忌もうと「お兄ちゃん!」back

忌もうと「お兄ちゃん!」


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1:
士A「せいっ!」

ザシュッ
兵士B「くそが!死ねっ!!」
ブシャッ
忌もうと「おに……い……ちゃ」
元スレ
SS報VIP(SS・ノベル・やる夫等々)
忌もうと「お兄ちゃん!」
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2:
兵士A「もう大丈夫ですよ」
住民「あ、ありがとうございます」
兵士B「それにしても何なんだコイツは」
住民「わ、分かりません…ただ」
住民「彼女、生前の妹にそっくりなんですよ」
兵士B「え?こんな化け物が?」
住民「え…ええ…」
住民「最初は幽霊か何かと思ったのですが、それよりも妹にまた会えた事が嬉しくて」
住民「ただ……すぐにそれが恐怖に変わってしまいましたが」
兵士B「……」
兵士A「とりあえず無事で何よりでした」
住民「は、はい。ありがとうございます」
3:
兵士B「…どう見る?」
兵士A「どうって?」
兵士B「最近、似たような事件が多発している件だよ」
兵士A「……」
兵士B「被害にあった人間は皆似たような事を訴えてくる」
兵士A「”ウチの娘が変になった”」
兵士A「”死んだはすの妹が帰ってきた”」
兵士B「おかしいよな……俺らには人外の化け物にしか見えないのに」
兵士A「…なぁ」
兵士B「ん?」
兵士A「お前……兄弟っているか?」
兵士B「兄弟?家族なんて1人もいないぜ」
兵士A「そうか……すまん」
兵士B「別に気にしてないって」
兵士B「つか、それがどうかしたのか?」
兵士A「いや……何でもない」
兵士B「とにかく」
兵士B「俺達一介の兵士は街の安全を守る」
兵士B「それだけだ」
男「………」
4:
男(奴等、こんな街中にまで現れるようになったのか)
男「待ってろ……今、迎えに行くからな」
5:
数週間前―――
6:
〜辺境の村〜
男「命を狙われている?」
姉「うん、そうなのよ」
男「それは……いつから?」
姉「以前から身の回りで不審な影には気づいていたんだけど……」
姉「まさか、命を狙われていたなんて」
男「え……冗談だろ?」
姉「冗談、だったら良かったんだけどねぇ…」
嘆息する姉。
よく見れば顔に疲れの色が滲み出ている。
最近よく眠れていないのだろうか。
男「本当なのか…」
姉「だから言ってるじゃない」
絶句。
こんなのどかな村でそんな事が起きていたなんて。
にわかに信じられなかった。
男「…分かった、その件は僕が何とかする」
姉「本当にいいの?」
男「もちろん」
男「姉さんには今まで世話になりっぱなしだったからね」
男「ここらで恩返しの1つでもしておこうかなー…ってさ」
おどけた口調で喋ると、彼女はクスリと笑った。
が、すぐにまた浮かない顔に戻ってしまう。
姉「……ごめんね、久々に帰ってきたばかりなのに心配かけて」
男「気にしないで」
7:
男(姉さんたちが暮らしている村……生活する分には便利、とは言いがたいけど)
男(それでも僕のような余所者を皆、温かく迎えてくれた)
男(何より……身寄りのない僕を引き取ってくれた姉さんに危険が迫っているなら)
男(僕が何とかしなければ)
8:
この村の住民の大半は作物を育てて生計を立てており、
皆それぞれに広大な耕地を持っている。
そのため、あちこちに設置された街灯はその役目をほとんど果たしておらず、
夜になると村は暗闇が支配する世界と化すのだ。
男(こんな状況で襲われたら……)
彼ら冒険者のように洞窟などを探検し、日頃から魔物と戦っている者ならば
いくらでも対処のしようがあるものの、
何の力もない一般人では暗闇からの強襲に成す術も無いだろう。
男(とにかく、これからは警戒を怠らないようにしないと)
9:
それから毎晩、遅くまで家の周囲や村の外を見回りし、不審な影を探した。
夜の村はしんと静まり返り、
耳を澄ましても川のせせらぎや季節外れの虫の鳴く音が聞こえるだけで
その至って穏やかな情景の中に、誰かの命を狙うような輩が潜んでいるとは到底思えなかった。
男(誰かに狙われている……姉さんのあの話は本当なんだろうか)
それを裏付けるかのように件の収穫は何もなく。
実は当人の気のせいだったのではないか、と思い始めていたその矢先……
事件は起きた。
10:
ギュイイイィィィィイイイン
男「!?」
こんな田舎には全く似つかわしくない機械音が辺りに轟く。
あまりの音に
冒険者としての勘が体を覚醒させ、
まどろみの海から意識を引きずり上げる。
男「なんだ、この音………まさか!」
姉「お、男…」
男「姉さん…!」
姉「この音は一体何なの」
姉の震えた声。
それが恐怖によるものである事は考えるまでもなかった。
男「……姉さんは家にいて」
男「様子を見てくる」
姉「気をつけてね……絶対に無茶したらダメだからね…?」
男「…」コクッ
全身に走る緊張を律して、静かに家を出た。
11:
ギュイイイィィィィイイイン
男「この音は……地下の物置から?」
家の近くにある地下へと続く物置部屋。
普段は錠で堅く閉じられているはずの扉から……わずかな隙間が見えた。
その先に蠢く闇が誰彼を誘うかのように。
男「……」ゴクリ
意を決して、地下への階段を下る。
12:
地下室は真っ暗で何も見えなかった。
しかし、この部屋に何かがいるのは間違いない。
何故なら、先程までのあの耳障りな音が鳴り止んでいるから。
男「………」
周囲の安全を確認した後、松明に火を灯す。
光が差した地下室は埃を被った品々が乱雑に置かれており、
これといって不審なところは……あった。
男「誰だ…!」
目の前にうっすらと伸びる人影。
松明の光が届かない闇からゆっくりと出てきたそいつは
ただ一言。
「お兄ちゃん」
13:
男「女の子…?」
見た目、男から少し年下くらいの少女。
男(こんな小さな女の子が何故こんな場所に…?)
不審な点はそれだけじゃない。
少女はその可愛らしい容姿には全く似つかわしくない、異様なものを両手に持っていた。
男(チェーンソー…)
動力により刃を回転させる事で
容易に物を切断できる、機械仕掛けの鉈。
男(あのうるさい音の正体はこれだったのか)
元々は木を切り倒すための道具だが
刃にこびり付いた赤黒い跡はどう見ても……本来の使い方をしていない事だけは確かなようだ。
そんな物騒な物を持った少女はとても嬉しそうに言葉を続ける。
忌もうと「お兄ちゃん、お兄ちゃんなんだよね…!」
男(……お兄ちゃん?)
忌もうと「良かったぁー…やっと会えたよ、お兄ちゃん」
男「君は……僕の妹なのか…?」
忌もうと「うんっ!そうだよ、お兄ちゃん♪」
ニヘラと笑う少女。
その可愛らしい姿に、思わずドキッとしてしまうが……
同時に異質な”何か”を感じる。
男「君はどうしてこんな所いるんだ?」
忌もうと「お兄ちゃんに会うためだよっ!」
男「君の家族は…?友達は?」
忌もうと「お兄ちゃんだけだよっ!」
男「………どうして姉さんを狙う?」
忌もうと「………」
忌もうと「……だって」
忌もうと「あたしから……お兄ちゃんをとるんだもん」
男「え?」
14:
忌もうと「お兄ちゃんはあたしだけのもの」
忌もうと「それを奪おうとするお姉ちゃんなんて、いらない」
異質な”何か”がどんどん大きくなっていく。
男「僕は君のものじゃない」
男「それに……」
男「僕は君の兄でもない」
15:
忌もうと「どうして…」
忌もうと「どうして、そんな事言うの…?」
とても悲しそうな顔をして俯く少女。
しかし、
忌もうと「おねえちゃんがいるから…?」
男「…何を」
忌もうと「それとも、あたしの事が嫌いになったから…?」
男「……!」ゾクッ
ジリジリと背中に感じる悪寒。
男(この感じ…そうだ……)
少女の小さな体から発せられる異質な”何か”。
その正体は
心を蝕み、肉体を崩壊させる力―――混沌。
忌もうと「そんな事言うお兄ちゃんなんて……こうだぁ!」
混沌と狂気を身に纏った少女が構えると
ギュイイイィィィィイイイン
轟く爆音に唸りを上げた刃が激しく回転を始めた。
16:
男(来――)
それは一瞬の出来事だった。
少女が地面を跳ねた――かと思いきや、
もう目の前には肉薄した刃が鈍い光を放っていた。
男「…!?」
爆音に耳を塞ぐ事も、瞬きをする暇も与えられず
凶器が男の頭上に振り下ろされる。
21:
忌もうと「……あれ?」
少女が振りかぶった先には、何も存在しない空間。
攻撃が空振り、ただ虚空にやかましい稼動音だけが鳴り響く。
男(……危なかった)
間一髪で回避には成功したものの、
刹那に垣間見た死の恐怖からか、全身が硬直して体勢を崩したまま動けない。
男(それにしても、何てデタラメな…)
少女の動きは明らかに常軌を逸していた。
接近してから振りかぶるまでの動作は、まさに神の如し。
あんなもので切り刻まれたら、すぐさま肉塊へと変貌するだろう。
忌もうと「なぁんだ、そんなところにいたんだ」クスクス
男「くっ…」
忌もうと「今度は逃げないでね、お兄ちゃん!」
男「……だから」
男「僕はお前の兄じゃな―――」
ドクンッ!
男「……え?」
22:
心臓を鷲掴みにされたのかと思った。
突然、苦しみともつかぬざわめきが心を掻き乱す。
男「な、何が起こって…」
ぼやける視界。
次いで、脳裏にフラッシュバックする光景。
雪―――
しんしんと体に降り注ぐ雪。
呆然と見つめる先は雪が降ってくる、空の彼方。
鮮血―――
体中が焼けるように熱いのに止まらない寒気。
ヌルリと手に伝わる感触、口の中に広がる鉄の味。
自分の体から血が流れ出ているのだ、と痛みが教えてくれる。
傍で泣く少女―――
意識が朦朧としているせいだろうか、輪郭がぼやけて顔がよく見えない。
でも……彼女が自分にとってかけがえのない存在である事は直感で理解した。
男(これは……)
男「過去の……記憶?」
――――――ん
男(君は……)
――――ちゃん!
男(僕の…)
――お兄ちゃん!
忌もうと「お兄ちゃん♪」
男「…!」ハッ
気づいた時にはもう遅い。
眼前に迫る刃がゆっくりと振り下ろされ、
そして……
*tick*
”時”が止まった。
23:
*tick*
*tick*
*tick*
男「……」
忌もうと「あ、あれ……」
動き出す”時”。
少女の目の前に、再び男の姿はなく。
だが、
忌もうと「なんで……こんなに…痛いの……?」
少女の背後に深々と突き刺さった漆黒の剣。
その剣先を伝って止め処なく血がこぼれ落ちる。
足元に広がる血の池は、やがて命の灯火すら吹き消すだろう。
忌もうと「げほっ、ごほっ…!」
忌もうと「痛い…痛いよ……こんなの、やだよぉ…!」
忌もうと「お兄ちゃん、助けて……おにい、ちゃ……ん」
ドサッ
男「はぁ……はぁ…」
24:
ドクドクと動悸がする。
剣を持つ手の震えが止まらない。
つい今しがたまで凶悪な敵と対峙したからなのか。
それとも、胸の奥から湧き上がる罪悪感ゆえか。
男「………ごめん」
えも言われぬ胸の痛みを抑えながら
謝罪の言葉を少女の亡骸に向けた。
はずだった。
男「…あれ?」
この手で殺めたはずの少女はどこにもいなかった。
それどころかあれだけ散った血の跡すらない。
目の前の光景は、普段見慣れたいつもの小汚い物置だった。
25:
男「一体……どう言う事だ…」
忽然と現れて、忽然と消えた少女。
彼女は一体どこへ行ったのか。
あまりに不可解な出来事に、先程の戦いが幻だったかのような錯覚すら覚える。
しかし、傍に転がっている機械仕掛けの鉈が確かに現実の出来事だと物語っていた。
そしてもう1つ。
男「これは……」
少女の消えた場所に一冊の本が落ちていた。
26:
〜男の回想〜
僕には過去の記憶がない。
どこに住んでいて、何をしていたのか……自分の名前以外、何も思い出せないのだ。
姉さんの話では、村の近くでボロボロになって倒れていた僕が発見されたらしい。
記憶の手がかりになりそうなものは3つ。
1つは僕が唯一所持していた物―――日記。
内容からして女の子の日記らしいが、
どうしてこんなものを僕が持っていたのかさっぱり分からない。
肝心の内容も他愛のないものばかりで、しかもその大半が血で汚れて読めないときてる。
曰く付きなんじゃないかと戦々恐々しているが
記憶を探す上での重要な品だけに捨てるわけにも行かない。
2つ目は僕が持つ能力。
”空間跳躍”と勝手に名づけているその能力は、
自分が頭に思い描いた場所へ瞬時に跳ぶ事ができる一種のテレポート能力だ。
しかし、スタミナを消耗するため多用はできない。
おまけに跳ぶ距離が長ければ長いほど失敗しやすく、
下手に失敗して全く関係ない場所へと跳んでしまう危険がある。
そのため、現在は近くの場所に跳ぶ事で敵の攻撃を回避する術として活用している。
この能力がなければ、昨日の戦いで早々に命を落としていたかもしれない。
そして3つ目は……
男「妹、か」
27:
男(記憶がない以上、僕に妹がいたかどうかは定かではない…)
男(しかし、あの少女――妹が僕の記憶に関係している事は間違いない)
男(……そう言えばあの時)
少女と対峙した際に、垣間見た光景。
雪の振る大地。
男(そこに向かえば……あるいは)
男「でも、あの場所の手がかりになりそうなものって……やっぱりこれだよなぁ」
男の手にある、もう一冊の本。
混沌と狂気を纏った少女との戦いで入手した、誰かの手記だ。
28:
〜辺境の村〜
翌日。
姉「もう心配ないって?」
命を狙われる事はないと、吉報を告げる。
もちろん……例の少女の件は伏せて。
男「村のすぐ外に姉さんを付け狙う不審者がいたから討伐した」
男「もう大丈夫だよ」
男(流石に家の物置に潜んでました、なんて言えないしなぁ)
姉「ありがとう!」
男「わっ!?ちょ!姉さんいきなり抱き付……痛っ…痛い!苦しいって…!」
姉「あははは、ごめんごめん」
てへっと舌を出し、まったく悪びれもせずに謝る。
姉「やっぱり男は頼りになるよねぇ」
男「そ、そうかな…?」
姉「うん、弟じゃなくて婿に欲しいくらい」
男「ははは…またまたご冗談を」
姉「うふふっ」
男「……」
姉「……はぁ」
姉「…やっぱり行くんだね」
男「……うん」
29:
姉「続けるんだ、記憶を取り戻す旅」
男「まぁ、ね」
姉「過去って……そんなに大事なのかな」
男「姉さん?」
姉「え…あ、うん。ごめん、何でもない」
男(姉さん……ひょっとしてまだ昔の事を)
30:
村の人から聞いた彼女の過去。
魔物に襲われ、両親が帰らぬ人となったという話を。
男(当時はショックのあまり、だいぶ塞ぎこんでいたらしいが……想像できないなぁ)
男が知っている姉はいつも陽気で、
誰に対してもわけ隔てなく笑顔を振りまいていた。
少なくとも、男の前では
そんな陰惨な過去を微塵も感じさせない魅力的な女性に見えたのだ。
男(それは村の人々もみな同じ想いらしく…)
男(僕にこの話をしてくれた人は、ようやく過去から立ち直ってくれた、と安堵していたっけ)
男(……でもそれは、僕たちの勝手な思い込みなのかもしれない)
男(姉さんは今でも……過去を引きずっている)
31:
姉「心配しなくても、行くなとは言わないわよ」
男「…え」
姉「そりゃ、確かに寂しいけど……」
姉「でも、男が決めた事だから。私が口を出す事じゃないから、さ」
男「ごめん……」
姉「なんで謝るのよ」クスッ
男「そ、それは…」
姉「私は大丈夫。これでも男のお姉ちゃんだしねっ!」
男「姉さん…」
姉「……男とは血が繋がっていないけど、大切な家族だと思ってる」
姉「それにここはあんたの家でもあるんだから」
姉「だから」
姉「遠慮なく……帰ってきなさいね!」
男「……ああ」
男(僕は何を思い違いをしていたのだろう)
にこりと微笑む姉に、初めて彼女の気持ちに触れられた気がした。
男(この人は、自分の強さも弱さもちゃんと自覚していてるんだ)
男(そしてそれに向き合おうとしている……なら、僕がするべき事は)
男「必ず……また帰ってくるよ!」
心からの笑顔。
にこやかな笑みを浮かべて村を出た。
32:
今日はここまでにします。
ご指摘ありがとうございます。
物騒な単語使いそうになったらsagaります。
あと、もうバレそうなんで先に白状しますと
そうだよ!Elonaスレだよ!
