男「希望の色は空色」back

男「希望の色は空色」


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1:
カツン、カツン、カツン
ガラッ
男「ん?」
女「誰か、いますか?」
男「あ、はい、僕だけだけど」
女「ここは、なんのお部屋?」
男「……えっと、美術室だけど」
女「ああ、そっか、そういえば絵の具の匂いがするわ」
男「ねえ、その杖、なに?」
女「ん?」
男「あ、君、もしかして目が見えないの?」
元スレ
SS深夜VIP
男「希望の色は空色」
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2:
女「ん、見えないの」
男「ゴメン、気付かなかったな」
女「どこか、座ってもいい?」
男「あ、うん、ここどうぞ」
ガチャガチャ
女「ありがとう」
男「杖、立てかけておこうか?」
女「ううん、いいの」
女「持ってた方が安心するの」
3:
男「ねえ、君、E組に来た子?」
女「そうよ、はじめまして」
男「うん、はじめまして。噂は少し聞いてるよ」
女「あなた、E組じゃないみたいね」
男「僕は、えっと……」
……
4:
……
女「そう、B組なの。よろしくね」
男「……」
女「……」
男「えっと、どうしてここに来たの?」
女「体験学習、って言われたわ」
女「盲学校じゃなくて普通の学校で過ごすことを体験して……」
男「あ、えっと、そうじゃなくて」
6:
男「美術室に、なにか用だった?」
女「ううん、適当に歩いてただけよ」
男「そっか」
女「あなた、美術部?」
男「うん」
女「他の人は?」
男「僕一人しかいないんだ」
女「先生は?」
男「顧問の先生も、たまにしか来ないんだ」
女「そうなの」
7:
男「君、みんなと同じように授業を受けるの?」
女「そうよ」
男「黒板が見えないって、大変じゃない?」
女「?」
男「あ、黒板」
男「えっと、先生が色々書くんだよ、文字とか図式とかさ」
女「そうね、そういうのは、読めないわ」
男「不便じゃない?」
女「先生が話している内容を聞けば、言いたいことはわかるわ」
男「そういうものかあ」
女「でもやっぱり、普通の高校って難しい勉強をしているのね」
8:
男「この学校にずっといるの?」
女「いいえ、一週間だけ」
女「体験学習だから」
男「そうなんだ」
女「もう何人か、お友だちができたわ」
男「すごいね」
女「あなたも、お友だちになってくれる?」
男「え、あ、ああ」
女「嫌?」
男「嫌じゃないよ」
9:
男「でも僕、友だちいないんだ」
女「じゃあ、私とお友だちになれば、一人できるわよ」
男「う、うん……」
女「迷惑?」
男「……全然」
女「じゃ、よろしくね」
女「あなたの声は覚えたわ」
男「声?」
女「ええ、素直で、綺麗な声」
10:
男「声を褒められたのは、初めてだよ」
男「やっぱり、目が見えないと、そういう感覚は敏感なのかな」
女「そうかもね?」
男「あ、ゴメン、失礼なこと、言ったね」
女「……全然」
男「そう」
女「あなたの真似」
男「え?」
11:
女「似てた?」
男「……僕、そんな声かな」
女「僕、こんな声だよ」
男「あ、今のはちょっと似てたかも」
女「うふふ、ごめんね、失礼だった?」
男「全然」
女「うふふ」
12:
女「また、明日も来ていいかしら」
男「うん、でも……」
女「でも?」
男「あ、ううん、なんでもない」
女「じゃあ、また明日ね」
男「うん」
女「さよなら」
男「うん、さよなら、気をつけてね」
女「ありがとう」スッ
カツン、カツン、カツン
ガラッ
男「……器用に歩くんだなあ」
15:
―――
――――――
―――――――――
女「ね、あなたは絵を描くの? 作品を創るの?」
男「あ、えっと、絵が主かな」
女「どんな絵?」
男「空とか、海とか、風景の絵ばっかり」
女「油絵?」
男「うん、そうだよ」
女「すごいなあ、絵を描ける人って、尊敬するの」
男「はは」
