「ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…」【後編】back

「ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…」【後編】


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9:
 「アヤ、おい、アヤ起きろ」
ダリルの声だ。なんだよ…どうしたってんだ?アタシはクラつく頭を振って、意識を覚醒させた。
いつの間にか眠っていたらしい。時計は、夜中の1時を回っている。
マライアは、まだ、アタシの膝を枕にしてクークー寝息を立てている。
寝ている顔は、なんだかあどけなくて、やっぱりこいつは妹なんだな、とか感じてしまう。
他の連中も軒並みシートに座って寝入っていた。すまんな、ダリル。こんな状況で操縦さしちまって。
「悪い、寝てた…どうした?」
アタシが聞くと、ダリルはなんでもない風に
「ぼちぼち、カナザワに着く。お前、床じゃさすがに危ねえから、席につけ」
と言ってきた。着水ほどじゃないだろうが、床に座ったまんまの着陸なんか、ぞっとしない。
「あぁ、了解」
アタシはそう返事をしてマライアを担ぎ上げた。
「ほえ?アヤさん?」
さすがに目を覚ましたマライアがそんな呆けた声を上げる。
アタシは返事の代わりに、マライアをドッとシートに座らせて、ベルトをしてやった。甘やかしすぎかな、と思ったけど、
まぁ、無事にこうして逃げ出してこれたのも、マライアのお陰だ。ご褒美、ってことにしといてやろう。
眠っている他のやつらのベルトを確認したアタシがその隣に座ってベルトをすると、
マライアはそのままアタシの肩にもたれてきて、夢の中に戻って行った。しかし、本当に根性座ってんな。
いや、根性、っていうか、そう言うの感じるなにかが頭の中でぶっとんじゃったんじゃないかって風にも思える。
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240:
 飛行艇が高度を下げるのを感じた。窓の外に、煌々と灯る空港の明かりが見える。
グングンと高度が下がり、やがて飛行艇は鈍いショックとともに、滑走路へと降り立った。
「ん、着いたの?」
そう言いながら、マライアは目を開けて大きく伸びをした。
「あぁ。降りる準備でもしておこう。すぐにでも、ベルントと合流してもうひとフライトだ」
アタシが笑って言ってやると、マライアも笑顔を返してきた。
 手分けして他の連中も起こして、機体を乗り換える準備をする。って言っても、大した荷物があるわけでもない。
マライアにはハンナの、ルーカスとポールには、ちょっとサイズが合わないけどダリルの服を貸して着替えさせた。
あんまり、ティターンズの姿でうろつくと目立っちゃうからな。
アタシとハンナも、いつまでも物騒な格好をしているわけにはいかない。
とりあえず着替えて、装備品は基地から持ち出した銃と一緒に、ダリルが持ち込んだというデカイ金属のケースにしまった。
 飛行艇がエプロンに着く。予定では、このまま空港の建物の中には入らずにベルントと合流することになっているんだけど…
 アタシはPDAを取り出してベルントにコールする。ほどなくして、ベルントが電話口に出た。
「あぁ、ベルント。今着いた。そっちはどうだ?」
「確認した。こっちは、4番の駐機場にいる。すぐ隣だ」
相変わらず、愛想のねえやつだな、なんてことは言わないで置いた。せっかく協力してくれてるんだもんな。
 「ダリル、4番の駐機場ってどっちだ?」
「恐らく、左側だろう。たぶん、あの機体だ」
ダリルがコクピットから外を指差す。その先を見ると、カレンの会社の小型機と同じクラスの機体が駐まっていた。
尾翼に、赤と緑の二本のラインが入っている。
「赤と緑のラインの機か?」
「あぁ、そうだ」
ベルントの味気ない声が返って来た。
 「正解らしい。移動しよう」
アタシはそうみんなに言って、飛行艇を降りた。エプロンをそぞろ歩いてベルントの機体へと向かう。
 あの飛行艇は、この空港でしばらく保管を頼むらしかった。ことが済んだら、ダリルが買い取る、と言っていた。
どうやら、気に入ったようだ。まぁ、あれなら、ちゃんと整備を続けていれば、家にだってなる。
旅をしながら行く先々で湖畔にでも浮かべて、のんびりするには良い機体だ。
241:
 「無事みたいだな」
到着したアタシ達を、ベルントはそう言って出迎えた。でも、すぐに、アタシは妙な胸騒ぎを感じ取った。
ベルントの、いつもの無表情が、今日はなかった。妙に険しい顔をして、アタシをじっと見つめている。
「なにか、あったんだな」
アタシが聞くとベルントはかぶりを振って
「まぁ、入れ。カレンと通信がつながってる。直接話を聞いた方が良い」
と告げて、機体に乗り込んでいった。
 胸が一気に苦しくなった。なにかあった、それでいて、カレンと連絡は付くってことは、
必然的にその「なにかあった」ってのはレナ達のことに他ならないからだ。
まさか、レナ、あんたケガとかしてんじゃないだろうな…死んじゃったり、してないよな…?
 アタシははやる気持ちを抑えながら機内に乗り込んだ。そこには通信用の機材と簡易の液晶モニターが設置してある。
みんなが乗り込んで、機体のドアをシールしてから、アタシは通信機のスイッチを入れた。
 「カレン、アタシだ」
マイクに向かって話すと、すぐにパリパリっという電子ノイズとともに
「アヤか」
とカレンの声が入ってきた。カレンはすぐに
「映像回線をつなぐよ」
と言ってきた。通信機材に接続してあったコンピュータを操作して、アタシも接続準備を整える。
パッとモニターが明るくなって、カレンが写った。ここは、カレンの会社の、オフィスだ。
 「そっちは無事みたいだね。とりあえず、良かった」
カレンがそう言ってくれる。こっちの映像も、小型のカメラを通して向こうに写っているんだろう。
マライアのこととか、アイナさんのこととか、話すべきだったのかもしれないけど、
アタシには、もう、そんな心の余裕がなくなっていた。
「カレン、何があったんだ?」
「うん…とりあえず、フレートと音声を繋げる。詳しくは、フレートに聞いてくれ」
アタシが聞くと、カレンはそう言って、手元のキーボードをカタッとたたいた。また、パリパリとノイズ音がする。
 「アヤ、聞こえるか?」
フレートの声だ。
「あぁ、うん」
アタシが答えると、フレートは沈み込んだ声色で言った。
「すまない。しくじった」
やっぱり、か…。肩が、震えるのを感じた。エアコンの効いた機内だって言うのに、イヤな汗が止らない。
フレートの説明を聞きたいような、聞きたくないような、そんな葛藤が胸の奥に起こる。
 ハンナが、アタシのところにやってきて、寄り添うようにして座ってくれた。
レナがしてくれるのとはちょっと違ったけど、アタシのシャツの袖口をつかんで、
なんとか落ち着けようとしてくれているのが分かる。
242:
「説明を、頼む」
掠れそうになる声を何とか絞り出して、アタシはフレートに聞いた。
「基地内にレナさんとレオナちゃんが潜入して、俺たちは外で爆破を起こして混乱させる、って手はずだったんだ」
フレートは沈んだ声で話し始めた。
「起爆装置は、レナさんが持っていた。外にいる俺たちには、起爆のタイミングが分からない。
 だから、中から起爆できるようにする備えだった。俺たちは、倉庫に爆弾を運んで行って、逃走手段を確保して、待った。
 だけど、待てど暮らせど、爆発が起きなかった。
 起爆装置につけた発信機の電波も届かなかったから、おそらく、特殊な電波妨害壁が設置されていたんだろうと思う。
 そのせいで、起爆のための信号が届かなかったんだ。それに気づいて、隊長が残った。
 隊長は、手動で爆弾を起爆させて、その間に俺とキーラだけが脱出してきた…」
「そうか…」
アタシは、少しだけ、ホッとした。どうやら、目の前で殺された、なんてことではないらしい。
研究所の中に入って、連絡が取れなくなったから、作戦を中止した、と言うことだ。
その判断は…残念だけど、正しい。全員がつかまったり、殺されてしまうよりは…。
「他に、情報はないのか?レナ達の生存に関することとか…」
「すまないが、それも確認できていない。研究所周辺を飛び交っている電波を拾ってはみたんだが、
 厳重に秘匿処理を施された通信で、内容を解読できてない…」
フレートはそれっきり黙ってしまった。
「負担掛けて悪かったな、フレート…」
そうとしか、言ってやれなかった。フレートには申し訳なかったと思う。でも、アタシの心は、レナ達のことでいっぱいだった。
死んで、ないよな…そうだ、あいつだってニュータイプだ。
研究所の人間にしてみたら、殺すよりも、実験材料として生かしておいた方が得なはずだ…
生きているんなら、チャンスはある…そうだ、そうに決まってる…そうであってくれ…
 アタシはいつのまにか、祈るみたいに顔の前に拳を握って、うなだれてしまっていた。胸が張り裂けちゃいそうだ…
レナの顔ばっかりが頭に浮かんでくる。レナ、生きてるよな?今、何を考えてるんだ?何を感じてるんだ?…レナ…レナ…!
243:
「アヤ」
カレンの声がした。アタシは、涙でかすんだ目をぬぐって、モニターを見つめる。
「今の話を聞いて、思ったことがあって、デリクをシイナさんのところに走らせたんだ」
シイナさんのところへ?なんでだ?協力を頼んでくれたのか?
でも…シイナさんのところには、ロビンが…ロビン、そうか、ロビンだ。
 アタシはハッとして顔を上げた。
「ロビンに話を聞いた。ちょっと半信半疑だったけどね、だけど、
 一昨日のロビンの話を聞いてたら、あながち、妄想でもないだろうと思ってさ」
「ロビンは、なんて…?」
「ロビンが言うには、レベッカが、『ママ』に会ったんだと。
 嬉しかったけど、今は一緒に居なくて、悲しくて泣いてるんだと言ってる。
 でも、『ママ』はレベッカに、『助けに行くから、頑張ってね』と言ってくれてる、って話だ」
一緒に居ないのに、言ってくれてる、ってのは、つまり、話をしている、ってことだな。あの「声」で、レナとレベッカが…。
「ただ、『ママ』っていうのが、レナのことか、レオナのことかはわからない。
 ロビンから見ての『ママ』なのか、それとも、
 レベッカの視点で言うところの『ママ』なのかは、ロビンも説明できなかった」
…そっか、その可能性も、否定できない、か…また、頭から血の気が失せて行った。
レナ…レナ…体の震えが止まらなくなった。感情の抑えが利かない。
あとからあとから、鋭利に胸を切り裂くような悲しみが湧いてきて、口から嗚咽になってあふれ出る。
それでも止まらないその気持ちは、頭の中にまで入り込んできて、真っ黒な絶望感に変わっていく。
244:
 突然、何か強烈な力で、頭をはじかれた。
シートベルトさえしてなかったアタシは、あまりのことにいつの間にか離陸していた飛行機の床に崩れ落ちた。
「とりあえず、おおよその事態は把握した」
見上げたらそこには、マライアが腕を組んでふんぞり返っていた。
「立ちなさい、アヤ・ミナト元少尉!」
マライアはそう怒鳴ってアタシの体を足で押しのけた。
抵抗なんてする気力のないアタシは、簡単にあおむけにひっくり返される。
「立てって言ってんでしょ!」
マライアは、アタシになおも怒鳴ってくる。
アタシは、マライアの剣幕に押されて、言うとおりに震える体を何とか立ち上がらせた。
するとマライアは、怒りのこもった瞳でアタシを見て
「いい、グーで行くからね。歯ぁ食いしばって」
マライアがそう言って素早く右腕を振りかぶった。
ガツンと言う鈍い衝撃が、アゴに走って、よろけそうになった体を、なんとかこらえさせて、マライアを見やる。
「しっかりしろ、アヤ・ミナト元少尉!」
「マライア…あんたにアタシの気持ちが分かるかよ…レナが、死んじゃってるかも知れないんだぞ…」
そう言ったアタシの頬に、もう一発、マライアの拳がめり込んだ。
「おい!アヤ・ミナト元少尉!あんた、いつまでもウダウダ言ってんじゃない!」
マライアはそう言ってアタシの胸ぐらをつかんだ。それから
「アヤさんがしっかりしないでどうすんのよ!レナさん、まだそこで戦ってるかもしれないんだよ!?」
と、目に涙をいっぱい溜めて、アタシに言ってきた。
「レナが、戦ってる?なんで、なんでそんなことが言えるんだよ?」
アタシが言いかえすと、マライアはアタシを引き寄せて
「なんで死んでるなんてことが言えるの?同じことでしょ!?」
と怒鳴りつけた。
 同じこと?…そうか、そうだよな…まだ、死んだとも、生きてる、とも情報は出てないんだ。
死んでる可能性と同じだけ、レナがあそこで生きて、戦っている可能性もあるんだ…
それなのに、アタシ、こんなところで、泣いてていいのか?違うだろ。
泣いてる場合じゃない…すぐに、飛行機を北米に向けてもらって、到着するまでに情報を集めて、奪い返す方法を探さなきゃ…。
それに、レナだけじゃない。レオナも、レベッカも、隊長も、まだあそこにいるかもしれないんだ…
そうだ、泣いている、場合じゃ、ない…泣いている場合じゃ、ないんだ…
245:
「マライア」
「なに?」
アタシはそれが分かっても、なお、へし折れた気持ちを立て直せずにいたので、マライアに頼んだ。
「もう一発、くれ」
「よし来た!」
マライアは振りかぶると、アタシの頬を平手でしたたかにひっぱたいた。
 くそ…痛ぇ…痛てえよ!何発殴られた、アタシ?あぁ、もう、バカだ。全部マライアの言うとおりじゃないか。
レナはアタシが守るんだろう!?だったら、何を迷うことがあるんだ。乗り込んで行って暴れて、奪い返す。
もし、死んでたりなんかしたら、研究所を全部吹っ飛ばしてやる…!
 「マライア、悪い。ありがとう」
「どういたしまして!」
「でも、あんたはちょっとやりすぎた。あとで仕返しするからな」
「えぇ!?ちょっと待って、それは納得できないよ!?」
「うるせえ!グーはないだろ、グーは!アタシ、一度もあんたをグーで殴ったことないぞ!?
 気合入れの平手だって、あんな思いっきり行った記憶はない!」
「へこたれてるアヤさんが悪いから、しょうがない!」
「んだと、生意気になりやがって!」
アタシはそう言ってマライアに飛びかかってチョークを噛ませながら脇の下をくすぐってやった。
本気で窒息しかけてたけど、まぁ、調子に乗った、マライアが悪い、うん。
 一通り、マライアとじゃれてから、アタシは自分で気合いを入れ直した。
そうだ、まだ、あのときと、8年前と同じ状態になっただけだ。なにも変わらない。
アタシはあいつの無事を信じて、乗り込むだけだ。
「ベルント、サンフランシスコ空港までどれくらいかかる?」
「急いで、8時間ってところだ」
「よし、なら、3時間後にまとめよう。これから、ちょっとアタシに状況の話をさせてくれ。それで、みんなに助けてほしい。
 もしお願いできるなら、ダリルに情報収集を頼みたい。マークとポールは、ダリルを手伝ってやってくれ。
 マライアはルーカスと一緒に、フレートと連携して現地の状況把握と潜入プランをいくつか練ってほしい」
「私たちは、何をしましょう?」
ハンナとアイナさん、それから、キキが、引き締まった顔つきでアタシを見つめてくる。
「ハンナは、悪い、コーヒー入れてもらえると、助かる。なるべく濃い目で。
 アイナさんとキキは、ギャレーで何か食べるもの作ってほしいんだ。腹が減ってちゃ、何とかっていうだろ?
 ハンナは、それが終わったら、ダリルを手伝ってくれ。アイナさんとキキは…」
ふっと、二人の顔を見て、思い出した。そうだ、二人は、安心させてほしいやつらが居たんだった。
「アイナさんとキキは、終わったら、カレンと話してくれ。二人の顔を見たいってちび達が、今、いっしょにいるはずなんだ」
アタシは、二人にそう言って笑いかけた。そうだ、まずはそれを大事にしないとな。
それが、アタシ達のモットーだ。そうだろ?な、レナ…!
