勇者「パーティ組んで冒険とか今はしないのかあ」【後編】back

勇者「パーティ組んで冒険とか今はしないのかあ」【後編】


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6:
男「これがハルピュイア、まるで鳥人間だな」
ハルピュイア「ふっ……おぬしが例の勇者か」
魔法使い(限りなく人間に近い容姿をした魔物……魔界に来るまでは、私も見たことはなかった。
  ハルピュイアの亜種である、ハーピーなら確認されるようになったけど、それすらも数は多くない)
戦士「勇者くん、公爵のことは意識をしつつも、今は目の前のゴーレムだよ」
僧侶「私と勇者で前衛をやる……いくぞっ!」
男「後方支援は頼んだぞ!」
勇者は軽く息を吸った。外気を吸うと同時に自身の魔力を高めていく。剣の刀身へと魔力を滾らせる。
ゴーレムが低い唸り声をあげる。土と泥で構成される巨体は軽く見積もっても、勇者二人分の高さがある。
この広い空間でさえも、三体のゴーレムのせいで狭く思えた。
487:
ゴーレム三体が同時に動き出す。見た目に反して、素早い動き。
ゴーレムの一体が勇者へと振り上げた拳を振り落とす。なんとか避ける。泥の拳が地面へと叩きつけられる。
それだけで、立っていられないほどの衝撃が起きた。なんとか体勢を整え、その拳目がけて剣を振り下ろす。甲高い音。
男「……っ! カタイっ!」
刃が文字通り、歯が立たなかった。魔力を込めたにも関わらず、剣はあっさりと弾き返された。
僧侶「させるかっ!」
僧侶がゴーレムの拳をかわし、高く跳ぶ。魔力を増幅させやすい素材でできたブーツ。
それに魔力が行き渡ったのが、勇者にも確認できた。だが、その跳躍をもってしても高さが足りない。
男「僧侶……っ!」
勇者の心配は杞憂に終わった。僧侶は起用にゴーレムの顔を蹴り、背後へと回る。
華麗に地面に着地。拳を容赦なく叩き込む。あのゴーレムの巨体が背後からの衝撃でたたらを踏んだ。
だが、致命傷には程遠い。
488:
僧侶「拳では致命傷にならないか」
男「こいつらめちゃくちゃカタいぞ……」
拳や剣では到底ダメージを与えられない。自分たちの役割がだいたい見えてきた、と思ったときだった。
戦士「じゃあ、試しにボクがやってみようかな」
青い巨大な火の塊が、宙空に現れる。魔力の塊はそのままどんどん膨張し、四散した。三体のゴーレムへと直撃する。
ゴーレムの低い唸り声が、鼓膜を震わせる。だが、ダメージを食らっているようにはとうてい見えない。
僧侶「いや、これは……!」
僧侶の拳が真っ赤に燃え盛る。ゴーレムの拳をかいくぐる。再び跳躍。炎の拳を胴体に直撃させる。
素早く飛び退き、僧侶は距離をとる。
僧侶「やはり、か」
戦士「……なるほど、そういうことか」
男「なにが、やっぱりなんだ?」
489:
戦士「勇者くん、今ボクの炎と……」
僧侶「私の『ほのおのパンチ』が直撃したところを見てみろ」
男「あっ……」
勇者もそこでようやく気づいた。ゴーレムを見れば、すぐわかることだった。
二人の火に当たった部分は見事にただれたかのように、どす黒い泥が剥がれて、赤黒い肌のようなものを窺わせた。
男「こいつら、火に弱い!」
戦士「そのとおり!」
魔法使い「例のものをつかって」
男「言われなくても!」
魔法使いが次々と水弾を生成して、ゴーレムを牽制していく。地面が水で満たされてなお、攻撃を続ける。
490:
僧侶が地面へと拳を打ち込む。衝撃波とともに地面から突起が生え、足もとからゴーレムを攻撃する。
なまじ上背がありすぎる分、足もとの攻撃はそこそこに効果があるようだった。
徐々にゴーレムたちを一角に追い詰めて行く。ふと、勇者は屋敷の主に視線を移した。
ハルピュイア「……」
魔物……否、本人たちは魔族と言っていたか……はひたすらこの戦いを観戦しているだけだった。
だが、ハルピュイアからは確かな魔力を感じた。だが、いったいなにに使っているというのか?
戦士「勇者くん! とりあえず今はゴーレムに集中だっ!」
戦士も気にはしていたらしい。が、彼がそう言うなら、そうするべきだろう。
魔法使い「いま……」
不意に空間の温度が急激に下がる。足もとの水がパリパリと音を立てて、凍りついていく。
491:
戦士「僧侶ちゃん、頼んだよ!」
僧侶「任せてくれ!」
僧侶の拳から炎があがる。超高温の熱を放つ。放たれた炎はうねりのように広がりゴーレムを襲う。
戦士「勇者くん! 例のヤツおねがい!」
男「おうっ!」
戦士も魔法による炎を起こす。場所は、ゴーレム三体の中心。青い炎が渦のように湧き上がった。
急激に空間の温度が上昇。
そして、勇者は取り出した球体へと魔力を込める。すでに何度かお試しで何度か使ったことがあった。
練習時と同じように魔力を込め、全身全霊で投げる。
僧侶と戦士に続き、勇者も全力で距離をとった。
魔法使い「――発動」
足もとの氷が勢いよくせり上がる。分厚い氷の壁だ。しかも、一つじゃない。
次々と氷の壁が作られていく。作りすぎなのでは……と、思ったが魔法使いの行動が正解だと、勇者が知ったのはその直後だった。
492:
強烈な爆発が起きた。予想していたよりも遥かに強い衝撃が建物を揺らした。空間そのものが軋むかのようだった。
魔法使いが片っ端から氷壁作るが紙細工でも破るように瓦解して行く。
鼓膜を貫かれるのでは、と思えるほどの轟音に焦ったが、それは自分だけではなかった。戦士も僧侶もさすがに驚いたらしい。
僧侶「……なるほど。魔法使いが氷を作ったのはこのためか」
戦士「……そういうことか。急激な温度変化を利用したわけね」
魔法使い「そう」
男「えーと、どういうことだよ?」
戦士「まあ、それはまた暇なときに教えてあげるよ。
 それよりは今は、目の前の敵がどうなったかでしょ?」
魔法使いが作った氷は、爆発の衝撃で跡形もなく消え失せている。
煙が立ち込めているせいで、なにが起きているかわからなかった。
魔力の流れを感じて、勇者が目を細める。魔力の正体は風だった。煙を振り払うように現れた風の拳。
直感で勇者はその風が、ハルピュイアのものであると確信した。
493:
視界を遮っていた煙から見えたのは、粉々に砕け散ったゴーレムだった。
戦士「……さすがにあの爆発で死なないわけはない、か」
ハルピュイア「ふっ……見事だな、人間」
ハルピュイアは片翼こそ、もがれていたがそれ以外はところどころ煤を浴びて黒ずんでいるだけで無事だった。
男「よくあの爆発で無事だったな……」
ハルピュイア「無事……? 無事なものか。魔術で無理やり治癒して、ようやくここまでだ」
戦士「あのさ、ボクらも鬼じゃないからさ。ここらで投降してくんないかな?」
ハルピュイア「人間相手に降伏か……私がこんなとこで終わるのか?
  国王がいない今こそ、私は死ぬわけにはいかないのに……本懐を遂げずして終われ、だと?」
男「アンタのしもべはやられた、残るのはアンタだけだ」
戦士「ついでに忠告すると、あなたの部下の大半はあなたを守りにはこないだろうね」
ハルピュイア「伯爵か……そなたらのことは監視はしていたが、しかしきっちり手回ししてくるとはな……」
戦士(伯爵がどのようにして部下を懐柔したかは、正確には知らないけど。まあ予想はつく)
494:
男「そう。あのエルフさんの協力によってアンタの逃げ道はもうない」
僧侶「潔く諦めるんだな」
ハルピュイア「笑止。我らより遥かに生物として劣る人間に降伏? それなら最後まで見苦しく足掻く方が、数段マシというもの……」
戦士「魔族としての矜恃ってやつかい? まったく、命を捨ててまで守るものなのかなあ、そういうのって」
ハルピュイア「どうだかな。だが、私はまだ死なない。そしてこいつもまだ死んでいない」
魔法使い「……まずい」
最初に異常に気づいたのは魔法使いだった。
魔法陣に仕込んでいた転移用の術式とはべつの、もう一つの魔法陣の能力を発動させる。
魔法使い「雷を……」
言われてようやく僧侶も、原型をまるで成していないゴーレムだった土塊たちに、魔力が集まっていくのに気づく。
魔力を操っているのは無論、あの魔物だ。
僧侶は一瞬で魔力を電撃へと変換し、グローブを介して増幅させた。
魔法使いは魔法陣を展開する一方で、魔法による水弾を繰り出す。普通の魔法使いにはできない芸当だった。
狙いは術者であろうハルピュイア。
ハルピュイアは片翼をはためかせ、水を弾き返す。
495:
僧侶「魔法陣に入れっ!」
パーティ全員で魔法陣へと飛び込む。地面を満たす水が集約する。一筋の川がハルピュイアに向かって伸びる。
それに向かって僧侶は雷の拳を放つ。魔法陣の光と雷の奔流が視界を空間を真っ白に染め上げた。
僧侶(術者本人を狙うなら、火よりもい電撃。だが……)
手応えを感じなかった。光が淡いものになっていく。
男「つ、土の壁……?」
電流を魔法のように現れた、巨大な土の壁が遮断していた。
ただ、でかいだけではない。極端に分厚いのだ。だが、いったいどこからこんなものを出したというのか。
ハルピュイア「攻撃のバリエーションが意外と多くて焦ったよ。つくづく、こいつを開発しておいてよかった、そう思うよ」
言葉とは裏腹に口調にはまるで焦りなどなかった。
タクトでも降るかのように魔物は、手を掲げた。
土の塊が崩壊していく……ように見えたが、ちがった。土塊だったものはその姿を変えて、先ほどよりもさらに巨大なゴーレムへと変貌する。
496:
男「あの壁はゴーレムだったのか……」
戦士「……たくっ、これはまたずいぶんと大きくなったものだね」
すでに戦士は魔法で巨大な青火を出現させている。ゴーレムに炎が直撃。
ハルピュイア「ふっ……なかなか手が早いな。ただ、同じことを繰り返すことほど愚かなことはない。
  これは戦いに限った話ではないが……」
ゴーレムの腕に火炎球は直撃したものの、腕はあっという間に原型を取り戻している。
明らかに先ほどのゴーレム三体より強い。
男「だったらもう一度、さっきと同じように……」
ハルピュイア「やるというのか?」
僧侶「攻略の術をすでに知ってるからな」
ハルピュイア「……ならば、その攻略手段をさせる気すら起こさせないようにしてくれよう」
497:
魔法使い(魔力が流れている……足もと……いや、天井……ちがう、これは……この空間のすべて…………)
魔力の激しい流れがどこから起きているのか、それを知った瞬間、魔法使いの無表情が凍りつく。
男「な、なんだこれは!?」
ゴーレムの足はいつの間にか、地面と一体化している。
まるで植物が根から栄養を吸収するかのように、足もとから魔力を吸い上げていく。
ゴーレムの巨体は馬鹿みたいに高い天井に、頭がつくほどまでに大きくなっていた。
魔法使い(あの爆発でもこの空間は、無事だった。それは、この空間一帯に、魔力が仕組まれていたから。
  今の魔力の流れで魔法陣もかき消された……)
戦士が連続で炎を放つが、まるで効いていない。
戦士「でかくなっただけでなく、カタさも見事なものみたいだね」
男「反則だろ、こんなの……」
僧侶「ゴーレムを狙うな、勇者。こうなったらゴーレムを操っているハルピュイアをやるしかない」
男「ああ……」
498:
そうは言ったものの、ハルピュイアに攻撃が通ることはなかった。
それどころかゴーレムに傷を負わせることすら、満足にできない。しかもゴーレムの動きは、その巨体からは想像もつかないほどい。
逃げるので手一杯だった。魔法使いがなんとか転移の魔法陣を展開しようとするも、守るので手一杯でその隙すら与えられない。
ハルピュイア「いずれはそなたらを殺すつもりだった。が、こうも早くに始末することになるとはな。もう少しそなたらの国の情報が欲しかったが……」
淡々とした口調でハルピュイアはそう言った。このままでは、あと十分もしないうちに本当に始末されてしまう。
男「……戦士、これってけっこうヤバイんじゃないか?」
戦士「今さら気づいたのかい?」
男「さっきまで、こんな強いヤツ出せるなら最初から出せよ、とか思ってたけど出されなくてよかったな」
戦士「同感だよ。あんな巨大ゴーレムが最初から出てきたら、やる気出なくなっちゃって、即死していたかもしれないよ」
499:
僧侶「なに馬鹿なこと言ってるんだ。どうにかしないと……」
男「一つ、オレに案がある。この前、魔法使いに教えてもらった魔力の使い方なんだけど」
戦士「残念ながら説明を悠長に聞いてる暇はないよ、勇者くん」
男「なら……っと!?」
僧侶「言ってるそばから攻撃がくるな……」
戦士「攻略手段があるなら、実行してくれよ! できるかぎり手伝うからっ!」
男「頼む……!」
男(おそらく、やれるのは一回限り……一撃に集中するっ……)
500:
状況は極めて悪かったが、絶望的だとは思えなかった。少なくとも勇者にとっては。
いや、戦士にしろ僧侶にしろ、魔法使いにしろ、彼らの闘志は消えていない。
男(こいつはデカい上にい……けど、だんだん動きが目で追えるようになってきた)
横薙ぎの拳を、地面を滑るように避ける。間一髪、やはり余裕はない。
勇者と戦士、そして僧侶の三人がかりで土の魔物を攻撃する。魔法使いは魔法で後方支援。
勇者は攻撃をひたすらかわしつつ、ゴーレムの堂々たる巨躯を精一杯観察する。
だが、魔力だけでなく体力にも限界がある。さすがに動きすぎて、肺が酷使に悲鳴をあげそうになっていた。
時間がない。魔力も体力も尽きれば、なにもかもが終わる。
もはや決断するしかない……勇者は叫んだ。
男「三人とも! みぞおちだ! そこに攻撃……とおっ!?」
ゴーレムの拳が再び迫ってきて、勇者はなんとかこれをやり過ごす。
戦士「オーケー! みんないくよっ!」
三人の技が発動する。
501:
ハルピュイア「やはり愚かだな、人間」
ハルピュイアは小さく独りごちた。なぜ、わざわざ攻撃をする箇所を叫ぶ必要があったのか。
それではこちらに、そこを防御してくれと言っているようなものだ。もはやそこまで気が回らないのかもしれない。
ゴーレムのその巨体すべてに魔力を回すことは、いくら魔族と言えども不可能。
だからこそ、最初にこの状態のゴーレムを出そうとはしなかった。しかし、この弱点は技量で埋められないものではない。
どうするか。常にゴーレムの身体に流れる魔力を移動させればいい。
敵の攻撃が来るタイミングに合わせて、自分が魔力をコントロールし集中させたり、四散させたりする。
勇者一行は宣言通り、ゴーレムのみぞおちを集中して攻撃してきた。
ならばそこに魔力を移動させる。ただ、それだけで簡単に攻撃をやり過ごすことができた。
ハルピュイア(ふっ……この程度か。そろそろ終わらせるか)
だが、そこで気づく。まだ今の攻撃で肝心の勇者が攻撃をしていないことに。
男「やっぱりな……」
自分と勇者の距離はかなりあるはずなのに、なぜかそのつぶやきは聞こえた。唇のはしが、なにかを確信したのかつり上がっていた。
刺突の構えとともに地面を蹴り、勇者はゴーレムの股関節部分へと跳んでいた。
502:
男「やっぱりな……」
ここ何日間かの訓練でわかったことが、勇者にはあった。
自分は魔力の流れに鋭敏である、ということだ。
そして、戦っている最中に気づいたことがある。魔力がゴーレムの体内で絶えず移動しているということだ。
ならば、魔力の流れが薄い場所を狙えば……勇者は駆ける、賭ける。
魔力を集中させる。体力も限界が近い。この一撃にすべてを込める。
魔力を剣に注ぐ。刀身、否、剣の先端。本当に剣のわずかな部分だけに自身のすべての魔力を注ぎ込む。
なぜか、ゴーレムの魔力の流れが勇者には手に取るようにわかった。
三人の攻撃によりゴーレムの中の魔力の大半が、みぞおちに集まっていた。
男「そこだあああああああああっ!」
地面を蹴る。股関節部分、そこに目がけて剣を突き立てる。
男「……っ!!」
今まで一度も刺さらなかった剣が、たしかにゴーレムの肉体に刺さっていた。
503:
剣先にのみ収斂していた魔力。それを勇者は解き放つイメージをする。
ほんのわずかだけ逡巡したが、勇者は最初に決めていたイメージを脳裏に描く。
突き抜けるイメージ。魔力を一筋の流れに変えて、剣のように放つ。
一秒あるかないかの時間の中で、勇者はその脳内の映像を現実へと変える。
男「っおおおおおおおおおっ!!」
なにかが裂ける音が聞こえた、と思った。魔力は確かな質量をもって見えない剣となり、ゴーレムを突き抜けた。
ハルピュイア「なっ……馬鹿なっ!?」
ゴーレムの股関節部分を突き抜け、剣の先端から放出された魔力が、魔族の身体へと吸い込まれる。
超高の刃は、ハルピュイアの大腿部を肉体を切り裂いていた。
ハルピュイア「ぐっ……!!」
ハルピュイアの顔が苦痛にゆがむ。ゴーレムの動きが止まった。
504:
ハルピュイア「な、なんだこの魔力は……!?」
単純な傷だけでなく、これを負わせた魔力がハルピュイアの体内の魔力をかき乱していく。
ゴーレムの制御ができない。これだけの巨大な質量をもち、かつ特別な魔物は、魔力がなければ制御できない。
ゴーレムが膝からくずおれる。腕や手、胴体など次々と身体のパーツが崩れ落ちた。
ゴーレムのすべてのパーツが煙をあげ泥と土へと還っていく。
男「や、やった……のか?」
戦士「お見事。でもまだ、終わってはいないよ」
魔法使い「ハルピュイアは、生きてる」
ハルピュイア「お、おのれ……人間の分際で……」
ハルピュイアが地面に手をつく。この広間を構成する魔力を吸い上げているのだ。
僧侶「まだやる気か」
ハルピュイア「私の野望を成し遂げる。そのためには、ここでやられるわけにはいかんのだ!」
505:
「ごめんなさい、ハルピュイア。貴方のすべてはここで終わりよ」
506:
凛とした声だった。決して声量があるわけではなかった。
しかし、この広すぎる空間に、その声は透き通る鐘の音のように響いた。
最初に気づいたのは戦士だった。ハルピュイアの背後の壁が突如、壊れた。
けぶの中から巨大な手が現れた。皮膚が剥がれ落ちたかのような、真っ赤なグロテスクな巨大な手。
人間一人より遥かに大きなその手がハルピュイアを握ったのだ。
ハルピュイア「かっ……!?」
 「私のいない間になにをしようとしたのかしら? いいえ、すでに伯爵によって調査は終わっている」
ハルピュイア「……ぐああぁっ……へ、へい、か……!?」
巨大な手が魔物を地面へと押しつける。断末魔の悲鳴。肉が潰れる悲鳴。
ハルピュイアという魔族は一瞬にして血と肉塊に成り果てた。
507:
勇者パーティは突然起きたその現象に、ただ驚くことしかできなかった。
今しがたハルピュイアを圧砕した手は、勇者が瞬きをしたときには消えていた。
男「な、なんなんだ今のは……?」
エルフ「駆けつけるのが遅くなって申し訳ございません。少々他のゴーレムに手こずりましたわ」
突き破った壁から現れたのはエルフだった。
一瞬あの手がエルフのものだったのか、という考えがよぎった。
だが、勇者は本能的にその思考がちがうことに気づいていた。
僧侶「今のはいったいなんなんだ?」
 「私の『手』だよ」
僧侶の声に答えたのは、もう一つの声だった。そして、その声は先ほどハルピュイアへ死の宣告をした声だった。
エルフの背後に小柄な影が一つあった。
少女「やあ、お兄さんとお姉さん。久しぶりだね、って言うほど久しぶりでもないかな。
 いや、でもでも。元気そうでなによりだよ」
男「お前……」
情報屋の少女だった。だが、なぜ彼女がここに?