16:
女「どうせ見えないだろ、って思った?」
男「ううん」
女「本当に?」
男「うん、下手くそだから、見られなくてホッとしてるよ」
女「うふふ、あなた、正直ね」
男「なにが?」
女「声も、話している内容も、すごく正直」
男「はは、嘘つき、って言われたことは、あまりないね」
17:
男「ねえ、どうしてそんな風に首を振るの?」
女「ん?」
男「首、よく動くね」
女「そうかしら」
男「どうして?」
女「どうしてって、音をよく聞くためよ」
男「ふうん」
女「目が見える人は、あんまり首を振らないらしいわね」
男「うん、まあ、そうかな」
18:
女「私、変?」
男「ううん、面白いよ」
男「あ、えっと、馬鹿にしてるわけじゃなくて」
女「面白いなら、いっか」
男「うん、いいと思う」
女「うふふ」
男「首を傾げてるみたいで、可愛い」
19:
男「ね、生まれたときから、そうなの?」
女「赤ちゃんだったころは、見えたらしいわ」
女「でも、病気ですぐに失明したんだって」
女「だから、なにかを見た記憶は全くないの」
男「そっかあ」
女「でも、ずっとそうだから、別に不便はないわ」
男「見えなくても?」
女「ええ、それが普通だもの」
20:
男「僕、目をつぶったらきっと10歩も歩けないなあ」
女「私も杖がないと、無理よ」
男「その杖、白杖っていうんだよね」
女「そう、知ってたの?」
男「昨日調べて」
女「白杖って、名前が変よね」
男「え、そう?」
女「『はよ白状せえよコラ!!』とか『あんさん薄情でんなあ』とかさ、言うよね」
男「ははっ、なんで関西弁なの?」
女「なんとなくよ、なんとなく」
21:
男「君、冗談言うんだね」
女「そうよ? 目が見えない人は冗談言っちゃだめなの?」
男「いやいやいや、そうじゃなくってさ」
女「私、暗い風に見えた?」
男「いやいや、そうでもないんだけど」
女「じゃあ、黙っとこうかな」
男「好きに喋って!! 気にしないから!!」
女「あら、私が気にするわ、そういう言い方」
男「ごめんって」
22:
女「同じ『はくじょう』でも、ちょっとニュアンスというか、アクセントが違うでしょう?」
男「ああ、うん、そうだね」
女「だからなんとなく、違いはわかるけど」
女「普通の人は、漢字で見分けるんでしょう?」
男「ああ、そっか、そうだね」
女「私、漢字わからないのよ」
男「点字は使えるの?」
女「うん」
男「僕は、逆に点字が読めないよ」
女「同じね、私たち」
男「うん、逆にね」
23:
女「明日、点字の本を持ってきましょうか」
男「あ、うん、読んでみたい」
女「じゃ、お楽しみに、ね」
男「うん」
女「そろそろ帰るわ、ありがとう」
男「大丈夫? 送っていこうか?」
女「平気よ、歩けるわ」
男「あ、でも、階段とか危ないよ」グイッ
女「きゃっ」グラッ
25:
男「あ、ごめん」パッ
女「もう!! 急に引っ張らないでよ!!」
男「ご、ごめん」
女「大丈夫って言ったでしょう!!」
男「……ごめん」
女「じゃあね、さよなら」
カツン、カツン、カツン
ガラッ
男「……怒らせちゃった、かな……」
29:
―――
――――――
―――――――――
女「や」
男「あ、えっと、昨日はごめん」
女「え? なに?」
男「あの、グイって引っ張ってごめん」
女「あー、あー」
女「気にしてないよー」
男「急に引っ張られると、怖いんだよね」
女「そうそう」
女「でも、もうしなかったら、それでいいよ」
30:
男「見えないと、怖いことも多いよね」
女「ううーん、だけど……」
男「だけど?」
女「初めっからそうだから、別にそれが普通」
男「そっかあ」
女「あのさ、蜘蛛っているでしょう?」
男「ああ、うん」
女「足何本?」
男「8本」
31:
女「あなたはさ、足が2本しかなくて不便じゃない?」
男「え?」
女「蜘蛛は8本もあるのよ、それに比べてさ、不便じゃない?」
男「うーん、どうだろ、よくわからないな」
男「2本でなんとかやれてるし」