253:
 「レナさん…」
心配そうに、レオナが私に声を掛けてくる。何を言いたいか、なんてことは、分かってる。
だから、そんな顔しないで、レオナ。
 私は返事をする代わりに、レオナに笑いかけた。でも、レオナは気持ちを抑えきれなかったみたいだった。
「レナさん、ごめんなさい…私があんなことしなければ…」
レオナは、そうつぶやいて、歯を食いしばりながら、涙を流した。仕方ないよ、レオナ。
あなたがしなかったら、きっと私がしていたと思う。だから、気にしないで。
 研究所への潜入は、驚くほどにスムーズに行った。
入り口に軍用車を回して、手錠をかけたレオナを見せたら、すぐに中へと通された。
そこで、車から飛び出て、人気のない通路に入り込んで、二人して研究員の制服に着替えて、中を散策した。
 私も、レオナも、レベッカを感じていた。車に乗って入り込んだ地下階よりももっと下層で、彼女の気配がしていた。
私たちは、エレベータに乗り込んで、ほとんど直感で、地下4階に降り立った。
白く塗られて、妙に明るい感じのする廊下を歩くこと、少し。
私とレオナは、研究員と護衛の兵士に付き添われた、子どもを見つけた。レベッカだった。
写真で見たよりも少し大きくなっていたけど、その顔は、本当にロビンそっくりだった。
 このタイミングだ、私は、そう思って、手に握っていた爆弾の遠隔操作のスイッチを押した。
でも、何度それを押しても、爆発が起こった気配がしない。
隊長たちに何かあったのか、このスイッチが壊れているのか、私にはわからなかった。
254:
 だから、そこで別の方法を取ろうと考えた。レベッカ達のあとをつけて行った先から、連れ出そう、そう思った。
でも、次の瞬間に、レオナが握っていた拳銃の引き金を引いていた。
 考えてみれば、彼女は兵士だったわけじゃない。
私だって、アヤのようになんでもできるわけじゃないけど、
それでも、こんな状況でどう動けばいいかくらい想像は付くけど、レオナはそうじゃない。
必死だったんだ、レベッカを助けようとして。銃弾は、兵士の肩を捉えた。そうなったら、もう、あとには引けない。
私は研究員に銃を突きつけて手錠で拘束し、レベッカと抱き合っていたレオナを連れてその場を離れるために走った。
 でも、銃声を聞いて四方から警備兵が詰めかけてきて、私たちは逃げ場を失って、投降するしかなかった。
 そして、今、私たちはこうして、旧世紀にあったような、固定具に両腕を拘束されて、
座った状態ではあるけど、壁に吊るされるような恰好で囚われている。
255:
 これからどうなるか、なんて、大方、予想は付いている。8年前に予習済みだ。
きっと研究所の人間は、レオナには手を出さないだろう。貴重なサンプルだ、とレオナ本人が言っていた。
私にしてみても、純粋なスペースノイドのニュータイプではあるけど、それを証明するものは何もない。
能力自体は調べることができるだろうけど、私の身元を調べるには時間がかかる。そんな手間はかける必要はない。
 だとすれば、可能性は一つ。レオナの見ている前て、私をいたぶる。
痛めつけられた私が子ども達のことや、隊長達のことを喋るもよし、それを見ているレオナが、耐えきれなくなって喋るもよし。
向こうにとっては、簡単なことだ。
 でも…今回は、8年前とは、違う。私には、確信があった。あの子は、アヤは、必ずここに来る。
それが、1時間後か、明日か、一週間後か…いや、一週間はかからないな。アヤのことだ。
遅くても2、3日すれば、きっとここにたどり着く。
私は、何をされても、死なずに、何もしゃべらずに、それを待てばいい。
私にとっても、簡単なこと、だ。
 「レオナ」
「はい…」
「これから、私は、たぶん、あなたの見ている目の前で、拷問される」
私は、なるべく感情を乗せないように気を付けながら、落ち着いたトーンでそう伝えた。
「そんな…!」
「拷問をかけた私が隊長や、子ども達のことを喋るか、拷問される私を見せつけてあなたに喋らせるかのどちらか。
 でも、レオナ。何も言わないで。何も喋らないで。私に何があっても、絶対に」
私は言った。レオナの表情は悲痛にゆがんでいる。
「そんな…そんなの!」
レオナは、何かを言おうとしている。でも、そこから先は、出てこないみたいだった。
だって、私たちにある選択肢は、喋るか、喋らないか、しかないんだから。
だけど、喋ってしまえば、みんなが危ない。それだけは、絶対に避けなきゃいけない。
「いい、聞いて、レオナ。アヤは、アイナさんを救助して、必ずここに来る。
 地上にいた隊長たちがどうなったかわからないけど、生きているなら、連絡を取っている。
 もし、他の場所につかまったりしていても、カレンさんたちが異常に気付いてくれる。だから、あきらめないで」
私が言うと、レオナは絶望した表情になった。
256:
 まぁ、そうだよね…拷問に慣れている人なんて、そうそういるわけないし…
私も慣れてるわけはないけど、でも、方法はなんとなく理解してる。
 最初は、殴ったりするだけ。でも、そこが一番重要。なるべく恐怖を植え付けるようにして、痛めつける。
そして、少し時間を置く。時間を置く前に、次は今までのよりも、もっときついことをする、と言って去るだろう。
そうやって、植え付けた恐怖を大きくさせる。それから、もう一度、同じように痛めつける。
こんなものか、と思わせて、それからが本番。爪を剥ぐとか、焼きゴテを押し付けるとか、歯を抜いて行くとか、
考えたくないけど、針とか、殴るなんてよりも、一段も二段も痛いことを試すふりをするか、
実際にして、こっちの精神力を削ぐ。犯されるんなら、たぶん、この段階だろう。
 でも、アヤは来る。絶対に来る。だから、私は耐えればいい。どんなに痛くっても、それだけで死ぬことはない。
アヤが来るまで、無用な挑発も、抵抗も、服従も、絶望もしなくていい。
ただ、アヤを信じて、心を殺して、感覚をかい離させて、状況を受け入れつつ、心を折られなければいい。
作業は単純。あとは、拷問を担当する人間が、レオナ達を拘束したような人殺しを楽しむような狂人でないことを祈ろう。
 プシュッとエアモーターの音がして、部屋のドアが開いた。軍服を来た男が、3人、中に入ってくる。
年配の男と、若い男が二人。
 来なさいよ、顔は覚えておいてあげるから。
アヤが来たら、あんた達全員、死んだ方が楽だって思うくらいのことされるんだからね。その覚悟はしておいた方が良いよ…。
「どっちだ?」
襟にキラキラした大きな勲章の付いた年配の男が、若い方の一人に聞いた。
「金髪の方が、サンプルです」
「ふん、なら貴様か」
次の瞬間、男が腕を振るった。
 メキッと嫌な音とともに鈍く、重い痛みが顎に走る。頭がクラクラと揺れる。
「さて、どんな目的でここに入り込んだ?」
男は私の髪をつかむと、顔を正面に向けて、反対側の頬を殴りつけてくる。また、痛み。
口の中いっぱいに血の味が広がる。男は何かを言いながら、私を何度も、何度も殴りつけてくる。
そのたびに、重く激しい痛みが私を襲い、骨が軋むのが分かった。
 気が済むまで殴ればいいよ。犯したいなら、犯せばいい。
傷だらけにされて、犯されて、爆発で腕も脚も奪われたソフィアだって、今じゃいつも笑顔で、
しかもデリクくんの子どもまで身ごもってるんだからね。
あんた達みたいのが何をしたって、折れないよ、壊れないんだよ、人の心は。
生きている限り、何度だって元に戻る。どんなにされたって、アヤのそばに戻れば、すぐに笑顔で笑ってやる。
あんた達なんかに、私は、負けない。
257:
 男の蹴りが私の下腹部に沈んだ。胃の中がこみ上がって、口からあふれ出る。
あぁ、お昼に食べたパスタの味がする…。
 吐しゃ物が、男のズボンにかかった。いい気味だ。男は、腹が立ったようで、私の顔を平手で殴りつけた。
痛い…耳が、キーンと鳴っている。
 ふん、こんなので苛立ってるようじゃ、この血と半分消化されたパスタと胃液の混ざった唾でも吐きかけてやったら、
気が違ったみたいに怒るだろうな。まぁ、無駄な挑発で逆上させても特はないから、そんなことはしないけどね。
 代わりに、口の中の物を床に吐き出す。口の中で真っ赤になった、とろとろに溶けているパスタが出た。
食べたのは、カルボナーラだったんだけどな、これじゃぁ、ミートソースだ…なんてことを考える。
そう言えば、ソフィアの作ったミートソース美味しかったなぁ。帰ったら作ってもらおう。
あ、ダメだ、ソフィア妊婦だった。なら、作り方を教えてもらわないと…。
 殴られるたびに、メキとかミシとか、そんな音がする。あんた、知らないでしょ?
そんなに顔ばっかり殴り続けると、脳震とうで意識が遠くなって、あんまり痛くなくなるんだよ?
 気が付いたら、男は、ハアハアと肩で大きく息をしていた。
私は、殴られすぎて動かすだけでミシミシと音を立てる顎と首をあえて動かして
歪みそうに感じられている骨格を整えようと試みる。
痛いよ…泣きたいくらい、痛いよ。でも、この痛みにとらわれちゃダメなんだ。
気持ちを落ち着けて、感覚を殺して、パスタのことを考えよう、うん。
258:
 男はさらに、今までにないくらいに腕を大きく振りかぶった。
あぁ、これは痛そうだな…私がそれはそれを覚悟して、ギュッと目をつむり顎を引く。
「やめて…!やめなさい!!」
突然、レオナが叫んだ。でも、ダメ、これは来る…。
ヒュッと言う布ずれの音がして、今日一番の衝撃が私の顔面を直撃した。
飛びそうになる意識こらえるけど、口の中の出血が一層ひどくなって、溢れるみたいに流れ出る。
「あなた達は…それでも、人間ですか?!無抵抗の人をいたぶって…なんとも思わないんですか!?」
レ、レオナ…ダメだよ、挑発したら…
「人間?貴様らが?」
男はそう言ってレオナを鼻で笑った。それから私の髪をつかむと、ぐいと自分が殴った私の顔をレオナに見せつけるようにする。
「貴様が喋ってくれても良いんだぞ?ここへどんな目的で侵入した?
 一緒に逃亡したガキどもはどこだ?何から話してもかまわんぞ?でなければ、この女がもっと苦しむことになる」
レオナは、私の顔を見て、それから、男を睨み付けた。レオナ…落ち着いて…変に挑発しちゃ、ダメ…
私の想いが伝わったのかどうか、レオナは、口をへの字にキュッと閉じて、男から顔をそむける。
そう、それでいいんだよ、レオナ。
「ははは、研究の材料は喋る口も持たんのか。まぁ、それもいつまで続くことか…
 この女の苦しみや痛みが感じられないわけはないだろ?ニュータイプ様だものな?
 それとも、何か、実験台にされて、そんな感情はどこかに飛んで行っちまったか?
 まぁ、所詮、戦うための道具だ。そんなもの、あろうがなかろうが関係ないだろうがな…」
その言葉に、レオナは再び、男の顔を睨み付けた。レオナの、焼けつくような怒りが感じ取れる…レオナ…!
「どっちが道具か、なんて、一目瞭然でしょう?権力の狗に成り下がって人の心を捨てたあなた方こそが道具よ!」
男が私の髪を突き放すようにして離し、レオナの方に歩み寄って行った。
ダメ…レオナに手を出さないで…!
 パシンッと乾いた音が響いた。男の平手がレオナの顔を捉える。レオナの顔が痛みにゆがむ。ダメ…やめて…。
でも、レオナは男を睨み付けるのをやめない。
 「道具風情が、生意気な口を利く」
男がまた、平手でレオナをはたく。レオナ…傷つくのは、私だけでいい…やめて!
「道具は道具らしく、使用者の言いなりになっていればいい。
 我々に従って、敵と戦い、我々の勝利にその身を捧げて、いればいいのだ!」
バシン、と再びの平手打ち。
「私は、道具じゃない!」
急にレオナが大声を上げた。
259:
「私達は…道具なんかじゃない!ニュータイプは戦争の道具になるために生まれてきたんじゃない!
 あなた達にはなぜそれが分からないの!?私達は、この広く果てしない宇宙で、人と人が繋がっていくために生まれてきた!
 言葉に乗らない想いを、目に見えないしぐさを、触れることのできない温もりを感じるために芽生えた能力よ!
 人と人が、理解し合い互いにわかり合うための力…あの人は、マークは苦しみながら私達のことを理解してくれた!
 ここへ私を連れてきてくれた仲間は、私に優しく強く笑いかけてくれた!
 戦争や利益に目を奪われ、魂を惹かれ、それをむさぼるだけの道具に成り下がっているのはあなた達の方!
 私達は、違う!
 この力を、人に優しくするために、苦しんでいる誰かを助けるために、喜びも、悲しみも分かち合うために使いたいだけ!
 人として、誰かのそばに居て、幸せにしてあげたいと願うだけ!
 他人を蹴落として、余計な人達と割り切って同胞を宇宙に追い出すことを良とするあなた達の方が
 よっぽど人間なんかじゃない!戦争と利益に操られた、ただの道具よ!」
男の顔に、怒りが宿るのが見えた。いけない…レオナ!
 男が腕を振り上げた瞬間、後ろに控えていた若い男二人が、彼を羽交い絞めにした。
「しょ、少佐!そちらの女にそれ以上は…!」
「貴重なサンプルであるからと…傷がつけば、研究所との関係悪化につながります…!」
「くっ!貴様ら!命令だ!俺を離せ!その道具に、誰が主人かを分からせる必要がある!」
「ダメです、少佐!」
「お、おい、いったん連れ出すぞ!」
「はい!」
男は、若い二人に引きずられるようにして、部屋を出て行った。一瞬にして、室内に静寂が訪れる。
 ふぅ、と思わずため息が出た。レオナを見やると、心配そうな面持ちで私を見ている。
心配なのは、私じゃなくて、レオナの方だよ…あんな、無茶して…
260:
「レオナ、ダメだよ、抵抗したら」
私が言ってやると、レオナはシュンとした顔をして
「ごめんなさい…でも、あんな言われ方、許せなかった…」
と謝った。
「ああいうのはね、付ける薬がない、っていうのよ。わかる?馬鹿ってこと」
私はそう言って笑ってあげたけど、レオナの表情はさえなかった。たぶん、私が笑っているのが分からなかったんだろう。
顔全体が熱を持って、腫れぼったい。たぶん、表情が読み取れるような状態ではないんだ。でも…
「でも、レオナのお陰で、とりあえず一息つけたよ…ありがとう。
 今日はこれで終わってくれるかもしれない。もう遅いからね…」
基地に入ったのが、3時ごろ。捕まって、ずいぶん経ったから、もう外は夜だろう。
あの様子じゃ、そんなに仕事熱心ってわけでもなさそうだし、
このまま私たちを放って気晴らしにでも行ってくれれば、今日は少しだけ眠れるかもしれない。
あの時のように、独房にでも入れてもらえると、いろいろと助かるんだけどな…その、トイレとか、さ。
「レオナ」
「はい?」
「トイレとか、大丈夫?」
「え?あ、えぇと…」
「我慢しないで良いから、しちゃうと良いよ。私もそうするから」
「…レナさん…」
「勘違いしないでね。弱気になってるんじゃないよ?そんなことで、いちいち精神力使ってる場合じゃないってだけ。
 今守らなきゃいけないのは、命。体面や、主義主張じゃない。そのためにも、余計なことは気にしない方が良い。
 トイレも、あの男も言葉も、同じよ。
 こんな状況でもなかったら、ちゃんとした方法で処理すべきだけど、今は、仕方ないから、
 どっちも好き勝手に垂れ流しておけばいいの」
「…はい、ごめんなさい」
 なんだか、ちょっとお説教みたいになっちゃった。そんなつもりじゃなかったんだけど…ごめんね、レオナ。
正直言うとね、もう私、一回しちゃったしね、蹴られた時に…嘔吐の方の匂いがきつくて、たぶんわからないと思うけど…
だから、まぁ、言い訳だけだと思って、聞いておいて、ね。
 アヤは、無事かな…。
ニホンへは、シャトルで向かったから、たぶん、到着は私たちがベイカーズフィールドに着くよりも早かったはず。
私たちと同じだけの時間を準備にかけていたとしても、もう、作戦は終わって、こっちの状況に気付いているはず。
ニホンからここまでなら、半日はかからない。今はもう、向かってくれてるかな…
アヤ、待ってるからね…必ず来てくれるって、信じてるからね…アヤ…アヤ…。
―――レナ!
 脳裏に、いつもの太陽みたいな笑顔で私の名前を呼ぶ、アヤの姿が浮かんで消えた。
267:
 「あれがオークランド研究所か」
ダリルがつぶやくように言う。アタシは、日も暮れかけたころ、ダリルと、マライアと研究所を望める切り立った崖の上に居た。
フレート達はマークとハンナと一緒に少し休ませている。
 アイナさんとキキは、ベルントに頼んで、アルバ島に送ってもらっている。
残る、と言い張ったアイナさんだけど、正直、これ以上アイナさんを危険にさらすことはできなかった。
だから、ペンションでアタシ達の帰りを待っててくれと、なんとか頼み込む形で、折れてもらった。
 それにしたって、この研究所は、まいった。
所内の様子をみて、アタシはまず、まっさきに後悔した。最初の判断がそもそも間違ってたんだ。
アタシがこっちに来るべきだった。なんだ、この警戒態勢?
レナ達の侵入がバレて警戒レベルが上がったんだとしたって、厳重すぎる。
この広い敷地に、監視塔、見回りの警備兵、機銃を積んだトラックまでもがあちこちに配備されている。
ニュータイプ研究所が、こんなに厳しい警備体制を敷いているなんて、思ってもみなかった。
「これはちょっとすごいね」
マライアが双眼鏡をのぞきながら感嘆している。
「隊長の野郎、無事なんだろうな…」
「大丈夫でしょ」
ダリルの言葉に、マライアが言う。
「だって、隊長だもん。『ヤバくなったら逃げろ』の創始者だよ?あのとき、言ってたじゃない。
 『逃げて助けを呼ぶもよし、逃げて隠れて、チャンスをうかがうもよし』だよ」
マライアがさらに明るい口調で続ける。
「隊長はたぶん、支援の要請をフレートさん達に任せて、自分は残ったんだよ。
 今もきっと、あの基地のどこかにいる。情勢を整えながら、たぶん、なにかの準備をしているか、
 そうでなきゃ、一瞬の、決定的なチャンスを息を殺して狙ってる…」
「そうだな、あの人は、そう言う人だ」
アタシはマライアの言葉にうなずいた。
 おそらく、アタシらが行動すれば、隊長は何かしらの援護をしてくれるはず。でもそれが何かまでは分からない。
いや、分かる必要はないんだと思う。むしろ、こっちから隊長にわかるように伝える方法を考えた方が良いくらいだ。
あの研究所のどこにいるかわからない隊長に、それをするのはたぶん不可能だとは思うけど。
268:
「ダリル、見取り図は手に入れられないのか?」
「正直、難しいところだ。さっきハッキングかけてみたが、おそらく、見取り図の情報はプロテクトの中。
 足跡を残さなきゃならんし、プロテクトを破った瞬間にバレる。それでも良いってんなら、手に入れられなくもないが…」
「事前に入手するには、リスクが大きすぎる、か…」
ダリルの言葉に、息を飲んだ。これは、簡単じゃないぞ…
それこそ、隊長が中からデータを送ってくれたりしてくれたら多少は楽なんだけど…
そもそも、あの研究所の構造からしてわからない。
 地上に出ている部分は、レナ達が潜入したっていう本棟と、そこから少し離れた研究棟、
さらに、巨大な格納庫や工場のような施設もある。
隣接するバカみたいに広い、滑走路のような広場は、おそらくここで実験している兵器の試験場。
これだけデカい施設だ。付け入る隙は、どこかにはあるだろう。
でも、デカすぎて全体を把握したうえでどこに付け入っていいのかが、まずわからない。
情報が少なすぎるが、集めようにも、ダリルが言う様に、情報自体がかなり厳重に守られている。
 さて…どうするべきか…そう考えて、真っ先に視界に入ったのが、悔しいけど、マライアだった。
「マライア、どう思う?」
アタシが聞くとマライアは少し考えるしぐさを見せてから
「んー、まぁ、最終的に、バレないように、っていうのは、難しいよね」
と口にした。
「それなら、こっちがいかにして、こっちに有利なように対応してもらうようコントロールした方が良いよね」
「混乱の方向を誘導するってわけだな」
「そう。いまの状態で研究所に突っ込めば、どうしたって、レナさん達を救助してきたってバレちゃう。
 あの戦力がレナさん達のところに集中しちゃったら、いくらなんでも突破できる感じはしないしね」
マライアの言うことはもっともだけど…じゃぁ、敵をどこにどう、誘導する必要があるのか…
「狙うなら、格納庫か」
ダリルが言った。
「あの格納庫なら、建物からずいぶん距離もあるし、あそこを狙えば、まずは中身を守ろうとするだろう。
 次の目標は、その隣の工場」
アタシは双眼鏡で位置関係を確認する。確かに、その両方の施設は本棟からは離れている。
あそこに敵をおびき出して、その隙に救助と脱出をする…
確かに、多少の戦力は削げるかもしれないが、それでも簡単ではないだろう。
「もうひと押し、なにかほしいな。押すんじゃなけりゃ、やっぱり中の様子を事前に知っておくとか」
「確かに、レナさん達の場所と研究所の構造が分かっていれば、アドバンデージにはなるんだよね…」
アタシの言葉に、マライアが同意してくれる。頼りになるよな、あんた。ホント、なんか悔しいんだけどさ。
「でも、やっぱりそれは望めないから、代替え案」
「なんだよ?」
「隊長お得意の、アレ、でどうかな」
マライアはそう言ってニッと笑う。
269:
「ハッタリ?」
「そ。格納庫と工場を襲撃して、混乱させて、その隙に、ティターンズの陸戦隊に変装して研究所に入る。
 さすがにその状況なら、所属確認なんてしている暇はないだろうから、多少は自由に動けるでしょ?
