「頑張れ!マライア!密着オメガ隊最前線!」back

「頑張れ!マライア!密着オメガ隊最前線!」


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「隊長!もう3日!3日ですよ!」
フレートさんが柄にもなく大声で吠えている。相手は隊長。
「だーからフレート。お前は何が言いてえんだよ?」
隊長は煙たそうにしている。
「アヤのことです!休暇届けじゃぁ、もうとっくの一昨日に帰ってきてるはずじゃないすか!」
いつもは陽気な人なのに、今回ばかりはなんだかちょっと怖いな。
「だからよう、それがなんだってんだって聞いてんだよ。言ってることが良くわからねぇ」
「はぐらかさないでくさい!」
フレートさんが隊長のデスクをドンと殴った。
あたしは、今朝の偵察のレポートまとめないとオフィスから出れない。正直、恐い。
 話題になっているアヤというのは、あたしの所属するオメガ戦闘飛行隊の7番機、アヤ・ミナト少尉のことだ。
あれは1週間ほど前、ジャブロー防衛線があってから2日後のことだった。
アヤさんは、撃墜された場所から奇跡的に無傷で、陸戦隊に発見されて基地に帰還してきた。
でも突然その日に、一度に取れる最大日数の5日間の休暇届けを出して隊を出て行った。
最初は、怪我でもしたのか、それとも、恐い体験をしたから、すこし休みたいのか、なんて思っていたのだけれど。
でも、アヤさんは5日経っても帰ってこず、一昨日も、昨日も、そして今日も姿を見せない。
みんな心配してかわるがわる隊長にそう問い詰めるけれど、隊長は見ての通り、のらりくらり、躱すだけ。
でも躱すってことは何か知っているんだってのはみんなわかってる。
知ってても話さないってことは、話せないことなんだ、ってのも、きっとみんなわかってる。
でも、それでもみんなアヤさんのことが心配だし、何かヒントでも良いから聞きたがっている。
あたしだってそうだ。アヤさんは、あたしと同期のダリルにずっと操縦を指導してくれていた先輩で、
小隊長で、それで、戦闘や訓練以外でもあたしの面倒をみてくれる、良いお姉さんなんだ。
あたしもダリルもアヤさんのことが大好きだったし、隊の他のみんなも、アヤさんのことはいつも気にかけてた。
そんなアヤさんが、帰ってこないなんて、心配でしょうがない。
アヤさんのことでなくても、あたし自身のことは、まぁ、あれだけど、でも一人のために全員が心配する思いやりのある隊なんだ。
でも、今回はそれがすごく怖い。
元スレ
SS報VIP(SS・ノベル・やる夫等々)
ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が…
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1367071502/
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291:
 バン!とオフィスのドアがけたたましく開いて、第2小隊のヴァレリオさんが入ってきた。
いつもはヘラヘラしてて軽薄であたしやアヤさんや…先日の戦闘で死んじゃったカレンさんに
セクハラ攻撃をしてくる人だったんだけど、今日は厳しい顔つきをしている。
ヴァレリオさんは、ドンっと隊長のデスクに一枚の紙切れをたたきつけた。
「隊長が話してくれないんで、自分で調べました。アヤの除隊申請を受理したってどういうことですか!」
 除隊!?あたしはその言葉を聞いて、思わず椅子から立ち上がってしまった。
 隊長の言葉を待っているヴァレリオさんとフレートさんと、その様子をうかがっている他の隊員たちが一斉に沈黙する。
そんなとき、あたしが立ち上がったときに思いっきり下げた椅子がガタン!と音を立てて倒れた。
 あたしだけ、ビクッとなった。
「あー…ったく、余計なことしやがって、ヴァレリオ…」
隊長は渋い顔をしてそう言い、口元を撫でた。
みんな何か言うのかと待っているけれど、たぶん、そのままだんまり決め込むつもりだな、あれ。
 不意に、オフィスにつながっていた外線の電話が鳴った。またちょっとビクッとしてしまう。
「あぁ、マライア、悪い、ちょっと出てくれ」
隊長が言った。あたしは慌てて電話の方に駆けて行って、受話器を上げる。
「も、もしもし、こちら第27航空師団101戦闘飛行隊オフィスです」
あたしは、なるべくなるべく小さい声でそう伝える。
<あー!マライアか?元気そうだなぁ!>
え…?こ、この声って…
「ア、アヤさん!?」
わたしは、思わず大声で叫んでしまった。オフィスのみんながあたしの方を見る。
<おう、そうだぞー。な、今隊長いるかな?ちょっと聞きたいことあるんだ。いたら変わってくれよ!>
アヤさんは、アヤさんは、いつもとなんにも変らないみたいな明るい声であたしにそう頼んだ。
アヤさん!良かった、無事なんだね…元気そう!ホントに、心配してたんだから…うれしくてちょっと涙ぐんでしまった。
「待ってて、今、代わります!」
あたしはそう言って、受話器を電話機の横に置いて
「隊長!アヤさんが、話がしたいって!」
と伝えた。
292:
 すると隊長は口元だけでニヤっと笑って、自分のデスクから立ち上がると、電話に出た。
「おう、俺だ。どうだ、元気にやってっか?そうか、連れの方も、問題ねえか?…そりゃぁな、お前、俺を誰だと思ってんだよ―――
みんなが隊長の電話に注目している。もちろんあたしも、注目してる。
「あぁ、あぁ、そりゃわかるがよ。あぁ?そいつはちょっとうまくねぇな。
 実は何日か前に、北米とアフリカで反攻作戦が開始されるって話を聞いた。あぁ、たぶんな―――
い、いったい、何の話をしているんだろう?
「あぁ。あぁ、あーそうだな。そっちは手を打ってやる。ダリルに言って、指令書を作らせる。
 そいつを持って…そうだな、極東の第13支部あたりが良いだろう。基地近くのホテルに届くように手配するからそいつを受け取れ。
 ははは、冴えてるじゃないか、そう言うことだ――――
隊長、笑ってる。
「ははは。相変わらずだな。まぁ、無理せずにやれや。あぁ、分かってるよ。そっちも規則は忘れんじゃねぇぞ。
 あぁ、そうだ。じゃぁな。またなんかあったら連絡寄越せ。
 あぁ、ちょっと待て。俺のPDAの連作先はーあぁ、そうか、ならいい。んじゃぁな」
隊長は電話を切った。それから、視線を向けているあたし達みんなの顔を一人ずつ見て口を開いた。
「お前ら、アヤが、よろしくってよ」
いや、もっと他に言うことあるよね!?
293:
 隊長の招集で、隊員たちが全員、オフィスに集まった。もちろん、内容はアヤさんについて。
アヤさんのことを心配しているみんなにとって、こんな大事な話し合いはない。
「つまり、あいつはその…ピーを?」
「あぁ、そうだ。ピーをピーさして、んでピーなんだ」
「で、そのピーの目的は?」
「そりゃぁお前、ピーが来たピーにピーすることだろう」
「なるほど…それで合点がいく…まさか、ピーとは…」
こんな大事な…話し合いは…ない…はず、なんだけど…
「ちょ、隊長、それピーばっかで何言ってんのかわかんないです。
 副隊長もみんなも、なんでそんなピーばっかの会話に対応できんすか?」
良く言った、デリク!もっと言ってあげて!
「あぁ?雰囲気でわかれよ、雰囲気で」
「そうだぞ、デリク。もっとこう、言語的な感覚神経を研ぎ澄ませろ」
「そんなむちゃくちゃな…」
何で負けてんのよデリク!
「んで、隊長は気づいてたんすね?」
「まぁ、な。実は、あの日の夕方、パトロールを終えた陸戦隊に声かけられたんだ。
 今日、アヤってのと、カレンってのを保護したんだが、帰ってるか、ってな。
 カレンが戦死だったてことは、マライアに聞いてたから、カレンは戦死だぞ、って言ったら陸戦隊が青い顔するんで、
 冗談だと笑っておいたが、そのカレンが要するにピーで、なにがあったかは知らんが、ピーに肩入れする気になったんだろう。
 黙ってて悪かったとは思うが、状況がはっきりしなかったもんでな」
「でも、その、隊長?やっぱこのピーってやめません?もうなんか全然話わかんなくなってんすけど」
「バカ野郎!根暗の諜報部の連中がどこに盗聴器仕掛けてるかわかんねえんだぞ?
 ここでピーだのピーだのピーがピーしてピーなんつう話を俺たちがしてると筒抜けてみろ。仲良く銃殺刑だぞ」
「そうっすけど…もうちょっとマトモな隠語思いつかないんすか…」
294:
…ふざけてるのか真面目に話してるのかは一切わからないけど、要するにこうだ。
 8日前、ジオン兵の捕虜がこの基地の独房から姿を消した。アヤさんが休暇届を出したのはその同じ日。
他部隊からの情報を聞いてた隊長は、アヤさんが撃墜されて救助を待っている間にそのジオン兵と出会い、
何らかの関係を持ち、そして脱走に協力したと読んだ。
どうやらそれが当たっていて、アヤさんは今も捕虜と一緒にいるんだ、というのだ。
そして、アヤさんはその捕虜を連れて、連邦軍の追跡を逃れるためにあえて西回りでオーストラリア、東南アジア、極東へと向かい、
そこから北米を目指しているらしい。
アヤさんが捕虜と一緒にいるだろうと気が付いた隊長は、アヤさんの疑いを消すために、アヤさんがいないにも関わらず、
本人が退職届けを出してきて、受理した、という事実を書類で残すことでアリバイを作るとともに、
捕虜の逃亡に協力しやすい状況を作った。
 アヤさん、どうしてそんなことを?あたし達から離れて、いったい何をしようとしているの…?
「なるほどな…まぁ、とりあえず無事なら良かったよ。俺はってきり、休暇中に事故にでもあってんじゃないかと思って、
 気が気じゃなくてさぁ」
フレートさんが言った。
「ホント。まぁ、殺しても死なないような人だけどな」
ヴァレリオさんも言う。
「み、みんなはそれでいいんですか!?」
わたしは、柄にもなく声を張り上げてしまった。
普段は、こんな話し合いの場でものを言うタイプじゃないし、こんなに大声をあげることだってない。
でも、今の不真面目な会話と言い、フレートさんやヴァレリオさんの言葉と言い、
アヤさんが連邦を、あたし達を裏切ろうとしてるかもしれないんだ。
なんでそんなに平然とふざけてられるんだ。あのアヤさんがそんなことするはずはない。
するはずはないけど、でも、そう思うからこそ、もしそうだったとしたら、って考えないんだろうか。
295:
「おい、マライア」
「は、はい」
隊長が静かにあたしの名を呼んだので、戸惑って返事をする。
「アヤは俺たちを裏切っていくようなやつか?この隊を、嫌って出て行ったんだと思うか?」
そ、そんなことは
「そんなことは思わないです!でも、もし――
「だったらよ、信じてやれよ、あいつのことを」
「え?」
隊長は、確信を持った様子で言った。
「あいつはよ、俺たちのことを家族だ、なんていうんだ。
 あいつが俺たちのことをどんだけ信用してるか、どんだけこの隊が好きか、なんてみんな知ってるはずだぜ。
 マライア、お前もそうだろう?」
「は、はい」
「だったらよ、俺たちもあいつを信じるんだ。俺たちだってあいつが好きだし、ははは、
 家族なんだとかっていうあいつを良く笑うけどよ。
 悪く思ってるやつなんか一人だっていやしねえよ。そんなあいつが、嘘をついてまでやろうとしてることがあるんだ。
 だったら俺たちは、あいつが悪者になんねえように、あいつが白いものを黒だと言い切ったら、
 こっそりその白を黒に塗り替えてやろうや」
「で、でも、アヤさんは軍をやめて…」
「マライア、お前、家族と離れて暮らしてんだろう?」
「はい…」
「同じだよ。あいつにとっちゃ俺たちは『家族』なんだ。
 ジャブローにいようがいまいが、軍に所属してようがいまいが、関係ねえ。違うか?」
「…いいえ」
「わかったか?」
「はい…はい!」
あたしは返事をした。
 そうだ、そうだよね。あたしもアヤさんのことは大好きだけど、みんなはあたしなんかよりもっとずっとアヤさんと一緒にいるんだ。
あたしなんかより、ずっとアヤさんのことを知っているし、ずっとアヤさんのことが好きなはずだ。
そんなみんながこう言っている。だから、あたしも信じなきゃ…!
 それから、話し合いはアヤさんへの支援をどう行うかについてになった。
やり手の隊長があれこれ案をだし、それを他の隊員が補強する作業が続く。
なんだかみるみるうちに、いくつかの方法が決まって、話し合いは解散になった。
 あたしは、と言えば、ただひたすら、アヤさんの無事を祈っていた。
296:
 あれから数日たった。でもアヤさんからの連絡はあれっきりない。
逃げ出した捕虜の手配情報はまだ出ているから、きっと無事でどこかに潜伏しているのだろうけれど…。
 「おい、マライア。なにぼーっとしてんだ?」
不意にそう声を掛けられてあたしはビクっとなった。声をかけてきたのはダリル少尉だ。
ダリルさんは、アヤさんと同期で、アヤさんが隊にいたころは、
頻繁に一緒になって何か問題を起こしては隊長にこっぴどく怒られていた。
あたしが知っている限りでも軍の備品をちょろまかしたり、格納庫に黙って入って試験前のモビルスーツに乗り込んだり、
自分たちで組み上げたバイクで夜な夜な基地内を爆走してみたり、乱闘騒ぎ起こしたり、数え上げたらきりがない。
でも、不思議とそれのほとんどが外部に漏れないのは隊長がうまく処理しているのか、
本人たちが隠ぺいしているからなのかはわからない。
仕事をしているときはすごくまじめで、できる二人なんだけど、いざオフになると子供みたいにはしゃぎまわるところがある。
それにケンカは二人とも相当強くて、アヤさんとダリルさんのたった2人で、8人からなる陸戦隊と乱闘になった末に、
全員ボコボコにして勝利宣言をしていたのは記憶に新しい。
 あたしは今、そんなダリルさんと一緒になって、戦闘機の整備の手伝いに来ていた。
ダリルさんがコクピットに乗り込んで、メインコンピュータのシステムをチェックしている。
あたしは雑用みたいなもので、メモリーディスク取ってくれだの、解析用のコンピュータを取ってくれだの、まぁ、そんな仕事だ。
「ご、ごめんなさい。ちょっと考え事を…」
「そうか?それならいいんだが…。あぁ、そうだ、データ通信用のケーブルないか?飛行データのバックアップしておきたいんだ」
「は、はい!」
あたしはそう返事をして工具箱を探した。でも、それらしいものが見当たらない。
「あの、ないです」
「あれ、俺忘れてきたか…悪いんだが、取ってきてもらえるか?」
ダリルさんはあたしにそう頼んできた。
「えっと、はい、了解です!」
あたしは返事をしてたっと格納庫から駆け出した。
297:
 こういう工具とか部品類は、管理棟の地下3階の倉庫にある。管理棟は格納庫からちょっと離れたところにあるので、車で移動だ。
まぁ、車なら3分もかからないけれど。
 管理棟に着いて、中に入る。管理棟にはこのエリアの偉い将校がいて、だいたい階級が高い人ほど上の階にいる。
1階はこのエリアを管轄する部隊や物資の管理部門が置かれていた。あたしは階段を降りて地下へ向かう。
 ここの地下は陰鬱としていてあまり好きではないんだ。
倉庫のある地下3階には、取調室があって、だいたいはドアが閉まっているのだけど、
そのドアの向こうから怒鳴り声や人を殴る音なんかが聞こえてくるともう、逃げ出したくなってしまう。
それに4階には仮設の捕虜収容のための独房がある。ここに拘留して、諜報部の車が迎えに来るのを待たせておくためのところだ。
当然そこも、あまり好きじゃない。
 コツコツと階段を降りていく。
地下だから、というか、ジャブロー自体が基本的に地下施設だからこんなふうな言い方をするのは違うかもしれないけど、
でも、上の階に比べると妙に湿気っぽくなって肌にべたべたとへばりついてくるみたいで、それもいやだ。
まぁ、ジャブローってもともとそんなものだけど。
298:
 あたしは地下3階にたどり着く。この廊下の奥が、備品の倉庫だ。
―――と、あたしは足を止めた。
取調室のドアが開いていて、なにやら声がするからだった。いやだな、怪我してる人とかがいなければいいけど…
 そんな心配をしながら、あたしは足早にその前を通り過ぎようとした。
 でも、いやだな、こわいなって思うことにほど、視線は行ってしまう。
見ないように、と思っていたのに、通過するその瞬間に、中を見てしまった。
 そこには、一人の女性がいた。すらっとした体格に短い髪、上には、ジオンの制服を着ている。
口には猿ぐつわがしてあって、両手首に手錠を掛けられている。
女性は、取調室のデスクに、上半身を押さえつけられていて、下半身は、裸だった。
数人の、連邦の軍服を着た男たちがあたりを取り囲んでいる。
そして、その中の一人は、女性のお尻あたりに下腹部を当てて、打ちつけるように何度も動かしながら恍惚とした表情で笑っている。
デスクに押し付けられている女性があたしを見た。
目が、合った。
その表情は、苦痛と、憎悪と、恐怖にゆがんでいた。
彼女は、その絶望に満ちた瞳で、あたしを見つめた。その眼は、はっきりとあたしに、「助けて」と伝えてきた。
ハッとして息をのんで、視線を逸らせたら、今度は、腰を動かしていた男と目が合ってしまった。
 怖い。瞬間的に、全身に恐怖が走った。あたしだって、バカじゃない。あれがなんなのか、見ればすぐにわかる。
あたしは、とっさに駆けだそうと身をひるがえしたが、うしろで声が聞こえた。
 次の瞬間、強い力で髪の毛を引っ張られた。
「うぅっ」
「あーあー見られちまいましたよ、せんぱーい」
あたしの髪をつかんでいた男が言った。
「てめーがとっととドア閉めないからだろうが、新人」
「どうします?」
男たちは全部で3人。新人と言われた男と、先輩と言う男と、捕虜を犯していた男…。
 全身が震えていた。声を上げることすらできなかった。怖い、怖い…逃げたい。
でも、体震えて力が入らなくて、髪の毛をつかんでいる手を振りほどくことすらできない。
 先輩、と呼ばれた男があたしに近寄ってきた。ドン、とあたしを壁に押し付けると、顔を近づけてくる。
「曹長殿、曹長殿もご一緒しますか?」
カタカタと奥歯が震えて止らない。あたしは必死になって首を横に振った。
「そうですか、残念ですね…」
男は、あたしの胸を揉みしだくと、制服の襟元から中に手を入れてきた。怖くて、本当に怖くて、体が固まってしまう。
―――アヤさん、アヤさん、助けて…助けて…助けて…
男は制服の中の下着の中まで手を入れてきてひとしきりあたしの胸を触ってから、首からかかっている認識票を引っ張り出して確認した。
「マライヤ・アトウッド曹長殿ですね、お顔も、お名前も記憶いたしました。どうか、他言なされぬよう、お願いしますよ。
 もし、他言されるようなことがあれば、どうなるかお分かりですよね?」
男はそう言って、制服の上からあたしの股を一撫ですると、道を開け、無言でここから出て行くように促した。
 あたしは…怖くて、怖くて…どうしたら良いかわからなくて、とにかく走った。
廊下を走って、階段を駆け上がって、管理棟から出た。どこに向かっていいかわからずに、とにかく走った。
走って、走って、走って、どこか安全なところに、どこか、身を守れるところに…
299:
 気が付いたら私は、ダリルさんのいる格納庫に駆け込んでいた。
「おぉ、マライア。見つかったか、ケーブル?」
ダリルさんが、何か言っている。でも、意味が良くわからない。
 体が震えて、嗚咽が漏れる。怖い、怖い、怖い…。
その思いだけで、あたしは戦闘機のそばにあったカーゴに壁に隠れるようにして座り込み身を丸めた。
いつの間にか、自分でも気が付かないうちに顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
「おい、どうした、マライア」
「なんかあったのか?」
フレートさんも来ていたようだった。
二人があたしのところに駆けつけてくれる。
 あたしは、もうワケがわからなくて、立ち上がってよたよた歩きながらダリルさんに手を伸ばしていた。
 ダリルさんが、その手を握ってくれる。
 その手の暖かさが、あたしの震えた体を少し緩めてくれる。
「おい、マライア、どうした?」
ダリルさんが、もう一度、優しく聞いてくれる。
―――もし、他言されるようなことがあれば、どうなるかお分かりですよね?
脳裏に男の言葉が響いて来た。あの手の感触も、あの目つきも…まるでまとわりつくように鮮明に思い出される。
「や…いやーーーーーーーー!」
あたしはそのときになって初めて、声の限りに絶叫した。
300:
 しばらくして、格納庫にはフレートさんに呼ばれた隊長と副隊長ハロルドさん、
そして、たまたま隣の格納庫にいた、よく作戦で一緒になるレイピア隊の女性パイロット、キーラ少尉が来てくれた。
 あたしは、キーラさんに肩を抱かれて、やっとすこしだけ落ち着きを取り戻していた。
隊長たちは黙ってあたしを見守ってくれていた。
 もう少しして、あたしは体の震えが止まった。
フレートさんが持って来たミネラルウォーターを、手にかけろと言うのでそれで少し手を濡らしてから、口に含んだ。
 ぐちゃぐちゃになった頭がもとに戻ってくる。
「マライア。しゃべれるか?」
隊長が落ち着いた声で言ってきた。あたしは、ゆっくりとうなずいた。
「なにがあった?」
―――もし、他言されるようなことがあれば、どうなるかお分かりですよね?