男「8本あったら、逆に邪魔そう」
32:
女「蜘蛛は目も8個あるそうよ」
男「へえ、多いんだなあ」
女「あなた、目が2個しかなくて不便じゃない?」
男「え、えっと」
女「しかも蜘蛛は紫外線が目に見えるそうよ」
男「マジで!? 日焼けクリーム不要じゃん」
女「そんな目がほしいと思わない?」
男「んーでもなあ、8個もあったら酔いそうだし、怖いし」
女「でしょ、私もそんな気分なの」
33:
男「え?」
女「今までね、たくさんの人に『目が見えなくて不便ですね』って言われたの」
男「あ……」
女「でもね、別に普通」
女「人に価値観を押し付けてほしくないわ」
男「ああ、なるほど」
男「そうだね、無遠慮なこと、言ったね」
女「ええ、いいのよ」
男「無遠慮って言うか、不躾って言うか」
34:
女「いいのよ」
女「それよりさ、ねえねえ、無遠慮とか不躾の『ブ』ってなんなのかしらね」
女「不正解!! ブブー!! ってことかな」
男「ははっ」
女「あれ、でも不正解には『ブ』がないわね」
女「ブ正解!! じゃダメなのかしら」
男「否定系の『ふ』とか『ぶ』のことだね」
女「なんだか力が抜ける言葉よねえ」
男「確かに」
女「漢字があると、見分けがつきやすいんでしょうねえ」
35:
女「あ、そうそう、忘れてた」
ゴソゴソ
男「ん?」
女「はいこれ、点字の本よ」
男「わ、分厚いね」
女「あ、また『ブ』だわ」
男「あはは、本当だ」
女「ブブー!! 不正解!!」
男「あ、でも、『分厚い』の『ぶ』は否定系じゃないよ」
女「知ってるわ、でもややこしいわね」
36:
女「で、これが点字の説明の本よ」
男「へえ」
女「こっちなら、字が書いてあるから読めるでしょう?」
男「うん」
女「あいうえお、は簡単よ」
男「えーっと」ペラペラ
女「基本がわかれば、すぐに読めるわ」
38:
男「真っ白なんだね、本」ペラペラ
女「白って、どんな色?」
男「ん? んーと、穢れがないっていうか、汚れてないっていうか」
女「綺麗な色?」
男「でも、飾ってない潔癖の色」
女「潔癖の色……」
男「あと、ほら、白黒つけるとかって言うじゃない」
男「だから、真実の色、かな」
女「へえー」
39:
女「やっぱり絵を描く人は、色の表現が面白いわね」
男「そうかな?」
女「お母さんに『白ってどんな色?』って聞いたら、なんて言ったと思う?」
男「うーん、わかんないよ」
女「『白は汚れが目立つ色だから、好きじゃない』だってさ」
男「あはは」
女「『最近白髪が増えてきてねえ』とか言ってたし」
男「あはは、白髪か、確かに白だね」
女「ね、CMじゃあ『驚きの白さ!』とか言ってるのにね」
40:
女「『驚かない白さ』ってどんなもの?」
男「え? え?」
女「『驚きの白さ』の逆よ」
男「は、ああ、えっと……」
男「黄ばんでる……白……?」
女「『黄ばんでる』ってどういうこと?」
男「黄色が混ざってる感じ……かな?」
女「黄色は汚いの?」
41:
男「いや、黄色、汚くないよ」
女「でも白と混ざると汚いんでしょう?」
男「んー黄色自体は綺麗な色だけど、白い服が黄色くなると汚いっていうか」
女「混ざるっていうのも、実はよくわからないのよ」
女「色とか、飲みものとか」
男「うん、そうかも」
女「一緒に遊ぶときも『混ーぜて』って言うよね?」
男「コーヒーと、牛乳と、混ぜたらコーヒー牛乳になるの、わかる?」
女「コーヒー苦手だからなあ」
男「そっか」
42:
女「黄色は本当は綺麗な色?」
男「そうだね、星とか太陽とか、黄色で表すことが多いし」
女「あ、そうね、星は黄色って聞いたことあるわ」
男「黄金とか言うしね、輝いている色かな」
女「綺麗なんだ」
男「うん」
43:
男「黄色い服を着ている人は、派手だし、自己主張が強いイメージがあるな」
女「派手色かあ」
男「そうそう、派手色」
女「じゃあ地味色は?」
男「地味色?」
女「黄色の逆の、地味な色」
男「んー」
44:
女「やっぱり、黒?」
男「どうして?」