 その先は潜入班の力量次第だけど、たとえば、警護任務を仰せつかったから、
 捕虜の位置を知りたい、とか、そんなこと言って場所を聞き出すのもありだと思うし」
なるほど…悪くないように思える。
うまくいけば、捕虜を奪回されないために急ぎ移送する、とか言って、連れ出すこともできるかもしれない。
あのデカい施設で、あの警備の数だ。いちいち他部隊所属の人間の顔なんて覚えてないだろう。そこに付け入る隙がある、か。
 「それで行こう」
アタシはマライアとダリルの顔を交互に見てそう告げた。二人は、引き締まった表情で、首を縦に振ってくれた。
「なら、とっと戻って班分けだな」
「うん、そうしよう。あたし、フレートさんにお願いしたいこともあるしね」
二人の言葉を聞いて、アタシもうなずき返して、とりあえず、サンフランシスコの街へ戻る道のりを車で戻った。
 途中のケータリングのお店で夕食を買って、フレート達の待っているホテルに戻った。
そこで、夕飯を食べながら状況と作戦を説明して、班分けをする。
 潜入班には、アタシと、ハンナにマークで決まった。
二人は、今の軍の状況に詳しいし、戦力的なことはちょっと不安があったけど、アタシがカバーできる範囲だと思う。
それから、外部の支援にダリル。情報連携は重要になってくる。
問題は、研究所の地下に入った際に連絡が出来なくなることが想定されるってことだ。
それについては、これからダリルに対策を練ってもらう。
どうやら、思い当たるところがあるようなので、そいつは任せることにした。
それから、格納庫と工場の襲撃は、マライアにルーカスとポール。
そのことで、マライアはフレートにしきりにアナハイム社の工場の場所を聞いていた。
何を考えてるんだか知らないが、こいつなりの考えがあるんだろう。アタシはもう、何も言うことはなかった。
任せるよ、マライア。
 それからフレートとキーラには、逃走路の確保をお願いした。
正直、レナ達の件で責任を感じている様子があって、前線からは遠ざけたかった。
なにより、そもそもフレートは戦闘の一番ひどいところに飛び込んで行って暴れるクセがある。
そんなことを、責任を負われてやられたら、正直、特攻でもして死にかねない。
そんなことを考えていたアタシの気持ちを見透かしたのかマライアが
「フレートさん達は、もうここに入って長いんでしょ?
 あたし達はまだ土地勘もないし、できれば逃げ道をいくつか考えておいて、手段も準備してくれてると助かる」
なんて援護してくれた。気の利くマライアなんて、なんか違和感あるよな、と、あとで言ってやろうと思う。
 そんなこんなで、配置は決まった。決行は明日の早朝。
時間的な猶予はないから、なるべくなら今夜にでもやりたかったけど、
あいにく、昨日の夜の飛行機の中から作戦会議と対応の連続でみんなロクに寝てない。
さすがに、ここらで一眠りしておかないと、作戦自体に支障が出ちゃいそうだ。
270:
 会議が終わって、みんながそれぞれの部屋に戻った。
 アタシもシングルの自分の部屋に戻ってシャワーを浴びてからベッドに入ったけど、
レナのことを考え出したら寝るに寝れなかった。
 明日のこともあるし、早く寝なきゃな、と思いつつ、ホテルの地下にあるバーへ向かった。
カウンターの席について、バーテンにバーボンをロックで頼む。焼ける様なうま味が喉と体にしみわたっていく。
これで、すこし気持ちをほぐせば眠れるだろう。
まだ、胸の内にくすぶっているもどかしさを静めるにも、多少のアルコールは必要だ。
 カラン、と、バーの入り口のドアについていたベルが鳴った。
「アーヤさん」
呼ぶ声がしたので振り返ったら、マライアがいた。
「マライア」
彼女の名を呼ぶとその後ろから
「私たちも来てますよ」
とハンナとマークも顔を出した。
 「寝なくて平気なのか?」
アタシが聞くと、マライアは笑って
「アヤさんこそ」
と言いながら、
「仲直りしようと思ってね。ハンナとマークと」
と二人を見やった。
 そういや、二人はマライアのことを快楽殺人者だと言ってたもんな。
事実が分かってもまだ、うまく溶けないわだかまりもあるんだろう。酒の肴にして忘れるのは、良い案だ。
 アタシがスツールをずれてやると、3人は並んで座った。
「ジントニックお願いします」
「私は、スクリュードライバーで」
「ウイスキーあるか?オススメの銘柄を頼みたい」
3人は酒を注文した。
 3人分揃うのを待って、一緒に乾杯する。なんだか、ジャブロー防衛戦前夜の、戦勝祈願会を思い出した。
あれ、結局みんな撃墜されたけど、防衛は成功したし、誰一人死なずに帰還できた、って意味では、アタシらの勝ちだった。
だからまぁ、そんなのを思い出しても別に縁起が悪いわけでもないよな。
271:
 「だから、マークの報告書は笑っちゃったんだよー。内容が痛烈すぎて、もう可笑しくってさぁ。
 もうね、『そうそう、ホントそうだよね』とか思いながらルーカスと読んでたんだよ」
「あんなのを書いて、懲罰もけん責もなくのらりくらりで、挙句には部下になれなんて何考えてんだとは思ってましたけど、
 こういうことだとは想像もしてませんでしたよ。気に入られてたっていう理由が分かりました」
「大尉は、私たちが捕虜に食事を提供してたのも知ってたんですか?」
「もちろん!死体袋に詰めて逃がす前に、大抵の人が、そのことを言って心配するんだよね。
 『彼らを悪いようにしないでやってくれ』ってね。まぁ、他にバレないうちは、処罰するつもりもなかったけどさっ」
「これが終わったら大尉はどうするつもりですか?ティターンズに戻るとか?」
「いやぁ、もう無理でしょ?爆発に巻き込まれて死亡って、ことになってると思うしね。
 それに、ほら、クワトロ大尉の演説もあったでしょ?」
「クワトロ大尉?」
「あ、ええっと、シャア・アズナブル、キャスバル・レム・ダイクンの…」
「あぁ、ダカール宣言、ってやつ」
「そうそうそれ!あれのお陰でティターンズはもう地球にはいられないセンが濃厚だからね。
 今じゃ、あっちこっちから撤退して宇宙に上がってるよ。
 オーガスタからも、あと一週間もしたら、ティターンズは撤退するんじゃないかなぁ。
 アクシズとの協定も決裂しかけてるらしいし、もうどこからどう見ても賊軍だよね。
 連邦がエゥーゴの支援を表明するなんて、てんでおかしな構造になっちゃってるくらいだし」
「確かに、エゥーゴってAnti Earth Union Governmentの頭文字でしたよね?反地球連邦政府組織を地球連邦が支援って…
 エゥーゴにしてみたら、こんな妙な話はないでしょうね」
「そうそう、だからいい機会だし、あたしももう隠居しようかなって」
「そうなんですか?せっかく良い関係になれそうなに…残念です」
「そうでもないよ、たぶん、アヤさんのところのペンションで働いたりしてると思うしね」
「本当ですか?じゃぁ、落ち着いたら遊びに行きますね!」
3人は、楽しそうに話しながら笑っている。
マライア、途中でアタシもびっくりするようなことを勝手に口走ってるけど、まぁ、流しておこう。
 それにしてもマライアに部下が、ねぇ。想像もしてなかったけど、今のマライアを見てたら、それもなんだか自然に思えた。
部下、なんて言ったら「それは違うよアヤさん!」なんて言いそうだけど、
まぁ、アタシとあんたの関係みたいなもんなんだろうな。
 マライアは底抜けに明るいし、抜けた感じもあるけど、そこがまた憎めないし、威張るわけでもないし、部下には好かれそうだ。
ははは、マライア・アトウッド大尉、か。ティターンズだし、あの頃の隊長よりも偉くなってるんだよな。
こいつが、アタシらみたいなやつらを引っ張っていく姿も、なんとなく見てみたい気もするな。
いや、なんなら、アタシも引っ張ってもらったっていいかも、とも思う。
あんたみたいな隊長の下でなら、きっと軍人なんて仕事も楽しく感じられるかもしれない。
それこそ、オメガ隊にいたころみたいに、さ。
272:
 なんてことを考えてニヤついていたアタシの視線に気が付いたようで、マライアはこっちを向いて
「アヤさん、なぁに?あたしに見とれてた?」
なんてワケのわからんことを言いだした。感心してやってたのに、台無しだよ、あんたさ。
「ホントにさ、生きてて良かったよ。あんなんじゃ、いつ死んでもおかしくないかもって覚悟してたところもあるんだ。
 それがまぁ、8年経ってティターンズとはな」
皮肉のつもりで言ってみたんだけど、マライアはそれを聞いたとたんに、目を潤ませ始めた。
だから、部下の前だってば。泣くなよ、おい。
 アタシのそんな想いもむなしく、ポロポロと涙をこぼし始めたマライアはアタシにすがるようにして言った。
「ずっとずっと、誰かの役に立ちたいと思ってきたの…
 隊のみんなのように、隊長みたいに、誰かを、大事な仲間を支えて守れる人になりたいって、
 アヤさんみたいに、みんなを励まして、元気にして、
 ダリルさんみたいに、仕事ができて、機転が利いて、頼りになる人になりたいって。
 だからあたし、頑張ってきた。みんなに甘えたかったし、頼りたかったし、
 泣きつきたいって思ったことも、なんどもあった。でも、それでも歯を食いしばって頑張った。
 そうしたら、仲間が出来たの。ルーカスや、ティターンズに入るときに離れちゃって、今は死んじゃったけど、
 ライラっていうパイロットとか、ハンナも、マークも、ポールもそう。
 こんなこと、考えてもなかったんだけどね…あたしはただ、オメガのみんなと一緒にいたくて、
 胸を張ってあたしはマライア・アトウッドだって言えるようになって、
 それで、みんなと並んで歩けるようになりたいって、ただそれだけを目標に頑張ってきた。
 アヤさん…あたし、今、どんな風に映ってる?
 アヤさんの目に、マライア・アトウッドは、一人前のオメガ隊員になってるって、そう映ってる?」
バカだな、あんた。そんなこと、今更言わなきゃわかんないのかよ?
いや、言ってほしいのかもしれないな、甘ったれは甘ったれだし…。
でも、そっか…あんたは、ソフィアを守ってたあんときに、そんなことを考えてたんだな…
だから、宇宙になんか飛び出して行っちゃったのか。このままじゃいけない、なんて思ったんだろうな。
それで、8年も、アタシ達には一切会わずに、頑張ってきたんだな…
 本当に、アタシはうれしいんだ。あんたが、そうやって自身持って輝いてる姿見るのはさ。
偉かったな、頑張ったな、マライア…。
273:
 「だから、言ってやっただろう?アタシの答えは、ひとつだけだ。『おかえり』」
「うん…うん!ただいま、アヤさん…マライア・アトウッド曹長、ただ今、オメガ隊に復隊しました!」
マライアは何を思ったか立ち上がってそう宣言し、アタシに敬礼してきた。
曹長、か。あんたの基本は、そこなんだな。いくらティターンズで階級が上がったって、関係はなかったんだ。
それそこ、そんなもの、道具でしかなかったんだな。
 あんたはこれまでずっと、そう言う経験が、“マライア・アトウッド曹長”を成長させるための、
隊の皆を、支えて、守れる存在になるための肥やしにしてきたんだな。
 だとしたら、はは、確かにそうだな。マライアの変わってない甘ったれなところも、そりゃぁ当然だ。
なんたって、こいつは、あのときのまま、経験が豊富になった“曹長”なわけだからな。
 マライアの敬礼には、敬礼を返さなきゃいけない。アタシも立ち上がってマライアに敬礼を返しながら
「おかえり、マライア・アトウッド曹長。アタシや、友達のアイナを守ってくれて、ありがとうな。
 本当に帰ってきてくれてうれしいよ、マライア。おかえり、アタシの妹。
 8年も、偉かったな…良くりっぱになって帰ってきてくれた。これからは、ずっと一緒だ。
 アンタはもう、オメガ隊から二度と出て行っちゃダメだからな。
 それから…頼む。明日は、アタシとレナのために、力を貸してくれな…頼りに、してるから」
と言ってやった。
「ふぐっ…ううぅぅっ…」
アタシが言ってやると、マライアは途端に声を上げて泣き出した。
それからもちろん、アタシに突っ込んできて抱き着いて、胸に顔をうずめて、わんわんと悲鳴のように泣き出す。
 妹か…良く言ったもんだ。アタシもいつのまにか、すっかりあんたの姉さんになってたみたいだ。
あのころはお遊び程度の呼び名くらいにし思ってなかったけど、でも、隊の皆は家族だった。
マライア、あんたもやっぱり、妹だったんだよな。だから、姉として、あんたが返ってきてくれたのが、何よりうれしい。
良かった、本当に、良かったよ…
 「ははは。大尉、飛行機での中でもそうだったのにな」
「きっと、アヤさん達の役に立ちたくて、ずっと頑張ってきたんだね…
 私も、アヤさんや、マライア大尉みたいに、立派になれるかなぁ」
マークとハンナがそう言って笑っている。
 はは、そうだな。アタシがマライアの姉ちゃんなら、マライアはあんた達の姉ちゃんだ。
こんな甘ったれだけど、たぶん今じゃ、アタシやダリル、隊長よりすげえかもしんないからな。
こいつを見習っておけば、あんた達もやれるようになるさ。
 そんなことを思いながら、アタシはマライアの頭を撫でまわした。でもな、マライア。
まだだからな。この状況が終わるまで、ちょっと待ってくれな。そしたら、今まで我慢してたぶん、目一杯甘えさせてやる。
アタシも、もっと別の、言いたかった言葉を聞かせてやる。だからそれまで、アタシに力を貸してくれ。
 な、マライア。頼んだからな…。
 バーに流れていたピアノソナタの音に混じって、溶けた氷がバーボンのグラスの中でカランと鳴った。
280:
 翌朝、セットしていたアラームの音で目が覚めた。
外は真っ暗。それもそのはず、時間はまだ午前4時だ。4時30分に最後の確認の打ち合わせをして、5時にはここを出る。
 マライアだけは別動で、すでにどこかへ出かけているはずだ。合流はなし。
作戦決行は6時で、マライアはその時間に格納庫と工場へ攻撃をしかける算段になっている。
 アタシは荷物をまとめて、部屋をで、フレートが準備していたワンボックスに乗り込んだ。
中は機材が山ほど積まれていて、ここがダリルの前線基地になる。
フレートとキーラさんもここで別れて、基地のそばにある街の市街地で防弾装備を整えた車を待たせて待機。
 アタシ達の車がオークランド研究所の近くにつけば、配置は完了でマライアを待つだけになる。
フレート達に別れを言って、ダリルが車を走らせた。
 途中のドライブスルーで朝食を買う。腹が減ったら戦闘は出来ないからな。
研究所の近くに着いてから、すぐに無線の確認をする。フレート達とも感度良好、マライアともつながっている。
建物の見取り図は、格納庫襲撃後にハッキングをかけて、ダリルからアタシらに連携されることになった。
研究所内の無線についても、内部にある有線の通信回線に無線用の受信機を取り付けることで対応できるそうだ。
取りつけには、10秒もかからないから、隙を見てやっておこう。
281:
 持っていく機材と、装備の最終チェックをする。漏れはない。マークとハンナも、大丈夫そうだ。
引き締まった表情で、アタシを見つめている。
 マライアが格納庫への攻撃を始めたら、アタシらは車で研究所につっこむ手筈だ。
「マライア、こっちはいつでも行ける」
アタシが無線のマイクに向かって言うと
<りょーかい!あと3分待ってね、もうじき着くから!>
とマライアの声が返ってきた。
 着く、ってどういうことだ?あんた、格納庫にいるんじゃないのか?
てっきり、基地で使ったみたいな爆弾でも仕掛けているのかと思ってたんだけど…?
 アタシがそんなことを考えているうちに、突然、研究所全体からデカイ音が鳴り響きだした。
ウウウウウウーーーーーーゥゥゥゥ、ウウウウウウーーーーーーゥゥゥゥ
 これは、サイレン?警報だ。なんだ、マライア、敵に見つかりでもしたのか?
「警報…空襲警報だ!」
マークが叫んだ。空襲警報?!あいつ、まさか…!
 アタシは気づいた。気づいたのと同時に、どこか遠くからけたたましいエンジン音が鳴り響いて近づいてくる。
見上げた空を、グレーの機体が切り裂くように飛びぬけた。
 研究所内の動きがあわただしくなる
。施設の中に駆け込んで行くやつもいれば、トラックの機銃を握って迎撃態勢をとっているやつもいる。
バタバタと、まるでアリの巣の中みたいな混乱だ。
「おい、マライア、その戦闘機に乗ってんのか?!」
<戦闘機じゃ、ないよっ!>
マライアの声が聞こえたと思ったら、戦闘機じゃないというその飛行機が旋回してきて、格納庫に向けてビームを放った。
ビームは格納庫の天井を貫いて小さな爆発を起こす。
 と、格納庫の前扉が吹き飛んで、中からモビルアーマーが姿を見せた。
「アッシマーだ!」
マークが叫ぶ。それも、3機!マズイぞ、マライア!モビルアーマー相手に戦闘機なんて…
逃げるだけならいざ知らず、戦闘だなんて!
「マライア、気をつけろ!」
車を研究所の敷地に向けて走らせながら怒鳴る。しかし、当のマライアからは、抜けた声色で返事が返ってきた。
<ふっふーん!今日のマライア・アトウッド“曹長”は、無敵なんだよ!アヤさん!>
バカ、何言ってんだ!あんたがいくら腕が良いとしたって…機体の性能差ってのは厄介なんだぞ!
 そう言ってやろうと思って、見上げていた空で、マライアの機体は、その…変形した…!?
282:
「あれって…」
「エゥーゴの可変モビルスーツ!?あの、ガンダムタイプ!?」
なんだって?ガンダムタイプだ?あれが?!
「マライア、あんたそんなもんどこから!?」
<フレートさんに工場の場所聞いて借りてきた!ていうか、アヤさん、外は良いから急いでレナさん拾ってきて!>
「…わかった、マライア。頼むぞ!」
<まっかせといて!>
マライアはモビルスーツ形態のまま降下しつつ、飛び上がってくる飛行形態のモビルアーマー3機のビーム砲を
まるで風に紙切れが舞うようにヒラヒラと躱している。なんだ、あの動き?あいつ、宇宙でどんな戦闘してきたんだ!?
<三次元機動ってのを分かってないなぁ!空であたしに勝とうだなんて!8年早いよー!>
無線から叫ぶマライアの声が聞こえる。マライアの機体は、ビームを発射した。
動き回るモビルアーマーが被弾して、地上に落下して行く。当てた!?あんな状態で?
<はいはい、次ぃ!>
と、次のビームでもう1機を被弾させて、地上へ叩き落とす。
 残りの1機がビームを吐きながらマライアに迫って行った。
さらに地上から対空ミサイルらしい何かが無数に発射されてマライア機迫る。
「マライア!」
アタシは叫んだ。でも、マライアはそんな状況でも
<わー!いっぱいきた!>
とかふざけた調子で言いながら、空中で飛行形態に戻ると、高で旋回しながら機体をロールさせつつ急に上昇して行く。
マライアの機動を追いきれないミサイルが近接信管だけを作動させて空中ではじけ飛ぶ。
<ひゃっほーーーーぃ!!!>
その爆炎と煙をまるで引き連れるようにしながらマライア機はさらに上昇する。
モビルアーマーもマライアの機動に追従しようと上昇を始めた。
でも…これはアタシでもわかる。モビルアーマーのパイロット、それは悪手だ。上昇中は、機動力が鈍るんだ。
前にしか撃てない戦闘機相手ならそれも良いが、相手はモビルスーツ。先に上を取られたら、あんな追い方したら、ダメだ。
 思った通り、上昇を始めたモビルアーマーは、さらに上空でモビルスーツ形態になっていたマライア機に簡単に撃ちぬかれた。
 「あ、あれが、大尉の操縦…?!」
「す、すごい…一瞬で、モビルアーマー3機も!?」
…いや、アタシもびっくりだよ、マライア。あんた…ホントに、どこまですごいやつになっちゃんだ?