509:
少女「おやおや? まるで私がここにいることが不思議みたいだね」
少女は無邪気に笑った。僧侶の顔が、なにかを思い出したように驚愕の表情を作る。
しかし、そのことについて聞こうとした勇者は、胸の内側でなにかが脈打つのを感じて口を閉じた。
この感覚は……この少女から感じる『なにか』にどこか、覚えがあった。
まるで鏡の中の自分に話しかけられたような、未知の感覚。
自分の中の一部か、あるいは全部が少女によって騒ついているようだった。
男(なんだ、この感覚は……いや、そうじゃない……)
男「お前は……何者なんだ……?」
無意識にそんな言葉が口をついた。少女は勇者へと向き直ると「私?」とにっこりと笑った。
少女は言った。
少女「私が魔王だよ」
519:
全員の表情が驚愕に凍りつく。
戦士「いやいや、なにを言ってるんだ? キミが魔王だなんて……」
戦士の言葉はそこで途切れた。
少女「なにかな? 私が魔王であることが、そんなにおかしいかな?」
少女の小さな唇は、相変わらず笑みの形を保っていた。
あどけなささえ感じさせる表情から、彼女が魔王であると思う者などいるはずがなかった。
しかし戦士の口を塞いだのは、まぎれもない少女の全身から撒き散らされる魔力だった。
その小柄な身体から溢れる魔力は尋常ではなかった。近づいただけで、その魔力が毒のように身体を蝕んでいく。
なにより、一番恐ろしいのは。
男(これだけの魔力を、どこに隠していたんだ……)
自分たちは何度か、少女と会っている。会話さえしている。
だが、そのときの少女からは魔力の片鱗すら感じられなかった。
少女「こうして会うのは、初めてだね」
520:
男「魔王……キミが魔王なのか?」
少女「そうだよ。キミたちの気持ちはわかるよ、そうだね。
 いきなり魔王だ、なんて自己紹介されても困っちゃうよね?」
男「……」
少女が一歩一歩近づいてくる。足もとから未知の恐怖が這い上がってくる。指一本動かすことすらできない。瞬きすらも。
全身の毛穴が開いて、汗が滲み出る。鼓動が早くなっていく。
目の前の少女が、魔王であるというのは最早疑いようがないことだった。
少女「こんなに早く覚醒してくれるなんてね。『あなた』に、早く会いたかった」
絹織物を素材とした長衣に身を包んだ少女は、魔王に相応しい風格を漂わせている。
気づけば少女と勇者の距離は、ほとんどなくなっていた。自分の胸ほどしかない少女相手に、勇者は紛れもない恐怖を感じていた。
少女の白い繊手が、勇者の胸に置かれる。
521:
勇者「……っ」
胸に触れた少女の手。わずかに浮いた青い血管がやけに目についた。
胸に手を置かれただけなのに、喉は締めつけられ、呼吸は浅くなっていく。
少女「色々と協力、ありがとう」
エルフ「陛下を弑逆奉ろうとした者は、あなた方のおかげで排除することができました、感謝します」
少女の背後で、エルフが頭を下げた。
言葉は、喉に張り付いていて何も出てこなかった。そんな勇者を少女は慈しむように見上げる。
赤みを帯びた黒い双眸が、勇者の顔を覗き込む。幼い闇を湛えた赤い瞳の向こうに映っているのは、自分であって、自分じゃない。
胸に置かれた手をゆっくりと滑らせ、勇者のおとがいへと持っていく。
少女「ねえ――私のものにならない?」
じだを打った声は、甘く呪うかのようだった。胸の鼓動が大きくなっていくのとは裏腹に、すべての音がぼんやりと曖昧に溶けていく。
身体の内側で得体の知れないなにかが、疼く。これは……。
少女「……なるほどね。私がこの状態だと勝手に覚醒してしまうんだね」
なにを言っているのか、まるで理解できない。
少女の手が離れる。自分の中のなにかの鼓動が止んだ。
522:
時間にして数十秒のことでありながら、あまりにも長く感じられた。勇者は顎を伝う汗を拭った。
少女「キミたちには、色々と迷惑をかけたね。色々と話したいことは、あるけど状況が状況だ。
 とりあえずは、いったんここは任せて。キミたちは……」
エルフ「私の屋敷で待機させますわ。よろしいかしら?」
戦士「……現時点では、全然状況もつかめないしね。それでいいんじゃない?」
誰もなにも言わなかった。発言した戦士の唇も血の気が失せ、頬は青ざめていた。
エルフ「誰か。この者たちを屋敷へ」
少女「またあとでね」
男「……」
勇者たちはエルフに軽く会釈をして兵士についていく。
少女たちに背を向け、勇者たちは歩き出す。背後に『魔王』の気配を感じながら。
523:
………………………………………………………………
戦士「はあ……とりあえず無事に屋敷に戻ってこれてよかったね。
 しかし、予想していた形とは、まったくちがう結果になったね……」
男「……」
僧侶「……いったいなにがどうなってるんだ……そもそも、魔王は失踪していたんじゃないのか」
魔法使い「……」
戦士「うーん、ていうか、あの子が魔王だったなんてね。ちょっと信じられないよね」
戦士(あの子が魔王だっていうなら、単なる人間としてバイトしてたってすごい事実だけど。
 魔界の人間は魔王の顔を知らなかったのかな?)
僧侶「だが、あの雰囲気や魔力は少なくとも、ただの人間じゃない」
戦士「ていうか、魔法使いちゃんはともかくさ。勇者くんは黙りこくったままだけど、大丈夫かい?」
男「ん……ああ、悪い。オレもけっこう衝撃的だったからさ」
戦士「なんか勇者くん、あの子に言われてたけどあれは新手の勧誘かなにかなのかな?」
男「さあな」
524:
戦士「わからないことばかりだけど、それはボクらが考えても仕方ないことだ。
 まあ、持ってきた親書や勲章とか贈り物が無駄にならなくてよかったよ」
男「これからどうなるんだ?」
戦士「魔界外交ってだけで極めてイレギュラーな外交だからね。
 普通、こういうのって歴訪経験があって、かつ、留学とかしたことがある人間がやるもんなんだけどね」
僧侶「お前も留学経験とか、あるんじゃないのか?」
戦士「短期で何国かはね。まあ、そもそも……」
戦士(今から考えれば、外交なんて二の次だったしね。
人手不足という理由だけで、こんな人選はありえない。
 陛下がなにを考えられているのかは、わからなけど)
男「なんだよ?」
戦士「いや、とりあえずこうして魔王に会えたんだ。それにボクらでもある程度の調査はできてるからね。
 細かい段取りはわからないけど、そう長くは滞在しない。国へ戻って陛下に報告。後任者に引継ぎ。それでボクらの旅は終わりだ。
 もしかしたら、こっちでもなんらかの宴ぐらいはしてもらえるんじゃない?」
僧侶「そうか。もう少しここにいて、魔界を見たい気もするが」
525:
男「難しいことはよくわからないけど、旅はもう少しで終わるのか」
戦士「まあ、もしかしたらこれを機に、和親通商条約締結とかも視野にあるのかもしれない」
僧侶「魔物たちとそんなことをするなんて、現実は物語より、よほど奇妙だな」
戦士「うちの国からしたら、魔界よりも近隣諸国の連中の方がよほど驚異なんだよ。利用できるなら陛下は魔界だって使うつもりなんだよ、おそらく」
魔法使い「本当にこれで、終わる……」
男(全然釈然としないな。この冒険が終わる? 本当にこれで何事もなく終われるのか?)
戦士「釈然としない、って顔をしてるね。勇者くんはなにか気にいらないことでもあるのかい?」
男「自分でもよくわからん。でも、無事に終わるならなんでもいいのかもな」
僧侶「コトはあまりに大規模だ。しょせん、私たちのような凡愚市井にどうこうできる話ではない」
戦士「それでもさ。これがきっかけでボクらの国が発展していけば、ボクらは後々まで語り継がれる英雄だよ。それこそ、勇者のようにね」
男「……」
526:
…………………………………………………………
エルフ「こうして陛下がその椅子に腰掛ける姿を拝見するのは、久々なような気がしますわ」
少女「そうね。とは言ってもそれほど、離れていたわけでもないのだけどね。
 でもなぜか、彼らがこちらに来てからの何日間は、密度が濃くて不思議と長く感じたわ。
 まあ、『アレ』のせいもあるのだけど」
エルフ「……あの者たちの処置はどうするのですか?」
少女「……」
エルフ「お言葉ですけれど、なぜあの場であの男から力を奪わなかったのです?」
少女「いいえ、あの場で彼の力を奪取するのはおそらく不可能だったわ。『彼ら』が私を警戒していたわ」
エルフ「それでは、不可能……?」
少女「難しい、わね。でも無理ではないわ。ようは警戒させなけれざいい、それだけよ」
エルフ「なにか考えがあるみたいですわね」
少女「一応ね」
527:
エルフ「魔界への闖入者……例の03小隊隊長殺害容疑のかかっている者たちはどうなさるんですの?」
少女「これだけ調査の手を伸ばしても見つからない。もしかしたら、もうこの国にはいないかもしれない」
エルフ「いいのですか?」
少女「今は、ね。これが人間同士なら国際問題に発展する可能性もあるけれど。今はそのことはいいわ」
エルフ「公爵の部下たちの処置はどのように?」
少女「任せるわ」
エルフ「一つ、質問よろしいですか?」
少女「どうして、ハルピュイアを殺したのか、ってことでしょう?」
エルフ「ええ。いくら公爵が本格的に動き出す前から、調査をしていたとは言え、殺めては聞きだせるものも聞き出せませんわ。
 彼は機関の責任者でもありましたし」
528:
少女「……殺すつもりはなかったのよ。」
エルフ「では……」
少女「確実に限界が近づいてる、そういうことかしらね。力の調節すら既にできなくなってるわ」
エルフ「力を使いすぎたのでは?」
少女「もちろん、それもあるかもしれないけど。それと、機関の後任者については、すでに決まっているから問題ない……少し席を外すわ」
エルフ「また、あの場所ですか?」
少女「ええ。あとのことは頼むわ。彼らの監視は続行すること。あと手厚い待遇をね」
エルフ「……御心のままに」
………………………………………………
533:
…………………………………………………………
鬱蒼とした木々の下、彼らは戦っていた。
『勇者』は襲いくる魔物の攻撃を避け、背後に回った。
敵は大柄な魔物だ。しかし、なぜかその魔物の姿ははっきりしない。が、そんなことはどうでもよかった。
とにかく倒す、それだけだ。剣を振り上げ、切っ先に魔力を集中。バチバチと大気を震わす音。
強烈な光。帯電体と化した剣。それで容赦なく冗談から切りつける。当たった――いや、敵の皮膚を掠めはしたもののなんとか、かわしていた。
『戦士』、と叫ぶ。すでに戦士は魔物の足もとに狙いを定め、その大剣で切りつけた。
筋骨隆々とした腕による切りつけは、魔物の脚を切り落としていた。苦痛の悲鳴。得意げに戦士が勇者に向けて、視線を送る。
背後で高らかに『魔法使い』が呪文を唱えた。巨大な火柱がなんの前置きもなく湧き上がる。
たちまち、炎は魔物を飲み込んだ。魔物がその熱さに耐えかね、地面を転がる。
彼女はこれ以上攻撃をする必要はないと判断したらしい。任せたわよ、と叫んだ。
最早勝負は決まっている。
突如、身体を高揚感が包んだ。足の爪先から頭頂部まで熱で覆われたような感覚。力がみなぎってくる。
『僧侶』の魔力強化の呪文だ。全身の細胞が覚醒し、魔力が膨れ上がる。増幅した魔力を刀身にみなぎらせる。
窮鼠猫を噛むとはまさにこのこと、魔物はやけくそになって最後の突進をしかけてくる。が、あまりに遅すぎた。
『勇者』の雷を帯びた剣は、その魔物が悲鳴をあげる暇すら与えることなく首から上を切り落としている。
戦いが終わった。額に浮いた汗を拭い、一息つく。『勇者』は仲間の顔を見た。見慣れた光景だ。
冒険の記憶の断片――いや、なんだこの記憶は? 誰だお前らは? 今の戦いはなんだ?
突如、違和感が頭をもたげる。不意に誰かの叫び声とともに、なにもかもが一瞬で暗闇にとってかわった。
534:
……………………………………………………
男「……っ、あれ? オレ、寝てたのか」
男(なんだ今のは? いや、単なる夢か? それにしては妙に鮮明な気が……ていうか、今何時だ?)