また、声が聞こえたような気がして、一瞬体が震えた。でも…でも、し、心配してくれているし、は、話さないわけには…
 あたしは、キーラさんの手をギュッと握った。それから、お腹に目一杯の力を入れて声を出した。
301:
「あ…あ、あたし、3階で…倉庫に行く廊下で…捕虜が、レ、レイプを…」
顎が震えて、喉がこわばって、声がうまく出ない。
「捕虜が、レイプされてるところを見たんだな?」
あたしはうなずく。
「そ、それで…胸と、とか、触られて…だ、誰かに言ったら、捕虜とお、同じこと…するぞ…って…」
そこまで言うと、隊長は座っていた機材から立ち上がってそばにあったバケツを思い切り蹴りつけた。
 ビクッと、体が震えてしまう。
 その衝撃で、脳裏に、あの捕虜の姿が浮かんできた。あんなところで、あんなやつらに、無理矢理…あんなことされて…
あの表情、あの目…助けてって…あたしに…でも、あんなのって…あんなのって…
 また体がガタガタ震えだした。
 そうだ、こ、怖かったんだ。し、仕方ない、仕方ないよね。
あれは間違ったことだけど、でも、力では勝てないし…逃げても良かったんだよね…あの子を残して…逃げてきても…
「た、隊長…」
あたしはそれも伝えなきゃと思った。隊長に伝えて、逃げてきて良かったんだって、言ってほしかった。
「あ、あたし、逃げてきたんですよ…怖くて、どうしようもなく怖くて…どうしていいかわからなくて…震えちゃってて…
あの子、あたしを見てたんですよ…隊長。助けてほしそうに…でも怖くて…
本当に怖くて、助けてあげられれば良かったですけど…あたし、逃げてきて良かったんですよね…
あの子、見捨ててきちゃったけど、よ、よかったですよね…?」
隊長は押し黙った。
 どれくらいの間だったろう。その間、隊長は何もしゃべらなかった。
でも、しばらくしてあたしのそばに来ると、しゃがみこんであたしの頭をくしゃくしゃっと撫でてくれた。
「ああ、逃げてきて良かったんだ。いつも言ってるだろう?ヤバくなったら、逃げるに限るんだよ。
だが、ただ逃げるだけじゃぁ臆病者だ。誰も何も守れやしねえ。一人で勝てないと思や、いったん逃げて援軍を呼びに行けばいい。
あるいは、逃げて隠れて、援軍を呼ぶ方法を考えりゃいい。俺たちはそれでいいんだ。だから、良く頑張った、マライア。
さすがはアヤの妹分、さすが俺たちの仲間だ。お前は今、必死で逃げてきて、俺たちへの援軍要請に成功したんだからな」
隊長は言った。それからギュッと力強い目をして立ち上がった。
「ハロルド、野郎どもを集めろ。銃を携帯させとけ。暗視装置も必要だ。それから車も。
ダリル!管理棟の電源に細工して、合図でいつでも照明落とせるようにセットだ。急げよ。
フレート!お前はすぐに管理棟へ向かって人間の出入りをチェックしろ。可能なら、目標の位置を確認しろ。
ダリルとフレートは無線をもってけ。MPの連中が出てきたら俺に連絡をよこせ。いいな!」
「了解」
副隊長に、フレートさんに、ダリルさんはそれぞれ険しい顔をしてそう返事をした。
それから隊長は気が付いたように、あたしの傍らにいるキーラさんを見て
「あー、カッとなって忘れてた」
とつぶやいた。
「私は何も聞いてませんよ、ユディスキン大尉」
キーラさんは、そう言って、悲しそうな顔を無理矢理に笑顔に変えた。
302:
「フレート、そっちはどうだ?」
「出入りは確認できません。やつらのシフトだと、おそらくはあと1時間程度は中にいると思います。
ダリルとの連携で、監視カメラを見てましたが、地下3階から上にあがっても来ていません。おそらく、まだ取調室にいるかと」
「わかった。俺たちはすぐに向かう。そこで待て。ダリル、準備はどうだ?」
「電源の準備完了。システムじゃなく、周辺1区画分の幹配電盤に細工しました。漏電事故に見せかけられます。
管理棟の入り口から地下階への監視カメラは、フレートへの映像連携の際にすでにダミーの映像に切り替えてます」
「よし、フレートと合流して待機」
「了解」
隊長は顔を上げた。オフィスには、フレートさんとダリルさんを除く全員が集められていた。腰には拳銃。
首に暗視装置をかけ、頭には無線用のヘッドセットを付けている。
あたし達はこれから大変なことをしようといている。
「お前ら、今説明したとおりだ。覚悟はいいな!?」
全員、無言でうなずいた。
「ようし、アヤばっかりにいいとこ持っていかせるなよ!行くぞ!」
隊長の号令で、全員がオフィスを飛び出して、3台の車に分乗した。
あたしは隊長に、着いてくるな、と言われたけど、何とか呼吸を整えて「行く」と言い張った。
隊長はあたしの目をじっと見て、それから、許可してくれた。
 車は、5分もしないうちに管理棟のそばに着いた。3台を別々の場所に止めて、目立たないようにする。
管理棟に入るのも、表口と、裏口とに分かれた。地下へ続く階段は二か所あり、それぞれ建物の両端に位置している。
隊長の側にはあたしとダリルさん。向こう側の副隊長の方には、フレートさんとヴァレリオさんとがチームになっていた。
デリクとベルントさんは、外で車の警備と脱出時の回収役だ。
 「こちらA班、配置完了」
隊長が階段の途中まで降りて無線機にそう言う。
「こちらB班。こちらも準備完了だ」
ハロルド副隊長の声が聞こえた。
「時計合わせる。マークから10秒後に消灯する。5、4、3、2、1、マーク」
チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、腕時計の針がの音が、シンとした階段ホールに響く。
チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、隊長がダリルさんに合図した。
303:
ダリルさんが発信機を操作するとすぐにヒューンと言う音がして、次の瞬間にはバツン、とあたりが真っ暗になった。
「行くぞ」
暗視装置を付けて、一気に階段を駆け下りる。
 地下3階も真っ暗。暗視装置の中は、緑の光で良く見えている。
 廊下に出ると、あわてた様子のあのMPの姿が見えた。何も見えていないようで手探りで廊下を進もうとしている。
隊長が走っていって、先頭にいた男を蹴り飛ばした。
「動くな!床に伏せてじっとしていろ!動くと発砲するぞ!」
廊下の向こう側からハロルド副隊長たちも到着している。
隊長の声を聴いて逃げ出そうと、反対側に走り出した男はハロルド副隊長に殴り倒された。
「9番、目標確保急げ」
隊長から指示が来た。
 9番は、あたしの隊の中での番号。あたしは、床に倒れた男を踏みつけて、取調室に侵入した。
中には、さっきの女性捕虜が、部屋の隅でうずくまっている。
「だっ、だれ!」
あたしの気配に気づいたのか、彼女はそう叫んだ。
「安心してください。助けに来ました」
あたしはそう言った。あたしの女の声に、すこし安心したのか、捕虜は手錠につながれた手を伸ばしてくる。
あたしはその手を取って彼女を立たせると、肩を抱いて支えた。それから
「こちら9番。目標確保」
と報告する。
「了解。3番、5番、6番は対象を拘束、連行せよ。B階段より裏口に抜ける。C班、裏口へ配車要請」
「こちらC班、了解」
隊長が、暗視装置の中で親指を立てた。撤退の合図だ。ハロルド副隊長が先頭に立って、小走りで廊下を掛ける。
ダリルさん、ヴァレリオさん、フレートさんが、手錠と猿ぐつわをつけさせた男を連行し、
最後にあたしと隊長で、捕虜の女性を連れて行く。
 階段を駆け上がって、裏口に出た。そこにはすでに3台の車がとまっている。
最初に決めておいた車にそれぞれ乗り込むと同時に、車は急発進した。
304:
 あたしの乗る車は、隊長とあたしと女性捕虜に。あたしたちの車が先頭を走って、基地の外へ行くための営門に差し掛かる。
 警備兵が、車を止めた。
「大尉、外出ですか?」
警備兵はのんきに聞いて来た。
「あぁ。たまには隊の連中と外に食いに行こうと思ってな。うしろに続いてるのがそうだ」
隊長は後ろの2台を指差して言う。
「うらやましいですなぁー大尉のような人の下で働けるのは」
「よせやい」
「ははは。すぐ開けますんで、待ってくださいね」
衛兵が門を開けた。
「そう言えば、第4エリアで停電ですってね」
「らしいな。どうせまたネズミでも出たんだろう。ったく、こないだのジオンと言い、珍入者には困ったもんだ」
「ははは、違いないですね。お気をつけて!」
衛兵はそうって敬礼をする。隊長も敬礼を返して、車を出した。
 それからまたしばらく走って、車は洞窟の奥へと進んだ。
その方向には、先日ジオン軍が攻撃してきた際に、水中から侵入してきた別働隊が破壊した施設の跡地があった。
今は、立ち入り禁止になっている。隊長はそこで車を止めた。
 後続の2台も到着して、車から手錠で拘束されたMPたちが蹴りだされるようにして転がり出る。
MPたちは地面に固まって座り込むように集まったので、あたしたちは、MP3人を取り囲むようにして立って、見下ろした。
 うーうーうめく男がいたので、ダリルさんが猿ぐつわを外す。
「き、貴官らはなにをしているのかわかっているのか!?」
男が怒鳴ると、ダリルさんが男の顔面を真横に蹴りぬいた。
「ぐっ」
男がどさっと地面に倒れる。
 あたしは、小さく悲鳴を上げてしまった。体がこわばる。こういうのは正直怖い。見ていたくもなかった。
だけど、これは逃げてはいけない。助けだけ呼んでおいて、すべての責任を押し付けて逃げるようなことは、
とてもじゃないけど、できない。そんな思いだけが、あたしの脚の震えを止めて、その場に立たせていた。
 ふと気が付くと、あたしが肩を抱いていた捕虜の女性がふるふると震えていた。その瞳は怒りにみちている。
 それを見た隊長が、フレートさんにかぶりを振った。フレートさんは彼女に近づくと拳銃を差し出した。
女性捕虜は、フレートさんと隊長の顔を見比べている。それを見た隊長は、MPたちの方に手のひらをかざして促した。
「お好きなように。あんたがやらないんなら、俺たちでカタを付ける」
 そんな…いや、うすうす、分かってはいたけど…やっぱり、やるの?
 女性捕虜は、拳銃を受け取るとキッとMPに向けた。
305:
「あーっと、待った」
それをダリルさんが止めた。やめさせようとしてくれるのか、と思ったら
「騒がれると、不快になる」
そう言って、自分が取った猿ぐつわを、もう一度MPに付け直した。
「邪魔したな。構わねえよ」
ダリルさんが言った。
 女性は、引き金を引いた。消音装置のつけられた拳銃が、バスっと鈍い音を立てる。
MP一人の脚に穴が開いて、血が噴き出した。
「んーーーー!」
MPはそううめいて、地面に転がった。
 やだ…あの人、死んじゃうよ…殺してやりたいヤツだけど、でも、こ、こんな、目の前で、こんな、無抵抗なのに…
でも、彼女はやめなかった。転がった男を踏みつけると、今度は反対の脚を打ち抜く。
次は両肩。
そして、股間を打ち抜いた。
猿ぐつわで悲鳴にはならないが、MPは絶叫していた。
 彼女は、撃ち抜いた股間を蹴りつけた。
両足を動かすこともできず、両肩を撃たれて腕を動かすこともできないはずなのに、彼女が蹴りつけるたびに、
傷口から血を噴出させながら体を丸めてうめいている。彼女の軍靴は血で汚れている。
 それでも、彼女は執拗に、銃弾で撃ちぬいたMPの股倉を蹴った。
蹴りつける鈍い音に、血がぬめる水音も交じって、聞くに堪えない。
猿ぐつわをしたMPの口からはもう、嗚咽のようにしか聞こえない、苦しみの声が漏れていた。
 散々蹴りまくった挙句に、彼女はとどめを刺さなかった。
その代わりに、次のMPに標的を変えて、また同じように脚と肩をと急所を打ち抜いて何度も蹴りつけた。
最後のMPにも同じことをした彼女は、今度は腹を狙って引き金を引いた。また、血が吹き出る。
 あんなに血だらけで、噴出させて、声にならない声を発してる…MPたちはおびえてる、苦しんでいる…
怖い、怖いよ、隊長、あたしやっぱ、これ見てなきゃダメかな…く、車に戻ってても…いいかなぁ…
正直、もう耐えられない状況だった。さっきまで何とか奮い立たせていた脚が、膝がガクガクと震える。
 彼女は、胸や頭を絶対に撃たなかった。腹や、脚や、肩や、股間に次々と銃弾を浴びせた。
やがてカチン、カチンと金属音が響いた。弾を撃ちきったようだった。
ダリルさんが自分の拳銃を抜こうとしたけど、それは隊長が止めた。
306:
 弾がなくなっても、彼女は止まらなかった。拳銃を投げ捨てて、傍らに落ちていた拳二つ分ほどの岩を手にすると、
何度も何度も、執拗にMPの顔面へたたきつけた。メキ、メキ、グチャ、グシャ…そんな音があたりに響く。
あたしはついにその場に膝から崩れ落ちた。ダメ、こんなの…ダメ…全身を襲う震えと戦いながら、あたしは這って車のそばに戻った。
耳もふさいだ。目もふさいだ。ダメだ、見れない、見れない…怖い、怖いよ、こんなの…
 どれくらい時間がたっただろうか。耳をふさいでいたけれど、笑い声が聞こえた。彼女の、捕虜の声だ。
 あたしは思わず振り返ってしまった。
 彼女は笑い声をあげていた。まるで、可笑しくて可笑しくて転げまわっていそうなくらいの笑い声をあげていた。
でも、彼女はそうしているわけでもなくその場に座り込んで、血に染まったその顔は、号泣していた。
そうしながら、彼女は、先ほど投げ捨てた、空になった拳銃の銃口を自分の頭に突きつけて、
カチン、カチン、カチンと引き金を何度も引いている。
「限界だ。フレート」
隊長がフレートさんに言った。フレートさんは彼女にそっと近づくと、顔にハンカチのようなものを近づけた。
途端に彼女はくたっと脱力する。
それから、今度は、注射器を取り出して、消毒液で血液を洗い流してから、彼女の腕に突き刺して、中に入っていた液体を注入した。
「ベルント、ヴァレリオ、死体を川へ投げとけ」
「はい」
二人は返事をしてMPの死体をすぐそばを流れていた地下水脈へ放り込んだ。くすんだ色の水の中に、死体は消えて行った。
ゴボゴボと嫌な音をさせながら。
 フレートさんが彼女に何を注射したのかは知らないけど、いっそのこと、あたしにもおんなじことをしてほしかった。
309:
乙でした。
ところでユベールって誰だっけ?
310:
>>309
感謝!
ユベールは名前は初めて出ます。
かつてアヤを助けてくれた彼女のもう一人の灯台の「彼」です。
312:
 それから、あたし達は基地近くのモーテルへと向かった。
血に汚れた彼女を車からそそくさとバスルームに運んで、すこし意識が混濁しているようだったので、
あたしが体をきれいにするように、と隊長は言った。
正直、嫌だったけど…彼女をこのままにしておくわけにはいかないし、男である他の隊員にやらせるわけにはいかない。
 「頭、お湯かけるよ?」
彼女の体にバスタオルを巻いたあたしはそう言って、シャワーで彼女の髪を濡らす。シャンプーは3回した。
それから、手やなんかもスポンジでこする。こべり着いたMPの血液は簡単に落ちず、落とすのに苦労した。
最初はホントにもうろうとしていた彼女も、途中から、意識が少しはっきりとしてきて、
この状況に戸惑いながらも、自分で血を洗い流した。
顔の血液を取るのには、スポンジでゴリゴリ削るようにしなければならなかった。
 あたしもそう感じていたが、彼女もまた、その血液を、まるでおぞましい何かを、洗い落とそうとしているかのようだった。
正直、胸にいやな感じが、ずっとこみ上がっていた。
洗い流した血が跳ねて着いてしまったような気がして、
すぐにでも制服を脱いで、あたしも同じくらいに体を洗いたかったけど、我慢した。
 なんとか彼女の体からは血のにおいが消え、あたしと一緒にバスルームを出た。
脱衣所には、どこで仕入れてきたのか、女性物の服が一式揃っていたので、
彼女にそれを着せて、あたし達は部屋へと出た。
 部屋にはすでに、隊長と、それからフレートさんしかいなかった。
313:
「他のみんなは?」
あたしが聞くと、隊長は
「だいたい、帰した」
と肩をすくめて言った。それから
「まぁ、座れや。話をしよう」
とあたしと女性捕虜に腰掛けるよう、促した。
「あーお嬢さん、俺は、レオニード・ユディスキン。今日、君を助けに入った部隊の隊長をしている。
 こいつは隊員のフレート。そっちのはマライアだ」
隊長は、自己紹介をして、フレートさんとあたしも紹介する。
それから、意識してだろう、落ち着いた雰囲気で
「そっちは、名前は?」
と彼女に聞いた。
 彼女は、最初、パクパクと口を動かそうとして、戸惑って、ためらって、目をつぶって大きく深呼吸をしてから
「ソ…ソフィア・フォルツ」
と名乗った。力のない、消え入りそうに小さな声だった。
「そうか、ソフィアさんだな」
隊長はそう言って笑った。
 ソフィアは、体を小さく丸めてこわばらせ、警戒をしている。
隊長にそんなことする必要もないのに、なんて思ってしまう。
314:
 コンコン、とドアをノックする音。
 ソフィアがビクッと体を震わせた。
ソフィアが急にビクッとなるのであたしもビクッとしてしまった。
お、驚かせないでよね…。
 フレートさんが玄関の方に行って、外を確認してからドアを開けた。入ってきたのはヴァレリオさんだった。
手には大きな紙袋を抱えている。よく見れば、それはファーストフード店の物だった。
「隊長、すません、こんなもんで良かったっすか?」
ヴァレリオさんは隊長を見やって言う。
「あぁ、上等だろ。だーれも高級ステーキ肉とか、シーフードのスパゲティなんて注文しちゃいねえよ」
隊長はそう言いながら袋を受け取った。
「ほいじゃぁ、ヴァレリオさんは早くここから出て行け、俺たちのお姫様を怖がらせちまうからな」
「んなっ!お、俺だって状況くらいわきまえます!」
「状況をわきまえられるやつが、アヤにそう何度もタマ蹴られるわきゃぁねえだろ」
隊長はそんなことを笑って言い、それから
「基地に戻れ。ハロルドに次の行動を指示してある」
と言ってヴァレリオさんを送り出した。
「飯にしよう。2、3日は、ロクに食ってないんじゃないか?」
隊長はそう言って、テーブルの上に袋の中身を開けると、テーブルごとこっちへズズズ、と押しやってきた。
 ソフィアは隊長の顔とあたしの顔を見る。あたしがうなずいてやると、おずおずと、ハンバーガーの包み紙に手を伸ばした。
「マライア、お前も食っとけ」
隊長がそう進めてくれる。
 でも、正直、さっきのあれを見て、こんな味の濃そうなのが喉を通っていくような気がしなかった。
「あぁ、えと、はい」
返事はしてみるものの、食欲なんて、起きてくるわけもない。
あたしは困って、とりあえずジュースの入っていた紙コップを手に取って、ストローでちゅーちゅーやっていることにした。
 ソフィアは、最初は戸惑いながら、ハンバーガーに口を付けた。
一口、二口…三口。すると、それまで色を失っていた彼女の目が、次第に生き返り始め、潤み、ぽろぽろと涙を流し始めた。
彼女はそれからも、無我夢中と言った様子でハンバーガーを口に運ぶ。その姿は、なんだか獣みたいだった。
 だけど、その様子が、かえってあたしの心を締め付けた。
あたしは、あれだけのことで、あいつらに脅されただけであんなに怯えてしまったんだ。
彼女は、実際にレイプされていた彼女は、いったい、どれだけ怖かったんだろう。どんなに苦痛だったんだろう。
ふと、あの場面が目に浮かんできた。彼女の表情が、浮かんできた。
 それを思えば、こんな獣みたいな雰囲気もまだマシに思えた。
あのときの彼女は死を懇願しているようにも見えたけど、今は、こうやって貪欲に生へしがみつこうとしているんだ。
 ハンバーガーを2つと半分、フライドポテトを1箱、それから、ちょっと温くなってしまったオレンジジュースを飲み干した彼女は、
手を止めて、急に泣き始めた。
 あたしがびっくりして背中に手を当てると、一瞬ビクッとなったけど、
でも、それからは体をもたせ掛けてきて、あたしの胸に顔をうずめてきた。
こうしていると、まだ、体が小刻みに震えているのが感じられた。
315:
 それから彼女はしばらく泣き続け、やがて落ち着いて、ベッドに座りなおした。
「あの…感謝しています」
彼女はそう言って、頭を下げた。
 トーンの低い、芯の通った、きれいな声だった。
「ははは、まぁ、礼なら、そっちのマライアに言ってやってくれ。そいつが俺らに助けを求めたんだ」
隊長は言った。でも、隊長、あたしは…あたしはただ怖かっただけだよ。
隊長は、援護を呼びに来た、偉かった、って言ってくれたけど、でも、本当はそんなこと、これっぽっちも考えてなかったんだよ。
あたしはただ、この子のことより、自分が怖くてあそこから逃げてきただけなんだ…
自分が怖くて、あたし自身が助けてほしくて隊長たちにこの話をしただけなんだ。
 それなのに、ソフィアは
「うん、あなた、あの部屋の前を通った人よね。ありがとう、助けを呼んでくれて」
なんてあたしに言うのだ。
「う、ううん」
そう言うくらいしかあたしにはできなかった。
 「で、これからの話だ」
隊長が改まって言った。
「ソフィアさんとマライアはあと2日、このモーテルを一歩も出るな。
 食事やら、必要なもんはフレートかヴァレリオに届けさせるから連絡をしろ。2日後に迎えに来る」
2日後?2日後にどうするつもりなの、隊長は?
「2日後に何があるんですか?」
あたしは隊長に聞いた。
「んん?そりゃぁ、お前、このままソフィアさんかくまってるわけにはいかねえだろう?俺たちもやんだよ!」
「や、やるって…?」
「ボイル大佐に北米侵攻作戦への参戦に立候補するってのは伝えてあったが、昨日出立の日時が決まったんだ。
 あっちにゃぁ、アヤも向かってるだろうしな。どっかで落ち合えるかはわからんが…。
 だが、転戦にかこつけてなら、安全にソフィアさんを北米に送ってやれる」
隊長は言った。それは…それはもともと、アヤさんを支援するために大佐に上申したことだ。
あたし達は北米に向かって、アヤさんの支援するつもりだったけれど、これであたし達にもやらなきゃいけないことができた。
彼女を、ソフィアを無事にジオンのところまで送り届けないと、
もし一緒にいるところを見つかって、捕虜逃亡の手助けが発覚してしまえばどうなるかわからない。
316:
「私を、北米に?」
「あぁ、ひどい目にあったんだ。帰りたいだろう?故郷に。せめて、味方のいるとこまででも、送ってやるよ」
隊長が言うと、ソフィアさんがまた頭を下げた。また、体が小刻みに震え始める。
あたしは彼女の背中を撫でながら、全く別のことを考えていた。
 こんなんで、良かったんだろうか。
これじゃぁ、これじゃぁまるであたしが…あそこで、一人で戦えなかったあたしが、
まるで、みんなを巻き込んでしまったみたいじゃないか。
 そうか、だからアヤさんは一人で、誰にも、何も言わずに行ったんだ。
こうなっちゃうことがわかっていたから、あたし達に迷惑を掛けないように、一人で全部こなしたんだ。
 それに比べて、あたしは…ひとりでそんなことをする度胸もない…頭も良くない…怖がってばかりだ、今だって怖い。
もしこのことが軍にバレたら、本当に裁判なんて待たずに処刑されてもおかしくはないんだ。
 自分が弱いばっかりに、自分が何もできないばっかりに、自分が怖さで動けなくなってしまったばっかりに、
みんなを、こんな目にあわせてしまった…あたしは…あたしは、この隊で何もできてないじゃないか。
みんなが守ってくれるのを待っているだけで、あたしが何かを誰かにしてあげられたことなんて一つもない。
そればかりか、迷惑を積み重ねてしまって…何をやっているんだろう、何をやっていたんだろう、今のいままで…
 あたしは、そんな自分が情けなくなって、悲しくなった。でも、そう感じているだけで、不思議と涙は出てこなかった。
そのことすら、まるで自分が半人前のように感じられて、悔しさがこみあげてきていた。
317:
 その日は、あたしとソフィア、そしてフレートさんがモーテルに泊まった。
フレートさんはずっと起きていたようで、拳銃を片手に、ソファーに腰掛けてずっとあたし達を見守ってくれていた。
いつもダリルさんや副隊長とふざけまくっている人だけど、まるで戦闘の時以上に、凛々しくて、頼もしく思えた。
 ソフィアは、昨晩、話が終わった後、すぐにフレートさんにまた注射を打たれて、倒れるようにして眠った。
あたしも、散々な一日を忘れたい一心で、とにかく眠った。
 朝ごはんを食べ終わった頃、フレートさんの交替でダリルさんがやってきた。
フレートさんが出る間際、必要なものがないかを尋ねてくる。
 あたしは、数回分の食事の材料と、それから着替えを頼んだ。他に必要なものは…と考えていると、ソフィアが言った。
「あの、お酒、もらえませんか?」
彼女は、目覚めて、朝食を食べても、まだ憔悴しきった感じがある。
気付け程度に飲むにはいいだろうな、って、フレートさんは言って、モーテルの売店で缶ビールを数本買ってきた。
残りは、次の交替のベルントさんが持ってきてくれると言って、モーテルを出て行った。
 ソフィアさんが、缶ビールの栓を開けてあおる。その途端、ゲホゲホとむせ返り始めた。
「おいおい、そんなに慌てっからだ」
ダリルさんがそばに近づこうとすると、ソフィアはビクッと体を震わせて、壁を背にするようにして身を引く。
 その姿を見たダリルさんは、身動きを止めた。
「ご、ごめんなさい…わかってはいるんですが…ち、近づかないで、もらえますか?」
ソフィアは言った。ダリルさんは大きなため息をついて
「すまない。配慮が足りなかった」
と謝った。
 あんな体験をしたんだ。人が、特に男の人が怖くなっても当然だろう。
特に、ダリルさんのように体が大きい相手は、きっと怖いと感じてしまうはずだ。
頭ではわかっていても、心や体が、逃げ出してしまうような…
まるで、あたしが怖くなったとき、どうやっても、全身が震えだしてしまうのと同じように。
 ダリルさんは、フレートさんがしていたように、ソファーに座ってじっとしていた。
もしかしたら、フレートさんはこのことがわかっていて昨日の夜、そうしていたのかもしれない。
 ソフィアはビールの缶をつぎつぎ空にしていった。フレートさんは6本買ってきてくれたけど、もう30分の間に4本目に入っている。
 最初の2本までは普通に飲んでいたのに、3本目を数えるくらいから、まるで何かに憑りつかれたようにして缶をあおりだした。
 それは、まるで昨日、MP達を殺した後、高笑いしながら泣いて空の拳銃で自分の頭を撃っているときと同じように、
壊れてしまっているようだった。
 ど、どうしよう、と、止めた方が良いのかな…でも、なんか、触れちゃいけない感じがするし…
それに、どうやって声を掛けたらいいか。その、変に近づいたら、何かされちゃうんじゃないかって感じるくらいで、空恐ろしい。
 6本全部飲み終えても物足りないのか、空き缶の中に残っているわずかな量も飲み干そうと、缶に口をつけてズズズとすすっている。
常軌を逸していた。
 あたしは、そんな彼女が怖くなって、いつの間にか部屋の隅で自分の体を抱いて震えていた。
318:
 お昼ごはんを食べ終えたころ、ベルントさんが来た。
食材とお酒を持ってきてくれた。ベルントさんが来てすぐに、ダリルさんはベルントさんを連れて外に出て行った。
たぶん、ソフィアが午前中どうだったのかを説明しに行ったのだと思う。
 ソフィアは、ベルントさんが持って来た荷物にお酒を見つけると、無我夢中でその栓を開けた。それは、ウィスキーの瓶だ。
いくらなんでも、あれを一本飲んだら、体までおかしくしてしましそうだ。
 と、とめないと、まずいよね。急性の中毒とかってのもあるし…でも怖い、けど…
だけど、ここで彼女に何かあったら、あたしの責任だ。
みんなが、命を懸けて助けた彼女をあたしはまた見殺しにしようとしているのかもしれない。
 勇気…勇気出さなきゃ…
 「ね、ねぇ、そ、そんなに飲んだら、体に毒だと思うな…」
あたしは声と勇気を振り絞って彼女に言った。すると彼女はあたしを見上げた。
「黙って。飲まないとやってられないんだ。ほっといて」
彼女は、座った目をして言った。ダメだ、怖気づくな…
「だ、だって、せっかくた、助かったのに、そんなんで体壊したら…」
「あぁん?」
あたしがそこまで言うと、彼女そう唸ってすくっと立ち上がった。ずんずんとあたしの方に詰め寄ってくる。
「誰が、助けてくれって、頼んだよ。ほっといてくれてよかったのに」
彼女はそう吐き捨てた。
 なに、それ。なによそれ。どういう意味?あなたのせいで、あたしがあんな怖い思いしたんじゃない。
あなたのせいで、今、あたしの、アヤさんの大事なこの隊が、どんな状態になってるのかあなたわかってるの?