そんな動き、まるで…ニュータイプのエースじゃないか!
 関している間に、格納庫からはまだモビルアーマーが出撃してきて上空へと上がっていく。
空で、激しい戦闘が展開され始めた。だけど、マライアは微塵も押される気配がない。
<ふっふー!まだ来る!?何機来ても同じだよ!>
<そんなんじゃ、これは避けられないでしょ!>
<わわわっ!あんたちょっとうまいじゃん!でもそんなの、かすりもしないんだから!>
…すごいな、マライア。

…すごいけど、ちょっとうるさい…無線機ってやれよ、あんたさ。
283:
「ダリル、こっちの無線のチャンネルをBに切り替える…」
<了解。マライアとのおしゃべりは、こっちに任せとけ>
<あっ!ごめん、アヤさん!しゃべってないと、怖くてダメなんだ、あたし!>
良く言うよ、あんな圧倒的に敵を叩いといて怖いとか、どの口が言うんだ。
「こっちに用事があったらBチャンネルで話しかけてくれ」
<りょうっかい!>
アタシは車を止めて、マークとハンナにもチャンネルを替えさせてから、表に出た。マークとハンナも車を飛び降りてくる。
「ハンナ、マーク。アタシから離れるなよ。銃は抱えてりゃ良い。まだ撃ち合いするつもりはないからな」
「了解です。こんなとこで敵とやり合うなんて、正直、生き残れる自信ないんでね」
マークは脂汗をいっぱいにかきながら言う。ハンナは、マークよりはすこし余裕のありそうな表情で
「分かってます。アヤさんの後ろを離れません」
と言って笑った。ハンナの根性の据わりっぷりは、やっぱり、さすがだ。
「ダリル、これから研究所内に潜入する」
<了解した。こっちもハッキングを開始する。見取り図を見つけたら、そっちのコンピュータに転送する>
「頼んだ」
アタシはダリルにそう言って無線を切った。それから、ふうと一息ついて、また二人を見やって
「行こうか」
と確認する。二人は黙ってうなずいた。
 駆け回る警備兵の間を縫って、研究所へと走る。
 轟音と、爆発、それから叫び声が飛び交っている。マライア、派手にやりすぎだぞ!増援でも来たらどうするつもりなんだ!
 そんなことを思いながら、アタシ達は研究所の正面入り口に到着した。
入り口を守っている警備兵が二人、あたりを警戒している。アタシは迷わずにそいつらの前に姿をさらした。
「第三分隊所属のエインズワースだ!本部から捕虜警備の増援命令を受けてきた!」
アタシが言うと、警備兵の一人が真剣な表情で
「そうか!中は混乱している!指揮系統を確認して、持ち場についてくれ!」
と言って研究所の中へとかぶりをふった。なに、ちょろいもんだな。
 「あぁ、任せろ!そっちも死ぬなよ!おい、行くぞ!」
アタシは、彼をそうねぎらってから、マークたちに叫んで研究所の中に駆け込んだ。
中は、壁が真っ白に塗られて、真っ白な照明が明るく照らす、奇妙な空間だった。警備兵が廊下を慌てた様子で走り回っている。
「ダリル、研究所の中に入った」
<よし…待て…あったぞ、転送する>
ダリルの無線を聞いて、アタシは腕につけていたポータブルコンピュータを確認する。確かに、見取り図が送信されてきていた。
レナは…どこだ!?
<アヤ、地下2階と3階の間に、ミノフスキー粒子を充填してある階層がある。おそらくこいつで電波を遮断してるんだ。
 地下階へ行ったら、まず最優先で無線機を取り付けろ>
ダリルの言葉に、アタシは見取り図を確認する。
電波を通さない、ってことは、どこかに、有線の通信用のモジュールがあるはずだ。
そいつを目指そう…とにかく、まずは非常階段!
「こっちだ!」
アタシは見取り図に従って、真っ白な廊下を走る。
284:
 曲がりくねった廊下を走って、非常階段を見つけた。扉を開けて、一気に駆け下りる。
「ダリル、レナの位置は分からないか?」
<検索をかけてるが、不明だ。まだ調べてみるが――ザッそっちで―――ガザザザ―――
無線が切れた。妨害壁を越えちまったみたいだ…無線機を取り付けるまでは、見取り図が頼り、か。
「アヤさん、無線モジュールの位置、分かりますか!?」
マークがそう聞いてくる。アタシは階段を駆け下りながら見取り図でその位置を確認する。
地下4階?5階か?いや、違う…配線を辿れ…あった!地下3階の、エレベータ横だ!
「見つけた!まずは、そこに向かう!」
アタシが怒鳴ると、マークが腕をつかんできた。
「そっちは、俺に任せてください」
おい、何言ってんだよ…あんた一人で行くってのか!?
アタシはマークの言葉に、一瞬、戸惑ってしまった。だって、あんた、兵士だけど、実践なんて、したことないんだろう!?
事務屋だって、自分で言ってたじゃないか…
「アヤさんと、ハンナで、レナさんてのと、レオナを、頼みます」
マークは端的にそう言った。その表情は、なにか、固い決意をしているように見えた。こいつから感じるこの感覚…
これは、犠牲になって、とかそう言う類のもんじゃない。役割、だ。使命感…助けるんだっていう、覚悟…
 「…わかった、マーク。無茶はすんなよ」
アタシはそう言って、腰のポーチからマークに無線機を手渡した。
「大丈夫。もうヘマはやらかしません。うまくやってきます」
マークは相変わらず脂汗をかいているクセに、やっぱり固く決めたって表情で、そう言った。
マライアもそうだけど、そんな顔されたら、断るわけに行かないだろう…
「…頼む」
アタシはマークの肩をポンとたたいて、ハンナを見やった。ハンナは黙ってアタシにうなずいて来た。
はは、あんたら、やっぱりマライアの部下だよな!
なんだか、ちょっとおかしかった。
285:
「ハンナ、着いてこい!」
 アタシはハンナに言って、階段をさらに駆け下りる。レナの居場所は…どこだ…?さっきから、探してんだ。
こんな見取り図上でなんかじゃない。あんたとつながってる、この感覚で、だ…でも、なにも感じないんだよ!
レナ、あんたどこにいるんだよ!答えろよ!
「アヤさん!」
不意に、ハンナが叫んだ。
アタシは階段でまた脚を止める。
「レオナ、この階にいる」
そう言ったハンナは、地下五階の扉を指していた。
…迷ってる場合じゃない…まずは、レオナからだ!アタシは、そのドアの扉を開けた。
 そこは、相変わらず真っ白な廊下で、それを照らす明るい照明がまぶしいくらいに光っている。
 なにかの気配を感じる。ごくわずかな警備兵の物らしい、物々しい肌触りの中に、かすかに触れる温もりがある。
「アヤさん…ハンナのところには、私が行きます…だからっ!」
急に、ハンナはそう言ってアタシを見た。
 思わず、ため息が出た。なんだって、そうなんだよ、あんたも、さ。
ハンナは、マークとそっくりに、もう決めた!って顔していた。
「…ハンナ…アタシが教えたこと、忘れんなよ」
「はい。銃を向けるときは、まずは、脚から」
「そうだ」
「それから、考えることを、やめるな」
「うん」
「あと…ヤバくなったら、逃げろ」
「あぁ」
アタシはうなずいてやった。ハンナも、コクっと顎を引く。っと、待て、まだ言い忘れてたことがあった。
「あと、もう一つ。あんたの、その感覚を信じろ。ニュータイプの感性は、気持ちに応えてくれる。
 特に、助けたいって想いには、さ」
アタシがそうだったように、レナがそうだったように、そして、たぶん、マライアがそうなように…
それは、きっと、そう言う強い気持ちと集中力がより一層強化してくれるもんなんだと思う。
その想いを負えば負うほど、力は強くなる。この力は、誰かを助けたり、守ったりするための力なんだ…!
「はい!」
ハンナははっきりと、力強くそう返事をして、そして、笑った。頼むぞ、ハンナ。必ず生きて、ここを出よう。
うちのペンションで、みんなでゆっくり、酒でも飲みながら、今日の話をしよう。絶対だぞ、絶対だからな!
286:
 アタシは、駆け出した。ハンナの方を振り返らなかった。あいつは、やる。必ず、レオナを助け出す。
アタシも急がなきゃいけない…レナと、そしてレベッカを助けなきゃ!
 走りながら、見取り図を見つつさらに感覚を研ぎ澄ませる。何も感じない、何も触れない。
おい、レナ…死んでなんかないよな…!?頼む、何かを言ってくれ…何かを考えてくれよ!
ここにいるって、そう叫んでくれよ…レナ…レナ!!!
 唐突に、見取り図に赤い点が灯った。なんだ、これ…?
 アタシは思わず、脚を止めた。
その点は、地下5階をぐるっと一周している廊下の反対側にある小部屋をマーキングしているようだった。ダリルからか?
でも…まだ無線は生き返ってない。ここへ信号が届くはずがないから、少なくともダリルではない。
罠か…?ここに何がある…?レナか…?レナが、呼んでんのか!?
 直感的に、そう思った。何を感じたわけでもない。だけど、そこに行くべきだと、思った。そこにレナがいる…
まるで、何かに導かれるようだった。
 全力で回廊を駆け抜ける。
 数メートル先に、突然なにかが飛び出してきた。人だ。男…連邦の軍服を着ている…銃は持ってないが…なんだ…この感じ!?
 肌に、まるで粘りつくような奇妙な感覚が走った。
―――こいつ…やばい!
アタシはとっさに、自動小銃を構えた。しかし、男はそれに怖気付くこともなくアタシに飛びかかってきた。
銃口の先から男が消える。まずい…しゃがみこんだ…タックルが来る!
アタシは小銃を持ち替えて、銃床を真下にたたきつける。鈍い衝撃が腕に響く。
男は、床に這いつくばるようなかっこうで、それを受け止めた。
―――なんだ、この力!?
男は、そのまま銃を押し上げるようにして、アタシを壁際まで突き飛ばす。強烈に、背中を打ちつけて、一瞬呼吸が止る。
 こいつ!ニュータイプみたいだけど、そうじゃない!これが、強化人間ってやつなのか!?
 男は間髪入れずにアタシに飛びかかってきた。背中を打ってしまったせいで反応が遅れる。
たちまち馬乗りになられたアタシは小銃すら弾かれて、抵抗する間もなく、首を締め上げられる。
 くそっ…!こいつ…!
 体勢を入れ替えることも、腕を押し返すことも、振り払える気すらしない。
めりめりと首に指が食い込んで、酸素と、血液の循環が妨げられる。まずい、トぶ…!
 アタシは、悶えながら腰のポーチからそいつを取り出して、男の体に押し付けた。
とたんに、男はビクビクと全身を痙攣させて、床に崩れ落ちる。
「…っ、かはっ…はぁ…はぁ…」
肺と脳が熱くなっていた…危ないところだったな、今のは…
アタシは、何とか立ち上がって、ポーチへスタンガンを戻して、小銃を拾い上げた。
 こんなのが、ハンナやマークの方に行ってなきゃいいけど…そう思いながら、アタシはまた廊下を駆け出した。
レナ…そこにいるのかよ、レナ!
287:
 見取り図の、マーキングの部屋の前にたどり着いた。扉があって、その横にキーボードの付いた電子制御用のパネルだけがある。
ノブや、鍵穴は見当たらない。迷ってる暇は、なかった。
アタシは、腰から消音装置付きの拳銃を引き抜いて、パネルを打ち壊した。
バチバチっと音を立てて、パネルの液晶画面が消える。同時にトビラから、バスンッと言う鈍い音がした。
電源、うまくやれたのか…?
 拳銃を腰に戻して、ナイフをトビラと壁の間に突き立てる。
思い切り押し込んで、テコの要領でひねると、かすかに隙間が空いた。
アタシはそこに両手の指を突っ込んで、両腕と、壁につっかけた脚に力を込めて、扉をこじ開けた。
 中は、廊下とおんなじ、真っ白な部屋。その部屋の奥の壁に、何かがあった。
イスに座り、両腕を壁に括られるようにして、うなだれて身動き一つしない、人の体…
 レナだった。
レナ…おい、レナ…死んでないよな…生きてるよな…
胸にこみ上げてきそうになった絶望を押さえつけて、アタシは部屋に踏み込んだ。肌に、何かが感じられる。
これは、レナの気配だ…生きてる、レナ、あんた、生きてるんだな!
 アタシは思わず駆け出していた。レナ座っているイスの周りには血しぶきが飛んでいて、吐き出したのだろう、
ぐちゃぐちゃになった、こうなる前は食べ物だったんだろう何かが、酸えた臭いを放っている。
レナは、顔中あざだらけだった。
 またかよ…レナ、なんでアタシ、あんたをこんな目ばかりに合わせちゃうんだよ…ごめん、ごめんな…
そう思いながら、アタシは壁に両腕を固定されたレナの頬を叩いた。
「レナ…レナ!しっかりしろ!」
声を掛けたら、レナがうめいて、うっすらと目を開けた。
「ア…アヤ…」
レナは、アタシの顔を見て、ニコッと笑った。
「待ってろ、すぐ外してやるからな!」
アタシは固定している拘束具の錠を銃床で叩き壊した。拘束具が外れたレナは、ぐったりとアタシに寄りかかってくる。
アタシはレナを抱き留めて、その場に座り込んだ。
「レナ…ごめん、遅くなって、本当にごめん…」
「ううん。きっと来てくれるって、信じてた…」
レナがアタシにまわした腕に力がこもった。
「アタシ、いつもこうだ。レナばっかりに怖い思いさせて、辛い思いさせて…守るってそう決めたのに…アタシ、アタシ…!」
頬を涙が伝っていた。悔しいよ、悲しいよ、レナ。なんであんたが傷つけられなきゃいけないんだよ…
アタシだって良かったじゃないか。なんで、こんなひどい目に、二度も会わなきゃいけないんだよ…
288:
 そんなアタシの涙を、レナはぬぐってくれた。
「アヤ…私は、アヤがこんな目に遭わなくてよかったって思う」
「だって!」
そう言いかけたアタシの口をレナは人差し指を立ててそっと閉じさせた。
「どっちがされても、辛いのは一緒。悲しいのも一緒。だからそれは気にしないで。それに、今回は怖くなんかなかったよ。
 必ず来てくれるって分かってたから。あなたを信じて待っていられた。耐えていられた。あの時とは、同じじゃない。
 アヤ…これが私の戦いだったんだよ。私は、負けなかったよ。心を折られなかった。踏みにじられもしなかった。
 あなたのことだけを考えて、信じて、戦えた。遠くに居ても、あなたは私を守ってくれてたよ。
 だから、そんなに悲しまないで。体なんて、休ませれば治る。痛いのはいっときだけ。
 私とアヤが生きて、またこうして会えた。それが私の戦いの結末。私の、勝ち」
レナは、こんな状態なのに、いつにもまして穏やかな口調で優しい目で、じっとアタシを見て言った。
それからニコッと笑うと、
「だから、あとはお願いね。次は、アヤが勝つ番。私を無事に連れ出して…一緒に、みんなで、アルバに帰ろう…」
と言って来た。
 はは、レナ。分かってるよ…そんな状態のあんたに、励まされちゃうなんてな…アタシの方が負けそうになってたんじゃんか。
そうだよな…まだアタシ達は生きてる。アタシも、レナも、マライアも、みんな生きてるんだ。
どんなに姿になったって、たとえどんな怪我をしたって、生きて、それでみんなでまたあの生活に戻るんだ。
新しくできた仲間たちと一緒に…そうだよな、レナ。
これまで、アタシ達はそうやって生きてきたんだもんな。これからも、それは、同じだ。
 アタシはもう一度レナを、力いっぱい抱きしめてから、立ち上がって腕を肩に担いだ。
 部屋から出ようと振り返った時、その出口には、ティターンズの黒い制服の連中がいた。銃口がアタシ達の方を向いていた。
「あの男…」
「誰だ?」
「拷問官」
レナが憎々しげに言う。そうか…あいつか…あいつが、レナをこんな目に…!
アイナさんを助けに行ったときに、マライアとは知らずに大尉に向けたのと、まったく同じ感覚がアタシの中から込み上げた。
胸が、体が、焼き切れそうなくらいに熱くなるような…
「なんの騒ぎかと思えば、芸がない」
初老の男がそう言って、こっちに歩いてくる。後ろに連れたティターンズの兵士は4人。
どれも、自動小銃をこっちに向けている。アタシからの距離は6メートルほど。
飛び掛かろうものなら、たどり着く前に、ハチの巣だ…。
 くそ、ここまで来て、こんな状況かよ!どうする?自爆覚悟で、音響手りゅう弾か…投稿するフリでもするか…?
この状況で、後者は危険だ。その場で殺されかねない。だとすれば…アタシはチラッとレナを見た。
レナはアタシの顔を見て、ニコッと笑って、アタシの肩にまわした腕に力を込めた。レナ、悪い、こいつは分が悪いや。
 「わかった、抵抗はやめる」
アタシは小銃をなるべくアタシ達の目隠しになるように、
ティターンズの連中の目の高さくらいになるように放り投げた。
そのままの手で、戦闘用のベストにひっかけていた手りゅう弾を手に取ってピンを引っこ抜いた。
 次の瞬間に響いたのは、アタシの手りゅう弾の爆音じゃなくて、自動小銃の銃声だった。
298:
 俺は、手の中の無線モジュールを握りしめた。
 こんな状況だってのに、いや、実際ビビってしょうがないってのに、胸の内が震えているのを感じていた。
 あの日、俺はメキシコのあの場所で、死んだ。なんにも出来ずに、殺された。そう思っていた。
輸送中の飛行機の中で目が覚め、基地に着いて会ったマライア大尉にいつものトゲトゲしい口調ではなく、
キーキー声で怒られて初めて、事態を理解できた。
俺は、この人達に助けられたんだってことを。素直に、嬉しかった。
嫌いだったはずの大尉が、誰にも見つからないように捕虜に食事を提供していた俺たちと同じことをしていたってのが。
そんなだいそれたことをやってのけるような人がこんなにもそばにいたのかってことも。そんな人に助けてもらったってことも。
そして、まだ俺に出来ることがあると知って安心した。
あの日、死んだと思った俺が出来なかったことに、もう一度望めることが嬉しかった。
 それは罪滅ぼしなのかも知れなかった。
最後の瞬間まで 、あいつらの本当の辛さや苦しみを理解してやれなかったってことを詫びたかった…
いや、違うかもしれない。これは俺の問題だ。全部のことが終わったとき、俺は、胸を張ってあいつらに会いたい。
負けたまま、なにも出来なかったまま、大尉に助けられたままで、あいつらのところに行くわけにはいかない。
 俺は、俺だって、戦える。大事な存在の一人や二人も守らずに、安全な場所へ逃げていくなんて出来るはずがないだろう!
オールドタイプの俺があいつらを助けて、
俺達オールドタイプが皆、ニュータイプを嫌っているなんていうこの宇宙に漂っている幻想をぶっ壊してやるんだ!