男「……本、読んでたら寝ちゃったみたいだな」
男(オレたちが魔王と名乗る少女と出会って、五日が経過した。
 あれからオレたちと魔王が直接会ったのは、一度しかなかった。皇宮で親書や贈呈品を渡したそのとき限りだった。
 その後エルフさんの屋敷で、こっそりと宴をしたり、魔界のいくつかの施設の視察をしたり意外なほど平和にことは進んでいった。
 だが、戦士いわくオレたちもそうそう長居はしていられないらしい。いよいよ、明日には帰ることになった)
竜「ちょっとちょっと、大丈夫ですか? うなされていたみたいですが」
男「ん、ああ……そうなのか。けっこうカッコいい夢を見てたはずなんだけどな」
男(あの子……魔王の下僕のこの小さなドラゴンは、オレたちパーティの監視ということで、ずっとオレにつきまとっている。
 まあ、べつになにかをされるわけでもなければ、基本的には見えないところにいるようにしているみたいだ。
 だからそんなに気にならないが、一回だけ僧侶と魔法使いに色々されていた)
竜「顔色もいささか悪いようですが、なんならお冷でも持って来ましょうか?」
男「お前、コップよりちょっと大きいぐらいなのにそんなことできるのか……」
竜「ええ。これでも一応本来は魔王様に仕えるドラゴンですからね」
535:
男「ていうか、あの女の子……魔王はあれから姿を見せないけどなにやってんだ?」
竜「あなたが言っているのは陛下のことですか? それなら、残念ながら私の口からは……」
男「そうか。じゃあさ、なんかオレについては聞いてないか?」
竜「どういうことでしょうか?」
男「いや、魔王のヤツ、オレよりオレのことに詳しそうだったからさ。なにか知らないかなあと思って」
竜「……あなたについて、陛下からはなにもお聞きしていません」
男「そうか。あの子ならオレの秘密も知ってるんじゃないかと思うんだ。いや、たぶん間違いなく知ってるんだ」
『ねえ――私のものにならない?」』
『……なるほどね。私がこの状態だと勝手に覚醒してしまうんだね」』
男(そう、あの子は間違いなくオレのことを知っている。オレの中のなにかがあの子にも反応していたし……)
536:
竜「どちらにしよう、あなたたちは明日には帰途につくわけです。ならば、細かいことを気にせずに、この魔界を堪能するべきなのでは?」
男「たしかにな。視察とか、事情聴取とかに追われて案外、魔界のことよく見れなかったもんな」
竜「魔界に来るような機会は生きてるうちには、もうないかもしれませんよ?」
男「そうだな。ああ、そうか……本当に明日にはここを出ちゃうんだよな」
竜「今さらですね」
男「帰ったらどうなるんだろう?」
竜「そんなことを私に聞かれても、ねえ……」
男「べつにお前に聞いてないよ。ひとり言だ」
竜「……」
537:
男(帰ったら……オレはどうなるんだ? 勇者でもなければ、そもそも人間でもない。
 王様がなにを考えてるのか、それすらもわからない。この任務が終わったあと、オレにどういう処置を取るんだ。
 八百年前、封印された勇者。そうだと思っていたオレは得体の知れない作りものだ。帰るべき場所もない。
 この任務が終われば、パーティもバラバラになる。みんなと一緒にいることもなくなる……)
男「あっ……」
竜「どうなさいました?」
男「いや、ちょっと気になることがあってさ」
男(そうだ。オレは『八百年前の勇者』ってことになってた。なんでだ?
 そうじゃなくても、オレのこの曖昧な記憶は八百年前の勇者のもの……そうだ。自分の正体を知ったときに気づくべきだった。
 どっからこの『八百年前の勇者』という記憶はもってこられたのか)
男「明日さ、魔王には会えるかな?」
竜「陛下でしたら会えますよ、必ず」
男「断言したな。なんかこれだけ姿を見せないと会えなくても、おかしくないような気がするけどな」
竜「私は嘘はつかないんですよ」
男「じゃあ、お前の言葉を信じてみるよ」
竜「ええ、必ず会えますよ」
538:
……………………………………………………………
魔法使い「……やはり、この魔界は人型の魔物が、多すぎる」
僧侶「ああ、私も同感だ。だが、この仮説が本当だったら、それはある意味当然なのかもな」
魔法使い「そう。仮説、だけど。あの研究機関が牢獄にあったこと。そして、うちの国にもあの機関の情報があった」
男「……なんか難しい感じの話をしているな」
僧侶「勇者か、食後すぐ寝るのは胃によくないぞ」
男「おう……いったい、なんの話をしてたんだ?」
僧侶「実は私と魔法使いで、魔物について話してたんだ」
男「二人とも魔物好きだったな、そういえば」
僧侶「まあ趣味の話をしていただけなんだが、たまたま魔界の制度のことを思い出したんだ」
男「どういうことだ?」
僧侶「いつか、お前がサキュバスの娘を見て、自分の記憶のサキュバスとはずいぶんとちがう、そう言ってただろ?」
539:
男「……言ったな、たぶん」
魔法使い「返事が曖昧」
僧侶「他にもこの帝国には人型の魔物が妙に多い、という話もしたな? いや、覚えていないならそれでもいい」
男「それは覚えてる。ていうか実際、魔界に来てからは色んな人型の魔物を見たし。
 新しい魔物も見た。オレの記憶にはない魔物たちだった」
僧侶「そして、もう一つ。いつかこの国の人材補給制度についても話をしたな……その顔は覚えていない顔だな」
男「えっと……なんだっけ?」
魔法使い「……あなたはこの話を聞いたとき、怒ってた」
男「思い出した! 人間を魔族の奴隷にする、ってヤツだろ?」
魔法使い「せいかい」
540:
男「でも、人型の魔物が多いって話とその制度の話がどう結びつくんだ?」
僧侶「もう一つ。あの地下牢だ。犯罪者を幽閉するあの地下牢と一緒にあったのは?」
男「魔物の研究をするところ、だな」
僧侶「最後に。調べてわかったことがあるんだが、この国の人口だ。
 通常、魔物の繁殖率は人間の比ではないんだ。だから、人口比ではどうやっても魔物たちのほうが高くなる」
魔法使い「しかし、この国では人間と魔物の人口比はほとんど変わらない。いいえ、魔物のほうがわずかに低い」
僧侶「人型の魔物の多さ。昔よりも人に近くなっている魔物。人間を魔族の奴隷にする人材補給制度。牢獄と研究機関。
 そして、本来ならあり得ない人間と魔物の人口比。これらが示すのは……」
戦士「ふあああぁ……」
男「……え?」
僧侶「……」
541:
男「ソファで寝てたのかよ。全然気づかなかった」
戦士「キミたち、声が大きいよ。ボクがせっかく夢の中で美女たちとの宴を楽しんでいたというのに……」
男「知らねーよ」
僧侶「話を続けるぞ。これからようやく話の核心に入ろうとしていたのに……」
戦士「その話をすることに意味はあるのかい?」
魔法使い「……」
僧侶「なにが言いたい?」
戦士「キミらの話し合いは、夢うつつで聞いてたよ」
542:
僧侶「……私たちは単なる話し合いをしているだけだ」
戦士「ボクらには見張りもついている。今だってどういう手段を用いてかはわからない。
 けど、間違いなく監視はされてるよ」
男「危険、だってことか?」
戦士「勇者くんにしては、なかなか察しがいいね。そうだ、ボクらは必要以上に魔界のことに首を突っ込むべきじゃない」
魔法使い「……間違ってはいない」
戦士「帰るまでは胸に閉まっておくべきだろうね、そのことは」
男「……」
戦士「知らない方がいいこともある。少なくとも今は」
僧侶「……そうだな。勇者、悪いがこの話はなかったことにしてくれ」
男「……わかった」
543:
戦士「まあ、今日は最後の魔界だ。せっかくだしどこかで飲まない?」
魔法使い「ほう……」
僧侶「たしかに。明日には私たちは帰らなければならないからな。
 最後ぐらいは羽を伸ばしてもいいかもな」
魔法使い「みんなで……飲む」
男「なんか嬉しそうだな、魔法使い」
男(みんなでお酒を飲みたいって、言ってたもんな)
戦士「そういうわけだし、街へ繰り出そうじゃないか!」
魔法使い「……おお」
男「最後の晩餐ってわけだな!」
僧侶「……うん、そうだな」
544:
……………………………………………………
魔法使い「ぷはぁっ……うまいわね、ふふっ。あら、なにかしら? そんなにじっと見られても、私はなにもあなたにはあげないわよ」
僧侶「べつに。私はただ、魔法使いの豹変ぶりを見ていただけだ。それに……」
魔法使い「どうしたの? 気になることでもあるの?」
僧侶「いや、この地域でこうやってお酒を飲んでる人間が珍しいのか、色んな魔族が見てくるから少し気になっただけだ」
魔法使い「そんなの気にしなければ、いいじゃない」
僧侶「魔法使いはお酒を摂取すると、とことん変わるんだな」
魔法使い「アルコールは人を変えるのよ。あなたはお酒、飲まないの……って、たしかアルコールはダメだったかしら?」
僧侶「ああ。前にも言ったとおりだ。基本的にアルコールは飲めない」
男「魔法使い、すごい勢いで飲んでるけど大丈夫なのか? ここんところ飲んでなかったからか、すげー飲んでるな」
545:
僧侶「ある意味羨ましいな」
男「僧侶もほんのちょっとぐらい口つければいいじゃん」
僧侶「いや……なにかあったら困る」
男「なにがあるんだよ」
僧侶「……それより、戦士は? 三十分ぐらい前に席を立ってから一向に戻ってこないが」
魔法使い「魔界のビールは薄いわね。おそらく醸造の仕方がかなり古いやり方だからなんだろうけど、これじゃあいくらでも飲めてしまうわ……ひっく」
男「本当に大丈夫かよ」
魔法使い「あなたもこのビールなら飲めるんじゃないかしら?」
僧侶「しつこい。私は料理だけで十分だ」
魔法使い「お酒を飲めないっていうのは、人生の七割は損してると思ったほうがいいわよ」
546:
僧侶「……そんなに?」
魔法使い「ええ」
男「あ、戦士のヤツ、女の子連れて戻ってきた……って、あれって……」
僧侶「あの定食屋のサキュバスじゃないか?」
戦士「やあやあ! たまたまそこで会ったんだけど、話が合うもんだから一緒に飲もうって話に……」
サキュバス「わあお! あのときのお兄さんとお姉さんじゃん! アタシのこと覚えてる!?」
戦士「え? なに、勇者くんと僧侶ちゃんはサキュバスちゃんと知り合いなのかい?」
男「知り合いっていうか、まあ、たまたま入った店の店員だっただけの話だけどな」
サキュバス「なに言っちゃってんの? アタシのことナンパしたくせにー」
戦士「ナンパ? キミがこんな麗しい女性をナンパだなんて、ちょっと信じられないね」
547:
男「だから、あれはナンパじゃないって言っただろ?」
サキュバス「へー。あんな神妙な顔して、『オレのこと、どう思った?』なんていきなり聞いてきたくせにー」
戦士「おやおや、勇者くん。ボクはどうやらキミを見くびっていたようだよ」
男「どういうことだよ!?」
サキュバス「いやー、でも世間ってすごく狭いよね。こんな風に、意図してなくても簡単に再開しちゃうなんてね」
 「おいおい、ソウルメイトじゃねーか!? お前!?」
戦士「んんんっ!? この声は……」
ゴブリン「よおソウルメイトぉっ! まさかこっちでお前に会うとはな!」
戦士「あ、ああ……どうも」
548:
ゴブリン「おいおい! どうしたよ、顔が引きつってるぜ。さては、オレと飲めるから武者震いでそんな顔になっちまってんのか?」
戦士「え? あ、いや……」
ゴブリン「まあなんでもいい。あっちでヤロウだけで飲もうぜ!」
戦士「だれかたすけて〜!」
男「たしか、あれは戦士か飲み比べで勝ったとか言ってたゴブリンだったな」
僧侶「こっちの地区にいるのは、魔族だから当然か」
サキュバス「なんかよくわかんないけど、世間ってやっぱり狭いんだね」
男「どうやらそうみたいだな」
サキュバス「まあ、アタシらはしっぽりと飲もうよ。お兄さんの話も聞きたいしね」
男「べつに話すようなことなんて、なんもねーよ」
549:
サキュバス「つまんないなあ。男はスキャンダラスな話題を常に一つくらいは持ってなきゃ」
男「そうなのか、魔法使い?」
魔法使い「スリルなものを求める女には、そういうのが必要なんじゃないかしらね。ふふっ、まあおつむの軽い女にはそういうのがわかりやすいのよ」
サキュバス「あれ? もしかしてアタシ、悪口言われてない?」
魔法使い「ごめんなさい、そんなつもりは毛頭なかったんだけれど……ふふっ」
サキュバス「……せっかくだし飲みましょうか」
魔法使い「ええ、喜んで」
僧侶「なんか、すごいな……」
男「ああ。あっちじゃ戦士とゴブリンが飲み比べし始めてるしな」
男(そういえば、ゴブリンと言えばずっと気になってることがあったな……)
男「なあ、僧侶。魔界に来るとき、魔法陣を使ったときのこと覚えてるか?」
僧侶「ん? どうしたんだ藪から棒に」
男「実はけっこう前から、気になってたことがあったんだけど……」
550:
…………………………………………………………
戦士「ああ……今日ほど魔法使いがいてくれてよかったと思ったことはなかったよ」
僧侶「見ているこっちが、怖いぐらいに飲んでたな。いくら今日が魔界最後の日だからって、ハメを外しすぎなのはどうかと思うぞ」
魔法使い「……でも、楽しかった」
男「そうだな。オレも楽しかったよ。魔法使いがいなかったら、オレも屋敷まで戻れなかったかもしれなかったけど」
僧侶「私も飲めればなあ……」
男「なんか言ったか?」
僧侶「……なんにもだ」
戦士「本当に、楽しかったね」
男「……そうだな。魔物がどうとか人間がどうとか、そんなの関係ないんだなって、あの空間にいて思ったよ」
僧侶「たしかにな。酒のテンションのせいもあるのかもしれないけど、みんな楽しそうだった」
魔法使い「……私も、楽しかった」
551:
男「これで、明日になったらオレたちのパーティは解散なんだよな……」
戦士「当然だね。ボクらにだって、戻るべき仕事や場所があるからね」
男「…………」
僧侶「お前は、どうするつもりなんだ?」
男「まだ決めていないんだ。いや、どうしたらいいのか、わからないって言ったほうが正しいか」
戦士「帰ってからのことは、キミ自身が考えることだ。ボクらが干渉するようなことじゃない」
男「……そうだな」
魔法使い「……素直、じゃない」
男「え? オレ?」
魔法使い「あなたじゃない。彼」
戦士「……どういうことかな? ボクは勇者くんに対して、思ったことをそのまま言っただけだよ」
552:
魔法使い「……昨日、私に相談して来た。『勇者くんのことはどうすればいいと思う』って」
戦士「……」
男「戦士……お前」
戦士「まっ、ボクらは短い期間とは言え、パーティなんだ。それに勇者くんってアホじゃん?」
男「んっだと!?」
戦士「仕事のアテぐらい、斡旋してあげてもいいかな。なんて慈悲ぐらいなら与えてあげようと思ってね。
 勇者くんが本当に困り果てて、どうしようもないっていうなら言ってくれよ」
男「……ありがとな、本当に」
戦士「べつに。人として当然のことをしたまでさ」
男「……みんなも本当にありがとう」
僧侶「どうしたんだ、急に。まだ私たちの任務は終わっていない。帰ってからだって、引き継ぎとか陛下への報告とかもあるんだ」
553:
男「いや、今のうちに言っておきたかったんだ。自分でもなんか変だなって思うんだけどさ。
 僧侶には命がけで守ってもらったりしてるし、魔法使いにもピンチのときは助けてもらった。
 戦士、お前にはなんだかんだ戦闘面での面倒をよく見てもらったしな。
 こんなオレを、見捨てないでくれたんだ」
魔法使い「……見捨てる、わけがない。私たちは、パーティだから」
僧侶「持ちつ持たれつだ。何度も言ってるはずだ。私はお前を助けたが、お前も私を助けたんだ」
戦士「そうだよ、キミは赤ローブの連中を命を賭けて倒したりもしてる」
男「みんな……」
戦士「まあ、帰ってからの話は帰ってから考えればいいことなのかもしれない。深く考えすぎると、勇者くん、頭パンクしちゃうよ」
男「……とりあえず、帰ったら勉強しようかな」
僧侶「博識な勇者か、想像つかないな」
男「うるせー。ああ、本当さ……もっとこのパーティで冒険したいなあって、本気で思ってる」
魔法使い「……そう、ね」
554:
戦士「ふっ、いつかまたできるときがくるかもしれないよ?」
男「なんかあるのか、そういう機会が」
戦士「いや、全然ないよ。でも、冒険とかって言うのは自分でしようという意思が一番大事なんじゃない?」
僧侶「そうだ、自分でなにかをしようとする意思が一番重要なんじゃないか。私がそんなことを言えた義理ではないが」
戦士「なんなら、仕事とかそういう厄介なしがらみが、なくなる年になったら冒険でもなんでもすればいい」
魔法使い「……それは、それで楽しそう」
男「まっ、なにはともあれ。まずは明日になってきっちり帰るところだな」
僧侶「うん、そのとおりだ」
男「というわけてだ、みんな」
戦士「ん? まだなにか言いたいことがあるのかい?」
男「ああ。これだけは、どうしても伝えておく必要のあることだ」
戦士「……聞こうか」
555:
………………………………………………
次の日
エルフ「わざわざ皇宮にま足を運んでもらい、感謝します。しかし、生憎国王陛下は現在席を外しておりますわ」
戦士「おやおや、これは残念だね。ボクら、お金借りたり空き家借りたり、かなり世話になってるからお礼ぐらい言っておきたかったんだけどね」
僧侶「多忙なのだろう。仕方がない」
エルフ「ご理解、感謝いたします」
男「なんだよ、ドラゴンのヤツ。絶対に魔王は来るって断言してたのに」
戦士「まあ、いいじゃないか。ボクは正直、彼女に会わずに終わるなら、それに越したことはないと思うよ」
エルフ「今回の外交が、後の互いの発展に繋がることを祈っていますわ」
戦士「ええ、こちらこそ。本当にお世話になりました。また会える日を、楽しみにしています」
エルフ「あ、そうだ。勇者さん、あなたに言い忘れていたことがありますわ」
男「オレに? なんか用でもある……があぁっ!?」
勇者は振り返ろうとして、そこで足を止めてしまう。不意に腹部を焼けるような痛みが走る。
腹部には長剣のようなものが刺さっていた。
556:
立っていられない。あまりの痛みに、声にならない声が喉を狭める。
熱いなにかが逆流してくる。鉄錆の匂いが、口腔内に充満して思わずむせる。
男「ぐっ……ううぅっ…………!」
僧侶「ゆ、勇者!?」
エルフ「ごめんなさいね……いいや、ごめんね。お兄さん?」
エルフの手は、二の腕から下が鋼鉄の剣と化し勇者の腹部を貫いていた。
不意にエルフの輪郭がぼやける。やがて、淡い光がエルフを包み込むと、瞬く間にその魔物は姿を変えた。
気づけばそこにいたのは、少女――魔王だった。
戦士「なっ……!?」
少女「やっぱりね。私の姿のままだと、キミの中の『彼ら』が反応するけど、化けて魔力を抑えていれば騙せるわけだ」
少女はあくまで無表情のままだった。鋼鉄の剣をそのまま、べつの物質へと変換。
蔓植物に変化させ、勇者の中の獲物を捉えるために、侵食していく。
少女「あっ……」
不意に強烈な違和感が腕を襲った。今、まさに勇者の中を蹂躙していたはずの腕が、不意に重くなる。
それどころか、熱に浮かされたように腕が熱くなっていく。
少女はとっさに危険を感じて、腕を勇者から引き抜く。勇者の口もとは、はっきりと笑っていた。
557:
少女「なにを……なにをした?」
勇者の身体から引き抜いた鋼鉄の剣は、錆びつき超高熱で熱されたように真っ赤になっていた。
しかも、勇者の肉体の傷は煙をあげ、みるみるうちに塞がっていく。まるで、上級回復呪文を浴びたかのようだった。
いや、よく目を凝らせば勇者の腹部には魔法陣が浮いていた。
おそらくそれは回復と攻撃を同時に行う、かなり高度な魔法陣だ。だが、なぜそんなものが勇者の腹には拵えられている?