33:
やはりElonaだった!
しかもこいつディアボロス持ってるwww
35:
―――なしでは…
――――
永遠に…おまえの―――
秘密の―――に…
―――――
―――よ…私は…
安らかに眠れ…
男「……」
男「……これで全部、か」
北の王都に向かう道中。
右へ左へと揺られる馬車の中、男は誰かの手記をペラペラと捲っていた。
到着するまでの間、この本を読んで少しでも手がかりを探そうとしたのだが。
男(参ったな……これじゃ何の事だかさっぱりだ)
ふと、もう一冊日記がある事を思い出す。
男「そう言えば、これ……きちんと読んでなかったな」
何か新しい発見があるかもしれない。
折角だからと、男は自身が所持していたと言う女の子の日記を読み始める。
もちろん王都到着までの退屈しのぎも兼ねて。
36:
――――――――――――――――――――
○月×日
今日はパーティに行った。
お兄ちゃんと一緒に演奏したら、いっぱい褒められちゃった。
他にも色んな人とおしゃべりできて、とっても楽しかったー!
でも……
お兄ちゃん、たまに見かける緑髪の人をしつこく攻撃してたけど
あれ何なんだろう?
――――――――――――――――――――
37:
〜北の大地〜
男「これは……」
王都を発ってから数日。
誰かの手記に記されていた内容を頼りに
ひたすら北へと向かった末、目の前に現れたもの。
―――墓標。
男「こんな人の住まない北限の地に、一体誰が墓なんか作って…」
ドクンッ
男「うっ…!」
心臓の鼓動が早打ち、強い既視感に襲われる。
目の前に広がる光景が頭の中のイメージと次第にリンクし始める。
男は頭を抱えながら、それが誰かの記憶である事を直感で理解した。
男「僕は……前に、ここに来た事が……ある…?」
男(そうだ……確か……)
男(僕は……)
男(この墓標の前で泣いた…?)
男「―――!」
38:
遠いのか近いのすら分からない過去の記憶の中。
彼は墓標の前で声が枯れるまで泣き叫んでいた。
男(やめろ…)
胸が苦しかった。
この先、どうなるのか分かってしまったから。
極寒の地にも関わらず、絶えず全身から汗が噴き出す。
男(やめてくれ……!)
彼は泣きながら墓標に追い縋った。
男(違う、違う、違う…!)
彼の瞳に映る、墓標に刻まれた文字。
そこには
『最愛の妹ここに眠る』
男「うわぁああああああああ!!」
39:
――――――――――――――――――――
○月□日
今日は久々に宿でお泊まり。
宿屋のおじさんが変わったパンをサービスしてくれたの。
とってもモチモチでふわふわなパン。
お兄ちゃんと一緒においしいおいしい言いながら食べた。
ただ、宿屋のおじさんがニヤニヤしながらあたしの事を見てたような?
ちょっと気味悪いよぉ。
――――――――――――――――――――
40:
雪原にうずくまってからどれくらい経っただろう。
男「はぁ……はぁ……はぁ…!」
大分、呼吸が整ってきた。
男「……っ」
意を決して、目の前の墓標に近づく。
たった今、断片的に見えた光景が……間違っている事を願って。
/////の墓
名前の部分が人為的に削られており、誰の墓なのか分からない。
男「いや、まだ分からない」
そして墓標の中央に刻まれた文字。
『///年、最愛の妹ここに眠る』
男「そ、んな…」
愕然として、その場にへたり込む。
大地に容赦なく吹き荒れる木枯らしが、やけに耳から離れなかった。
41:
――――――――――――――――――――
□月△日
大事なものをなくした。
死にたい。
――――――――――――――――――――
42:
「あれぇー?こんな所に人がいるー!」
男「…!」
突然、背後から声がして慌てて立ち上がる。
女の子「どうしたの?まさか…行き倒れ!?」
キャッキャッと愉快に笑う女の子にドキリとした。
男「なっ…!」
女の子「?」
男(あの時の女の子…!?)
女の子「どうしたの?ひょっとして……一目惚れ!?」
今度はキャーと楽しそうに笑う女の子。
男(いや……違う)
男(姿はそっくりだけど、雰囲気が違う)
男(何より、あの邪悪な力が感じられない)
43:
男「…ちょっと道に迷ってさ」
男「闇雲に歩いたら、偶々ここに辿り着いたってわけ」
とは言え、いつ襲ってくるとも限らない。
慎重に言葉を選びながら、少女に返事をする。
女の子「ふーん…」
少女は男を一瞥すると、後ろにある墓標に目を向ける。
女の子「そのお墓…」
男「この墓について何か知ってるの?」
この墓には誰が眠っているのか、と男が続けようとした言葉を
しかし少女が遮る。
女の子「知らない」
男「え」
女の子「でも……あたしが知る限りここ最近のものじゃないよ」
女の子「もしかしたら結構昔からあるかも」
男「そう、なのか…」
男は少し安堵する。
先ほどまで全身に渦巻いていた疑念――ひょっとして妹の墓なのではないか。
それが少女によって否定されたのだから。
男(そうだ、冷静になって調べればこの墓…かなり古い)
男(あの女の子の言う通り、結構昔……少なくとも建立から10年は経過していると見て間違いない)
男(全く……僕は何を思い違いをしていたんだ)
男(いくら記憶がないからって、この墓の下に僕の妹が眠っているわけがないじゃないか)
ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、今度は新たな疑問が沸き起こる。
――何故、過去の自分はこの墓の前で泣いていたのか。
しかし、それを考えるより先に少女が声を掛けてきた。
女の子「ねねっおにーさん」
男「……ん?」
女の子「こんな所で立ち話も何だし、ウチに来ない?」
男「君の家?」
女の子「うん♪」
女の子「あたしの家にご招待するのだー☆」
44:
――――――――――――――――――――
◇月○日
数日ぶりに街に帰ってきた。
今日はふかふかのベッドでぐっすり眠るぞー!
あ、そういえば宿屋のおじさん。
お兄ちゃんの顔を見ると、すごく怯えた顔をしていた。
ご飯もいつもよりたくさん出てきたし。
お兄ちゃん何かしたの?と聞いたら
何でもないよ、とニコニコしながら答えた。
うー…ちょっと気になるけど、
お兄ちゃんがいつもよりやさしいから
まぁいっか。
――――――――――――――――――――
45:
〜女の子の家〜
男「……驚いた」
女の子「?」
男「君、こんな所に1人で住んでるの?」
女の子「そだよ〜」
男「だってここ周りに何もないよ。辺り一面どこまでも雪原じゃないか」
男(とても女の子……いや、人が生活できるような環境じゃない)
女の子「住めば都ってやつだよ♪」
男「は、はぁ…」
46:
女の子「それに1人じゃないよ」
< ニャー!ニャー!
< フシャー!
< ニャー?ニャー!
< フシュー!
男「猫?」
男(白い猫だ。この地方ではかなり珍しい生き物が。しかもたくさん…)
白猫「にゃー」
猫たちは女の子の膝や肩の上に乗っては体を寄せてくつろぎ始めた。
まるで主人が帰ってきたのを喜ぶかのように。
女の子「あははっ、くすぐったいってばぁ」
男「ずいぶん懐かれてるんだね」
女の子「うん」
聞けば、魔物や人に襲われて傷ついた猫たちを介抱したら自然と懐かれたらしい。
男(そういえば、王都で白い猫の捕獲を募集していたっけ……)
女の子「あとは間違って召喚したり…」
男「召喚?」
女の子「そそっ」
女の子「こんな土地だからね、食料調達によく魔法でどーんと野生動物を召喚しているの」
男「魔法をそんな使い方する人初めて見たよ」
女の子「まぁ……たまに失敗してワイバーンとかドラゴンとか呼んじゃうけど」
男「え」
女の子「でもね、そんな日は幸運な一日だなって思うんだぁ」
男「え…?」
女の子「だってたくさんお肉が手に入るんだもん」
男「う、うん……?」
女の子「ドラゴンのお肉っておいしいよね」ニコッ
男「そ、そうだね…?」
前言撤回。
バイタリティに満ち溢れたこの少女だからこそ、こんな所に住んでいるのかもしれない。
47:
男「……おいしい」
女の子「でしょ」ニコッ
男(この子が淹れてくれた紅茶、おいしいだけじゃない)
男(どこか懐かしい感じがして……心が落ち着くような)
女の子「使ってる水はもちろん不純物なしの純粋そのもの」
男「へぇ」
女の子「それにね、隠し味にちょっとしたモノを混ぜてあるの」
男「これは……何かの原石?」
女の子が見せてくれたのはキラキラと光る石。
ただの石じゃないのは一目見て分かった。
エメラルドよりもずっと澄んだ翠色の、不思議な輝きを放つ石。
男「え、まさかこれを…?」
訝しげな表情で彼女の顔を覗き込むとアハハと笑って
女の子「まさか、このまま混ぜないよ〜」
女の子「この石を浸した水を使うんだよぉ」
男「な、なるほど」
てっきり、粉になるまで砕いて混ぜるのかと思ったがどうやら違うようだ。
今飲んでる紅茶に鉱物混入がなくてひと安心する。
女の子「なんでもりらくぜーしょん?効果があるとかで」
女の子「この石を持ってるだけでも心がほわほわーってするの」
男「ああ、何となく分かるよ」
この石を浸した水で淹れられた紅茶を飲むだけで、
心の中の嫌な感情が和らぎ、穏やかな気持ちになれる。
男(やはり、さっきのは気のせいじゃなかったんだな……)
もう一杯おかわりを貰い、この不思議な紅茶を楽しんだ。
48:
――――――――――――――――――――
◇月×日
港町でお兄ちゃんが変なおじさんに声をかけられてたの。
あたしの事を指さして
お前の嫁を俺によこさないか?
