「頑張れ!マライア!密着オメガ隊最前線!」【後編】back

「頑張れ!マライア!密着オメガ隊最前線!」【後編】


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4:
「ソフィア!あたしたち、もう見つかってる!迎撃態勢に入る!」
あたしはそう怒鳴って、南側の映像をだし、コントローラを握った。
表の砲台、距離だけならもう十分届くけど、有効打撃を加えたいなら、もっとひきつけなきゃダメ。
砲台で威嚇しながら、地雷原に誘導して爆破するか…あぁ、でも地雷原はギリギリまで使いたくない!
砲台と違って、一度使ったらそこは防衛の穴になっちゃう。
そこを狙うのが砲台の役目なんだけど、こんなカメラと操作でどれだけそれに対応できるか…
 ってか、そもそも、砲台は砲台同士で守り合うように配備されてるのに!修理が出来なくてその構造がつかえないんだよ!
もう!最初にあの砲台壊したの、どこのどいつよ!許さない!
 なんだか、考えていたら腹が立ってきた。うだうだ考えたってしょうがない。やるっきゃないんだ。
砲台を破壊されないように、引き寄せてから撃ちまくって、地雷原に入ったら爆破する。爆破したところを砲台で撃ち続ける。
砲台を破壊しにきたら、また地雷原爆破。こっちが対応できなくなるくらいまで穴が増えるのが先か、敵を全滅させるのが先か…
全滅?できるの?こんな砲台とバズーカの弾で作った地雷原で?
 一瞬、頭の中にそんな不安がよぎった。なにか、なにか見落としてないか?どこかで、楽観的な予測だけを頼りにしてないか?
どこかで、計算が間違っているような…あーーーーもう!だからどうだってのよ!やんなきゃどうしようもないでしょうが!
このヘタレ!
 あたしはこんな時にまた微かにぶり返したビビリ症の自分に腹が立って、そばにあったコンテナを手の甲でぶん殴った。
気合いだ、気合い!負けんな、マライア!
 そう自分に言い聞かせて、あたしは接近してくるモビルスーツの先頭に照準を合わせて、コントローラの引き金を引いた。
カメラの映像が小刻みに震え、曳光弾の軌跡が伸びていく。
その軌跡が、モビルスーツと交差し、次の瞬間、持っていた赤いシールドが吹き飛んだ。モビルスーツは体勢を崩している。
 追い打ち!
 あたしは、さらに引き金を引き続ける。弾はモビルスーツの装甲をたたき、はじけ飛んでいる。
さらにバランスを崩したモビルスーツの頭部のメインカメラが小さな爆発を起こした。
 やった、次!
 あたしは砲台を回して次の目標を探す。しかし、次の瞬間、カメラの映像が途絶えた。
「うそ!?」
思わず、声が出てしまった。
 機材の故障!?ケーブルが断線した!?こんな時に、何だって言うのよ!
 あたしはそれでもひるまないように気持ちを奮い立たせながら、南に近い砲台の映像を開く。
 そこには、もうもうと煙を上げる砲台と、その傍らに立っているモビルスーツの姿があった。
あれは、普通の量産機じゃない!ホバー移動機構の付いた、前線仕様の装甲強化タイプ…ホバー移動?
待って、じゃぁ、さっきの西側から接近してきていたのは、ホバートラックだけじゃなかったってこと!?
いや、それにしても、マズい、もう最初の砲台がやれるなんて…!
元スレ
SS報VIP(SS・ノベル・やる夫等々)
ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が…
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445:
あたしは、とっさに破壊された砲台に一番近い場所に配置した砲弾の番号をキーボードで入力しエンターを叩いた。
画面の中で爆発が起こって、連邦の装甲強化タイプのモビルスーツが黒煙に消える。
あたしは、ためらわずに、その黒煙の中に砲台を発射した。
別に恨みがあるわけでもない。そもそも味方のはずだけど、でも、ごめん。死なせたら、ごめん。悪く思わないでね…
そんなことを考えながら、トリガーを引き続ける。
やがて黒煙が薄らいでくると、モビルスーツは、脚部を吹き飛ばされて、その場で身動きが取れず、
盾を構えてあたしの砲撃をなんとか耐えしのいでいた。
 殺さずに、機能を奪えた!
ほっと胸をなでおろす自分がいた。もうこの大陸にいるあたし達にとっては敵も味方もない。
最優先はソフィアだけど、本当は、できるなら無事で済ませたい。
不意に大きなエンジン音とともに何かが格納庫に飛び込んできた。
「来た!」
ソフィアの声が聞こえる。見るとそこには地下道へ続くトンネルからホバートラックが飛び込んできたところだった。
その後ろから、トゲツキにムチツキとスカートツキ、それから水中型のツメツキも足音とともに姿を現す。
 ホバーから誰かが降りてきた。中年の男性だ。
「シュマイザー少佐!」
ソフィアが叫んだ。あれが、フェンリル隊の隊長か…うちの隊長より歳はちょっと上かな?
隊長みたいな横柄さはなさそうだけど、でも鬼気迫る厳しい顔は、隊長とおんなじ、戦う男の表情をしていた。
「フォルツ中尉、ガウは?」
「今、上階へ移動させています」
ソフィアはエレベータで上昇していくガウを指した。
「時間がない、マット、ニッキ!ホバーをガウのところへ上げろ!」
シュマイザー隊長はそう言ってホバーに乗り込んだ。ソフィアがそれもそれに付き従う。
あたしも、ケガ人のことは気になったけど、今は、防衛が大事だ。
こちらの砲台と地雷原を警戒して、モビルスーツ隊は接近を躊躇している。最初の砲の撃破は驚いたけど、いい感じだ。
時間を稼げば…なんとかなる。
446:
「おい、お嬢さん!」
不意に、スピーカーから荒っぽい声が聞こえた。振り返ると、旧式のトゲツキ…ヒトツメ、って言ったっけ?
そいつがあたしにニュッとそのマニピュレーターを突きつけてきた。突然で、潰されるんじゃないかと思ってびっくりした。
「中尉やシャルロッテから聞いてるぜ。噂の鳥の隊だってな」
そう言う声とともに、コクピットが開いた。
「このまま俺たちもあの上に登る!一緒に来るか!?」
もう片方の、ムチツキがホバーをエレベータの上に持ち上げて乗せていた。
ソフィアが上に行ったのなら、あたしも行かなきゃ。あの子、どこで何するかわかったもんじゃない。
「お願い!」
あたしも大声で叫んで、マニピュレータに飛び乗った。するとヒトツメのパイロットはあたしをコクピットの前まで引き寄せる。
「乗んな!飛ぶからな、そこじゃあ危ない!」
パイロットがそう言うので、あたしはコンピュータを抱えて、マニピュレータからコクピットへジャンプした。
パイトッロが、シートから立ち上がっていてあたしを受け止めてくれる。
「俺はマット・オースティン軍曹。よろしくな」
パイロットの男は、横柄にそう言った。なんだか、まるで隊長やダリルさんの様で、ちょっぴり安心して笑顔になってしまった。
「あたしは、連邦のマライア・アトウッド曹長。よろしくお願いします」
あたしが返事を返したら、マットさんもノーマルスーツのヘルメットの中でニヤっと笑った。
 あたしは、コクピットのシートの後ろに回って、衝撃に備えて体を踏ん張りながらコンピュータのモニタに目を戻す。
大丈夫、まだ、こちらの状態を伺っているだけだ。
「飛ぶぜ!」
マットさんが言った。あたしは、グッと顎を引いて、シートの背もたれにつかまる。
 ギュンと、肩からものすごい力で押さえつけてくるようなGが襲ったかと思ったら、モビルスーツはすでに、エレベータの昇降台の上に居た。
447:
モビルスーツはさらにジャンプして、地上階へ着地した。
「お嬢さん、敵が来てるって聞いたが、情報はあるのかい?」
マットさんはそう聞いて来た。そうだ、センサーの情報と、地雷原の位置を連携しないと!
「はい!これを見て!」
あたしは各カメラの映像を並べたコンピュータのモニタをマットさんに見せる。
「敵は少なくとも1個中隊、10機以上。量産機と装甲強化型をそれぞれ1機ずつ、2機は先制して撃破したけど、
 それでも10機は下回ってないと思う」
あたしが報告すると、マットさんは渋い顔をした。それから、
「敵の数や位置は、このカメラだけで把握したのかい?」
と聞いてくる。
センサーもあることを教えると、マットさんはすぐにガウを呼び出した。
「こちらマット軍曹!隊長、鳥のお嬢さんが、センサーを仕掛けてくれてるそうです。
 ガウのメインコンピュータに情報をリンクして、各機へ配信してください。情報だと、敵は1個中隊以上。
 この上、またエース機でも出られたら厄介です。とっとと切り抜けましょうや!」
「了解。マット、お前の機体にそいつのコンピュータを繋いで情報をリンクしろ。
 各隊へ。異存なくば、これより私が臨時で指揮を執る」
「了解、狼の大将!」
「頼みます、少佐!」
他のジオン機からの無線が入ってくる。
「各隊の現在の状況を知らせよ」
「こちら、グリフォン隊。現在、ザク3機。損傷度は中程度。機動力には問題なし。エネルギーもまだ十分です。
 バズーカ弾4発に、マシンガンマガジンが各機に4本ずつ。近接戦闘装備は、破棄しました」
「こちらセイレーン隊、ズゴック2機残存。損傷度は軽微なれど、ミサイルの残弾ゼロ。メガ粒子砲のエネルギーも底を尽きかけてます」
「フェンリル隊は、俺のザクと、ニッキのグフは残弾はすでになし。ヒートソードとヒートホークのみです。ソフィ少尉のドムはどうだ?」
「こちらはバズーカの残弾に余裕があります。ヒートロッドも健在」
「各機、報告に感謝する。マット機より情報を取れ次第、編隊を組みなおす。それまで、地上階にて待機」
あたしは、聞きながらコンピュータをケーブルでコクピットのコンピュータにつないだ。こちらのモビルスーツは、8機。
数だけならそこそこだけど、弾もないし、損傷もひどい。連邦の数がわからないし、状況はまだ明るくなんかない。
「よし、データを受け取った。こちらの分析では、敵の数は12。フェンリル隊の殿が到着できれば、押し返せる数だ。
 各機、それまで持ちこたえよ!セイレーン隊のズゴックとニッキのグフで前衛を、グリフォン隊とソフィのドムで中距離支援を行え!
 突出しすぎるな、時間稼ぎで良い!」
「了解!」
それぞれの機体から声が聞こえた。それからまた隊長の無線が聞こえる。
448:
「マット、お前はそのまま鳥の…」
隊長が言いよどんだので思わず
「マライア・アトウッド曹長です、シュマイザー少佐!」
と名乗る。
「了解、アトウッド曹長。マットはそのままアトウッド少尉を乗せて敵の情報収集にあたれ…
 曹長、こちらのマップに数字の打ち込まれたマーキングが表示されているが、これは?」
「それは、事前に仕掛けた有線式の爆雷です。バズーカの弾程度の破壊力ですが、足止めには使えると思います。
 起爆は、全部手動で、こちらのコンピュータから行えるようになってます」
あたしは報告した。
「なるほど、助かる。曹長は、マット機のデータマップを頼りに、適宜起爆させて支援を願いたい。それから、こちらの映像の方は?」
さらに隊長が聞いてくる。
「映像は、格納庫周辺にある砲台に取り付けた監視カメラのものです。
 砲台の自立制御システムは使えなかったので、こちらの操作も手動で行ってます!」
「…よし、砲台の操作はこちらで受け持とう。軽傷者へ任せる。
 曹長は、マットとともに、敵の情報収集と地雷爆破での支援を頼む」
「了解しました!」
的確な指示だ。しかも、良く考えられている。この指揮官は頼れる!
 「ガ…ザザザ…こちら、隊長機。無線封鎖を解除する。さきほどの攻撃は敵の抵抗と確認。これより、臨時戦闘に入る」
不意にそう無線機からそう聞こえた。これは…連邦の無線!?
さっきまで無音だったのは、封鎖していたからだったんだ…こちらの状況は確認されてしまったみたい。
連邦も、出てくる…
 気が付けば、あたしの手のひらは、汗でじっとりと濡れていた。指先が、小刻みに震えている。
―――怖い…
 頭を、あの感覚がよぎった。
ダメだよ、マライア…落ち着いて…自分にそう言い聞かせるけど、うまく収められない。
もう、こんな土壇場で、なにをやってるんだあたしは…そうは思ってみたって、怖いものは怖いんだ…あぁ、もう!
アヤさん…アヤさんは無事だよね…?レナさんを、ちゃんとさっきのシャトルに乗せてあげたんだよね?そうだよね…
あたしも、あたしも頑張らないと…信じてもらうために、ソフィアのために!
あたしは震える両手をギュっと握りしめて、それから思いっきり両側の頬をひっぱたいた。
 大丈夫だ、やれる、やるんだ、あたし!
「ははは、お嬢さんは気合い入ってんな」
そんなあたしを見たマットさんが笑った。それからまたヘルメットの中でニコっと笑って
「大丈夫だ。俺たちはこんなとこで死んでらんねぇし、これまでだって誰一人死んじゃいねえ。
 あんたのことも、俺たちがしっかり守ってやっからよ。支援、頼むぜ」
とあたしの肩をポンっとたたいてくれた。
449:
 「よぉ、鳥の部隊の姫様はいるかい?」
トゲツキの部隊の人の声だ。
「は、はい!」
「あんたらのあのエンブレム、あの鳥はなんだい?」
「あれは、不死鳥です。あたし達の、縁起担ぎで」
「ははは!なるほど、不死鳥ね!フェンリルにグリフォンにセイレーンにフェニックスってわけだ。ははは!バケモノ揃いだな!」
「違いない!こんな敵の砲弾飛び交ってる地獄で生き残ってんだ!バケモノじゃなくてなんなんだって話だ!」
「なら、バケモノはバケモノらしく、首一つになっても敵に食らいついてやらぁな!親鳥だけでも、空へあげてやるんだ!」
この人たちは…ついさっきまで、シャトル打ち上げの防衛をしていたんじゃないの?北米の連邦軍が総力を挙げて攻撃したんだ。
そこでの戦闘は厳しいなんてものじゃなかったはずなのに…まだ、まだ笑っていられるなんて…なんて精神力なの。
あたしも、怖いなんて震えてられない…!
 「各機へ。あたしは…連邦の、マライア・アトウッド曹長です!こちらで、連邦機の動きと無線を監視しています。
 情報は適宜連携します。それから、ガウから送られてくるマップ上の数字のマーキングはこちらが仕掛けたトラップです。
 手動で爆破しますので、必要な隊は要請をお願いします!」
「おぉ、さすが頼りになるな!」
「よろしく頼みます。そこに引き込んで爆破してもらうのが簡単ですかね?」
「最初の数機は、それでも行けるだろうが、なんども効く手ではねえわな。まぁそこらへんは戦いながらやっていくしかあるまい」
「なぁに、あとちょっと持ちこたえれば、フェンリル隊の残りも来てくれるはずだ。そうなりゃぁ、こっちものんよ!」
「セイレーン隊、出ます。グリフォン隊、援護頼みます」
「おおし、任せとけ!」
 そう無線が聞こえて、モビルスーツの群れが、格納庫の裏手のゲートから出て行った。
「セイレーン隊の2機の援護はこっちが受け持つ。フェンリル隊の若いのの援護は、そっちのドムに任せてもいいか?」
「了解です。ニッキ、私が援護に着きます。無理はしないで」
「了解。頼みますよ!」
各機が、声を掛け合っている。励まし合っている。生きるんだ、死ぬもんかって、奮起しようとしている。
隊長…確かに、あたし、こんなときに泣き言ばっかり言ってたね。
ダリルさん、こんなときに及び腰になるあたしを信用できなくて当然だよね。
そうだ、このジオン兵たちと一緒にいても、オメガ隊といるときと同じであたしは引かずに支援することが必要なんだ。
 「格納庫右翼側へ攻撃をかける。第一小隊、砲台を押さえろ。第二、第三小隊で格納庫へ接近する」
連邦の無線!
「か、各機!連邦は倉庫正面の左翼より接近してきます!東です!」
「了解しました。セイレーン隊1番機、オリガ・スパーク中尉です。左翼、最東へ展開します」
「了解、オリガ中尉殿!こちらグリフォン隊の3番手、マティアス・タッペル少尉が援護しますよ!」
「こっちはグリフォン隊の4番機パトリック・ゼマン軍曹と6番機ドニ・ルー軍曹!セイレーンの2番機さんはどこへ行くよ?」
「エドワード・ウォルチ軍曹だ。同じ軍曹同士、仲良くやろう!俺は中央へ行く。フェンリル隊には西側を任せた!」
「こ、こちら第1小隊!ジオンモビルスーツを視認!ツメツキ2!トゲツキ3!ムチツキ1!スカートツキ1!」
「こちら隊長機!第2小隊援護へ回れ!第3小隊は、そのまま格納庫への距離を詰めろ!
 格納庫内に何かがかくれんぼしてんのは明白だ!あのデカイ扉にバズーカぶち込んでやれ!」
両軍の無線があたしのヘッドセットの中で混線する。
450:
「鳥のお嬢さん!しっかりと見張っててくれよ!」
マットさんがあたしの肩をポンとたたいた。言われなくても、大丈夫!
 モニタ上の敵の光点が一気に散開する。一方はまっすぐにこちらへ向かってくる。もう一方は、モビルスーツ隊の方へ…!
 「こちらシュマイザー!モビルスーツ隊は、敵の向かってくるモビルスーツを足止めしろ!
 格納庫を狙っている方の部隊は、砲台とアトウッド曹長で防ぐ!」
「りょ、了解!」
あたしは返事をした。ってことは、東への展開を諦めてまっすぐ突っ込んでくるこっちが相手だね。
見てろ!ダリルさん直伝の仕掛けだ!またひっくり返してやる!
 光点3つが地雷原に近づいてくる。まだだ、まだ早い…もうちょっと、あと、あと少し…
 格納庫に直進してくる3機のうちの先頭が地雷原のマークと重なった。
 いまだ!
 あたしは、マップ上に書いてある番号を入力してエンターキーを叩いた。ズン、と鈍い爆発音がする。
「地中機雷の爆発を確認!」
今まで聞いたことのない声。きっと、ガウから砲台を動かしている人の声だろう。すぐに、その声がもう一度叫んだ。
「敵モビルスーツ1機、行動不能を確認!」
やった!3機目!
 「くそっ!こいつら…!」
「ウェルチ軍曹!出すぎだ!」
「ニッキも、突出している!下がって!」
一方で、モビルスーツ隊の悲鳴が聞こえる。
「こちらモビルスーツ隊!敵部隊はこちらをあぶりだそうとしてます!時間を掛けるつもりです!」
ニッキ少尉の声が聞こえてくる。それはまずい。でも、連邦にしてみたら当然だ。
ミノフスキー粒子が濃いから、増援の要請はしばらくは出来ないにしても、
この戦闘音に気付いて近くの隊が集合してこないとも限らない。こんな場所で時間を掛ければ、こっちが不利だ。連中、それをわかって…
「倉庫強襲隊、接近再開します!」
―――まだ来る気?!
あたしはまたモニタに目を戻す。光点の2つが移動して、今しがた爆発させた地雷のあった個所へ固まった。
 そうだよね、やっぱり、同じところに来るよね…だって、そこには、もう爆発させられる物なんてないんだから…
「砲台、撃ち方はじめ!近づけるな!」
シュマイザー隊長がそう叫ぶと同時に、別の声が悲鳴を上げた。
「格納庫前砲台、敵弾命中で沈黙!」
「くそっ!」
マットさんが声を上げた。格納庫前にはもう最後の地雷原が残っているだけ2機まとめて撃破しないと、またその後ろを取られる…
でも、2機はそんなこと、相手だってわかっている。
固まって最初の地雷があったところを抜けた連邦機は、片方が先頭に立って、もう片方がそのすこし後ろをついてきている。
これじゃぁ、2機まとめての爆破は無理だ。
「後ろの部隊は、まだなのか?!」
マットさんは焦れた様子でいきり立っている。無理もない。あたしだってさっきからドキドキしっぱなしで手はもう汗でぐっちょりだ。
「まだ連絡はない!」
隊長の苦しそうな声も聞こえる。
451:
「左翼!敵モビルスーツ増援!」
不意に、セイレーンの1番機が叫ぶ声が聞こえた。
ウソでしょ!?もう嗅ぎ付けられたの!?
「こちら第1、第2支援小隊。攻撃位置に到達。座標位置、特定。側面より、格納庫への砲撃を開始する」
―――支援小隊って言った?!だとしたら、こいつら中隊規模じゃないの!?
しかも、今、砲撃って言った…砲撃ができるモビルスーツがいる中隊以上の部隊…
混成機械化部隊?それなら、少なくても20機以上は…
 ズズズン、と言う地鳴り。砲撃が着弾したんだ…近い…!
「くそ!このままじゃ釘付けで砲撃の的だぞ!」
 ダメ。ダメだ、このままじゃダメだ!圧倒的に劣勢だ…どうしよう…なにか、なにか援護の策を考えないと…
 あたしは、格納庫の中にあった物資に頭を走らせた。残っていたのは、信管を抜かれて通電させないと起爆しない弾薬に、通常爆薬。
配線のあまりに、電源装置に…えーっと、あと、あとは何があった!?
 「隊長!砲撃隊を叩かないと、どうにもなりません!」
ニッキの叫び声。
「くっ…ニッキ、ソフィ!グリフォン隊1機と一緒に、砲撃隊を狙え。砲撃を妨害するだけでいい!」
「敵の規模も、護衛の有無も不明、ときたもんだ。しゃあない、俺がお供しますよ、フェンリル隊のお二方!」
「了解!すぐに向かいます!」
 これじゃぁ、こっちの直援が手薄になる…なにか、なにか手を打たなきゃ…!
 焦れば焦るほど、考えがまとまらなくなる。頭の中がゴチャゴチャでいらいらする。それに胸が焼けるように熱い。
もう!もう!なんであたしはこんななの!バカ!役立たず!
 「おい、鳥のお嬢ちゃん!なんか策はないのか?!」
マットさんもそう言ってくる。わかってる、分かってるよ!そんなこと言ったって…
あたしはコクピットの中から外を見渡す。なにか、使えるものはないの!?
452:
「隊長!後続隊、到着しました!」
 不意に、無線から聞こえた。
 知らない、男性の声。
「少尉!」
マットさんが叫んだ。
「敵に発見されてるようだな…さすがに、連邦もしつこい…」
声の主は言った。
 きっと、フェンリル隊の後続部隊だ!良かった、間に合った!
「ル・アーロ!そちらの状況は!?」
シュマイザー隊長の声が聞こえる。
「スワガー、マニング、レンチェフが撃破されましたが、無事です。ホバーに救助させて帯同しています。
 自分と、シャルロッテ機、サンドラ機のほか、殿に残ったキャリフォルニアベース防衛隊のザクが2機おります。
 損傷程度は、どれも中破未満。残弾はわずかです」
 そんな…正直、戦えるほどの戦力に思えなかった。5機のモビルスーツが到着しても、弾もない、ボロボロの機体…
そんな状況で戦うなんて…
「うわぁぁ!」
「セイレーン隊2番機に直撃弾!」
「エドワード!」
無線が鳴り響いた。
 ツメツキのパイロットのはずだ!マズイ!あたしはモニタに目を向けた。地雷原の手前で、友軍機らしき光点が消えた。
「体は無事だが、機体大破!脚を持って行かれた!」
「敵モビルスーツが向かってる!脱出を!」
とっさだった。
「地雷原を爆破して足止めします!その隙に、パイロットの回収を!」
あたしは叫んだ。
「よし、俺が行く!パトリック、援護を頼むぞ!」
「任せな!」
それを聞いてから、あたしはツメツキがいたあたりの地雷を番号を入力して起爆させた。ズズズンと鈍い振動音が響く。
「よし、よし、回収した!だが、戻ってる余裕はない!コクピットに収納して、このまま戦闘を続ける!」
「良くやった!これより、フェンリル隊の増援もそちらに向かう!足止め、頼む!」
「敵砲撃部隊の撃破成功!」
不意に今度は、勝鬨みたいな叫び声が聞こえてくる。
「こちらソフィです。敵の量産型キャタピラタイプを6機撃破」
「よし…よし!あとは目の前の敵だけだ!」
マットさんが喜んでいる…でも、そうだろうか?砲撃隊6機、と言うことは、今、格納庫周辺にいる部隊と撃破した機体の数と合わせても20機未満。
まだ増援があるかもしれない。そして、こちらはすでに、1機やられている。
到着したフェンリル隊とトゲツキ2機が参加しても、それでも、包囲部隊の数よりも少ない。
加えて、弾もわずか、機体も損傷している…
453:
 そう、これが、今あたしたちが持てる全部の勢力…でも、連邦はまだ余力も弾も残している…それも、圧倒的に…
―――勝てない。
あたしはそう直感していた。
これまで、戦闘を経験してきた数はそんなに少なくはない。
いつだって大した役には立ててなかったけど、でも、勝てるときと、勝てないときの雰囲気の違いっていうのは分かる。
勝てないときは、いつだってこうだ。
何をやっても、それを妨害され、止められ、踏みにじられて、胸が苦しくなるみたいに締め上げられて、
視界が狭くなってくるような感覚に襲われる。
 「よし、我々も迎撃に向かうぞ!」
ル・アーロと呼ばれた男の声がした。それを聞くや、マットさんがあたしを向き直る。
「すまん、鳥のお嬢さん。俺も出る。降りてくれるか?」
マットさんはあたしの肩をつかんで、そう言ってきた。ここに居ても、邪魔なだけだ。あたしはそう感じてうなずいた。
 すぐに、マットさんの操縦で、マニピュレータから地上に降りる。マットさんの機体は、格納庫の裏扉の方へとズシズシ歩いいていく。
 それとほぼ同時に、ガウが地下から地上階に到着した。
だけど、こんな状態で離陸なんて自殺行為だ。離陸できるとしたら、モビルスーツ隊を置いていくしかない…
でも、ここまで来てそんな選択、ありえるわけがないんだ。だとしたら、もし、モビルスーツ隊が負ければ、みんなは…
「こちらグリフォン6番機!残弾を撃ち尽くした!」
「俺のグレネードを使え!狙って投げろ!」
「セイレーン隊のスパークです!左腕、敵弾で破損!いったん引きます!」
「グリフォン隊の6番の方!私のヒートホークを使って!」
「スパーク中尉、こっちへ!援護しますよ!」
「右翼に回り込まれてる!」
「こっちで対応する!ニッキは前の奴らに集中を!」
 あたしは、グッと拳を握った。
外では、みんな戦っているのに、それなのに、あたしはこんなところで、モニタを見ていることしかできない。
戦術のことは頭に入っている、モビルスーツの操縦だって訓練した。
だけど、あたしはこれっぽっちも実践でまともに戦ったことなんてないんだ。
いつも逃げてばっかりで…本当の意味でまともに敵と向かい合った経験なんてないも同然。
そんなあたしがこんなところで何ができるっていうの?
 湧き上がってくるのは、今まで逃げ続けてきた自分への怒りだった。
もっとちゃんと、戦うことの意味を考えていたら、
もっとちゃんと、戦う方法を知ろうとしていれば、
もっとちゃんと、冷静に考えることに慣れていたなら…
こんな、こんなことにはならなかったかもしれないのに!
454:
 「マライア!」
ソフィアの声だ。見ると、ソフィアがガウから降りてきてあたしの方にかけてきていた。
「今到着したホバーにもケガ人が大勢いるの!手を貸して!」
ソフィアは、服や体を、血で汚していた。まるで、あの日、MPたちを殺したときのようだった。
でも、彼女の眼には、意思があった。まだ、あきらめていない。
「うん!」
あたしはそう返事をして、ソフィアと一緒にホバーへと走った。中は、十数人のけが人がうずくまっている。
「歩ける人は、自分でガウまでお願いします!他の負傷者に肩を貸せる人がいたら、協力してください!
 歩けない方は担架で運びますから、すこし我慢していてくださいね!」
ソフィアはケガ人たちにそう指示をしてから、一番近くにいた、全身が火傷のようになっている兵士に目を向けた。
「この人を!」
「オッケー!」
あたしは返事をして、その人を担架に乗せた。ガウの方へ運びながら無線に呼びかける。
「こちら、アトウッド!ケガ人搬送のため、しばらく戦場のモニタができません!地雷の爆破も、空母の方でお願いできますか?!」
「了解した、曹長。負傷者を頼む」
隊長はそう言ってくれた。
 ソフィア、ごめんね。
あたし、自分でソフィアだけは守るなんて言いながら結局は、あなたにもあなたの仲間にも励まされてばっかりだ。
守るなんて大きなことを言っておいて、結局あたしはここへきても守られてばかり。
隊にいたころと、なにも変わってなかった。
ううん、変わっていたのかもしれない、変わり始めていたのかもしれない。
でも、タイミングが遅すぎた。
今まで逃げ回ってきた人間が、こんな土壇場で急に変わろうだなんて思って、変わることが出来るほど、甘くなんてなかったんだ。
今までのツケを全部ここで払わされているようなもの。結局、今まで逃げてきた報いなんだ。
 ケガ人を運びながらあたしはそんなことを考えていた。ここはきっと、もうダメだろう。
フェンリル隊が奮戦してくれれば、何人かが命を賭して連邦を撃破してくれれば、あるいは…
いや、そう思うことが、もう逃げなんだ。自分ができないから、誰かが、なんて思うことこそが、そもそも間違ってるんだ。
455:
 ソフィアはケガ人を必死になって運んでいる。ソフィアは言った。
自分は、戦場で散っていくんだ、って。今のこの人生は、オマケみたいなものだって。
車の中では、腹がたっただけだけど、今もう一度思い返したら、やっぱりその言葉は、悲しいな。
ガウを無事に飛び立たせることが出来なくても、ソフィアだけは、なんとしても、そんな思いのまま死なせたくない…
だって、あんなに苦しくてつらい目にあったんだもん。
死んじゃうよりも、そう言う、つらいことを帳消しにできる様な楽しくて幸せなことを経験してほしい。
そのためにも、こんなところで、死なせちゃ、ダメ。
 ケガ人を大方運び終わって、あたし達はホバーを確認していた。
他にはもう誰も乗っていない。
そう、あたし達二人以外は誰も…
あたしは、腰に差しておいた拳銃に手を掛けた。
「待って」
そんなあたしを見たソフィアが言った。
「まだ…まだやれる!まだ、なんとかなる!だから、そんなことやめて!」
まるで、叫ぶように言ったソフィアの目には、いっぱいに涙がたまっていた。
「ごめん、ソフィア。でも、もう、ここは危険だよ。お願い、あたしと一緒に逃げて」
あたしは、拳銃を抜いてソフィアに突きつけた。撃つつもりはない。それはお互いにわかっている。
でも、これはあたしの意思表示だ。ソフィアはあたしの両肩に手を置いた。
「ダメ、まだ、ダメだよ…みんな、みんな戦ってる。私、彼らを捨てていけない…」
捨てる、と言う言葉があたしの胸に刺さった。ソフィアを一度は見捨てた、あたしの胸に。
「お願い、マライア。もうちょっとだけ手を貸して!それがダメなら、私を置いて先に逃げて。
 あなたはここで死ぬ必要はない…死ぬのは、私だけでいい…」
また、それを言うんだね、ソフィア。何度も、何度も、同じことを繰り返して。
あたしがここにどんな気持ちで来たかなんてわかってるはずだよ。
オメガ隊のみんなが、何を思ってあなたを助けたかも、分かってるでしょう?!
どうしてそんなことが言えるのよ!
どうしてそんな、悲しいことを口にできるの!?
 あたしはソフィアの胸ぐらをつかんで、拳を振り上げた。
456:
 その瞬間に、何か得体の知れない騒音が響き渡った。まるで、金属同士がこすれるような…
「に、西側の砲台、失陥!敵モビルスーツが格納庫前扉に張り付きました!」
無線が鳴った。次の瞬間、前扉からピンク色の光が漏れて分厚い鋼鉄製の扉が引き裂かれ、ジムのメインカメラが中を覗いた。
「格納庫内に、敵攻撃空母を視認!繰り返す、格納庫の中にいるのは、あの紫のデブ空母!」
「くそっ…まだあんなものを隠していたか!各機!モビルスーツは無視して、格納庫に集中砲火!空母を撃破しろ!」
連邦が無線でそう怒鳴っている。
 見つかった。ダメだ…もう、空母は助からない…
 あたしは、ソフィアから手を離して、拳銃を腰に戻した。
「ソフィア。もう限界だよ。ガウが見つかった。敵は全部ここを目指してくる。
 フェンリル隊がいくら精鋭でも、あんなボロボロの機体で、弾もなくて、
 のこり15機以上もいるかもしれない連邦のモビルスーツを全部撃破できるとは思えない。
 お願い、ソフィア。言うことを聞いて…」
 
 そう言っている間にも、格納庫に連邦の攻撃が来ているのがわかる。
爆発音と地鳴り、そして振動で格納庫全体がミシミシと軋んでいる。
 まだ、持つかな?このホバーならアシはい。モビルスーツに追われても、逃げ切れる。
退路は…一度西へ向かって、それから南だ。その方角には隊長たちがいるはずだ。そこまでたどり着ければ、まだ安全でいられる。
隊長のところへ戻ったら、あたしも、アヤさんのようにソフィアを連れて逃げよう。
それなら少なくとも、隊のみんなには迷惑はかけないし、ソフィアを死なせることもない。
もう、それが最後の手段…
 そう考えていた一瞬の間に、ソフィアは身をひるがえした。あたしは、しまった、と思ったけど、拳銃は抜かなかった。
これは、ソフィアに納得してもらわなきゃいけないことだ。
拳銃で脅したり、ケガをさせたり、殴って気絶させたところを引きずっていくのじゃダメなんだ、きっと。
「前扉に直撃弾!前扉、崩れます!」
そう言う無線を横耳で聞きながら、あたしはソフィアを追ってホバーから出た。
ズズズズン!