男「わかってたんだよ。いや、ちがうな。想定してたんだ、が正解だな。
 お前がオレを襲うパターンの一つとして、姿を変えて攻撃してくる可能性があるってな」
少女「なんで……どうして、私にメタモルフォーゼの能力があるってわかったの?」
勇者は立ち上がる。パーティのメンバーはすでに構えていた。
男「お前さ、オレと会う前からボロを出してたんだよ。もちろん、会ったあとでもな。
 だがら、わかった。だから、お前が変身能力を持ってる可能性に気づけた」
少女「どうやら、私はキミを侮ってたみたいだね」
男「悪いが、オレはこんなところで死ぬつもりはない。どういう事情があるのかも知らないが、お前のものになるつもりはない」
勇者は叫ぶ。生きるために。自分のために。仲間のために。
男「勝負だ……!」
563:
………………………………………………………………
昨夜
男「実はけっこう前から、気になってたことがあったんだけど……」
戦士「勇者くん、ストップ……魔法使い。あれを頼む」
魔法使い「大丈夫。すでに魔法は発動している」
男「……オレたちは監視されているんだったな」
戦士「勇者くんは顔にすぐ出るからね。けっこう重要な話をしようとしたろ?」
男「さすが、よくわかってらっしゃる」
僧侶「監視と言えば、例のドラゴンは? 私と魔法使いが色々としてからは、少し避けられてるみたいだが」
男「二人でいるときは、顔を出してくれるんだけどな。今もどこかにはいるんだろうど、まあいいや。話しても大丈夫なんだろ?」
魔法使い「……大丈夫」
564:
戦士「屋敷には戻らないで、このまま歩き続けよう。なに、酒場でランチキ騒ぎした後だし、違和感のない行為だよ」
僧侶「屋敷の中が一番危険だろうな、秘密話をするなら」
戦士「さっ、勇者くん。話してくれよ」
男「ああ。オレたちを魔界に繋がる魔法陣へと、案内したゴブリンのことを覚えてるか?」
僧侶「覚えてはいる。けど、それがどうかしたのか?」
戦士「彼は案内するだけ案内して、ボクらを見送ってそれで終わったでしょ?」
男「やっぱりか」
魔法使い「……なにが?」
男「あのめちゃくちゃな魔法空間の中で、オレはたしかに見たんだ。
 ゴブリンが魔法空間の中にいたのを」
565:
戦士「それはたしかなのかい?」
男「たぶん、間違いない。証拠はないけど……」
僧侶「しかし、そのことがそんなに重要なことなのか?」
男「もう一つある。あの子……つまり、魔王のことなんだけど、あいつが言っていたことで奇妙なことがあった」
僧侶「『だって魔物がしゃべっただけで、急に叫び出したりするし』って言ったことか?」
男「そう、それ!」
僧侶「私たち以外の勇者パーティが来ていると、魔王から聞いたときだ。私も引っかかっていた」
戦士「んー、それってあの魔王が言っていたこと? 勇者くんがゴブリンがしゃべり出して、びっくりして……あっ」
魔法使い「……なるほど」
男「そうだ。オレがゴブリンが話し出してびっくりしたのは、魔界行きの魔法陣に入る前。
 そして、それを知ってるのはこの中のメンバー以外では、ゴブリンだけだ」
566:
男「この魔界に来てから、一番最初に話しかけてきたのもあの子だったことも、そうだとすると辻褄があう」
戦士「ちょっと待ってくれ。つまり……勇者くんは、彼女がゴブリンだったって言いたいのかい?
 いや、ごめん。酔いがまだ残ってるなね……つまり、魔王には擬態のような能力があるってことか」
男「うん。オレの予想だけどな。そもそも、オレはあの子に記憶がないなんてことを一度も言ってない。
 なのに、記憶がないことも知っていた」
戦士「勇み足なような気がしないでもないけどね。魔王に擬態能力がある、っていう根拠はそれだけかい?」
男「実はもう一つある。ゴブリンのくだりを思いだして、さっきサキュバスから話を聞いたんだ」
魔法使い「……アバズレ」
男「ん? なんか言ったか、魔法使い?」
魔法使い「……なにも」
僧侶「話が進まない。お前が聞いたのは、魔王の容姿についてだったな」
男「そう。ほとんどの魔界の住人は、魔王を見たことないらしいな。それでも、噂でどんな感じなのかぐらいは耳にするらしい」
567:
戦士「へえ、どんな容貌なんだい、魔王っていうのは」
男「似ても似つかない、とだけ言っておく」
戦士「……ふうん。影武者とか他にも可能性はないこともないけど、考えの一つとしてはありだね」
僧侶「仮にも魔王だ。それぐらいの力を持っていたとしても不思議ではない」
男「で、みんなにこのことを伝えたのは、あの子がオレのことを狙っている可能性があるからだ」
戦士「勇者くんを狙う? どうして?」
男「わからん。でも、言っていたんだ。自分のものにならないかってこと。もしかしたら、オレの中のなにかを奪おうとしているのかも」
魔法使い「……あなたの中の、力を?」
男「うん」
男(あの女の子の目は、オレの中のなにかを見ていた。恋い焦がれた人みたいに……)
568:
戦士「単なる考えすぎってわけでもないみたいだね……あっ、勇者くんにかぎって、考えすぎってことはないか」
男「いーや! 今回は単なる考えすぎってことはない、はず」
戦士(ここまでボクたちは色々とあったけど、魔王との邂逅を果たして以降は、かなりの好待遇だ。はたして……)
僧侶「警戒するべきなのかもな。私たちは、すっかり気が抜けてしまっていることだし」
戦士「たしかに。勇者くんの潜在能力は、まだまだ未知数だけど。
 それでも魔王が手にしたいと思うだけのものなのかもしれない」
男「あと、最後に一つ。魔王が言っていたことで、『私がこの状態だと勝手に覚醒してしまうんだね』とも言っていた。
 あの子がオレの近くに来たとき、オレの中のなにかが反応した。魔王だからかもしれない」
僧侶「その言葉と今まで検証してきたことを照らし合わせたとき、一つあるな。勇者の力を奪うつもりが、魔王にあるなら」
戦士「どうやらもう少し酔い覚ましのために、歩く必要があるみたいだね」
魔法使い「夜は長い――」
…………………………………………………………
569:
少女「できれば、手間をかけずに終わらせたかったけど……仕方ないわね」
男「いくぞっ!」
魔王の力がどれほどのものか、見当もつかない。先手必勝。勇者は魔王に飛びかかる。
魔法使い一人を後方支援に。戦士と僧侶も勇者に続く。
男「うらああぁっ!」
鞘から剣を抜き、斬りかかる。一瞬で魔王の小柄な影が、視界から消える。
遅い。そんな呟きが上から降ってくる。勇者が顔をあげようとしたときには、上から蹴りが下される。
頭部を鋭い痛みが襲う。視界がぶれる。一瞬のうちに勇者は、床に這いつくばっていた。
僧侶「勇者……!?」
僧侶が衝撃波を拳から放つ。床を這う衝撃波を、しかし少女はあっさりと避ける。
華麗に舞うかのようにステップを刻み、少女はいっきに距離を詰めてくる。
戦士がとっさに火の魔法を打ち込む。だが、魔王はなんなくやり過ごし――あっさりと僧侶の懐に入ってくる。
僧侶「……っ!」
少女「遅い」
僧侶が蹴りを繰り出す。
魔王は、自分の顔に目がけて繰り出されたその足を両手で掴み、その勢いを利用して僧侶を投げ飛ばす。
570:
なんとか僧侶は受け身をとり、すぐさま飛び起きる。
だが、それすらも遅すぎた。魔王の拳が視界に飛び込んでくる。
身体を仰け反らせ、ギリギリこれをかわす。同時に後転跳びと、蹴りを織り交ぜて距離をかせぐ。
僧侶へと追撃しようとした魔王の背後を青火が襲う。戦士の魔法だ。
少女「だがら、遅いのよ」
体勢を低くし、魔王は火球をかわす。突如、少女の小柄な身体を影が覆った。
勇者が魔力を込めた剣を魔王へと振り落とす。
男「くらえっ!」
だが、その隙をついた渾身の一撃はなんなく止められる。
少女のしなやかな両手が、勇者の剣の柄を握っていた。刃はあと少しで少女の黄金の髪に触れるところまで来ている。
だが、それ以上剣が先に進まない。体格差はかなりあるはずなのに。
勇者の力は華奢な少女の手を、押しのけることすらできない。
少女「どうしたのかしら? 本気で私を殺す気でいる?」
勇者「ぐっ……!」
少女の声はあまりに淡々としていた。気づけば、剣の柄を握る少女の手は、一つになっていた。
571:
少女の手が離れる。慣性の法則のまま、たたらを踏む。隙だらけになった勇者の鳩尾を、少女の拳が捉える。
手の輪郭がぼやけるほどの魔力を、込められた拳の威力は想像を遥かに超えていた。
勇者「かはっ……!!」
勇者の身体が宙を舞った。背中から落ちる。激痛が背中を走る。肺が圧迫され呼吸が詰まる。
少女「……これは」
少女の足が凍りつく。魔法使いの氷の魔法。魔王の動きを封じた瞬間を見逃す戦士ではない。
細身の剣へと魔力を集中させる。戦士は地面を蹴り、魔王へと斬りかかった。
戦士「……!?」
鈍い音とともに、戦士が瞠目する。
見えない壁が、戦士の剣を受け止めていた。パリパリと砂糖菓子が割れるような軽快な音。
魔王の足を掴む氷は、あっさりと砕かれていた。少女が身を翻す。
と、思ったときには戦士の顔面を少女のしなやかな蹴りが襲う。とっさに剣で顔を庇う。
戦士「っ痛……!」
572:
剣とともに戦士が吹っ飛ぶ。戦士自身は受け身を取るが、剣の刀身は折れてしまっていた。
少女「本気を出すまでもなく、力の差は絶対。べつに私はあなたたち全員を殺すつもりはない」
少女が黄金の髪をかき上げる。ようやく立ち上がった勇者たちを見る、赤銅色の瞳に殺意はない。
嵐を前にした海のように、静かな双眸を細め、勇者パーティを見つめる。
勇者「力の差は絶対、か……」
僧侶「まったく歯が立たない。さすがは魔王といったところか」
戦士「ホントにやんなるね。正直、久々に逃げ出したいと思ったよ」
少女「その男を渡してくれれば、あなたたち二人は見逃してあげるわ」
戦士「……ほほう。それはなかなか魅力的な提案だ。どう思う、僧侶ちゃん?」
僧侶「そうだな。私もまだ死にたくないし、やりたいことは山ほどある」
少女「なら……」
戦士「ところがどっこい! 生憎だね。魔王相手に、命乞いをした挙句、仲間を売ったなんてことがバレたら、男として台無しだ」
573:
戦士「それにね。ボクは今、新しい脚本を書かなきゃならないんだけどさ。今度のは勇者くんを主役とした話を書くつもりだ。
 これから勇者くんと提携して、大作を作るつもりだ。だから、ここで勇者くんに死なれるのは困るんだよ」
僧侶「私もだ。国へ帰って、勇者の作った手料理を食べさせてもらう。私と勇者はそう約束した」
魔法使い「……私はまだ、酒を奢ってもらっていない」
少女「……理解できないわね。これだけの差があって、なお抵抗しようとするの?