なんて言ってたっけ。
お兄ちゃんは必死に否定してたけど
何かちょっと傷つくなぁー…
あたしはいつでもお兄ちゃんのお嫁さんになるつもりなのに。
――――――――――――――――――――
49:
男(折角だから、と食事を振舞われた)
男(召喚の話を聞いたせいで、最初はどんなゲテモノが出てくるのかとビクビクしていたが……)
男(意外と見た目は普通で、味の方も悪くなかった)
男(……どうやら、人に会ったのは久々らしく、女の子から色々な事を質問された)
自分のこと。
旅の出来事。
世界の情勢。
ここに来た目的。
男(それら一つ一つに僕は答えた)
女の子「ふーん…記憶がないんだ」
男「まぁね」
女の子「あはっ!同じだね」
男「え?」
女の子「あたしも昔のことよく覚えてないんだ」
50:
男「あ、う…それは」
予想外の返事に何と言っていいのか、返答に窮していると
女の子「あははっ、別に気にしてないよ」
女の子「記憶がなくたって特に不便に感じないもん」
男「記憶を取り戻したいとは思わないの?」
女の子「んー…なんでだろうね、全く思わないやっ」
テヘヘと笑う。
女の子「だって記憶がない分、毎日が新鮮でとっても楽しいの!」
女の子「それにこの子たちもいるからね」
そう言って、少女は
膝の上で丸くなっている白猫の背中をやさしく撫でる。
男「強いんだな…」
女の子「そ、そうかな…?」
男「ああ……」
こんな苛酷な環境で。
記憶もなしにたった一人で生きる少女。
全てが対称的な彼女が、今の男にはとても眩しく感じられた。
51:
女の子「そうだ」
何かを思い出したようにポケットをごそごそと漁り始めた。
女の子「おにーさんと会ったのも何かの縁だし」
女の子「記念にこれあげるねっ」
男「これはさっきの……」
女の子「うん」
手渡されたのは翠色の輝石。
女の子「旅のお守りだと思って大事に持っててね!」
男「もちろん」
男(持ってるだけで心が落ち着く不思議な石)
男(どんな作用なのか知らないけど)
男(きっと何かの役に立つはず)
男は翠色の輝石を大切に懐へしまった。
52:
男「……お、落ち着かない」
食事の後片付けをするからと居間を追い出され、
代わりに通されたのは女の子の部屋だった。
部屋の中は年相応に可愛いもの一色で飾られており、
いささか居心地の悪さを感じる。
男(流石にベッド周辺に近づく勇気はないな…)
何か暇つぶしができるものはないかと部屋を見渡すと
男「…本だ」
棚の中に所狭しと置かれた小物に混じって、1冊だけ本が収納されている。
別段何てことないのだが……不思議とその本が気になった。
男「これは……絵本?」
中身は小さな子ども向けに描かれた童話。
男「……」ペラペラ
話の内容は当然ながら小難しいものではなかった。
しかし、不思議な魅力がこの絵本から感じられた。
それは合間に挿入される水彩画に心惹かれたからなのかもしれない。
パステル調で描かれた挿絵はとても暖かみがあり、
読者の頭に新鮮なイメージを膨らませ、話を盛り上げる。
とても児童文学とは思えない逸品だ。
すっかり絵本に魅せられた男は、
女の子が部屋に入ってきたのも気づかずに何度も読み返した。
女の子「その本、面白い?」
男「…うひゃ!?」
女の子「あははっ、ごめんごめん!」
女の子「すっごい真剣に読んでたから声かけづらくって…」
男「あ、いや……それより、勝手に読んでゴメン」
女の子「気にしてないよ!だって…」
女の子「あたし、その本読めないから……」
男「……え?」
53:
男「君、読み書きできないの?」
女の子「失礼なっ!ちゃんとできるもんっ!」
男「え、だったら…」
女の子「んー…なんでかな、その本だけ真っ白で何も読めないの」
男「この本だけ?」
女の子「うん」
男(一見すると何の変哲もない絵本だけど)
男(読む者を制限する魔法でも施されているのだろうか…?)
女の子「折角だから、その本持ってってよ」
男「え、いいの?」
女の子「どうせ読めないし。でも何故か捨てられなかったから丁度いいよ」
それにおにーさんが、その本気に入ったみたいだしね!とイジワルな笑みを浮かべる女の子。
男(何か体よくいらない物を押し付けられた気がするなぁ…)
男(でも、この本を気に入ったのは事実だし)
男(どうやら続きがあるみたいだから、王都に戻ったら店の方をのぞいてみよう)
―――の、絵本って知ってる?
男「……え」
ドクンッ
再び去来する過去の記憶。
男(今のは……い、もうと…?)
かつて妹とした他愛のない会話。
のはずなのに
女の子「…おにーさん?」
本を持つ手がガクガクと震える。
男(……僕は)
何を忘れている?
何か……とても大事な何かを忘れている。
57:
――――――――――――――――――――
△月◇日
昨日はお兄ちゃんと一夜を共にしちゃった。きゃっ!
なんてね。
添い寝してもらっただけなんだけどね。
でもでも!
お兄ちゃんの腕、とってもたくましくて
ぎゅーってされた時すっごくドキドキしたの。
もう、お兄ちゃんの匂いに包まれてるだけで幸せ〜
……ほっぺにチューくらいなら、してもいいよね?
――――――――――――――――――――
58:
1泊くらいしてってもいいのに。
彼女の残念そうな声に、丁重にお断りを入れる。
女の子「むぅー…また遊びに来てよね」
男「もちろんさ、機会があったらまた寄らせてもらうよ」
男は再び旅立つ。
59:
男(墓標の前で茫然自失としていた僕を助けてくれた女の子)
男(あの時、声をかけてくれなかったら僕は今頃どうなっていたか……)
男(彼女には随分とお世話になったな)
男(お土産までもらっちゃったし)
翠色の輝石と絵本。
本。
そう本だ。
惚けている場合じゃない。
男(この絵本について調べなければ)
男(僕の欠落した記憶……その大事な部分にこの絵本が関わっている、気がする)
男(この本が一体何なのか、僕と妹にどう繋がっているのか…)
男(調査のため、一度王都に戻らなければ)
男(いや、書物に関してなら魔術師ギルドに寄った方がいいかも)
男「となると、次の行き先は水の都だな」
60:
男「そういえば……」
ふと、今頃になって気づいた。
男「あの子の名前、聞いてなかったな」
61:
〜水の都〜
王都からさらに東に向かった先に位置する、水と芸術の都。
そして魔術師ギルドのある街。
店主「この本?知らんなぁ…」
店主「少なくとも店で流通している本ではないのは確かだ」
他の店を当たっても同じ結果だろうよ、と店主の回答にお礼を言って店を出る。
男「ふぅ……予想はしてたけど、やはり普通の本じゃなかったか」
男「となると、後は魔術師ギルドだな」
62:
魔術師ギルド入り口。
ギルド員「止まれ」
ギルド員「ここは魔術師ギルドの入り口だが、一体何の用だ」
男「えっと、本の調査を依頼したいのですが」
ギルド員「ふむ……」ペラッ
ギルド員は例の本を手に取ると面倒くさそうにペラペラとページを捲る。
本当に読んでるのかすら怪しい度で。
ギルド員「くだらん、ただの絵本ではないか…!」
63:
ギルド員「こんなもの、我々で調べる価値もない」
男「でも、知り合いの子がこの本だけは読めなかったんです。きっと普通の本じゃないはず…」
ギルド員「あり得んな」
即座に否定。
ギルド員「念のため魔力感知はしてみたが、この本からは何の力も感じられない」
男「…!」
ギルド員「少なくとも魔法書の類ではない」
男「だったら、ギルドに依頼して詳細な調査を」
ギルド員「君、魔術師ギルドのメンバー?」
男「え?」
ギルド員「ギルドメンバーかと聞いている」
男「いえ、違いますけど…」
ギルド員「やれやれ……魔術師ギルドにはギルドメンバーしか入れないんだ。それくらい知っているだろう?」
ギルド員「今から加入試験を受けると言うなら……話は別だが、ね」
男「僕はこの本を調べに来ただけで…」
ギルド員「ならば話は早い」
ギルド員「ここに君の求めるものはない。早々にお引取り願おう」
64:
男「くっ…やはりそう簡単にいかないか」
魔術師ギルドにはギルド所属の者しか入れない。
その情報は事前に知っていた。
それでも、何とか交渉の余地があるかと思い行ってみたのだが……大方の予想通り、門前払い。
男(まぁ、多少なりとも調べてくれただけ有難いと見るべきかな)
男(さて、この後どうしようか……なんて考えるまでもない)
男(やはり、ここは空間跳躍で侵入後、変装して聞き込みを……)
???「おいそこの貴様」
65:
男「……僕?」
???「そうだ」
男「貴方は…?」
魔術師、と名乗った男は話を続ける。
魔術師「さっきのやり取り見ていたぞ」
魔術師「連中の知識は海より深く、知的探究心は猛獣のように獰猛だ」
男「視野の狭さも猛獣並みって事ですか」
魔術師「察しがいいな」
魔術師「魔術師ギルドに所属している人間は例外なく古書物と魔法書にしか興味がない」
魔術師「それ以外のモノを持って行ったところで誰も相手にしないだろう」
魔術師「例え、ギルドの中に侵入したとしても…な」
男「……何のことかな」
66:
魔術師「ふっ……惚けるな」
魔術師「大方、ギルド内に不法侵入する算段でもしていたのだろう」
男「うっ…!」ギクッ
魔術師「全く、冒険者と言う輩は毎度毎度同じ事を考える」
男「…他にもいたんですか?」
魔術師「他にも?そりゃあ、冒険者がこんな所に来るなんて、それ以外の理由はないくらいにはな」
男「へぇ……」
67:
魔術師「そんなわけだから、おとなしく帰る事だ。その方がお互い身のためにも……」
言葉が止まった。
魔術師が驚愕した顔でこちらを見ている。
いや、正確には男が持っている本を凝視して。
魔術師「何故それを持っている…!」
男「…?」
男「この絵本について何か知っているんですか?」
魔術師「やめろっ!!」
男「…!」
魔術師「その忌々しい本を私の前に出すな!」
魔術師「その本のせいで私は…!私の妹は……!」
男「…え?」
68:
――――――――――――――――――――
△月○日
お兄ちゃんは本当に正直者です。
あたしにウソをつきません。
でも、だからって人の料理を発展途上の味がするってひどいと思うの。
そこはウソでもおいしいって言ってくれてもいいじゃない。
いつかぜったいに見返してやるんだから!
――――――――――――――――――――
69:
〜東の墓所〜
水の都からさらに東に進んで、森を抜けた先に存在する。
そこには数え切れない程の墓石が並び、
墓所の中心には朽ち果てた建物がそびえ立っていた。
所々に散見される古びた壁や柱は、墓所全体を取り囲むかのように配置されており、
はるか昔、ここに大きな教会か修道院があったのではないかと思わせる。
男「…で、僕をこんな場所まで引っ張り出して何をしたいんだ?」
男はうんざりしながら魔術師に問いただす。
彼の口から出る次の言葉が容易に想像できるため、心はえらく沈みがちだった。
魔術師「……ここには私の大事な人が眠っている」
男「……」
魔術師「まぁ……興味はないだろうな」
70:
魔術師「……その絵本はとある童話作家が書いたものだ」
魔術師「もっとも、その人は既に亡くなっているがね」
男「亡くなっている?」
魔術師「ああ」
魔術師「そして、私にとってそこはさしたる問題じゃない」
魔術師「……私の妹はその本を愛読していた」
男「……」
魔術師「才能のあるその絵に惹かれていたのか、今となっては分からない」
魔術師「何故なら妹は、才能のない彼女は結局……」
71:
魔術師「いや……もうこれ以上、この話はよそう」
魔術師「結局、私達にとってその本は忌まわしきものなんだ」
魔術師「才能とか運命とか、どうにもできない事に屈してしまった……かつての私達を思い出すから」
男「それは…」
「それは違うよ」
男「…!」ゾクッ
一瞬、空気が凍りついたのかと思った。
しかし、すぐにそれが恐怖による畏縮だと気づく。
男「君は…」
声のする方から近づいてくる少女。
間違いない。
忌もうと「だって、あたしはずっとお兄ちゃんの傍にいるもん」ニコッ
魔術師「……妹」
男「…え?」
72:
魔術師「妹……私は……!」
男(この人は、何を言っているんだ?)
魔術師は少女に向かって喜びとも悲しみともつかぬ表情で語りかけていた。
まるで、先ほど語っていた自分の妹があたかも目の前にいるかのように。
男(妹……まさか!)
男は何かに気がつき、少女をまっすぐ見る。
彼女の容姿はどう見ても以前に襲ってきた少女――男の妹だと言っていた少女と瓜二つだった。
男「そうか、自己の……変容…!」
見るものによってその姿形を変える変化の魔法。
それが当人には妹の姿に見えているのだ。
―――忌もうと
妹とは似て非なる存在。兄と慕う者の命を刈り取る小さき死神。
73:
今日はここまでにします。
自己の変容は原作と魔法効果全然違います。
語感だけで決めました。
ごめんなさい。
74:
忌もうと「だからね、お兄ちゃん」
少女はニコリと笑い、そして一言。
忌もうと「お兄ちゃん、死んで♪」
何の脈絡もなく二挺の拳銃を構え、銃口を真っ直ぐこちらへと向けきた。
魔術師「い、もうと……」
男「…っ!」
無防備な体を晒しながら、フラフラと忌もうとへ近づく魔術師。
その腕を無理やり掴み、男は空間跳躍する。
男(ひとまず近くに……忌もうとに見つからない場所へ…!)
