだ。姫は兄に騙されてるんだ。言いくるめられてる
んだよ」
妹「パパ。何を言って・・・・・・」
父「姫をこれ以上傷つけたくない。今からでもママと二階に行っててくれないかな」
妹「・・・・・・行かない。お兄ちゃんを一人には絶対にしないから」
兄(姫)
父「しかたがない。姫は兄に騙されているんだよ」
妹「・・・・・・」
兄(姫が父さんを睨んでいる。あれだけ両親が大好きだった姫が)
父「兄、おまえ姫を無理矢理犯したな」
兄「な」
妹「違う! お兄ちゃんは無理矢理なんかしてない」
兄(え?)
父「・・・・・・やっぱりか。嘘だと信じたかったよ」
妹「・・・・・・あ」
兄(やられた。これは誘導尋問だ)
父「おまえがどうやって姫を騙したかはわからん。無理矢理したなんて初めから思ってい
なかったよ」
母「妹を何だと思ってるの。あんたの玩具じゃないのよ!」
妹「違うよ。あたしたちはそんなんじゃ」
父「あたしたちというのはやめなさい。姫は騙されてるんだ」
621:
<誤解>
母「あなたもいい加減に目を覚ましなさい」
妹「お兄ちゃんはそんなことしてない」
父「姫は少し落ちつきなさい」
妹「・・・・・・」
兄(姫。まるでハリネズミのように父さんと母さんに向って毛を逆立てている。妹のこん
なところを見るのは初めてだ)
兄(こんなに冷静に姫を観察している場合じゃないのにな。何か全てに現実感がない)
父「おまえは姫のことを・・・・・・その、つまり。つまり抱いたんだな」
兄「・・・・・・」
父「答えなさい」
兄「・・・・・・うん」
母「・・・・・・兄。あんた最低」
父「おまえはそれでも姫を守ったと言えるのか。胸を張って言えるのか」
兄(父さんと母さんが泣いている)
兄(・・・・・・それだけのことをしたんだもんな。無理はない)
兄(でも。でも、姫のこと愛しているからこそ)
兄(言い訳しても納得してもらえないだろうな)
父「おまえ。自分が妹に何をしたのかわかってるのか。おまえは姫の将来を閉ざしたんだ
ぞ」
妹「だから聞いて。お兄ちゃんは何も悪くないの」
父「・・・・・・ストックホルム症候群って知っているか」
妹「・・・・・・」
父「人質が犯人に対して憎しみではなく愛情を抱いていしまうことを言う」
妹「・・・・・・何よ」
父「普通の感情の延長だよ。立場が圧倒的に弱い人質は生き残るためには犯人に反抗的な
態度を取るよりは犯人に媚びた方が生き残る確率が高くなる」
兄(父さんは何を言ってるんだ)
父「だから犯人に媚びるための自分への言い訳として、人質は犯人のことを愛してしまっ
たと思い込むようになる。犯人に媚びる心理的抵抗を除去するためだ」
妹「違う。何バカなこと言ってるの」
父「バカなことじゃない」
622:
兄(本当にいったい父さんは何を言いたいんだ)
父「それに加えて姫は兄のことを悪く思いたくないという気持ちもあったはずだね。姫は
家族のことが大好きだったから」
妹「・・・・・・」
父「たとえ自分にひどいことをした兄であっても、姫はそのとき兄のことを悪く思いたく
ないという心理的な防衛反応を取ったんだよ」
妹「何を言ってるの。それ以上言うとパパのこと嫌いになるよ」
父「嫌われてもいい。姫の将来が台無しになるよりましだ」
母「・・・・・・あなた。これからどうするの」
父「兄、何とか言いなさい。せめて自分の口で自分のしたこと話なさい」
兄「・・・・・・俺と姫は。愛しあって」
父「ふざけるな!」
妹「やめて!」
兄(殴られた。でもしかたないか)
父「何か言えよ」
兄(口の中が切れた。血の味がする)
妹「お兄ちゃん。お兄ちゃん大丈夫」
兄「・・・・・・うん」
父「おまえは姫の人生を無茶苦茶にした。こんなことがばれたら姫はもう普通の交際も結
婚さえもできなくなったんだぞ」
母「やめて」
父「私たちにも悪いところはあっただろう。仕事のせいで兄と姫を二人きりにした。その
結果、姫は兄に依存するようになった。その責任は私たちにもある」
兄「何が言いたいの」
父「だけど私たちは・・・・・・私とママはおまえを信じていた。おまえなら。兄なら姫を守っ
てくれると信じていたんだ」
兄「・・・・・・(!)」
父「姫は自分を守ってくれる兄のすることなら全部正しいと思い込んでいるだけだ。姫は
自分の愛している家族が自分にひどいことをするわけがない、兄のしていることは正しい
ことなんだと思い込みたいだけなんだ」
妹「いい加減にしてよ! あたしはパパが思いたがっているような純真なお姫様じゃない。
あたしの方からお兄ちゃんに告白して迫ったんだよ。あたしはお兄ちゃんが大好きなの」
623:
父「そう思い込みたいという心理自体ががストックホルム症候群の典型的な心理的症状
だ」
妹「・・・・・・違うよ」
父「泣くことは何の証明にもならんよ」
母「あなた。これ以上妹を責めないで」
父「そうだな。兄、おまえはこの家から出て行け。生活の面倒と学費くらいは見てやる。
だから自分でアパートを借りて大学に通いなさい」
兄「・・・・・・姫は?」
父「まだそんなことを言ってるのか。姫は富士峰の生徒寮に入れる。おまえなんか信用し
ないで最初からそうしていればよかったんだ」
母「あたしが悪いと言いたいの?」
父「私が姫を寮に入れようと言ったとき、兄が面倒を見るから大丈夫だと言ったのは君だ
ろう」
母「あなただってあのときは同意したでしょ」
父「君の言うことなんか信用しなければよかったよ。そのせいで姫の将来は台無しじゃな
いか」
母「何でもあたしのせいにするのはやめてよ。自分だって妹のことを家で放置してたくせ
に」
父「何だと」
妹「もうやめて」
兄「わかった」
妹「・・・・・・お兄ちゃん?」
兄「言うとおりにするよ。家を出て行く。明日にでも部屋を探す」
妹「お兄ちゃんだめ。もうあたしを放っておかないって約束したじゃない」
兄「悪いな。姫」
父「姫もいい加減に目を覚ますんだ。実の兄貴のことが好きなんて姫の錯覚だ」
妹「違う! あたしたちは愛し合っているの・・・・・・お兄ちゃん? 何とか言ってよ」
兄「いや(これ以上は無理だ。姫の大好きな家族を壊しちまう。現に父さんと母さんまで
諍いを始めている)」
兄(とにかく一度は家を出よう。姫と全く会えなくなるわけじゃないし、家族のためにも
それが一番いいのかもしれん)
妹「やだよ。お兄ちゃんいやだよ」
兄「父さんの言うとおりにしよう。姫(姫。少しの我慢だ。親バレした以上はもうこれし
か)」
妹「絶対にやだ。こんなのやだよ。お兄ちゃん」
624:
<別離>
女友「おはよう」
兄「ああ」
女友「何がああよ」
兄「いや」
女友「まあ、このあいだみたいに、げっとか言われるよりましか」
兄「悪かったな」
女友「最近、妹ちゃん見かけないけどどうした」
兄「どうって。別にどうもしないけど」
女友「しかし意外だったよね。あんたの引越って妹ちゃんの入学と同時じゃなかったの」
兄「そのつもりだったんだけどね」
女友「何で連休明けそうそうに引っ越してきたのよ。何かあったの?」
兄「別に。両親が今まで以上に忙しくなったから、妹が高校の寮に入ることになってさ」
女友「寮? 妹ちゃんかわいそう」
兄「しょうがねえだろ。家の都合なんだから」
女友「あんたが早く家に帰れば済む話じゃない。これまでだってそうやって二人で生活し
てたんでしょ」
兄「・・・・・・」
女友「まあ、詮索する気はないけどさ。それよか」
兄「何だよ」
女友「ちょっと気になるんだけどね」
兄「何が」
女友「最近、女ってあんたによそよそしくない?」
兄「・・・・・・そう言われてみればそうかな?」
女友「何か変じゃない」
兄「だから何が言いたいの」
女友「あれだけ君のことが好きだって言ってたのにさ。君が一人暮らしを始めたって知っ
たら、女のことだからもっと君に言い寄るんじゃないかと予想してたんだけどなあ」
兄「そんなことはねえよ。現に最近あいつとは全然話してないぞ」
女友「わかってるよ。でも何でだろうねえ。何か兄友に騙されたときみたいになってるよ
ね」
兄「・・・・・・うん。女にも誰か好きなやつでもできたんじゃね」
女友「ちょっとさあ」
625:
兄「何だよ」
女友「いくら何でもその言い方は女に失礼じゃない?」
兄「どうして」
女友「どうしてって。女は兄友に騙され君に冷たくして以来、すごく後悔してたんだよ」
兄「女とは仲直りしたよ」
女友「とてもそうは思えないけどね」
兄「・・・・・・俺のせいかよ」
女友「そこまでは言ってないよ。でもとりあえず今、女が君を避けているのは間違いない
でしょ」
兄「そうだけど。でも少なくとも俺には心当たりはないぞ」
女友「何か女を怒らせることしたんじゃないでしょうね? 妹ちゃんとのいちゃいちゃを
女に見せつけるとかさ」
兄「ねえよ。だいたい今のアパートに引っ越してから妹には会ってねえよ」
女友「・・・・・・そうなの? 何であれだけ仲がよかった兄妹なのにそういうことになっちゃ
うわけ?」
兄「さあ」
女友「さあって。君さ」
兄(あれから姫とはずっと会ってない)
兄(メールは来る。姫の寮での生活とか授業とか部活とかの出来事を綴った何でもない内
容のメールが)
兄(もっと話したいことがあるはずなんだ。俺にも姫にも)
兄(でも、結局姫から来るのは平凡な日常を語るの内容のメールだけ)
兄(俺も同じだ。講義とかバイトとか日常の話題を返信するだけ)
兄(何でなのかはわからん。お互いに深い話は避けているけど、それでも一日に数回は
メールのやり取りをしている。それだけが今の俺の生き甲斐と言ってもいい)
兄(父さんたちの話題も、これまでの俺たちのことも、これからの俺たちのことすら話題
になったことはない)
兄(・・・・・・)
626:
女友「しかし君もつらいよね」
兄「・・・・・・何で?」
女友「ただでさえ君ってぼっちなのにさ。女にまで無視されちゃうと学内でつらいでし
ょ」
兄「別に俺は一人だって平気だよ(姫のメールもあるしな)」
女友「しかたないなあ」
兄「何だよ」
女友「せめてあたしくらいは君の友だちでいてあげるからね」
兄「余計なお世話だって。おまえだって女の他には友だちなんかいないくせに」
女友「だからさ。ぼっち同士仲良くしてあげるよ」
兄「大きなお世話だ」
女友「何よ。今をときめくファッション雑誌のモデルが君と親しくしてあげるて言ってる
んじゃない」
兄「別に頼んでねえぞ」
女友「今日はもう講義ないんでしょ?」
兄「ああ」
女友「バイトもない?」
兄「ないけど」
女友「じゃあ付き合ってよ。今日はこれから撮影だからさ。一緒についてきて」
兄「・・・・・・何で俺が」
女友「撮影現場であたしを独り占めできるんだよ? ぼっちのあんたの自尊心がくすぐら
れるでしょうが」
兄「いい加減に」
女友「じゃあ行くよ」
兄「おい。ちょっと待てって」
630:
いやいや…妹の不安が的中しちゃったね
635:
<思っていたよりいいやつなのかも>
兄「隣の森林公園? 撮影ってスタジオとかでするんじゃねえの」
女友「今日は屋外で撮影だからね。本当は集合場所に行かなきゃいけなかったんだけど、
今日は大学の隣での撮影だから、無理言って現場直行にさせてもらったの」
兄「そうか。つうか何で俺が一緒に」
女友「ほら。あそこにクルーがいる」
兄「ワゴン三台とか結構大掛かりなのな」
女友「そうかな。普段から外で撮影するときはこんな感じだけど」
兄「へえ。じゃねえよ。何で俺がおまえの仕事に付き合う必要があるんだよ」
女友「いい気分転換になるでしょ。妹ちゃんとも会えないんじゃ、講義が終ったら君には
何もすることなんかないんだろうし」
兄「だから大きなお世話だって言うの。何度も言わせるな」
女友「無理しなくていいよ。どうせいつもアパートに帰って一人で泣いてるんでしょ」
兄「泣いてなんかねえよ」
女友「あたしの勘って昔から結構当たるんだよ」
兄「だから今までおまえの勘なんか一度だって当たってねえだろ」
女友「そうでもないと思うけどな」
兄「・・・・・・どういう意味だよ」
女「はあい。おはようございまあす。遅れてごめんなさい」
兄「・・・・・・おい」
女「ちょっと行ってくるね。この辺で適当に見てて。君のことは話しておくから大丈夫だ
よ」
兄「・・・・・・(勝手に帰ったら駄目かな)」
兄(しかし女のやつ。あのワゴン車の中に入っていったままもう三十分以上は出てこないじゃんか)
兄(撮影とか全然始まらないじゃん。俺、こんなとこでいったい何をしてるんだろ)
兄(・・・・・・気晴らしにさえならないな。女友は好意で俺のことを気にしてくれたんだろう
けど)
兄(・・・・・・姫)
兄(ひょっとしてもう二度と姫とは会えないんだろうか)
兄(いや。今はそんなことを考えてはいけないな。姫の生活を落ちつかせることが最優先
だ。今は父さんと母さんの言うとおりにした方がいいんだ)
兄(今日はまだ姫からメールが来ない)
636:
兄(・・・・・・しかしいい商売だよな。たかが雑誌の一カット撮影するのにこんなにのんびり
と時間をかけるなんて)
兄(気晴らしになるどころじゃない。暇なんでかえっていろいろ考えちまうじゃねえか)
兄(マジでそろそろ帰っちゃおうか。別に家に帰ったって一人きりだしすることがあるわ
けじゃないけどさ)
兄(あれ? ワゴン車から誰か出てきたけど)
兄(・・・・・・え? あれ女友か)
兄(何か印象が違うな。きっとメークとか服装のせいだろうけど)
兄(しかしあの格好)
兄(あいつ。普段はジーンズとTシャツとかラフな格好だし、すっぴんで大学に来ること
もあるのにな。変われば変わるもんだ)
兄(何か人混みの中心に女友がいる。あれ、レフ板とかって言うんだっけ)
兄(何やらポーズを取ってるな。ようやく撮影が始まったのか)
兄(どれどれ)
兄(・・・・・・)
兄(へえ。何か普段の女友と全然違うな。何というかオーラがある。あれだけのスタッフ
があいつを撮影するだけのために群がっているのか)
兄(まあ、それはいいとしてだ。撮影っていったいどれくらい時間かかるのかな。もうす
ぐ暗くなるし、自然光で撮影しているみたいだしまさか夜になってまで続くことはないん
だろうけど)
兄(・・・・・・俺、何やってるんだろ。いい加減に姫のいない生活に慣れなきゃ)
兄(女は何だか俺のことを避けてるし、妹友に至っては当然と言えば当然だけど連絡する
らない。まあ、妹とは同級生だし同じ部活だから何らかの交渉はあるんだろうけど)
兄(姫のメールには泣き言もないし、妹友との話もない。日常的な話題ばっかで)
兄(姫はか弱い女の子じゃないしな。親バレした日はさすがに泣いて俺にすがりついてた
けど、決まってしまったことにたいしていつまでも泣き言を言うような性格じゃゃない)
兄(そんなことは本当はわかってたんだ。親や俺が常にべったりとくっついて守ってやら
ないといけないようなひ弱なお姫様じゃないんだって。ただ、俺たちが勝手に姫に自分た
ちの幻想を押し付けてたんだ。姫には俺たちがいないと駄目なんだって)
兄(姫と会えなくなって冷静に考えて、俺はようやくこのことをはっきりと理解したけ
ど・・・・・・・。父さんと母さんは相変わらず娘はか弱い傷付きやすい女の子だと信じている
んだろうな)
兄(ストックホルム症候群? あとで調べてみたけどバカ言うな。姫みたいな自我が確立
した子がそんなことになるもんか。むしろ俺の方がよっぽど打たれ弱いくらいだ)
兄(・・・・・・姫。もう内容なんか何でもいいから早く俺にメールをくれよ)
637:
女友「元気出せ」
兄「おわっ。っておまえか。いきなりびっくりするだろうが」
女友「何ぼうっとしてたの」
兄「ちょっとな」
女友「どうせ妹ちゃんのことでも考えてたんでしょ」
兄「・・・・・・うるせえよ」
女友「図星か。しかし君も見た目と違ってメンタル弱いよね」
兄「(う。図星だ)んなことねえよ。それよか撮影、終ったの?」
女友「休憩時間だよ。スポーツドリンク飲む?」
兄「え? ああ、どうも」
女友「ふふ」
兄「どうした」
女友「間接キスだ」
兄「え? おまえなあ。そんなもの人に勧めるなよ」
女友「さっきさ。メークの人に聞かれちゃった」
兄「何を」
女友「君のこと」
兄「俺?」
女友「うん。あたし、男の子を現場に連れてきたのって初めてだったからさ」
兄「ふーん」
女友「彼氏? って聞かれちゃった。マネージャーさんはいやな顔してたけど」
兄「おい。そういうのってやばいんじゃないの?」
女友「さあ? 別にタレントじゃないもん。別に平気じゃない?」
兄「そうかもしれないけどさ。何も誤解をそのまま放っておかなくてもいいと思う」
女友「それはそうか。言われてみればそうだね。あはは」
兄「・・・・・・あははじゃねえだろ(でも、こいつ。思っていたよりいいやつなのかも)」
638:
<どちらかというと姫の性格と似ている>
女友「とにかく元気だしなよ。この人気モデルのあたしがぼっちの君の友だちになってあ
げるって言っているんだし」
兄「ああ、そうだな。ありがとな」
女友「光栄に思いなさいよ?」
兄「思うけどさ。でも、あんまり学内では会わない方がいいかもな」
女友「何で?」
兄「おまえって女の親友なんだろ? 何でか知らねえけどさ。女が俺を避けているのに、
俺とおまえが一緒にいるってわけにもいかないだろ」
女友「別にいいじゃん」
兄「いいって・・・・・・」
女友「女はあたしの親友だけど、君だって今日からはあたしの友だちだもん。別に誰に遠
慮することなんかないでしょ」
兄「だってよ。俺と親しくしてるとおまえが女と気まずくなるだろ」
女友「親友だからって自分の気持を曲げる気はないよ。あたしは女の親友。でもあんたと
も仲良くする。それで女に嫌われるならそれだけの仲だったんだよ」
兄(こいつ。女とか妹友とかと違う。見た目は全く違うけど、どちらかというと姫の性格
と似ている)
兄(姫は外見だけ見れば清楚でか弱そうな女の子だ。それに比べて女友は活発で人見知り
しない。こいつが何で大学で友だちが少ないのか不思議なほどに。それに姫は普通の女子
高生だけど、こいつは高校の頃から読者モデルとかしてて今では若い女の子向けのファッ
ション雑誌の表紙デビューを飾ったほどの売りだし中のモデルだ)
兄(それでも性格は似ていると思う。こうと決めたらなかなか気持を曲げない頑固なとこ
とか、芯が強くて打たれづよそうなところとか)
兄(女友の性格なんてそんなに深く知ってるわけじゃないけど、何となく今のやりとりだ
けでもそう思えるから不思議だ)
兄「まあ、おまえがそう言うなら」
女友「君ってぼっちだし女に慣れてる感じでもないのに、さりげなく優しいのね」
兄「何でだよ」
女友「今、あたしと女の仲のことを心配したでしょ」
兄「別に」
女友「あ、呼んでる。じゃ、ちょっと行って来るよ」
兄「俺はそろそろ」
女友「帰っちゃだめよ?」
兄「・・・・・・わかった」
639:
兄(撮影再開か。モデルとかって華やかな仕事かと思ってたけど意外と地味で面倒くさそ
うだな。さっきから何度も同じようなポーズを取らされてるし)
兄(仕事なんだからそうなんだろうな)
兄(・・・・・・大学で友だちができたのはいいけど。それは女友に感謝しなきゃいけないけど。
やっぱりそれで楽になれるかというとなかなかそうもいかないみたいだ)
兄(だって女友はいいやつだし感謝もしてるけど、それでもちっとも胸のもやもやが晴れ
ないしな)
兄(女友はああ言ってくれたけど、俺ってやっぱり優しいんじゃなくて不誠実、つうか流
されやすいだけなんだ。女にも妹友にも気を持たすような態度をしたけど、実際には女が
そっけなくても妹友から連絡がなくても全然気にならないもんな)
兄(結ばれたからってだけじゃない。たとえあの夜がなくたってやっぱり俺は姫のことが
一番気になるというか、姫のこと以外は気にならないんだな)
兄(妹なのに。つうか妹だからと言うべきか)
兄(とりあえず両親の言うとおりにしようって姫に言ったけど。ひょっとしたらもうこの
まま姫とは終っちゃうのかな)
兄(こっちからメールしようかな)
兄(いや。何てメールする気だ? 前に気軽にしたみたいに三択の問題を姫に出すとでも
言うのか)
兄『嫌いじゃないという感情を表わす単語を次の中から一つ選べ』
妹『あたし国語は苦手だよ』
兄『1好き 2好き 3好き』
妹『・・・・・・ふふ』
兄『何笑ってるんだよ』
妹『ベタなジョーク。そんなにあたしに好きって言わせたいの?』
兄(ついちょっと前のことなのにずいぶん昔のことみたいだ。あの頃の俺は考えなしだっ
た。今ならとてもあんなことは口にだせねえな)
兄(メールしたくたって、妹と繋がっていたくたって姫に言える言葉すら今の俺にはない
んだ)
女友「お待たせ」
兄「(びっくりした。いつのまに)もう終ったの?」
女友「うん。光線がもう弱いから終わりだって」
兄「そういうもんなんだ」
女友「屋外撮影だからね。カメラマンの先生は本当はもう少し粘りたかったみたいだけど、
プロダクションの人が夜間は公園の撮影許可が下りてないからって」
兄「ふーん」
女友「車で送るよって言われたんだけど、断っちゃった」
兄「何で?」
640:
女友「これから飲みに行こうよ」
兄「・・・・・・・はい?」
女友「せっかく友だちになったんだからさ。お近づきのしるしということで」
兄「俺、そういう気分じゃ」
女友「だからだよ。気分転換にさ。どうせ明日は土曜日だし講義ないでしょ?」
兄「ないけど」
女友「じゃあ、行こう。お腹も空いたから居酒屋にでも行こうよ」
兄「(このままアパートに帰ってもやることないしな。まあいいか)わかった」
女友「お疲れ様でした。このまま直帰しますので。あ、はーい」
兄「・・・・・・(何か俺、すげえ見られてる。スタッフの人たちの好奇心溢れる視線が痛
い)」
女友「じゃあ行こうよ。学校の側の居酒屋でいいよね」
兄「あの辺りだと知ってるやつがいっぱいいるぞ」
女友「別にいいじゃん。君をぼっちだと思ってバカにしてる人たちに見せつけてやろう
よ。スカッとするじゃん」
兄「おまえ、絶対面白がってるだろ」
女友「君はスペック的にぼっちだとかってバカにされるような男の子じゃないよ。あたし
だってそうだよ。そう思うでしょ?」
兄「確かにおまえみたいなリア充がぼっちなのは不思議だよな」
女友「まあ、あたしが周囲からハブられてるのは高校の頃からなんだけどね」
兄「何で?」
女友「とにかく飲みに行こう。持ち合わせがないならあたしが奢ってあげるから」
兄「バカにすんな。おまえに奢るくらいの金はあるよ」
女友「なら決まりね。行こう」
兄(あれ?)
641:
<SOS>
兄「・・・・・・ここってうちの学生がよく来る店じゃん」
女友「お互い未成年じゃん。こういうところの方が目立たなくていいでしょ」
兄「大学生になってるんだからまさか飲酒で補導とかされないでしょ」
女友「ごちゃごちゃうるさい。ほら入るよ」
兄「ちょっと」
女友「やあ、混んでるね」
兄「ちょうど席が空いててよかったな」
女友「とりあえず生ビールにしようかな。君は?」
兄「同じでいいよ」
女友「じゃ乾杯」
兄「お疲れ」
女友「今日は何時間も付き合わせちゃって悪かったね」
兄「(全くだ)いや、面白かったよ」
女友「あたし、どうだった?」
兄「どうって?」
女友「だからさ。メークして被写体になってたあたしをどう思った?」
兄「いや。遠目に見てただけだし」
女友「休憩中はメークしたままあんたと話したでしょうが」
兄「あ、ああ。綺麗だと思ったよ」
女友「本当?」
兄「う、うん」
女友「ま、いいか。目は明らかに嘘だって言ってるけどね」
兄「そんなことないって」
女友「何か食べようよ。あとビールもお代わりしよ」
兄「おまえピッチ早いな」
女友「すいませーん。注文お願いします」
642:
?「あれ、女友じゃん」
兄(誰だこいつ)
女友「・・・・・・ごめん。誰だっけ?」
?「ほら。同じ講義受けてるじゃん。俺のことわからない?」
??「おまえ何ナンパしてんだよ。って。女友さんじゃない」
兄(何かわからんけど、同じ大学の男たちか? チャラそうなやつらだな)
?「女友さんのことは兄友から聞いてるよ。モデルやってんだって?」
兄(ここで兄友かよ・・・・・・)
??「俺さ、先月号の××ティーン見たよ。表紙モデルだったよね」
?「俺、実はファンだったんだよね。よかったら一緒に飲まない?」
??「そうそう。合流しようぜ。こっちにも女の子もいるし遠慮はいらないし」
兄(なるほど。これじゃあ、いくら知り合いが増えても女友が親しくしたいやつがいない
わけだ。声をかけられないからぼっちなんじゃなくて、なまじ顔が知られている分こうい
うやつらに声をかけられてきたんだな)
女友「兄君さ、何が食べたい?」
兄(女友・・・・・・・見事なまでにこいつらを無視したよ。だんだん女友がぼっちば理由がわ
かってきたぞ)
?「えええ? 無視はないでしょ」
??「そっちの彼氏も一緒にどう? 女の子もいっぱいいるよ」
兄(うぜえ)
女友「うるさいなあ」
?「え?」
??「何?」
女友「うざいから放っておいてよ。今、あたしは友だちと飲んでるの。邪魔しないで」
?「何だこいつ」
??「いい気になりやがって」
兄(あれ? ちょっとやばいかな)
女友「兄君って好き嫌いある?」
兄「別に食えないもんはないけど」
女友「じゃああたしが決めていい?」
兄「任せるよ」
?「おい。おまえぼっちのくせに強気に出てるんじゃねえよ」
643:
兄「・・・・・・俺?」
??「他に誰がいるんだよこのばかやろうが」
兄(酔っ払いに絡まれるとは最悪だ。何でこうなるんだろうな)
?「すかしやがって。何か言えよ。てめえのことは兄友から聞いてるんだよ。この童貞の
オタク野郎が」
女友「じゃあ勝手に決めちゃうね」
兄(女友も全然こいつらを相手にしてねえな。これじゃ浮くわけだ)
??「おまえ、兄って言うんだろ? この童貞のボッチ野郎。何か言えよ」
兄(何かやばそうだな。こんなところで俺のバカの一つ覚えの空手を披露するわけにはい
かないし。だいたいあれは父さんに言われて姫を守るためにいやいや覚えたんだし)
?「女友さんさあ、こんなやつ放って置いていこうぜ」
女友「手を離せ」
兄「おい」
??「何だ? やる気かこいつ」
兄(しかたない。俺の駄目空手を披露するか。しかし一応国立大学なのに何でこんなアホ
が潜り込めるんだ。姫だって偏差値が届いてないのに。何か不合理だよな)
女友「離せって」
兄「おい(しゃあねえなあ)」
女友「・・・・・・助けてくれてありがと」
兄「いや」
女友「君って強いんだね。格好よかったよ」
兄「んなんじゃねえよ」
女友「あっという間にあいつらを追い払っちゃったね」
兄「店の人が間に入ってくれたせいで警察沙汰にならないでよかったよ。店は追い出され
たけど」
女友「・・・・・・見直した」
兄「何が」
女友「・・・・・・友だちだよね?」
兄「うん?」
女友「あたしたち」
兄「まあね」
女友「・・・・・・うん。よかった。今日は帰るわ」
兄「おう。じゃあな」
女友「・・・・・・またね」
兄(あれ。妹からメールが着てた。全然気がつかなかった)
兄(もう、いや。いやだよ。お兄ちゃんお願い助けて・・・・・・ってこれ)
兄(これって)
兄(姫!)