 あなたは、あなたの命を差し出せば仲間が助かるというのに私と対峙するの?」
 
男「…………」
少女「……勇者なら自己犠牲の精神ぐらい、見せてくれてもいいんじゃないかしら?」
男「そうだな。勝てる可能性が、本当にゼロならな」
少女「……」
574:
男「今、みんなが言ったとおりだ。オレは約束がある。死んだら約束を果たせない――だったら生きるしかないだろ」
少女「こんなに聞き分けが悪いとは、思わなかったわ」
戦士「勇者くん、まだ生まれてから全然時間たってないんだぜ。むしろ、お利口だよ」
男「うるせーっつーの……まあ、とにかくそういうわけだ。オレは死なない。みんなも死なない。お前を倒して、それで終わりだ」
少女「……あなたバカなのね」
男「言われなくても知ってるよ。でも、バカなりにわかることがある」
少女「…………なにがわかると言うの?」
男「生きることを諦めたら、絶対に死ぬってことだ――魔法使い!」
魔法使い「おまたせ」
魔力が床に染み込むように、広がっていく。魔法陣が次々と展開され、床を埋め尽くしていく。
575:
少女が小さく溜息をつく。伏せられた瞳がゆっくりと見開かれる。
少女「そう。なら、こちらも力ずくでいくしかないわよね」
赤銅色の瞳が、嵐の夜の波のような怒りを湛えて、爛々と輝く。
身の毛もよだつような魔力が群青色の輝きとなって、少女を掴む。
輝きが収まったときには、少女の身体を包み込むように翼が出現していた。
コウモリの翼を思わせる漆黒のそれが、大きく広がりはためく。
少女「今度は、手加減できないかもしれない。最後の通告。今なら、まだ助けてあげるわ」
男「……みんな」
僧侶「しつこい。とうの昔に決めている、魔王と闘うって」
戦士「そういうこと。闘って、勝って!」
魔法使い「生き残る……!」
魔法使いの言葉が終わるか終わらないか。そのときには勇者の眼前に、魔王が躍り出る。
その手には不釣り合いな、鋭利な長爪が勇者に振り落とされる。
だが、その爪が勇者を切り裂くことはなかった。
魔法陣が煌めく。勇者は一瞬にして溶けるように、魔王の前から消え失せた。
576:
少女「……?」
消えた。文字通り、目の前から。勇者は跡形もなく。
いったいどこへ……と、こうべを巡らせようとしたときだった。
背後に魔力と人の気配が顕現した。魔王は一瞬で踵を返し、背後からの剣を漆黒の翼で受け止める。
少女「おしい、けど……」
男「ちっ……」
魔王の背後の魔法陣にはまだ、光の残滓が散らついていた。少女はこの時点で、床に無数に展開された魔法陣が、どういうものか理解した。
少女「まだまだ甘い――」
少女の手が群青色に輝く。少女の手はグロテスクかつ、歪で巨大なものに変わっていた。
飛び退き、距離をとろうとする勇者を少女の巨大な手が掴む。いや、掴んでいない。
眩い光。いったいなにが起きたのか。勇者がまたもや視界から消えていた。
男「っ……あぶねえ。危うくやられるところだった」
戦士「迂闊に近づくのは危険だ、勇者くん」
577:
男「そんなこと言われても、オレは魔法の類は使えないんだ。接近する以外の方法が……」
戦士「そうなんだよねえ、勇者くんってば魔法使えないんだよね……」
僧侶「だからこそ、空間移動の魔法陣を展開してるわけだがな」
少女「小賢しいっていうのは、こういうことを言うのよね、まったく」
いくつも展開された魔法陣はすべて、空間転移の魔法陣だった。
移動する人間が魔法陣に魔力を注ぎ込むことで、発動するタイプのものだ。
勇者パーティのメンバーは、自分のスピードより遥かに劣るものの、魔法陣によってその部分をカバーしようというわけだ。
僧侶「一人で突っ込むのは危険だ。私も前衛をやる。後方支援は、戦士と魔法使いに任せる」
魔法使い「……任せて」
勇者「いっきにいくぞっ!」
578:
前方から勇者が魔王に向かって踊りかかる。魔王も同時に突っ込んでくる。
勇者の剣が魔王に届くよりも、彼女の方が明らかにスピードはかった。巨手が勇者を握り潰す……いや、すでに魔法陣が発動している。
勇者が一瞬で移動する。
僧侶「うしろだっ!」
僧侶の炎をまとった拳が少女の背中を捉えた。否、翼がはためき魔力による強烈な風が湧き上がる。
僧侶「っああぁっ!?」
拳の炎は掻き消え、僧侶が吹っ飛ぶ。咄嗟に勇者が僧侶を受け止める。が、勢いを殺しきれずに壁まで追いやられる。
だが、攻撃はそれだけでは終わらなかった。少女の足もとから火柱が立ち昇る。やはり、かわされる。
戦士は舌打ちこそするが、魔法を休めはしない。火の粉を連続で放ちひたすら魔王への攻撃を続ける。
攻撃の手を休めれば、一瞬で反撃され殺される。
579:
魔法使い「……発動」
強烈な魔力が床から湧き上がる。巨大な波がうねりをあげて、魔王へと襲いかかる。
小柄な影が一瞬にして荒波に飲み込まれる。空間が水を覆う。
魔法使い「今……」
僧侶「まかせろ」
最早定番のコンビネーション技とも言える、魔法使いの魔法からの僧侶の雷の拳。
雷撃が魔王へと下る。だが、魔王は翼で身を包み、直撃を逃れていた。
荒れ狂う波は一瞬でやみ、全員が防御用の魔法陣から飛び出し、さらなる攻撃へと移る。
戦士「勇者くん! 準備はいいかい!?」
男「いつでも!」
勇者と戦士が、同時に魔王へと挟み込むように走り出す。魔王の片方の変化していなかった手が、突如変化する。
両の手が巨大かつグロテスクなものとなり、今まさに仕掛けようとしていた勇者と戦士を捉えようとする。
580:
しかし、魔法陣を利用し二人が同時に消える。べつの位置へと現れた二人が再び魔王へと飛びかかる。
勇者はこのわずかに自身の魔力をすべて、剣へと集中させた。
瞬きをする間もあるかないかの、極小の時間。その刹那のときの中で、自身の魔力を剣の先端へと収斂させる。
時間が許す限り、やってきた修練の中で身に付けた技能。その集大成をここで――発揮する。
魔王の手が勇者に向かって、再び伸びてくる。自分の身体より、さらに巨大な手が勇者へと掴みかかる。
さっきは、これを魔法陣でかわした。しかし、集中させた魔力が、時間の経過とともに解けてしまうかもしれない。
ここで決める。勇者をそのまま、刺突の構えで魔王の手を迎え打った。
男「うおおおぉっ!!」
魔力が炸裂する。一瞬だけ恐怖が顔を出した。それすらも切り裂くイメージを脳裏へ焼きつける。
自身の覚悟を剣に乗せ、勇者は咆哮し――その手を突き破った。
甲高い悲鳴が、室内に響き渡る。足もとを満たすみなもに赤い血が飛び散る。
581:
戦士「ふぅ……」
戦士もどうやら上手い具合に、巨大な手をかわし、手首を切り落としていた。
少女の腕は瞬く間にもとの状態に戻る。魔王が膝からくずおれる。両の肩を自らの手で抱くその姿は、魔王とはあまりにかけ離れていた。
なにかがおかしい。あまりにも手応えがなさすぎる。
これならまだ、以前に戦ったゴーレムや赤ローブの男の方が、強く感じるぐらいだった。
僧侶「……観念するなら今のうちだ、魔王」
少女は俯いたまま、なにも答えなかった。勇者が一歩踏み出す。金色の髪が邪魔して、少女の表情は窺えない。
男「……もう終わりにしよう。オレはこれ以上キミと……」
少女「ふふふふっ……ねえ、いったいなにが終わるって言ったの?」
男「これ以上、オレは闘いたくないんだ。だから……」
少女「どうして? 私はあなたを殺そうとしたのよ? なのになんで、あなたは私を殺そうとしないの?」
男「そんなことをしても意味がない。それにオレはキミを殺したいわけじゃない」
582:
戦士「勇者くん、待て。それ以上近づくのはやめるんだ」
僧侶「こんな姿とは言え、魔族の王だ」
男「……」
少女「……そう。私は魔族の王。この国を束ねる者。彼女に頼まれた。だから。守らなきゃいけない……」
少女の瞳はひどく虚ろだった。足もとのみなもを見る赤い瞳は輝きを失っていた。
男「彼女? いったいなにを言って……」
勇者はそこで口を噤んだ。自分の中のなにかが疼くのがわかった。本能が危険だと言っている。
気づけば、広すぎる空間を、名状しがたい緊張が張り詰め、圧迫していた。
少女「――約束を果たさなきゃいけないのは、私もなのよ」
張り詰めた空気が、悲鳴をあげる。少女を群青色の霧が包み込む。幼い闇はあっという間に夜のそれにとってかわる。
男「な、なんだこれは……!?」
どこからか出現した猛烈な風に、足もとをすくわれそうになる。いや、これは単なる風ではない。
黒い風……そうじゃない。
視認できるようになり、触れることさえ可能になった魔力が、荒れ狂っているのだ。
583:
 「 ――――やく、そ く ……は、た す 」
地の底から響くかのような、低い声が荒波のような魔力の流れを縫って、勇者の耳に届く。
ただの声でありながら、聞いた瞬間、指先から凍りつくように体温を奪っていく。
闇をまとった少女の姿は明確には視認できない。だが、それでも真っ赤に輝く瞳だけは、異様な存在感を放って勇者たちを見据えた。
戦士「いよいよ、敵も本気のようだね……!」
戦士の声には明らかに、焦りが含まれていた。魔法使いと僧侶にも恐怖の感情が見てとれた。
絶望の象徴のように闇をまとった魔王が、高く飛び上がる。
嵐のような魔力を身にまとった魔王が、宙空に浮いたまま身体を屈曲させる。
魔法使いが、一瞬できた隙をついて魔法を使おうと魔力を集中させる。
肉が裂ける不快な音ともに、先ほどの翼よりも遥かに大きな翼を羽ばたく。
魔法使い「くる……っ!」
魔力の集中を中断し、魔法使いは警告する。
不意に魔王が身体を仰け反らせる。闇をまとった女王が、獣の慟哭にも似た声をあげる。
巨大な紫炎が、次々と少女の周りを囲むように浮かび上がる。
584:
巨大な紫炎のせいで、空間の温度が急激に上昇していた。剣を構える。額の汗を拭おうと、勇者が腕をあげようとして、止めた。
炎塊が四方に飛び散る。
男「……ウソだろ!?」
魔法使い「 ―― 」
魔法使いが呪文を唱える。みなもが刹那のうちに凍りつき、次の瞬間には次々と隆起し氷の壁となる。
魔法使い「隠れて」
だが、炎弾はあまりにもあっさりと氷壁を粉砕し、溶かしてしまう。
そのまま床を穿ち、魔法陣までも破壊する。
魔法使い、戦士の二人が同時に魔法を放つ。が、縦横無尽に空間を駆け巡る魔王を、捉えることはできない。
勇者は残った魔力を刀身へと込め、魔王へと投擲する。が、魔王に当たる前に、超高温の熱の塊が一瞬のうちに剣を溶解させてしまった。
気づけば炎を避けることで、精一杯という状況になっていた。
男「ちくしょおっ!」
ひたすら走る。止まれば、火の餌食にされてしまう。頭上から紫炎が降ってくる。
585:
跳ぶ、かわす。わずかに身体のどこかを火が掠めた。だが、そんなことには構っていられない。
動きを止めれば、間違いなく火に焼かれて死ぬ。
反撃するタイミングなど、どこにもない。ひたすら逃げ惑うことしかできない。息が切れる。眩暈がする。
鼓動はくなっていく一方だった。いったいあとどれだけ逃げられる?
勇者「ま、魔法使い……!?」
空間内を走り続ける勇者の目に、飛び込んだのは、魔法使いがつんのめる光景だった。
石畳の足場は火炎によって、最悪な状態になっていた。今まで自分が蹴躓いていないのが、奇跡にさえ思える。
地面を蹴る。すでに火の塊が、魔法使いに迫ろうとしていた。間に合え。叫ぶ。
身体のの内側で、なにかが胎動する。鼓動が一際強く鳴った音が響いた気がした。
魔法使いに火が直撃する直前。勇者は飛び込む。炎弾と魔法使いの間に割り込み――
魔法使い「……!」
炎は勇者の背中を直撃した。
586:
魔法使いは目をつぶった。身体を超高温の熱に覆われる。溶岩の中に突っ込まれたような熱が、全身を襲った。
魔法使い「……あっ」
だが、自分はまだ死んでいない。生きているという感覚がある。
目を開くと、誰かの影が自分に覆いかぶさっていた。魔法使いが目を見開く。恐怖に擦り切れた記憶が、一瞬にしてもとに戻る。
勇者「だ、い……じょうぶ、か…………?」
魔法使い「……あなたは…………どうして!?」
勇者「お前だって、あのとき……ケルベロスのとき、助けて……くれた、だ、ろ……」
魔法使いはどうしていいかわからず、こんな状況にも関わらず呆然とする。
だが、勇者は苦痛に顔を歪めながらも、唇のはし釣り上げた。
勇者、と叫び声が聞こえる。火がそこまで迫ってきていた。
魔法使い「にげ――」
男「にげねーよ」
暗い霧のように現れた魔力が突如、勇者の背中にのしかかる。
猛禽類を思わす翼が、勢いよくはためく。勇者の背中へと直撃するはずの紫炎を、その翼が薙ぎ払った。
587:
勇者に手を引っぱられて、魔法使いはすぐさま立ち上がる。
勇者はいつかと同じように、暗い霧のような魔力を身にまとい翼を生やしていた。
魔法使い(自身の危険に反応して、潜在能力が覚醒した……?)
男「走るぞ!」
魔法使い「あ、ありが……」
男「礼はいらない! それより、なんとかして魔王の火を止めないと……!」
勇者は正気を失ってはいなかった。以前までは、覚醒すると意識をなくしていたが……身体が力に馴染んでいってるのかもしれない。
火が次々と襲ってくる。走る。
男「どう……どうすれば、いい!? なにか……ヤツを止める手段はないのか!?」
魔法使いは、走りながら飛んでくる火を見て……一瞬で気づいた。
いや、これは明らかにわかりやすいことだった。
魔法使い「火の威力が、はぁはぁ……弱くなっている……」
男「火の威力……そういえば、さっきより……火力が弱い……?」
588:
考えてみれば、当たり前の話だった。いくら魔王といえど、魔力には限界がある。
床に仕込んだ魔法陣すらも、無効果にする高威力、高魔力の火炎をこれだけ連発すれば、魔力だって足りなくなる。
勇者が無事だったのは潜在的な力も去ることながら、火炎の魔力が明らかに弱くなっているからだった。
魔法使い「これを、あなたに……!」
魔法使いがマントの下からから、あるものを取り出す。走っているせいで、一瞬だけそれを手に取るのに手間取る。
男「これは、あれか……!?」
魔法使い「魔王の虚をつくならっ……これ、しかない……」
男「わかった……!」
僧侶「勇者!」
男「……っ!?」
僧侶の叫び声が聞こえたときには、魔王が超高でこちらに迫ってきていた。
武器もなにもない、どうすればいいんだ――迫る魔王を前に勇者が身構える。
589:
戦士「そこだあああぁっ!!」
迫る魔王の横から、戦士が斬りかかる。魔力から生んだ炎で、刀身を包んだ剣が魔王を捉える。
気迫の一撃だった。魔王である少女が、戦士の気迫の一撃によって吹っ飛ぶ。
炎がやむ。できた隙をついて、僧侶も勇者たちのもとへと駆け寄る。
男「……助かったぜ、戦士」
戦士「まったく……相変わらずキミは無茶するね」
男「魔王は……やったのか?」
僧侶「……いや、まだだ」
吹き飛び壁に衝突した少女は、すでに起き上がっていた。強力すぎる魔力の波動が少女の髪を持ち上げ、さか立てる。
 「 ――、 じゃ ま ■■ す ■る な……―― 」
少女が再び飛翔する。紫炎が幽鬼のように少女を囲む。やはり、さっきよりは明らかに数が少ない。
僧侶「勇者、それを貸せ。私がその役目をやる」
男「……いいのか?」
僧侶「時間がない。迷ってるヒマはない」
590:
戦士「ボクからも、ボクの剣を渡しておく。ボクの形見だと思って、今だけ大事に使ってくれ」
男「まだ死んでないだろうが、縁起でもねえ。ていうか、なんで剣をオレに……?」
戦士「剣しか使えないキミが、剣を持ってないっていうのは致命的だろ。
 ボクなら魔法も使えるからね」
僧侶「そろそろ、構えた方がいい……!」
男「……僧侶、これについてはお前に任せる。頼んだぜ」
僧侶「大丈夫だ。まかせておけ」
魔法使い「……私たちで、時間をかせぐ」
男「……やるぞっ!」
勇者の声が合図となる。魔王の周辺を囲っていた紫炎が、一斉に勇者たち目がけて放たれる。
591:
勇者、魔法使い、戦士、僧侶が散開する。
火の威力も数もやはり弱くなっていたが、しかし、余裕はこちらにもまるでなかった。
魔力が尽きかけているのは、お互い様だった。そうでなくとも、体力的な限界が近づいている。
魔法使いと戦士は、魔法攻撃で魔王を狙い撃ちするが、やはり魔王の動きは尋常じゃないスピードだった。
勇者と僧侶はひたすら魔王を引きつけ走り続ける。苦しい。呼吸過多によって肺が擦り切れるようだった。
視界が霞む。何発か火が身体を掠めている。
どれぐらい時間が経過しただろうか。不意に勝機が訪れる。
僧侶「――もらった」
ようやく僧侶が魔王の背後をとった。右拳に魔力を込め、グローブでそれを増幅。雷の拳を魔王の背中に見舞う。
 「 ■ま、 … ■■……おう…………を、 なめる…… な 」
突如、魔王の翼に魔力が行き渡る。雷の拳は、翼の魔力によって弾かれる。
僧侶が吹っ飛ばされた。壁に背中から衝突し、そのまま動かなくなる。
男「僧侶……っ!」
勇者が無意識のうちに、僧侶に駆けつけようとしてしまうのを戦士が引き止めた。
戦士「僧侶ちゃんのことはまかせろ! キミは魔王に集中するんだ!」
592:
そうだ。彼女がくれたチャンスをここで無駄にするわけにはいかない。
僧侶の一撃は、魔王の魔力を削りとったらしかった。火の数が明らかに減っている。
自分に向かってくる炎の処理は、魔法使いと戦士に任せることにした。