男が思い描いた場所へと2人が着地すると、直後に銃声が鳴り響いた。
75:
そっと物陰から周囲を覗いてみると、
つい先ほどまで2人がいた場所は蜂の巣になっていた。
男「……っ」
周囲一帯に残る銃創。
地面に散らばっているのは、薬莢と粉々に砕け散った有形だった何か。
その無残な光景に薄ら寒いものを感じた。
76:
男「……おいっ!」
男「いつまで呆けてるんだ!アイツを何とかしないと僕たち2人はやられるんだぞ!」
魔術師「………」
魔術師「……別に」
魔術師「それでも構わない」
魔術師「……どうせ私は」
男「ったく」
77:
男「…いいか、よく聞けこの野郎」
男「才能とか、運命とか、世界とか」
男「そんなものはどうでもいい」
男「”妹を救えなかった”」
魔術師「…!」
男「貴方の根源は結局そこだろう」
魔術師「…」
78:
男「貴方の妹がどうなったか知らない」
男「何を考え、何を思っていたのかなんて分からない」
男「でも、今の貴方を見てはっきりと分かる事がある」
男「何かを恨んでいるんじゃない、後悔しているんだと」
魔術師「……っ」
男「本当は貴方だって、とっくに分かっているはずだ…!」
魔術師「………」
魔術師「……ああ」
魔術師「そうかもしれない、な……」
魔術師「私は後悔している……だからこそ思った」
魔術師「この世界に、妹を救えなかった私に生きてる価値があるのかと」
79:
男「知るか」
魔術師「なっ…」
男「さっきから言ってるだろう」
男「他人が何を考え、何を思っているのかなんて分からないんだ」
男「悩んでばかりいないで、まずは自分で行動してみたらどうです?」
男「案外、間単に切り開けるかもしれませんよ」
男「――運命って奴を」
80:
魔術師「……ふっ」
魔術師「そうだな」
魔術師「何時までも過去を悩んでいてもしょうがないな」
男「それじゃあ…!」
魔術師「勘違いするな」
魔術師「完全に吹っ切れたわけじゃない」
魔術師「どこぞの冒険者に青臭い事を言われた手前、易々と死ぬ気にならなくなっただけだ」
男「はは、じゃあ僕と一緒にアイツと戦ってくれるんですね?」
魔術師「言っただろう」
魔術師「完全に吹っ切れたわけじゃないと」ニヤリ
81:
魔術師「…で?どうするんだ」
チラリと見やる。
視線の先では、笑いながら銃弾を吐き出し続ける2挺の拳銃が踊っていた。
男「見たところ、あれは遠距離タイプだ。接近さえできればこちらに勝機が生まれるはず」
魔術師「だから、その具体案を聞いているのだが」
硝煙の匂いに顔をしかめながら魔術師は嘆息する。
男は魔術師の軽口に文句の1つでも言ってやろうかと思ったが、
時間がないことを思い出し、話を続ける。
男「こいつを使う」
魔術師「……ほぉ」
取り出したのは新緑を湛えたミスリル製の弓。
一目見て、彼が何をやろうとしているのか魔術師は理解した。
魔術師「”引き寄せ”の力だな」
男「ああ」
とある森の住人が使っていたその弓には、
獲物を逃さないための特殊な力が封じ込められている。
―――引き寄せ
異次元より白い手を呼び出し、
それに触れられた者を術者の目の前まで引き寄せる力だ。
魔術師「だが、それをどうやって当てる?」
男「……」
問題はそこだ。
この弓の力を発動させる条件として、まず相手に矢を当てなければならない。
しかし、格下相手でさえ外れる事が間々ある矢を
格上相手に仕掛けようというのだ。
男「……相手の運動能力は間違いなく並大抵のものじゃないだろう」
魔術師「ああ、そうだろうな」
男「だから策を講じる」
男「まずは……」
82:
忌もうと「お兄ちゃんどこー?」
男「……ここだよ」
忌もうと「あはっ♪そんな所にいたんだぁ」
男「射っ!」
間髪入れずに正面から弓を引き、矢を放つ。
まずは敵の力量を測る……と思いつつも、全力で仕掛けたのだが。
忌もうと「…?」
首を傾げる少女。
その表情は状況がよく分かってない、とでも言いたげだ。
しかし、
男「っ……」
ほぼ同時に上がる2つの銃声。
1つは矢を空中で撃ち落とし、
もう1つは男の頭が先ほどまであった場所を正確に撃ち貫いていた。
後ろの壁には蜘蛛の巣のように銃創が走り、
やがてその亀裂に耐えられなくなったのか、ガラガラと崩れ落ちる。
男(これは……僕達の予想以上に危険な状況かもしれない)
忌もうと「♪」ニコッ
男「………」
再び、混沌と狂気を纏った少女が男の前に立ちはだかった。
85:
忌もうと「あはははっ♪」
発砲。
忌もうと「お兄ちゃん!お兄ちゃん?お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃん☆」
発砲。発砲。
発砲。発砲。発砲。発砲。
男「……くっ!」
発砲。発砲。発砲。発砲。発砲。発砲。発砲。発砲。
発砲。発砲。発砲。発砲。発砲。発砲。発砲。発砲。
男「やかましいっ!」
まるで熱に浮かされてるかのように兄の名を連呼しながら
狂気とも思える度で銃撃を仕掛ける忌もうと。
対して、双生の銃から繰り出される正確無比な射撃を避ける事が精一杯の男。
遮蔽物と空間跳躍の力を駆使して、ひたすら回避行動を続ける。
男(このままじゃジリ貧だ……魔術師、早くしてくれ!)
周囲の壁や木を盾に何とか立ち回ろうと試みるが、
その壁ごと粉砕する攻撃の前に、近づく事すらできない。
捕捉されるのは時間の問題だった。
86:
男「……はぁ…くっ…!」
ゼェゼェと肩で息をする男。
忌もうと「えへへっ!お兄ちゃん、つっかまえたぁ♪」
無邪気に笑いながら、息1つ切れてない忌もうとは2つの銃口をこちらに向ける。
男(ま、ずいな……もうスタミナも体力も残ってないぞ…)
走りすぎて胸が早鐘を打っている。
膝もガクガクと笑っており、今の状態では能力も……しばらくは使えないだろう。
男(ははっ……随分と殺風景になったな)
周囲の壁と呼べるものは全て一掃され、
男と忌もうとの間を隔てるものは、もう何もなかった。
忌もうと「それじゃ、サクッと殺っちゃおう〜!」
87:
カチリと撃鉄を起こす。
忌もうとが引き金を引こうとした、まさにその時。
魔術師「――闇に飲まれよ」
88:
忌もうと「んん〜?」
突如、周囲一帯に立ち込める霧。
否――霧と言うにはあまりに濃く、黒かった。
忌もうと「……お兄ちゃん?」
周囲の光景は完全に黒一色で塗りつぶされ、
忌もうとの視界は遮断された。
忌もうと「お兄ちゃん……お兄ちゃん、どこ?」
捨てられた子犬のように寂しげな声で兄を求める少女。
辺りには彼女が乱射する銃声だけが響き渡っていた。
男(とりあえず撃つのはやめないんだな…)
忌もうとからの流れ弾に気を付けながら静かに距離を取り、弓に矢を番える。
90:
男(魔術師が使った闇の霧で相手の視界を遮り……そしてこの距離)
遠距離攻撃を仕掛ける上で最も重要な要素―――距離。
弓、銃、投擲……それらには全て最適な距離が存在する。
命中精度を高め、威力を発揮するには
敵との距離を推し量る事が何よりも大事なのだ。
男(今の僕と忌もうとの距離こそ、絶好の距離間だ)
キリキリと弓がしなる音に自身の呼吸を合わせて……射る。
男「…そこだッ!」
幾重にも束ねた矢が空中で5本に別れ、それらは真っ直ぐに忌もうとへと飛来する。
忌もうと「!」
91:
1発目。
避けられる。
2発目。
銃で迎撃される。
3発目。
避けられる。
が、忌もうとは少しだけ体勢を崩す。
4発目。
また迎撃される。
5発目。
最後の矢も迎撃される。
92:
男(くっ…!)
相手の視界を奪い、かつ弓を射る最適の距離から奇襲を仕掛けたにも関わらず。
攻撃は全て失敗に終わった。
忌もうと「お兄ちゃん?お兄ちゃんそこにいるんだねっ!」
霧の向こうに閉ざされた少女が、嬉々として声をあげる。
盲目に近い状態にも関わらず、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。
魔術師(どうするんだ…!こっちの準備はまだ終わってないぞ)
魔術師の悪態が聞こえたような気がしたが、
そんな事は気にも留めず、再び弓を構え始める。
男「………」
男(今までの戦いで、何となく忌もうとの行動が読めてきた)
ゆっくりと、しかし確実に近づいてくる忌もうと。
男(あの少女は……自分が見切れる攻撃は銃で迎撃し、想定外の攻撃に対してのみ回避行動に入る)
弦が悲鳴を上げてもなお、弓を引く。
男「なら……僕は!」
射出。
弓から解き放たれた幾本もの矢が風を切り、闇を引き裂いて、
再び忌もうとの元へ襲来する。
93:
忌もうと「…?」
1発目。
あっさり迎撃される。
2発目。
何喰わぬ顔で迎撃される。
3発目。
爆発する。
忌もうと「…!」
4発目。
炸裂する。
忌もうと「!?」
94:
5発目。
回避。
しかし、忌もうとはわずかに反応が遅れ、体勢を崩す。
男「今回は通常の矢の中に炸裂弾を混ぜておいたんだ。そして…」
6発目――
男「一度に束ねて撃てる数は……6発だ」
忌もうと「痛っ!」
闇の霧の向こうから聞こえてきた。
あのうるさい銃声ではなく、少女の悲鳴が。
95:
忌もうと「……あれ?」
闇の霧の内側。
外界とは一切遮断されたこの空間に。
忌もうと「…あ!お兄ちゃんだっ!」
男「ようやく捕まえた」
男と忌もうとの2人だけ。
96:
数分前。
魔術師「成程…」
魔術師「それで?」
男「え?」
魔術師「弓の力で、奴を引き寄せて……」
魔術師「その後はどうするんだ?」
男「その後は接近したところを2人がかりで」
魔術師「2人がかり?……冗談だろ」
魔術師は頭を悩ませながら反論する。
魔術師「術が専門の私に肉弾戦をやれと言うのか」
男「しかし貴方だって、それなりに腕が立つのだろう?」
魔術師「生憎と、私はあの銃弾の雨を掻い潜る労力を持ち合わせていないのでね」
魔術師「何なら、何もできずに蜂の巣にされる哀れな私をお目せしようか?」
男「ぐっ……じゃあ、僕がかく乱するからその隙に後方で魔法でも何でも援護してくれれば良い」
魔術師「そもそも、だな」
魔術師「2人がかりである必要はないんじゃないか?」
97:
男「…何?」
魔術師「その援護とはどのくらい必要だ?」
男「は?」
魔術師「どれくらいの距離、どれだけの威力があればいいのかと聞いている」
男「…………」
以前、戦った忌もうとの事を思い出す。
男(確か……止めは背後からの強襲によるひと突き)
男(…ん?待てよ…)
男(彼女達は攻撃特化で防御面はそこまで高くない…?)
なれば。
男「間合いはそちらに任せる。威力は…」
男「人を……人1人を吹き飛ばすだけの威力があれば」
男「勝てるかもしれない」
魔術師「……10分」
男「え?」
魔術師「時間を稼いでくれ」
魔術師「そうしたら見せてやる」
魔術師「”完全詠唱魔法”とやらを」
98:
男「そろそろ幕引きと行こう」
男「君の銃と一緒に踊るのも限界なんでね」
忌もうと「?よく分かんないけど…」
忌もうと「あたしのために死んでくれるんだねっ!お兄ちゃん♪」
男「うん」
男「妹のためなら死ねる」
男「だけど」
男「それは僕じゃない」
男「彼だ」
忌もうと「!」
99:
決着はほんの一瞬で付いた。
はるか後方で煌く光。
最初、忌もうとには遠くで何かが光った、という程度の認識だった。
男には何が起きたのか分からなかった。
…いや、正確には2つだけ認識できた。
忌もうとの顔が一瞬にして苦痛に歪んだ事。
大気を震わせるほどの膨大な魔力が自分の横を通り過ぎたという事。
しかし、それらを理解するよりも早く。
集積した魔力が一条の光となって忌もうとを打ち貫いてた。
光の槍はその小さな体を人形のように吹き飛ばし、
そのまま閃光の彼方へと運び去る。
1秒にも満たない時の流れの中で、
目まぐるしく変化するこの状況を
男はようやく理解した。
魔術師の完全詠唱魔法が発動したのだ、と。
100:
光の中で手足の先から泥人形のようにボロボロと崩れ落ちる少女。
完全に消滅する直前、不意に彼女と目が合った。
忌もうと「…――…」
男「…!」
微かに動く唇。
男(何だ…今何て言ったんだ…?)
しかし、その答えを知る由もなく。
代わりに彼女が遺したメッセージは
男「銃と本…」
2冊目の絵本だった。
101:
同時刻。
少し離れた場所にて。
魔術師「結局、引導を渡すのは私自身か」
魔術師「アレが本物ではないとは言え、この後味の悪さ」
魔術師「運命を呪わずにはいられない」
魔術師「……」
魔術師「……さよなら妹」
魔術師「また1つ、悩みの種ができた」
102:
――――――――――――――――――――
×月□日
今日はクリスマス〜♪
お兄ちゃんとせーたんさい?とか言うのを見に行ったよ!
人がすっごくたくさんいて
はぐれるから、とお兄ちゃんが手をつないでくれたの。
周りからは恋人同士に見えちゃうのかな…?