女「黒は地味で目立たない色って、お父さんが言ってたわ」
男「はは、まあ、喪服とか黒だしね」
女「そうそう、喪に服す色だって」
女「意味わからない」
男「地味で、影に溶け込む色で、んー、夜の色」
女「夜ね、夜は涼しいわ」
女「黒って、涼しい色?」
男「ていうか、暗い色」
45:
女「あ、私ね、明るいとか暗いが、よくわからないの」
男「え、そうなの?」
女「うん、光とか、影とか、そういうのが」
男「太陽が出ると明るくて、太陽が沈むと暗い、っていう感じ」
女「太陽は暖かいわ」
女「なくなると、涼しい」
男「温度で感じるんだ」
女「ええ、変かな」
男「いや、面白いよ」
女「変な意味じゃなくて?」
男「変な意味じゃなくて」
46:
女「あなた、やっぱり、優しいわ」
男「やっぱり?」
女「あれ、言わなかったかしら」
男「正直だ、とは言われた気がするけど、優しいは言われたかな?」
女「家族に話したのだったかしら」
男「え、僕の話を?」
女「そうよ、美術部のお友だちができたって話したわ」
男「そ、そりゃ、照れるね」
47:
女「私と普通にお話してくれるし」
男「んー、そうかな」
女「ごめんね、絵を描く時間を邪魔してるかしら」
男「いや、君と話してるの、面白いから、全然いいよ」
女「やっぱり、優しい」
男「はは、君もね」
48:
女「ね、他の色も教えて?」
男「あ、うん、だけどさ、そろそろ暗くなってきたし、早く帰った方がいいんじゃないかな」
女「え、もう遅い?」
男「今6時」
女「あ、そろそろ帰らなくちゃ」
男「一人で帰れる?」
女「ええ、お気づかいありがとう」
男「じゃあ、また明日」
女「ええ、さよなら、ごきげんよう」スッ
カツン、カツン、カツン
ガラッ
男「……『ごきげんよう』なんて、日常会話で初めて聞いたな」
52:
―――
――――――
―――――――――
男「や、今日もきたね」
女「お邪魔するわ」
男「今日は雨だね」
女「そう、雨は嫌い」
男「濡れるから?」
女「ええ、それに、じめじめするから」
男「そうだね、日本の雨は特に湿気が多いから」
53:
女「外国に行ったことがあるの?」
男「ないよ」
女「じゃあ、どうして日本は湿気が多いだなんてわかるの?」
男「ん、みんな知ってるから、かな」
女「ふうん?」
男「行ったことなくてもね、テレビで言ってるし、みんな知ってるんだ」
女「そうなの」
54:
女「ねえ、話は変わるけど、顔を触ってもいい?」
男「えっ?」
女「顔」
男「え、えっと、触るって……」
女「あなたのカタチを覚えたいの」
男「で、でも……その……」
女「ね、私たち、友だちでしょう?」
男「……うう」
55:
女「ふうん、お肌、綺麗ね」スリスリ
男「う、うん……」
女「髪の毛も、さらさら」スリスリ
男「……」
女「あ、メガネをしているのね」
男「う、うん」
女「ねえ、目の前に物があるのに、どうして見えるの?」
男「え?」
女「これがあったら邪魔でものが見えないんじゃないの?」
男「あ、えっと、メガネは透明だから……」
56:
女「透明って、私よくわからないの」
男「色がないんだよ」
女「色がないと、向こう側が見えるの?」
男「う、うん」
女「透明って、どんな色?」
男「あ、だから色はないんだよ」
女「ない色かあ……」
男「……」
57:
女「ん、まつ毛も長いし、鼻もきりっとしてるわね」スリスリ
男「……」
女「どうしたの? 黙っちゃって」スリスリ
男「は、恥ずかしいよ」
女「私の顔も、触っていいわよ」スリスリ
男「え……」
女「じゃあ、はい、あなたの番」スッ
男「え……」
58:
男「……」スリスリ
女「どう?」
男「ど、どうって……」スリスリ
女「私、きれい?」
男「え、えっと……」スリスリ
男「ほっぺた、すごく気持ちいい」スリスリ
女「気持ちいい? どういう感触なの?」
男「や、柔らかくて、弾力があって」スリスリ
女「ふんふん」
男「ぷにぷに」プニプニ
59:
女「褒めてもらってるのかな?」