ホバーの外に出た瞬間、重い音とともに、格納庫の正面扉がレールごと破壊されて、外側につんのめるようにして倒れこんだ。
ガウが外から丸見えの状態になった。
 ソフィアは、ホバーの外で、呆然としていた。彼女の見つめる先には、ガウにバズーカ砲を向けたジムが一機。
ジムは確実に、カウの操縦席付近に照準を定めている。
 「くそ!空母を守れ!」
誰か、誰だかを判断することもできなくなっていたあたしの耳に、そう叫ぶ無線が聞こえた。次の瞬間、ジムに銃撃が始まり。
ジムはそれ旋回をしながら躱すと同時に、バズーカ砲を発射した。
457:
 バズーカの砲弾は、ガウから逸れた。そして、目にも留まらぬさで、今まで乗っていたホバーの方へと直進してくる。
「マライア!」
ソフィアの叫び声が聞こえたと思ったら、次の瞬間には何か強い力で体がはじかれた。
耳をつんざき、全身を打ちのめすような轟音と衝撃とに体が弾かれてすっとんだ。
 耳がキーンと鳴っている。体のあちこちがミシミシと痛む…ここは、あたしは…どうなった?
 痛む体をこらえて上半身を起き上がらせる。幸い、致命傷はなさそうだ。
―――ソフィアは?
 そう言えば、爆発前の衝撃。あれはソフィアがあたしを突き飛ばしたんだ。
ソフィアも近くにいるはず…そう思って見渡すと、そこにあったのは、燃えてバラバラになっているホバー車両だった。
あぁ、あれに命中したんだ…思考に靄がかかってみたになっていて現実がうまく認識できない。
 さらにソフィアを探すと、彼女は燃えているホバーのすぐそばにうつぶせに倒れこんでいた。
あれだ…ソフィア、行かなくちゃ、彼女のところへ…!
 そう思って立ちあがった瞬間、右足に激痛が走った。
みれば、大きな鉄の破片がふくらはぎの皮膚を貫いての筋肉の奥深くまで突き刺さっている。
あたしは、歯を食いしばって、それを抜いた。
吐き気がするほどの猛烈な痛み。
でも、でも…ソフィアだ、あの子のところに、行かなきゃ…すぐに着ていたシャツの片腕を破って、止血をして、
脚をかばいながらソフィアのもとへびっこを引いて歩く。
 近づいたソフィアの体は…血だらけだった。それにあちこちの火傷も。ソフィアはピクリとも動かない。
―――まさか…そ、そんなこと、ないよね…
あたしはさらに近づいて、膝から崩れ落ちそうになった。
 ソフィアの体にあるはずの部分、腕が、左の腕が、なかった。左の脚も、明らかに、おかしな角度に…スネから下が、真逆を、上を、体の方を向いている。
あたしは、震える体になんとか言うことを利かせて、ソフィアの体を抱き起して、膝の上に支えた
「…うぅっ…くっ!」
良かった、まだ、生きてる…
 あたしは、意識が混濁しているソフィアの体を観察する。左腕は吹き飛んだのだろう、傷口は引きちぎられたようになっている。
同じく左足もひどい状態で、半分肉と骨が削げ落ちて、いつポロッと取れてしまってもおかしくないような有様だった。
 「ソフィア、ソフィア、起きてよ!」
あたしが軽く、彼女の頬を叩くと、すぐに意識を取り戻した。そして意識を取り戻してすぐに、自分の体の状況を理解した。
 「すぐに、すぐに止血するからね…待ってて!」
あたしは、残っていた方のシャツの袖をやぶいて、それで無くなった腕の上側を止血のために縛り上げ、
脚の方はソフィアが着けていたベルトを使った。
 なぜだか、ふっと、あのモーテルの時に、一緒にシャワーでソフィアの体を洗ったときのことが、脳裏に浮かんできた。
お互いに目を見つめあう。不思議な沈黙があたし達を包んだ。
458:
 なんて言おう、謝らなくちゃ。怪我させちゃったよ…ダメだな、本当に。弱気になったとたんにこれだもん。
守る、なんて言ってたあたしが、一番の危険な隙を作っちゃったじゃないか…
 そんなことを考えていたら、ソフィアが震える唇を動かした。
「ご、めんね、マライア」
ソフィアが悪いことなんて一個もない。謝る必要もない。
あたしは膝に寄りかかっているソファアの髪を撫でて、なるべく穏やかに笑ってあげた。
「ごめんね、マライア。死にたい、なんて言って。殺して、なんて言って、あなた達をたくさん悲しませた…
 でもね。本当に、ごめんね。私、今、怖いよ。死ぬのが。死にたくない…生きていたい…」
「ソフィア…?」
あたしは、彼女の口から洩れてきた言葉に、思わず彼女の名前を呼んでいた。
「怖いよ、マライア。なんにもできずに死んでいくのが怖いよ。グルグルとMPたちのことを考えたまま死んでいくの、イヤだよ…
 マライア…私、死ぬのなら、隊長たちにありがとうを言ってから死にたかったよう…
 もっとたくさん、楽しいことして笑っていたかったのに…やだよ…私、私、まだ、死にたくない…生きてたい…」
あたしはソフィアの体を抱きしめてあげた。臓器への致命傷はない。でも出血は続いている。
わかってるんだ、ソフィアにも。自分に時間が残されてないってことが。
ジオンのモビルスーツがガウの発進を援護すれば、ガウが味方のモビルスーツを無視すれば発進できるかもしれないけど、
絶対にそれをしないだろうということ。モビルスーツが勝たないと、ガウは出ない。
もし、モビルスーツが負ければ重症のソフィアをガウに乗せたところで、満足な治療なんてできない。すぐに爆破されてしまうだろう。
 でも、かといって、車でここを離れても、近くに連邦の野戦病院でもなければ間に合わない。
そう、ソフィアの怪我は致命傷じゃないけれど、長くこのままの状態を保っていられるような軽いものでもない。
なるべく早くに完璧な止血をして、輸血をしないと、助からない。
連邦のモビルスーツを、ソフィアをこのまま放っておける時間内に排除できる可能性は、もうほとんどない。
でも、もし、現状、どっちか、と言われたら後者だ。
 車で病院を探すでも良い。隊長達を探すでも良い。そっちのほうが、ソフィアを助けられる可能性が高い。
何をためらうことがあるのだろう…そうだ、初めてソフィアは生きたいって言ったんだ。
死にたくないって、口にしたんだ。
 ソフィアだけは死なせないんじゃなかったのかよ!このヘタレ!チキン!マヌケ!!!
あたしはそう思って、渾身の力を込めて自分の顔面をぶん殴った。気合入れだ。それから、あたしはソフィアの体を抱いた。
459:
 「大丈夫だよ、ソフィア。あなたは、あなただけは必ず助ける!」
あたしは渾身の力を振り絞って、ソフィアを担ぎ上げた。
金属片が刺さっていた場所から血が噴き出して痛くて痛くて、脚から力が抜けて行きそうなのを必死でこらえる。
それから、一歩ずつなんとか、格納庫の前扉の方にまで歩いていく。あの外に、乗ってきた車がある。
それが、最後の頼みの綱だ。
格納庫を出て、車があったほうを見やる。
そこには、攻撃で崩れた格納庫の外壁に押しつぶされている、あたし達の車があった。
―――あぁぁ、ダメだ…
あたしは、心の中で、ついにそれを認めてしまった。もう、逃げることもできない。ダメだ…どうしよう…?
 その場にあたしはへたり込んだ。ソフィアをまた、胸の上に抱いて支えるようにして、空を見上げた。
「車、だめだね…」
ソフィアがつぶやいた。
「うん…」
あたしが返事をすると、ソフィアはかすかに笑った。それから
「空、きれいだね…」
と震える唇で言った。
「うん…」
あたしも答える。
 確かに空は澄み渡って行って、どもまでも、深く、青く広がっている。
「ニッキ少尉のグフが!」
「大丈夫、腕をやられただけです…下がります!」
「こちらセイレーン1番機!敵のサーベルで、右腕をやられた!もう武器がない、戦闘の継続できません!」
「敵が一気に押してきた…!あぁ!アルヴィン機、被弾!大破!」
「グリフォン隊、パトリック・ゼマン軍曹です。残弾、ゼロ。底を付いた。これよりヒートホークで特攻をかけます。
 2,3機と一緒に相打ちにでもなりゃ、あとの皆さんの役に立てるかとおもいますんで、ね」
「待て、グリフォン、まだあきらめるな!こちらに引き込めば機雷地帯へ誘導できる…まだ我慢だ!」
「こちらシャルロッテ!撤退を援護します!戦線を下げましょう!」
「俺がひきつける!フェンリル隊!損傷機の援護頼むぞ!」
戦っているみんなの声が聞こえる。みんな必死だよ、ソフィア。みんなを守ろうとして、必死に戦っているよ。
すごいね、勇敢だよ。それに強いよ。あれだけ圧されているのに、絶対にひるまない。絶対に心が折れないよ。
もうダメかもしれないっていうのに…ね。
460:
「マライア…」
ソフィアの声だ。
「ん、どうしたの?」
「あたし…ありがとう…」
「ソフィア…」
「あなたに会えて、助けてくれて、本当に良かった…」
「まだ、お別れじゃないよ。負けないで。今、何か考えるから、だから、気持ちだけはしっかり持って。あたしが着いてるから」
そう言ってソフィアを励ます。
でも、戦場のど真ん中で座り込んだあたし達にできることなんて何もなくて、血が止まらないこの脚でもうこれ以上、ソフィアを運ぶ気力も体力もない。
 「ごめんね、ソフィア。せっかく生きたいって言ってくれたのに…あたし、あなたを助けられないかもしれない」
「ううん、あなたは、助けてくれた。ここに、私に最後の仕事を、させにしてきてくれたよ…」
あたしもソフィアもいつの間にか泣いていた。
 ダメだ、頭が、気持ちが負けている。もう何を考えたってソフィアをここから連れ出す方法が浮かばない。
浮かばないどころか、まるで頭が真っ白のすかすかになってしまっているみたいだ。
どうにかしなきゃ、頭ではそう思うのに、気持ちがもう、奮い立たない。
「くそ!ジオンめ、しぶとい!」
「砲撃隊は全滅、こちらもすでに8機もやられてます、隊長!増援はないんですか?!」
「ミノフスキー粒子が濃すぎて、味方に届いているか確認できん。慎重に無理せず行け。
 向こうは体も心も機体も疲労はピークだ。つけ入る隙は、必ずある」
連邦の指揮を執っている人の声。
 あぁ、これが隊長だったらな…隊長があたし達の相手でここにきてくれたら、こんな苦労なんてせずに、
ソフィアを、生きたいって言ってくれた彼女を助けられたかも知れないのに。
 いろんなことが頭を巡って、あたしはソフィアを抱きしめる腕に力を込めた。
「ソフィア、いっぱい考えてるけど、逃げる手立て浮かばないや。
 ごめんね…でも、大丈夫だよ。あなたが動けなくても、死にそうでも、たとえ敵の砲弾がここに降ってきても、一緒にいてあげる。
 それしかあたしには出来そうもないや。許してね」
あたしが言うと、ソフィアも力なく笑いながら
「ううん…ありがとう、マライア。本当にありがとう…」
あたしもマライアも、もう涙が止まらなかった。
461:
 「上空に機影!」
不意に、無線からそう聞こえた。あたしは、ハッとして空を見上げた。
 そこには、四角い何かが飛んでいた。
―――あれは…ミデア輸送機
「連邦の輸送機か!」
「くそ…もう機体も限界だってのに!」
「ははは!手柄を分けて欲しいってか?」
「まったく、援軍ならもっと早く来いよ!おい、どこの隊だ?」
ここへ来て連邦の増援だなんて…もうフェンリル隊でもささえるのでやっと…これ以上敵が増えたら、ガウを守りきれない…
「こちら輸送機隊ファントム。ファントムリーダーから、ファントム2へ。ペイロード開放、モビルスーツ隊、降下せよ」
見上げていた輸送機の後部がキラリと光った。
 太陽の光に反射されたのはモビルスーツだ。
そして、あたしは戦慄した。
太陽を反射させていたそのモビルスーツは、真っ蒼に輝いたからだった。
「蒼い、モビルスーツ…?!」
シャルロッテの絶望に満ちた声が聞こえてくる。
「まさか…!ミサイル基地をやったあいつか!?」
マットさんも絶句している。
「全機迎撃体制を取れ!いいか、こんなところで死ぬな!最後まで戦い抜くんだ!」
シュマイザー隊長がほえている。
 ソフィアの話なら、あの蒼いジムは、本当にバケモノだ。
いくらフェンリル隊が精鋭だからといって、ミサイル基地を単機で壊滅させるような機体とやりあって無事でいられる保証はない。
それでなくても、彼らのモビルスーツは損傷も消耗も激しい。
10機以上の量産型ジムに囲まれて、なんとか足止めをすることで精一杯だったと言うのに…
 「もう、ダメ、なんだね…」
ソフィアがそういってからうめいた。
 あたしはソフィアをもっと強く抱きしめる。助けなきゃ、あたし、この子だけは、助けてあげたいんだ…
その思いだけで、あたしは、もう一度だけ、なんとか頭を回転させる。
あれが降りてくる前に逃げないと…そうだよ、ヤバいんだ、逃げよう…撤退して、隠れて、次のチャンスを…
でも、どこへ?地下道へ戻ったって、そこには連邦に制圧されたキュリフォルニアベースがあるだけ。
ましてや、あの蒼いモビルスーツが加わりでもしてら、この包囲網の突破なんてできるはずもない…
…ダメだ、もう、何をどう考えても、勝ち目はない、逃げられない…どうしよう…死んじゃうよ…。
ソフィアが死んじゃう…フェンリル隊のみんなも死んじゃう…どうしよう、隊長…アヤさん…!
これじゃぁ、みんな死んじゃうよ…!
隊長…アヤさん!近くにいるなら…助けてよ…お願い…っ
「助けてよ!隊長ぉ!!!」
462:
「いや…」
無線から声が聞こえる。
「違う」
「お、おい、どうなってんだ!?」
な、なに?どうしたって言うの?
 無線から口々に戸惑う声が聞こえてくる。あたしはもう一度空を見上げた。
 空から降下してくる蒼いモビルスーツ。でも…あれはジムタイプじゃない。あんなモビルスーツ…連邦にはない…
あれは…蒼いモビルスーツだけど、でも、あれは…ジムなんかじゃなくて…
―――ジオンの、ムチツキ!?
 
ムチツキは空から降下しつつ背中に背負っていた剣を手にすると、突出していたジムに降りかかりながら斬りつけた。
 ズズン、と言う轟音とともにジムが倒れこむ。誰もが、あっけに取られていた。
 無線がガリガリと言う音とともに鳴り響いた。
「おい!マライア!いるか?!無事だろうな!」
 いつもの、懐かしい、乱暴な口調のだみ声が響いた。
うそ…嘘でしょ?!なんで?!隊長…隊長なの?!
「隊長…隊長!!!」
あたしは無線機に声の限りに叫んだ。
「あぁ、なんだ、無事だな。間に合ってよかったよ」
隊長だ…本当に、隊長が?来てくれたの?でも…なんで?どうして、隊長がトゲツキに?
だって、補給部隊の護衛の任務が…なんでここがわかったの?
「ど、どうしてここが…?あ、あの輸送機は?!なんでムチツキなんかに!?」
「あの輸送機は、今日の任務の護衛対象だ。ちょっくら借りてきた。
 このジオンのモビルスーツどもは、戦闘のあとに無事なものを隠しておいた。
 俺がホバートラックごときしか鹵獲してないと思ったら大間違いだぞ!
 ここへたどり着いたのは、ミノフスキー粒子撒く前に、ソフィアさんの腕時計で大まかな位置は把握してたからだ。
 びっくりしたか?ははは!まぁ、遅くなってすまなかったな。補給隊からあの輸送機借りるのに手間取っちまってよ」
隊長が笑ってる。正直、顔を見るまで信じられないくらいだけど、あの声、あの態度、隊長だ。
本当に、隊長だ!来てくれたんだ、あたしを、ソフィアを守りに、ここまで!
 輸送機からはまだモビルスーツが降って来る。どれも、ムチツキやトゲツキ…ジオンのモビルスーツだ。
463:
「ははは!さっすが隊長!手が早いなぁ!」
フレートさんの声がする。
「バカ野郎、俺をヴァレリオみたいな言い方すんじゃねえよ!」
「聞いてますよ!人聞きの悪い!」
ヴァレリオさんだ。
「おい、フレート!お前、気をつけていけよ!」
ダリルさんの声も。
「わぁかってるって!」
「各機、手筈通りにな。デリク、ベルント、上からの支援は頼むよ!」
「了解です、空なら任せてください!」
「了解している」
ハロルド副隊長…輸送機にはデリクとベルントさんが?
その会話を縫ってフレートさんが叫んぶ。
「おい、そっちは大丈夫かよ、ブランクあんだろ?!」
それにこたえるつもりがあるのかないのか、別の声が無線に響いた。
「やい隊長!隊長この野郎!レナのことが終わってんならパァッとやろうっていうから、わざわざ遠回りしてきたってのに!どういうことだよ!」
ア・・・アヤさんの声!?アヤさんまで来てくれてるの!?
「アヤさん!」
「おー、マライア!生きてるかぁ?!今こいつら片付けるからな、待ってろぉ!」
「アヤ、気をつけてよ!あなたモビルスーツ慣れてないんでしょ!?」
レナさんの声まで?
だ、だってレナさんはさっきのシャトルに乗っていったはずじゃないの?!なのにどうして?!
「大丈夫だって!守ってくれんだろ!?」
「そりゃぁ、私の方がモビルスーツは長いからね!」
「だはは!良いじゃねえか、パァッとやろうぜ!お客さん含めて久しぶりにオメガ隊勢ぞろいだ!
 相手は違うが、ひと暴れしてカレンの弔いでもしてやろう!」
「味方か!?どこの隊だ!?今まで、どこで何してた!?あの輸送機はどうしたんだ!?」
「あれは…あのマーク!」
シャルロッテの声がした。
ミデアから降って来たモビルスーツには、「Ω」の文字こそ入ってないけど、
すべてにオメガ隊のエンブレムに使われている不死鳥の絵柄が描き込まれていた。
「こいつらまさか、連邦の鳥の部隊なのか?!」
「例の噂の!?ここまで来て俺たちの支援を?!」
「おう、おたくらか、フェンリル隊ってのは!
 そんなボロボロの機体でここまで持ちこたえてるたぁ、レナさんから聞いたとおり精鋭だな!
 あとは任せろ!あんたらはその空母で逃げな!」
隊長が無線で怒鳴った。
464:
「シャルロッテ!ここは私たちに任せて!」
レナさんがシャルロッテにそう叫んだ。
「少尉!それでは、少尉たちが!」
「大丈夫、準備はしっかりしてきたから!このあとの展開も全部手を打ってあるし!あなたたちは行って!」
レナさんとシャルロッテ少尉は知り合いなの?
待って、一体何!?何がどうなっているの!?
ワケが分からないけど…でも、でも…隊長たちがここを支えてくれるなら、援護してくれるなら、ガウを発進させられる…
ソフィアの治療も、ガウの中で出来るはず…!ソフィアを、助けられる…!
 それが確信できた瞬間、目から大粒の涙がこぼれてきた。
安心と、喜びと、うれしさと希望となんか明るい感情が壊れそうなくらいにいっぺんに噴出してきてとまらない。
 隊長、アヤさん、みんな…!
 あたしはソフィアを見た。彼女もなんだか呆然としてたけれど、あたしは彼女をもっともっと強く抱きしめてやった。
「ソフィア、隊長が助けに来てくれた!ジオンのモビルスーツ使って、あなたを頼りに来てくれたんだよ!
 もう、もう大丈夫だから!大丈夫、こうなったらもう、誰一人だって、あたしは死なせない!」
「うん…うん…うぅっ…」
返事をして、またソフィアがうめいた。
「マライア!すぐに中尉を空母に運びます!担いでもらえますか!?」
シャルロッテの機体が近寄ってきてグッとマニピュレータを差し出してくる。あたしは渾身の力をこめてソフィアを担ぎ上げる。
足に激痛が走る。力が抜ける…でも、がんばらなきゃ!ソフィアを死なせない!助けるんだ!
 あたしはトゲツキのマニピュレーターの上にソフィアと倒れこんだ。
すぐにソフィアの体を捕まえて、もう一方の手で指の関節をつかむ。
 「鳥の部隊!恩に着る!」
「なぁに、良いってことよ!礼をしたいってんなら、うちの妹分の面倒をみてやってくれ!」
隊長の声がした。
「分かった!武運を祈る!」
「ははは!ジオンにそれを言われるとこっちもやる気が出てくるよ!よぉし、野郎共!デブ空母を空に上げるぞ!俺に続け!」
「おぉぉ!!」
「いいな、大事な妹分を死なせんじゃねぇぞ!
 いや、連邦もジオンも、誰一人死なすんじゃねえ!ここは今から!俺たち、オメガ隊の戦場だ!」
465:
Epilogue
「ダリル、空母の様子はどうだ?」
アヤがダリルさんに尋ねている。
「あぁ、こっちの防衛ラインは無事に躱したみてえだが、ついさっき、洋上に不時着したようだ」
「不時着?やられたのか?」
「いや、その後もソフィアの発信機の反応はある。度は落ちたが、移動していた」
「どういうことだ?」
「潜水艦だ」
隊長さんが言った。
「どういうことだよ、隊長?」
アヤが不思議そうに聞いている。
「洋上に不時着して潜水艦に乗り換えたんだろうよ。空母が飛んだと言われりゃ、連邦は必至こいて空を探すだろう。
 見つかっても不思議じゃねえ。そこで、こっちの防衛ラインを突破した段階で、潜水艦に乗り換えたんだ。
 こっちの防衛を飛び越えて、なおかつ消息をくらませられる。空じゃ隠れる場所もねえが、
 海中なら、息を潜めていりゃぁそう簡単に見つかるもんでもない。なかなかに良い手だ。あのフェンリルって部隊の隊長、やるな」
隊長は、憎らしげな表情でニヤついている。さすが隊長。私も、その読みは鋭いなと感じた。
沿岸部には封鎖のために連邦の潜水艦や戦艦がひしめき合っている。
いくらなんでも、そんなところにジオンの潜水艦が紛れ込めるはずがない。
だけど、空母より潜水艦の方が逃げるのは安全だ。
ガウに乗っている反応が洋上に停止して、それから度を遅めて移動した、と言うことになれば、
海上で潜水艦隊と合流した可能性は高い。いや、シュマイザー少佐のことだ。きっと、それくらいのことは考え付く。
「なるほど…で、今はどの辺りなんだ?」
「もう探知はできないな。潜航でもしたのか…そもそも、小型に小型を重ねた発信機だ。
計算じゃ、昨日バッテリーが切れても良いくらいだったからな。ボチボチ、寿命だろう」
ダリルさんはそう言って、持っていたコンピュータの画面を閉じた。
466:
「無事だといいですね、マライアちゃんと、ソフィア…」
「大丈夫だよ。なんやかんやで、あいつもアヤ似だし…って痛って!キ、キーラもうちょい丁寧に…ぃ痛てててて!」
「あぁ、もう、ちょっと!動かないでよフレート!」
私は、あとからやってきた、レイピアと言う部隊の女性隊員、キーラと一緒に、
連邦モビルスーツにめった撃ちされて転倒し、怪我をしたフレートさんの手当てをしている。
「おぉい、フレート!だから無茶すんなって、あれほどいったろう!?」
隊長さんがニヤニヤしながらフレートさんに言う。
「えぇ!?連邦機を、パイロット死なせずに5機もぶっ壊したんすよ?お褒めの言葉を聞きたいっすね!」
フレートさんも負けていない。
 あれから、私たちは、ガウが離陸するのを援護した。
ガウは何発か被弾していたけど、あの程度で飛べなくなるほど、やわな作りはしていない。
今の話を聞く限りでは、きっと無事だろう。
 ガウが飛び去ってから、別の連邦輸送機がやってきてそこから連邦のモビルスーツが降りてきた。
あたし達はその部隊に追われて地下格納庫まで下がって、乗ってきていたジオンのモビルスーツを全部自爆させた。
あとから降りてきた連邦のモビルスーツ部隊っていうのが、このレイピア隊。
要するに、援護に駆けつけたジオン側も連邦側も、実は私たちの作戦のうち。
そう、全部隊長さんが仕掛けた大芝居だ。
アヤに輪をかけて、とんでもないことを平気な顔して考え付いて、実行する人なんだ、あの隊長さんは。
 「よし、もういいでしょ。あとは基地に帰ってからかな」
キーラさんが言ったので私もうなずく。キーラさんはそれから、私を見てニコッと笑うと
「ありがとうね、レナさん」
なんて言った。きれいな人だな。
467:
 「よーし、レナ!アタシらもそろそろ行かないと、今度は本当に連邦の援軍が来ちまうぞ!」
アヤの声が聞こえる。
「あ!うん!」
私は走って行って、彼女に飛びつく。
「お、おい、やめろって!」
「やだ!」
私は言ってやった。普段なら人前で、しかも、知ってる人がこんなに大勢いるっていうのに、
こんな甘えた子どもみたいなことはしないんだけど…私自身は、もうなんかいろんなタガが外れてしまったのかもしれない。
 みんなが声を上げて笑って、冷かしている。別に、悪い気はしない。
 「お前ら、これからどこへ向かうんだ?」
隊長が聞いてくる。
「えと、ル…じゃなくてラリ…?あー、どこだっけ?」
「あぁ、フロリダ!船を買いに行くんだ!」
アヤが顔を赤くしながら、満面の笑みで言う。すると隊長は意外にも、へぇと感嘆するような表情を見せて
「なるほど、そいつは、確かに良いかもしれねえな。陸地にいるより、海の上を逃げ回ってた方がはるかに安全だ」
と言った。そう言われてみればそうかもしれない。でもアヤは単純に船が欲しいだけだと思うな。
こればっかりは、そんな深い思慮があるとは思えない。
そう思って、チラっとアヤの顔を見ると案の定、アヤもハッとした顔をしていて
「あぁ、そう言う利点もあったなあ」
なんていうもんだから、笑ってしまった。
 それからまた、少しだけとぼけた話をして、アヤが笑った。私も笑った。隊のみんなも、今日初めて会った、このレイピア隊のみんなも。
楽しい、優しい仲間たちだ。
 「よし、じゃぁ本当にいかないとな」
アヤはそう言って、レイピア隊が乗ってきた輸送機に積んでおいてもらったポンコツに乗り込んだ。私も助手席に飛び乗る。
「居場所が座ったら連絡するよ!みんな遊びに来てくれよな!」
「うん!待ってますよ!」
私たちが言うと、みんなも口々に励ましを言ってくれて、笑って手を振ってくれる。
「さぁって、逃げるぞ!レナ!」
「うん!全力で駆け抜けちゃって!」
あたしの声を聴いて、アヤはブンブンとエンジンを空回りさせると
「じゃぁなぁ!」
と窓から大声で怒鳴って、車を走らせた。
468:
 これでもかっていうくらいのスピードで、土の道から、舗装された道路に入る。
「ひゃっほーーー!」
「あはは!元気だな、レナ」
私が叫んだら、アヤがそんなことを言った。なんでよ?アヤは疲れたの?
「アヤは元気ないの?」
「いや、そう言うわけじゃないさ、元気だよ!でも今日と明日は寝ずに走って連邦の勢力圏から抜けるからな。
 地獄の耐久ドライブだ。体力は取っておかないと!」
「そっか、じゃあ私寝ておくね!おやすみアヤ!」
「お、ちょ、レナぁ!」
ふざけてそう言ってやるとアヤは不満いっぱいの声を上げた。
「なに?」
チラッとアヤの顔を見たら、まだなんにも言ってないのに真っ赤になっていたから、聞いてやった。
また何か、破廉恥なことを言うつもりなんだろう。
「その、ね、眠たきゃ、寝ても良いけどさ。あの、ひ、暇だったら、話し相手にはなってくれよな!」
あはは、なんでそんなこと言うのが恥ずかしいの?アヤはやっぱり、こういうのは弱いんだなぁ。
「うん!じゃぁ、もう、黙れって言われてもしゃべり続けてあげる!」
「あはは!頼むよ!」
でも、一緒にいて、こうして話したり、よろこんでくれるアヤと一緒にいるのは、やっぱり楽しいし、心が満たされる気がするんだ。
恋人っていうのとはちょっと違う。私そっちの方の趣味はないからね。
でも、それ以上に一緒に居たいと思うんだ。アヤは、いつだって私を包み込んでくれる。
私もどんなときだって、アヤを信じてあげよう。それがきっと、私たちの二人の絆なんだ。
私たち二人が旅で見つけた、何にも代えがたくて、どんなものよりも幸福な、一番の宝物だ。
469:
「マライアちゃん、無事だと良いね」
「んあーまぁ、大丈夫だと思うけどな。あいつ、ビビリさえ治れば、優秀なんだし」
「そうなの?」
「そりゃぁそうだよ!隊長にアタシに、ダリルにカレンの肝煎りだ!操縦の腕はデリクには負けるけど、その他の部分じゃ、優等生」
「へえ、そうなんだ…子犬みたいなのにね」
「ははは、言われてみれば、確かに小さい犬みたいだよな」
「あはは、やっぱり似てるよね。あ、ねぇ、話変わるけど、フロリダってどこにあるの?」
「ここから南東に1000キロくらいかなぁ」
「けっこうあるね」
「まぁな。すげえ頑張って、2日半くらいかな。
 あ、でも途中にさ、ホットスプリングスっていう温泉街があってさ。あ、レナ、温泉って知ってるか――――
――――to be continued
470:
以上です!
アヤレナに引き続き、原稿用紙換算300枚でした!
長い作品になってしまいましたが、読了感謝!
471:
おつおつ!
472:

隊長のかっこよさに濡れた
473:
おつおつ!
Ω隊かっこよすぎー!
そしてル・ローア、お前は泣いていいんだよ
475:

アヤレナ篇より熱い展開だったな
脱出劇のお手本みたい
それよりもオメガ隊はなんなん?
ただの航空機中隊じゃなかったんかw
連邦軍はもっとこいつらの給料上げるべき!
476:
>>475
あざっす!!!!
アヤレナ編の最初にアヤがチラっと言っているのですが、
オメガ隊とレイピア隊は、戦闘機隊からモビルスーツ隊へ転換予定でした。
そのための訓練も豊富に行っていると考えています。
ですが、この隊、機体の消耗率が高い(主にフレートのせい)ので、配備が後回しになり、
そこへジャブロー攻撃があって
フェンリル隊に電源壊されたり、赤い鼻とか赤い服の人に工場爆破されそうになったりして
さらに配備が遅れに遅れ…とご理解くださいw
隊長とアヤとダリルのオーバースペックは才能ですw
477:
熱い展開乙。
マライア達のその後、みたいなのあるのかな?