648:
<あれは絶対レイプなんかじゃないでしょ>
妹友「・・・・・・まだ怒ってるの?」
妹「・・・・・・別に」
妹友「黙って帰ったのは謝るよ。でもあのときはあれ以上一緒にいるべきじゃないと思っ
たの」
妹「・・・・・・」
妹友「それとも妹ちゃんが怒っているのって約束を破ったこと?」
妹「それもある。彼氏君はお兄ちゃんには言わないって約束したのに」
妹友「図書館のことね。あれは確かに悪かったと思う。お兄ちゃんもやりすぎたよ」
妹「・・・・・・」
妹友「でもさ。海に行ったときの妹ちゃんだって最初はお兄ちゃんとべたべたしてたじゃ
ん。お兄さんに知られたくないならあんなことする必要なんかなくない?」
妹「四人で一緒に旅行してるんだもん。無視したりもできないし」
妹友「そうじゃないでしょ。あれはわざとでしょ? ちゃんと目的があってああしてたん
だよね?」
妹「何言ってるの」
妹友「かわいそうにお兄ちゃんはその気になってしまったみたいだけど。でも妹ちゃんの
目はお兄ちゃんの方なんかこれっぽっちも見てなかったよね」
妹「いい加減にして」
妹友「行きのファミレスでもそう。スーパーに行たときだってそう。妹ちゃんは自分の
お兄さんの方しか見てなかったでしょ」
妹「何言って・・・・・・」
妹友「あたしとお兄さんが親しく話していると、いらいらして口を挟んできたしね」
妹「本当に何が言いたいの。遠廻しにぐちぐち言うのはやめてくれないかな」
妹友「お兄ちゃんは妹ちゃんとの約束を破ったかもしれない。でも妹ちゃんだってお兄ち
ゃんのことを利用したじゃない。お兄ちゃんの気持を知っていながら」
妹「・・・・・・」
妹友「お兄ちゃんとべたべたして見せて、妹ちゃんのお兄さんに嫉妬させようとしてた。
そんなの誰が見たってわかるよ。まあ、お兄さんは妹ちゃんの仕掛けを間に受けてあなた
にマジで嫉妬してたけどね」
妹「・・・・・・」
妹友「妹ちゃんって単なるブラコンの域を超えちゃってるよね。本気でお兄さんに嫉妬さ
せようとするなんて」
649:
妹「そこまで言うならあたしも言わせてもらう」
妹友「どうぞ」
妹「あんたは旅行中必死になってあたしのお兄ちゃんをこれでもかっていうくらい誘惑し
てたよね」
妹友「だから? あたしがあなたのお兄さんを好きになっちゃいけないの? 少なくとも
自分の妹と付き合うよりはお兄さんにとってもいいんじゃないかな」
妹「・・・・・・あんたが本当にあたしのお兄ちゃんのことが好きならね」
妹友「妹ちゃんが自分で言ったんじゃない。あたしがお兄さんのことを誘惑したって」
妹「誘惑したでしょ。実際に。でもさっきの言葉は妹友ちゃんにそのまま返すよ」
妹友「はあ? 何言ってるのかわからない」
妹「妹友ちゃんだって本当は彼氏君が、自分のお兄さんのことが好きなくせに。お兄ちゃ
んとベタベタして見せて彼氏君に嫉妬させようとしたのはあなただって同じじゃない」
妹友「妹ちゃんって面白いなあ」
妹「何余裕ぶってるの? 図星の癖に」
妹友「あたしだってって言ったよね。つうことは自分がお兄さんのことを好きなことは認
めるんだ」
妹「あ」
妹友「おかしいの。自分で認めちゃってるじゃん」
妹「とにかく。あの夜のあれは・・・・・・あれは絶対レイプなんかじゃないでしょ。むしろあ
たしとお兄ちゃんが予想より早く帰ってきちゃって邪魔しちゃったんだよね。せっかく長
年の想いがかなったのに。邪魔しちゃってごめんね」
妹友「・・・・・・あれはそうじゃないよ」
妹「いい加減にして。もう本当のことを言うけどさ。あたしは嫌だったけど彼氏君に頼ま
れて彼氏君の彼女の振りをしてたの。妹友ちゃんに黙っていたのは悪かったけど」
妹友「そんなの知ってたよ。お兄ちゃんは何も言わなかったけど、妹ちゃんの態度自体が
すごく不自然だったもん」
妹「じゃあ、彼氏君が何でそんなことをしたかはわかるの?」
妹友「どうせ妹ちゃんはお兄ちゃんに言われてたんでしょ。あたしがお兄ちゃんのことを
好きみたいだから、あたしを諦めさせるために彼女の振りをしてくれって」
妹「わかってたみたいね。それなら何で黙ってあたしと彼氏君の仲を応援したのよ」
妹友「どうでもよかったから」
妹「何が?」
妹友「お兄ちゃんのことなんかどうでもよかったから」
妹「誤魔化すな。そう、もうあたしも正直に言うよ。あたしはお兄ちゃんのことが好き。
もうずっと前から、多分小学校の低学年の頃からずっとね。でも妹友ちゃんだってそうで
しょ? あたしが告白したんだからあんたも正直に言いなさいよ」
妹友「・・・・・・最悪」
妹「最悪って何が?」
650:
妹友「実の兄を愛しちゃうなんて最悪じゃん。どうしてそういうことするのよ」
妹「何怒ってるの。だいたいあんただって彼氏君のことが好きなくせに」
妹友「兄妹だからそういう意味の情はあるけど、男性としてお兄ちゃんのことが好きなん
てことがあるわけないじゃん」
妹「裸で抱き合ってたくせに」
妹友「お兄ちゃんの気持を考えると、本気で抵抗できなかっただけ。でもあれは本質的に
はレイプだよ。あたしの気持ちなんか無視してだもん」
妹「無理矢理なのに抵抗しないとかあたしには理解できない」
妹友「とにかくあたしは実の兄のことなんか男性として意識すらしていません」
妹「・・・・・・じゃあ」
妹友「何よ」
妹「妹友ちゃんって、本気でうちのお兄ちゃんのことが」
妹友「・・・・・・そろそろ寮の門限じゃない?」
妹「・・・・・・うん」
妹友「あのさ。お兄さんの新しい住所とかって」
妹「教えない」
妹友「・・・・・・」
妹「妹友ちゃんがお兄ちゃんのことを好きなら、住所なんか教えない」
妹友「何で」
妹「あたしはお兄ちゃんの彼女だし、お兄ちゃんはあたしの彼氏だから。お兄ちゃんもそ
う言ってくれたから。だから妹友ちゃんには教えない」
妹友「そう。それならいいよ」
妹「あたしもう行く。寮の門限に遅れると怒られるから」
妹友「うん。わかった。またね」
妹「・・・・・・じゃあ」
651:
<妹ちゃんに親しくしようとすると妹友ちゃんがすぐに邪魔するじゃん>
妹「遅くなってすいません」
上級生「ぎりぎりじゃない。これからはもっと早く寮に戻るようにしてね」
妹「はい。ごめんなさい」
上級生「急がないとお風呂の時間終っちゃうよ。食事の前までに終らせてね」
妹「はい。先輩」
上級生「あ、ちょっと。妹さん」
妹「はい?」
上級生「携帯電話を預けて行くの忘れてるよ」
妹「・・・・・・はい」
上級生「三年生になれば寮内でも携帯を持てるからさ。もう少し我慢しな」
妹「はい」
同室の友だち「今日の夕食は珍しく結構美味しかったね」
妹「そうかな」
友だち「妹ちゃんは通学生だったからそんなこというけどさ。中学の頃からずっと寮にい
るあたしにしてみれば、今日の夕ご飯は珍しく美味しく食べられたんだよ。ああ、今日は
幸せに眠れそう」
妹「・・・・・・そうなんだ」
友だち「どうする? 部屋に戻る? それとも自習室でおしゃべりでもする?」
妹「自習室でしゃべってたら怒られるんじゃないの」
友だち「静かにしてれば大丈夫。あと舎監の先生が来たときだけ勉強している振りをして
いれば問題ないよ」
妹「任せるよ。どっちでもいい」
友だち「あんたってさあ。そういうキャラだっけ?」
妹「何が?」
友だち「昼間の学校じゃあ普通に積極的なのに。そんなに家に帰りたい?」
妹「まあね。正直寂しい」
友だち「そうか。あたしも最初の頃はそうだったよ。でも大丈夫。数ヶ月もここにいれば
いやでも慣れるって」
妹「・・・・・・」
友だち「あんまり悩むなって。あたしがここの過ごし方を教えてあげるから」
妹「ありがとう」
友だち「いいって。あたしの方こそ妹ちゃんと仲良くなれて嬉しいよ」
652:
妹「え?」
友だち「えって。何で驚いてるの」
妹「ああ、別に。でもあなたとはあたしが寮にはいる前から仲良かったと思ってたから」
友だち「うーん。そう言ってくれるのは嬉しいけどさ。妹ちゃんって仲良くしづらい人じ
ゃない?」
妹「・・・・・・何で?」
友だち「だって」
妹「あたしってそんなに声かけづらい?」
友だち「そうじゃなくてさ。その。妹ちゃんには妹友ちゃんがいるし」
妹「どういう意味」
友だち「本当にわからないの?」
妹「うん」
友だち「妹ちゃんって可愛いし性格もいいしさ。友だちになりたいっていう子はいっぱい
いるんだよ」
妹「可愛いとかはないと思う。でもあたしと友だちになりたいって子がそんないたなんて
聞いたことないよ」
友だち「本当だって。でもみんな勇気がないんだよね。あたしもそうだけど」
妹「全然わからないんだけど。どういうこと?」
友だち「だって・・・・・・・。本当にわかってないの?」
妹「うん」
友だち「だってさ。妹ちゃんに親しくしようとすると妹友ちゃんがすぐに邪魔するじゃ
ん」
妹「え」
友だち「妹ちゃんに声をかけようとしてそれで挫折した子が何人いたことか」
妹「うそでしょ」
友だち「うそじゃないって。まさか自分ではわかっていなかったの?」
妹「当たり前じゃん。びっくりしたよ。あたしって周りの人に好かれない性格なのかと思
ってたよ」
友だち「そんなわけないじゃん。でも妹友ちゃんと喧嘩してまで妹ちゃんに近づくだけの
勇気のある子なんかあんまりいないし。先輩たちだってそうなんだよ。妹ちゃんのこと可
愛いって言ってた先輩もいっぱいいたんだけどねえ」
妹「・・・・・・」
友だち「もっと言えばさ。隣の男子校の子たちだって妹ちゃんのことを気になった男の子
もかなりいたらしいけど、みんな妹友ちゃんに邪魔されて諦めてたしね」
妹「・・・・・・何で」
653:
舎監「池山さんはここにいる?」
友だち「げ。妹ちゃん、舎監の先生に呼ばれてるよ」
妹「・・・・・・うん」
舎監「池山妹さんはいないの?」
妹「はい。います」
舎監「いるならもっと早く返事しなさい。ロビーの電話にお母さんからかかってきている
からすぐに行きなさい」
友だち「・・・・・・携帯を持たせてくれたらこんな面倒なことしなくてもいいのにね」
舎監「何か言った?」
友だち「何でもないです」
舎監「だったら黙ってなさい。寮内は携帯禁止でしょ」
友だち「はーい」
舎監「池山さん。早くロビーに行きなさい」
妹「はい」
妹「もしもし?」
妹「あ、ママ」
妹「うん、元気だけど」
妹「・・・・・・」
妹「どうして?」
妹「どして週末の外出許可を申請してれくれないの?」
妹「ママが忙しいのはわかってる」
妹「パパも帰れないのはわかったよ。でも、どうしてあたしが週末くらいはおうちに帰っ
ちゃいけないの?」
妹「違うよ。どうせ帰ったってお兄ちゃんは家にはいないんでしょ。お兄ちゃんと会いた
いからなんて言ってないじゃん。あたしは家が好きなの。せめて週末くらいは」
妹「お兄ちゃんだって家にはずっと帰ってきてないんでしょ? もうここで暮らすのはい
やだよ。お兄ちゃんと一緒に住めないならせめて家で一人暮らしさせてよ。ちゃんと家事
もするから」
妹「もういやだよ、こんなの。何でうちの家族はみんなで一緒に暮らせないの? 寮にい
るのはみんな地方に家がある子だけなのに」
妹「ママ? 泣いてるの」
妹「ママ? え?」
654:
<離婚>
妹「どうしたの」
妹「・・・・・・」
妹「・・・・・・え」
妹「何でそんな・・・・・・」
妹「冗談でしょ」
妹「・・・・・・」
妹「もしかして・・・・・・あたしとお兄ちゃんのせい?」
妹「・・・・・・違うの? じゃあいったい何で」
妹「やだよ。そんなのやだよ」
妹「・・・・・・やだって。ちょっと待ってよ。何が何だかわからないよ」
妹「・・・・・・ちょっと」
友だち「お母さん何だって?」
妹「・・・・・・あのさ。預けた携帯ってどこに保管してあるの?」
友だち「何でそんなこと聞くの」
妹「どうしてもメールしたいの」
友だち「・・・・・・」
妹「教えて。お願い」
友だち「・・・・・・ばれたら一月以上外出禁止になるよ」
妹「それでもいいから」
友だち「・・・・・・つうか教えたらあたしもそうなるんだけどな」
妹「あ。そうか。勝手なこと言ってごめん」
友だち「・・・・・・」
妹「・・・・・・ごめん。勝手なこと言っちゃった。忘れて」
友だち「妹ちゃんってやっぱりいい子だよね。いつも妹友ちゃんと一緒にいたから君のい
いところが見えにくかったのかな」
妹「あの」
友だち「よし。教えてあげるからついて来て」
妹「いいの?」
友だち「うん。そのかわり今日からあたしは妹ちゃんの友だちね」
妹「・・・・・・ありがとう」
655:
兄(いったい何なんだ。姫に何が起きたんだろう
兄(つうかこの時間なら姫はもう寮内のはずだし寮内では携帯は没収されるとか言って
た。だから今までだって昼間にしか姫からのメールは来なかったんだし)
兄(でもこの文面。ただ事ではないと思う。どうしたらいいのだろう)
兄(これから妹のところに駆けつけるか?)
兄(いや。駆けつけてどうする。妹は寄宿舎にいるんだ。まさか女子校の寮に押し入るわ
けにもいかんだろう)
兄(週末なら妹だって実家に帰っているも知れないけど)
兄(それにしても姫の寮の門限は早いよな。もう門限なんかとっくに過ぎているはず。そ
れでも俺にメールしてきたってことは。何があったか知らないけど妹は今携帯を手元に持
ってるんだ)
兄(電話はまずいかもしれないけど、とりあえずメールに返信してみよう。よし早くしよ
う)
兄(どうした? 何があった。姫がつらいなら俺はすぐにでもそっちに行くぞ)
兄(送信っと)
兄(・・・・・返事来るかな)
兄(・・・・・・)
兄(来た!)
兄(できたら明朝七時に校門の前にいて。お兄ちゃんに会いたい。お兄ちゃんの姫より)
兄(明日の七時・・・・・・)
兄(まだ時間が早いせいか通学する生徒の姿は全くないな。誰もいない)
兄(つうか小雨が降ってるし。傘持ってくればよかった)
兄(いや。そんなことはどうでもいい。三週間ぶりに姫に会えるんだ)
兄(・・・・・・いや違う。会えるとかそんなことは置いといてだ。姫のあのSOSを解決して
あげないと。俺は姫を一生守るって決めたんだ。それは父さんたちの期待していたような
守り方じゃないかもしれないけど)
兄(もうすぐ七時だ。登校するには早い時間だけど)
兄(あれ? 校門の外の方を見ててもしかたないのか。家から通っているわけじゃないん
だから)
兄(富士峰の寮は学校の敷地内にある。だから姫は校門の中の方から出てくるのか)
兄(姫と会わなかったことなんかこれが初めてじゃない。前に姫に振られて俺が拗ねて一
人暮らしをしたときだってそうだったけど。何か姫と相思相愛になったはずの今でも、や
っぱり緊張するな)
兄(あれ。誰か来た・・・・・・姫)
656:
妹「・・・・・・お兄ちゃん」
兄「姫」
妹「来てくれたんだ」
兄「当たり前だ。父さんたちに言うことに一時的に従ったけど、俺は姫と別れたつもりな
んかない。姫がSOSを出せば何があっても駆けつけるよ」
妹「そうなんだ」
兄「そうなんだって。姫は俺のこと信じてくれてないの?」
妹「だって。お兄ちゃん勝手にあたしを放置してまた一人で出て行っちゃったし」
兄「ごめん。でも親バレしたじゃん? 今は少なくとも言うとおりにするしかないん
だ。あと三年して俺が就職したら、そしたらもう姫から二度と離れない」
妹「・・・・・・一応、ちゃんと考えていてはくれたんだね」
兄「ああ。今二人で家を出たって生活することすらできないから」
妹「お兄ちゃん。あたしね」
兄「うん」
妹「あたし・・・・・・もうやだ」
兄「どうしたの? つうか傘ないの? 濡れるって」
妹「覚悟はしてたんだよ。お兄ちゃんと結ばれたときから、いつかは選ばなきゃいけない
ときが来るって。そのときはパパもママも捨てることになってもお兄ちゃんだけを見て行
こうって」
兄「・・・・・・うん。あと三年待ってくれたら、俺も姫の気持に応えられると思う」
妹「三年も待てないの。もう待てないんだよ」
兄「どうしたの? 何でSOSなんだよ。そんなに寮がつらい? 姫の大好きな家で暮ら
せないことが我慢できない?」
妹「お兄ちゃんの言うことはわかってた。だから三年は我慢しようと思ってたから、つら
くてもお兄ちゃんにはそういう愚痴みたいなメールはしないように努力してたの」
兄「そうか(姫。かわいそうに)」
妹「昨日ママから電話があったの」
兄「そう(どうせ俺と会ってないかとか探りを入れたんだろうな)」
妹「・・・・・・パパとママ、離婚を前提に別居するって」
兄「え? ちょおまえ何を」
妹「もうずっと前からお互いに好きじゃなかったんだって」
兄「ちょ、ちょっと待て。俺は何も聞いてないぞ」
妹「ずっと前から、あたしのためだけに夫婦を演じてたんだって。あたしが大切だから。
あたしのことを愛しているから。だからパパとママはお互いに愛情なんてないのにずっと
仲がいい振りをしてたんだって」
兄「嘘だろ・・・・・・それ、本当なのか」
妹「あたしだって嘘だって思いたいよ。あたしの大好きな家族は、あたしが勝手に思い込
んでいた仲のいい家族なんて本当は演技の上で成り立ってただけなんだって」
兄「姫・・・・・・」
妹「あたしのせいだ。あたしのせいでパパとママは離婚するんだよね? もうやだよ。お
兄ちゃん助けて」
兄「姫(今はとにかく妹を抱きしめよう)」
妹「お兄ちゃん」
兄「・・・・・・(くそが。あのバカ両親が。姫を守れなかったのはあいつらの方じゃねえ
か。あいつら。絶対に許さない)」
665:
<・・・・・・最初からなかったの?>
兄「・・・・・・落ちついた?」
妹「・・・・・・」
兄「・・・・・・」
妹「・・・・・・うん」
兄「そうか」
妹「あたし、何て言えばいいの?」
兄「どういうこと?」
妹「あたしママとパパに何て答えればいいと思う?」
兄「何の話?」
妹「・・・・・・もうやだ」
母『親権ってわかるわよね。あなたがこれからパパとママとどっちと一緒に暮らすのかは、
あたなが決めなさい。パパとママもあなとが大好きよ。あなたと一緒に暮らしたいの』
妹『だったらみんなで一緒に』
母『もうだめなの。だから選んでね。ママと一緒に暮らすかパパと一緒に暮らすかを。よ
く考えなさい。どっちを選んでもパパとママはあなたの決定を尊重するから』
妹『そんなの選べないよ。もうやだ』
母『もう仲良しごっこは終わっちゃったのよ。ごめんね。あなたのためならずっと我慢し
ようと思っていたんだけど』
妹『・・・・・・全部嘘だったの? 家族で香港に行こうって。あたしもお兄ちゃんも海外に行
くのは初めてで。パパが楽しみだよって。ママは途中でパパとお兄ちゃんを放っておいて
一緒に買物に行こうって。楽しみだねって言ってたじゃない』
母『ごめんね』
妹『・・・・・・最初からなかったの?』
母『・・・・・・何が?』
妹『あたしが何よりも大好きだった仲のいい家庭なんか、最初から存在してなかったって
ことなの?』
母『最初はあったの。本当よ。兄が生まれてその後あなたが生まれてね。パパもママも幸
せだったの。あなたたちとパパとママ。ずっと四人で幸せに暮らしていけるって思ってた
ときもあったの』
妹『だったら何で』
母『ごめん。パパには好きな人がいるの。ママと離婚したらその人と結婚したいんだっ
て』
妹『そんなの嘘だよ』
母『嘘じゃないいの。それでね。今はママにも』
妹『・・・・・・ママ?』
666:
妹「・・・・・・」
兄「大丈夫か?」
妹「・・・・・・」
兄「ここにいると濡れちゃうよ。まだ学校始まるまで時間あるんだろ? どっか濡れない
ところで話をしよう」
妹「・・・・・・うん」
兄「じゃあちょっと歩くけど駅前のファミレスに」
兄(あいつらが離婚? 何だって言うんだよ。何がおまえは姫を守れだよ。あいつら自身
が姫のことを傷つけてるじゃねえか)
兄(ふざけんな。自分の生命よりも姫のことが大切だとかって偉そうに言いやがったくせ
に)
兄『ねえ。僕いつまで空手の道場に行かなきゃいけないの? もうやだよ。道場に通って
いたらサッカーだってできないし』
父『おまえももう大きいんだから自分のしたいことじゃなくて、自分のしなきゃいけない
ことを考えないとな』
兄『僕のしなきゃいけないこと?』
父『そうだ。おまえは姫のことが好きなんだろ』
兄『大好きに決まってるじゃん。あいつは僕の妹なんだから』
父『じゃあ、おまえのするべきことをしなさい。姫が悪い人に襲われたとき、もしパパが
いなかったら誰が姫を守るんだ?』
兄『ええと。おまわりさん?』
父『パパもおまわりさんも学校の先生もいなかったときだよ』
兄『そのときは僕が妹を守る』
父『そうだ。よく言ってくれたな。そのためにはおまえが強くならないとな。おまえはい
いお兄ちゃんだ。だから妹を守れるように強くなりなさい』
兄『わかったよ。本当はいやだけど妹のためならサッカーじゃなくて空手をやるよ』
父『よし。パパと約束しようか。ちゃんと姫を守るって』
兄『うん。わかった約束する。僕は一生妹を守るよ』
667:
兄「・・・・・・姫」
妹「どうしよう。あのね。パパには好きな女の人がいるんだって」
兄(! ふざけんな。クソ親父。人に散々姫を守れって言っておいててめえが一番姫を傷
つけてるじゃねえか)
兄「それが本当なら、姫は母さんと一緒に暮らした方がいいのかもな(くそ。現実感のな
いセリフだ。これって悪い冗談かなにかじゃねえのかよ)」
妹「ママもね。パパと離婚したら一緒に暮らしたい男の人がいるんだって。会社の上司の
人」
兄「・・・・・・くそが」
妹「結局、全部嘘だったんだよね」
兄「姫・・・・・・」
妹「姫って呼ばないで。最初から姫なんかいなかったんだよ。騙されていたばかな女の子
がいただけで」
兄「・・・・・・」
妹「あたしってバカみたいだ。家庭のことが何より大好きで、学校が終ったらちょっとで
も早く家に帰りたくてさ」
兄「・・・・・・」
妹「早く帰ったってパパもママも仕事でいないのよ。でも、家に誰もいないのはいけない
って思った。家族全員が仲がいいんだから、せめてあたしだけでも家にいて家庭を守ろう
なんて思って」
兄「姫」
妹「全部あたしの一人よがりだったんだね。パパもママも全然うちのことなんか大事でも
何でもなかったんだね。あたしのために仲のいい家族を演じてくれてただけで」
兄(どうしよう。このままじゃ姫が壊れてしまう)
妹「笑っちゃうよね。仕事で忙しいとか言いながら、パパもママも愛人と一緒に過ごして
たんだもんね。あたしってばかだ。いくら仕事が忙しいからってあんなにお互いに会わな
い夫婦なんているわけがないのに。そんなことにも気がつかないで、あたしのために仕事
を頑張ってくれてるんだなんて考えてたなんて」
兄「姫。おまえは間違ってないよ」
妹「適当なこと言わないでよ」
兄「違うって。少なくとも俺と姫はお互いに大切な家族じゃねえのかよ」
妹「・・・・・・お兄ちゃん?」
兄「あんなくそ両親なんかどうでもいい。少なくとも俺は、俺だけは姫が生まれてからず
っとおまえのことが大事だった。演技なんかじゃねえよ。それだけは信じてくれるだろ」
妹「・・・・・・」
兄「・・・・・・(これだけは本当だ。頼むから信じてくれ)」
妹「うん」
兄「姫」
妹「信じるよ。お兄ちゃんのことだけは」
668:
<寝ている場合じゃない>
妹「親権はあたしの選択を尊重するって。パパもママもあたしと一緒に暮らしたいけど、
どっちと暮らすのかはあたしが決めていいって」
兄「・・・・・・そうか」
妹「選べるわけないじゃん。そんなのどっちを選んだってパパかママかどっちかが傷付く
じゃん」
兄(あいつら言うにこと欠いてなんて残酷な選択を姫に強いるんだよ。姫はおまえらのペ
ットじゃねえんだぞ)
妹「あたし、どうしたらいい? ねえお兄ちゃん。あたしはどう答えればいいの?」
兄「姫・・・・・・。俺と一緒に暮らそう」
妹「え?」
兄「姫。父さんも母さんも、もうどうでもいいだろ」
妹「・・・・・・・お兄ちゃん?」
兄「遅かれ早かれどうせいつかはこうなったんだ。俺と一緒にいてくれ」
妹「・・・・・・親権の話はどうするの?」
兄「そんなもんどうでもいい。どうせ二十歳になるまでの話じゃないか。俺を選んでくれ
よ。最悪、大学をやめて働いてでも姫の学費と生活費は稼ぐから」
妹「ママはどっちを選んでもそういうことには不自由させないって言ってたけど」
兄「それは父さんと母さんのどっちを選んでもって話しじゃないか。どっちも選ばずに俺
と一緒に暮らすとしてもそうなのか」
妹「・・・・・・わからない」
兄「俺のこと好きなんでしょ? 俺を選んでくれるよな。姫には絶対に不自由はさせない。
あいつらなんかには絶対に負けないから」
妹「お兄ちゃん」
兄「姫は間違っていないよ。あいつらは姫を裏切った。だけど姫の大好きだった家族全員
がおまえを騙してたわけじゃないんだ。俺は、少なくとも俺だけは姫のことが世界で一番
大切だ」
妹「・・・・・・うん」
兄「別に姫と結ばれたから調子のいいことを言ってるんじゃねえぞ。単なる兄妹だったと
しても俺は同じことを言うよ」
妹「うん。お兄ちゃんのことは信じる。というか疑ったことなんかないよ」
兄「姫が混乱して傷付いているのならもう俺の彼女としてじゃなくてもいい。妹としてで
もいいから俺と一緒にいてくれ。姫。一緒に暮らそう」
妹「・・・・・・考えさせて」
兄「何でだよ。まだあんな嘘つきの親なんかに未練があるのかよ」
妹「ごめん。考えさせて」
兄「・・・・・(何でだよ)」
669:
妹「そろそろ始業時間だから行くね」
兄「・・・・・・ああ」
妹「来てくれてありがと。お兄ちゃんも講義があるんでしょ」
兄「・・・・・・うん。次はいつ会える?」
妹「決めたら連絡する。ママにも一週間以内に決めてって言われてるし。パパからも今夜
寮に電話があるって」
兄「・・・・・・そう」
妹「じゃあ」
兄「ああ」
妹「お兄ちゃん?」
兄「うん」
妹「・・・・・・大好き」
兄(行っちゃった。軽いキスの感触を俺の頬に残して)
兄(両親のことはショックだったし混乱もしたけれど)
兄(それでも俺が姫に提示した選択肢は間違っていないはずなのに)
兄(姫も混乱してのかな。俺に抱きついて一緒に暮らすって言ってくれるかと思ってい
た)
兄(姫にとってそんなにあいつらの存在ってでかかったのかな。お互いに不倫しているク
ソ夫婦なのにな)
兄(妹は何を迷っているんだ。だいたい、母さんと一緒に暮らすなんてありえないだろ。
それは自動的に母さんの浮気相手と一緒に暮らすことになるんだぞ)
兄(父さんと一緒に暮らしたって同じことじゃねえか)
兄(それとも生活していく上で、俺のことが頼りないと思ったのか)
兄(確かにそれは否定できないな。大学を辞めて働いたらいったい給料ってどれくらい稼
げるんだろ。富士峰って授業料高そうだし。そもそも妹の大学の学費とかって俺は払える
のか)
兄(俺と一緒に暮らさなければ妹はあいつらから学費も生活費も十分にもらえるだろうけ
ど、実の兄貴と一緒になんてことになったら)
兄(・・・・・・そういえば俺だってまだ未成年だけど。俺の親権はどうなるんだ?)