男「う、うん」
女「あれ、もういいの?」
男「う、うん、ありがと」スッ
女「どうしてお礼言うの?」
男「な、なんとなくだよ、なんとなく」
女「ふうん?」
63:
女「ね、また色のこと、教えて?」
男「あ、うん」
女「喜びを表現する色って、なにかある?」
男「喜びかあ……」
女「うん」
男「喜びの色は、えっと、橙色」
女「橙?」
男「うん、オレンジ」
女「みかん?」
64:
男「あ、うん、みかんの色でもいいかな」
女「美味しいよね、みかん」
男「あ、うん」
女「みかんが好きなの?」
男「ん、どうかな、好きかな、割と」
女「割と?」
男「橙色は、明るいし華やかだし、喜びに近いかなって」
65:
女「じゃあ、希望の色は?」
男「希望の色は……」
男「希望の色は空色」
女「空色?」
男「うん、空の色」
女「空の色が希望の色なの?」
男「僕なりに、だけどね」
66:
女「空って、青?」
男「うん、青でも、まあいいかもね」
女「青色と空色は、違うの?」
男「違うよ」
女「どう違うの?」
男「青ってさ、ブルーって言うじゃん」
女「英語ね」
男「ブルーな気分、とか言うじゃん」
女「言うわね」
67:
男「あれさ、昔の労働者がさ、晴れたらきつい仕事をしなくちゃならないから」
男「だから青い空を見上げて、『今日も仕事か、ブルーだな』って言ったのが語源らしいよ」
女「物知りね」
男「ま、ほんとかどうか、知らないけどね」
女「じゃあ、全然希望の色じゃないじゃない」
男「うん、だから、僕なりには希望の色って感じ」
女「労働者さんからしたら、絶望の色?」
男「そうかもね」
68:
男「でも、青春って言うし」
女「青春は、青いの?」
男「青い春って書くんだよ」
女「恋をすることを『春が来た』って言うのと似ている?」
男「そう、そうだね、似てるね」
女「じゃあやっぱり、青も希望の色かもしれないわね」
男「そうだね」
69:
男「それからね、青い空は夕方になると橙色に染まるんだよ」
女「みかん?」
男「そ、みかん色」
女「喜びの色ね」
男「夜が来るのが喜びなのか、一日が無事に終わったのが喜びなのか……」
女「いいわね、希望の色が喜びの色に染まるの、見てみたいな」
男「あ……」
女「ん?」
男「いや、なんでも」
70:
……
女「さて、今日はもう帰るわ」
男「あ、うん」
女「ごきげんよう、明日もお邪魔します」スッ
男「あ、うん、さよなら」
カツン、カツン、カツン
ガラッ
男「明日は金曜日か……」
73:
―――
――――――
―――――――――
ガラッ
スタスタスタ
男「……わ」
女「お邪魔しまーす」
男「今、すごく歩くのくなかった?」
女「ええ、もうこの部屋の構造は覚えたもの」
男「え、でもキャンバスとか机とかあって危ないよ?」
女「杖に当たれば止まるから、大丈夫よ」
男「そうかなあ……」
74:
女「ね、釣りってしたことある?」
男「つ、釣り? いや、ないけど……」
女「そうなの……」
女「今日ね、クラスの子たちが釣りの話をしててね」
女「餌にゴカイを使ったとかなんとか言ってたわ」
男「ゴカイ?」
75:
女「ほら、あの、勘違いするっていう意味の……」
男「誤解?」
女「そう、それとどう違うの?」
男「えっと、誤解は間違って理解する、見たいな漢字があって……」
女「ふんふん」
男「餌のゴカイは、多分カタカナ……」
女「でも発音は一緒だったわよ」
男「確かに聞き分けにくい言葉かも、ね」
76:
女「目が見える人は漢字とひらがなとカタカナとを使い分けるのよね」
男「うん」
女「それってものすごく大変じゃないかしら?」
男「んん、確かにそんな国は他にあまりないらしいね」
女「日本人って、天才なのかしら」
男「どうかな、普通だと思うけど」
77:
女「あ、そうそう、私が今入院している病院の部屋も、五階なのよ」
男「え?」
女「エレベーターが言ってたわ、『五階です』って」
男「入院してるの?」
女「ええ、そうよ」
女「だから学校から病院へ帰るの」