魔力を集中させる。全集中力を細身の剣へと向け、魔力を剣へと注ぎ込む。剣の輪郭が黒い霧によって、ぼやける。
すべての魔力……自身の得体の知れない力さえも、刀身へとみなぎらせる。己がすべてをこの剣へと込める。
当てれば、魔王さえも倒せるかもしれない。だが、外せば自分の魔力は空。勝機は確実に消えてしまう。
タイミングを間違うわけにはいかない。
魔王が勇者に向かって、突進してくる――この瞬間だ。
魔王がなにかを叫んでいる。どうでもよかった。自分はただ、この一撃に集中すればいい。
勇者は魔王を迎え撃つために、地面を蹴る。魔王へと飛びかかる。
男「――――おわりだ!」
魔力の剣が魔王の首を捉える……瞬間、魔王はしなやかに身体を斜め横にしならせ、これをかわす。
かわされた。魔王の薄い唇がゆがむ。魔王の長爪が勇者の身体を切り裂く。
いや、ちがう。実際には少女の爪が裂いたのは、虚空だった。
男「今度こそ正真正銘の終わりだああぁっ!」
気づけば、魔王の背後に勇者がいた。刀身に込められた魔力が、暗い霧から淡い光へと変わって眩い輝きを放つ。
光の剣を、勇者は魔王に振り替える間も与えず、突き刺す。
――淡い光が強烈な光となって勇者の視界を埋め尽くす。唐突に勇者の意識はそこで途切れた。
593:
勇者(ここは……)
暗い闇に勇者は一人でいた。あたりを見回しても誰もいない。
この感覚には覚えがある。たしか、以前にもこんなことがあった。記憶が走馬灯のように、次々と現れては消える空間。
その空間の中央に少女がいた。少女はこちらに気づいていないのか、暗闇を見回して戸惑いの表情を浮かべている。
男(やはり……)
映像がふいに現れる。その映像の中には、幼い少女がいた。その少女の顔には見覚えがあった。魔王に瓜二つだった。
少女は誰かを見上げて、しきりに頷いたり首を傾げたりしている。
これは、魔王である彼女の記憶なんだろうか。
やがてしばらく待つと、少女が見上げた先にいる女性が映った。
赤銅色の瞳。黄金の髪。その女性もまた、魔王である少女に瓜二つだった。恐ろしいほど似ている。
あの少女が大人になれば、おそらくこのような女性になるのだろう。
しばらくすると、会話のようなものが聞こえてきた。だが、音は小さくなにを言っているのか聞き取れない。
待ってはみても、一向に音は大きくならなかった。
女性がしゃがみこんで、幼い少女の瞳を見つめる。なにかを言っている、ということだけはわかった。
女性に瞳は時間が経つごとに熱を帯び、潤んでいく。
なぜか最後の言葉だけ、聞こえた。
『世界と、あのヒトを守って』
不意に光がどこからか漏れてくる。淡い光はやがて濃くなり、視界を真っ白に埋め尽くす。
そして、唐突に意識は現実世界へと戻った。
594:
勇者「――!」
目が覚めると同時に、勇者は直感した。
すぐさま、身体を起こそうとしたが、激痛が走って勇者は呻き声を漏らした。
戦士「大丈夫かい? 勇者くん」
僧侶「よかった……目、覚めたんだな」
魔法使い「……安心した」
男「オレ……」
戦士「勇者くんは気絶したんだよ、不思議なことにね。魔王に剣を刺そうとしたら、その剣がメチャクチャに光ってね。慌てたよ」
僧侶「光がやんだと思ったら、勇者は気絶していたんだ」
男「そうだったのか……そうだ! あの子は!?」
戦士「あの子って、魔王のことかい? 魔王ならキミが目覚める数分前に目を覚ましたよ」
少女「…………」
595:
男「……よお、元気か? っイテテ……」
僧侶「っと、無理に起き上がるなよ」
少女「……身体中、ボロボロ。その上、あなたたちに負けるしね。いくらこの状態とはいえ、負けるとは思わなかった」
男「4対1、だったからな」
少女「私にはちょうどいいハンデ、どころか全然足りないぐらいの戦力差のはずだったんだけどね。
 それで? なにか聞きたいことが、あるんでしょ?」
男「聞きたいこと、というか、確認だな」
少女「言って」
男「……これはオレの予想だけどさ。いや、ほとんど直感だな。けれども確信はしてる」
少女「前置きが長いわね。さっさと言いなさい」
男「わかった」
男「……お前さ、本当は魔王じゃないだろ?」
602:
少女「……」
僧侶「どういうことだ」
戦士「彼女は影武者で、真の魔王はべつにいるとでも言うのかい?」
男「そうじゃないよ。
 魔王。お前はたぶんさ、オレと同じなんじゃないか?」
僧侶「同じ……人工的に作られたと!?」
男「どうなんだ?」
少女「……どうしてそう思った?」
男「……オレが魔法陣を仕込んだ護符を利用して、お前を背後から斬った。たぶん、そのあとだ。
 あのあと、お前はたぶんオレと同じ景色を見たはずなんだ」
少女「……あれを、見たのね」
603:
男「今までにもあったんだ。真っ暗闇の景色の中に、突然、色んな記憶みたいなのが流れてくるのを」
少女「あんな曖昧なものだけで、私を魔王じゃないって判断したの?」
男「もう一つある。オレ自身のなにかが、お前に反応している。
 最初は勘違いしてた。正直、魔王であるお前にビビってて、身体がおかしくなったのかと思ってた。でもちがった」
少女「共鳴、ね」
男「共鳴?」
少女「認めるわ。あなたの言ったとおり、私はあなたと同じ造られしモノよ」
戦士「……!」
僧侶「信じ、られない……」
魔法使い「……」
604:
少女「……これで終わりでいい?」
男「いやいや、早すぎるだろ! むしろ、これから真実を解明するところだろ」
少女「私はあなたたちを殺そうとした。それなのに、こうやって呑気に話してるっておかしいわよ」
男「まあ、たしかにそうだけど……そこは闘った仲というか……」
少女「今の私は魔力もほぼ空だし、見ての通りの有り様。殺すのには、絶好のチャンスだと思うのだけど」
男「な、なに言ってんだ……!?」
戦士「勇者くん、落ち着きなよ。
 キミを殺すだけならね、たしかに楽勝さ。ただ、ここは仮にも魔王様の本拠地だ。
 そんな場所に近衛兵や部下がいないとは、思えない」
少女「……安心したわ。きちんと気づいてくれていて」
魔法使い「初めから逃げる算段はしていた」
少女「魔力を込めた護符……空間転移の簡易魔法陣は用意していたのね」
605:
僧侶「魔王一人でもこの様だった。増援を呼ばれたら、勝ち目はなかった。なぜそうしなかった?」
少女「……最後の最後、私は自分の力を制御できず暴走したわ」
男「あれは、暴走だったのか」
少女「あなたにだって覚えはあるはずよ。自我が飲み込まれ、得体の知れない力に身体が支配される不気味な感覚を」
男「……今までに何回かあったな」
少女「万が一二人が暴走したら、誰も止めることはできないわ。だから、臣下たちは皇宮の外に待機させたわ。
 私の暴走がさらにエスカレートしたときは、皇宮ごと吹き飛ばさせるつもりだったから」
男「……そ、そこまでの力なのか、オレたちの力は」
少女「私とあなたの中にあるのは、それほどまでに強大な力なのよ。
 ……で、結局私をどうするの? このまま見逃してもらえるなら、ありがたいけど。それは都合が良すぎる発想よね」
戦士「なら、こういうのはどうだい? キミを見逃してある。その代わりに勇者くんに真実を教えてあげてほしい」
男「戦士……いいのか?」
606:
戦士「まあ、ボクも色々と気になってるからね。みんなもそれでいいかい?」
魔法使い「……うん」
僧侶「私も聞きたい」
少女「……すごくいい仲間ね」
男「え?」
少女「あなたのパーティ。とても仲間思いで、素敵ね」
男「……そうだよ。自慢のパーティだよ」
少女「……あなたは真実を知りたいのよね?」
男「ああ。お前はオレについてもなにか知ってるな? 
 オレは、自分も知らない自分のことを知りたいんだ、頼む」
少女「いいわ……ただ、その前に彼女、エルフを呼びたい。いいかしら?」
男「わかった」
607:
…………………………………………………
エルフ「陛下……姫っ、これはいったい!?」
少女「見ての通りよ。私は彼らに負けたのよ。それと姫はやめなさいって何度も言ってるでしょ。
 大丈夫よ、ボロボロだけど死に至るほどの傷ではないわ」
エルフ「今すぐ治癒を施し……」
少女「大丈夫よ。簡単な応急処置なら、彼女がやってくれたから」
魔法使い「……」
エルフ「……陛下。なぜ、増援を要請しなかったのですか……?
そうすればここまでの傷を負うこともなければ、彼らを……」
少女「いいのよ。この傷は、私が自分の力をきちんと制御できなかったことこそが、真の原因なんだもの。
 私はすでに自分の力の半分以上を制御できなくなっている」
男「どういうことだ、自分の力を制御できないって?」
少女「さすがにね、私も寿命が近づいているのよ」
エルフ「姫……そのことを他言してよろしいのですか……?」
608:
少女「だから姫はやめてって言ってるでしょ。
 彼らは私の寿命について知ったところで、どうもしないわ」
戦士「わかんないよ? ボクらだって……」
僧侶「うるさい。話がこじれるようなことを、わざわざ言うな」
少女「エルフ。彼らを例の空間へ」
エルフ「……あそこへ、この者たちを案内するのですか?」
少女「彼らはすでに私の正体を知っているわ。そして、その先にある真実を知りたい、ってね。
 そこの彼がそう言ってるのよ」
エルフ「……あなたが?」
男「どうしても知りたいんだ。どうしてかはわからない、けど、知らなきゃいけないって本能がそう言ってるんだ」
エルフ「…………なるほど。まっすぐな瞳ですわね
 昔のあなたを見ているみたいですわね、陛下」
609:
少女「そう? それはよくわからないわ。でも、彼らに真実を語ってもいいと思うに値する瞳でしょ?」
男「目? なんかオレの目が特別なのか?」
戦士「……勇者くん。とりあえずは、目のことは気にしなくていいよ」
エルフ「陛下、立つことはできますか?」
少女「なんとか、ね」
僧侶「どこかへ行くのか?」
少女「ええ。真実を知るのに相応しい場所へ、案内するわ……おねがい、エルフ」
エルフ「ええ」
魔法使い「魔方陣……」
610:
…………………………………………………………
男「……っうぅ………ここは?」
戦士「ていうか、魔方陣やるなら唐突にやらないでほしいなあ! びっくりしちゃったよ……ええ!?」
僧侶「な、なんだこれは!?」
魔法使い「巨大なドラゴン……」
竜「あなた方は……陛下に伯爵閣下……なぜ勇者様一行がここに?」
少女「魔王の間に用があって来たのよ」
竜「……その傷を見た限り、勇者様たちに打ち負かされたのでしょうが……よろしいのですか?
 ここから先の空間に足を踏み入れた者は、内部の人間でさえ、ほとんど存在しないというのに。
 外部の人間をこの空間内に立ち入らせるなど……」
少女「いいのよ」 
男「しかし、本当にデカいドラゴンだな。最近、超ちっこい竜を見てたから、ギャップがすごいな。
 あいつも最終的には、これぐらい大きくなるのかな」
竜「お言葉ですが、そのちっこいドラゴンというのは、おそらく私のことを言っているのですよね?」
611:
男「え……?」
竜「街へと繰り出すときに、この姿では不便極まりないですからね。あなたがたの前では、極小サイズでいましたが、これが本来の私のサイズなんです」
僧侶「あの小さな竜が、私たちが散々いじくり回した竜の真の姿が、これ……?」
魔法使い「……」
竜「ちょっとちょっと、驚きすぎですよ」
少女「気持ちはわからなくもないわ。でも、あなたたちに見せたいのはこの子じゃないわ」
戦士「いやあ。でも、このドラゴンのギャップを体感した後だと、たいていのことでは驚かなくなれそうだね」
少女「……ドラゴン。ゲートを開けてちょうだい」
竜「承りました。勇者様……」
男「ん? どうした?」
612:
竜「いえ、なにかを言おうと思いましたが……やはりいいです」
男「なんだよ、そりゃ? まあ、また会おうぜ」
竜「ええ」
エルフ「ゲートを開きますわ。皆様、少しお下がりくださいまし」
僧侶「この扉の先には、いったいなにがあるんだ?」
少女「見ればわかるわ。行きましょう」
男(……なんだろう。オレはこの先にあるものを知っている気がする……)
614:
…………………………………………………………………………
魔法使い「……っ」
僧侶「ここは……妙な息苦しさを感じるが、どうなっているんだ。暗くて周りもよく見えないし……
少女「あたり一帯にある一定の割合で空間に魔力を放出する、魔方陣を展開しているから。
慣れていないと苦しいかもしれないわ。けど、三分もしないうちに慣れるはずよ」
男「オレは特になんともないな」
戦士「勇者くんは鈍いから、わかんないんじゃないの?」
男「んー、そうなのかなあ……」
僧侶「結局ここには、なにがあるんだ? まさか、こんな暗闇空間だけ見せて、終わりではないだろ?」
少女「もちろん。エルフ、灯りを」
エルフ「はい……陛下があなたたちに見せたかったのは、これです」
615:
戦士「灯りがついたとはいえ、まだ少しくらいね。
 ……この巨大な水槽みたいなのは、培養槽みたいだけど、中に入っているのはなんだい?」
少女「目を凝らしてみて。そこにあるものが見えるはずよ」
僧侶「たしかに集中すれば見えてきたが、これは……ヒト型の魔物?」
戦士「この魔物はいったいなんなんだい?」
男「魔王だ」
戦士「!?」
魔法使い「じゃあ、これが、本当の魔王……?」
少女「ええ。あなたには彼の記憶があるのね。だから彼が魔王だってわかる……そうね?」
男「記憶、っていうか、まあ。それに近いものを何度か見たことがある」
僧侶「どうなっているんだ?」
少女「なにが?」
僧侶「この魔王からはまるで魔力を感じない。まるで、死んでいるかのようだ。
 いや、そもそもコイツは生きているのか?」
616:
少女「生きているとも言えるし、死んでいるとも言えるわね。仮死状態というのが、正確ね」
戦士「これが真の魔王だって言うなら、なぜキミが魔王として魔界に君臨してるんだ?
 それに、なぜこんな状態になっているんだ? いや、そもそもこれは本当の魔王なのかい?」
少女「むぅ……質問は一つずつにしてほしいわね。ところで、最後の質問はどういう意図で言っているのかしら?
 まさか彼も、私みたいに造られしものだって言うの?」
戦士「キミの寿命はつきかけている。そう言ってたでしょ?
 ならば、新しい魔王を作ろうとする発想は、べつに不思議ではないでしょ?」
少女「そうね。たしかに発想としては間違っていないのかも。でもね、その考えは外れよ」
戦士「なぜ? この五百年間の間、勇者も魔王も生まれてこなかった。
 どうして彼らがこの世に現れないのかは、定かではない。
 けど、勇者と魔王は常に同時に存在し続けた。もしその法則に則るなら、魔王だけがこの世に生きているのはおかしいじゃないか」
僧侶「たしかに。戦士の言っていることはもっともだ」
少女「……なるほど。あなたたちはそういう考え方をするわけね。
じゃあ、一つ私から質問してもいいかしら?」
僧侶「なんだ?」
少女「どうして、私は彼……勇者を殺してその力を奪おうとしたんだと思う?」
617:
男「それは……おそらくオレの中にある、なにかの力を奪おうとしたからだろ?」
少女「そう、正解。では、そのあなたが言う『なにか』とはいったいなんなのかしら?」
男「それは……魔王とかの力か……ちがうか?」
少女「いいえ、ほとんど正解よ」
魔法使い「……彼の中にある秘められた力は、魔王のもの……?」
少女「私の予想では、魔王、そして勇者の力も彼の中には眠っているはずなの」
戦士「じゃあ、キミが勇者くんを殺して、その力を奪おうとしたのは……?」
少女「彼の力を奪って、それをもとに魔王を完全に復活しようとしたのよ。
 私では、どんなに力を尽くしても彼を復活させられなかったから」
男「なんでだ? お前は魔王ではないかもしれないけど、それでも魔王のようにとても強かったじゃないか」
618:
少女「そうね。全盛期の私であれば、あなたたちを殺すのは容易かったでしょうね。
 けれども今や私も、死を待つだけの身となってるのよ」
僧侶「じゃあやっぱり、自分の代わりとなる新たな国王を作るため?」
少女「それもまったくないとは言えないわ。でも、本当の目的はそうじゃない」
男「その……わかりやすくサクッと説明してくれないか?」
戦士「そうだね。ボクもかなり回りくどいおしゃべりの仕方をするけど、ここで焦らされるのは、ちょっとね」
少女「回りくどいかしら? まあいいわ。
 つい五百年前までは、勇者と魔王は争い続けていた。そして、魔王と勇者が死ねば、また新たな魔王と勇者が世界に誕生する」
男「でも今は、魔王は……」
少女「新しい魔王が現れないのは、かろうじて生命を繋ぎとめてこの世に生きているからよ」
僧侶「ということは、この魔王が死んだら、新しい魔王が生まれるってことか?」
男「あっ……」
男(――魔王と勇者の闘いは時代があとのものになればなるほど、その規模は大きくなっている――)
619:
男「その、新しい魔王になったら、また強くなって……えっと、なんだ……」
少女「そうね、それもあるわね。でも、それだけじゃない。
 新たに生まれる魔王が、どんな魔王かわからない。制御が効くのかも。破綻した人格の持ち主かもしれない。
 もしかすれば、この国をメチャクチャにする可能性さえあるわ」
戦士「だから、今ここにいる魔王を復活させようって言うのかい?