兄(俺のことなんかどうでもいいのか。あいつらは)
670:
兄「・・・・・・よう」
女「・・・・・・」
兄(また無視かよ。まあいいや。今はそれどころじゃないし)
兄(二限に間に合ったのはいいけど、結局全然集中できねえな)
兄(しかし何で姫にだけ離婚の話をして俺には何の連絡もないんだ)
兄(姫とのことで両親を怒らせたのは確かだけど。それにしたって離婚するとか別居する
とか言ってなら俺に話があってしかるべきだろ)
兄(・・・・・・そういや俺の学費とか生活費とかってどっちが出してくれるんだ)
兄(あいつらが離婚したら俺の戸籍ってどうなるんだよ)
兄(何か腹立ってきたな)
兄(・・・・・・講義はともかく先々の将来設計くらいは立てておかないとな。姫に偉そうに言
った手前)
兄(寝ている場合じゃない。姫がOKしてくれたら。とりあえず就職先を探して。もうこ
の際、仕事は何でもいいや。ちゃんと雇ってくれて給料を貰えるところなら)
女友「昨日はどうも」
兄(とりあえずの目標は姫の富士峰の授業料を稼げることか。あと姫の大学の費用も何と
かしないと)
女友「・・・・・・返事くらいしなよ」
兄(それだけじゃないかな。万一俺たちの養育費すら出してもらえない可能性もあるから
な。俺と姫が一緒に暮らすなんてことになったら)
女友「あくまであたしを無視する気だな」
兄(そう考えるとバイト程度じゃ無理だ。ちゃんと就職したって必要な費用を稼げるかど
うか覚束ないし)
女友「こら!」
兄「何だ? ああおまえか」
女友「おまえかじゃないでしょ。あたしを無視するな」
671:
<女のことはどうでもいいのか>
兄「悪い。ちょっと考え事してた」
女友「寝不足って感じだね」
兄「まあな」
女友「あの・・・・・・さ」
兄「うん」
女友「昨日はその。ありがとね」
兄「何が? ああ。撮影に付き合ったことか。別に気にしなくっていいよ、どうせ暇だっ
たし」
女友「違うよ。あたしを助けてくれたこと」
兄「ああ。別に。つうかあれは俺の方が絡まれていたっぽいし」
女友「そんなことないよ。あたしがあいつらに手を掴まれたときあたしのこと助けてくれ
たじゃない」
兄(何だこいつ。ちょっと顔が近すぎだろ・・・・・・しかも何でこんなに潤んだ視線で俺を見
る? 女友らしくもない)
女友「さっきから何考えてるの?」
兄「別に」
女友「冷たいなあ。友だちでしょ? あたしたち」
兄「まあそうだな」
女友「何か悩みでもある?」
兄「ねえよ」
女友「嘘つけ。あたしの勘は結構当たるんだって」
兄「だから今まで一度だって当たってねえだろ」
女友「お昼どうすんの」
兄「はあ?」
女友「もう妹ちゃんのキャラ弁はないんでしょ」
兄「まあ、そうだけど(今となっては姫の弁当が懐かしいよ)」
女友「じゃあ、中庭で食べようか」
兄「何でだよ」
女友「お弁当作ってきたから中庭で一緒に食べて」
兄「・・・・・・あのさ」
女友「どうかした?」
兄「親友の女のことはどうでもいいのか」
672:
女友「・・・・・・」
兄「あ。悪い。俺が言うことじゃねえな」
女友「・・・・・・あたしって友だち少ないじゃん?」
兄「うん?」
女友「それって。別にあたしがモデルしてるからとか、あたしが綺麗だからとかじゃない
のかもね」
兄(自分のことを綺麗って言ったよこいつ)
女友「こういうところが同性の子に嫌われるのかなあ」
兄「どういうこと?」
女友「女は親友だけど。でも、だからといってあんたに声をかけることを遠慮する気もな
いんだなあ、これが。こういうところが嫌われるのかもね」
兄「何が言いたいの?」
女友「・・・・・・何でもない。女とのことはあたしの問題だから気にしないで。それよかあた
しがせっかく作ってきたお弁当を食べたくないとか言わないでしょうね」
兄「・・・・・・おまえが何を考えているのかさっぱりわからん」
女友「本当にわからない?」
兄「おまえ、ひょっとして俺のこと好きなの?(もう冗談にでもしないとやってられ
ん)」
女友「・・・・・・」
兄(無言で赤くなるなよばか。つうかマジでこいつ)
673:
女友「講義終ったから中庭に行こう」
兄「ええと」
女友「一緒に来て」
兄(今は姫と一緒に暮らすためのシミュレーションをしなきゃいけないんだ)
女友「兄君?」
兄「いや。悪い。俺、ちょっと考えなきゃいけないし。本当に悪いな」
女友「・・・・・・何でよ」
兄「え?」
女友「あたしが誘ってるのに何で来てくれないのよ」
兄「おまえさ。いくら女の親友だからって俺に弁当作る必要はないだろうが」
女友「・・・・・・わざと言ってる?」
兄「いや」
女友「俺のこと好きなのって聞いたよね」
兄「・・・・・・」
女友「答えるよ。その図々しい質問に。そうよ。君みたいな持てない冴えない男のことが
好きになったの。そうよ、あたしは君が好き。悪い? 何か文句あるの」
兄(・・・・・・今は姫のことで頭がいっぱいなのに。何でこういうタイミングで)
女友「何とか言え。売り出し中の若手ファッションモデルに告られたんだよ。喜んで付き
合うよって言えよ」
兄「・・・・・・女は?」
女友「親友だけど。でも、今はもうどうでもいい」
兄「そう」
女友「・・・・・・嬉しいでしょ? ねえ嬉しいって言ってよ」
兄「・・・・・・すまん」
女友「すまんじゃないでしょ。嬉しいよって言って」
兄「・・・・・・」
678:
<妹友と・・・・・・?>
兄(もう朝か。今日は休日だから少しゆっくりできるな)
兄(・・・・・・二度寝しようかな。最近あまり夜眠れないし)
兄(じゃないよ。何言ってるんだ俺。今日は塾講のバイトの面接じゃんか)
兄(姫に一緒に暮らそうって言ったのはいいけど、姫がOKしてくれたとしても今のまま
じゃどうにもならないしな)
兄(ちょっと早いけどもう起きて準備しよう。このまま寝ちゃったら遅刻するかもしれな
いし)
兄(・・・・・・女友を傷つけちゃったな。せっかくぼっちの俺と仲よくしてくれてたのに)
兄(でもあれしかないよな。家がこんな有様なのにこれ以上グダグダやってられないし。
女や妹友のことだってあんな曖昧にしたのはよくなかった)
兄(・・・・・・姫。何で迷っているんだろう。お互いに浮気しあって離婚するような両親にま
だ未練があるのか)
兄(姫を大切にしてきただ? 姫のことを特別にちやほやなんかしなくてよかったんだ。
普通の浮気しない離婚しない両親でさえいてくれればよかったんだ。その方がよほど姫だ
って幸せだったはずなのにな)
兄(姫は俺と二人で暮らすのはやっぱり不安なんだろうか。それはそうだよな。姫だって
自分の学校とか進学とか生活が心配になっても不思議はないし)
兄(・・・・・・面接に行こ)
兄(よかった。採用してもらえた。研修はあるけど来月から週3コマ担当か。俺も先生と
呼ばれるようになるのか)
兄(とりあえず二つ目のバイトは確保できた。とにかくこうやって少しづつ前進していく
しかないんだし)
兄(カプセルホテルの夜のバイトと週3コマの授業を入れると講義の方がやばい気がする
けど、今はしかたない。とにかく講義とバイト以外を極力排除して頑張るしかないんだ
し)
兄(姫のためだと思えば俺は頑張れる・・・・・・と思う)
兄(とにかく帰ろう)
兄(しかし周りの高校生たちが何か幼く見えるな。何でだろう? 姫だって高校生なのに
な)
兄(・・・・・そういや姫って塾とかに行ってないよな。うちの大学を受けるなら学校の授業
だけじゃ厳しいのに)
兄(あれ? あの子って)
679:
兄(妹友?)
兄(何であいつが・・・・・・まあ不思議はないか。それこそ受験勉強のために塾に通ってるん
だろう)
兄(なんかやだなあ。高校二年生のクラスを持つって言われたけど、まさか俺の授業に妹
友がいたら。何か気まずい)
兄(あのとき。妹友と彼氏君は・・・・・・)
兄(レイプだって言ってたけど。でも正直とてもそうは見えなかった。俺には抱き合って
いるように見えた)
兄(・・・・・・どうでもいいか。妹友は今日は授業が終ったみたいだ。塾の出口に向ってる)
兄(今は何だか顔を合わせたくないな。少し時間を置くか)
兄(・・・・・・出て行った)
兄(帰るか。今日は姫からメールが来ないかな)
兄(さて。スーパーにでも寄って買物しとかないと今夜の飯さえないな)
兄(あれ? あの車って)
兄(それにあの車に乗り込んだのって妹友じゃんか。つうかあれ。うちの車だ)
兄(いったい誰が運転してるんだ。まさか彼氏君が?)
兄(もう薄暗くなってきて車内がよく見えない。それに彼氏君がうちの車のキーを持って
るわけないし)
兄(でもナンバーは見える。あれはうちの車のナンバーじゃんか)
兄(よし。車が出ちゃう前にもっと近寄って)
兄(・・・・・・もう気が付かれてもしかたない。思い切り近づいてやる)
兄(妹友。やっぱあれは妹友に間違いないな)
妹友「迎えに来てくれてありがとう」
父「いや。どうせついでだからね」
妹友「・・・・・ママとパパと会った?」
父「会ったよ。ついさっきまで話をしてた」
妹友「そうか。うまく行ったの?」
父「どうかな。まだわからんよ」
妹友「何でママは一緒に来なかったの?」
父「君のパパと二人で話がしたいってさ」
妹友「・・・・・・そうか。そうでしょうね」
兄(父さん。つうかこいつらいったい何を話してるんだ。何で父さんと妹友が親しく話し
ているんだ)
兄(どうなってるんだよ。全く)
680:
父「だから君のお迎えを頼まれたんだよ」
妹友「うん。ママからメールもらったから知ってる」
父「君のママは今日は帰りが遅くなると思う。お兄さんは?」
妹友「今日は友だちの家で勉強だって。帰るの遅くなるって言ってた」
父「お兄さんと仲直りできた?」
妹友「微妙」
父「仲直りした方がいいよ」
妹友「まあそうだけど」
父「じゃあ食事してから送っていくよ。何が食べたい?」
妹友「そうだなあ」
兄(ちくしょう。車を出されちまった)
兄(何で父さんが妹友を車に乗せてるんだ? てか妹友の両親と父さんの話し合いってい
た何だよ)
兄(あいつらの離婚と関係ありそうだけど。だけど何で妹友と)
兄(! ま、まさか。父さんの浮気相手って)
兄(まさか・・・・・・妹友の母さんなのか)
兄(何でだ。よりによって何で姫の親友の母親なんかと)
兄(いや。何かの間違いかもしれない。決め付けるのはまだ早い)
兄(離婚した後の姫のケアを姫の親友の妹友に頼んでいたとか)
兄(いや。ねえだろ。父さんが単独で妹友を迎えに来るなんて状況は考えられない)
兄(・・・・・・ただ。前から父さんと妹友が知り合いだったのなら話は別だ)
兄(いやいや。普通に考えればそれだってあり得ないだろ。もし父さんの浮気相手が妹友
の母さんだったとしたら、妹友にとっては父さんは自分の家庭を壊す元凶じゃねえか。仲
良く車なんかに乗るもんか)
兄(いくら考えてもわからん。いっそ姫に相談・・・・・・)
兄(バカか俺は。ただでさえ両親の離婚やこの先誰と暮らすのかで悩んでいる姫にこんな
こと話せるか。妹友は姫の親友なんだぞ)
兄(こんなとき相談できる相手は)
兄(いねえ。俺今ぼっちだし。女も女友にだって相談できる状況じゃねえし)
兄(あ)
兄(一人だけいた。俺のことはまだ怒っているかもしれないけど。父さんの浮気相手のこ
となら)
681:
<それでも親かよ>
兄「や、やあ」
母「・・・・・・」
兄「突然連絡してごめん。でも来てくれてよかったよ」
母「・・・・・・何の用」
兄「いや。そのさ」
母「まさか、あたしがあなたに会いに来たからって許されたつもりじゃないでしょうね」
兄「・・・・・・そうじゃねえよ」
母「自分の妹に欲望をぶつけてあの子を汚したことが、そんなに簡単に許されるとでも思
ってたの?」
兄「俺と姫は愛し合って・・・・・」
母「何ですって」
兄「いや。何でもない(今はこんなことを言っても無駄だ。それよりも本題を話さない
と)
母「あたしさ。仕事を抜け出してきているんだけど。だいたいあなたは勘当されてるの
よ? 何を勘違いして偉そうに会いたいなんて連絡してくるのよ」
兄「(今は我慢するんだ)聞きたいことがあって」
母「何」
兄「・・・・・・離婚するって聞いたんだけど」
母「誰から? まさかあなた。こそこそと妹に会ってるんじゃないでしょうね」
兄「・・・・・・妹が連絡してきたんだよ。父さんと母さんが離婚するって。本当なのかよ」
母「・・・・・・あなたはもう勘当されてるんだから関係ないでしょ」
兄「ふざけんなよ。俺のことはともかく姫のことを傷つけてもいいのかよ」
母「だってしかたないじゃない。あたしだってあの子のために頑張ったのよ。お父さんが
浮気しているらしいって知ってからも、妹のために無理に仲のいい家族を演じてたの。あ
なたにわかる? 自分の夫に浮気されながら楽しそうに香港への家族旅行の話をしなきゃ
いけないあたしのつらさが」
兄「・・・・・・母さんにも男がいるって聞いたんだけど」
母「それはそうだけど。でも最初に浮気したのはお父さんなの。あたしはそれまでは誰に
対しても恥かしいことはしていなかったのよ」
兄「父さんと母さんの勝手な浮気なんかどうでもいいよ。母さんの言うとおり俺は勘当さ
れたんだし今さら文句を言う気もないし」
母「じゃあ、何でお母さんを呼び出したの? あたしだって仕事が詰まってて忙しいの
に」
兄「(こいつ自分の母親ながら本気でむかつく)だから聞きたいことがあったからだよ」
母「離婚のことでしょ? だから本当だよ。心配しなくていいよ。大学を卒業するまでは
学費と生活費は出してあげるから。それで卒業したら後は好きに生きなさい」
兄「・・・・・・それでも親かよ」
682:
母「聞いた風なこと言わないでよ。妹に手を出す息子にそんなことを言われる筋合いはな
いわよ」
兄「まあ、どう思ってくれてもいいよ。たださ、妹は相当悩んでたぞ。精神が壊れそうな
くらい。あれは俺のせいじゃなくて母さんたちのせいだよな」
母「あの子、結局あんたに頼ったの?」
兄「頼ったっていうか。まあ、泣きながら相談してきた」
母「・・・・・・そうなんだ。結局そうなるのよね」
兄「何だよ」
母「あの子があなたのことを好きなことは何となくわかってたよ。お父さんは認めたくな
かったみたいだけど。あたしにはわかってた」
兄「何言ってるんだよ」
母「許したわけじゃないのよ。でも、あの子にはあんたが必要なんだろうなとは思ってた
よ」
兄「・・・・・・マジかよ」
母「うん」
兄「じゃ、じゃあ。何で」
母「自分の子どもたちがお互いに愛し合っていたとしても、それを笑って許す親なんかい
ると思うの?」
兄「・・・・・・ああ」
母「お父さんとは価値観も何かも合わない。正直顔を見るのも会話をするのもいや。でも
ね、あの夜お父さんが言ったことにはあたしも賛成よ。あなたは妹の将来を、あるべき明
るい将来を閉ざしたの」
兄「・・・・・・」
母「でもね。お父さんと違ってあたしにはあの子はやっぱり最後にはあなたが必要なんだ
ろうなって思ってはいた。自分では認めたくなかったけど」
兄「(え)・・・・・認めてくれるの?」
母「そんなわけないでしょ。自分の娘が不幸になるのを黙ってみている親がいると思
う?」
兄「・・・・・・離婚だって十分姫を不幸にしていると思うけどな」
母「・・・・・・それは」
兄「もういい。それよか、父さんの浮気相手だけど」
母「それを聞いてどうするの? もう勘当されたあなたには関係ない話でしょ」
兄「まさか、姫の親友の妹友の母さんじゃないだろうな」
母「・・・・・・あなた」
兄「どうなんだよ」
母「何であなたが知ってるの」
兄「やっぱりそうなのか」
母「あのね。あたしもお父さんも最初から家族で香港に行く気なんかなかったのよ。もち
ろん、連休中に仕事があったなんていうのも嘘なの」
兄「(ふざけんな)あの旅行をどれだけ姫が楽しみにしていたか知らないのかよ」
母「知ってたよ。そんなこと。あれは今にして思えばお父さんとの最後の共同作業だった
のかもね」
683:
兄(何笑ってやがる。悲劇のヒロインのつもりかよ)
母「だからせめてもの償いとしてお父さんはあの子に旅行に行くように言ったの。あたし
も笑って賛成した。それがお父さんとの最後の共同作業ね。でもさ。連休中はお父さんも
お母さんもそれぞれの相手と・・・・・・・」
兄「もういい。そんな汚い話はこれ以上聞きたくない」
母「どうしたの? もうあなたには関係のない話でしょ。あなたの学費と生活費は面倒み
るって言ってるのだし」
兄「そうじゃねえだろ」
母「何が言いたいの」
兄「何で父さんが妹友の母さんと付き合ってるんだよ。知ってるんだろ? 妹友は姫の親
友なんだぞ」
母「それってお母さんの責任なの?」
兄「・・・・・・・そうは言わねえけど」
母「あたしが仕事ですごく忙しかったことがあってね。妹の学校行事に行けないことがあ
ったの」
兄「ああ」
母「お父さんは妹が大好きだったから。保護者がいないんじゃあの子が肩身の狭い思いを
するだろて言ってね。自分が学校行事に参加するって言ったことがあったのよ。お父さん
だって忙しかったのにね」
兄「それで?」
母「妹は喜んだわ。大好きなお父さんが学校に来てくれたって。でも、そのときにお父さ
んは同級生のママと、妹友ちゃんのママと知り合ったの」
兄「・・・・・・それって」
母「うん。それからその二人の不倫が始まったらしいよ。まあ、今となってはどうでもい
いけど」
兄「どうでもいいって」
母「お母さんにも今は彼氏がいるしね。会社の上司で離婚している人だけど」
兄「そんなこと聞いてねえよ。どうでもいいって言ったよな? 姫の気持もどうでもいい
のかよ。父親が親友の母とできてるんだぞ」
母「・・・・・・まだ妹はそのことは知らないはずだし」
兄「アホか。いつかはばれるに決まってるだろうが。いったいこの先姫のことをどうする
つもりだよ」
母「あたしが引き取りたい。でも、父さんも同じことを言ってるから」
兄「だからって姫に選ばせるのかよ。何でそんな残酷なことができるんだよ」
母「・・・・・・もう、そうするしかないのよ。知ったようなこと言わないで!」
兄「それによ。妹友のところにだって実の父さんはいるんだろ? そっちはどうなる」
母「そんなことは知らない。知りたくもない」
兄「・・・・・・結局、妹はどうなるんだよ。母さんを選んでも父さんを選んでも他人と一緒に
暮らすことになるじゃねえか」
母「あの子があたしを選んでくれたら、絶対に不幸にはしない。彼だって大事にするって
言ってくれてるし」
兄「それ本気で言ってるの?」
母「・・・・・・」
兄「家族大好きな、何よりもうちの家族が大好きな姫がそれで幸せになれると本気で思っ
てるの?」
684:
母「それは」
兄「父さんと一緒に暮らすのだってあり得ないだろ。親友の妹友と姉妹になる? ねえよ
そんなの」
母「ねえ?」
兄「何だよ」
母「あなたさ。本気で妹を泣かせないで幸せにする自信ある?」
兄「何だよ突然」
母「真面目に答えて。とりあえずあなたのしたことは一時忘れてあげるから」
兄「あるよ。それが妹の兄としてでも、妹の彼氏としてでも」
母「・・・・・・そうか」
兄(何なんだ)
母「それが本気なら、あの子のことお願いしようかな」
兄「え?」
母「あなたの言うとおり、あたしたちは取り返しの付かないほど妹をないがしろにして傷
つけた。本当はわかってたよ。だから、もう妹のためにはあなたに頼るしかないのかもし
れないね」
兄「そんなに相手のこと好きなの? そいつと別れて姫と二人で暮らすことは考えられな
い?」
母「ごめんね。でも無理。だから、勝手な言い分だけど、あなたがあの子を救ってくれる
ならあたしは味方になるよ」
兄(どういうことだよ。俺と姫の仲を認めるってことか。それとも単純に姫のことが邪魔
なのか)
兄(でも。これは姫を救うチャンスだ。うまくいけば生活の心配とかなく姫と暮らせるか
もしれない)
母「よく聞いて。お父さんは絶対に反対するかもしれないけど。もうこうなったらあんな
人に遠慮する必要なんかないから。あなたはこうするの。いい?」
691:
<お父さんを本気で嫌いにはならないであげてね>
兄「どうすればいいの」
母「明日土曜日でしょ。妹の外出許可を取っておくから、あんた妹に会いなさい」
兄「それで?」
母「あなた、妹のことを説得しなさい」
兄「説得? 何をだよ」
母「一週間後にお父さんとあたしはあの子に会うの。そのとき、これからはお母さんと一
緒に暮らすって妹に言わせるようにするのよ」
兄「何でだよ? 俺は父さんの味方じゃないけど、別に母さんに味方する気もないよ」
母「そんなことわかってるよ。いいから最後まで聞きなさいよ。妹と一緒に暮らしたくな
いの?」
兄「・・・・・・わかった。続けて」
母「あたしと暮らすことになったら、あなたと妹用に新しく部屋を借りてあげる。あなた
たちは二人でそこで暮らしなさい」
兄「本気なの?」
母「もうそれしかないでしょ。二人きりになんかしたらあなたたちがまた変なことするか
もしれないけど。でも、もうそれしかないのね」
兄「母さん」
母「あなたの言うとおりよ。あの子がお父さんや母さん、それにあなた以外の他人と一緒
に暮らして幸せになるなんて多分無理でしょう。まして、親友の子と姉妹として一緒に暮
らすなんて」
兄「・・・・・・それは多分間違いないよ」
母「だからもうしかたない。父さんと暮らしたら妹は幸せになれないから。だからあの子
にあたしを選ぶと言わせて。そしたら父さんには黙ってあなたちを二人きりで暮らさせて
あげるから」
兄「わかった。でも説得するときってさ。二人で暮らせるっていうことを姫に言ってもい
いの?」
母「言わなきゃ妹はどっちかを選んだりはできないでしょ。あの子はあたしのこともお父
さんもどっちも大好きなんだから。でもね。認めたくはないけど妹はあなたのことが大好
きだからね。多分、あたしやお父さんのことよりも」
兄「・・・・・・ああ」
母「だからあなたは明日妹を説得しなさい。お母さんと一緒に暮らすって言えばあなたと
一緒に暮らせるって。あたしは味方だってあの子に説明して」
692:
兄「わかった。やるけどさ」
母「けど、何?」
兄「これ、父さんにばれたらどうなるの」
母「ばれないようにするのよ。父さんは忙しいから妹を監視したりはできないわ。定期的
に妹と面会はしたがると思うけど、そこで妹がうまく誤魔化してくれれば大丈夫よ。それ
にね」
兄「何?」
母「多分、あの子はお父さんが自分の親友の母親と浮気していたことを知ったら、お父さ
んのことを嫌いになると思う」
兄「・・・・・・」
母「妹を溺愛しているお父さんには気の毒だけど、でも自業自得よね。本当に妹のことが
好きなんだったら、娘の友だちのお母さんに手なんか出すべきじゃなかったし」
兄「嫌いになるくらですめばいいけどね(姫、相当ショックを受けるだろうな。かわいそ
うに)」
母「だからあなたに任せるんでしょ。しっかりしなさい」
兄「勝手なこと言うんだな」
母「勝手なことを言っているのはわかってるよ。あたしとお父さんが悪いのも自覚してい
る。でもさ、あなただってあの子を傷物にしたじゃない」
兄「・・・・・・(そうじゃない。俺と姫は愛し合って)」
母「わかるでしょ? あたしたちはみんなで妹を傷つけたの。よりによって妹が一番信頼
していたあたしたちがね」
兄(一緒にするなって言いたいけど。俺と姫以外の人が見たらそうなるんだよな、きっ
と)
母「だからあたしは今日あなたに決めたの。少なくともあなたはあたしたちの離婚で傷付
いている妹のことだけを本気で心配しているようだったから」
兄「俺の今のアパートは?」
母「引き払いなさい。あんな遠いところから妹を学校に通わせるつもり?」
兄「わかった。いつでも出られるように準備しておく」
母「そうなさい。引越費用とかは出してあげるから」
兄「ねえ?」
母「何よ」
693:
兄「仮にだけど。仮に俺が妹の説得に失敗したらどうなるの」
母「あの子はあたしも父さんもどっちも選べないって言うでしょうね」
兄「そうしたらどうするんだよ」
母「今までどおり富士峰の寮で暮らすしかないでしょ」
兄「戸籍とか親権とかは?」
母「・・・・・・・どうしようもないね。最終的には調停とか裁判で決めるしかない」
兄「夫婦で妹を取り合って裁判か。どろどろだな」
母「そんなことはわかってる。でもしかたないでしょ。あたしも父さんも妹の意思を尊重
することでは合意してるの。でも肝心のあの子が選べないならもうそうするしかないでし
ょ」
兄「うまくいったとしても、いつか父さんにばれたら俺、今度こそ本当に嫌われちゃう
な」
母「・・・・・・ごめんね」
兄「え?」
母「でもきっと大丈夫だよ。お父さんも母さんもあなたのしたことは許せないけど。それ
でも息子には変わりないから」
兄「・・・・・・」
母「お父さんの悪口をいっぱい言っちゃったけど。でもあのときお父さんだって言ってた
でしょ」
