お嬢様「お手洗いで食べるご飯がこんなに美味しかったなんて!」back

お嬢様「お手洗いで食べるご飯がこんなに美味しかったなんて!」


続き・詳細・画像をみる

1:
お嬢様「それとも、あなたと一緒だからかしら?」
男(出てってくれないかなぁ・・・)
なぜ若者はトイレで「ひとりランチ」をするのか
お嬢様が、いけないことをたくらんでいます!
※携帯用にBGMへのリンクを追加(2012/08/20/13:10)
元スレ
SS深夜VIP
お嬢様「お手洗いで食べるご飯がこんなに美味しかったなんて!」
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/14562/1342666536/
http://rank.i2i.jp/"> src="http://rc7.i2i.jp/bin/img/i2i_pr2.gif" alt="アクセスランキング" border="0" />
http://rank.i2i.jp/" target="_blank">アクセスランキング

 
2:
お嬢様「どうかした?」
男「ここ、個室なんだけど・・・」
お嬢様「そうね」
男「しかも、男子トイレの」
お嬢様「知ってるわ」
男「・・・あの、出てってくれない?」
お嬢様「イヤよ」
3:
男「・・・・・・」
お嬢様「・・・・・・だいたい」
お嬢様「鍵を掛けない、あなたがいけないのではなくて?」
男「掛けようとしたら、キミが駆け込んできたんだけど」
お嬢様「そうだったかしら?」
男「それにここ、ご飯食べるところじゃないから」
4:
お嬢様「あら、あなただって、お弁当広げているじゃない」
男「・・・僕は、いいんだよ」
お嬢様「そんなの納得いかないわ」
お嬢様「なんであなたは良くって、わたしはダメなの?」
お嬢様「あなたがよそへ行かない限り、わたしもここにいますから」
男「・・・じゃー、わかったよ。いいよもう」
男「隣の個室が空いてるから。そっちで食べていいから、ね」
5:
お嬢様「ここで食べるわ」
男「狭いじゃないか」
お嬢様「気にしないわ」
男「僕が気にするんだよ」
お嬢様「器量の小さい男ね」
男「・・・」
6:
お嬢様「時間、なくなってしまうわよ?」
男「・・・いただきます」パカ
お嬢様「・・・」ジー
男「なに?」
お嬢様「その・・・玉子焼き、美味しそうね」
男「べつに。ふつうだよ」
お嬢様「少しわたしに・・・、あ」
7:
お嬢様「こ、交換っことか・・・しない?///」
男「え?」
お嬢様「いいでしょ、ね、ねっ?」
男「キミのその・・・、えぇと」
お嬢様「クラブ・サンドウィッチよ」
男「それ、サンドイッチなんだ」
8:
お嬢様「食べたこと無い?」
男「サンドイッチはあるけど・・・」
男「それ、中身なに?」
お嬢様「ハムと卵とお肉と、トマト」
お嬢様「あと、トリュフよ」
男「トリュフ?」
お嬢様「ただのキノコよ」
男「サンドイッチにキノコ?」
9:
お嬢様「はい、どうぞ」
男「・・・・・・」
お嬢様「それじゃあ、わたしはこれいただくわね」
お嬢様「・・・!わぁ、おいしいっ」
男「・・・」モグモグ
お嬢様「玉子焼きって、こんなに甘くてとろ〜ってしてたのね」
男「うん」
10:
お嬢様「・・・そっちは、あまり口に合わなかったかしら?」
男「そんなことないよ」
男「ただ、いつも食べてるサンドイッチと全然違ったから」
お嬢様「そう・・・次は、もっとあなたの口に合うものを作らせるわね」
男「うん。・・・ん?」
11:
お嬢様「ごちそうさま」
男「あれ、もう? まだサンドイッチ残ってるよ」
お嬢様「あなたの玉子焼きで、おなかいっぱいになっちゃったのよ」
男「! ぜんぶ食べてるし・・・」
お嬢様「よかったらこれ、食べてくれないかしら?」
お嬢様「もし食べ切れなかったら、棄ててしまって構わないから」
12:
お嬢様「それじゃ、またね」バタン
男「・・・」パク
男「・・・・・・」モグモグ
男「うん」
男「サンドイッチにキノコ、意外にイケるね」
13:
トイレフードって青春だな
16:
>>13
おしゃれっぽく言っても結局は便所飯だからな
21:

女子生徒A「昨日のドラマみたー?」
女子生徒B「見た見た、キモタク超ヤバかったよねー!」
・・・
男子生徒A「帰りゲーセン寄ってかね?」
男子生徒B「いいねー。今日は隣街の、1ラインシャッフルのとこ行こうぜ」
22:
・・・
女生徒C「え〜、それってほんとー?」
女生徒D「マジマジ、あたし卒業した先輩から聞いたんだから」
・・・
男子生徒C「Pubで一緒になったクソ外人のせいで、俺のHCウィズ子ちゃん(Lv58)がお亡くなりに」
男子生徒D「だから、ワンパンマンなんかと組むのは止めとけって言ったろ」
・・・
23:
お嬢様「・・・」
男(見事に孤立してるなぁ・・・)
男(そうだ。たしかあの子、一週間前に転入して来た、お嬢様さんだ)
男(自己紹介で盛大にやっちゃってからこっち、そのままズルズルきちゃったんだな)
男(この特別教室での授業にしたって、お嬢様さんの周りだけ人が座ってないし)
男「・・・それは、僕も一緒か」ボソ
24:
お嬢様「・・・」ガタッ
男「ん?」
お嬢様「・・・」スタスタ
男「あれ?」
お嬢様「・・・」トスッ
男「え・・・」
25:
お嬢様「ここ、座ってもいいかしら?」
男「もう、座ってるじゃない」
お嬢様「空いてるんだから、いいわよね」
男「自分で訊いて、自分で答えちゃったよ」
生徒たち「・・・・・・」ジーー
お嬢様「・・・」
男「・・・」
26:
ガラッ
教師「全員、席に着けー」
お嬢様「・・・・・・テキスト」
男「え?」
お嬢様「忘れてしまったのよ。・・・見せてくれないかしら?」
男「いや、さっきの席に置――」
お嬢様「見せてくれるわよね?」
27:
教師「よし、授業はじめるぞー」
お嬢様「・・・」
男「・・・いいよ」スッ
お嬢様「少し、見にくいわ」
男「ちゃんと真ん中に置いてるよ」
お嬢様「もっと、こっちに寄ってくれない?」
男「え?」
お嬢様「いいわ。わたしがそっちへ行くから」
28:
男「な・・・」
男(腕が触れそうなくらいくっついてきた・・・)
お嬢様「こ、これでいいわ///」
お嬢様「・・・い、いいわよね?」
男「・・・うん」
生徒たち「・・・・・・」ポカーン
教師「こら、お前らよそ見してるんじゃない!」
男(はやく終わらないかなぁ・・・)
30:

友「男、いまから帰りか?」
男「友・・・うん、まぁ」
友「なら、俺も帰ろうかな」
男「でも・・・」
友「坂を下るまでは一緒だろ?」
男「うん」
31:
後輩「友せんぱぁ〜い!」
友「ん?」
後輩「あのぅ、いまから友達とみんなでカラオケ行くんですけどぉ〜、よかったら・・・」
友「ワリ。今日は、こいつと一緒に帰るから」
後輩「えぇ〜・・・」チラ
男「あ、おれはべつに・・・」
32:
友「また今度誘ってくれよ、な?」
後輩「友先輩、いっつもそう言って、一緒してくれないんだもん〜」ムスー
友「今度は都合のいい日に、こっちからメールするから」
後輩「絶対、約束ですよぉ〜?」
友「ああ」
男「・・・」
33:
友「んじゃ、行くか!」ニッ
男「・・・僕に気を使うことないのに」
友「ハハ、そんなんじゃないって」
友「俺が、お前と一緒に帰りたかっただけだよ」
男「・・・うん」
男「ねえ、友」
友「ん?」
34:
男「県大会、残念だったね」
友「またその話かー? ははっ、お前こそ、俺に気を使いすぎだって」
男「ごめん」
友「確かに惜しかったんだけどな。・・・甲子園かー」
友「でも、後悔はしてないぜ。未練も。野球は、そりゃあ好きだけどさ」
友「俺には、もっと大事な、夢があるからな」
35:
男「それって」
友「男は知ってるだろ?」ニコッ
男「プロレーサー、でしょ。でも、とんでもなくお金がかかるって」
友「ん、まぁな。お金だけじゃない、コネも必要だし、何より才能だ」
男「才能なら、きっとあるよ。僕が保証する」
友「そりゃ、心強いな」ハハ
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4063766853/minnanohima07-22/ref=nosim/
36:
男「幼馴染の僕は、小さい頃から見てきたから」
男「たくさんのカートレーシングの大会で、表彰される友を」
男「それだけじゃないよ」
男「どんなスポーツも、勉強でも、いつだって友は、人よりも結果を出してきたもの」
男「だから、きっと大丈夫だよ」
友「おだてすぎだって。・・・結局、全日本カートで特別ライセンスは取れなかったんだ」
男「・・・」
37:
友「でもな、腐ったりしないぜ?」
友「どんなに狭き門でも、一部の特権者が幅を利かせる世界だって」
友「ここを走るんだって、自分で決めた、俺の道なんだ」
男「自分の道、か」
男「羨ましいな。僕には・・・」
友「男だって、なんだってできるさ」
38:
男「僕は、友みたく器用にはできないし、そんな風には思えないよ」
友「そんなことないさ、腕も足も二本ずつ、目と口もちゃんと付いてる」
友「しっかり見れて、はっきり喋れて、元気に走れる。俺も男も変わらない、同じ人間だ。違いなんか無いさ」
男「・・・」
友「そうだ」
友「運転免許な、今週末にセンターへ試験を受けに行って、取りに行く予定なんだ」
男「うん」
39:
友「取れたら、どこかドライブでも行かないか?」
男「僕と二人で?」
友「華が無いかな? なら、妹か姉貴を連れてこう」
男「いや、そうじゃなくて・・・」
友「たまにはパーっと外でさ、遊ぶのもいいだろ? なっ?」
男「・・・僕は、いいよ」
男「代わりに、さっきのほら・・・あの女の子誘ったら?」
友「お前の代わりなんか、どこにもいねーよ」
40:
男「・・・」
友「・・・」
友「なぁ男、まだ・・・一人でメシ食ってるのか?」
男「・・・」
友「時間が解決してくれる、なんて思ってたけどさ」
友「もう、そろそろさ、いいんじゃないか」
友「そうだ。明日は、俺と一緒に食べないか?」
41:
男「でも・・・」
友「いや、もちろん、いきなりはハードル高いから、他のやつはナシで」
友「俺とお前二人でよ、屋上にでも出てさ・・」
男「友」
男「ありがとう。・・・でも、ごめん」
友「・・・」
男「やっぱり、まだ・・・」
42:
友「・・・そか。無理強いは、よくないよな」
友「っ、なら、せめてさ! 今日の晩御飯、ウチでどうだ!?」
友「いやほら、妹も姉貴も男に会いたがってるし、母さんも・・・!」
男「友」
友「おうっ!?」
男「着いたよ」
43:
友「あ、もう・・・坂の下か」
男「僕、こっちだから」
友「・・・ああ」
男「今日は・・・無理だけど、いつか行くから」
友「いつかっていつだよ・・・」ボソ
男「妹ちゃんや、おばさんに、よろしくね」
友「・・・ああ。伝えとく」
44:
男「・・・」
男「そうだ、友」
友「なんだ?」
男「あのさ、トリュフって食べたこと、ある?」
友「チョコレートの?」
男「じゃなくて、キノコの方」
45:
友「ないけど・・・、なんでまた?」
男「今日初めて食べたんだけど、けっこう美味しかったんだ」
友「へ、へぇ、そうなんだ?」
男「うん。白くて・・・クラブサンド、だっけな? それに挟まってて・・・」
友「・・・」
男「あ、それだけなんだけど・・・」
友「そっ、そうか」
46:
男「うん。それじゃ・・・」
友「ああ」
友「・・・」
友「男が自分の事を、自分から話すの、久しぶりだな・・・」
友「ていうか、クラブサンドに白トリュフ?」
友「・・・」
友「プラチナ・クラブ・サンドウィッチ?」
友「・・・はは、まさかな」
47:

お嬢様「やっぱり、あなたの玉子焼きは美味しいわね」
男「・・・そう」
お嬢様「家では、わたしが言って作らせても、こうはならないのよ」
お嬢様「なにが違うのかしら?」
男「・・・さあ」
48:
お嬢様「なにか、特別な調味料でも入れているの?」
男「砂糖と塩と醤油しか入れてないと思うけど」
お嬢様「そんなはずないわ。・・・でも、じゃあ、作り方に秘密があるのかしら?」
男「ていうかね・・・」
お嬢様「? どうかした?」
男「今日でもう、二週間だよ」
49:
男「キミがこうして僕の所に・・・二週間、ずっとだよ」
お嬢様「あら、もうそんなになるの?」
男「あのさ・・・いい加減、なんとかならないかな?」
お嬢様「そうは言っても、あなた全然ここから動かないんだもの」
男「僕はずっと、ここで食べてきたんだよ」
お嬢様「わたしも、ずっとここで食べることにしたのよ」
50:
男「・・・」
お嬢様「・・・そ、そんなにイヤなら、鍵を掛けてしまえばいいでしょう・・・!」
男「鍵は・・・」
男「最初はああ言ったけど、掛けたことなんてないよ」
お嬢様「どうして?」
男「・・・」
お嬢様「・・・」
51:
男「・・・・・・」
男「怖いじゃないか」
お嬢様「え?」
男「・・・」
お嬢様「怖いって、なにが?」
男「・・・」
お嬢様「ねえ」
52:
男「言っても、きっと分からないよ」
男「キミみたいな、世間知らずのお嬢様には」
お嬢様「!わたっ、・・・!」
お嬢様「そう・・・、わかったわ。・・・そうよね」ガチャ
男「あ・・・」
53:
お嬢様「立ち入ったことを聞いてしまって、ごめんなさい」
お嬢様「悪気はなかったのよ・・・・・・、許して頂戴」
男「・・・」
男「・・・もう、来ないかな」
男「ううん、これでいいんだ」
男「・・・これで、いいんだよ」
57:
個室で二人ってどういう体勢で食ってんだ?
便器の蓋閉めて、前半分と後ろ半分に座って〜とか想像したけど
あまりにもシュールすぎるw
58:

友「なるほどね、そんなことがあったのか」
男「うん・・・」
友「そうか。だから、そんなに落ち込んでるんだな?」
男「え?」
友「男が、だよ」
59:
友「その子のこと、気にしてるんだろう?」
男「べつに僕は・・・」
友「・・・実はさ、ここ最近、聞こうか聞くまいか迷ってたんだ」
男「なにを・・・?」
友「男、自分のことをよく話すようになったろ?」
友「どんなものを食べたとか、今日はこんなことがあったとか」
友「自分じゃ、気付いてなかった?」
60:
男「・・・」
友「不思議に思ってたんだけどさ、良い傾向だからって、ずっと訊き損ねてたんだ」
友「でも、今の話を聞いて合点がいったよ」
友「お嬢様ちゃんか・・・」
友「変わった子だと思えるけど・・・、男が普通に話せる女の子なんて、珍しいんじゃないか?」
男「図々しいだけだよ」
友「はは。男が、そんな風に他人の事を言うなんてさ」
61:
男「友、からかってるでしょ?」
友「まさか。・・・まあ、ちょっと無遠慮だったよな」
男「そうだよ、だから僕は」
友「言いすぎたって、思ってるんだろ?」
男「っ・・・」
友「・・・謝らないのか?」
男「・・・」
62:
友「・・・男がどうしてもイヤに思ってるならさ、俺から改めて言ってやるぞ?」
男「え?」
友「男はあなたのことを、とても不快に思ってるので、金輪際近づか――」
男「そんな、だめだよ! ・・・あっ」
友「・・・なーんてな」
男「う・・・」
63:
友「謝るんだろ?」ニコッ
男「ぼ、僕は・・・」
男子生徒A「おい! 正門のとこ見てみろよ、黒塗りのすンゲー車が停まってるぞ!」
男子生徒B「すっげぇ、マジだ! しかも、あれメイドか!?」
女子生徒A「あたし、本物のメイド初めて見た・・・」
男子生徒A「ていうか、メイドの左右で仁王立ちしてるの、SPとか黒服ってヤツか・・・?」
女子生徒B「ねえ、あそこで大声で揉めてるのって、お嬢様さんだよね?」
女子生徒A「ホントだ・・・。やっぱり、あの子って普通じゃないんだ・・・」
64:
男「・・・あの子がいる」ポカーン
友「へえ、どれどれ? ・・・って、すごい可愛いじゃないか!」
友「あの子が本当に、お前と一緒に二週間も、トイレでランチを?」
男「うん」コク
友「人は見かけによらないな・・・」
男「・・・」
65:
友「で?」
男「え?」
友「行くんだろ?」
男「ええっ!? ・・・ど、どうしよう、友?」
友「俺は、彼女とは何の関係も無いよ。・・・男が決めるんだ」
66:
男「・・・・・・。い、行くよ」
友「よし! なら、行こうっ」ポンッ
男「子供の頃はさ・・・いつも、友が前で、僕はその後ろを付いてってたよね」
友「はは、そうだな。たまには、逆もいいだろ?」
男「・・・そうかも」
友「男、後ろにいるからな」
男「うん・・・!」
71:

メイド「お嬢様、何度も言わせないで下さい。これは、大旦那様の言いつけなのですよ?」
お嬢様「そっちこそ、何度も言わせないで! 嫌だって、言ってるでしょう!?」
メイド「・・・あまり子供のような我侭を申されて、困らせないで下さいませ」
メイド「今日、この日のことは、以前からお聞きなさっているはずではありませんか」
お嬢様「そんなの・・・っ! わたしは、承諾した覚えはないもの!」
お嬢様「ぜったい、絶対にイヤよ!」
72:
メイド「お嬢様・・・・・・」
メイド「わかりました、仕方ありませんね」
お嬢様「・・・」ホッ
メイド「あなたたち、お嬢様をお車へお連れして」
お嬢様「! うそ、やめてよっ!」
黒服A「失礼します、お嬢様」
お嬢様「やっ・・・――!」
73:
男「あのっ!」
お嬢様・黒服A「!」
メイド「・・・なにか?」
お嬢様「っ、離しなさい、よ!」バッ
お嬢様「・・・!」トタタッ
男(僕の後ろに隠れた・・・)
黒服A「!」ギロリ
74:
メイド「申し訳ありませんが、いま立て込んでおりますので」
男「その、嫌がってますよ・・・彼女」
メイド「・・・失礼ですが、どこのどなた様でしょうか?」
男「あの、おれは、」
お嬢様「お付き合いしている方よ!」
男「・・・え?」
75:
メイド「・・・・・・お嬢様、今、なんと仰いましたか?」
お嬢様「この方と、こっ・・・、交際していると言ったのよ!」
メイド「それは、友人としてではなく・・・男女の関係、という意味でしょうか?」
お嬢様「そうよ!」
メイド「・・・・・・本当でしょうか?」
お嬢様「ほ、本当よ!」
76:
メイド「お嬢様ではなく、そちらの方に訊いております」
お嬢様「あっ・・・」
メイド「どうなんですか?」
男「お、おれは、その・・・」
お嬢様「っ・・・」ギュッ
男(あの子の、小さく震えた手が僕の腕を・・・)
男「・・・・・・」
77:
男「本当、です」
お嬢様「!」
メイド「・・・そうですか。お嬢様、今のご自分のお立場は、分かっておられますよね?」
メイド「まさかとは思いますが・・・、これは大問題ですよ」
メイド「大旦那様が知ったら、きっとただでは済まないでしょう」
お嬢様「立場・・・問題・・・? なら、いいわよ」ギュ
78:
お嬢様「わたし、家には戻らない」
メイド「なにを仰って・・・冗談はおやめください」
お嬢様「冗談なんかじゃないわ」
メイド「それでは、戻らなければ、どこに行かれるのですか?」
メイド「今のお嬢様は、現金どころか、身分を証明するもの一つだってお持ちではないでしょう?」
メイド「これは冗談ではなく・・・お嬢様一人では、どこへも行けませんよ」
お嬢様「わたしにとっては、このまま家に帰ることも、結局おなじことなのよ!」
79:
お嬢様「だから・・・! お願いだから、放っておいて!」タッ!
男「わっ!?」グイッ
メイド「! お待ちください、お嬢様!」
お嬢様「追ってこないで!」
メイド「そうはいきません! あなたたち、すぐに連れ戻して!」
黒服A・B「はい」
友「おっと、ストップ」
80:
友「忘れてるかもしれませんけど、ここ、学校の敷地内ですよ?」
メイド「なんなんですか、あなたは!」
友「あなた達が、どれくらいの無茶ができるかは分かりませんけど」
友「もうすぐ教師たちがやってきます。そうしたら・・・」
友「少なくとも、状況説明をする必要は、あるんじゃないですかね?」
メイド「! お、お嬢様っ・・・、もう、あんな遠くへ!?」
81:
メイド「あなたたち、なにをしているんです! 押し退けて行きなさいッ!」
黒服A・B「はッ!」ダッ
友「だから、通行止めだって」スッ
ズシャッ!!
黒服A「足を引っ掛けやがった!?」
黒服B「この、ガキ・・・ッ!」
82:
友「後ろを、任せてもらったんでね」
メイド「お嬢様、ああっ・・・!」
黒服B「そこをどけッ!」
友「・・・教師たちが来るまで、あと2、3分てところか」
友「男、時間稼ぎをしてやるからな」
83:
友がかっこよすぎて漏れた
87:

男(僕の手を牽いて駆け出した、お嬢様さんは・・・)
男(しばらくすると立ち止まって、息をつくと、こんどは早足で歩きはじめた)
男(・・・その間、彼女は一度も振り返らずに、前だけを見ていた)
男(そうして今も、僕の前を歩いている。 ・・・繋いだ手は、そのままに)
お嬢様「・・・」トタトタ
男「・・・」スタスタ
88:
男「・・・あの」
お嬢様「っ!」ビクッ
お嬢様「な、なによ・・・?」
男「いや、どこまで行くのかなって」
お嬢様「そんなの知らないわよ」
お嬢様「こんなところ、歩いたことなんてないんだから・・・」
89:
男「・・・そう」
お嬢様「ええ・・・」
お嬢様「・・・」トタトタ
男「・・・」スタスタ
男「・・・あの」
お嬢様「今度はなによ!」
90:
男「その、手・・・いつまで繋いでるのかなって」
お嬢様「て・・・っ!?///」
お嬢様「ちがうのよ!」バッ
男「なにが?」
お嬢様「これは、そういう・・・あの。 とにかく、違うからねっ?///」
男「あ・・・うん」
お嬢様「わかればいいのよ・・・!」コホン
91:
男「あのさ」
お嬢様「なにかしら?」
男「さっきのことなんだけどね」
お嬢様「・・・・・・べつに、なんでもないわよ」
男「僕は、なにも訊かないよ」
男「何か、込み入った事情があるんでしょ?」
92:
お嬢様「事情なんて・・・!」
男「いいんだ。ただ、その・・・これから、どうするの?」
お嬢様「どうするって?」
男「家には戻らないって言ってたよね?」
お嬢様「ええ、そうよ。 べつにいいでしょう?」
男「行くところ、あるの?」
お嬢様「・・・・・・」
93:
男「あのさ」
お嬢様「イヤよ。家には戻らないわ、戻りたくない」
男「そうじゃなくって、その・・・」
男「・・・僕の家、くる?」
お嬢様「え?」
男「さっきの様子だと、もう一度話し合うにしても、日を跨いだ方が良さそうだし」
男「今日一日くらいなら、僕は構わないよ」
94:
お嬢様「・・・いいの?」
男「うん」
お嬢様「でも、わたしはあなたに・・・」
男「ごめんね」
お嬢様「えっ・・・?」
男「キミに、悪気があったわけじゃないのは分かってたのに・・・」
男「あんな、突き放すような言い方しちゃって」
95:
お嬢様「・・・」
男「ひどいこと言って、ごめん。 ・・・許してくれる?」
お嬢様「・・・」フルフル
男「だめってこと?」
お嬢様「・・・」フルフル!
男(どっちなのかなぁ・・・)
96:
お嬢様「それじゃあ・・・」クルッ
お嬢様「二人とも、配慮に欠けてたってことじゃない。 お互いさまでしょ・・・」
お嬢様「許すも許さないも、ないわよ・・・っ」
男「・・・ありがとう」
お嬢様「・・・っ、・・・」グスッ
97:
男「・・・」
お嬢様「・・・ぅ、・・・っ?」ゴソゴソ
男「ハンカチ、使う?」スッ
お嬢様「っ」
男「持ち物、全部置いてきちゃったもんね」
98:
お嬢様「ちがうのよ・・・っ、あなたが変なことを言うから・・・!」
男「うん」
お嬢様「わたしは・・・、泣いてなんかっ、ないんだから・・・」
男「うん」
お嬢様「ぅ・・・く・・・」
男「ごめんね」
99:
お嬢様「・・・」ゴシゴシ
男「・・・で、どうしようか?」
お嬢様「・・・・・・行く」
お嬢様「今日だけ、・・・お世話になるわ」
男「わかった」
100:
男「ところで、僕の家なんだけど・・・」
男「ここからだと、ほとんど反対側になっちゃうんだよね」
お嬢様「それじゃあ、なんでこんなところを歩いているのよ」
男「キミが引っ張ってきたからでしょ」
お嬢様「わたしのせいだって言うの?」
男(そうなんだけどなぁ・・・)
101:
男「・・・とにかく、日が暮れる前に帰りたいから。 こっちだよ」
お嬢様「待ちなさいよ」
男「・・・」
お嬢様「み、道が・・・分からないわ」
男「大丈夫だよ、何回か通ったことあるから」
お嬢様「そうじゃなくて・・・!」
102:
男「?」
お嬢様「女性を・・・き、きちんとエスコートするのは、男性の務めでしょう?」
お嬢様「だから、そのっ・・・///」モジモジ
男「・・・手、繋ごうか」
お嬢様「! しょ、しょうがないわね・・・」
103:
男「両手で握ってると、歩きにくいと思うんだけど」
お嬢様「そんなことないわ!」
お嬢様「いっ、いいのよ・・・これで///」
お嬢様「・・・もう、気付くのが遅いんだから」
お嬢様「でも・・・」クス
お嬢様「ふふっ、許してあげる!」ニコッ
105:

お嬢様「ここ?」
男「うん」
お嬢様「立派な一軒家ね」
男「そうかな・・・。いま、開けるから」
お嬢様「ええ、・・・あ。ちょ、ちょっと待って!」
106:
男「?」
お嬢様「・・・///」サッサッ
男「どうしたの?」
お嬢様「身だしなみを整えてるのよ・・・っ、お、おうちの方にご挨拶するんだから・・・」
男「ああ・・・」
男「大丈夫。誰もいないから」
107:
お嬢様「え? お母様は・・・?」
男「いないよ。・・・誰もいないから」カチャッ
お嬢様「そ、そう」
男「気を使わなくていいよ。 どうぞ、あがって」
お嬢様「・・・お邪魔します」ペコリ
男「とりあえず、そっちの部屋で・・・って」
108:
男「あの、お嬢様さん? なにしてるの?」
お嬢様「見れば分かるでしょう? 脱いだ靴を揃えているのよ」
男「そんなのいいのに・・・」
お嬢様「ダメよ。ご家族の方が帰られた時に、はしたない女だと思われてしまうじゃない」
男「・・・」
109:
男「スリッパ、これ使って」
お嬢様「ありがとう、お借りするわね」
男「僕、着替えてくるから」
お嬢様「そう、わかったわ」
男「すぐに行くから、適当に座って待っててくれる?」
お嬢様「ええ。 あ、ちょっと待って!」
110:
男「どうしたの?」
お嬢様「あの、・・・お手洗い・・・貸してくれないかしら?」モジ
男「トイレなら、そのすぐ横のドアだよ」
お嬢様「あ、ありがとう」
男「・・・」
お嬢様「・・・」
111:
お嬢様「なぜ、そこで立ったままこちらを見ているのかしら?」
男「・・・ちゃんとは入れるかなぁって」
お嬢様「・・・そう」
お嬢様「まさか、わたしが入るところ、見ているつもりじゃないわよね?」ニコ
男「え、ダメかな?」
お嬢様「だ、ダメに決まってるでしょう!?///」
112:
男「一応、心配して・・・」
お嬢様「いいから、行きなさい。行くのよ・・・ね?」ニッコリ
男「お嬢様さん、こわい顔してるよ?」
お嬢様「! 誰のせいよ!」
男「わ、分かったよ」
お嬢様「・・・もうっ・・・///」
116:

男「お待たせ」
お嬢様「あら、お帰りなさい」
男「・・・」
お嬢様「どうかしたの?」
男「・・・いや、あ・・・座ってていいって言ったのに」
117:
お嬢様「勝手に座ったりできないわよ」
男「和室、珍しいかな?」
お嬢様「そういうことではなくて、お行儀が悪いじゃない」
男「気にしすぎだよ」
お嬢様「そういう風に躾けられてきたのだから、仕方ないじゃない」
男「そういうものかなぁ・・・」
お嬢様「そういうものよ」
118:
男「とりあえず、座ろうよ。 はい、座布団」
お嬢様「ありがとう」
男「・・・」
お嬢様「・・・」
男「・・・」
119:
お嬢様「な、なにか喋りなさいよ・・・」
男「なにかって?」
お嬢様「なんでもいいわよ」
男「あ、それじゃあ・・・」
男「僕、ずっと気になっていたことがあったんだけど、聞いてもいいかな?」
お嬢様「ええ、いいわよ。なにかしら?」
120:
男「なんであの日、僕のところに来たの?」
お嬢様「あの日・・・」
男「初めてキミがトイレに、僕が食べてるところに来た理由」
男「ずっと気になってたんだ。なんでなんだろうって」
お嬢様「・・・あなたのことを、ずっと見ていたからよ」
男「え?」
121:
お嬢様「ふふっ、少し端折りすぎたわね」
お嬢様「わたしが、あなたのクラスへ転入した日のことは、覚えている?」
男「うん、覚えてるよ」
お嬢様「あの時、自己紹介が終わって、みんながわたしのことを笑っていたわ」
お嬢様「被害妄想なのかもしれないけれどね・・・、少なくとも、誰もわたしと目を合わせようとはしなかったわ」
お嬢様「・・・あなたをのぞいてね」
男「・・・」
122:
お嬢様「皮肉なことにね」
お嬢様「他人と自分の価値観に、そんな風にズレがあるなんて、ずっと気付かないままでいたのよ」
お嬢様「・・・・・・あなたは、運命って信じる?」
男「運命?」
お嬢様「あの瞬間・・・頭の中が真っ白になってしまって」
お嬢様「小さい頃から、何不自由なく、それが当たり前のように生きてきたから」
お嬢様「だからこそ逃げられないんだな、って。 『わたし』はずっと『わたし』のまま」
123:
お嬢様「人は・・・変われないんだって、これが運命なんだって。 大袈裟かもしれないけど、そう・・・思ったの」
お嬢様「・・・あなたの、小さな拍手が聞こえるまでは」
男「・・・僕は、ただ・・・」
男「キミが一生懸命なのが伝わったから」
男「きっと、頑張って話すことを考えたんだろうなって分かったから・・・」
お嬢様「・・・」
124:
お嬢様「それから、あなたのことをそれとなく見ていたの」
お嬢様「そうしたら、他の人とは必要以上に言葉を交わさなければ、何をするにも一人でいる」
お嬢様「休み時間やお昼になったら、決まって姿が見えなくなるし」
お嬢様「・・・なによ。この人だって、十分変わってるじゃないって」
お嬢様「そう思ったら・・・ふふっ、なんだか興味が湧いてきたのよ」
125:
男「それであの日、僕の後を尾けてきたの?」
お嬢様「ええ、そうよ」クス
お嬢様「びっくりしたわ。どこで食べるのかしらと思っていたら、お手洗いへ入っていくんだもの」
男「それで個室にまで付いてきちゃうんだから、僕の方がビックリだよ」
男「でも・・・そっか」
お嬢様「これでわかった?」
126:
男「僕が変わってたからってことだよね」
お嬢様「・・・もう少しロマンチックに言えないのかしら」
男「ねえ、お嬢様さん」
お嬢様「なに?」
男「僕の友達が言ってたんだけどね」
男「しっかり見れて、はっきり喋れて、元気に走ることができれば・・・。人間に、違いなんか無いって」
127:
男「二週間・・・短いけど、キミと一緒にいた僕が保証するよ」
男「キミは、他の人と何も違わない」
お嬢様「・・・」
男「頑固で、見栄っ張りで、図々しくて・・・」
男「でも、優しくて、照れ屋で・・・よく笑って、たまに泣いちゃう」
お嬢様「・・・」
男「僕にとっては、ただの可愛い、一人の女の子だ」
128:
お嬢様「・・・っ」ポロッ
お嬢様「あ、あれ・・・なんで・・・うそ?」ポロポロ
お嬢様「・・・ぁ、・・・ぅ」
男「お嬢様さん・・・」
お嬢様「なっ・・・なにか喋ってとは言ったけど・・・っ」
お嬢様「泣かせてとは・・・ひっく・・・言ってないわよぅ」グスッ
129:
男「・・・」
お嬢様「なによぉ・・・言いたいほうだい、言っちゃって・・・」
男「ごめん」
お嬢様「でも・・・ぐすっ・・・嬉しいの」
お嬢様「・・・すごく、嬉しいのよぅ・・・っ」ポロポロ
男「うん」
お嬢様「・・・っ」ゴシゴシ
130:
男「・・・」
お嬢様「・・・」
お嬢様「あ、あなたといると・・・なんだか泣いてばかりだわ、わたし」
男「そういうところも、可愛いと思うけどね」
お嬢様「な、なに言って・・・///」
131:
お嬢様「・・・・・・あ。あの、ね」
男「なに?」
お嬢様「あなたに、聞いて欲しいことがあるの」
お嬢様「わたし、じつは――」
ぐぅーーーー
132:
男「・・・」
お嬢様「・・・」
男「僕じゃないよ」
お嬢様「っ///」
男「えぇと、さきに、ご飯にしようか?」
お嬢様「そっ・・・そう、ね・・・///」
134:

男「食材、あったかなぁ・・・」
お嬢様「あら、あなたが作るの?」
男「うん。冷蔵庫の中、見てみるね」ガチャ
お嬢様「・・・・・・卵ばっかりじゃない」
男「そうだね」
135:
お嬢様「ずいぶん偏ってるわね」
男「・・・僕の家の冷蔵庫がこうなったのは、キミのせいでもあるんだからね?」
お嬢様「あなた、そうやってなんでもわたしのせいにするの、やめてくれないかしら」
男「一度、僕のお弁当に玉子焼きが入ってなくて、大騒ぎしたのはキミでしょ」
お嬢様「それは・・・たしかに、そうだけど」
お嬢様「・・・あなたって、けっこう底意地の悪いところあるわよね」
136:
男「そうかな? 初めて言われたよ」
お嬢様「見る目がないのね、みんな」
お嬢様「・・・・・・ないままでいいけど」ボソ
男「なにか言った?」
お嬢様「な、なんでもないわよ・・・///」
男「そう?」
137:
お嬢様「・・・・・・ねえ」
お嬢様「もしよかったら、わたしが作りましょうか?」
男「・・・え?」
お嬢様「・・・」
男「料理、できるの?」
お嬢様「・・・あなたがわたしをどういう風に見ているのか、少し分かったわ」
138:
お嬢様「人と比べたことがないから、基準は分からないけれど・・・」
お嬢様「レシピと材料があれば、大体のものは作れるわよ」
男「家で、自分でご飯を作ったりするの?」
お嬢様「しないわよ?」
お嬢様「決まった日に、お料理を教えてくれる人がいるの」
139:
男「料理教室みたいなものだね」
お嬢様「お料理だけじゃないわよ?」
お嬢様「華道に茶道にピアノ、それからお着物の着付けに・・・小さい頃はバレエの先生もいたわね」
男「・・・」
お嬢様「ふふっ、すごいでしょ?」
男「本当に、お嬢様なんだね」
お嬢様「ええ、そうよ」クスッ
140:
お嬢様「それで、どうするの? わたしが作ってもいいのかしら?」
男「あの、でも・・・僕・・・」
お嬢様「いいじゃない。ね、ねっ?」
男「・・・」
男「えっと・・・・・・、じゃあ・・・」
お嬢様「きまりねっ」パァッ
141:
男「僕も手伝うよ」
お嬢様「いいわよ、あなたは座ってて?」
男「でも・・・」
お嬢様「道具の場所とか、分からなかったらあなたに聞くから」
男「う、うん・・・」
お嬢様「それじゃあ、えーっと・・・」ゴソゴソ
男「・・・」
142:
お嬢様「あ、ねえ? このエプロン、借りてもいいかしら?」
男「あ、うん」
お嬢様「ありがとう。〜〜♪」
男「・・・」
お嬢様「あ、ねえ? 冷蔵庫の中にあるものは、みんな使ってもいいの?」
男「あ、うん」
お嬢様「わかったわ。〜〜♪♪ ふふっ」
143:
男「・・・」
お嬢様「〜♪、〜〜♪」
男「・・・」
男「あの」
お嬢様「あら、どうかした?」
男「やっぱり、僕も手伝っていいかな?」
144:
お嬢様「・・・そんなにわたしって信用ないかしら?」ムス
男「そうじゃなくって・・・なんだか、落ち着かなくて・・・」
お嬢様「そうなの?」
男「うん・・・」
お嬢様「もう、しょうがないわね」
お嬢様「じゃあ、こっちの野菜を洗って、皮を剥いておいてくれる?」
お嬢様「わたしは、卵を溶かして下拵えしてしまうから」
男「わかったよ」
145:
お嬢様「〜♪〜〜♪」カシャカシャ
男「・・・」
男「すごく、楽しそうだね」
お嬢様「そう? 普通じゃないかしら・・・ふふっ♪」
男(料理するのが好きなのかなぁ・・・)
お嬢様「〜〜〜♪」
150:

お嬢様「それじゃあ、いただきましょうか」
男「・・・う、うん」
お嬢様「どうかしたの? やっぱり、どこかおかしいかしら?」
男「ううん。すごく、美味しそうにできてるよ」
男「ただ、人が作ったものを食べるの、久しぶりだから」
お嬢様「あら、そうなの?」
男「うん」
151:
男「・・・いただきます」
お嬢様「ええ、どうぞ召し上がって」ニコ
男「・・・」
お嬢様「食べないの・・・?」
男「・・・あ・・・」
お嬢様「もしかして、嫌いなもの入ってたかしら?」
男「だ、だいじょうぶ」
お嬢様「そう?」
152:
男「・・・っ」ゴクッ
男「あむ・・・」
お嬢様「・・・どう、かしら? おいしく・・・できてる?」ドキドキ
男「あ・・・はは。う、うん・・・。おい――」
『――どう? 男ちゃん、美味しい?』
男(!!!!)
153:
男「〜〜〜ッ!!」ガタン!
お嬢様「きゃ・・・!?」ビクッ
ドタドタドタッ
男「ぅ、ぐ・・・っ、ォぇ・・・っ!!」
お嬢様「え、え・・・?」
お嬢様「! ねえ、だ、大丈夫!?」トタタッ
154:
男「はぁ、はぁ、ぐ・・・ぅぇ・・・ッ」
お嬢様「どっ、どうして・・・。なんで? やっぱり・・・」
男「ちが・・・、キミの、せいじゃ・・・なくて」
お嬢様「お、お医者様よぶ?」
男「へいき・・・だいじょうぶ、だいじょ・・・ぅ゛、・・・ェっ!」
お嬢様「大丈夫に見えないわよ! ねえ、お母様、どのくらいで戻ってくるの?」
155:
男「・・・・・・いよ」
お嬢様「え?」
男「・・・戻ってなんてこないよ」
男「はじめから、いないもの」
お嬢様「いない・・・、え?」
男「この家には、僕一人で・・・」
男「母さんなら、とっくに死んでるよ」
156:
お嬢様「・・・うそ・・・」
お嬢様「! あの・・・っ、ご、ごめんなさい・・・!」
男「どうして、キミが謝るの?」
お嬢様「だって、わたしずっと・・・無神経なことを・・・」
男「・・・不公平だよね」
お嬢様「え・・・?」
男「キミは、ちゃんと理由を教えてくれたのに」
157:
男「僕・・・誰かと一緒に物を食べることが、すごく苦痛なんだ」
男「特に、こうやって卓を囲んで食べるっていうのが、無理みたい」
男「拒否反応がね、でちゃうんだ・・・。ずっと、ここの胃の辺りがぎゅうって」
お嬢様「そんな・・・」
男「それに、人が作った料理を食べるのも、じつは苦手なんだ」
男「スーパーで出来合いのものとか、殆ど買うことないし・・・」
男「自分が食べる物は、自分で全部作ってる」
158:
お嬢様「うそ・・・」
男「調子のいい時はね、少し気持ちが悪くなるくらいで済んじゃうこともあるんだ」
男「一口二口くらいなら・・・我慢できるし」
男「でも、そんなの続かないでしょ?」
男「ひどい時は、さっきみたいに吐き戻しちゃうし。みんな、すぐに気味悪がって・・・」
男「僕も・・・しょうがないかなって」
159:
お嬢様「でも・・・だって、あなたはわたしと・・・!」
男「うん。・・・だから、心のどこかで期待してた」
男「もしかしたら、キミが作ったものならって」
男「あんな距離で食事ができるの、友達の家族以外じゃ、初めてだったから・・・」
男「それも、やっぱり楽じゃなくって・・・、苦しいの、我慢して・・・それが、申し訳なくて」
男「でも、キミと食べてる時は、イヤな気持ち悪さも感じなくて」
160:
男「もしかしたら一緒に、普通に・・・食べれるんじゃないかって。僕も、自分で手伝えば・・・って」
お嬢様「・・・」フルフル
男「はは・・・馬鹿だ、僕。そんな保証なんて、どこにだってないのに」
男「素直に言えば良かった・・・。自分で勝手に期待を持って、こうしてキミにイヤな思いを・・・」
お嬢様「・・・」フルフル
男「・・・・・・ごめんね」
男「僕はこんなだから・・・ダメで、食べてあげられないけど・・・、キミは――」
161:
お嬢様「っ・・・!」ダキッ
男「え・・・」
お嬢様「わたし、何も知らないし・・・何も訊かないわ」
お嬢様「世間知らずだし・・・お嬢様だし・・・」
お嬢様「もし話を聞いても、分かってあげられないかもしれないから」
162:
お嬢様「でも・・・っ」
お嬢様「何も知らなくても、こうすることはできるわ」
お嬢様「だって・・・っ、きっとわたしなら、悲しいとき、誰かにこうして欲しいって思うもの・・・!」
男(正面から彼女に抱きすくめられた僕の首筋に、冷たい感触・・・)
男「泣いているの?」
お嬢様「・・・そうよ・・・」
男「・・・どうして・・・」
お嬢様「あなたが、泣かないから・・・」
163:
男「・・・」
お嬢様「ごめんなさい・・・ごめんね。 悲しいわよね、ずっと、辛かったわよね・・・」
お嬢様「あなたの苦しい気持ちの、半分でもって思うのに・・・!」
お嬢様「なにも知らなくて、何もできない・・・、こんなわたしを、許して・・・っ」
男「僕は、・・・っ」ポロッ
男「怖いんだ、僕は・・・ずっとこのままなのかなって・・・っ」
164:
男「そのうち、食事だけじゃなくて、何をするのも無理になっちゃって」
男「そうしたら、ずっと一人でいないといけないのかなって・・・!」
お嬢様「・・・うん」
男「毎日ずっと、僕は・・・僕だけで・・・! 一人きりで・・・生きてるんだって、実感がなくて」
男「平気じゃないのに、平気な振りをして・・・、いつかそれが当たり前になっちゃうんじゃないかって」
お嬢様「・・・うん」
165:
男「キミが、このことを知ったらって思って・・・想像したら、どうしようもなく不安になって」
男「キミと出会って、話せて・・・嬉しかった。もう一度、頑張れるかもって・・・」
お嬢様「・・・うん」
男「でも、ダメだったっ! ・・・寒いんだ・・・っ、胸の辺りが、ずっと・・・」
男「どこにいても、何をしていても!」
男「ずっと、寒いんだよぅ・・・っ」
166:
お嬢様「なら・・・」
お嬢様「わたしが暖めてあげる!」ギュッ
男「・・・っ」
お嬢様「わたしが、あなたを暖めるから」
お嬢様「・・・ほら、聞こえる? わたしの鼓動、とくんとくんって」
男「・・・・・・うん」
お嬢様「ね。・・・あなたのも、聞こえるわ」
167:
男「・・・」
お嬢様「あなたは生きてる、ちゃんと生きているのよ・・・」
お嬢様「あなたはここにいる。わたしがしっかり抱いているもの」
お嬢様「ね? だいじょうぶ、大丈夫だから」
お嬢様「あなたが、寒くなくなるまで・・・ずうっと、こうしてるから」
男「・・・っ」
お嬢様「涙、拭いてあげる」ゴソ
168:
男「ハンカチ・・・」
お嬢様「あなたのハンカチよ」
お嬢様「わたしの涙も混じってしまってるから・・・少し、冷たいかもしれないけれど」フキフキ
男「・・・・・・あったかい」ギュ
お嬢様「・・・」ソッ
男「あったかい・・・よ・・・っ」
お嬢様「よかった」
169:
男「・・・」
お嬢様「・・・ねえ、ごはん・・・食べましょう?」
男「え・・・でも、僕は・・・!」
お嬢様「わたしが、食べさせてあげる」
お嬢様「きっと食べれるわ。・・・わたしが、あなたに食べて欲しくて作ったんだもの」
170:
男「・・・」
お嬢様「怖い? 寒い?」
お嬢様「ほら、こうして手を握っていてあげる」
お嬢様「ちょっと・・・お行儀はよくないけれど・・・」クスッ
お嬢様「ほら、あーん。・・・ね?」
男「・・・っ」
男「・・・・・・あむ」
171:
お嬢様「・・・」
男「・・・、っ・・・」モグ、モグ
お嬢様「・・・」ギュッ
男「・・・ん」ゴクン
男「・・・できた・・・」
お嬢様「ね?」ニコ
172:
男「食べれた・・・気持ち悪くない・・・」
お嬢様「おいしかった?」
男「・・・よく、わかんなかった・・・」
お嬢様「もう、しょうがない人ね」
男「もう一回! 次は、しっかり味わって食べるから・・・」
お嬢様「ふふっ、いいわよ。また同じものでいい?」
男「えっと・・・こっちのも美味しそうだし・・・。あ。でも、そっちのも・・・!」
173:
お嬢様「そんなに慌てないで」ナデ
お嬢様「心配しなくても、ちゃんと全部食べてもらうつもりよ?」クス
男「う、うん・・・///」
お嬢様「ずっと、こうして・・・」
お嬢様「もうあなたが一人で震えないように、寒い思いをしないように」
お嬢様「あなたの横にいて、わたしが暖めてあげるわ」
お嬢様「・・・そう、決めたからね?」ニコ
174:

男「やっぱり、よくないと思う」
お嬢様「どうして?」
男「どうしてって」
お嬢様「わたしは、あなたの横にいるって決めたわ」
男「だからって、一緒のベッドで寝るのは違うと思うよ」
175:
お嬢様「なにか問題あるかしら?」
男(問題だらけだと思うけどなぁ・・・)
お嬢様「わたしがいいって言ってるのだから、いいじゃない」
男「でも、恥ずかしくないの・・・?」
お嬢様「べつに、恥ずかしいことなんて、なにもないわよ?」
男「そっぽ向いたまま言っても、説得力ないし」
男「それと、耳赤いよ」
お嬢様「うそっ、部屋暗いのに、そんなのわかるわけ・・・!」
176:
男「・・・」
お嬢様「ぁ・・・///」
男「ほら? やっぱり恥ずかしいんじゃない」
男「僕、やっぱり床に布団敷いて、そっちで寝るよ」
お嬢様「待って、行かないで・・・!」
男(彼女の指が、僕のシャツの裾を掴んだ・・・)
男「そんなに無理することないよ」
お嬢様「無理なんてしてないわ! ・・・あの、恥ずかしいのは認めるけど・・・」
177:
お嬢様「あなたになにかあった時に、そばに居ない方がイヤ」
男「いや、気持ちは嬉しいんだけど・・・」
男「僕の場合、食事以外は問題ないから」
お嬢様「一人だと、寒いって言ってたじゃない」
男「うん。でも、キミがいれば大丈夫」
お嬢様「じゃ、じゃあ・・・いいじゃない、このままで・・・///」
178:
男「いくらなんでも極端すぎるっていうか・・・、正直、かえって眠れくなっちゃうよ」
お嬢様「・・・なぜ?」
男「意識しちゃうから」
お嬢様「・・・わたしを?」
男「キミを」
お嬢様「! へっ、変なことしないわよね・・・!?」
男「しないよ・・・するわけないでしょ」
お嬢様「そう・・・? それはそれで、なんだか釈然としないわね」
179:
お嬢様「ねえ、どうしてもダメ?」
男「うーん・・・」
お嬢様「わたし、頑張るから」
男「え、なにを?」
お嬢様「ドキドキさせないように、頑張るからっ」
男「・・・」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B002USB4DC/minnanohima07-22/ref=nosim/
180:
男「・・・じゃー、いいよ。わかったよ。とりあえずこれで・・・」
お嬢様「・・・!」コクコク
男「やっぱり眠れそうになかったら、布団敷くからね?」
お嬢様「わ、わかったわ・・・」
男「それじゃ・・・」ゴソゴソ
男「おやすみ」
お嬢様「・・・お、おやすみなさい」ゴソ
181:
男「・・・」
お嬢様「・・・」
男「・・・そうだ」
お嬢様「なっ、なに?」
男「学校で、一緒にごはん食べてる間に、キミから分けて貰った物なんだけど」
男「あれ、殆ど食べれないまま、捨てちゃってたんだ・・・」
182:
お嬢様「いいのよ。 何も知らなかった、わたしがいけないんだもの」
お嬢様「でも、全然気付かなかったわ。 いつも、わたしの前では食べてたし・・・」
男「少しなら・・・。 いつも、先に出て行くのがキミで助かったよ」
男「今更だけど、ごめんね」
お嬢様「ううん。気にしないで」
男「・・・」
お嬢様「・・・」
183:
お嬢様「ねえ? あなたの体のこと知ってるのって、わたしだけなの・・・?」
男「友っていう、幼馴染がいるんだけど・・・」
男「それから、友のお母さんと、友姉さんに友妹ちゃん。友の家族だね」
お嬢様「そう・・・」
男「でも、僕が人の作ったものが苦手だっていうのは、ずっと言ってない」
お嬢様「どうして?」
184:
男「余計に心配して、きっと、もっともっと気を遣わせちゃうから」
男「すごく、大事な友達で・・・なんでも出来て。小さい頃の夢を、今も持ち続けて・・・」
男「叶えて欲しいんだ。 これ以上、僕が負担になりたくない」
お嬢様「・・・」
男「友の家族も、みんないい人ばっかりでね?」
男「母子家庭なのに、元気で明るくて、笑顔の絶えない家なんだよ」
男「すこし、羨ましいくらい・・・はは」
185:
お嬢様「負担なんて・・・」
男「え?」
お嬢様「負担になんて、きっと思ってないわ」
お嬢様「大事なお友達なんでしょう? きっと、向こうだってそう思ってるわよ」
お嬢様「それなのに・・・あなたがそういう風に一人で考えてしまって、距離を取ったら・・・」
お嬢様「もしそれを知ったら、すごく寂しくて、悲しむと思うわ」
お嬢様「少なくとも、わたしだったら悲しいもの。あなたに、そんな風に思われたら」
男「お嬢様さん・・・」
186:
お嬢様「だから、すぐでなくてもいいから・・・」
お嬢様「その人にも、話してあげて?」
お嬢様「・・・ね?」
男「・・・うん、そうだね。・・・そうする」
お嬢様「・・・」
男「・・・」
187:
お嬢様「あの・・・」
男「・・・」
お嬢様「・・・ね、寝てしまったの?」
男「・・・起きてるよ」
お嬢様「あの・・・寒くない?」
男「ん。だいじょうぶ」
188:
お嬢様「じゃ、なくって・・・その。・・・な、なんだか寒くない?」
男「毛布もう一枚持ってくる?」
お嬢様「い、いいわよ」
男「エアコンつける?」
お嬢様「そ、そういうのはいいから。・・・ちょっとだけ・・・」モゾモゾ
お嬢様「ちょっとだけ、そっちに行ってもいいかしら・・・?」ピトッ
男「もう、きてるじゃない」
お嬢様「こ、こうした方が、あったかいもの」
189:
男「あったかいけど・・・」
お嬢様「・・・ドキドキしちゃう?」
男「うん・・・」
お嬢様「・・・離れたほうがいい?」
男「そのままで・・・」
お嬢様「・・・こっち、向いて?」
男「・・・」モゾモゾ
お嬢様「・・・ぁ///」
190:
男「顔、真っ赤だよ」
お嬢様「暗いから分からないはずよ・・・」
男「これだけ近かったら、さすがにね」
お嬢様「ぅ・・・///」
お嬢様「あのね?」
お嬢様「さっきの、あなたの言葉なんだけど・・・」
お嬢様「家族が、羨ましいって。あれね・・・」
男「うん」
191:
お嬢様「その、わたしが・・・あなたの家族に・・・なるわ」
男「え?」
お嬢様「ば、バカなこと言ってるのは、自分でも分かっているのよ?」
お嬢様「でも、わたしの今の、素直な気持ちっていうか・・・」
お嬢様「あなたと、ずっと一緒にいれたらって思ってるの。本当よ?」
お嬢様「・・・わたし、ここにずっといたら・・・だめ?」
男「・・・それは」
192:
男「難しいよ・・・。キミの問題は何も解決してないし、僕たち学生だし、生活力ないし・・・」
お嬢様「・・・やっぱり、そうよね」シュン
お嬢様「ごめんなさい。いまのは、わすれて――」
男「――でも」
男「僕も、キミとずっと一緒にいたい」
お嬢様「ふぇ・・・っ!?///」
193:
男「僕の今の、素直な気持ち。 ・・・キミに、僕の家族になって欲しい」
お嬢様「ぁ・・・ぅ///」
男「帰り辛いなら、ここにいていいよ。・・・ううん、いて欲しい」
男「僕は、ずるい人間だから・・・」
男「こんなの長続きしないって分かってても、甘えちゃうんだ」
男「だから・・・」
194:
お嬢様「もういっかい」
男「えっ?」
お嬢様「・・・もう一回、言って?」
男「・・・どこを?」
お嬢様「あの、一緒に・・・ってとこ・・・///」ゴニョゴニョ
男「ずっと一緒にいたい」
お嬢様「っ/// そ、それから・・・っ?」ドキドキ
男「・・・家族に、なって欲しい」
195:
お嬢様「〜〜〜っ///」ダキッ!
男(抱きついてきた・・・)
お嬢様「・・・もういっかい」
男「・・・ずっと一緒にいたいよ・・・」
お嬢様「よく聞こえないわ、もっと大きな声で言って・・・?」
男「ていうか、布団の中の僕の胸に顔うずめてたら、聞こえづらいよね?」
196:
お嬢様「〜〜♪」ギュ〜
男「・・・人のこと言えないけどさ。キミ、スイッチ入るとけっこー変わるよね」
お嬢様「? ねえ、はやくいって?」
男「・・・・・・ずっと、一緒に・・・」
お嬢様「ふふ、ふふふっ♪」
男(はやく眠ってくれないかなぁ・・・)
201:

友「そうか・・・」
男「今まで、黙っててごめん」
友「・・・どうして、言ってくれる気になったんだ?」
男「彼女がね・・・」
男「お嬢様さんが、知らないままでいる方が、悲しいことなんだって」
友「お嬢様ちゃんが?」
男「うん」
友「・・・そうか」
202:
友「・・・・・・俺も、な」
友「ずっと、男には遠慮してたのかもしれない」
友「なまじ距離が近かったからってのを、言い訳にするつもりはないけどさ」
友「口ではなんのかんの言ったところで、結局は、腫れ物を扱うみたいにしてよ・・・」
友「負担っていうのなら、きっとそういうの、男には良くなかったんだろうな」
男「・・・良いとか悪いとか、僕には分からないよ」
男「でも友がいたから、彼女に会うまで、僕は僕のままでいれたんだ」
203:
男「何も知らない外の人から見れば、それでも歪に映ったんだろうけど」
男「・・・定期診断から任意診断に切り替わったのも、中学を卒業して普通の高校に入れたのも・・・」
男「みんな友のおかげだよ。・・・本当に、ずっとありがとう」ニコッ
友「・・・・・・はは、まいったなぁ」
友「お嬢様ちゃんに、感謝しないといけないな」
男「え?」
204:
友「どんなに図々しくて世間知らずでもさ」
友「男を・・・一人ぼっちのトイレから、手を牽いて外へ連れ出したのは、彼女だってことだ」
男「・・・うん」
友「それじゃあ、お嬢様ちゃんには、全部話したのか?」
男「僕の、体のことだけね」
男「そうなった理由は・・・話してないんだ」
205:
友「話さないのか?」
男「話したくないわけじゃないんだけど、向こうが、あまり気にしてないみたいで」
友「聞いてこないか」
男「うん」
友「まあ、敢えてしなくちゃいけない話でも、ないのかもな」
男「もし訊かれたら、ちゃんと話すつもりだよ」
206:
男「お嬢様さんには、僕のこと、みんな知っていて欲しいから」
友「・・・ゾッコンなわけだ?」
男「そうみたい」クス
友「・・・」ポカーン
友「ハハッ・・・ホント、まいったぜ」
207:
男「ねえ、友は昨日、あの後大丈夫だった?」
友「ん?」
男「どこも、怪我とかしなかった?」
友「ああ、問題なかったぜ。 あちこち強く引っ張られて、制服が少し伸びたくらいだな」
男「よかった。心配してたから・・・」
友「さすがに、あそこで手を出してくるほど浅慮じゃないだろうよ」
友「しっかり分別を弁えた大人だったってことさ」
208:
男「あの人たち、なにか言ってた?」
友「どうかな。すぐに教師が来て、連れ立って校舎へ入って行ったからな」
友「俺は俺で、その場で事情を説明しないといけなくってさ」
友「男とお嬢様ちゃんについては、知らぬ存ぜぬを通してみせたけど・・・」
友「あの人たちが、本当にお嬢様ちゃんの家の関係者なら、今頃大騒ぎだろ?」
男「きっと、そうだろうね」
209:
友「そっちは、なんにもないか?」
男「たぶん。・・・少なくとも、目に付く範囲では」
男「僕としては、むしろ昨日のうちにでも、何かあるんじゃないかって思ってて・・・」
友「・・・どういうつもりなんだろうな?」
男「・・・わからない」
210:
友「お嬢様ちゃんは?」
男「僕の家にいるよ。学校には、きてない」
友「教師からは、何も訊かれなかった?」
男「うん」コク
友「不思議だな。かえって怪しいというか」
友「俺は当事者なわけだけど・・・。あんなにギャラリーがいたんだぞ?」
友「いくら俺がトボけてみたところで、男やお嬢様ちゃんを見たって人は、いっぱいいるだろうに」
211:
男「・・・」
友「そんな顔するなよ。 考えたって、仕方ないさ」
友「もし何かあったら、迷わず相談してくれよ?」
友「たとえ何があっても、世界で俺だけは、お前の味方でいるんだからな」
男「友・・・」
212:
友「あー・・・、っと? もう俺一人だけじゃないのか」
男「?」
友「お嬢様ちゃんもなんだろ? ・・・世界で、二人だな」
男「! ・・・はは、そうだね」
男「昔からずっと・・・これからも、頼りにしてるからね、友」ニコ
友「ああ、任せとけ」ニッ
213:

お嬢様「ごちそうさまでした」
男「ごちそうさま、美味しかったよ」
お嬢様「ふふっ、ありがとう」ニコ
男「なんだか、朝からやけに豪勢だったけど・・・」
男「なにかあったの?」
214:
お嬢様「とくに、なにかあったわけじゃないんだけどね」
お嬢様「今日は、わたしがこの家に来て、はじめての休日でしょう?」
お嬢様「それでね? その・・・いろいろ考えていたら、なんだか浮かれてしまって」
お嬢様「き、気が付いたら、こんなことに・・・」
男「考え事って?」
お嬢様「それは・・・」
215:
お嬢様「それは・・・」
男「僕には言えないこと?」
お嬢様「そうじゃなくって・・・」
男「あ。もしかして、あれ?」
男「この前、買い物に行った時、キミがこっそりカゴに入れた生理用品ならトイレの収納スペ――」
ダンッ!!
お嬢様「すこし、黙っていてくれる?」ニコ
男「・・・はい」
216:
お嬢様「あなたって・・・」
お嬢様「意地が悪いだけじゃなくて、デリカシーにも欠けるわよね///」
男「ごめんなさい・・・」
お嬢様「まったく。 本当に、仕方のない人なんだから」
お嬢様「わたしが考えていたのはね、今日は休日でしょう? だから、一日中・・・」
お嬢様「あ、あなたと一緒にいれるんだなって・・・あの、そういう・・・ことよ///」ゴニョゴニョ
217:
男「・・・・・・ぷっ」
お嬢様「! わ、笑ったわね!?」
男「だって、キミがあんまり可愛らしいこと言うから・・・」
お嬢様「な、なによぉ///」
男「ごめんね。 ・・・でも、そっか」
男「キミが来て、もう五日なんだね」
お嬢様「・・・」
218:
男「・・・本当に、キミの家の人、だれも来てないの?」
お嬢様「ええ、来てないわ」
男「学校も、いつもどおり。 まるで、本当に何にもなかったみたいだ」
お嬢様「そう・・・」
男「・・・心配じゃあ、ないのかな?」
お嬢様「お父様は、なによりも面子を気にする方だから」
219:
男「・・・苦手なの?」
お嬢様「人間としてはすごく立派な方よ。とても尊敬しているし、誇らしいわ」
お嬢様「でも、父親としては・・・」
男「・・・」
お嬢様「わたしが小さい頃は、違ったんだけどね・・・」
お嬢様「お母様が病気で亡くなってからは、あまりわたしのことを見てくれなくなったわ」
男「そうなんだ・・・」
220:
お嬢様「そんな顔しないで? ありがちな話よ」
お嬢様「人間って、そんなに強くないもの・・・。 わたしお母様似だったから、尚更ね」
お嬢様「・・・あなたの前で、不幸自慢なんてできないわよ」クス
男「そんなの、比べるようなことじゃないよ」
男「・・・ホントは、寂しいんじゃないの?」
221:
お嬢様「仕方ないわ。いつだって、多忙な方だもの」
お嬢様「でも・・・そうね。 『寂しい』『わたしを気にかけて欲しい』って気持ちが、ないわけじゃないわ」
お嬢様「だって、わたしのたった一人のお父様だもの」
お嬢様「血の繋がった・・・家族なんだもの・・・」
男「・・・」ギュッ
お嬢様「なんだか、考えていたら心配になってきてしまったわ」
お嬢様「ダメね、わたし。 自分でそうするって言って、その結果がいまの状況なのに・・・」
222:
お嬢様「でもね、あまり体が丈夫な人ではないから」
お嬢様「去年から、胃潰瘍を患ってしまって・・・」
お嬢様「・・・・・・お薬、ちゃんと飲んでいるかしら」
男「連絡してみる?」
お嬢様「でも・・・」
男「やっぱり僕たち、ずっとこんなこと続けていたらダメだと思う」
男「そもそもは、僕がキミに甘えてしまったのが悪いんだけど・・・」
男「どこかで、しっかりケジメは付けないと」
223:
お嬢様「・・・そうね。・・・あなたの言うとおりだわ」
男「じゃあ、」
お嬢様「でも・・・待って!」
男「?」
お嬢様「あの、今日だけ・・・今日だけは、一緒に・・・」
お嬢様「最後だから、今日で、最後だから・・・!」
お嬢様「あなたと、一緒にすごしたいの」
224:
お嬢様「・・・これで、最後のワガママにするから・・・」
お嬢様「そうしたらわたし、お父様とちゃんと話せるから」
男「・・・うん」
男「わかった・・・今日は、ずっと一緒にいよう」
お嬢様「! い、いいの?」
男「もちろん」
225:
男「・・・僕も、同じこと言おうと思ってた」
お嬢様「そうだったの? ・・・同じことを考えていたのね」
お嬢様「ふふ、なんだか嬉しいわ」
男「それじゃあ、どうしよう?」
男「どこか行きたいところとか、したい事とかある?」
お嬢様「あなたは、なにか考えているの?」
男「いくつか案はあるけど、できれば二人で決めたいな」
226:
男「僕たちの、初めてのデートなわけだし」
お嬢様「でっ、デート・・・っ!?///」
男「そうでしょ? あれ、違う?」
お嬢様「ちがわないわ! ええ、なんにも、ちがうことなんてないわね!///」ブンブン
男「あ、うん・・・」
お嬢様「でーとっ・・・好きな人と・・・お出かけ・・・ふ、ふたりでっ・・・」ブツブツ
227:
男「まだお昼前だし、定番だけどレジャーランドとか・・・」
男「ちょっと早いけど、イルミネーションを見に行ってもいいし・・・」
男「都心まで出て、ショッピングっていうのもあるんだけど・・・」
お嬢様「///」ポー
男「お嬢様さん、聞いてる?」
お嬢様「! き、聞いていたわよ?」アセアセ
男「それで、キミの方はなにかある?」
228:
お嬢様「・・・あなたと・・・」
お嬢様「・・・遊園地で遊んだり、ライトアップされた街を歩くのも、買い物をするのも・・・」
お嬢様「みんな、きっと楽しくて素敵だと思うわ」
お嬢様「でも今日は・・・あなたと二人、ゆっくり過ごしたい」
お嬢様「・・・近所に、小さな公園があるでしょう?」
男「うん」
229:
お嬢様「あそこへ行って、二人でベンチに腰掛けてね?」
お嬢様「手を繋いで・・・とりとめのない話をしながら、たまに、あなたの肩にもたれたりして・・・」
お嬢様「小さな子供やその兄妹、その子たちと遊ぶ父親に、迎えに来た母親、その光景を見守る老夫婦・・・」
お嬢様「・・・そうやって、あなたと二人、たくさんの『家族』を見て過ごしたいの」
男「・・・」
お嬢様「だめかしら?」
230:
男「なんだか、年寄りくさい気がする」
お嬢様「もうっ! そういうことは、思っていても言わないものよ?」
男「はは。でも、僕たちらしいや」
お嬢様「・・・ふふっ、わたしも同じこと思ったわ」
男「ついさっきも、似たようなやり取りしたね」
お嬢様「こういうの、フィーリングっていうんでしょう?」クス
男「そうだね」ニコ
231:
男「よし。初デートは、公園に決まりだ」
お嬢様「外は寒いから、温かいお茶を淹れて行きましょう」
男「僕、着替えてくるよ。 ついでに、キミの分のマフラーも持ってくる」
お嬢様「ええ。ありがとう」
男「・・・あのさ」
お嬢様「なぁに?」
232:
男「僕、キミに会えてよかった」
お嬢様「どっ、どうしたのよ、急に?」
男「なんだか、言っておきたい気分になって」
お嬢様「変なこと言わないでちょうだい。縁起でもないんだから・・・」
お嬢様「・・・それとも、またわたしを泣かせるつもり?」
男「純粋な、感謝の気持ちなのになぁ・・・」
233:
お嬢様「あんまり泣かせると、嫌いになってしまうからね?」クス
男「はは・・・気を付けます」
ピンポーン!
お嬢様「あら・・・お客様?」
男「友かな? でも、事前に何の連絡もないのは、らしくないし・・・」
お嬢様「わたし、見てくるわね」
男(訪問販売か新聞屋か、宗教勧誘かなぁ・・・)
234:
お嬢様「どちら様でしょうか?」
お嬢様「・・・」
男「・・・?」
お嬢様「誰かが、間違って押してしまったのかしら?」
?「・・・私だ」
お嬢様「――!!」
235:
?「ここを開けて、出て来るんだ」
男「え・・・だれ?」
?「聞こえたのだろう? 同じことを二度も言わせるな」
お嬢様「・・・」
男「? お嬢様さん?」
お嬢様「・・・・・・お父様」
大旦那「家族ごっこは、終わりだ」
239:

メイド「お帰りなさいませ、お嬢様」
お嬢様「・・・」
大旦那「何をしているんだ。早く行かないか」
お嬢様「・・・っ」チラ
男「あ・・・」
大旦那「あまりモタモタするな。客人を待たせているんだぞ」
240:
お嬢様「お父様・・・!」
大旦那「メイド」
メイド「はい」
大旦那「娘を着替えさせろ。それから広間へ来い」
メイド「かしこまりました。 ・・・お嬢様、行きましょう」
お嬢様「待って、待ってくださいお父様! わたしは、この方と・・・っ」
241:
大旦那「この男を連れてきたのは、おまえがどうしてもとゴネたからだ」
大旦那「あんなところで大騒ぎして、衆目の目に晒されるのは、こちらも望むところではないし」
大旦那「・・・彼にとっても、無体なことだろう? 特段の理由があったわけではない」
お嬢様「お願いです、お父様。どうか、わたしの話を聞いてください!」
大旦那「お前のくだらない話に貸す耳は持ち合わせておらん!」
男「あの!」
大旦那「部外者は、黙っていてもらおう」ジロッ
男「う・・・」
242:
大旦那「・・・さっさとしろ。これ以上愚図るようなら、この男には今すぐ帰ってもらう」
お嬢様「・・・・・・わかりました」
大旦那「メイド、娘が変なことをしないか見張っておけ」
メイド「・・・はい」
男「・・・」
大旦那「さて、お前はこっちだ。ついてこい」
243:
男「彼女は、どこへ?」
大旦那「客人がいると言ったろう。それなりの格好をさせなければ、失礼に当たる」
男「客人?」
大旦那「結婚相手だ」
男「・・・は?」
244:
ガチャッ
大旦那「先ほどから何か言いたそうな顔をしていたが・・・」
大旦那「これも巡り合わせだと思えば、話が早くて都合がいい」
大旦那「お前にも紹介しておこう」
?「やあ、はじめまして」
大旦那「娘の許婚の、御曹司殿だ」
245:
男「・・・」
男「い、いいなずけ?」
御曹司「ああ。婚約者っていうことになってる、一応ね」
御曹司「遅かったじゃないですか。 ・・・彼が、例の?」
大旦那「うむ。不肖の娘と結託し、私の顔に泥を塗ってくれた男だ」
御曹司「へえ・・・。どう見ても、普通の高校生って感じだけどなぁ」
246:
御曹司「ねえ、キミ。キミは、何を持っているの?」
男「? なにを・・・?」
御曹司「だって、そうだろう?」
御曹司「およそ凡人が考え得るものは、全て手に入れることができるだろう彼女がだよ?」
御曹司「一般人か、それ以下にしか見えないキミとさ・・・」
御曹司「レアリティの高い・・・そう、何か特別な物で釣ったとしか思えないよ」
大旦那「・・・」
男「レアリティ、って・・・? おれは、何も・・・」
247:
御曹司「じゃあ、何か弱みでも握っていたとか」
男「なッ・・・!?」
御曹司「オレはね、彼女のことなら小さい時から知っているんだ」
御曹司「幼馴染ってヤツさ。 実際に会ったのは、片手で数えるくらいだけどね」
御曹司「金や物で、彼女が動くとは思えないし・・・もしそうだったら、とっくに誰かのモノさ」
男「・・・」
248:
御曹司「だから興味があるんだよ、純粋に」
御曹司「一体なにが、彼女をそうさせたのかってね」
御曹司「考えたかないが、実際こうなってるからには、そうさせるなにかをキミは持っていた」
御曹司「オレにはなくて、キミが持ってるものねえ・・・」
御曹司「そんなモンあるか?」
男「それは・・・」
御曹司「ぜひ、ご教示願いたいもんだ」
249:
大旦那「それは違うな、御曹司殿」
大旦那「その男は、私らの目を惹くものなど、何も持ってはいない」
大旦那「ただの、ペテン師だ」
御曹司「へえ? それって、どういう意味ですか?」
コンコン
メイド「・・・お嬢様をお連れしました」
250:
大旦那「来たか。入ってこい」
メイド「かしこまりました」
ガチャ
お嬢様「・・・失礼いたします」
男「!」
男(ドレスと洋服を折衷したような服に身を包んだお嬢様が・・・)
御曹司「おお!」
251:
お嬢様「・・・御曹司様、ご機嫌麗しゅう・・・お久し振りでございます」
お嬢様「はるばる遠い国から、海をお渡りし、おいで頂いたにも関わらず・・・」
お嬢様「このたびは、わたしの浅慮な取り行いによって、多大なご迷惑をおかけしたこと、深く――」
御曹司「まあまあ。そんなに、気にすることないさ」
御曹司「向こうは、いまは情勢や景気も大分落ち着いていてね」
御曹司「多少の時間なら、オレがその場にいなくても回せる程度には、軌道に乗せてきたつもりだ」
お嬢様「ですが・・・」
252:
御曹司「この数日は、いろいろな観光名所に足を運ばせてもらってね」
御曹司「ネズミーランドに、アースツリーに・・・むしろ、退屈しないで済んだくらいさ」
御曹司「そして現に、こうして無事あなたに会えた」
御曹司「今ならば、あなたの言うことも瑣末なことだと思える」
お嬢様「・・・寛大なご深慮に、感謝いたします」
お嬢様「それで、ですね・・・。 あの・・・今回、ご来日頂いた件ですけれど・・・」
253:
大旦那「空とぼけるのはやめないか。縁談交渉だろう?」
お嬢様「! お父様!」
大旦那「彼に気を遣っているのか? だとしたら、もう遅いな」
大旦那「ここへ入る前に、お前と御曹司殿の関係は話してある」
お嬢様「そんな!?」
お嬢様「あ・・・っ」チラ
男「・・・本当、なんだ・・・」ポツリ
お嬢様「ちが、違うのよ・・・! あ、いえ・・・そういう話があるのは、本当のことなんだけど・・・」
男「・・・」
254:
お嬢様「っ・・・お父様に・・・」
お嬢様「お父様に聞く気がなくても、聞いていただきます!」
お嬢様「御曹司様も、恥知らずな女と謗っていただいて構いません、どうか聞いて下さいませ!」
お嬢様「わたしは・・・お嬢様は、彼に・・・そこに居る男性に心惹かれております!」
大旦那「何を言いだす! よさないか、馬鹿馬鹿しい!」
大旦那「曲がりなりにも婚約者がいる前で、別の男に惹かれているだと・・・?」
大旦那「そのような、はしたない女に育てた覚えはない!」
御曹司「はは、そんなに怒鳴ることありませんよ。 確かにいい気分はしませんが・・・」
255:
大旦那「そうはいかん。この際だ、お前にも教えておいてやろう」
大旦那「そこの男はな、お前を騙して拐した、ペテン師だ」
大旦那「いや、ペテン師どころではないな。もっとタチが悪い・・・」
大旦那「――親に棄てられた、欠陥人間だ」
お嬢様「お父様ッ!!!」
大旦那「・・・ここ数日の、おまえたちのやり取りはほぼ全て把握している」
男・お嬢様「!?」
256:
大旦那「お前の制服にはな、マイクが仕込んであったのだ」
お嬢様「な、なんですって・・・? そんなこと・・・」
大旦那「それで常に監視させるよう、メイドにいい付けていたのだ」
大旦那「そうして、別の人間には、その男とやらの徹底した身辺調査を行わせた」
男「・・・!」
大旦那「漫画やドラマの世界だけの話かと思ったか? ふふ、ありがちな話だ」
大旦那「不思議に思ったろう? 何もしてこないのは何故だ、と」
257:
大旦那「敢えてしなかっただけだ。 そう、いつでも『何かする』のはできた」
大旦那「それが、たまたま今日になっただけだ」
お嬢様「・・・・・・さい」
大旦那「なんだ?」
お嬢様「・・・取り消してください」
大旦那「なにをだ」
お嬢様「彼は欠陥じゃないわ!」
258:
大旦那「満足に食事もできん人間だろう? そういった者の末路は想像ができる」
大旦那「いずれ、他者といるだけで苦痛を覚えるようになる。 ・・・その男自身、言っていた通りな」
男「・・・っ」
大旦那「断絶された世界で、独りきりでいる人間が、正常なわけもなかろう?」
お嬢様「望んでそうなったわけではないわ!」
大旦那「過程は問題ではない。 勉学も、仕事も、芸術も、評価されるのは結果であり現状だ」
259:
御曹司「・・・その通りだね」
御曹司「仮にあなたが彼と一緒になったとして・・・」
御曹司「オレには、それが上手くいくとは到底思えない」
お嬢様「そんなことない! わたしは、そんな風には思いません!」
お嬢様「第一、親が居ないと言うのなら、わたしだって同じでしょう!?」
大旦那「病気で死ぬのと、棄てられるのでは、まるで意味合いが違うだろう」
お嬢様「それで心が傷つくのは一緒よ! お父様の言う通り、大事なのは過去じゃない」
お嬢様「わたしの今の、この気持ちよ!」
260:
大旦那「おまえがそこまで惹かれるのは、この男の何に対してだ?」
大旦那「金がないのは勿論、特別な才能の一つも持ち合わせていない、平凡な人間ではないか」
御曹司「少なくともオレなら・・・名誉も地位も、権力も、あなたのために用意できる」
御曹司「誰よりも裕福で、満たされた暮らしが約束できる」
大旦那「もちろん、ただ普通であるだけの男におまえをやるつもりなど毛頭ないが」
大旦那「その相手が、精神的弱者であるのなら尚更許し難い」
大旦那「娘を持つ一人の親としては、これは当然のことだと思うがな?」
261:
お嬢様「・・・それは、でも・・・っ」
大旦那「なんであろうと、お前をその男にはやれん」
大旦那「・・・信用できんのだ」
大旦那「おまえが無知なのをいいことに、さんざ下卑た真似をしたのではとな」
お嬢様「彼は・・・! わたしは、彼と五日間、寝食を共にしましたけど」
お嬢様「彼が、お父様が心配なさるような、破廉恥な気持ちで・・・わたしに触れてくるようなことはなかったわ!」
262:
大旦那「・・・それは僥倖」
大旦那「娘が傷モノにされる前に解決できてなによりだ」
お嬢様「っ・・・こんな・・・お、お母様がいれば、きっと!」
大旦那「! 生きている人間の話に、死んだ人間を持ち出すんじゃない!」
お嬢様「・・・じゃあ、わたしの、わたしの気持ちはどうすればいいの?」
大旦那「そんなもの、初めからこうなると、わかっていただろう?」
大旦那「それに・・・今更どうしようもない話だ」
お嬢様「・・・?」
263:
大旦那「お前は明後日、御曹司殿と一緒に海外へ渡るのだ」
男「!?」
お嬢様「? な、何を言ってるの、お父様・・・冗談はやめて・・・」
大旦那「冗談ではない、既に学籍は除籍済みだ」
お嬢様「うそ・・・」
男(そうか。だから学校じゃあ、なにも・・・)
264:
大旦那「航空便も手配してある」
大旦那「できれば専属輸送を用意したかったが、なにぶん急に用意する必要があったからな」
大旦那「申し訳ないな、御曹司殿。少々窮屈な思いをさせてしまうかもしれん」
御曹司「とんでもない。一般の航空機というのも、それはそれで興味があります」
大旦那「私も鬼ではない。学友や教諭らにお別れを言う時間くらいは用意してやろう」
大旦那「明日、メイドに身辺整理も含めて送迎させよう。 メイド、いいな?」
メイド「はい。委細、かしこまりました」
265:
大旦那「だが、その男はダメだ。 お前が発つその瞬間まで、一切の接触を禁じる」
お嬢様「いや・・・そんなの! お父様・・・お願い、やめて・・・」
大旦那「やめるもなにもない。 もう、決まったことだ」
お嬢様「やだ・・・こんなの、こんなのあんまりよ・・・!」
大旦那「理不尽に思えるだろうが、いずれお前にも分かる時が来る」
大旦那「私は失敗したことがない。いつだって、正しかったのは私だ」
266:
大旦那「だからお前は、わたしの言うことを聞いていればいいのだ」
大旦那「そうすれば、お前は幸せになれる」
お嬢様「・・・」フルフル
大旦那「聞き分けろ」
お嬢様「彼と・・・話をさせて、二人で・・・」
大旦那「ダメだ」
お嬢様「・・・っ!!」
267:
大旦那「お間がいま持っている気持ちは、一過性のものだ」
大旦那「普通ではない出会い、普通ではない状況、普通ではない環境・・・」
大旦那「そういったものが、たまたまお前の感情回路に作用して生まれただけのものだ」
大旦那「いずれ冷静になった時に後悔する」
大旦那「その時傷付くのは、お前だけではない。彼も傷付くだろう。それでもいいのか?」
お嬢様「・・・・・・」
大旦那「理解したのなら、部屋へ行って、荷物をまとめろ」
お嬢様「・・・」フルフル
268:
大旦那「メイド、娘を連れて行ってくれ」
メイド「しかし・・・」
大旦那「もう話は終わりだ」
大旦那「御曹司殿、すまないが、一緒に行って見てやってくれないか」
御曹司「そうですね。まあ、あっちで物に困ることはないでしょうが・・・」
御曹司「思い入れがあるものは、手元に残しておいたほうがいいでしょう」
269:
御曹司「さあ、行こうか」
メイド「・・・お嬢様・・・」
お嬢様「・・・」フルフル
大旦那「いいから連れて行け!」
メイド「お嬢様、行きましょう・・・」
バタン……
270:
男「あ・・・」
大旦那「いま、タクシーを呼ばせる。それで帰ってもらおう」
大旦那「私は、仕事が溜まっているのでな。これで失礼する」
男「・・・・・・待ってください」
大旦那「なんだ? まだなにかあるのか?」
大旦那「おまえが何を言っても、もう――」
男「それは、いいです」
271:
男「あなたの言ったことはいちいち正論でしたし」
男「おれがあなたの言う通り、人間として欠陥なんだというのも自覚しています」
男「でも、彼女という存在を、ないがしろに扱うのは止めてあげて下さい」
大旦那「親が自分の子をどう扱おうと、他人に口出しされる謂れはないな」
男「おれは親が居ません。父は蒸発して、母は自殺しましたから」
男「だからもちろん、親の気持ちなんて分かりません」
男「けど、親が子を思うように、子も親を思います」
272:
大旦那「なにが言いたい?」
男「おれたちの会話、聞いていたんじゃないですか?」
男「彼女、あなたのことをとても気に掛けていました」
男「胃潰瘍に罹ってるんですよね? ・・・薬、欠かさず飲んでますか?」
大旦那「・・・」
男「あなたの言うこと、おれ、分かりますよ」
273:
男「自分が親になるなんて、想像もつきませんけど・・・」
男「おれがあなたなら、やっぱり納得行かないし、許せないと思います」
男「どんなに自分の子供が理想や感情を翳しても、相手が障害者だったりしたら躊躇います」
男「・・・それが当たり前です。好きだという感情一つで生きていけるほど、世の中簡単じゃないですから」
大旦那「見た目に反して現実主義だな」
男「ずっと戦ってきましたから。・・・現実と」
274:
男「お金があって、物に溢れてて・・・それで、幸せなんでしょうか?」
大旦那「ないよりは、あったほうがいいのは間違いなかろう」
男「彼女、寂しいって言ってましたよ。父親が、自分を見てくれなくなったと・・・」
大旦那「・・・」
男「彼女に、別れを告げるような学友は居ませんよ」
大旦那「なんだと?」
男「知りませんでしたか?」
大旦那「・・・」
275:
男「もう少し、時間をあげることはできませんか?」
男「おれと彼女の、ではなくて・・・」
男「彼女がもう一度好きだという相手が現れた時、それが、おれのような欠陥人間じゃなかったら・・・」
男「彼女とその男を・・・しっかり見てやって欲しいんです」
大旦那「・・・おまえは・・・」
大旦那「私がこんなことを言うのもなんだが、娘に未練はないのか?」
大旦那「なぜそのようなことを、笑って言える・・・?」
276:
男「未練はありますよ。お嬢様さんのこと、一生忘れられないと思います」
男「彼女のおかげで、おれは救われました。誇張じゃありません」
男「だから、彼女にはうんと幸せになって欲しいんです」
大旦那「なら・・・なぜだ?」
大旦那「駆け落ちでも何でも・・・方法はあったろう」
男「おれは・・・おれが世界で一番、彼女を幸せにできるんだって」
男「そんな風に思い上がること、できませんから」
277:
男「・・・それに、駆け落ちじゃあ、ダメなんです」
男「おれだけじゃダメなんです。あなたもいないと」
大旦那「私も?」
男「あなたにも、きっと祝福して欲しいんです。 だって、あなたは・・・」
男「あの子のたった一人、・・・血の繋がった『家族』なんですから」
大旦那「!」
男「・・・彼女のこと、よろしくお願いします」ペコリ
278:
大旦那「・・・待て」
男「?」
大旦那「・・・・・・」
大旦那「欠陥と言ったことは、取り消す・・・」
男「え・・・」
大旦那「それと数日間とはいえ、娘の面倒を見てくれたことには・・・感謝する」フイッ
大旦那「屋敷の門前まで、黒服に送らせよう」
男「・・・はい」クス
279:

父親も御曹司もそこまで悪いやつでは無さそうだな
続きに期待
281:

お嬢様「・・・・・・」
メイド「・・・」
メイド「御曹司様、少しよろしいでしょうか?」
御曹司「なんだい?」
メイド「申し訳ありませんが、お嬢様は少し寄るところがあります」
お嬢様「・・・?」
282:
御曹司「寄るところ?」
メイド「お察しください」
御曹司「・・・ああ」
メイド「ですので、先に、お嬢様の部屋の前でお待ちいただけますか?」
御曹司「そういうことなら、仕方ないな」
御曹司「了解だ。だけど、あまり待たせないでくれよ?」
御曹司「べつに待つのは嫌いじゃないが、今回は散々待たされたからね」
メイド「かしこまりました」ペコリ
283:
メイド「・・・・・・」
お嬢様「メイド? わたしべつに・・・」
メイド「どうぞ、お行きください」
お嬢様「・・・え」
メイド「おそらく、大門を出てからタクシーに乗るはずです」
メイド「先に人払いをしておきますから、そこでお待ちになるといいでしょう」
お嬢様「メイド?」
284:
メイド「・・・大旦那様の、おっしゃった通りです」
メイド「全てではありませんが、わたくしはお二人の会話を盗み聞きしておりました」
お嬢様「・・・」
メイド「お嬢様にとって、それがどれだけ許しがたい行為で・・・」
メイド「わたくしが何度地に頭を擦りつけようと、決してお許し戴けないであろうことも、覚悟しております」
お嬢様「そんなこと・・・」
285:
メイド「どんな方なのか・・・。 はじめは、興味と警戒が目的でした」
メイド「しかし、日を追うに連れて・・・」
お嬢様「・・・」
メイド「血は繋がっていなくとも、お嬢様とあの方は、紛れもない家族でした」
メイド「なにより、お嬢様があのように笑ってらしたのは、わたくしにはとんと久しぶりに思えました」
メイド「・・・ああ。この方は、お嬢様を心から笑顔に出来る方なのだと・・・」
286:
メイド「ですからこれは、お嬢様への謝罪と、あの方への感謝の気持ちです」
メイド「わたくしには、この程度が精一杯ですが・・・」
お嬢様「いいえ」
お嬢様「そんなことない、充分だわ。 ありがとうね、メイド・・・」ギュッ
お嬢様「わたし・・・行ってくるわね!」ニコッ
メイド「はい、行ってらっしゃいませ」フカブカ
287:

男「・・・」
黒服A「よそ見してんじゃねえ」
男「あ、すいません」
黒服A「そんなに珍しいか?」
男「そうですね」
男「まず、家の中を車で移動するところが珍しいです」
288:
黒服A「・・・」
男「・・・」
黒服A「おい」
男「なんですか?」
黒服A「おまえ、本当にお嬢様には指一本触れてないんだろうな?」
男「そうですけど・・・」
黒服A「・・・」
289:
男「そういうのは全部、ケジメを付けてからだと誓っていたので」
黒服A「誓った? 何にだ」
男「自分自身です。 彼女を好きになった、自分にです」
黒服A「・・・」
黒服A「俺はな、この屋敷で、お嬢様のことをずぅっと見てきたんだ」
黒服A「だからかね? 大旦那様の前じゃ口が裂けても言えねえが、妹か、娘のように思ってる」
男「はい」
290:
黒服A「これは、俺だけじゃねえ。同じように思ってるヤツはけっこういるんだ」
黒服A「だから、お嬢様を五日間も拉致監禁した、どこぞの腐れた馬の骨を憎む気持ちがないわけじゃねえ」
男「・・・拉致監禁・・・」
黒服A「だが・・・最低最悪の一歩手前のとこで、筋は通してるみてぇだな」
黒服A「次に顔を見たら、変形するくらいブン殴ってやろうと思っていたが・・・」
黒服A「・・・勘弁してやる」フン
男「・・・どうも」
291:
キキッ
黒服A「着いたぞ。降りろ」
黒服A「降りたら、脇に人が出入りするための通用門がある。そこから出ろ」
男「わかりました。わざわざ、ありがとうございます」
黒服A「それから、こいつを」
男「この、封筒は?」
黒服A「大旦那様から、おまえ宛てに預かったもんだ。 必ず渡すようにってな」
292:
男「・・・中身、お金じゃないですか・・・」
黒服A「だろうな。大旦那様が、どういうつもりで用意したかしらねえが・・・」
黒服A「受け取っておけ。 べつにあって困るもんじゃねえだろ?」
男「これ、手切れ金っていうのですか?」
黒服A「・・・・・・かもな」
男「返します」
黒服A「ダメだ。必ず渡せと言い遣ってる」
293:
男「彼女と会わないということに、いまさら異論を挟むつもりはないです」
男「けれど、縁まで切って失くすつもりはありません」
男「だから返します。 もしあなたが返せないのなら、歩いて戻ってでも、自分で返します」
黒服A「・・・ちっ。 返せ、俺の方から上手く言っておく」
男「お願いします」
294:
黒服A「・・・おい」
男「はい?」
黒服A「・・・お嬢様のこと・・・」
黒服A「もう、諦めんのか?」
男「・・・」
黒服A「べつにお前個人がどうのこうのってわけじゃねえぞ?」
黒服A「ただな、御曹司みたいな男に、お嬢様を預けるくらいなら・・・」
295:
男「・・・ありがとうございます」
男「でも、もう決まったことみたいですから」
黒服A「そうか・・・そうだな」
黒服A「じゃあな。もう、会うこともないだろうが」
男「はい」バタン
296:
ブロロロロ
男「・・・ふう」
男「・・・・・・」クルリ
男「大きいなぁ。・・・僕には大きすぎるや」
男「・・・言いたかったこと、まだまだあったんだけどなぁ・・・」
男「また、泣いてないかなぁ・・・」
お嬢様「泣いてないわよ」
297:
男「!」
お嬢様「なによ、そんな驚いた顔して・・・」
男「・・・なんで、ここに?」
お嬢様「自分の家だもの、散歩くらいするわよ・・・」
男「そっか・・・」
298:
お嬢様「・・・なんで」
お嬢様「なんで、そのまま帰ってしまおうとするの?」
男「・・・」
お嬢様「わたしに・・・! もう一度、どうにかして会いたいとか、おもっ・・・!」ポロッ
男「ごめん・・・」
299:
お嬢様「・・・どうして・・・?」
お嬢様「どうして、何も言わなかったの?」
お嬢様「お父様や御曹司様に、あんな風に言われて・・・ぜんぜん、悔しくないの?」
男「は・・・」
お嬢様「あんな風に言われて、どうして何も言い返さないの?」
男「それは・・・」
300:
お嬢様「わたしは悔しかったわ」
お嬢様「・・・あなたはダメじゃないもの」
お嬢様「わたしが知ってるあなたは、欠陥人間なんかじゃ、ないもの・・・っ」ポロポロ
男「・・・」
お嬢様「過去の自分がどうだったとしても」
お嬢様「人は、変われるわ。変われるのよ・・・」
お嬢様「あなたがそう、わたしに教えてくれたんじゃない!」
男「・・・」
301:
お嬢様「なんで黙っているの?」
お嬢様「言いたかったこと、あったんでしょう? 言いなさいよ・・・」
男「僕は」ギュッ
お嬢様「・・・」
男(僕が、静かに涙を流す彼女の手を握ると、彼女もそっと指を絡めてきた・・・)
男「僕はずっと、自分のことが好きじゃなかった」
男「でも、キミのおかげで・・・。キミと出会って、キミの言葉で、キミがくれた温もりで・・・」
302:
男「ほんの少しだけど、僕は僕で。 ・・・これでもいいのかなって、思えるようになった」
男「それが、僕にとっては変わったってことなんだとしたらさ」
男「僕にはもう、それで十分だよ」
お嬢様「・・・それで十分? もう・・・?」
お嬢様「・・・わたしたち、これで終わりでもいいの・・・?」
お嬢様「こんな風に、もう会えなくなって、お別れしてしまってもいいの?」
303:
男「キミは、たくさんの人を幸せにできる人だよ」
男「僕一人じゃ、とても釣り合わない・・・勿体無い、女の子だ」
お嬢様「他の人なんて・・・! わたし考えられないし、考えたくないわ・・・っ」
お嬢様「だから、もう一度わたしと一緒に、お父様と話しましょう?」
お嬢様「わかってもらえるまで、何度も」
お嬢様「どうしてもダメだと言われたら、あなたと二人、どこか遠くへ・・・!」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4048868284/minnanohima07-22/ref=nosim/
304:
男「それはダメだよ」
男「それじゃ、僕もキミも、幸せにはなれない」
男「キミだって、それは分かるでしょ?」
お嬢様「でも、それじゃあ本当に、お別れなの・・・?」
お嬢様「イヤよ、イヤ・・・あなたと離れたくない・・・ずっとあなたといたい・・・」
お嬢様「あなたは、そうじゃないの? ・・・わたしのこと・・・」
男「好きだよ」
305:
お嬢様「・・・っ、ぅ・・・」ポロポロ
男「・・・」
お嬢様「っく・・・ぐす、ひっく・・・」ポロポロ
男「・・・やっぱり、キミのお父さんだね」
男「細かい仕草とか、照れたり泣きそうなると、背を向けるところとかソックリだ」
お嬢様「ぅ・・・っく・・・」ポロポロ
306:
男「お父さんのこと、大切にね」
男「もっと、怖がらずに、自分のことをたくさん話して上げなよ」
男「直接話すのが難しいなら、メールでもなんでもいいから、ね?」
男「やっぱり『家族』はさ・・・一緒に居なきゃダメだよ」
お嬢様「・・・」
男「・・・」
307:
お嬢様「・・・さいごのわがまま」
男「?」
お嬢様「デートには、行けなかったから・・・」
お嬢様「・・・まだ、有効でしょう?」
男「・・・うん。今ここで、僕ができることなら、なんでもするよ」
お嬢様「・・・目を瞑って?」
男「わかった」
308:
お嬢様「・・・ん・・・」
男「・・・」
お嬢様「・・・」
お嬢様「ファースト・キスよ」
お嬢様「男さん・・・名前を呼ぶのは、初めてね。 なんだか不思議な感じ・・・」
お嬢様「あなたと過ごした時間は、わたしの人生の中で、一番安らぎに満ちたものだったわ」
309:
お嬢様「男さん・・・・・・男様」
お嬢様「男様がそうであるように、わたしも、男様にどれだけ救っていただいたか・・・言葉にできません」
お嬢様「わたしの人生に、夢のような日々を、ありがとうございました」
お嬢様「・・・わたしは・・・お嬢様は、これから先もずっと、男様だけを想っております」
お嬢様「ずっと・・・ずっと、愛しております」
男「・・・」
お嬢様「さようなら」
317:

タクシーの運転手「着いたぞ、兄ちゃん」
男「ん・・・ぅ」
タクシーの運転手「住所、ここで合ってるよな?」
男「・・・あ、・・・はい」キョロキョロ
タクシーの運転手「はっは、寝ぼけてるな? すっかり寝入ってたもんなぁ」
タクシーの運転手「悲しい夢でも見てたのか?」
男「え?」
318:
タクシーの運転手「いや、頬に涙の跡がよ」
男「・・・」コシコシ
男「・・・いくらですか?」
タクシーの運転手「ああ、お代ならもう貰ってんだ」
タクシーの運転手「だから、そのまま降りちゃってくれや」
男「・・・そうですか」ガチャ
319:
タクシーの運転手「・・・兄ちゃん、何があったかしらんけど、元気出せよ?」
タクシーの運転手「俺もよぅ、去年、二十年勤めた会社をリストラされちまってな」
タクシーの運転手「こんな時代だろ? 資格もキャリアもない中年オヤジには、再就職なんてホトホトなぁ・・・」
タクシーの運転手「でもよぅ。ウチに帰っと、笑顔の嫁が、泣き言一つ零さずに迎えてくれんだよ」
タクシーの運転手「毎日毎日よ。そしたらだんだん、自分が惨めに、情けなくなっちまってよ」
タクシーの運転手「俺と別れてくれ、自分の人生を歩いてくれやって・・・折れちまったんだなぁ」
320:
男「・・・」
タクシーの運転手「でもよ、そしたら・・・はっは。『絶対に嫌です』って」
タクシーの運転手「『貴方がどんなに貧しくても・・・どれだけの不幸に見舞われようと、私は貴方に寄り添って歩いてゆきます』」
タクシーの運転手「『ですから貴方も、私の手を引いて歩き続けて下さい。前に、進み続けてください』」
タクシーの運転手「『そしてどうか、生きてるうちは、前に進むことを諦めないで下さい』」
タクシーの運転手「・・・それが、生きてる人間の唯一の義務です・・・ってよ」
321:
男「・・・いい話ですね」
タクシーの運転手「ん、なんかノロケたみたいになっちまったか?」
タクシーの運転手「はっは、年甲斐もなくマジに語っちまって、恥ずかしいったらねぇな!」
タクシーの運転手「・・・なんだか、兄ちゃんの顔が・・・その頃の俺と、同じ顔してたように見えたからよ」
タクシーの運転手「見当違いなら、中年の戯言と思って、聞き流してくれや」
男「・・・はい・・・」
タクシーの運転手「それじゃあな、兄ちゃん」
男「ありがとうございました」バタン
322:
ブロロ・・・
男「・・・」
男「いつの間にか、日がこんなに傾いて・・・」
男「・・・」
男「・・・なんだか、あっという間だったなぁ・・・」
ガチャ
男「ただいま」
男(そういえば、もう誰もいないんだったなぁ・・・)
323:
友「おかえり」
男「! と、友!?」
友「鍵、かかってなかったぞ? 無用心だな」
男「あ・・・。 出る時、バタバタしてたから」
友「ウチの妹が、車に乗ってくところを見てたみたいでさ」
友「とにかく泣きつかれて、様子を見に来てみれば、こんな状態だろ?」
324:
友「男・・・」
友「・・・ひとりか」
男「うん・・・」
友「お嬢様ちゃんは?」
男「帰ったよ、自分の家に」
友「そうか・・・」
友「まあ、気を落とすなよ。明日になれば、また学校で会えるさ」
325:
男「学校は辞めたよ、彼女」
友「はあ?」
男「実は婚約者がいて、その人と、外国へ行くんだって」
男「いつこっちへ帰ってくるかは分からないし、僕はもう、彼女とは会えない」
男「会うな、って言われた」
友「・・・・・・は、」
友「話が急すぎて、把握しきれないんだが・・・」
友「それで、そのまま帰ってきたのか」
326:
男「うん」
友「うん、って・・・! 男は、それでいいのか?」
男「そんなの、良いも悪いもないじゃないか」
男「土台、こんな状態長続きしっこなかったのは、友だってわかってたでしょ?」
男「彼女にはちゃんと本当の家族がいて、その父親が、彼女のためにそうすることを決めたんだ」
友「・・・お嬢様ちゃんが承諾するとは思えない」
男「そうだね・・・嫌がってたよ」
327:
友「横暴じゃないか!」
男「僕といるよりはいい」
友「それは、お嬢様ちゃんがそう言ったのか?」
男「・・・」
男「彼女ってさ、ほら、お嬢様でしょ?」
男「僕とは、身分違いにすぎるって」
友「やめろよ! なんだよそれ・・・?」
友「人を好きになる気持ちに、貴賎なんてあるか!」
328:
男「・・・もう、どうしようもないことなんだよ」
男「飛行機、取ったって。 ・・・明後日出発するみたい」
友「よし、俺が車を出す。 今すぐお嬢様ちゃんの所へ行こう!」
男「いいよ・・・。お別れなら、済ませてきたから・・・」
友「なんでそんなに淡白なんだよ・・・もう会えないんだろ?」
友「なんとも思わないのか? なんにも感じないのか?」
友「悲しくないのかよ!?」
329:
男「――悲しいよ!」
友「!」
男「彼女にもう、会えないんだって・・・声が聞けないんだって思うと・・・」
男「寂しいし、辛いし・・・苦しいよ!」
男「でも、彼女はホントにいい子で、友みたいになんでもできて」
男「だから・・・僕なんかといるよりも、きっと」
友「・・・またそれか」
330:
男「・・・」
友「二言目には決まって、自分みたいな人間はって言うんだよな」
友「・・・男はさ、ただ怖がっているだけだ」
友「繋がりを作ること、それを失うこと、そうして心が傷付くことを」
友「怖がって、避けてるだけじゃないか」
友「俺は、人並みの恋しかしたことないけど・・・誰かを好きになるのに、二番や三番はないんだ」
友「いつだって『誰が一番か』っていうのが、恋をするってことじゃないのか?」
331:
友「お嬢様ちゃんにとっては、男が一番で・・・」
友「お互い好き合ってて、一緒にいる理由に、それ以上なにが必要だ!?」
友「彼女の気持ちを、彼女の一番(おまえ)が否定するなよ!!」
男「っ・・・」
男「・・・それじゃあ、どうするのさ」
332:
友「とりあえず、どこか遠くへ二人で逃げちまえば・・・」
男「それこそ、この五日間となにも変わらない!」
友「帳尻なら、あとでいくらでも合わせればいいだろ!」
男「後ろめたさを抱えながら、彼女と暮らすのなら・・・僕は彼女の一番失格だ」
友「・・・っ」
333:
男「それに、ほんの少しだけど・・・気後れしたんだ」
男「・・・住む世界が違うんだなぁって、そう思っちゃったんだ」
男「彼女を一番傷付ける考え方をして、僕は彼女の気持ちに背を向けた」
男「彼女から逃げたんだ! ・・・結局僕は、弱くて情けない、ダメな人間のままで・・・」
男「そんな男が・・・いまさら、どんな顔して会いに行けるんだ・・・?」
友「・・・」
334:
友「・・・どんな顔だっていいじゃないか・・・」
友「誰だって、そんなに強くないだろ? みんな弱いところいっぱいあって・・・」
友「お嬢様ちゃんだって、そういう弱いところ全部裸になって、男に見せてきたんじゃないか」
友「男だって弱いところあって当たり前だろ」
男「・・・」
友「『僕は弱くて情けない、ダメな人間です』って・・・」
友「そういう顔していけばいいだろ!」
335:
男「・・・・・・」
友「男が躊躇うのも仕方ないさ。・・・性格や価値観って、一朝一夕で変えられるほど単純じゃない」
友「だからおまえが、弱くて情けない自分を、どうしても信じられないのなら・・・」
友「お嬢様ちゃんを、信じてみたらどうだ?」
男「お嬢様さんを・・・?」
友「『あなたはダメじゃない』って、そう言ってくれた彼女の言葉を」
友「おまえが好きになった・・・お嬢様ちゃんが変わったと信じる『男』ってヤツのことを」
336:
男「・・・」
友「・・・部外者の俺が、なに勝手なこと言ってんだって思うだろうけどさ」
友「俺は、男とお嬢様ちゃんの出会いは、特別なものだったんだって信じたいんだよ」
友「運命だったんだって」
男「・・・運命・・・」
友「俺も」
男「?」
友「お嬢様ちゃんが言うように、男は変わったって、信じてる」
337:
友「彼女と出会って、おまえは変われたんだよ」
友「だからもう一度、理屈や建前は抜きで、自分がどうしたいのか考えてみてくれ」
男「どうしたいか・・・」
友「おまえが前へ進む気になったのなら・・・。俺が、必ず何とかしてやる!」
男「友・・・」
友「連絡、待ってるからな」
男「・・・」
男「・・・僕は・・・!」グッ
344:

プルルルル・・・プ゚ルルル
・・・。
メイド「・・・もしもし? メイドです」
メイド「こちらは、さきほど学校に残った、お嬢様の荷物をまとめ終えたところです」
・・・。
メイド「・・・大旦那様は、お帰りなりましたか?」
・・・。
メイド「・・・そうですか」
345:
・・・。
メイド「・・・お嬢様なら、今しがた、担任の教師へご挨拶へ伺ったところです」
・・・。
メイド「・・・それは、そうでしょう。いえ、少なくとも、表面上は・・・」
・・・。
メイド「・・・わたくどもより先に、大旦那様が帰られるようなことがあれば、しっかりとお出迎えを」
・・・。
メイド「・・・ええ。こちらも、あと数刻ほどで戻ります」
346:
・・・。
メイド「・・・。ところで・・・」
メイド「あの、男という方が・・・屋敷に顔を出したりといったようなことは・・・?」
・・・。
メイド「・・・そうですか。もし・・・」
メイド「もし、彼が訪問してきたら、すぐにわたくしへ連絡しなさい」
・・・。
メイド「・・・もちろん、大旦那様には内密に」
347:
・・・。
メイド「・・・構いません。責任は、全てわたくしが取ります」
・・・。
メイド「・・・そうであるのなら、なおのことです」
・・・。
メイド「・・・ええ、よろしくお願いします。・・・では」
ピッ
お嬢様「・・・?」スタスタ
348:
メイド「お嬢様、お帰りなさいませ」
お嬢様「ええ・・・メイド?」
メイド「はい、なんでございしょう」
お嬢様「誰と電話をしていたの?」
メイド「屋敷の使用人です」
メイド「いくつか片付いてないままの雑務がありましたので、それを言伝たのと」
メイド「わたくしが帰る前に、大旦那様が戻られるようなことがあれば、しっかりお迎えするようにと」
お嬢様「そう・・・」
349:
メイド「担任教師へのご挨拶は、お済になったのですか?」
お嬢様「ええ・・・」
メイド「なにか、お嬢様に仰ってましたか?」
お嬢様「そうね。向こうへ行っても、頑張るようにと」
メイド「・・・左様でございますか」
お嬢様「・・・」
メイド「・・・あの、お嬢様・・・」
350:
お嬢様「帰りましょう」
メイド「・・・はい」
友「自分の教室には、寄っていかないの?」
お嬢様「? あなたは・・・」
メイド「! あの時の・・・!」
友「・・・男に、なにも言わないで行くつもりかい?」
351:
お嬢様「っ・・・」キョロキョロ
友「男なら、ここにはいないよ」
お嬢様「!」
メイド「・・・どういった用件でしょうか?」
友「今日は、あのコワーイお兄さんたちはお留守番?」
メイド「・・・ええ、そうです」
友「そう、よかった。なら、まともに話ができそうだ」
352:
お嬢様「はなし?」
友「そっちのクラスの先生問い詰めたら、今日の午後に来るって言うじゃないか」
友「昼休みからこっち、午後の授業全部サボって待ってた甲斐があったよ」
お嬢様「・・・メイド」
メイド「はい」
お嬢様「この人と、二人で話をさせて」
メイド「しかし・・・」
お嬢様「お願い」
メイド「・・・かしこまりました」ペコリ、スタスタ
353:
友「・・・」
お嬢様「友さん、ですよね?」
友「そうだよ、お嬢様ちゃん」
友「お互い、男を通して話は聞いてるわけだけど・・・こうして話すのは、初めてだね」
お嬢様「そう・・・ですわね」
友「最初で、最後になるかもしれないけど」
お嬢様「っ・・・」
354:
友「さっきはああ言ったけど」
友「男、学校には来てないんだよね」
お嬢様「! ・・・そう、ですか・・・」
友「気になる?」
お嬢様「・・・」
友「・・・・・・小学校の頃はさ」
お嬢様「?」
355:
友「・・・俺たちが、ランドセルを背負ってそうしないうちまでは、男もああじゃなくってさ」
友「母親が旧友同士ってのもあったのかな。どこへ行くのも、何をするのも、二人つるんでヤンチャしてた」
友「俺って上も下も女だから、男のことは幼馴染っていうより、兄弟ってかんじなんだよなぁ」
友「誕生日、俺の方が少し早いのもあって、しょっちゅう兄貴風吹かせてさ」
友「あっちこっち連れまわして・・・俺はいつでも男の前を歩いて、後をついてくる男の手を引いてた」
お嬢様「・・・」
356:
友「俺って、自分で言うのもなんだけど、器用な方でさ」
友「男にもよく、『友は何でもできるよね』なんて言われるんだけど・・・」
友「ほとんど、あいつのおかげみたいなところあるんだよね」
友「男が興味を持ったこととか、先回りして必死に調べてさ」
友「『友はやっぱりすごい』って、ニコニコしながら言われると、弟ってこんなかんじなのかなって」
お嬢様「・・・」
357:
友「・・・小学校四年生の、夏休みの時だったかな」
友「男の親父さん、突然いなくなっちゃったんだよね」
お嬢様「・・・!?」
友「出かけたっきり、家に戻ってこないでさ。蒸発っていうの?」
友「もちろん捜索願いとか、できることは全部やったんだけど・・・」
友「もともと、あまり家にいる人じゃなかったみたいでさ。俺も、数えるくらいしか会ったことないんだ」
友「だから、そんなことになっちゃった理由は分からない。 きっと、男も、おばさんも・・・」
358:
友「・・・それからは、目に見えて男と会って遊ぶ時間は減ったよ」
友「クソガキだった俺は、よく母さんに不満垂らしてたけど・・・当たり前だよな」
友「男は、おばさんの手伝いをするんだって、必死に家事を覚えはじめた」
友「掃除に洗濯・・・料理も。遊びたい盛りの子供がだぜ?」
友「俺からしたら、男のほうがよっぽどすごいヤツなんだよ」
お嬢様「・・・」
359:
友「でも、おばさんは・・・。無理、してたんだろうなぁ・・・」
友「あんまり強くない人なんだなっていうのは、たまに男から聞く話で、思ってはいたけど・・・」
友「・・・・・・」
お嬢様「・・・?」
友「・・・俺たちが、中学へ上がってすぐだった」
友「強い雨が降る日だった」
友「・・・・・・おばさんは・・・・・・」
360:
友「男と、無理心中しようとした」
361:
お嬢様「――!!」
友「その日は、月に一度のご馳走の日だって・・・」
友「おばさんは、自分の作った料理に毒物を混入させて、服毒自殺を図った」
お嬢様「・・・りょうり、に・・・?」
友「男が気付いた時、目に入ったのは、テーブルに突っ伏して口から血と泡を溢したおばさんの姿だ」
お嬢様「・・・っ!!」
362:
友「男はその光景を見て、その場で胃の物を全部ぶち撒けた」
友「そのうち吐くものが無くなってからも、涎と胃液を垂れ流し続けた」
お嬢様「・・・っ」ポロッ
友「・・・それが生理的、精神的な反応であったとしても・・・結果的には、それが良かったのかもしれない」
友「次の日、学校に来ないまま連絡のつかない男の家を訪ねた俺が見たのは・・・」
友「変わり果てたおばさんと・・・・・・涙と、自分の吐瀉物に塗れながら気絶する、男だった」
363:
友「あの後、どう対処したのか・・・よく覚えてない。とにかく救急車がきて」
友「――男はそのまま三ヶ月間、家には帰れなかった」
お嬢様「・・・っ、ぅ・・・」グスッ
友「肉体的な後遺症が残らなかったのは奇跡だと、医者は言ってたけどね」
友「・・・ハハッ、なにが奇跡だ。ふざけんじゃねえよ・・・!」
友「あの時の・・・っ、男の姿を見ても、同じことが言えんのかよって・・・!」
お嬢様「ぅ・・・ぐす・・・っ」ポロポロ
364:
友「・・・それから男は、人が変わったようになった」
友「ほら、そんなに大きくない町だろ? 噂も、すぐに広まって・・・」
友「心にひどい傷を負ったまま、あいつは独りになった」
友「・・・あとは、お嬢様ちゃんも知ってのとおりだよ」
お嬢様「・・・っ、・・・」ゴシゴシ
友「・・・」
365:
お嬢様「・・・どうして、その話をわたしに・・・」
友「フェアじゃないと思ったからさ。 ・・・男には悪いけど、これからする頼みには」
お嬢様「頼み・・・わたしに?」
友「・・・・・・男を」
友「あいつを、拒絶しないでやってくれ」
友「・・・高校に入って、環境が変わってからも、男は独りでいることをやめようとしなかった」
366:
友「でも本当は、救って欲しかったんだと思う」
友「他の人間との交流は頑なに避けるくせに、学校へは毎日律儀に通い続けて」
友「もう二度と辛い思いはしたくないと思いつつも、完全に独りきりになってしまうことが、怖かったんだろうな」
お嬢様「・・・」
『イヤなら、鍵を掛けてしまえばいいでしょう!』
『掛けたことなんてないよ・・・怖いじゃないか』
お嬢様「・・・ぁ」
367:
友「実は俺、お嬢様ちゃんのこと、少し恨んでるんだよね」
お嬢様「え・・・」
友「お嬢様ちゃんは『蜘蛛の糸』なんだよ」
お嬢様「い、いと・・・?」
友「それがさ、引っ張り上げるだけ引っ張っておいて、最後の最後でそれを切っちゃう」
友「ひどいじゃないか? 中途半端で、男はどうするんだよって・・・」
友「だから、恨み言の一つでも言ってやろうかなって」
お嬢様「ぅ・・・」シュン
368:
友「さっきの、男の話・・・ひいた?」
お嬢様「・・・・・・正直に言って、すこし」
お嬢様「嫌悪感ではなくて・・・。わたしでは、とても想像もつかないような出来事だから・・・」
友「そりゃあそうだ」
友「人間って、他人の痛みには残酷なくらい鈍感だよ。 まして心の痛みなんて、本人にしか分からないさ」
友「でも、お嬢様ちゃんは、男のために泣いてくれたじゃないか」
369:
お嬢様「・・・でも、わたしは・・・」
友「俺に言わせればさ、二人して意気地なしなだけだ」
友「困難だから、それで諦めるの? 本当に、それで終わっちゃっていいの?」
友「・・・男のこと、好きじゃないの?」
お嬢様「好きですっ!」
友「!」
お嬢様「愛しています・・・!」
お嬢様「きっともう、こんなに誰かを好きになることありません」
370:
友「・・・そっか。・・・それだけ聞ければ、十分かな」
お嬢様「・・・?」
友「明日、何時の飛行機?」
お嬢様「え、ええと・・・××空港から、十二時丁度初の、トルコ行きの便ですけれど・・・」
友「わかった」コク
お嬢様「でも、男さんは・・・!」
友「必ず間に合うよ。だって、男とお嬢様ちゃんは・・・家族なんだろ?」
お嬢様「・・・」
371:
友「男を、必ずキミの所へ送る。それは、俺の役目だ」
友「誰にも譲るつもりはない」
友「だから信じて待っていてくれ、キミの一番を」
友「お嬢様ちゃんが好きになった、男って人間を」
お嬢様「・・・はい」クス
ポッ・・・
372:
お嬢様「あら・・・?」
友「雨か・・・」
ポツ・・・ポツ・・・
友「まるで、あの日みたいだ・・・」ボソ
お嬢様「え、なにか?」
友「・・・あ、なんでもないよ」
友「・・・・・・」ジッ
友「・・・強く、なりそうだな・・・」
374:
友の言動がいちいちかっこよすぎる
376:

ポッ・・・
男「・・・雨・・・?」
男(箪笥の奥に仕舞っていた、父さんと母さんと僕が映った家族写真・・・)
男(それが収められた、小さな木製のフォトフレームを持つ僕の目の前の窓を、水滴が小さく叩いた・・・)
男「・・・」
377:
男「母さん・・・」
男「僕、一晩考えてみたけど、もう一度彼女に会うよ」
男「会って、どうするかは決めてないし、分からないけど・・・」
男「きっと、彼女が好きになった僕なら、そうすると思うからさ」
男「だから行くよ。行ってくる」
男「・・・」
378:
男「ねえ、母さん」
男「・・・どうして、僕と一緒に死のうとしたの?」
男「・・・僕は、愛されてなかったのかな・・・」
男「・・・」
ピンポーン!
男「? 誰だろう・・・?」
男「友かな?」スタスタ
379:
男「・・・どちら様ですか?」
?「お嬢様の、屋敷のモンだ」
男「えっ・・・?」ガチャ
黒服B「いなけりゃ、帰ってくるまで張り付いてやるつもりだったが」
黒服B「ふん、学校はサボりか?」
男「あなたは・・・」
380:
黒服B「・・・お嬢様が、お前に話があるそうだ」
男「! 彼女が来てるんですか!?」
黒服B「ここにはいねぇよ」
黒服B「大旦那様には内緒なんでな、後から来る。・・・お忍びってやつだ」
男「そう、ですか・・・」
黒服B「どうする?」
男「行きます」
男「僕も・・・彼女ともう一度、話がしたかったんです」
381:
黒服B「・・・人気のない所に案内しろ」
男「え?」
黒服B「あまり、人に見られたくはないだろ?」
黒服B「そうだな。滅多に人の来ないところがいい」
男「僕の家じゃあダメなんですか?」
黒服B「あ?そうだな・・・。ここでやると、後処理が面倒くせぇからな」
382:
男「処理?」
黒服B「・・・とにかく、外の方が都合がいいんだ」
男「わかりました。少し歩きますけど、いいですか?」
黒服「ああ、かまわねぇぜ」ニヤリ
・・・・・・
男「こっちです」
黒服B「・・・」
383:
男「あの、聞いてもいいですか?」
黒服B「なんだ?」
男「お嬢様さん、変わった様子とか、ありませんか?」
黒服B「・・・さあな」
男「お父さんとは、仲直りしてましたか?」
黒服B「・・・さあな」
男「そういえば連絡って・・・彼女、携帯電話は持ってませんでしたよね?」
384:
黒服B「まだか?」
男「あ・・・この、すぐ先です」
黒服B「ここはなんだ?」
男「養蚕工場、らしいです。元、ですけど・・・」
男「ここ、おれが小さい頃から廃工場で、友達とよく探検したり・・・って、関係ないですね」
男「今は、隅の一角を、粗大ゴミ集積場に使ってます」
男「とは言っても、予備ですから、ここへ持ち込む人はまずいません」
黒服B「ほぉ、ゴミ置き場か」
385:
男「ここなら、人が来ることはないです」
黒服B「そいつぁ、都合がいい・・・」
男「え? 何が――」
ドガッ!!!
男「――・・・ッ!!?」ズシャッ
男(な、殴られた! 思いっきり・・・顔を!)
386:
黒服B「・・・・・・てめえのせいだ」
バキッ!!!
男「ッ!?」
黒服B「てめえのせいで、お嬢様は!」
ドカッ、ドガッ!!
男「〜〜ッ!?」
387:
黒服B「変わった様子は、だとぉ?」グイッ
男「・・・ッ・・・!」
男(倒れ伏す僕にのしかかり、髪を掴み上げてきた・・・)
黒服B「てめえと出会ってから、お嬢様は変わっちまったよ、なんもかんも!」
ガンッ!
黒服B「この俺が愛して病まない、儚く憂う表情はナリを潜め、夢だ恋だ乙女だの!?」
黒服B「あまつさえ、海外だァ!? ・・・俺の手の届かないところへ行っちまうだとォ!!」
ガンッ!!
388:
黒服B「貴様のせいだ、このクズ野郎ッ!欠陥野郎がッ! 分不相応も甚だしい!」
黒服B「どこをとっても三流以下の、救いようのないゴミ人間が、この俺のお嬢様と五日も!?」
ガンッ!!!
黒服B「俺だけだ・・・! 世界中でお嬢様に触れることが、愛でることが許されるのは!」
黒服B「それをッ・・・!! 貴様は二度と、お嬢様の前に顔を出せないようなツラにしてやる!」
ドカッ、バキッ、ガンッ、グシャッ、ベキッ ・・・・・・・・!!
389:
黒服B「はっ、はぁ、はぁっ」
男「・・・ぁ、・・・」
黒服B「ひ、ひひッ」
男「ぅ・・・っ」
黒服B「ひひひッ、どうだ思い知ったか!? 俺のモンに手を出すからだ!」
ドスッ!!
男「げェ、ッほ!」
男(お腹に・・・つま先を蹴り込まれた・・・)
390:
黒服B「オラ、オラァ、オラァッ!!」
ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ!
男「ぅぐ、ォ゛・・・ッぅ゛ぇ・・・ッ」
黒服B「おいおい、汚ねぇなぁクズ! ところかまわず粗相とは、気品が知れるぞゴミ人間!」
黒服B「そら、こっちだ・・・!」
ズリズリ
黒服B「オイオイ、よかったなァ、すぐそこがゴミ捨て場で?」
ドサッ!!
391:
黒服B「おーおー。ゴミはゴミらしく、そこにいるのがよく似合ってる、ぜッ!」ペッ!
男「・・・っ」ビチャッ
黒服B「ひゃッひゃッ、じゃあな。 そのまま、業者に夢の国まで運んでもらえや!」
男「っ・・・ぁ」
ポッ・・・ポツ・・・
男(滅茶苦茶に殴られた顔が、熱い)
男(しこたまお腹を蹴られたせいかな、気持ち悪い)
392:
ポツ、ポツポツ・・・
男(右目・・・瞼が重くて、開けらんないや。・・・頭、チカチカする。意識が、飛びそうだ)
男(僕、なんでこんな目に遭ってるんだろう・・・)
ポツポツポツポツ・・・
男(こんなことって、あるんだなぁ・・・)
男(ごめんね、友。 せっかく、背中を押してもらったのに・・・)
男(・・・・・・)
男(・・・ごめんね、お嬢様さん・・・)
ザアァァァァァ・・・
男「・・・・・・」
393:

ザアアアア・・・・
(いつの間にか本降りになった雨が、僕の全身を叩く・・・)
(冷たいはずなのに、なんにもかんじない・・・)
ザアアアァァァ・・・
(何も、見えない・・・真っ暗だ・・・)
(体は動かないし、なんだか気力も湧かない・・・)
394:
(僕は結局、なんにもできないまま・・・変われなかった・・・)
(もう、いいや・・・)
(もう、疲れた・・・)
・・・このまま、寝かせて・・・
・・・
『・・・男』
・・・?
・・・僕を、呼ぶ声がする・・・
・・・誰だろう・・・?
395:
BGM
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=gBlq6pnWsdk
『・・・』
『どうした? なんで、泣いている?』
・・・父さん・・・?
『辛い時にこそ、男は笑うもんだぞ』ニコ
『そうでないと、傍にいる家族が、不安になっちゃうだろう?』
396:
・・・
『・・・父さん、また出かけるけど・・・母さんのこと、頼むな』
『俺がいない間は、男が父さんの代わりに、守ってやらないとな?』
『そんなに寂しそうな顔するなよ。なぁに、すぐに帰ってくるさ』
『いつだって、母さんと男のいるこの家が、父さんの帰る場所なんだから』ニコッ
397:
・・・
『・・・男ちゃん、パパは必ず帰ってくるわ。ママは信じてる』
『だからそれまでは、ママが、男ちゃんとこの家を守るからね?』
『だってわたしは、男ちゃんのお母さんだもの、ふふっ』
・・・母さん
『男ちゃんは玉子焼きが好きなのね。じゃあ、ママが作り方を教えてあげるわ』
『いつか、男ちゃんが食べさせたい誰かに、美味しいって言ってもらえるようにね?』クスッ
398:
・・・
『ごめんね、男ちゃん。ママ、忙しくって、授業参観にも運動会にも行けなくって』
『友くんのお母さんに、ビデオとってもらったから、後で一緒に見ようね?』
『ふふっ、だって親だもの。男ちゃんのことは、何でも知っておきたいの』
『運動会は、終わっちゃったけど・・・。ママに、男ちゃんのこと、応援させてね』ニコッ
399:
・・・
『ごほっ、ごほっ。・・・ダメね、ママ。男ちゃんに迷惑ばっかりかけちゃって』
『・・・もう、泣いたらダメよ、男ちゃん。大丈夫、ママならすぐに元気になるから!』
『もうすぐご馳走の日でしょう? 男ちゃんの好きなもの、ママたくさん作ってあげるからね』ニコ
・・・
『どう? 男ちゃん、美味しい?』
『そう・・・。ふふふっ、よかったわ』ニコッ
400:
・・・
ザアアアァァァァァ・・・
『ファースト・キスよ』
・・・あ・・・
『夢のような日々を、ありがとうございました』
『ずっと、愛しております』
401:
・・・
『こうした方が、あったかいもの』
『あなたと、ずっと一緒にいれたらって思ってるの』
『わたしがあなたの家族になるわ』
・・・
『あなたはここにいる。わたしがしっかり抱いているもの』
 
『わたしが、あなたを暖めるから』
『そう、決めたからね?』
402:
・・・
『ここ、座ってもいいかしら?』
『いいわ。わたしがそっちへ行くから』
『い、いいわよね?』
・・・
『わぁ、おいしいっ』
『玉子焼きって、こんなに甘くてとろ〜ってしてたのね』
『お手洗いで食べるご飯がこんなに美味しかったなんて!』
403:
・・・
―・・・『それとも、あなたと一緒だからかしら?』・・・―
ザアアアァァァァ・・・
男「・・・」
男「・・・うん」
男「きっと、僕も・・・」
405:
黒服Bはストーカー?
406:
>>405
黒服Aと同様、お嬢様が幼い頃から屋敷に勤めてます
Aのように、妹か娘のように想えれば良かったのですが、見方が歪んでしまった
毎夜想像を(18禁な方向に)逞しくしてるので、精神構造はストーカーと変わらないかもしれません
419:

お嬢様「お父様、いますか?」コンコン
大旦那「・・・」
ガチャ
お嬢様「・・・お父様」
お嬢様「・・・そろそろ、出発します」
大旦那「・・・そうか」
420:
お嬢様「・・・」
お嬢様「わたし、御曹司様と行きます」
お嬢様「お父様の、言う通りにします」
お嬢様「だから・・・最後のお願いです」
大旦那「おまえの最後の我侭なら、もう聞いてやった」
大旦那「おまえがどうしてもとせがむから、一般の学校へ転校することを許したのだ」
お嬢様「はい。だから、これはワガママではなくて、お願いです」
大旦那「・・・なら、私がそれを聞いてやる道理はないな?」
421:
お嬢様「彼のこと、お父様にお願いしてもいいですか?」
大旦那「・・・」
お嬢様「男さんのことを、どうかよろしくお願いします」ペコリ
大旦那「・・・あの男のことは、早く忘れるんだ」
お嬢様「忘れることなんて、できません」
お嬢様「人を、心から好きになるって、そういうことでしょう?」
お嬢様「お父様は・・・お母様のこと、忘れてしまったのですか?」
大旦那「・・・」
422:
お嬢様「落ち着いたら、メールしますね」
お嬢様「わたし、お父様に聞いて欲しいこと、たくさんあるんです」
お嬢様「ずっと・・・今までのことも、これからのこともです」
大旦那「・・・私は忙しい。ちゃんと目を通してやれる保証などできんぞ」
お嬢様「はい、もちろんわかってます。それでもいいんです」
お嬢様「わたしのことを、お父様に知って欲しいっていう、わたしのワガママですから」
大旦那「・・・」
423:
お嬢様「でも・・・」
お嬢様「お父様も、なにかあったらわたしに言ってくださいね」
お嬢様「他の人には言えないことでも・・・わたしには、遠慮しないでください」
お嬢様「わたしはお父様の娘で・・・」
大旦那「・・・」
お嬢様「お父様は、わたしのお父様なのですから」
大旦那「・・・」
424:
大旦那「御曹司殿を、待たせているのではないか・・・?」
お嬢様「・・・・・・はい」
お嬢様「あの、お父様、最後に一つだけ」
大旦那「・・・なんだ」
お嬢様「・・・これからは、二人きりの時は『パパ』って呼んでもいいですか?」
大旦那「なに?」
お嬢様「まだわたしが小さくて、お母様も元気だったあの頃のように・・・」
お嬢様「・・・本当は、ずっとそう呼んでいたかったんです」クス
大旦那「・・・」
425:
お嬢様「・・・それじゃあ・・・」
大旦那「・・・体には」
お嬢様「?」
大旦那「いや・・・」
お嬢様「・・・」
大旦那「・・・・・・・・・気をつけて行きなさい」
お嬢様「・・・っ」
お嬢様「はい、パパ」ニコッ
426:
・・・・・・
ザアアアァァ・・・
男「・・・運休・・・全線?」
構内アナウンス「・・・えー、繰り返し申し上げます」
構内アナウンス「ただいま○×線は、昨夜から続く雨の影響と」
構内アナウンス「××駅で起きました人身事故の影響により、現在、運転を見合わせております」
構内アナウンス「お急ぎのところ、お客様には大変後迷惑をおかけします。 振り替え輸送のご案内ですが・・・」
427:
男「あの、運転・・・再開の目処は、しばらく立ちそうにありませんか?」
駅員「ええ、そうですねぇ、今の所は・・・ひっ!?」ビクッ
男「・・・あ」
男「わかりました、どうも・・・っ」タタッ
男(いまの僕の顔、相当、酷いんだろうなぁ・・・)
428:
ザアアァァァァ・・・
男「・・・まいったな」
男「タクシーもバスも、待っている人でいっぱいだ」
男「それにこんな顔してたら、乗車拒否とかされちゃうかな・・・はは」
男「痛っ・・・! 笑うと、顔に響くや・・・」
男「・・・どうしよう・・・」
429:
ザアアァァァ・・・
男「・・・いや、行くんだ」
男「たとえ走っても、這ってでも、必ず・・・!」
男「・・・・・・必ず、行かないと」
ザアァァァァ・・・
430:
・・・・・・
ザアァァァァ・・・
お嬢様「では、行ってくるわね、メイド」
メイド「はい、お嬢様。・・・寂しくなります」
お嬢様「ふふっ、わたしもよ」
メイド「向こうは、こちらとは風土も環境も違います」
メイド「慣れないうちにあまり無理をして、お体を壊されないよう、お気をつけ下さい」
お嬢様「そうね、ありがとう」
431:
メイド「・・・」
お嬢様「・・・」
メイド「・・・お嬢様・・・」
メイド「わたくしの力が足りないばかりに、結局、このようなことになってしまって・・・」
メイド「本当に申し訳ありません、お嬢様」
お嬢様「謝らないで・・・? あなたは、十分助けてくれたもの」
お嬢様「もし、わたしにお姉様がいたら、あなたのような人だったらって思うわ」
お嬢様「・・・感謝しているのよ」
432:
メイド「そんな・・・わたくしには勿体無いお言葉です、お嬢様」
お嬢様「・・・お父様のこと、お願いね」
メイド「はい、お任せください」
メイド「お嬢様の分も、わたくしが大旦那様をしっかりとお支えしてゆきます」
お嬢様「・・・ありがとう」
お嬢様「・・・・・・それじゃあ、ね?」
メイド「・・・はい」
433:
メイド「あなたたち、いいですね?」
メイド「空港までお嬢様のこと、しっかりとお送りするように」
黒服A・B「はっ」
メイド「御曹司様は?」
黒服A「もう、むこうの車で待機しています」
メイド「そうですか・・・」
434:
メイド「わたくしは、御曹司様と、少し話をしてきます」
メイド「あなたたちは、お嬢様を送る車に乗って待っていなさい」
黒服B「は・・・? しかしですね、雨天の影響で、多少の混雑が・・・」
黒服A「――了解です」
黒服A「ただ、あんまり余裕はないんで、早めに切り上げてくださいね」
メイド「ええ、そんなに時間はかけませんから」
スタスタ
435:
黒服B「おい、どういうつもりだ? 時間は・・・!」
黒服A「まだ間に合う。・・・そんなに急ぐ必要もないだろう」
黒服A「・・・車で待機だ」
黒服B「チッ・・・!」
コンコン
・・・ウィーーン
メイド「御曹司様、少しよろしいですか?」
436:
御曹司「なんだい? なにかトラブルでも?」
メイド「いいえ。わたくしが、御曹司様と個人的なお話をしたくてお伺いました」
御曹司「キミがオレに?」
メイド「はい」コクリ
御曹司「珍しいな、なんだい?」
メイド「・・・わたくしと、賭けをいたしませんか?」
御曹司「は?賭け? ・・・オレとか?」
メイド「はい。わたくしと、御曹司様で、です」
437:
御曹司「そりゃあオレは構わないが、一体何を賭けるんだ?」
メイド「シンプルなことです」
メイド「今日、御曹司様とお嬢様が飛び発つまでに、あの方が・・・」
メイド「男様が現れたら、お嬢様との婚約の件は、無かったことにして頂きたいのです」
御曹司「・・・・・・本気か?」
メイド「わたくしは、冗談は苦手でございます」
438:
御曹司「それで、オレが仮に頷いたところで・・・事はそう単純じゃあない」
御曹司「大旦那さんへはどう説明するつもりだ? ハイ、ソウデスカとはいかないだろ?」
御曹司「オレが、一方的に話を取り下げたら終わるような問題じゃない」
メイド「もちろん、大旦那様にも、わたくしからお話しを」
メイド「必ず承諾していただきます」
御曹司「・・・」
御曹司「そもそも、オレにメリットはあるのか?」
440:
メイド「ございません」
御曹司「なんだと?」
メイド「ですが、このままお嬢様と一緒になられても、幸せにはなれません」
メイド「お嬢様はもちろん・・・御曹司様も」
御曹司「・・・ハッ・・・。メイド風情が、随分と・・・」
メイド「不敬は承知のうえで申し上げております」
御曹司「やたら強情に出ているが、使用人如きにそこまで口を挟まれるのは不快だな」
441:
メイド「御曹司様の仰りようは、当然でございます」
メイド「この件がどちらに転んだとしても、わたくしのことは、どうぞお好きになさってください」
御曹司「たかだかメイド一人の人生と、彼女との婚約を秤にかけろと?」
メイド「はい。・・・どうか、お願い致します」フカブカ
御曹司「・・・なぜ、そこまで真剣になれる?」
メイド「こうすることが、お嬢様のためなのだと、心から思っているからです」
御曹司「・・・信じているのか?」
御曹司「キミは、あの男は来ると・・・」
メイド「ええ」
442:
御曹司「・・・理解に苦しむな。まともに言葉を交わしたこともない人間を、どうして・・・」
メイド「そうですね・・・わたくしは、男様のことは何も知りません」
メイド「ですが、お嬢様が信じた・・・好きになった方です」
メイド「わたくしにはそれだけで、十分信じるに足る理由です」
御曹司「・・・」
メイド「・・・御曹司様」
メイド「受けて、いただけますか?」
ザアアァァァァ・・・
443:
・・・・・・
ザアアァァァ・・・
友「止まなかったな、雨・・・」
友「男は、今朝も学校には来ていないか・・・」
友「男・・・」
友「来るよな・・・?」
教師「よーし、じゃあ次ページの英文を訳してもらおう」
444:
教師「だれにやってもらうかな? そうだなー・・・」
ガラガラッ
男「・・・」
教師「――ん? うおっ!?」ビクッ
生徒A「! げッ、なんだあいつ!?」
生徒B「か、顔・・・ボコボコじゃねえか・・・全身ずぶ濡れだし・・・!」
ザワザワザワ・・・!
445:
男「・・・」
スタスタ・・・
生徒C「きゃあ!?」
生徒D「ひぃっ!」
教師「お、おい! おまえ・・・どこのクラスの生徒だ!?」
教師「いまは授業中だぞ!? 自分の教室・・・いや、まずは保健室にだな・・・!」
スタスタ・・・
446:
男「友」
友「・・・へへ。なんだ、随分男前になったじゃないか?」ニッ
男「彼女を、迎えに行く」
男「車を貸して」
友「・・・・・・」フゥ
友「先生!」
教師「な、なんだ?」
友「すいません、早退します」
447:
教師「なんだと?」
友「こいつ、病院に連れて行かないと」
教師「あ、ああ・・・? しかし・・・」
男「友、僕は・・・」
友「貸してってな、お前、免許持ってないじゃないか」
友「だいたい、場所とか、飛行機の時間とか知ってるのか?」
男「・・・あっ」
448:
友「おいおい・・・」
男「僕はとにかく、あの子のところ行かなきゃって、それだけで・・・」
友「・・・そうか、お前らしい」クス
友「気持ちは、固まったんだな?」
男「・・・うん」コク
友「よし。なら、俺が連れてってやる」
449:
友「おっと、『でも・・・』はナシだからな?」
友「まったく、ヤキモキさせやがって・・・」
男「友・・・」
男「・・・・・・うん」
男「僕を、彼女のところへ連れて行ってくれ!」
友「ああ、任せておけ!」ニッ
450:
・・・・・・
ザアアァァァ・・・
大旦那「・・・」
コンコン
大旦那「・・・だれだ」
メイド「メイドです、大旦那様。 ・・・入ってもよろしいですか?」
大旦那「・・・ああ」
451:
ガチャ
メイド「失礼します」
大旦那「・・・」
メイド「間もなく、お嬢様たちが空港へ到着するそうです」
大旦那「・・・そうか」
メイド「・・・」
大旦那「・・・雨は、止みそうにないな・・・」
メイド「はい」
452:
大旦那「・・・・・・『よろしくお願いします』、か」
大旦那「二人して同じ事を言って・・・」
大旦那「ふふっ・・・、これでは、私が悪者のようではないか・・・」
メイド「大旦那様・・・」
大旦那「メイド、お前はどう思う?」
大旦那「私が間違っていると思うか?」
メイド「・・・わたくしは・・・」
大旦那「無作法だと思うことはない。遠慮は要らんから、素直な意見を聞かせてくれ」
453:
メイド「・・・大旦那様の仰った通り・・・」
メイド「気持ちというものは、ひどく不安定に揺れ動くものです」
メイド「愛しているから、と・・・」
メイド「言葉にするのは容易ですが、それを幸せという形にするには、とてつもない労力が必要でしょう」
メイド「・・・ですが、わたくしも女です」
メイド「立場や価値観を飛び越える、一生に一度の恋、運命の出会いというものには憧れますし」
メイド「そういうものが、きっと現実にもあって・・・」
メイド「そうして幸せになった人もいるのだと、信じております」
454:
メイド「お嬢様にとって、それがあの方だと・・・男様なのだというのなら・・・」
メイド「わたくしは全身全霊をかけて、それを応援するだけです」
大旦那「・・・人を好きになる、か・・・」
大旦那「私とてな、木の股から生まれたわけではない」
大旦那「アレは・・・お嬢様の母もな、一般の家庭に生を受けた女だったのだ」
大旦那「笑った顔が向日葵のような、とても印象的な女でな」
大旦那「アレが笑うと、不思議と私まで温かい気持ちになれて・・・いつの間にか、どうしようもなく惹かれていた」
455:
大旦那「・・・だが私の家は、父も母も、それは厳格な人だったからな」
大旦那「当然、私たちの関係が許されることはなかった」
メイド「・・・」
大旦那「そして、二人で遠くへ行った」
大旦那「色々な物を棄てて、親の手の届かないところへ」
大旦那「そしてお互い、死ぬ気で働いて・・・」
大旦那「ふふっ・・・当時は、自分がもし子供を持ったら『こんな想いは絶対にさせない』と誓ったものだが・・・」
大旦那「時の流れというものは皮肉で、残酷なものだ」
456:
大旦那「・・・・・・アレが、病気で亡くなって・・・」
大旦那「私は、立ち止まることをやめた」
大旦那「振り返ってしまったら、彼女と過ごした日々を想ってしまったら・・・」
大旦那「そこから、二度と動けなくなりそうだったからだ」
メイド「大旦那様・・・」
大旦那「・・・パパ、か・・・ふふふっ」
大旦那「いつの間にか、わたしのことを『お父様』と呼ぶようになったお嬢様は・・・」
大旦那「笑った顔が、アレにそっくりに見えるくらい成長していた」
457:
大旦那「・・・だから、怖くなったんだな、私は」
大旦那「また家族を・・・失ってしまうのでは、と・・・」
大旦那「仕事に一層傾倒し、娘と接する機会を出来るだけ削った。予防線のつもりだったんだろう」
大旦那「まったく・・・ダメな親の見本というやつだな」
大旦那「それに、娘から母親を奪ってしまったという負い目もあった」
メイド「それは・・・! 大旦那様せいでは・・・!」
大旦那「ああ・・・」
458:
メイド「大奥様が亡くなられたのは、ご病気のせいであって、大旦那様は何も・・・!」
大旦那「みな、そう言うのだ」
大旦那「だがな、やはり思ってしまうのだ。当人としてはな・・・」
大旦那「あの時、あんな風に根を詰めるような働き方をさせるべきではなかった、と」
大旦那「・・・」
大旦那「逃げたりせず、トコトン・・・父と母が折れるまで、二人で話し合っていれば・・・と」
メイド「・・・」
459:
大旦那「・・・お母様がいれば、か・・・」
大旦那「きっと、私はこっぴどく叱られるだろうな。『何を考えているの?』と・・・ふふっ」
大旦那「私は・・・間違ってしまったのかもなぁ・・・」
大旦那「もっと娘とゆっくり・・・時間をかけて、話すべきだったのだ」
大旦那「・・・家族、なのだから」
メイド「・・・・・・まだ」
メイド「まだ、間に合います」
大旦那「・・・」
460:
メイド「お嬢様に、大旦那様の気持ちを伝えましょう」
大旦那「しかし・・・」
メイド「たとえ家族でも、言葉にしなければ伝わらないことはあります」
大旦那「娘を避け続けてきた私に、できるだろうか・・・」
メイド「・・・お嬢様が、仰ってました」
メイド「人は、変われるのだと」
大旦那「・・・あの子が・・・」
462:
大旦那「私も、変われるだろうか。いまからでも・・・」
メイド「はい、きっと・・・!」
大旦那「・・・そうか」クス
大旦那「メイド、娘のいる空港まで車を出してくれ」
メイド「!」
大旦那「それから・・・」
大旦那「今日の仕事は、全てキャンセルだ」
メイド「・・・はいっ!!」パァ
463:
・・・・・・
ザアァァァ・・・
友「男、もうすぐ着くぞ」
男「うん」
友「・・・腫れ、少しはひいたか?」
男「どうだろう・・・? よく、わかんないや」
男「でも、右目はどうにか開けれるようになったよ」
友「急場しのぎに、プレートアイス砕いたヤツ当てるだけでも、違うもんだな」
464:
男「・・・あとでおばさんに、ちゃんとお礼言わないとだね」
友「その時は、お嬢様ちゃんと二人、一緒に来いよ」
男「そうだね・・・」
男「服も、ありがとうね」
友「男が着てたの、ビショビショの上に泥だらけだったしなぁ」
友「何より、一世一代の大勝負に出るんだ。おめかしくらいはな?」
男「だから、スーツなの?」
友「わかりやすくていいだろ?」
465:
男「・・・」
友「・・・お嬢様ちゃんに、何て言うんだ?」
男「・・・」
男「・・・・・・夢でね」
男「父さんと、母さんのこと、少し思い出したんだ」
男「ずっと、思い出すの辛かったけど・・・」
男「いまなら、僕は二人に愛されていたんだって」
男「素直にそう、思えるんだ」
466:
友「男・・・」チラ
男「父さんは、今も結局帰ってこないまま」
男「母さんも、僕を置いて逝ってしまったけど」
友「・・・空港に入るぞ」
男「子供の頃の僕は、自分のことを不幸だなんて思ったこと、なかったよ」
男「いつだって、写真に映る僕のように、笑顔でいれたんだ」
467:
男「だから僕は・・・もっと、自惚れていいのかなって」クス
男「世界中の誰よりも、彼女のことを幸せにできるんだって」
男「彼女に会って、もう一度、今度は胸を張って言うよ」
男「好きだ、って」ニコ
友「・・・そっか」
友「もう、俺に手を牽かれなくても、男は一人で歩いていけるんだな」
友「・・・こういうの、寂しいって言ったら・・・ダメなんだろうなぁ」
男「友・・・」
468:
友「よし、着いたぞ」
男「・・・うん。時間、何とか間に合いそうだ」
男「ここまで、いろいろありがとう」
友「ああ」
男「友は、これからどうするの?」
友「男は、男にしかできないことをするために行くんだろ?」
友「俺は俺で、自分にしかできないことをやるさ」
469:
友「だから、後ろは俺にまかせて、お前は真っ直ぐ進め」
男「うん・・・!」
友「ここで、『無茶するな』なんて言わないぜ」
友「後悔しないように、思いっきり暴れてこい」
男「・・・行ってくる、友」
友「ああ。行ってこい、親友!」
ザアアァァァ・・・
470:
・・・・・・
御曹司「A-29、A-29・・・ここか」
御曹司「さあ、座って」
お嬢様「・・・」トス
御曹司「ふむ。思っていたほどの窮屈さは感じないな」
お嬢様「・・・」
御曹司「・・・なにか珍しいものでも見えるのかい?」
御曹司「窓から外を見ているが・・・」
471:
お嬢様「・・・」
御曹司「もしやと思うけど・・・」
御曹司「あの男を、待っているわけではないだろうね?」
お嬢様「・・・」
御曹司「来るわけないだろう」
お嬢様「・・・あの人は、来ます」
御曹司「なんで、そう言えるんだ?」
472:
御曹司「・・・あの男とオレと、一体なにが違うっていうんだ?」
御曹司「オレは絶対に、あなたに不自由などさせない」
御曹司「あなたを、必ず幸せに・・・」
お嬢様「――御曹司様は」
お嬢様「わたしの、どのようなところに惹かれたのですか?」
御曹司「・・・」
お嬢様「幸せにしてくださると、言っていただけましたが・・・」
お嬢様「これから十年、二十年・・・五十年経っても、わたしのことだけを愛してくださいますか?」
473:
御曹司「・・・」
御曹司「言葉にするのは、簡単なことだ。大事なのは・・・」
お嬢様「そうです」
お嬢様「きっと・・・そうなのかもしれません」
お嬢様「でも、わたしが欲しかったのは、そんな簡単なことで・・・」
お嬢様「あの人は、わたしにそれをくれたんです」
御曹司「・・・オレではダメだと? そんなにオレは、魅力がないか・・・?」
お嬢様「御曹司様は・・・たとえ『御曹司様』でなくても・・・とても、魅力的です」
474:
御曹司「・・・」
お嬢様「ただ・・・」
お嬢様「わたしでなくても、平気な人なんです」
御曹司「・・・っ」
お嬢様「少なくともあの人・・・っ」ポロッ
お嬢様「男さんは、私でないとダメだって言ってくれたんです!」
お嬢様「言葉だけじゃなくて・・・っ、心から・・・!」ポロポロ
475:
御曹司「あなたは・・・!」
お嬢様「御曹司様が、ダメなのではありません」
お嬢様「きっと、他の誰でも・・・」
お嬢様「男さんでないと、ダメなんです」
御曹司「く・・・っ」フイッ
お嬢様「・・・」グスッ
476:
・・・・・・
グランドスタッフ「こんにちわ、お客様」
男「あの、十二時発の、トルコ行きの便なんですけど」
グランドスタッフ「トルコ航空の、イスタンブール行き直行便でしょうか?」
男「はい、それです」
グランドスタッフ「そちらは、すでに最終搭乗受付時間が過ぎておりまして・・・」
男「まだ、出発はしてないんですよね?」
グランドスタッフ「え? ええ、そうですが・・・」
477:
男「知り合いがその飛行機に乗っているんですが、忘れ物をしてしまったようで・・・」
男「とても、大事な物なんです」
男「会って、渡すことはできませんか?」
グランドスタッフ「・・・それは・・・」
グランドスタッフ「問い合わせてみますので、少しお待ちいただけますか?」
478:
男「・・・わかりました」
男「ちなみに、搭乗口ってどっちですか?」
グランドスタッフ「四階の、第三サテライト31番の、ゲートラウンジからになっております」
男「そうですか・・・」
グランドスタッフ「・・・もしもし、北口チェックインカウンターです」
グランドスタッフ「トルコ航空のTK51便なのですが、いま、乗客の方に荷物を届けにきたというお客様が・・・――!?」
479:
推奨BGM
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=DnWtyvwgOzU
男「ッ・・・!!」ダッ
グランドスタッフ「お、お客様、どちらへ!?」
男「階段は・・・あっちか!」
グランドスタッフ「! だっ、誰か止めてッ!!」
空港係員A「なんだ!?」
空港係員B「不審者だ、各階へ連絡しろ!」
男「く、さすがに・・・ッ」
480:
黒服A「なんだ? ――・・・アイツは・・・!?」
黒服B「!? あの野郎・・・!!」
男「なんとか四階へ・・・!」
黒服A「アイツ、まさかお嬢様のところへ!?」
黒服B「クソが、行かせッかァ!!」ダッ
黒服C「おい!?」
黒服D「ボケッとするな、俺たちも追うぞ!」
男「! あの人たちは・・・!」
481:
空港係員A「そこの男、止まれッ!」
男「止まれといわれて、止まれるわけは!」
空港係員C「階段から移動するぞ、そっちに回れ!」
空港係員D「左右から・・・! エントランスの前にも何人か待機させるんだろ!」
男「!? くッ、あっという間に囲まれて!」
空港係員B「そのまま、壁際に追い詰めろ・・・そうだ!」
男「ここまで来たのに・・・! もう少しで届くのに・・・!」
空港係員D「こちらはもういい! 念のため、TK51便の機長に連絡を!」
482:
男「彼女が、あそこにいるのに・・・ッ」
黒服A「おまえ、どういうつもりで・・・」
男「決めたんだ、もう何も零さないって・・・」ギュッ
黒服B「てめえは、あれだけやられてまだ理解できねえのかッ!」
男「父さん、母さん・・・僕はもう、過去には縛られないよ」
483:
空港係員C「よし、警察署には連絡したんだな!?」
男「前を見て、生きていくんだ・・・変わってゆく、これからも・・・彼女と!」
黒服B「何をブツブツとッ・・・! 今度はその程度じゃ済まさねェぞ!!」
黒服A「なんだと、おまえ、どういう・・・!?」
男「だから、そこを退いてくれ・・・ここは――」
484:
男「僕の道だぁぁァッッ!!!」
485:
黒服B「――ッ!?」ゾクッ
空港係員A「・・・はっ、挟みこんで取り押さえろッ!」
黒服A「待ってくれ! 手荒な真似は・・・――なんだッ!?」
ガシャアアアアアン!!!
「「「!!!!????」」」
黒服A「な・・・ッ!?」
空港係員D「ま、窓から・・・!!」
空港係員B「乗用車が突っ込んで!?」
486:
男(友―――!?)
友(―――男ッ・・・)
友「行っ、けぇぇぇッ!!」
男「ッ・・・!!」ダッ
空港係員A「滑走路へ出て行ったぞ!?」
空港係員C「ま・・・ッ、すぐに追いかけ・・・!」
ギャリギャリッ!!
黒服C・D「うおぉッ!?」
友(行かせねえよッ)
487:
黒服B「うがあ゛あ゛あぁッ!!」ダッ
ギャキキキッ!!
黒服B「!?」
友「あいつの・・・俺の弟分の邪魔は、誰にもさせねえッ」
友(男・・・)
友(これが、俺がおまえにしてやれる、最後のことだ)
友「あとは、おまえ次第だからな・・・!」
488:
・・・・・・
御曹司「・・・そろそろ、離陸時間だな」
お嬢様「・・・」
機内アナウンス「ご搭乗のお客様に、ご案内申し上げます」
機内アナウンス「当機、トルコ・イスタンブール行きTK51便は・・・」
機内アナウンス「ただいま、アクシデントが発生したために、離陸時間が遅れる見込みです」
機内アナウンス「設備トラブル等ではございませんので、ご安心ください」
機内アナウンス「離陸可能の目処が付きましたら、こちらのアナウンスにて、改めてご案内いたします・・・」
489:
機内アナウンス「ご搭乗、お急ぎのお客様には、大変ご迷惑を・・・」
お嬢様「・・・?」
御曹司「トラブルだと? 一体なんの・・・」
お嬢様「・・・――うそ・・・」
お嬢様「っ!!」バンッ!
御曹司「な、どうしたんだ・・・?」
お嬢様「・・・きた・・・ぁっ・・・!」
490:
BGM
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=NLIBrZIPG5Y
・・・・・・
ザアァァァ・・・
男「ぜっ、ぜぇっ、・・・はっ、はぁ・・・はっ」
男「・・・・・・っ!」ゴクッ
男「(スゥー・・・)」
男「お嬢様ぁぁぁーーーっ!!」
491:
男「きたよッ! 僕は・・・ここまで、キミに会いに来たんだ!!」
男「キミに、どうしても伝えたいことがあったから!」
男「僕はもう、諦めることはしないよ!」
男「生きることも、キミと一緒にいることも!!」
男「寂しいんだ! キミが僕の隣にいないと、苦しいんだよ!」
男「僕には、お嬢様が必要なんだ! お嬢様じゃないと、ダメなんだ!」
492:
男「お金も、名誉も、才能もないけれど! キミの一番は、誰にも譲らない!!」
男「だからもう一度、今度は・・・! 今度も、心からの僕の気持ちを・・・」
男「僕だけの言葉で、お嬢様に届けるからッ!」
男「キミが僕の手をひいて連れてくれた、外の世界(ここ)で!!」
男「どうか、聞いて欲しいーッ!」
男「・・・僕の・・・っ、」
493:
男「家族になってくれぇーーーっ!!!」
494:
男「キミのことが好きだッ! 愛してるんだ!!」
男「誓うよ! キミのことを、世界の誰よりも好きな自分に、約束する!」
男「世界の誰よりも、僕がキミのことを幸せにするんだって!」
男「もう、涙は流させないから!」
男「笑わせ続ける・・・僕が、キミをずっと笑顔にするからッ!」
男「だから・・・!」
男「『さようなら』なんて、言わないでくれぇぇっ!」
495:
男「・・・はぁ、っ、はぁ、はぁッ・・・」
男「お嬢様・・・」
男「僕の言葉が聞こえたなら、返事をしてほしいーーッ!」
男「それでここに・・・! 僕の・・・ッ、傍へきてくれ!」
男「この手を取って・・・! 僕のことを――」
男「抱きしめてくれえぇぇぇッ!!」
ザァァ・・・・・・
・・・ポツ、ポツ・・・
496:
・・・・・・
お嬢様「ぅ、・・・っ、ぁ」ポロポロ
お嬢様「! っ・・・!」バッ
御曹司「・・・」
お嬢様「・・・ぁ・・・」チラ
御曹司「行くといいさ」
お嬢様「え・・・」
497:
御曹司「・・・まさか、本当に来るなんてなぁ・・・」
御曹司「あの男にはあって、オレにはないものか・・・」
御曹司「そんなもの、あるわけないだろうと思っていたのにな」
御曹司「・・・あんな風に誰かのために、雨に打たれながら、好きだと叫び続ける・・・」
御曹司「ハハ・・・オレには、真似出来そうにない」
御曹司「・・・苦労なら、人一倍してきたつもりだが・・・」
御曹司「なまじ万能感なんて覚えてしまうから、小さくても大事なことへ目を向けられなくなってしまうんだな」
498:
御曹司「・・・こんな気持ちは、初めてだ・・・」
お嬢様「・・・」
御曹司「あの男と、あなたを取り合う勇気は、オレにはとても持てそうにない」
御曹司「・・・・・・A-29、か」
御曹司「この席は、あなたには少し窮屈だったようだ」クス
お嬢様「・・・」
御曹司「行けよ」フイッ
499:
お嬢様「御曹司様・・・」
御曹司「あなたの家の使用人に、伝えておいてほしい」
御曹司「・・・・・・賭けは、キミの勝ちだと」
お嬢様「・・・はい」コクリ
御曹司「『さようなら』、だ」
お嬢様「・・・」
お嬢様「さようなら、御曹司様」
500:
・・・・・・
男「はっ、はぁ、はぁ・・・」
男(あ・・・足が・・・)ガクガク
男(でも、まだだ、まだ倒れるわけには・・・)
男(彼女は必ず来る、だから、その瞬間までは!)
男(男は、辛い時にこそ・・・)
男(・・・父さん、そうでしょう・・・?)
男「・・・ん?」
男「・・・あ・・・」
501:
・・・・・・
友「! 雨が・・・」
友「って、いってぇ! もう何もしねえってば!」ドサッ
・・・・・・
メイド「! 大旦那様、外を・・・!」
大旦那「雨が止んで、雲が・・・」
502:
・・・・・・
ビュウッ!
男(急に吹いた強い風に乗って、懐かしい匂いが鼻を掠める・・・)
男「・・・・・・かあさん?」
男「ぁ・・・っ」
男(急に雲が切れて、合間から光が・・・)
男「! まぶ、し・・・」
503:
・・・・・・
お嬢様「どいてください! どいて! 道を空けてぇ!」
―走る。乗客を掻き分けて
お嬢様「あの人が・・・彼がそこにいるの! わたしを待っているの!」
―彼が何を言っていたかは、聞き取れなかった
お嬢様「だからお願いです! 通して! わたしを・・・っ」
―でも、わたしを求めてくれているのは分かった
お嬢様「彼のところへ行かせてぇっ!!」
504:
―・・・運命だと、誰かがそう言うのなら、
―だからどうした、と。
―わたしの運命なんだ、わたしが決めてやらないでどうする。
―彼の横で、彼と一緒にずっと生きてゆく、
―もうずっと前に、そう、決めた。
―いつか、彼を愛するわたしにそう、誓ったのだから。
お嬢様「男様っ・・・男さんっ!」
男「! お嬢様さん!」
505:
お嬢様「男さん、男さんッ・・・! おとこぉーー!」バッ
男「ッ・・・!」ダキッ
お嬢様「ぅ、ぐすっ、・・・おとこ、さん・・・!」
男「ごめんね。少し、遅くなっちゃった」
お嬢様「・・・」フルフル
お嬢様「顔・・・こんなにして・・・無茶ばっかり・・・!」
男「なんてことないよ」ニコ
お嬢様「もう・・・仕方のない人・・・なんだからぁ・・・」
506:
男「好きだ」
お嬢様「・・・わたしも」
男「結婚しよう」
男「僕たち、本当の家族になろう」
お嬢様「はい・・・」
お嬢様「わたしを、もらってくれる?」
507:
男「ずっと、そばにいてほしい」
お嬢様「ずっと、離さないでね?」
男「これからは僕が、キミの手をひいて歩くよ」
お嬢様「わたしも、あなたの手をひいて歩くから・・・」
男「二人、ずっと」
お嬢様「手を繋いで、一緒に」
男・お嬢様「「歩いていこう」」
508:
お嬢様「・・・ぅ、っ・・・」グスッ
男「もう、泣かせないって決めたのになぁ・・・」
お嬢様「嬉しくて流す涙は、いいのよ・・・ふふっ」コシコシ
お嬢様「ねえ、あの時の、やり直し・・・」
お嬢様「してくれるでしょう?」
男「・・・うん」
お嬢様「・・・」
男「・・・ん」チュッ
509:
男(空を厚く覆っていた雲に切れ目が入って、地上に太陽の光が差し込む)
男(長い滑走路が次々と陽光に照らされ、幻想的な光の道が、眼前に遼く伸びる)
男(僕には、その光景が二人の未来を示唆しているように、素直に感じられた)
男(口付けをおえた彼女がゆっくりと目を開けると、口元には柔らかな笑み)
お嬢様「わたし、いまとても幸せ」
男「・・・僕もだよ」
男(そう答えると、彼女は向日葵のような笑顔を浮かべ、それからまた静かに目を閉じた)
男「ふふっ・・・」クス
510:
男(彼女もきっといま、僕と同じことを考えているのだろう)
男(僕は彼女の温もりをしっかりと胸に抱き寄せると、そっと彼女に唇を寄せた)
男「ありがとう」
男「キミに出会えて、よかった」
男「キミを好きになって、よかった」
男(太陽のアーチが僕らを包み、言祝ぐ)
511:
お嬢様「わたしも、ありがとう」
お嬢様「あなたを愛して、よかった」
お嬢様「あなたに愛してもらえて、よかった」
男(そうして笑いあうと、僕たちは再び口付けを交わした)
いつまでも、
―・・・いつまでも、二人、一緒に。
Fin
512:
最後まで読んで下さった方、お付き合いありがとうございました。
進行中、乙や支援をくれた方、とても励みになりました。
最後に、気付いた方もいるかもしれませんが、ドラマ「101回目のプロポーズ」から
いくつか台詞を拝借しました。脚本の野島さんに、勝手に感謝させてください。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005OLPN/minnanohima07-22/ref=nosim/
514:
おつです!
517:
おつ! 面白かった
後日談とかあっても……いいんだよ?
51

続き・詳細・画像をみる


画像で吹いたら寝る

刑務所の昼ごはんワロタwwww

ジャニオタとアニオタがどっちが凄いか張りあっててワロタwwwwwwwwwwwwww

加蓮「笑えないよ、Pさん・・・」モバP「・・・」

NMB48城恵理子、リクアワでオーマイガー選抜復帰

【悲報】TBS火曜バラエティに大物芸人を揃えた結果wwwwwwwwww

実写版「進撃の巨人」 一部映像公開 巨人怖すぎワロタwwwwwwwww

日本は中国より優れている、ただし「戦争に必要な3つの要素」は中国が勝る―中国メディア

鳥山「環境が違うからトランクスが同じ風に成長するわけがない」

【画像】 サーティワンの新アイスクリームが可愛すぎる

「フォアグラは残酷!」→ファミマの弁当販売中止

ジャイアントロボ THE ANIMATION 地球が静止する日を見た

back 過去ログ 削除依頼&連絡先