 だけどこの魔王だって、もしかしたら、とんでもない人格の持ち主かもしれないじゃないか」
少女「勝手なことを言わないで! 彼はそんなヒトじゃないわ……!」
戦士「し、失礼……」
少女「……ごめんなさい。私の方こそ、感情すらも制御できなくなっているのかも……」
男「……ちょっと待った。おかしくないか?」
僧侶「どうした勇者? なにか引っかかることでもあったのか?」
男「ああ。おかしいだろ? 魔王は死にかけとはいえ生きている。なのにどうして勇者はいないんだ?」
620:
少女「……」
戦士「……たしかに。勇者くんの言うとおりだ。
 ボクらはすっかり魔王がいて、勇者がいないことを当たり前だと思っていたけど、これってよくよく考えれば、やっぱりおかしいことだ」
魔法使い「……あなたは、最初、八百年前に封印された勇者……ということになっていた」
男「……そういえばそうなんだよな。すっかり忘れてかけてたけど。
 オレは八百年前の勇者で、長い封印のせいで記憶をなくしていたって。でも、それは単なる王様の嘘ってことじゃあ……」
少女「じゃあ、あなたのその断片的な八百年前の記憶は、どこから――いいえ、誰から拝借してきたの?」
魔法使い「……そう、彼女の言うとおり。
  いかに賢者と言えども、無から有は生み出せない。記憶は記憶の在り処からしか引き出せない」
戦士「そうだよ! それにボクらが八百年云々信じたのだって、その封印の記録自体はあったからだ。
 もちろん、詳細についての記録はまるでなかったけど……」
僧侶「それじゃあ……」
少女「そう。これらの要素を突き詰めて考えていけば、一つの事実が浮かび上がってくるわ」
男「つまり――」
少女「本当の勇者は今もどこかで生きている」
621:
今日はここまで。そして次回でこの話は終わり(のはず)です。
読んでくれてる人ありがとうございます
感想レスにありましたけど、名前で勇者が男になっていたり、魔王が少女になっていたのは
こいつらがニセモノであるってヒントのつもりでした
ではまた
622:

624:

これ残り一回で終わるのか
627:
僧侶「勇者が生きてる。
 ……お前は本当の勇者に会ったことがあるのか?」
少女「……さあね。これに関しては答えるつもりはないわ」
僧侶「どうして?」
少女「その勇者について、『直接は』私には関係ないもの」
僧侶「……」
戦士「ちなみに先に言っておくけど、ボクはそんなことは知らなかったよ。
 と言うより、発想としてまず、浮かばなかったね」
男「本当の勇者、か……」
魔法使い「…………」
僧侶「なら質問を変えよう。お前は誰に造られた?」
男 「そうだ! オレは王様の命令で造られた。じゃあお前は誰に造られたんだ?
 そもそもお前って、何歳なんだ?」
628:
少女「細かい年齢は記録を調べればわかるけど……四百五十は確実に超えてるかしらね」
男「よ、四百五十!? そ、そんなに長生きできるものなのか……」
少女「魔族の寿命はもとから人間より長い。その上、私には魔王の力があるから」
戦士「見た目はボクらなんかよりも若いのになあ……」
僧侶「年齢も……まあ、たしかに気になることではあったが、本当に気になることはそこじゃない」
少女「ずいぶんと私の顔を凝視してくるけど。私の顔がなにか?『お姉さん』」
僧侶「……。どこかで見たことのある顔だと思ってた。でも、ずっと誰かわからなかった。
 だが、お前が魔王だと名乗ったときに気づいた。ある女王にそっくりだって」
戦士「ある女王?  …………ああっ!?  あ、あの災厄の女王……そうだよ! 
 言われてみれば、そっくりだ! ボクが見たことがあるのは成人後のだけだけど……」
少女「…………」
男「お前は、姫様のことを知ってたよな? それに他にもオレたちの国のことについて、色々と知ってた」
少女「そうね、せっかくだから、かいつまんで教えてあげる。私はあなたたちの国が、混乱期に陥る以前よりも更に前。
 私はあなたたちが、災厄の女王と呼ぶ彼女によって生まれた」
男「え……それってつまりはどういうことなんだ?」
629:
戦士「……つまり、彼女はボクらの国で生まれたってことだよ……」
男「オレたちの国で!?」
僧侶「混乱期より前ってことは五百年近く昔ってことか……」
男「そんな昔に、お前は生まれたのか……」
少女「今のでいっきに様々な疑問が湧いたでしょうね。でも、畳みかけるような質問の仕方はやめてね」
男「じゃ、じゃあ。どうしてオレたちの国で生まれたお前が、今は魔王としてこの国に君臨しているんだ?」
少女「あなたが、勇者の代替え品として造られたように、私は魔王の代替え品として造られたのよ」
戦士「魔王の代替え品……?」
少女「先にこれだけは言っておくわ。女王……彼女は誰よりも、この世界の平和を考えられていた方だった」
戦士「あの女王が世界の平和を?」
少女「結果から見れば、自国を滅ぼしかけたけど。それでも彼女は、たしかに世界を守ろうとしたの」
僧侶「だが、女王はどうやって世界を守ろうとしたんだ?
 彼女がやろうとした政策ならいくつか知っているが、世界を守るという名目のものなんてなかったはずだ」
630:
少女「当然よ。なにせ、彼女がやろうとした世界の守り方は、世界の理そのものを敵に回すようなものだったから。
 彼女は、人工的に勇者と魔王を造り上げ、世界を騙そうとしたのよ」
戦士「そ、そんな……馬鹿げたことを……?」
魔法使い「……マジックエデュケーションプログラムは、その計画の一環だったということ?」
少女「……さすが、魔法使いね。そう、人工勇者と魔王を造るのになにより必要だったのは、最も魔法を扱うのに長けた魔法使いだった。
 そうしてその育てられた魔法使い――そのさらに上のランクに属する賢者たちによって造られたのが、私とその他大勢の私と同じものたちだった」
少女(そして――)
631:
『はじめまして』
『……あなたはだれ? わたしは……だれ?』
『私はこの国の女王。よろしくね』
『じょーおー? じょーお……あなたは、じょーおー。じゃあ、わたしはー?』
『……あなたはまだ、今は……誰でもないわ。……ごめんなさい』
『……どうして泣いてるの?』
『ごめんなさい。あなたがね、生まれるまでに……私、色んな人や魔物たちを犠牲にしてきたの。
 ……こんなはずじゃ、なかったのに』
『……よく、わからないよ。
 ……わたしがわるいの?』
『あなたは悪くない……そう、悪いのは私なの。あのヒトとの約束を守らなきゃいけないのに……』
遥か昔の記憶は、あまりに断片的でとりとめがない。
ただ、彼女が私の小さな身体を抱きしめて、肩を震わせていたことは明確に覚えている。
今思うと、私と二人きりのときは、彼女は泣いていることが多かった。
632:
『どうして私は、いつも勉強したり色んなところを見に行ったりするの?』
『……ごめんなさい。でも、あなたにしか頼めないからよ』
『質問の答えになってないよ。質問に答えて』
『あなたは、もしかしたら上に立つ存在になるかもしれないから』
『上に立つ? なんの?』
『それはまだ定かではないわ。人かもしれないし、もしかしたら……』
彼女は常に色んなものに謝っていた気がする。どうして謝っているのかはわからない。
そしてふと、彼女は会話の中で言葉を切ることがよくあった。そんなときは決まって私は、彼女の横顔を窺った。
でも頬に落ちる金色の髪が邪魔をして、彼女の表情はわからなかった。
それでも、きつく結んだ唇の白さだけは、今でも目に焼きついている。
633:
『女王陛下は私に勉強をしろって言うけど、その勉強って色んなものがあるんだよね?』
『そうよ。学ぶっていう行為は、机上だけじゃできないのよ。色々なものを見て、色々なことを体験する。
 言ってみれば、生きることじたいが、ひとつの勉強なのよ』
『勉強をするとどうなるの? した先にはなにがあるの?』
『……それは誰にもわからないわ。あなたが勉強をして、自分で探すんだもの』
『それには答えはあるの?』
『それすらも、あなたが探すのよ』
今思えば、彼女が私に向けた言葉の大半は、同時に自分自身に言い聞かせているようでもあった。
私をまるで、鏡の向こうにいる自分に見立てているように。
自分の行動が本当に正しいのか。そんな脅えとも迷いともつかないものが、彼女との日常の端々から見てとれた。
634:
『これはなに……?』
『料理……なのだけど』
『なんだか普段食べてるものと比べると、見た目が変だよ? 大丈夫なの?』
『……料理なんて初めてだったから』
『どうして陛下が料理をするの? そんなの他の人にやらせればいいのに』
『……親は、自分の子どもにご飯を食べさせるものなのよ』
『……私はあなたの子どもじゃないよ?』
『いいの、おねがい……あなたに食べてほしいの』
『……わかった』
彼女が作った料理を食べた。そのときの私の反応を見る彼女の真剣な顔こそ、まさに子どものそれだった。
口にした料理は、見た目から想像した味よりは美味しかった。
私が料理の感想を言うと、彼女は悔しそうで――けれども、とても生き生きとしていた。
もっとそういう表情を見せてほしい、と私は思った。
635:
『こんなとこにいたんだ。なにを見ているの?』
『……べつに』
『培養槽……この中にはなにがいるの? また私とおなじもの?』
『いいえ』
『じゃあ、なに?』
『そうね……強いて言うなら、あなたの……いいえ、やっぱり秘密』
『なにそれ。意味が分かんないよ』
『……今はまだ、教えられないの。でも、そうね。いつか、あなたにもこのヒトを教えてあげる』
彼女は濁りきった培養槽の中身を、食い入るように見つめていた。白い指がその表面を慈しむようになぞる。
彼女の目は雄弁になにかを語っていた。その培養槽の中の、なにかへと。
そして、その唇がゆっくりと動くのを私は見逃さなかった――『魔王』と。
636:
『一般市民の記憶喪失の件、異端審問局が処理するんだってね。どうして彼ら異端審問官が出てくるの?』
『あなたには関係のないことよ。あなたはこの国のことではなく、あっちのことだけを考えていればいい』
『……そうもいかないんだけど。私の同僚……いや、同胞と言うべきかな。
 ここ最近になって、彼らが次々と正気を失って暴走を起こしている。他にも実験に使われた魔物たちが研究所から抜け出して、街に甚大な被害をもたらしている。
 なんなら私が止めようか? 私なら止められるかもしれない』
『……私だってそうしたい、けど、ダメよ。あなたは知られてはいけない存在。
 それに、勇者様も今回の討伐任務には参加しているから……あなたはなにもしなくていい』
『……世界を平和にするのが陛下の夢だったんだよね? なのにどうして? 
 国の民に危険が迫っている。助けなくていいの?』
『ごめんなさい……ごめんなさい、私が情けない女王だから……』
彼女が縋りつくように私を抱きしめた。自分の肩に顔を埋める彼女は、記憶の中の彼女とどうしてか、一致しない。
こんなに彼女は小さかっただろうか?
彼女の嗚咽を聞いていたら、なぜか私の目頭まで熱くなっていた。頬を伝うものを拭いもせず、ただ私は小さくなった彼女を見つめていた。
637:
実験の失敗が生んだ勇者と魔王の出来損ない、そして、その過程で使われた魔物たちが暴走し、国は混乱期を迎えた。
そして、彼女は――魔物に襲われた。勇者の助けは、寸分で間に合わなかった。
私がかけつけたときには、彼女はすでに死にかけの状態だった。勇者が彼女の治癒にあたっていた。
『陛下! しっかりして……!
 勇者、なんとか……なんとかならないの!?』
『今治癒しているがダメだ……! 毒が酷すぎる……解毒しようとしているが、間に合わない……!』
『誰か……誰かっ!? 回復魔法を使える者は……!?』
『……無理だ。大半の魔法使いが異端審問局に捕まってる。そうじゃない連中もあちこちに駆り出されている……くそっ!』
『……私が彼女を助ける……』
私の能力の一つに、触れた対象の器官や一部を取り込む、というものがあった。実験の副産物的なものだった。
対象相手がある程度弱ってさえいれば、この能力は行使できる。彼女の傷口に触れた。
深呼吸をする。毒だけを抜き取る必要がある。失敗は許されなかった。口の中の水分はなぜか干上がっていた。
まるでなにかを恐れているかのように。恐怖に硬直した私の腕を、ふと誰かの手が握った。
638:
彼女の手だった。彼女は意識を取り戻していた。しかし、開いた瞳は濁っていて、どこを見ているのかすら判別がつかない。
そこで決心がついた。自身の能力を使う。彼女の身体の中へ意識を潜らせる。
失敗したら彼女が死ぬ。
彼女の血液やなんらかの器官。毒以外のものを吸収すれば、瀕死の状態の彼女は死ぬ。
その恐怖を振り払い、彼女の毒をすべて抜き取る――そうしようとした私へ、なにかが入ってくる。
今までにも経験がある。感情の奔流。だが、なぜ――彼女は生死をさまようほどの重症を負っているのに。
血が身体をかけめぐるように、私の中が彼女の感情で満たされていく。
私は理解した。彼女が私になにかを伝えようとしているのを。
意識を傾ける。感情の奔流から、彼女の言葉を探し出す。
(……私は、もう長くない……)
私は否定をしようとしたが、彼女が言葉で遮る。
(……この国は今なお、混乱してる。それもこれも私のせい。私が『あの男』の魂胆に気づけなかったから……)
(黙って……集中できないっ! 集中しないと……あなたが死んじゃう……だからっ!)
(いいの……私は罪人。死ななければいけない)
(うるさいっ! 勝手に死ぬとか言うな……! 勝手に思想を押し付けて……勝手に役目を押し付けて! 勝手に死ぬなんて、許さないっ…………!)
(ふふっ……あなたがそんなに感情的になるのは初めてよね?)
639:
なぜこんな場面で微笑う?