482:
その日、あたし達はジャブローの空にいた――――
「おい、敵さん見えるかぁ?!」
フレートさんの声が聞こえてくる。
「団体様でお着きだ…すげー数だな…護衛の戦闘機か」
「ははは!そんなもん、ムシムシ!狙うはあのデカブツだ!」
「おい、フレートォ!お前、今日弾幕に突っ込んだら予備機手配しねえからな!」
「わかってますって、隊長!」
そう言いながら、隊長とフレートさん、ベルントさん、そしてダリルさんが高高度へ上昇していく。
「こちら、オメガリーダー。オメガブラヴォーへ。お前らはそこで降下してきた敵モビルスーツを狙え。
上で煽ってやりゃぁ、焦って降りてくるだろう。なるべく体制を崩させるから、そこを狙え。
おい、対モビルスーツ攻略の基本、その1、デリク、言ってみろ!」
「はい!装甲の弱い部分を狙う!」
「おーし、マライア!その2!」
「えーっと、バーニア、スラスターなど誘爆要因となる個所を狙う!」
「ははは!おい、教育係!しつけは順調だな!」
隊長のうれしそうな声が聞こえる。
「バーカ言うなって!アタシはなんもしてない!これはカレンとヴァレリオのお陰だ!」
アヤさんもそう言って笑う。
「そりゃぁ、ね。小隊長が不甲斐ないから、手を貸してやったのさ」
カレンさんが口をはさんだ。
「てめぇ、カレン!」
アヤさんがそう言って声を荒げるけど、そこから先は、落ち着かせて
「…感謝してる。今日も、頼むぞ」
なんていうのだ。
カレンさんもカレンさんでそれを聞くや
「わ、わかってるよ。ちびちゃん達は任せな。そっちは…上のバカ共が無茶しないように見ててくれよ」
なんて言うのだ。この二人、なんだかんだケンカばっかりだけど、いいコンビなんだ。
 最近じゃ、カレンさんがあたし達のことを見ていてくれて、
アヤさんは、隊長たちとあたし達、両方の支援を臨機応変にしていく体制を取ることが多い。
カレンさんは、アヤさんほど回転がいわけでもないし、視野がとてつもなく広いわけでもないけれど、
独自の戦術論と経験があって、あたし達を引っ張ってくれる。
アヤさんとは違う頼もしさがあって、あたしもデリクも、いつも勉強させてもらってばかりだ。
483:
 「おぉっと、おいでなすったぞ!露払いだ!」
ヴァレリオさんが言った。正面に何かがキラリと光る。敵航空空母の護衛の戦闘機だ。
「オメガアルファ、現在の高度を維持せよ。敵戦闘機は引き離せ。オメガブラヴォー、アルファの援護を頼む」
「こちらブラヴォーリーダー、援護了解。各機、小隊分散してアルファを援護せよ!」
「了解、ブラヴォーリーダー!こっちはブラヴォー2だ。カレン、マライア!遅れんなよ!」
2つの班に分かれたオメガ隊の、ブラヴォー、B班のリーダー、ハロルド副隊長の声にアヤさんが答えた。
あたしとカレンさんは、ブラヴォー班の2番隊となる。1番隊は、ハロルド隊長に、ヴァレリオさんに、デリクだ。
「ちょっと、ミナト班長さん?!敵さん、もう『粉』撒いてきてるよ!さっさと、指示!」
カレンさんが言った。みると、コクピットのレーダーがホワイトアウトしていく。敵の散布したミノフスキー粒子だ。
「ったく、手が早いやつはきらわれっぞ?各機、ミサイルは使えない。機銃掃射で弾幕はって避けつけるな!
 アタシとマライアでアルファの援護!カレンは、ブラヴォーを見ててやってくれ!」
「あいよ!」
「了解!」
「こちらブラヴォー1。こちらは、俺がアルファの援護に着く。デリクとヴァレリオにそっちの護衛を任せる!」
「了解です!」
あたし達はそれぞれ配置に着く。お互いを守り合う、サッチやロッテ、シュヴァルムの合わせ技の戦法なんだけれど、
正直、理解するまでにはそうとう苦労した。だって、基本戦術をごった煮にしたような動き方をするから。
でも、慣れてしまえばこれほど心強い配置はない。簡単に言えば、ロッテを3隊に分かれてやると言う感じだ。
隊長が名づけて、グルグル戦法!ふざけたネーミングなんだけど、これが結構侮れないんだ。
 敵機があたし達めがけて群がってくる。落ち着け、慌てるな!
正面の敵と、味方を狙っている敵だけを注意して…あとは、みんながきっと守ってくれる…!
「マライア!正面から来るやつに気をつけろ!ヘッドオンしたら機銃掃射しながら上方に回避!」
「りょ、了解!」
正面から敵が突っ込んでくる。あたしはアヤさんに言われたとおりに夢中でトリガーを引く。
曳光弾の破線が伸びて行って、敵がそれを回避してちりぢりに分かれる。
 その敵を、さらにあたし達の後方から狙っていたデリクとヴァレリオさんの機銃が襲って、複数の爆発が見えた。
484:
「後ろに着いてるぞ!アヤ、いるんだろうな!?」
フレートさんの声だ。
「いるぞ!マライア、アルファの援護だ!」
「は、はい!」
あたしは操縦桿を引いて、機体を上昇させる。アルファ隊の後ろに迫っている敵機に向かってトリガーを引いた。
敵がそれをかわそうとしてまた回避行動に出る。
それを、さらにアヤさんとハロルド副隊長の銃撃が襲って、また数機が爆発した。
「敵空母接近!アルファ隊、上から攻撃をかけるぞ!高度を300上げろ!」
隊長の声が聞こえて、アルファが高度を上げていく。
「マライア!アタシらはこの高度を維持!カレン、そっちは?!」
「こっちは平気よ!上を頼むわ…っ!?」
返事をしたあと、カレンさんの苦しげな声が聞こえた。地上から味方の対空機銃が撃ちあげている。
無数の曳光弾の軌跡が、空に立ち上ってくる。あんなに…あんなにたくさん!?
「こ、こいつら!味方がいるの見えてないわけ!?」
「カレンさん、大丈夫ですか?被弾してますよ?」
デリクの心配そうな声が聞こえる。
「あぁ、大丈夫、飛ぶのに支障はないよ…でも、この対空砲は…!デリク、あんたも気をつけな!」
ガウがさらに接近してくる。襲いかかってくる敵機の位置を頭に入れながら、
目の前の、護衛対象のアルファに迫る敵機を追い払い続ける。この無数に、不規則に飛び交う対空砲をかわしながら…
 ガガガンと言う音とともに、衝撃が走った。
―――当てられた!?
 すぐにコンピュータで機体の状況をチェックする。右翼に異常信号…!燃料タンクがやられた…
す、すぐに封鎖を…!あたしはコンピュータを操作して、燃料の流出を止める。
485:
「デリクが被弾!おい!火吹いてるぞ!」
「くそぉ!地上の奴ら、見境なしですよ!すみません、先に出ます!」
デリクの声が聞こえた。
「了解、デリク!気を付けろ!」
「役に立てなくてすみません!みんなも気を付けて!」
そう言う声とともに、左の後方にいたデリク機からイジェクションシートが飛び出て、パラシュートが開いた。
「こちら、上空のオメガ航空隊!地上の対空砲部隊へ!射線を一定に取ってくれ!空が混乱する!」
隊長の怒鳴る声が聞こえるけど、対空砲の打ち上げが変わる様子はない。
「マライア!食いつかれてる!右旋回!」
今度はヴァレリオさんの声!
あたしはすぐに操縦桿を倒して右へ旋回する。
「マライア!低空へ逃げろ!上で回避してると味方の対空砲につっこんじまう!」
「はい!」
そう言いながら、操縦桿をさらに前に倒して高度を下げる。
強烈なGが体にかかって顎が上がってしまいそうになるのをこらえながら、必死に旋回する。
「マライア!そのまま5時方向まで旋回しな!そうすりゃこっちの正面に出る!あたしがたたいてやる!」
カレンさんがそう言ってくれている。
「了解!」
あたしはさらにGに耐えながら高での旋回を続ける。カレンさんの機体が脇をすれ違って、あたしの機体の後方についた。
「よし!排除したよ!」
「あ、ありがとうございます!」
ガガガン!と再び鈍い音!
 もう!なんでこっちを撃つのよ!敵機には一度も撃たれてないのに!コンピュータで機体をチェックする。
また、右翼!大丈夫、そっちは燃料を止めているから、すぐに支障は出ないはず…
「くっそ!こっちも下から食らった!」
「ヴァレリオ!無理しないで、あたしの後ろへ!着いてきな!」
「了解!頼むぜ!」
「アヤ!下はダメだ!バカ対空砲部隊のやつら、敵も味方もあったもんじゃない!」
「了解、カレン!隊長!低層も中層域も対空砲の密度が濃すぎて危険だ!高度を上げる!」
アヤさんが怒鳴る。
「了解した!すぐに退避しろ!気を付けて来い!」
隊長の声も聞こえる。
「カレン!マライア!あと、ヴァレリオも!着いてこい!上にあがるぞ!」
486:
「だぁぁ!くっそ、悪い、エンジンにもらった!」
ハロルド副隊長の声だ。まさか、ハロルドさんも?!
「アヤ、ブラヴォーの指揮を頼む!隊長、すんません!先に脱出します!」
ハロルドさんは返事を待たずに機体から飛び出た。次の瞬間、ハロルドさんの乗っていた機体が爆発して空中に散る。
 もう!もう!!もう!!!なんで味方に、2機も撃墜されないといけないのよ!ちゃんと狙って撃ってよ!へたくそ!
 「上空からモビルスーツ!撃ってくるぞ!」
「マライア、右上方へ回避!」
アヤさんとカレンさんの声が錯綜した。
ハッとして上を見上げると、トゲツキがマシンガンを撃ちながら落ちてきていた。
―――あぁ、ダメだっ
操縦桿を目一杯引いて機体を起こす。モビルスーツの機銃弾があたりを飛んでいくのが見える。
まずいよ、狙われてる!落ちる…やられちゃう!
「くそ!マライア、もっとパワー上げろ!」
アヤさんの無線が聞こえてくる。
「あたしが行く!マライア!そのまま逃げな!」
カレンさんの声だ。
「待て、カレン!そのコースはダメだ!」
「マライアがヤバいのわかってんでしょうが!」
アヤさんがあたし目がけて急降下してくるのが見えた。
次いで、カレンさんがあたしを狙っているトゲツキに機銃弾をばら撒きながら上昇していく。
 二人の機体が、高ですれ違う。アヤさんの機体は、あたしの下に取り付くように位置取り、
カレンさんはモビルスーツへの掃射を終えてあたしの後ろを目がけて急旋回を始める。
「あぁ、くそ!」
そのときカレンさんがそう吐き捨てた。次の瞬間、旋回したカレンさんの目の前に別のトゲツキが降下してきた。
 声を上げる暇さえなかった。カレンさんはそのまま、トゲツキへ背後から突っ込んで爆発した。
「カレン!」
アヤさんの叫び声が聞こえる。
 そんな…カレンさんが…カレンさんが…死んじゃった…!?
「マアイア!昇れ!とにかく昇るんだ!隊長!カレンが降下してきたモビルスーツに突っ込んだ!脱出、確認できず!」
「なんだと!?くそったれ!おい!対空砲部隊共!てめえら、俺たちを殺す気か!?」
アヤさんの言葉に隊長が怒鳴った。
 あたしはもう、なにがなんだかわけがわからず、とにかく機体を上へ上へと上昇させる。
「また来た!マライア、左へ…っだぁぁ!もう!」
アヤさんの言葉に、あたしは今度は左へ操縦桿を切る。すると、曳光弾がすぐ横をかすめ飛んでいくのが見えた。
待って、今、アヤさんの声が…
487:
「アヤさん!?」
「悪い、アタシももらっちまった!マライア!ヴァレリオ!とにかく昇って、隊長のそばにくっつけ!もう戦おうなんて思うな!
 これは逃げないとヤバいやつだ!隊長、ブラヴォーはこれ以上維持できない!マライアとヴァレリオ、そっちで引き取ってくれ!」
「アヤさんは!?」
「まだ火は吹いてない!ギリギリまで粘って不時着させる!マライア!あんたはく行け!」
眼下に、煙を噴きながらコースを逸れていくアヤさんの機体が見えた。
「くそ!全機、高度を取れ!これ以上、やられるな!安全な高度で体制を立て直すぞ!」
隊長が怒鳴っている。
ガンッ
また、着弾音…同時に、コンピュータが警報音を発し始めた。あぁ、エンジンが…!
「マライア!エンジン出火してるぞ!出ろ!脱出しろ!…っ!?くっ!こちらヴァレリオ機!被弾した!尾翼大破!」
ヴァレリオさんの声が聞こえる。
「隊長!ごめん、脱出します!」
あたしは無線にそうとだけ怒鳴って、イジェクションレバーを引っ張った。
 体が強烈なGで押さえつけられて、外に飛び出る。バンっとパラシュートが開いて、ガツンと衝撃が走る。
機体は、地上に落ちる前に空中で爆発を起こした。
 あたしはそれを確認してから、上空を見上げる。
まるで、対空機銃とガウが撃ちおろしてくる機銃にメガ粒子砲が網の目みたいに不規則に交差している。隊長達の機体が見えた。
でも、もう編隊の形をなしてない。みんなバラバラ、回避するので精一杯のようだ。
そして、あたしがゆらゆらパラシュートで揺れている間にも、一機、また一機と撃ち落されていく。
脱出したフレートさんの機体が、ガウに突っ込んで爆発した。ガウはバランスを崩してゆっくりと編隊から離れていく。
ダリルさんも、ベルントさんも、隊長も…最後には、誰も空からいなくなった。
 ガウが来てから、たった数分。いったい、何が起こったの?いったい、今のはなんだったの?
みんなが次々と撃墜されていって、カレンさんが…敵のモビルスーツに突っ込んで…みんな、無事なの?
ねえ、誰か、教えてよ…今、あたし達は、なんで空を飛んでいたの?
誰と、何と戦っていたの?どうして?なんのために?
 あたしは、カラッポの頭の中に、そんな疑問を巡らせながら、地面に降り立った。
シートのベルトが外れない。手が、手が震えている。
カタカタとベルトを鳴らしながら、なんとか取り外してジャングルを見渡す。何もない。誰もいない。
遠くから砲声と爆発音だけが響き渡っている。
 帰らなきゃ…基地へ。みんなの、ところへ。
 歩き出そうとしたあたしは、また、その場に倒れこんだ。
 あれ…おかしいな…立てない、脚に力が入らないや…何かが変だと思って自分の脚を見た。
あたしの脚は、自分で意識は出来ないのに、目で見て異常だと思えるくらいに震えていた。
 あはは…なによ、これ。なんなのよ、なんだったのよ、さっきの。
 胸に、得体の知れない感情がこみ上がってきた。それは本当に、爆発するくらいに膨れ上がってきて、
涙と、声になってあたしの体から吹き出た。森の中で、絶叫しながら大泣きして、あたしはその場にへたり込んでいた。
身動きすらできなかった。空で起こった出来事が、怖かったのかどうかすら、わからなかった。
本当に、ただ、ただ、あたしは、その場で我を忘れて、泣きまくった―――
488:
ふと思いついたので書いてみました。
あの日のジャブローでの出来事です。
走り書きなんで、展開もなんもない、チラ裏レベルでもうしわけないですが…w
492:

チラ裏とは思えない完成度
カレンは無茶しやがって…
494:
こんばんわー!
ちょろっと書いたオマケを投下します!
オマケにしてはやや長めで続き物ですが。
とりあえず、前半部!
495:
Extra3
「嵐のー中でかがやいーてっそっのー夢をーんふふふふふーん♪」
「なんだよ、レナ、今日はいやにご機嫌じゃないか」
ワクワクしてしまって鼻歌なんか歌っていたものだから、アヤに見つかってしまった。
「そ、そうかなぁ?私、アヤと一緒にいるから毎日楽しいし、今日が特別ってわけじゃないよ?」
ニッコリ笑顔でそう言うとアヤは相変わらず顔を真っ赤にして私から目をそむけた。
「そ、そういうの、やめろって!返事に困るだろ!」
「えへへ!照れ屋なんだから!」
私はそう言って、洗濯機から出したシーツを表に干しに行く。
 危ない危ない。浮かれすぎてて、危うく問い詰められるところだった。変に誤魔化しても追及されたら私の負けだからね…
そんなときは、ああしてちょっと恥ずかしいことを言ってあげれば、アヤの方から話題をそらしてくれる。
私もだいぶ、アヤの操縦がうまくなってきたかも。まぁ、その分、私もことあるごとに操縦されまくっているのも事実なんだけど。
 シーツを物干しにピンピンに伸ばして洗濯ばさみでとめる。今日も天気が良いなぁ!
「おーい、レナ!アムロさんたち、送って来るな!」
アヤが玄関から出てきて声をかけてくれた。
「はーい!」
 このペンションは、なぜだか退役軍人や地球に赴任して来たり、休暇でやってくる軍人が良く利用する。
連邦だけじゃなくて、最近ではジオン共和国からの観光客とか、元ジオン兵なんかもやってくる。
たまに、元ジオン軍の兵士と連邦の現役の兵士なんかが一緒になると、一瞬、怖い空気になることがあるんだけど、
そこは私とアヤの得意分野だ。間に割って入って行って、
一緒にお酒でも飲みながらカードしたり釣りをしたりクルージングをすればたちまち友達にしてあげられる。
 なんで軍人ばっかりたくさんくるのか、と言ったら、まぁ連邦の方は誰が言いふらして…
じゃない、宣伝してくれているのかはだいたい想像はつくけれど…ジオンの方は、正直見当がついていない。
もしかしたら、シャルロッテかもしれないかな。
 3日前から来ていたのは、アムロさんとセイラさんっていう、連邦の軍人さんのカップル。
なんだかちょっぴり秘密の関係みたいで、あんまり直接は深い話は聞けなかった。
聞きたいような、聞いたらすごくどろどろしてて怖そうな、妙な気配がしていたので、積極的にやめておいたんだけど。
 アヤはこれから、その二人を海を渡った南側にある大きな街の空港に連れて行く。
いつものことだけれど、今日ばかりは願ってもないチャンス。実は、今日はアヤの誕生日。
これは一週間前に、マライアちゃんからこっそり連絡があって知ったことなのだけど、
予定を合わせて隊のみんなが来てくれるのだという。
アヤがお客さんを空港まで往復3時間かけて送ってくれるのは毎度のことなので、
送りに行ったすきに、隊のみんなをペンションに迎えいれて、サプライズパーティーの準備をしようと言うことになった。
496:
 私は、ポンコツに乗って敷地を出て、港の方に行くアヤを見送ってすぐにPDAを取り出して電話を掛けた。
「もしもーし!マライアです!レナさん!?」
マライアちゃんが電話に出た。相変わらず、子犬ちゃんだな、この子は。
「うん、私。アヤ、今出て行ったよ。来るなら、このタイミング!」
「おー!了解しました!これからすぐに行きますね!」
私が言うと、マライアちゃんはそう明るく返事をして電話を切った。
 実を言うと、彼らは昨日のお昼には、通常のフェリーを使って島へ渡ってきて、島の観光用のホテルに宿泊していた。
企画はきっと隊長なんだろう。だとしたら、アヤでも察知することは困難であると言わざるを得ない。
これはどんなリアクションするか、楽しみだ。
 私はそんなことをニヤニヤ考えつつ、今日はここの宿泊する隊のみんな分の部屋の準備をする。参加者は20名と言う話だ。
オメガ隊が8人とレイピア隊が10人…あとの二人は誰だかわからないけど、
もしかしたら、隊の他にもアヤの友達がいるのかもしれない。あ、もしかしら、アルベルトあたりかな?
 「レーナさーん!」
そんな声が聞こえたので、私は慌てて下の階に降りて玄関を開けた。
ぞろぞろと20人、ペンションの前に、今や遅しと詰めかけていた。
「皆さん!お久しぶりです!いらっしゃいませ!」
一応、ペンションのオーナーBとして、丁寧にあいさつだけしておく。
「悪いな、こんな人数で押しかけちまってよ」
隊長が言った。
「いえ、良いんです。お客さん、今日から3日は予約入ってなかったので。使っていただければ、それだけ潤いますしっ!」
「おい、隊長、大丈夫か?!レナさんぼったくろうとしてないか、これ!?」
フレートさんが楽しそうに悲鳴を上げている。
「そう言えば、20名、って聞いてたんですけど…オメガ隊と、レイピア隊と他にどなたが?」
私が聞くと、みんなが一斉に笑顔になった。なんだろう、とびっきりのゲストってことなの?
 その表情を見て、私もワクワクがさらに盛り上がってしまう。
「それじゃぁ、ご紹介!まず、ゲスト一人目はこちら!」
マライアちゃんがそう言って前に押してきたのは、車イスに乗った、ソフィアだった。
「ソフィア!」
私は思わず声を上げていた。あれから、ずっと会ってなかった。
腕と脚を爆破でやられた、ってのはあの作戦の直後に聞いていて、ちょっと気にかかっていた。
「レナさん、お久しぶりです!」
ソフィアは笑顔で言った。でも、その瞳の中には、まだかすかに、悲しみが浮かんでいるのを私は見逃さなかった。
 大丈夫、ここで過ごしてもらえればきっと元気になってもらえるはず!
 そんなことを考えていたらこんどはダリルさんが
「で、第二の特別ゲストが、俺たちも驚いた、こいつだ」
そう言ってダリルさんが紹介したのは、私は見たことのない女性だった。
ぽかーんとしてしまって、首をかしげる私に、ダリルさんは笑って
「知らないよな。まぁ、無理もないか。そこんとこも含めて説明と準備をしたいからよ。できたら中を見させてくれよ!」
と言った。いけない!うれしくってたくさん話をしたくって、こんなところに立たせっぱなしだった。
497:
今日の誕生日会の会場はホールにすることになっている。
とりあえずみんなをそこに通して、それからそれぞれにこの島の特産のお茶をキンキンに冷やして振る舞った。
それから私は、その女性について話を聞いて驚いた。まさか、そんなこと、ないと思ってたのに…でも、きっとアヤも喜ぶはず!
私のウキウキ気分はもう、はち切れ寸前だ!
お茶を終えてから私たちはいそいそとホールに飾りつけをした。
さすがに料理の準備をしていたらアヤにバレてしまうから、ケータリング少しを頼んで、
それから、庭でバーベキューだ!お酒もいっぱい買い込んだし、あと、なぜかフレートさんが絶対必要と言っていたので、
安物のバケツを3,4個買って、庭においてある。
何に使うのだろう?
それにしても。ホールに飾りつけをして、マイクとスピーカーをつけて、一番あたしが楽しみにしている、
「アヤ・ミナト、入隊から除隊までの軌跡」と言う自分がやられたら絶対にただの嫌がらせでしかないだろう、
恥ずかしい過去を暴露するというダリルさんが作ったVTRを流す準備もできた。
そうこうしている間にケーキも届いて、準備は万端になった。おっと。忘れるところだった。
部屋でカメラのバッテリーを充電していたんだ!これだけはいつでも手元に持っておかないと、
シャッターチャンスがいつ来るかわからないしね。写真だけじゃなくて、動画も撮れる高機能のカメラだから、
いっぱい撮って、で、次の誕生会まで何度も見てアヤと楽しんで…と言うか、アヤを笑ってやるんだ!
ちょっと性格悪いかな?良いよね、いつもおんなじようなことされてるし!
楽しみながらやっていれば3時間なんてすぐに経ってしまう。不意にPDAから音楽が鳴り始めた。
「もしもーし?」
「あぁ、レナ。戻ってきたよ。何か必要なものあるかな?出かけついでだし、何かあれば仕入れていくけど」
優しいんだから。でも、今日はもう、とっとと帰っておいで!
「ううん、今日は大丈夫。ちょっと早いんだけど、今日の団体のお客さんがもう到着しちゃってるからさ、
 チェックインまでの間、海とか見せてあげてほしいんだ!」
私はそう言っておいた。これならアヤは飛んで帰ってくるだろう。
「あぁ、そなんだ!わかった、すぐ帰るよ!」
アヤの明るい返事が聞こえて、電話が切れた。
498:
「みなさん!アヤ、帰ってきます!」
私が大声でそれを伝達すると、場の空気が一瞬にして変わった。
「よし、お前ら!今日はこれより、オメガ隊隊長であるレオニード・ユディスキン少佐が全面的に指揮を執る!
 ユージェニー少佐には補佐をお願いする!では各自、所属の持ち場へつけ!作戦開始だ!遺漏は許さんぞ!」
隊長はいつになく、と言うか、いつもはしない感じの指揮を始めて、隊員たちもいつもはしなさそうな、
限りなく無駄に迅な配置確認を行っていく。
「こちら扉前クラッカー班長!扉左手、配置完了!右手側、状況を知らせよ!」
「右手側の準備も完了だ!発射のタイミングは、班長へ一任する、オーバー!」
「中央クラッカー部隊も配置完了。目標が射程圏内に入り次第、全火力を持って迎撃する!」
「えー、こちら紙ふぶき班。もう一度確認する。紙ふぶきはクラッカーの直後で了解か?」
「その通りだ!」
「了解、では配置は完了だ」
「こちらゲスト紹介班!最初にソフィア、次に超ビックリゲストの順番で問題は?!」
「順番の件は了解だが、タイミングが命だ。クラッカーと紙ふぶきでビックリしている間に、
 立て続けに突撃して紹介せよ!目標に考える暇を与えるな!隙を与えればヤツは必ず反撃に転じるはずだ!」
「了解しました!全力で当たります!」
本当に、この人たちは…もう、笑うしかない。
「隊長!車のエンジン音を確認しました!」
「よし、誘導班!ただちに行動に移れ!」
誘導班とは、私のことだ。その任務は、帰ってきたアヤをこの部屋に誘導するだけ。
でもまぁ、ここは乗っておいた方が楽しいことくらい私だってわかるんだ。
「了解、隊長!これより目標と接触します!イレギュラー発生の場合には、非常サインを発報するので、支援願います!」
と仰々しく行って私はみんなに敬礼をしてから、ホールを出た。
アヤはすでに玄関を入ってきていて、給水器で水をコップに注いで飲んでいた。
「あーお帰り!お疲れ様!」
私の顔を見るなりアヤは首をかしげて
「なに?ニコニコして。なんか楽しいことでもあったの?」
と聞いてくる。
「うん!今来たお客さん、なんか変な人たちなんだけど、すごい面白いんだ!アヤも会って話してみてよ!笑っちゃうんだから!」
と言って私は、アヤの背中を押してドアの前に誘導する。
「そうなのか?んじゃぁ、海のリクエストもついでに聞いておくかな」
アヤは、全く疑いもしないで、ドアに手をかけてギイッと開けた。
 途端。まるでアヤが機関銃で撃たれたんじゃないかって思うくらいのクラッカーの音とともに、野太い声が中心になって
「アヤミナト元少尉!ハッピーハースデーイ!!!」
と言う合言葉が響いた。
499:
「あ、あ、あ、あんた達、こ、ここで何してんだ!?」
戸惑うのも無理もないだろう。私はささっとアヤの横を抜けてホールに入ると、カメラを持ってアヤに向かってシャッターを切る。
 そこへ、ソフィアを連れたキーラさんがやってきた。
「あ!ソフィアじゃないか!なんだよ、怪我、大丈夫なのか!?」
アヤの顔がぱぁっと明るくなる。
「おめでとうございます!マライアから話を聞いて、ぜひお祝いしたいなと思って来てみました!」
そう言うソフィアを抱きしめるんじゃないかっていう勢いでアヤは
「ありがとう!すげーうれしいよ!」
とはしゃいでいる。そしてソフィアが退いた。立て続けにリンさんがアヤの前に立って、ふいっと横にそれた。
そこから姿を現した女性を見てアヤはもう、まるでこの世のものとは思えない、幽霊でも見たような、愕然とも呆然とも取れない、すごい顔をした。
もちろんシャッターは切った。
 いつも私に言うから、反撃だけど、本当に口をパクパク、パクパク、まるで釣り上げられた魚みたいにマヌケ顔をしてから、
ゆっくりと女性の頬に触れて、それが幻やなんかじゃないってのを確かめたのか、彼女の名前を叫んで、飛びついた。
「…カレン…カレン!カレン!!あんた!生きてたんだな!!」
そう叫ぶアヤは、本当に、本当に、子どもみたいにはしゃいで、うれしそうだ。
そんな笑顔を見ているだけで、私も気持ちが暖まる。今日はいっぱい楽しませてあげるんだからね!もう、忘れられないくらいに!
 私は、誰にも悟られてはいないだろうけど、こっそり、そう心に決めていた。
「んで、なんで生きてんだよ、あんた?」
「えぇ?なに、死んでればよかったみたいな言い方に聞こえますけど?元少尉?」
「連絡も寄越さないで!こっちの気持ちにもなれよ、バカ!」
アヤは、照れくさそうにしてプリプリ怒っている。
「仕方ないだろ、あたしだって、死んだと思ったんだよ、実際。
 旋回して銃撃避けたら上からトゲツキが降ってきて、よけきれなくてね。
 でも、なんの因果かね、機首だけが、ちょうどわきの下すり抜けたみたいで無事でさ。そのまま機首ごと地面にまっさかさま。
 そんな状態じゃ脱出したって、パラシュートに巻かれて助からないと思ったからね。
 何とか地面に激突する衝撃だけでも和らげようと思って、激突ギリギリでイジェクションレバーを引いたんだよ。
 下はジャングルで、木に引っ掛かりながら落っこちてね。重傷だったけど、一命は取り留めてた」
「へぇ、悪運強いな」
「まぁ、伝統だね」
二人はそうして笑い合う。
「そこから、救助を身動きできないまま救助を待つこと、4日。それが一番つらかったよ。
 結局意識ももうろうとしているところに来たのは民間の漁船でね。そのまま街の病院へ連れて行かれて、そこから2週間昏睡。
 で、連絡できるようになったころには、お揃いで北米に出立してて、誰もいなかったってわけさ」
「そっかそっか…大変だったんだなぁ、あんたも。
 まぁ、生きてて良かったよ。日頃の行いが悪いから、そういう目に遭うんだろうけどな」
「ばか言わないで。日頃の行いが良いから助かったんでしょう?」
「はいはい、言ってろよ」
500:
そう言いあってからまた二人は笑う。なんだろう、変な関係だな、この二人は。他の隊員たちとはまた別だ。
お互いに「絶対に合わない」って思いながら、でも、お互いのことを尊敬していて、買っている。
憎まれ口をたたきながら、でも、心のどこかではちゃんと厚く信用している。
アヤもそうだけど、カレンさんも素直になれないタイプみたいだし、
やりとりを聞いているとなんだかおかしいけど、でも、見ているとなんだかほほえましい。
 「しっかし、ここは住むにはいいところすね」
「ああ、気候も良いし、物価も安い。おう、ジェニー、どうだ、軍をやめてここに隠居でもしないか?
 道路の向こう側の屋敷買い上げて、ペンションでも開こう」
「なんだい、そのプロポーズ?もうちょっとまじめにやってくんないと蹴っ飛ばすよ?」
隊長さんがレイピア隊の隊長、ユージェニーさんにそう言われている。え、なに、二人ってそう言う関係だったの?