 大尉、こんなチャンスを与えてくれたことを、感謝します。上司として、先輩として 、俺に見本を見せてくれたことにも。
あなたのお陰で、俺は迷わずに行ける。
 俺は、非常階段を出た。上と同じ、真っ白な壁と照明。ただ白いだけのものが、こんなにも脳に響くとは思ってもみなかった。
俺は眩しさに目を細めて腕のモバイルコンピュータの画面を確認して、アヤさんの言っていた有線のケーブルを辿る。
八の字状の形になっている地下3階は半分が生活スペース、もう半分が食料や機材の倉庫になっているようだった。
その一画に、有線ケーブルが集まっている部屋がある。おそらくここに、メインの終端装置があるはずだ。
 そこにこの無線モジュールを取り付ければ、研究所の電波を使ってダリルさんとも通信が出来る。
こんな場所で、外からの情報と支援なしに進めば敵に悟られるのも時間の問題だ。急がなくては…
 俺は八の字になった廊下を駆け出す。太ももと膝の境目が遠くで痛んだ。
あの日、ルーカスさんの指示を無視して撃ってきたティターンズ一般兵士にやられた傷だ。
包帯とテーピングで補強し麻酔を打って誤魔化してはいるが、動くたびに激痛なのだろう鈍い痛みがうっすらと感じられて
力が抜けそうになる。脂汗は、止まらない。だが、そんなことを言っている場合ではないんだ。
299:
 俺は廊下を走り、目的の部屋の前にたどり着いた。そこには静脈認証用のパネルの付いた、殺風景な扉が一枚あるだけだった。
ここに来るまでに通りすぎた他の部屋もそうだったので、悪い予感はしていたが案の定だった。
 ポーチからケーブルを取り出して、腕のコンピュータとパネルを接続させる。
仕事柄、こう言うシステムには多少の知識はある…
だが、キーボードを叩いてシステムを読み込んだコンピュータのモニターに表示されたのは、
まるで見たことのないロジックで書かれた命令文だった。
 クソ…拳銃で撃ち抜くか?いや、中に誰かいれば、それこそ扉を開けた瞬間に撃ち殺される。
確実に無線機を取り付けるには、ここを大人しく開けてこっちが先手を取れるような突入の仕方をしなければならない。
「貴様!そこで何をしている!?」
不意に誰かが怒鳴った。見ると、一人の兵士が小銃をこちらに向けてたっていたっていた。
―――しまった、モニターに気をとられ過ぎて気づかなかった…まずいぞ…
「本部からの命令で、侵入者に備えてシステムのチェックをしろと…」
俺は、そう適当な言い訳をする。しかし兵士は、疑いの眼差しを変えることなく
「本部だと?誰の命令だ?!システムチェックならこんな場所ではなく、それこそ本部やサーバールームで行うべきだろう!?」
と詰問してくる。
確かに、言う通りだ。機械それぞれの調子を確認するならいざ知らず、
システムのチェックなんて、我ながら自分の嘘の浅さにあきれる。
 だが…今のままでは、どうにもならない…せめて考える時間を確保しないと…!
「急ぎなんだ、終わったら全部説明してやる…あと3分待ってくれ」
俺は、兵士を「まるで気にも止めない」という風にあしらってモニターに目を戻す。
しかし、いくら見たところで、理解出きるような代物ではない…
こいつに手を出すのは後回しで、なんとかこの兵士を排除する方法を考えなければ。
300:
 幸い兵士は確信が持てないのか銃を構えたまま固まっている。仕掛けるなら今しかない…!
俺はそう思って、一旦、認証装置のシステムを閉じ、研究所内の管理システムをチェックする。
しめた!こっちは基地のシステムと同じロジックだ!
 俺はシステムから、警報装置のコマンドを探し、地下6階にある火災警報装置を作動させた。
とたんに、近くにあった赤色灯が光出す。
「お、おい!貴様、何をした!?」
兵士が小銃を突きつけてきた。
「俺じゃない!地下6階で火災警報だ…!」
俺は動揺したフリをしながらさらにキーボードを叩く。監視カメラの映像はどこだ…?
…あった、このデータリンクだ!俺はその中から、地下4階の映像を出した。
そこには辺りの様子を伺っているアヤさんの様子が映し出されている。俺はその映像の配信元を地下6階に書き換えた。
「こいつだ!地下6階、中央通路!」
俺はわざとらしくならないよう、兵士にコンピュータのモニターを見せつける。兵士はさらに戸惑った表情を見せた。
俺はその兵士の様子を見て畳み掛けるように
「説明はお預けだ!こいつを排除しに行くぞ!」
とパネルから接続用のケーブルを引き抜いて兵士に詰め寄った。
兵士の顔は、微かな迷いを見せてから 、すぐに何かを決心した表情に変わった。
「よ、よし、緊急用のエレベーターを使うぞ…!」
「あぁ、行くぞ!」
俺が相づちを打つと、兵士は身を翻した。すまない、あんた悪い人間じゃなさそうなんだがな…
俺はポーチからスタンガンを取り出して、その背中に押し付けた。
一瞬、全身を硬直させた兵士は、次の瞬間には脱力して床に崩れ落ちた。
301:
…よし、排除は出来たが…問題はこのパネルだ…アヤさんもハンナも、もう目的の場所に着いているかもしれない…
猶予は、ない。何か、方法は…?
 そう考えたとき、ふと、倒れた兵士が目に入った。こいつに、ここへの入室権限があれば…
俺は兵士の体を引っ張って、パネルの前まで運ぶと、片手にスタングレネードを構えて、兵士の腕を伸ばし、
パネルにその手を押し付けた。
 ピッという音とともに、パネルに「unlock」という文字が表示された。
―――開く…!
 エアモーターの音がして、扉がスイッと開いた。俺はスタングレネードを投げ込んで小銃を構えて耳を塞ぐ。
轟音とともに閃光が走った。俺はすぐさま銃を構えて内部に突入する。
中には巨大なコンピュータが何台か並んでいて、複数のモニターも輝いていた。どうやら情報処理を行うための部屋のようだった。
床には、白衣を着た科学者風の男が3人と、軍服に銃を持った兵士が2人倒れていた。他に人の姿はない。
 俺は煙の立ち込める部屋を横切り、コンピュータの配線を確認する。
そのケーブルを辿って行った先に、通信用のルータを見つけた。
俺はルータからケーブルを引き抜き、無線モジュールに差し込んでから、無線機から伸びるケーブルをルータへと接続させた。
よし、これで無線が生きた…!
「おい、どうした?!」
表で、声がした。廊下に転がして置いた兵士が見つかったのか!?さっきのスタングレネードの音を聞き付けられたんだ!
どうする…こんな部屋じゃ、隠れるところもないぞ…!?
あたりを見渡したところで、目に入るのは散乱した書類と椅子に 、倒れた科学者と兵士のみ…
―――イチかバチか、だ。
俺はとっさに床に倒れこんだ。すぐに部屋の中へ数人の兵士が駆け込んで来た。
そのうちの一人が、俺の傍らにやって来てグイッと俺を抱き起こす。
「大丈夫か?何があった!?」
「侵入者だ…何かのデータを抜き取られた…奴は、地上階へ…逃げる気だ」
「よし、分かった!すぐに医務室へ運ばせる!」
「いや、自分で行ける…他のやつを頼む」
俺はそう告げて立ち上がると、よたよた歩きながら部屋を抜けた。エレベーターに向かうか…それとも、非常階段か…?
そう言えば、さっきの兵士が、非常用のエレベーターがどうとかって言ってたな…そいつを探しておくか…?
俺はそう思いながら、アヤさんへ、無線モジュールの設置が完了したことを伝えようと無線機を手にした。
「アヤさん、アヤさん!無線の中継、完了です!」
302:
 手りゅう弾を投げるよりも早く、アタシは、自分たちが撃ちぬかれるイメージを、見た。
あぁ、ダメかって、思ったら、その時には、手りゅう弾の撃鉄バーを握ったまんま、レナと抱き合っていた。
 銃声が止んだ。キンキンと、薬莢の落ちる金属音が聞こえる。終わりか…あれ、撃たれたんじゃないのかよ?
 アタシは恐る恐る顔を上げた。
見ると、入り口に集まっていたティターンズの連中は、体を穴だらけにして、血の海の中でのたうちまわっていた。
 なんだよ…何があった?
 体が、震えて、腰が抜けちまって、アタシは、レナと一緒に、床に座り込んだ。
呆然としていたら、何かが目の前に降ってきた。と、思ったら、それは
「おっと」
と声を上げて、しりもちをついた。人…なのか…いや、待て…
「た、隊長か?」
アタシは思わず声を上げていた。
「ふぅ、やれやれ、やっと明るいところに出た」
むっくりと起き上がって、こっちをみた、その顔は、やっぱり、隊長だ!
「あぁ?なんだ、いたのか、お前ら」
知ってるクセに!そう言ってやる前に隊長はニヤっと笑った。真っ黒な服に、肩には自動小銃。
そして、腕には…見慣れたチビを、抱えている…
「た、隊長、それ…」
レナが、声を上げる。そうだ…それ、その子…
 隊長は、何も言わずに、その子を床に降ろして、ガシガシっと頭を撫でた。それから
「ほれ」
と、彼女の背中を押す。女の子は、すこし戸惑いながら、アタシ達の目の前までやってきて
「あの…は、はじめまして、ママ、お母さん…レベッカです…」
なんて、震えた、緊張した声で言ってきた。
303:
 レベッカ…あんたが、そうなんだな。アタシとレナの…ロビンの…もう一人の、家族なんだな…!
急に、胸にキリキリした想いがこみ上がってきて、涙がこぼれた。
アタシは思わず、手りゅう弾を持った腕で、レベッカを抱き寄せた。レナも、彼女に腕を回して抱きしめる。
レナも、泣いていた。なんでだろうな…初めて会ったはずなのに…なんだかすげえ懐かしい感じがするよ…
会ったことないはずなのに、ずっとずっと探してたような気がするよ…
レベッカ…あんた、アタシ達を、ママって、母さんって、そう呼んだな…
あんたも、アタシ達のこと、待っててくれたのかよ?待たせてごめんな…気が付かなくって、ごめんな…
会いたかった…会いたかったよ…
 レベッカの背中にまわした手で握っていた手りゅう弾を隊長がそっと引き取ってくれる。
アタシは、その手で、レベッカの頭を撫でてやった。
ロビンにするみたいに、レナにするみたいに、何度も、何度も撫でてやった。
レベッカは、アタシとレナの胸元にしっかりとしがみついている。
 「隊長…どうして…」
レナが顔を上げて隊長に聞いた。隊長はバツが悪そうな顔をしながら、
「なに…フレートを逃がすために起こした爆発の混乱に乗じて、研究所の中には入れたんだがな…
 なにぶん、ダリルじゃねえんで、端末いじって情報取るのに苦労しちまってよ。
 とりあえず、この部屋と、そのレベッカって子の位置だけは把握できたんでな。
 お前らが騒ぎを起こしてくれんのを待ってたってわけだ、アヤ。
 レベッカは抱いて連れ回すのは簡単だったが、先にレナさんを助けちまうと、
 レベッカを連れに行けなくなっちまうかと思って、お前の端末にここの位置だけ表示させておいたってわけだ。
 まぁ、間に合ったんだから、勘弁してくれ」
と言った。見取り図に出た、あの赤い表示は、隊長がやってくれてたのか。それにしたって、隊長…あんた、
「ずっと隠れてたのか。このチャンスを、逃さないために…」
「あぁ、まぁな。お陰で腹ペコだ。とりあえず、レオナさん見つけてとっとズラかって飯を食わせろ。
 そいつでチャラってことにしといれやるよ」
隊長はそう言って肩をすくめる。まったく、あんたって人は…相変わらず本当にとんでもないやつだな!
 なんだか嬉しくって、泣けてきた。
―――ヤさん、アヤさん!無線の中継、完了です!>
不意に、無線機からマークの声が聞こえてきた。良かった、あいつも無事か!
304:
「マーク!良かった、無事なんだな?そっちの状況はどうだ!?」
<こっちは、隠れっぱなしです。ちょっとヤバい状況でしたがなんとかやり過ごして、
 今のトコ、目をつけられてはないと思います>
「よし、地下5階へ降りて来てくれ。ダリル、おいダリル、聞こえるか?」
―――ザッ…アヤ!よし、無線戻ったな?おい、無事か?!>
ダリルの声も聞こえた。
「ダリル、レナとレベッカを確保。これからレオナを救出に行く。脱出ルートのナビの準備を頼む!」
<よくやった!任せておけ、最短でそこから抜け出させてやる!>
「頼んだ!」
アタシはそう告げてそれから隊長にレナとレベッカを預けて、すでに死体になっていた警備兵たちをまたいで、部屋の外に出た。
「ハンナ、応答できるか?!」
無線に呼びかける…しかし、反応は、ない。レオナの感じ…どこだ?!さっきは確かに感じられた…
まだいけるはずだ。再び感覚を研ぎ澄ます。いる…すぐそばだ。
「隊長!安全なところで待っててくれ!レオナ達と合流してくる!」
アタシがそう言って駆け出そうとした瞬間、どこかで銃声だした。
 ハンナ!?アタシは自動小銃を構えて廊下を走る。さっきの二の舞はごめんだ。今度敵にあったら、迷わず発砲してやる。
そう思って廊下の角を曲がったら、そこには、二人の銃を抱えたティターンズの死体があった。
アタシは大きく深呼吸をして銃を構えて、そっと、さらにその先の角の向こうを覗く。
そこには、私服の女性とその女性に肩を借りながらヒョコヒョコと歩いているティターンズの軍服を来た人間の姿があった。
「ハンナ!レオナ!」
アタシは大声で二人を呼んだ。
「アヤさん!」
ハンナは振り返ってアタシに負けないくらいを返して来た。アタシは二人に駆け寄る…
が、ハンナの脚から、大量の出血があった。
「撃たれたのか!?」
「はい…脚を出してから、銃出すのが遅れちゃって、脚だけ狙い撃ちで」
ハンナは、そんな状況じゃないっていうのに、へへへと恥ずかしそうに笑った。
すでに膝の上に包帯がきつく巻いてあって、止血は施されている。
「レオナ、レベッカは隊長が確保した」
「そうですか…良かった!」
アタシが報告するなり、レオナは涙目になった。
305:
<マークです、地下5階に到着>
「了解!ダリル!ルートはどうなってる!?」
<…よし、地下4階まであがれ。そこに、研究資材搬入用の出入り口と機材昇降用のエレベータの乗り口がある。
 そこまで言ったら、再度連絡をくれ。その先の状況を確認しておく>
「了解。マーク、その場で敵を警戒してくれ。2分でそっちに行く」
<はい!>
返事を聞いてから、アタシはハンナの顔を見た。
「あんた、行けるか?」
「うん、これくらい、なんともない!レオナ、ごめん、そこまで肩は貸しておいて」
「ええ、任せて」
二人はそう言い合って笑っている。
 そうこうしているうちに、レナとレベッカを抱えてくれていた隊長が到着した。
それを確認して、アタシは小銃を構えて戦闘に躍り出た。そのまま、クリアリングを注意深く行いながら、非常階段を目指す。
階段に入るドアを見つけた。拳銃を引っこ抜いて、そっと中に入ると、そこにはマークがいた。
 「よかった、みんな無事で!」
マークは本当に嬉しそうに言う。
 再会を喜んでいるマークとハンナとレオナをよそに、アタシは見取り図で資材の搬入口と言うのを探す。
あった、非常階段のすぐ脇だ。地上まで伸びて行っているらせん状の車道と、
それから、資材用の巨大なエレベータが用意されている。このエレベータを使わせてもらうとしようか。
 「マーク、最後尾を任せた。アタシが先頭を行く!」
「了解です」
マークとそう確認し合って、アタシは銃を構えて階段を駆け上がった。地下4階へ出る扉の前に立って、隊長達の到着を待つ。
レナを支え、レベッカを抱いた隊長と、ハンナに肩を貸すレオナに、マークがほどなくして到着する。
 アタシは、そいつを確かめてから、すっと息をすって、扉を開けた。真っ白の廊下に、人の姿はない。
扉から出て、数メートルのところに、これまでのキーパッドや認証用のオパネルの付いたのとは違う、両開きの大きな扉がある。
パネルを壊して人力で開けるのは骨が折れそうだ。
「ダリル、搬入口前に着いたが、デカい扉があって進めない。こいつを開けてくれ」
<了解だ。少し待て…あった、こいつか>
すぐにダリルのそう言う声がしたかと思ったら、扉がプシュッと音を立ててゆっくりと左右に開き始めた。
アタシは、隊長に待つよう合図してから単身扉の中に飛び込んだ。警備らしい兵士が、3人。こっちを見て、いぶかしげにしている。
―――悪い、急いでるんだ。
 アタシは迷わずに、小銃の引き金を引いた。単発で、1、2、3!
一人目は肩、二人目にも、同じ位置。最後の一人には、少し焦ってしまったせいで、胸に致命弾をくらわせてしまった。
アタシは肩を撃ちぬいた二人に駆け寄って、スタンガンを押し当てて意識を奪う。
「制圧完了」
無線にそう呼びかけると、隊長達が部屋に入ってくる。
「ダリル、搬入口に入った。扉のシールと、先の指示、頼む」
<よし…エレベータに乗れ。そいつは、真上に昇る他に、水平移動して、研究所端の車輌庫にも出られる。
 そこへ回す。車輌庫の人払いはしておくから、安心しろ>
「頼んだ!」
背後の扉が閉まり、エレベータの到着ランプが灯った。乗り込んで、ダリルに無線を入れると同時に、エレベータは動き出す。
306:
 地上に近づくにつれ、轟音と震動が伝わってき始める。マライアのやつ、まだ暴れてるのか…ホントにすごいやつだ。
アタシは無線のチャンネルを切り替えた。
<ふっふー!10機目!>
<マライア大尉!油断は危険だ!>
<大丈夫!油断っていうより、気合入れだから、これ!>
<ユニコーン、敵機確認。援護します>
<スネーク、君は無理をするな>
<そいつは私が請け負いましょう。二人は、マライア大尉の援護を>
<了解です、ウルフ。頼みます!>
 途端に、激しい無線のやり取りが聞こえだした。なんだ、味方の数が増えてる?増援、なのか?
マライアのことを知ってるってことは、ティターンズから抜けてきた連中か、カラバ?
「マライア、こっちは無事だ。レナ達を確保して脱出してる!」
アタシはとにかく無線に怒鳴った。すると、明るい声色で
<アーヤさーん!無事で良かった!援護するから、逃げて!>
とまるで危機感のない様子で言ってきた。でも、それからすぐに
<ユニコーン、あたし、そろそろ行かなきゃいけないから、あなた達も撤退を!>
と他の機体に指示を出し始める。
<大尉、いったいどうする気だ!?>
<ごめん、あたし、行かなきゃいけないんだ!アウドムラの彼には伝えといて!>
<帰るべきところを、見つけた、と言う感じですな>
<見つけたんじゃなくて、帰ってきたんだよ、長い旅から!そこに居たいんだ、あたし!>
<…了解した。止める言葉を持たないな…ハヤトには伝えておく>
<お願いね!>
なんだ、身内みたいだな…やっぱりカラバか?