隊長たちはこうなるってわかってた。みんな、逃亡生活を覚悟して、あなたを助けた…なのに、なによ、それ。
 許さない…取り消してよ。それは、そんなのを言うことだけは、あたし許さない!
319:
 気が付いたら、あたしは、ソフィアの頬を力いっぱいひっぱたいていた。
「この!」
ソフィアが飛びかかってきた。あたしはそれに受けて立った。とにかく、あたしの中で何かがはじけとんで、怒りに我を忘れていた。
 ソフィアは全身であたしを床に押し倒した。倒れたあたしはソフィアのお腹に脚をかけて、思いっきり蹴り飛ばす。
ソフィアが体の上から飛んで行ったので今度はあたしがとびかかって彼女を押さえつけようとする。
彼女の平手が飛んでくる。左頬に痛みと熱感がほとばしる。
 この…!
あたしももう一発張り返してやった。今度は、ソフィアの拳が飛んできてあたしのこめかみをとらえる。
痛みと衝撃であたしは思わず頭を押さえた。ソフィアは私の下から這い出るようにして私の髪の毛を引っ掴んでくる。
もう、この女を許さない!
 あたしはそのままソフィアにタックルをしてまた床に倒しこんだ。
彼女の拳や平手が飛んでくる。飛んできた分、おんなじ物をソフィアに浴びせかける。
お互いに髪の毛を掴み合い、組み合ったまま、床をごろごろと転がりながら殴り合う。
 もはや、痛みすらなかった。感情がとめどなくあふれてきて、とにかく、こいつをめちゃくちゃにしてやりたかった。
 あたしが馬乗りになって、彼女の両腕を押さえつけた。ソフィアは脚をばたつかせて抵抗するが、逃がすもんか!
しかし、ソフィアはあたしの腕を押し上げるようにして体を起こしてくる。
あたしも上から圧し掛かって抑えようとするが、腕をぶんぶんと振られて思うように力が伝わらない。
ぎゅっとつかんでいた手が、腕から外れてしまった。今度は逆に彼女に手首をつかまれる。
 そして彼女は、あたしの手首を思い切り引っ張って、
あたしの手を、彼女は自分自身の首にあてた。
「殺してよ!」
彼女は叫んだ。
―――え…なにを…
「ねぇ、殺して!…お願い…殺して…殺して…!」
 あたしは思わず腕を引こうとした。でも、彼女はあたしの腕を離してはくれない。
320:
「ねぇ、お願いだから…もう、もう、生きてられないよ、私。あの人に薬打ってもらって、
 寝ていてもあいつらの顔が浮かんじゃうんだよ…あなたの作ってくれたごはん食べてても、昼間テレビを見てても、
 忘れられないんだよ私。一日に何度も何度も、あの場面が頭の中で繰り返されるんだよ…
 もう、ダメだよ。ねぇ、お願いだから!」
グッとソフィアの手に力がこもり、手が首に押し付けられる。
 あたしは、半分怖くてとにかく手を引っ込めようと引っ張り返す。
「お腹の中が気持ち悪いんだよ…ウジが湧いて体食い破って出てくる夢見るんだよ!
 殺したあいつらが、それでも迫ってきて、動けない私を犯すんだよ!頭んなかでさぁ!!
 もう無理だよこんなの…体も心も汚されて壊れちゃったんだよ…生きていたくないんだよ…もう…。
 どうにもなんないよ…ジオンに戻っても、どこへ逃げても、この心と体は治んないよ…だから、だからさぁ…」
彼女は全身を激しく震わせ始めた。手の力が抜けてきて、引いていた腕がするっと抜ける。
 彼女は顔を覆って泣き始めた。
 あたしは、彼女に馬乗りになったまま、まるで胸の真ん中に刃物でも突き立てられたような気分だった。
 あたしには彼女を慰めることができなかった。彼女を撫でてあげることも、抱きしめてあげることも、手を握ってあげることも、
大丈夫だと囁いてあげることさえも。
 ただただ、あたしは彼女に馬乗りになりながら呆然とするしかなった。自分の無力さを、ひたすらに呪いながら。
328:
翌日、あたし達はジャブローから北に100キロほど行ったところにある空港にいた。
朝早くに隊長の車が迎えに来た。隊長はソフィアに、大きな段ボール箱を用意していた。
こんなので大丈夫なのかと心配したが、
隊長の私物だ、と言ってダリルさんとフレートさんが移送用の飛行機の機内に運び込んでも誰も何も言わなかった。
それもそのはず、兵員輸送のためだけの小型飛行機。定員は30名程度。
そのうちの8名はあたし達オメガ隊、10名がキーラさん達のレイピア隊、
あとの残りは個人単位で志願した顔も良く知らない兵士たちだ。
ジャブローの将校たちは、自分たちの守りを手薄にしたくないようで、ジャブローからの派遣はほとんどないのだという。
でもたとえばオメガ隊やレイピア隊の直接の上官であるボイル大佐のように、
旗下の部隊を前線に派遣して功と実績を作ろうと考える者もいる。それで、この程度の増援だ。
オメガ隊とレイピア隊で座席を固まって占拠して、その隅の方にダンボールを置いた。
隅、と言っても、あたしとキーラさんの間の席にドカンとおいて、
挙句には隊長が「息苦しいだろ」と封を開けてしまったりしていたのだけど。もう、我がもの顔だ。
隊長はどうやら、今回のことをレイピア隊の女隊長、ユージェニー・ブライトマン少佐にも話していたようだ。
ユージェニー少佐は、うちの隊長とずいぶん古い仲らしく、それこそ、色っぽい噂があったりなかったり…いや、確実にあったりする。
 それから、大事な情報として、日ごろモビルスーツの操縦訓練を受けていたオメガ隊とレイピア隊に、
北米ではモビルスーツが配備されるらしい。正直、あたしは飛行機よりも苦手で、あまり乗りたくはないのだけど。
 ソフィアは隊長に箱の封を開けてもらってからは、ぼーっと虚空を眺めていた。
 昨日はあれから、フレントさんとダリルさんが部屋に戻ってきて見たあたし達の状態に驚いて、急きょ隊長が呼ばれた。
あたしもソフィアも顔はアザだらけ。
ソフィアは延々と泣いているし、あたしは放心しているし、で、相当難儀したようだったが、
その時にやってきたのがキーラさんともう一人、レイピア隊のリン・シャオエン少尉だった。
あたしはそのときには、ソフィアのガードができないと判断されて降板。自宅で出撃の準備をさせられた。
 特に悔しいとも思わなかった。いや、無力だな、とは感じていたけれど、それ以上にソフィアのあの様子が頭から離れなかったからだ。
あたしには何ができるのだろう、何をするべきだったのだろう、これからどうしていくべきなのだろう、
そんなことをとりとめもなく考えていた。
 そんなときに浮かんだのが、やっぱりアヤさんの顔だった。
アヤさんなら、どうするかな、アヤさんだったら、こんな状態のソフィアにどんな声をかけてあげるんだろう、
何をしてあげるんだろう、そんなことを考えていた。
時々、その思考から逸れて、アヤさんが助けてくれたのが、今一緒にいる人ではなくて、ソフィアだったらよかったのに、
なんてことも考えてしまって、あたしはそこに行きついてしまうたびに頭を振って、それを追い出した。
だってそれは、一緒にいる自分が何もできないから、全部をアヤさんに任せてしまいたいと思うあたしの甘えでしかないんだから。
329:
 「あのーフレート?」
そんなことを考えていたら、周りの隊員たちと談笑していたキーラさんがフレートさんの名を呼んだ。
「なんだよ、キーラ?」
「あのね、さっきからヴァレリオ曹長が後ろの席から口説いてくるんだけど…」
「えぇぇ?!」
キーラさんの言葉に、後ろに座っていたヴァレリオさんが絶叫した。
「なんだと!ヴァレリオ!お前いい加減にしろ!」
フレートさんが声を上げる。
「い、いや!お、俺何も…!」
「あとね、ちょいちょいボディタッチしてくるんだよ。なんとかしてくれないかなぁ?」
「な…お、お前!麗しのキーラ少尉に触ったのか!?」
フレートさんが大げさに言う。あぁ、始まったな…あたしはそこまでのやり取りだけで苦笑いが漏れた。
段ボールの中でソフィアはきょとんとした顔をしてそのやり取りを聞いている。
「俺なにもしてないぞ!?」
「む?ヴァレリオ被告は容疑を否認するというのか?!おい、被告弁護人!どうなっている!?」
フレートさんがそう言ってデリクを指差した。なるほど、今日はそんな感じの茶番ですか。
「えーおほん。確かに被告は、常習的に異性に対する過度な接近をする部分があることは認めますが…
 今回の事案については、弁護の余地がありません。ただ、極刑はあまりにも厳しい!
 せめて裸踊りの刑が妥当ではないでしょうか!?」
デリクが真剣な顔つきで訴えた。
「てめぇ!デリク!」
「ふむ、では、ダリル裁判長。検察側の質問は以上です」
フレートさんは今度はダリルさんに話を投げた。ダリルさんも大げさに厳粛な雰囲気で
「よろしいでしょう。それでは、これより判決を…」
「おかしいだろ!俺はまだなんもしてないぞ!」
ダリルさんの言葉を遮ってヴァレリオさんが悲鳴を上げた。いや、「まだ」ってどういうことよヴァレリオさん。
「被告は不服があるようですね。それでは、ここは客観的立場にある陪審員からの意見を拝聴することとしましょう」
ダリルさんはそう言って立ち上がると、あろうことか段ボールの中のソフィアさんの顔を見つめた。
「陪審員の判断をお聞かせ願えませんかな?」
ダリルさんは言った。
 ソフィアは、それはもちろん、きょとんとしてあたしとキーラさんの顔を交互に見つめる。
て言うか、そういう性的な事件の陪審員にこの子を使わないであげてよ…
「え、えと、前科はどれくらい?」
ソフィアはあたしに聞いた。
「まぁ、分かっているだけで10件以上のナンパは確実だよ」
あたしが仕方なく答えてあげると、ソフィアは厳しい顔をして
「極刑がふさわしいと思います」
と小声で言った。
「なにぃぃ!?」
ヴァレリオさんが悲鳴を上げる。
330:
「では、判決を言い渡します。被告を、飛行機からパラシュートなしのスカイダイビングの刑に処す!
 カンカン!これにて閉廷します!」
カンカンて、口で言ったよダリルさん。
 判決を聞くや否や、オメガ隊の隊員と、レイピア隊の男性隊員たちが一斉に立ち上がってヴァレリオさんを頭上高く持ち上げた。
「お、俺はやってないぃぃ!言いがかりだ!じょ、上告する!」
「む、被告は上告するとおっしゃっていますが…どうですか?」
フレートさんがダリルさんに言う。
「ふむ、では最高裁判所の判事殿に判断をゆだねましょう。最高裁判事、判決をお願いします」
そう言ってダリルさんが頭を下げたのは、もちろん隊長だ。
「被告の上告を棄却。ダリル裁判官の判決通りに刑を執行せよ」
隊長もノリノリで答えた。
「そ!そんな!」
「うおーい!野郎ども!やっちまえー!」
フレートさんがそう言って隊員たちをけしかける。
「うぉー!」
隊員たちもノリノリでヴァレリオさんを運び出そうとする。て言うか、どこに連れてくつもりよ、こんな狭い機内で…。
331:
 それにしたって。あたしは、こんな状況でもこんなおふざけをしているみんなに半ばあきれてしまっていた。
目立ってしまったら危ないし、ソフィアに喋らせるなんてもっての外だ。もう、苦笑いも漏れない。
「こらこら、ボクちゃんたち、他の隊から来てる連中もいるんだ。おふざけも大概になさい」
不意に、ユージェニー少佐が無表情でそう言った。
 全員の動きがとまる。
「お、おい、レイピアの。マダム・ユージェニーがやめろとおっしゃっているぞ」
「そ、そうだな、おい、マズイぞ。な、オメガの野郎ども、やめよう。早くやめて席に座った方が良い」
「え、少佐ってそんな感じなんすか?怖いんすか?」
「バッカ、お前!少佐は師団の中でも、怒らせたらアヤの次くらいに怖いんだぞ!」
「え…アヤさんの次って…ヤバいじゃないすか」
「よ、よーし、野郎ども!おふざけは終わりだ!席について…カ、カードでもしようじゃないか!ポ、ポーカーなんかどうだ!」
「お、おう!」
隊員たちは一斉に返事をして、ヴァレリオさんを床に投げ落とすとゾロゾロと席に戻っていった。
 床に転げたヴァレリオさんを、ソフィアが見ている。それに気づいたのか、ヴァレリオさんはまるで泣きそうな顔で
「お、俺はやってないんだ…」
とだけ言い残して床に突っ伏し、その…なぜか息絶えた。
 「ふふっ」
―――え?
 笑う声がしたので、ソフィアを見やると、彼女は、笑っていた。正直、おどろいた。
一昨日はボロボロに壊れていて、昨日は、あんなに錯乱していたのに…こんな危険な、緊張しっぱなしでもおかしくない状況なのに…
いや、こんな状況でのおふざけだったからなのか、わからないけど、でも…。
少なくとも、助け出してから、初めて、ソフィアの笑顔を見た。
まさか、ソフィアを和ませるために、なんてことは思わないし、たぶん、ただ単にふざけたいだけだったんだろうけど…
でももしかしたら…もしかしたら、みんなは、やっぱりソフィアのことを?
 それから半日ほどのフライトで、飛行機は北米大陸の南、テキサスにあるヒューストンという街に着いた。
軍港もあって、連邦軍の軍艦が何隻も停泊していた。
おそらくあの軍艦で、あたし達の隊に配備されるモビルスーツも運ばれてきているのだろう。
 ここから先は、連邦からソフィアをかくまいながら、ジオンと戦わなきゃいけない。
レイピア隊が協力してくれるにしても、厳しい生活になるだろう。
正直、隊の誰かが死んでしまうようなことになりはしないかと思い、恐怖を感じていた。
332:
 澄み渡る空、輝く海、遠くに広がる白い砂浜に、潮の香りのする風。どれもジャブローにはないさわやかさがある。
ここはヒューストンにあるヨットバーバーのはずれ。
道路の向こう側にはオメガ・レイピア両隊の野戦キャンプ地が設営されていた。
 昨日北米についたあたし達は、現地の士官に戦況説明を受けた。
なんでも、ジオンの撤退活動は極めて早く、重要拠点を除いた地域からの撤退はほぼ完了しているとのことだった。
つまりは、北米大陸において、現在戦闘が行われているのはキャリフォルニア周辺のみ。
東海岸はヨーロッパ戦線からの連邦部隊によってそのほとんどが制圧されているらしい。
でも、北米攻略の最初の攻撃目標となったキャリフォルニアベースが、この戦況になってもまだ持ちこたえているということは、
やはりジオンの底力は侮れない。
 隊長はその士官に前線への出撃を上申したけど、受け入れてもらえなかったようだった。なにしろあたし達はここでは外様。
これまでこの戦線で戦い抜いてきた部隊にキャリフォルニアベース奪回の功をこんな段階でやってきたあたし達に任せるわけもないし、
なによりあたし達は地球連邦軍本部、ジャブロー防衛軍お抱えの部隊だ。
前線に投入して消耗させてしまえば、本部への聞こえが悪いというのも事実だろう。
 そんなわけで、幸いあたし達に与えられた任務は目下、西海岸へ向かう道中にある街でのジオン兵残党捜索および逮捕という、
前線の危険とはくらべものにならないような任務だった。
 事前情報通り、モビルスーツは配置されたが、それもオメガ・レイピア各隊に3機ずつの量産機。
そのほかには、輸送用のホバートラックが3台。本当に前線で戦闘をさせる気はないようだ。
 あたしは安心していたけど、でも、隊長は違った。
今は、ソフィアのこともあるし、何よりアヤさんは必ず徹底抗戦をつづけているキャリフォルニアベースに飛び込もうとするはずだ。
こんなところで敵兵探しをしていてはソフィアをジオンに引き渡したり、アヤさんを支援するどころの話ではない。
 そんなことで、今日はそろそろ西海岸に向けて進む。敵兵捜索をしながら、一刻も早く、西海岸周辺にたどり着かなきゃいけない。
そう言った隊長の表情は、珍しく焦燥感が見て取れた。
 不意に足音が聞こえて振り返ると、ソフィアがいた。彼女は黙ってあたしの隣に立つと、しばらくしておもむろに腰を下ろした。
 ソフィアとは、飛行機の中でヴァレリオさんの「前科」の話を除いて、一昨日の殴り合いの後から一切口をきいていない。
あたしとしては怒っているとかそう言うのでは、何を話すべきなのかわからないというのが本音だった。
何を話したって、彼女を救うことはできない…あたしには、そんな確信があった。
 「あのさ」
ソフィアが口を開く。チラッと彼女の方を見た。
「殴って、ごめん。痛かった?」
彼女はそう聞いて来た。
「まぁ…そりゃぁ痛いよ。でも、痛かった、ただそれだけ。大したことじゃないよ」
あたしは答えた。そりゃぁそうだろう。ソフィアがあいつらにされたことに比べたら、あんな殴り合いなんてただのケンカだ。
ただ、痛いだけで、大事な何かが傷ついたわけでもない。
「こっちも、ごめん。けっこう思いっきりやった」
あたしも謝った。でも、ソフィアは
「ううん。あんまり効かなかったし、大丈夫」
え、なにそれ、ここへきてまた挑発?またケンカ売ってんの、この子は?
 そう思ってぱっと見つめた彼女は、驚いたことに笑っていた。そんなあたしを見るや彼女は
「ウソよ」
と言って、また、笑った。
333:
それから彼女はふっと海の方へと視線を投げた。
 「私ね。ジオンへは戻らない」
ソフィアは不意に口にした。
「え…?」
「もう、ジオンへ戻っても、なにもできないなって、そう思う。知っている人たちがいるところに戻っても、
 たぶん私は、自分が汚れているのを自覚してしまうだけ。それはきっと苦しいだろうから、もう戻りたくないんだ」
そんな…だって、隊長は、あなたをジオンへ送り返すためにここへ来ることを選んだのに。隊のみんなだってそうだ。
もちろんアヤさんのともあるけど、だけど、あなたは、みんなが危険を冒してまで助け出したんだよ?
 あたしはまたカッとなりそうだった。でもソフィアは続ける。
「助けてもらったことは、本当に感謝している。
 あいつらに、私っていう存在の価値は壊されてしまったけど、あなた達が助けてくれて、私は人間としての価値は壊されないですんだ。
 それはそれで苦しいんだけどね。人間として生きようと思う、でも、じゃぁ、自分がどんな人間かって考えたら、
 そこにいるのは、バラバラに壊されて汚された私の残骸が転がっているだけだから。そしてそれは多分、二度と元には戻らない。
 だから、どこか、私のことを誰も知らない場所で、静かに隠れていたいと思う。
 そうすれば、私は私がどんな存在かなんて考えなくて済む。
 もしかしたら、この汚れて砕かれたバラバラの私の上に、新しい私を作ることができるかもしれない。
 まぁ、今はそんな気、全然しないけどね。先のことなんてわからないし…。だから、今日中にこの隊からも出ていくよ。
 私がいたら、皆さんに迷惑を掛けちゃうから」
 
 まさか…ひとりで逃げるっていうの?連邦軍から、あたし達に迷惑をかけないために?
昨日お酒を飲んであんなに錯乱していた彼女が、一人でやっていけるの?も、もしかして、やっぱり死ぬ気なのかな…?
それは、ダメ、ダメだけど…でも、か、彼女がい、いなくなれば、私たちは…
いや、そんなこと、考えてはダメ。あたしは頭を振ってその思考を吹き飛ばした。違う、そうじゃない、止めなきゃダメだ!
334:
「ひとりで行くなんて危険だよ。この大陸は今は連邦軍ばかりなんだよ?あなたの顔は手配されてる。
 今は、隊長たちが目を光らせてて、諜報部みたいに危険な軍人はキャンプ内に入る前に対応してシャットアウト出来てるし、
 顔なじみしかキャンプの中にはいないし、入れないから、なんとかなってるけど…」
「でも、もし万が一、誰かが通報したり、なにかの拍子に見られたりしたら、皆さんにまで迷惑を掛けちゃう。
 そんなことを私は望まない。だから、やっぱり私はここにはいない方が良いの」
そうだよ、そうかもしれないけど…でも、一人で行って、もし何かあったらどうするの?
そりゃ、私たちを離れて、一人で…なんていうのなら、もしかしたらあたしが心配するなんてお門違いかもしれないし、
あたしが何をできるわけでもないし、止める手立てなんてないけど…そうだ、隊長なら、きっと隊長なら、なんとか説得をして…
「黙って出ては行かないよ。ちゃんと隊長さんにもみんなにもお礼をして、説明をしていくから」
ソフィアはそう言った。そう言われてしまってあたしは、彼女になにも声をかけてあげることができなかった。
「あなたにだけは、さきに伝えておきたかった。私を助けてくれたあなたには。
 あの日、真っ暗なあの取調室であなたの声を聴いたとき、とてもホッとしたの…。
 あぁ、もう終わるんだな、助かったんだなって、そう思えた。
 昨日の夜は星を見てて、今日もこうして晴れた空と海を見ていたりするとね、感じるんだ。
 『あぁ、生きてるんだな』って。追われる身だし、イヤな記憶は…今でもぐるぐる頭を駆け巡るけど、でも、
 生きてるんだなって思う。一昨日は殺してなんて言っちゃったけど、たしかにつらいけど、だけど、幸せにはなれなくても、
 ほら、昨日の飛行機の中みたいに、楽しいなって思えることにはきっと出会えるだろうし、ここでこうしているみたいに、
 きれいな景色を見て、穏やかになることもできる。
 そう考えれば、あのまま暗い地下室で、心も体も汚されたまま死んでしまってたよりずいぶんマシだと思える。
 あのまま死んでいたら、きっと苦痛と絶望しかなかっただろうけど、もしこれから先、なにかあっても、少なくともそのときは、
 少しは『がんばったな』って思って死んでいけるような気がする。
 あなたが隊長たちを呼んでくれたから、そんなチャンスを、私は与えてもらえた。だからね、ちゃんとお礼を言いたくて。
 本当に感謝してるんだ。ありがとう」
335:
 彼女はあたしを見て言った。あたしは、彼女のその眼を見ていることができなかった。
だって、あたしは逃げたんだ。彼女を助けようだなんてこれっぽっちも思わなかったんだ。
あたしは彼女を見捨てて、自分が、怖い、ただ怖い、そう思って、必死に走って、必死に隊長に、怖かったって伝えただけなんだ。
あたしは彼女に礼をされるようなことなんてしてない。あたしは、なにも、なにもできなかったんだ。それなのに、それなのに…
 あたしは込み上がってくる気持ちを抑えきれずに、涙を流していた。
彼女の話に、何も言葉を伝えられずに、ただただしゃくりあげていた。そんなあたしの頭を彼女は優しく撫でてくれた。
 心も体も傷だらけのはずなのに、どうして、そんなことまでしてくれるの?
あたしなんかより、あなたのほうが何倍も何十倍もつらくてくるしいはずなのに、
どうしてこんなあたしを慰めようなんてことができるのよ…
あなたに比べれば、なんにも起こってないくらいの苦しさしか味わってないのに、どうしてあたしは、なにも、何一つできないんだろう…
隊長、隊長ならこんなときどうするの?アヤさん、アヤさんならこんなときどうするの?