男「……目が悪いから?」
女「そう、目が悪いから」
78:
女「五番目の階、って意味よね」
女「でも同じ言い方よね、なんでだろうね」
男「入院って……普段は盲学校なんじゃ」
女「ええ、今度手術するんだって」
男「今度って!?」
女「来週、だったかな」
男「目の?」
女「目の」
男「どうして?」
女「目が見えるようにするため、だって」
79:
男「目が……見えるようになりたいの?」
女「そりゃあ、できないことはできるようになりたい」
女「違う?」
男「いや……そうかもしれないけど……」
女「18歳にならないと、手術ができないらしいの」
女「私、この間、18歳になったのよ」
男「あ、お、おめでとう」
女「ありがとう♪」
80:
男「18歳にならないと、ダメって?」
女「身体が耐えられないかも、っていうこと」
男「……」
女「18歳なら、大人よね、大丈夫よね」
男「……失敗するかも……しれないの?」
女「10人に1人、失敗するかも、だって」
男「……そう……」
81:
女「失敗したらね……」
男「やめて、聞きたくない」
女「そう?」
男「大丈夫だよ、きっと成功するから」
女「そうだといいけれどね」
男「頑張って」
女「頑張るのは、お医者さんよ」
男「……」
82:
男「不安なんだ?」
女「……」
男「わかるよ」
女「……」
男「ね、明日はなにしてるの?」
女「……病院で、最後の検査、かな」
男「お見舞いに行ってもいいかな?」
女「……いいと思う」
83:
男「学校は、今日でおしまい?」
女「うん、みんなにお別れを言ってきたわ」
男「高校、どうだった?」
女「楽しかった」
女「なんて、ありきたりな表現しかできなかったけれど」
男「みんなの顔も、触ったの?」
女「いいえ、あなたのだけよ」
男「……そっか」
84:
女「やっぱりみんな、気を遣ってたのだと思うわ」
女「普通に目が見える人からしたら、私は邪魔かもしれないわね」
男「そんなこと、ないと、思うけど……」
女「あなたは最初っから、普通に接してくれた」
男「そうかな」
女「やっぱり、優しい人」
男「……」
女「そういうところ、すごく好きよ」
85:
女「一週間、ありがとう」
女「この部屋でのおしゃべり、すっごく楽しかったわ」
男「そんな、お礼なんて」
女「中央総合病院の505号室にいるの」
女「よかったら会いに来てね」
男「あ、うん、行くよ、明日行く!」
女「じゃあ、さようなら、ごきげんよう」スッ
カツン、カツン、カツン
ガラッ
男「手術……か……」
91:
―――
――――――
―――――――――
ガラッ
スタスタスタ
男「……や」
女「うふふ、来るころだと、思ってた」
男「これ、お見舞いに」トン
女「なあに?」
男「えっと、果物、いろいろ」
女「みかんはある?」
男「うん、あるよ」
92:
男「みかん好きなの?」
女「うん、ていうかね、目が治ったら、空を見たいから」
男「どういうこと?」
女「空色が、みかん色に変わるところ、見たいから」
男「……」
女「だからね、みかんは治ってから食べるわ」
男「……早く治るといいね」
女「うん」
93:
男「きょ、今日はなんの話をしようか」
女「また、色を教えてほしいわ」
男「色か……」
女「雲は白いのよね。潔癖の色、汚れが目立つ色」
男「あ、うん」
女「空は希望の色、それからみかんの色、喜びの色」
男「うんうん」
女「じゃあ、えっと、赤ってどんな色?」
94:
男「赤は……情熱の色」
男「って、ありきたりな表現すぎるね。でも、熱い感じかな」
女「熱い色なのね」
男「決断の色」
女「はっきりしてるのね」
男「闘争心の色」
女「鼻息が荒い感じね」
男「信号でいうと、止まれの合図」
女「ふうん」
95:
女「信号の渡れはなんだったかしら?」
男「青、かな」
女「ふうん」
男「緑?」
女「どっちなの?」
男「ううん、わかんないな、どっちでも正解」
女「見える人にもわからない色って、あるのね」