父『私たちにとっては兄も姫もどちらも大事な子どもだろ?』
兄(そういやそんなこと言ってたかな)
母「まあ、あなたはあのときはそれどころじゃなかったでしょうから、気にしてもいない
だろうけどね。あなたが家を出てからときどき、兄はどうしてるかなってお父さんは言っ
てたのよ」
兄(まじかよ)
母「あたしはお父さんはもう一緒には暮らせないけど。それでもあなたと妹のことを一緒
に心配できるのはお父さんだけだしね」
兄「・・・・・・うん」
母「でも、お父さんが妹友さんのお母さんと浮気したのは事実だから。だからそれとこれ
とは別。あなたは妹を救いなさい」
兄「わかった」
母「それでもさ。それでもお父さんを本気で嫌いにはならないであげてね」
兄「・・・・・・」
694:
<場所を考えてよ。周りの人が見てるって>
兄(姫には母さんから待ち合わせ場所と時間を連絡しておくって言ってたな。いったい何
を伝えたんだろうか)
兄(今日の本題なんか電話でできる話じゃねえだろうしな)
兄(しかし姫も混乱してるだろうな。いきなり母さんから電話で俺と会えなんて言われた
ら)
兄(・・・・・・正直あのくそ両親のことは許せない。母さんはああは言ったけど、あいつらが
少しでも俺のことを気にかけていたとかもうどうでもいいんだ。むしろ姫にしたことが許
せないんだから)
兄(それでも母さんの提案に乗ろう。うまくいくかどうかはわからない。いつまでも父さ
んに隠しておけることでもない。でも、姫と一緒に暮らせて生活の面倒もある程度母さん
が見てくれるなら、賭けてみる価値はある)
兄(もちろん姫が了解してくれたらだけど。正直姫の反応が不安だ。あのときあいつは)
兄『姫が混乱して傷付いているのならもう俺の彼女としてじゃなくてもいい。妹としてで
もいいから俺と一緒にいてくれ。姫。一緒に暮らそう』
妹『・・・・・・考えさせて』
兄『何でだよ。まだあんな嘘つきの親なんかに未練があるのかよ』
妹『ごめん。考えさせて』
兄『・・・・・(何でだよ)』
兄(・・・・・・姫がもし俺と一緒に二人で暮らすことに気がすすまないならこの話は終わりだ。
母さんがいくら応援してくれたとしても)
兄(そうしたら姫はどうするんだろう。姫が父さんの浮気相手が誰だか知ったら、母さん
と一緒に暮らすことを選ぶのだろうか)
兄(いや。それはないな。母さんを自分から奪って大好きな家庭を崩壊させる原因を作っ
た浮気相手となんか姫が一緒に暮らすわけがない。ということは姫は高校卒業まで寮生活
になるんだろうか)
兄(・・・・・・そろそろ家を出よう。遅れたらまずい。それに今まで行ったこともない場所を
母さんに指定されたしな。迷うとまずい)
兄(父さんに目撃されることを心配してるのかな。とにかくここから遠い場所だし、もう
行かないと)
695:
兄(・・・・・・この駅って初めて降りたな。通過したことは何度もあったけど)
兄(確か駅前のファミレスって言ってたな。ああ、あれだ)
兄(何か緊張してきた。今日でこの先のおれと姫の生活が決まるんだと思うと)
兄(・・・・・・いた。姫だ)
兄(私服姿の姫って久し振りに見た。こんなときだけどやっぱり可愛い)
兄「待った?」
妹「・・・・・・お兄ちゃん」
兄「待たせて悪かったな」
妹「・・・・・・」
兄「何で泣くんだよ」
妹「何でだろ。何かお兄ちゃんの顔見たら涙が出ちゃった。ちょっとだけ待ってすぐに泣
き止むから」
兄「いいよ」
妹「だってうざいでしょ? お兄ちゃん」
兄「いいって」
妹「・・・・・・うん」
兄「俺さ。ここの駅って初めて降りたよ」
妹「あたしは二度目」
兄「来たことあるの? この町」
妹「だってママの会社があるところじゃん」
兄「あれ? そうだっけ(マジかよ)」
妹「一度だけママに会いに会社に行ったことがあって。そのときに来た」
兄「そうか(俺って姫のことはいろいろ知ってるのになあ。考えてみれば両親のことには
無関心だったな。俺もあいつらのことをとやかく言えないのか)」
妹「昨晩ママから電話があって、ここでお兄ちゃんと待ち合わせして会いなさいって。大
事な話だからって」
兄「そうか」
妹「うん」
兄「あのさ。俺と一緒に住むって話だけど」
妹「・・・・・・」
兄「つまりさ。姫さえよかったらだけど」
妹「・・・・・・うん」
兄「姫が迷っていることはわかるよ。俺なんかと暮らすのは不安だろうし、それに姫は父
さんたちが大好きだったから。だから返事は姫が決めるまでは待っているつもりだったん
だけど」
妹「ごめんなさい」
兄「いや。だけどさ。事情が変わったんでもう一度だけ言わせてもらう」
妹「事情って」
兄「姫。俺と二人で暮らそう。ずっと一緒に」
696:
妹「・・・・・・無理だよ」
兄「何で。俺ってそんなに頼りない? やっぱりあいつらと一緒の方がいいの」
妹「お兄ちゃんのこと大好き。多分、パパとママよりもお兄ちゃんを愛してる」
兄「・・・・・・だったら」
妹「だからだめ」
兄「どういうこと?」
妹「お兄ちゃん絶対あたしのために無理するから」
兄「無理って? 俺は姫のためならそんなことは全然苦にならないって」
妹「あたしと一緒じゃなければお兄ちゃんは大学を卒業できるし、就職だってできるでし
ょ。でもあたしと暮らしたらパパもママもきっとすごく怒ると思う。お兄ちゃんへの仕送
りだってやめるはずだよ」
兄「それでも俺は」
妹「お兄ちゃんは絶対にあたしに富士峰を卒業させて大学に入らせるためなら、中退して
働くとか言い出すもん。そんなのだめ。お兄ちゃんの方があたしより頭いいのに」
兄「ひょっとして。姫はそれを心配して一緒に住むって言ってくれなかったの?」
妹「うん。だってお兄ちゃんの将来を閉ざしちゃうなんてあたしがいやだから。あたしの
ためなんかに、あたしが愛している人には苦労させたくないから」
兄「姫」
妹「・・・・・・・ちょっと。場所を考えてよ。周りの人が見てるって」
兄「やっぱりおまえは俺の大事なお姫様だよ」
妹「だから。恥かしいよ」
兄「愛してるよ姫」
妹「こら離せ・・・・・・。しょうがないお兄ちゃんだなあ全く」
兄「姫」
妹「あたしも愛してる。大好きだよ、お兄ちゃん」
697:
<あたしがお婆さんになっても>
兄「ちょっと話があるんだ。聞いてくれるかな」
妹「聞くよ。だから手を離してよ」
兄「これでいいか」
妹「全くもう。少しはTPOをわきまえなさいよ」
兄「どうでもいいよ。それよかさ」
妹「何よいったい。大学を中退してあたしを養う話なら受け付けないよ」
兄「そうじゃねえんだよ。昨日母さんと会ったんだ」
妹「ママと? 昨日の夜は何にも言ってなかったけど」
兄「母さんが言ったんだよ。俺に姫を任せるから一緒に住めって。姫を守れって」
妹「・・・・・・嘘でしょ?」
兄「こんな大切なことで嘘言うわけねえだろ。あいつらのしたことは許せないけど、少な
くとも母さんは姫にひどいことをしたって言う意味のことは言ってたよ」
妹「そうか・・・・・・」
兄「姫がどっちを選んでも不幸になるってこともわかっていたみたいだ。だから、急に俺
に言ったんだ」
妹「なんて言ったの? ママは」
母『あなたさ。本気で妹を泣かせないで幸せにする自信ある?』
母『それが本気なら、あの子のことお願いしようかな』
母『あなたの言うとおり、あたしたちは取り返しの付かないほど妹をないがしろにして傷
つけた。本当はわかってたよ。だから、もう妹のためにはあなたに頼るしかないのかもし
れないね』
母『あなたがあの子を救ってくれるならあたしは味方になるよ』
698:
妹「ママがそんなことを」
兄「ああ。母さんも少しは自分の浮気相手以外のことも考えてたみたいだな」
妹「やめて」
兄「あ。悪い」
妹「でもそんなの絶対にパパが許すわけないよ」
兄「そうだな。だから父さんには黙って二人で暮らすことになる。母さんは新しいアパー
トを用意してくれるって言ってた」
妹「それにしたって。いったいどうすればいいのよ。あたしは寮に入れられてるし、そも
そも来週にはパパとママに会ってどっちと一緒に暮らすのか返事しなきゃいけないし」
兄「母さんと一緒に暮らしたいって言うんだ」
妹「・・・・・・何で?」
兄「とにかく父さんと一緒に暮らしちゃだめだ」
妹「だから何でなの」
兄「(こいつはまだ妹友の母さんが父さんの浮気相手だってしらない。さすがに今この場
じゃそれは言えないな)母さんの提案だからだよ」
妹「どういうこと?」
兄「おまえが父さんのところに行ったらそれで終わりだ。でもおまえが母さんを選べば、
母さんは俺に姫を任せるって言ってた。新しいアパートで二人で暮らせって。俺に姫を守
ってくれって」
妹「お兄ちゃん!」
兄「嫌なのか? 俺たちの学費や生活の面倒はみるて言ってたし」
妹「嫌なわけないじゃん。すごく嬉しい」
兄「・・・・・・姫」
妹「今でも離婚なんか考えるだけでも気持悪くなるけど。でも、それでも」
兄「うん」
妹「あたしって冷たい人なのかな。お兄ちゃんと一緒に暮らせるって考えたらあまり悲し
く泣くなっちゃった」
兄「姫」
妹「こら。またそれか」
兄「もうずっと一緒にいよう。姫が生まれたときから一緒なんだ。こうなったら俺が死ぬ
ときまで一緒に暮らそうぜ」
妹「ばか。勝手に死んだら怒るからね」
兄「ずっと先の俺が爺さんになったときの話だって」
妹「それでもだよ。あたしがお婆さんになってたって先に死んだら怒るからね」
兄「ああ」
704:
<デートじゃないって>
兄(妹と母さんのメールによると最初はごねてた父さんも最後は納得したようだな。最初
から姫の意思には従うと母さんとお互いに約束してたこともあるんだろうけど)
兄(それよりも姫に引け目を感じてるんじゃないかって母さんは書いてたな。それはそう
だ。姫の親友の母親を寝取るとか正気じゃ考えられないことをしでかしたんだからな)
兄(クソなのは母さんも同じだとは思うけど。不倫とか浮気しているって意味では父さん
と変わらないんだし。でもやっぱり妹友の家庭を崩壊させるって、いくら何でも父さんが
していることの罪はでかいよな)
兄(それに自分勝手なようだけど。母さんは俺に姫を任せてくれたし)
兄(今日は妹は創立記念日で休み。そして母さんが外出許可を取ってくれたらしい。俺も
今日は講義は午前中でパスして姫と)
兄(まだまだ油断できる段階ではないけど。それでも今日は姫に会えるだけでもわくわく
する。久し振りに気分が軽く感じるな)
兄(いい天気だな。もうすぐ夏って感じだ)
兄(っていかん。気を抜かずに講義に集中しないと。姫を幸せにするために頑張らなくち
ゃいけないことは、前と全然状況は変わっていないんだし。それに。姫を守るって母さん
に約束したんだしな)
兄(・・・・・・まあその約束は幼い頃から父さんともしてたんだけど。でも、もうあれは破棄
だ。もちろん姫のことは全力で守るけど、それはもう父さんとの約束とか関係ない。父さ
んなんかに姫を守れなんて言う資格はない。これからは誰に言われたからじゃなく、自分
の意思として、俺の全てを姫のためにだけにささげるんだ)
兄(姫を傷つけて他の男と再婚するとか言っている母さんだけど、少なくとも今は俺と姫
の味方なんだし、母さんだけはもう少しだけ信用してみようか)
兄(今日は姫と会って。そして新居を見に行く)
兄(何か新婚みたいじゃんか)
兄(いや。浮かれてる場合じゃないな。両親の離婚から痛手をおった姫を俺が守って癒し
てやらなきゃいけない。彼氏とか言う以前に俺は姫の兄貴だ。家族大好きな姫が唯一今で
も頼れる家族の最後の一人なんだから)
兄(・・・・・・って全然講義に集中出来てないじゃんか。あ。講義が終っちゃったよ)
女友「何か嬉しそうだね」
兄「おまえ。いたのかよ」
女友「何かちょっと前とはうって変わって元気そうじゃん。まあ、相変わらずぼうっとし
ているけど」
兄「別に元気とかじゃねえけど」
女友「人のこと振っておいて元気とはどういうこと?」
兄「あ、いや。だから別に元気じゃなくて」
女友「冗談だよ。そんなにびびるなよ」
兄「・・・・・・ごめん」
705:
女友「だから冗談だって。何よ、あたしが君を引きずって暗い方がいいの?」
兄「そんなことは」
女友「重い女なんてやでしょ? そんなに敬遠しないでよ」
兄「そんなんじゃねえよ」
女友「まあ俺がこいつを振ったんだとか思わないで気楽に付きあってよ。あたしだって学
内では君と女しか友だちはいないんだしさ」
兄「あ、うん。悪い」
女友「謝るなって。あたしはプライドは高いけどさ。君に告って振られたことにはそんな
に傷付いてないからさ」
兄「・・・・・・何で?」
女友「うーん。何でかなあ。多分、君の相手が普通の女の子でさ。その子と比べられて負
けたのならすごくプライドが傷付くかもしれないけどさ」
兄「相手って」
女友「わかってるよ。君は、どうせ妹ちゃんのことが好きなんでしょ?」
兄「いやその」
女友「あたしは確かに外見ではこの大学の誰にも負けないくらい綺麗だし、性格も可愛い
いよ?」
兄「・・・・・・(自分で言うか。それに外見はともかく性格は)」
女友「でもさ。君と妹ちゃんって十七年間の積み重ねがあるみたいだし、いくらあたしが
可愛くてもそれには勝てないや」
兄「何言ってるんだ」
女友「あはは。君、今日は珍しく表情が明るいけどさ。もしかしてこれから妹ちゃんと
デート?」
兄「別にデートじゃねえけど。ちょっと用事があって妹と会うことは会う」
女友「君ってどんだけ自分の妹のことが好きなのよ」
兄「・・・・・・」
女友「まあいいいや。君に振られたおかげで結果的に女と気まずい仲になることもなさそ
うだし」
兄「前向きだなおまえ」
女友「まあ、いい男なんか他にもいっぱいいるしね。つうかあたしが惚れた歴代の男の中
では、あんたみたいな男は珍しいし」
兄「どういう意味だよ」
女友「そのとおりの意味だよ」
兄「あの・・・・・・(泣いてるのか?)」
女友「じゃ、じゃあね。これからも友だち。OK?」
兄「ああ、そうだな」
女友「さっさと妹ちゃんとデートしてこい」
兄「デートじゃないって」
706:
妹「・・・・・・お兄ちゃん」
兄「今日は俺の方が早く来てだろ?」
妹「何張り合ってるのよ。大人気ない」
兄「これでこの間待たせた借りは返したぜ」
妹「・・・・・・本当にバカなんだから」
兄「行こうぜ。もう鍵は母さんからもらってるし」
妹「うん」
兄(姫が両手で俺の片腕に抱きついてきた。何か幸せだ)
妹「どうしたの?」
兄「何でもねえよ。行くぞ」
妹「偉そうに」
兄「そんなんじゃねえよ」
妹「何マジになってるのよ。冗談だって」
兄「わかってるって。とにかく行こうぜ」
妹「はいはい」
兄「ここかな」
妹「外観は思っていたより綺麗だよね」
兄「何か新築っぽいな」
妹「中を見ないと何とも言えないよ」
兄「それはそうだ。じゃあ、見に行こう」
妹「そうだね」
兄「2DKかな」
妹「中も新築っぽいよよね。壁とかきれい」
兄「お。これってユニットバスじゃないじゃん」
妹「それって重要なの?」
兄「当たり前だろ。おまえは何もわかってない」
妹「何でよ」
兄「ユニットバスっていうのはトイレと一緒なんだって。一人暮らしなら別に問題ないけ
どさ。一緒に暮らすなら」
妹「訳わかんない」
兄「俺がシャワー浴びてるとき姫がトイレに行きたくなったらどうするんだよ」
妹「ちょっとごめんねって言ってトイレに行くけど」
兄「・・・・・・おい」
707:
<ごめんね。でももうパパとママは一緒に暮らせないから>
妹「でもここいい部屋だよね。新しいし、ここならお兄ちゃんの大学もあたしの学校にも
そんなに遠くないし」
兄「まあ、母さんはその辺を考えてここを選んだんだろうな」
妹「でもさ、ちょっと部屋が変だよね」
兄「変って? 2DKだぞ。俺たちにはちょうどいいじゃん」
妹「六畳間二つよりもっと広い部屋一つでいいのにね」
兄「え? だって二人暮しなんだし」
妹「どうせ一緒に寝るんだし一部屋無駄じゃん」
兄「おい」
妹「あ、でも。一部屋は荷物置き場にしよう。あたしの服とか置く場所にしてさ。今の寮
って収納スペース最悪だし」
兄「そう(何? いつも一緒に寝るってこと?)」
妹「部屋は二人一部屋だし。まあ、同室の子とは仲良くなったんでいいんだけどさ、とに
かく収納スペースがないのよ。だから六畳間一部屋あるくらいがちょうどいいね」
兄「それってさ。普段とか寝るときとか俺と一緒の部屋でってこと?」
妹「うん」
兄「うんってさ。まあいいか」
妹「嫌なの?」
兄「そんなわけねえよ。でもさ」
妹「でも?」
兄「いや。何でもない」
妹「・・・・・・お兄ちゃん。今日は意地悪だよ」
兄「そんなことないって。でも、ごめん」
妹「このキッチンが問題かな」
兄「何で?」
妹「シンクとか小さいし。コンロも一口しかないよ」
兄「それって問題なの?」
妹「だって使いづらいじゃん」
兄「・・・・・・母さんに文句言う?」
妹「・・・・・・言わない。お兄ちゃんと一緒に暮らせるだけでもう何も文句なんてないから
ね」
兄「ならよかった」
妹「・・・・・・夢みたい」
兄「何が?」
妹「パパとママが離婚するって言って。あたし、どうしていいかわからなくて。寮にいる
から誰にも自由に連絡できないし。でも、突然お兄ちゃんと一緒に暮らせることになっ
て」
708:
兄「あのさ」
妹「うん」
兄「答えづらいかもしれないけど。おまえ土曜日に父さんと母さんと話し合いしたんだ
ろ?」
妹「うん。した」
兄「どんな感じだったの?」
妹「あのね」
父『姫』
母『妹ちゃん』
妹『・・・・・・』
父『姫。本当にすまない』
母『ごめん』
妹『どうしてもあたしがどっちか選ばなきゃいけないの』
父『すまん。パパもママも姫と一緒に暮らしたいんだ。だから、もう姫が選んでくれない
と何も決まらないんだよ』
母『ごめんね。でももうパパとママは一緒に暮らせないから。妹ちゃんが好きな方を選ん
でね』
妹『・・・・・・ママ』
父『どちらを選んでも姫に不自由はさせない。ママの相手のバカ男もそれは保証しますっ
て言ってたしな』
母『・・・・・・パパの相手のふしだらな既婚女も同じことを言ってたみたいよ。どこまで本気
か知らないけど』
父『何だと』
母『あなたが最初に言い出したんでしょ! あたしの彼は独身です。あなたのW不倫相手
と違ってね』
父『何が独身だ。不倫がばれて奥さんに離婚されただけじゃないか』
妹『もうやめて』
母『・・・・・・ごめん』
父『姫。悪かった。こんなことを言うつもりじゃなかったんだ』
母『パパもママもあなたにはひどいことをしているのはわかってるのよ』
父『そうだな』
母『そのうえであなたに聞くけど。あなたはどっちと一緒に暮らしたい?』
709:
妹「最初はあれだけ事前に言うことは準備してたのに。それでもいざというときパパが気
になって」
兄「(それは姫が父さんの相手を知らないからだ)うん」
妹「でも迷うまでもないよね。お兄ちゃんと、少なくともママの公認で一緒に暮らせるん
だもの」
兄「母さんと一緒に暮らすってちゃんと父さんに言ったのか」
妹「言ったよ。パパはそれを聞いてつらそうだったけど」
兄(まあそうだろうな。でも、内心じゃほっとしているのかもしれない。妹友と一緒に暮
らすことになるんだし)
兄(・・・・・・そうとも限らないか。彼氏君と妹友が父親の方を選ぶ可能性だってあるし)
兄(いや。塾で見かけた父さんと妹友の様子だとそんなことはないかもな)
兄(それよりよく考えれば下手したら彼氏君と姫が一緒に暮らすことになってた可能性が
あるんだよな)
兄(それに比べたら今の状態は天に感謝したいくらいなんだよな)
妹「パパって嫌なこと言ってたよ」
兄「どんなこと?(あいつめ。浮気だけじゃ足りなくて更に姫に嫌がらせをしたのか)」
妹「ええとね。ママの再婚相手にあたしが変なことをされたり虐待されたとしたら、ママ
もその相手もただじゃおかないって」
兄「・・・・・・(正直、姫くらい可愛いとそういう心配もないわけじゃない。でも、あのクソ
親父が言えた立場か)」
妹「あとね。これはパパとママで少し言い合いになったんだけど。あたしはパパと一月に
一回は面会するんだって」
兄「言い合って?」
妹「ママはあたしがパパに会いたいならいつでもパパと面会させるけど、あたしの意思に
反して面会の頻度を決めるべきじゃないって」
兄「まあ正論だよな」
妹「でもパパは、ママが嘘を言うかもしれないって。ちゃんと決めておかないとあたしが
パパに会いたいのに間に入ったママが邪魔をする可能性があるからって」
兄「どろどろだな」
妹「・・・・・・うん。パパとママの言い争いなんて初めて見たよ。こんな思いをするならパパ
にもママにも会いたくない」
兄「姫」
妹「もうお兄ちゃんだけそばにいてくれたらそれでいいよ。あたしが信じられるのはもう
お兄ちゃんだけだし)
兄「姫。かわいそうに」
妹「どっか行っちゃやだ」
兄「何が?」
妹「あたしには、もうお兄ちゃんしかいないの」
兄「行かないよ。ずっと一緒にいるよ」
妹「何で。何でこうなるんだろう。もういやだ」
兄(・・・・・・これで父さんの相手が妹友の母親なんて知ったら姫は)
兄(でも、早晩姫はそのことを知ることになるんだ)
兄(・・・・・・)
710:
<『お兄ちゃん好きだよ』>
兄「・・・・・・どこにも行かないから」
妹「うん」
兄「落ちついた?」
妹「もっと強く抱いてくれたら落ち着くと思う」
兄「おまえなあ」
妹「本当だって」
兄「それで? 父さんとの面会は結局どうなったの」
妹「あたしが会いたいときにパパに電話することになった。それならママに邪魔もされな
いしあたしの意思にも沿えるからってパパがそう言って」
兄「母さんも同意したわけか」
妹「うん。それでいいでしょって」
兄「姫ってさ。父さんとこの先会いたいとか思う?」
妹「・・・・・・よくわかんない」
兄「まあ、そうだよな」
妹「でもしばらくはパパにもママにも会いたくない」
兄「そうか」
妹「自分の中で整理がつくまでは。だってあたしのこれまでの人生の目標とか生き甲斐が
突然なくなっちゃったんだもん。そんなにすぐには割り切れない」
兄「姫にとってはまあそうだろうな。無理もないよ」
妹「お兄ちゃんは?」
兄「え?」
妹「お兄ちゃんはパパとママが離婚しても平気なの?」
兄「そんなわけはないけど」
妹「お兄ちゃんの親権とかってどうなってるの?」
兄「どうもこうもないだろ。父さんと母さんがいつ離婚するかによるけど、成人しちゃえ
ば親権も何もないし。まあ、大学卒業までは金の面倒は見てくれるみたいだしね」
妹「・・・・・・お兄ちゃんとパパやママって、お互いに未練とかないの?」
兄「どうだろう? 両親が大切なのは姫のことだろうし。俺にとって大切なのも姫だし
ね」
妹「そう言ってくれるのは嬉しいけど。お兄ちゃんだって本当は悲しんじゃないの」
兄「わからん。あまり考えないようにはしている。むしろ、姫のことばかり考えている
よ」
711:
妹「あたしと一緒だね」
兄「そうだね。とにかく姫と一緒に暮らせるんだから。俺には今はその他のことはどうで
もいいよ(・・・・・・妹友の母さんと父さんとのこと以外はだけど)」
妹「あたしもそうかも。もう割り切らなきゃいけないのかもね」
兄「とにかくさ。うちの家族は全てが崩壊したわけじゃない。俺と姫だけでも家族を続け
よう」
妹「うん。お兄ちゃん好きだよ」
兄「ちょっと前なら姫からそんな言葉を聞くことなんか期待できなかったのにな」
妹「そんなことないよ。あのときだってあたしは」
兄『嫌いじゃないという感情を表わす単語を次の中から一つ選べ』
妹『あたし国語は苦手だよ』
兄『1好き 2好き 3好き』
妹『・・・・・・ふふ』
兄『何笑ってるんだよ』
妹『ベタなジョーク。そんなにあたしに好きって言わせたいの?』
兄『言わせたい』
妹『お兄ちゃん好きだよ』
兄「あのときは姫に振られたんだよな」
妹「うん。でも、ちゃんとお兄ちゃん好きだよって言ったじゃん」
兄「そうだったな」
妹「付き合えるかどうかは別として、あたしの気持ちはあのとき正直に言ったんだよ」
兄「そうだな」
妹「・・・・・・いい部屋だね」
兄「不満はねえよな」
妹「じゃあ、そろそろ帰ろう。門限もあるし」
兄「来週で退寮するんだろ」
妹「うん。ちょうど月末だしね」
兄「荷物は?」
妹「たいしてないの。かさばるのは宅急便で送るから」
兄「じゃあ俺は自分のアパートを引き払ってから、先にここで住んでるな」
妹「うん。散らかさないでよ」
兄「わかってる。早く来い」
妹「うん」
兄「じゃあ送ってくよ」
妹「ありがと」
712:
兄「じゃあな」
妹「送ってくれてありがとう」
兄「先にあの部屋で待ってるよ」
妹「うん。お兄ちゃん?」
兄「・・・・・・校門の前だぞ」
妹「誰もいなかったからね。じゃあね」
兄「ああ」
兄(・・・・・・姫。別れるのは寂しいけど、すぐに一緒に暮らせるんだから)
兄(帰ろう)
兄(・・・・・・メール?)