見えたらいいなぁ…
――――――――――――――――――――
105:
〜とあるダンジョン〜
男「……あった」
男(ようやく3冊目…流石に幻の絵本と言われただけある)
男(こんな迷宮の奥深くにあるなんて難易度が高い)
男「それにしてもあの魔術師、気になることを言っていたな…」

―――
―――――
106:
魔術師「あくまで私個人の意見、と前書きを付けた上で言わせて貰うが」
魔術師「その本を集める事をおススメしない」
魔術師「…確かにそいつには魔術的要素は全くない」
魔術師「しかし……私には」
魔術師「”呪い”とでも形容すべき、叡智を越えた”何か”が宿っている気がしてならないのだ」
魔術師「それこそ……人を狂わせ、運命を捻じ曲げるような何かが、な…」
魔術師「聞けば、その童話作家は病気で亡くなったらしい」
魔術師「案外、この世に未練を残した彼女の怨念が取り憑いているのかもしれないな」
107:
―――――
―――

男「叡智を超えた何か、ねぇ…」
忌もうとと出会うまでの男なら一笑に付していただろう。
しかし、今まで自分が置かれた境遇を考えると
妙に納得できてしまう節があるのだ。
―――幻の絵本
それは1人の女の子が読むことのできない本。
それは自分の失われた記憶と関係している本。
それは魔術師の人生を狂わせた本。
果たして、全て偶然なのだろうか。
108:
男(そんなもの……全て集めればいずれ分かる事だ)
男「とにかく、今はここを出よう」
入り口へ向けて、引き返そうとしたその時。
「みぃーつけた」
忘れもしないあの声が聞こえた。
109:
男「…忌もうと」
忌もうと「お兄ちゃん、やっと見つけた♪」
男「………」
忌もうと「…?どうしたの」
男「本当は考えないようにしていた」
男「でも……僕は答えを見つけなければならない」
男「自分の記憶とは関係なく」
忌もうと「??」
男「教えてくれ」
男「君は……妹はどこかでまだ生きているのか?それとも……」
110:
忌もうと「何を言ってるの?お兄ちゃん」
忌もうと「あたしはお兄ちゃんの妹だよ!」
忌もうと「おかしな事言って変なの〜」クスクス
男「……そうか」
111:
男「それを聞いて安心したよ」ニコッ
忌もうと「…?」
男「妹がまだ生きてる可能性があると分かった以上」
男「なおさら殺られるわけにはいかなくなったって事さ…!」
112:
―――自己の変容
見るものによってその姿形を変える変化の魔法。
今の男には目の前の魔物が妹に見えているのだが、
この魔法には大きな矛盾がある。
”記憶のない男”が
どうして彼女を”男の妹”として認識したまま
変化の魔法が発動しているのか。
113:
あの時、魔術師は忌もうとを自分の妹と誤認した。
それが自己の変容の魔法の力なのだが、
これは”魔術師が自分の妹を知っている”と言う、ごく当たり前の事実が前提にある。
しかし、記憶のない男にはこの当たり前の前提がない。
この前提が崩れた瞬間、
変化の魔法による誤認は対象に通用せず
本来の姿を曝け出すのだ。
にも関わらず、男に対して変化の魔法はきちんと発動している。
114:
この矛盾を解く可能性は1つ。
それはすなわち
変化の魔法に”男”以外で”男の妹”という認識を与えられる存在がいるということ。
男の記憶を奪ったものか
男の妹の2人のみが。
115:
男「妹がいた事すら覚えていない僕が、”忌もうと” を ”妹” として認識させられている以上」
男「僕の妹がどこかでまだ生きている事になる」
男「…例えわずかでもその可能性が残っているなら」
男「それに向かって突き進むのみ」
男「邪魔をするなら……容赦はしない」
男は静かに武器を構える。
忌もうと「もぅ……わがままなんだからぁ」
笑顔を浮かべながら忌もうとも武器を構える。
取り出すは―――真紅に染まった血塗れの包丁。
忌もうと「ちょっと痛いかもだけど、我慢してね…」
忌もうと「一緒にイこ?お兄ちゃん♪」
男「お断りだっ!」
直後、
辺りに剣戟が木霊した。
118:
男「はぁ………はぁ……はぁ…」
壁に寄り添うように全身傷だらけの体を引きずりながら
ダンジョンの中を逃げる。
男「はぁ……っう!」
傷口から溢れる出血がまだ止まらない。
かと言って、止血をしている時間はなかった。
床に残った血の痕跡を辿って、すぐにでも追っ手が来るだろう。
男(くっ……なんなんだあれは…!)
119:
彼女は今まで出会ったどの相手よりも強かった。
閃光の如き空間を切り裂く凶刃。
見切るという概念が存在しないかのような連続攻撃の応酬。
こちらの一の攻撃に対して、十や二十にも及ぶ斬撃が返ってくるのだ。
圧倒的なまでの実力差。
成す術がないとはこういう事を言うのだろうか、と他人事のように考えながら
男は逃走を決意した。
空間跳躍の力が無ければ、とうに首を刈られていた事だろう。
120:
男(アレに対抗する手段を考えないと…)
チラリと手に持つ剣を眺める。
男(この剣は……ダメか)
対抗手段の1つ、それが漆黒の剣に宿る力。
―――時止め
あらゆる物体、事象を停止させる比類なき力。
しかし、その力の行使には様々な制限がある。
1つ、止められる時間はほんの数秒間だけ。
1つ、自分の意思で発動させる事ができない。
つまるところ、余程の運が無ければ使えない代物なのだ。
男(あの時、あのタイミングで発動したのは本当に運が良かった)
男(よほど幸運の女神がご機嫌だったのだろう)
男「しかし、今回はそれも使えない……となると」
男「他の手を考えなければ」
121:
忌もうと「みぃーつけた!」
男「…っ、もう見つかった」
忌もうと「もぉー、そんな体で動いちゃダメだよ〜」
相変わらず可愛い顔で包丁を向けてくる忌もうと。
普通に怖い。
男「全く……」
男「少しは、考える時間をくれよ…っと!」
悪あがきと言わんばかりに、持っていた水瓶を投げつける。
忌もうとはそれを避けるまでもなく、巧みな包丁捌きで切り捨てた。
が、当然中身は飛び散るわけで。
忌もうと「あぁん、お洋服がビショビショになっちゃったよぉ…」
忌もうとがずぶ濡れになって動きが鈍った隙に、男は素早く杖を振るう。
すると杖に込められたテレポートの魔法が発動し、
足元に広がる魔方陣が男を光で包む。
男「…さよならっ!」
男は別の階層へ転移した。
忌もうと「ああっ!また逃げた!」
122:
男「さて……」
周囲に敵がいない事を確認し、荷物袋の中から巻物を取り出す。
巻物には呪文が書かれており、端には小さく
”死神と友達になりたい貴方へ送る完全契約マニュアル 特集〜キウイのおいしい召し上がり方〜”
と落書きされている。
男「――――」
男が巻物に書かれた呪文を唱えると
何も無い空間から突然、ぼんやりとした影が現れた。
死神「……何か用?」
男「”契約”を結びたい」
死神「ああ……”契約”ね」
男(何だろう、声のトーンからやる気を感じられない。けど、力を行使できればこの際何でもいいか)
死神「で、代償は?」
男「りんご1個でどう?」
死神「…………」
男「ごめん、冗談」
123:
死神「その本……」
死神が目をつけたのは最初の忌もうとから入手した誰かの手記。
死神「それをもらう」
男「え、こんなものでいいの?」
死神「その本からは……とても強い思念を感じる」
男「…?よく分からないけど」
この本をご所望らしいので、影の中に放り投げる。
死神「ふふふ……契約成立だ」
先ほどとは違い、微妙に声に感情が込めらてるのは
少しはやる気を出してくれた、と言う事だろうか。
死神「それじゃ……始めようか」
死神「カウント66」
そう告げると死神は影のように姿を消した。
124:
男(準備は全て整った……あとは)
忌もうと「お兄ちゃん、みっけ」
男「来たか…」
忌もうと「鬼ごっこはもうおしまいなの?」クスッ
男「ああ…そうだね」スッ
忌もうと(杖?)
男「ここで……おしまいにするっ!」
杖を振りかざすと、杖に秘められた電撃の魔法が解放され
忌もうと目掛けて一直線に稲妻が走る。
忌もうと「きゃっ!」
男「さっきの水瓶で全身が濡れているんだ。そんな状態で電撃をまともに受ければ…」
忌もうと「ううぅ〜…体中びりびりする」
男「…っ」
男(ほとんどダメージが無い。せめて電撃の力で動きを封じられればと思ったが…)
忌もうと「えへへ、それじゃ今度はこっちの番だね!」
男「…!」
125:
忌もうと「バイバイ、お兄ちゃん」
目にも止まらぬさで血塗れの包丁が男の胸部を深々と抉った。
対象の動きが止まったのを見計らって凶器を引き抜く。
だが、これで終わるほど彼女は慈悲深くなかった。
今度は横一文字に切り払う。
ブシュッ
閃光のよう一撃が首を刎ね、
胴体を離れた頭が椿のようにポトリと地面に落ちた。
忌もうと「これで、終わり…なんだよね」
―――男は力をためはじめた
126:
忌もうと「…あれ?」
見れば包丁は新たな血で汚れておらず、
それどころか血一滴すら地面に零れていない。
忌もうと「案山子?」
案山子「」
そこには胴体に風穴を開けられ、
首から上の無い案山子が1人佇んでいた。
忌もうと「もぉ!お兄ちゃんったらまた変な事して…!」
カチッ
忌もうと「次見つけたら、タダじゃおかないんだから……カチッ?」
足元から聞こえるスイッチ音。
それを合図に設置された地雷が起動する。
ズオォォォォォオオオオン!
忌もうと「ひゃぁあああ!?」
ダンジョン全体を揺るがすほどの爆音が巻き起こり
忌もうとは炎と閃光に包まれた。
127:
忌もうと「けほっ……こほっ……」
所々が焼け焦げ、露出した肌から火傷の跡が垣間見える。
今度は多少なりともダメージが入ったようだ。
男(稲妻の杖と、同時に振った変化の杖で案山子の姿を自身に変え)
男(地雷を設置した場所まで誘き寄せる、3段構えの戦術)
男(それもこれも全ては…)
忌もうと「もぉ……さっきから、何するんだよぉ!」
男(忌もうとを倒すための……)
―――男は力をためている
忌もうと「許さないんだからぁ!」
忌もうと「お兄ちゃんなんて…」
男(あと少し……あと少しで…!)
忌もうと「大っ嫌い!」
―――お兄ちゃんなんて、大っ嫌い!
男「…!」ドクンッ
*フルチャージ!!*
128:
男「おぉぉぉぉおおおおお!!!」
忌もうとの凶刃が迫り来るその刹那、
背中に帯刀している粗野な大剣を引き抜き
忌もうと「えっ――」
渾身の一撃をもって忌もうとを両断した。
129:
忌もうと「はぁ……ぁう……!」
男(渾身の……あの一撃を耐えるとは…)
男(だが、致命傷を与えたのは間違いない)
男(あと一撃入れれば勝てる)
忌もうと「や……だ…!」
ザシュ
男「ぐあぁ!?」
130:
男(あの重傷のどこに……こんな力が…!?)
袈裟から腹部にかけてぱっくり開かれた傷口を物ともせず、
少女はひたすら包丁で突き刺す。
忌もうと「やだ…やだやだやだやだやだやだやだやだ!!」
ザシュ!ザシュ!ザシュ!ザシュ!ザシュ!ザシュ!
男「ぅ……ぁ……」
ザシュ!ザシュ!ザシュ!ザシュ!
ザシュ!ザシュ!ザシュ!ザシュ!ザシュ!ザシュ!
男「………」
滅多刺しにされる体から痛みがどんどん感じられなくなってきた。
むせ返るほどの血の匂いに吐き気を通り越して頭が狂いそうになる。
忌もうと「絶対に……連れてく……だもん…!」
忌もうと「ずっと……探して……おにいちゃ…」
131:
男「い、もうと…」
忌もうと「ぁ…」
力いっぱい忌もうとを抱き締める。
少女の体は思った以上に華奢で柔らかかった。
男「ご……めん…な」
忌もうと「おにぃ…ちゃん」
お互いの体から大量に流れる、血の海に溺れながら…
男「僕は……まだ死ぬわけには行かないんだッ!」
男は全ての魔力を解放した。
133:
死神「ふふふ…」
死神「カウント2」
男「……」
死神「ギリギリだったね」
134:
男「僕、は……」
死神「カウント0」
死神「これで契約終了だよ」
男「……ああ」
生と死を司る死神。
彼らとの契約により、その輪廻から外れた力を授かる事で
肉体を一時的に不死へと化する。
それによって、男は死から逃れる事ができたのだ。
死神「僕との契約がなければ」
死神「今頃、グロテスクのスプラッタ」
死神「ふふふ…」
男「…そうだ!忌もうとは?」
死神「……あそこ」
135:
死神が指差す方、その先に見えるのは
魔力の波動によって廃墟と化したダンジョン。
床も壁も先の戦いによる爪痕で、
今にも崩壊しそうなほどボロボロになっていた。
男「勝った、のか」
近づいて確認してみる。
やはり以前と同様、忌もうとの遺体は見つからなかった。
あるのは血塗れの包丁と――本。
男「…これは!?」
探し求めていた幻の絵本、その最後の一冊だった。
136:
死神「ねぇ……1つ気になる事があるんだけど…」
男「……」
死神「さっきの子は……一体なに?」
死神「せっかくだから、魂を刈ろうとしたけど……無理」
死神「魂がない」
死神「まるで…人形のような、魂を持たない傀儡」
しかし、男には死神の言葉は耳に入っていなかった。
なぜなら
男「………ぁ」
なぜなら―――
男「あああああああああああああああ!!!!」
男(僕は…)
男(僕は…!)