私はそんな疑問さえも声にできなかった。ただ、嗚咽を漏らすことしかできない。
自分の中に彼女の感情以外にも、なにかが侵入してくるのを感じた。血のように滾る熱いなにかが、自分の一部となって溶けていく。
彼女はここで死ぬ気だ。私に想いの一部を託して。
『なんで……!?』
(本当にごめんなさい――)
彼女の指が私の唇に当たった。目は見えないはずなのに、彼女は私の方を見ていた。彼女は笑った。
そして言った――いってらっしゃい、と。
私の唇に触れていた手が、音もなく地面に落ちる。彼女の命が終わった瞬間だった。
『ひ、姫……そんな……』
背後で勇者が茫然と呟いた。
彼女が死んだ。
生まれてからずっと、私を母親のように、家族のように育ててくれた彼女が。
世界でたった一人、心を許せる彼女が。
『俺が……俺が彼女を止めていれば…………こんなことには……』
背後の勇者の声が遠くなっていく。
自分のとも彼女のともつかない感情が、私の中で混ざり、溶けて、氾濫しそうになる。
頭が割れそうなほどの痛み。獣のような悲鳴が近くで聞こえた。意識が遠のいていく。
薄れて行く意識の中で私は誓った。
彼女との約束を絶対に果たす、と。
640:
少女「結局、当初の勇者と魔王を混合した究極の存在を造るという、研究は人口の勇者と魔王を造るという研究に成り下がり、それすらも失敗した。
 国は半壊するまでに追い詰められた。その後の国の混乱期のことについては、あなたたちも知っているでしょう」
男「お前は、女王様が死んだあとはどうしたんだ?」
少女「魔方陣を用いて、同胞と魔王の培養槽と一緒にあの国を出た。そして、時間をかけて魔物たちを統一して……今のこの国を築いた」
戦士「ずっと気になっていたことが、これで一つ解決したよ」
僧侶「……なにがだ?」
戦士「たぶん、魔法使いと僧侶ちゃんも疑問に思ったことはあると思うよ。どうして魔界の言語がボクらの国のものと同じなのかってさ」
僧侶「……そうか、こういうことだったんだな」
少女「そう、私が支配する以上は私が知っている最も使いやすい言語がよかった。他にも、何ヶ国語かは候補があったけど」
魔法使い「……ひとつ、質問」
少女「なにかしら?」
魔法使い「この国の魔族は、通常の魔物よりも遥かに人間に近い容姿をしている。さらに、魔界の住人はほとんどが人型の魔物……なぜ?」
641:
少女「そもそもあなたたちは、例の研究機関について知っているのだから、だいたいのところは検討がついているんじゃないの?」
魔法使い「……人により近い魔物たち。人間奴隷の、補給制度。そして、例の研究機関」
少女「やっぱり。八割ぐらいはもう答えをわかってるじゃない」
男「あ、それって昨日話してたことだよな。結局それってなんなんだ?」
少女「……あの研究機関の本来の設立目的は、自分自身の強化と魔王を復活させるためのものなのよ」
戦士「単なる研究機関ではないと思っていたけど、やっぱりね……わざわざ地下牢とセットだったりと、気づけそうな要素ではあったよね」
男「意味がよくわからん。つまり、どういうことだよ? いや、待て。やっぱり少し考え……」
戦士「残念、今回はシンキングタイムはなしだよ。答えを言ってしまうと、犯罪者を実験の材料として使ってた。そんなところじゃない?」
少女「ええ。死刑に該当するものをね」
男「そんな……」
642:
僧侶「人材補給制度も、その研究の一環として利用されていたんじゃないのか?」
少女「鋭いわね。そう、人間奴隷を研究材料として使っていたわ」
魔法使い「人に近い、魔物の正体は……」
男「……う、ウソだろ。まさか魔物が人型ばっかりなのも、昔よりも人間に近いのも……」
少女「ええ。魔王を復活させる実験としてね、人間奴隷を使っているわ。ただし……」
男「……おまえっ!!」
エルフ「落ち着いてくださいませ、勇者様」
戦士「そうだよ、勇者くん。彼女の話はまだ途中だ。最後まで聞こうよ」
男「最後まで聞こうが、やってることが変わるわけじゃないだろ!」
戦士「勇者くん」
男「…………わかったよ、聞くよ」
643:
少女「あなたの言う通りよ。私が真実を語ったところで、やってきたことが変わるわけではないわ」
エルフ「ですが……いえ、なんでもありませんわ、陛下。続けてください」
少女「……人間奴隷を使う実験。これなんだけど、一応は任意よ」
男「任意?  でも、そんな……自分から実験材料にされようとするヤツがいるわけが……」
戦士「いや、でも被験者になる代わりになんらかの報酬があったとしたら? そうしたら状況はちがってくるんじゃないかな」
僧侶「そうだな。たとえば……実験を受ける代わりに、高位高官にしてやる、とかな。
 犯罪者なら減刑とか……その類の交換条件を人にもちかけるわけか」
魔法使い「……ハイリスク、ハイリターン」
少女「そう。特にね、奴隷として貧しい人生を送ってきた人間は意外と多く、この取引にのるのよ」
男「……でも、実験は成功するとはかぎらないんだろ? 失敗する確率だって……」
少女「六割。現在でやっと、ここまで確率をあげることができるようになったわ」
644:
戦士「奴隷という立場は色んな意味で、実験に都合がいいね。しかも、この人材補給制度……大半が子どもだったらしいね。
 失敗しても公になることはない、そういうことだね」
男「失敗したら……実験が失敗したら死ぬのか、その実験を受けた人は」
少女「死ぬ、場合もある。色々な実験結果があるけど、少なくともどれも悲惨であることはたしかね」
男「最悪じゃねーかよ。結局、そんな実験を受けなきゃいけないぐらいに、追い詰められてる人たちを利用してるんだろ!?」
戦士(勇者くんがここまで怒るのは初めてだな……いや、そうじゃなくても彼は怒ることなんて、今までなかった……)
エルフ「そうですわね。道徳的な視点で見れば、最低な実験でしょう。
 あなたもそう思ってるから、お怒りになられているんでしょう?」
男「ああ、そうだ」
エルフ「でも、その実験のおかげで幸せを掴んだ人間はいるのです、確実に」
男「…………」
エルフ「お気持ちはわかりますし、私たちのやっていることを理解し納得してもらおうなどとは思いませんわ。
 でも、そういう存在がいることを、どうか覚えておいてくれませんか?」
男「……納得はできない。それに、理解もしたくない、でも、そのことだけは、覚えておく」
エルフ「ありがとうございます」
少女「……」
645:
僧侶(人間から魔物になった者たち。
 つまり、元人間の魔物はこの魔界の人間と魔物の共存という形を作る上で、必要不可欠というわけか……)
少女「そろそろ時間かしら……」
僧侶「え?」
少女「ここに来るときは、私は絶対にこの姿でいることにしているの。どうしてかわかる?」
男「……」
少女「魔王……私よ。今日も来たわよ」
魔王『 …… ■……ひ、 …… め ……  』
魔法使い「……!」
僧侶「生きてるのか!?」
少女「だから死にかけであっても、生きてると言ってるでしょ?
 指一本動かすことすらできないけど、それでも私の……彼女の声には反応するのよ」
男「……お前のその声にしか、反応しないのか?」
少女「そうよ。私、ずっと不思議だったの。なにをしても反応しない彼が、唯一反応する手段が彼女の声で呼びかけることだったことが」
646:
少女「最初は不思議で仕方無かった。けどね、あるときふと思いついたの。魔王と彼女は愛し合っていたんじゃないのかって」
僧侶「……魔王と女王が?」
少女「いいえ、彼女が生きている頃からそんな気はしてた。それに魔王を見ていると、私の胸の奥が熱くなるの。どう思う?」
僧侶「どう思うって……そんなことを言われても……」
戦士「演劇の中には、そういった種族間や身分の違いの問題を抱えた悲恋を描いたものもある。
 そして……そういう話は現実にもたくさんある。とても悲しいけどロマンチックな恋物語がね」
少女「もしかしたら、恋じゃないかもしれない。
 でも、この二人の間にはとても深くて太い絆があると思うの」
男「種族を超えた絆、か」
少女「まあ、この話はこれまでにしましょう。重要な話が一つあるの、あなたに」
男「オレに?」
少女「ええ。あなたになら、頼めるんじゃないのかって思ってたこと。あなたたちと闘う前から決めていたこと」
647:
男「オレに頼みごとって?  オレにできることなんてなんもないぞ」
少女「今はね。でも、時間をかければあなたなら、できるんじゃないのかしら。いいえ、できると思うの」
男「なにをだ?」
少女「この魔界の王になることよ」
僧侶「なに……?」
戦士「……いやいや、勇者くんのおツムの悪さは半端じゃないんだよ、国を統治する王なんて無理だよ」
男「そこじゃないだろ! なんでオレが……」
少女「理由はシンプル。あなたが私に一番近い、からよ」
男「近いって……産まれ方が似てるだけだろ?」
少女「そうよ。だからこそ、あなたには問題も抱えている。
 でも、長寿や潜在的な力は、うまく制御できるようになれば、間違いなく後々役に立つわ」
男「……本気で言ってるのか?」
648:
少女「こんなことを冗談で言える神経は、もちあわせていないわ」
男「なんでだ?  寿命が迫ってるからか?
 だったら自分の臣下に任せるなりすればいい。エルフさんだっているだろ?」
エルフ「……私ではダメなんですよ。私も決して残りの寿命は長くはありませんから。王として君臨できる器でもありませんし」
男「でも、だったらなんとか寿命を延ばす努力をすればいいだろ?  いや、もうしてるのかもしれないけど……」
少女「もちろんそれはしているし、これからも続けるつもりよ。
 でも、私もいつかは死ななきゃいけない。と言うより、後任者が決まっているなら死ぬべきなのよ」
男「なんで!?」
少女「長く生きすぎたからよ」
男「……それのなにが悪いんだ?  生きてる時間が長いことは、べつに悪いことではないだろ」
少女「ええ、もちろん。そのこと自体を、悪いことだとは言うつもりはないわ。
 長く生きすぎることにより、価値観が凝り固まっていくことが問題なの」
649:
少女「年月は積み重ねた分だけ、まぶたにのしかかって視野を狭めていくわ」
戦士「まあたしかにね。何事にも新陳代謝は必要だよね」
男「でも、だからってオレである意味が……」
少女「どうして?あなたはまだ誰のものでもないはずよ。だいたいあなたは、自分がなんなのか、自分自身でもわかっていないじゃない。
 なにものでもないあなただから、私は頼んでいるのよ」
男「なにものでもない……」
少女「もちろん、王に相応しい存在になってもらうために、色んな勉強はしてもらうけど」
エルフ「でも、この国を手に入れ、王として君臨することができますわよ?」
男「……」
魔法使い「……」
僧侶「勇者……」
戦士「勇者くん……」
少女「どう? もう一回言う――この魔界の魔王になってくれない?」
650:
………………………………………
戦士「そこまで長い冒険、ってわけではなかったけど。それでも過酷だったし密度が濃かったからか、ずいぶんと長く魔界にいた気がするね」
魔法使い「……まだ、終わってはいない」
戦士「まあね。自業自得とは言え、魔方陣壊しちゃってるからね、いや、壊したのはボクじゃないけど。
そして帰りは船旅……まあこれもなかなか味があっていいけどね。
 ただなあ、帰っても今回の報告とか例の赤ローブの連中のこととか、色々と問題は残ってるからね」
魔法使い「……これからのほうが大変かも」
戦士「そうだね。ていうか、僧侶ちゃんはさっきからなんでそんな難しい顔をしてるんだい?」
僧侶「いや、なんだか今ここで気を抜いたら、倒れてしまうような気がして……それに」
戦士「それに?」
僧侶「結局、彼女は教えてもらってないが、私たちの国と魔界の国はどうやって繋がっていたんだろうって気になってな」
戦士「ああ……そういえばね。ボクもどういうきっかけで、魔界との関係ができたのかは知らないな。魔法使い、知ってる?」
魔法使い「……いいえ」
651:
男「もしかしたらあの子は魔王になってからも、うちの国に来たことがあるんじゃないのか?」
戦士「うおぉっ!?  びっくりしたなあ……急に背後から話しかけないでくれよ。
 ていうか、本を読んでたんじゃないの?  例の女王の手記を」
男「うん。読んでいて、ちょうど休憩に入ったところ」
僧侶「それで、どうして魔王……じゃないけど、魔王でいいか。魔王がうちの国に来たことがあると思ったんだ?」
男「んー、なんとなくだけどさ。この手記の中に書いてあるんだけど、姫様は魔王と一緒に色んな国や街を見て回ってるんだ。
 だから、あの子も影響を受けて、そうしていたんじゃないのかなって思って」
戦士「あの子って彼女、勇者くんの四百倍以上の年月を生きてるんだけど……まあそれはいいけど。なかなか勇者くんの意見はアリかもね」
僧侶「姿を変える能力があれば、たしかにリスクも少なく、それをすることはできるな」
男「だろ? なかなかいい発想だと思うんだけど」
戦士「勇者くんにしては、なかなかいい推理だと思ったよ」
男「へいへい。そういうお前は、なんかアイディアあるのか?」
戦士「まあ、勇者くんと似たようなのだけど、一応一個ぐらいはね」
652:
男「どんなのだよ?」
戦士「一時期、彼女がボクらの前に一切姿を現さなかったことがあったろ?」
男「あったな」
戦士「あれって、実は魔王を復活させるために、研究所にこもってたりしてたんじゃないのかなあって思うんだ。所詮は憶測だけど」
魔法使い「続けて」
戦士「で、うちの国って軍事技術とかでは魔界に負けている。けど、医療技術では間違いなく、魔界より勝ってるんだ」
僧侶「つまり、戦士が言いたいのは、医療技術を魔王復活に利用するために、私たちの国となんらかの関りを以前からもっていたってことか?」
戦士「そういうこと。案外、勇者くんが言ったように、自らうちの国へ乗り込んでたりしてね」
男「本当にそうだったら、あの子すげえな」
戦士「まあこんなのは、全部妄想に近い発想だけどさ。ていうか、こんなことよりもさ。勇者くんは帰ってからどうするんだい?」
653:
僧侶「なにせ魔王になるチャンスをふいにしたわけだからな。一つや二つ、やりたことがあるから、断ったのだろ?」
男「あー……」
魔法使い「ないの?」
男「そうじゃない。ただ、ふとオレが魔王の件を断ったときの、あの子の顔を思い出してさ」
戦士「ん?  またなんで彼女の顔を?」
男「深い理由があるわけじゃないけど、オレが断ったらあの子、『やっぱりか』って顔をしたからさ。
 なんでかなって思って。だって、あの子は自分から頼んできたのに……」
戦士「……ダメでもともとって言葉が世の中にはある。それが答えだよ」
男「そうなのかな……」
戦士「それに、勇者くんはやりたいことがあるんだろ、実際のところ」
男「まだはっきりとプランが決まってるわけじゃないけどな」
654:
僧侶「なにがしたいんだ?」
男「ずばり、冒険」
戦士「……今、やり終えたじゃん」
男「だから、新しい旅をしたいんだ。そして、もっと色んなものを見たい。もっと色んな人と会いたい。
 もっと色んなことを知りたいんだ」
魔法使い「……自分のことは?」
男「もちろん、自分のことも……と思ったけど、今はいいかなって。
 結局あの子は、なにか知ってる風だったけど、時間の関係で聞けなかったし。
 ていうか教えてくれる気があったのかも、わかんないけど」
戦士「自分探しの旅をしたいってわけじゃないんだね」
男「そうだな。あの子の話とか、みんなとの今日までのことを浮かべたら、自分がなにものかってそんなに重要じゃない気がしたんだ」
戦士「なるほどね……」
戦士(彼女は勇者くんのこの考えを、見抜いていたんだろうな……)
655:
男「自分がなにものかって、結局あとから付いてくるんだなあって。だから、今はそういう難しいことはいいやって」
戦士「さすが勇者くん。難しいことは全部後回しだよ。
 最終的には最後まで、自分のことを放置しておくんじゃないのかい?」
男「うるせー。オレだって一応は考えているよ」
戦士「本当にかい?」
男「……たぶんな」
僧侶「……旅に出たいなら出ればいい」
男「……僧侶?」
僧侶「ただ、私たちには国に戻っても、やるべきとはあるし、それにお前の問題はどうなるか……」
男「まあな。でも、きっとなんとかなるよ。いや、なんとかする!」
僧侶「そうか、頼もしいな。でも、勇者。お前はまさか忘れていないよな?」
656:
男「忘れる? なんかオレ、忘れてたことってあるか?」
魔法使い「……私に、奢る約束」
男「あ……そうだった」
戦士「ボクの演劇の脚本作りに協力するって話。当然、忘れてないよね?」
僧侶「私に料理を作ってくれる件もだ。やりたいこともいいが、やるべきこともたくさんあるぞ」
男「……全部楽しみだよ。やらなきゃいけないことも、今のオレにとってはやりたいことなんだ」
戦士「まったく……能天気なのか、頼もしいのか」
魔法使い「……両方?」
僧侶「まあ、いいんじゃないか。私たちの勇者はこんな感じで」
彼の最初の冒険はまもなく終わろうとしていた。そして、新しい彼の冒険の始まりは、もうそこまで迫っている。
お わ り
657:

久々にスッキリ終わった面白いSS見れて俺自身もスッキリしたわ
658:
青年の剣が、その最後に残った魔物の肉体を切り裂いた。
これで、ここら一帯の魔物は全部始末した。
周りを見回せば、青年の雷の呪文によってほとんどの魔物が跡形もなく、消え失せていた。
この程度か――青年は淡々と独りごちた。
王の命令によって、ここまで赴き魔物を排除した。
が、彼自身はこの魔物の拠点がどうなろうが、どうでもよかった。
ただ、命令されたからそのまま命令通りに行動した。行動理由はそれだけ。
ふと、青年は額をおさえる。彼は、ここ何日間かずっと頭痛に悩まされていた。
まるで脳がなにかを訴えるように、悲鳴をあげているようだった。
記憶がどこか曖昧でぼんやりとしている。しかし、それがなんなのか。そもそもその記憶は必要か、なにもわからない。
俺は勇者だ――青年は自分の掌を開いた。今まさに魔物を殺した手だ。
自分はかつて、この手でなにかとても大切なものを掴みとった。
しかし、それがなんなのか。記憶は闇の向こうから一向に姿を見せない。
だが、今の魔物との戦闘で一つ思い出せることがあった。自分が一人で戦っているという事実が、過去の自分と食い違っていることに。
かつて、自分には仲間がいた。だが、今は――
空を見上げた。澄み切った青空に一つだけ雲が浮いていた。
そう言えば――王がこの時代について説明してくれていた内容を思いだす。
そして彼は――勇者は呟いた。
勇者「パーティ組んで冒険とか今はしないのかあ」

659:
ようやく終わりました。
色々と解決していない話もありますし、自分でもあれ?となる部分はあります。
けどひとまずはこれでこの話は終わりです
ここまで読んでくれた人、ありがとうございました
関連ss
魔王「姫様さらってきたけど二人きりで気まずい」
神父「また死んだんですか勇者様」
またべつのssで
660:
今度こそ乙
また同じ世界観で書いてください
661:

662:
おつおつ!
最後のは八百年まえの勇者なのかな?
663:
女王の言うあの男が気になる
664:
乙乙
665:
乙でした
この終わり方は次に続くと思ってよいのかな
666:
感想ありがとうございます
続きはいずれ書けたらいいなあと思い、こんな終わり方にしました
過去作
関連ss
魔王「姫様さらってきたけど二人きりで気まずい」
神父「また死んだんですか勇者様」
その他
勇者「魔王が仲良くしようとか言い出したけどそんなの関係ねえ!」
妹「くちゃくちゃくちゃ」兄「……」
女「せっかくだしコワイ話しない?」
かきふらい「え? けいおん!の続編を書けですって?」
八九寺「阿良々木さんはけいおん!をご存知ですか?」
梓「1レスごとに私のおっぱいが1センチずつ大きくなります」
じゃあまた
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668:

669:
乙でした
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