兄(彼氏君? いったい今さら何だって言うんだろう)
兄(・・・・・・どれ)
718:
<後悔してるの?>
兄(・・・・・・ノック? 妹だ)
兄(いや。用心してし過ぎることはない。これだけ危ないことをしているんだし)
兄(・・・・・・)
妹「お兄ちゃん?」
兄「(姫だ)今開けるよ」
妹「・・・・・・来たよ」
兄「うん」
妹「・・・・・・何?」
兄「いや。入ったら?」
妹「・・・・・・うん」
兄(おかしい。一緒に暮らせることになって、俺も姫もあんなにテンションが高かったの
に。緊張するっていうか何かぎくしゃくするな)
妹「座っていい?」
兄「うん。つうか、いいのも何も今日からはおまえの家じゃねえか」
妹「そうか」
兄「そうだよ」
妹「・・・・・・」
兄「・・・・・・」
妹「これ」
兄「何?」
妹「ママからお兄ちゃんに渡してって。通帳みたい」
兄「ああ(仕送りしてくれるっていう通帳か。どれどれ)」
兄(・・・・・・何だこれ。七桁って。一括でくれたのかよ。いくら何でも子どもを信用しすぎ
だろ)
妹「どうしたの?」
兄「おまえ、通帳の中見た?」
妹「見てないけど。何で?」
兄「これ、俺たちの生活費っていうか、姫と俺の大学卒業までの学費分の金額が入金され
てるぜ」
妹「そうなの? じゃあ無駄遣いしないようにしないとね」
兄「感想はそれだけかよ」
妹「他に何て言えばいいの?」
719:
兄「いやさ。母さんだって世間的にまずいと思っているだろうし、必ずしも積極的に俺と
姫の関係に賛成したわけじゃないと思うんだよな。つまり、他に選択肢がないと思ったか
ら消極的に賛成してくれたわけで」
妹「うん」
兄「それなのにこの金額っつうのはさ。よほど俺たちを応援しているか、それとももう俺
たちなんかと縁を切りたいのかどっちかじゃないかな」
妹「・・・・・・どっちでもないんじゃない?」
兄「何で」
妹「何となく」
兄「そうか」
妹「うん」
兄「そうかもな」
妹「荷物整理するね」
兄「手伝うよ」
妹「うん」
兄「おまえの部屋あっちな。こっちは俺の荷物を入れたから」
妹「・・・・・・」
兄「おまえはこっちの部屋に・・・・・・って、どうした?」
妹「・・・・・・」
兄「何で泣いてるの」
妹「・・・・・・」
兄「・・・・・・悪かったって」
妹「・・・・・何よ」
兄「・・・・・・冗談だって」
妹「・・・・・・」
兄「そうだよな。一緒の部屋で暮らすんだったよな」
妹「何で意地悪するの・・・・・・本当は嫌なの?」
兄「悪かったって」
妹「・・・・・・どきどきして。心配で。いっぱいいっぱいで」
兄「姫」
妹「それでもやっぱり嬉しくて。パパとママがあんななのにこんなに嬉しいあたしって変
なんじゃないかって」
兄「うん」
妹「こんなに胸が変になりそうなのに。一生懸命ここまで来て頑張ってこの部屋のドアを
ノックしたのに」
兄「・・・・・・ごめん」
720:
妹「一緒に住むって決めたこと、後悔してるの?」
兄「してないよ」
妹「だったらもう勝手にいろいろ悩むのはやめて。お兄ちゃんはいつもそうじゃない。い
つも行動したあとに、決めたあとに勝手に悩んで自滅しちゃうの」
兄「・・・・・・」
妹「あたしも決めたの。そう決めてくれたお兄ちゃんの気持が嬉しかったから。なのに何
であたしが決めたあとにお兄ちゃんは勝手に悩んで勝手に後悔するのよ」
兄「悪かったよ」
妹「もうやだ」
兄「通帳の金額を見て、ちょっと不安になっただけだよ。後悔なんかしてないよ。ごめ
ん」
妹「・・・・・・」
兄「姫とずっと一緒に暮らせることが本当に嬉しいんだ」
妹「・・・・・・」
兄「これからはずっと俺が姫を守れることがさ」
妹「・・・・・・お兄ちゃん」
兄「本当だよ。すげえ嬉しい。通帳のこととか悪かった。俺は考えなしだから、これは姫
に預けるよ。姫が管理してくれ」
妹「本当?」
兄「本当に本当だ」
妹「・・・・・・うん」
兄「そろそろ姫の荷物を何とかしよう」
妹「あたしのセリフでしょ。それは」
兄「まあそうだけど」
妹「これからは時間だけはいっぱいあるじゃない。一緒にいる時間は」
兄「そうだな」
妹「だから急がなくてもいいの。何もかも」
兄「そうだね」
妹「でも、そうだね。お兄ちゃんの言うとおりそろそろ片付けよう。お夕飯の支度もしな
いといけないし」
兄「買物に行かないと何もないぞ」
妹「途中で買物してきたよ。今日はオムライスだよ」
兄「やった」
妹「じゃあ、あっちの部屋は荷物部屋ね」
兄「わかった」
721:
<青い鳥>
妹「とりあえずこれくらいでいいかな。お兄ちゃん」
兄「うん。いいんじゃね」
妹「今、何時」
兄「そろそろ七時になるな」
妹「いけない。本当にもう夕ご飯作らないと」
兄「無理しなくてもいいよ。外で何か食いに行くか?」
妹「ううん、最初の日だし。あたしが作りたい」
兄「・・・・・・そうか」
妹「じゃあ、お兄ちゃんはご飯できるまで少し休んでて」
兄「ありがと」
妹「・・・・・・お礼なんて」
兄「・・・・・・そうだね」
from:彼氏
to:お兄さん
sub:無題
『本当にすいませんでした。でもこんなつもりじゃなかった。ごめんなさい。旅行に誘っ
てくれてありがとうございました』
兄(・・・・・・何なんだいったい)
兄(謝っていることだけはわかったけど。それ以外は何にも理解できねえ)
兄(返信しようがない。姫に見せれば意味がわかるのかな。何と言っても姫はあいつの彼
女だったんだし)
兄(・・・・・・だった、でいいんだよな。ちゃんと別れたって話は聞かないけど)
兄(いや。もう先走って勝手に悩まないと決めたんだ。姫が俺の彼女のつもりでいるかど
うかは、今となってはよくわからんけど。一緒に暮らすって姫が決めた以上、余計なこと
は考えないようにしないとな)
兄(もう彼氏君も妹友も女もどうでもいい。誰に避けられたっていいじゃんか。姫が俺と
暮らすことを選んでくれたんだから)
兄(幼い頃の父さんとの約束なんかどうでもいいけど、母さんとの新しい約束は絶対に守
る)
兄(姫を守ろう。姫を不幸にしないようにしよう。両親の離婚で傷付いている姫を癒そ
う)
兄(それだけで十分だろ。つうかそれだって生半可な覚悟でできることじゃねえよ)
兄(・・・・・・もう迷わない)
722:
妹「お兄ちゃん、テーブル片付けて」
兄「ああ? うん」
妹「何ぼうっとしてるの。オムライス運ぶんだからテーブル!」
兄「わかった」
妹「ほら。スマホどけて」
兄「おう」
妹「はい。どうぞ」
兄「オムライス、久し振りだよ」
妹「そんなに好きなら外で食べればよかったのに」
兄「俺が好きなのはこのオムライスだからさ」
妹「そうか」
兄「そうだよ」
妹「じゃあ、はい。いっぱい食べてね」
兄「うん。いただきます」
妹「どうぞって。そんなに慌てなくても」
兄「何笑ってるの。つうか姫は食わねえの」
妹「食べるよ。いいからお兄ちゃんは冷めないうちに食べてよ」
兄「ああ」
妹「そういう風に食べてくれると作りがいがあるよ」
兄「・・・・・・本当に美味しいよこれ」
妹「食べながら喋っちゃだめだって・・・・・・はい」
兄「はいって。姫の分がなくなるじゃん」
妹「お腹空いてないし。それよか食べてくれる方がうれしい」
兄「じゃあ遠慮なく」
妹「ふふ」
兄「何?」
妹「お兄ちゃん子どもみたい。小学生の頃を思い出すなあ」
兄「何懐かしがってるんだよ」
妹「顔にケチャップ付いてるよ・・・・・・はい」
兄「・・・・・・」
妹「どきってした?」
兄「した」
723:
兄(何この幸せなシチュエーション。こういうことなんだよな。姫と二人で暮らすって)
兄(考えてみたら別に目新しいことはない。エプロン姿の姫でさえ。いや、可愛いし思わ
ず手を伸ばしたくはなるんだけど)
兄(でもこれって、今までの俺たち二人の過ごしてきた生活の再現だよな)
兄(もともと夕飯なんか家族全員で食べることは滅多になかったから、姫が小学生の頃ま
では近所の蕎麦屋の出前かコンビニ弁当だったし)
兄(そんで姫が富士峰に合格して中学生になったある日、突然料理を始めたんだよな。部
活で習ったからって)
兄(あのときキッチンに立った姫のエプロンを着けた後姿のシャメは今でも俺のお姫様フ
ォルダーの中にある)
兄(考えてみたらすごく恵まれてたんだよな、俺って。大好きな姫といつも夜二人きりだ
ったんだし。今にして思えばもっと大切に時間を過ごすんだった)
兄(あの頃から俺は姫のことが大好きだったんだから、もっと姫に優しくしてやればよか
ったんだ。あの頃は当たり前だと思っていた姫との暮らしがこんなに貴重で得がたいもの
になるなんて、あの頃の考えなしの俺は思いもしなかったんだよな)
兄(母さんに感謝しよう。父さんに浮気されて対抗して自分も男を作ったどうしようもな
い母親だけど。少なくとも俺と姫のことは心配して応援してくれたんだから)
兄(姫が前に言ってたけど、幸せっていうのは身近なところにあるんだな。ただ、当たり
前すぎてなかなかそのことに気がつかないだけで)
兄(青い鳥か。大学に入るとかそういうことで環境を変える必要なんかないんだ。自分で
は気がつかなかった幸せは身近な日常に潜んでいた)
兄(俺はばかだ。姫に告白して困らせたり、勝手に家を出て一人暮らしをしたり)
兄(女の告白に答えたり妹友を気にしたり。そんなことのどこに俺の心の平穏があっ
た? そのどこに妹と一緒に飯を食うそれだけで得られる安らぎがあった?)
兄(ねえじゃん。だからもういいじゃんか。彼氏君が何を悩んで何で謝罪のメールをして
きたかなんて。女が何で俺を避けてるかなんて)
兄(姫と二人でささやかに暮らせる日々を奇跡的に取り戻せただけで十分すぎるじゃねえ
か)
妹「お兄ちゃん?」
兄「あ、ああ」
妹「まさか。また勝手に考え込んで悩んでいるんじゃないでしょうね」
兄「違うよ」
妹「それならいい。食べ終わったみたいだし、あたし洗い物しちゃうから先にお風呂に入
って」
兄「うん」
妹「あたしは明日のお弁当の下拵えしたらお風呂に入るから。先にベッドに行ってもいい
けど、勝手に寝ちゃったら怒るよ」
兄「・・・・・・え」
妹「一緒に寝るんだし。お兄ちゃんが寝てたら寂しいじゃん」
兄「・・・・・・寝ねえよ、ばか。姫が来るのを待ってるって」
妹「それならいい」
724:
<蜜月>
兄(夢を見ているのかもしれない)
兄(これは覚めることのない夢だ。すごく日常的でありながら、いつまでも続いて欲しい
と心底から願えるような夢)
兄(とりあえず、昨日は姫が俺のベッドにそっと入ってきた。そして俺に寄り添っ
て・・・・・・・。Tシャツ越しの姫の華奢な骨格)
兄(まあ、俺と姫はもう結ばれているので別にああいう状況が始めたと言うわけじゃない
んだけど)
兄(でもなんか違った。抱くとか抱かないとか、寝るとか寝ないとかじゃねえんだ)
兄(そういうことじゃない。腕の中の姫は細くて小さくて。普通ならあるべき親の庇護を
亡くした姫のことが俺は何よりもいとおしくて)
兄(姫を好きだというだけなら昔からそうだ。でも、ここまで姫を守りたいと思ったのは
初めてだ)
兄(身近な幸せに気がついた俺だけど。前みたいに姫と寄り添って有頂天になるというよ
り、もっと真面目で静かな思いを込み上げてくる。俺が姫を守るんだなんて、大袈裟に言
う気はねえけどさ)
兄(大学に着いたばかりなのにもう家に帰りたくなってきた。別に帰っても姫は学校だし
姫と会えるわけじゃねえけど)
兄(今日も姫から弁当を渡された。これだけが楽しみだ)
兄(よし。勉学に励もう。成績をよくしていい企業の内定を勝ち取ろう。姫に不自由させ
ないために。父さんなんかに負けないために)
女友「おーい」
兄(負けちゃだめだ。負けちゃ)
女友「一限から寝るなよ」
兄「負けちゃ・・・・・・むにゃ」
女友「君が何と戦っているのか知らないけどさ。とりあえず目の前の一限の講義と戦った
らどうかな」
兄「逃げちゃだめだ・・・・・・ってあれ。女友か」
女友「逃げちゃだめってあんたは碇シンジか」
兄「何言ってるの? おまえ」
女友「それはこっちのセリフだって。何でいきなり寝てるのよ」
兄「つい」
女友「そして君は夢の中で何と戦ってたのかな」
兄「・・・・・・何でもいいじゃん」
女友「君もわけわかんないよね」
兄「何で?」
女友「前に会ったときはこの世の春みたいな明るい顔してたくせにさ」
兄「別に今だって暗いわけじゃねえよ」
女友「うん。それはそうだ。何か複雑な表情で寝ぼけてたよ」
兄「複雑なって」
女友「何か大人の表情っていうの? ちょっとだけ格好よかった。あの表情だけならモデ
ルになれるかも」
兄「何なんだよ。それに表情だけって」
女友「やべ。教授が見てる。ほれ、テキストに集中しろよ」
兄「あいよ」
725:
女友「君、お昼はどうするって・・・・・・それ、お弁当?」
兄「うん」
女友「何かいいことがあったみたいね」
兄「別に」
女友「・・・・・・あんたらさあ。もう本当に付き合っちゃえば?」
兄「何の話だよ」
女友「・・・・・・それとももうとっくに男女の仲なのかな」
兄「・・・・・・」
女「女友〜。やっほ」
女友「ああ女か。やあ」
女「一緒に学食行かない? って。あ」
兄(女か)
女「・・・・・・ごめん。あたし行くわ」
女友「こら待て。あんたはいったい何に対して謝ってるんだよ」
女「いや、その。ごめん」
兄(何言ってるんだこいつ)
女友「だから逃げるなって。ちょっと待て」
女「あの・・・・・・あたし」
女友「あんたさ。あたしから逃げようとしているの? それとも兄君から逃げたいの?」
女「ううん。違くて。っていうかそんなんじゃなくて」
女友「ちょっと落ち着け。っておい! 逃げるなって」
女「手を離してよ」
女友「だって。手離したらあんた逃げるじゃん」
女「・・・・だって」
女友「だってじゃない。何で親友のあたしから逃げようとするのよ」
女「女友から逃げたいなんて言ってないでしょ」
女友「じゃあ兄君から逃げたいのか」
女「ち、違う」
女友「表情から察するに図星か
女「・・・・・・そうじゃ」
女友「あんたさあ。誤解も解けて兄君と友だちまで巻き戻したんじゃなかったっけ」
女「・・・・・・うん」
女友「じゃあ何で兄君を避けるのよ」
女「・・・・・・親友だから」
女友「はあ?」
女「あんたはあたしの親友だから」
女友「何言ってるのよあんた」
兄(何言ってるんだこいつ)
729:
<やっぱりこの二人、怪しいな>
妹友(何かイライラする。何でだろう)
妹友(別におかしいことじゃないのに。お兄ちゃんに好きな人ができたって。それがあた
しの友だちだって別に全然変なことじゃないのにね)
妹友(・・・・・・まさか)
妹友(ありえない。でも・・・・・・そうなのかな)
妹友(とりあえず。してしまったことは取り返しがつかないよね)
妹友(あの反応を見る限りうちのお兄ちゃんが好きだってことはなさそうだけど)
妹友(・・・・・・何であたし。ほっとしているんだろう)
妹友(妹ちゃんって誰か好きな男の子いるのかな)
妹友(他校の男の子に今までいっぱい告白されてたのは知ってるけど。でも全部断ってい
たよね)
妹友(・・・・・・)
妹友(まさか。そういえば今日は用事があって部活はお休みだっけ)
妹友(家の用事って言ってたけど)
妹友(あ・・・・・・妹ちゃんが校門から出て行く)
妹友(・・・・・・別にたいしたことじゃないよね。ちょっと確かめてみるだけだし)
妹友(よし)
妹友(あ〜あ。やっぱりか。部活をサボって向う先が明徳高校って。何かやだなあ)
妹友(別にいいのよ。妹ちゃんがお兄ちゃんに興味がないことさえ確認できればそれでい
いの)
妹友(・・・・・・なのに。何でかわからないけどいらいらする)
妹友(校門で誰かを待っている。違ってていてほしいけど多分そうなんだろうなあ)
妹友(やっぱりむしゃくしゃする。親友が間違った方向に目を瞑って歩いていくのを見な
きゃいけないことに対して)
妹友(見てらんない。何よあのそわそわした様子。今まで誰にだってあんな表情を見せた
ことなんかないくせに)
妹友(お兄ちゃんのことを何とも思っていないことにほっとしたけど。それでも妹ちゃん
のああいう姿を見ると何かむかつく)
妹友(自分のお兄さんなのに。妹ちゃんは昔からお兄さんには紹介してくれないけど。そ
れでもどう考えてもうちのお兄ちゃんの方が格好いいと思う。妹のあたしから見てもお兄
ちゃんって格好いいし、昔からもててたし)
妹友(・・・・・・じゃなくて。あたし、何考えてるんだ)
妹友(あそこの木陰まで近づこう。会話が聞こえるかもしれないし。気づかれたら気づか
れたでいいや)
妹友(もう、何かどうでもいい。とにかく見届けよう)
730:
妹友(しかし妹ちゃんのあの様子ったら。確かにあの子は可愛いけどさ)
妹共(でもあれって自分の兄貴を待っている姿じゃないでしょ。まるで付き合い出したば
かりの彼氏と待ち合わせしているみたい)
妹友(あ。あの人って)
妹「遅い」
兄「遅いと言われても。何時に来てれば遅くなかったかすらわからんのに」
妹「何でそんな簡単なことがわからないのよ。お兄ちゃんもしかしてバカ?」
妹友(やっぱりあの人が妹ちゃんのお兄さんか)
妹友(うちのお兄ちゃんの方が全然イケメンなのに)
兄「それはそうかもしれないが、少なくとも偏差値が痛いおまえに言われる筋合いはな
いと思う」
妹「そう言えばたまにいるよね。成績だけはやたらいいけど、常識とか社会性とかが欠け
ている男子って」
兄「ちょっと待て」
妹「あ、社交性もだ」
兄「・・・・・・」
妹「そういう男の子に限って必ずぼっちなんだよね。何でだろう?」
妹友(・・・・・・妹ちゃん。何か楽しそうだな。あんなに楽しそうにお兄さんをからかってる。
男の子とあんなに楽しそうに話をする妹ちゃんって初めて見たな)
妹友(何か言い合いながら歩き出した)
妹友(初々しい付き合いたてのカップルって感じじゃないね。何というか)
妹友(何というか。昔からずっと一緒に暮らしてきた夫婦みたい)
妹友(・・・・・・)
妹友(いやいや。だから二人は本当に兄妹なんだからそれじゃだめだってば)
妹友(妹ちゃんって、本当に異性としてお兄さんのことが好きなのかな)
妹友(何かただ仲のいい兄妹のような気もするし)
妹友(とりあえずストーキングしよう・・・・・・じゃない。後をつけよう)
妹友(さすがに会話が聞こえるほどは接近できないか)
妹友(なんか微妙な距離感。兄妹にしてはお互いに近すぎるような気がするし、恋人同士
にしては離れすぎている気がする)
妹友(あれ? なんか妹ちゃん、少し怒っているみたい)
妹友(お兄さんはあまり慌てている様子はないけど・・・・・・)
妹友(ひょっとして妹ちゃんの片想いだったりして)
妹友(気になるんだけど会話が聞こえない。もう少し近づかないとだめかなあ)
妹友(・・・・・・)
妹友(もういっそ声かけちゃおうか。偶然に出合った振りをすればいいんだし)
妹友(そうよね。そうしよう。じゃあ、あっちの道から先回りして)
妹友(ちょっと駆け足で)
731:
妹友(はあはあ)
妹友(あ、いた・・・・・・よし)
妹友「妹ちゃんだ。妹ちゃーん」
妹「妹友ちゃん」
妹友「わあ、偶然だね」
妹「そうだね。今、帰り? 部活終ったの」
妹友「うん。今日はミーティングだけだったから。それよか今日はお家の事情で部活休ん
だんじゃなかったの」
妹「え。ああ、うん」
妹友「じゃあ、何でまだこんなとこにいるの」
妹「そ、それはさ」
兄「初めまして。いつも妹がお世話になってます」
妹友「(お兄さんの方が話しかけてきた。ちょっと軽い人なのかな)ああ。妹ちゃんのお
兄さんですか。こちらこそ妹ちゃんにはいろいろお世話になってます」
妹「こんなやつにあいさつしなくていいから」
妹友「こんなやつって」
兄「こんなやつって」
妹「いいからお兄ちゃんは黙ってて」
妹友「(やっぱお兄さんがあたしと知り合うのが嫌なのかな)なあんだ。妹ちゃんの用事
ってお兄さんと一緒に帰ることだったのかあ」
妹「違うよ」
兄「違うのか」
妹友「違うの?(違わないでしょうが)」
妹「違うって」
兄「だって明らかに俺の学校の校門前で俺を待っていて、しかも俺が来るのが遅いって怒
ってけど、なんだ、あれてって待ち合わせじゃなかったのか」
妹「だからあんたは黙ってろ」
妹友「じゃ、じゃあ。家の用事を邪魔したら悪いしあたしはこれで(何が家の用事よ)」
兄「ぷ・・・・・・って痛え」
妹「じゃあまた明日学校でね。妹友ちゃん」
妹友「うん。お兄さん失礼します」
兄「またね」
妹「またねって言うな。会ったばっかなのに図々しい」
妹友「ふふ。妹ちゃんもお兄さんもまたね(やっぱりこの二人、怪しいな)」
732:
<おまえが犠牲になることはないって>
妹友「ただいま」
彼氏「おかえり。遅かったじゃん。今日も部活だっけ」
妹友「うん(サボって妹ちゃんを尾行したなんて言えないよね)」
彼氏「今夜も親父たち帰り遅いって」
妹友「そうなんだ。あ、夕ご飯まだでしょ」
彼氏「コンビニで適当に買っておいた。こういうのでよかった?」
妹友「・・・・・・あたしが作ったのに」
彼氏「いいよ、そんなの。おまえが母さんの替わりをすることはないよ」
妹友「だって。お兄ちゃんコンビニのお弁当嫌いでしょ」
彼氏「うん。でも、おまえが犠牲になることはないって」
妹友「犠牲って」
彼氏「だってそうだろ? 仕事かなんか知らないけどさ。夫婦で顔を合わせたくないから
って仕事に逃げている親の犠牲に、何でおまえがならなきゃいけないんだよ」
妹友「だって。パパとママは仕事が忙しいからしかたないじゃん」
彼氏「何が仕事だよ。たまに家に帰ってくるときは示し合わせたように互いに一緒になら
ないようにしているじゃないか。あの二人は家で一緒にいたくないんだよ」
妹友「何でそんなこと言うの? 家族はお互いがお互いを好きで・・・・・・」
彼氏「真っ当な家族ならね。うちはそうじゃない」
妹友「でも。ママもパパもあたしたちに優しいじゃん」
彼氏「僕たちにはね。あの二人は僕たちがいなければまともに夫婦さえやってられないよ
うだけどな」
妹友「お兄ちゃん、パパとママが嫌いなの」
彼氏「むしろ、あいつらがお互いに嫌いあってるんだろ。それにさ」
妹友「それに?」
彼氏「あいつら、俺とおまえのことだって本当には気にしてないんじゃないのか」
妹友「そんなこと」
彼氏「好きの反対は無関心だって言うしな」
妹友「・・・・・・妹ちゃんのおうちは真っ当な家族なのかな」
彼氏「何だよ突然」
妹友「別に何でもない。お風呂入るね」
彼氏「うん」
733:
妹友「お兄ちゃん、お風呂空いたよ」
彼氏「ああ」
妹友「・・・・・・何でご飯食べないの」
彼氏「コンビニ弁当嫌いだから」
妹友「だからあたしが作るって言ったのに」
彼氏「いや」
妹友「お兄ちゃん?」
彼氏「・・・・・・ああ」
妹友(こんなのやだ。お兄ちゃんが落ち込んでいるのなんてやだ)
妹友(お兄ちゃんを元気にするためなら)
彼氏「うん?」
妹友「(・・・・・・よし)あのさ。この間の話ね」
彼氏「何だよ」
妹友「お兄ちゃんが妹ちゃんのことを好きだって話」
彼氏「・・・・・あれは考えさせてって言われたんだろ」
妹友「そうだけど。でも」
彼氏「何だよ。思わせぶりなこと言うなよ」
妹友「うん。でも少し期待してて」
彼氏「訳わかんない。風呂入ってくる」
妹友「うん(多分、今晩か明日には電話かメールがあるはず)」
妹友(あたしはいったい何がしたいのだろう)
妹友(本当にお兄ちゃんと妹ちゃんをくっつけたいのかな)
妹友(・・・・・・現実逃避しているだけかも。パパとママの仲が悪くて。お兄ちゃんは妹ちゃ
んに片想いしていて)
妹友(あたしのいる場所ってどこかにあるのかな)
妹友(お兄ちゃんと妹ちゃんを付き合わせることに一生懸命なうちはいい)
妹友(でも。二人が恋人になっちゃったら。あたしはどこにいればいいのかな)
妹友(・・・・・・今さらだよね。今になってそんなこと考えたってしかたない。今はお兄ちゃ
んのためにできることをしよう)
妹友(・・・・・・あ)
妹友(妹ちゃんから電話・・・・・・・)
734:
妹『遅い時間にごめんね』
妹友「別にいいよ。まだそんなに遅いわけじゃないし」
妹『ちょっと話せる?』
妹友「いいよ」
妹『ちょっと相談してもいい?』
妹友「マジな話?」
妹『うん』
妹友「・・・・・・どうしたの? 真面目な声で」
妹『実はね・・・・・・』
妹友「・・・・・・はあ」
妹友「何だ。真剣な声で相談とか言うから何かと思ったじゃん」
妹『結構マジで悩んでるのに』
妹友「だってさあ。お兄さんとのトラブルとか相談されてもねえ。せめて好きな人のこと
とか相談されたんなら真面目に相談に乗ろうとか思うけどさ」
妹『あたしにとっては大問題なの!』
妹友「・・・・・・誇らしげにブラコンを公言するのはいい加減にしなって」
妹友(お兄さんが自分と二人で歩いていたのに。お兄さんは自分以外の女の子を見つめて
いた・・・・・・)
妹友(そんなこと普通友だちに相談する? まさかこの子。本当に自分のお兄さんのこと
が好きなのかな。お兄さんに嫉妬しちゃうくらいに)
妹『そんなんじゃないよ』
妹友「昨日妹ちゃんとお兄さんのデートを邪魔したのは悪かったけどさ。妹ちゃんの部活
を休むほどの用事が、お兄さんと一緒に帰ることだったとはねえ」
妹『・・・・・・別にいいじゃん。誰かに迷惑かけてるわけじゃないし』
妹友「まあ、いいけど。それにしても何? いったい夜中に電話してきて相談って何かと
思ったら。自分と一緒に歩いているのにお兄さんが他の女の子をガン見してるのどうしよ
うって。そんなことで一々電話して来るなよ」
妹『だってさ』
妹友「まさか兄妹喧嘩の相談をこんな夜中に受けるとは思わなかったよ」
妹『ごめん』
妹友「で? 妹ちゃんはどうしたいの?」
妹『どうって』
妹友「じゃあ聞き方を変えるけど、お兄さんとどうなりたいの(まさかお兄さんの彼女に
なりたいとか。さすがにそこまでは言わないか)」
妹『どうって・・・・・・。仲のいい兄妹になりたい』
妹友「それなら今でも仲良すぎるくらいじゃん。それ以上仲良くなってどうすんのよ」
妹『って。せっかくあたしがお兄ちゃんの学校に迎えに行ってあげたのに、他の女の子
のことばかり見てるとかあり得ないじゃん』
735:
<策略>
妹友(・・・・・お兄ちゃんのためだ)
妹友(無理があるのはわかっているけど、今なら何とか妹ちゃんを言いくるめられるかも
しれない)
妹友(よし。言うだけ言ってみよう)
妹『妹友ちゃん?』
妹友「何であり得ないって言い切れるのかよくわかんないけど。じゃあさ。いっそ妹ちゃ
んもお兄さんに嫉妬させてみたら?」
妹『どういうこと?』
妹友「そろそろさ。うちのお兄ちゃんの告白にも返事してやってよ。断るなら断るでいい
からさ。このまま保留じゃお兄ちゃんだって落ちつけないじゃん」
妹『彼氏君のことは嫌いじゃない。でも、男の人と付き合うのってあたしにはまだ早いよ
うな気がする』
妹友「(何言ってるのよ。これまで告白してきた男の子を振ったのだって、お兄ちゃんの
告白を保留しているのだって、全ては自分のお兄さんが好きだから、ただそれだけでしょ
うが)もうすぐ高校二年になるのに付き合うのが早すぎるって」
妹『あたしにとってはだよ。あたしは家に帰って家族と一緒にいるのが一番好きだから、
男の人とデートとかしたいとも思わないし。だからあたしはまだ子どもなんだと思う』
妹友「しょっちゅう他校の男の子に告られてくるくせに、いつも断っていたのはそういう
理由だったのか(どうせこれもフェイクだ。妹ちゃんが、この子がそんなに幼いわけない
じゃん)」
妹友(何でうちの家族がぎくしゃくしてるのに、妹ちゃんの家族はみんな仲がいいんだろ
う。何か不公平だよね)
妹友(・・・・・・別に妹ちゃんのせいじゃない。そこは混同しちゃだめ)
妹『うん』
妹友「でもさ。あたしがうちのお兄ちゃんの気持ちを伝えたときは、少し考えさせてって
言って保留したよね?」
妹『彼氏君は中学一年の頃からの知り合いだし、何よりも妹友ちゃんのお兄さんだし』
妹友(ふざけんな)
妹友「何を気にしてるのか、よくわかんないなあ。結局振るんだったら早いか遅いかの差
だと思うけどなあ。つうか待たされた分お兄ちゃんも余計につらいと思うけど」
妹『・・・・・・』
736:
妹友「そしたらさ。お兄さんに嫉妬させてみたら? それでお兄さんの妹ちゃんに対する
気持もわかるんじゃないかな」
妹『どうやったらお兄ちゃんが嫉妬なんてするんだろ』
妹友(何この子。まじで食いついてきた。というか本気でお兄さんに嫉妬させたいの?)