137:
1年前―――
138:
妹「お兄ちゃん」
男「…ん?」
妹「幻の絵本って知ってる?」
男「どうしんだ急に」
妹「いーいーかーらー!」
男「…いや、知らないけど」
妹「ふーん、そっかぁー…」ニヤニヤ
男「な、なんだよその笑みは」
妹「じゃーん!これっ!」
男「これは…絵本?」
妹「そだよ♪」
男「それがどうかしたのか?」
妹「この本、すっごく面白いんだよー!」
男「へ、へぇ……」
妹「もぉ〜お兄ちゃん興味ないでしょ」
男「そ、そんな事はない…よ?」
妹「むぅー…!」
139:
男「えっと……あれだ」
男「そんなに面白いなら、今度お店を覗いた時に探してみるよ」
妹「ううん、無理」
男「え」
妹「普通のお店には売ってないみたい」
男「あれ、そうなの?」
妹「ダンジョンの中にしか落ちてないんだってぇー…」
男「それは残念だったな」
妹「あーぁ……早く残りの本も読んでみたいなぁー…チラッ」
男「……」
妹「…チラッ」
男(はぁ……宿で一泊は諦めるか)
男「……行くぞ」
妹「ほんと?」
男「その代わり、今日は野宿になるからね」
妹「うんっ!」
妹「ぜ、全然出ない……」
男「そりゃそうさ。幻って付くくらいなんだから」
140:
妹「ねぇお兄ちゃん」
男「ん…?」
妹「これ…」
男「これは…手記?」
妹「うん」
男「今度はどこに僕を連れ出そうとしてるんだ?」
妹「あはっバレた?」
男「付き合い長いからね」
妹「ずーっと北のね、雪原!」
男「は?」
141:
妹「そこにね、この絵本の作者さんのお墓があるんだって!」
男「墓?」
妹「そう、お墓」
妹「1回行ってみたいなぁ〜」
男「それ本当?あんな場所、何もないだろ…」
妹「ちゃんとあるもん!」
男「ええー…」
妹「この本によるとね…」
男「ちょっと待った!言っとくけど、僕は行かないからな」
妹「!」
142:
男「妹があの絵本を愛読しているのは知っている」
男「本の作者に縁のある地を訪ねてみたいと言うのも……まぁ多少は理解はできる」
男「でも…だからって、そんな所までわざわざ墓なんか見に行けるか!」
妹「ぅぅ……どうしてもダメ…?」
男「どうしても」
妹「何でさ!」
男「寒い、何もない、遠い、危険、寒い」
男「理由としては十分だろ」
妹「お兄ちゃん、それでも冒険者なの!」
男「冒険者だからこそ、危険には人一倍気をつけなきゃいけないの」
男「ダメなものはダメ」
妹「…っもういい!」
妹「あたし1人でもいくから…」
妹「お兄ちゃんなんて、大っ嫌い!」
143:
夜。
男「おーい、妹」
男「…ん?」
男「机の上にあるの、妹がつけてる日記じゃないか」
男「前に見ようとしたらすごい怒られたっけ」
男「それ以来、アイツいつも持ち歩いてるんだよなぁ」
144:
男「…これがあるって事はまだ帰って来てないのか」
男「…」
男「まさか本当に1人で行った…?」
男「……」
男「……っ!」
145:
男「地図によると、位置は大体この辺りだから……」
男「王都から歩いた場合……北西に数日…」
男「くそっ!全然遠いじゃないか…!!」
男(あのバカ…!会ったら久々に説教だ)
男(……だから)
男(無事でいてくれ)
146:
銀色の雪原。
男「もうすぐ……着くはずなんだが……」
男(正確な位置まで測ってないからこれ以上は分からないな)
男「…っ、妹どこに行ったんだ」
男(道中、魔物の死体があったから同じ方へ向かってる……と思いたい)
男(風も強くなってきたし、早く見つけないと僕も遭難しかねないぞ)
男「妹―――!どこだっ―――!!」
………。
男の声は吹き荒れる雪原の風によって掻き消された。
147:
……ォォオオオオ
男「…!」
男(今、風に紛れて雄叫びのようなものが…)
男(気のせい…じゃない)
男「こっちか!」
148:
妹「お兄ちゃん!」
男「妹!」
雪原の上で繰り広げられる死闘。
複数の魔物に囲まれながら1人の少女は立ち回っていた。
武器こそしっかり握っているものの、疲労ゆえか足元がおぼつかない。
妹「お兄ちゃん、来ちゃダメ!」
男「そうは行くか」
男「すぐに助ける!」
男「―――吹けよ、灼熱の嵐」
素早く呪文を唱え、周囲の敵を業火で薙ぎ払う。
男「雪原の魔物は炎に弱い。これで…!」
異形の魔物「ググガアアアア」
男「くっ…!」
敵の反撃をすぐさま見切る。
思ったよりもダメージが入っていない。
男「こいつ等、普通の魔物じゃない…!?」
妹「違うの!お兄ちゃんこれは……」
男「…!?」ゾクッ
一瞬、体が震えた。
寒さではない、別の何かによって。
男(恐怖…?違う……この底知れぬ狂気は…)
謎の魔物「………」
149:
黒い甲冑を身に纏い、手には巨大な剣。
その騎士のような出で立ちは
他の異形の姿をした魔物達の中にあってひときわ目立っていた。
男(あの魔物から発せられるプレッシャー…)
男(アイツがリーダーか)
男は何となくこの状況を理解した。
この魔物が周囲の魔物を統率している事を。
妹を誘き寄せた首謀者である事を。
その身に混沌の力を宿している事を。
謎の魔物「…」
謎の魔物は剣を構えると
何の躊躇いもなく妹に斬りかかって来た。
男「!」
妹「!」
150:
一太刀。
二太刀。
謎の魔物から繰り出される斬撃を、しかし妹は着実に往なす。
小柄な体による見切りと、双剣を使った受け流し。
彼女もまた冒険者なのだ。
回避能力だけなら男を上回る。
…だが、それも長くは続かなかった。
疲労か、それとも敵から発せられる混沌の力に当てられたのか。
動きが段々と鈍くなり、
ついには攻撃を回避した拍子にバランスを崩してしまう。
妹「ひゃぅ!」
151:
妹「うぅー…いたた」
謎の魔物「…」
男「あぶな――!」
妹「ぁ…」
152:
あの瞬間だけ世界は緩慢だった。
妹に振り下ろされた刃は怠惰のようにゆっくりで。
男「―――」
周りの音が何も聞こえない。
耳に残るのは自分の鼓動の音だけ。
考える時間はなかった。
盾を構える暇も、杖を振る動作すら惜しい。
ひたすら地面を蹴って走る。
途中、他の魔物達の爪や牙が体を掠めたが、それもどうでも良かった。
男は妹の前へと立ち塞がり
妹「……え?」
視界が真っ赤に染まった。
153:
妹「お兄ちゃん!」
妹「しっかりして!お兄ちゃん!」
男「……ぅ」
しんしんと降り注ぐ雪。
呆然と見つめる先は雪が降ってくる、空の彼方。
男「…ごほっ、げほっ!」
咳き込むたびに胸の傷口が焼けるように痛み、
喉元から血がこみ上げてくる。
先ほどから震えが止まらないのは
寒さのせいなのか、それとも血が足りないからなのか。
154:
妹「ご、めん…なさい」
妹「ごめんなさい…」
妹「あたしの…せいでお兄ちゃんに……迷惑かけて」
男「……に……な」
妹「…え?」
男「…気に…するな」
男「これく……らい、どうって事……ぐ!?」
妹「お兄ちゃん!?待ってて!今…」
男(バカ!逃げろ!)
しかしその訴えは届かず。
謎の魔物「―――」
目の前で鈍い音がした。
155:
妹「…ぁ、ぅ」
男の前に倒れこむ妹。
咄嗟に腕を突き出して彼女の体を支えるが
もはや感覚のない腕では重みすら感じられない。
謎の魔物「……」
男「き……さ…」
謎の魔物「ナルホド」
謎の魔物「コレハ 利用 デキソウダ」
156:
謎の魔物は男の額に手を乗せると
何やら呪文を唱え始める。
謎の魔物「暫ク 眠ッテ モラウ」
謎の魔物「次ニ 目覚メタ 時 貴様 ハ 全テ ヲ 失ッテ イルノダ」
謎の魔物「自分ガ 誰カ モ 知ラズ」
謎の魔物「彷徨ウ ガ イイ」
謎の魔物「ククク」
男「や……め…ろ…」
視界がぼやけ、霞む世界。
記憶と共に意識がどんどん薄れていく。
男「ぐっ…あああああああ!!」
意識を失う直前、別の何かが入ってきた。
157:
頭に直接流し込まれたような鮮烈なイメージ。
目の前の出来事すら認識できなくなるほどの強い思念。
その訴えかけるようなイメージはある風景を映し出した。
男(……これは?)
遠いのか近いのすら分からない過去の記憶の中。
彼は墓標の前で声が枯れるまで泣き叫んでいた。
青年「……うっ……うぅ」
青年「何でだよ…」
青年「何で……何でお前が死なないといけないんだよ…!」
青年「あと1週間、いや3日早く……お前の才能が認められていれば」
青年「薬を買う金だって……はずなのに」
青年「ぅぁ……うう……」
青年「妹……妹ぉ…」
青年「………」
青年「…」
青年「……許さない」
青年「妹のいない世界も……俺達を認めなかったお前等も……」
青年「許さない…俺は絶対に許さない…!」
158:
男(これは……誰の記憶だ)
謎の魔物「……」
男「ま…さか……お…前……は」
暗転。
159:
その後の事は覚えてない。
次に目覚めた時は見慣れない天井だった。
男「……うっ」
姉「あら、気がついたのね」
男「…こ、ここは…?」
姉「起きちゃダメよ、今お医者様を呼んでくるから」
姉「……っとそうだった」
姉「その前に……あなたお名前は?」
男「僕、は……」
160:
現在―――
161:
〜北の王都〜
兵士A「冒険者だね」
兵士A「君に頼みたい事がある」
兵士A「…もう噂を耳にしたかもしれないが」
兵士A「人に化けた魔物が街の各地に出没してる」
兵士A「このままではこの街の平和も長くは続かないだろう」
兵士A「奴等の討伐を頼む」
162:
男(あれから暫くして、忌もうとはどんどんその数を増やし)
男(各地に出没するようになっていた)
男(今では街中にも平気で現れ、人々を襲う)
男(もはや街の兵士だけでは対処できず)
男(冒険者に討伐の依頼が来るほど、事態は深刻化した)
男「僕は再び行かなければならない」
男「かつて僕達の身に降りかかった災厄の始まりし場所…」
男「北の大地へ」
163:
〜北の大地〜
銀色の雪原が広がる大地。
眼前の雪原は地平線の彼方まで広がっており、
周囲には点々と枯れ木が寂しげに佇んでいる。
そんな銀世界に1つだけ、異様な物体があった。
かつて妹を探しに行った場所に。
謎の魔物に襲われたあの場所に。
男「ムーンゲート…」
164:
―――ムーンゲート
次元の門。
この世界とは異なる別世界を繋ぐためのワープ装置。
男「これがあると言う事は……行けって事か」
男「確かムーンゲートに行き先と座標情報が入力されているはずだから」
男「それを手がかりに目ぼしい場所を…っ!?」
男「うそ、だろ…」
男「このゲート……壊れている」
165:
男「ムーンゲートの修理なんてできない」
男「そもそもゲートに関する技術自体が既にこの世から失われてしまったのだから」
男「…念のため、周囲も探索してみたが」
男「他に目ぼしいものは何もなかった」
男「……どうしろと」
男(万事休す……いや、それとも僕の考えがそもそも間違っているのか…?)
男(何か……他に何か見落としている事は…)
ドクンッ
体の中から感じる力。
何かが訴えかけるようにじわりと溢れ出す。
男「…そうか」
男「コレがあったのか」
166:
男「ムーンゲートを使って行くんじゃない……”跳ぶ”んだ」
壊れたムーンゲートにそっと触れる。
男「頼む……連れて行ってくれ、僕を……!」
頭の中に思い描く。
行きたい場所。
会いたい人を。
体の奥底に秘められた力が
ムーンゲートと共鳴するかのように
世界はぐにゃりと歪み、
男は空間跳躍した。
168:
〜異世界 『恐ろしい消滅の住処』〜
男「ここは……」
空間跳躍した先の着地点。
そこは別世界だった。
空は薄紫色で覆われ、月も星もない。
荒れ果てた大地は草木一本なく、平坦な景観がどこまでも続く。
殺風景を体現したかのような、何もない世界。
169:
男「………」
自分が行きたい場所を頭に思い描いてみる。
何も起きない。
男「跳べない……”空間跳躍”の力がなくなった?」
男「……いや違う」
男「”空間跳躍”は元々僕にはない力だ」
男「力が行使できない今の状態が普通なんだ」
男「もしかして、最初から僕がこの世界に跳ぶための力だったのかもしれない」
男「……詮索は後だ、今やるべき事は他にある」
男は息を吸い込み、力の限り叫んだ。
男「妹―――!どこだっ―――!!」
………。
返事はない。
170:
男「まぁ、当然だよな」
男「これで返事が返ってきたら、そいつは躊躇なく斬り捨てるし」
異形の魔物「グガアアアア」
異形の魔物「シュウスウウオオオ」
異形の魔物「ギャイイイイイイ」
その代わり、と言わんばかりに
どこからともなく這い出た異形の魔物達が咆哮を上げる。
男の声を聞きつけたのか、その数は10を軽く超えていた。
男「……まぁ、当然だよな」
171:
男の周りにわらわらと集ってくる異形の魔物達。
彼らと相対して、ふといらぬ考えが頭を過る。
男(もしかしたら……こいつらも、僕以外には別の誰かに映って見えるのかな)
だが、目の前にいるのはまごう事なき異様な出で立ちをした魔物。
そして、こちらに対して明確な敵意を剥き出しにしているという事。
男(…考えるだけ無駄だな)
男(どの道、成すべき事は変わらないのだから)
男「来い、全員相手になってやる…!」
異形の魔物達が一斉に飛び掛ってきた。
172:
男「―――金切る時の声よ」
両腕を左右に広げ、魔法を唱える。
すると男の両手より発せられた轟音の波動が不可視の障壁のように立ち塞がり、
襲いくる敵をまとめて弾き飛ばした。
彼らにも聴覚が存在するのだろう。
異形の魔物達は強力な音の洗礼を受け、すぐには起き上がれずに朦朧とする。
男「…せいっ!」
攻撃はまだ終わらない。
男はその場を一歩も動かずに、力の限り剣を振るう。
剣先より闘気が衝撃波となって一直線に地面を走った。
異形の魔物「グガアアアア!?」
衝撃波は止まる事を知らずに異形の魔物を次々と切り裂き、
目の前の敵を一掃した。
男「さて、残りは…」
周囲を横目で確認しながら、臨戦態勢を取る。
173:
残りの敵は、こちらの隙を伺っているのか中々仕掛けてこない。
先ほどとは一転して、攻めあぐねているといった様子だ。
どうやら敵にも考える力があるらしい。
男(ならば、こちらから――)
仕掛けようとした時、
男「…!」ゾクッ
全身に纏わり付くような悪寒に動きが止まる。
気を抜いたら眩暈で倒れてしまいそうなほどの狂気。
近づいてくるのは――まさに混沌の権化とでも言うべき存在。
謎の魔物「ヨウコソ 我ガ 世界 ヘ」
174:
記憶を取り戻したあの日から、
ただの一度も忘れはしない。
男(僕と妹の運命を捻じ曲げた……全ての元凶…!)