ソフィアに頭を撫でられながら、あふれ出てくる感情を抑えきれずに泣くあたしは、まだ、そんなことばかりを考えていた。
その日の午後、ソフィアはオメガ隊、レイピア隊のみんなの前で同じ話をした。
隊長は、最初はいろいろと説得をしようとしたけれど、ソフィアの目に迷いがないのを見て、あきらめたようだった。
苦渋に満ちた表情の隊長だったけど、せめて車を手配するから、と言って、1時間後に古ぼけた自動車を一台、運んできた。
ソフィアはそれに乗って、北へ続くハイウェイの彼方に消えて行った。
 あたしは、その車が見えなくなってからも、道路の先を見つめていた。呆然と、本当にただ、呆然として。
347:
「おい!ダリル!右だ、右!」
「うおぉっ!ヤベ!」
「ダリル!どいてろ!」
「おぉい!フレートぉ!おめぇ機体壊すんじゃねぇぞ!戦闘機と違って替えなんかすぐにこねぇんだからな!」
「わかってますって!」
前方300メートルで、隊長たちA分隊が、近距離でモビルスーツと遭遇戦を繰り広げている。
「マライア、デリク!右翼に展開して隊長たちを援護するぞ!ついてこい!」
あたし達B分隊を指揮している、副隊長、ハロルド中尉の無線が聞こえた。
「はい!」
「了解!」
あーもう!緊張するな、あたし!大丈夫!大丈夫だから!
「マライア!左後方に敵戦車!」
 へぇ!?
ゴォォン!!
 ひぃぃぃ!
「マライア、ひるむな!デリク!マライアを援護!ベルント、制圧射撃!」
「了解」
「マライア、下がって!いや、それよか、シールド上げて!」
「う、うん!」
 あたしは必死になって、操縦桿を引いて盾を構える。
再びの轟音と衝撃。これ、完璧あたし狙われてない!?
「敵戦車撃破」
「ベルント、良くやった。急げ、隊長たちの援護に行くぞ」
「りょ、りょうかい!」
あたし達は、隊長たちから見て右側。敵部隊のモビルスーツ3機を挟む形で陣形を張った。
「隊長、射撃開始します!退避を!」
「よーし、お前ら!かくれんぼだ!」
モニターの中で、隊長たちの機体が物影に隠れた。いまだ!あたしはトリガーを引いた。
 轟音と共に、モビルスーツに装備してあるマシンガンが唸る。背後から射撃を加えられた敵が、こちらを向いた。
「今だ!たたっきれ!」
「射撃中止!さらに右翼へ移動!」
隊長と副隊長の合図が聞こえる。
 次の瞬間、物影に隠れていた隊長たちが飛ぶように出てきて、背中から抜いたビームサーベルで敵部隊に斬りかかる。
あたし達に銃口を向けようとしたモビルスーツ3機は、背後から襲いかかる形になった隊長隊に、腕や足を斬られ、制圧された。
「ふぃー!一丁上がりっと!」
ヴァレリオさんの声が聞こえた。
348:
 「おい、ジオン兵!抵抗するな!こっちは命まで取りたかねぇんだ!」
地面でもんどりをうつモビルスーツに銃口を向けて隊長がスピーカーで怒鳴った。抵抗をやめた彼らを見るとさらに隊長は
「おーし、意思疎通が取れて助かるよ。ついでにコクピットから出てきてもらえるか?」
と告げた。銃口を向けられ、抵抗すらできないジオン兵たちが、モビルスーツから這い出てくる。
3機すべてから這い出たのを確認すると、隊長は自分もコクピットを開けた。そして怒鳴った。
「おーい!そっちの建物の陰にトラックが何台かある。それに乗って基地へ帰れ!モビルスーツはこっちでぶっ壊しといてやっからよ!」
うっ!隊長!怒鳴るのは良いけど、無線切ってからにしてよ!耳痛ぁー!
 ジオン兵たちは、モビルスーツから離れて、駆け出した。
隊長はトラックが出るのを確認すると、ダリルさんたちにグレネードを投げさせた。
「おぉし、離れるぞ」
隊長の指示で、あたし達はその場を離れた。
 ソフィアが離れた日の昼過ぎ、あたし達は西へ向けて、敵を捜索しながら進軍を始めた。
ところどころに敵の姿があったりもしたけど、あたし達はそのほとんどを見逃して、キャリフォルニアベースへ向かわせた。
そして、今回のように敵モビルスーツと接触しても、なるだけ人的被害を出さないように、隊長は心掛けていた。
アヤさんのことと、ソフィアのことがあって、隊長の中で何かが変わったんだろう。
隊のみんなもそれがなんとなく伝わっているようで、同じように、なるべく敵に被害をださない方法で戦闘を続けている。
さっきの戦車みたいに、どうしても撃破しなきゃいけない場合もあるんだけど…。隊長の中で、なにがあったのかはわからない。
でも、気まぐれでそんなことをする人ではないってのはみんなわかってる。あたしだってわかってる。
だから、あたし達はその指示に従うだけだ。だって、それが一番、あたし達が安全な方法に決まっているから。
 転戦した翌日に到着した町で、オメガ・レイピア両隊に新たに3機ずつモビルスーツが配備された。
新品じゃなくて、レストアされた中古品。両隊に合計12機にモビルスーツが配備された。
数だけで言えば、両隊合わせれば、やっと中隊規模になってきた。
それに合わせて隊長はユージェニー少佐と話し合い、任務ごとにモビルスーツを貸し借りし、
どちらかの部隊が総員モビルスーツに乗れる状況を作って作戦に臨んだ。
その方が指揮系統や作戦運用のことを考えても適切だと考えたのだろう。
確かに、二つの部隊、二つの指揮系統で一つの作戦をこなすよりは、数が同じなら、同一部隊がこなした方が連携は密に取れる。
隊長の判断は、いつだって正しくて、あたし達を守ってくれるんだ。
 でも、あたしまで苦手なモビルスーツに乗らなきゃいけなくなって正直戸惑っている。
 それに…ソフィアのことが、まだ気になっている。
無事にいるだろうか、どこでなにをしているだろうか、なにを思っているんだろうか…とりとめもなく、そんなことを考えていた。
349:
 そんなことを考えながらの戦闘だったものだから、
その日にたどり着いたシウダー・フアレスという小さな町で、あたしは隊長に呼び出された。
「あんな乗り方してたら死ぬぞ」
隊長は端的に言った。
「すみません…」
あたしはしょんぼりして謝った。
「いいか、おめえがボッとしてて死ぬのはなにもおめえ自身だけじゃねえんだ。
 戦闘中におめえを見てるハロルドやダリル、デリクあたりが、おめえをかばって真っ先に死んじまうかもしれねえんだぞ」
「はい…」
「それにな、今日の被弾であいつは駆動系のチェックが終わる明日の夕方までは動かせねえ。
 ただでさえ予備機なんかなくって2隊で機体分け合ってる状態なんだぞ。
 チンタラやってたら、味方の支援どころか、アヤにだってなんにもしてやれなくなっちまう」
「ごめんなさい」
もう、返す言葉もない。隊長の言うとおりだ。ここは戦場なんだ。ボーっとしてれば、死んでしまう。
そうでなくたって、モビルスーツには戦闘機と違って脱出装置がない。致命弾を貰ったら、機体と一緒に爆発するしかない。
装甲も厚いし、機動力も火力もあるけれど、戦闘機のように3次元軌道で回避することはできないし、
一撃離脱ができるほどのスピードもない。戦闘機なんかよりもよっぽど敵に近いところまで行って戦わなければならない兵器だ。
いや、そもそもそのために作られた兵器なんだ。それだけに危険は大きい。
あたしは、それを認識していながら、まるで危機感を感じてはいなかった。
「はぁ」
隊長が大きなため息をついた。
「マライア。おめえ、明日からしばらく休め」
「え…そ、そんな!」
あたしは、それを言われて悲しくなった。確かに足手まといかもしれない。今日は危なかったのは確かだ。
だけど…だけど、隊のみんなとは一緒にいたい。みんなが戦闘に出るなら、そのなかにあたしも居場所が欲しい。
だって…だって、そうじゃないとあたし、何のためにみんなと一緒にいるのか…
一緒にいられれば、足手まといでも、もしかしたら役に立てるかもしれない。役に立ちたい。
だって、そうじゃないと、あたし、あたし、何にもなくなっちゃう。
「お願いです、隊長、あたし、一緒に戦いたい!」
「ダメだ」
隊長はたんぱくにそう言った。
「隊へ同行するかどうかの判断は勝手にしろ。ただし、戦闘へは出さない。明日からはレイピアに一人借りることにする。
 まぁ、ペルランかソコルだろうな」
そんな…
 ショックだった。ショックだったけど、あたしにはなんにも言う資格はないんだ。だって、あたしのせいなんだから。
隊長は、あたしが戦場に出たら、あたしも隊も危険だって思っているからこんなことを言ってくれてるんだ。
それは、分かってる。だけど、でも…これじゃぁあたしまるで何の役にもたたないただのお荷物みたいじゃない…
「わかったら下がれ。俺はこれから本部へ報告に行く」
隊長はそう言って、あたしを部隊のあおぞらオフィスからあたしを追い出した。
350:
 このあたりの大地は赤茶けていて、今までいたような海岸線のきれいな景色はない。
ザクザクと地面を、力なく踏み鳴らして歩く、あたしの心とおんなじように、きれいな色も輝きもない。
 「うーい、お疲れ」
不意に声がかかった。見ると、ダリルさんがいた。
「あ…」
そうとしか声が出なかった。ダリルさんはそんなあたしを知ってか知らずか、配給の缶ジュースを一本放り投げてきた。
あたしがそれをキャッチするのを確認したダリルさんは
「ちょっと着いてこい」
と顎をしゃくってあたしに言った。
 ダリルさんと一緒に、町のはずれの人気のない荒野まで歩いて来た。
「あーぁ、どっこいせっと」
大げさにそんなことを言いながら、ダリルさんは地面から突き出ていた岩に腰掛けて缶ジュースを開ける。
 なんだって言うんだろう、こんなあたしに何を話すつもりなのかな?ダリルさんにも怒られちゃうのかな…
 そんなことを思って不安を感じていたら、ダリルさんがあたしを見た。
「隊長にはちゃんと怒られてきたか?」
「はい」
その言葉に、あたしはうなずいた。やっぱり、その話だよね…
「で、どうするつもりだよ?」
ダリルさんは聞いて来た。
 どうするって?どうするもこうするも、こんなところで休めって言われたって、なにもすることはない。
このまま、戦闘に参加できなくても、隊にくっついて行って、出撃するみんなを見送って、帰ってきたら出迎える。
つらいかもしれないけど、それくらいしかできることもなさそうだし…。
「おとなしく…してます」
あたしが言うとダリルさんの顔がちょっとこわばった。あれ、なんかまずいこと言った?
でも…結構へこんでるし…反省もしている。おとなしく、自分の身を振り返ってみるほかはないんじゃないかな、とそう思っていた。
「はぁ…なぁ、マライア」
「はい」
ダリルさんは大きなため息をついてから、あたしに語りかけてきた。
「俺は、今のお前は、まったくって言っていいほど、信用できねえ」
な…なんで…なんで急にそんなこというの?そんな突き放した言い方…
あ、あたし、やっぱりダメなのかな…この隊にいちゃ、ダメなのかなぁ…
 なんだか胸が締め付けられて苦しくなる。目頭が、じわっと熱くなってくる。
「お前はどうだよ?」
ダリルさんが続けたけど、意味が良くわからなかった。
「どういう、意味ですか?」
「だから、お前は今、自分自身のことを信用できるのかよ?」
ダリルさんは、改めてあたしに聞いた。
351:
 自分を、信用?こんなあたしを?…そうか、そうだよね…アヤさんや隊長みたいに、誰かを助けられるわけでもない。
フレートさんやヴァレリオさんみたいにソフィアを楽しませることも、ダリルさんのように隊のみんなをそっと見守ることも、
副隊長みたいにみんなを支えることもできない。
デリクやベルントさんみたいに、縁の下の力持ちで、気が付かない細かいところをサポートできるわけでもない…
なにもできないこんなあたしを、誰が信用してくれるというのだろう?
そう、ダリルさんの言うように、あたし自身でさえ、何ができるんだろう、なんて思ってしまっているんだ。
「できて、ません。できません…あたし、ダメなんです…」
言葉にしたら、なぜだか急に胸の苦しいのが強くなって抑えきれなくて、目から涙があふれ出した。
「だって…あたし、弱虫で、すぐ怖がって…誰とも戦えないし、なにも助けられない!
 アヤさんみたいに、ケンカが強くて勇気も度胸もあって、みんなを照らすみたいに明るくもない!
 隊長みたいに優しくもなれないし、冷静に一生懸命考えたって、すごいアイデアを思いつくわけでもない…
 他のみんなと比べたってそうです…同期のデリクでさえ、もう、隊の中で役割を見つけているのに…
 あたし…あたしは、この隊では何の役にも立たないんですよ!何もできない、誰も助けられない!
 迷惑ばかりかけて、足ばっかり引っ張って、その挙句に、みんなを危険にさらして…
 あの日、ジャブローでだってそうでした!あたしをかばってくれて、アヤさんは味方の対空砲を浴びたんですよ…?
 あたしがいると、みんなが危ないんですよ、ダリルさん…あたし、あたし、この隊にいらないんですかね…?」
そう、そうなんだ。あたしは、それを認めるのが一番怖かったんだ。
なんの役にも立たない、ただ守られているだけの自分が、みんなを危険にさらすような自分が、
この隊に必要がないんじゃないかってことを…。
だって、あたしはこの隊が好きなんだ。隊長も、副隊長も、ダリルさんもフレートさんも、ヴァレリオさんだって、ベルントさんだって、
デリクだって…死んじゃったカレンさんだって好きだった。
口は悪かったけど、でも、アヤさんの代わりに小隊長をやって、アヤさんには、隊長のそばで飛んでてほしいんだって言ってたんだ。
優しい人だったんだ。アヤさんなんかその中でも一番好きだった。
みんなと別れたくない、追い出されたくなくて、ずっとずっと頑張ってきた。
アヤさんみたいに強くなりたいって、隊長みたいに優しくなりたいって、フレートさんみたいに明るくなりたいって、
いろんなことを考えて、いっぱいいっぱいやってきた。でも…でも結局なにもやれなかった。
なにもできなかった、できるようにならなかった。隊に入ったころからあたしは何も変わってない。
何一つ、みんなのためになるようなことなんてできてない。
だから、きっとあたしは、隊にはいらないんだ…みんなは絶対にそんなことは言わないってわかってる。
でも、あたし自身が感じてたんだ。あぁ、自分は別に、この隊にいてもいなくても一緒だな…って。
352:
 ダリルさんがまた、大きなため息をついた。それから、
「あのな…根本的な間違えを一つ指摘してやる」
とあたしを見た。怖かった。正直、今度は何を突きつけられるんだろうか…そんな恐怖があたしを襲う。
でも、そんなのに構わず、ダリルさんは続けた。
「お前はアヤでもなけりゃぁ、まして隊長でもない。お前は、マライア・アトウッド以上でも以下でもないんだよ。
 わかるか、この意味?」
…どういうこと?だって、そのマライア・アトウッドは、何もできないだたの弱虫で…
だから、みんなみたいに、なにかできるようになりたいって…
 あたしは首を横に振った。するとダリルさんはちょっと困った顔を見せて
「そうかい…はぁ、そうだな。まぁ、要するに、お前は、お前にできることを探せばいいんだ。
 誰かのマネなんてする必要もない。隊長やアヤのようになる必要もない。やらなきゃいけないことなんかこれっぽっちもない。
 お前ができると思ったことを、やりたいと思ったことをやりゃぁいいんだ。
 いいか、お前がいくら頑張ったって、結局お前は隊長にはなれねえし、アヤにもなれん。
 それは能力がどうとかこうとかの話じゃない。『アヤさんなら』、『隊長なら』なんて考えてたって、答えは出やしないんだ、マライア。
 いや、出たように感じるかもしれないが、それは隊長の考えでもなけりゃぁ、アヤの考えでもない。まぎれもない、お前の考えだ。
 いくらうまくマネしようが、いくら難しく考えようが、お前の考えしか出てこないんだよ。
 だからそれを誇れ。
 隊長と比べて、とかアヤと比べて、なんて考えて、卑屈になる必要なんかない。確かに、アヤは一人で行った。
 俺たちに迷惑を掛けないように、な。だが、アヤがそう考えたって、俺たちはアヤの行動がわかった時点で、
 そんなことは気にせずにアヤを助けると決めたろう?同じことなんだ。誰が何と言ったって、このことでアヤが怒ろうが関係ない。
 俺たちは俺たちの守りたいもんを、守りたいようにして守るんだよ」
「あたし達の守りたいもの…あたしの守りたいもの…」
「そうだ。まぁ、確かに、あのソフィアって子は、アヤに助けてもらってたら、もっと違ったかもしれない。
 アヤは、あいつは、なんだか太陽みたいなやつだからな。
 人間の陰気な部分をむさくるしいくらいに照らしてきて、明るくするようなヤツだ。でも、同じことをお前にはできない。
 だから、お前しかできないことを探せ」
ダリルさんは言った。
353:
 あたしにしか、できないこと…。それって一体、どんなことだろう…たとえば、ソフィアにあたしは何ができたんだろう?
いや、まだできることがあるのかな?ソフィアだけじゃない。あたしが、隊のみんなのためにできることって?
アヤさんなら…そう、アヤさんなら、きっと隊のみんなも、ソフィアも明るく照らすはずだ。
隊長なら、ソフィアさんも、隊のみんなのことも守ろうとするはずだ。そうだ、それなら、あたしは…
 「ダリルさん」
あたしは、いつの間にか泣き止んでいた。そうか、あたしは迷子だったんだな。
いろんなことができる隊のみんなに囲まれて、あこがれて、みんなのようになりたい、ってそう思ってた。
でも、それを強く思いすぎてたんだ。結局あたしは、みんなのことばかりをずっと見ていて、自分のことなんて見ていなかった。
みんなのようになりたい、そう願うばかりで、自分はどんな人間なのか、どんな姿かたちをしているのか、全然わかってなかった。
アヤさんがそうであるように、隊長や、ダリルさんや、フレートさんや、みんながそうであるように、
あたしも、あたしにしかできないことを見つけなきゃいけないんだ!
354:
「あたし、ソフィアのところに行きたい。彼女を追って、彼女を助けたい。あたしに何ができるかわからない。
 わからないから、試してみたい。死の物狂いで、あの子を何とかしてあげたいんです。
 そうしたら、もしかしたら、見つかるかもって思うんですよ。あたしが何者なのか、何ができるのか、何をしたいのかが…。
 だから、ダリルさん、お願いします。あたしに、手を貸してください」
気が付けばあたしはそう言って、ダリルさんに頭を下げていた。
「はははは。そうかそうか…まぁ、俺は正解とは思わねえが、はずれってわけでもないしな」
ダリルさんはそう言って笑っていた。あたしが顔を上げると、ダリルさんはあたしに何かを投げてよこした。
PDAサイズの、モニターの着いた機械だった。
「これは?」
「ソフィアの車と腕時計に、発信機をしかけてある。
 腕時計の方は、まぁ、ジャブローにいるときに万が一逃げちまったときのための保険だったんだが、
 車の方は、さっき、隊長に言われてな」
「どうして、そんなものを?」
「隊長、言ってなかったか?『隊へ同行するかどうかの判断は勝手にしろ』って」
あたしは息を飲んだ。まさか、隊長…
「追えよ。まだそう遠くへは行ってないはずだ。んで、見つけてこい。お前ができることってやつを、だ」
「ダリルさん…」
「ああ、それと、側面にあるスイッチは緊急用だ。半径は15キロから20キロってとこだが、救難信号が届く。
 こっちで随時モニターできるシステム組んであるから、もしものときはオンにしろ。なるだけ急いで駆け付けてやるよ」
「はい!」
隊長は、やっぱりすごい…いくら頑張ったって、あたしにはこんなことできないよ。
でも、そう、でも!あたしにはきっと、あたしにしかできないことがある。隊長の想いもダリルさんの想いも、ちゃんと受け取った。
あたし、行かなきゃ!
「移動は、そこの古い倉庫の中に、ジオンのホバートラックを見つけたからそいつを使え。
 現地改修されてて、天井に砲台が付いてるが…下手に撃つなよ。装甲は紙っぺらだ。
 戦闘じゃ、相当にうまい運用でもしねえと、歩兵にすら爆破される。
 戦車やモビルスーツ相手なんかしようもんなら、たちまち諸共に鉄クズだ」
「気を付けます」
「よし。あぁ、そうだ、隊長から伝言を預かっててな」
伝言?隊長、まだあたしのために?
「『合言葉を忘れんな』、だと」
そうだ、あたし達の合言葉、たった一つ、絶対に守らなきゃいけない規則。
「『ヤバくなったら逃げろ』!」
「おう、わかってるな。なら、行って来い!」
「はい!」
361:
ヤバイ、人物がこんがらがってきた。
まとめはよ
362:
>>361
オメガ隊はダリルとフレートだけ覚えといてくれれば問題はないと思いますが…w
登場人物全部を以下にまとめてみます。
364:
アヤ・ミナト
 オメガ戦闘飛行隊7番機兼同第3小隊隊長。少尉。
 度胸と頭脳の切れ味がすごい。明るい。キレるとアブない。NT?
レナ・リケ・ヘスラー
 ジオン地球方面軍キャリフォルニア基地所属のMSパイロット。少尉。
 連邦の捕虜となっていた。気遣いの人だけど実はS寄り。NT?
【オメガ戦闘飛行隊(第27航空師団101戦闘飛行隊)】
レオニード・ユディスキン
 オメガ隊隊長。1番機。みんなの父ちゃん的存在。大尉。
ハロルド・シンプソン
 オメガ隊副長。2番機。同隊第1小隊長。冷静沈着、隊長の右腕。たぶんイケメン。中尉。
ダリル・マクレガー
 オメガ隊の3番機で同隊第2小隊長。アヤと同期。メカニック関係に精通。デカイ。強い。少尉。
ベルント・アクス
 オメガ隊4番機。とにかくしゃべらない、存在感0。腕は立つ、らしい。少尉。
フレート・レングナー
 5番機。隊内で撃墜数、被撃墜数ともにNo1。エース/逆エースと呼ばれる。
 お調子者ですぐふざける。宴会帝王。こいつもイケメンぽい。少尉。
ヴァレリオ・ペッローネ
 6番機。セクハラ・ネタ要員。曹長。
カレン・ハガード
 8番機。アヤのケンカ相手。独自の戦術論を持っていて、戦績は良いが
 戦術の点で所属小隊の隊長であるアヤとたびたび言い合いになる。
 ただお互いに実力は認めていた。ジャブロー防衛戦時に死亡。少尉。
マライヤ・アトウッド
 9番機。ヘタれ。現在鋭意、奮闘中。曹長。
デリク・ブラックウッド
 10番機。マライアと同期でアヤに腕を買われている次期エース。
 ベルントとともにサポート任務に回ることが多い。
 フレートとも仲が良く、ふざけるときは率先してフレートに乗っかる。曹長。
【レイピア戦闘飛行隊(第27航空師団100戦闘飛行隊)】
ユージェニー・ブライトマン
 レイピア隊の女隊長。怒らせると怖い。オメガ隊隊長とは古い仲で、いやらしい関係。少佐。
キーラ・ブリッジス
 レイピア隊の5番機。同隊第2小隊隊長。美人。フレートと男女関係が噂されている。少尉。
リン・シャオエン
 レイピア隊の6番機。アジアンビューティ。きれいな黒髪。無口でしとやか。少尉。
【そのほか】
ソフィア・フォルツ
 ジオン兵で連邦軍に逮捕、捕虜とされた。連邦側MPにレイプされ、いろいろ壊れ気味。
 壊れる前は明るくておふざけが好きなタイプだったのかも。「ふふ、ウソよ」が口癖。
 階級、軍内の職務についてはまだ未登場。
370:
 あたしは、この赤茶けた荒野を、ほとんど寝ずに、このホバーを走らせている。
睡眠と言えば、半日以上前に、1時間弱の仮眠を取ったっきりだ。
ダリルさんがくれた発信機の追跡装置上の座標と地図を照らし合わせながら慎重に進路を決めている。
 1時間ほど前から、光点は地図上ではバーストーという街にとどまっている。ここにソフィアはいるのだろうか?