男「そうそう、はっきりしない色」
96:
男「君はどうやって信号を渡るの?」
女「音でわかるわ」
男「音のしない信号は?」
女「誰かが近くにいれば、気配でわかるもの」
男「そういうものかあ」
女「そういうものよ」
男「夜は? 人も少ないし、音もしないし」
女「夜は出歩かないの」
男「なるほど」
97:
男「あ、あと、赤は血の色だね」
女「私、血って嫌い」
女「変に温かいし、粘性があるし、においも嫌い」
男「出ると痛いしね」
女「そうそう」
男「僕、血を見ると貧血気味になるよ」
女「それは見たくないわねえ」
98:
女「じゃあ、紫色は?」
男「うーん、毒々しい色」
女「紫のものを食べたら毒で死ぬの?」
男「鬱憤の色」
女「怒ってるの?」
男「気分が悪いときの色」
女「じゃあ『顔色が悪いとき』って、肌色じゃなくて紫色なの?」
99:
男「でも、紫、好きだよ」
女「そうなの? 毒の色なのに?」
男「なんかね、シャープな印象」
女「シャープ、ね」
女「よくわからないわ」
男「紫に白を混ぜた色なんか、すごく好きだな」
男「自然にはあまりないけど、無理にでも使いたい、そんな色」
100:
男「それにね、夕方になって、空がみかん色になったあと、紫にもなるんだよ」
女「そうなの!?」
男「それがね、すっごく綺麗でね」
女「じゃあ、紫も見てみたいなあ」
男「ナスの色」
女「ナスね、知ってる」
男「今日は持ってきてないけどね」
女「野菜だもんね」
101:
女「ね、銀色のものって、多いのでしょう?」
男「多いね」
女「スプーンでしょ、フォークでしょ、ネックレスでしょ」
男「うんうん」
女「一円玉も、パチンコ玉も」
男「パチンコやったことあるの!?」
女「玉を持ったことがあるだけよう」
男「あ、そ、そうだよね、びっくりした」
女「ライターも、時計も、手すりも銀色」
男「時計はものによるんじゃないかなあ……」
女「パパの時計は銀色って、パパが言ってたわ」
102:
女「銀色って、どんな色?」
男「うーん、渋い色」
女「渋い? おじさんね?」
男「いぶし銀、とか言うしね」
女「なにそれ?」
男「ううん、わかんない」
女「わかんないのに言うの?」
男「たいていそんなもんだよ」
103:
男「シルバーシートって、知ってる?」
女「電車のやつね?」
男「そうそう、優先席」
女「私も、座ったことあるわ」
男「なんでシルバーっていうんだろね?」
女「おじいさんは銀色と関係が?」
男「ないな」
女「ないのか」
104:
女「金色は少ないよね」
男「うーん、そうかな」
女「レアよね」
男「まあ、金持ちっぽい感じだから……」
女「厭味な色?」
男「なにそれ」
女「金持ち、イコール、イヤミ」
男「それ偏見」
105:
女「あと、どんな色があったかしら?」
男「緑の話はしたかな」
女「……んん?」
男「緑はね、自然の色、神様が作った色」
女「壮大ねえ」
男「緑が多い、とか、緑が減った、とか言うでしょう?」
女「うんうん」
男「人間が壊してしまったのも、緑」
女「……大事にしなくちゃ、ね」
男「うん」
108:
……
男「手術、怖い?」
女「ん……平気」
男「きっと、大丈夫だよ」
女「うん」
男「……」
女「ね、なんで目が見えないと、全盲っていうんだろうね」
男「……」
女「全盲の全って、全部って意味でしょう?」
男「……」
女「全部ダメってことでしょう?」
男「……」
109:
女「お話もできるし、ご飯も食べられるし、歩けるし、ね」
男「……」
女「なんでもできるつもりなんだけどなあ」
男「……」
女「目が見えるようになれば、普通の人になれるのかな?」
男「……」
女「あ、ごめん、重たいね?」
男「あ、えっと」
男「僕、目が見えても見えなくても、君のこと好きだよ」
女「……えっ」
110:
男「……好きだよ」
女「友だちの好き?」
男「……違う」
女「……」
女「ありがとう」
女「私たち、気があうねっ」
男「……ふふっ」
111:
男「……」