 ガクン、と言う衝撃があって、エレベータが止った。扉が開いた先には、無数の装甲車が収納してある倉庫だった。
「あれが良い、乗り込め!」
隊長が、一番出口に近い位置に止めてあった装甲車を指差して言った。アタシが先行して装甲車を確保する。
倉庫の中に、敵の姿はない。ダリル、どんな手を使ったのか知らないが、ありがたいよ!
 全員が装甲車に乗り込んだ。隊長が運転席に、アタシは天井の機銃を発射するためのコントロール席へと座った。
 装甲車が走り出す。目の前にあったシャッターを突き破って、外に出た。真っ青な青空。地上だ…地上に、抜けたぞ!
 アタシは内心の興奮を抑えられなくて、空を見上げた。
 そこには、ティターンズのモビルスーツに、研究所のモビルアーマーを一切寄せ付けない、モビルスーツの姿があった。
それも、全部同じ型。ガンダムタイプだって、ハンナは言ってた。それが、4機も…!
マライアのグレーの機体の他に、白い奴と、赤いのと、黄色い機体がいる…
どれも、マライアと同じか…イヤ、それ以上の機動をしている。なんなんだ、あいつら!?マライア以上に、普通じゃないぞ!?
307:
「マライアか!?装甲車で脱出した!援護しやがれ!」
隊長が怒鳴った。
<わ!隊長!久しぶり!待ってね…あ、いた!マーキング完了!
 ユニコーン、あたしはあれについて援護しながら逃げるから、そっちも適当に引き上げて!>
<了解、無事を祈ってる!>
<うん!ありがと!もしなにか困ったら、連絡頂戴ね!>
その会話を聞いていたら、すぐにマライア機が真上に来た。アタシらの上空を旋回している。直掩についた。
 それから爆発音と衝撃、銃声と、発射音が鳴り響く中を、装甲車は走った。研究所の敷地を抜け、市街地へと入る。
約束していた場所で、フレート達と合流して、車を乗り換え、サンフランシスコを目指す。追手はない。
後方で戦闘を行っていたあの3機のモビルスーツはいつの間にか姿を消していた。
幾筋もの黒煙だけが、もうもうと立ち昇っている。
<アヤさん、あたし、この機体、アナハイム社の工場に返してくるから、旧軍工廠で落ち合おうね>
マライアもそう言って、機体をひるがえし、どこかへ飛び去って行った。
 それからしばらく走って、コンクリートで覆われた旧軍工廠へと続くトンネルの入り口に出た。
車輌用のシャッターを爆破して、その中へと進む。
 真っ暗なトンネルを抜けた先には、地下工場があって、そこから、古いエレベータを作動させて地上に出たら、
そこには、ミノフスキーエンジンを積んだ大型の戦闘輸送機が、寂れた格納庫の中にひっそりとたたずんでいた。
「あぁ、やっと来たね」
声がしたので、あたりを見回したら、その機体の陰から、ブロンドの長身の女性が姿を現した。
「ユージェニーさん!」
アタシは声を上げた。隊長の妻で、もう何年も会ってなかった、アタシの性根を叩き直して、身も心も鍛えてくれた先生だ。
「あんなとこから、全員無事で、良くもまぁ生きて帰ってきたもんだ」
ユージェニーさんは、アタシらを見てそう言い、笑った。
 アタシ達はそれから、その機体の中にあるコンテナ内に作られた簡易の座席に乗り込んだ。
どこからやってきたのか、マライアもルーカスと一緒に姿を現して、乗り込んでくる。
ユージェニーさんの操縦で、機体は地面を離れた。
 アタシは、レナの体を抱いて、席に座っていた。
レナはこんなだし、ハンナは負傷。話に聞いたら、マークはそもそも脚に怪我をしていたらしい。
マライアは、明るかったけど、疲労困憊って感じだし、隊長もため息をついて、元気がない。まぁ、隊長はただの腹減りか。
そうは言っても、みんなボロボロだ。レナを助けるために、力を貸してくれて…
こんな飛行機や車に、突入のための機材や武器をそろえてくれて…
アタシ、こいつらになんて礼を言ったらいいんだろう、どうやって感謝したらいいんだろう。
 なんとなくそんなことを考えていた。でも、いくら考えたって、頭に浮かんでくるのは、助けてくれたことの感謝より、
「アタシと出会ってくれてありがとう」って、そんな言葉だった。
 ははは、なんか笑っちゃうよな。そんなこと、これまでだって、何度も何度も感じて来たってのに、さ。
アタシは、あんた達に出会えてよかった。あんた達の仲間に入れてもらえて、「家族」になれて本当に、本当に良かった…
ありがとうな、ありがとう…みんな…。
 そんなアタシの想いを見透かしたのか、レナが見上げてきて、ベコベコの顔で、にこっと笑った。あんたは、また、別口だ。
特別の中でも、特別!そう言ってやろうと思ったけど、さすがにやめた。
こんなにたくさんの中でそれを口にできるほど、アタシの照れ屋は治ってない。
308:
代わりに、ポケットからPDAを取り出してモニタに表示させた番号にコールした。
<アヤ?>
すぐに電話口からカレンの声が聞こえた。
「あぁ、カレン」
<無事なの?>
心配げな、カレンの声が聞こえる。
「うん。みんな無事だ。今、南米に向かってる。パナマのトクメン空港」
アタシが言うと、カレンは
<そうか…>
と静かに返事をした。その声が微かに震えたのをアタシは感じた。
<なら、総出で出迎えに行ってあげるよ…楽しみにしてなよね>
「あぁ、うん…」
なんだか、カレンの言葉が、暖かくて心地良い。
<なら、またそのときにね>
「あぁ、カレン」
<なに?>
「ありがとうな」
<あぁ、うん>
カレンの、優しい返事が、PDAのスピーカー越しに聞こえてきた。
電話を切ってから、ふうと、ため息が出た。疲れたな、さすがに。
早く帰って、シャワーを浴びて、バーボンあおってベッドに入りたい…
レナを抱いてさ、で、となりのベッドには、ロビンに、今夜からは、レベッカも寝るのかな?
さ、レナ、帰ろう。アタシ達の家に…そう思って見下ろしたレナは、
メコメコの顔してるくせに、相変わらずかわいい顔して、アタシに笑いかけてくれた。
312:
乙!
息をするのも忘れるくらいの展開だったな。面白かった!
コードネーム:ユニコーンはやっぱりあの男か!
余談だけど、福井晴敏がユニコーンエンブレムがあの男の象徴だって事を知らなかったって話、信じる?
313:
>>312
感謝!
ユニコーン、スネーク、ウルフは、
「Zガンダムグリーンダイバーズ」「GUNDAM EVOLVE」に登場するパイロットたちです。
いずれもZ3号機に乗っています。ユニコーンはアムロ、スネークはユウリ・アジッサ、ウルフはシン・マツナガです。
ちなみに、ユウリの乗る赤いZに乗るはずだったパイロットがジョニー・ライデンであるってのは、
マーク編でチラっと触れてます。
余談についてですが、福井という人をまず知らなかったwwwwww
今夜には、最終パート投下予定。
間に合えばww
315:
「ぷはぁー!これ最高!最高だよ!」
温かいお湯が身に染みる。お酒がグルグルと勢い良く体を駆け巡って、なんとも幸せな心地になる。
あぁ、これ最高!アヤさんてば、ホント、こういうの作っちゃうところがすごいよなぁ。
あればいいなぁとは思うとしても、実際作ろうだなんて、そうそう考えないもん。
 あたし達は、アヤさんのペンションの庭に作られた露天風呂に使っていた。
それほど広いってわけでもないけど、竹か何かで作られた囲いから見える星空が格別にきれいに見える。
お酒もおいしいし、疲れた体には、こういうのが一番だよね、やっぱり。
「そうですねぇ、外で入るお風呂がこんなに気持ち良いなんて、思ってもみませんでした」
レオナがしみじみそう言っている。ホントだよね!
「たははは!マライア、あんたはホントに、大物になっちまったみたいだね」
「そんなことないよ!あたしはあたし!永遠の甘ったれ曹長です、カレン少尉!」
カレンさんがそう言ってきたので、謙遜しておいた。そりゃぁ、あたしだって死線をいくつか乗り越えて来たけどさ…
やっぱり、アヤさんもカレンさんも大好きだもん。そこだけは、何があったって、変わらないんだ。
どんなに偉くなったって、どんなに強くなったって、あたしはみんなと一緒に居て、
こうやって昔と変わらずに笑っていられることが、何よりうれしい。うん、そのために、ずっと頑張ってきたんだからね。
「いいなぁ、私も入りたい…」
脚を撃たれて、島に着いてからすぐに治療に行ったハンナが、部屋着のままお風呂の脇の大きな岩に腰掛けてつぶやいている。
マークと一緒で、あたしがこんなだって分かってからのハンナの慕い方がなんだかくすぐったいくらいにカワイイ。
あたしも、アヤさん達にこう思われてるのかな?だとしたら、うれしいな…
あたしも、アヤさんみたいに、ハンナもマークも大事にしてあげないとな。
「ハンナはケガ治してからね!あ、お酒なくなっちゃった。お代わり!」
「はいはい」
「ふふふ、くるしゅうないぞ、ハンナ少尉!」
うん、こんな感じにも乗ってくれるハンナは、やっぱりカワイイ。
あたしがアヤさん達の妹分なら、ハンナはあたしの妹だね。
316:
 あのあと、空港に着いたあたし達を迎えてくれたのはカレンさんだけだった。
みんなで、って話じゃなかったの、って聞いたら、わざわざここまで連れて来ることもないだろう?ってさ。
ちぇっ、楽しみにしてたのに。
あたし達はパナマの空港から、カレンさんの飛行機でアルバの空港へと飛んだ。
エプロンからロビーに入ったら、デリクにソフィア、アイナさんと、その夫のシローってのと、娘のキキちゃんに、
アイナさんを手引きしたっていう大きい方のキキちゃんもいた。
ハロルドさんと、妻だっていう、ちょっと怖そうなシイナさんも。
 あたし達の姿を見るなり、アイナさんが走って来て体当たりに近いくらいの勢いで
アヤさんとアヤさんが支えてるレナさんに飛び付いた。
アイナさんはレナさんの顔を見るなり、ボロボロ涙を溢して泣き出した。そんなアイナさんに向かってレナさんが
「アイナさん、無事でよかった」
なんて自分のことを棚に上げて言うもんだから、アイナさんはいっそう激しく泣き出してしまった。
 なんだか、その光景は心がポカポカして、見ているだけで、うれしい気持ちになった。
それからハロルドさんの妻のシイナさんも
「おかえり」
と言って、それから、そっと抱いていたロビンちゃんを下に降ろした。
ロビンちゃんは嬉しそうな、それでいて泣きそうな何とも言えない表情でアヤさんとレナさんのところに駆け寄って、
体をよじ登るようにしてしがみついた。
アヤさんが脇に手を入れて体を引っ張りあげて抱きしめたら、ロビンちゃんは肩に顔を埋ずめていた。
「ロビン、寂しかっただろ…ごめんな」
そう言ったアヤさんは、ロビンちゃんに頬を擦り付ける。お母さんなんだなぁ、アヤさんも、なんて思って、
ちょっとだけ、うらやましく感じた。
「ママは平気なの?」
と言うロビンちゃんにレナさんが抱っこを代わった。
最初は、アザだらけで腫れ上がったレナさんの顔を悲しげに見つめていたけど、
レナさんが昔と変わらないあの様子ではしゃいでロビンちゃんを抱き締めたら、すぐに笑顔になった。
317:
 あたし達は、それぞれアヤさんに紹介を受けて、ちょっと間そこで話をしていたけど、
カレンさんに促されて、このペンションにやってきた。マークとハンナはデリクがすぐに病院に連れて行った。
それから少し遅れて、レナさんも、アヤさんとロビンちゃんで病院へ向かった。
レナさんは、見かけはひどいけど、レントゲン検査なんかをして、命に別状はないってことだった。
撃たれた二人も、傷口はきれいで、治りも早いだろうって言われてすぐに帰ってきた。
 ティターンズの件が収まるまでは、あたしとレオナとハンナにマークは、ここで厄介になっておいた方がいいんだろうな。
隊長達は、明日にでもそれぞれの場所に帰るんだ、と言っていた。
ちょっと寂しいけど、でも、またすぐにみんなで集まろうって、そう約束してくれた。
「良いですねぇ、これ。何時間でも入ってられそうです…」
「レオナはお風呂好きだもんね」
レオナとハンナがそう言って笑い合っている。
話に聞いたら、レオナがケガをしてないのは、レナさんが守ったから、なんだと言ってた。
レナさんは、そんなことないよ、なんて言ってたけど、レナさんが相手にそう仕向けたんだろう。
捕虜になって、拷問されてまでレオナを守ろうとするなんて、たぶんあたしにもできない。
あたしだったら、我慢できなくて相手を挑発しまくって殺されてるだろうな。
やっぱり、アヤさんを尻に敷いているだけあってレナさんはそう言うところは別格だ。
「そういや、あんた良かったの?レベッカちゃんと一緒にいなくて?」
「良いんです、今日はきっと、アヤさん達と一緒に居たいでしょうし…
 それに、もう焦らなくたって、きっと時間はいっぱいありますから…」
カレンさんとレオナが話している。レベッカちゃんは、レオナの子でもあるんだよね…複雑そうだけど…
でも、レオナはあんまり気にしていないようだった。
「まぁ、そうかもね。ここいら中米は、ルオ商会に、ビスト財団とか、いろんなところの利権も絡んでるから、
 連邦も好き勝手に手出しできないし、タイミングが良かったよね。
 あの、ダカールの演説がもうちょい遅かったら、まだ追われる身だったかもしれないしさ」
カレンさんがしみじみ言った。ティターンズも、地球圏での活動はそろそろ難しいだろうな。
活動拠点のグリプスに集結している、なんて情報が入ってたし、たぶん、宇宙での総力戦になるんだろう。
確かに、カレンさんの言うとおり、タイミングが良かった。
あたしも、あのまま基地に居たら、それこそ宇宙へ上がっちゃってたかもしれないからね。
姿をくらますこととか、そう言うのもろもろ考えたら、これ以上ないってくらいのちょうどよさだった。
318:
「おーう、やってるな!」
声がしたので、振り返ったら、アヤさんが、レナさんと一緒にお風呂場に入ってくるところだった。
「あ!アーヤさーん!」
「レナ、あんた大丈夫なの?」
「うん、医者は平気だってさ。でも、痛くなるかもしれないから、ちょっとだけ、ね」
「レナさんも飲む?」
「あぁ、遠慮しとく。口の中の切れてるの、あと2,3日は治らないと思うし」
あたしはお酒を勧めたけど、断られてしまった。残念、レナさんとお酒飲んだことないから、一緒に楽しみたかったのに。
「あのチューブ食ばっかりってのは、気が滅入りますね…」
レオナがしみじみと言っている。確かに、あれはマズイからね…
「ロビンちゃんと、レベッカは?」
「あぁ、寝てるよ。ソフィアとシイナさんがついててくれるっていうからさ、すこし休めって、言われちまったよ」
アヤさんはそんなことを言いながら、桶で自分とレナさんにお湯をザバッとかけてから湯船に突っ込んできた。
「くはー!身に染みるなぁ!」
「アヤ、おじさんみたい」
アヤさんの言葉に、レナさんがそう言って笑う。もう、本当に夫婦なんだよなぁ、二人は…
いや、夫婦っていうのも、なんかちょっと違うのかもしれないけど。
「あ?いいだろ!気持ち良いもんは気持ち良いんだ!あ、マライア、アタシにもくれよ」
アヤさんがあたしの持っていたグラスを奪い取って一気に飲み干した。あっ、もう…せっかくハンナに入れてもらったのに…
いいですよーだ。新しいグラス出すから…
あたしは、ふくれっ面をみせてやってから、ハンナに別のグラスを取ってもらって、お酒をあおって一息ついた。
「はぁ、それにしても、良い夜ですなぁ」
「あはは、マライアさんも、アヤさんに似てる」
「ホント!?それは褒め言葉と思って受け取るよ!」
「こんなのに似て、どこが嬉しいんだかね」
「おぉ?なんだ、カレン、久々にやるか?」
「良いよ?受けてたってあげるわよ?」
「あーはいはい、慣れてない子達いるんだから、そのおふざけは今日はやめてね」
アヤさんとカレンさんが、いつもの、を始めそうになったので、レナさんが止めた。
なんだ、久しぶりだから見てみたかったのに…
まぁ、でも、ハンナやレオナには、ちょっとびっくりしちゃうようなやり取りになっちゃうだろうしね…
「お、なにレナ?ヤキモチ?」
そんなレナさんの言葉を聞いたカレンさんが、そう言ってレナさんを冷やかす。
あ、そう言うパターンもあるんだ?これは乗っておかないと!
「もう!ラブラブこそどっか余所でやってくださいよ!」
あたしもそう言って野次ってやる。
「ちっ、違うって!違うの!」
「あんたら、やめろよ!」
そしたら、レナさんどころか、アヤさんまで顔を真っ赤にして怒ったから、可笑しくて笑ってしまった。
319:
「ふぅ」
「気持ち良い…」
「お酒がおいしいなぁ」
「まったくだ」
「飲みすぎないでよ?アヤを部屋に運ぶの、大変なんだから」
「いいなぁ、私も入りたい…」
「…なぁ」
なんて、みんなでとりとめのない話をしていたら、急にアヤさんがそう言って、あたし達の顔を見た。
「ん?」
「なに、アヤさん?」
あたしとカレンさんが先を促すと、アヤさんは改まった様子で
「あんた達、みんな、ありがとうな」
としみじみと言ってきた。
「なんだよ、急に」
「いやさ…助けてもらったこともそうなんだけど…それよりも、さ。こんなアタシらと一緒に居てくれて、本当に嬉しいんだ!
 つらいのも、大変なことも手伝ってくれて、こうやって酒飲んだりバカやったりするのも一緒にやってくれるのがさ、
 楽しくて、うれしくて、幸せなんだ。アタシは、あんた達に出会えて、良かった」
「うん、私もそう思う…みんながいてくれて、ホントに嬉しい。カレンや、マライアちゃんや、シロー達も、
 シイナさん達も、ハンナにレオナに…みんなが居てくれるのが、ホントに幸せだよ。みんな、ありがとうね」
アヤさん…レナさん…
あたしは、胸がきゅっとなった。だって、8年間もずっと、そのために、頑張ってきたんだ。
別に、ありがとうを言ってほしかったわけじゃない。
アヤさん達の仲間として、そばに居たくて、守ったり、守られたりしたいって思って、ずっとずっと、戦ってきた。
だから、こうして、一緒に居てくれて嬉しいって言われるのは、あたしにとって…あたしにとって、何にも代えがたい言葉だった。
アヤさんが守ってくれたから、そばに居たいと思った。そのためには、アヤさんを助けられるくらいにならないといけなかった。
だって、あのままじゃ、あたしのせいでアヤさんやみんなを危ない目に合わせたり、迷惑をかけてしまいそうだったから…
 あたしは、ソフィアと無事にあそこから逃げ出して、アフリカから連邦に戻っても、ずっとそのことばかり考えていた。
自分が許せなかった。そんな時に、宇宙艦隊再編の動きを聞いて、その中に飛び込もうと思った。
その勇気をくれたのも、アヤさんだった。しっかりしろ、ってそう言ってくれた。
 今のあたしがあるのは、アヤさんのお陰なんだよ。だから、お礼なんていらないよ、アヤさん。
アヤさんが優しくて、それでいて強かったから、あたしを育ててくれたから、
あたしは、アヤさん役に立てるようになりたかっただけなんだ、そう言う存在として、そばに居たかっただけなんだ。
 そして、それを嬉しいって言ってくれる…だから、それはあたしにとっても、とても嬉しいことなんだ!