もう、あたりは夕方だ。今日はこのバーストーで休まなければ、さすがに体に来てしまいそうだ。
そのまえにソフィアを見つけられれば良いのだけど…。
 そんなことを考えているうちに、前方の道の彼方に街らしき影が見えてきた。良かった、日がくれる前に到着できた。
しかし、そんなあたしの安心もつかの間。
 あたしの目には、なにやら黒い筋が何本も見えた。街から立ち上って、空に伸びている。
 あれって…煙?まさか…戦闘?あたしは街の陰影に目を凝らした。小さなものが飛び交い、のそのそと動くものもいる。
 あれは…モビルスーツ?あの点は…戦闘機?いや、違う、あれは戦闘機の機動じゃない。
攻撃ヘリだ。マズイ。
戦車やモビルスーツなら逃げる隙もあるかもしれないけど、攻撃ヘリなんていう、空対地専門の兵器に空から狙われたら、
このホバーは一巻の終わりだ。
 どうする…!?
 あたしは一瞬、迷った。でも…あたしは、もう逃げない…行かなきゃ!
 そう決心をして、あたしはアクセルを前回に踏んだ。ぐんぐんと街が近づいてきている。到着まで、あと20分くらいだろうか。
 徐々に街の様子が克明に見えてきた。あれは…ジオンのトゲツキだ。3機もいる。
ということは、周囲のヘリは連邦軍…とにかく、このまま街に突っ込むのはマズイ。すこし迂回して、側面から近づくべきだ。
 あたしはそう決断して西進していたホバーを街の北側に向けた。もう、街にある看板の文字が見えるほどの距離だ。
戦闘ヘリのローター音にミサイルの発射音に爆裂音、機関銃の絶え間ない発砲音がしたかと思えば、
爆発音がして、炎に包まれたヘリが地上に落ちる。
幸い、攻撃ヘリはトゲツキに無我夢中に食らいついていて、あたしのホバーの存在には気づいていないか、気づいていても、
手が回らないのだろう。フロントガラス越しに、攻撃ヘリの数を数える。まだ10機近い数が空を舞っている。
トゲツキは、その機動に若干翻弄されているようで、撃ち続けているマシンガンが、有効打を与えられていない。
いや、それだけじゃない、このヘリ部隊、相当に戦い慣れている。
きっと、ヨーロッパから転戦してきた部隊だ。もし、こちらに注意を向けられたら、危険だ。
 あたしはそう思いながら、追跡装置のパネルを見た。近い…街の中にいる…!
あたしはそう確信して、北側から一気に街へ進路を取った。
爆炎と砂塵とがれきの中を抜けて、街へ突入する。
どこ…?!ソフィア…!
パネルを頼りに、街の中の細い路地を行く。激しいローター音と爆撃音は鳴りやむことをしらない。
自分でも、なんだってこんなところに一人で突っ込んでいるのか不思議でたまらなかった。
あたしらしくもない。いつもなら、街に入る前に震えてうごけなくなっていそうなものなのに。
怖くないと言えば、嘘になる。実際、手だって脚だって震えているのを感じている。
でも、不思議と体はちゃんと動いた。それどころか、集中力が冴えわたっているように感じさえする。
 ショッピングモールのような大きな建物の脇を大通り側へ折れる。
371:
―――あった!
あたしはその先で、ソフィアが乗っていった車を見つけた。
路肩に止められ、小さながれきをかぶっているが、まだ原型はとどめている。が、次の瞬間、空がぱっとオレンジに光った。
見上げると、炎を噴きながら攻撃ヘリが落下してくる。
あぁ、マズイ!
あたしはブレーキを掛けながら思いっきりハンドルを切った。ホバーは止まったが、落ちてきたヘリが車の列を直撃した。
ソフィアの車も、潰されている。
 あの中に…いない、よね…あたしはホバーを動かして、すれ違いざまに中を確認する。
つぶれているが、中は見えた。大丈夫、誰も乗ってない…
 そう安心して視線を前に戻した瞬間、20mくらい先に人影があった。まるであたしの進行方向を遮るように両手を広げている。
 「いぃぃ!!!」
もう一度、今度は思わず両脚でブレーキを踏みつける。でも、ホバーなんて機構はそうそうすぐに止れるものでもない。
あたしはハンドルを切って、車体を横に滑らせる。
 ホバーは辛うじて、人影の数m手前で動きを止めた。
 バタン!とホバーのドアが開く音がした。
 ビクッと体を震わせながら、とっさに拳銃を抜いてそっちを見る。
 そこにいたのは、ソフィアだった。
黒くすす汚れた顔で、ボロボロの服で、息を荒げているけれど、彼女は、生きていた!
「マ、マライア!どうしてこんなところに!?」
「ソフィア、良かった、無事だった!迎えに来たよ!」
あたしは言った。
 ほっとした、というよりも、正直うれしい気持ちでいっぱいだった。
「座って!ヘリに囲まれてて無事なホバーなんて、奇跡みたいなもんだから!逃げないと!」
そう、ヤバくなったら、逃げろ、だ。
「あの建物へ向かって!」
ソフィアは助手席に座ると、フロントガラスの先に見える、目立つとがった塔のようなものが突き出た建物を指差した。
「どうして!?」
「ジオン兵が避難しているの!このヘリ部隊に追いかけられて、危ないところでこのザクの部隊が来てくれて、守ってもらってる。
 連邦の増援が来る前にこの街を出ないと!」
「なんだかわかんないけど、あそこにまわせばいいんだね!」
あたしはとにかく無我夢中でそれだけを理解し、ホバーを駆った。
 もう一度目抜き通りに出て、すぐの交差点を曲がり、別の通りに出た。その瞬間、目の前に攻撃ヘリが姿を現した。
372:
「み、見つかった!」
―――!
 ほとんど、反射だった。瞬間的に火を噴いた攻撃ヘリの機銃掃射をハンドルを切って躱して、
そのヘリのすぐ真下にホバーをすべり込ませて潜り抜ける。
「ソフィア、天井の砲台で反撃できそう!?」
あたしが怒鳴ると、ソフィアはスコープを引っ張り出して覗いた。それから
「撃つことは撃てると思うけど、こんな動き回ってたら当てるのは無理よ!」
と怒鳴り返してくる。そうは言ったって、止るわけにはいかない。後方カメラの映像が映るモニターの中でヘリがこちらに向きを変えた。
あのタイプのヘリが積んでるのは装甲貫通用の徹甲弾を使った30mmのガトリング砲だ。
本来は戦車やなんかを狙う物で、当たり所によってはモビルスーツだってただじゃすまない。
こんなホバーの装甲くらい本当に紙っぺらみたいに簡単に撃ちぬいてくる。直線位置に居たら、一掃射で火だるまだ。
 ソフィアがいった塔のある建物とは逆方向の、すぐ近くの路地へホバーを滑らせる。
ヘリが、建物の合間を縫うようにして追いかけてくる。照準をつけられたら逃げようがない。
 「ソフィア、当てなくてもいいから撃って!威嚇して照準を取られないようにしないと、逃げ切れない!」
「わ、わかった」
ソフィアはそう返事をしてスコープを覗き、手元に引き寄せたトリガー付きのレバーを動かした。
「撃つよ!」
「いっけぇ!」
バガァァァン!
 飛び上がりそうなくらいの砲撃音。
「外れた!」
「構わない、撃ちまくって!」
あたしはそう指示してすぐにまた路地を曲がる。もう!なんだってこんな大砲くっつけたの!
これだったら、大砲じゃなくて対空機銃かなんかのほうがまだマシよ!
 今度は別の路地へ逆方向にハンドルを切って入り込む。それでもヘリはまだついてくる。
もう!しつこい!こいつ!!あーー!なんで地面しか走れないの!?
「くぅ!インメルマンターンしたい!クルビットとは言わないから!でなきゃスライスバックかスプリットォォ!!」
「何言ってるの!?」
「二次元機動は慣れないんだよ!シザーズしかできないでしょぉぉ!もう!!!」
なんだか無性に腹が立ってきた。空からバンバン撃ってきて!こっちが逃げられないのをいいことに!
あんたなんかあたしが戦闘機に乗ってたら3秒で撃ち落としてやるのに!!
あぁ、もう!じれったい!じれったい!!じれったい!!!
もっと度!度が欲しい!急降下してスピード稼いで距離開けたい…!
なんだったら降下して地下にでももぐりたいよ…!
潜る…そうだ!
「ソフィア!照準前へ!正面のビルの壁打ち抜いて!」
あたしはまた路地を曲がって正面に出たビルを指して言った。
「―――わかった!」
ソフィアにも伝わったようだった。
373:
 バガァァァン!バガァァァン!!バガァァァン!!あぁぁ、もうこの砲撃音!どうにかなんないの!耳が壊れる!
 ソフィアの撃った砲は確実に正面のビルの壁を捕えて破壊した。大きな穴が開いてみえる。
ヘリがまだ路地を曲がって着いてくる。
「ソフィア!もう一回後ろ!」
「オッケー!」
バガァァン!バガァァァン!!
そうしている間にもビルはぐんぐん迫ってくる。
「捕まって!」
あたしは怒鳴った。
 車体を左右に振って、照準を避けながら、全力でビルの外壁の割れ目にホバーを突っ込ませた。
次の瞬間、ヘリのローター音が急激に高くなったかと思ったら、ものすごい近くで爆発音がした。
振り返ると、上から炎に包まれた塊が落下してくる。
―――やった!やってやった!
 「マライア!急いで建物へ!」
ソフィアがあたしに掴み掛って来るんじゃないかっていうぐらいの勢いでそう言ってきた。いや、うん、正直忘れてたけどさ。
「う、うん、急ごう!」
ビルの反対側の外壁に開いた穴からホバーを外に出して、建物へ向かった。
 トゲツキとヘリの戦闘は続いている。でも、ヘリの数は幾分か減ったようだ。
相手がバカじゃなければ、全滅する前に撤退すると思うのだけど…
そう思いながら、大通りは避け、裏の道を隠れるように進んで塔のある建物に到着した。それは、教会の様だった。
「待ってて!」
ソフィアがホバーから飛び出して協会に駆け込む。ほどなくして、ソフィアがまた姿を現した。
彼女は10人ほどのジオン兵を連れている。どれも負傷していて、痛々しい包帯を巻いている。
 「乗ってください!早く!」
ソフィアが指示を出している。そんなことをしていたら、すぐ近くにモビルスーツが降ってきた。
いや、地響きこそしたけど、スラスターで軟着陸をした感じだ。相当にやさしい、技術のいる操縦のはずだ。
 それはさっきの3機のトゲツキの1機の様で、あたし達を援護に来たつもりらしかった。
トゲツキは、群がるヘリの銃撃の盾になってくれている。しかし、今度は撃っていたヘリの方が、曳光弾の軌跡と交わって爆発した。
別のトゲツキの援護射撃だ。
「マライア、全員乗った!出して!」
ソフィアの声が聞こえる。
「出すって、いったいどこ向かうの!?」
あたしが怒鳴り返すとソフィアがまた叫ぶ。
「西へ!ここから西にベイカーズフィールドって街がある!そこへ向かって!そこがジオン兵の南側からの最後の退路なの!」
376:
 「あれがそう?」
辺りはすっかり夜。前方に明るい街が見えてきた。
「ええ、地図通り来られているなら」
ソフィアが言った。ホバーを減させて近づく。
街の入り口には、衛兵と、警備のためだろう、ムチツキが仁王立ちしている。
 あたしは、その前でホバーを止めた。
 ソフィアがホバーから降りていき、衛兵に何かを話している。
衛兵が大きく手を振ると、向こうの方から別のジオン兵が数人走ってきた。ソフィアがホバーに戻ってくる。
「けが人を運んでもらうわ」
そう言うと同時に、ジオン兵たちがホバーに乗り込んできた。
「大丈夫か?」
「もう安心だぞ!怪我の手当てをしよう!」
「気を付けろ!」
「おーい、担架だ!担架もってこい!」
兵士たちが口々に叫んでいる。
 あたしも、ようやく一息つけた。
なんでこんなことになったのかはさっぱりわからないけど、どうやらここでは戦闘が近くには迫っていないらしい。
ジオン兵たちもあわただしそうにしているが、取り立てて殺気立ったり、緊張感があったりはしていないようにみえる。
 「お、おい、貴様!そ、そこで何をやっている!?」
不意にそう叫ぶ声がした。振り返ると、一人のジオン兵があたしに小銃を突きつけていた。
―――え?なんで…どうして?あたし、なにかした???
「どうした!?」
別の兵士が駆け込んでくる。
「れ、連邦兵が、う、運転を…!」
あ。
しまった。
あたし基地から出てきたまんまで、軍服姿だった。
あたしはソフィアを見やった。
「これ、まずいかな…」
「捕虜になっちゃうかも…下手したら、レイプされたりとか…」
あたしは戦慄した。けど、そんな顔を見てソフィアは笑った。
「ふふ、ウソよ」
いや、ソフィア、それ全然笑えないから。
「この人は大丈夫よ。私が保証するわ。それよりも早くけが人の搬送を。重症者が3人ほどいた筈です」
「は、はっ!中尉殿!」
え?中尉?
「ソ、ソフィア、ちゅ、中尉だったの!?」
そう言えば、話す時間もなくてソフィアのことってあんまり聞けていなかった。
軍務に関することも、年齢とか階級とかそう言うのもろもろ全部。
377:
「あぁ、話したことなかったわね。私は中尉よ。情報将校。スパイなんていうのじゃなくて、専門は情報分析だったけれどね」
そ、そうなんだ…聞いたことなかったから当然だけど…し、知らなかった。
「だから、ちゃんと敬語使ってね、マライア・アトウッド曹長?」
「え、あ!は、はい!」
思わず返事をしたあたしに、ソフィアは
「ふふ、ウソ」
と言ってまた笑った。なんか、ずいぶんと元気になってるじゃない…心配して、ちょっと損した。
 「お!帰ってきたぞ!」
「離れろー!邪魔だぞー!」
不意に外から叫び声が聞こえた。見てみると、大きな輸送機が垂直着陸してくるのが見える。あの小さい太っちょだ。
「あぁ、良かった、無事だったみたい」
ソフィアが言うので首をかしげると
「あぁ、さっきのモビルスーツ隊よ」
と教えてくれた。
 ホバーから降りてみると、輸送機はすでに着陸して、中からボロボロのモビルスーツが降りてきているところだった。
 モビルスーツは街の外側のふちに跪くと、コクピットを開けた。中からリフトでパイロットが降りてくる。
その中の一人が、こちらに走ってきた。
「フォルツ中尉!」
パイロットは女性だった。彼女はあたし達のすぐ前に来て敬礼をしてくる。ソフィアが敬礼を返した。
あたしも、慌てて敬礼をしてから、あれ、なんか違う気がするよ、これ、なんて思った。
「ヘープナー少尉。無事で良かったです」
「中尉こそ!」
ソフィアが言うと、彼女も満面の笑みで返答する。それから、あたしを見て
「あの、こ、こちらの方は…?」
とソフィアに聞く。
「連邦の兵士さんよ」
ソフィアは包み隠さずに言った。
 ヘープナーと呼ばれた女性パイロットは驚いていた。もちろんあたしも驚いた。
いや、こんなジオンばかりのところで、連邦の制服を着たあたしが今更驚くのもどうかと思うけれど。
「マライア、こちらシャルロット・ヘープナー少尉よ。ヘープナー少尉、彼女は、マライア。例の隊に所属しているの」
ソフィアが言った。
例の隊?なんのことだろう?
 そんな風に思っていたら、ヘープナーさんの顔がぱぁっと明るくなった。
「で、では!あの鳥のエンブレムの?!」
「え、え、なに?ソフィア、どういうこと?」
あまりにもわけがわからず、ソフィアに聞いた。なんでジオン兵があたし達の隊のエンブレムのことを知っているの?
確かに、オメガ隊のエンブレムは「Ω」の文字を抱きかかえるようにした不死鳥がモチーフになっているけれど…
どうしてそんなことをジオン兵が知ってるのだろう?
「隊長さんよ」
ソフィアは笑った。
378:
「あなた達、戦いながらジオン兵を逃がそうとしていたって聞いたわ。
 ここにいる100人近い兵士が、あなた達と遭遇したことで、この街に流れ着くことができているの。
 他の部隊だったら攻撃を受けて撃破されて死んでいたかもしれない兵士もきっといたはずよ。
 今、ジオンの間では、鳥のエンブレムの機体は攻撃対象じゃないのよ。攻撃したら、隊長さん達も反撃せざるを得ないでしょう?
 でも、攻撃さえしなければ、退避させてくれる…いえ、攻撃したって、できる限り死者を出さずに戦ってくれる。
 この辺りではもっぱらそんな噂で、『連邦にも話の分かるやつらがいるんだ』なんてみんな言ってるわ」
「そんな…隊長のあれが…」
何かある、そうは思っていたけれど、まさか隊長はこれを予測していたの?
戦場の中で、地道に敵軍に死者を出さない方法で敵兵器だけを破壊して行ったことがジオン兵に伝わって、
命を助けてくれる、守ってくれる存在として浸透して、結果、ジオンがあたし達を敵と認識しなくなること、
味方に近いくらいの意識になって、攻撃対象から外すことを、狙わなくなることを、予測していたの?
そんなこと、嘘みたいだし、いや、普通に考えればあり得ないけど…
 でも、でも。いまこうして聞いた話が、結果が、まるで隊長が予期していたかのように思わせた。
だって、それはこの戦場の中で「もっとも安全にいられる方法」なんだ。
隊を守るために、敵からの攻撃を遠ざけるために隊長は、敵兵を殺さずに逃がしていたっていうの?こうなることがわかっていて…?
「皆さんの噂を聞いて、戦争というものの中にも人間性を持ち続けることの大切さを実感しました。
 私たちは、憎しみや憎悪で戦ってはいけないんだ、それは一時の行き違いかもしれない、
 考え方や方向性の違いで争うことになってしまったとしても、戦っているのは人と人。
 命も、心もあるもの同士なんだってことを忘れてはいけないんだと気付かせてくれました」
ヘープナー少尉はあたしの手を強引に握ってきた。
 いや、まぁ…そんな風に言われてうれしくないこともないんだけれど…たぶん、それは考え過ぎっていうかなんて言うか…
ただの隊長の気まぐれの結果だと思うんだよね、うん。そうだよね、隊長…?狙ってやってたわけじゃない…よね?
「まぁ、そうは言っても、この街をその服で歩き回るのはまずいわ。私の上着貸すから、着替えて。すこし話もしたいし…ね」
 ソフィアがまた笑って言う。そうだ、きっと、お互いに話さなきゃいけないことがいっぱいあるはずだ。
「うん」
あたしもソフィアのその言葉に、笑顔で返した。
379:
 あたしはソフィアに街はずれにある地下のバーに案内された。
なんでもここはジオン兵の御用達で、それというのも、開戦時、この街を根城にしていたタチの悪い連邦軍に絡まれていた店主の娘を、
ジオン兵が助けて以来、店主がジオン贔屓なんだとか。
正直、ソフィアのことと言い、同じ連邦の軍人として恥ずかしい。
 「それで、どうしてホバーなんかで?」
ソフィアが聞いて来た。そうだよね、まず、説明しないとね…なにから話せばいいだろう?
隊長のことかな、それから、あたしがどう思ったかも、ソフィアには聞いてほしいかもしれない。
「あのね、隊長たちが、行け、って。隊長はあたしをちゃんと見ててくれたんだ。
 きっと、隊のみんなも。あたし、自信がなかった。何をやってもダメだろうって。
 戦うことも、何かを守ることも、できやしないって、そう思ってた。だけど、それはあたしの勝手な思い込みだったのかもしれない。
 本当は出来るかもしれないのに、できない自分を見るのが怖くてなにもしなかっただけのような気がする。
 隊長にはそれがわかっていたんだと思う。あたしが臆病なワケも、すぐに逃げちゃう理由も。
 うちの隊のルールでね、ヤバいときは逃げろ、って決まってるんだけど、それは、必ず次の手を考えて、
 いったん引いて体制を整えろって意味なの。でも、あたしのは違った。ただ、逃げるだけ、ただ臆病なだけだった。
 でもね、それじゃぁ、いけないってわかった。それじゃぁ、自分を守れないばっかりか、そばにいる誰かすら危険にさらしちゃう。
 だから隊長は、ソフィアからあたしを離したんだと思う。ソフィアにも、自分にも向き合わないあたしが、危うかったから。
 それに気が付いて、だから、あたし、今度は、ちゃんと向き合わなきゃいけないって思った。そうしたいって思った。
 自分の始めたことを、隊のみんなや、誰かに押し付けないで最後までやり通そうって、ちゃんと向き合って、
 うまくはやれないかもしれない。でも、そこから逃げてたら、何の意味もない。
 怯えてる暇なんて、もうないんだよね。そう思ったから、ソフィアを探しに来た。
 自分で始めたことを、なんとか自分でやり通そうって。あたしに何ができるかは、まだわからないけど…でも。
 もしかしたら、あなたと一緒にいたら、それが見つかるかもしれないって、そう思って」
あたしは自分の気持ちをソフィアに伝えた。ソフィアはあたしの言葉を黙って聞いていてくれていた。
それから、ふふふっと笑って
「そう、隊長さんたちが、ね…」
と遠い目をするのだ。その表情は、なんだか、懐かしいものでお思い出すような感じだった。
それ以上、彼女は何も言わなかった。
380:
 あたしもソフィアに聞いてみる。
「ソフィアは軍にもどったの?」
「いいえ。私はもう戦いはやめるわ。
 でも、隊長さんたちが私を助けてくれたように、私もできる限りのジオン兵を助けて宇宙に上げる手伝いをしようって思ったの」
ソフィアは店主のおじさんが持ってきてくれたバーボンのグラスを傾けて言った。
「私ね、まだ、あの時のことは思い出すよ。怖いし気持ち悪いし、もう最悪。
 でもね、汚されて、壊されちゃった私だけど、助けられる人がいることに気が付いた…
 ううん、もしかしたら、私は私を救いたいのかもしれない。少しでも捕虜や殺される人を減らしたい、助けたい。
 そう思った。私のような目に遭わなくていいように。それをして、私の壊れた心がもとに戻るなんてこれっぽっちも思えないし、
 本当に全然そんな風には思えないから…だから、あの日私は、あそこで死んだんだな、って思うようになった。
 今、こうして元気にしていられるのは、あなた達のおかげ。だから、これは、いわばおまけね、エクストラ。
 そのおまけをどう使おうかな、って思ったときに、私はやっぱり誰かを助けたいって思った。
 心は壊されてしまったけど、まだ生きてる。
 だからせめて、私に唯一残されたこの命の火を燃やして、誰かの命を、誰かの心を救いたい、守りたいって思ったんだ。
 最期の、悪あがき、って言うのかな!」
なんだか、その言葉は悲しかった。
だって、ソフィアは結局、誰かを助けたって、あの傷つきを癒すことなんてできない、そう実感しているんだ。
一見明るく見えるけど、あの日、あたしに殺して、と叫んだソフィアと何も変わってなんかいなかった。
やっぱり彼女は、死を求めている。自分を壊してしまいたいって、そう思っている。
でも、ただ壊れるよりも、誰かのために働いて壊れたい、つまりはそう言うことなんだと思う。無為に壊れてしまうのではなくて。
その方が、きっと自分の命に意味を感じられるから…せっかく助けられた命を粗末にするんじゃなくて、意味のある形で失いたい、
彼女は、そう言っているような気がした。だけど、結局のところ、彼女の中に確かに存在しているのは、死への衝動だ。
そんなことで、いいんだろうか。あたしは自分に聞いた。あたしには、何ができるだろう?ソフィアを止めるべきだろうか?
でも、今の彼女を止めてしまったら、そこに残るのは死への想いだけ。
彼女にとっての意味あるものが失われるだけなんじゃないかと感じられた。
だとしたら、取り除かなきゃいけないのは、死を求める気持ちの方。
でもそれって、ソフィアの言う、「壊れたもの」を直さなきゃいけないような気がする…そんなことって、できるんだろうか…
ううん、できるのかもしれない。でも、そう簡単に行くような話では、きっとないだろう。
381:
 カラン、とあたしのグラスの氷が音を立てた。なんだか、それが喉をそそってあたしもグラスに口をつける。
濃厚なアルコールの香りが口の中いっぱいに広がって…舌に熱い感覚が走って、喉が焼けた。
「ぶはぁっ!げほ!えほえほえほ!」
そして、盛大に吹いてむせた。そんなあたしを見てソフィアは声を上げて笑った。
ソフィアって、楽しいときはこんな顔して笑うんだな…そう言えば、声を出して笑っているのなんて初めて見た…
いや、それよりも―――
「なにこのお酒!?」
「ん、スピリッツよ。一番強いヤツ。なんて言ったっけな、スピリタス?」
「そんなもの頼んだ覚えない!」
「えぇ?だって、なんでも良いって言ったから…」
ソフィアはニヤニヤと笑っている。た、確かに何でもいいとは言ったけど、これってストレートとかロックってレベルじゃないよ!?