って言うか、待ってそんなことされたら…
「ちょ!やめてくださいよ!それ確実にウチをつぶす魂胆じゃないですか!」
「だははは!いいじぇねえか、競争社会の方がいろいろと発展して良いってもんだ!」
「そんなのいりません!ウチは競争とは無縁のノンビリペースでやっていくのがモットーなんです!」
私が反論すると、隊長さんはまた笑った。
もし、こんな人に近くに同業なんてやられたら、策略にハメられてどうにかなってしまいそうだ。
まぁ、本気でそんなことをしてくるなんてこれっぽっちも思わないけれどね。
「でもなぁ、俺は北欧あたりの方が好きっすよ」
「まぁー確かにあっちも良いけどな、だが、物価は高いし、俺たちみたいなバカにはああいう清楚な街並みは似合わねえよ」
ヴァレリオさんとダリルさんが話している。
「そうかね?ブロンド美女も多いしさ。やっぱ引退して住むなら北欧だろ?」
「ちょ!フレートぉぉ!ヴァレリオが北欧のブロンド美女を毒牙にかけようとしてる!いたいけな少女たちの危機よ!」
不意にキーラさんがそう叫んだ。
「なんだと!貴様ヴァレリオ!まだ懲りていないのか!」
どこからともなくフレートさんが現れてヴァレリオさんに掴み掛る。
「あぁ!そうだ!アタシ、ヴァレリオのタマ潰さなきゃいけなかったんだ!」
アヤがとんでもないことを言いだした。
501:
 あぁ、そっか、これはこういう儀式なんだな、お約束と言うか。
きっとやられるヴァレリオさんも、彼を押さえつけるみんなも、アヤも、楽しんでいるんだ。
そう思ったら、意外にも私も笑えてしまった。
 みんなの掛け声に合わせて、アヤが脚をしならせてヴァレリオさんの股の間を蹴りつけた。
ヴァレリオさんはその瞬間に飛び上がって、うまく衝撃を逃がしている。
アヤも思いっきり蹴るポーズは見せていたけど、寸止めで脚を振りぬいていないのがわかった。
 けど。
 会場が一瞬凍りついた。
「ぁぁぁ…っ!」
ヴァレリオさんが悶絶して床に転がった。
「だぁ!すまん!ヴァレリオ!久しぶりで加減を間違えた!」
アヤが床に転がるヴァレリオさんを心配して駆け寄りオロオロしている。
本気で痛がるヴァレリオさんには申し訳ないけれど、私としてはそれはそれで、
お腹がよじれそうになるほど声を上げて笑ってしまった。
 それからまたたくさん大騒ぎして、夕方には庭でバーベキュー。で、夜になるころにはホールに戻って、また騒いだ。
昼間から騒ぎ通しだったから、夜もまだ浅いうちに、ひとり倒れ、ふたり倒れ、8時にはそれぞれが部屋に入ったり、
ホールのソファーでグロッキーになってしまっていた。
 私は、外のバーベキューの片づけだけはしておこうと思って、フワフワとおぼつかない足取りではあったけど、ホールから表に出た。
 少し冷たい夜風がさらさらと私の肌を撫でていく。心地良い。
 バーベキューのコンロの炭は、もうほぼ焼け落ちている。網と鉄板だけでも洗っておこう。
ゴミ拾いは暗くなる前に済ませたから、最低限、それだけやっておけば、あとは明日でも問題はない。
 鉄板と網がちゃんと冷えているか確認して、外の散水のための水道に持っていこうとしていると、フラリと人影が見えた。
 人影は、よたよたとおぼつかない足取りで歩いたかと思ったら、急にバランスを崩したようにその場に倒れこんだ。
 「ちょ、大丈夫?」
私が網と鉄板を置いてそばに駆け寄ると、暗がりに倒れていたのは、ソフィアだった。
「レナさん…」
彼女は、私を見上げた。
 ソフィアは義足をつけていた。あの日の戦闘で吹き飛ばされた腕とともに、治療不可能なほどに損傷した彼女の左脚は、
ガウに搭乗した段階ですぐに切り落としてしまったのだという。
そうしなければ、止血がうまくできずに返って命が危険だったからなんだそうだ。
 そうは言っても…
 今の彼女を見る限り、彼女にとってそれが簡単な決断ではなかったんだろうことがうかがえる。
だって、彼女は、今、泣いているんだから…
502:
 「大丈夫?」
私はソフィアの隣に座り込んだ。
「はい…」
彼女も、そう返事をして、立ち上がろうとするのをやめた。
 さわさわと、風が吹き抜けていく。なにを話そうかな。なにを聞こうかな。
そんなことを、煌々と輝く月を眺めながら、なんとなく考えていた。
まぁ、きっと、何も話す必要も聞く必要も、絶対にそうしなきゃいけないってことはないのだろうけど。
でも、なんとなく、ソフィアにはそうしてあげたかった。
 「あの…」
考えていたら、ソフィアの方が口を開いた。
「ん?」
「なにも、聞かないんですか?」
やっぱり、そう思う?そうだよね、まぁ、普通なら、何か言ったり聞いたりするよね。でも…
「うん」
と答えておいた。だって、私にはアヤみたいに、何かを聞き出せるような雰囲気も話術があるわけじゃない。
でも、こうやってのんびりした空気を作るのは、アヤよりも得意だ。
なぁんにもする必要のない、なぁんにも考える必要のない、体も心も、ぐったりとするくらい力を抜いてもらうこと。
とりあえずそれが、ウチのペンションのウリその1、だ。
「そう…ですか…」
ソフィアはそう言って、ゴロっと地面に寝転んだ。それからしばらくだまって、不意に
「じゃぁ、聞いても良いですか?」
と尋ねてきた。
「うん」
私もソフィアの隣にゴロっと寝転んで答える。
「レナさんは、この先のこととかって、考えること、ありますか?」
「この先のこと?」
「はい…5年先、10年先のこと…」
ソフィアは、なんだか真剣な様子だった。
 5年先、10年先、か…32歳の私、何してるかな…
「どうだろうね。あんまり、考えたことないけど…でも、ここにいると思うよ。アヤと一緒に、ここを切り盛りしていると思う。
 もしかしたら、子どもでもできて、お母さんしながら、とか、そんなのも楽しいと思うな。
 子どもの成長を見ながら、ここでお客さんを迎え入れて、料理作って、アヤと海に出たりして…
 うん、できたら、そうありたいって思ってるよ」
「子ども、ですか」
ソフィアはポツリと言って私の顔を見やった。それから少し言いにくそうに、
「あの、だって、レナさんは、その…アヤさんと…アヤさんのことが…好きと言うか、そう言う関係じゃぁ、ないんですか?」
なんて聞いて来た。思わず、笑ってしまった。
503:
「あははは!どうだろうね、分からないかな、それ。アヤのことは好きだし、ずっと一緒に居たいって思うけどね。
 でも、じゃぁ、恋人なのかって言われたら、違うかもしれない。
 あ、でも、何に近いかって言われたら、夫婦みたいだなって思うけど。
 でも、私はたぶん、一生ここを離れないよ。あ、ここじゃなくて、アヤのそばを、かな。
 そうだね、そう考えると、たとえば他に好きな男の人が出来て、その人の子どもを産むっていうのは、
 ちょっとイメージできないかなぁ。でも、子どもは欲しいなって思うから、そりゃぁ、アヤとの子どもが出来たら、
 そんな幸せなことはないのかもしれないけど…さすがに無理だからさ。
 でも、まぁ、子どもを作るって言うのはさ、他にいろいろ方法があるじゃない?」
そこまで言って、私ははたと気が付いた。アヤとの子どもがいたら…幸せ?そりゃぁ、幸せだよ。
だって、大好きなアヤと…あれ?私今、なんかすごい大変なことに気付いたんじゃないの?!
「そっか、そうですよね…」
ソフィアは私のそんな様子に気付いていないのかどうなのか、そうつぶやくように言って黙った。
ちょっと待って、今は自分のことじゃなくて、ソフィアとの話をちゃんとしなきゃ。そう思い直す。
「どうしてそんなこと聞くの?」
「え、だって、レナさんとアヤさんを見てると、そう言う感じなんじゃないかって思ってたから…」
「あぁ、そこじゃなくて、その前。5年先、10年先のことの話」
「あ、はい…なんだか、私、なんにもイメージできなくて。こうやって、脚も腕もない自分が、何ができるのかなとか、
 誰の役に立てるのかなとか、そんなことばかり考えちゃうんですよね。
 生きてくには働いてお金を稼がなきゃいけないけど、それができるかどうかも怪しいですし…
 いっそ、ジオンに戻れば戦時負傷の保障が受けられるんでしょうけど…まだ、どうしても帰れる気分では、ないですし…」
そっか…ソフィアは、まだあのときの捕虜の傷がうまく癒えていないんだな。
それに加えて、脚と腕をなくして、どうしていいかわからなくなっちゃってるんだ。なんだか、苦しいな。
「それで、歩く練習を?」
「そう言うわけでもないんです。でも、なにかをしていないと、気がおかしくなりそうなくらい不安になることがあるんですよ。
 何やってるんだ、自分、て。毎日、寝て起きて、食べて、何もせずに、病院のベッドで寝ていましたし、
 退院してからは、今は、マライアの家に居候なんですけどね。一日ぼっと過ごしたり、そんな感じで。
 脚と同じ方の腕がないから、松葉杖もうまく使えないですし、できることって言ったら、歩く練習をすることくらいで…」
「そっか。苦しいんだね…」
「はい…」
そう言う、ソフィアのことを考えてみる。彼女は、5年後に何をしているだろう?10年後はどうだろう…?
そうしたら、今の話を聞いていたにも関わらず、私には不思議と明るい未来のイメージしか湧いてこなかった。
504:
「私は、ソフィアは、5年後には、ニコニコ笑って生活していると思うな。
 ちょうど、今の私とアヤと同じくらいの年齢になるだろうし。
 10年後は、どうだろう?勝手な印象でちょっと申し訳ないけど…
 でも、いい人と結婚して、子どもでもできてるんじゃないかなって思う。うん、きっとそうだ!」
私は言ってやった。まぁ、脚がない、と言うところで、ちょっぴりシローとアイナさんの夫婦の印象と重なった、
と言うのもあるんだけどね。
「そうですか…なんだか、そう言ってもらえると、ちょっぴり元気が出ます。ありがとうございます」
ソフィアは、あんな勝手なことを言った私に、そう礼を言ってきた。なんだか、こそばゆいな。でも、それからため息をついて
「でも、私もそうであったら良いな、とは思いますけど…正直、1年後のイメージも付かないんですよね。
 できないことの方が多くて、それで、いろんな幅が狭まっているように感じられて。
 ほら、ジャブローでのことも、正直、まだ全然克服で来てなくて、たまに夢に出てきてうなされて、
 マライアに起こされたりするんですよ。今は、生きたい、なんとか、今の自分から脱したい、って思って、
 真剣に考えるんですけど、もしかしたら、この先、
 またあの時のように『死にたい』なんて思い始めるんじゃないかって考えてしまうことすらあって…」
「そうなんだ…」
そうなんだよね…ソフィアは、彼女の言葉を借りれば、彼女の心は一度死んでしまったんだよね…
アヤは、その心の傷の膿を出すべきだ、なんて言ってた。それも、ソフィアの言葉を借りれば、
壊れた心の破片を取り除かないとダメなんだよね…それと同時に、脚と腕を失ったショックから立ち直って、
さらには出来ることを探してそれにトライして自信を取り戻していかなきゃいけないんだね。
それでやっと、ソフィアの心に、新しいソフィアが生まれるんだ。じゃぁ、5年とか10年とか先のことじゃないよね。
今ソフィアが言っていたように、1年とか、2年とか先のことを考えてみた方が…1年先の、ソフィア、か…
 そんなときに私のイメージに浮かんできたのは、自分でも、ちょっとびっくりするような姿だった。
「ね!ソフィア!あなた、うちで働かない!?」
「え…?」
「だって、今はマライアのところにいて、なんにもしてないんでしょ?
 だったらさ、うちに来て、港からここまでの車の運転とか、あとほら、ベッドメークとかさ、シーツの洗濯とか、
 そう言うことやってくれないかな!?いいじゃない、それ!歩く練習にもなるかもしれないし!」
「で、でも…そんなこと急に…」
「なんでよー?楽しいと思うよ!朝起きてさ、アヤは船の準備で私は朝食の準備するからさ、
 ソフィアには私を手伝ってもらって、それが終わったら、アヤ達とお客さんを港に送って行ってさ、なんだったら、
 一緒に船に乗って行って、アヤの手伝いしても良いし、戻ってきて、お客さんの部屋のベッドシーツを取り換えて洗濯して、
 で、時間があったら全体のお掃除!それをやってくれるとすごい助かる!
 今は私とアヤでなんとか分担してやってるけど、正直、お客さんが増えると手が回らなくなることもあってね、困ってたんだよ!
 
 ソフィアがそっちをやってくれれば、私も料理とか楽になるし、宣伝とか備品のやりくりとか、あとお金の管理よね!
 このまま良いペースでお客さんが増えてくれたら、建て増しとかも考えられるし、
 そのための資金調達なんかも私の仕事になると思うんだ!うん!それが楽しい!ね、ソフィア、そうしようよ!」
私はいつのまにか楽しくなって、はっするしてしまってソフィアを抱き起して体をふんふんゆすっていた。
505:
「あ、で、で、も。それって、アヤさんと相談しなきゃいけないことなんじゃないですか?」
「アヤだって絶対賛成するよ!本当はアヤも、時間があったら魚とか貝とか取って、食卓に並べたいって言ってたし、
 海に長く出られるんだったら、ずっとお客さんに勧めたがってたダイビングの体験もやってもらえるしさ!
 うん、いいことづくめ!」
「でも…私、こんなのですよ?こんな体で、良いんですか?」
「歩く練習と、義手の方もあったらいいよね!普通に歩ければ、片腕あれば洗濯も掃除も、ちょっと不便かもしれないけど、
 できないこともないと思うんだ!ね!どう!?そうしない?!そうしようよ!」
我ながら、かなり強引な勧誘だな、とは思いながら、でも、そうだ。それってなんか、楽しいじゃん!
それに、しばらく働いてもらえば、きっと動けるようになるし、自信もついてくるだろうし、
ここで1年も2年も過ごせば、心の傷だって、きっとなんとかなる気がするんだ!
「あの、じゃぁ考えて、見ます」
ソフィアはすこし戸惑った様子で言った。彼女の顔は、でも、ちょっぴり喜んでいるようにも見えた。
「絶対だよ!約束だからね!」
私は、ソフィアの手をギュッと握って、一方的にそう言い放っていた。
506:
「あーいいなぁ、それ」
翌朝、起きてきて一緒に朝食の準備をしていたアヤに、昨晩の話をしたら、そう言ってくれた。良かった!
「でしょ?部屋の掃除とか、洗濯とかやってもらうだけでも、結構私たちの仕事も楽になると思うし、
 そうしたら、やりたかったこと、もっと出来る様になるでしょ!」
「うん!そうだなぁ!ダイビングも企画に入れられるかもしれないしな!でかしたぞ、レナ!」
アヤはそう言って私の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわしてきた。そんなとき、昨日の自分の言葉を思い出した。
―――アヤとの子どもがいたら…とても、幸せ…
いやいやいやいや、落ち着け、私。アヤとの子どもは無理だから、どう考えても無理だから…いや、そこじゃなくって!
そう思う、私の気持ちだ。私にとって、アヤってなんなんだろう。今までは気持ちだけで繋がっていただけだけれど…
でも、もっとちゃんと、形式的に、なにか、二人を繋ぎとめるようなことができるのなら…
それって、すごく嬉しいこと、だよね…だから、そう言う気持ちって、その、あの…つまり…
「ん、どうした、レナ?」
考え込んでしまっていた私にアヤがそう声をかけてきた。
「い、いや、なんでもないんだ!ちょっと考え事を、ね」
そう返事はしてみたけど、たぶん、すでに顔は真っ赤だ。
「なーんかまた変なこと考えてたんだろう?まぁ、いいや、あとでじっくり聞かせてくれよ。
 ほら、スクランブルエッグと魚のマリネ上がったぞ」
「あ、オッケー。じゃぁ、私配膳の準備しちゃうね。あ、先にみんな起こしにいった方がいいかな?」
「あ、おはようございます…」
声が聞こえたので厨房からホールの方を見ると、そこにはソフィアの姿があった。
なんだか、ぎこちない笑顔を浮かべてこちらを見ている。
「お、働き手発見!」
アヤが言った。それから
「ソフィア、悪いんだけど、上に行ってあいつらに飯だって言ってきてくんないか?
 昨日結構飲んでたし、起きてくるのに時間かかりそうだからさ。頼むよ!」
「うん、おねがい!」
私たち二人に頼まれて、ソフィアは最初困惑していたが、やがてさっきのとは違う、明るい笑顔で
「はい!じゃぁ、行ってきます!」
と返事をした。
「あー階段気をつけろよ!」
アヤがそう言ってあげているのを聞きながら、私はダイニングに食事を並べ始めていた。
 それから、みんなで食事をとって、食事を終えてからは、アヤの提案で島から少し離れたところにある小さな孤島に向かった。
本当はもっと沖に出たかったのだけれど、さすがに20人も載せてしまうと、
船が定員オーバーでとてもじゃないけど長い距離を走るには不安だったし、まぁ、仕方ないところだろう。
507:
 その島は、潮が満ちると海中にすっぽり隠れてしまうほどの本当に小さな島で、観光に来る人はめったにいないし、
地元の人にしてみれば、特段、来る目的もない島なので、のんびり過ごすには絶好の場所だ。
食料と、またバーベキューセットも持ち出して、その島でもどんちゃん騒ぎ。
 アヤは船の操縦があるからお酒は飲んでいなかったけれど、楽しかったんだろうな。
ボーっと砂浜に座って海を眺めていたソフィアに後ろから襲いかかると、そのまんま海へ飛び込んで、どんどん沖へと泳いで行った。
まぁ、いつものことだよね。
 でも、驚いたのは、アヤが調子に乗って沖で手を離したのに、
ソフィアは別になんのこともないような顔でプカプカと浮いていたことだ。片脚と片腕しかないのに!
聞けば、コロニーにいる頃から水泳が好きで、ジムのプールに行ってはよく泳いでいたのだという。
片腕片脚がなくても、浮いていたり、多少の移動をするくらい、お手の物なんだそうだ。
クリスに私のこともあってすっかりスペースノイドは泳げない!と決めつけていたアヤが一番びっくりしていた。
私もびっくりしたけれど、それ以上に、ショックを受けた。
だって、私、ここにきてもう半年以上経つのに、これっぽっちも泳げるようになってないんだ。
もっとアヤに教えてもらう時間増やしたいな…あ、ソフィアが手伝ってくれたら、そう言うことをする時間もできるかもしれない!
 私はそんなことを考えながら、仲良くなったキーラさんと一緒に、ヴァレリオさんを砂浜で引きずり回すみんなを笑っていた。
508:
「えぇ!?ソフィアが、ここで!?」
翌朝、ペンションを出ていく見送りの際に、ソフィアのことを私からみんなに話すと、マライアちゃんが声を上げた。
「うん、レナさんとアヤさんが勧めてくれて、お願いしようかなって思って」
ソフィアはマライアちゃんにそう言った。マライアちゃんは、ちょっと複雑そうな顔をした。
「それって、あたしが、あの話をしたから?」
マライアちゃんはポツリと言った。あの話?
「なんだよ、マライア。ソフィアとなんかあったのか?」
アヤが聞くと、マライアちゃんはすこし言いにくそうにしながら
「あのね…あたし、宇宙に行こうかなって、ちょっとだけ考えてたんです」
と口にした。
「あぁ、例の、機動艦隊再建の話か」
隊長さんが思い出したように言った。
「なんだよ、それ?」
「あぁ。先の戦争で損失した艦隊を再建しようって話だ。もっとも、お偉方は軍全体のテコ入れを考えてるようだが…
 そいつは政府の承認が必要だからな。手の付けやすい宇宙艦隊の再建を先にチマチマやって行こうって魂胆らしい。
 で、最近、そっちへ回る人員を募集するってな“お触れ”が出ててな」
「それに、マライアが?」
「うん、ちょっと悩んでて、だからソフィアにも相談したんです。あたしの部屋はそのままにしておくから、ちょこっとだけ、
 宇宙見てきても良いかな?って」
「そうだったのか」
アヤが唸る。
「あーでも、たぶん、それとこれとは別のことだと思うけど」
私が言うと、アヤも気を取り直して
「まぁ、そうだな。これはアタシらから言い出したことだし。
 マライアのその話が、多少はソフィアの判断に影響してるのかも知んないけど、気にすんな」
とフォローしてくれる。
「うん。私もね、マライアと同じように、自分で決めたことをやっていきたいなって思った。
 レナさん達が働いてって言ってくれたからさ。やってみたいって、そう思っただけだよ」
ソフィアも笑顔で言う。
「でも…でもさ…」
マライアちゃんはうっすら目に涙を浮かべる。そんな彼女の頬をアヤがべしっとひっぱたいた。
「おい!マライア・アトウッド少尉!あんたはいつまでもウダウダ言ってんじゃない!」
「…はい!」
マライアちゃんは、アヤにはたかれて、半べそをかきながら、それでも口をへの字にしてそう返事をした。
アヤなりの気合入れなのかな。
509:
 「じゃぁ、世話になったな!」
「ああ。またいつでも来てくれよ!」
「ははは!そうだな。ジャブローからもそんなに遠くねえ。まとまった休みが取れたら、また押しかけるぜ。
 そうだな、次はレナさんの誕生日だな!」
え、私の誕生日もあんな感じになるの?
いや、祝ってくれるのはうれしいけど、私はもうちょっと質素と言うか、小さい感じで良いんだけどなぁ…
私が戸惑っているのを見たみんなはドッと笑いだした。そんな私の方をアヤがポンポンと叩いてくれる。
あれ、からかわれた?今の?
「あたしは、また近いうちにくるからね」
笑い声を収めて、カレンさんが言ってきた。
「仕事は良いのかよ?」
「もう戦場を飛ぶのはこりごりさ。でも、空は好きだからね。アヤ、あんたが海ならあたしは空だ。
 この島に来る客を運んで金でもとることにするよ。そっちへも客を回してやるからね」
「そしたらウチが繁盛するだろうが!そんな頼んでもいないことされっと、どう礼を言って良いかわかんねえだろうが!」
「あぁん?別に礼が欲しくてやるわけじゃないから関係ないでしょうが!」
「関係ねえってどういうことだよ!?んだ、やんのか?!」
「良いわよ、受けて立ってあげるよ?!」
うわわっなんか急に険悪になったよ!?ていうかこれ、なんでケンカになってんの!?
繁盛して良いじゃん!?お礼くらい普通に言えばいいじゃん!?
「はいはい、お二人さん、仲良しもそれくらいにして。船の時間もあるんだ。ぼちぼち行くよ」
キーラさんがなんとなく間にはいって二人をなだめてくれる。いったい、なんだ、今の会話は…
「また来てくださいね!」
私は気を取り直してみんなに言う。
「あぁ、そうだな!待ってるからな!」
アヤもまるでスイッチを切り替えたみたいに笑顔になって言った。
 みんなもまた、口々におかしなことを言いながら、手を振って港の方へと歩いて行った。
510:
「ふぅ」
アヤのため息が聞こえる。チラッと見ると、アヤも私を見ていた。
「楽しかったね!」
私が言うとアヤも満面の笑みで
「あぁ、うん!」
と返事をした。それからアヤは大きく伸びをして
「さーて、そいじゃあ仕事だぞ!今日は午後に別のお客だ!ソフィアにもきっちり働いてもらうからな!」
「はい!おねがいします!」
「あはは。じゃぁ、まずはアヤの手伝いしてあげて!船の準備あるんでしょう?」
「あぁ、そうだな!ソフィア、あんた運転は出来るか?」
 また、今日も忙しい一日が始まる。ソフィアが手伝ってくれれば、仕事も楽になるし、きっとまた楽しくなるかもしれないな。
それに、アヤと私と、それからこの海と空にかかればきっとソフィアの心の暗いところなんて照らしてあげられる。
だから、ソフィア。毎日はちょっと忙しいかもしれないけれど、心だけは、ここですこしゆっくり休めて行ってね。
そうしたら、きっと、あなたにも見つかると思うんだ。
 楽しい明日も、幸せかもしれない未来も!
「よーし!私、シーツ干しちゃうね!今日も天気良いし!」
私も大きく伸びをして、心も体も、準備万端。今日もいっぱい楽しむんだ!
511:
UC0083.11.12
―――イア…マライア!
「ん!あ、ごめん、ぼっとしてた」
暗い宇宙に浮かんだ戦艦のデッキで、あたしは地球を眺めていた。もうこっちに来てずいぶん経つな。
アヤさんの誕生会、懐かしいな。隊長たちもみんな元気かな、
なんてことを考えていたせいで、なんか話しかけられていたみたいだったけど、全然聞こえてなかった。
「ふざけているのか、こんなときに!死にたいとしか思えないよ」
「ごめんって、ライラ。ちょっとさ、地球を眺めてて」
「まったく。そんなのんきで、私と並ぶくらいやれちゃうんだからさ。頭に来るよ」
「戦闘が始まったら、あたしだって必死だよ!」
「良く言うよ、戦闘が始まったっておしゃべりお嬢さんじゃないのさ」
「ライラだって、いつもツンツンお嬢さんじゃない」
 緊急出撃命令が出たのは3時間前。
なんでも、デラーズ・フリートと言うジオン残党の艦隊が移送中のコロニーを奪取して
それを地球に落下させようとしているのだという。
月面基地にいたあたしとライラ中尉、それからあたし達の後輩、ルーカス・マッキンリー少尉からなる
地球圏防衛隊の第12MS小隊と他の数部隊は、月軌道上にやってきた連邦艦隊と合流して、
このテロを阻止せよとの命令が下っていた。
まったく!あんなもの落とそうとして、アヤさんやレナさんやソフィアや、隊長達にもしものことがあったらどうすんのさ!
デラーズってのがどんなのか知らないけど、見つけたらあたしがまっさきにぶん殴ってやる…
のは出来ないから、死なせちゃうかもしれないけど、ビームライフルで反省してもらうことにしよう。
<各機、出撃スタンバイ!目標、軌道上のコロニーおよび、デラーズ・フリート所属MS部隊。
 なお、敵識別については、IFFに注意せよ>
そう、戦艦のブリッジから無線が入ってくる。
さらにちょっと面倒なのが、どうやらジオン残党のなかでも内部分裂があるらしく、情報によれば、
1個艦隊はすでに連邦軍と内通し、このテロの情報を漏らしていたらしいのだ。
今のIFFに注意しろ、とはつまり、“こちら側”のジオン機は撃つな、と言う警告だ。
まぁ、そんなの戦闘中にそうそう識別できるものではないけれど、気を付けていた上でやっちゃったのなら、
それは事故で責任はパイロット個人にある、と言う、まぁ、上の言い訳なんだろう。
「いいかい、あんた達!気をぬくんじゃないよ!」
「ライラもね!」
「あぁ、分かってるよ!12小隊、発進する!」
512:
以上、とりあえずここまでです。
次回投下から、基本設定を順守することで世界観を守ってきたキャタピラ的にちょっぴり好きではない、
ちょっとしたif展開に発展します。
ご存じのとおり、UC0083.11.12とは、あの日のことですが。
個人的には、ガンダムシリーズは1年戦争以降については、ZとZZと逆シャアしか基本として認めないもんね、
あ、でもUCは良いよ、だってミネバさまもマリーダも好きだからね、派ですw
要するに、0083存在はそのまま受け止めてしまうと、その後のつじつま合わなくなっちゃうあれで。
可能な限り、0083の世界観を壊さずに、しかし、Zへ続くために自然なように、物語をとらえようという試みです。
SSだからいいじゃーん、てなことも言われそうですが、これまで基本設定遵守でやってきていたので、
読者の方々への裏切りというか、拒否反応出る方いるだろなぁーと思いつつ、でも書きます。
ですので、これまで読んでくれた方で期待を裏切るようなことになったらすみませぬ。
513:

今まで説得力のある設定でおはなしが進んでいたから素直に面白いと思ってた。
だからそのこだわりは持ち続けて欲しいな。
なので、第一級の監視対象であるところのアムロとセイラが二人でリゾートってのに違和感。
性格上、二人で連絡取り合う事すらしないと思う。ブライト、カイ経由でなら可能か?
あと、オメガの連中は恐らくティターンズには入らないんだろうなあ
514:
>>513
レス感謝です。
これまでの世界観について評価してもらって大変うれしいです。
今後も、パラレルワールドのような世界設定をするつもりはありませんし、今までのスタンスでやっていきたいです。
ただ、ご存じのように公式作品上に矛盾も多く、一方を立てるともう一方が立たない、ということも起こります。
なので、そうした場合、旧作品(ファースト、Z、ZZ、逆シャア)を優先したいな、というのが自分の考えです。
アムロとセイラについてはご指摘の通りです。性格的にこの密会は違和感を感じていただいたほうがよいかと思います。
アムロが監視対象に指定されたのは0082年、北米シャイアン基地に配属になる前くらいからと考えていますので、
この時期はまだそれほどきつい監視体制になかっただろうと想定していることは付け加えておきます…
ちなみに、この時期、セイラさんがどこで何をしていたのか不明です。その後は南欧だという設定みたいですが。
このあとの展開については…言及しかねますが、たぶんオメガはティターンズには入らんでしょうw
515:
>>514
>アムロが監視対象に指定されたのは0082年、北米シャイアン基地に配属になる前くらいからと考えていますので、
>この時期はまだそれほどきつい監視体制になかっただろうと想定していることは付け加えておきます…
これはどうだろう?
正式な設定があったらすまんけど、
WBクルーは停戦直後からカツレツキッカに至るまで即時監視対象になったんじゃなかろうか?
両軍総力戦の最前線にいて白兵戦までやらかして生き残った「未成年者たち」。
レビルじゃなくても興味は惹かれるだろう。
1stの最後脱出したWBクルーたちは保護された後、治療とかの名目で一時的に全員研究所送りにされたと考えてるんだけどね。
ってゴメン。こんな考察が楽しすぎる。ガノタってやつは救い難いねw
516:
>>515
この時期の設定は本当にグレーなので、正直難しいのは確かです。
アムロ0082シャイアン配属は出典不明のネット情報です。
出典の年代、解釈によってさまざま…ティターンズ結成も当初は0081だったのが後にデラーズ紛争後になっていたり。
なので細かい設定はヌルッとスルーしてください、解釈および参考の違いです。
ただこれまでもそうでしたが、Z以降、逆シャアまで継続した世界観を作るために、
ある程度作品にとって都合の良い筋の通りそうな設定を拝借している、ということだけは言い訳しときます。
そんな感じで、お楽しみいただけると幸いです。
よろしく!
517:
そう、面白けりゃ細けぇこたぁいいんだよ。
つかレナ、何歌ってんだよww
521:
こんばんわー。
続き投下していきますね。
上で書いた通り、ちょとっと世界観が違いますが、何を基準にしているか、による解釈の差です。
ご了承のうえお読みください。荒れたり、がっかりされないことを祈ってます。
ちなみに読みどころは、3年たったマなんとかさんの成長っぷり!ww
522:
UC0083.11.12
―――イア…マライア!
「ん!あ、ごめん、ぼっとしてた」
暗い宇宙に浮かんだ戦艦のデッキで、あたしは地球を眺めていた。もうこっちに来てずいぶん経つな。
アヤさんの誕生会、懐かしいな。
隊長たちもみんな元気かな、なんてことを考えていたせいで、なんか話しかけられていたみたいだったけど、
全然聞こえてなかった。
「ふざけているのか、こんなときに!死にたいとしか思えないよ」
「ごめんって、ライラ。ちょっとさ、地球を眺めてて」
「まったく。そんなのんきで、私と並ぶくらいやれちゃうんだからさ。頭に来るよ」
「戦闘が始まったら、あたしだって必死だよ!」
「良く言うよ、戦闘が始まったっておしゃべりお嬢さんじゃないのさ」
「ライラだって、いつもツンツンお嬢さんじゃない」
緊急出撃命令が出たのは3時間前。
なんでも、デラーズ・フリートと言うジオン残党の艦隊が移送中のコロニーを奪取して
それを地球に落下させようとしているのだという。
月面基地にいたあたしとライラ中尉、それからあたし達の後輩、ルーカス・マッキンリー少尉からなる
あたし達、地球圏防衛隊の第12MS小隊と他の数部隊には、月軌道上にやってきた連邦艦隊と合流して、
このテロを阻止せよとの命令が下っていた。
まったく!あんなもの落とそうとして、アヤさんやレナさんやソフィアや、隊長達にもしものことがあったらどうすんのさ!
デラーズってのがどんなのか知らないけど、見つけたらあたしがまっさきにぶん殴ってやる…
のは出来ないから、死なせちゃうかもしれないけど、ビームサーベルのお仕置きで反省してもらうことにしよう。
<各機、出撃スタンバイ!目標、軌道上のコロニーおよび、デラーズ・フリート所属MS部隊。
 ソーラーレイ発射まで、敵の接近を阻止せよ。なお、敵識別については、IFFに注意せよ>
そう、戦艦のブリッジから無線が入ってくる。
さらにちょっと面倒なのが、どうやらジオン残党のなかでも内部分裂があるらしく、情報によれば、
1個艦隊はすでに連邦軍と内通し、このテロの情報を漏らしていたらしいのだ。
今のIFFに注意しろ、とはつまり、“こちら側”のジオン機は撃つな、と言う警告だ。
まぁ、そんなの戦闘中にそうそう識別できるものではないけれど、気を付けていた上でやっちゃったのなら、
それは事故で責任はパイロット個人にある、と言う、まぁ、上の言い訳なんだろう。
「いいかい、あんた達!気をぬくんじゃないよ!」
「ライラもね!」
「あぁ、分かってるさ!12小隊、発進する!」
523:
ライラが甲板を離れたのを確認して、あたしもブースターをふかして艦から離れる。
モニターには目標となるコロニーが映し出されていて、さらには敵艦隊の予測位置を示すマークが出ているので、
それに向きを合わせて編隊を組みながら加していく。
 あたし達は最近、ジオン残党との戦闘を相当な数経験していた。
そのほとんどがある種の殲滅戦で、すこし後味が悪いのも事実なのだけれど。
その中でもライラは、あの赤い彗星とも戦ったことのある猛者だ。
ただ、最近では、所属艦が、観艦式の最中に、今これから相手をしようとしているデラーズ・フリートに襲撃を受けて
轟沈させられている。その仇討のために、地球への転属を拒否して宇宙に残った。
で、同じく観艦式で母艦を失ったあたしとルーカスと組まされている。
ライラは口調はちょっときついけど、優しい子なんだなってのはすぐに分かった。
なんとなく、カレンさんに似た雰囲気があって、あたしは会ったときから仲良くなれるだろうなって思っていたけど、
ライラの方はこんな軽いあたしを最初の頃は安く見ていたみたい。
最近はなんとか心を開いてくれて、それに伴って隊の訓練での評価も上がるし、
実践の数はまだ少ないけれど、それでも上々の成果を得られていた。この子のことは信頼できた。
だから、あたしはまだ、こうして戦場に立つことができている。
 目標のコロニーがグングン近づいてきている。パパパと閃光が走り、ビームの軌跡が飛び交っている。
先遣隊とデラーズ・フリートとの戦闘はすでに始まっている。
 その中に、異常な軌道を見せる何かを、あたしは見た。
「なによ、あれ?」
あたしは思わず声を上げた。
「並みの起動じゃないね…ジオンのモビルアーマーか?」
ライラもいぶかしげにしている。
「わかんないけど…」
「敵ならあれに絡まれると厄介だね…ルーカス、気をつけな」
「了解です!」
そんな会話を聞いていたあたしの耳に、警報音が聞こえてきた。ロックされた!?