320:
「何をいまさら言ってんのさ。感謝なんて、こっちがしたいくらいだよ」
「え?」
あたしは、何かを言ってあげたかったけど、その前にカレンさんが、そう口を開いた。
「あたしらはみんな、あんた達にそれ以上を貰ってんのさ。
 アヤが太陽みたいにあたしらを照らしてくれて、レナが海みたいに包んでくれてさ。
 そう言うのが嬉しいから、みんなあんたらのそばに集まってるんだよね。
 あたしらが興味本位で集まったんじゃない、あんたらがあたしらを集めたんだよ。
 だから、気にすることなんてないさ。あたしらは、あんた達のお陰で、あんた達以上に幸せだよ、たぶんね」
あぁ、言いたかったこと、全部言われた…なんかちょっと、肩透かし食らった気分だった。
なによ、もう!二人はケンカしてればいいでしょ!
そう言う、大事なことはあたしに言わせてよ!カレンさん!
「カレン…」
レナさんが目をウルウルさせながら、カレンさんの名を呼ぶ。
「カレン、あんた…抱きしめていいか?」
アヤさんはもう、全身から信愛の気持ちを放出しながら、そう言ってカレンさんににじり寄っている。
「やめてよ、裸のときはさすがに気持ち悪い」
「まぁ、そう言うなって!」
アヤさんがカレンさんの腕を引っ張った。待って、それは待って!
「ちょ!アヤさん!待って!あたしも褒めてほしい!あたしも幸せ!アヤさんといるの幸せ!だからもっと頭を撫でて!」
あたしは、二人の間に割って入り、そう主張した。
だってアヤさん、飛行機の中で帰ったら甘えさせてくれるって言った!ここはあたしが褒められるべきでしょ!
「だー!マライア、あんたはあとだ!」
アヤさんはそう言ってあたしを押しのける。えぇ?!ひどくない?!
「なんでよ!ズルいよ!あたし今回、一番頑張ったじゃん!カレンさんは無線でちょびちょび絡んできただけらしいじゃん!」
「あぁ!?マライアあんた、あたしに文句でもあるのわけ?」
あたしが言ったら、今度はカレンさんがそう言ってあたしの腕をつかんできた。
「な、なによ!お、おどかしたって怖くないんだからね!」
あたしは、目一杯強がって、そう言いかえしてやった…けど。
そもそもカレンさんは、アヤさんと張り合うくらい気が強くて、ケンカはどうかしらないけど、
覇気っていうか、権幕はアヤさんとも引けをとらない…正直、言ってから、しまった、と思った。
「生意気に!沈めてあげるよ!」
「そういや、シイナさんのときにはずいぶん都合よくアタシらを使ったんだったな、マライア!
 アタシもあんたを沈めといた方が良さそうだ!」
カレンさんの言葉を聞いたとたん、アヤさんも手のひらを返したようにそんなことを言いだした。
「ちょ!え?!待って、待ってよ!そんなのないよ!ひどいよ!」
あたしは声の限りに抗議した。でも、二人掛かりで両腕を抑えられてあたしの頭をお湯に沈めようとして来る。
待ってよ!これってイジメだよね!?ダメだよ!イジメダメ絶対!カッコ悪い!
321:
 叫びながらジタバタと抵抗していたら、突然何かが降ってきた。
恐ろしく冷たいそれが、あたし達の頭から降りかかってきて、思わず悲鳴を上げてしまった。
「ぎゃーー!」
「!?」
「ひぃっ!な、なに!?」
「お!やったか?!」
「こちら、爆撃班!目標に命中の模様!くりかえす、目標への直撃を成功させた模様!」
「おーし、次、第二弾、装填!」
「了解!」
「た、隊長!マズイですって!てか、ティーネイジャーじゃないんすから…40超えたおっさんが何一番はりきってんすか…」
隊長達の声だ。どうやら、柵の外から水を掛けられたらしい。
なんてしょうもないイタズラを…そう思っていたら、カレンさんがフルフルと震えながらアヤさんを見やった。
「おい、アヤ」
「あぁ。マライア、あそこのデッキブラシもってこい」
あ、これ、やばいヤツだ。
「りょ、了解。これは宣戦布告と見なして良いんですよね?」
「ア…アヤ?!」
レナさんが戸惑い気味にアヤさんを制止する。でも、レナさん、分かるでしょ?これはね、逆らったらいけないやつ。
止めても、止らないやつ。あたしはキビキビっとデッキブラシを三本持ってきて、アヤさんとカレンさんに手渡す。
アヤさんは、ベンチに積んであったバスタオルを渡してくれて、それを三人で体に巻きながら
「良いか、第二撃投擲を確認したら、一気に叩くぞ」
と指示してくる。
「ダリルはアヤに任せるよ。あたしとマライアで、隊長とフレートを叩く」
カレンさんも、だ。あたしにも任務が割り振られてしまった…これは、やるしかない…
「デリクは最後に三人で袋叩きで良い。制止する気がない奴は、同罪だ!」
「そうだな。いいか、突撃準備!」
アヤさんがそう言って柵に、もうけられたドアのカギを開けて構える。
322:
「第二弾、発射!」
「行くぞ!突撃!」
アヤさんが先頭で飛び出した。カレンさんがそのあとに続き、あたしも最後尾で柵から外に躍り出る。
こうなったら、ヤケクソだ!作戦も無視!今日、久しぶりに会って、話したときに感じたうっぷんをここで晴らしてやる!
「げ!」
「で、出た!」
「うお!デッキブラシ持ってんぞ!」
「鬼神だ!ジャブローの鬼神が出たぞ!」
「て、撤退だ!」
「デリク、すまん!」
「ちょっ!わっ!フレートさん!」
フレートさんが、逃げながらデリクを引き倒した。あぁ、囮にされたのね、デリク。
残念…でも、あたしは今日は、容赦しないからね…
 ひっくり返ったデリクの傍らにあたしは立って、怒りを込めて見下ろしながら言ってやった。
「デリク!あたしより先に…しかもソフィアと結婚なんて…!抜け駆けした罪は重いんだからね!」
「ひっ…ひぃぃ!」
デリクが本気で情けない悲鳴をあげるもんだから、噴出して笑ってしまった。
323:
「まったく、アヤってば。はしゃいじゃって」
「ごめんって。まったく、あいつら、ホントいつまでたっても子どもだよな」
私が言うと、アヤはそう言って笑った。何言ってるの、
「アヤだって、いつまで経っても子どもみたいなところあるよね」
さらに追撃したらアヤは
「え、そうかなぁ?」
なんて苦笑い。ふふ、意地悪でごめんね。
 アヤは、私を脱衣所まで送ってくれた。まだお風呂で騒ぐ、と言うので
「あんまり飲みすぎないでね」
とだけ伝えて、背伸びをして、キスをした。口の中が痛いから、軽く、ね。
そしたらアヤは代わりに私をキュッと抱きしめてくれた。
 部屋着に着替えてホールに戻ったら、お風呂に行く前のメンツがそのまま、まったりとした雰囲気で談笑していた。
「ソフィア、シイナさん、ごめんね。大丈夫だった?」
遊び疲れて寝てしまった、ロビンとレベッカを見ていてくれたソフィアたちに聞いたけど、
「あぁ、特になにも。もっとゆっくり入ってくりゃ良かったのに」
なんて、シイナさんが言ってくれた。
 ケガが痛くなると困るから、と言いながら席について、コップに冷たいお茶を入れてストローを差す。
これでなら、飲めるんだな。
「あはは、キキちゃんも寝ちゃったんだ」
「ええ。もうぐっすり」
アイナさんが、ソファに寝かせたキキちゃんの頭を撫でている。
その隣のソファでは、アイナさん達と古い仲だって言う、アイナさんの基地潜入を手引きした大きい方のキキちゃんも
すやすやと寝入っていた。
「大きいキキちゃんも、寝ちゃったんだね」
「ええ。なんだか、私のことも、皆さんのこともとても気にかけていたみたいで…安心して、疲れが来たんだと思います」
「シローも?」
「はい。彼も、数日寝てないと言ってましたし」
私が聞くと、アイナさんはそう言って笑う。
なんだか、モヤモヤソワソワして部屋の中をうろついたり、
たまらなくなって壁やテーブルを叩いたりしているシローの姿が目に浮かんできて、
失礼だな、と思いながら、でも笑えてしまった。
324:
「そうだ、シイナさん、ロビン大丈夫だった?」
「あぁ。最初の日だけは、しばらくメソメソしていたけどね。一緒に寝るようにしてやったら、それからは落ち着いたよ」
ロビンはなぜだか、1歳になるころには、シイナさんにべったりと懐いた。アヤと私の次に誰が好き?
なんて聞いたら、確実にシイナさんの名前が出てくる。
本当にどうしてか不思議なんだけど、もしかしたら、あの懐の広さみたいなのを、ロビンも感じるのかもしれない。
どんなことがあったって、部下に慕われた、部隊長なんだ。みんなのお母さんとかお姉ちゃんみたいなものなのかもしれない。
「ロビンちゃん、シイナさんに懐いてますもんね」
「シイナさんは、お子さんは作らないんですか?」
「迷ってるんだ。こんな私が、って思うところも、正直あってね」
「そうですか…」
アイナさんとソフィアがシイナさんとそんな話をしている。
「気にすることないですよ、それはそれ、これはこれ、だと思います」
「うんうん、そうそう。見たいな、ハロルドさんとシイナさんの子。きっとすっごい美形のはず!」
「あはは、あんた達ならそう言ってくれると思ったよ。まぁ、考えてみるさね」
アイナさんとソフィアに言われて、シイナさんは笑った。それからシイナさんは思い出したように
「そう言えば、アイナは大丈夫だったのかい?ケガとかそう言うのさ」
と聞いた。
「ええ、全然。マライアさんが良くしてくれて…まさか、アヤさんの元部下だったなんて、驚きましたけど」
アイナさんがそう言って笑う。
「それは私も聞いたときは驚いたよ!8年前に会ったときは泣いてばっかりで、アヤにすがってる子犬みたいな子だったのに」
「あはは、子犬、か。確かに、犬っぽいですよね、マライア」
私が言ったら、ソフィアもそう言う。
「子犬ねぇ。さっき話した印象だと、子犬ってより、従順な軍用犬、って印象だったね」
「でも、犬は犬なんですね」
シイナさんの言葉に、アイナさんがそう口をはさんだので思わずみんなで笑ってしまった。
325:
 一通り笑って、それを収めてから、私は、言おうと思っていたことを伝えるために、口を開いた。
「あのね」
「はい?」
「さっき、お風呂でアヤも言ってたんだけど…みんな、ありがとうね」
「何がだい?」
シイナさんが、キョトンとした表情で聞き返してきた。
「一緒に居てくれて。友達で、ううん、アヤ風に言えば、家族として、そばにいてくれて…
 今回のことがあっても、なかったとしても、私たちは、みんながいてくれて、すごく幸せだよ。
 だから、ありがとう…それから、これからもずっと仲良くしてね」
ホントはね、それだけじゃないんだよ。アイナさんも、ソフィアもシイナさんもね、私にとっては、同じ故郷の同じ仲間。
あの暗い宇宙からここにたどり着いた、かけがえのない人たちなんだ…
昔アイナさんが言ってくれたみたいにね、みんな、私の姉妹なんだって思ってる。
血のつながった家族を亡くした私の、家族なんだよ。辛いときに助けてくれて、楽しい時に一緒に笑ってくれる…
みんながいてくれて、私、本当に幸せなんだ…。
 気が付いたら、また、ポロポロと涙がこぼれてしまっていた。
「レナさん…」
「あははは。泣くようなことかい。私らの方が礼を言いたいくらいなんだ」
シイナさんが、ポンポンと私の肩を叩いてくれる。カレンさんと同じことを言ってくれるのが、また、うれしくて、
私はそのまましばらく、涙が止まらなかった。本当に、すぐ泣けちゃうこのクセ、かっこ悪いんだけどさ…。
326:
皆がホールから部屋に戻った。私も、ロビンとレベッカを抱いて部屋に戻っていた。
ロビンたちは隣の子ども用のダブルに寝かせて、私もゴロゴロとベッドに転がる。
しばらくそうしていたら、
「ふぅ」
とため息をつきながら、アヤが部屋に入ってきた。はしゃぎ疲れたのか、すこし、眠そうな顔だ。
「おかえり、みんなは?」
「カレンとマライアははしゃぎ足りないみたいで、まだホールで騒いでるよ。マークとハンナに、レオナは部屋に通した」
アヤはそう答えて、ベッドに腰を下ろした。
 私がすり寄って行くと、アヤはギュッと私を抱きしめて、そのままベッドに倒れ込む。私も、アヤの体にしがみつく。
アヤだ…。私の大事な、一番好きな、最愛の人。彼女の暖かいぬくもりが伝わってくる。
彼女の温度、彼女の匂い、彼女の声、彼女の瞳、彼女の心…
すべてが私を優しく、大事に、包み込んでくれているような気さえする。
なんだか、胸の奥が暖かくて、とても暖かくて、いっそう、彼女に体を密着させる。
 そしたら、アヤはクスッと微かに笑い声をあげた。
「なに?」
「ん、別に…」
私が聞いたら、知らないよ?と言わんばかりに、そっぽを向く。
「なによ?」
「いや…昔のこと、思い出してた」
さらに聞いたら、アヤは正直に白状した。昔のこと、か…
「あのときは、びっくりしたけど…でも、ほら、戦闘機の中で寝たときさ。
 アタシ、あんなに心から安心したのは、施設にいたときに、ユベール達と過ごしてたとき以来だったんだ」
アヤは私の髪に、顔をすりつけながらそう言ってくる。
「あの時のアヤのこと、私もまだしっかり覚えてるよ…戦闘機の中のことも…
 私が一番はっきり覚えてるのはね、独房に来てくれたとき。私の顔を見て、泣きそうな顔で怒ってくれたこととか、
 あれは本当に嬉しかった。それから、船の中で私を守るって言ってくれたことも」
「懐かしいな」
「うん…」
私は返事をして、目を閉じる。
 本当に、あれから長い月日が経ったな。いつの間にか、友達も、仲間も、家族もたくさん増えた。
何事もなく、ずっと一緒に居たから、こんなこと考えもしなかったけど…でも、今回のことがあって、改めて思い知らされた。
今のこの生活が、どれだけ愛おしくて、どれだけ幸せなのかってことを。また、目頭が熱くなる。
もう、どうしてこう簡単に出てきちゃうんだろう、涙って。
327:
「アヤと一緒に居られるのが、うれしい」
私はアヤに囁いた。
「アタシもだ」
アヤもそう言ってくれた。私はアヤを見上げると、アヤも私を見ていた。
「なんで泣いてんだよ」
そんなことを言ってきたアヤも、ポロポロと涙をこぼしていて、なんだかちょっと、笑ってしまった。
「アヤだって…」
そう言ってやったら、なんだか、どこかで張りつめていたものが、プツッと切れた。途端に、強い感情が湧き上がってきて、
涙になってあふれだしてくる。暗くて冷たくて、鋭い、恐怖が、アヤの温もりに溶かされてあふれ出てくる。
 私は、アヤの胸に顔をうずめた。
「…怖かった」
「うん」
いつの間にか、私は震えていた。そうだ、私は怖かった。
あのとき、あの場所で、もしかしたら殺されてしまうんじゃないかってことを、胸の内に閉じ込めていた。
それは、とてつもなく怖いことだった。自分が死んでしまうことなんかじゃない。
アヤを、アヤ達を悲しませてしまうかもしれない、それを考えるのが、とてつもなく、怖かった。
「アヤ達を残して死んじゃったら、アヤが、ロビンがどれだけ悲しむかって思ったら、すごく怖かった…」
「うん」
私が告げたら、アヤはそう返事をして、私の体にまわした腕により一層強く力を込めてくれる。
暖かい…本当に、あの時の戦闘機の中みたい…私は、そんなことを思っていた。
「…無事でいてくれて、本当に良かった…」
アヤの囁くような、うめくような、泣き声に近い、そんな言葉が聞こえた。
 私は、アヤにしがみついて泣いた。アヤも私を抱いて、私の髪を涙で濡らしながら泣いていた。
「もう、寝なきゃね」
「ああ、そうだな。隊長達に朝飯作ってやんないといけないしな」
「うん」
「海に行きたいね」
「そうだな、明日は船でも出すか。いつもの島なら、風が出てても大丈夫だし」
「ニケたちも連れて行ってあげよう?」
「あぁ、それがいいな」
「…」
「…」
「…アヤ?」
「ん?」
「暖かい」
「うん」
「安心する」
「…あぁ、アタシもだ」
「おやすみ、アヤ」
「おやすみ、レナ」
328:
 良い夜だ、か。まったく、その通りだな。
俺は、デッキに出て、マライアさんにもらったビールを片手に、空を見上げていた。
部屋に通されたけど寝る気になんて、ならなかった。この開放的な気持ちを、もっともっと味わっていたかったからだ。
 俺のしたことなんか、大したことはない。口から出まかせを言って、あの無線モジュールを繋げただけ。
敵と戦ったわけじゃない。自分の手で、レオナを取り戻したわけでもない。
でも、なんだか無性にすがすがしくて、気分が良い。あぁ、そうだ。
俺は、やったんだ。きっと初めて自分の義ってやつを貫き通した。だから、こんな気分なんだろう。
 空港でニケたちに再開したとき、あいつら、まるで幽霊を見るみたいに俺を見つめてから、こぞって飛びついてきて大変だった。
だけど、俺は、あいつらをちゃんと受け止めることができた。脚が痛かったしよろけたが、そう言う話じゃない。
もっと精神的な部分だ。ニュータイプのあいつらを、俺は、まるで弟や妹みたいに思って、再会を喜べた。
そのことが、どうしてか嬉しくてたまらなかった。
それもこれも、マライアさんが助けてくれたことと、それから、アヤさんが信じてくれたからこそ、だ。
 あのアヤさんって人は本当に不思議だ。
ニュータイプらしいけど、レオナやニケたちに感じたような壁は全くと言っていいほどなかった。
マライアさんも、レナさんもそうだったけど、それはあのアヤさんあってのことだと思う。
ニュータイプってのは、感じ取ることに優れているものだと思っていたが、
あのアヤさんは、感じ取るだけじゃなくて、まるで自分の意思や勇気を相手を選ばずに伝えることが出来る様な、
そんな感じだった。
 もしかしたら、ジョニーの話の中にあった、人を惹きつけるタイプのニュータイプなのかもしれない。
いや、おそらく惹きつけるだけじゃなくて、ある種の変革ももたらす人だ。
あの人の、強烈な「繋がろう」とする気持ちは、人と人の間のわだかまりなんて簡単に打ち壊して、
まるで古くからの友人みたいに手と手を取り合うような気持ちにさせる。
ただそれは、能力よりも人柄なのかもしれない、とも思う。話を聞けば、小さい頃からいろんな苦労をしてきたっていうし。
そう考えたら、ジョニーの言った、希望としてのニュータイプの、さきがけなのかもしれない。
 ニケたちも、あの人のように、苦労を乗り越えて、何かをつかめば、もしかしたら、
たくさんの人を幸せに出来る様な人になるのかもしれない。
 あいつらには、そう言う未来を望んでやりたい。
329:
「あー、いたいた」
ハンナの声だ。デッキから玄関の方を見やったら、ハンナとそれを支えるレオナがいて、こっちに手を振っていた。
 二人はデッキまでやってきて、俺の隣に腰を下ろす。
胸に暖かい感覚が湧いて来たのもつかの間、そう言えば、メキシコで別れるときのレオナが…
それを思い出して、ひとりでに体が固まった。待てよ…これって、あれか?修羅場なのか?