もう…原液って感じだよ!?アルコール度数100%越えてるんじゃないの!?
 あたしが慌てて店主にお水を貰って飲んでいる様子を見て、ソフィアはニヤニヤと笑っている。もう、腹立つなぁ。
「あたしもそれ、バーボンが良い」
「へぇ、大人」
「そう言えば、ソフィアっていくつなの?」
「私?19よ。マライアもそうでしょ?ダリルさんに聞いたわ」
「19!?同い年!?」
それもびっくりした。だって、こう、元気になったソフィアはどこか大人の余裕すら感じる雰囲気を醸し出しているのに…
「そ、そうなんだ…と、年上かと思ってた、ご、ごめんね」
「良いのよ。マライアは子どもっぽいから、仕方ないわ」
ま、また…!
「ふん、またどうせあたしが怒ったら『ウソよ』とか言うんでしょう?」
「いいえ、今のは素直な感想よ」
なっ…なんだ…と…
 あたしがなにか言い返してやろうと思っていたら、ソフィアは思い出したように口を開いた。
「そう言えば。ね、蒼いモビルスーツって、知ってる?」
「蒼い?」
「そう、連邦の蒼いモビルスーツ」
ソフィアは聞いて来た。
 蒼いモビルスーツ…そんなの、見たことないな…あれ、でも待って。
前に、アヤさんとダリルさんがこっそり入った格納庫で遊んだって言う水中型のモビルスーツって、
確か青いやつだったって言ってた気がする…
「水中型の奴かな?」
聞いてみるとソフィアは首を振った。
「ううん。陸戦型よ」
そんなのは聞いたことない。
「うーん、聞いたことないよ。指揮官機で特殊なカラーリングとか、そう言うことかな?」
「いいえ、違うらしいの。確かに、パッと見た見た目は、ほら、連邦の陸戦型の廉価版あるじゃない?
 あれに似てたって聞いたけど、でも、きっと中身は別物」
382:
「それが、どうしたっていうの?」
「うん、私たちが北米大陸に付く前に、連邦軍は、キャリフォルニアベースに総攻撃をかけたらしいの。
 でも、さすがにジオンだって黙って攻撃されていたわけじゃない。
 北米中から集めた戦力で強固な防衛線を張って、それを迎え撃ったって話だわ。
 けが人やなんかを優先的に宇宙に打ち上げる間、ね。でも、その強固な防衛線を、たった1機で突破してきたモビルスーツがいたらしいの」
「たった1機で?」
「ええ。そのモビルスーツは北から、基地北部にある防衛線を突破して、単機でミサイル基地を攻撃し、わずか数分でこれを壊滅。
 さらにそのまま南下して基地周辺で、ジオンの新型モビルスーツと会戦して、両者ともに撃破。12月の、15日の話らしいわ」
「すごいね…そんなのは聞いたことないよ」
「その蒼いモビルスーツに受けたジオン側の被害は、モビルスーツ17機に、ミサイルサイロ5基、防衛拠点の砲台10か所」
「たった1機で17機も!?」
「ええ。想像を絶することよ」
確かに…そんなモビルスーツがあるなんて聞いたことないけど…でも、それが本当なら、と思うと、怖いと思わざるを得ない。
連邦はそんな機体を開発していたって言うの?
「見た人の話だとね、あれは人間が乗ってできる動きじゃない、だって」
「どういうこと?」
「わからないわ。聞いた言葉をそのまま使うなら、『まるで、すべてを破壊することをプログラミングされた精密機械』みたいな感じ」
「そんなことって、あるのかなぁ?」
「ないこともないとは思うけど…どうなのかしらね。でも、今私たちが一番警戒しているのは、そいつなの。
 あのモビルスーツが、1機だけなら良いんだけど…
 一般兵のあなたが知らないとなれば、そんなに多くは生産されてるとは思えないけど、1機だけ、なんて保証はどこにもない。
 新鋭機ってのは、だいたいまとめて何台か、似たようなものをつくってテストするものだからね」
「うん…」
あたしは息を飲んだ。そんなのが、もう一度この戦場に投入されたら…と思うと、いや、想像すら、したくない。
「明日には連邦軍が南からこの街に進軍してくるわ」
「え!?」
その言葉にあたしは驚いた。ずいぶん急いでここには来たから、距離は開けていると思ったのだけど…
「南の、ロサンゼルスを制圧した部隊が北上してくるって情報が入ってるの。
 ここから北にあるストックトンっていう、最終防衛ラインの一つを攻略するつもりなんでしょう。
 その中に、蒼いのがいなければいいなって思ったのよ。
 そこを突破されたら、サンフランシスコのキャリフォルニアベースはまる裸になる。
 そうなったら時間の猶予はほとんどなくなってしまう。明日の朝には、ここの兵士たちも基地へ向かうはずよ」
そうなんだ…北米のジオンは、そこまで追い込まれて…
「ソフィアはどうするの?」
「あたしは、ここに残るわ」
え、ちょっと…だって…
「ここには連邦が来るんでしょ?!ソフィア、手配されてるし、こんなところに居たら、危ないよ!」
あたしは言った。言ってから、あぁ、そうだった、と思った。そうだ。彼女は死を望んでるんだ。
383:
「少しくらい、平気よ。このバーの店主さんは、ジオンに協力してくれると言ってくれてる。
 まだ、誰かが大陸のどこかに残っているかもしれない。もしたら、連邦に紛れている可能性だってある。
 この街の、路地裏なんかにここの広告のチラシを貼ってあるらしいの。隠語を使って、このお店がジオンに協力していることを、
 ジオン兵に教えて、助けになるつもりらしいわ。だから、私もそれを手伝うつもり」
「やっぱり、帰る気はないんだね…」
「それは、前に言った通りよ…国へ帰っても、普通の生活ができるとは思えない…
 私は、戦場で誰かのために命を尽くして、きっと戦場で消えていくんだよ。
 ふふ、できれば、そのときに、つらくも苦しくもなければ良いかなって、それなら幸せかなって」
ソフィアは、なんでかわからないけど、なんでそんななのか、全く理解できなかったけど、
でも、本当にすっきりとした表情で、笑いながら言った。あたしは、あたしは、それが悲しくてしかたなかった。
 翌朝、ジオン軍は大挙して街から出て行った。
最期まで残っていた、ヘープナー少尉は、見送りのあたし達のところにやってきてあいさつをした。
 なんでも、このシャルロット・ヘープナー少尉は、所属のフェンリル隊とともに、最後のシャトルの打ち上げを見届けるまで、
この北米を離れるつもりはないらしい。シャトル打ち上げ後は、あの太った空母でアフリカに渡るんだ、と言っていた。
 言っていることは、ソフィアと同じなのに、シャルロッテには仲間を守るんだという固い意志と決意を感じたけれど…
やはり、ソフィアからは、どこか死を意識させる感じを覚えずにいられなかった。
 そして、その日の夕方には連邦の部隊が街へ押し寄せた。
とくに大きな混乱はなく、街の人たちはごく普通に軍人たちを受け入れ、軍人たちもそれを享受していた。
 それから、驚いたことに、その軍人の群れの中に、みんながいた。
オメガもレイピアも誰一人かけることなく、この街にたどりついていた。
あたしとソフィアはみんなをバーに案内し、店の主人にも紹介した。それからその日は、そこで酒盛りをした。
 相変わらず、フレートさんとダリルさんがヴァレリオさんをいじって、ヴァレリオさんが怒ったり、
それに乗っかってレイピアの女性パイロットたちが騒いだり、もうしっちゃかめっちゃかだ。
 でも、そんな中でもあたしは考えていた。ソフィアを、あの、死へ向かおうとする、傷つき感を、どうやって取り去るのかを。
きっと、それをあたしがやるってことは、それこそ死に物狂いで方法を探さないといけないだろう。
ソフィアと向き合って、自分と向き合っていかなきゃいけないだろう。
そうしていくことで、もしかしたら、あたしは、あたしの中にかけがえのない何かを見つけられるかもしれない。
 そんなことを、お酒で火照る体と頭に、心地良い微睡を感じながら、考えていた。
386:
戦慄のブルーか
388:
>>386
キャリフォルニアといえばこの機体、らしいのでww
389:
しかし19で中尉か……
390:
この世界ではありがちですよねぇ
某真っ赤な人は19で少佐、20で大佐になりましたw
ちなみにシャルロッテは19で少尉、クリスも20で中尉だったと思います。
あと、ノエルアンダーソンが当時17歳伍長で、終戦後に18で少尉になってますw
士官学校卒業した軍人は卒業時が18歳として、
そのまま入隊して18-19で少尉任官される設定なのかと思います。
392:
 それから、何日がたった。相変わらず街には連邦軍が詰めている。先日、北のストックトンという街が連邦によって攻略された。
ソフィアによれば、これでジオンのキャリフォルニアベースの最終防衛ラインは崩壊するだろうとのことだった。
そのあたりの高度な戦術的なことは正直わからないけど、とにかく、ジオン兵を逃がすのなら時間がない、ということは分かった。
 あたし達の隊は、この街に駐留することが決まった。
主に補給路の防衛が主任務。任務の合間、隊長たちは車でどこかに出かけて行ってはしばらくは帰らない、なんてことが続いた。
なんでも、あたしとソフィアのために、街の周囲に万が一の逃走用の仕掛けを施してくれているって話だ。
あたしたちの乗ってきたホバーもどこかに隠した、と言っていた。素直に、それはありがたいと思う。
だって、あたしにはできない芸当だし、それに、放っておいたら、ソフィアは確実に死ぬつもりだ。
 ジオンが撤退してからも、合計で3、4人くらいの私服のジオン兵が、こっそりバーにやってきて、助けを求めてきた。
あたしとソフィアはそのたびにアシを用意したり、夜な夜なジオンの勢力範囲内に送って行ったりする活動をしていた。
 そんな日のお昼過ぎだった。あたしは、店主のおじちゃんに頼み込んで、ソフィアとこのバーで働かせてもらっていた。
隊長たちのこともジオンびいきなおじちゃんに紹介して、協力してくれるようにお願いした。
おじちゃんもあの「鳥のマーク」の連邦軍だというと喜んで快諾してくれた。
 「マライアー。空ビン、外に出してきてくれる?」
「あぁ、うん」
ソフィアが言うので、空の瓶が詰まった木箱を地下から持ってあがって、ごみ置き場へとおいて戻る。
「ありがとう。ごめん、悪いんだけど、そっちのモップも片付けといて」
ソフィアが言うので、モップを店の隅においてあるロッカーに戻す。
「あと、買い物行って来てほしいんだ。塩がなくなっちゃいそうで。できれば大きい袋でお願い」
ソフィアが言うので、あたしはお店の財布を持って…て、ソフィア、人使い荒くない?!
「ね、あたしはソフィアの召使いじゃないんだよ?」
あたしが文句を言うとソフィアはまぁたニヤニヤ笑って
「だってー昼間外うろつくと、私、連邦軍に見つかって危ないって言ってくれたのは、マライアでしょ?
 それにほら、あたし、夜の下ごしらえしなきゃいけないし」
そう言いながらソフィアはおじちゃんが書き残しておいてあるという、レシピノートをテーブルに座って、
コーヒーをすすりながらめくっている。
 このぉぉぉ!最近なんかますます元気になってきてない、こいつ!?腹が立つ!腹が立つけど…買い物は、あたしがいかなきゃ…
 そのことに自分で気づいてしまった、あたしは肩を落とした。
「わかったわよ。行ってくる!」
それから、ちょっと不機嫌なふりをしてお店を出た。
393:
 街は、いつもと変わらず落ち着いている。人々は普通の暮らしをして、何気なく過ごしている。
もちろん、街の中の通りには軍用車が走っているし、軍人もときおり街角をふらついている。
モビルスーツはたえず、街の外側に陣取って警戒を崩していないし、戦時だという雰囲気ではあるのだけど、
この街は、南にロサンゼルスという大きな拠点があった街での戦闘が主体になっていたため、ほとんど被害を受けずに済んでいる。
だから、こんな穏やかな雰囲気なのだろう。
 あたしは食料品店に行って、業務用の塩を2袋買って店を出た。
おもいビニールバッグを下げて歩いていたら、ゴゴゴゴゴと地鳴りのような音が聞こえる。
見ると、大通りをおきなトラックが走ってきていた。巨大な荷台。あれは、モビルスーツの運搬車だ。
運搬車は、大通りの真ん中で停車する。シートから、軍人が数人降りてきた。
それぞれ、伸びをしたり、近くのお店に駆け込んだりしている。
 あれはおそらく、キャリフォルニアベース攻略のための本隊の一部。
情報では、今夜にはこの街にビッグトレーが到着して、明日にはキャリフォルニアベースに総攻撃をかけるとのことだ。
周辺の街から、そのビッグトレーに搭載されるための戦力が、ここに集結しているのだ。
 ふと、運転席から降りてきた男が、誰かと話しているのが目に入った。
テンガロンハットにサングラス、手にカメラを大事そうに抱えた、ジャーナリスト風の女と、
体躯の良い、日に焼けて浅黒くなった肌の、女性…
 あれ…?
 あたしは、ハッとした。急に胸がキュンキュンと苦しくなる。
まさか、そんなこと、ね…そうは思いつつ、あたしは目を凝らす。
 いや、うん、そうだよ。間違いない…あの顔、あの、明るい笑顔…間違いないよ!
―――アヤさん!!
あたしは大声で叫んでしまいそうになったところをこらえた。アヤさんと一緒にいる女性は捕虜のはずだ。
ソフィアと同じ。
だとしたら、こんなところで大声で呼びかけて注目されるのは避けるべきだ。
あたしは慌てて、震える手で自分のPDAを取り出して隊長のナンバーにコールした。
 呼び出し音が鳴る…今日は、レイピア隊の出撃の順番のはず。隊長は街のどこかか、
街の周辺にはいるはず…呼び出し音が鳴る…もう!隊長!早く出―――
「おーう、マライア。なんだよ、急に電話かけてきて」
出た!
「隊長!隊長、大変!アヤさん!アヤさんが!」
「なんだよ、アヤがどうした?なにか情報入ったのか?」
「ううん、違うよ!いるの!すぐそこに!この街に来てるんだよ!」
「なんだと!?場所は?」
「えぇと…ほら、あのダイニングバーの前!あの、料理まずかったところ!」
「あぁ、あの角か。俺たちもすぐ近くにいるが、待てよ、大通り沿いだな…よし、アヤのことは任せろ。
 マライア。お前、店に行ってオヤジさんに場所貸してくれと頼んどいてくれ。こんな街中で立ち話は、さすがに怖ええからな」
「うん、了解!」
あたしはそうとだけ返事をして、お店への道のりを走った。
394:
あたしはお店に駆け込んで、おじちゃんとソフィアに隊で使わせてほしいってことを伝えようと思った…
けど、息が切れてて、声が出ない。
キッチンで食事の下ごしらえをしていたおじちゃんとソフィアが、そんなあたしの様子を見て、呆然としている。
あたしはお水を一杯貰って、息を整えてから事情を説明した。おじちゃんは快くお店を使って良いって言ってくれた。
ソフィアは、なんだか不思議そうな顔をしていたけど、とにかく!行かないと!アヤさんのところ!
今頃、隊長たちがアヤさんと会っているはずだ!あたしも早くアヤさんと話したい!
 「じゃぁ、ちょっともう一回行ってきます!」
あたしはそう言ってお店を出ようとしてソフィアに呼び止められた。
「あーマライア!塩!塩は持っていかなくていいから!」
忘れてた。塩の袋もったままだった!あたしは、それをソフィアに渡して、また走ってお店を出て行った。
395:
 「へいよ、お待ちどう!」
おじちゃんが、料理を持ってきてくれる。
「悪かったなぁ、オヤジさん!急にこんなこと頼んじまって」
隊長が言うと親父さんは笑って
「なーに、お前さんらの頼みじゃことわれねえよ!それに、そっちの嬢ちゃんもジオン軍人を助けたっていうじゃないか!
 俺は今まで、連邦なんて、って思ってたが、やっぱり捨てたもんでもねぇよな。
 大事なのは、どっち側かなんてことじゃく、ひとりひとりの心がけだよな!」
おじちゃんはそう言って豪快に笑う。
 おじちゃんに次いで、ソフィアも料理を持ってきてくれた。あたしはチラっとソフィアを見る。
彼女は無言で「なぁに?」とでも言いたげな目。あたしは、ソフィアに、アヤさんと話をしてほしかった。
あたしには、ソフィアの傷をどうにかすることはできないかもしれない。
でも、アヤさんならもしかしたらそれを明るく照らし出す方法を知っているかもしれない。
あたしにはできないけど、でも、だから、あたしは、アヤさんとソフィアを近づけてあげたいって、そう思った。
「んおぉ!おっちゃん!このマリネにかかってるタレ、これなんだ?」
アヤさんが運ばれてきた料理を口にしておじちゃんに聞いている。
「あぁ、俺特製のドレッシングさ。オリーブオイルと、酢と、レモンに、隠し味にちょいとばかし蜂蜜を加えてる」
「この甘味は蜂蜜か!おっちゃん、これはうまいよ!」
「そうかい?そう言ってもらえると作った甲斐があるってもんだ!こっちの男どもは料理の感想なんて一言も漏らしやがらないからな!」
「あーおっちゃん、こいつらには生ごみでも食わしときゃいいんだよ!
 ちょいと味付けしてやればうまそうに食うからさ!ごみ捨ての手間が省けていいぜ?」
アヤさんはそんなことを言いながら、まるで10年来の知り合いみたいにおじちゃんと話している。
そうなんだよ。アヤさんは、いつだってみんなの心を明るくする太陽みたいな人なんだ。
ソフィアだって、きっと、アヤさんと話せば、もっと明るい希望をもってくれるはず。
 それにしても…
アヤさんだ!無事で良かった!
アヤさんだアヤさんだアヤさんだ!!
またアヤさんに会えるなんて!
 しかも、こんなにげんきそうでいてくれて…もうっ!こんなにうれしいことってない!
396:
 「しかし、良くもまぁ、西回りでこんなとこまでたどり着いたぜ」
フレートさんが言う。
「そうですよー!船だったんですってね?」
デリクが聞いた。
「船と言や、レナさん、こいつうるさかったろ?やれ魚がどうのーとか、船の馬力がどうのーとか?」
ダリルさんがそう言って、アヤさんの連れていた捕虜、レナ・ヘスラーに話しかける。
「あはは。もうね、すごいんですよ!魚と海と船と釣りの話になると、もう、止らなくって!」
レナさんも、笑っている。
「あーレナ!あんたやっぱそんな風に思ってたのかよ!」
「あはは!だって、アヤ、そう言う話になると子どもみたいにワクワクした顔してて面白いんだもん!