敵は自分の中の記憶と同じく
黒い甲冑で身を包み、2メートルは優にあるであろう大剣を片手で持っていた。
そして、男なのか女なのか分からない声で無機質に人語を話す。
謎の魔物「我 ノ 贈リ物 ハ 気ニ入ッテ 貰エタ ダロウカ」
男「……」
返答する代わりに相手を睨みつける。
謎の魔物「ソノ 様子 ダト オ気ニ召サナカッタ ヨウダナ」
謎の魔物「ククク」
男「……答えろ」
男「忌もうと達を生み出し、世界にばら撒いているのは……やはりお前か」
謎の魔物「忌モウト ?」
謎の魔物「アノ 人形共 ノ 事 カ」
175:
謎の魔物「正確 ニハ 我 デハ ナイ」
男「何…?」
謎の魔物「貴様等 人間 ガ 倒シタ 人形 ハ」
謎の魔物「悪夢 ガ 具現化 シタ モノ ニ 過ギナイ ト 言ウ 事ダ」
男「悪夢を具現化したもの……それが忌もうとの正体」
謎の魔物「モットモ」
謎の魔物「我 ハ 夢 ナド 見タ事 ナイガ ナ」
男「なるほど…」
男「誰が見ている悪夢を具現化しているのか、なんて聞くだけ野暮って事か」
謎の魔物「理解 ガ 早イ ナ 人間 ヨ」
男(妹に悪夢を見せ、この魔物が悪夢を媒体に忌もうとを作り出す……)
男(変化の魔法があるにも関わらず、
 忌もうとの化ける対象が極端に偏っていたのはそういう事だったのか)
176:
謎の魔物「実 ニ 愉快 ダッタゾ」
謎の魔物「貴様等 人間 ガ 人形 ニ 抱イタ 幻想 ガ 崩レ去ル 瞬間 ノ」
謎の魔物「アノ 絶望 ! 恐怖 !」
謎の魔物「アレコソ 我ラ ガ 崇メル 混沌ノ神 ヘノ 最高 ノ 供物 ト ナルノダ」
男「……くだらない」
男「僕の妹はそんなもののために利用されていたのか」
177:
謎の魔物「ククク 貴様 ニハ コノ 崇高 ナ 理念 ガ 分カルマイ」
謎の魔物「人 ガ 崇メル 神々 ニ ヨッテ」
謎の魔物「貴様等 ノ 世界 ヨリ 追放 サレシ 我ラガ神 ヲ」
謎の魔物「再ビ 顕現サセル ト イウ事ガ」
男「ああ、分かりたくないね!」
剣の交わる音。
漆黒の剣と敵の大剣が激しく鍔迫り合う。
男「僕がお前に言いたいのはたった一言」
男「妹を返してもらう…!」
謎の魔物「我ラ ガ 混沌ノ神 ガ 顕現シタ 暁 ニハ スグニデモ 還シテヤロウ」
謎の魔物「虚無 ノ 彼方 ニナ !」
謎の魔物―――『悪夢の騎士(ナイト・メア)』が襲い掛かってきた。
178:
悪夢の騎士「コォ……」
男「…!」
男(魔法が来る)
地面を蹴って瞬時に距離をとる。
後方に下がった瞬間、ドス黒い波動が周囲に展開された。
異形の魔物「グギャアアアアア」
男「これは……”冥王の咆哮”か!」
常世の波動が周囲の者の生命力を奪い、自身の力へと転化する冥府の魔法。
冥王の咆哮に巻き込まれた異形の魔物達は生命力を吸い尽くされ、物言わぬ骸と化した。
男(……ここは距離を取って戦うしか)
悪夢の騎士「無駄 ダ」
男「!?」
突如、どこからともなく現れた白い手が男の腕を掴み、
そのまま異次元へと引きずり込む。

悪夢の騎士「我 カラ ハ 逃ゲラレナイ」
敵の目前に引っ張り出された。
男(こいつ……”引き寄せ”の力を持っているのか…!)
179:
悪夢の騎士「マズ ハ 一太刀」
悪夢の騎士の大剣が男目掛けて大きく薙ぎ払われる。
忌もうとほどの攻撃度はない。
しかし、その間合いの広さから回避が間に合わないと悟り、
盾を構えてこれをやり過ごす。
男「ぐっ!」
悪夢の騎士「クク 防イダ カ」
悪夢の騎士「ソウデナクテハ オモシロク ナイ」
悪夢の騎士「……コォ」
男(なっ!この距離から…!)
悪夢の騎士「――塵芥 ト 化セ」
男「ッ…――雷となって穿て」
至近距離から放たれたドス黒い波動―――”冥王の咆哮”が唸りを上げる。
対して男の周囲に渦巻く積乱雲―――”雷霆の渦”がそれに真っ向から対峙する。
双方の魔法は、
衝突した境界で火花を散らしながら激しくせめぎ合いを続け――相殺。
行き場を失った魔力がマナへと還り、やがて消失する。
180:
男「と、もう1つ!」
悪夢の騎士「!」
男が振りかぶった杖の先端から黒い光が迸り、格子状に絡み合う。
次第に暗黒の檻を形成したソレは、悪夢の騎士を覆い隠し――幽閉した。
悪夢の騎士「”月蝕” ノ 魔法 カ」
男「その通りだ…!そして……」
男(今こそ好機)
暗黒の檻が敵を封じ込めているのを横目に、再び距離を取る。
武器をしっかりと握り直し、神経を研ぎ澄ませ静かに力をため始めた。
男(この一撃で奴を倒す……)
181:
悪夢の騎士「チャージ ナド サセル モノ カ」
男「!?」
突如、悪夢の騎士の声が頭上から降り注ぐ。
男「ぐぅう…!」
腕にのしかかる強烈な衝撃。
自分が条件反射で盾を構え、敵の一撃を凌いだのだと瞬時に理解した。
182:
悪夢の騎士「貴様ノ 行動ハ 把握シテ イル」
悪夢の騎士「アノ人形共 ヲ ズット 監視シテイタ カラ ナ」
男「……幼気な少女をずっと監視していたとか悪趣味だな」
男「いっそダークストーカーに改名したらどうだ?」
悪夢の騎士「戯言 ヲ」
男(ま…ずい……少しでも力を抜けば持って行かれる)
ついこぼれた軽口とは裏腹に、内心は焦燥感で一杯だった。
こちらの風向きが悪い、と感じているからだ。
男(魔法は通用しない、チャージは読まれている)
男(何か決定打を…せめて弱点でもあれば……)
敵の攻撃に耐えながら、突破口を探す。
しかし、猶予はほとんどない。
ビキビキと悲鳴を上げる盾があとどれだけもつか。
183:
こちらの焦りなど露知らず
悪夢の騎士の言葉がさらに男を惑わす。
悪夢の騎士「我 ハ 少々 貴様 ヲ 侮ッテ イタ」
悪夢の騎士「変化 ノ マヤカシ ヲ 見抜キ」
悪夢の騎士「記憶 ノ 封印 ヲ 自力 デ 打チ破リ」
悪夢の騎士「遂ニハ コノ 世界 ニ マデ 来タ」
悪夢の騎士「ヤハリ アノ 時 コロシテ オク ベキダッタ」
男「…どう言う意味だ」
184:
悪夢の騎士「貴様 ノ 妹 ヲ 利用スル ニハ」
悪夢の騎士「貴様 ノ 生存 ガ ドウシテモ 必要不可欠 ダッタ」
悪夢の騎士「希望 ヲ 絶ッテ シマッテハ 絶望 ナド 生マレヌ カラ ナ」
男「それじゃ僕は…」
男「妹に絶望という悪夢を見せるために」
男「希望という幻想のためだけに」
男「ただ生かされていたのか?」
悪夢の騎士「ソウダ」
悪夢の騎士「ソシテ 貴様 ハ 我ラ ノ 希望 デモ アッタ」
悪夢の騎士「オカゲ デ 高品質 ナ 悪夢 ヲ 世界 ニ バラ撒ク 事 ガ デキタ ノダカラ」
男「貴様…!」
185:
悪夢の騎士「ダガ ソレモ コレマデ」
悪夢の騎士「人形 トノ 接触 デ コノヨウナ 事態 ヲ 招イタ 以上」
悪夢の騎士「貴様等 兄妹 ハ モウ 用済ミダ」
男「そして、今度は別の誰かに同じ事をさせるのか」
男「…良かったよ、お前が下衆野郎で」
男「なおさら刃を向ける事に躊躇いがなくなった」
男「忌もうと達と違ってな…!」
悪夢の騎士「利用 デキルモノ ハ 全テ 利用 スル」
悪夢の騎士「ソレハ 人 モ 魔物 モ 変ワラヌ」
悪夢の騎士「貴様 トテ 同ジ ダロウ」
男「……」
男「利用できるものは全て利用する……ね」
男「”自分の遺作”まで利用するような奴には言われたくないね」
186:
悪夢の騎士「コレハ 驚イタ」
悪夢の騎士「ソコマデ 気ヅイテ イタノカ」
男「……ずっと疑問だった」
男「何で、妹があの絵本にあんなに夢中になっていたのか…」
悪夢の騎士「ククク」
男「お前なんだな……何もかも」
187:
悪夢の騎士「アノ 本 ハ イワバ 撒餌」
悪夢の騎士「我ノ チカラ ガ 及ブ コノ地 ニ 誘キ寄セル 為ノ ナ」
男「一体なんのために」
悪夢の騎士「言ッタ ハズダ 我ラ ガ 崇メル」
男「混沌の神の光臨…?それも嘘だろ」
男「本当の目的は何だ、童話作家」
188:
悪夢の騎士「…」
悪夢の騎士「世界 ノ 破滅」
悪夢の騎士「ソレガ 願イ ダカラ」
悪夢の騎士「オニイチャン ノ 願イ ダカラ」
男「……」
―――この世界に、妹を救えなかった私に生きてる価値があるのかと
    ―――許さない…俺は絶対に許さない…!
 ―――だから、僕はお前の兄じゃない
男「……全く」
男「いつの時代も……本当に」
男「妹ってのは、兄想いのいい奴だよ」
男「それにひきかえ」
男「どうしようもない屑野郎だよ、兄貴ってのは…!」
189:
悪夢の騎士「貴様 モ ソノ 1人 ダロウ ニ」
男「ああ、だから僕が清算してやるよ」
男「お前の野望も、お前の兄貴の願いも、全部まとめて…!」
悪夢の騎士「ホザケ」
悪夢の騎士「貴様 ノ 出番 ハ モウ ナイ」
悪夢の騎士「何故ナラ」
男「…!」
悪夢の騎士「ココデ 終ワル ノ ダカラ !」
男「しまっ――」
190:
悪夢の騎士による力任せの豪快な一撃。
咄嗟に盾を構えた事をこの時ばかりは後悔した。
男「っ…ぁ!?」
先の攻撃で消耗した盾はいとも容易く砕かれ、
そのまま男を一刀のもとに切り伏せた。
191:
男「がっ…ごほっ…!」
悪夢の騎士「少 シ 浅カッタ カ」
悪夢の騎士「ダガ 致命傷 ニ 変ワリ アルマイ」
男「おぇ…!ごはっ…げほっ!げほっ!」
悪夢の騎士「次 デ オワリ ダ」
男「くっ、……れが、こんな所で……!」
男「まだ……」
終わってたまるか―――
.キラッ
192:
悪夢の騎士「ヌ」
男「あの石は」
男(確か北限で出会った女の子に貰った…)
先ほど斬られた際に懐から落ちたのだろう。
翠色の輝石は相変わらず淡い光を放っている。
悪夢の騎士「無様 ダナ」
悪夢の騎士「マルデ 今 ノ 貴様 ソノモノ ダ」
路傍に転がる石ころとでも言わんばかりに
輝石を踏み潰そうとした悪夢の騎士はしかし
悪夢の騎士「グ ガ ア ア 」
奇妙な叫び声を上げて仰け反った。
男「…これは…一体……?」
193:
―――なんでもりらくぜーしょん?効果があるとかで
―――この石を持ってるだけでも心がほわほわーってするの
―――旅のお守りだと思って大事に持っててね!
男「そうか……そういう事だったのか」
194:
狂気を緩和する不思議な石。
それは同時に混沌の力を跳ね除ける魔除けとも成りえるのだ。
男「今だけでいい……みんなの力を借りる」
拾い上げた翠色の輝石を両手で包み込み、祈りを捧げるように呟く。
男(奴を倒すために……全ての力を…武器を―――!)