 「いやぁ、のぼせちゃったよ」
「レオナは本当にお風呂好きね」
「だってさ、研究所の中って他に自分の時間とか楽しみとかなかったし…」
「あぁ、そっか…ごめん、なんか変なこと聞いた」
「ううん、いいのいいの!明日は海に行ってみたいんだよね。アヤさんにお願いしようかなぁ」
あれ、なんか、平和な会話だな…大丈夫、なのか?
 「ははは。そうだな、頼んでみろよ。俺は大人しくここでのんびりしてるからよ」
「えぇー?マークも行こうよ」
「残念、私とマークはケガにんなので海水浴は出来ません!レオナ一人で行ってきな!」
「なにそれ、ひとり占め?ずるい!」
あれ、なんかやっぱり、おかしな方向へ行かってないか?
 「そう言えば!レオナ、あのとき、マークに無理矢理キスしたでしょ!」
「無理矢理じゃないよ!マーク、受け入れてくれたもん!」
「嘘よ!マークは私の恋人なのよ!?そんなことないよね、マーク!?」
「マーク、どうなの?!私とキスするのイヤだったの!?」
なんだよ、これ。なんなんだ、この状況?
「いや…えぇと…あのときは、その、突然で、なんていうか…」
「なに!?認めるの?!最低!離婚よ!もう離婚!」
り、離婚て、結婚すらしてないだろうに…
「ひどいよ…そんな気もないのに私を受け入れるふりをしたなんて!」
ちょ、え、レオナ?まで何言い出すんだ!?
 俺がまるで意味が分からなくて、しかも動揺していたら、二人は顔を見合わせてから俺の方を見て、
ニンマリと、ハンナのお得意のあのいたずらっぽい、したり顔でニヤついてから、さらに声を上げて笑った。
 なんだよ、くそ!ハメられた!
 俺は腹立ちまぎれに、ビールをあおる。まったく、性質の悪いぞ、お前ら!
330:
「ふぅ、あー、可笑しい」
笑いを収めたレオナがそうつぶやいてから、
「あのね」
と俺をチラッと見やってきた。
「なんだよ」
ぶっきらぼうに、不機嫌な態度を見せて聞き返してやるとレオナは少しだけ寂しそうに笑った。
「二人は、これから、どうするつもり?」
「え?」
俺よりも早く、ハンナがそう声を上げた。これからのこと…
そう言や、今日のことで精一杯で、そんなこと、考えてなかったな…チラッとハンナを見た。
ハンナも、戸惑った表情をしている。
「まだ、決めてないけど」
俺が言うとレオナは
「そっか」
と言って、話を続ける。
「レナさんがね、言ってくれたんだ。一緒にここで、ペンションをやりながら生活しないか、って。
 ほら、レベッカもいるしね…あの子は多分、アヤさんレナさんとロビンちゃんと一緒に過ごすのが良いと思うんだ。
 レナさんにも、そう言ったの。でもね、レナさんは、『あなたも、レベッカのママでしょ?』って言ってくれた。
 遺伝子は繋がってないかもしれないけど、レベッカは、私の体の中で育って、私が産んだ、私と体を分け合った、
 私の子どもでしょ、って、そう言ってくれた。だからね、私、ここに残ろうと思うんだ。レベッカの母親の一人として」
レオナは笑った。寂しそうに、笑った。
「だから、聞いたの。二人は、どうするのかな、って」
そうか、レオナ、別れを言いに来たのか…俺たちに。俺は息を飲んでしまった。そんなこと、考えていなかった。
短い間だったけど、何をしてやれたかわからないくらいの期間だったけど、基地から逃げ出してから、
一緒に時間を過ごしたレオナとは、これからもずっと一緒にどこかへ歩いて行くんだろうって、なんとなく考えていた。
 だけど、そうか。そうだよな。冷静に考えれば、そんなこと、ないんだよな…。
331:
「私は…」
ハンナが口を開いた。
「私は、ニケたちについて行こうと思ってる。あの子達には、親とか、そう言う頼るべき存在が必要だと思う。
 あの子達がこれから、カラバに引き渡されてどこで生活するかわからないけど、
 私は、あの子達が、せめて自分で生活を立てられるようになるまでは一緒に居て見守ってあげたい」
ハンナは、言った。そうか…だとしたら、俺は…俺は…
「マークは、ハンナについて行くでしょう?」
レオナが、先にそう言ってきた。そうだ、その通りだ…
「あぁ、ハンナがそう言うのなら、そうしようと思う」
「そうだよね」
レオナは、また笑顔を見せた。なぜだか、胸がキリキリと痛む。
でも、レオナは辛そうな表情で、しかし、はっきりとした口調で言った。
「お別れだね」
 その言葉は、俺の胸に、ずっしりと圧し掛かった。なんでだろうな…本当にちょっとの間しか一緒にいなかったのに…
今生の別れってわけでもないのに、どうしてこんなに気持ちが重くなるんだ…。
「マークのことが、好きだった」
―――あぁ、そうだ
「こんな私を、私たちを、助けて、それで、自分の気持ちと戦いながら、
 一生懸命に向き合ってくれようとしていたあなたに惹かれた。
 生まれてきて、初めて、普通の人の、暖かさに触れた気がした。大事に想われてるんだなって、そう感じられた」
―――分かってただろうに、俺は…また、同じことを繰り返すところだった…
レオナは、目に涙をいっぱい溜めて、それでも続ける。
「だから私も、戦えた。レナさんと一緒につかまって、レナさんの拷問を見せられても、道具だって言い捨てられても、
 私は、絶望しなかった。負けなかった。あなたが信じてくれたから。優しくしてくれたから。
 私たちのために、戦ってくれたから…」
「レオナ…」
ハンナが、彼女の肩を抱く。
「だから、お別れは、寂しいよ」
レオナ、そんなに俺のことを大事に想ってくれてたか…俺は…俺は、なんて声を掛けてやればいいんだろう…
「…別れなんかじゃない」
考えるよりも早く、俺はそう口にしていた。
332:
「マーク…」
「別れなんかじゃない…サビーノが、言っていた。お前ら、ニュータイプは、離れていても、気持ちが通じ合うんだろう?
 思念ってのが、伝わるんだろう?だったら、離れていたって、それは別れじゃない。
 ニュータイプの力はそのためにあるんだって、俺はそう思う。
 この広い地球を飛び出して、広大な宇宙へ飛び出した人類が得た、電波なんかじゃ伝わらないものを伝えるための力なんだと思う。
 俺は…いや、俺も、ハンナも、ニケ達も、いつでもレオナと繋がってる。安心しろ。
 レオナの、俺を好きっていう気持ちには答えてやれないけど…俺たちは、ずっと、レオナと心を繋げていると約束する。
 だから、別れなんかじゃない。そうだろう?」
そうだ。ニュータイプは得体の知れないものなんじゃない。
能力のない俺のような人間でも、ごくありふれて使っている感覚と同じなんだ。
誰かを思いやって、誰かと心を繋げておく、心に、誰かの存在を刻んでいくのと、何一つ変わりないじゃないか。
「マークぅ」
レオナは、泣き崩れるようにして、俺に抱き着いて来た。レオナを抱き留めて、腕を回してやる。
ハンナもレオナを後ろから抱きしめてくれた。
 大丈夫だ、レオナ。お前はもう、ずっと過ごしてきた研究所にいたみたいに一人じゃないんだ。俺たちがいる。
アヤさん達もいる。遠く離れても、その気になれば、俺を感じ取れる。
 ニュータイプってのは、この広く果てしない宇宙で、人と人が繋がっていくために生まれてきたんだ。
言葉に乗らない想いを、目に見えないしぐさを、触れることのできない温もりを感じるために芽生えた能力なんだ、きっと。
人と人が、理解し合い互いにわかり合うための、誰かが孤独にならないために、誰かを孤独にしないために、
負った傷を、癒し癒されるための力なんだ。
 ニュータイプもオールドタイプも、関係ない。
俺たちは、みんな、幸せを願って、大事な誰かとともに生きたいと願う、同じ人間に違いないんだ。
―――――――――to be continued
333:
おー!あいきゃびりーびんゆー!
かならずあえーるとー
あのひからしんじていたーきぃっとーよびあうーこころがーあればー
むげんのーえなじぃぃぃよびさまーす
あぁ〜きずつけあーうまぁーにぃ
できることぉさがーしてぇ、ぷりーず!
てなわけで、長いことご愛読、本当にありがとうございました!
アウドムラの次回作にご期待ください。
334:
最大限の乙を送るぜ!
で、次はZZですかい?
335:
おっと、いけね。
次回予告、忘れてた。
336:
 あれから、半年以上たった。
私のケガもすっかり治ったし、レベッカはここの暮らしにもなれて、いつもロビンとべったり二人でいるくらいすっかり仲良し、
レオナも、なぜか居ついているマライアちゃんも、ペンションの仕事を手伝ってくれたり、ロビン達の面倒を見たり、
アヤの船の仕事を手伝ったり、すっかりこの島での生活も板について来た。
 私たちが研究所から逃げ出してからしばらくして、ティターンズはエゥーゴとアクシズとの三つ巴の戦闘の末、壊滅した。
これで、すこしは平和になるかな、と思ったら、今度はアクシズがネオジオンって名前を掲げて、現在連邦と戦争中。
ティターンズに飼いならされた連邦軍と、ティターンズとの戦闘で多くの戦力を喪失したエゥーゴは苦戦中。
 戦略的価値のないこの辺りには戦闘は及ばないし、マライアちゃんが言うには、
地球とコロニー全域に強大な幅を利かせている財閥や経済組織と関係の深いこの辺りを襲ったり、
戦闘にさらすのはタブーになっているらしくて、戦争をしている、なんて話を聞いても、
テレビなんかで情報を取らない限りは、てんで実感がわかない。お客がちょっと減っちゃったってことくらいかな。
まぁ、正直な話、それが一番痛いところだっていうのはあるんだけど…
 「ただいまー!」
玄関から声がした。掃除を中断して、客室から一階に降りると、そこには、
レオナに連れられたロビンとレベッカが、お揃いの服にお揃いのカバンを背負ってニコニコしながら立っていた。
幼稚園から帰ってきたんだ。
「おかえり!ほら、手洗いうがいして、おやつにしよ!今日はソフィアがケーキ焼いて持ってきてくれたんだよ!」
「ケーキ!?」
「食べる!」
二人は、黄色い悲鳴を上げながら、階段を駆け上がって、自分たちの部屋へと走って行った。
「レオナ、おかえり」
「ただいま、レナさん。アヤさん達は、まだ戻ってないの?」
「あぁ、うん。もうすぐだと思うんだけどね」
私が言うと、レオナはなんだか少し、顔を曇らせた。
「どうしたの?」
私が聞くと、レオナは首をかしげて、
「分からないけど、なんか変なの。気分がさえないっていうか…イヤな感じがするっていうか…」
と歯切れの悪い返事をする。私は、特になにも感じないけど…でも、少し気になるな。
こういうのって、とりあえず対処しておいた方が、精神衛生的に良かったりするよね。
「そっか…とりあえず、私連絡してみるよ。レオナは、ケーキ、冷蔵庫に入ってるから、ロビン達に準備して一緒に食べてて。
 私も掃除が終わったらすぐ行くから」
そう言うと、レオナはすぐに顔を輝かせて
「ケーキ私のもあるんだ?!」
と、子どもみたいな顔をして喜んだ。
337:
笑顔で、レオナがホールへ入るのを見送ってから、階段を上がりつつ、PDAでアヤのナンバーにコールしてみる。
「はいよ!レナ、どうしたー?」
アヤの明るく抜けた声が聞こえた。
「今どこにいる?おやつにしようと思ったんだけど…」
私が言うと、アヤはまた飛び切りに元気な声で
「そっか!ちょうどよかった。もう着くから、アタシらのも頼むな!」
と言ってきた。うん、これなら大丈夫そうだ。レオナにも言ってあげなきゃな。
「了解!」
と返事をしてから電話を切って、階段の上から大声でレオナにアヤとマライアが帰ってくると教えてあげた。
レオナは少し安心した表情で、
「わかった。ケーキ出しておくね」
と返事をして、ホールの方へと入って行った。
 私も胸の引っ掛かりが取れたので足早に部屋まで戻って、掃除を終わらせる。
掃除機と雑巾の入ったバケツを持って、階段を下りた時に、ちょうどよくアヤとマライアが玄関から入ってきた。
「あ、おかえり!」
「ただいま、レナ!」
アヤはいつもの笑顔で私に駆け寄ってくると、いつもとおんなじように私を抱きしめて、額に口付てきた。
研究所から脱出してきた次の日から、アヤの愛情はとどまることを知らなくて、なんだかもう、
恥ずかしいなんて言っている方が恥ずかしくなってくるくらいだった。
 こうなったらもう、開き直ったほうがすがすがしいんじゃないかと思って、
最近では私も照れずにアヤの行動を素直に受け入れることにしている。
まぁ、うん…毎日やってるのに、毎回嬉しいから、別に良いんだけどさ。
338:
 と、アヤの肩越しにマライアと目があった。と、思ったら、アヤの後ろから飛んできて、
アヤが離れた直後の私に飛びついて来た。でも、私のところにたどり着く直前に、
アヤに後ろ襟をつかまれて制止され、階段の方にひょいっと追いやられてしまった。
「ひどい!あたしだってレナさんと仲良くしたい!」
「あんたの仲良くは行きすぎなんだよ!」
「アヤさん、自分にはやっても怒らないくせに!ケチ!ヤキモチ焼き!
 あたしはアヤさんみたいにイヤらしい目的でハグしたいんじゃないもん!」
「んだと!言わせておけば、マライアのクセに!」
「なによ!掛かってきなさぎゃーーーー助けて!」
アヤがマライアに立ち姿勢の関節技をかけている。まぁ、これもいつものことだ、うん。
 不意に、ガチャンと物音がした。
「なんだ?」
「ん?なにか聞こえた?」
アヤとマライアがそう言って騒ぎを収めて私を見る。確かに何か聞こえた。ホールの方からだ。
「聞こえた。ホールから」
気になって、掃除機とバケツを壁際に置いてホールへ行こうとしたらロビンがホールのドアを開けて飛び出て来た。
「ママ!レオナマーが!レオナマーちゃんが変なの!」
ロビンはそう言って慌てた様子でピョンピョンと飛び跳ねている。
―――レオナが?
 私は、さっきのレオナの様子が頭をよぎった。あれは、いつもの感覚なんかじゃなくて、
具合が悪かったとか、そう言うことだったのかもしれない…
 思わず、私はロビンの脇をすり抜けて、ホールに駆け込んだ。
でも、そこにはケーキと紅茶が用意してあるけど、誰の姿もない。
「ママ!ママ!!」
キッチンだ!
 私はホールの脇からキッチンに向かう。
 中を覗くと、そこには、レベッカとレオナがいた。
 レオナはうずくまって、頭を抱えながら、うずくまって、うわ言のように何かをつぶやいている。
レベッカはそんなレオナの顔を心配そうに覗き込みながら一生懸命にレオナを呼んでいる。
 「レベッカ、すこし離れていて」
私は、レベッカにそう言うと、レオナの脇に座って様子を見る。
 レオナはガタガタと震えていた。そして震える唇で
「だめ…れいちぇる…れい…ちぇる…」
とうめいていた。
―――レイチェル?誰のこと…?
そこまで考えて、直感的に、分かった。レオナは、何かを感じ取ってしまったんだ。なにか、とてつもない、怖いものを。
その、レイチェル、と言う人に、その、恐ろしい何かが起こったんだってことを。
339:
ほんとのこぉーとさぁ〜!
343:
乙Z
マーク人間味があって良かった 歯痒い部分もあるのがリアリティーがあっていいよな
341:
連投すまんが、どのレイチェルかが妙に気になる
344:
レイチェル・ファーガソン→08小隊外伝トリヴィアルオペレーション
レイチェル・サンド→ティターンズの旗のもとに
345:
>>344
そんなおるんか…まぁ、どちらでもない、とだけ返答しておきます。
逆にそれだけレイチェルさんいれば、多少かぶっても問題ないよね!ww
そういえば、書こうと思っていて忘れていたので、ZZ編が始まる前に書き残しておきます。
ガンダムには関係ない話で恐縮ですが、今回も隠れエスコンネタを仕込んでました。
男性登場人物につけた名前は、ルーカス以外、AC5の#9、「憎しみの始まり」でユークへ侵攻した
4つの中隊所属の面々から名前をとりました。
Ex.最初のほうに出てきてレオナ達を基地へ運んできた伍長→パワーズ
=「こちらA中隊のパワーズ伍長!上から見ても 我が中隊が最強だと分かるだろう!?」
こんな感じで。
346:

また甘々でトロトロなアヤレナさんが見られて嬉しいな
で、また「レ」かw
レナ・レオナ・レベッカ救出作戦でクスっとしたw
因数分解できそうだけど意識してやってるの?
348:
>>346
感謝!
アヤレナはこうあるべきと思って書きました!w
レナとロビン、レベッカについては、レナはL、子ども達はRで揃えたかった、という思いはあります。
347:
マーク序盤では主人公っぽいのにアヤレナとマさんに食われてて泣いたwwwwwwwwwwwwww
348:
>>347
自分も彼が結構好きなんですが…いかんせん、アヤレナマが強すぎて霞んでしまいます。
特に、アイナ救出のシーンとかw
今更だけど、マさんて、別人になっちゃうよね。
とんがり頭のMSに乗った人になっちゃうよね。
ZZ編の更新ですが、しばらく休憩をいただいて、続きは昨日買ってきた地球防衛軍4で一通り地球を守ってから…
と思っていたのですが、今さっきプレイ中にエラー吐いて、PS3が起動しなくなりました。
修復効かなかったので、深刻なシステムエラーかHDDが死んだのかと思います。
EDF以外のセーブデータも死んだだろうな…。
きっと、ZZ編早くしろという皆様の呪いか、アヤレナのニュータイプ的な力での早く書けの催促なんだろうな、と。
というわけで、仕事の合間縫って今までのペースで投下していきたいと思いますのでどうぞ、よしなにm(_ _)m
357:
一応、ZZ編のアナウンスしておきたいと思います。
投下までしばらくお待ちください。
一週間から二週間ほど掛かりそうな雰囲気です。
ZZ編は、Z編の延長なイメージで、
ファーストのマライア編的なサブの裏話展開になると思います。
スレはこのままここで書いて行きます。
そんな感じですが、どうぞよろしくです。
358:
期待して待ってる
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OL「先輩。"だんこん"の世代って何ですか?」 「”ほちん”って変換できません・・・」

俺の家族が新年迎えたってのにメシ食ってくれねぇww

30歳以上でゲームをしてる人ってどんなゲームをしていますか?

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