男「……祈ってるから、僕」
男「絶対成功して、目が見えるようになるって信じてるから」
女「うん」
女「……ありがとう」
113:
―――
――――――
―――――――――
男「あ……」
「あら?」
「君は?」
男「あ、えっと、僕……」
「ああ、そうか、最近できた友達っていうのは、君のことかな」
男「え……」
「どうも、あの子の父です」
「あ……母です……」
男「ど、どうも、はじめまして」
114:
「最近毎日のように君の話をしていてね」
「よっぽど嬉しかったんだろうなあ、友だちができたことを」
男「……」
「きっと、君の顔を見たがっているよ」
「中に入って、あの子と話してやってくれないか」
男「は、はい」
「私たち、ちょっと売店の方へ行っていますので」
男「はあ……」
115:
男「ん、んんっ」ドキドキ
コンコン
男「し、失礼します」
ガララ……
女「……」
男「あ、えっと、その」
女「だあれ?」
男「え?」
女「お客様?」
男「あ……え……?」
116:
男「……」
女「……ぷぷっ」
女「あっはっは!! うそうそ!!」
男「え?」
女「声でわかるよ」
男「……っ」
女「うふふふふ、ごめんね、冗談言ってみただけ」
男「ははは、心臓に悪いよ」
女「うん、ごめんごめん」
117:
男「え、えっと」
女「うん」
男「……はは、なんか不思議だね、目線が合うの」
女「……そう?」
男「うん、いつも、僕とは目が合わなかったから」
女「だって、見えてなかったもの」
男「うん」
男「見えて、どう?」
女「面白いよ、いろいろ」
118:
女「あなたの顔、思ってた通りの形してる」
男「形?」
女「そう、形」
男「色は?」
女「肌色、黒は、もう覚えたわ」
男「黒は……」
女「地味な色、汚れが目立たない色」
男「そうそう」
女「白も、この部屋には多いわね」
男「病院には白が多いんだよ」
男「白衣とかも、そうだね」
119:
女「ゆっくりリハビリだって」
女「いっぺんに色んなものを見ると疲れるらしいから、ときどき目隠しってのをするんだって」
男「へえ」
女「たまーに気持ち悪くなるの、そのせいかしらね」
男「気持ち悪くなるの?」
女「そう、なんだかゆら〜って、ぐら〜って」
男「酔うの?」
女「私、酔ったことないから、わかんない」
121:
女「あなたの眼鏡、面白いわね」
男「そう?」
女「目の前に物があるのに、見えるって意味、よくわかったわ」
男「ああ、そうそう、これが透明ってことね」
女「私のまわり、誰も眼鏡をかけている人がいなかったから、今日初めて見たわ」
男「そう」
女「……」
男「……」
122:
男「め、目が疲れるなら、僕もう帰った方がいいかな」
女「どうして?」
男「どうしてって」
女「ね、私が今日一番したいこと、あなたが来るまで我慢してたのよ?」
女「わかる?」
男「え……」
女「お医者様にもお願いして、我慢してたんだから」
男「……」
女「ほら、今は夕方でしょう?」
123:
男「あ……」
女「わかった?」
男「うん」
女「あなたと一緒に見るの、楽しみにしてたんだから」
女「今日一緒に見に来てくれるって、ずっと待ってたんだから」
男「ごめんごめん、間にあってよかったよ」
女「うふふ」
男「じゃあ……」
女「うん、カーテン、開けて?」
★おしまい★
124:
 ∧__∧
 ( ・ω・)  ありがとうございました
 ハ∨/^ヽ またどこかで
 ノ::[三ノ :.、 http://hamham278.blog76.fc2.com/
  i)、_;|*く; ノ
  |!: ::.".T~
  ハ、___|
"""~""""""~"""~"""~"
126:
乙です
ありがとう。楽しかった
127:
おっつー
面白かったよ
128:
おつおつ!
爽やかな気持ちになりました
129:
引き込まれるのはいつもアンタの文だ。
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