男「―――アトリビウト」
輝石の力を身に纏った。
195:
男「……」
悪夢の騎士「グ グ」
悪夢の騎士「サキホド ハ 油断 シタガ」
悪夢の騎士「ソンナ 石コロ 1ツ デ 何ガ デキル」
男「―――朧突き」
男は一点に狙いを定め、悪夢の騎士を突き刺した。
196:
悪夢の騎士「馬鹿 ナ」
放れた必殺の一突きは、残念ながら悪夢の騎士には届かなかった。
相手が所持する大剣によって防がれたのだ。
しかし
悪夢の騎士「ドコ ニ ソンナ チカラ ヲ」
鈍い音を立てて大剣は真っ二つに砕け散った。
197:
男「…ちっ」
同じく男が使用した漆黒の剣も衝撃に耐え切れなかった。
破損した剣を投げ捨て、三度後退。
双生の銃を取り出し、2つの銃口を敵に向ける。
悪夢の騎士「サセル カ」
男「…!」
幽幻のような白い手が男の腕を掴み、
異次元の彼方へと引きずり込む。
その向こうには当然、奴が。
悪夢の騎士「言ッタ ハズ ダ」
悪夢の騎士「我 カラ ハ 逃ゲラレナイ」
男「いや……」
男「この瞬間を待っていた!」
悪夢の騎士「「 !? 」」」
肉薄した双銃より見舞われる零の間撃。
至近距離で放たれた強力な銃撃は敵の体を大きく揺さぶり、
胴体に風穴を開けた。
198:
悪夢の騎士「ガ ガ ガ」
甲冑から噴出する黒い”何か”
…おそらく混沌の力だろうモノが勢いよく溢れ出す。
胸に空いた風穴を必死に押さえるが、
手遅れだと言わんばかりに力の流出は止まらず、ついに悪夢の騎士は片膝をつく。
形勢は一気に逆転した。
悪夢の騎士「貴様 ハ 一体 ナンダ」
男「お互い……喋れるうちに……答えろ」
男「僕の妹はどこだ」
悪夢の騎士「ク」
悪夢の騎士「クククク」
男「…何がおかしい」
199:
悪夢の騎士「――狂気 ノ 狭間 ヘ」
男「何?」
悪夢の騎士「――永久 ニ」
男「一体何を言って…」
男(…この感じは!?)
悪夢の騎士「――滅セヨ」
悪夢の騎士「”混沌 ノ 渦”」
200:
悪夢の騎士より溢れ出た黒い何かは混沌の渦となって男を飲み込んだ。
あらゆる狂気が精神を貪り、
濃縮した瘴気が肉体を腐らせる。
混沌の渦の中で、肉体と精神がミキサーにかけられたかのようにドロドロになるのだ。
その凶悪な魔法は男という存在をこの世から一片残らず消し去った。
はずだった。
悪夢の騎士「 」
男「…逆手落とし」
201:
逆手で振り上げた武器――血塗れの包丁が悪夢の騎士を勢いよく突き刺し、
そのまま首を刎ねた。
致命傷を負った事で魔法の発動が失敗し、
空中を漂う混沌の力は今度こそ霧散した。
しかし、
悪夢の騎士「 」カタカタカタ
己が身を守る甲冑は砕かれ、魔法は阻止され、首を刎ねられても
なお悪夢の騎士は立ち塞がる。
物言わずユラユラと動くその姿はまさに亡霊とでも形容すべきか。
男「……終わりだ、今度こそ」
ギュイイイイイイイイン
唸る駆動音。
回転する銀色の刃。
神をも切り裂く刃――チェーンソーを高々と構え、
男「これでッ――!」
悪夢の騎士をバラバラに切り裂いた。
202:
男「…っ」
胸の傷ヘ治癒魔法を施す。
止血程度のあまりにお粗末な応急措置。
他にも全身の至る所が休ませろと悲鳴を上げるが
これ以上、歩を止めるつもりは一切ない。
男「妹……いま……今、助けるから」
うわ言のように呟き、フラフラとした足取りで奥へと進む。
203:
―――どれくらい歩いただろうか。
時間感覚はなかった。
いや、この世界そのものが停まっている気さえした。
時間の概念が存在しない世界。
ひたすら彷徨う。
周囲が全て同じ光景のため、真っ直ぐ進んでいるのかすら分からない。
それでも歩く。
根拠のない確信があったから。
今、自分を突き動かしている想いが全てだったから。
歩く。
歩く。
果てしなく続く大地を放浪し、ついに見つけた。
204:
最奥の遺跡。
それは神殿と呼ぶにはあまりに大きかった。
遺跡と呼んでも差し支えない規模の、古びた建造物。
正面には頂上へと続く階段が伸びていた。
男「これを…上るのか」
愕然とする。
何百段あるのかすら分からない石段の山。
おまけに傾斜がきつく、地上からでは頂上が見えない。
男「ああ…もう!分かったよ!上ればいいんだろ!」
誰ともなしに1人愚痴る。
どの道、怪しい場所はここしかないのだから。
男は修験者にでもなった気分で石段を上り始めた。
205:
おそらく遺跡は四角錘の形をしているのだろう。
上に行くごとに光なき空がその姿を現し始めた。
男「…!」
頂上が見え始めたところで、何かに気づき一気に石段を駆け上がる。
男「はぁ……はぁ…」
階段を上った先には祭壇があった。
おそらく儀式用なのだろう、
四方を柱で取り囲みながら祭壇が中央に配してある。
そして、壇上には1人の少女が寝かせられていた。
妹「………」
まるで生贄に捧げる供物のように。
206:
少女は眠っているのか死んでいるのかさえ分からないほど微動だにしない。
男「妹」
手を握ってみても体温を全く感じない。
男「妹…」
もう一度呼んでみる。
妹「………」
返事はない。
207:
男「……はは」
男「不思議なもんだよなぁ…」
男「つい先日まで、僕は妹の事も何もかも忘れていた」
男「おまけに妹に似た魔物と何度も戦った」
男「そんな奴が今、ここにいるんだ」
妹「………」
男「妹…僕、記憶を取り戻したんだ」
男「お前の事も、きちんと全部思い出したよ」
男「…いや、本当だってば」
妹「………」
208:
男「……前にさ」
男「一緒のベッドで寝た事があったよな」
男「お前…あの時、僕にキスしようとしただろ」
男「寝返りを打ったのは偶々じゃなくて、実は起きていたんだ」
男「僕の背中でウーウー悔しそうに唸ってたのも知ってるよ」
男「妹は今も昔も僕にベッタリだったなぁ…」
男「………」
妹「………」
男「今なら……どれだけ甘えてきたって構わないのに」
男「だから……早く起きろよっ…!」
男「いつまで…そんな死人みたいに冷たくなってるんだよ……!」
209:
男「……覚えてるか?」
男「初めての冒険で手に入れた指輪」
男「とっても綺麗だったから、何も考えずに妹へプレゼントしたら」
男「あとでそれが結婚指輪だって知って慌てたこと」
男「僕が返してもらおうとしたら、怒って飲み込もうとしてたっけ」
妹「……」
男「妹もバカ正直にさ、指輪を左手の薬指に付けていたから」
男「どこに行っても勘違いされたよ」
男「……主に僕が悪い意味で」
男「あの指輪……結局どこかでなくしちゃって」
男「妹すごく落ち込んでたのも覚えてるよ」
男「その時約束した代わりの指輪……まだ渡してないんだから」
男「約束……果たさせてくれよ」
妹「……」
210:
妹「…っ」
211:
男「!」
妹「ん……」
男「妹!」
妹「おにい……ちゃん…?」
男「…ああ、そうだよ」
妹「お兄ちゃん……そんなにぎゅってされたら苦しいよ」
男「バカ…!遅いぞ寝ボスケめ」
妹「えへへ…」
212:
妹「……お兄ちゃん」
男「なんだ」
妹「ずっとね……怖い夢見てたの」
男「…」
妹「いっぱい……ひぐ…人を……殺すような夢を……ずっと、えぐっ」
男「妹」
男「ちょっと悪い夢を見ていただけだよ」ナデナデ
妹「ふぁあ…//」
男「もう大丈夫だから……もう全部終わったから」
妹「んっ」ギュッ
男「さぁ、帰ろう」
男「僕たちの世界に」
213:
―――エピローグ
214:
〜辺境の村〜
姉「かわいいぃぃいい」ギュゥウウ
妹「ぐ…ぐるじい……よお」
男「ちょ、ちょっと姉さん!」
妹「お兄ちゃん助けて!」
姉「男、あんたこんな可愛い子どっから攫って来たのよ」
男「人聞きの悪いこと言うな!僕の妹だ!」
男(妹を連れて僕は姉さんのいる村へと帰ってきた)
男(妹を紹介するためと、僕の記憶が戻ったことを知らせるために)
男(最初はどうなるかと思ったが、2人とも無事打ち解けられたみたいで何よりだ)
妹「…」ジィー
姉「……?」
妹「…お兄ちゃんは渡さないんだから」プイッ
姉「まぁ、ふふふっ」
男(無事打ち解けられたみたい…?)
215:
〜女の子の家〜
女の子「おにーさんもお1ついかが?サービスするよ?」
男「なんだその怪しいキャッチは」
女の子「にひひ♪」
男「いや、そんないい笑顔されても…」
男(北限で出会った妹にそっくりの女の子)
男(今は例の石を使って何故か弁当を販売しているらしい)
男(相変わらすバイタリティに満ちた子だなぁ)
女の子「あたしが愛を込めて作ったお弁当を売ってあげるのだー☆」
男「だから、いらないって!」
男(結局、彼女の正体は謎のまま……)
216:
〜北の王都〜
兵士B「あー暇だ」
兵士A「突っ立てるだけで給料貰えるんだから楽な仕事だろ」
兵士B「あーこの前みたいな事おきねーかなー」
兵士A「お前は単に戦いたいだけだろ…」
兵士B「へへっ」
兵士B「……にしても」
兵士B「あの事件は結局何だったんだ?」
兵士A「さぁ、な…」
兵士A(身内に偽装した魔物が人々に襲い掛かる事件…)
兵士A(ある日を境にピタリと終息してしまった)
兵士A(上の連中も首を傾げていたな)
兵士A(一体あれは何だったのか…)
兵士B「そういや、冒険者から聞いた話なんだが…」
兵士B「最近、ダンジョンから不思議な書物が発見されたそうだぞ」
兵士A「不思議な書物?」
兵士B「なんでも…」
兵士B「女の子が空から降ってくるらしい」
兵士A「はぁ?」
217:
〜水の都〜
妹「お兄ちゃん!」
男「……」
妹「うぅー…無視しないでよぉ」
男「…ん?ああ、ごめんごめん」
妹「もぉー…」
妹「さっきから何見てるのー?」
男「この本さ」
妹「…小説?」
男「うん」
妹「うーん…聞いたことない作家さんだね!」
男「あはは、そうだな」
218:
男(僕が今読んでいるのは、無名の作家の小説)
男(あの童話作家の兄が書いたものだ)
男(……後で調べて分かった事だが)
男(例の絵本……あれは兄妹合作のものだった)
男(にも関わらず、後世にその名を残したのは妹だけ)
男(おそらく彼は……)
男(……いや、これ以上考えるのはよそう)
男(僕にできる事は、彼らのように後悔しない事)
男(それだけだ)
妹「ねぇねぇお兄ちゃん」
男「うん?」
妹「それより早く冒険に行こうよ〜」
男「ったくしょうがないなぁ…」
妹「えへへ♪」
男「それじゃ、今日も張り切って行こうか!」
妹「おぉー!」
219:
2人の兄妹は旅に出る。
取り戻した日常。
その過程は決して楽なものではなかった。
別離。
記憶喪失。
少女に偽装した魔物の襲撃事件。
首謀者の討伐。
しかし、すぐに人々の記憶から忘れ去られるだろう。
そんな些細な事、この世界では日常茶飯事なのだから。
イルヴァは今日も平和だった―――
220:
〜おまけの蛇足〜
「ふふふ…」
「何とか上手くいったよ」
「…え?」
「あの程度、放置しても構わなかったって?」
「芽は早いうちに、ね…」
「僕としてもこれ以上、この世界に厄介事は増やしたくないからね」
「あの時みたいに、後手に回りすぎて大陸ごと封印するしかなかった」
「なんて事態、僕らの沽券に関わるからね」
221:
「そもそも…」
「全ての元凶はこの本さ」
「…ああ、君達には伝えてなかったね」
「彼から貰ったんだ」
「何の変哲もない本」
「これが全ての始まりさ」
「…これかい?」
「歪んだ兄妹愛の成れの果て」
「最も……歪んでいるのは兄の方で、彼女もまた被害者なのかもしれないけど」
「……そうだよ、察しがいいね」
「この世に縛られた彼女の魂が長い年月の間、エーテルの風に当てられ」
「異形の者となった」
「魂の変異体、とでも言おうか」
222:
「やがて実体化するための器を得た彼女は暴走を始める」
「その結果は……君達も知っての通り」
「彼女の魂はバラバラに砕いて、本の中に封じ込めたから」
「再び暴走する心配はないよ」
(まぁ、魂の一部は未だこの世界を彷徨っているみたいだけど…)
(ここで語るまでもないか)
「そうそう、器となっていた鎧は処分に困ったので加工させてもらったよ」
「ちょうどペーパーナイフが欲しかったからね……ふふふ」
「…おっと」
「柄にもなく喋りすぎたね」
「僕から君達への報告は以上さ」
「それじゃ…」
死神?「また会おう」

223:
以上です。
本作は
Noa氏が開発されていたローグライクゲーム「Elona」と
Ano犬氏開発のelonaヴァリアント「ElonaPlus」の
二次創作SSです。
某妹イベントと某絵本イベントを元に
オリジナルのストーリーを書かせていただきました。
原作ではこんなイベントありません。あしからず。
また、ゲームを知らない人のために固有名称は極力避けてます。
魔法効果や技能も若干、変更・捏造してます。ごめんなさい。
最後に
こんな稚拙な文章にお付き合い頂きありがとうございました。
224:
最後まで乙でした
それにしても、混沌の寵児さん何やってんすか
22

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