妹友「他の男の人と一緒にいるところを見せればいいだけでしょ」
妹『そんな人あたしにはいないもん』
妹友「うちのお兄ちゃんでいいじゃん」
妹『え』
妹友「お兄ちゃんなら喜んで妹ちゃんと一緒にいようとすると思うな」
妹『それはだめでしょ』
妹友「何で?(少しお兄ちゃんに悪いと思ってくれてるのかな)」
妹『だって・・・・・・彼氏君を利用するようなことはできないよ』
妹友「お兄ちゃんは妹ちゃんが好きなんだから別にいいじゃん」
妹『それって本当のことを話して彼氏君に協力してもらうってこと?』
妹友「さすがにそれは無理。お兄ちゃんには珍しく妹ちゃんが一緒に登校したいって言っ
てるよって言う」
妹「それじゃまるで・・・・・・」
妹友「お兄さんの反応が見たいんでしょ?」
妹『彼氏君に悪いよ』
妹友「妹ちゃん、お兄ちゃんの告白を断るって決めたの?」
妹『・・・・・・それはまだ』
妹友(まだ大丈夫なのかも)
妹友「まだ決めてないならいいじゃん。心を決める参考になるかもしれないよ?」
妹『だって』
妹友(このまま押し切ろう)
妹友「じゃあ、決まりね。早い方がいいから明日の朝お兄ちゃんに学校まで送ってもらっ
てね。お兄ちゃんにはこれから話しておくから」
妹『本当にやるの』
妹友(お兄ちゃんの気が晴れるなら。別に妹ちゃんとお兄さんに迷惑をかけるわけじゃな
いし)
妹友「そうだよ。明日の朝七時に妹ちゃんの家の前の公園で待ち合わせね。それであたし
は別なところから妹ちゃんの家を監視してるから。それでお兄さんが出てきたら妹ちゃん
にメールするね。そしたらお兄ちゃんと一緒に駅の方まで歩いて行って」
妹『あたしが彼氏君と一緒のところをお兄ちゃんが見たら傷つくかも』
妹友「そうかなあ。それなら妹ちゃんと一緒にいるのに他の女の子なんかをよそ見したり
しないんじゃない?」
妹『・・・・・・まあそうかも』
妹友(これくらいはしてもいいよね。妹ちゃんの家族は仲が良くて幸せみたいだし。お兄
ちゃんを救うためだもん)
妹友「お兄ちゃんと手くらいつないでね。お兄ちゃんにも言っておくけど」
妹『・・・・・・』
妹友(さすがに返事なしか。ちょっと言い過ぎたかな)
737:
妹友「お兄ちゃん、おきてる?」
彼氏「うん」
妹友「何してたの」
彼氏「受験勉強」
妹友「そうか・・・・・・そうだよね」
彼氏「何か用か」
妹友「あのさ」
彼氏「うん」
妹友「お兄ちゃんって志望校、A判定なんでしょ」
彼氏「そうだけど」
妹友「お兄ちゃんってすごいよね」
彼氏「・・・・・・別に」
妹友「志望校、余裕なんでしょ」
彼氏「何がおこるかわからないから。油断はできないけどね」
妹友「それでもさ。お兄ちゃんのいつもの朝の勉強時間だけど」
彼氏「何?」
妹友「たまにはしなくても平気じゃないの」
彼氏「だから油断はできないって」
妹友「妹ちゃんと一緒に登校できても?」
彼氏「え」
妹友「それでも習慣になってる朝の勉強を一度もやめる気はない?」
彼氏「ちょっと。何の話をしてるんだよ」
妹友「妹ちゃんがお兄ちゃんと二人で一緒に登校したいって」
彼氏「・・・・・・嘘だろ」
妹友「嘘って何で?」
彼氏「だって、妹は俺のことなんか」
妹友「・・・・・・お兄ちゃんってさ」
彼氏「うん」
妹友「何でそんなに妹ちゃんのことが好きなの」
彼氏「何でって。好きになるのに理由が必要なのか?」
妹友「・・・・・・」
彼氏「どうした?」
妹友「明日、妹ちゃんと一緒に登校したくない?」
彼氏「妹がそんなこと言うわけねえだろ」
妹友「そう思うならそれでいいよ。じゃあお休み」
彼氏「ちょっと待てよ」
妹友(あたし・・・・・・いったい何がしたいんだろう)
妹友(・・・・・・)
740:
<偽装デート>
妹友(・・・・・思っていたよりぎくしゃくしてないよね)
妹友(結構いい雰囲気じゃない)
妹友(妹ちゃん、お兄さんの気持を試すために演技モードになっちゃったのかな)
妹友(それともまさかお兄ちゃんに本気に?)
妹友(それはないよね)
妹友(あ・・・・・・)
妹友(妹ちゃんの家からお兄さんが出てきた)
妹友(作戦開始か。迷ってもしかたない)
妹友(連絡しないと)
from:妹友
to:妹
sub:無題
『お兄さんが家を出てきたよ。妹ちゃんはお兄ちゃんと寄り添って、なるべく仲よさそう
な振りをして駅に向って』
妹友(動き出した)
妹友(・・・・・・何かやたらに寄り添ってる。つうか妹ちゃんの方からだし)
妹友(よくわかんないな。お兄さんに見せつけようとしているのか、それとも)
妹友(まさかね)
妹友(いけない。見失わないように尾行しないと)
妹友(会話が聞ければなあ)
妹友(あれ? 何、あの女)
妹友(お兄さんに声をかけた)
妹友(誰だろう。何かやたらに親密そうなんですけど)
741:
妹友(あの人。何かお兄さんのこと楽しそうにからかってるって感じだよね)
妹友(いや。単なる仲のいい同級生かもしれないし)
妹友(でも。それにしてはあの女の人の笑顔ってすごく嬉しそう。あの人、お兄さんのこ
と、本気で好きなのかな)
妹友(・・・・・・)
妹友(いけない。約束は約束だし)
妹友(てか。二組のカップルを尾行しながらメールうつって何でよ。面倒くさい)
from:妹友
to:妹
sub:緊急事態
『お兄さんは予定どおり妹ちゃんたちの後ろを歩いて駅に向っているけど、何か途中で結
構綺麗な女の人と出合って一緒に歩いてるよ』
『女の人の方も親し気にお兄さんに笑いかけてるし。ひょっとしてお兄さんってあんなに
綺麗な彼女がいたの?』
『気がつかれないように背後を見ることができるなら、ちょっと見てみ』
妹友(・・・・・・)
妹友(妹ちゃんが振り返った)
妹友(さすがに表情までは見えないね)
妹友(少し慌ててるのかな。まあ、嫉妬させるつもりでお兄ちゃんと一緒に登校してて、
逆にお兄さんとあの女の仲を見せつけられたらね)
妹友(妹ちゃん・・・・・・うん?)
妹友(お兄ちゃんに今までより近づいて寄り添った)
妹友(あれがお兄さんへの当てつけだったとしたら)
妹友(・・・・・・)
妹友(あたしはいったいどういう結果を望んでいるのかな)
妹友(妹ちゃんとお兄ちゃんが付き合うこと?)
妹友(それとも)
妹友(わかんない)
妹友(とりあえずどっちを尾行しよう。妹ちゃんとお兄さん? それともお兄さんとあの
女の人?)
妹友(・・・・・・もう少ししたら決めないといけないね。別れ道になるし)
?「ちょっといい?」
妹友「はい? 誰ですかあなた」
742:
?「あのさ。ひょっとしてあんた、俺の彼女のこと尾行してる?」
妹友「はあ?(げ。何か見るからにチャらくて危なそうな人だ)」
?「いやさ。明らかにあんた、あの二人の後をつけてるだろ」
妹友「何の話ですか? というかあたし誰の後もつけてませんけど」
?「いやいや。いくら何でもそれは無理があるっしょ」
妹友「・・・・・・(変な人に絡まれちゃったな。どうしよう)」
?「そんなに睨まなくてもいいじゃん。意外と話し合うんじゃね? 俺たちって」
妹友「・・・・・・失礼します(何でこんな人に絡まれなきゃいけないのよ)」
?「君ってさ。兄と女を追いかけてたの? それとも妹ちゃんとあの男子校の生徒の
方?」
妹友「え? な、何で」
?「俺さ。兄友って言うの。あんたがストーカーしてた兄の親友で一緒にいた女の彼氏
ね」
妹友「はい?」
兄友「ぶっちゃけさ。俺は彼女の浮気調査の途中なんだけど、あんたもそう?」
妹友「・・・・・・お話をお聞きしてもいいですか」
兄友「もちろん大歓迎だよ。カラオケ行く? それともファミレスでお茶でする?」
妹友「これから授業ですから。登校中にお話を聞かせてください」
兄友「何だよ。つまんねえの」
妹友「これってナンパなんですか」
兄友「何でそうなるのよ。つうか俺はあんたとお知り合いになりたいだけだって」
妹友「やっぱりナンパですか」
兄友「ちゃうって。つうかさ。多分俺もあんたと一緒だと思うよ」
妹友「何言ってるんですか。わけわかんないです」
兄友「お互いに失恋しそうなとこみたいじゃん?」
妹友「(この人。チャラそうな人なのに)・・・・・・何でいきなりシリアスに修羅場みたいな
こと言ってるんですか」
743:
<兄友>
妹友「妹ちゃんお疲れ」
妹「・・・・・・もう。本当に疲れたよ」
妹友「しかし意外な邪魔が入ったね」
妹「・・・・・・女さんね」
妹友「知ってるの?」
妹「うん。お兄ちゃんの昔からの友だち。嫌な女だよ」
妹友「嫌な女って」
妹「妹友ちゃんはお兄ちゃんの後をつけたの?」
妹友「うん。女さんっていう人と一緒になったんだけど、会話は聞けたから」
妹「・・・・・・」
妹友「よかったね。妹ちゃん。お兄さんは妹ちゃんに嫉妬全開だったよ」
妹「・・・・・・それ本当?」
妹友(お兄さんが自分で嫉妬したって聞いて嬉しそうよね)
妹友(・・・・・・何か面倒くさいことになってきた)
兄友『あんたさ』
妹友『・・・・・・』
兄友『いや。君ってさ』
妹友『何ですか』
兄友『君ってよく見ると可愛いね』
妹友『・・・・・・ふざけないでください』
兄友『ふざけてねえけど』
妹友『何なんですかいったい・・・・・・』
兄友『可愛いって言われたらちょっとくらい赤くなった方がもっと可愛いのに』
妹友『・・・・・・ふん』
兄友『ちょっとお茶してかない?』
妹友『あと三十分で始業時間です。兄友さんも同じでしょ』
兄友『そうだった。じゃメアド教えて』
妹友『お断りします』
兄友『これ、俺のメアドね。あと携番』
妹友『何で最初からメモにして準備してるんですか』
兄友『一々交換するのって面倒くさいじゃん』
妹友『・・・・・・あなたってわかりやすい人ですね』
兄友『おう』
妹友『別に誉めてはいないですけど』
兄友『君、照れてる?』
妹友『むしろイラついています』
兄友『あはは。そんなに俺のメアドゲットして嬉しかった?』
妹友『誰が喜んでいるんですか・・・・・・死ね』
744:
兄友『死ねってひでえな。あはは』
妹友『・・・・・・意外とタフなんですね』
兄友『こう見えても結構傷付いてるんだぜ』
妹友『そんなに繊細そうには見えませんけどね』
兄友『・・・・・・上辺だけはな』
妹友『え』
兄友『浮気調査中なんだぜ。空元気に決まってんだろ。ははは』
妹友『(何かこの人・・・・・・)浮気って何ですか?』
兄友『さっき兄と一緒にいた女の子がいたでしょ?』
妹友『・・・・・・はい』
兄友『あれ俺の彼女』
妹友『はあ?』
兄友『だから女は俺の彼女なの!』
妹友『あの女の人、兄友さんの他に彼氏がいるようには見えなかったですけど。何か楽し
そうに言い合いしてましたよ。あの二人』
兄友『そうなんだよな。だから浮気なんじゃねえかって』
妹友『それを疑って二人の後を追跡してたんですか』
兄友『いや。最初は登校中に女を見つけたんだけどよ』
妹友『はい』
兄友『ちょっとさ。最近女のこと怒らせててさ』
妹友『はあ』
兄友『そしたら女のやつ、兄と一緒に登校してるもんだからよ』
妹友『あの。あたしもう学校に行かないと』
兄友『それにしたって何も俺の親友とあんなにいちゃいちゃすることはねえじゃん。あれ
じゃさ。女って、まるで俺に振られるのを待ってたみたいだ』
妹友『・・・・・・(この人。何言ってるのよ)そろそろ遅刻しちゃいそうなんですけど』
兄友『俺が悪いんだと思ってたよ、本当に』
妹友『あの・・・・・・始業時間がですね』
兄友『でも俺が悪いだけじゃないのかもしれんね』
妹友『・・・・・・・どういうことですか』
兄友『あいつもさ。俺が浮気とかするの待ってたんじゃねえかな』
妹友『あの。あたしには全然関係ないんですけど(何なのよ全く。こっちだってお兄ちゃ
んとのこととかぐちゃぐちゃなのに)』
745:
妹「・・・・・・それだけ?」
妹友「それだけって」
妹「それだけじゃ本当にお兄ちゃんがあたしと彼氏君に嫉妬してるかなんてわかんないじ
ゃん」
妹友「あのさ。この際本気で聞かせてもらうけどさ」
妹「何よ」
妹友「あんたさ。本当にお兄さんと仲のいい兄妹に戻りたいだけ?」
妹「そうだけど」
妹友「・・・・・・とてもそうは思えないんだけど」
妹「何でよ」
妹友「わからないんならいい」
妹「何よ」
妹友「別に何でもない」
妹「・・・・・・」
妹友「あのさ」
妹「何?」
妹友「・・・・・・あの、さ」
妹友(いや。今は言えないね。事実かどうかすらわかんないだし)
妹友(・・・・・・兄友さんともう少し話してみようかな)
妹友(兄友さんって。あ、思い出した)
妹友(いきなり初対面の美少女の手を握るとは)
妹友(なんて図々しい。自分の顔を見てからそういう行動しなさいよ)
妹友(・・・・・・まあ、そんなに格好悪いというほどじゃないけど。つうか結構イケメンだっ
たけど)
妹友(・・・・・・それにしたって)
746:
兄友『あれ?』
妹友『はい?』
兄友『君。本当に可愛いじゃん』
妹友『はあ? ・・・・・・!』
兄友『あ、ごめんごめん・・・・・・て、痛いって』
妹友『最低』
兄友『だから悪かったって。ついさ』
妹友『・・・・・・会ったばかりなのに。何でいきなり手を握るんですか』
兄友『いやだからつい』
妹友『ついって何ですか。』
妹友(何なのよこの人)
兄友『悪い癖なんだよな』
妹友『いきなり人の手を握っておいて悪い癖で済ませる気ですか』
兄友『悪かったって言ったじゃん』
妹友『あなたの言葉は軽すぎです。誠意が全く感じられません』
兄友『君ってさ。兄のこと知ってるの?』
妹友『話を変えて誤魔化す気ですか? つうか知りませんし』
兄友『ブーブー。嘘だね』
妹友『嘘じゃないです(実際、昨日会っただけだしね)』
兄友『今さら隠さなくっていいじゃん。ストーカーするくらい兄のこと好きなんでしょ』
妹友『だから(この人。あたしがお兄さんのことを好きだって思い込んでいる)』
妹友(・・・・・・女さんの彼氏は兄友さん。どうも浮気しているらしいけど)
妹友(女さんが本当はこの人じゃなくて、お兄さんのことが好きだとしたら)
妹友(そしてお兄さんが妹ちゃんじゃなくて女さんを選べば)
妹友(そうなったらお兄ちゃんは妹ちゃんと・・・・・・)
747:
<浮気してるんだよねこの人>
妹友(部活をさぼってしまった)
妹友(昨日の妹ちゃんと行動が被ってるし)
妹友(しかし、お兄さんも昨日今日と続けて二日連続で美少女のお迎えとは)
妹友(いったい何様のつもりなんだろう)
妹友(まあ、押しかけてるのはあたしの方だから文句を言えた義理じゃないけど)
妹友(・・・・・・そんなことはどうでもいい。自分が本当はどうしたいのかわからないけど)
妹友(とにかくお兄さんの気持を探らなきゃ。妹ちゃんはどう見ても怪しいし)
妹友(兄妹間の恋愛なんて・・・・・・)
妹友(でも。お兄ちゃん・・・・・・)
妹友(あ。お兄さんだ。心を入れ替えて笑顔を作らないと)
妹友「こんにちは〜。お兄さん」
兄「・・・・・・はい?」
妹友「(何よこの反応)こんにちは」
兄「はあ」
妹友「(あいさつくらいしろ)こんにちは」
兄「・・・・・・こんにちは」
妹友「昨日は妹ちゃんとのデートを邪魔しちゃってすいませんでした」
兄「はい?」
妹友「(可愛い女の子がわざわざ迎えにきたのに何よこの反応)今、ちょっと時間ありま
す?」
兄「はい?」
妹友「ちょっとお話しませんか」
兄「・・・・・・わざわざ校門前で待っていてくれたの?」
妹友「はい」
兄「えと〜」
妹友「行きましょ。駅までは一緒に帰れますよね」
兄「はあ(何なんだ)」
妹友「お兄さん」
兄「うん」
妹友「お兄さん?」
兄「何?」
748:
妹友「お兄さん、何か悩んでいるみたい」
兄「べ、別に」
妹友「・・・・・・(とりあえず仕掛けてみようか)」
兄「何でそんなこと言うのさ」
妹友「ひょっとしたら、お兄さん目撃しちゃいましたか?」
兄「・・・・・・何を」
妹友「今朝、初めて妹ちゃんと彼氏が一緒に登校したんですけど、お兄さんもしかして」
兄「・・・・・・彼氏?」
妹友「はい。前から彼氏の方から妹ちゃんが好きだって相談されていたんで、妹ちゃんに
彼氏の気持ちを伝えたんですね」
兄「そ、そうだったんだ」
妹友「はい。それで、しばらく妹ちゃんは煮え切らなかったんですけどね。その間、生殺
しみたいで彼氏も気の毒で」
兄「それで?」
妹友「何か急に昨晩妹ちゃんから連絡あって、友だちからなら付き合ってみてもいいよっ
て」
兄「・・・・・・そう」
妹友「それで急きょあたしがセッティングして、二人を待ち合わせさせて今朝、一緒に登
校させたってわけです」
兄「・・・・・・」
妹友「お兄さん?」
兄「うん?」
妹友「余計なことしてごめんなさい」
兄「何で俺に謝るの?」
妹友「お兄さんって妹ちゃんが好きでしょ(否定しなさいよ。このシスコン)」
兄「・・・・・・何言って」
妹友「好きでしょ(あなたが否定さえしてくれれば余計なことしないですむのよ!)」
兄「ま、まあ」
妹友「(・・・・・・何認めてるのよ)それが間違っていると思います」
兄「え?」
妹友「お兄さんが好きなのは妹ちゃん個人じゃなくて、一般的な兄妹関係における妹に萌
えているだけだと思います」
兄「・・・・・・何言ってるのかわからねえんだけど」
妹友「(自分だって何言ってるかわからないよ。あたしいったい何がしたいんだろう)お
兄さんって、妹ちゃん自身が好きなんではなくて自分の妹というステータスを身にまとっ
た抽象化され、記号化された妹に惹かれてるだけなんじゃないんですか?」
妹友(何言ってるんだあたし。もうわけわかんない)
兄「中ニ病的な内容全開だし、初対面に近い男に言うことかよ、それ」
妹友「お兄さんが好きなのは生身の妹ちゃんじゃない。お兄さんは実の妹に恋するという
ラノベみたいな状況に、そういう現実的じゃないシチュエーションに萌えているだけじゃ
ないんですか?」
兄「だから意味が」
妹友「別にそれは妹ちゃん本人じゃなくても『妹』というラベルが貼ってあれば誰でもい
いんじゃないですか? 例えばそれがあたしでも」
妹友(あたし何でお兄さんに向って微笑んでいるんだろう)
749:
兄友「あのさあ」
妹友「何ですか」
兄友「さっそくメールしてくれたのは嬉しいけどさ」
妹友「嬉しいならもっと喜んだらどうでしょうか」
兄友「・・・・・あのさ。ま、いいか。つうかまだ名前知らないんだけど」
妹友「名前?」
兄友「そう。君の名前」
妹友「何であなたなんかに名前を教えなきゃいけないんですか」
兄友「・・・・・・人のこといきなり呼び出しておいてそれはねえだろ」
妹友「メアドとか携番を教えるっていうのは連絡が来ることを期待したからじゃないんで
すか」
兄友「まあどうだけどよ」
妹友「まあいいか。妹友といいます」
兄友「妹友ちゃんかあ。可愛い名前だね」
妹友「名前をほめられても別に嬉しくないですけど。両親が勝手に決めただけですし」
兄友「いや。妹友ちゃんは外見も声も何もかも可愛いよ」
妹友「そうですか」
兄友「そうですかって。いや、まあいいけど」
妹友「さっきまでお兄さんと会ってました」
兄友「・・・・・・そうなの?」
妹友「はい。お兄さんの気持を確認しようと」
兄友「・・・・・・どうだった」
妹友「え」
兄友「兄の気持を確認したんだろ」
妹友「(どうって。お兄さんが妹ちゃんのことが好きなことは確定でしょ。それを知った
ら兄友さんは喜ぶだろうな)」
妹友(でも、浮気してるんだよねこの人。そんな人の気持なんかどうでもいいか)
妹友(それに。お兄さんに彼女ができたらお兄ちゃんと妹ちゃんは親密な関係になれるか
も。そのためには)
妹友「お兄さんと女さんって愛し合ってるいると思いますよ」
兄友「・・・・・・え」
妹友(何かマジな反応。ちょっとまずかったかな。でも今さら話は変えられないし)
妹友「あの二人、兄友さんが身を引けばその日にでも付き合うんじゃないですか」
兄友「・・・・・・」
妹友「兄友さん?」
兄友「マジかよ」
 あたしの話を聞いた兄友さんはもうあたしの方なんか見もせずに、何か真剣な表情で俯
いて何かを考えているようだった。
 自分が何を始めてしまったのか。そのときのあたしにはよくわかっていなかったのだ。
752:
妹友怖い
753:
兄友じゃなくて妹友が原因だったのか!!
754:
<想像以上にクズですね>
妹友「最近あなたと毎日会ってますよね。とっても不本意です」
兄友「自分の方から呼び出しておいてそれかよ」
妹友「それでも律儀に来てくれるんですね。ひょっとしてあたしのことが好きなんです
か」
兄友「・・・・・・」
妹友「ちょっと。何で黙ってるんですか。変に誤解しちゃうじゃないですか」
兄友「誤解って何だよ」
妹友「本当にどうしたんですか。今のは冗談ですって」
兄友「うん。冗談ね、冗談」
妹友「・・・・・・何かあったんです?」
兄友「さっき女を振ってきた」
妹友「はい?」
兄友「あーあ。いざ現実となると結構きついなこれ」
妹友「・・・・・・あなたはバカですか」
兄友「うん。今はそれには反論できる気がしないよ」
妹友「いったい何でそんなこと」
兄友「女のため。妹友ちゃん言ってただろ? 俺が女と別れればその日にでも女と兄は付
き合うんじゃないかって」
妹友「言いましたけど。なら浮気とか止めて女さんの心を取り戻すように頑張ればいいじ
ゃないですか」
兄友「・・・・・・よく言うよ」
妹友「え」
兄友「兄と女をくっつけたいくせに」
妹友(ばれてた。でもあたしって本当にそうしたいのかな)
兄友「まあ妹友ちゃんのせいにする気はないよ。こんなことになってるのも自業自得だし
な」
妹友「・・・・・・浮気のことですね」
兄友「それだけなら良かったんだけどな」
妹友「他にも余罪があるってこと?」
兄友「妊娠させちゃった」
妹友「・・・・・・はい?」
兄友「浮気して付き合ってた部活の後輩の子を妊娠させたみたい」
妹友「・・・・・・想像以上にクズですね。兄友さんって」
兄友「まあ、妊娠させるようなことをしてたことは確かだからそう言われてもしかたがな
いけど」
妹友「けど何です? (こんなにクズな男に初めて会ったよ。ちょっとだけ感じていた罪
悪感が吹き飛んじゃった)」
兄友「あいつの妊娠ってなんだか怪しいんだよな」
妹友「(うわあ。最低)クズもここまで来るといっそすがすがしいので、そう現実逃避を
した理由くらいは聞いてあげましょう」
兄友「別にいいよ。無理に聞いてもらえなくても」
755:
妹友「聞いてあげましょう」
兄友「わ、わかったって。そんなに睨まないで」
妹友「・・・・・・ふん」
兄友「妹友ちゃんみたいな子にこんな話をするのはどうかとは思うんだけどさ」
妹友「あたしみたいな子ってどういう意味ですか」
兄友「だってさ。君、処女でしょ」
妹友「・・・・・・死ね。セクハラですよそれ」
兄友「悪いな。話すの止めようか」
妹友「いいからさっさと話してください。今のセクハラ発言は特別に今日だけは目をつぶ
ってあげますから」
兄友「おかしいんだよな。俺だってばかじゃない。毎回きっちりゴムを付けてたし」
妹友(な、何言ってるのこの人。ゴムって。ゴムって)
兄友「確かに俺はそれなりに遊んできたよ。でも女には手一本だって触れちゃいない」
妹友(さっきから何言ってるのこの人)
兄友「後輩ちゃんは可愛らしかったし、部活でも健気に俺を支えてくれたよ。正直くらく
らした」
妹友「はあ」
兄友「でさ。女は相変わらず固いばっかで全然いろいろと許してくれないし。そんなとき
に好きって言われて好きにしていいって言われりゃさ。男だったら行っちゃうだろ」
妹友(やっぱりこの人最低だ)
兄友「だから後輩ちゃんと浮気した。あいつを抱いた。でもよ、本当に好きだったのは女
だったし、もちろん後輩ちゃんとするとときはしっかり避妊だって」
妹友「・・・・・・もういいです。結局何を言いたいんですか」
兄友「後輩ちゃんが本当に妊娠したかどうかなんて今は確かめようがないけどさ。そんな
ことより、女が本当は兄のことを好きならさ」
妹友「好きなら?」
兄友「まあ、俺らしくはないんだけどさ。でも浮気してたってこともあるし、女のことが
好きだから身を引いてやろうかなって思った」
妹友「何かわけわかんないですよ。妊娠は嘘だと思うなら何でです?」
兄友「俺にだってわからねえよ。でも、女のことは大好きだし、兄は俺の親友だしな。こ
れで本当にあの二人は付き合って幸せになれるんだろ?」
妹友「・・・・・・あたしに聞かれても(とても言えない)」
兄友「何だよ。妹友ちゃんがそう言ったんだろうが」
妹友(今朝あたしがお兄さんに告白したなんて。この人には絶対に言えない)
妹友「はい。あたしはそう思いますけど」
兄友「それならいいや。妊娠はともかく後輩ちゃんを抱いちゃったのは確かだしな。責任
は取らねえとな」
妹友「そうですか。兄友さんはそれでいいんですね」
兄友「ああ。後悔したってしかたない。もうしちゃったんだし」
妹友(どうしよう。まさかここまでの話になるとは思わなかった)
妹友(・・・・・・正直、お兄さんのことを好きって言っちゃったのも半ば勢いだったし)
妹友(冷静に考えよう。そもそもあたしは何がしたかったの?)