 とっさに機体をひねって、急旋回をする。Gで体がつぶれそうだ。
524:
「敵襲!位置は不明!」
「下だよ!」
ライラの声!あたしはさらに旋回しながら下方を見やる。そこには、こちらに向かって突進してくるドムが見えた。
 機体をさらにひねって、マシンガンを掃射する。ドム隊3機が四散していくのが見える。
「ライラ!あたし見てて!」
あたしはライラに援護を頼んで、さらに加しつつ、そのうちの1機を追う。
でも、狙いはこいつじゃない。ルーカス機はライラ機とあたしを追っている。
だとしたら、あたしがこいつの相手をしている間に、必ずもう2機で二人を挟み込むはずだ。あたしが叩くべきは、そっち!
 と思っていたら、目前のドムが急に向きを変えてこっちに突進していた。
―――こいつ!
 シールド構えてマシンガンをぶっ放す。パッと目の前が明るくなった。これは胸部の目つぶしビーム!?
でも残念、シールドで対してダメージもないですよーだ!
あたしはシールドを突き出してドムに向けて加する。あれを使ってくるときはだいたい、近接戦に持ち込みたいときだ。
なら、さきにこっちが間合いを詰めてやる!シールドの影から見えるドムがヒートサーベルを構えた。
でも次の瞬間には、あたしの構えていたシールドがドムに直撃する。ものすごい衝撃で機体が軋んだ。
でも、直撃を食らったドムほどじゃない。
ビームサーベルに持ち替えてる暇はない。ゼロ距離射撃だ。
 マシンガンを発射した瞬間、ドムはバーニアをふかして上方に回避した。勘のいい奴!
そのドムは、まっすぐにライラ達の下方へ向かっていく。
「ライラ、ごめん、撃ち漏らした!下!」
「見えているよ!」
そう言ってバズーカを構えたライラの上の2方向から、ドムが迫っているのが見えた。
あたしはその軌道を見極めて、ドムの進行方向へとマシンガンの弾をばら撒く。
曳光弾の軌跡がドムと重なって、破片が飛び散り、1機はそのまま動かなくなる。
もう1機にもあたったように見えたが、そいつには回避された。
 ライラは下方に向かったドムをバズーカで撃破している。もう1機のドムへは対応できない。
「ルーカス!左!」
あたしは被弾させたドムが回避した方向をルーカスに指示する。
ルーカスはそれに反応して素早く期待をロールさせるとマシンガンを放って難なく撃墜した。
「敵、撃破!」
ルーカスのホッとするような声が聞こえる。
 「ふっふぅー!仲良く戦果1ずつだね!」
あたしが言ってあげると、
「戦果も良いが、貸し借りも1ずつだよ」
とライラが言ってくる。
「なーに言ってんの!同じ部隊員同士、助け合わないでどうすんのさ!
 それに貸し借り1ずつなら、相殺されてチャラってことでいいんじゃない?」
あたしはそう言いかえしながら編隊に戻る。組み立てのチームにしては、連携バッチリだね、やっぱ!
525:
 そのまま、コロニーへの距離をさらに詰める。戦艦から発射されてくるメガ粒子砲があたりをビュンビュン飛んでいく。
いやが応にも緊張が高まる。そんなあたしの目に、妙な光景が映った。
1機のジオンモビルスーツが、ジオン戦艦に取り付くと、その艦橋をたたきつぶしたのだ。
「え!?」
「あれか、友軍のジオン機ってのは」
ライラの声。そうか、こっちが側に内通してたっていう…
「敵接近!」
反射的に回避行動に入った。ルーカスの声だった。次の瞬間、ビーム兵器の射線があたし達のそばをかすめた。
撃ってきた方向に目をやると、そこには、ゲルググとかいう高性能機がたった1機でこちらに向かってきている。
「あいつ!エース用のカスタム機だ!気をつけな!」
ライラの声が聞こえる。見ればわかる。あれは、ちょっと「ヤバい」やつだ。
 あたしは回避行動に入りながらゲルググの動きを見極める。
ゲルググは、散開したあたし達のうち、ライラに狙いを定めたようだった。
1対1じゃ、いくらライラと言えども苦戦しかねない。あたしは距離があったけどマシンガンで狙いをつけて射撃を開始した。
弾は当たらず、ゲルググはあたしの射撃を回避して、こちらへ機体の正面を向ける。その隙を逃すようなライラじゃない。
ライラがバズーカを発射した。しかし、敵はまるでそれが分かっていたかのようにさらに回避する。
でも、もう一段階!背後からルーカス機が突進している。こちらに注意をひきつける!
あたしはさらにマシンガンを撃ち続ける。するとゲルググはあたし目がけて突っ込んできた。
 機体性能が違う。先に加されたんじゃ、確実に追いつかれる…なら!
マシンガンを収納してビームサーベルを抜いて構える。盾を装備している左方向へ機体を滑らせる。
これなら、敵はシールド越し。初撃はたぶん持ちこたえられる。
 そう思っていたら、盾の向こうのゲルググが急に上方へ向きを変えた。しまった!あの方向には、ルーカスが!
「ライラ!ルーカスを援護!」
「わかってるよ!」
ライラのバズーカが発射された。しかし敵機はそれをするりと躱すと、さらにルーカス機へ迫る。
まずい、ルーカスと1対1になる!
 ゲルググが、ビームサーベルを抜いた。
「ルーカス!防御!まともにやりあっちゃダメ!」
あたしは怒鳴った。
 ゲルググがルーカス機に突っ込んだ。
でも、ルーカスは間一髪のところで、シールドを突き出して突進を受け止めるとすぐにシールドをパージしてゲルググと一緒に蹴り飛ばす。
うまい!
 体制を立て直したゲルググが、またルーカスに照準を合わせた。あたしはルーカスに急接近しながらマシンガンを構える。
そのとき、どこからかビームが飛んできてゲルググの胸部を貫いた。そう思ったら、パッと閃光を放って機体が爆発する。
 今の、どこから!?
あたしが視線を走らせると、そこには、見たことのない巨大な機体が暗闇を切り裂くように飛んでいた。
526:
「なに、あれ?」
「さっきの、おかしな軌道のヤツですよ」
ルーカスが言った。
「連邦機のようだね」
ライラも言う。
「なんにしても、助かりました」
ルーカスのホッとしたような声。
 あたしはそれを横耳で聞きながらその機体を目で追った。
そいつは、本当に人間か乗っているのかって思えるほどの急旋回で向きを変えると、
宙域に浮かんでいた一隻の戦艦にその機首を合わせる。モニター上では、その船は、敵と識別されていない。
あれは、ジオンの友軍艦じゃ?
 そう思った瞬間、その機体は長い主砲からビームを発射した。
ビームはまっすぐに友軍艦の方に伸びて行って、着弾し、爆発した。
「な…なんで?」
「今のは友軍艦のはず。どういうことだ?作戦が変更になったのか?それとも、特殊作戦でも仰せつかっていたのか?」
「そんな話は、聞いてないですよ」
そうだ。だいたい、あの機体、たった1機だ。しかも、他の連邦機と連携を取っている気配がない。なんだ、あいつ?
 モニター上でまたおかしな動きがある。複数の味方のマーキングをされた機体が、そいつに向かって突撃していく。
あれは…あれも全部、ジオンの友軍!?
「どうなってんです!?この状況、どう考えてもあいつに情報が行ってなかったとしか考えられない!」
「飛び入りってわけかい?ったく、戦場を荒らすと、ロクなことにならないってのに!」
ライラの苦しげな声が聞こえる。巨大な機体に群がる友軍機が、次々と薙ぎ払われていく。
「気にしてもしかたない!私たちは私たちの仕事をするよ!」
「う、うん!」
そう話をしていたあたし達の正面から、何かが近づいて来た。敵機!?しかも、早い!
 それを確認したのと同時に、その機体は撃って来た。間一髪のところで、機体をひねってそれをかわす。敵機はあたし達に構わずに後方へ抜けて行く。
 あれは?デラーズ・フリートのモビルアーマー?
まるで…蝶みたい…あんな機体も見たことないけど…でも、待って、この後ろを抜かれたら…
「今の敵機、まさか、『鏡』の方へ?!」
「まずい!追うよ!」
ライラが言った。聞くまでもなくあたしは機体を駆って後を追っていた。
でも、ダメだ、度が違いすぎる…
「こちら第12MS小隊!ソーラーレイに接近する敵高機動機を確認!防衛急いで!」
あたしは無線に叫んだ。それに呼応して、防衛にモビルスーツ隊が集まってきて、敵モビルアーマーの進路を阻もうとしている。
でも、敵機は恐ろしいほどの機動力でこちらの攻撃をかわし、撃墜し、
さらにソーラーレイの根本である鏡の壁とそのコントロール艦に迫っている。
味方の防衛で距離が縮めたけれど、それでも追い付くのはまだ厳しい。
 突然、モニターの隅から何かが割り込んできた。バーニアの物らしい光点が、蝶のモビルアーマー目がけて突進していく。
「あれって…さっきの、でかいの?」
そうだ、あれはさっき、友軍ジオン艦を撃沈した、あいつだ。
527:
「そうみたいだね。ほら、私らも急ぐよ!」
ライラが、先頭を行く。あたしもその後ろにぴったりくっついていく。ルーカスもなんとか追随してこれているようだ。
<目標、ソーラーレイシステム照射圏内まで、あと5分>
あと5分か…それまで、あの鏡の壁とコントロール艦を守らないと、あれがみんなのいる地球に落ちちゃう…
 あたしはチラッと、巨大なコロニーを見やった。
「マライア!」
レバーを引いた!ビームが、目の前を通り抜けていく。あ、危なかった…
「来るよ!」
見ると、さっきのモビルアーマーがこっち目がけて突っ込んでくる。こいつとはたとえ3対1で戦っても勝てそうにない。
こいつの相手は、あのでっかいのに任せよう。
「ライラ!こいつの相手は無理だよ!あたし達は艦の防衛にまわろう!」
「ちっ!あんな作戦も理解できてないようなやつに任せなきゃいけないなんてね!」
ライラも、それは分かっているようだった。
 それなら話は簡単だ。こっちから仕掛けなくていいんなら、いくら機体性能に差があっても、攻撃さえ見極めればよけきれる…!
 モニターの中のモビルアーマーが光った。来た!
 あたしは機体を旋回させる。連続で発射されるビームがあたしを追って、次々と脇をかすめていく。
「ちょー!もう!なんなのよ、こいつ!しつこい!しつこい!!しつこいぃぃ!!!」
それでもモビルアーマーは執拗にあたしを狙ってくる。
「しゃべってないで集中しなよ、お嬢さん!」
「こんなの!叫んでないと怖くって耐えらんないよ!!ライラのバカ!!」
そう叫びながらモニター上でしっかり敵モビルアーマーを捉え続ける。
この手の奴は、注意してみてないと、すぐに視界から消えるんだ…
と、次の瞬間、今度はモビルアーマーから無数のミサイルが発射されてきた。
ミサイルは何の迷いもなくこっちへ誘導されて飛んでくる。
「いぃぃ!?」
やばいって!ミサイル回避って一定方向に旋回しなきゃいけないのに!
一定の方向なんかに旋回してたら、こいつ、絶対ビーム当ててくる!
「もぉぉぉ!あんた、性格悪すぎだよぉぉぉ!!」
あたしは不規則に回避行動を取りつつ、絶叫しながら必死になってマシンガンを撃った。
こうなったらミサイルの多少の被弾は覚悟の上だ。シールドで押さえれば、2,3発なら損害は最小限で済む。
ビームの直撃を受けるよりマシ!マシンガンの弾がミサイルと交差して爆発を起こす。
でも、それだけで全部を落としきれるわけはない。と、横から何かが飛んできて、広範囲に爆発を起こした。
ライラの撃ったバズーカだった。
「ライラ!」
「世話が焼けるよ!ホント!」
「ありがとう!貸し1ね!」
528:
あたしは旋回を続けつつ、さらにモビルアーマーを捉え続ける。
そこへ、あのデカい味方機のビームが飛んできて、モビルアーマーをかすめた。もう!どこ行ってたのよあんた!
とっととそいつ足止めしてよね!
「ライラ!デカいのが戻ってきた!あたしらは艦へ!」
「あぁ!」
あたし達は、なんとかその戦域を離脱して、コントロール艦および鏡の壁と敵部隊との間に防衛線を張った。
あのモビルアーマー以外にも、こちらへ漏れてきているデラーズフリート機がちらほらいる。
悪いけど、これをやらせるわけには行かないんだ!
 あたし達は3機の連携攻撃で、戦域を突破してくるモビルスーツを撃墜し続ける。
<ソーラーレイシステム、照射まであと1分>
無線が聞こえてくる。もうちょっと…もうちょっとで…!
 そんなとき、彼方で何かが光った。あれは…あいつだ!
あのモビルアーマー!何よ、あのデカいの!?やられちゃったの!?
モビルアーマーはまっすぐにコントロール艦へ飛んできている。
「て、敵モビルアーマー!コントロール艦に接近!」
ルーカスが叫んだ。
モビルアーマーとコントロール艦の一直線上に、ライラ機が割って入る。
「やらせはしないよ!」
そんな!ライラ!それはいくらなんだって…!
あたしは機体を駆った。ライラのフォローをしないと…!
 モビルアーマーがビームを吐いた。ライラはそれを機体を回転させて躱す――でも…
すぐに次のビームがライラに伸びて行った。ライラがとっさに前に出したシールドがはじけ飛ぶ。
ライラ機はバランスを崩して、防御姿勢も反撃姿勢も取れないでいる。
モビルアーマーから触手みたいな何かが伸びて、そこからビームサーベルが生えた。
―――ライラ!
 あたしは自分の機体をライラの機体に突撃させた。
あたしの機体はモビルアーマーがライラ機に激突する直前に、彼女のもとにたどり着けた。
シールドを前に突き出してモビルアーマーの突進を防ぐ。わかっていたけど、パワーはさっきのドムの比じゃない。
ものすごい衝撃が機体を襲って腕の関節に異常信号が出た。
でも…まだだ!
あたしはさっきルーカスがしたように、衝突の瞬間にシールドをパージしてシールドごとモビルアーマーを蹴りつけた。
バランスを崩しながらマシンガンを撃ちまくる。ライラも体制を整えていてバズーカを発射した。
あたしのマシンガンがモビルアーマーをかすめて、ライラのバズーカがシールドに当たり爆風と破片がモビルアーマーを包む。
こんなんで落とせれば苦労しない…だけど…
<ソーラーレイ、照射開始!>
唐突に無線が鳴って、きらりと、宇宙のかなたが光った。
―――え、待ってよ…退避命令とかないの?まだ、コロニーの周りには、味方がたくさん…!
 そう思ったのもつかの間、太陽光を反射した高熱源の見えない射線が、コロニーへ向けられたのが、無数の爆発が起こって、分かった。
敵も、敵艦も、味方機も、逃げることのできなかった戦力が次々に高熱を浴びて爆発していく。
 コントロール艦の指揮官、焦ったんだ。モビルアーマーの接近で…
529:
 熱源は、コロニーを直撃した。あの大きなコロニーが最初は点のような赤いしみがプツプツと現れたかと思ったら、
それが次第に広がって、膨張し、小さな爆発を繰り返しながら本当に、まるで溶けるように、宇宙空間に飛散していく。
 1分か、5分か、いや、もっと短かったのか…コロニーは、跡形もなく、消滅した。
「やった…」
ルーカスの声が聞こえる。その声であたしは我に返った。モニター上のモビルアーマーがバーニアをふかした。
「敵モビルアーマー、まだ動くよ!」
あたしは怒鳴った。同時にマシンガンを撃とうとするが、モニターに警告が表示される。
しまった、弾切れ?!あたしは慌ててリロードの操作を行う。
その間にモビルアーマーは味方の包囲を抜けて、コントロール艦に迫った。なんで、なんでよ、なんで今更…仕返しってこと…?
 コントロール艦から主砲が発射される。モビルアーマーはそれに被弾しながらまっすぐに艦に向かうとビームを放った。
艦が膨れ上がって、爆散する。
 さらにモビルアーマーは旋回し、そばにいた戦艦に狙いを定めた。
戦艦も主砲を全部の対空砲をモビルアーマーに向けて発射した。エネルギーが切れたのか、
それとも、コントロール艦の主砲で、ビーム兵器が破損したのか、モビルアーマーは撃たなかった。
そのまま、戦艦の弾幕を避けることなく突撃し、そして、戦艦の横っ腹に衝突して、爆発した。
その爆発で、戦艦は真ん中から、二つにちぎれた。
「や、自棄でも起こしたの…?」
あたしがつぶやくとライラの声がした。
「義を通したんだよ、やつなりの…」
義?なによそれ、バカみたい…死んじゃったら、なんにもならないじゃない。なんで、どうしてそんなので死のうと思うのよ…
そんなので、なんで人を殺そうだなんて思うのよ…わかんないよ、あたしには。
「わかんないよ、あたしには…」
思わず口に出ていた。
「そういうもんさ」
ライラの乾いた声が聞こえた。
530:
 呆然と、宇宙空間に漂っていたあたしのコクピットのモニターに、ふと、なにかの反応があった。
漂流物?なんだか気になったのでそれを拡大してみる。それは人だった。ノーマルスーツを着た人が、漂っている。
死体…そう思って、モニターを切ろうとした瞬間、腕が動いたように、あたしには見えた。生きている、の?
あたしはその方向に機体を移動させる。
「ちょっと、マライア。どうしたのさ?」
ライラの声が聞こえる。あたしは、それを無視して、その人に近づく。
マニピュレーターでそっと受け止めて、改めてモニターで確認する。
生きてる…ジオンのノーマルスーツみたいだけど、まだ息がある…。
 あたしはためらわなかった。コクピットを開いて、ワイヤーで体を機体につないで、コクピットの際を蹴って、
マニピュレーターまで泳ぐ。そこに収まっていたのは、女性のパイロットだった。
意識はないみたいだけど、大丈夫、息は、してる。
 「何やってんだい」
ライラ機が近づいて来た。
「ジオン兵?」
「うん」
ヘルメットの中の無線で、そうやり取りをする。
「生きてんのかい?」
「そうみたい。ね、ライラ、黙っててくれるかな?」
「どうしてさ。本部に引き渡せば、勲章のひとつでももらえるかもしれないじゃないか」
「いいじゃない。もう、戦いは終わったんだよ。これ以上、誰かをひどい目に合わせたって、それは、憎悪をもっと深くしちゃうだけ」
あたしが言うと、ライラは笑った。
「なるほどね。それがあんたの義ってやつか」
「そうかも」
あたしはそう返事を返しながら、彼女を抱えてコクピットにもどった。
 さて…どうしたものか。まぁた、3年前とおんなじことしようとしているよ、あたし。
どうしようかな、船についたらコクピットの中で裸になって…彼女のノーマルスーツをあたしのに替えてあげよう。
ジオンのスーツは…とりあえず、シートの下にでも押し込んで、隙を見て宇宙に流しちゃえば、いいか。
それから、えっと…この子の身柄を、なんとか地球に送れないかな。
そうだ、あたしの名前で、地球への一時帰還申請をだして、休暇扱いでこの人を地球に逃がそう…
 「だけど、マライア。これで今回は貸し2だからね」
ライラが言ってきた。
「なんでよ!あたしモビルアーマーの突進防いで上げたでしょ!あれでチャラよ!」
「はは、それでも、そのパイロットのことを黙ってる、ってのは、貸しになるだろう?」
「むー、それは、しょうがない」
「ははは。決まりだね。また心行くまで飲ませてもらうとするよ」
「ちぇー!これで3連続じゃん、あたし。どこがいい?フォンブラウンの、前に行ったお店とかどうかな?――――
532:

ひょっとして今回出てきたライラさんって、あのライラさん?
535:
>>532
そうです!Zのライラ・ミラ・ライラ大尉です!
538:
「キキちゃん!ねぇキキちゃん、こっち向いてよ!」
「ふふふ、レナさんに気に入ってもらえてよかったわね、キキ」
「あーい!」
「はぁぁ!かわいい!やっぱアイナさんに似てるねぇ!」
レナが目をキラキラさせてはしゃいでいる。
 先週末から、久しぶりにシローとアイナさんが遊びに来てくれている。あのときお腹にいた赤ん坊が生まれてもう2年。
2歳のキキは、ホールの中をおぼつかない足取りで探索してはアイナさんのところへ駆け寄ったり、
ソフィアと、どこそこの義足は使いやすいぞ、なんて話しているシローにしがみついたりしている。
レナも少し慣れてもらったようで、
時折、持って来たボールやぬいぐるみなんかをレナに貸してあげては喜ぶレナのリアクションを見てキャッキャと声を上げている。
 ほほえましい光景なのだけれど、アタシはちょっぴり憂鬱だった。
昨日の気象情報で、南東の海上にハリケーンが発生したってニュースが入ってきたからだ。
そいつはたぶん、この島の上を通過して北米に抜けるだろう。
この辺りじゃぁ、割と良くあることだけど、この時期にしては珍しい。
規模はそんなでもないだろうが、朝から船を引き揚げてもらって、借りてる倉庫にしまったりでちょっとした騒ぎだった。
空を飛んでたからだろうか、気流が荒れるこういう天気はなんだか気持ちが重たくなる。
ホールの外に見える空の雲行きも怪しい。そろそろ、振り出す頃かもな…。
 そんなことを思っていたら、電話がなった。アタシはホールの受話器のところまで小走りに駆けてって受話器を取る。
539:
「はい、ペンション・ソルリマールです」
「あぁ、あたしだ」
カレンの声だ。
「あぁ、どうした?」
「いや、実は、客を運んできたんだよ」
「客を?」
「あぁ。マライアのやつが、手紙付きでこっちへ寄越したのさ。あたしも、空港でそれを見せられて初めて知ったんだけどね。
 そっちは、なにか聞いてたりしない?」
「いいや、何にも」
「ったく、あいつも偉くなったもんだよ。連絡もなしにあたしらを使おうだなんてさ」
カレンが珍しくマライアに不満を言っているので笑ってしまった。
「まぁ、そりゃぁ確かだな。あいつ、今度会ったら説教してやろう。で、今はもう空港なのか?」
「そう。急で悪いんだけど、迎えにきてくれないか?あたしもとっとと機体をしまって家に戻っときたいのさ」
「あぁ、ハリケーンか」
「上じゃぁ、気流が悪くて苦労したよ。小型ジェットっつったて、戦闘機とはわけが違うね」
「ははは。そうだろうな。うん、分かった。20分で行くから、待っててくれよ」
アタシはそう言って電話を切った。それから、レナの方を見やる。レナも内容が気になったのかアタシの方を見ていた。
「悪い、急な客みたいなんだ。ちょっと空港まで迎えに行ってくるよ」
「あら、お客さんですか」
アイナさんが言った。
「悪いな。貸し切りでのんびりしてもらいたかったんだけど」
アタシが言うとアイナさんは笑って
「いいえ。そんな、とんでもないです」
と言ってくれた。
「すぐ出るの?」
レナが聞いてくる。
「うん。もう空港に着いてるらしいんだ。カレンを待たせてるから、急ぐよ」
「そっか。気を付けて。私部屋の準備しておくね」
「ああ、頼むよ」
アタシはレナにそう言って、ホールを出て、玄関から表に出てみる。空気がしめっぽい。
こりゃぁ、急がないと本当に荒れ始めそうだな。
 ふうとため息が出てしまった。とにかく急がないと。そう思い直して、オンボロに乗り込んだアタシは、空港への道を急いだ。
540:
 空港の待ち合いに入ったアタシはすぐにカレンを見つけた。カレンもアタシを発見したようで、手を挙げてアタシを呼んでいる。
「悪い、待たせた」
「なに。大したことないよ」
カレンとそう言葉を交わしてから、傍らにいた客らしい女性に目をやる。
「こちらが、お客さん」
カレンはそう言って微かに肩をすくめた。それをすこし気にしながら、長い黒髪の女性に
「お待たせしました。ペンション・ソルリマールのオーナーでアヤ・ミナトと言います」
とあいさつをする。彼女は、表情一つ変えずに
「よろしく」
とつぶやくように言った。まるで抜け殻みたいになっている。年頃は30代半ばくらいか、いや、もっと上か?
顔立ちは良いのだけど目に色もなくて、まるでよれよれになった雑巾みたいに疲れた顔してて、正直、良くわからない。
退役軍人やなんかを泊まらせることも多くて、この手のお客はたまに利用するけど、ここまでのは正直初めてだ。
スペースノイドらしい感触はあるが、それ以外には、なにも感じられない。本当に、ぽっかり何かが抜け落ちている感じがする。
「ずっとこんな感じだよ」
カレンがそっと耳打ちしてくる。カレンが肩をすくめた理由が分かった。
「とりあえず、ご案内しますよ。荷物持ちますから、どうぞ」
アタシは、なるだけ丁寧に話しながら女性を促した。
「ありがとな」
「お安い御用さ」
「また今度、飯でも食いに来いよ」
「遠慮しとくよ、どうせまたケンカになっちゃうからね」
カレンはそう言って笑う。アタシもニヤっと笑い返してやった。
こうして客を運んできてくれるようになってから、カレンとも、軍にいたころよりちょっとだけ仲良くなった。
お互い丸くなったんだなぁなんて思うのだけど、レナに言わせれば、もともとすごい仲良しじゃない?という評価らしい。
さすがにやめてくれよ、と思う。まぁ、悪いヤツじゃないってのは認めるけど、いくらなんでも態度も口も悪すぎだろう。アタシが言うのもなんだけどさ。
 アタシはカレンに別れを告げて、女性を車まで案内した。
彼女は、まったくと言っていいほど覇気がなく、なんていうか、廃人、って、こういうことを言うんじゃないかなって思うほど、
意思を感じなかった。
ペンションへ向かう車での中で、ちょいちょい話しかけてみたけど、返事は全部上の空。こりゃぁダメだ。
マライアのやつ、なんだってこんな人を送って寄越したんだろう?
いや、こんな人だから、と言ってしまえばそうなんだけどさ、ウチの場合は。
 ペンションについて、女性を中に通す。
レナがやってきて中の説明をあらかた済ませ、帳簿に記入するのに名前を聞くと、彼女は一瞬だけ、ピクっと眉を動かして
「…シイナ・カワハラ」
と名乗った。まぁ、偽名だろうな、とは思ったけど、特にこれと言って支障はないし、何より、マライアの寄越した客だ。
あいつがよっぽどのバカじゃなけりゃ、素性も知れないやつを送ったりはしてこないだろう。
ワケありなんだろうけど、そう言うのも含めて受け入れんのがアタシらのポリシーだ。
 レナがシイナを二階の部屋に連れて行くのに、アタシも同行した。
別に心配だったわけじゃなくて、他の部屋の窓のシャッターを閉めようと思ったから。
ハリケーンのコースになりやすいこの島の建物には、だいたいこういう防災装置があれこれついている。備えは大事だ。
541:
 2階のシャッターを閉めて回ってから、今度は倉庫に行って、
懐中電灯に手巻きの発電機付きのランタンをいくつか箱に入れて持ち出して、今度は1階のシャッターも閉めて回る。
あとは…やり忘れてること、ないよな?ないはずだ。
ライトの入った箱をホールに運び入れると、そこにはシロー一家の姿しかなった。そうか、ボチボチ夕食の準備の時間だ。
「はいよ、シロー。部屋戻るときは、これ持ってってな」
アタシはシローに懐中電灯を渡した。
「何に使うんだ?」
シローは不思議そうな顔をしている。
「あぁ、ハリケーンがあると、たまに停電するんだよ。今夜が一番強いらしいから、まぁ一応な」
「そうか。すまないな」
シローは、そんなもんか、みたいな顔してそう返事をした。シロー、その油断は危険だ、ハリケーンを舐めると痛い目見るぞ、
と言ってやろうかと思ったけど、やめといた。せっかく来てくれてるってのに、脅かしたってしかたない。
「アヤアヤー!」
ちびのキキが、そう言ってアタシの足元に絡みついて来た。キキにとってアタシのアヤって名前は呼びやすいらしい。
反対にレナは「レ」の発音が難しいのか「エナエナ」と呼ぶし、ソフィアに至っては「ホヒア」になる。
レナは、そう言うのを悔しがるかと思ったら、「やん、カワイイ!」と目を輝かせていた。
名前をちゃんと呼んでもらえてうれしかったアタシがちょっと恥ずかしいじゃんか。
悔しがれよ、レナめ。
アタシはキキを抱き上げてやる。小さい子独特の、乳くささっていうのか、そういう匂いが香って、思わず気持ちが緩む。
施設にいたころに、寮母さんが忙しいときにはこれくらいの子の面倒を見ていたことがあって、
それをふと思い出して懐かしくなった。今度、時間が取れたら顔を出しに行こうかな。
ジャブローにいたころには年に1度くらいは行っていたけれど、こっちに来てからは忙しくてまるで行けてない。
 そんなことを思っていたら、パラパラと音が聞こえた。見ると、窓の外で雨が降り出していた。
おっといけね、ここのシャッター閉めてないじゃんか。アタシはキキを下ろして、ホールのシャッターを閉める。
閉めながら、どんよりした空を見上げたら、なんだか、また、ため息が出た。
542:
 その晩、みんなが部屋に戻った後、アタシとレナとソフィアで、ホールで夕食の残りを肴に、晩酌をしていた。
最初はシロー一家の話題で、特にキキの話で盛り上がったのだけど、やっぱりレナも気になったんだろう。
シイナさんのことに話題が移った。
「どうしたんだろうね、あの人」
「んーそうだなぁ。マライアが寄越したんだし、別に危ないヤツではないとは思うんだけど。
 参ったことに、なんも感じないんだよなぁ、あの人からは」
アタシもてんで見当がつかなくて頭を掻いてしまう。だいたいの場合、たとえばクリスの時みたいに、
何かを抱えてたりする客ってのは、何かしら感じるものがあるんだけど、あのシイナって客は本当に真ん中がカラッポで、
いまいちつかめない。まぁ、こっちになにか危害を加えて来ようって気配があるわけでもないし、
身長や体格はアタシと同じくらいあるけど、でもかなりの痩っぽちだ。なんかあっても組み伏せるのは簡単だろう。
「私も、危ない人とは思わないけどね…でも、あそこまで消耗してるってことは、そうとうなことがあったんだなって思うんだ。
 なんか、そう考えると気分が重くなっちゃう。心配だよ」
レナがそう言う。相変わらず、優しいんだよなぁ、レナ。
「んまぁ、何ができるかわかんないけどさ、一応、マライアの手紙には1週間頼むって書いてあるし、しばらく様子を見ておこう。
 ここに慣れてくれば、多少は、向こうもなんかを話すかもしれないし、こっちも何かを感じるかもしれない」
「うん…そうだね」
アタシが言うと、レナもそう返事をしてうなずいた。
 ふと、さっきから黙っているソフィアが気になった。なんだかうつむき加減で、深刻そうな表情をしている。
「おい、ソフィア、どうした?」
アタシが声をかけると、ソフィアはハッとして顔を上げた。それから、何か戸惑いながら、ゆっくりとしゃべりだす。
「あの、ね。もしかしたら、なんですけど、私、あの人、知ってる気がするんですよ」
「知ってる?」
「はい。一度、顔を見たことがあって。間違いじゃないと思うんだけど…」
なんだか言い渋っている感じだ。
「なんだよ、言いにくいことなのか?」
アタシが尋ねると、ソフィアはしばらく考える様な表情を見せてからチラッとレナの方を見た。
それから、また改まってクッと顎を引くと小さな声で続きを喋り出す。
「たぶん、あの人、シーマ・ガラハウ中佐っていう人だと思うんです」
「シーマ中佐…って、あの、シーマ艦隊の?」
それを聞いたレナが、ソフィアみたいな小さな声で聞き返す。ジオン軍人なんだろうか?
543:
「たぶん」
「誰なんだよ、それ」
アタシが聞くとソフィアは黙って、レナの方を見た。今度は、レナもなんだか言いにくそうな顔をする。
なんだってんだよ、二人して?そのシーマってのは、そんなに語りにくい人なのか?
「あのね…シーマ艦隊、っていうのは…ジオンでも有名な部隊なの」
「悪い方の、って感じだな?」
「はい…。シーマ艦隊は、その…開戦当初から、連邦側についたコロニーへの攻撃やなんかを主任務としていた部隊で…
 お、主に、毒ガス攻撃を敢行して、その攻撃したコロニーの一つ、アイランド・イフィッシュが、そのつまり…」
「待って、その名前、聞いたことあるぞ」
アタシは、話を止めた。その名、そのコロニーは…そうだ、コロニー落として使われた、地球に落ちてきたあのコロニーの名だ。
「まさか、あいつがあのコロニーを調達した部隊だったってのか?」
話を聞いて、正直、驚いた。あの抜け殻みたいなのが、そんな大それたことを?
確かに、落ちて来たコロニーの住人は、毒ガスで皆殺しにされたって話は聞いていたけれど、それを、あいつが…?