 あ、でも、釣り!私、アヤに初めて釣りやらせてもらったんですよ!一匹釣れてそれを食べたんですけど、楽しかったですよ!」
「なんだ、逃亡生活で食う物も食えないようなことになってんじゃねえかと思って料理頼んだが、
 そうだったな、アヤには自給自足生活のすべがあったな。オヤジさん、こいつらには食わさんでいいわ!」
「ちょ!隊長!食べるよ!」
「そうですよ!食べますよ!アヤのおごりで食べますよ!」
「え、ちょ!レナ!レナさん!あんた、なにサラッととんでもないこと言ってんだ!?」
「なんだ、アヤのおごりか!おーい、オヤっさん!俺ビール!」
「俺バーボン!あのうまいヤツ、ボトルで入れてくれ!おごりらしいから!」
「じゃー俺、ワインで!アヤさん、ごちになりまーす!」
「お前ら!まだ昼間だぞ!?ってか、アタシらこれからまた北の激戦地に行くから飲めないし!お前らだけ飲ませるわけに行くか!」
「おじさーん!私も何か甘いお酒くださーい!」
「あれ!レナ!レナさん!まだアタシらこれからやることあるんだぞ!」
「えー?でも、運転は結局アヤでしょ?基地に着いたら起こしてよ!」
「あんたってやつは!」
「わーー!暴力反対!」
アヤさんがレナさんの首に腕をかけてぎゅうぎゅうと遊んでいる。二人とも、すごく楽しそうに笑ってる。
仲良さそうで、楽しそうで、元気そうで、良かった。
397:
 「ん…?」
 「あ…」
そんな楽しそうにしてた二人が不意にそう声をあげた。ちょうど、ソフィアが料理を運んできてくれたところで、二人は、彼女を見ていた。
ソフィアはやっぱり、そんな二人を見てキョトンとしている。
「アヤさん!その子、ソフィアっていうの、実はね、あたし達、アヤさんと同じことしちゃったの」
あたしが言うと、アヤさんは一瞬、ぽかんとした表情をした。それから、すぐさま何かを考える様な顔つきになって
「ま、さか…捕虜だったとかじゃないよな?」
と眉をヒクつかせながら確認してきた。
「ご名答」
隊長がそう答えて笑った。それから
「まったく。こいつらときたら、いったい誰に影響されたのやら…困ったもんだぜ、本当によう」
とまるで渋々、と言った感じで言うのだ。自分で言い出したことなのに、隊長らしい言い方だ。
398:
 「ソフィア。この人は、アヤさん。あたしの…」
目標、あこがれ、そんなことを言おうとして、言葉を引っ込めた。
今まではそう言う存在だったように感じていたけれど、今は、それとは少し違うように感じていた。
もちろん、隊の中では今でもやっぱり一番大好きだし、頼れるし、優しいし。
でも、それはあこがれや目標なんかじゃなくて、単純な好意のように感じられていた。
「お姉さん!」
そう言うと、アヤさんはちょっと恥ずかしそうな、うれしそうな笑い声をあげた。
「それから、こっちは、えと、ジオンのレナ…リ…ケ…?」
「レナ・リケ・ヘスラー少尉です。地球方面軍、北米隊のキャリフォルニアベースに所属していました」
あたしが戸惑っていたら、レナさんはそう言って自己紹介をしてくれた。それを聞いたソフィアも笑顔を返して
「そうでしたか。私は、ソフィア・フォルツ情報中尉。
 所属はもともとオデッサ基地でしたが、任務の特性上、ヨーロッパ全域で情報分析活動をしていました。
 連邦のヨーロッパ攻勢で逮捕されて、ジャブローへ…」
そこまで言って、ソフィアは言葉を濁した。
「ソフィア」
あたしは彼女の名を呼んだ。それから、すこし迷ったけど、必要だと思ったから、思っていたことを口にした。
「ごめん、つらいかもしれないけど、話してあげてほしい。アヤさんは、この人は、とても頭が良くて、優しくて、太陽みたいな人なんだ。
 あたし達はあなたのことを理解はできても、あなたの気持ちの全部を了解は出来ない。でも、この人は違う。
 きっと、あなたを助けられる…」
「…おい、マライア、買いかぶりすぎ」
アヤさんはそう言って笑いながら、でも
「良かったら聞かせてくれないかな」
とソフィアに言う。傍らにいたレナさんも
「うん。できたら、聞かせてほしいです、中尉。私も同じような身。何か力になれることがあるかもしれません」
と言ってくれた。
 ソフィアは黙っていた。その表情には明らかに戸惑いが見て取れる。わかるよ、ソフィア。怖いの、分かる。
今は遠くに放ってある傷を、もう一回触ることになるかもしれないんだもんね…でも、大丈夫。
アヤさん達なら、きっと大丈夫だから…お願い、頑張って…。
 あたしは気が付いたら、ソフィアの顔をじっと見つめていた。ソフィアがチラっとあたしを見やった。
すると、なにか確信を持った顔つきで
「はい…」
と返事をして、うなずいた。
「でも、その前に…」
と、レナさんの方を見てソフィアが改まって口を開く。
「ヘスラー少尉。私は、軍から身を引いています。歳も、私の方が下ですし、私も気にせずにお話します。
 だから、少尉も、できたら気楽に相手をしてくれると、うれしいです」
ソフィアはそう言って、レナさんに笑いかけた。
「うん、分かった」
レナさんもそう言って笑顔を返した。
 ソフィアはそれを確認すると、ふぅとひとつ大きなため息をついて語り始めた。
399:
「私は、オデッサ作戦でジオン本隊が撃破されてから、アフリカの小さな町に潜伏していたところを連邦兵に逮捕されました。
 11月の末でした。おそらく、ジャブロー降下作戦の前日だったかと思います。
 情報士官だったということだからでしょう、そのまま身柄はジャブローへと送られて、そこで取り調べを受けてもらう、
 と言われていました」
「拷問ね…」
レナさんがそう言って身を震わせた。
「はい。ジャブローへ着いた初日は、これでもかと言うくらいに殴られました。拳や警棒で。
 正直に言えば、私は、アフリカに潜伏しているジオン残党の情報をある程度把握していたので、それを詰問されました。
 もちろん、しゃべりませんでした。なにがあっても、同胞を売るようなマネはしたくなかった。
 でも、そんな強がりを言っていられたのも、その日まで。翌日、私は独房から取調室に引きずられて行って…その…」
ソフィアはそこまで話して、突然に両腕で自分の体を抱いて震え始めた。
あたしは、いてもたってもいられなくなって、彼女の隣へ行き、肩を抱いた。
それでも、ソフィアの震えは収まらない。
 すると、アヤさんがそっと手を伸ばしてきた。
アヤさんは、ソフィアの手を握ると、その眼をじっと見て
「無理はしなくていいよ。でも…しゃべりたい、と思うのなら、ちゃんと聞く。安心して。
 ここは取調室じゃない。ここにいるアタシらは、みんな味方だ。大丈夫だよ、大丈夫…」
アヤさんの言葉は穏やかだった。不意にソフィアの体の震えが止まった。
微かに、吐息が乱れて、ヒューヒューと音を立てているのが聞こえる。
でも、ソフィアは、一度つばを飲み込むと、テーブルの上にあったお酒のグラスに手をかけて、それを離して、
隣に置いてあった水の入ったグラスをつかんで一口飲むと、息をついた。それから、クッと力を込めて
「ごめんなさい…私は、あの日、あそこで…取り調べをする、と言って私を引きずって行ったMP3人に、代わる代わる…犯されました」
と掠れそうな声を、なるべく響かせるようにして言った。
「そっか…」
アヤさんの顔に、一瞬だけ、力がこもる。レナさんは、口に手を当てて、息を飲んだ。
「何時間くらい、続いたか、正直わかりません…30分くらいだったような気もしますし、
 もしかたら、1時間か2時間以上だったかもしれません…」
ソフィアはそう言って口をつぐんだ。ソフィアの手を握るアヤさんの手に、きゅっと力が入るのがわかった。
それから、アヤさんは、今度はすっと息を吸った。そして、さっきソフィアがしたようにクッと力を込めて
「怖かったろう」
と掠れた声で言った。
「はい…」
上ずった声でそう返事をした途端、ソフィアの目から、ボロボロと大きな涙がこぼれ出した。
400:
「私っ…きっとそう言うことされるだろうって、覚悟はしてました…もし、そうなったら、舌を噛んで死ぬか、
 そいつらに殺されるまで抵抗してやろうって、そう思ってました。でも、いざそうなってみたら、私、怖くて、怖くて…
 なにも、なにもできなくて…動けなくなって…震えちゃって…脱がされて、あちこち触られてから、それから…
 なんども、なんども…。逃げたいのに、逃げられなくて、怖いのに、気持ち悪いのに、汚されていくのに、
 私、自分で死ぬこともできなくて…ワケわからなくて、頭が、おかしくなっちゃったみたいで…
 バラバラになっちゃんたんです、私っ…命はあるのに、心が死んじゃったんですよ…
 ばらばらに、ぐしゃぐしゃに、壊されて、荒らされて、汚されて…!もう、そこからは、なんだかもう、ただ悲しくて…
 なんで生きてるんだろうって、どうして、こんなところにいるんだろうって、そんなことばっかりが頭をぐるぐると回るだけで…!」
ソフィアがあの時、何を感じていたかなんて、初めて聞いた。ううん、あたし達は聞かなかったし、聞けなかったんだ。
だって、それがどんなにか辛くて苦しいことだったか、想像できないことが、分かってしまっていたから。
想像しようとすれば、あたし達の何かが、ソフィアによって壊されてしまいそうに感じていたから、
確信があったから、誰も、誰ひとりそんなことは聞けなかった。
 アヤさんも、辛そうだった。その表情は、まるですべてに絶望しているようだった。
悲しみと、怒りとがぐしゃぐしゃになったような顔をしている。レナさんはより一層、悲しい表情をしていた。
気が付けば、話を聞いていた二人は、寄り添うようにして、アヤさんの開いている方の手を、レナさんが両手でギュッと握りしめていた。
 あぁ、この二人は…あたしは気が付いた。
 この二人の絆は、とっても強いんだ。きっと、もしかしたら、ひとりずつでは、ソフィアの話を十分に聞くことができなかったかもしれない。
二人は今、お互いに何かを確認し合いながらソフィアの話に耳を傾けているんだ。
「そうだろうね…ソフィア…辛かったよね…良く頑張ったよ…良く、生きててくれたね…!」
レナさんもいつのまにか泣いていて、大粒の涙をこぼしながらソフィアに声をかけている。
ソフィアは、レナさんの言葉を聞いて、大きく、何度もうなずいた。
「3人が一通り、私の相手をして、二週目に差し掛かった時にマライアが来てくれたんです。
 部屋の前を通りかかって、そいつらに、脅されて、でも逃げることが出来ましたそれから、次の男が終わる直前に…急に電気が消えたんです」
「電気が?」
アヤさんが聞くと
「はい。ダリルさんが、工作活動をしてくださったらしくて、暗闇の中、隊の皆さんがと突入してきてくれて、
 私は、あの取調室から逃げ出すことができました。そう言えば、あの狭い独房と、あの狭い取調室以外の世界の外には、
 ちゃんといろんな場所が広がっていたんだってことと、外に出て感じました。
 それから、隊長たちに連れて行かれて、地下水脈のあるエリアで…」
「殺したんだな…」
アヤさんが低い声で聴くと、ソフィアは
「はい」
と声に出して返事をした。
401:
「銃で、脚と肩を撃ってから、股の、その、急所に、銃口を押し付けて、引き金を引きました。
 それから、何度も何度も、私、そいつらの股を蹴りました。
 血を噴きださせてて、口も塞がれてたから、大声が上げてませんでしたけど、苦しんでました。
 殺してやろうと思ったわけではないんです、正直。
 でも、もうその時には正しい判断もできなくなっていいて、そんな壊れた心が訴えかけてくるのは、
 目の前の男どもを、全部、ひとり残らず、恐怖と痛みと後悔と絶望に陥れてから殺そうって、そんな感じで…
 銃が撃てなくなってからは、岩出顔面を何度も殴って、それこそ、顔が陥没据えるほどに殴って、ひとり残らず、殺しました」
「そうか…それで、多少は気が晴れた?」
アヤさんが聞くと、ソフィアはうつむいた。
「いいえ。正直、まともに物を考えていることもできない状態で…
 そのときはとにかくその気持ちで、あとは実は、細かい記憶はあまり残ってなくて、
 あいつらのうめく声と、銃の反動と、血が吹き出るようすと、蹴ったり、殴ったりした感覚だけが、妙に鮮明に残っているくらいで…」
「まぁ、そんなもんだろうな…気休めにはなるが、根本の解決にはならないし…
 まぁ、今後のことを考えても、どこかでなんらかの形で潰しておかなきゃいけないヤツらだった。
 多分そいつら、レナを殴ったのとおなじMPだ。
 あの時は、状況的に不利だったから放っておいて、レナの逃亡のことを最優先にしていたけど、
 やっぱり、あの場でアタシが潰しとくべきだったのかもしれない…ひどい役回りをやらせちまって、悪かったな」
アヤさんはそう言ってソフィアに謝った。ソフィアは首をぶんぶんと横に振った。
 それからアヤさんはチラッとレナさんを見やった。レナさんは、力強い目で、コクリとうなずいた。
まるで、無言で何かを確認しているようだった。
 それから、アヤさんはしばらく虚空を見つめていたかと思ったらふっと口を開いた。
「話してくれて、ありがとう。つらいことを思い出させちゃって、ごめんな…」
「もしかしたら、たぶんアヤが助けに来てくれなかったら、私もソフィアと同じ目にあっていたと思う。
 そう考えたら、私もさんざんに殴られたけど、それも、心を仮死状態にまで閉じ込めたって怖かったけど、
 それ以上のことがこんな身近であったなんて…あなたの言う、心がバラバラにされて、砕かれてしまった、っていう気持ち。
 想像できるよ…まるで、底の無い、ぽっかりとした真っ黒な穴が開いてしまったみたいな…
 それが、そうなってしまう経験て言うのが、どんなに辛くて、どんなに怖くて、どんなに不快で、どんなに悲しいことだったか…って」
レナさんもハラハラと涙をこぼしていた。相変わらず、レナさんはアヤさんのそばに寄り添って、手を固く握っていた。
それから、不意にアヤさんが、何かを決心したように話を始めた。
402:
「あのさ、実は…知り合いってか、んまぁ、ちょっと面倒見てた子がね、おんなじ目にあったことがあるんだよ。
 戦争が始まった直後くらいに。
 それこそ、この北米戦線でジオンに追われて、ジャブローに撤退してきた部隊がさ、街で、そのアタシの知り合いにそう言うことしてね。
 まぁ、そいつらは、アタシが再起不能にしてやったんだけど…と、で、アタシ、それから、その子と一緒に、なんて言ったっけな、
 サイコセラピー?みたいなのに何度か着いて行ってたんだけど、その時の先生がさ、言ってたよ。
 『心の中の傷は、膿を出さないと治らないもの。だからいっぱい吐き出して。全部吐き出したころには、不思議と傷も塞がっているもの』
 だって。だからまぁ、あんたもいろいろあるんだとは思うけどさ…
 そうでもしないと、新しいこと生活つくろうったって、そんな気も起らないと思うし。
 いや、知り合いがそうだったから、ね。だから、まぁ、ほら!こいつらバカだけど、気のいい奴らだしさ!
 いっぱい吐き出して良いんだぜ!バカはバカなりに、黙って話聞いて、なんにも言ってやれない代わりに、
 あんたから離れずにそばにいてくれるからさ!ちょっとずつでいい。
 こいつらを、信じれるようになってくれれば、かならず、なんとかしてくれるよ」
アヤさんがそう言うと、レナさんも明るく笑って
「うん!私もそう思う。私もアヤに助けられた。アヤも黙ってそばにいてくれて、明るく楽しくしてくれた!
 だから、きっと皆さんを信頼していいと思うよ!あとね、なるべく太陽に当たること!元気になるし!」
とソフィアに言った。
 ソフィアは…まるで急に明るい光に照らされたみたいに、ハッとなって、そして、それからテーブルに突っ伏して
「ありがとう…ありがとう…」
と何度もつぶやきながら、泣き崩れてしまった。
 あんな気持ちを、ずっと胸の中に抱えていたんだね。ごめんねソフィア。
あたし達には、どうすることもできなかったことだったと思う。ずっと一人で抱えさせて、ごめんね。
今ので、ソフィアのすべてが変わったなんて思わない。でも、でも。
あのアヤさんが、ううん、レナさんも、二人で、ソフィアに何かを与えてくれたような感じがした。
泣いているソフィアを見ても、彼女は、何かを受け取ったんじゃないかって、思えるような気がした。
 そうだ、あたしには、こんなことはできなかった。だから、アヤさんに話してほしかった。
それが、今、あたしができた一つのこと、だ。
「あぁ、そんなことあったなぁ…ありゃぁ、ヤバかったよなぁ」
不意に隊長が言った。
「あぁ、そうっすねえ。さすがに俺も止めましたからね」
フレートさんが言う。
「お、おい!その話は…やめろ!」
アヤさんが急に顔を青くして動揺し始める。
403:
「なにかあったんですか?」
レナさんが隊長に聞く。
「あー!レナ聞くな!隊長も…黙れこの野郎!」
「うわぁぁ!アヤが暴れ出したぞ!」
「や、野郎ども!アヤを止めろ!」
「無理です」
「いや、怖いです」
「痛いのイヤなんで俺は知りません」
「ちょ!私聞きたい!アヤ、お座り!」
いつの間にか泣き止んでいて、でも涙目だったレナさんがアヤさんを押さえつけて、イスに押し戻すと、
まるで後ろから抱き着くみたいにしてアヤさんを拘束した。いや、そんなので捕まるアヤさんじゃないと思うのだけれど…
 あれ、おとなしくなった…?
「ようし!ナイスだレナさん!じゃぁ行くぞ!」
「やめろー!」
アヤさんがジタバタと脚を踏み鳴らす。
「あれは、たしかパトロールのあとだったなぁ。アヤの知り合いってのから、そんなことがあったって連絡があって、
 アヤがその子たちのところに話を聞きに行ったんだ。それまでは良かったんだが…
 帰ってきたアヤはもう、目の色が変わってた。
 で、その子たちから聞いた、その連邦軍の部隊の隊章だけを頼りに、その部隊を特定したんだ」
「あーもうホントやめてくれ!その話!」
アヤさんはそう怒鳴る、けど、レナさんが押さえつけているからか、抵抗はしていない。
「それで!それで!?」
レナさんはすっかり興味深々そうだ。あたしも、それはまだ配属される前の話で聞いたことがない。
この様子だと、まだあたしの知らないアヤ・ミナトの武勇伝があるようだ。
「うん。で、こいつは、ある朝、基地内で、その部隊と出くわした。もちろん、俺たちも一緒で、話は聞いてたからよ。
 アヤがそいつらに突っかかっていくのを別に止めたりはしなかったんだが…それがそもそも間違ってたんだ。
 突っかかっていく、なんてぇレベルじゃなかった」
隊長はそこまで話して、わざとらしく身を震わせた。
「相手は、北米からジャブローに来た陸戦隊の1個小隊、40人。
 アヤは…そもそも全員をぶちのめすつもりだったんだろうな。
 それこそ、こっちの声なんか聞こえない様子でそいつらに殴りかかった…それから、ほんの10分もなかったと思うが…
 こいつ、ホントにそいつら全員をぶちのめしたんだ…」
404:
 「よ…40人を…?」
「そうだ。しかも、事が終わったあと、その一人を締め上げて主犯を聞き出したアヤは…
 それこそ、本当にそいつらのナニを全部蹴り潰して『再起不能』にした…」
隊長はまるで怖い話でもするように言った。隊のみんなも、黙って、わざとらしく身を震わせている。
「アヤ、本当!?」
「…おおむね事実…」
レナさんが驚いている。
「あの時のアヤはバケモンみたいだったな」
フレートさんが言った。
「いや、悪魔だ」
ハロルド副隊長が言う。
「そんな生易しいもんじゃない」
ヴェレリオさんも口をはさむ。
「ああいうのはな、鬼神っていうんだよ」
ダリルさんが言った。
「鬼神…なんかそれってちょっとかっこいいな!」
フレートさんが唐突にそう言って笑いだした。
 何事かと思ってみたら、アヤさんが真っ赤な顔をしてフルフルと震えている。
「おい鬼神!お前、あんな無茶はもうすんなよ!事後処理大変だったんだからな!」
隊長も、笑いをこらえながら言っている。
「アヤ・鬼神・ミナト少尉に、敬礼!」
ダリルさんがそう言うと、みんながビシッとそろって敬礼してから大爆笑した。
あたしには何が面白いのかはさっぱりわからなかったけど…その場面を見たことのある人には、きっとそうとう可笑しいんだろう。
 それから夜になるまで、あたし達はみんなでアヤさんとの時間を楽しんだ。
あたしも、久しぶりのアヤさんと、もっともっと話をしたいって思った。この時間を楽しみたいって、そう思った。
今は、この幸せを感じていたい。ただ、ただ、そう思っていた。明日はきっと、激しい戦いになる。
あたしとソフィアには、行かなきゃいけないところがあるんだ。
412:
 食事を終えて、アヤさん達がみんなに別れを告げて店を出た。
隊長が、あたし達の乗ってきたホバーに二人を案内するとのことだった。隊長は、軍のジープに乗る。
あたしは、あたしの都合もあって、アヤさん達を追って店を出た。
「ね!アヤさん!あたしも最後まで見送らせて!」
あたしは、アヤさん達の乗った車の前に出て、道をふさぎながら言った。
「悪いよ!あんたらもまた明日任務があるんだろう?早く休んだ方が良い」
アヤさんはそう言ってくれたけど、あたしは止まった車の後部座席に無理やりに乗り込んだ。
小さい車で、後部座席は二人の荷物置き場になっていたけれど、かまってなんかいられない。
「おいおい、なんだよ?」
乗り込んだあたしにアヤさんがいぶかしげに聞いてくる。
「いいでしょ!お願い!」
あたしは頼んだ。もちろん、街の外へ行くには隊長の車に乗って行けば済む話だけど、あたしはアヤさん達と一緒に居たかった。
アヤさんとレナさんを見ていたかった。ふたりがここにたどり着くまでにどんなことを経験してきたかは、話で聞いた。
でも、経験だけじゃない。二人には、特別な絆が出来上がっていることに、あたしは気が付いていた。
あたしは、その絆のことをもっと知りたかった。あたしとソフィアが、こんな関係になりたいから、と言うわけじゃない。
でも、ここまで強く結びついている二人が、お互いのことをどう感じているのかを知りたかった。
だって、それは、あたしがいままでしてきたことのない、誰かと向き合った結果に違いないんだ。
あたしは、あたしのために、ソフィアのために、ふたりが何を思ってこうして一緒にいるのかを知りたかった。
「ったく、見ない間に、ちょっと凛々しい顔つきになってたかと思ったら、そう言うところは変わってないな!」
アヤさんはそう言って笑った。ちょっぴり、うれしかった。
やる気を出したからって、あたしがあたし以外の何かになることなんてありえない。
アヤさんの言葉はそのまま、今までのあたしが、ちょっと凛々しくなったんだと言ってくれているのとおんなじだった。
 アヤさんが車を走らせる。
「ね、アヤさんはどうしてレナさんを助けようと思ったの?」
あたしは早アヤさんに聞いてみた。
「なんだよ、藪から棒に?」
そりゃぁ、そう思うだろうけど、でも、街の外までなんてすぐだ。時間がないんだ。
「いいでしょ!教えてよ!」
あたしが言うとアヤさんはえーと不満そうな声を上げながらすこし黙って
「そりゃぁ、あんた…レナがアタシを信じてくれたからだよ」
と言った。
413:
「信じてくれた?」
あたしが聞くと、アヤさんは胸を張って
「そうさ!レナは、初めて会ったときに、アタシを信じて、一緒に過ごしてくれた。
 それに、アタシを守ってくれるって言った。敵だったのに!アタシはそれがうれしかったんだ。ただ、それだけだ…な?」
と言い、レナさんに同意を求めた。
「え?うん、そう、だね」
レナさんはちょっとびっくりしていたけど、そう返事をして笑った。
「じゃぁ、レナさんは、どうしてアヤさんと一緒に行こうって思ったの?」
あたしは今度はレナさんに聞いてみた。節操がないな、なんて思われているかもしれないけど…
「私?私は…うん、地球じゃ、アヤの力を借りないと、どこにも行けないだろうっていうのも正直あったんだけど…
 でも、私も同じ。アヤが、私を守ってくれる、っていうから。それなら、私もアヤを守らなきゃ、守りたい、そう思ったの」
レナさんは、すこし照れた様子だった。
 守る、守られる…確かに、それは固い絆なのかもしれない。アヤさんが隊で、あたし達を守ってくれたのと同じ。
アヤさんにとって、レナさんはきっと家族なんだ。でも、それだけじゃない気がする…
だって、アヤさんのレナさんへの感じは、隊の外の誰かとも全然違う。もっと特別な家族なんだって思える。
それは…夫婦っていうか、恋人同士に似ているけど…でも、二人は女同士だし。
そういうことでもないんだろうな。
だけど…うん。わかった。守る、なんて、口で言うのは簡単。でも、実際やるとなったら難しいことだ。
それを、二人はまるでこともなげに口にした。それは、口から出まかせでも適当でもない。
二人は本気で、心からそうしたいと思っているから、こんなことを簡単そうに口にできるんだ。
そう、本気、だ。きっと、この絆は、二人のそう言う気持ちが作ったものなんだろう。
 「なんなんだよ、マライア。そんなこと聞いて?」
アヤさんがあたしに聞いて来た。あたしは、なんだか笑ってしまった。
でも、今の二人に、これからのあたし達のことを話すわけにはいかなかった。
だって、もし知ったら、この二人はもしかしたら、すべてを投げ打って手伝おうとしてくれてしまうかもしれない。
そんなこと、正直あんまりしてほしくなかった。二人には、目的があって、それを達成してほしいと思うし。
なにより、今回あたしは、できることは全部、できないこともできるだけやろうって決めたんだ。
隊長の手も、アヤさんやダリルさんの手も借りないで、あたしがどこまでやれるのか、誰の手も借りないで、
どこまで戦えるかやってみたいんだ。命がけで。
414:
「えへへ!ナイショ!」
あたしはアヤさんに言ってやった。
「あぁ?なんだよ、それ!」
アヤさんはさも不機嫌そうにあたしに言ったけど、そんなこと全然気にしない!
 車は、街のはずれの洞穴に到着した。昨日の夜に隊長にはここへ案内してもらった。
本当は、あたしとソフィアがまた使うはずだったホバー。
でも、アヤさん達には、これは必要だ。隊長は他にもいくつか手段を隠してくれていると言った。
手を借りない、なんて言いながら、そこはちょっと情けないけど、まぁ、細かいことはいいんだ!