756:
妹友(兄妹の恋愛なんかだめだってことはずいぶん前から考えていた)
妹友(それでお兄ちゃんのことは諦めたけど、それでもお兄ちゃんのことは好き)
妹友(だからお兄ちゃんには悩んで欲しくない。たとえお兄ちゃんがあたしを好きじゃな
いとしても)
妹友(お兄ちゃんが妹ちゃんのことを好きなら、お兄ちゃんの願いはかなってほしい)
妹友(どう考えても妹ちゃんはお兄さんが好き。お兄さんも妹ちゃんが好きみたいだし)
妹友(そんな将来のない未来のない関係なんて間違っている)
妹友(だからあたしはお兄さんに告白した。お兄さんがあたしに振り向いてくれるかどう
かはわからないし、勢いだけで告白したのも確かだけど)
妹友(あれ? 別にあたしがお兄さんと付き合わなくてもいいってこと?)
妹友(・・・・・・お兄さんと女さんが付き合い出しちゃえば、それで妹ちゃんの失恋は決定じ
ゃない)
妹友(あたしがお兄さんと付き合う必要なんかないんだ。正直、自分でもお兄ちゃんの妹
ちゃんへの恋愛のためにあたしがお兄さんと付き合うなんて不安だったけど)
妹友(兄友さんが身を引いてくれたせいで。多分だけどあの二人は付き合い出す)
妹友(失恋した妹ちゃんはそのままなし崩しにお兄ちゃんと結ばれるかも)
妹友(そうなったら。お兄ちゃんもまた元気が出て昔みたく明るい性格に戻ってくれるか
も)
妹友(お兄ちゃん)
兄友「あのさ。俺の話、ちゃんと聞いてる?」
妹友「もちろん聞いていますよ。それでこれからどうするんですか」
兄友「もう女とは別れたしね」
妹友「後輩さんと付き合うんですか」
兄友「あいつが本当に妊娠していたら責任取るけど」
妹友「妊娠って嘘だと思っているんですよね」
兄友「正気そうだな。証拠も何にもない。妊娠検査キットとかっていうのの結果も見せて
くれないし、一緒に産婦人科行こうって言っても拒否されるしな」
妹友「そうですか」
兄友「後輩と付き合うかどうかなんてどうでもいいよ。それよかさ。あいつは、女は本当
に兄と付き合うんだろうな。それで女は本当に幸せなんだよな」
妹友「(どうだろう。あたしが身を引けばおそらく)・・・・・・多分」
兄友「そうか。それならよかった」
妹友「兄友さん?」
兄友「それなら女を振ったかいはあったんだよな」
妹友「・・・・・・」
兄友「そうか。それならよかった。俺ってひどい彼氏だったけど、最後くらいはあいつの
ためになることできたならいいや」
妹友「・・・・・・うん」
757:
<どうしてもと言うならあたしがお兄さんを引き受けても>
妹友(あそこではうんと言うしかなかったよね)
妹友(兄友さんには悪いことしたかもしれないけど)
妹友(でも妊娠したかどうかなんて結果論だ。そういうことをしてたのは兄友さんだし。
だから本人だって女さんと別れたんでしょ。きっと罪悪感があったのよ)
妹友(そうじゃないなら。兄友さんのあの軽い性格なら女さんとお兄さんのために身を引
くなんて考えられないじゃない)
妹友(問題はお兄さんの気持だよね。ああは言ったけどお兄さんが本当は女さんのことを
好きだなんて確信は持てないし)
妹友(たとえ女さんがお兄さんのことが好きだったとしても)
妹友(今日はお兄ちゃんと妹ちゃんが一緒に図書館で勉強する日だ)
妹友(あたしの出番はまだ終わってないよね。確実にお兄さんと女さんが結ばれるならと
もかく)
妹友(とにかく妹ちゃんとお兄ちゃんが結べれるまでは)
妹友(あたしがお兄さんを好きな振りを続けなきゃ)
妹友(・・・・・・保険的な意味でもそうしなきゃ)
妹友(まだ休めないよね。まだ行動しなきゃいけない)
妹友(うん)
兄友「また君かよ〜」
妹友「・・・・・・何でそんなに嫌そうな表情をするんですか」
兄友「いや。君みたいな可愛い子と二人きりで会えるんだから嫌なわけないけどさ」
妹友「思いきり嫌そうな態度で言わないでください」
兄友「それしても毎日呼び出すことはねえだろ」
妹友「嫌じゃないんでしょ」
兄友「だってファミレスで話をするだけだろ? 俺だって今はそれどころじゃないんだ」
妹友「女さんと別れたんだから時間はあるんじゃないんですか」
兄友「今、後輩ちゃんと修羅場なんだよ」
妹友「それは自業自得です。で? 産むって言い張ってるんですか」
兄友「そうじゃねえよ」
妹友「じゃあ何なんです?」
兄友「あいつさ。結局妊娠なんかしてないってよ」
妹友「ああ・・・・・・やっぱりね」
758:
兄友「まあそんなことだろうとは思ってたんだけどよ」
妹友「見事にはめられましたね」
兄友「別に。前にも言ったろ? ちゃんと避妊してたって。どうせこんなことじゃないか
って思ってたよ」
妹友「後輩さんは何て言ってるんですか」
兄友「想像妊娠だったって。別に騙したわけじゃないってさ」
妹友「・・・・・・それでどうするんですか。まさか」
兄友「まさかって?」
妹友「女さんに復縁話をする気ですか」
兄友「ねえよ。だいたい妊娠してなくたって、後輩ちゃんと妊娠するようなことをしてた
時点で女的にはアウトだろ」
妹友「・・・・・・わかってはいるんですね」
兄友「あいつと兄がお互い好きなら応援するしかねえだろ。兄だって俺の親友だし」
妹友「浮気とかあなたのしたことは本当にクズですけど」
兄友「うるせえな。だから自分でもわかってるよ」
妹友「でもお兄さん・・・・・・」
兄友「うん?」
妹友「女さんのことを、いえ女さんとお兄さんのことを本気で好きなんですね」
兄友「・・・・・・さあな」
妹友「兄友さんって結構いい人なのかな・・・・・・」
兄友「本人を目の前にしてそういうこと呟くなよ。いいやつは浮気なんかしねえだろ」
妹友「・・・・・・まあ自分でわかっててやってる分たちが悪いとも言えますけどね」
兄友「何だよ。誉めてるんじゃねえのかよ」
妹友「どうでしょう」
兄友「それよか妹友ちゃんはどうなの? 君も兄のこと好きなんじゃねえのか」
妹友「・・・・・・それは」
兄友「女と兄が付き合い出してもいいのかよ」
妹友「・・・・・・」
妹友(・・・・・・お兄さんと)
妹友(手を繋いでキスしちゃった)
妹友(余裕ぶっていたけど。本当は胸がどきどきしてた)
妹友(何であんなこと・・・・・・)
妹友(何であんなに大胆なことができたんだろ)
妹友(妹ちゃんがお兄ちゃんと親密そうだったせいで、お兄さんは何か一人で納得して帰
っちゃったけど)
妹友(あたしのしたことって。後輩さんという子が兄友さんにしたことと同じなんじゃ)
妹友(そんなことないよね。あたしはそんなつもりじゃない。ただ、お兄ちゃんと妹ちゃ
んの仲を何とかしたいだけだし)
妹友(そのためには。お兄さんが女さんと付き合えばいいんだけど)
妹友(・・・・・・まあ。どうしてもと言うならあたしがお兄さんを引き受けても。もうキスま
でしちゃった仲だし)
妹友(でもそうしたら、兄友さんのしたことはまるで意味がなくなる)
妹友(うーん)
759:
妹「もう一月以上も連絡がないし」
妹友「電話もメールも何もないの?」
妹「ない」
妹友「ご両親のところにも?」
妹「それはわからない。最近はパパもママもあまり家に帰ってこないし」
妹友「え? それじゃ妹ちゃんいつもは家に一人きり?」
妹「うん」
妹友「だって食事とか掃除とか」
妹「それは平気。というかそれくらいしていないと気が紛れなし」
妹友「(あたしのせいなのかな?)だって寂しいでしょ」
妹「別に」
妹友「(そうだ)うちも普段両親遅いし。帰ってこないときもあるんだけど」
妹「うん?」
妹友「だから、ご両親がいないときはうちに来ない?」
妹「・・・・・・」
妹友「そしたら二人で一緒にいられるし」
妹「ありがと。でもいいや」
妹友「何で? 一人でいるよりいいでしょ」
妹「もしお兄ちゃんから家電に電話があったり、万一家に帰って来たときには家でお迎え
したいから」
妹友「何言ってるの。一月も連絡ないんでしょ?」
妹「でも」
妹友(兄友さんが言ってた。お兄さんと女さんは付き合い出したらしいって。大学でもい
つでも一緒にいるみたいだって笑ってた)
妹友(どうしよう)
妹友「ひょっとして、うちに来るとお兄ちゃんがいることが気詰まりなの? それならあ
たしが妹ちゃんの家にお泊りしてもいいけど」
妹「ごめん。そういうわけじゃないんだ。あ、先生来たね」
妹友「うん」
760:
<・・・・・・女さんって嫉妬深い人ですか>
兄友「・・・・・・また君か」
妹友「迷惑でしたか」
兄友「そうは言ってない。ここまで来ると逆に意地でも君に付き合おうかって思えてくる
から不思議だ」
妹友「・・・・・・」
兄友「それで今日はどうしたの」
妹友「今日は腹を割って兄友さんに相談したくて」
兄友「何だよ。告白なら間に合ってるぞ」
妹友「それはそうでしょうね。あなたには後輩さんという彼女がいるんですから」
兄友「俺のことはどうでもいいだろ」
妹友「妊娠とかって嘘をついて男を略奪するような女の子と何で付き合っているのか理解
に苦しみますけど、まあ他人事なのでそれはどうでもいいです」
兄友「どうでもいいなら口にするなよ。しかもファミレスで他人に聞かれるような声量で
さ」
妹友「それは失礼しました」
兄友「そんなに簡単には別れてくれねえんだって。こっちにもいろいろ事情があるんだ
よ。つまりだな」
妹友「いえ。別に聞かなくてもいいです。それよりあたしの相談を方を聞いてください」
兄友「君ってさ・・・・・・。まあいいや。それで相談って?」
妹友「・・・・・・本当にお兄さんと女さんって仲よくお付き合いをしているんですか」
兄友「うん。なるべく顔を会わせないようにしてるけど、もう付き合い出して一月は経っ
ているんじゃねえかな」
妹友「・・・・・・そうですか」
兄友「何だよ。今日はやけに暗いじゃん。やっぱり君は兄のことが気になるのか?」
妹友「・・・・・・な! 何言ってるんですかこの低脳」
兄友「低脳ってひでえ」
妹友「あたしの相談はそんなことじゃありません。妹ちゃんのことなんですけど」
761:
兄友「妹ちゃんがどうかしたのか」
妹友「お兄さんから全然連絡がないみたいで。あの家ってあまり両親が帰ってこないから、
妹ちゃんいつも学校が終ると家で夜一人でいるみたいなんです」
兄友「家で一人って。高校生の女の子がかよ」
妹友「はい」
兄友「それはひでえな。妹ちゃんかわいそうに」
妹友「ちょっと待ってください。あなたは妹ちゃんのこと知ってるんですか」
兄友「知ってるに決まってるじゃん。俺は高一の頃から兄の親友なんだし」
妹友「そうでした。じゃあ会ったこととか話したことも」
兄友「あるよ。つうか口説いたこともあるし」
妹友「・・・・・・あるんですか」
兄友「ちょ。こええよ妹友ちゃん。落ち着けって。それに妹ちゃんには相手にされなかっ
たし」
妹友「納得しました」
兄友「納得されてもなあ。昔のことだけど何かへこむぜ」
妹友「全くあなたときたら。まあ、女さんという彼女がいるのに浮気したり、浮気相手を
妊娠させるような男にあの妹ちゃんが振り向くはずはないですけど」
兄友「だから妊娠はしてないって。まあいいや。妹ちゃんは気の毒だけど相談ってそのこ
とか?」
妹友「・・・・・・女さんって嫉妬深い人ですか」
兄友「何言ってるんだよ。・・・・・・まあ普通じゃね。でも何で?」
妹友「あのシスコンのお兄さんが一月も妹ちゃんを放置するわけないんですよね」
兄友「女が妹ちゃんに嫉妬して兄に連絡させないようにしていると言いたいのか」
妹友「そうとしか思えないんですよね」
兄友「それはないだろう。いくら何でも彼氏の妹にまで連絡させないとかありえねえ
よ。まあ確かに昔からあの兄妹は仲が良すぎるくらいではあるけどさ」
妹友「確かですか」
兄友「おう」
妹友「・・・・・・そうですか。おかしいなあ」
兄友「兄妹喧嘩でもしたんじゃねえの?」
妹友「そんなことなら妹ちゃんはあたしにそう言うはずですけど」
兄友「そうかな」
妹友「そうです!」
兄友「いくら君と妹ちゃんが親友だって言えないことだってあるんじゃねえかな」
妹友(言えないこと。やっぱり妹ちゃんって)
762:
兄友「じゃあな」
妹友「兄友さんまたです」
兄友「また? また俺を呼び出す気かよ」
妹友「嫌なんですか」
兄友「だからそのセリフは何度も聞いたって。いったい君は何をしたいの?」
妹友「・・・・・・何をって。それは妹ちゃんもお兄さんも幸せになってほしくて」
兄友「本当に?」
妹友「本当です。あたしが嘘をついているとでも?」
兄友「まあいいや。じゃあ、俺はこれから修羅場だから。じゃあな」
妹友「さりげなく修羅場って言いましたね」
兄友「全く胃が痛えよ。俺、ちゃんと後輩ちゃんと別れられるのかな」
妹友「別れてどうするんですか」
兄友「・・・・・・わからねえ」
妹友「まさかここにきて女さんに未練が出てきたんじゃないでしょうね」
兄友「・・・・・・」
妹友(え? 何黙ってるのよ。まさか本気で)
妹友(確かに妹ちゃんの現状は気の毒だし何とかしたいけど)
妹友(・・・・・・でも。女さんとお兄さんが別れちゃったら。そしたら)
妹友(そしたら。もしかして妹ちゃんはお兄ちゃんと別れてお兄さんのことを)
妹友(そんなことになったら目も当てられない。何のためにこんなことまでしたのかわか
らないじゃない)
兄友「じゃあ俺は帰るわ。またな」
妹友「またです」
妹友(あ)
妹友(そしたら・・・・・・)
妹友(そしたら。あたしがお兄さんと)
妹友(あたしなら女さんみたいにお兄さんと妹ちゃんに嫉妬して引きはがしたりしない
し)
妹友(・・・・・・)
768:
<あたしって可愛いですか>
兄友「いやあ、まいったっすよ」
妹友「あのですね」
兄友「おう」
妹友「あなた。本気であたしが好きなんですか」
兄友「な、何言ってるんだよ。やめろよ」
妹友「というかつまらない冗談に真剣に反応しないでください。あと顔を赤くするのも止
めてください。気持悪いです」
兄友「・・・・・・おまえの冗談は心臓に悪い」
妹友「何であたしたち毎日のように会ってるんでしょうね」
兄友「・・・・・・・あのな。それは俺のセリフだ。昨日まではずっと妹友ちゃんが俺を呼び出
してたんだろうが」
妹友「で? 何で昨日に引き続きあたしを呼び出したんですか」
兄友「いや、だから昨日はおまえの方が俺を呼び出して」
妹友「そんなことはどうでもいいです。っていうか、あたしのことをおまえって?」
兄友「へ?」
妹友「あたしのことをおまえって・・・・・・。兄友さんいきなりそんな」
兄友「・・・・・・何言ってるの?」
妹友「ごめんなさい。お気持は嬉しいけど、あたしは浮気するような人とはお付き合いで
きません」
兄友「俺さ。おまえのことを一言だって誘ったか?」
妹友「じゃあ何であたしをおまえって呼んだんです?」
兄友「だから。いや、もういい」
妹友「で。今日はどんなご用件ですか」
兄友「自分は平気で俺を呼び出すくせに。何で俺にだけ厳しいんだよ」
妹友「いいから用件をどうぞ」
兄友「・・・・・・言いづらいんだけどさ」
妹友「はい」
兄友「衝動的に女に復縁を申し込んじゃった」
妹友「はあ?」
兄友「そんなつもりじゃなかったんだけどさ」
妹友「・・・・・・あなたって人は。いったい何のために女さんを振ったんですか。自分のして
いることがちゃんとわかってます?」
兄友「それはそうだけどよ。つい」
妹友「どういう状況だったか聞かせてもらいましょうか」
兄友「つまりだな」
769:
妹友「・・・・・・つまりお兄さんと女さんが付き合っていることを知らない振りをしてお兄さ
んに近づいたと」
兄友「近づいたというか。まあ、もともと親友だしさ。兄の口から女との関係を言わせよ
うと思って」
妹友「何でそんな面倒くさいことを」
兄友「君の言うとおり女は多分兄のことが好きだとは思ったんだけどさ。兄の方はどうか
と思って」
妹友「付き合い出したんだから好きに決まってるじゃないですか」
兄友「俺は兄のことをよく知ってるから。あいつは状況に流されやすいし、目の前で誰か
が泣いていれば自分の意思を曲げてでも慰めようとするところがあるからな」
妹友(へえ。よく見てるじゃん)
妹友「でも復縁を申し込んだ結果は? まあ、女さんに振られたんでしょうけど」
兄友「うん。でもそのこと自体は思ってたとおりだったんだよね。女は君の言うとおり兄
にベタ惚れみたいだから」
妹友「だからそう言ったじゃないですか」
兄友「でもさ」
妹友「何です?」
兄友「女が一生懸命兄に抱きついてるのに、兄の反応はいまいち薄いんだよな」
妹友「お兄さんが女さんを慰めようと自分の意思に反して付き合っているということです
か」
兄友「そうとしか見えなかったなあ、正直に言うと」
妹友(妹ちゃんとお兄ちゃんとの仲が深まるのはいいことだけど。でも、そのために妹ち
ゃんやお兄さんを不幸にしちゃいけない)
妹友(お兄さんが妹ちゃんを失っても女さんと付き合えたらそれでいいのかと思ってたけ
ど、お兄さんが女さんのことを本当は好きじゃないなら)
妹友(・・・・・・お兄さんはまだ不幸なままじゃない)
妹友(おまけに普通の仲のいい兄妹に戻るどころか、女さんの嫉妬のせいでお兄さんは妹
ちゃんに連絡もせず、妹ちゃんは辛い思いをしている)
妹友(このままじゃだめだ)
妹友(でも。じゃあ、どうしたらいいんだろ)
妹友(それなら。それならいっそ)
妹友「兄友さん?」
兄友「どうした」
妹友「あたしって可愛いですか」
兄友「はい?」
妹友「大学生の男の子から見て、あたしって女性として魅力的ですか」
兄友「いきなり何の話だよ。だから、俺は君のことなんか」
妹友「一般論でいいですから、ちゃんと答えてください」
770:
兄友「・・・・・・可愛いんじゃねえの。見た目も清純な美少女だし。まあ、性格は小悪魔だけ
どな」
妹友「そうですか」
兄友「いきなりどうしたんだよ」
妹友(あたしがお兄さんに好きですと言ったとき。お兄さんはあたしの気持ちを否定しな
かった)
妹友(もちろん、受け入れてもくれなかったけど、それは妹ちゃんがいたからだ。でも、
今ではもうお兄さんは妹ちゃんのことは諦めているはず)
妹友(・・・・・・女さんの彼氏でいるよりは、あたしの彼氏でいる方がお兄さんにとっても妹
ちゃんにとっても幸せなんじゃないの?)
兄友「急に恐い顔で黙っちゃってどうしたよ。小悪魔っていうのは軽いジョークだって。
ジョーク」
妹友(お兄ちゃんと妹ちゃん。あたしとお兄さん)
妹友(これが実現したら誰も不幸にならない)
妹友(いつも四人でいられるし。ダブルデートだって)
妹友(・・・・・・いや。もう誤魔化すのはやめよう。最初はお兄ちゃんを諦めるために始めた
ことだけど。今では多分あたしもお兄さんのことを)
妹友(嫉妬から妹ちゃんに連絡させない女さんなんかに同情する必要はない。それに)
妹友(女さんも救済してあげればいい。多分、兄友さんはまだ女さんに未練があるようだ
し)
妹友(女さんがお兄さんのことを好きだったとしても、もともとは兄友さんと付き合って
いたんだし、兄友さんと復縁する可能性はあるよね)
妹友(まあ、このバカが思ったとおりに行動してくれればだけど)
兄友「また何か考え込んでる。俺といるとそんなに退屈かなあ」
妹友「あのですね」
兄友「おお」
妹友「兄友さんが女さんを想うその気持にあたしは感動しました」
兄友「え? って何々」
妹友「確かにあなたの浮気は誉められたことではないですけど、その後の行動は立派でし
た」
兄友「君に誉められると気持悪い」
妹友「本心ですよ。復縁の要請だって女さんのことを想ってのことなんでしょ?」
兄友「・・・・・・いや。それは100%女のためというよりは」
妹友「わかってますよ。お兄さんは本当は女さんのことを好きではない。このままじゃい
ずれは女さんが不幸になると思ったからなんでしょ」
兄友「え? あ、ああ。そう・・・・・・かな」
妹友「今日は帰ります。どうすればいいか少し考えてみますから、その間は兄友さんはお
となしくしててくださいね」
兄友「考えるって何を」
妹友「また連絡します。それじゃあ、失礼します」
兄友「なんなんだよ」
771:
<不機嫌な朝食>
妹友「お兄ちゃんおはよう」
彼氏「おはよう。今朝は遅いんだな」
妹友「まあ、ちょっと考えごとしてて寝不足で」
彼氏「珍しいな。寝つきのいいおまえが寝不足なんてさ」
妹友「たまにはね」
彼氏「早く食事しないと遅刻するぞ」
妹友「お兄ちゃんはもう食べちゃったの」
彼氏「今何時だと思ってるんだよ。とっくに食い終わったって」
妹友「待っててくれてもいいのに」
彼氏「遅刻の道連れはごめんだ。じゃあ、行ってきます」
妹友「冷たいなあ。あ。ひょっとして今日も妹ちゃんと」
彼氏「違うよばか。じゃあな。おまえも急いだ方がいいよ」
妹友「違うのか。行ってらっしゃい」
妹友(とにかくさっさと食べて出かけないと遅刻しちゃう)
妹友(考えの続きは授業中にでも)
妹友(寝不足で食欲がないなあ。もう朝ごはんはいいや。出かけちゃおう)
妹友(支度もできたし。あれ、ママとパパの声?)
母「いい加減にしてよ。あなたはいったい何の証拠があってそんなことを」
父「証拠とかって言い出すこと自体が怪しいじゃないか。後ろめたいことがあるからだろ
う」
母「言いがかりです。私は仕事で忙しいしあなたの言うことなんかあるわけないでし
ょ。自分の妻を信じられないの」
父「信じたかったさ。でもなあ、富士峰の保護者会でも噂になっているって聞いたぞ」
母「いったい何のことだかわかりません。私が不倫って、あなたは私が誰と不倫している
って妄想しているの」
父「・・・・・・池山さんという人だそうだな」
母「・・・・・・! 何であなたが」
父「何で知っているかって? 隠せてると思っているのはおまえだけだ。もう保護者の間
でも噂になっているんだよ。どういうつもりだ? 妹友や池山さんのお嬢さんに申し訳な
いと思わないのか」
母「・・・・・・」
772:
父「否定しないんだな。そして言い訳すらなしか」
母「こそこそ嗅ぎまわっていたのね。卑怯者」
父「こそこそ娘の友だちの父親と浮気していた君には言われたくないね」
母「あなただって。あたしが知らないと思ったら大間違いよ」
父「何を言っているのかわからん。私にはやましいことは全くないよ」
母「あなたの部下の女の子、まだ二十五歳なんですってね。あたしより妹友の方が年齢が
近いじゃないの」
父「・・・・・・彼女とは何でもない」
母「何でもない? 子どもたちを放っておいて残業だと嘘をついて二人でいたくせに。あ
なた、恥かしくないの?」
父「それはおまえだけには言われたくないな。 妹友の親友のお父さんといい仲になって
いるような女には」
母「いい機会だし、ちゃんと話し合いましょうか」
父「私にはやましいことはないよ。でもそうだな。話し合うか」
母「離婚してください。そして子どもたちは私が育てます」
父「いい加減にしないか。離婚とか子どもたちに何て説明するつもりだ」
母「あの子たちならわかってくれる。あなたのような横暴な父親から解放されるんなら、
子どもたちは私と一緒に暮らしはずよ」
父「本気なんだな」
母「そうです」
父「わかった。私だって夫以外の男と不倫している君なんかいらない」
母「ここ十年間で初めて意見が一致したわね」
父「だが、親権の話は別だ」
母「あはは。あの子たちが仕事以外に興味のないあなたについていくとでも思ってるの」
父「・・・・・・それは聞いてみなければわからないだろう」
母「いいわよ。子どもたちに決めさせましょう。それでいいわね?」
父「いいだろう」
773:
妹友(な、何よこれ)
妹友(直接聞き出して)
妹友(・・・・・・きゃ!)