 怒りではなく、単純に驚きしか湧いてこなかった。まるで、想像がつかなかったからだ。
そんなことをやるようなタマには見えない。そんなことをやらかすような神経の人間が、あそこまで抜け殻になるもんか?
「うん。あの人が、シーマ・ガラハウなら、毒ガス攻撃を指揮したのは、彼女だったことに、なります」
ソフィアがそう言って押し黙った。レナも、アタシも息が詰まったみたいに、声が出なくなった。
 コンコン
 突然に、ホールにノックの音が響いた。アタシを含め、レナもソフィアもビクッと肩を震わせた。
「は、はーい」
レナが返事をするとドアがキィっと開いて、話題のシーマ中佐、もとい、シイナが顔を出した。
良く見ると、目が赤くはれている。泣いていたのか?
544:
「悪いね、夜中に。酒、ないかい?」
シイナさんは、そう、暗い声で言った。
 あるもなにも、今まさに晩酌をしている。でも、シイナの顔を見たソフィアがレナを見やった。間違いないんだろう。
レナの手に、グッと力がこもるのを、アタシは見逃さなかった。
 だけど…アタシは、シイナの肌触りが、昼間と違うことに気付いていた。これは…なんだ?嫌悪…いや、後悔?違う。
もっと、もっとひどいなにかだ。悲しみも交じっているけど、そうじゃない。これは…
 そこまで探ろうとしたアタシは、自分の胸が悪くなるのを感じて、反射的に感覚を閉じた。
ヤバい、これは、軽い気持ちで受け取っちゃいけない。だけど…少なくとも、今感じたのは、悪意じゃない。
冷徹さでもない。むしろ、もっと逆の、何か、だ…。
 「あぁ、ここにあるので良かったら、飲む?」
アタシは、レナやソフィアが言うよりも早く口を開いた。ジオンにはジオンの想いがあるんだろう。
アタシには、そんな感情は持てない。いや、持てなくてよかったのかもしれない。
アタシの言葉にびっくりして、こっちを向いた二人の表情からは、シイナさんに対する怒りと侮蔑が漏れ出ているように見える。
こいつらを制止しとくためにも、アタシはそう言うのに流されちゃダメだ。押さえろ、二人とも。
 アタシの言葉を聞いて、シイナさんはフラリとホールに入ってきた。近くで顔を見ると、頬に涙を流した跡もあった。
やっぱ、泣いてたんだ。
「眠れないの?」
アタシが聞くと、シイナさんは
「ああ」
と低い声で返事をした。
「一緒に飲むか?」
と尋ねると、
「いいや、ひとりにしておくれ」
と首を振った。
「なら、あっちのソファーで飲むと良い。今グラス持ってくるからさ。ちょっと待っててよ」
アタシはホールの隅のソファーをさして言った。するとシイナさんはかすかに表情を緩めて見せて
「すまないね」
と言って、本当に微かに笑った。まだ、心の生きてる部分はありそうだ。
 アタシは、グラスを取りに行こうと思って、とっさに思いついて、
レナが、明日のアタシに買ってきてほしいって言って渡してくれたメモの切れ端に走り書きをして、それをソフィアに渡しながら
「悪い、ソフィア。ちょっとグラス持ってきてくれるか」
と頼んだ。ソフィアはアタシのメモを見て、いぶかしげにしながらも、すっかり慣れた義足で立ち上がると、ホールから出て行った。
「アヤ」
レナが声をかけてくる。言いたいことは、分かる。だけど、レナ、ここは任せてくれよ。
そんな思いを込めて、アタシはレナに目配せした。レナは、戸惑いながら、でも、それを受け入れてくれたようだった。
545:
 しばらくして、ソフィアがホールに戻ってきた。グラスをアタシの前に置くのと一緒に、一粒の錠剤を手渡してきた。
 ソフィアの精神安定剤だ。ちょっと強めのやつ。
最近じゃ、ほとんど平気だけど、本当にごくまれに、ソフィアもうなされることがある。3年前のアレのせいだ。
そんなときのために、ソフィアは医者に行って、こいつを1か月分処方されている。
もちろん、そんな夢を見て、イヤな気持ちになった時だけ飲んでいるようで、通院は半年に一回行くくらい。
だから、この薬も比較的ストックがあるのをアタシもレナも知っていた。
アタシはその錠剤をシートから出して指ですりつぶしグラスに入れる。
さらにそこに、バーボンを注いで、瓶と、アタシのグラスを持って、シイナさんのところへ向かった。
「お待たせ。ほら」
アタシは薬の入ったほうのグラスをシイナさんに渡して、それから自分のグラスを掲げた。
「アルバ島へ、ようこそ」
そう言ってグラスをシイナさんの前に突き出す。彼女は、控え目にアタシのグラスにカチンと自分のグラスをぶつけた。
アタシは、ニッと笑顔を見せてやってから、グラスの中身を一気にあおった。それから、目で、シイナさんを促す。
戸惑いながら、それでも彼女は、アタシがしたように、グラスの中身を一息で飲み干した。それから、ふう、とため息をつく。
「…うまいね」
彼女は、小さくつぶやいた。
「だろう?アタシのお気に入りなんだ。ほら、もう一杯。今度は味わって飲むと良い」
アタシは、シイナさんのグラスにもう一杯注いで、それから自分のにもなみなみついだ。
「こんな天気で、申し訳ないな」
アタシが話しかけると、シイナさんはそれほどイヤな顔をするでもなく
「天気なんて、仕方ないじゃないか」
と相変わらず小さい声で言う。
「そうなんだけどさ。天気が良いと、この島はホントにきれいなんだ。
 ハリケーンが過ぎたら、庭のデッキに出て、のんびり空と海でも眺めてると良いよ」
「へぇ」
関心がなさそうに、そう返事が返ってくる。まぁ、この際、反応なんてどうでもいい。
とりあえず、10分、ここに座ってるだけの理由がありゃぁ、問題ない。
546:
 それから、アタシはどうでもいいことをあれこれシイナさんに話しかけ続けた。
アタシのことを煙たがるわけでもないシイナさんは、アタシの振る話題には、チラリホラリと返事を返してくる。
そして、次第に薬が聞いて来たのか、目がトロンとしてきているのをアタシは確認した。
「まいったね。久しぶりに酒なんて飲むから…」
ともうろうとしてきているのだろう、頭を抱えるようにして、そして、ソファーにごろっと横たわった。
アタシは、そんな彼女の頭の方へ席を移動して、彼女の顔を見下ろした。
「気分、どうだ?」
アタシが聞くと、シイナさんは顔色も変えずに
「なにか、盛ったね?」
と口にした。
「なに、ただの安定剤だ」
アタシは答えて、シイナさんの額に手を当てた。彼女は特に抵抗するでもなく、それを受け入れてくれる。
「あんた、シイナさん、って名前じゃないみたいだな」
アタシが言うと、今度は彼女の表情が変わった。それはおびえる様な、何かを憎む様な、そんな、感じだった。
でも、アタシは笑った。なるだけ穏やかに見えるように、笑顔を作った。
「いいよ、別に、シイナさん、で。ここでは、シイナ・カワハラでいいじゃないか。アタシらもそう思っとく。
 だから、あんたもそう思っとけ。あんたはシイナ・カワハラ。ただのくたびれた旅行者。それでいい。
 今夜くらいは、そう思ってろ。で、なにもかも忘れて、今日は休め。疲れてんだろ、見ればわかる。
 だから、すこし眠りな。着いててやるからさ」
そう言うとシイナさんは、初めて、それが笑顔だとわかる、すこし悲しみを帯びた表情を見せた。
「…はっ。まるで、子ども扱い、だね」
「良いじゃないか、なんだって」
アタシが言ってやると、シイナさんは目を閉じた。ツッと、目から涙が零れ落ちる。
アタシはそれをぬぐってやって、その手をまた額に当てたまま、グラスの残りを飲み干した。
しばらくして、シイナさんは寝息を立て始めた。良かった、これで、すこし気持ちと体が回復すると良いんだけど。
たぶん、あの様子じゃ、毎晩、眠れてなかったんだろう。
547:
 不意に、レナが近づいて来た。何かと思ったら、レナはソファーに座ったアタシにギュッと抱き着いて来た。
それから耳元で、本当に小さな声で
「ごめん」
と言ってきた。反対の手で、レナの頭も撫でてやって
「大丈夫」
と言ってやった。カッとなって、大事なことが頭から飛んでっちまうことなんて誰にでもある。
アタシなんか、昔はしょっちゅうだったしな。
体を離したレナの顔を覗いたら、案の定、半分涙目になっていた。
想像していただけに、当たっていたからなんだか笑ってしまった。
「レナの気持ちもソフィアの気持ちも分かってる。無理もないと思う。だから、気にしないで良い。
 怒りたければ怒ってて良い。アタシは大丈夫。アタシは、アタシのできることをするだけ。
 いつもとなんにも変りない。だからレナ達も、無理しなくていいんだからな」
「うん…私も、大丈夫。なんとなく聞こえたよ、この人の声…。シドニーのときと、同じ声だった」
レナが言ったので、アタシはハッとした。そうだ。
シイナさんから感じられたのは、あの、胸を付く、気持ちの悪くなりそうなあれは、渦巻いててドロドロとした、
まとわりつくみたいな、あの無数の強烈な怨嗟の感覚だ。あんなものを、この人は、胸の中に持ち続けてるってのか?
「ふふ。だから、何とかしてあげたいよね」
一瞬、呆然としてしまったアタシの顔を見て、レナがニコッと笑った。
その笑顔は、穏やかで、いつもの優しさに満ち溢れたレナの顔だった。
その笑顔は、アタシの中にフッと湧いた辛さをさらっと洗い流してくれるみたいだった。
「うん、そうだな」
 レナはもう大丈夫そうだ。ちょっと心配なのはソフィアの方かな。
感情が高ぶっちゃったりすると、また、変なところが引っ張り出されるかもしれない。それは…ちょっとつらいだろうな。
「レナ、今夜はソフィアに着いててやってくれないか?」
アタシが言うとレナはまた笑って
「今、それ言おうと思ったところ。ソフィアは任せて。アヤは、『シイナ』さんをお願い」
と言ってきた。アタシも笑顔でうなずいてやった。
 それからレナは、もう一度アタシの頭をギュッと胸に抱きしめてくれて、それから急に額に口付てきた。驚いた。
額にだけど、キスなんて、初めてだったから。もちろん、イヤじゃないし、うれしいことだけど、
いつものアタシなら照れてしまってどうにかなりそうになっちゃうだろうそんなことが、
どうしてか、ドキドキでもなく、恥ずかしいでもなく、いつにも増した安心感を、アタシにくれた。それからレナは、
「おやすみ」
と囁いて、ソフィアを促し、酒と肴の食器を持ってホールから出て行った。
 ガタガタと、風がシャッターを揺らす音が聞こえる。外はひどく荒れているんだろう。
だけど、ガタガタ言う音が響くせいで、部屋の中が帰って静まり返っているのが分かる。そう、荒れるのは外だけでいい。
ここは、アタシ達のペンションだ。
そうだ。この中だけは、外がどんなに荒れていたって、静かで、穏やかで、そして優しくなれる場所なんだ。
560:
 「ソフィアー。そっちどう?」
「あ、もう大丈夫です。味も…うん、バッチリ!」
翌朝、私とソフィアは厨房にいた。朝食の準備だ。
今朝は、街のパン屋さんが届けてくれた焼き立てのロールパンに、ソフィア特製のスープと、
地元産のベーコンとウインナーに、サラダ。ちょっとボリュームが少ないかなぁと思ったけれど、
そこはソフィアのスープでカバーだ。あとは…オレンジ剥いてお終いかな。
 ソフィアは、怪我をする前は、料理はけっこう得意だったのだという。
私も苦手ではなかったけど、自分が食べる分だけで良かったし、基本的なこと以外はあまり知らなかったのだけど、
ソフィアは趣味に料理と言っていいんじゃないかってくらい、いろいろ知っていて助かっている。
上腕の半分から下がないソフィアに包丁は握れないけれど、義手、と言うより、肘までの長さくらいのただの支柱で、
そこに木ベラやフライ返しなんかを取り付ければ、煮たり焼いたり炒めたりはお手の物だ。
なので、ソフィアが来てからは、私がとことん食材を刻んで、あとはソフィアが調理をすることが多い。
もちろん、それ以外のソフィアにできないことは私がする。お客さんにも評判だし、いいことづくめだ。
 「レナさん、お皿並べときますね!」
ソフィアが、配膳用のワゴンにお皿を並べていく。このワゴンはソフィアが来てから調達した。
それまではトレイに乗せて何往復も私とアヤでしていたけれど、ソフィアにも配膳が出来る様にと用意してからは、
なんで今までこんなことに気が付かなかったんだろうと思うくらい楽ちんに配膳が済んでしまう。もちろん、片付けも楽だ。
 ソフィアが、ワゴンにお皿を並べていく。それに、二人で盛り付けをする。
いつもなら、私たちの食事は、この厨房か、お客さんが食べ終わって、アヤが船や海へ連れて行ってから食堂で食べる。
昨日までは、アイナさん達だけだったから、一緒に摂っていたけれど、今日はシイナさんもいるし、ちょっと遠慮しておいた。
 そのシイナさん。昨日出した夕食は、ほとんど手を付けていなかった。
スープと、果物をちょっと食べたくらいで、重たいものはほとんど食べてない。いつから、ちゃんとした食事をしてないんだろう?
きっときれいな人なのに、頬もこけ気味で、肌つやもないし、もったいない。まぁ、食べられないのは、わかるんだけどね…。
561:
 ソフィアとは、昨日、ホールを出てから、部屋で話をした。
ソフィアには、私やアヤの感じる、この不思議な感覚はないみたいなんだけど、
でも、私たちの判断についてはおおむね信用してくれた。ソフィアだって、とてつもない辛さを味わったことのあるひとりなんだ。
シイナさんがどういう経歴の持ち主であれ、そう言う気持ちを感じているのなら放っておけない、って、そう言ってくれた。
でも、アヤや私が気にしていた通り、そのシイナさんの辛さに思いを巡らせたんだろうソフィアは、すこし動揺もしていた。
だから、昨日の夜は、一緒の部屋で眠ってあげた。
幸いうなされたりすることもなかったみたいで、今朝にはすっきりとした表情になっていた。良かった。
 朝食の準備を整え終えて、ふうと一息。厨房にもどってソフィアと一緒に食事をとった。
アヤは、またホールの隅っこのソファーに腰掛けて、眠っていたか。
シイナさんも熟睡していたから、食事は下げて、ラップをかけておいた。
 食事を終えてからホールに出たら、やっと、アヤとシイナさんは目を覚ましていた。
「おはよ」
私が声をかけると、アヤがニコッと笑って
「おはよう」
と返事をしてきた。シイナさんは、なんだかまだ呆けている。
「ごはん、食べる?」
アヤに聞いてみると、彼女はうなずいてそれからシイナさんにかぶりを振って
「シイナさん、食べるだろう?」
と聞いた。シイナさんはぼうっとしてから、
「あぁ、頼むよ」
とつぶやいた。昨日よりずいぶんと顔色が良い。元気になってきているのなら、良かった。
「今持ってきますね」
私はそう言って、朝食を温め直して、ホールに持っていき、シローの部屋の掃除をソフィアにお願いして、私は表を見て回った。
ハリケーンのあとは、見たこともないガラクタとか、3件隣の屋敷のごみ箱なんかが転がっているのはザラだから。
 外は、良い天気だった。まだちょっと吹き返しの風があるけど、それほど強くもない。
空には雲一つなくて、太陽が照りつけてくる。遠くに見える海も、少し白波だっているけれど、いつもの通り、真っ青だ。
 ペンションの周りをぐるっと見て庭の方に来ると、ソフィアがすでに昨日干せなかったシーツを干していた。
庭では、食事を終えたシロー一家が遊んでいる。シイナさんもデッキに出てきていて、デッキチェアに腰掛けながら、
シロー達のその姿をぼっとした様子で眺めていた。
562:
 と、ボールを追いかけていたキキちゃんが、デッキのシイナさんに気が付いた。
ポテポテと、かわいい足取りでデッキに駆け寄ってよじ登ると、シイナさんの顔を覗き込んだ。うっ、大丈夫かな?
ちょっと心配になって、遠巻きに見ていたけれど、シイナさんは作り笑顔を浮かべて、それからまた遠く海の方に視線を投げた。
キキちゃんは、それが不満だったのだろう。あろうことか、シイナさんの寝転んでいたデッキチェアによじ登ろうとした。
キキちゃんが、体を支えようと、シイナさんの腕に触れた途端、彼女はビクッとしてその腕を引っ込めた。
キキちゃんがデッキチェアの上でバランスを崩す。
―――危ない…落ちる!
 私が駆け出そうとしたそのとき、デッキに出てきたアヤがすばやくキキちゃんを抱きとめて高々と持ち上げた。
「おーい、キキ!やんちゃはほどほどにしないと、アタシみたいになっちまうぞ!」
キキちゃんは、持ち上げられて楽しいのかキャッキャと笑っている。
「す、すみませんっ」
そう言って、アイナさんが小走りでシイナさんのところにやってきて謝った。
「ああ、いや、こっちこそ、すまなかった」
シイナさんも、すこし申し訳なさそうにそう言って、なぜか彼女は、自分の腕を握っていた。それも、なぜか悲しそうに。
「今、港湾局に問い合わせてみたら、波もそんなに高くないみたいだし、ちょっと出てみるか?
 安心して泳げる、良い場所あるんだ!」
そんなシイナさんとアイナさんに、アヤが声をかけた。
「えぇ、ぜひ!」
アイナさんはそう笑顔で答える。私はチラっとシイナさんを見やった。彼女は、アヤの顔をじっと見て、それから
「良いよ。連れてっておくれよ」
と言った。その顔はかすかに笑っているように見えた。
「決まりだな!準備出来たら、また声掛けに来るなー!」
アヤはそう言ってペンションの中に入っていった。私もアヤのあとを追う。
玄関に戻って中に入ると、アヤは私を待っててくれたみたいだった。
「アヤ」
「うん、レナ」
「ついて行った方が、良いよね?」
私は聞いた。気になっていたんだ、アヤのことが。
シイナさんから聞こえてくる声は、あの吐き気がとまらなくなるような気持ちの悪い声だ。それを、アヤは受け止めようとしている。
私には、それが分かっていた。あんなものを、ひとりで受け止めるなんて、きっと無理だ。
誰かが、ううん、私が、そばについてて上げないといけない。
「あぁ、うん!今日は、みんなで行こう!ソフィアも連れてさ!あぁ、肉とかあったっけ?
 昼飯も夕飯もさ、東の島でバーベキューにしちゃおうぜ!それなら、誰も残ってなくなって、夕飯の心配もしなくて済む」
アヤはうれしそうだった。良かった、アヤはまだ元気だ。
昨日、ずっとシイナさんと一緒だったはずだから、消耗しているんじゃないかって思ったけど、そんな様子は微塵も感じられない。
きっと、寝入る前に、ちゃんとシイナさんと話せたのが良かったんだろう。
563:
 アヤの提案を全面的に支持して、私はさっそく準備に取り掛かった。
野菜やなんかは、切っている暇が惜しいから、そのまま大きなカゴに入れて持っていくことにした。
お肉は、一昨日、大目に買ってきておいたから、まだ大丈夫。火回りの準備はアヤがやってくれるからいいとして…
食器と、調味料類も野菜と一緒にカゴに入れた。下準備は船のギャレーですればいい。
 楽しんでほしい、なんて、贅沢なことは言わない。
でも、昨日アヤが言ったように、シイナさんにはせめて、
イヤなことをここにいる一時だけでも忘れるくらいの経験はしてほしかった。
 島に行ってからは、バーベキューをしながら、アヤがシローを海にぶん投げたり、私はキキちゃんと浅瀬で遊んだり、
アヤがアイナさんを抱えて海へ突撃して行ったり、その間に私はソフィアに泳ぎを教えてもらったり、
いつもどおりに騒いだ。
 さすがにやらないと思っていたのに、アヤはあろうことかシイナさんを抱きかかえて海に突っ込んでいった。
ホントに、なんて無謀なんだろう、アヤは。
海に投げ込まれたシイナさんは、ちょっとムッとしたようで、無言でアヤに投げ技をかけて転ばせていた。
アヤを投げるなんて、やっぱりシーマ中佐、すごい…。
アヤが海へ頭から突っ込んで、大げさにむせ返った姿を見せるとシイナさんもクスっと笑っていた。
 夕方まで島で過ごして、ペンションに帰ってきた。
夕食がちょっと早かったから、夜食用にパンの残りと、有り合わせで二品、おつまみを作ってすぐに食べられる準備だけしておいた。
アヤと私とソフィアは順番でシャワーを浴びて、なぜかホールに集まっていた。
私たちだけじゃなくて、シローとアイナさんもいる。キキはアイナさんの傍らに置かれたベビーベッドでスヤスヤと眠っている。
そこへシイナさんもふらりとやってきたので、ホールからデッキに出て、お酒を飲むことにした。
 アヤがシローをいじってそれをみんなで笑っていた。
シイナさんだけは、静かに星を見上げながらグラスを傾けていたけれど、
おもむろに、ベビーベッドのキキを見つめていたアイナさんに話しかけた。
564:
「今朝は、すまなかったね」
シイナさんはそう言って、アイナさんの反応を見る。
「いいえ、こちらこそ、すみませんでした。小さい子は、お嫌いですか?」
「あぁ、いや…」
アイナさんの質問に、シイナさんはそう言って黙った。それから、少しして
「こんな手で、そんな純粋な子どもに触るのは気が引けてね」
と、自分の手を見やっていった。
「なんだよ、人殺しでもしたみたいじゃないか」
それを聞いていたシローが言う。それを聞いたシイナさんは、悲しげに笑った。
「軍人だったのさ」
「なんだ、そんなことか。気にしすぎだ。ここに軍人じゃなかったやつなんて一人もいないぞ?」
さらにシローが言うと、シイナさんはすこし驚いたような表情を見せた。
「そうなのかい?」
「あぁ。俺も、元連邦軍の兵士。脚は、戦闘で吹っ飛んじまった。それから妻のアイナは、元ジオン軍人。それに…」
「あぁ、言ってなかったけ。アタシは元連邦兵。レナとソフィアは、元ジオン兵だ」
シローの説明にアヤが続ける。
「そうだったのかい。義足の会の会合でもあったのかと思ってたよ」
シイナさんは、シローとソフィアを見て言った。
「あんたは、どっちだったんだ?」
「ジオンさ。もう、そんなことも言いたくないけどね」
「どういうことだよ?」
「捨てられたのさ、私らは」
「捨てられた?」
シローが話を聞いてく。
 シイナさん、話してくれるかな。きっとつらい話になるんだろうな。ガス攻撃をどんな気持ちでやったんだろう…
やってから、どんな気持ちで過ごしていたんだろう…
少なくとも、憔悴している彼女を、シローもアイナさんも責めはしないだろう。二人だって、戦争の無意味さを知っているんだ。
そこでしでかしてしまったことを、責めるなんて、するはずがない。
そうだよね、だいたい、シローだって、家族を…あれ?
 ちょ…ちょっと、待ってよ…?
3年前、客船から逃げ出して漂流していた救命艇の上で、夜な夜な聞いたシローの話…
確か、住んでいたコロニーがガス攻撃を受けて、それで、家族も友達もみんな死んじゃって…
命からがら、港にいた連邦艦と逃げ出したあと、そのコロニーが地球に落とされた…。
アイランド・イフィッシュ…
それが、シローの故郷だった、はず…
―――!!!
 私はそのことに気が付いて震えてしまった。待ってよ、じゃぁ、シローの家族を殺したのは、シイナさんってこと!?
ガス攻撃のときにコロニーにいたシローが見たジオン軍は、シイナさんが、シーマ・ガラハウ中佐が指揮していた部隊だったの?!
まずい、まずいよそれは!いくらなんでも、そんなこと急に話に出たら…
565:
 私が焦って話の流れを変えようと、隙を探していたら、ポンと背中に手が置かれた。見ると、アヤがいた。
アヤは私の隣にいたソフィアの肩にも手を置いている。アヤは私の目をじっと見つめてきた。
―――まさか、アヤ…わかっていて?!
 私がなにか言いかけたとき、アヤはチラッと、アイナさんの方に目配せした。私もアイナさんの方を見る。
アイナさんは、ベビーベッドの中のキキちゃんを気にしながら…ギュッと拳を握りしめていた。
「話したの?」
誰にも聞こえないくらい小さい声で、アヤに聞いた。アヤは、
「アイナさんには」
と返事をして笑った。
 「そうさ。サイド2の8バンチコロニーって知ってるかい?」
シイナさんが言うと、シローはケロっとした顔をして
「あぁ、アイランド・イフィッシュだろう?俺の故郷だ」
と答えた。シイナさんが、固まった。
その顔は、初めて、こんなにはっきりとした表情を見せたんじゃないかっていうくらい、見て取るように、分かった。
シイナさんは、おびえていた。
「どうしたんだよ…?」
不思議そうに聞くシローの言葉を聞いて、シイナさんは顔を覆い、またそのまましばらく動かなくなった。
 私は、心配になってアヤを見上げた。アヤは、ただうなずくだけだった。
 どれくらいしたか、シイナさんは顔を上げた。その表情は、何かを決心したみたいに、厳しい表情をしていた。
そして、ゆっくりと、震える唇で話を始めた。
「私の名は、シーマ・ガラハウ。元、ジオン軍中佐だ。
 私は、私は…上官である、アサクラ大佐の指示に従って、連邦側へ味方するコロニーの無血制圧を言い渡されていた。
 そして、大佐の指示に従って、部隊を分けた。コロニーに取り付き、催眠ガスを注入する部隊と、
 コロニー内に入って、直接噴霧する部隊とに、ね…」
私はシローの顔を見た。今度はシローが、まるで硬直したように、固まっている。シイナさんは、それでも話を進めた。
「最初に、外からガスを注入した。それから、突入した部隊に噴霧の命令を出した。
 それから…効果測定のために、採光ガラスの方へ機体を移動させたんだよ…
 でも、ガラスへたどり着く前に、無線から聞こえてきた。『中佐、俺たちは、何をしちまったんだ』って。
 私は、私は意味が分からなかった。何度も、何度も聞き返したさ。だけど、返ってくる返事は、ふ、ふ、震えた声で…
 『これは催眠ガスなんかじゃない』って…」
シイナさんの手は、震えていた。いつもなら、寄り添っていく私だけど、今回はそれをしちゃいけないような気がした。
シローのためにも、きっと、これは、二人でしなきゃいけない話なんだ…。
566:
「採光ガラスの中が見えても、部下からの無線が聞こえてた。何度も私の名を呼ぶんだ。
 シーマ中佐、シーマ中佐って。だけど、私は、何も言ってやれなかった。
 目の前に広がってたのは、注入して、噴霧したガスで苦しんで血を吐いて倒れて行く民間人だったんだ…
 まるで、地獄だった。
 私は…私たちは!殺したんだ、何の罪もない、軍人でもない、ただの民間人を!あんなに、あんなにたくさん!」
シイナさんは、苦しそうに声を荒げた。
 シローの顔つきが変わるのを私は、見逃さなかった。シローは怒っていた。
今まで、こんなシローはみたことないくらいに、怒っていた。握った拳がわなわなとふるえている。
「…それからも、アイランド・イフィッシュほどのことじゃないが、汚れ仕事はいやってほどやらされた。
 途中からは、もう、感覚がおかしくなってね。あぁいうのを、壊れちまった、っていうんだろうさ。
 だけど、戦争が終わって、宇宙にいた私たちは、ジオン軍の集合地へ行き、そこですら地獄を見た。
 悪名高い、私らシーマ艦隊は、ジオンの顔に泥を塗った、裏切り者だ、と。
 ミネバ・ザビを掲げる新たなジオンの拠点、アクシズには寄り付かせない、着いて来れば撃墜する、
 味方艦からは、そう言って疎まれた。
 上官のアサクラ大佐は、私の精神錯乱を理由に、すべての罪を押し付けて、自分は逃げて行った。
 寄るべき権力をなくしても私たちはあきらめなかった。それなら、軍をやめて、たとえ攻撃の対象になってもいい、
 ジオン本国へ、故郷へ帰ろう、そう部下たちと決心して、サイド3へ向かったんだ。
 私の隊のやつらどもは、みんな、サイド3のマハル、3バンチ出身だった。私もね。
 貧しいコロニーだったけど、それだけに、みんなで協力して、日々の生活をなんとか組み立ててた。
 でも、帰ってみたら、ないんだよ、故郷のコロニーが。必死で、あたりを探したらさ。
 見たことのない状態にさせられた、コロニーレーザーになっちまった故郷が浮かんでたのさ。
 それはもう、ショックだったね…。だから、私らは、ジオン本国も離れた。
 行く先も、寄るすべもなく、ただ、宇宙を漂いながら、行き交う船から燃料も食料も金も奪った。
 海賊、なんて呼ばれるようになったさ。だけどね、それでずっとやっていけたわけじゃない。
 まともにドックにも入れない旗艦のリリーマルレーンは常にエンジン不調。陸地も踏めず、
 コロニーにすら入れない日々が3年も続いた。そこへ声をかけてきたのが、先のデラーズだ。
 コロニー落としに協力しないか、それがやつの話だった。吐き気がしたね。
 今まで、泥塗りだと言って見向きもしなかった錯乱した連中である私らになら、そんなことができると思ったんだろう、あいつら。
 でも、そんなことに乗る私らじゃなかったんだよ。私らは…私は、部下を平和に暮らさせてやりたかっただけなんだ。
 故郷がなくなって行くトコもないあいつらを、地球や、アナハイム社だって良かった。
 全員無事に、宇宙から足の付く場所へ送り届けてやりたかった。
 あたしが、あたしがあいつらをまとめてしまったばっかりに、
 あいつらまで、一般人殺しの汚名を着て、宇宙をさまようハメになっちまったんだからね…でも結局、うまくは行かなかった。
 地球圏への住民権を求めて、私らはデラーズの身柄と作戦を連邦に売った。もう一歩だったんだ。
 そのときに出てきた、あのいまいましい連邦のモビルアーマが襲ってきて、艦も、仲間も、部下も、みんな死んだ。
 撃墜されて、どうして私だけ生き残って、地球のこんなところに来てんだって。
 私が咎を負わせちまった、誰一人、守りたい、幸せにしてやりたいと思ってた部下の一人も救えないで!
 私だけのうのうと生き残ってさ!」
567:
シローは、明らかに怒っていた。怒っていたけど、でも。シイナさんの話を黙って聞いていた。
「だけど、その意味が、あんたと会って、やっとわかったよ」
シイナさんはそう言うとゆっくりと立ち上がり、シローに近づいて行った。止めようと思った私とソフィアを、アヤが制止する。
アイナさんも、拳をぎゅっと握り、唇もぎゅっと噛んで、気持ちを押さえつけている。
 シイナさんは、シローの胸ぐらをつかむと、膝から崩れ落ちた。
「私のことはなんでもいい、どんな形でも責任を取る。死ねと言うなら、
 明日、いや、今からでも、海へ身を投げるくらいのことはする。殺したいのなら、殺しておくれ。
 だけど、頼むよ、シロー・アマダ。あいつらだけは、部下たちのことだけは許してやってくれ!
 あいつらは何も知らなかったんだ!一般人を傷つけないようにあのコロニーを制圧しろと、
 そう言われてあの作戦に参加したんだ…本当なら、一般人どころか、軍人相手にだって殺しをためらってたような、
 気のいい奴らだったんだ…だから、だから頼む。何も知らなかったんだ…
 私が指示したばっかりに、私の指揮に従ったばっかりに、あんなことになっちまって…。
 だから、頼むよ…死んだあいつらの汚名だけは、晴らしてやってくれよ。あいつらは何も悪くないんだ!