 「へぇ、なんだこいつは?」
洞窟に着いたアヤさんが、車をホバーの荷台に積み込みながら隊長に聞いている。
「詳しくは知らんが、ダリルが言うには現地改修車じゃねぇかって話だ。くっついてんのは連邦軍の対戦戦艦用の120mm実弾砲。
 モビルスーツなんかでも、狙撃翌用ライフルとして装備してるやつがいるが、まぁ、その銃身を徹底的に切り詰めたもんのようだ。
 そんなんだから、遠距離での命中精度は当てにならんが…ないよりましだろう」
隊長が説明した。うん、その大砲、うるさいし、全然当たらないから、頼りにしない方がいいよ、アヤさん。
 あたしは心の中でそんなことを思いながら、隠れて、自分の指にキスをして、その指をホバーにギュッと押し付けた。
ジャブロー防衛軍が良くやる「おまじない」だ。
パイロットや整備員たちが、自分や乗り込んでいく人たちを無事に返してくれるように、ってそうして機体にお願いする。
人によっては直接機体にキスする人もいる。誰が始めたかわからないけど、とにかく、あたし達を守ってくれたホバーだ。
お願いだから、アヤさんとレナさんを、どうか無事に目的地まで届けて…あたしは、そんな願いを込めていた。それから、
「アヤさん、レナさん、どうか気を付けて」
と声をかけた。
「あぁ、わかってるよ。ここまで来てヘマしてたまるかってんだ」
アヤさんはそう言って笑い、それから
「お前も死ぬなよ、マライア。この作戦が終われば、戦場は宇宙になる。
 アタシら地上部隊はお役御免で、あとはのんびりジャングル警備生活だ」
なんて言ってくれた。うん、あたし頑張るよ!だからまた、生きて会おうね、アヤさん…
「はい!」
あたしは出来る限る元気よく返事をした。
 それから、隊長にお礼を言うレナさんにアヤさんが声をかけて、二人はホバーに乗って洞窟を後にした。夜の暗闇の中に、ホバーは消えていく。
「無事だと、いいな…」
あたしがポロッとつぶやくと、隊長がドンっとあたしの背中をはたいた。
「あいつは、お前に心配されるほどのヘタレじゃねえよ。あいつは、やると言ったらやるやつだ。信じろ」
隊長はそう言った。
なら…
「なら、隊長。あたしのことも、信じてくださいね」
隊長にそう言ってやった。すると、隊長は意外そうな顔をして、それから大声をあげて笑った。
「だはははは!なんだ、一丁前に!実績のねえやつなんか信用できねえよ!」
「ど、どうしてそんなこと言うんですか!」
「信用できねえから、勝手にやりやがれ。無事に戻ってきたら、そんときには信用してやる」
隊長は言った。もう…この人には絶対にかなわない自信があるよ、本当に。
415:
 ザクザクという足音がした。見るとソフィアの姿あった。
「見送りはすんだ?」
「うん」
「良かった」
ソフィアはそう返事をして笑った。それから、隊長に深々と頭を下げた。
「最後まで、ご迷惑をかけてすみません」
「なに。あんたを助けたのは俺たちだ。最期まで面倒見れて良かったよ」
隊長はまたガハハと笑った。それからあたしの頭をポンッとたたき、それから、ソフィアの肩もポンっとはたいて
「やるだけやってこい。俺たちは、明日は補給隊の護衛でなにしてやれるかわからん」
と申し訳なさそうに言った。
「いえ、ここから先は、私情です。マライアに着いてきてもらうことすら、申し訳ないんですよ」
ソフィアが言うので
「もう!行くって言ったら、行くんだ、あたしは!」
と言ってやった。
「そうか。まぁ、とにかく、死ぬんじゃないぞ、二人とも。最期に、俺から手向けの言葉だ。
 
 しっかり頭の隅にメモっとけ。『ヤバくなったら逃げろ』それから、『考えるのをやめるな』。以上だ!」
「うん!」
「はい!」
隊長の言葉に、あたし達はそう返事をして、ソフィアの乗ってきた車に乗り込んだ。
 これからあたし達は、キャリフォルニアベースのあるサンフランシスコから南へ十数キロのところにある、連邦の旧軍工廠へ向かう。
そこの地下に、キャリフォルニアベースの最後のHLV打ち上げの護衛をする部隊が撤退するのに使うガウ攻撃空母が隠してある。
あたし達は、フェンリル隊をはじめとするジオンの最後の防衛隊に先だってそこへ入り、空母発進の準備と、
連邦軍の接近に備えての防衛線構築をする。連邦に嗅ぎ付けられれば、厳しい包囲戦になるだろう。
でも、ソフィアがやると言った。それなら、あたしもそれを支援する。それがあたしの決めたことだ。
 「マライア。ありがとうね」
車の中でソフィアが急にそんなことを言いだした。
「別に。あたしは、あたしがしたいことをするだけ。お礼なんていらないよ」
あたしが言うと、ソフィアはふふっと笑った。
416:
「そう言うと思った。でもね、聞いて。あたしは、前にも言った通り、多分、無茶をする。
 なにかあったときには、自分がどうなっても、最優先で防衛隊の離脱を助けるつもり。
 だから、マライア。その時は、私に構わず、逃げて」
またそんなことを言っている。あたしは、なぜか、悲しいとは思わなかった。むしろ、なんだか腹が立った。
あたしが言うのもなんだけど、いつまでウジウジ言ってるんだ、っていう感じ。
「ヤダ!」
そうとだけ言ってやった。あたしは、死ぬつもりはない。
でも、ソフィアを見捨てるつもりも、死なせるつもりもない。
「マライア!」
ソフィアは悲鳴に近い声を上げであたしの名前を呼んだ。でも、あたしは動じなかった。
「あたしはね、ソフィア。あなたを死なせないと誓った。誓ったからには絶対に死なせない。
 正直、フェンリル隊や他の防衛の部隊がダメなら、仕方ないと思ってる。
 あなたがそう思うあたしをどう感じようが、そんなことも知らない。勝手に思ってくれていい。
 ひどいと思うのならそれでもいい。でも、あなただけは意地でも死なせない。
 もし『そのとき』抵抗するんなら、拳銃突きつけてでも、ぶん殴って引きずってでもあなたを危険から引き離す」
「マライア…」
彼女は、悲しそうな顔をした。うん、これがソフィアを苦しめることだってのは、分かってる。
でも、ソフィアには生きていてほしい。死を望む彼女を、あたしはそれでも生かしたい。
単なる同情かもしれない。もしかしたら、あたしのただのエゴかもしれない。だけど、誓ったし…罪滅ぼしだと思うところもある。
だって、あたしには、彼女を「見捨てた」罪がある。それに、同じ連邦軍が壊した彼女の心と体を救うすべはみつからない、
だけど、彼女の命だけは、せめて同じ連邦軍であるあたしが守らなきゃいけない。
あと、もっと言えば、このまま彼女を死なせてしまったら、あたしはきっと、ずっと彼女を救えなかったことを後悔する。
ホントは、あたしだってなんとかしてあげたいんだ、彼女の心を。
でも、あたしにはたぶん、それができない。
だからせめて、彼女の命はあたしが守って、いずれ彼女の心を救ってくれるなにかに、彼女が出会えるチャンスを紡ぎたい。
こんなところで死なせるわけにはいかないんだ。
417:
「だから、いい?あたしを無事に隊長たちのところに帰したいんだったら、ソフィアも無茶はしないで。
 あたしは絶対にあなたを置いて逃げたりしない。あなたを死なせたりしない。
 あたしは、あなたが無事に、戦場を離れるまで付きまとう。どんな場所でも、あたしはあなたのそばであなたを守る」
あたしは言ってやった。ソフィアは、うるうると目を潤ませていた。
「ありがとう…ありがとう…」
ソフィアはハンドルを握って前を向きながら、なんどもそう言った。彼女の頬には涙が伝っていた。
その涙の理由はあたしにはちょっと良くわからないけど、きっとあたしの気持ちはソフィアに届いたはずだ。
 あたしにできることと言ったら、あなたの手伝いをすることと、そして、万が一の時にあなたの盾になることくらい。
だから、ソフィア。無茶だけはしないでね。もしもの時は、あたしだって命をはる覚悟はできてるけど、でも。
まだあたし、死んでやるつもりなんかないんだからね。ね、ソフィア。無茶は、本当に絶対にダメだからね。
 あたしは、心の中でそう思いながら、黙って、真っ暗な夜に伸びる道路を眺めていた。
426:
 明け方近く。あたし達の車は旧軍工廠に着いた。
戦闘の跡なのだろう。ぼろぼろに焼け落ちたコンテナや機材なんかがあちこちに散乱していた。
組み上げられた土台に乗ったクレーンも折れ曲がり、倉庫や工場設備と思われる建物も穴だらけのススだらけ。
半壊しているものがほとんどで、瓦礫しか残っていない場所もある。
 朝焼けに照らされるその場所は、そんな荒れ果てた場所なのに、不思議ときれいに見えた。
 敷地の中央には太い大きな道路のようなものが伸びていて、それは大きな格納庫へと続いている。
大型の航空機用の格納庫だ。あれの地下に、ガウを隠しているのだろう。と言うことは、この道路は滑走路…。
その周りにはいくつもの堀のようなものが、何重にもわたって掘られている。
おそらく、ジオン降下の際に、連邦軍がここで戦ったんだ。この堀はきっと塹壕。
一部は崩されているが、おおむねしっかり形を残している。万が一の時には、これを使って時間を稼げるかもしれない。
 あたしがそんなことを考えていると、ソフィアは地図を広げて歩き出した。
「あの格納庫の地下に入る入り口があるはず…」
彼女はそう言いながら地図とあたりを見比べる。そして、一棟の小さな建物を指し示した。
「きっと、あれ」
「オッケイ、調べてみようか」
あたしは懐中電灯を取り出して、建物のドアを蹴り破った。他の建物同様、傷んではいるが、構造自体はしっかりしている。
中もひどいありさまだった。そこは、倉庫か何かだったのか、コンテナがいくつも並んでいる。
建物の中は下り坂になっていて、その奥に2メートルほどの大きさの扉があった。たぶん、この建物は地下への物資搬入口。
だとしたら、この扉が地下へと続いているはずだ。
「ソフィア、どこかに発電機のスイッチがあると思う。あの扉開けるには、人の力じゃ、ちょっと厳しいよ」
あたしは言った。分厚い鉄製の横開きのドアは、あたしたち二人で引っ張ったとしても、簡単に開きそうではない。
「うん、それも、聞いてる」
ソフィアはそう返事をして、確信を持って倉庫の中を歩いていく。そして、壁から飛び出た配電盤を見つけた。
 二人で配電盤を開けて、とりあえず中にあったスイッチを適当にいじってみると、
不意にブウウンと言う音がして、倉庫の中に明かりが灯った。そのほかにも、何かの機器が起動する音があちこちから聞こえる。
「よかった、電源は生きてるね」
「ええ。奥へ行きましょう」
あたし達はそう言って、地下へ続くと思われる扉のスイッチを操作した。
 ゴゴゴゴと言う重い音とともに、扉がゆっくりと開く。
そこには、照明に照らし出された紫色の巨大な物体――ガウ攻撃空母が静かにたたずんでいた。
427:
 この地下格納庫は、全体がエレベータになっているようだ。
おそらく、天井はハッチになっていて、エレベータ起動と同時に開いて地上の格納庫内に運ぶのだろう。
ソフィアの話では、ガウは下方へのエンジン噴射によってSTOL――超短距離離陸が可能とのことだが、
離陸時を狙われればたちまち撃墜されてしまう。万が一、敵の前に無造作に姿をさらすのは、危険は大きい。
 あたしは地下格納庫の中を見渡す。整備用のモビルワーカー数機に…あれは、投下式の爆弾…でも、信管は抜かれているみたい。
設置型の機銃に、戦闘機やモビルスーツに搭載される兵器用の弾丸…これは連邦のものの様だ。燃料に、爆薬。導線に、コンピュータ機材…
 「出撃の準備をしなくちゃ…マライア、手伝ってくれる?」
ソフィアは聞いて来た。
でも、あたしは全然違うことを考えていた。
空母の発進準備が整っていても、離脱時に連邦に見つかっていたら、とてもじゃないが飛び立てない。
進路を確保しておく必要がある…
「ごめん、ソフィア。そっちはあなたに任せる」
「えぇ!?」
あたしがそう言うと、ソフィアは声を上げた。ごめんね、でも、急がなきゃいけないのは、むしろ「こっち」の方なんだ。
「あたしは、ここの兵器を使って防衛線を作ってくる。
 ガウが離陸するときに敵が迫ってきていたらとてもじゃないけど、飛び立てないし…」
それに。そうしておくことで、無事飛び立てたあと、ううん、離陸に失敗したとしても、
あたしとソフィアが逃げるための時間や隙を作ることもできるはずだ。
退路の考えられていない作戦なんて、無謀も良いとこ、まともな指揮官は許可しない。それは命を無駄にするようなものだからだ。
ここには指揮官はいない。命を守れるのは、自分たちだけだ。でも、そのうちの一人は死にたがり、と来ている。
ここはあたしがその役を買って出なきゃいけないんだ。
「それに、ソフィアの命を守るには絶対必要だもん!」
あたしは笑顔で、ソフィアにそう言ってやった。
428:
 朝日が昇った。
 ジオンが処理したんだろう、連邦軍用の信管を抜かれた砲弾に配線をつないで、
この格納庫を囲むように作られている塹壕のあちこちに埋めた。配線は全部、格納庫の中に用意した電源装置とつないである。
電源装置には無線機をつけて、手元のコンピュータで入力した番号の砲弾に電気を流して起爆させるシステムを組んだ。
砲弾を埋めた場所は全部数字と一緒にマーキングしてある。ジオンのコンピュータへ連携すればマップ上に表示される…と、思う。
これに関しては、ジオンのモビルスーツのコンピュータがどんなOSを採用しているかわからなかったから、
なるべく互換性の高いロジックで組んでみたけど、正直、正しく表示されるかは保証の限りじゃない。
それから、格納庫の周りにある防衛用の砲台も、損傷の程度が軽いものは修理した。
あいにく、自動で敵を感知して迎撃してくれるセンサーの修理までは手が回らなかったから、
格納庫に転がっていたカメラを取り付けて、これも手元のコンピュータにリンクさせた。
このコンピュータ一台でどこまで対応できるかはわからないけど、送られてくる映像をもとに、
ここからリモート操縦で砲台を発射できる。
幸い、砲台に使われる60mmの徹甲弾は、地下に入ってくるときに通った倉庫に山ほどあった。秒間6発連射のタイプだと思う。
この掃射は、いくらモビルスーツといえども、ちょっとは堪えるはずだ。
これがあたしの頼みの綱、と言いたいところだけど、固定砲台なんて、防御力も機動力も皆無。
ジムの100mmマシンガンなんかが当たれば、1発で機能停止だ。
当てにはできないけど、合計5門のこの砲台がどこまで持つかが、カギになるかも知れない。
地雷原はこの砲台の外側と内側に設置した。砲台を破壊しに来た敵を狙う用と、砲台が突破された時の最後の砦となる用とだ。
最期に、格納庫周辺と、工廠内の地下区画のあちこちに音紋分析用の指向性センサーを取り付けてきた。
ガウの出発するにあたって、一体にミノフスキー粒子を大量に散布してある。
レーダーが効かないから、敵の接近を探知するにはこの方法が一番だ。
このセンサーは同じく倉庫の中に残っていた、連邦の音紋分析専用のホバーに搭載されているやつで、
構造を知ったので扱いやすかった。このデータも逐一コンピュータに送られてくるようにしてある。
 それから、無線機も準備した。基盤を少しいじって、あたしの無線機にはジオンとソフィアとの連携の目的の他に、
連邦の軍事無線もキャッチできるようにしておいた。相手の作戦を聞いてやろうって寸法だ。
もちろん、こちらからの発信なんて考えてないのでそこまではいじらなかった。
ソフィアと、ジオンのモビルスーツ隊と話ができればことたりるはず。
429:
 わずか二時間しかなかったから、これっぽっちしかできなかったけど、まぁ、あたし一人でやったと思えば上等だろう。
 あたしが地下の格納庫に戻ると、ソフィアはモビルワーカーでガウの武装をチェックしていた。
「ソフィア、こっちはオッケー。そっちはどう?」
あたしが声をかけると、ソフィアはコクピットから
「こっちも、だいたい済んだわ。あとは、この対地機関砲の弾込めが終われば」
と格納庫いっぱいに響く大きな声で言って、モビルワーカーで何かを操作すると、ゴォォォと言う大きな音とともに、
傍らにあったコンテナから人の二の腕ほどもありそうな弾丸がまとめられた弾帯がガウの機体の中に、
まるで自動販売機に吸い込まれるお札みたいに巻き取られていく。
 あたしは、腕時計を見やった。そろそろ、HLV発射の時刻のはずだ。
あと30分もすれば、生き残っていれば、発射を防衛していた部隊がここへやってくる。
たぶん、それは連邦の音紋分析に引っ掛かる。ここはキャリフォルニアベースの目と鼻の先だ。
前線支援部隊が、きっとすぐ近くにいるはずだ。地下なんて、音の良く響く通路を通ってきて、そばにいるだろう偵察車両が、
それを聞き逃してくれる保証なんてどこにもない。
 できうる準備は、した。あとは、覚悟を決めるだけだ。
「そっちは、何してきたの?」
ガウへの給弾作業が終わったソフィアが、モビルワーカーを降りて、
コンピュータでシステムをチェックしていたあたしのところにやってきた。
「ああ、うん。塹壕に、遠隔操作の地雷原を設置してきたのと、固定砲台5門の修理と給弾に、音紋センサーの設置。
 あんまり時間も技術もないからさ、これくらいしかできなかったよ」
あたしが言うと、ソフィアは驚いていた。
「そ、そんなにいろんなことをしてきたの?」
ソフィアの言葉に、今度はあたしが驚いた。いや、これくらい、大したことはないと思うのだけど…
「大したことはないよ。ダリルさんとかアヤさんなら、砲台と音紋センサー組み合わせて自動化したり、
 手動じゃない方式のブービートラップ作ったりしただろうし。
 なんとか、地雷原の情報をジオンのモビルスーツに連携できるシステムが機能すればいいんだけどね。
 ガウのコンピュータのOS見てそれを基準にでっち上げてみたけど…スペックも違うだろうし、
 正直、あんまり自信ない。まぁ、でもできる限りはやってきた。あたしも、基本的なことはダリルさんには習ってて良かったよ」
あたしがそう返すと、ソフィアは引くついた笑顔を見せて
「き、基本的なこと…ね」
とつぶやくように言った。そんなソフィアの様子にあたしは首をかしげてしまった。なんか変かな、あたし?
430:
 不意に、ピピピっと音が鳴った。ソフィアが腕時計に目をやる。
「HLVの、打ち上げ時刻…」
―――来た…
あたしは、ソフィアの目を見て、お互いにうなずきあって、格納庫の階段を上って地上に出た。
 薄暗い格納庫の中にいたせいで、いつの間にかさっきよりもずいぶん高くなっている太陽に目がくらむ。
 あたしは、目をしょぼしょぼさせながら、大空を仰いだ。そこには。
 まっすぐな白煙をたなびかせて、青い空へと登っていく三つの光があった。
「やった…!」
ソフィアが口にした。彼女の顔を見ると、うれしそうに笑っていた。でも。あたしは、息を飲んでいた。
正直に言えば、あれの打ち上げが確認できなかったら、その場でソフィアを縛り付けてでも、ここを離れようと思っていた。
シャトルの打ち上げに失敗したとなれば、防衛隊も、生きてここへはたどり着けないだろうと思っていたから。
でも、シャトルは上がった。防衛隊は、きっとここまで生き延びていてここに来る。
ソフィアはこうなったら、なんと言おうがここに残るだろう。
フェンリル隊のみんなには申し訳ないけど、打ち上げ成功の事実は、
あたしとソフィアにとっては、危険度が一層増したことを意味していた。
「ソフィア、戻ろう。防衛隊を受け入れて、すぐにガウを出せるようにしないと。連邦はきっとここを嗅ぎ付ける。
 もし後方の支援隊じゃなくて、前線の戦闘隊に向かってこられたら、こんな場所、集中砲火で跡形もなく吹き飛ばされる」
あたしが言うと、ソフィアは顔を引き締めてうなずいた。あたし達は格納庫に戻った。
コンピュータの画面を確認する。大丈夫、全部の機器への接続には問題ない。音紋センサーに反応があったら、砲台で迎撃して…
砲台を撃破しに近づいて来たモビルスーツを地雷原にはめる。
万が一砲台が撃破されても、その内側にもう一円分の地雷原を設置してある。
最悪でも、そこまでは粘れる。
「マライア!ガウを上にあげるね!」
ソフィアが言った。
 地下にあるこのガウは、地上階へエレベータで上げなけきゃならない。しかも、この大きさだ。どうあっても30分はかかる。
防衛隊到着と同時に地上へ出して、すぐにでも発進させられる計算だけど…
 あたしは、少しだけ気がかりだった。このエレベータの音を、連邦の偵察車が聞きつけないとも限らないんだ。
それはモビルスーツの接近音がすれば同じことだけど…
でも、モビルスーツの到着を待ってからなら、一緒に戦うことができるかもしれない。
今、あたし達だけのこの状態で、連邦が寄ってきたら…はたして、どれだけ持ちこたえられるだろうか?
―――でも、やるしか、ない
「うん!あたしは、センサーの様子見てる。ソフィアは防衛隊に無線で呼びかけ続けて!」
「了解!」
ソフィアはそう返事をして、エレベータの操作パネルをタップした。
地鳴りのような轟音と警報音とともに、エレレータが起動して、巨大なガウ攻撃空母が上がっていく。
見上げた天井がゆっくりと割れるように開き始めた。
 あー、警報だけでも切っておけばよかった…
そんなことを思いながら、あたしはセンサーから送られてくる情報を見つめている。
今のところは、このエレベータの起動音以外を検知している様子はない。
 コンピュータのモニタに集中していたら、突然に耳障りなノイズが響いた。
431:
「ガ…ザザザ…ちら、リル…隊!……い、…とうせよ!」
男の人の声だ。
「こちら、ガウ格納庫のフォルツです!少佐!?シュマイザー少佐ですか?!」
ソフィアは無線機に声を上げた。
「ザ…フォルツ中尉、…ちら、フェンリル隊、シュマイザーだ!そちらの様子はどうか!?」
声が、はっきりと聞こえた。フェンリル隊の人らしい。ソフィアがチラッとあたしの方を見た。センサーには異常はない。
あたしは指でオッケーサインを作ってソフィアに合図する。
「こちらは、まだ、敵に発見された様子はありません。現在、ガウを地上階へ上げています」
「了解した。こちらは、あと10分ほどで、私と先導隊とでそちらへ到着できる。負傷者の受け入れは可能か?
 こちらは、医官を帯同してはいるが、物資が一切手元にない」
負傷者…やっぱり、タダで済むはずはなかったんだろう…
 確か、医療品一式がガウの機内の医務室にあったはずだ。
「ガウ内のメディカルセンクションに機材と医薬品はあります!」
ソフィアもそれを確認していたようで、返事をする。
「了解した」
男の声はそう言って途切れた。
 でも、ガウの中って言ったって、今エレベータを起動させたばかり…止めて、戻す?
いや、ダメだ、なんとしてもガウはすぐに発進できるようにしておかなきゃいけない。作業員用の小さなエレベータがある。
それで、先に地上へ出てもらって、ガウが上がり次第、乗り込んでもらうほかにない。
「ソフィア、ケガ人が来たら、すぐにあっちのエレベータで地上へ」
あたしは、格納庫の隅にあった、人間用のエレベータを指して言った。
ソフィアは黙ってうなずきながら、あたりを見回し、弾薬を梱包していた布を見つけると、それを引き裂き始めた。
なんで急に…?あ、そうか、包帯と止血帯だ…
「あたしにも貸して!」
あたしも布を受け取って、コンピュータのモニタを見ながらタオル程度の大きさになるように引き裂いていく。
いったい、どれほどの数の、どの程度の負傷者なんだろう…こんな布きれだけじゃ、ほんの気休めの応急手当にしかならない…
重症者は、持たないかもしれない…
 あたしは、そんなことを考えながら、自分でも驚くほど冷静だった。
ほんの何日か前のアタシだったら、ケガ人が来る、なんて言われたら、血を見るのが怖いとか、
そんなことでおろおろしていたかもしれないのに…
なんだか、そう思ったら、今の自分が逆におかしくなってしまっているように思えて、不謹慎だったけど、
なんだか笑みが漏れてしまった。ソフィアに見せちゃいけないな、と思って、モニタを食い入るように見つめる。
 そんなとき、音紋センサーのデータを示すグラフの一つがビンと上がってすぐに折れた。
―――まさか
そう思って改めて確認すると、またビンと上がって下がる。1秒もない間隔で、グラフが大きく上下している。
これは…モビルスーツの、足音?
432:
 センサーの位置は、ここから一番南に設置してある物。もし、逃げてきた防衛隊のモビルスーツだったら、
北側のセンサーから検知されるはずだ。でも、今反応しているのは、まるで真逆の方角…
 連邦に、気づかれた…かも?そうだ、まだバレたときまったわけじゃない。偶然近くを通過しているだけかもしれない。
とにかく、確認しなきゃ!
「ソフィア、連邦のモビルスーツらしい足音キャッチ。フェンリル隊に報告して。あたしは監視を続ける」
あたしはとにかく用件だけをソフィアに伝えた。
「りょ、了解」
ソフィアの方が動じていた感じだったけど、今は気にしている暇はない。
 あたしは、一番南側にある砲台のカメラの映像を開いた。音紋センサーの最大効果範囲は良くて5キロ。
今、このエレベータの音が鳴り響いてるから、精度は相当落ちてると思った方が良い。
だとすると、もう1、2キロの距離まで近づかれている可能性もある。
 映像には、外の様子が映し出される。キーボードと接続させたコントローラとで砲台ごと括り付けてあるカメラを旋回させる。
…いた!
 映像には、砂煙の中を前進してくる、白と赤のモビルスーツが複数映っている。
まっすぐに、こちらへ向かってきているようなコースだ。数は…3?いや、5機…そんな半端な数字のわけはない。
一個小隊は3機だ。5機の姿があるなら6機、二個小隊はいるはず。でも、二個小隊での行動なんて、そうあるもんじゃない。
二個小隊でまとまっているのなら、それはもしかしたら10機から12機で構成されている中隊かもしれない。
だとしたら…いくら5門の砲台と地雷原を使ったって、分が悪いにもほどがある。
 とにかく、問題は、あいつらが、ここに気付いているかどうか、だ。
気づいてないのに下手に仕掛けるなんてマヌケだし、気づいているのなら、こちらから先制して出足を遅らせたい。
なにか、ヒントになりそうな物は…
 あたしはそう思って、他のカメラの映像と、音紋センサーのデータを見る。すると、西側のセンサーにも妙な波形が現れていた。
いや、波形と言うよりは、他のセンサーに比べてグラフの推移が高いような感じ。なんだろう、感度の問題?
でも、さっきはそれほど差があるようには感じなかった。
今のこれは、エレベータの起動音の分を差し引いても、明らかに一回りレベルの高い反応を示している。
 あたしは、西側にある砲台のカメラ映像を開いた。
崩れた建物が死角になっていて見えにくいがそれでも、南側と違ってモビルスーツらしき姿は見えない。
 じゃぁ、この反応はいったい…?
 マライア、考えろ。隊長も言ってたじゃない!考えることをやめちゃいけないんだ。これはなに?センサーの異常?
それともなにかが接近してきている?カメラで見えない何か?航空機?いや、それならカメラでも見えるはず。
それに、航空機なら指向性のセンサーに引っ掛かるかどうかが怪しい。
このセンサーの反応は確かに、地面を伝わってくる振動のはずだ。じゃぁ、他に地面を走る物。車?戦車?それともホバー?
…ホバー……音紋分析専用のホバーの音!?
 あたしはもう一度カメラを確認した。
画質が荒くて良くは確認できないけど、何か小さなものが地平線のあたりにいるようにも見える。
音紋分析用のホバーは、センサーを地面に打ち込んで敵を探知するシステムのはずだ。それが、今は探知せずに動いている。
まっすぐこちらに?モビルスーツ隊とは別方向から…あれは…
そうか、こっちの動きを把握するために、安全な位置取りで接近しようとしているんだ。
 だとすれば、もう、バレてる…!
「ソフィア!あたしたち、もう見つかってる!迎撃態勢に入る!」
434:
乙乙
ソフィアも言ってたけど、二時間でアレだけやるとかマライア優秀過ぎw
しかもそれ以上に出来るダリルとアヤ…
オメガ隊優秀過ぎぃ!
435:

マライアは優秀だたww
これは隊長補正ですねわかります
436:
絶体絶命でワクワクするな
44

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