彼氏「いいから行くぞ。今あいつらと話したってどうしよもない」
妹友「お兄ちゃん!?」
彼氏「大きな声を出すなよ。あいつらに気づかれる」
妹友(何でお兄ちゃんが)
彼氏「おまえにはまだ知られたくなかったな」
妹友「もう家の外だからいいでしょ。パパとママって離婚するの?」
彼氏「さあ。そこまでは知らない。でも、どうも母さんが浮気しているのは確かみたいだ
な」
妹友「そんな・・・・・・。まさかその相手って」
彼氏「おまえも聞いてたんだろ」
妹友「妹ちゃんのお母さん・・・・・・」
彼氏「どうもそうみたいだ」
妹友「・・・・・・」
彼氏「母さん最低だ」
妹友「パパは本当に妹ちゃんのお母さんと」
彼氏「どうもそうみたいだね」
妹友「何で? 何でよ。お兄ちゃんは前から知っていたの?」
彼氏「正直に言うと・・・・・・知ってた。前に母さんと父さん以外の誰かが腕を組んで一緒に
歩いているのを見かけたことがあったから。それから注意していると、家でも父さんと母
さんが深刻な表情で言い合いをしていることにも気がついた。内容はさっきおまえが聞い
たとおりだよ」
妹友「何でよ」
彼氏「何でかなんか僕にはわからないよ。きっと父さんにだって。いや、母さん自身にだ
ってわかっていないかもしれない」
妹友「離婚しちゃうの? あたしたちはどうなるの」
彼氏「さあな」
妹友「さあなって・・・・・・。お兄ちゃんは兄妹が離れ離れになっても平気なの?」
彼氏「平気じゃないけど。でも僕たちにはどうしようもないだろ」
妹友「ずいぶん冷たいのね。今のお兄ちゃんの目には妹ちゃんしか写っていないのかな」
彼氏「そうだね」
妹友「・・・・・・!」
彼氏「僕が今いろいろな意味で一番何とかしたいのは妹ちゃんだからね」
妹友「そんなに好きなの? 家族がバラバラになることも気にならないくらいに?」
彼氏「・・・・・・」
妹友「お兄ちゃんん?」
 そんなわけないだろ。身体の深いところからぎりぎり振り絞ったような低い声でお兄ち
ゃんは言った。
「そんなわけないだろ。悲しくて悔しくてたまらないよ。このままじゃ済ませない」
 お兄ちゃんの剣幕に驚いたあたしは黙ったままだった。今まで見たことのないお兄ちゃ
んの恐い表情。お兄ちゃんの口調。
「妹ちゃんに罪はないけど、妹ちゃんは僕の彼女になってもらう」
774:
 それは以前からお兄ちゃんの願望であったはずだった。今さら力説することではないの
に。
「妹ちゃんには悪いけど。僕は妹ちゃんの父親に思い知らせてやるんだ。自分の大切な人
が突然知らな人間に奪われる辛さをね。妹ちゃんにはちょっと苦しい思いをさせちゃうけ
どしかたないよね。悪いのは彼女の父親なんだしさ」
 そのときのお兄ちゃんの表情は、以前顔を赤くして妹ちゃんが気になるんだと言ったと
き、照れた様子で少し笑っていた表情とは全く違っていて、暗いけど一切の口出しを許容
しそうにない強い意思が感じられた。そんなお兄ちゃんをあたしは初めて見たのだ。
 放課後、機械的に授業を済ませて真っ直ぐ家に帰ったあたしの携帯が鳴った。
 それは妹ちゃんからの着信だった。
775:
<最低な行動>
『どうしたの? 今日はお兄さんのところに行くんじゃなかったっけ?』
『行ってきた』
『それにしちゃずいぶん早く帰ってきたのね。お兄さんと喧嘩でもした?』
『・・・・・・』
『まさか、お兄さんにその。無理矢理変なことを』
『・・・・・・違うよ。お兄ちゃんはあたしが嫌がるようなことをする人じゃないもん』
『じゃあ、どうしたの』
 最初、妹ちゃんは俯いているだけで何も話してくれなかったけど、辛抱強く質問を繰り
返しているとようやくぽつぽつと話し出してくれた。
 お兄さんに告白されてそれを断ったこととか。
『だって。二人きりの兄妹だしお兄ちゃんのことは大好きだけど、ずっと家族として生き
てきて、それは何よりも大事な家族だけど、それでもやっぱり恋人として付き合ってくれ
って言われても素直にはいって言えなかった』
『まあ、それが普通だよね。妹ちゃんが悩むことじゃないじゃん』
 あたしは妹ちゃんがお兄さんの告白を断ったことにはほっとしていた。でも、やはりお
兄さんが妹ちゃんのことを、自分の実の妹のことを好きだという事実に、あたしは少し動
揺していた。
『・・・・・・でも。お兄ちゃん、あたしが妹友ちゃんのお兄さんと手をつないでいるところを
見たらしくて』
『そうか』
『タイミングが悪いよ。これじゃまるであたしがお兄ちゃんじゃなくて、妹友ちゃんの彼
氏の方を選んだって思って傷つけちゃったのかも』
『だってそれ、別にもう誤解じゃないんじゃ・・・・・・』
 あたしは思わず我慢できずにそう言った。きっかけはともかく今となっては妹ちゃんも
お兄ちゃんのことが気になっているはずなのだ。図書館での妹ちゃんの告白をお兄ちゃん
から聞く限りは。でも妹ちゃんは黙ってしまった。
 あたしはしかたなく話を進めた。
『・・・・・・』
『そんなことをお兄さんに言われたの? それで泣いて帰って来たの』
『お兄ちゃんの部屋に行って、お兄ちゃんに謝って今までどおりの兄妹の関係でいてくだ
さいってお願いしようと思ったんだけど』
『うん。それで』
『お兄ちゃんの部屋に女さんがいた』
『女さんって誰だっけ』
 もちろん彼女のことは知っている。そして、兄友さんが未練たっぷりに再び一度振った
彼女に言い寄ったことも。でもそこまでは妹ちゃんも知らないようだった。
『妹友ちゃんは多分知らないと思う。お兄ちゃんの昔からの友だち。嫌な女だよ』
『そんで?』
『女さんに怒られた。あたしがお兄ちゃんを振ったくせにのこのこ慰めに来るなんてって。
あたしには彼氏がいるくせに女さんに嫉妬するなんてって』
『お兄さん最低。彼女がいるのに妹ちゃんに告白するなんて』
『・・・・・・あたしに断られてから付き合い出したっぽいけど』
『そっか』
776:
『女さんに言われた。どうせあたしに振られて落ち込んでいるはずのお兄ちゃんを慰めて
あげよとかって軽い気持で来たんでしょって。そしたらお兄ちゃんの部屋に彼女がいたん
でかっとなったんでしょ、自分は彼氏がいて兄を振ったくせに、その兄に彼女ができるこ
とが許せないんでしょ。どこまで身勝手なのよって」
『う〜ん』
 正直に言うと女さんの言うことの方が筋が通っていると思う。でもあたしはそれを妹ち
ゃんには言えなかった。
『あと女さんに言われた。どうせお兄ちゃんのところに来るなら、彼氏と別れて兄に告白
するくらいの覚悟で来いって』
『いやいや。それはおかしいでしょ。妹ちゃんが好きなのはうちの兄貴なのに』
 そのとき一瞬、お兄ちゃんが暗い表情で口にした言葉が脳裏をよぎった。あれはひどい
内容だった。自分の親友を待っているその辛い境遇を勧めるなんて、親友の行動としては
ありえないだろう。そう思ったけど、もう言葉は止まらなかった。口ごもった妹ちゃんに
あたしは畳み掛けるように言った。
『何とか言いなさいよ』
『しばらく妹友ちゃんのお兄さんとは会わないほうがいいのかも』
『ちょっと待ってよ。あんたら付き合ってるんでしょ。何でそんな女に言いがかりを付け
られたくらいでそういうことになるのよ』
『でも・・・・・・』
『でも、何よ』
『お兄ちゃんはあたしと彼氏のことを目撃して傷付いたと思うし』
『何でそこまで自分の実の兄貴に遠慮するわけ? ちゃんと断ったんでしょ。それで何も
問題ないじゃない』
『あたしさ、お兄ちゃんと前みたいに仲良くなりたい。恋人としては付き合えないけど、
それでも昔みたいに口げんかしたりからかいあったりしたい』
『それはわかるけど。でも何でうちの兄貴と会わないって話になるのよ。普通の兄貴は妹
の彼氏に嫉妬したりしないよ』
『それはそうだけど』
『妹ちゃんさ。まさかと思うけど、お兄ちゃんの部屋に女さんがいるのを見て嫉妬した
の』
『・・・・・・』
『だから女さんっていう人のことを、嫌な女だなんて言ったの?』
『・・・・・・違うよ』
『何であたしから目を逸らして答えるのよ。うちの兄貴のこと好きなんでしょ』
『多分』
『あんたねえ。あたしの兄貴をその気にしておいてそれはないでしょ。まさか、あんた。
お兄さんのことが本気で異性として気になりだしてるんじゃ』
『・・・・・・』
『何か言ってよ』
『わからない。ちょっとよく考えてみる』
『・・・・・・妹ちゃん』
 ママの不倫の事実はショックだった。自分の居場所である家庭が崩壊しようとしている
のだから。それでもそのときのあたしは、妹ちゃんがお兄さんにこれ以上接近することが
許せなかった。お兄ちゃんのためなのか。あたしのお兄さんへの恋のためなのか。それと
も。家庭が崩壊しそうなのは妹ちゃんとお兄さんの家族も一緒だ。二人に罪がないことも
あたしたち兄妹と同じなのだ。
 あたしは翌日、お兄さんに会いに行くことにした。住所は妹ちゃんが不審そうな様子す
ら見せずに教えてくれていた。もう、迷っている場合ではなかった。
777:
 このときのあたしは精一杯努力して、普段の軽くちょっと口の悪い女の子を装えたと思う。
「今開けるよ」
「おはようございます」
「何でいるの」
「お兄さんに会いに来たからです。いちいち聞くことですか? それって」
「いやいや。おかしいだろ。だいたい何で俺の住んでいる場所を知ってるんだよ」
「ふふ」
「ふふじゃねえ」
「世の中にはお兄さんが知らない方が幸せな特別なコネとかルートとかがあるんですよ」
「妹から聞き出しやがったか」
「なぜそれを? まあそうなんですけど。お兄さん、部屋には入れてくれないんですか」
「いったい俺に何の用だよ」
妹友「それとも部屋に入れるとまずいことでもあるんですか」
兄「別に何もねえよ」
妹友「よくそんなことが言えますね。どの口が言ってるのかな」
 あたしはお兄さんの口にはもうキスしたことがある。それでも久し振りの肉体的な接触
はあたしをどきどきさせた。
「って痛てえよ。口を手でひねるな」
「本当にお兄さんは洞察力とかないんですね」
「何だ」
778:
「あたしが妹ちゃんから聞いたのがお兄さんの住所だけだったと思っているのですか」
「え」
「妹ちゃん泣いてましたよ。どういうわけか今日のお兄ちゃんとのデートまでキャンセル
しちゃったし。おかげでお兄ちゃんまで落ち込んで大変でした。いったいどうやってこの
責任を取るつもりなんですか」
「責任って言われてもなあ。妹とあいつの彼氏ことなんか俺には関係ねえし」
「無責任もいいところですね」
「何でだよ」
「お兄さんは年上なんだから譲歩してください」
「譲歩って何だよ。それに兄貴なんだから妹より俺が年上なんて言うまでもないことじゃ
んか」
「ずっとここで立ち話も何ですから部屋の中で話しましょう」
「おい、勝手に入るなよ」
 お兄さんの部屋には女さんの痕跡はなかった。なぜかあたしはそのことにほっとしてい
た。
「お気遣いなく」
「むしろおまえがもっと気を遣えよ」
「ホストはお兄さんの方ですから」
「まあいい。適当に座れよ」
 諦めたようにお兄さんが言った。その口調や表情にあたしはなぜかいらいらしたのだっ
た。それは半ばは自分に向けられた感情だったのかもしれない。
 双方の家族が崩壊しそうだというのに、あたしはいったい何をしているのだろう。お兄
ちゃんが考えていることは妹ちゃんとその家族にとってはひどいことだけど、少なくとも
そんなことを考えつくだけお兄ちゃんは苦しんでいるのだ。
 それに比べてあたしはどうだろう。家族の崩壊のことをよそにお兄さんへの自分の恋心
を追及しているあたしは、お兄ちゃんからはどう見えるのだろう。
 四人全員が幸せになる。あたしはそれを目標にしてきた。でもお兄ちゃんが妹ちゃんの
お父さんへの敵意をむき出しにしている今、それでもお兄ちゃんと妹ちゃんが付き合うこ
とが二人の幸せなのだろうか。後悔するのはもう遅い。
 あたしは次にすべき行動を心の中で準備しながら、お兄さんの勧めてくた場所に腰をお
ろした。
783:
<お兄ちゃんが好きです>
 あたしが朝早く起きて作ってきたオムライスはあたしが事前に考えていたほどお兄さん
の歓心を得ることはできなかったようだった。というか、朝の五時に起きて作ったと言っ
たらマジで引かれてしまった。冗談のつもりだったのに。でもそんなことはどうでもいい。
今日はあたしのお兄さんへの願望をかなえようとしてきたのではない。
 妹ちゃんはお兄さんと女さんのことを知って傷付いている。そして、あろうことかあた
しのお兄ちゃんの妹ちゃんへの気持ちすら無視してでもお兄さんへの気持を再考しようと
すらしている。
 双方の両親の浮気とお兄ちゃんの復讐心のことは心の底で重苦しくあたしを悩ませてい
たけど、それでもあたしのすることは一つだった。
 あたしはお兄さんに言った。
「妹ちゃんが彼氏を好きな気持を理解してあげてください」
「理解しろと言われても。妹とおまえの兄貴が好きなようにすればいい話じゃねえの」
「昨日、妹ちゃんは泣いてました」
「おまえ妹と会ったの?」
「はい。泣き腫らした目で電車から出てきたところを見かけたんで、とりあえずスタバに
連れて行って話を聞きました」
「それで妹ちゃんを宥めているとようやく彼女が泣いていた理由を話してくれました」
「と言われても何がなんだかわからん」
「妹ちゃんが自分のことを好きかも!? やったー! って単純に考えなかったのはお兄
さんにしては立派です」
 あたしは妹ちゃんがお兄さんのことで悩んでいるのを聞いてもそれほど動じなかったお
兄さんの態度に励まされ、言葉を畳み掛けた。
「お兄さんには女さんという彼女がいますしね。今さら妹ちゃんに告られても困りますよ
ね」
「・・・・・・うん。まあそう・・・・・・かな」
 お兄さんは不得要領に答えた。
「その女さんって兄友さんっていう人から別れたばかりだって聞きましたけど、そのうえ
お兄さんにまで振られたら自殺しかねませんよね」
 これはひどい言い方だったけど決して嘘ではなかったと思う。
「うちのお兄ちゃんだってそうです。できたばっかの彼女に会えないって言われて落ち込
んでますし、このうえ振られでもしたら」
「そうだけど」
「年上の男の余裕を見せてください」
「どうすればいいの」
「妹ちゃんと仲直りしてください。単なる仲のいい兄妹として」
 お兄さんは黙ってしまった。
「そんで、お兄さんは女さんと、妹ちゃんはうちのお兄ちゃんと付き合えば何の問題も生
じないじゃないですか」
「そうかもな」
「そうですよ」
「妹のことはわかった。俺だって一度は振られてるんだし妹に付きまとう気なんかねえよ。
ちょっと意地になってたけど、妹とは普通に話せるように努力するよ」
「それが一番いい解決策だと思います。誰も傷付かないし」
「じゃあ、善は急げだな。妹にメール出すぞ」
784:
 お兄さんが考えたメールは確かこういう内容だったと思う。
『昨日は悪かったな。いろいろおまえを悩ましちゃったことを後悔している。おまえの言
うとおり、俺とおまえはいい兄妹の仲に戻るべきだ。それがようやくわかったよ』
『もうおまえと彼氏の仲に嫉妬したりもしない。だからおまえも俺と女の仲を祝福して認
めてくれ』
『これからはなるべく実家に帰るようにするし、おまえが寂しかったらいつでも電話して
来い。まあ、おまえには彼氏がいるから余計なお世話かもしれないけど』
『じゃあ、もうわだかまりはなしな。また昔のようにバカな冗談を言い合おう』
『あ、そうだ。おまえのオムライス美味しかったよ。彼氏のを作るついでいいから、たま
には俺にも作ってな』
 あたしが思うにこれはあたしにとって完璧なメールだと思った。でも、あたしはお兄さ
んのことを見くびっていたのかもしれない。自分が恋愛感情を抱き抱いたこの人の洞察力を。
「こんなメールでどうだろう」
「何か微妙にうちのお兄ちゃんを引き合いに出して拗ねている雰囲気が感じられるの
ですが」
「それはおまえの思い過ごしだ」
「まあいいでしょう。じゃあ、早送信しちゃってください。それで兄貴も妹ちゃん
も女さんもみんな幸せになれますから」
「そうだな。でもその前に聞かせてくれ」
「はい?」
兄「俺のことはいい。これで俺が幸せにあるかどうかはどうでもいいけど、おまえはこれ
で幸せになれるの?」
「頭沸いてるんですか?」
「おまえ、前に言ってなかったっけ? 俺のことが大好きだって。妹なんかに俺は渡さな
いって」
「それは」
 あたしが仕掛けているこのゲーム。なのに何であたしの方がお兄さんに追い詰められて
いるのだろう。
「あれ、嘘だよな?」
「嘘じゃないです・・・・・・。何でそう思うんです?」
 あたしは手玉に取っていると思っていたお兄さんに追い詰められていた。本当にその気
持は今となっては真実になっていたのに。
「あれが本当だったら、俺と女の仲を固めようなんてしないはずだろ」
「あたしは」
「何を企んでるんだ」
「別に。妹ちゃんやみんなが不幸になるのは嫌だから、自分がお兄さんから身を引く方が
いいのかと。それだけです」
「半分は嘘だな。身を引く気になったのは本当だろうけど、俺からじゃなくておまえの兄
貴からだろ」
「・・・・・・何言ってるんですか」
「おまえ、自分の兄貴のことが好きだろ?」
785:
 お兄さんに自分の行動の理由がばれたかと覚悟したこのとき意外な救いが訪れた。お兄
さんの思考は、あたしのお兄さんへの好意を追求するのではなく、あたしのお兄ちゃんへ
の好意を追求する方に向いたのだ。
 あたしはこのとき正直ほっとした。そして急に自分の意思を取り戻したようで、お兄さ
んに答える言葉も脳裏にしっかりと浮かぶようになって、あたしは狼狽した状態から自分
を取り戻すことができた。
 あたしが好きなのはお兄さんだったから、端的に言えば目の前のお兄さんに迫ればいい
だけの話だ。お兄ちゃんとか妹ちゃんとか女さんのことを考えないでいいなら、あたしの
したいことは今では明白になっていた。
「それは兄妹ですから」
 とりあえずお兄さんの的外れとは言えないけど、今ではもう興味を失っている話題に答
えるしかなかった。
「異性として好きだろ?」
「頭」
「沸いてねえよ。何で俺の妹とおまえの兄貴の仲を取り持ったりしたんだ? おまえがつ
らくなるだけってわかっていたのに」
「・・・・・・本当に無駄に察しがいいんですね。恋愛スキルもないくせに」
「お互い様だろ。俺もおまえも自分の実の妹とか兄とかしか見てこなかったんだから。お
まえを見てるとまるで鏡を見てるようだしな」
「覚えていたんですね。前にうっかり失言しちゃったことを・・・・・・」
 ここであたしは泣き出した。演技でなく場合でも、頑張れば涙は出るものだとあたしは
このとき悟った。それはお兄さんの言っていることが的外れではなかったせいもあるだろ
う。確かについこの前まであたしはお兄ちゃんのことが好きだったのだ。
 いや。世間体とかがなければ今でもあたしはお兄ちゃんのことを好きなままだったかも
しれない。
「お兄ちゃんが好きです」
 あたしは自分の意思に関らず、そうお兄さんに答えてしまったようだった。それがよか
ったのかどうかは今でもわからない。
786:
<夢の中みたい>
 そこから先は夢の中にいるようだった。お兄さんと交わした会話は今でも記憶の中に鮮
明に残ってはいたけど、自分がどんな気持でお兄さんとそんな会話を交わしたのかはよく
わからない。夢うつつで本能的に話していたのだと思うから、多分それは自分の本音だっ
たのだろう。
「あたしの秘密がばれた以上は、もういろいろ誤魔化すのはやめます」
「そうしてくれるとありがたい」
「妹ちゃんのお兄さんへの感情が異性への思慕なのか仲のいい兄貴への想いなのかは、多
分誰にもわかりません」
「そうかもな」
「というか、妹ちゃん本人にだってよくわかってないんじゃないですか」
「何でそう思う」
「お兄さんのことが本気で異性として好きなのか、あたしが妹ちゃんに聞いたとき、彼女
はわからないからよく考えてみるって言ったましたけど、あれは多分本音だと思います」
 お兄さんは黙ってしまった。
「お兄さん?」
「ああ」
「年上の余裕を見せてください」
「まだ、それを言うのか」
「隠していた自分の秘密をお兄さんには気がつかれてしまったわけですけど、やっぱりお
兄ちゃんと妹ちゃんが付き合うのが一番うまくいくと思います」
「あたしもお兄さんも、自分の気持を追求していってもその先は行き止まりです。仮に相
思相愛になれたとして、ラブラブな恋人同士になったとしてもそこから先には行き場所は
ありません」
「・・・・・・どういうこと」
787:
「解説なんていらないでしょう。お兄ちゃんと妹さんなら、あるいはお兄さんと女さんな
ら恋人同士の先にはいろいろと行く先があるんですよ。実際にそこまで行き着けるかどう
かは別としてですが。可能性としては、婚約して結婚してパパとママになって孫ができ
て」
「まあな」
「あたしやお兄さんの恋は違いますよね? 奇跡的に想いがかなったとして、恋人同士に
はなれるかもしれない。でもその先はどうなるんです?」
 心の底ではこの質問に対するあたしの答が用意してあった。いや回答というよりは望み
だったのかもしれない。
 あたしとお兄さんが付き合えばそんな不毛な将来はない。お兄ちゃんと妹ちゃんだって
そうだ。二組の恋人たち。
 もうそれでいい。恋愛関係にはなれない組み合わせはできてしまうけど、それであたし
たち四人は親しいままこの先の人生を送っていける。ひょっとしたら、お互いの両親の不
倫さえ克服できるかもしれない。この関係によって。
「あくまでも仮定の話だけどさ。別に結婚とか出産とか育児とか、それだけが目標じゃな
いカップルがいたっていいんじゃね」
「一生恋人同士、それも人には言えない関係でっていうのもあるのかもしれませんけど、
他の選択肢があるのにわざわざそんなつらい一本道に入ることを選ぶ必要なんてないでし
ょう」
「いろいろお兄さんを騙してしまってごめんなさい。あたしは別にお兄さんを好きでも何
でもないです」
「それは別にいい。俺だっておまえを好きになったわけじゃないし」
「正直なのも過ぎると罪悪ですよ」
「何だって?」
「まあいいです。でも、その上でやっぱりあたしはお兄さんにお願いします。うちのお兄
ちゃんのためだけではなく、お兄さんとあたしのためにも」
「何だよ」
「そのメール。今すぐ送信してください。お願いします」
 本当はここでお兄さんが好きだと言ったほうが良かったのだろうか。でも、お兄ちゃん
が好きだと言ってしまったばかりだったあたしは、自分の言葉に束縛されていたのだった。
788:
妹友「で。その後の様子はどうですか」
兄友「どうって。何か良心が痛むよ」
妹友「浮気して妊娠させるようなことをする人が何言ってるんです。それに兄友さんの心
境を聞いたんじゃないです。女さんとかお兄さんの様子ですよ」
兄友「それがさあ。正直に言うとさ。俺、君の言うことを信じたわけじゃなかったんだよ
ね」
妹友「そうですか」
兄友「でも、まあ。前にも言ったけど女と兄のカップルって女の方は本気で兄のことを好
きみたいだけど、兄の方はそれほど女のことが好きなようには見えなかったんだよね」
妹友「それはもう何度もお聞きしました。だからあたしの提案に乗ることにしたんですよ
ね」
兄友「まあね。俺は女が幸せになるなら本当に身を引くつもりだったけど、君の言うよう
に兄が妹ちゃんに振られた反動で自棄になって女と付き合っているとしたら女がかわいそ
うすぎるしな」
妹友「あたしのことを信じていなかったとはどういうことです?」
兄友「兄がそれほど女のことを好きじゃないにしても、まさか本気で自分の妹に告って振
られたとは思えなかったんだよなあ」
妹友「でも、結局女さんに言ったんでしょ? 妹ちゃんがお兄さんのことを振って後悔し
ているみたいだって」
兄友「ああ。そうしたらびっくりだよ。あいつ、あれだけ騙してきた俺の言うことなのに
さ。妹ちゃんのことを話したらいきなり真剣な表情になっちゃって。やっぱりとかって俯
いて呟いてたよ。俺、また女にひどいことしちゃった気分だ」
妹友「それで珍しく良心が痛んでいるわけですね」
兄友「いや、珍しいって言われるほどでもないと思うけど」
妹友「話が逸れましたけど、お兄さんを避けだしてからの女さんの様子はどうですか」
兄友「表面上は明るくしている。兄とは目を合わせないようにしてるのがわかるしね。普
段は学内では俺と一緒に過ごしているよ。あと、女友っていうあいつの友だちと。やっぱ
り内心では相当落ち込んでいると思う」
妹友「やはり女さんはお兄さんと妹ちゃんに遠慮して身を引いたんでしょうか」
兄友「それ以外は考えられないだろう。俺が話をする前は兄にベタ惚れだったみたいだ
し」
789:
妹友「そうですか」
妹友(妹ちゃんとお兄さんの部屋で鉢合わせしたときにはずいぶん強気だったみたいなの
に。お兄さんの気持が自分の方に向いていないことに気がついたんだろうか)
妹友「お兄さんの様子はどうですか」
兄友「どうって・・・・・・・普通にぼっちしてるよ。女のことをあまり気にしている様子もな
いな」
妹友「やっぱり。お兄さんと話はしたんですか」
兄友「いや。その勇気がなくて」
妹友「勇気がないって。兄友さんってそういうキャラでしたっけ」
兄友「兄のやつ見かけによらず喧嘩強いんだよ。昔空手を習ってたとかでさ」
妹友「じゃあ、お兄さんとは何の連絡もやりとりもないんですか」
兄友「いや。一応メールしたことはした」
妹友「・・・・・・はい?」
兄友「女がもう兄には会えないって言うからさ。俺が何とかしなくちゃと思ってさ」
妹友「メールで済む話ですか。どこまで考えなしなんですか」
兄友「だって怒るとあいつ恐いんだもん」
妹友「はあ。そのメール見せてください」
兄友「いや。それはまずいというか」
妹友「どうしてです?」
兄友「どうしてっつうか」
妹友「見せてください」
兄友「・・・・・・はい」
790:
from:兄友
to:兄
sub:悪かった
『本当に悪かったな。別に女のことは俺の自業自得でおまえのせいじゃないのに。電話す
るのはちょっと敷居が高いからメールした』
『女に対する態度は今思うと言い訳のしようもねえよ。おまえに言われたとおりだ。今は
反省している』
『それでさ。これも言いにくいんだけど。俺、勇気を出して最後に謝ろうと思って女に
メールしたんだよ。いつもの待ち合わせ場所で待ってるから会いたいって』
『来てくれなくてもしようがないって思った。でも、あいつは待ち合わせ場所に来てくれ
た』
『俺は本気で謝った。たとえ女が俺とやり直してくれなくても兄と付き合うにしても、俺
なりのけじめとして後輩とも別れるって言った』
『兄、悪い。本当にごめん。女はそんな俺を許してくれた。やり直そうって言ってくれ
た』
『女はおまえへの罪悪感から、おまえとは直接話をしたくないって言ってるから俺が代わ
りに言わせてもらうな。兄、本当にごめん。俺たちのごたごたに巻き込んだ挙句結果的に
おまえの感情を持て遊ぶことになっちまった』
『俺と女はやり直すことにした。悪いが女のことは忘れてくれ。信じられないかもしれな
いので、一応写メ添付しとく』
『俺と女の問題に巻き込んでお前を傷つけてすまん。女はおまえとはもう会えないって言
っているけど、俺はおまえを親友だと思っているんで許してくれるならこれまでどおりの
付き合いをしようぜ』
『じゃあな』
791:
<計算外>
妹友「・・・・・・・何ですかこれ」
兄友「いやその」
妹友「まず女さんは兄友さんとやり直すなんて一言も言ってないですよね」
兄友「うん」
妹友「そして女さんは兄友さんを選んだわけではなく、多分お兄さんのためを思って身を
引いたんですよね」
兄友「俺もそうだと思うんだ」
妹友「そしたらこのメール、一つだって真実が書かれてないじゃないですか」
兄友「だってよ。これくらい書かないとひょっとしたら兄が女に説明を求めるかもしれな
いし。それにさ」
妹友「それに?」
兄友「兄の妹ちゃんへの気持を俺が女にばらしたなんて兄には言えねえよ。もしそれを兄
が知ったら俺はボコボコにされる」
妹友「あんたはアホですか」
兄友「・・・・・・」
妹友「こんな穴だらけの嘘。いつばれてもおかしくないじゃないですか」
兄友「そうかな」
妹友「そうですよ。こうなったら兄友さんにできることは一つしかないですね」
兄友「それって?」
妹友「このメールを本当にしてしまうことです。つまり本当に女さんと復縁することです
ね」
兄友「俺、自信ねえよ」
妹友「しっかりしてください。何が何でもやるしかないでしょう」
兄友「そうは言っても」
妹友「幸い女さんは今心身ともに辛い状況でしょうから、その状態に付け込むんです」
兄友「それは卑怯じゃないかな」
妹友「あなたにはそんなことが言える権利も余裕もないと思いますけど」
兄友「・・・・・・そうかもだけど」
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