 悪いのは指揮をとった私なんだ!だから…だから、お願いだ…シロー・アマダ!頼む…
 代わりに、生き残っちまった私がなんでもするから、だから、あいつらのことだけは、あいつらだけは…!」
 シイナさんはそうして、シローの前で泣き崩れるようにして、懇願した。うそを言っているとは、思えなかった。
そうだ、これが、シーマ中佐から聞こえていた声。
後悔と、恐怖と、そして数えきれない人の死の叫び声、そして、捨てられ、宿る場所もないままに散っていた仲間たちの想い。
そんなものを、この人は、その一身に抱え込んでいたんだ…。
 言葉が継げなかった。はらはらと涙がこぼれてくる。あのアヤですら、泣いていた。
ガツガツと、デッキと義足がぶつかる音がして、ソフィアが歩いた。シーマさんの傍らに座り込むと、その背を撫でる。
 ソフィアにもわかるんだな。大罪を犯して、守るべき部下たちを失って、
ひとり傷ついて生き残った彼女が、自分を壊され、守るべき部下さえ壊してしまった人が、何を願うのか…。
 「俺は…」
シローが口を開いた。
568:
「俺は、あの日、軍の港にいた。ノーマルスーツを着て、機械運搬の作業を手伝ってた。
 そこにガスの報が入ってきて、自宅へ引き返した。
 家族も、友達もみんな、逃げようとしたんだろう、道の真ん中で、血を吐いて溶けるようになって、死んでいた。
 そこで、ジオンのトゲツキを見た。あれが、あんた達だったんだな。
 あの光景を俺は生涯忘れることはないだろう。俺はそのときから、ジオンを根絶やしにようと誓ったんだ。
 こんなことを平気でする奴らを、生かしておくわけにはいかないと思った。
 知っていたかどうか、そんなことは俺にはどうでもいい。みんな…お前らに殺されたんだ!」
シローは静かに、でも怒りのこもった口調でそう言って、ドンとテーブルを殴った。さらに、その拳にぎりぎりと力を込めている。
「…くっ、だけど!」
シローは歯を食いしばりながらそう言って顔を上げた。
「同じ、部隊を率いていた人間として、部下を、しかも、死んじまった部下を思いやるあんたの気持ちは理解できる…
 だから、部下たちについては、もう、分かった…」
シーマさんが顔を上げた。ボロボロと大粒の涙を流している。
「その分、生きているあんたに責任を取ってもらう!」
シローがそう言って、シーマさんの顔を見た。シーマさんもシローの顔を見つめる。
すると、シローは、今まで怒っていた顔を、一瞬にして笑顔に変えて
「部下の分と、それから、コロニーのみんなの分まで、生きてくれ」
と言うとシーマさんの肩をポンとたたいて立ち上がった。それから
「すまない。すこし、散歩してくる」
と言って、松葉つえを突きながら、庭の端から表へ出て行った。
569:
「レナ」
終始固まっていた私はアヤにそう声を掛けられて、体が解けた。アヤの方を見ると
「シロー頼むよ。アタシたちは、シーマさんの方にいるから」
「うん」
アヤに言われて私は庭を抜けて、シローを追った。あの脚だ。そう遠くへは行かないと思う。
庭を出てすぐ、港へ向かう道を歩いているシローの姿を見つけた。
「シロー」
そう声をかけてから走って行って追いつく。
「レナか」
シローは声をかけた私を待ってくれていた。
 二人でならんで、シローにスピードを合わせながら、港へと向かう。
 なんて言ってあげよう。あの様子じゃ、きっと無理してる。
3年前のシローの話じゃ、コロニーの件以来、シローはジオンのすべてを憎しみの対象にしたって話だった。でも
アイナさんと出会って、悩んで、そうじゃないって思い直すようになったって言っていた。
けれど、それは、すべてのジオン兵が悪だ、と思い込む必要はないって意味合いじゃなかったか。
ジオンと連邦が分かり合う未来を夢に見た二人だったけど、コロニーの件は、別だ。
シローにしてみたら、家族を殺されたんだ。戦闘員じゃなかった家族を。
それって、ジオンとか連邦とか、そんなこと関係なしに、その…恨みに思っていてもおかしくはないはずだった。
 「わざわざ、追いかけてきてくれたのか?」
シローが聞いてくる。
「うん。心配だった」
私が言うとシローは笑った。
「あはは。そいつは、すまないな。でも、大丈夫だ」
シローは遠くを見つめていた。
 私たちは、港に着いた。シローが桟橋に腰を下ろす。私もちょっと離れて、その隣に座った。
571:
「すこし、混乱した」
シローがつぶやくように言った。
「知らなかった、なんて言い訳をして、罪から逃げ出そうとしているのかと思った。だけど、違うよな。
 あの人は、悪い人じゃなかった。あの人は、殺したことも、自分がやってしまったことの重さも、ちゃんと感じていた。
 その上で、自分ではなくて、真っ先に部下たちの罪を晴らそうとした。あんな人が、ウソを言うわけはない」
ザン、ザンと、やわらかい波の音が沈黙を包む。
「だとしたら、あの人に罪や死を押し付けるもの、違うと思う。殺してやりたいほど憎いと思っていたけど、
 俺と同じくらい、あの人も傷ついていた。なら、怒りや憎しみの対象は彼女であってはダメなんだ。
 その、指示を出したなんとかって大佐とか、なのか、さらにその上なのかは知らないけどな」
「シロー…」
「ははは、でも、それと気持ちとは、また別の話だよな。いや、あの人を恨んでるわけでもなくて、
 どうにかしてやろうとか、もっと謝罪が欲しいとか、そう言う気持ちじゃない。
 単純に、故郷のことを…楽しかった記憶とか、家族や友人の恐怖とか、無念とか、そう言うことを思ったら…
 胸が痛くなってな。それで、散歩だ」
シローの顔は、穏やかだった。でも、私はすこし気になっていた。シローはなんだかんだで、
優しい人で、すこし自分の気持ちに疎いところがある。
だから、無理してそう思っているんじゃないかって、そうも思えていた。
「ね、無理してない?本当に、あれでよかったの?」
私はシローに聞いた。するとシローはニッコリと笑った。
「ああ。話を聞けて、良かった」
そう言うシローの目には、まっすぐな意思がこもっているように感じられた。本当に、そう感じていてくれているんだ。
「それに、アイナにも出会えた。ジオンを憎んでいたからこそ、アイナとの関係も悩んで、葛藤して、答えを出した。
 だから、俺にとってアイナは誰よりも特別な人間だ。家族や、コロニーのことがなかったら、あんなに悩まなかっただろう。
 悩まなかったら、俺は今、アイナとは一緒にいなかっただろうと思う。
 あそこまで強く、アイナを守ろうとか、アイナのために、とか思っていなかっただろうな。
 だから、良かった、とは言わないまでも、悪いことばかりではなかった、と思ってる」
私は、ただ黙って、シローの話を聞いていた。いや、口をはさむ余地なんてなかった、っていうのが正直なところだけど。
シローは、ちゃんと、自分を立て直していた。
「本当に、話が聞けて良かったよ。あのコロニーにやってきたジオン軍は、俺たちを傷つけるつもりがなかった、
ってあの言葉は、少なくとも俺にとっては、救いだった」
それだけ言うと、シローは、うぅっとうめきながら桟橋に寝転んだ。それから
「良い、夜だな」
と星空を仰ぎながらつぶやいた。
 私も、星を見上げてから
「うん」
と、答えておいた。
572:
 シローとレナが出て行ってから、アタシは、シイナさんと一緒にいた。もちろん、アイナさんとソフィアも一緒だ。
 シイナさんは、最初は、まるで子どもみたいにギャンギャン泣いていたけど、しばらくしてそれも落ち着いて、
しゃくりあげに変わって、最後にはなんとか泣き止んだ。その間、ソフィアがずっと背中をさすってくれていた。
 「まるで子どもだな」
ようやく落ち着いて来たシイナさんに言ってあげると、彼女はアタシを見て
「まったく、どこまで人を小バカにするつもりなんだい…」
と涙をぬぐいながら言って、笑った。
「小バカついでに、もう一つ謝っておくと、シローがアイランド・イフィッシュ出身だってのも、知ってたんだ」
アタシがそう言うと、シイナさんは意外にも表情を変えなかった。笑顔のまま
「そんなこったろうと思ってたよ。まったく…」
と苦言を口にした。
「あんたは知ってたのかい、この子の腹積もりをさ?」
シイナさんがアタシを顎でしゃくりながら、アイナさんに聞いた。
「ええ。今朝、相談を受けました。もし、その話になったときに、シローは大丈夫か、って」
「それで?」
「私は、大丈夫だと思っていました。彼は、思った通りに、事実を受け止めてくれました」
「ははは。伴侶の鏡だねぇ」
シイナさんが言うと、アイナさんは少し恥ずかしそうに笑った。
「それにしても、本当に、まったく、人様の心を引っ張り出してさ。いい大人と子ども扱いしてまで…」
そこまで言うと、シイナさんは黙った。それから、ふうとため息をついて
「いや、憎まれ口は、もうやめにしようか」
と言って顔を上げて、アタシ達の顔をかわるがわる見つめた。
「感謝するよ、本当にさ。これであいつらも、少しは救われる」
シイナさんはそう言って、クッと頭を下げた。
「シーマさん、ご自身も、もう思いつめないでくださいね」
アイナさんが言った。でも、シイナさんはそれには首を振った。
「いや、それは分からない。
 あの記憶が、あれをしちまった私が、それを忘れられるかどうかなんてわからないし、それに、忘れちゃいけない気もする。
 もし、あんたの旦那が言うように、あいつらの分と、コロニーで殺しちまった人の分まで生きて良いってんならさ。
 きっと私は、そういう人のために、祈りを捧げ続けるべきだろう」
「そんな…」
「いや、良いんだ。それが私の咎さね。それに、あいつらの墓も、建ててやりたいしね」
シイナさんは、遠くを見つめた。
 すこしだけ、悲しかった。知らなかったとは言え、それだけの人間を自らの手で殺してしまったっていう事実が、
この人にとって、どんだけ重く受け止められているかを感じてしまったから。
けど、アタシはそこに口出しできないし、すべきじゃないし、したところで何が変わるわけでもないだろうって、そう思った。
本当は、「戦争だったんだ、仕方ない」って言ってやりたかったけど、
そんな言葉で、シイナさんの心の重しがとれるわけはないと思ったし。
こればかりは、今日や明日に解決できるような問題じゃないんだろう。
ソフィアの傷と同じで、何年も、何年もかけて、ゆっくり癒されて行かなきゃいけないんだろうな。
573:
「まぁ、金の方は、マライア…あぁ、あんたをこっちに送った子だけど、そいつから引っ張るからさ。好きなだけいてくれよ」
「あぁ、恩に着るよ」
アタシが言うと、シイナさんはそう返事をして笑った。
 まぁ、良かった、かな。シローの方がちょっと心配だけど。迎えに行ってやるか。ないとは思うけど、錯乱してたら困るし。
 ペンションを出ようと思って、アタシはソフィアにシイナさんをお願いしたら、
アイナさんも行くと言うので、ホールでキキも見ててもらうことにして、二人でシローとレナのあとを追った。
きっと、港にでもいるんだろう、あそこは景色がきれいだからな。
 「すまなかったな」
その道すがら、アイナさんに謝った。シローにあんな思いをさせちゃって。
せっかく来てくれたってのに、本当に余計なお世話だったとは思う。
でも、アイナさんは
「いいえ。これできっとシローも家族のことを、すこし楽に思い出せるようになると思うんです。
 今までは辛そうで、あまり話を聞くこともできませんでしたしね…」
と言って笑ってくれた。
 そっか。そうであってくれたらいいな。
 酒ですこし火照ったからだに、夜風がサラッと吹き抜けて行く。星もきれいだし、もう波の音が聞こえ始めている。
 アタシは、心の中に、妙な充実感を覚えながら、アイナさんと二人で、港までの道のりをのんびり歩いて行った。
574:
 二日後の朝、シロー達が帰る支度を整えて、ペンションの前に出てきていた。
アタシは、空港で待っているカレンのところまで送り届けるために、車のエンジンをかけて待っていた。
 「アイナさん、シロー、また来てね、絶対だよ、ね、ね?」
レナは相変わらず、別れに弱い。シロー達は毎度来てくれてるってのに、今生の別れでもするような、口ぶりだ。
「もちろんですよ。レナさん」
それにちゃんと応対してくれるアイナさんは、やっぱりいい人だなぁ。
シローも苦笑いしながら、レナが安心するようになのか、次はいつごろに来るよーなんて話をしてくれている。
まったく、お客に気を使わせるなんて、レナのやつ、ある意味、営業上手だよなぁ。
あれを計算でやってたら、アタシは恐ろしくてうかうかしてらんないんだけど、幸い、本気で寂しがっている。
いや、それはそれで、どうかとは思うんだけどさ、まぁ、レナらしくていいじゃないか、うん。
「おーい、レナ!早くしないと、アタシまたカレンとケンカになっちゃうよ!」
アタシが言ってやると、レナはすこしあわてた様子で、
「あ、うんうん!じゃぁ、アイナさんも、シローも元気でね!なんかあったら、連絡してよ。
 できることならなんでもするからね、ね!キキちゃんも、元気でね!」
ともう一回、丁寧に別れを言い始める。ダメだ、こりゃ。
 そんなことをしているところへ、シイナさんがふらりと姿を見せた。
それに一番最初に気付いたシローが笑顔で彼女に手を振る。
シイナさんも、かすかに笑ってアタシ達の方へやってきた。
575:
「迷惑かけたね、シロー・アマダ」
「いや。話を聞けて良かった」
シローが差し出した手を、シイナさんはギュッと握った。
「あんたも、すまなかったな、アイナ」
「いいえ。きっとまたどこかでお会いしましょう」
アイナさんも、シイナさんの手を握りながら言う。シイナさんは、その言葉が嬉しかったのか、笑顔を見せてうなずいた。
 シローとアイナさんが握手をするのを見ていたのか、キキがシイナさんの足元にまとわりついて、上へ上へと手を伸ばしている。
 シイナさんはすこし固まってしまって、二人の顔を見やった。
「抱いてやってくれ」
「ええ、ぜひ」
シローとアイナさんが言った。
 シイナさんは、すこし戸惑いながら、それでも、キキを持ち上げて、キュッと胸に抱いた。
キキは無邪気な顔をして、シイナさんの手を握り、握手のマネをしている。
「これが、命、か」
シイナさんがポツリと言った。
 そんな様子を、アタシ達はなんだか心の氷が溶ける様な気持ちで見つめていた。
 と、不意に、PDAが音を立てた。
「あいよー」
アタシが出ると
「あぁ、カレンだ。こっちは空港に着いてるよ」
いけね、また待たせちまうよ。
「さって、行かないと。カレン、空港で待っててくれてるみたいだし」
そう言って、アタシはシロー達を促して車に乗せた。
 手を振るレナ達を振り切って、車を走らせる。
「キキもバイバイする?」
「ははは。ほら、バイバーイって、こうするんだ」
「あいあーい!」
三人はそうしてはしゃいでいる。
 家族、か。
 そんな三人を見ていて、アタシはそんなことを考えていた。
本当の家族ってのがどう言う物か、アタシにはわからないけれど、でも、シロー達を見ていると思う事がある。
これが家族なら、アタシもレナはきっと家族なんだろうな、って。
ソフィアは、まだちょっとこっちを気にしていたりするから、まぁ、マライアみたいな妹分、
ってあたりか。隊のみんなのことも家族だって思えたけど、いや、今も思っているけれど、でも、
レナだけはやっぱり特別に思えた。
この敏感すぎるニュータイプ、なんて言われる感覚の共鳴みたいなのがそう思わせるのかどうかはわからないけど。
そんなことを考えていたら、ふっと、昨日の夜に突然されたキスのことを思い出した。
 もしかしたら、ああいうことを、すこしだけしていくのも良いかもしれないな。ちょっと照れくさいんだけどさ。
でも、きっと大切に思ってるってことが、今までよりももっと伝えられそうな気がする。
昨日、レナのキスでアタシが安心感を感じたように。
576:
 青い空と、青い海が見える。この海岸線の道路を少し行けば、空港だ。照りつける太陽と潮の香りが心地よい。
 空港では待合いでカレンが暇そうにしていた。遅れたことを謝ったら「まぁ、そっちも忙しいだろうしさ」なんて言ってくれる。
 なんだよ、気持ち悪いな、なんか、なんてことは言わないで置いた。
 シローたちに別れを言って、カレンにもよろしく頼んで空港からもどったら、歌声が聞こえた。
レナだな、これ。またご機嫌に。
「テンヤーズアフタ〜10年後のあなたーを見つめてみたい〜♪スティトゲザ〜そのとき〜きぃとそばでほほ笑んでふふふ〜ん♪」
玄関を入るとレナが、踊るみたいにして床をモップで拭いていた。
「ただいま。ご機嫌だな」
声をかけてやるとレナは、ニコッと笑って
「お帰り!」
と言ってくれる。それから
「ね」
と急にググッとアタシのそばにやってきた。なんだよ、と思っていたら
「アヤは10年後、何してると思う?」
なんて聞いてくるのだ。なんなんだよ、急に?
「ここで、ペンションやってると思うけど。レナと一緒に」
アタシが言うとレナはにんまりと笑って
「そっか」
と言って床拭きに戻る。なんだよ、レナ?いつもテンションが上がるとちょっとおかしくなるところあるけど、
シロー達との別れで、気でも触れちゃった?
アタシがいぶかしげに思っていたら床を拭きながらポツリと言った。
「その10年後に、子どもはいるかな?」
「は?」
「だからさ、その10年後は、私とアヤだけ?それとも、私かアヤの子どもって、いるのかな?」
適当に返事をしてみたアタシはそのときはまだ、キキと触れ合ったレナが起こした気まぐれだと思っていたんだけどな。
ホント、毎日いろんなことが起きるよな、人生って。それが楽しいんだけどさ。
 まったく、まぁ、とにかく、うん、今日も良い天気だ!
577:
以上です!
シローたんの心理がどんなものか…と、かなり悩みましたが…
アイナさんとの人生を選んだシローたんは、たぶん、こう答えるんじゃないか、と思って書きました。
お読みいただき感謝です!
以下、書いてみたけど、なんとなく話の構成的に使えなかった部分ですw
どこかに入れこめれば、もちょっとフィット感のある話にできたと思うんですが…
578:
 アタシとシイナさん以外、誰もいないホールでアタシは、昨日の夜と変わらずにソファーに座って、半開きの目をこすっていた。
 昨日の夜、あれから、ちょっと気になることがあって、申し訳なかったんだけど、朝食を終えたアイナさんに声をかけて、
あとで来てほしいと頼んでおいた。
 コンコン、とホールにノックの音が響いて、ドアが開いた。顔をのぞかせたのはアイナさんだった。来てくれる頃だと思っていた。
アイナさんに軽く手を振ると、ニコッと笑顔を見せてこちらに歩いて来た。
「お話って、なんでしょう?」
アイナさんはそう言う。アタシはアイナさんに席を進めてから、ふぅと一息、息を付いた。
「うん」
と話を継ぐ。
「この人、知ってる?」
とりあえず、アイナさんにも聞いてみる。シイナさんの顔を覗いたアイナさんは、首をかしげて
「いえ、存じ上げませんが…」
と不思議そうに言った。そっか。まぁ、レナも知らなかったしな。
情報将校のソフィアはさすがに顔が広かった、と思うべきだろうか。
 そう思いながら、アタシは、アイナさんに本題を切り出した。
「この人、シーマさん、っていうんだって、ソフィアが言ってた」
アタシが言うと、アイナさんの顔が引きつるのが分かった。やっぱり、名前の方は知ってるんだな…相当な悪名らしい。
でも、本題は、シーマさんの悪名がどうとかってことでもないんだ。
 3年前、客船から逃げ出して漂流していた救命艇の上で、夜な夜な聞いたシローの話をアタシは覚えていた。
この人が、ガス攻撃をして、地球に落とされたアイランド・イフィッシュ。それが、シローの故郷だってこと。
ガスが放たれたとき、シローもあのコロニーにいたこと。
そして、たまたま持っていたノーマルスーツのお陰で命拾いしたけど、家族も友達も、みんなガスで死んでしまったこと…。
 そう。何の因果か、今日のこの組合せは最悪すぎて、気が付いた瞬間は正直、言葉が出なかった。
「わかる?」
アタシが聞くと、アイナさんは黙ってうなずいた。
「良かった」
アタシは、できる限りに気持ちを落ち着けてから、話すことにした。
579:
「アタシね、この人に、シローがあそこ出身だって、言ってあげたいって思ってる。
 シローには申し訳ないけど、アタシにはこの人が、そんなに悪い人だなんて思えないんだ。やったことは本当なんだと思う。
 だって、こんなに擦り切れてボロボロだし。アタシさ、この人を助けてやりたいんだ。
 たくさんの人を犠牲にして、自分だけ助かろうったって、そんな都合のいいことはないって思うかも知んないけどさ。
 それって、人数の話じゃないよなって思うんだよ。
 アタシだってたぶん、少なくとも両手で数えきれないくらいのジオン兵を殺してる。
 レナだって、地球に降下してきたときには、連邦兵と戦ったって言ってた。
 きっと、シローだって、アイナさんもだけど、おんなじように、敵だった人間、殺してるじゃん。
 おんなじことしてるのにさ、この人だけ苦しんでるのって…なんかかわいそうな気がするんだ。
 もちろん、一般市民を虐殺したことにかわりないのは分かるけど…でも。
 そんなこと言っちゃったらさ、アタシにしてみれば、
 じゃぁ、武器を持って抵抗して来たら殺してもいいのか、ってことになっちゃうと思うんだ。
 そうじゃないってアタシは思いたい。戦争をやってたんだ…誰がなにをやったって、おんなじ人殺しだ。
 もちろん、したことは償うことができりゃ、それに越したことはないと思うし、亡くなった命がもどるわけでもないけど、
 すくなくとも、生きてる人間を幸せにする手伝いをしたりさ、死にそうな人を助けたりすることもできるはずだろう?
 どれだけやれば、その天秤が釣り合うかは分からないけど、でも。
 そう言うチャンスってあってもいいと思うんだよ。
 アタシやレナが、こうして誰かを助けてやりたいと思うのとおんなじでさ、
 もしかしたら、1億人殺した人間が、10億の人を助けることもできるかもしれない。
 まぁ、これは言い訳のような気もするけど…だけど…とにかく、助けてやりたいと思うんだ。
 でも、勝手で、ごめん、アタシたちにはどうにもならないとも思ってる。
 生き残ったシローと話して、そこでなきゃ、なんにも動かない気がするんだよ」
アタシがそこまで言うと、アイナさんは神妙な面持ちで
「わかります」
とうなずいた。それから
「アヤさんは、この人が、冷徹に、残忍に、虐殺とわかっていて、
 一般人の住むコロニーに毒ガスを注入したと、そうは思われないんですね?」
と力強い目つきで聞いて来た。
「うん。正直、そう感じてる」
アタシが答えると、アイナさんは黙った。
580:
どれくらいの間、沈黙が続いただろうか。アイナさんが再び口を開いた。
「それで、どうして私を?」
たぶん、分かってるんだろうな、アイナさん。頭のいい人だ、分からないはず、ない。
でも、確かな言葉をアタシから聞いておきたいんだろう。アタシも遠回しじゃなくて、きちんというべきだと思っていた。
「たぶん、その時には、シローにも彼女のことを話さなきゃいけないと思う。シローは、それで、それを聞いて大丈夫かな?」
アイナさんは、やっぱり、と言う顔をして、またグッと黙った。
 困らせているのは、百も承知だ。
せっかく楽しみに来てくれたこの島、このペンションで、こんなお願いをするのは、本当に悪いと思う。
だけど、でも。もしかしたら、大きなお世話かもしれないけど、これは、シローにとってもチャンスかもしれないんだ。
その日にあったことに、決着をつけるための…。
 アイナさんは、それからまたしばらく黙って、キュッと引き締まった顔でアタシを見た。
「大丈夫です。シローは。必ず、乗り越えて答えを見つけてくれます」
そう言ったアイナさんの目は、いつにもまして迷いのない、まっすぐな瞳をしていた。
「ん…」
急に、横にいたシイナさんがうめき声をあげた。正直、びっくりした。今の話、聞かれてないよな?
 そんな心配をよそに、彼女はうっすらと目を開けて、アタシの顔を見た。
「私は…眠ってたのかい?」
「あぁ、良く寝てたよ」
アタシが言ってあげると、すこし意外そうな表情で
「そうかい…」
と虚空を見つめて言った。
 顔つきが、すこしすっきりしたように思えたのは、たぶん、気のせいじゃなかったはずだ。
581:
以上でした!
なお次回以降につきましては未定。
Z編の構成はありますが、ぜーんぜん話が煮詰まっていないのと、
「ティターンズの旗のもと」にあたりを仕入れたいなと言う気持ちもあり、本当にまだ構成段階です…
ガンダム関係ない話のイメージもあって、そっちになるかも?w
でも、せめて逆シャアまでは頑張りたいですw
このスレもhtml化かなぁ、とか思いつつ、もうちょっと残しといて
ガンダム関係ない激甘アヤレナ日記を書いて行ってもいいかなぁとか。
感想とともに、そういうご意見もくださると幸いです。
よろしくお願いします!
お読みいただき感謝です!
585:

こんな見事なストーリーを書かれたらガンダムエースの編集達はさぞ悔しかろう。
ことぶきつかさのカイメモやカイレポを読んだ時のような納得感があるな
Z編もゆっくり書いて下さいな。
たまには別SSでも読んで息抜きしながらw
588:
ガンダムは1話も見たことないけど(でも10 YEARS AFTERはなぜか知ってるww)、
>>1の話が面白いから全部読んでるよー。
アヤレナの短編とか読みたいかもww
589:
>>588
感想感謝!
ガンダムネタ分からなくても読んでもらえてるのは幸いです^^
短編、ちょっとイメージ湧いたんで投下予定してます!
590:
「あー?今週は無理だよ!」
何言ってんだこいつ!無理に決まってんだろ!
「無理を承知で言ってんだ。頼むよ」
カレンの声は本当に死んじまいそうだ。
「だぁーもう!わかった!ちょっと考えっから、また連絡する!」
そうとだけ伝えて、アタシは電話を切った。
 そんなアタシの様子を見ていたようで、レナがこっちをじっと見つめて
「どうしたの?」
と聞いてくる。
「あー、カレンのやつがさぁ」
アタシは渋々カレンとの電話の内容を説明した。
 カレンのやつ、一昨日からひどい熱を出して寝込んでいるらしい。
なんでも、ここいらの風土病と言うか、良くある風邪みたいなもんらしく、一週間は安静にしていろと医者に言われたとか。
あれ、辛いんだよな。アタシもレナも、こっちに来た頃に一回ずつ順番に罹った。もちろんソフィアも。
カレンにはお客を運ぶ仕事がある。幸い、それほど立て込んでいるわけでもないらしいのだけど、
それでも、カレンが飛ばないと困るやつが出てくる。そうは言ったって、40度近い熱で、飛べって方が無理な話だ。
そんなことで、アタシに助けを求めてきた。
「でも、カレンさんがアヤにそんなお願いするなんて、よっぽどのことだよね?」
レナが言ってくる。そうなんだ。いや、別に仲が悪いから、ってわけじゃなくて。基本的にカレンは人に頼ったりしたがらない。
戦闘中でさえ、自分の援護を割いてまで、誰かを守らせるようなやつだった。
小隊長のアタシにしてみたら、それが気に入らなかったんだけど…でも。
今のカレンのことを考えたら、確かにちょっとだけ、かわいそうな気もする。
「まぁ、そうだなぁ」
「こっちは、私とソフィアで頑張るからさ、手伝ってあげれば?」
レナはそう言ってくれる。
 ただ、今週はちょっとそうもいかない。実は、2か月前に、アタシの居た施設に手紙を出して、
遊びに来ないかって誘いをかけてた。で、寮母さんと8人の子どもらが遊びに来るのが、明日からなんだ。
レナとソフィアに任せられないわけじゃないけど、招待したアタシがいないんじゃぁ、どうしようもない。
591:
 とはいえ。カレンには、いつも客を運んでもらったりしている恩もある。仲が良いとか悪いとか、そう言うんじゃなくて、
礼儀として、そこは返してやらなきゃな、とも思う。あくまで、礼儀として、だ、うん。
 「うーん…」
困ったなぁ。でも、寮母さん達には申し訳ないけど、カレンの方を手伝ってやらないわけにはいかないだろうなぁ。
こっちはレナもソフィアもいるから、アタシがいなくても最悪、最低限は回るけど、あっちはカレンだけだ。
隊の他の連中に頼んでも、今日の明日で対応できそうなやつはいない。
隊長はユージェニー少佐とハネームーン中で月に行っちゃったし、ハロルド副隊長はちょっと前にこっちに来てから消息不明。
フレートもキーラさんと結婚して退役し、北米のアナハイム・エレクトロニクスの本社勤め。
ダリルとマライアに至ってはまだ軍役だし、ヴァレリオは北欧。ベルントはジャブローで学校の先生やってる。
頼んで呼び出して、唯一きてくれる可能性がありそうなのは、退役してあっちこっちを旅してまわってるデリクくらいだけど、
あいつ、地球にいるのかな?どのみち、すぐには飛行機飛ばしてなんて言って、対応できるかはわからない。
でも、とりあえずデリクには連絡つけておくか。うまくいけば、2,3日アタシがやって、あとの日程はお願いできるかもしれない。
「しょうがない。とりあえず、ちょっと行って話だけ聞いてくるよ」
「うん、そうしてあげて」
レナがそう言ってアタシを送り出してくれた。
 ポンコツを走らせながら、PDAでデリクにメッセージを打ちながら、空港そばにあるカレンの自宅兼オフィスへ向かう。
途中にあった薬局で、冷却剤とスポーツ用のチューブ食を買った。カレンの家に着いて車を止めてインターホンを鳴らす。
しばらくして出てきたカレンはそりゃぁもう、土気色のひどい顔色をしていた。
「悪いね」
「あぁ、仕方ないさ。無理すんな、中でチラッと話だけ聞かせてくれよ」
そう言って家へ上げてもらう。
 いつもは態度の悪いカレンも、具合が悪いからなのか、さすがにアタシに気を使っているのか、飲み物なんかは要るか、
とか聞いてくるので良いから横になってろと言ってやった。まったく、世話の焼けるヤツだ。
「情けないね」
「あぁ、そいつは気にしちゃだめだ。よそから来た連中は、ここに長居すると必ず一度罹るんだよ」
アタシはそう話しながら、勝手に冷蔵庫から出したお茶を入れて、カレンのも用意してやりつつグイッと飲み干す。
592:
「それよりあんた、ちゃんと食えてるのか?」
「こんなザマだからね。まぁ、適当にスープみたいなもんは作ってるけど…」
「あーだろうな。食い物はまた届けに来てやるよ。ソフィアなら、病人食でもバッチリだ」
そう言ってやるとカレンは力なく笑った。なんだよ、こいつ、今にも死んじまいそうだな。
「そこに、運航の予定表がある」
カレンはソファーにぐったりしながら、ダイニングにあった掲示板を指して言った。
そこには手書きの表があって、時間と、人数と場所が書き込んである。乗客の名簿のリストも一緒になっていた。
 アタシはそれに目を走らせて、ちょっとだけ安心した。びっちり入っていたらどうしようと思ったけど、そうでもない。
今日は夕方に1組。明日は朝夕に2組ずつ。
そのあとも、朝と夕方に多くて4組ってのが四日後にあるくらいで、それほどバタつくようなスケジュールでもない。
遊覧飛行ってのも、他の日程には入っているけど、少なくともここ一週間の予定にはなかった。
「どうだい?」
「あぁ、これならなんとかなりそうだ」
「そうか。すまないけど、頼むよ」
カレンは安心したのか、そのままガクッと息絶えた…みたいに、脱力した。おいおい、大丈夫かよ、こいつ。
 とりあえず、肩を貸してやってベッドに運んで、空調をちょっとだけ低めに設定しておく。
額と首と、脇と太ももの内側に冷却剤を貼り付けて、ベッドサイドにあった小型の冷蔵庫にチューブ食とお茶を置いといてやる。
この辺りじゃ、こういう冷蔵庫は必須だ。暑いからな。
「んじゃぁ、いったん戻るな。夕方の送迎が終わったらまた顔出すよ」
「うん。なにかあったら連絡寄越して」
カレンはそう返事をしてまた、力なく笑った。それから
「あの…ありがとう」
「お、おう、任せとけって」
と礼なんて言ってきた。ったく、なんだよ、憎まれ口叩いてくんないと調子狂っちゃうなぁ。
アタシはそんなことを考えながら、飛行機のイグニッションキーを首にかけてカレンの家を出た。
 さて、一度ウチに戻るかな。レナに説明しないと…あと、ソフィアに食事も頼みたい。
車に乗ろうと思ったらPDAが音を立てた。見ると、パネルにデリクの名前が表示されている。
593:
 よかった、あいつ、地球にはいるんだな。アタシは電話に出た。
「おー!デリク!久しぶり!」
「アヤさん、久しぶりです。メッセージ読んで連絡しましたよ。何かあったんですか?」
「あぁ、それがな。カレンのやつが体調崩してぶっ倒れちまったんだよ」
「え、大丈夫なんですか?」
「こっち特有の熱病らしくてな。まぁ、死ぬような病気じゃないし、抗生剤もあるからすぐに良くなるとは思うんだけど。
 それでも一週間は動けないらしくって」
「そうなんですか…」
デリクは相変わらず、素直で良いヤツだな。ホント、うちの隊にはもったいない人材だったよ。余所の隊なら、もっと順調に出世したろうし
アタシなんかすぐに飛び越していけそうなやつだったのに、どうしてかうちに居ついてしまった。
もったいないから転属願いを出してみたら、なんてちょっと意地悪な話をしたら顔色一つ変えずに
「良いんです。俺、ここ好きなんですよ」
なんて言ってくれるようなやつだ。そのくせ、フレートと一緒になって悪ノリはするし明るいし、まじめだし、優しいし穏やかだし。
取り立てて何がすごいかって言われると正直、隊長の機転とかダリルの機械知識とかっていうような目立った特殊技能は
上げられないけど、どの点を取っても平均点以上。
操縦の腕なら、アタシやカレンや、調子によっちゃフレートやベルントなんかにも引けを取らない。
へっぴりのマライアは場所を選ぶけど、デリクはどこへ出しても恥ずかしくない、アタシの自慢の弟分だ。
「で、ほら、あいつ、小型機で仕事してるだろ?そのお客の予約を切るわけには行かないってんで、
 アタシに頼んできて手伝うことになったんだけど、正直、ペンションの方もあるし、できたら時間ほしいんだわ」
「あぁー、なるほど、分かりましたよ。俺に手伝えっていうんですね?」
「話が早くて助かるよ。頼めるかな?」
「良いですよ、どうせしがない旅人ですし。
 ただ、今まだオーストラリアの復興現場でボランティアやってて、明日の作業だけは手伝いたいんです。
 なんで、明日の夜の便で、北米かメキシコか、そのあたりに向かうって予定でも構わないですか?」
「だとすると、明後日の夕方の到着くらいになるか」
「だと思います」
アタシはデリクの言葉を聞いて、カレンの部屋から持って来た予定表を見やる。
明後日の夕方は、2組、この近くで一番大きいカラカスの空港への送りがある。
「カラカスの空港まで来てくれれば、そのままカレンの飛行機で島まで連れて来れそうだ」
「ホントですか?なら、カラカスへ行く便を抑えてみますね」
「すまないな、急に頼んで」
「いえ、全然。楽しみにしてますよ!」
「あぁ、アタシもだ。あ、宿のこととかは気にすんな。
 明日からちょっとばかし小さいお客が団体できてにぎやかかも知んないけど、あんたの部屋はうちで用意しとくからさ。
 飯の都合がつかなきゃ、こっちで用意してもいいし」
「ありがとうございます。じゃぁ、そこはお言葉に甘えますね」
「うん。そいじゃぁ、また明日の夕方にでも連絡するな」
アタシは電話を切った。良かった、デリクがつかまった。
これなら、まぁ、寮母さん達にも子ども達にも、海も船も楽しんでもらえるな。あんな南米の小さな町ではできないことをさせてやりたいんだよな、特に子ども達には!
 アタシはそんなウキウキした気持ちを胸に、ペンションへと車を走らせた。
594:
ヌルッと投下してみました…
ガンダム関係ない、ただオリキャラのアヤレナさんたちがイチャイチャしたりするペンション日記ですw
Zまでのつなぎと思って、スルーするもよし、読んでいただくもよしです!w
595:

ガンダムどこ行った!?的な展開もここまで培ってきたキャラのおかげか自然に読めると思う。
ところで時系列的にはどのへんなのかな?
ソフィアはいるけどシーマ姐さん後?前?
596:
>>595
そういってもらえるとうれしっす。
そもそも、こんなに原作キャラが出る予定ではなかった…世界観だけ借りれれば、と思っていたので。
Z編も基本に立ち戻って、原作キャラはゲスト程度に…と考えてますが、どうなることやらww
シーマさん後、1週間程度くらいだと考えてもらっていいかなぁと。
注釈(言い訳)なき場合には、基本的に投下順に時間が経過してると考えてもらってokです!
600:
 翌日の午前中、アタシはキトの空港に居た。
たまたま、今日のお客がキトからだったというのもあって、施設の連中も、一緒に運んでやることにした。
あいつらにしてみたら、飛行機なんてそうそう乗れるもんじゃないし、
それに、カレンのは小型と言っても、ちょっと高そうなプライベートジェットだ。
そんなもん、一生に一度も乗らないやつだっているくらいだ。ついでだし、乗せてやったらきっと喜ぶ。
 そんなことを考えてたら、空港のロビーに子ども達を数人連れた集団が現れた。あれだ!アタシは手を振ってこっちへ呼んだ。
10歳前後の子ども達が5人、それと、17,8くらいの子が3人。寮母さんが3人だ。
あ、寮母さんっていうのは、まぁ、あだ名みたいなもんで、実際は指導員っていうらしい。
だから寮母さん、って呼んでいても実際は男の人だっていたりする。今回も3人のうちの1人は男性。
アタシの知らない人だ。もう二人の女性、ひとりはアタシよりちょっと歳が上の、ジョエル。
アタシがまだジャブローに居たころに遊びに行って、知り合った。
そしてもう一人が、おばちゃんになっちまったロッタさん。アタシや、ユベールのことを小さいころから見てくれている、
まぁ、母親みたいなもんだ。
 「ロッタさん!」
アタシは彼女の名を呼ぶ。
「アヤちゃん」
ロッタさんは優しい笑顔でほほ笑んでくれた。胸の奥から、じわっといろんな感情が湧いてくる。
懐かしいな…なんて思ってたら、ロッタさんは何の迷いもなくアタシを抱きしめてきた。
それから、ちんちくりんのくせに腕を伸ばしてアタシの頭をごしごしと撫でつける。
「良かった、元気そうね」
彼女はそう言って笑った。正直、ロッタさんにこうしてもらえると、一発で涙目になっちゃうからダメなんだよ…
「ロッタさんも、歳くった割にはまだまだ行けそうだな」
照れ隠しにそう言ってやると彼女は笑って
「そりゃぁね。悪い子を叱り飛ばさなきゃいけないから、もうろくなんてしてられないわよ」
って言い返してきた。確かに、ロッタさんに怒られるのは怖いんだ。
これはもう、条件反射みたいなもんで、いまだに子どもらが怒られてるのを見たら、こっちまで緊張してしまいそうになるくらいだ。
601:
「久しぶり!アヤ姉さん!」
「シェリー。元気にしてたか?」
次にアタシに抱き着いて来たのはシェリー・アスター。今年で18だ。
彼女は、それこそアタシが17か18くらいの頃に施設にやってきた子で、アタシが面よく倒を見ていた。
軍に入ってからも、こいつとだけは頻繁に手紙のやり取りなんかをしていた。
例の、3年前の戦争が始まってすぐに、陸戦隊に手を出された子がいるって言って連絡を取ってきたのがこのシェリーだ。
小さいころからレナに負けず劣らずの気い使いで、アタシはそれがなんだか子どもっぽくなくてイヤで、
アタシにだけでも良いから甘えろ、と言ってやったらすっかり懐かれてしまった。
まぁ、かわいいんだ、こいつも。
「ずるいぞ!シェリー!」
そう言って足元に絡んできた10歳の男の子はマルコ。シェリーが面倒を良く見ている子で、
アタシが施設を出てからちょくちょく行っていた頃に入ってきた。
小さいころのアタシみたいにもうわんぱく放題でちょっと放っておけなくて気にかけていたら、こっちにも気に入られた。
 他の子たちも、顔を見たことがある子。みんな元気そうで、良かった。
「アヤネェ!飛行機乗せてくれんだろ?俺すげー楽しみにしてたんだ!」
マルコがぴょんぴょん飛び跳ねてアタシに行ってくる。
「あぁ。でも、他のお客もいるから、ちゃんとおとなしくてんだぞ?」
「わかってる!」
本当に分かってるのかどうなのか、マルコはでかい声で返事をしやがった。まったく、かわいいな、こいつらは、ほんと。
 アタシはロッタさん達をそこで待たせて、カレンの客をつかまえに行った。
幸い、待合ロビーで名前を書いたプレートを持っていたら、すぐにこっちを見つけてくれた。若い男女のペアだった。
そもそもカレンのはチャーター機ってわけじゃないから、こういう相乗りはしょっちゅうなのだけど、
とりあえず相乗りするのが子ども達が多いってのは断っておいた。
 人のよさそうな夫婦で、「にぎやかなのは楽しそうですね」なんて言ってくれた。
 それからすぐにエプロンに出て、飛行機のすぐそばまで全員を先導して行く。
 「あー、あんた達、騒ぐんじゃないよー!アタシの操縦だからって、他のお客さんもいるんだからね」
「はーい!」
アタシが言ってやると子ども達は口々に返事をした。よしよし、いい子ちゃんたちだ。
それからアタシはカレンのお客に改めて謝った。
「すいません、騒がしくて」
「いえ、良いんですよ。楽しいじゃないですか」
夫婦の奥さんの方がそう言ってくれた。旦那さんの方も、ニコニコしている。人のよさそうな人たちで良かった。
602:
「じゃぁ、乗ってください」
アタシはタラップに先に上がって、機内で二人と、それから施設の子ども達を招き入れた。
「うおー!すっげ!」
「お、俺、飛行機初めてなんだよ…ちょ、ちょっと怖いんだが」
「大丈夫よー。アヤさんは連邦のパイロットだったんだから!」
「そーなのかよ!ねーちゃんすげーな!」
ったく、こいつらときたら、騒ぐなっつってんのに…。
 アタシは夫婦をコクピットすぐ後ろのソファー席にかけさせて、子どもらと寮母さん達にはなるべく後ろに座ってもらった。
 「連邦の軍人さんだったんですね」
パイロットシートの後ろから旦那さんの方が話しかけてくる。
「ええ、まぁ。そこいらの民間パイロットよりは長く飛んでますから、安心して海でも眺めててください。きれいですから!」
アタシはそう言いながら、管制塔に連絡を入れた。
<KRA001。こちら管制塔。B滑走路へ進入を許可します>
「了解、管制塔。誘導に感謝」
アタシはそう言いながら、エンジンをふかして滑走路へ進入する。
 実は、以前にこのカレンの飛行機は操縦の経験がある。
それと言うのは、とくに必要があったわけじゃなくて、たまの気まぐれだったのだけど。
うちに泊まっていたお客の遊覧飛行につきあったときに、カレンとそんな話になって、
じゃぁ、一度操縦してみるか、ってな具合になった。
軍のパイロットとは言え、一応、戦闘機の操縦をするのには、自家用大型機用のライセンスをまず取って、
それから旅客用のライセンスも取る必要があった。
軍用機、しかも、戦闘機用のライセンスってのは、そう言う予備教育的に一般航空機の操縦を習得してからじゃないと取らせてもらえない。
取れなければ、陸戦隊へ回されるか、地上で事務屋だ。
空での仕事は割が良いし、アタシは勉強とかそう言うのは苦手だったけど、
同期のダリルにあれこれ世話になりながらパイロットになることができた。
そうやダリルとは最初の頃に大ゲンカしたよなぁ、あれは人生でも1,2を争う―――
<KRA001。離陸を許可する。良いフライトを!>
―――管制塔から声が聞こえて来た。
「感謝する。これより離陸する」
管制塔にそう答えてから機内放送で
「これより離陸します。シートベルトの確認を願います」
と告げてから、スロットルを目一杯に開いた。
603:
グングンと機体が加して行く。でも、戦闘機ほどのGが掛かるわけでもない。
まぁ、まったく掛かってないわけでもないけど、こんなの、エレベータに乗ってるようなもんだろう。
<V1…VR、V2>
耳につけたヘッドホンから機械の音声が聞こえる。操縦桿を引き起こすまでもなく、軽い機体はふわりと宙に浮かんだ。
それを確認してからクッと操縦桿を引いて機首を起こし、高度を上げていく。
 ふつう、こんな小型のジェット機は旅客機よりも高い1万2000メートルあたりを飛ぶ。
空気抵抗が少ないから、その方が燃料効率も良いし、何より空いている。
これより下の1万メートルくらいになると、旅客機に軍用機にと、混雑してて意外に神経を使うんだ。
 機体をぐんぐん引っ張って、高高度までたどり着く。機体を安定させて、下を覗くと、海岸線が見えた。
離陸した南米のキトからアルバ島まで、1000キロとちょっと。まぁ、こいつなら1時間もかからないうちに到着できる。
 それにしたって、カレンのやつ、いい商売を見つけたもんだ。
この機体を手に入れるのに、どれだけの先行投資したのかは知らないけど…
まぁ、相場はアタシらの船に比べたら相当高いのは確かだ。
でも、維持費と空港の駐機料と燃料代を引いたって、こりゃぁ、そうとうな儲け出てないか?
だって、一回の送迎が遊覧飛行も兼ねてて、そいで一人頭「1本」。
どう考えたって、月に10人も乗せりゃぁ、必要経費の元は取れる。
もちろん格安の船便もあるけど、こういうのはちょっと金持ってる裕福なやつが使うもんだ。
 昨日もらった予定表をざっと見たら、今月だけでそんな「裕福なお客」を30人は乗せるようだし…
待てよ、そしたら…おいおい、うちのペンションのローンなんか一年たたずに返せんじゃないのか?
悔しいけど、この発想はやるな、カレン。
「すげー!」
「見ろよ!あの小さい白いの!船だろ、あれ!」
「怖くて見れるわけないだろ…!」
「大丈夫よ、ほら!きれいよ!」
子ども達が口々に言っているのが聞こえる。
「ふふ、本当にきれいですね」
「あぁ。それにしても、子どもは良いなぁ。元気で、かわいい」
「あら、じゃぁ、がんばってくださいね」
「おいおい、まるで他人事じゃないか。俺よりも大変なのは君だろう?」
「女は強いんですよ」
夫婦の話声も聞こえる。良かった、あの子らのお陰で、話も弾んでるみたいだ。
 気流も安定しているし、このまま何事もなく島にはつけるだろう。あいつら、島の海と砂浜見たらなんていうかな?
南米の方だってきれいなところがないわけじゃないけど、段違いだ。きっと喜んでくれるだろうな。
 操縦桿を握りながらそんなことを考えていたアタシの口元は、きっとレナがいたらからかわれるくらいにニヤついていただろう。
609:
 島の空港でカレンのお客と別れて、アタシは施設の連中をペンションまで案内した。
実は、こういう団体客が来ることが増えたんで、1年前にポンコツとは別に、15人乗りの中型エレカを購入した。
ポンコツみたいに燃料を食うわけじゃないし、資金的にも余裕があったから、レナがオッケーしてくれた。
 「すっげー!」
ペンションに着くなり、マルコが大声を上げる。
「だろう!アタシの自慢だ!ほら、中に入れよ。お茶とお菓子くらいはだしてやるから」
アタシが言うとちび達が
「お菓子!」
「ジュースないの、ジュース!」
なんてはしゃいじゃって。
 声を聴きつけたのか、レナが玄関から出てきた。
「おーレナ!ただいま!」
「おかえり!」
レナが子ども達と、寮母さんをかわるがわる見つめる。
 「えーっと、アヤと一緒にこのペンションをやっているレナ・リケ・ヘスラーです。よろしくね」
レナは子どもたちに合わせて、優しく自己紹介した。
「ほら!みんな、ご挨拶なさい」
ロッタさんが促して、子ども達はビシッとなって
「よろしくおねがいします!」
って挨拶をする。さすが。こういうしつけはばっちりだな。
「じゃぁ、レナ。アタシ部屋の案内してくるからさ。ホールにお茶かなんか準備しておいてくれよ。
そこでちょっと休憩したら、街の案内とかするからさ」
「うん、分かった」
レナがニッコリと笑う。
「悪いな、手間かけちゃって」
アタシが言うとレナは
「ううん。なんだか私も、ちょっと嬉しいし」
と言って、なんていうか、こう、幸せそうに笑った。な、なんだってんだよ。
 そう思いながらも、アタシは
「お、おーし、じゃあ部屋に案内するぞ!」
と先導してペンションの中に案内した。
 ちび達は中に入ると、ギャーギャー騒ぎながら珍しそうにきょろきょろしている。階段をあがって二階に行き、部屋を案内する。
1部屋が男子部屋、もう1部屋がちびの女子部屋、最後の1室が年長の女子と若い寮母さんの部屋となった。
 荷物を置かせてからホールに戻ってお茶とお菓子を勧めながら、滞在の日程の打ち合わせに入った。
 あらかじめこっちから案を出していて、今日は街の見学と、バーベキュー。明日は一日船で小島に行って海水浴。
明後日はフリーで、三日目が目玉の孤島キャンプで翌日は休み。で、五日目の昼には港に送る手筈になっていた。
でも、カレンのことがあって予定が変わってしまったので、デリクを迎えに行く明日をフリーにしてもらって、海水浴が明後日だ。
610:
 「ねぇ、みんなのお名前は?」
お茶とお菓子を持って来たレナが尋ねている。
「俺!マルコだよ!」
「ぼ、ぼくは、ブラス」
「あのね!あたしはベセラ!この子がセラで、セラのお姉ちゃんのカナル!」
ちび達が口々にそう自己紹介する。
「ふふ、みんな元気だね!」
レナはそう言ってほほ笑む。
「まぁー、うるさくってしょうがないんだけどさ」
アタシが言うと、レナが
「アヤだっておんなじようなものじゃない?」
とか言いやがった。このやろ、アタシは場くらいわきまえられるっての!
「一緒にすんなよ!そりゃぁ、育ちが同じかもしれないけど、アタシはちゃんと出したりひっこめたりできるんだからな!」
「ってことは、根本はおんなじってことでしょう?」
レナ!レナめ!くっそー。
「じ、自分だって、半分は子どもみたいなところあるじゃないか!」
「私はいいんだよ、もう!子どもだろうがなんだろうか、好きに言ってもらって!」
ひ、開き直った!悔しい…なんか悔しいぞ!?なんでアタシこんなにからかわれてるんだ、レナに!増長してるよ、レナは最近!
 アタシがいきり立っていたら、ロッタさんがアタシ達のやりとりを見て笑った。
「あなたらしいわね、アヤちゃん」
「な、なんだよ、急に」
「いえね。昔っから変わった子ではあったけど…」
ロッタさんはそう言ってニコニコしながら言葉を濁す。
「ロッタさんは、アヤを小さい頃からご存じなんですか?」
あぁ、いけね、説明してなかったな。
「うん。ロッタさんは、アタシが施設に入ったころから、ずっとアタシの世話してくれてた人なんだ。
親ってのは良くわかんないけど、たぶん、アタシのお母さんみたいな人だよ」
「そうだったんですか…!」
アタシが言うと、レナはそう言って笑顔を見せてから
「改めまして。レナ・リケ・ヘスラーと申します。アヤには…いろいろお世話になったんです」
と頭を下げた。するとロッタさんは相変わらずのニコニコ顔で言った。
611:
「こちらこそ。アヤちゃんと仲良くしてくれてありがとうございます。レナさんは、アヤちゃんの“いいひと”なのね」
「なっ…」
「えっ…」
思わず、アタシ達は絶句してしまった。
「ホント、アヤちゃんは昔から変わってたけれど、そうね。本当に、あなたらしいと思うわ、そう言うのことも、今はあるものね」
「なななな…何言ってんだよ、ロッタさん!」
「ふふふ。隠していても、見ていればわかるわよ。良いじゃない、別に。そんなことをいちいち気にする世の中でもないし、
 それに、レナさんは、あなたと同じ…いえ、同じじゃないかもしれないけれど、でも、とっても優しい感じがするわ。
 レナさんになら、アヤちゃんを任せてもきっと大丈夫ね」
ちょ、な…えぇ!?急に何言い出すんだよ、ロッタさん!小声だから他の誰にも聞こえちゃいないけど…
だって、レナとアタシはまだそんな…そういうのじゃ、ないってわけじゃないけど、でも、だけど…
 何か言い返したかったけど言葉が出なかったので、レナを見やった。
レナは…顔を真っ赤にして、両手を頬に当てて、もじもじと体を悶えさせている。
こら、レナ!か、かわいいことやってないで、何か言ってくれ!
 そんなアタシの願いもむなしく、無言のレナにロッタさんは続ける。
「レナさん、アヤちゃんを支えてあげてくださいね。この子は、明るくてまっすぐで、
 みんなに好かれる、本当にいい子だけれど、ときどき見境なく突っ走ってしまうところがあるから…
 そんなときはそばにいて、優しくたしなめてあげてくださいね」
「は、はいっ」
いや、レナ、はいって!はいってなんだよ、レナ!そうじゃないだろ!ちょ、おい、レナ!
 アタシはなんだかもう、逃げ出したくってしかなくなって
「とっ、とにかく、その、あれだ!わ、悪いけど、日程の変更は、たた、頼むよ。今日と明日はレナにお願いしてるから、
その…うん、なんかあったら言ってくれよな」
と一生懸命話題を変えた。ロッタさんはそんなアタシを、ニコニコしながら見つめていてくる。
「だ、だから、レナとはそう言うんじゃないんだってば!」
ロッタさんの視線が恥ずかしくって、アタシは、そんなことを口走ってしまっていた。
612:
 「これ、借りちゃっていいんですか?困らないんですか?」
デリクが余計な心配をしている。
「大丈夫だよ。むこうのデカイ方あれば」
アタシが言ってやるとデリクは肩をすくめて
「じゃぁ、すみません。お借りしますね」
って言いながらポンコツに乗り込んだ。
 昨日の夕方、お客を送りに行ったカラカスの空港でデリクと落ち合って、こっちへ連れてきた。
施設の子ども達の話をして騒がしいかもしれないことを謝ったら、「アヤさんらしいですね」なんて笑った。
しばらくぶりに会うデリクは、あの時に比べたらずいぶん大人になった印象だった。
まぁ、そもそもアタシと3つくらいしか違わなかったんだけど、でも、アタシらの後ろをくっついていたり、
指示に従っていろいろやってくれてたデリクとは雰囲気がまるで違う。
軍はやめたけど、もし戦闘機隊にいたとしたら、先頭を任せたくなるような落ち着きと、それから自信が見え隠れしていた。
それでも、アタシなんかに気を使ってくれたり、呼び出したら嫌な顔一つせずに来てくれた。
本当に、良い後輩を持って、アタシは幸せだよ。
 デリクがポンコツに乗って、朝から空港へと向かって行った。
アタシは今日はこれから、以前、シイナさん達を連れて行った島へ施設の連中を案内する予定になっていた。
船に乗って島に行く、ってだけで、子ども達は昨日の晩からテンションが上がりっぱなしで、もう、大変な騒ぎだった。
 レナは、ペンションのことをやりながら、子ども達と遊んだり、年長の子たちとの会話を楽しんだりしてくれている。
本当に感謝だ。
 そんなレナが玄関先に出てきた。
「あ。アヤー!ロッタさんが呼んでるよー」
レナがそう言ってアタシを呼んだ。
「ああ、すぐ行く」
アタシは、小走りで玄関に駆け込んだ。
レナがドアを開けて待っていてくれたので礼を言った瞬間、彼女は、アタシから視線を外して
「うん」
といつもの声色で返事をした。
―――あれ、なんだ、いまの?
 なにか、違和感を感じた。いや、ほんの一瞬だけど、今、アタシを避けたのか?
 そんなことを考えそうになって、ロッタさんが呼んでいた話を思い出した。頭を切り替えてホールに行ってロッタさんと話す。
子ども達に準備をさせているが、なにか特別必要なものはないか、とのことだったので、水着と着替えと帽子とタオルがあれば良いとだけ伝えた。
今日は泳ぐだけだから、まぁ、それだけ揃っていれば問題はないだろう。
613:
 人数がちょっと多いから、今回はレナに着いてきてもらって、ペンションとカレンのことはソフィアに任せることになっていた。
 エレカにみんなを乗せて港に行き、船を出す。今日は波も穏やかで、クルージングにはもってこいだ。
30分走って、すぐに島についた。
 「おー!すっげー!」
マルコがそう言いながら、まだ船を係留してもいないのに船から飛び降りて砂浜に駆けだす。
「おい!あぶねえぞ!」
アタシはそう怒鳴りながら、ゆっくりと砂浜に船をつけた。
 この島は、ちょうどCの字型をしていて、開口部が北を向いている。
だから、南風の吹きやすい6月から11月くらいまではC字の中で、それ以外の季節では外側で泳ぐことができる。
アタシらと同じように、ペンションやらをやっている連中もよくここを利用しているようで、
ときおり出くわすけど、そこはまぁ、うまく分け合って過ごすのがこの辺りのルールだし、
知り合いなら合同にしちゃって騒ぐってのもありだ。
 今日は、他の船は見当たらない。気にせずノビノビできそうだ。子ども達が遊んでいる間に、アタシとレナで昼飯の準備をする。
準備って言っても、バンズに挟む野菜やらベーコンやらチーズを取り分けておくだけの作業だけども。
「青く眠るぅ水の星にぃそっと〜口付してぇ命の火を〜ともす〜ふんふんふーん♪」
レナは鼻歌を口ずさみながら、トントンとトマトを刻んでいる。
 そう言えば。さっきのあれは、なんだったんだろう…?今のレナからは、あの感じは全く伝わってこないけど…
なんか機嫌悪かったのかな?それとも、具合いでも悪いんだろうか…?珍しく、なんだか少し心配になっていた。
いや、レナのことに関しては、こんなに心配したこと自体が初めてかもしれない。
いつもは、何かしらあればすぐに異変を感じ取れてあれこれ聞き出してしまうし、レナの方も話してくれるけど、
今回のは、レナがアタシに隠しているのか、アタシの思い過ごしなのかわからないけど、レナのことが良くわからない。
レナに関していえば、あれだけお互いに出方も反応も理解していたはずなのに…
急にそれが途切れてしまったような、そんな感じがして、不安になってしまっていた。
 もしかしたら、具合い悪いのかな?でも、こんな状況だし、休まないで無理してくれてるとか…
だとしたら、寝ててもらってもアタシ一人でなんとかするけど…
 そう思いながら、アタシはおもむろにレナの額に手を当てた。
「わっ!な、なに!?」
レナはびっくりしてアタシを見る。熱は…ないみたいだな。
「うん、いや、今朝さ、帰ってきたときに、ちょっと変だなって感じて。具合いでも悪いんじゃないかって思って」
アタシが言うと、レナは肩をすくめて
「変?私が?なんだろう…普通だったけど?」
ときょとんとした表情で言ってくる。
「そっか…ごめん、思い過ごしかも…」
アタシがそう言って額から手を離そうとしたら、レナはその手をつかんで、自分の頭に乗せた。なんだよ、撫でろってのか?
 アタシはグシグシとレナの頭をなでてやると、レナはうれしそうな顔でアタシにニッと笑いかけてきた。
アタシを安心させてくれる、いつものレナの笑顔だ。
 気のせい、だったのかな…
614:
「はーい、お野菜完了っと!冷蔵庫に入れとくね!」
そんなアタシを知ってか知らずか、レナは明るく踊るようなステップで野菜やらを乗っけたバットを冷蔵庫にしまいに行く。
 レナは、いつもと変わりない。変わりないけど、なんだろう。この胸の奥に疼いている感じ。なんか、嫌だな。
 アタシはそんなことを思って、冷蔵庫にバットをしまって戻ってきたレナの手を引いて、グッと引き寄せて抱きしめた。
「ちょ、え、アヤ?アヤさん!?どどど、どうしたの急に?!」
「わかんない。ちょっとこうさせてて」
瞬間、慌てたレナにそう声をかけていた。するとレナは、ふっとアタシの腕の中でおとなしくなってくれる。
アタシが腕にぎゅっと力を込めると、レナも優しくアタシを抱きしめてくれた。
それから、いつもアタシがするみたいに、ポンポンと頭を撫でてくる。
「おかしいのは、私じゃなくてアヤみたいだね」
レナが言った。そうかもしれない。なんだろうな、この感じ。わかんないけど、なんか急に不安になっちまった。
こんなこと、初めてで良くわかんないよ…。
「大丈夫?」
レナが、アタシをクッと見上げてくる。
「うん…」
アタシはレナの目をじっとみて答えた。レナは、そんなアタシの目を見つめ返してきたと思ったら、
急に飛び上がってアタシの額に口付てきた。それから
「なんかわかんないけど、大丈夫だよ。私がそばにいるから」
と言ってくれた。
 そう、そうだよな…レナがいるんだ。なにも、不安がることなんてない。
なんだか、そう言ってもらえて、すこし胸のつかえが取れて行く気がした。そういや、レナにばっかしてもらってるな、
こういうこと。アタシもお返しだ。
 そんなことを思って、アタシもレナの額にキスをしてやった。
レナはその途端に真っ赤な顔になって、でへへーとかってだらしない声で笑った。
「アヤ姉!遊ぼうー!」
表から、マルコの声が聞こえた。ったく、あいつ、他の連中もいるだろうに、アタシを指名するなよな、なにもこんな時に…
「ほら、呼んでるから、行こう!」
レナがそう言ってアタシの背中をグイッと押す。
 うん、レナはいつも通りだ。今朝のは、アタシの思い違いだったのかもしれない。
でも、なんだろう。
レナはいつもどおり変わらないように思えるのに、アタシは、アタシは。
胸の内に沸いた、この変な疼きが、取れないでいた。そう、これは…これは、昔に本当に遠い昔に感じたことがあるような…
「アヤ姉!釣りしたいんだ俺!」
「お、そうか!マルコ!今道具準備してやるな!」
「レナさん!この辺りは何が釣れるの?」
「鯛の仲間と、あと、サワラ?知ってる?」
「知ってる!あたしサワラが良い!」
子ども達も、レナも笑顔ではしゃいでるってのに。まったく、なんだよ、この変な感じは。
620:
 「おーい、生きてるか?」
「あぁ、アヤ…」
その日の夕方、アタシはレナに頼まれて、カレンの家に夕食を届けに来ていた。
アタシが合鍵で部屋に入ると、カレンはダイニングへ歩いて出てきていた。多少、顔色が良くなったように見える。
「どうだよ、具合い?」
「熱はだいぶ下がってきてるよ、お陰様で」
そう言って笑った表情にも力が戻ってきているように感じる。
「そっか。何よりだ」
アタシはそう言いながら、持って来たナベをコンロの上に置いて、昨日、ソフィアが持って来たナベをキッチンで適当に洗う。
カレンは、ベッドには戻らずにダイニングのイスに腰を掛けた。
「寝てなくていいのかよ?」
「体力も戻ってきてるのよ。変に眠っちゃうと、夜に寝れなくなってきててさ」
「あー、なるほどなぁ。ま、分からんでもない」
アタシが言うと、カレンはほほ笑んで黙った。それからしばらくアタシの顔を見つめてから
「あんた、ちょっと変わったね」
って言い出した。な、なんのことだよ、急に?アタシがびっくりしていたら、カレンは続けた。
「ふふ。わかんないけどさ。丸くなった、とは思わないけど。なんだろうな、ずいぶんと余裕があるなって感じ」
「余裕ねぇ…」
「レナのお陰ってところ?」
カレンの言葉で、レナのことを思い出した。いや、レナのこと、と言うより、アタシの変な落ち気味の気持ちを、か。
「なに、ケンカでもしたの?冴えない顔で」
そんなアタシの様子に気付いたのかカレンが怪訝な顔をして聞いてくる。
 相手はカレンだけど…こいつ、話聞いてくれるかな?どうだろう…
でも、ソフィアじゃ、レナとも近すぎるし、デリクはずいぶん久しぶりだしなぁ。
他に事情分かってて話できそうな相手って、身近じゃカレンくらいなもんだし…。
 アタシはそんなことを思いながら、でも、カレンのはす向かいのイスに腰を下ろした。
621:
「ちょっと聞いてくれよ」
憎まれ口を覚悟で、そう切り出してみた。カレンは、割と真剣な表情で、黙ってうなずいてくれた。
 「なんか、変なんだ。何が変なのかわかんないんだけどさ。
 始まりは、今朝、レナがアタシを避けたように感じたことだったんだ。
 なんか、そこから、急に、レナと、こう、周波数が合わなくなったっていうか、今まで通じてたもんがさ、
 プツっと切れちまったような感じがするんだよ」
「ケンカしたってわけじゃないのよね?なにか、へんなこと言っちゃったとか?」
「わかんない。ほら、アタシ、自分でも口が悪いのは分かってるからさ…
 でも、レナにはそう言う風には接してないつもりなんだ。いや、できないっていうか。
 大事にしたいから、隊のやつらに言うようなことは、言わないし」
「下品なやつよね」
カレンがそう言って笑う。いや、笑わそうとしてくれたんだろう。でも、そんな感じにはなれなかった。
「でも、もしかしたら、ポロッとなんかを言っちゃったのかもしれないし。全然、そう言うのじゃないのかもしれない。
 とにかく、分からないんだ。客観的にレナを見れば、何も変わってないようには思うんだけど、なんていうか、勘っていうか、
 そういうのかもしれないし、ただの思い過ごしかもしれないけど。
 本当に、朝そのことがあってから、プッツリとレナからのいろんなもんが伝わってこなくなっちまってさ」
「それで?」
カレンが聞いてくる。
「それで、って?」
「あー、だから。あんたは、それで怒ってんの?へこんでんの?」
カレンが噛み砕いてもう一度聞いた。
 怒ってるんじゃ、ない。むしろ、そう、へこんでるんだ。なんで?だって、レナと途切れちゃってる気がするんだ。
そりゃぁ、へこむだろう?そばにいるから、なんて言ってくれたけど、あんまり、そばにいてくれてる感じがしないんだ。
近くにいても、レナのことがなんにもわかんないんだ。だから、心にぽつっと穴が開いたみたいで…
「…寂しいんだ」
不意に、思いが口に出た。
62

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